264:乙女たちの歩み
「――お姉ちゃんっ!」
「ニコリスッ!」
大会が終わり、ようやく触れ合うことができたエルニースとニコリス。控え室にて、互いの存在を確かめるように抱擁をし、それを周りにいるミュアたちが見守っている。
「顔を見せて、ニコリス……ああ、本当にニコリスなのね」
「当たり前だよ、お姉ちゃん」
「ニコリスッ!」
「うぷ! く、苦しいよぉ」
「我慢して。もう少しだけ抱きしめさせて」
「……うん」
感動の再会を見ながら、ミュアは目頭が熱くなってくる。
「ぐ……ぐぞぉ、良いシーンじゃねえがぁ……!」
隣に立っているアノールドが、涙と鼻水を流している。正直少し汚い。
「うん、でもほんとに良かったよぉ」
「だよな。けどやっぱヒイロは半端じゃねえな。廃人みてえになっちまった奴を正気に戻せんだからよぉ」
「ほんとだよね。それにニコリスちゃんの腕も元通りになってるし、ほんとに何もかもヒイロさんのお蔭かも」
「んなことねえって」
「え?」
「全部お前がヒイロに頼んだことだろ?」
「そ、それは……」
「お前が動かなかったら、今のこの瞬間はねえ。ヒイロだって、わざわざ知らねえ奴の事情にわざわざ首を突っ込んだりしねえ奴だしな。けどアイツはミュアの頼みは断らねえ。だからお前のお陰なんだよ」
「おじさん……ううん、それを言ったらおじさんもだよ」
ミュアの言葉にアノールドが「へ?」と呆ける。
「だって、おじさんがニコリスちゃんを何とかしてあげたいって最初に言ってくれたから、わたしはヒイロさんならって思いついたんだもん」
「ま、まあそんなこともあったかもしんねえけど……」
気恥ずかしそうにアノールドが顔を背ける。
「――二人とも」
そこへエルニースが、ニコリスと一緒に近づいてきた。
「本当に……ありがとう。そして、ごめんなさい」
「ちょ、何で謝るんだよ?」
「だって、その……大会中、私は結構失礼なこととか言ったと思うから」
「はは、んなこと気にすんなって。お前さんの事情は知ってんだ。そんなことでいちいち怒るほど器は小さくねえよ」
「アノールド…………ありがとう」
ニカッと笑うアノールドを見て、嬉しそうに笑みを浮かべるエルニース。そんな彼女を見てニコリスが、サササッとミュアに近づき、
「あ、あのミュアさん、もしかして……もしかしちゃうのかな?」
「えっと……多分。おじさんは気づいてないかも……だけど」
「嘘ぉ……あの料理しか興味なかったお姉ちゃんが、しかも結構歳が離れたおじさんに……!」
「しっ、聞こえちゃうよ。しょうがないよ、好きって気持ちは唐突なんだから」
「……? もしかしてぇ……ミュアさんにも良い人とかいたりするの?」
「ふぇっ!? な、な、何が?」
「ああ、その反応やっぱいるんだぁ」
「…………うん」
「ふぅん……。それってぇ……わたしを治してくれた人?」
「っ!?」
図星をつかれてドキッとしてしまうミュア。
「ふぅん、やっぱりそ~なんだぁ。確かヒイロさんだよねぇ。しかもこの世界を救った英雄なんでしょ? ハードル高過ぎないかな?」
「た、確かにライバルは結構多いんだよね……はは」
「それに鈍感そうだし」
「うん、上に超がつくほどね」
「うわぁ、苦労しそうだねぇ」
その時、件の日色とリリィンが一緒に控室を訪ねてきた。
「あ、ヒイロさん!」
「何ッ! おいヒイロ! お前な、結局今大会で俺に票を一回も入れなかったよな!」
アノールドが日色にビシッと指を差す。
「仕方ないだろ。食べ物のことでオレは嘘はつかん。それが結果だ。受け止めるんだな」
「ぐぬぅぅ……!」
そこへエルニースが日色の前に立ち頭を下げた。
「妹を……ニコリスを治してくれて、ありがとうございました」
「あ、わたしももう一度! ありがとうございました!」
彼女たちだけでなく、祖父母も同じく頭を下げている。
「礼ならミュアとオッサンに言え。オレはアイツらに頼まれたから力を貸しただけだ」
「それでも、あなたのお蔭でニコリスが戻って来てくれたのは変わりないから」
「……分かった。なら今度、また美味い飯を食べさせてくれ。それでチャラだ」
「あ、ならわたしも! お姉ちゃん、また一緒に料理作ろ!」
「……いいの?」
「うん! わたしね、もうお姉ちゃんを追わないって決めたんだ。ううん、違うかも。料理じゃなくて、違うものでお姉ちゃんの隣に立ちたい! 今度は本当にわたしのやりたいことを見つけるから!」
「…………分かったわ。また一緒に料理を作りましょう」
「やった!」
ミュアは彼女たちが互いに分かり合ってくれてホッとする。
「……ミュア、残念だったな」
「負けたのは確かにそうですけど、わたしは大満足していますよ、ヒイロさん」
「そうか。全力でやれたならそれでいい」
「俺はよくねえ! おいヒイロ! また今度エルニースと料理勝負すっから、そん時はゼッテーに俺の料理を選ばせてやっからな!」
「聞き捨てならないわ、アノールド。私は負けるつもりはない」
「ハハハ! それでこそだ! もし次回《イデアコック王決定戦》があったら、今度はゼッテーに俺が優勝してやる!」
「おじさん、でもその大会にエルニースさんが出るとは限らないよ?」
「何っ!? そうなのか!?」
するとリリィンが一歩前に出て、
「その話を少ししに来たのだ。今大会の盛り上がりを考慮して、次回もまた行うことが決定した。まだ日程はいつになるか分からないが、エルニースにはディフェンディングチャンピオンとして参加してほしい」
「私が……?」
「そうだ。まあ、別にこの場では口約束にはなるが、どうだ?」
「……チャンピオンとして、逃げるわけにはいきません」
「ほほう、そうか。それは頼もしい。なら楽しみにしていよう」
「ありがとうございます」
「うむ。……此度の大会、実に大義であった。ヒイロ、例のことを聞いておいてくれ。ワタシは時間がないので、準備に向かう」
それだけ言うと、リリィンは控室を出て行った。
「……何か物凄い貫禄が出てきたよなぁ、リリィンの奴」
アノールドが威風堂々とした様子で去って行ったリリィンに感心めいた言葉を呟いている。
「アイツもアイツなりに苦労しているからな。今回の大会も、盛り上がらなかったらどうしようと悩んでいたこともあった。アイツにとって良い経験になっただろうな」
「……ふぅん」
「何だその気持ち悪い視線は?」
「なぁヒイロ。リリィンのことよく分かってんじゃねえか? もしかしてあれか? ミュアを諦めてリリィンと付き合うことにしてくれたのか?」
「ええっ!? そ、そうなんですか、ヒイロさんっ!」
ミュアにとって聞き捨てならない言葉が聞こえ、これは是が非でも真偽を明らかにしなければならない。
「はぁ、そんなわけがないだろう。オレはまだ誰ともそういう関係になってはいない」
「俺にとっちゃミュア以外なら、お前が誰とくっついてもいいんだけどよぉ」
「も、もう、おじさん! 余計なこと言っちゃダメだから!」
「そう、アノールドは乙女心を分かってない」
「アノールドさんって本当にデリカシーがないよね」
「エ、エルニースにニコリスまで……!」
アノールドは女性たちの集中攻撃にガックリと肩を落としている。
「相変わらずのオッサンは放っておいてだ。大事なことを伝えにきた」
「大事なこと? 何ですか、ヒイロさん?」
「今夜、リリィンの屋敷にて祝勝パーティが開かれる。それにチャイナ服やオッサンたちも参加してもらいたいとのことだ」
「おお! そりゃ楽しみだ!」
現金なことに、すぐに復活したアノールド。
「あ、あの……妹たちもいいのでしょうか?」
「問題ない。自由参加だからな。場所はミュアたちが知ってるから、一緒に来ればいい」
「やった! 祝勝パーティだって! 楽しみだね、お姉ちゃん!」
「ええ、ニコリス」
「おばあちゃんとおじいちゃんも行こうね!」
ニコリスに優しげに微笑みながら首肯する彼女の祖父母。
「もしかして今のがリリィンさんが聞いておいてほしいって言っていたことですか?」
ミュアが聞くと、「ああ」と短く答えた日色。
「ならオレはもう行く。少し用事があるんでな」
「そ、そうなんですか?」
彼がいなくなるということに寂しさを覚えてしまう。つい目を伏せてしまうと、トンと額に小さな衝撃が走る。見れば日色が指先でミュアの額を突いていた。
「どうせ夜に会えるだろう。それまでに、そいつらと一緒に祭りを楽しめばいい。じゃあな」
「……はい!」
無愛想な彼だが、彼のその仕草には確かな優しさが含まれており、胸が温かくなってくる。
(うん、やっぱりわたし、この人のこと大好きだなぁ)
改めて日色への想いを確かめることになった。
アノールドが忌々しげに日色を見つめる中で、涼しげな表情のまま日色は踵を返す。しかし扉を開いたその時、不意に立ち止まり、
「改めて言っておく。ミュアたちの料理、美味かったぞ」
そうして日色は立ち去っていった。
「……美味しかったって、おじさん」
「ふ、ふん! と、当然だろ! この俺が作ったんだしよぉ!」
しかし彼のその頬は嬉しそうに緩んでいる。何だかんだいって、日色に認めてもらえていることに喜びを得ているのだろう。
ミュアもまた、日色が美味しいといってくれてとても嬉しい。
エルニースたちも微笑ましそうに、ミュアたちを静かに眺めていた。
大会が終わり、その余韻もあってか、【太陽の色】で開かれている祭りはさらに賑わいを集めており、出店などには連日よりも遥かに多い人の群れが集まっている。
また《アウルム大博物館》にも数多くの人が集い、誰もが笑顔を浮かべていた。そんな博物館の前で、一際ルックスが良く、人の目を惹きつけている少女が立っている。
そしてそんな少女に向かって近づく一つの影。
「――悪いな、待たせた」
「あ、ヒイロ! ううん、大丈夫よ」
目の前に立つイヴェアムは、完全にデート仕様の服装だと思わるほど着飾っている。思わず日色も見惚れる程、彼女の格好はとても彼女に似合っていて素晴らしかった。
「あ、あの……ど、どうかな、この服?」
「……いいと思うぞ。少なくともお前には合ってる」
「そ、そう? えへへ、それなら嬉しい」
前回、彼女と二人っきりで出掛けた時は、季節も冬だったこともあり、冬着だったが、今は夏。夏らしく軽装ではあるが、上は黒い服装ではあるが、下は派手に花柄といった目を引くファッションをしている。
また軽く化粧もしているのか、いつもより華やかな表情だ。この二年で伸びた髪も美しく流しており、キラキラと陽光を反射している。
「ヒイロもその……似合ってるわよ」
「ん? ああ、イヴェアムと出掛けると言ったら、ランコニスが無理矢理これを着ていけってうるさくてな」
日色はいつもの赤ローブでもいいのではと思ったが、それを話すと目を吊り上げて怒ってくるランコニスに気圧されて、しっかりとした服を着させられた。
涼しげな水色のシャツと、白のハーフパンツを着用している。こんなあっさりした服装よりも、着慣れた赤ローブの方が良いのではと思ったが、
『デートなんですから! ちゃんとした服装しなきゃダメです! ですがあまり堅苦しさがあってもダメですから、季節にあっていて清潔感があるコーデを私がします!』
と、自分のことでもないのに、何故かランコニスが張り切るのだから大変だった。
「ふふ、じゃあランコニスにはお礼を言わなきゃね」
「? ……何でだ?」
「だって、こんなラフな感じヒイロも見ることができたんだもの」
これのどこがいいのか分からないが、彼女が喜んでいるならそれでいいだろう。
「それじゃさっそく行くか。あまり時間もないんだろ?」
「そうね。お互い結構忙しいし、スケジュール的にこの時間くらいだしね」
祭り期間のどこかでデートをしてほしいというイヴェアムの願いを聞き入れていた日色だが、互いに忙しく、特に彼女は『魔族』の代表者でもあるので、デート時間を設けられるか難しいところだったが、何とか時間を作ってこうして二人きりを演出できた。
「それで? どこか行きたいところがあるのか?」
「うん、まずはこの博物館かな」
「……もしかしてまだ来たことなかったのか?」
「建設には私もいろいろお手伝いしたけど、ゆっくりと全部を回るのは初めてかな」
「ほう」
「できればヒイロと一緒に回りたいなって思ってたの」
「なるほどな。それじゃ望みが叶ったってわけか」
「うん。だから物凄く嬉しい。ほら行くわよ」
イヴェアムがほぼ強引に日色の腕を掴んで進み出す。
……一瞬ドキッとしてしまうほど、彼女の笑顔が可愛いと思ってしまった。
(……こっちに帰って来て思ってたが、ミュアにしろリリィンにしろ、ちょっと積極的になってやしないか……?)
特にボディタッチが多くなった気がする。ただイヴェアムの顔が赤い。
(……恥ずかしいならしなければいいと思うがな。というより、ホントに大胆な奴)
薄着ということもあり、彼女の胸の感触がハッキリと腕に伝わってくる。思った以上の軟らかさと、心地の好い香水の香りで、日色もまた心の中ではドキドキしてしまっていた。
※
日色が少しだけ照れ臭そうにしている顔を見て、イヴェアムは小さくガッツポーズをする。
(ちょ、ちょっと大胆だったかしら? ううん、けどヒイロに意識してもらうにはこれくらい。二人っきりでいられる時間も少ないんだし、ミュアたちには負けていられないもの)
日色が他の娘たちとデートをしているのは知っている。彼は優しいから、面倒だと思いながらもミュアたちの願いを聞き届けてしまう。
まだ特定に好きな人がいるわけではなさそうだが、女性として意識してもらわなければミュアたちに負けてしまうかもしれない。
(は、恥ずかしいけど、今日はヒイロのためにむ、むむ胸元だって少し開いた服にしたし。シュブラーズにも助言してもらったし。うん、大丈夫よ私!)
まだ告白の答えは聞いていないが、今答えを貰っても、期待のある言葉を聞くことができるとは思えない。まだ日色が、自分を好きになってくれているとは限らないのだ。
とにかくこのデートで、少しでもアドバンテージを取るようにしよう。
「ね、ねえヒイロ」
「何だ?」
「きょ、今日の大会、凄かったわね」
自分の声が若干上ずっているのが分かる。緊張がなかなか解けない。
「そうだな。あれほど美味いものを食べられたのは幸せだった」
「……ふふ、やっぱりヒイロはヒイロね」
「当然だろ。オレはオレだ」
「うん」
何かあまりにも日色が普通なので、少しずつ緊張が解けていく。
(そうよね。自然体が一番よね。ヒイロも、変に着飾った私よりも、いつもの私を好きになってくれるはずよ)
でも少しくらい大胆な行動を心がけるようにする。何せミュアは彼とキスまで終わらせているのだ。
自分は彼女にアレはノーカウントだと言ったが、やはり羨ましいと思った。
(私も……)
つい日色の横顔。その唇へと視線が向く。するとイヴェアムの視線に気づいたようで、チラリと目線を動かして目が合う。
「~~~っ!?」
「……? 何でそんな勢いで顔を背けるんだ?」
「べ、べべべべ別に何でもないわ! ほ、ほらあそこのガラスケースを見に行きましょう!」
「お、おう」
危なかった。思わず彼の唇を見てぽ~っとしてしまった。
(も、もう! 私ってば何考えてんのよ! ま、まだデートは始まったばかりよ! キ、キスなんては、早過ぎるんだから!)
ただ日色の唇を見た時にふと思った。
(ヒイロの唇……男の子なのに、キレイだったなぁ)
まるで日頃から手入れをしているかのように、血色が良くてキレイな形をしていた。まあ、男の人の唇をあれだけじっくりと見たのも初めてではあるが。
「へぇ、ここはユニーク魔物の討伐部位が飾られてるのか。お、説明もいろいろ書いてあるな」
「そ、そうよ。ここは獣人界ゾーンで、獣人界に出現するユニークモンスターの剥製や、その討伐部位などが飾られてるのよ」
「なるほどな。ちゃんと人間界ゾーンも魔界ゾーンもあるみたいだな」
「他にもSSSランク魔物特集っていうのもあるのよ」
「ほうほう」
「それに昔の人が書いたって言われてる古書も幾つか展示――って、ヒイロどこ行くの!」
「何をしてるんだ、イヴェアム! 早くその古書を見に行くぞ!」
「あ、ちょっと待ってよ!」
相変わらず日色は日色だった。
(もう、本当に本好きなんだから)
本が絡むと途端に冷静さを捨てて子供っぽくなる日色。そんな日色もイヴェアムが気に入っているところでもある。何というか、可愛い弟を見ているというか、母性本能が刺激されてしまうのだ。
古書が展示されている場所に到達すると、日色は目を輝かせて見入っていた。
「ふふふ、リリィンに頼めば、ここにあるものを読むこともできるわよ」
「ホントか!?」
「え、ええ」
「よ~し、それは良い話を聞いた。是非頼み込んでみよう」
「……そういえば一度聞いてみたかったんだけど、いい?」
「別に構わんぞ」
「何でそこまで本が好きなの?」
「ん……そうだな。そういや言ったことがなかったか」
「何か深い事情があったりとか?」
「いいや、そんな大したものはない。というかオレは、もともと施設長に負けたくないからって、知識を集めるために本を読み始めたのがきっかけだしな」
「施設長?」
日色から話を聞いた。彼の元の世界――日本というところでは、両親を事故で亡くしてから児童養護施設で育てられていたらしい。
その施設の長が、とても博識でいつも日色はからかわれたり、掌の上で転がされたりしていたという。
それが悔しくて、自分も施設長に負けないように知識を溜め込むために本を読み始めた。
「けどな、読んでると楽しくてな」
「知識が増えることが?」
「それもそうだが、本の中にはいろんな世界が広がっていて、そこに自分と主人公を重ね合わせることで、同じ時間を共有している感覚を得られるんだ。物語の数だけ、オレは様々な人生を歩めた。それが楽しくて、気が付けば本が好きになっていた」
「私も本を読むの好きだけど、ヒイロにそんなきっかけがあったなんてね」
「意外か?」
「う~ん、どうかな。好きになったものには一直線っていうのは、ヒイロらしいかも」
「確かに好みのものに出会えば、我を忘れがちなのは否めないがな」
「…………それって、人が相手でも……そう?」
「人? どういう意味だ?」
「だ、だからその……お、女の子を好きになっても、その……一直線なのかなって」
ドキドキしながら勇気を振り絞って聞いてみた。
「どうだろうな。そもそも今まで女を好きになったことはないしな」
「そ、そうだよね……」
何だか肩透かしをくらったような感じ。
「……けど」
「え?」
「けど、もしオレにそういう相手ができたら、命をかけてでも守り抜くだろうな」
「…………!」
「そいつを絶対失いたくないから。全力で離さない」
「っ!?」
「……ん? どうした、そんな顔を真っ赤にして?」
「う、ううん! ちょ、ちょっと古書に興奮しているだけよ!」
「そうだよな! やっぱりこんなに本に囲まれてると興奮するよな!」
「う、うん!」
いや、本を見て興奮するのは日色くらいだと思う。
(い、今のは反則よぉ。真面目な顔して全力で離さないなんか言われたら……っ)
もしその対象が自分で、抱きしめながらその言葉をかけられたら……。
(~~~~っ!? う、嬉し過ぎるぅ! 多分もう死んでもいいって思っちゃうかもぉ!)
自分だけにそう言ってくれる日色のことを想像するだけで顔が熱くなってくる。ただ……。
(……でももし、それが私じゃない場合、きっと泣いちゃうんだろうなぁ)
日色の隣に誰か他の人が立っているのを想像すると悲しくなってくる。
「……どうした? 具合でも良くないのか?」
「え! あ、……な、何で?」
「いや、さっきから不気味なくらい表情がコロコロ変わるからな。何かあったのかと思って」
「ううん。何でもないわ!」
どうやら妄想で一喜一憂していた感情が表情に出ていたようだ。かなり恥ずかしい。
「さあ、次はあっちへ行きましょ!」
「あ、分かったから引っ張るな!」
不安は確かにある。でも今はとにかくこのデートを楽しもう。そう思ったイヴェアムだった。
しかし幸せで楽しい時間というものはあっという間に過ぎて行き、そろそろデートの終わりが近づいてきた。
※
「もうすぐ日が暮れるな。そろそろリリィンの屋敷に向かった方が良いか」
今日、そこで《イデアコック王決定戦》の祝勝会が開かれる。
「あ~あ、もう終わりなのね」
「別にこんなことなら、時間があればいつでもできるだろ?」
「……ふふ、でも意外だったわ」
「何がだ?」
「だって、ヒイロからそう言ってくれるなんて思わなかった。基本的にめんどくさいって言って断るタイプだと思ったし」
「別に違ってないぞ。オレにとって外でフラフラするよりは、家の中で本でも読んでた方が楽しいタイプだ」
「なら何で?」
「……仮にもお前には答えを待っててもらっている立場だからな」
「あ…………うん」
答えをというのはもちろんイヴェアムの告白に対しての、だ。
「オレ自身、ハッキリ言って気になる女たちは……いる。その一人が、お前だイヴェアム」
「そ、それって……っ!」
イヴェアムの顔が嬉しそうに華やぐ。
「まだこれが好きってことなのかは分からんが、少なくとも守ってやりたいと思ってる」
「~~~~っ!?」
イヴェアムの顔から湯気がボンと出る。
「……ん? どうした、そんな茹でダコみたいになって」
「だ、だ、誰のせいよ!」
「はあ?」
「ヒ、ヒイロがあんまり嬉しいことを言ってくれるからじゃない!」
「そ、そうか?」
「そうなの!」
「…………」
「でも、本当に嬉しい。少しでも女の子として見てくれてることが……」
彼女の笑顔を見てまたもドキッとする。このデートで、見せた笑顔のどれよりもドキッとさせるような喜びを伝えてくる微笑だった。
「……だからオレは、答えを出すために、ミュアやミミル、リリィンたちとも向き合おうと思ってる。だからもう少し待っててくれ」
「ヒイロ……うん。……あ、一ついい?」
「何だ?」
「今からちょっとだけある場所に連れてってほしいの」
「?」
イヴェアムに頼まれて彼女と一緒に来たのは、彼女に告白された魔界の丘。
「やはりキレイな場所だな」
前にもちょうど日暮れ時にこの場に来たことがある。水平線を一望でき、海が夕日によって鮮やかなコバルトブルーに染まっている様子は、世界遺産に指定したいほど美しいものだ。
「やっぱりデートの最後はここに来たかったの」
「なるほどな。お前のお気に入りの場所で締めくくるというわけか」
「そう。それにここだったら、少し勇気が……出るから」
「勇気? 勇気ってなんの……んむ」
日色の表情が固まる。
何故なら目線の数センチほど先には、イヴェアムの顔があり、自身の唇には生暖かい感触が伝わってきているから。
――キス。
この世界に来て初めてではない。しかしこんな穏やかなムードの中、キスをしたのは初めてである。
イヴェアムの顔がゆっくりと離れていく。
「……えへへ、しちゃった」
刹那、全身の血流が激しくなったかのように熱を感じた。夕日に照らされる彼女の笑顔がとても魅力的であり、キスをしたせいもあってか、心臓の音がどんどん高鳴る。
「おま……え、いきなり過ぎるだろ」
「だって、まだヒイロからはしてくれないでしょ?」
「そ、それはそうだが……むぅ」
何とか誤魔化すように言ってみたが、逆に上手い切り返しをされて反論できなくなる。
「次はヒイロからしてくれると嬉しいな」
「…………はぁ。女ってのはよく分からんな。弱いところも多いし、そう思ったら強いし大胆だし……謎だ」
「そうよ、女の子はミステリアスなんだから」
ただ彼女の気持ちにはいつか必ず答えを見出さないといけないと強く思った。
(……けど、オレがコイツ以外の奴を選んだら、コイツは泣くんだろうな)
そしてそれは恐らく、ミュアやミミル、リリィンたちも同様だろう。そう思うと、答えを出すのが怖くなる。それでも……。
(それでもいつかは何かしらの答えを出さないとな。オレを慕ってくれるコイツらのためにも。…………はぁ、まさかこのオレが女のことでこんなに悩む日がくるとはな)
基本的には今まで女には興味がなかった。それよりも美味い食べ物と本があれば人生を過ごしていけるはずだった。しかしこの世界に来て、いろんな女性たちを触れ合って、自分の価値観も少しずつ変わっていっていたのには気づいていた。
初めての経験が頭を悩ませてくる。しかしこれもまたオレが選択した人生の一つ。だったら逃げずに向き合うのが日色の信念だ。
(母さんや父さんが生きてたら、少し相談に乗ってもらえたかもしれないが……あ、母さんならいるな)
脳内に浮かぶ小さな存在。「師匠~!」と抱きついてくる笑顔のニッキ。
(……ダメだ。いくら母さんの転生体とはいえ、ガキに相談なんて考えられん)
それは恥ずかし過ぎる答えだった。
「……ねえ、ヒイロ」
「……? 何だ?」
「私ね、あなたと出会って本当に良かった」
「…………」
「あなたってば本当に無茶ばかりするから、辛いこととか悲しいことも多かったけど、それでもやっぱりあなたがいてくれるから、私は……頑張れる」
「イヴェアム……」
「だからね……だから、私を選んでくれなくてもいいから、急にいなくなるのだけは……やめて」
不安気な彼女。アヴォロスとの戦いもそうだが、『神族』との戦いで、彼女が負った心痛は多大なものだったのだろう。それほど日色のことを想ってくれていた。
「…………安心しろ。オレはもうどこにも行かない。この世界が、オレの世界だ」
「!? ……うん! ねえ、ヒイロ!」
「何だ?」
「――あなたが大好きっ!」
本当に女というものは大胆だ。よくもまあ、そんなことを恥ずかしげもなく言える。しかし……不思議と心地好い。
「……礼だけは言っておこう」
「む~そこはノリでいいから、オレもとか言ってくれるとこでしょ!」
「さあな」
「むぅ~っ!」
いつか答えを出そう。自分が納得する一番の形の答えを彼女たちに見せるのだ。
それがどんな答えなのか分からないが、オレが真剣に出した答えなら、きっと彼女たちも認めてくれる。そんなふうに思えた――。
リリィンの屋敷の前で行われた祝勝会。そこにはそうそうたる面子が揃っていた。
各国の代表はもちろんのこと、《イデアコック王決定戦》の本選に出場した者たちなども顔を見せている。
屋敷の前には、テーブルが幾つも設置されており、その上には豪華な食事が並べられていた。その周りにいる者たちは皿を片手にバイキング形式で食事をとっている。
そんな中、日色もまた皿に、これでもかと言わんばかりに料理を盛って、勢いよく口内にかっこんでいた。
「――ヒイロくん」
「んあ……んぐ。何だ、テッケイル?」
そこに現れたのは、人懐っこい笑みを浮かべた青年だった。
「いやぁ、楽しんでいるかなって思って声をかけただけッスよ」
「無論食べてるぞ」
キランと目を光らせて、皿に載った食べ物を見せる日色。
「はは、相変わらずよく食べるッスね」
「お前はいいのか? あそこにある《烈火肉まん》て奴は絶品だぞ」
シウバが作った《烈火肉まん》。炎が燃えているような形に整えられてある《肉まん》で、鮮やかな紅色に色づいている。
外は《かき揚げ》のようにサクサクとしているくせに、中身はトロトロの肉汁が零れ落ちるミンチ肉が詰め込んである。また《トウガラシ》を練り込んだ皮は、少しピリ辛で美味い。
「そうッスか? それじゃ一個だけ」
テッケイルが手に取って食べると、彼は美味そうに顔を綻ばせる。
「んお~、これは確かに絶品ッスね~!」
「だろ? それにこのミュアが作った《特性にがりソース》をつけて食べれば、また味が変わって良いぞ」
このソースは単体で食べると結構苦くて顔をしかめてしまうが、野菜や肉などにつけて食べると、苦みが抑えられて食材の味を引き立ててくれる。
「んん~、なるほど、美味しいッス~!」
テッケイルも満足したようで良かった。
「……そういえばヒイロくん、陛下とデートしたんスよね?」
「ん? ああ、したぞ」
「ありがとッスね。陛下、かな~り喜んでたッスから」
「オレも楽しかったから別に礼を言われるようなことじゃない」
「いや、お前のお蔭で陛下はいつも民たちに笑顔を見せてくれている」
そこに登場したのは、一本の瓶を持ったアクウィナスだった。
「おお~、何スか、その瓶は?」
「これか? これはヒイロと呑もうと思った酒だ」
「いいッスね~! 僕もお相伴に与ってもいいッスか?」
「ああ、グラスもテーブルの上にあるし、注いでやろう」
アクウィナスの手から、三人分のグラスに乳白色の液体が注がれていく。
「確かヒイロはあまり酒は得意ではなかったな?」
「そうだな。あまり好んでは呑まん」
「ふっ、だがそろそろいろいろな酒を覚えてもいいと思ってな。こうして私の秘蔵の酒を持ってきたのだ」
「アクウィナスさんの秘蔵ッスか~、それは楽しみッスね!」
三人がグラスを手に取る。
「では、乾杯だ」
カチンと、それぞれグラスを合わせてから一口喉へと流していく。
「ん…………ふぅ、なるほどな、これは呑みやすい」
まだ強い酒は好きではない日色だが、これはアルコール度も低くて今の日色にはちょうど良い。どちらかというと白ワインに近い味わいだろう。
「っぷはぁ~! おかわりッス!」
「お前、これから挨拶回りとか言っていなかったか? 酔っぱらった状態では体裁が悪いだろう」
「あ、そうだったッス! いけないいけない! あ、でももう一杯だけ!」
最後に一杯だけ酒を煽ると、テッケイルは「んじゃ、また後でッス」と言って去って行った。
彼みたいな存在がムードメイカーというのだろうか。彼がいるだけが場が明るくなる。誰にも親しげに接する上、空気もしっかり読めるので、日色も好感を抱いている人物の一人だ。
「……先程の話に戻るが、陛下を支えてくれて感謝するぞ、ヒイロ」
「それはお前たちもだろ。アイツを支えてるのは、オレだけじゃない」
「それはそうだ。しかし陛下にとって、お前という存在がかけがえのないものになっていることもまた事実だ。違うか?」
「……そういう聞き方は卑怯じゃないか?」
「ふっ、そうか? しかし本当に我々は感謝しているぞ」
「もう分かったから、その話題は止めろ」
何度も感謝されるのはくすぐったい気持ちにさせられるので勘弁だ。
「ところでだ、明日から始まる《フープシュート大会》、ヒイロも参加するのだろう?」
「ああ……って、もしかしてお前もか?」
「各国代表として陛下に参加しろと言われているからな」
「これは大変な大会になりそうだ」
「盛り上がればいいと思うがな」
「大丈夫だろ。何だかんだいって、人ってのは祭りごとが大好きだしな」
「それもそうだな。では、ここで一つ宣言しておこうか」
「あ?」
「大会では私たち『魔族』が優勝をもらう」
「……ほう。つまりオレに勝つと?」
「そう言ったつもりだが?」
「なるほどな。……面白い。ならこっちからも宣言しておく」
不敵な笑みを浮かべたまま、日色は言葉を紡ぐ。
「大会はオレたちが優勝する」
互いに視線を切らずにジッと見返していると、どちらともなくフッと頬を緩める。
「なら、明日から始まる新たな大会の盛り上がりを祈願して……」
アクウィナスがグラスを日色に近づけてくる。彼の意図が分かり、日色もまたグラスを近づけた。
「ああ、乾杯だ」
グラス同士が合わさり、小気味の良い音が響いた。二人はそのままグイッとグラスを傾け酒を呑み干す。
(勝負を挑まれた以上、全力で応えてやる)
明日の《フープシュート大会》が楽しみだ。
※
一方、別のテーブルでは女たちの至極の争いが勃発していた。
「――負けないわよ、ミュア、ミミル、ファラ、それにリリィン」
「わたしたちこそ、絶対負けないよ! ね、ミミルちゃん!」
「はいです! とはいっても、ミミルは応援しかできませんが」
「ヒイロ様は【人間国】が頂きますの。これは確定事項ですの」
「フン、明日から始まる《フープシュート大会》、主催者のワタシも参加するが、主催者だからといって手心など加えん。全力で叩き潰してやる」
ミュア、ミミル、ファラ、リリィンがそれぞれ言葉を返しているが、彼女たちが何を言い合っているのかというと、明日から行われる《フープシュート大会》についてだった。
「いい? 大会で優勝したチームは、ヒイロをしばらく迎えられるという条件は覚えているわね?」
「もちろんだよ、イヴェアム! わたしたちが勝てば、【パシオン】にしばらく滞在してもらうんだから」
「絶対に負けられない戦いがここにありますの!」
「フン、貴様らの企みなど、見事に粉砕してくれるわ。ヒイロはずっとワタシの屋敷で過ごす」
女の子たちが行っているのは一種の賭け。
明日は【人間国・ランカース】チーム、【獣王国・パシオン】チーム、【魔国・ハーオス】チーム、そして日色チームの四つのチームが競い合うことになっている。
その中で優勝したチームが日色の滞在券を得られるという報酬があるらしいのだが、当の本人である日色はまったく与り知らない出来事でもある。
日色を長期間滞在させるだけでも、国の活性に繋がる。それだけ日色の存在は世界に影響力を持っているということ。
特に子供たちや冒険者たちは、日色を尊敬している者が多いので、特に冒険者の数が多い【ランカース】と【パシオン】は是が非でも勝ちたい勝負だということだ。
「魔界は確かに冒険者という存在はいないけれど、未来を担う子供たちがヒイロを慕っているのは事実。日色が【ハーオス】に滞在してくれれば、それだけで民たちは喜んでくれるわ。だからヒイロは私がもらうから!」
「ダメ、イヴェアムは今日、二人っきりでデートしたんだから、それで終わり! 次はわたしたちだよ! ね、ミミルちゃん!」
「その通りです! 二人っきりでデートなんてズルいですよ!」
「ちっ、小娘どもが、そろそろアイツが誰の物なのか分からせる必要がありそうだな!」
「……ふふふ、ファラたちも蚊帳の外というわけではありませんの。ジュドム様がお造りになられようとしている冒険者育成のための学校の立案者であるヒイロ様は、我が【ランカース】が必ず頂きますの!」
それぞれの睨み合いが続き、周りにいた者たちがその気に当てられてそそくさと去って行く。関わり合いになっては余計なとばっちりを受けると本能的に察したのかもしれない。
互いに譲れないもののために視線をぶつけ合っている。
その光景を離れたところで見ているニッキとウィンカァ。
「にょわぁぁ~、す、すごい殺気ですぞぉ」
「ん……ミュアたち、必死。……はい、ハネマル、これも食べる」
「ワオッ!」
ウィンカァの手から、肉の塊を受け取り美味そうに食べ始めるハネマル。通常人には懐かないスカイウルフというモンスターだが、ウィンカァと日色にはとてもよくなついている。
「ウィンカァ、楽しんでいますか?」
「あ、ととさん」
そこへ近づいてきたのは、ウィンカァの父親であるクゼル・ジオである。
「盛況のようですね。皆さん、楽しそうです」
「ん……ととさんは楽しい?」
「ええ、とても」
「良かった。……かかさんたちも一緒だったら、もっと良かった」
「そう、ですね」
ウィンカァには生みの親と育ての親の二人がいる。どちらももう他界してしまっているが。
「ですが、彼女たちも草葉の陰で見守ってくれていますよ、きっとね」
「そうですぞ、ウイ殿! 母親というものは、死んでも子供を守っているのですから!」
「……何か妙な説得力を感じる。ニッキ、すごい」
「えっへんですぞ!」
この二年で少し成長した身体を後ろに反りながら胸を張る。
ニッキ自身はまだ自覚していないが、彼女は日色の母親の転生体でもあるので、無意識に説得力が生まれているのかもしれない。
※
「――母上、負けちゃダメです!」
他のテーブルにて、一人の少年の視線が、真っ直ぐミミルへと向けられていた。
「あら、レッカくん、どうしたんですか?」
「あ、ランコニスさん」
「よっ、レッカは何してんの?」
ランコニスとその隣には彼女の弟のレンタンもいる。
「いえ、母上があの勝負に負けないようにと念を送っているんです」
「ね、念て……相変わらずレッカは変な奴だなぁ」
ほぼ同じ年頃なので、レンタンとレッカは仲が良い。二人で鍛錬したり勉強したり切磋琢磨しているのだ。
「ふふ、しょうがないでしょ、レンタン。何といってもレッカくんは、あのヒイロさんとミミルさんの前世の子供なんだから」
つまり先代の勇者である灰倉真紅と、先代の『精霊の母』であるラミルとの間に授かった子供なのだ。残念ながらこの世に生まれ出ずることはできなかったが、イヴァライデアが力を使って、その魂を現世へと移したのだ。それがレッカとして生まれた。
「なあなあ、レッカは明日から始まる《フープシュート大会》に出るのか!」
「いいえ、残念ながら出られないと思います。皆さんお強いですから、補欠にも入らないかと。一応練習は父上とさせて頂きましたが」
「そっかぁ。レッカなら活躍できると思ったけどなぁ。ちっくしょー、俺も出たかったなー」
「そのためにはもっと成長しなければならないわね。そうすれば、今度は出場できるわよ」
「うん! 一緒に頑張ろうな、レッカ!」
「オス! 父上に負けないように尽力します!」
「相変わらず固い奴だなぁ。……そういや、ヒイロ兄、大人気だよなぁ」
日色の周りには数多くの者たちが集まり、彼を取り囲んで談笑している。
「しかもほとんど女ばかり。モテモテだよなぁ。いいのか、姉ちゃん、出遅れちまうぞ?」
「にゃ、にゃにを言ってるのよ、あなたは!?」
顔を真っ赤にして怒鳴るランコニスに対し、ニヤリと楽しげに笑みを浮かべるレンタン。
「あっれ~? 俺知ってんだぞ、朝ヒイロ兄を起こす時、小声で『ご、ご主人様……』って言って、ヒイロ兄の頬にキ――」
「ああぁぁぁぁっ! ほ、ほらさっさとシウバさんを手伝いにいくわよ、レンタンッ!」
「い、いてぇっ! 耳を引っ張んなよぉ!」
「黙りなさい! いいからついてくるっ!」
「た、助けてくれぇ~、レッカァ~ッ!」
しかしレッカはただ手を振ることしかできなかった。
「だって、明らかに悪いのレンタンですしね……」
恐らく長い説教を受けるハメになるだろうなとレッカは思い、レンタンに手を合わせておいた。
時が過ぎて行き、祝勝会は大成功に終わった。
日色は夜中、リリィンの屋敷の屋根の上に腰を落ち着かせ、空に浮かぶ金色の塔を眺めていた。
「――このようなところで何をしているのだ?」
「……リリィンか?」
背後から声が聞こえたかと思ったら、いつの間にか彼女が姿を見せていた。彼女がゆっくりと日色の隣に移動し、同じように腰を下ろす。
「もしかして、眠れないのか?」
「……まあな」
「ククク、大会が楽しくて興奮して眠れないとでもいうつもりか?」
「……かもしれないな」
「っ! ……否定しないのだな」
「こういうことは初めてだからな。それにようやく見たい光景も見ることができた。それはお前も同じだと思っていたんだがな。だからお前もこうして起きてる」
「……お見通しか」
リリィンは僅かに頬を緩めると、そのまま視線を空へと向ける。
「念願だった【太陽の色】が完成し、ヒイロが企画した大会も大成功を収めることができた」
「おいおい、明日からもまだあるぞ」
「ああ、だが嬉しくてな。ワタシの夢が形になったことが」
「それもお前が諦めずに行動し続けたからだろ、元引きこもり」
「引きこもり言うな! もう引きこもりなどではないわ!」
「だから元ってつけただろ」
「フン、まったく、貴様くらいなものだ。会った当初からワタシに物怖じせずにからかってくるような輩は」
「言っておくがオレも初めてだったぞ。いきなり食事で試されたり、夜襲われたり、いきなりワタシのものになれ宣言されたり」
今思い出しても、リリィンとの出会いは強烈的だったような気がする。
「ククク、貴様がワタシの興味を惹いたのだから仕方ないだろう。諦めろ」
「……その上から目線もあの頃から変わらないな」
「貴様もだろうが」
確かにお互い似たような性格だが、出会ったばかりの頃からまったく変わりがない。だからこそ、反発しながらも何でも言い合えるような関係だった。
「…………貴様には本当に感謝している」
「何だ、急に?」
「急に、ではない。ずっと前から言おうと……思っていた」
「……?」
「貴様との出会いが、ワタシの止まっていた時の針を動かしてくれた。貴様が手伝ってくれると言ったから、ワタシはここまで歩き続けることができたのだ」
「…………」
「本当に、感謝している」
月光に照らされる彼女の燃えるような紅髪が美しく、それに少し紅潮した彼女の頬が印象的で、とても可愛らしく思えた。
「っ……だ、だからヒイロ……ッ」
「な、何だ?」
「……その、だな…………か、感謝の印として…………がある」
「はあ? 聞こえないぞ?」
「だ、だから貴様にプレゼントがあると言ったのだっ!」
「……別にそんな気を遣わなくてもいいぞ? オレはオレがやりたいからお前の手伝いをしただけだし」
「それは貴様の都合だろ! ワタシにはワタシの想いというものがあるのだ!」
「そ、そうか」
必死さが窺え、思わず気圧される程。
「だ、だから……だな、ぴゅ……ピュレジェントだ!」
突然リリィンが飛び込んできたと思ったら、そのまま腕を日色の首に回して――
「んむ――っ!?」
一瞬で理解できた。今、自分がリリィンとキスをしていることを。
「ん……んん……」
リリィンから艶めかしい声が漏れ出る。彼女の身体を受け止めているが、まるで熱い風呂に使った後のように身体が熱くなっていた。唇からも温かみを感じ、それが気持ち良さに変わっていく。
「んあ……」
リリィンがゆっくりと顔を離す。
「……お、お前……!」
「フ、フン! 言ったであろう! 貴様はワタシのものだと! だから……ワタシも…………貴様のものなのだからな」
するとまたも顔を近づけてきて二回目のキスをしてきた。
「ん……これで貴様と二回も口づけをしたのはワタシだけだな」
「……そ、そうだな……」
「……だから、貴様はワタシのなんだからな……」
日色の胸に顔を埋めてくるリリィン。
(い、いきなり過ぎてどう対応したらいいか分からん……!)
とりあえず、そのままジッとしたままでいると、
「…………好きなのだからな」
「……は?」
刹那、ボフッと彼女の頭から湯気が飛び出る。
「お、おい」
「ま、待てっ! い、いいいい今顔を見たら絶対殺すっ!」
「……分かった」
ギュッと日色の服を掴み、必死で顔を隠そうとするリリィン。
(さすがに抱きしめられながら告白されたのは初めてだな)
視線を落とし、彼女の頭を見つめてから、ポンと手を置く。
「……そろそろいいか?」
「…………うむ」
身体を離してくれたリリィンの顔は信じられないくらい真っ赤に染め上がっていた。
視線がチョロチョロと動き行き場を失ったかのようだ。
「……お前、恥ずかしいなら無理しないでも良かったんじゃないか?」
「む、無理などしてはおらんわ! ただ……ただそう、ただ!」
「ただって何回言うんだよ」
「う、うるしゃいっ! 黙って聞けっ!」
「…………」
「は~ふ~……、よし! ヒイロ! ワタシは絶対に負けないからな! だから覚悟しておけ! 貴様の身も心もすべて手に入れてみせる! いいな!」
こんな高圧的な告白があっただろうか。
しかし彼女らしいといえばらしい。だから思わず頬が緩んでしまう。
「な、何がおかしいのだっ! どこか変だったか!?」
「……いや、大したもんだと思ってな」
「……?」
「……オレは心の底から誰かを好きになったことなんて、両親以外いなかった」
「……!」
「好きになって、もしその存在がいなくなったらって考えると、心が拒絶した。これ以上、他人には踏み込むなってな。だからオレは両親が死んでから、極力他者との関わりを避けてきた。けど……この世界に来て、お前らに出会って少しずつ自分が変わっていくのを感じてた。親しくなれば親しくなるほど、別れは辛くなる。そう自分に言い聞かせて距離を取ろうとしてきたが、お前らといるのは、何だか心地好かった」
「ヒイロ……」
「結局、人は一人ではいられない。生きるってことは、誰かと関わるってことだからな。誰かとつながり、そこに安らぎを感じるのは、人として当たり前なんだろう。……今でも怖い。オレには守りたい奴らがたくさんできた。そいつらがいなくなることが……酷く怖い」
何故だろう。こんな弱音を吐くつもりはなかったのに。
……月の光を浴びていると、自分の想いを口にしたくなってくる。
「オレは……オレにも、誰かを好きになることができた」
「そ、それって……!」
「ああ、オレはお前らが好きだ」
「っ!? って、お前ら!?」
「……まあ、それが恋愛感情にまで発展しているかは謎だけどな」
「むぅ……っ」
「どうした、そんなむくれた顔して」
「馬鹿者め! そこは冗談でもお前らではなくお前が好きだと言え!」
「冗談でいいのか?」
「む……いや、冗談じゃ笑えんが」
「だろ? でもこれからオレは、心の底から誰かを好きになることができる、と思う」
「もちろんその中にはワタシはいるのだろうな?」
「さあな」
「んなっ!?」
「はは、冗談だ」
「こ、このぉ……やはり永遠に幻術をかけてワタシが一生飼うか……」
何だか怖いことをブツブツ言い出し始めた。
「だから、少し待っててくれ」
「……?」
「ミュアやミミル、イヴェアムにもまだ返事をしてないんだ」
「まったく、貴様くらいのものだぞ。我らのような美しい女たちを待たせているのは」
「美しいって、自分でよく言えるな。お前はどちらかというと可愛いというタイプだろ」
「か、かわ、かわ、かわ……っ!?」
リリィンの顔がまたもポストのように赤くなって、プイッと顔を背ける。
「ちっ、貴様との対話は本当に調子が狂う! 馬鹿者め!」
悪態をつく彼女だが、それが照れ隠しだというのは何となく分かる。これでも長い付き合いになってきた。
こうやって少しずつ彼女たちのことを知っていけばいい。そしていつか答えを出す。
(はぁ、学校のテストは得意だったが。こんな難解な問題は生まれて初めてだな)
彼女たちから投げかけられている問題は、単純な話二通りしか答えが無い。
しかしそのどちらが正解かなんてサッパリ分からないのだ。
(まあ、時間をくれるらしいし、じっくり考えてみるか)
月を見上げていると、どこからか母の声で、「大いに悩みなさい!」と笑顔を浮かべながら言われているような気がした。




