260:イデアコック王決定戦3
参加者専用の控室に帰ったミュアとアノールドは、大きく息を吐き、三回戦での奮闘と勝利に腰を落ち着かせていた。
「何とか勝てたね、おじさん」
「そうだな。いきなり負けるわけにはいかなかったけど、知らない食材の上、統一感もまるで無かったから正直勝てると思ってなかったしなぁ」
「タイトンさんのお料理も最高レベルだったもんね」
「ああ。味だったらもしかしたら負けてたかもしれねえ。三大陸それぞれの食材とテーマに救われたのかもな」
「でもよく思いついたよね、あの料理」
「はは、まあな。『大地の息吹』っつう解釈の難しいテーマなんか出しやがってよぉ」
「でも、カードを引いたのはおじさんだけどね」
「う……それを言われちゃおしまいだけどよぉ。……まあ、三つのバラバラの食材だったからこその思いつきだな。大陸それぞれの味を引き出してやれば、いろんな味も楽しめるし、美味えと思ったんだよ」
「一つの料理っていうよりは、三つの料理って感じだもんね」
「そうだな。けど、ホントーに、タイトンは強敵だったわぁ~」
「ははは、お疲れ様、おじさん」
「ミュアもな。サポートありがとな」
「うん!」
二人は控室に設置されているモニターを見る。第四回戦はすでに始まっているようで、
トルド & コラン VS ジーニーズ & ホルネス
この闘いが繰り広げられている。
「どうやら得意食材を引き当てたらしいな、トルドは」
「みたいだね。勝負方法は何だろ?」
「二組とも鍋を出してっから、鍋対決でもしてんじゃねえか?」
両者とも鍋に食材を入れて調理をしている姿が映し出されている。
「トルドさんたちの対戦相手の人たちは獣人なんだね」
「らしいな。見る限り、料理の腕は一流。トルドも気が抜けねえ相手だな。けど見た感じ、実力的にトルドの方が上そうだし、問題なく勝ちやがんだろうな」
「まだ分かんないよ? でもトルドさんたちに勝ってもらいたいとは思うけど」
そこでミュアは次の出番まで時間があるので、用を足しに行こうと思い、
「ちょっとお手洗いに行ってくるね」
「おう、気をつけてな~」
控室から出てトイレがある場所へと向かった。
そして用を足して控室に戻ろうとしたところ、
「……ん? あの人は……」
一人の人物の後ろ姿が見えた。
「……エルニースさん?」
控室から出てきたようで、そのままどこかへ歩いて行く。少し気になったミュアは、そのまま気づかれずに後をつけていった。
実際結構謎の少女だ。まだ十九歳なのに、あれほどの料理の腕を持つこともそうだが、決して感情を表に見せずにずっと無表情に料理を作り上げる。
いろんな料理人が存在するだろう。笑顔で作る人も、必死な形相で作る人も様々だ。しかし彼女に関して言えば、ミュアが直感的に思ったのは――辛さと寂しさだった。
彼女の瞳から、僅かながらそんな感情が読み取れたのだ。心の機微に敏感なミュアだからこそ知り得たのかもしれないが。
(だけど、気になる。この大会に出てる人は多かれ少なかれ勝つために必死になってる。でもあの人にそれは見えない。ううん、違う。必死なのかもしれないけど、他の人とベクトルが違うような気がする)
彼女が見ている景色が、他の人と違うような感じがし、ミュアは気になっていたのだ。
この大会に優勝すれば、料理人として最高の栄誉を手にできる。自分にも他人にも誇れる称号が手に入るのだ。だから皆、必死に勝利を得るために頑張る。
ただその過程で、楽しむことを全員が忘れていないように思えた。少なくとも、エルニース以外は、ムースンも、タイトンも、アノールドも、トルドも、もちろん勝ちを目指しているが、やはり料理を作っていて楽しそうなのだ。
それが彼女からは感じられない。一体彼女をここまで来させているものが何なのか、つい気になってしまう。
エルニースは、そのまま会場の外に出て、誰もいない場所で静かに空を見上げていた。そのまま静かに目を閉じると、
「――尾行。何か用事?」
そう呟いたので、ミュアは自身の尾行が気づかれていたことを知る。
「え、えっと……す、すみませんでした、エルニースさん」
彼女は静かに振り向き、ジッと見つめてくる。やはり感情の見えにくい瞳だ。
「……あ、あの、一つ聞いてもいいですか?」
微かに顎を引き許可してくれる。
「こんな質問、不躾なのかもしれませんが…………エルニースさん、あなたは料理が好きですか?」
「…………何故?」
どうしてそのようなことを聞くのか、という意味だろう。
「じ、実はですね。あなたが料理を作っている姿を見せてもらってから、ずっと気になってたんです。何か、無理して料理を作っているような気がして」
「……敏感な子」
「え?」
エルニースが再び背中を向いて空を見上げる。
「……あなたの名前」
「……へ? あ、ミュアです! ミュア・カストレイア!」
「……ミュア。あなたは料理が……楽しい?」
「あ、はい。おじさんやエルニースさんみたいに上手く作れませんけど、楽しいです」
「……そう。……羨ましい」
「え?」
すると次に彼女が紡いだ言葉にミュアは息を呑む。
「私は……料理を憎む」
聞き間違いかと一瞬思う。しかし再度ミュアへ振り向いた彼女の瞳には、明らかな憎しみが宿っていた。嫌悪すべき対象を見るような、仇でも見るような憎悪の瞳。
「どう……して……?」
「…………残酷、だから」
「ざ、残酷? りょ、料理は人を幸せに、笑顔にしてくれるものです!」
「けど、私の大切な人を……救ってはくれなかった」
「え……?」
今、彼女は大切な人と言った。そして救ってくれなかったと。料理が何か関係してることは確かだ。そしてそれが料理を憎む原因であるのは間違いない。
エルニースがゆっくりとミュアが立つ方へ歩いてくる。そのまま脇を通過する時、
「だから私は、料理人に頂点に立って、料理を卑下し支配する。あの子の仇を取るために」
ミュアは言葉をかけることも追いかけることもできなかった。彼女はそのまま会場へと戻っていく。ただその後ろ姿は、とても儚く、悲しみを背負っていた。
「おう、ずいぶん長かったな、腹でも壊し…………どうしたミュア?」
控室に帰って来たミュアのどんよりとした表情を見て、デリカシーのないアノールドも、さすがにそれ以上言葉を続けられずに、ミュアの様子を尋ねてきた。
「ううん、何でもないよ、おじさん」
「け、けどお前……」
「ねえ、おじさん」
「あ? 何だ?」
「……あのね、おじさんは料理を憎んだりしたことがある?」
「はあ? 憎む? 何でまたそんなことを……」
「お願い、答えて」
ミュアの真剣な眼差しに、茶目っ気は必要無いと感じたのか、彼もまた真剣な表情で答える。
「……そうだなぁ。憎む……まではいかねえけど、怒りを覚えたことはあるかな」
「そんなことあるの?」
「まあ、それは料理に対するっていうより、八つ当たりみてえなもんだけどな。どうしても作ってみてえ料理があったんだけど、それが全然上手く作れなくて、何度も何度もチャレンジしても失敗ばかり。つい料理そのものが悪いんだって思って不貞腐れたことはあったな」
「おじさんでも、そんなことあるんだ」
「俺だって感情のある生き物だぜ? 上手くいかなきゃ、八つ当たりだってしちまう。自分の実力が足りねえってのを認めたくなくてな。けどな、料理ととことん向き合えば、稀に向こうから教えてくれんだよ」
「教えてくれる?」
「そう。何つうか、食材とかが語りかけてくれるんだ。こういうふうに調理してくれ、そうすればきっと美味くなるってな」
「そんなことがあるんだ……」
「そんで、その通りに作ったら、あら不思議! さっきまでとは違って、スムーズに難しい工程とかをクリアできて、料理を完成できちまうんだ。そういう時、俺は思うんだよ。ああ、やっぱり料理は面白えなって。だから止められねえんだ。料理の奥深さを知っちまってるから。何度もあの瞬間を味わいてえから」
初めて聞く彼からの料理に対する熱い思い。挫折や失敗を繰り返し、その先に待っている景色を見たアノールド。そしてその景色の素晴らしさを知っているからこそ、料理の楽しさを知っているからこそ、こうして彼は楽しみながら料理を作れるのだ。
「……エルニースさんも、多分、そんな景色を見れたならきっと……」
「あ? ……一体どうしたってんだ?」
ミュアは、アノールドにエルニースとの会話の内容を教えた。
「――ふぅん、そっかぁ。そんなことがあったんだな」
「うん。わたし、何も言えなくて……」
「料理を卑下し支配する……かぁ。よっぽど、料理が憎いってことなんだろうな」
「何があったのかな……。あの人は大切な人を救ってくれなかったって言ってたけど」
「……分からねえな。けど、ホントにエルニースは料理を憎み切れているのかな」
「どういうこと?」
「だってよ、ホントに恨みとか憎しみで料理を作ってんなら、何であんなに美味いものを作れるんだ?」
「あ……」
「あの子の背景にあるのは確かに怒りとか苦しみとかかもしれねえ。けどさ、あの子が作る料理は、人を笑顔にしてる。それだけは確実だ」
そうだ。この大会――予選も本選も、彼女の作る料理はどれも素晴らしく、誰もが絶賛の声を上げ笑顔を見せていた。
「ホントに憎しみだけに支配されてんなら、あんな料理は作れねえんじゃねえかなぁ」
「……そう思う?」
「ああ。多分あの子もホントに料理が好きなんだろ。けど何かがあってそれが怒りを持っちまった」
「うん。あの子の仇とか言ってたよ」
「仇……ね。でもエルニースの根底にあるのは、間違いなく料理への愛情だと俺は思う。だってよ、あんなすげえ料理が作れんだぜ?」
「おじさん……」
「アイツがこの大会に勝って、料理人の頂点に立ち、それで料理を支配できたと思うのは間違いだ。料理は支配できるようなもんじゃねえし、それに……優勝は俺たちがもらうんだしよ」
「……そうだね。彼女にも思い出してほしい。料理ってすっごく楽しいってことを」
「おうよ! でもまずは、次の対戦相手――」
アノールドがモニターを見る。そこには高らかに勝利宣言を受けているトルド&コランチームの姿が映し出されていた。
「アイツらに勝たなきゃ、話になんねえよな!」
※
「お待たせ致しました! これで本選の第四回戦まで終了致しました! 残りはあとたった二戦! これで明日の決勝戦に出場する組が決定します!」
シウバは意気揚々と片手に持ったマイクを器用に振り回し、パフォーマンスを見せている。誰も彼の妙技など期待していないというのに、無駄で変に脅威的な動きだ。
「では第五回戦の対戦組をご紹介させて頂きます! まずは一回戦、息も吐かせぬハイレベルな闘いを見せてくれたムースン選手です!」
観客からムースンを称賛するような声が聞こえてくる。ムースンは容姿も良いので、男たちの視線も集めていた。
「そして二回戦、他を寄せ付けない圧倒的な実力で勝ち上がって来た、エルニース選手です!」
こちらもまた会場がドッと熱気を帯びる。すでにカリスマになっているようで、老若男女問わず、憧れや尊敬の眼差しを彼女にぶつけている者が多い。
「この二組にて、準決勝を行って頂きます! ただし、今回使用する食材は――コレッ!」
すると地面からゴゴゴゴゴと音を立てて舞台がせり上がってきた。
その上に乗っているのは、一つの食材。
それは全身が紫色をしている体長が三メートルほどのヘビ。長さよりも太さの方が大きく、幅が三十センチくらいある。ゴツゴツしていそうな鱗を持ち、他を射殺すほどの眼力を宿していたであろう凶悪そうな真っ赤な瞳。
普通なら食べ応えがありそうだなと日色も思うのだが、その生物を見ただけで嫌悪感が走るほど不気味な存在だった。無論動かないので死んでいることは確かなのだが、それでもあまり近づきたくないと本能が危険を察知する。
会場も静かにざわついていて、日色と同じように顔をしかめながらソレを見つめていた。
「この食材の名前は――ドクバミ。魔界のある場所にしか生息しない、猛毒を持った生物です。その毒は、米粒ほどの量で、人を百人以上殺せると言われています。そしてまだ、毒抜きはされておりません! お二組には、この食材を使ってたった一品! たった一品の極上料理を作って頂きます!」
日色はドクバミを観察しながら思う。
(おいおい、あんなもん食べられるのか? 今まで出会った毒持ちモンスターの中でも、比較にならないほどの警戒心がオレの中で鳴ってるぞ)
もし彼女たちが少しでも毒抜きに失敗すると、その料理を口にしたら……死ぬ。
「……おい、リリィン、いいのか?」
「あ? 何がだ? 準決勝に相応しい勝負だろうが」
「しかしな、少しでも毒が残ってれば……」
「それは問題無い」
「は?」
「単純明快。あのドクバミを捌くには、たった一つの手順しかない」
「一つ?」
「そうだ。その手順以外の方法で捌いてしまうと、すべての身が毒に侵され、どんな方法をとっても毒抜きできなくなる。まあ、貴様の魔法なら問題はないと思うがな」
「……なるほどな。つまり調理方法からすでに勝負が決まる可能性が高いってことか」
捌きの手順を間違ったら、もう料理は作ることができない。つまり捌く方法を知らなければ、そこでリタイアということ。
(二人は知ってるのか……?)
どうやら二人もリリィンの話を聞いていたようで、エルニースの方は無表情なので分からないが、ムースンの表情は強張っている。彼女も初めて見た食材なのかもしれない。
「制限時間は一時間です! では、第五回戦、始めてくださいっ!」
制限時間が一時間。かなりシビアな条件である。
開始宣言と同時にムースンとエルニースが舞台へ目指して動く。二人は容易されている特殊なグローブを装着し、軽くドクバミに触れる。直後、二人ともがクラリと目眩を起こしたようにふらつく。
「ムースンさんっ!?」
ムースンの方は慌ててテッケイルが駆けつける。
「だ、大丈夫です。マスクをするのを忘れていたので」
そう、グローブの他にマスクもしっかり用意されている。二人はそれを着用せずにドクバミに近づいてしまった。
「ドクバミは死んでもその身体には信じられないほどの毒を持っています。そして絶えず、汗のように身体から流れて、それが気化します。それを吸っても、死に至ることはございませんが、今のように目眩を引き起こしたり、軽い痺れを起こしたりします! それらを見極めて調理をなさってくださいませ!」
とんでもない食材を用意したものだと日色は心底呆れてしまう。
ここに出してくる以上、珍味であることは間違いないのだろうが、果たしてまともな料理勝負になるかも疑わしい。
するとエルニースの方が、先に包丁を手にし構え、瞑想するように目を閉じた。
「――目標、調理を開始」
カッと目を見開いた直後、彼女の包丁が流れるような動きでドクバミの身体に沈み込んでいく。
「そう、尾の先から切れ込みを入れればいいのね」
誰かと会話しているかのように、無言を貫いていたエルニースが話し出す。数センチほど、尾に切れ込みを入れると、次は頭に直接包丁を入れて、そこからまた数センチほど包丁を動かしたのち、今度は仰向けにひっくり返して、腹部の中心に白くなっている部分があるのだが、そこに串のようなものを刺してから、とぐろを巻くようにドクバミをコンパクトになるように巻いていく。
そしてそのまま台に乗せて調理台へと持って行き、大きな寸胴のような入れ物に湯を沸かし、その中にドクバミを放り込んだ。
「分かった。――これで十二分煮込む」
まるでドクバミ自身から調理方法を聞いているかのようなスムーズな動きで、迷わず調理をし始めたエルニースに、全員が呆気に取られていた。
それを見ていたムースンがゴクリと喉を鳴らすと、
「……食材の意志を感じ取ったんですね」
「え? 何か言ったッスか?」
「……はい。実は料理人の中には、稀に食材から意志を感じ取れる人がいるんです。私もまだ一、二回ほどしか聞いたことがありません」
「食材の……意志ッスか?」
「恐らく、彼女はドクバミの調理法を知らなかったでしょう。知っていれば、私のように毒気にやられてふらつくことはありませんから。ですが彼女は、ああやって見事な調理法ができている。食材から意志を感じ取っているとしか思えません」
「な、ならムースンさんも!」
「……いえ、これは意図してできるものではありません。食材と真に向き合い、かつ料理人として絶対的な格があればこそ成せる技です。私ができるのは、彼女の調理法を見て、それを模倣することだけ!」
するとムースンが包丁を、ドクバミの身体に入れていく。それままさに先程のエルニースの動きをトレースしたかのような流れ。
……しかし。
「――ムダ」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、エルニースが呟いた。
直後――。
「……えっ!?」
ムースンの包丁が止まる。
尾の切れ込み、そして頭に包丁を突き立てるまではできた。しかし、包丁が皮膚を少し傷つけただけで、そこからピクリとも動かないのだ。
「ど、どうして――っ!?」
ムースンは完璧にエルニースの動きをコピーしたと思っているのだろう。しかし何か手違いがあったようで、そこから先に進めずにいる。
日色は『鑑定』の文字を使ってドクバミを調査していた。
(……なるほどな。ムースンが困惑するのも無理はない)
何故ならドクバミの身体は、というか骨はダイヤモンドよりも硬い。尾の切れ込みは、皮膚だけを切れば良かったので、問題なかったが、頭はそうはいかない。頭蓋骨を突き破り、そのまま骨を切り裂いていくのは、並みの技術では不可能だ。
(それをあっさりと可能にしたのはアイツの――《切断魔法》だ)
エルニースのユニーク魔法。それを使って、ドクバミの骨を見事に切断したのだ。最後の串にしても、それの応用だろうな。
日色ほどの強さがあっても、単純な力で包丁でダイヤモンドを切るという芸当は厳しい。寸断することができても、身までグチャグチャになってしまいかねない。
しかしエルニースの力にムダなどなく、キレイに骨を切断している。
(これは……どうする、ムースン、テッケイル?)
ムースンが一旦包丁を引いて、ドクバミを観察している。
「……テッケイル様、どうやらこのドクバミの骨は想像以上の硬さのようなんです」
「みたいッスね。けど、それなら何であの子はあんなにスムーズに切れたんスかね」
「分かりません。それも食材の意志に関係しているのかもしれませんが……」
「けど、一度でも手順を違えば終わりなんスよね?」
「はい。他の所に包丁を入れればそこで終了してしまいます」
「……なら、是が非でもこの頭から骨を切断しなきゃならないってことッスね」
「ですが、私の力では……」
「なぁに、そのために僕がいるんスよ!」
ニカッと白い歯を見せて笑うテッケイル。すると懐から筆を取り出し、空中に絵を描き始めた。
「ムースンさんの包丁と、力じゃ、どうやら捌けないようッスから、なら捌ける道具を生み出してやればいいんス!」
そうやって空中に描き出されたのは、一本の包丁と串。燃えるような赤と白銀色で生み出されたソレらは、絵から立体的な本物と化してテッケイルの手に収まる。
「僕の魔力、ほぼ全部注ぎ込んで作ってみたんで、ちょっと危ない代物だと思うッスけど、ムースンさんなら扱えると思うッスよ」
テッケイルが黙ってムースンに包丁と串を差し出す。彼女はジッと包丁に視線を落とし、覚悟を決めたようにコクリと喉を鳴らすと受け取った。
「ありがたく、使わせて頂きます」
手に取った包丁と串を見て、ムースンは驚嘆する。
「す、凄い魔力を感じます……! これなら!」
串をテーブルに置いて、まずは包丁捌きに神経を集中させていくムースン。
一度失敗したドクバミの頭部へ包丁を突き立てると、一気に直下へ力を加える。すると先程とは比べものにならないくらいスムーズに包丁が沈んでいく。
ムースンは笑顔をになりテッケイルの方を見ると、彼もまたグーサインを出して喜んでいた。
「……テッケイル様がお力を貸してくださっています。なら全力で調理を開始しますっ!」
ムースンの気合の包丁捌きが炸裂。エルニースの動きをトレースしながら、同じ手順でドクバミを捌いていく。
そして結構遅れたが、エルニースと同じようにドクバミを煮込むところまでやってきた。
その間、エルニースは調味料やソースなどを作っていたようだが、ようやくムースンも先に進むことができたのだ。
するとエルニースが寸胴からドクバミを取り出し、迷いの無い手つきで捌いていく。それをムースンはジッと観察しているが、エルニースは別段隠すつもりはないようで、自分の調理だけに集中している。
かくてムースンよりも先に調理を終えたエルニースが、皿に盛りつけして審査員のところへと持って行く。まだ制限時間を二十分以上も残しての完成だ。
「まだムースン選手は料理を続けていらっしゃいますが、先にエルニース選手の料理を試食して頂きましょう!」
シウバの言葉に従って、料理が日色たちの目の前に運び込まれてくる。
皿の上には野菜の上にドクバミをからあげにしたような物体が載ってあり、その上にはとろみの強そうな鮮やかな橙色の液体がかけられていた。
(……ん? この匂いは……柑橘系の香りか?)
料理から僅かに酸っぱいニオイが鼻に入ってきた。液体にはよく見れば小さな粒々しいものも混ぜてあって、それが大小様々に確認できる。
(これってもしかして……何かの皮か? あ、どっかで見たことあると思ったが、これってマーマレードソースってやつか?)
多分間違いないだろう。からあげにマーマレードが合うかどうかは分からないが、色合いやニオイに関しては食欲を十分にそそってくるので合格だ。
「まずはこのソースを舐めてみるか……ん。……やっぱりマーマレードソースだな。少しほろ苦いが、それだけじゃなくて、柑橘系の酸味……ん、それにこの辛みは……そうか、少しだけ唐辛子も入れてるのか。このソースだけでも飯にかけて食べられそうだな」
しかしメインはソースではない。日色はからあげをフォークで突き刺すと、目一杯にソースをつけて頬張った。
「はむ…………んおっ!?」
外はまるでスナック菓子でも食べているかのようにサクサクカリカリなのに、中はフワリと軟らかく、かつジューシーな肉汁が溢れ出てくる。鶏肉に似た味ではあるが、鶏肉とはまた違った深い味わいだ。
その味わいを演出しているのは、このソースとのマッチングだろう。からあげの良いところを百パーセント引き出しているように思える。
ソースの仄かな苦みが、もともと持っているのだろうからあげの甘味を引き立て、味が何倍に膨れ上がっているのだ。
「これは、止められん! はぐ! んぐんぐ! 美味いぞ、見事だ!」
日色以外の審査員たちも一様にからあげを食している。例の如く、エルニースは黙ったまま審査員たちを見つめているだけだが、やはり彼女は素晴らしい料理の腕を持っている。
「おほん! 一つ聞きたい、エルニース」
その時、リリィンが手を止めてエルニースに視線を向けた。
「貴様は最初からドクバミの調理手順を知っていたわけか?」
フルフルと彼女の問いに対して、エルニースが首を左右に振る。
「ふむ。ならば何故あそこまで迷いなく調理ができたのだ? よければ答えてほしいのだが」
そうは言っても、やっぱり前のように無言を貫くのかもしれないと日色が思っていると、
「……ドクバミが、教えてくれました」
「……は? ドクバミが? 教えて? どういうことだ?」
当然リリィンだけでなく、日色も彼女の言った真意が掴めず眉をひそめてしまう。
「……食材の意志を感じ取った。そういうことじゃろう」
そこへホオズキが会話の中に入ってきた。リリィンが彼に説明を求めると、
「食材もこの大地に生きる存在じゃ。我らと同じように言葉を話すことはできないが、心は確かに存在する。その心を感じ取ることができる料理人が、この世にはいると儂は聞いたことがある。というかのう、アダムスがそうじゃったしなぁ」
本当にあの女は高スペックを地でいくような女だなと日色は思った。まさか料理人のスキルまで持ち合わせているとは規格外にもほどがある。
「しかし、食材と語れるのは、純粋に食材と向き合える者だけ。彼女が素晴らしい料理人だから、初めて見る食材でも調理ができたんじゃろう。まだ若いのに大したもんじゃ」
絶賛されても、エルニースは眉一つ動かさない。当然だろうと思っている感じでもない。まるでそんなことどうでもいいと、感じているようにも思えた。
エルニースの試食が終わって、制限時間いっぱいになった頃、ようやくムースンの料理が完成し、審査員席に運ばれてきた。
皿の上には鉄板が用意されており、その上にはグツグツ煮え滾るハンバーグが用意されてあった。
「ムースン特製、《ドクバミハンバーグ》です!」
こちらもエルニースと同じように、変わったソースがかけられてある。卵の黄身のような色をしたソースだ。
ナイフとフォークを使ってハンバーグを切ってみると、中から大量に出てきた肉汁が、さらに鉄板から響く音を大きくする。ゴクリと喉が鳴ってしまう。
「はふはふはふ……んぐっ。……う、美味いっ!」
少し焦げた部分がまた美味かったりする。火傷するような熱さの中に、肉を凝縮させたような汁が流れ込んできて全身がカッと赤くなってきた。
「いいな、これ! しかもこのソースも抜群だ! 何のソースなんだ?」
日色がムースンに尋ねる。
「それは、二種類の卵黄を混ぜたソースなのです」
「二種類?」
「はい。《オイスターエッグ》と《ゆず卵》と呼ばれる二種類をブレンドして作り上げています。《オイスターエッグ》は、その名の通り牡蠣の風味が濃厚に詰まった卵で、《ゆず卵》も、ゆずの酸味を持ったゆず鳥の卵です。どちらも相性が良く、ソースにすると絶品なので」
「なるほどな。どこかで味わった覚えのあるソースだと思ったら、牡蠣の味だったか」
このソースとのコラボレーションはレベルが高い。ハンバーグと牡蠣とゆずという面白い組み合わせだったが、互いに無理なくそれぞれの良さを引き出していた。
「――さあ、それでは審査に参りましょう! ムースン選手が良いと思った方は赤い旗を、エルニース選手が良いと思った方は白い旗をお挙げください! どうぞ!」
シウバの声により、一斉に旗が挙げられる。
赤、白、白、白、赤、赤、白、白、白、白。
「赤三票、白七票で、この勝負を制したのは――エルニース選手ですっ!」
二人の勝負を称えるように観客たちが吠える。会場が揺れ動くような音の雨が空から降ってきた。
(ムースンが負けたか……)
日色はムースンを支持した。純粋に美味いと思ったから彼女の旗を挙げた。というより、からあげよりもハンバーグが好みだったという理由の方が強いかもしれないが。ただどこかにムースンに勝ってほしいという思いもあったのかもしれない。
しかし当の本人であるムースンは清々しい顔で笑みを浮かべていた。
「では審査員の方々にお聞きしてみましょう。まずはムースン選手を支持されたレッグルス殿」
「そうですね。まずはどちらも大変美味しく頂かせてもらいました。猛毒持ちであるドクバミを見事に調理した手腕、感服致します。非常にどちらを支持しようか迷ったのですが、実はハンバーグが好きなので、ムースン選手を押させて頂きました」
「なるほど~! 好みは判断基準として大きいですからな~! では次にエルニース選手を支持されたリリィン様」
「うむ。レッグルスが言うように、どちらも見事だった。しかしワタシはエルニースの作ったあのソースの出来栄えに軍配を上げた。あのソースは、唯一無二、ドクバミのからあげだけにのみ許された最高のソースのように感じられた」
リリィンの言う通り、日色もまたそう感じた。あのソースはエルニースの作ったからあげのためだけにこの世に生まれたもののような気がしたのだ。
「ムースンの作ったソースも素晴らしかったが、少しハンバーグの風味を消している部分があった。多分ソースのレベルの方が、ハンバーグよりも高かったのかもしれん。しかしエルニースのソースは、まるで双子のようにどちらも均一で、素晴らしくマッチしていた」
そう言われてみれば、ムースンのソースは少し自己主張が強かったかもしれない。
(まあ、オレはそれが美味いって思ったんだが……)
他の審査員にもシウバが聞いていくが、エルニースを支持した者は、ほぼほぼリリィンと同じようなことを言っていた。
審査員の話が終わった直後、ムースンがにこやかな笑顔を作りながらエルニースの方へ向かった。そして、健闘を称えるように握手を求める。
「最高の勝負をありがとうございました。是非、優勝してください」
しかしエルニースは、差し出された手を一瞥すると、
「……優勝はします。ですが、私には最高なんて分からない」
「え……」
それだけ言うと、エルニースはそそくさと自分の控室へと戻っていく。彼女の態度に、日色も疑問を浮かべたが、そういうキャラなのかと思って深く追及はしなかった。
「……ムースンさん?」
「あ、テッケイル様。今回、お力を貸してくださり、ありがとうございました」
「いえいえ、いいッスよ。自分がしたいって思ったからしただけッスから。それよりも、あの子……ずいぶんと冷たかったッスね」
「……はい」
去って行ったエルニースの後を、ムースンの視線はしばらく追っていた。




