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26:二代目ハネマル

「何だお前どうした?」

「クゥ~ン」


 どこか遠くを指すような感じで小首をコクコクと動かしている。

 まるでついて来いと言っているようだった。

 思わずミュアと目を合わせてしまう。彼女もハネマルの子供の行動の意味を正確に理解できていないようだ。


「おいどうしたってんだ二人とも?」


 二人の不自然さに気づいたアノールドも近くにやって来て、ハネマルの子供を視界に入れる。


「……ハネ……マル……」


 ウィンカァも疲れた目をしたまま呟いた。

 ハネマルの子供は、クンクンと鼻をひくつかせており、何かを探しているような仕草をしている。


 そして顔を上げると「アン!」と可愛らしい鳴き声を出した。


「ついて来いって……言ってる」


 スカイウルフを意思疎通が図れるウィンカァが通訳してくれた。


「ついて来いって……マジで?」


 疑問を浮かべているアノールドだけでなく、日色やミュアも呆然としている。


「アンアンアン!」

「……みんな助ける、だって」


 ミュアがそっと頭を撫でながら、


「案内してくれる?」

「アン!」


 鼻先を進行方向に向けるハネマルの子供。その方向に何かがあるということだ。

 するとまた近くで爆発音が耳をつく。


「……行くぞ」

「おいヒイロ」

「オッサンの懸念(けねん)(もっと)もだ。だがいつまでもここにいるわけにはいかないだろ?」

「そ、それは……」

「何となくだが、コイツは信じられる」


 日色はまたハネマルの子供と目を合わせる。その目が「信じて!」と訴えているようだった。

 どうしてもダメな時は最悪、本を諦めてでも穴を作って逃げ出せばいいと踏んでいた。だがそんなことにはならないかもしれないと、ハネマルの子供を見ていて思ったのも事実だ。

 何故かは分からないが、ついて行けば上手くいくような気がしたのだ。


「おいハネッコ、急ぐぞ」


 案内のもと、辿り着いたのは一つの扉。幸いなことにまだ破壊されていない部屋だった。中には仮眠室みたいになっていて、簡易式のベッドが幾つもある。

 そしてハネマルの子供はある場所に向かって吠え出した。その場所には一つのベッドがある。そこで通訳できるウィンカァが口を開いた。


「その下から音がするって」

「音だと?」


 一体何があるんだと思い日色は身を屈めて下を確認する。すると床に小さなカバーのようなものを発見した。


「ん? 何だこれは?」


 とりあえずベッドをどけて、カバーを開いてみると、取っ手のようなものが埋め込まれてあった。


「なるほどな。オッサン、その取っ手を力一杯引いてみろ」


 日色に言われた通りにアノールドは、抱えていたウィンカァをベッドに置いて、取っ手を引っ張ると、床が一緒についてきた。そして床が外れて中に空洞を発見した。


「避難通路だな、でかしたぞハネッコ」

「アンッ!」


 日色の称賛にハネッコも嬉しそうに吠える。


「でも何でここをハネマルの子供が……?」

「そんな疑問は後だオッサン、今直ぐに――」

「ヒイロ危ないっ!」


 天井が崩れてきて、咄嗟に気づいたウィンカァが日色に抱きつくようにしてその場を移動させた。

 バキィッと痛々しそうな音がウィンカァの身体から聞こえる。どうやら日色を助けた時に、床で腕を強打したようだ。


「おいアンテナ女!」

「うぐ……」

「ちっ、おいオッサン、これ頼む!」

「おわっ!」


 アノールドに風呂敷を投げ渡す。しかしかなりの重さだったのか、そのまま押し倒されるように尻餅をつく。


「丁寧に扱えよ!」

「なら放り投げんなよな!」


 日色はウィンカァに近づくと、彼女をお姫様抱っこで抱える。それを見たミュアが「はうわ~」と頬を染めていたが気にしない。

 しかしその時、近くで爆発が起き、その破片が日色たちを襲う。皆は叫び声を上げながら身を守る。もう爆発はすぐそこまで来ていた。


 天井のみならず、横の壁はもちろん床にまで亀裂が走り始めた。ここもあと数秒で崩壊すると誰もが判断できた。


「早く行けっ!」


 日色が叫び、皆は急いで避難通路に向かった。最初にミュアが行き、次いでアノールド、そして最後に日色が行こうとした時、


「ヒイロッ!」


 ウィンカァの目には天井が近づいて来ているのが目視された。日色も彼女の叫び声を聞き、上を見なくても状況を把握。このままでは天井に押し潰されてしまう。


「ちぃっ!」


 日色はウィンカァを抱えたまま避難通路に飛び込んだ。そしてすぐに上空から物凄い音がし、瓦礫が天を覆った。


「……ふぅ、ギリギリだったな」


 さすがの日色も腰が抜けたようにしばらく動けなかった。






 避難通路は地下通路になっており、まるで下水道のように水が流れていた。洞窟のような造りだが、夜ということもあり、かなりの暗さだ。

 このまま灯りも無く進むのは危険だということで、下に落ちていた木材に布を巻いて火を点け、松明代わりにする。


「なるほどな。ハネッコは恐らくこの水の音とニオイに反応したんだろ」


 人よりも遥かに優れている五感を持つスカイウルフであるハネッコは、日色の言う通り地下に水が流れていることを感じ取った。

 そして中は人が通れるほどの空洞になっているということも。


「ホント助かったぜ……ハッキリ言って今戦える状況でもねえし、これで安全な場所に出られるんなら願ったりだな」


 アノールドの言う通り、あのまま外に脱出することもできたが、敵がいる可能性がある以上、こうやって避難通路を見つけられたのは幸運だった。

 まさか日色たちが通路を見つけてそこを抜け出すとは思ってもいないだろう。間違いなくハネッコの大手柄だというわけだ。


「しかしアンテナ女、お前も無茶する奴だな」


 日色は彼女を抱えて歩きながら言う。


「だって……ヒイロはウイの王。だから守る」

「お前まで巻き込まれていたかもしれないんだぞ?」

「ヒイロは、あの子を助けてくれた。それにウイのことも。とても、嬉しかった」


 ウィンカァは微かに頬を緩める。


「……助けてくれたことには礼を言う。ありがとうな」

「おお~、ヒイロがデレた?」

「……どこで覚えたそんな言葉」

「アノールドが教えてくれたよ?」


 どうやらアノールドにはあとで教育が必要らしいなと日色は感じた。



 しばらく歩いていると、突然地震のような揺れが起きる。それほど大きなものではなく、歩いていられるような揺れだった。


「ミュア、大丈夫か?」


 小さな地震でもやはり親心なのか、アノールドはミュアに声をかける。


「うん、大丈夫だよ。それよりおじさんもヒイロさんの本、重くない?」

「あ? これか? ハッハッハ、俺をあんま舐めんなよミュア。最初は結構重かったが、もう慣れてきたぜ。今じゃほとんど重みを感じねえ!」


 ニカッと笑うアノールドだが、一本しかない松明の灯りなので、その表情を存分に確認することはできない。

 しかも松明は先に歩いている日色が抱えているウィンカァが持っている。


「それにしても、まだ続くのか? お? アレ出口じゃねえか?」


 アノールドの言う通り、遠目に小さな光が見えた。外はもう日は沈んでいるが、恐らく月明かりに照らされているのだろうと解釈する。

 ようやく空の下に出れるとホッと息をついたその時、またも地震が起こる。しかも今度はかなり大きなものであり、次の瞬間、背後から何かが崩れる音がした。


「え……おい……まさか……」


 メキメキッと嫌な音が天井から聞こえてくる。


「ヒ、ヒイロッ!」

「分かってる! 急ぐぞ!」


 どうやらここも安全ではなかったようだ。走っている間も天井から土が崩れ落ちてくる。

 徐々に近づいていく外の光。そしてついに四人と一匹は、暗い暗い通路から月の光を浴びる大地へと踏み出すことができた。

 しかし刹那、通って来た通路が見事に崩れる。


「はあはあはあ……まったく……もう脱出はこりごりだぞ」


 日色が腰を下ろすと、そのままウィンカァも地面に腰をつける。だがここならもう安心だろうとホッと胸を撫で下ろす。


「あ~しんど~。ミュアも大丈夫か?」

「う、うん。この子も無事だよ」


 ミュアの腕の中にいるハネマルの子供も「アン!」と元気よく鳴く。日色は大きく深呼吸するように息を整えると、月明かりに照らされたアノールドを見て違和感を覚える。

 アノールドが背負っていた風呂敷が見当たらないのだ。どこかに置いているのかと思い、


「オッサン、オレの本は?」

「は? お前何言ってんの? ここにある……だ……ろ……?」


 アノールドが親指を立てて自分の背中を指差しながら顔を後ろへと向けるが、そこにあるのは本来あるべきだった膨らみを失った布きれだった。


「……あ、あれ?」

「えっと、おじさん、これ……下の方破けてるよ?」


 ミュアの指摘でアノールドは即座に風呂敷を目の前で広げ確認する。確かに風呂敷には大きな穴がポッカリと開いていた。


「ま、まさかおじさん……?」


 ミュアは恐る恐る、もう塞がった避難通路を見つめる。アノールドも同様に通路を見据えて、ポンと手を叩く。


「あ、そっか。途中歩いてる時に何か軽くなったなぁって思ってたけど、ありゃ本が落ちてたから軽かったのか! う~ん、俺の鍛え上げられた肉体が、重さに瞬時にして適応したとばかり思ってたが……」


 アノールドは一人でフンフンと頭を振って納得気だが、ミュアも、ウィンカァも、そしてハネマルの子供さえも、アノールドの背後を見て震えていた。


「いや~まいったまいった……ってあれ? どうしたミュア? そんな怯えた顔しちまって……ん?」


 アノールドの肩にポンと手が置かれる。アノールドも反射的に背後から凄まじい負のオーラを感じたのかビクッと身体を震わせた。


「オッサン……覚悟は、できてるよな?」

「い、いいいいやいや、ヒイロ! これは不可抗力であってだな!」

「問答無用だ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」









 避難通路の先には小さな泉があった。どうやら岩場を掘って作られた通路だったようで、長かった通路を出てようやく外の景色を拝むことができて皆はホッと息をついていた。

 若干一人は、地面に顔を埋めさせられ沈黙してはいたが……。

 外はまだ月が顔を覗かせている夜だったが、今のうちにここから離れて追っ手が来ないように努めることにした。


「ほら、早く行くぞ役立たずの変態」

「か、身体がぁ……」


 全身をボロボロにしたアノールドの尻を蹴り上げて、さっさと動けと発破をかける。アノールドも自分の落ち度だと思っているようで反論してはいない。


「いや、だからさ、悪いとは思ってっけどよ……通路は暗いし、身体はしんどいしで限界近くてきっと思考能力も落ちててよぉ、だから本が落ちて風呂敷が軽くなってんの考えられなかったんだって…………つうかあの状況で何で本なんか背負ってんだろって心底どうでもいいような気もして……」

「ああ?」

「マジでごめんなさいでした」


 アノールドの言い訳に日色は般若の如く怒りの表情を向けると、アノールドはすかさず頭を下げてきた。

 いつまでも怒っていても仕方無いのだが、日色はかなりショックでもあった。


(ああ、オレは一体何のためにあんな頑張りを……)


 報酬が泡となって消えたことで、余計に疲労感が増した日色だった。

 別ルートに流れ出ている川に沿って【ブスカドル】から離れて行く。しばらく歩いていた後、大分距離を取ったのでここらで休憩することにした。

 皆がそれぞれ疲労感を身体に感じていたが、日色は残りの魔力でやるべきことがあった。


 それはウィンカァの傷を治すこと。【ブスカドル】から脱出する際、崩れてきた天井から身を(てい)して守ってくれたウィンカァ。

 本当ならここに来る前に治してやるべきだったが、何かあった時のことを考えて休憩場所を見つけるまで魔法を温存しておいたのだ。


 ウィンカァに『治』の文字を書いて発動。青白く淡い光がウィンカァを包んでいく。


「……あったかい」


 光に身を委ねているウィンカァは、自身に感じる光の温かさに心地好さを感じているのか頬が緩んでいる。


「腕を動かしてみろ」


 日色を庇った時に強打して折ったかもしれない腕を動かすように指示する。彼女はそっと動かして、拳を握ったり開いたりする。


「……うん、痛くない」

「そうか」

「ありがと、ヒイロ」

「お前が礼を言う必要無いだろ。その傷はオレを庇って負ったものだ。ならオレが治すのは当然だ」


 ウィンカァはコクンと頷くと、傍に駆け寄って来たハネッコをその腕で抱く。


「そういや、その子、どうすんだ?」


 アノールドがハネッコを指差して尋ねる。


「……お前、どうする?」


 ウィンカァがハネッコの目を見つめると、「アンッ!」と元気良く返事をした。


「一緒に行くって」

「そっか、まあまだ赤ん坊だしな。このまま放置ってわけにもいかねえだろうし、ウイが面倒見るってんならそれでいいんじゃねえか?」

「うん、精一杯面倒見る」

「アンッ!」


 ハネッコも嬉しそうに吠えている。


「それじゃ、名前を付けてあげないといけませんねウイさん!」


 ミュアの言う通り、いつまでもハネマルの子供という呼び名はどうかと思うだろう。


「ヒイロはハネッコって呼んでるが?」


 アノールドがそう言い、ならその名前を使えばと提案するが、


「ううん、この子はハネマル」

「え、でもウイ……いいのか?」


 ハネマルはこの子の親の名前であり、死んでしまったスカイウルフのことだ。


「うん、ハネマルもそう呼んでほしいって言ってる」

「アン!」

「はは、便利だな。ウイのモンスターの声を聞く能力」

「……ブイ」


 ウィンカァはVサインを見せつけてくる。


「けどまあ、その子がいいってんだったらそれが一番じゃねえか」

「うん、そだね」


 アノールドもミュアも賛成のようだ。


「ヒイロ、この子、ハネマルになった」


 ウィンカァはハネマルを抱え日色に紹介する。


「そうか、それは良かったなハネッコ」

「…………ハネマル」

「オレにとってはハネッコだ」

「むぅ……」


 譲らない日色にウィンカァは若干頬を膨らませる。しかし当の本人であるハネマルは、ハネッコという名前も気に入っているのか「アンアン!」と嬉しそうに吠えていた。

 ウィンカァもハネマルがそう言うのならと渋々了承していた。


「とにもかくにも今日はホント疲れたぜ~」

「そうだよね……」


 アノールドとミュアは大きく息を吐きながら言う。

 そしてウィンカァが申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「ごめん、みんな。それと、いろいろ……ありがと」

「ははは、ありがとうって言葉だけでいいっての」

「そうですよウイさん! 友達を助けるのは当然です!」

「アノールド……ミュア……」


 ウィンカァは微かに顔を綻ばせると、日色にも顔を向ける。


「ヒイロも、ありがと」

「オレは本のついでだったからな……まあ、結局無料(タダ)働きみたいな感じになったが……」


 日色は海よりも深い溜め息をする。


「でも悪かったなウイ。俺らがもうちょっと早く研究所に着いてりゃ、その子の母親たちも救えたかもしれねえ」

「……ううん。来てくれただけで……嬉しい。確かにこの子の家族を救えなかったのは悲しい……けど」

「だよな……」

「みんな……天国にいけると……いいな。それに……」

「ん?」

「みんなのお墓……キレイなとこに作ってあげたいな」


 ウィンカァの優しさがその場の空気を包む。

 助けられなかったが、せめて……とそう願わずにはいられないのだろう。

 しんみりした空気が皆の間に流れている。その空気を一掃するにはなかなかに難しい。アノールドやミュアもどうすればいいか悩みを表情に浮かべている。だが次の瞬間、


 ――――ぐるぎゅるぅぅぅぅぅぅぅぅっ!


 その場にそぐわない地響きのような音が、ガラリと空気を一掃することに成功した。


「お、おいヒイロ……」


 それは日色の腹の虫の警告音だった。


「……腹減ったな」

「あ、あのなお前はよく今の空気で……」


 ――――くきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!


「…………え?」


 驚くことにもう一人の人物からも同じ警告音が響いた。こちらは幾分か可愛らしかったが。


「……お腹減った」

「ウ、ウイまで……」


 先程の空気を作っていた張本人のウィンカァが、そんな音を出すもんだから、アノールドもミュアも互いの顔を見合わせてつい笑みが零れる。


「よっしゃあ! とりあえず飯にすっか!」

「うん、おじさん!」

「ご飯……食べる」

「アンッ!」


 アノールド、ミュア、ウィンカァ、ハネマルがそれぞれ元気を出すように声を発した。


(ああ、それにしても本……読みたかったなぁ)


 日色はいまだに落ち込んではいたが、やはり空腹には逆らえず、こうなったら自棄食いだと言わんばかりに拳を固めていた。






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