259:イデアコック王決定戦2
「あっ、ヒイロさん!」
予選の日程が終了してから日色はミュアとアノールドに会いに行った。そこには、かつて会ったアノールドの友人であるトルドとコランのコンビが傍にいる。
「あら、ヒイロじゃない! せっかく見つめてあげたのに、無視するなんて酷くないかしら?」
「近寄ってくるな。それほど親しい間柄でもないだろうが」
「そんなこと言っちゃうの? お姉さん寂しいわ」
「何がお姉さんだ。というか、アンタたちも参加してたんだな。少し驚いたぞ」
「トルドがどうしても参加したいって行ってね」
「フフン、当然だろ! もし勝てば世界で一番のコックって称号が得られるんだぜ! 料理人なら誰しも自分の力を試してみてぇって思うさ!」
相変わらずアノールドみたいに熱苦しい奴である。
「それにしても、やっぱり他の参加者もとんでもないわね。さっきの予選でも、十組のうち九組が九十点越えだしね。まあ、ヒイロはトルドの料理に十点を出してくれたけれど。ありがと」
「礼なんていい。オレは美味いものには敬意を払うし嘘はつかん」
彼らの料理はアノールドが作ったものと同等に美味かった。だから満点を出しただけ。身内や知り合いだからといって、もしマズイものなら手心は加えず正直に反応を返すつもりだ。いくらアノールドたちには優勝してもらいたいと思っていても、それは彼ら自身の手で成してほしいから、決して嘘はつかないことにしている。
「はぁ~くっそぉ、予選でアノールドたちに負けたのは悔しいぜ」
「ガッハッハッハッハ! 何か言ったかね、九十八点くん?」
「くぅ……うるせえ! 一点しか違わねえじゃねえか!」
「その一点が大きいのだよ、九十八点くん!」
「この野郎ぉ……テメエだって百点取れてねえじゃねえか!」
「うぐ……それは……!」
そう、此度の大会で確実に台風の目になりそうな人物がいる。それはエルニース・フロムティアという少女だ。
「あの人、まだ十代らしいのにすごいよね、おじさん」
「そうだな、ミュア。悔しいけど、あの子の料理はすげえ。俺も気になって見てたけど、調理姿も一切ムダがなかった」
「何だオッサン。大会中に女を観察とは、しかも十代……やはりロリ」
「言わせねえよっ! そういうことで見てたわけじゃねえよっ! 他の奴らがどんな調理するか情報収集してただけだ!」
「そんなことを言って、実は女ばかり見てたんじゃないのか?」
「そ、そんなわけねえじゃねえか……うん」
何故か声音に自信がなさそうだ。確かに大会に参加している者たちの中には、可愛らしい女の子や大人の女性もいた。
「オッサンまさか……?」
「おじさん、嘘だよね……?」
「アノールド……マジか」
「それはないわよねぇ」
「そんな目で見るんじゃねぇぇぇぇぇぇっ!?」
どうやらアノールドは、大会中でも欲望まっしぐららしい。
「と、とにかく! 明日は負けねえからなっ!」
「誤魔化したな」
「うぐ……っ」
日色の言葉に反論できないようで言葉を呑み込んでいる。
「まあいい。明日は勝てそうなのか、オッサン。情報収集してたなら、相手のことはある程度知ってるんだろ?」
「あ、ああ。タイトン&ロニコンビだろ? 予選中はしっかりその腕を見させてもらったぜ。とはいっても、ロニって奴は料理人じゃなさそうだけどな」
「そうなの、おじさん?」
「ああ、料理をしてたのはタイトンって男だけだ。多分トルドたちとおんなじタイプのコンビじゃねえかな」
トルドとコランは、完全に料理人とそのサポート役で別れている。ミュアもサポートはサポートだが、彼女は料理もできるので料理人と言えなくはない。しかしコランは調理には参加しない。タイトンたちも、タイトンが料理をして、ロニが食材を手に入れたりする役目を担っているのだろう。
「明日はどんな料理対決になるか分かんねえけど、気は抜けねえよな」
「へぇ、殊勝だなオッサン。予選では快勝してるってのに」
「そうだけどよ、たまたま今回の対戦方法が合わなかったってことかもしれねえし、明日はアッチが有利って可能性だってあるだろ?」
「ほう、オッサンにしては考えてるじゃないか」
「俺にしては余計だよ! ったく。ところでトルドの方はどうなんだ?」
「あ? 俺だって予選中にめぼしい連中は観察していたって。もちろん明日の対戦相手のこともな」
「確かジーニーズとホルネスコンビよね」
コランの言葉にコクリと頷き肯定するトルド。
「アッチはどうやら二人とも料理人らしいけど、どっちも腕は確かだったな」
「けどもし勝ち進めば、お前らと戦えるってことだよな」
アノールドが挑発的な笑みを浮かべると、トルドもまた同様に微笑み返す。
トーナメントなので、アノールドとトルドが、自身の一回戦を勝ち上がると、準決勝として相手するのだ。
「負けんなよ、トルド。準決勝で会おうぜ!」
「おうよ! ぜってーギャフンと言わせてやっからな!」
それから互いに握手を交わして別れた。
――翌日。
昨日よりもさらに会場は盛り上がっており、【イデア】に住む者たち全員が注目しているのではないだろうかと思うほどの熱気に包まれていた。
本日は《イデアコック王決定戦》の本選。
観客たちは、会場に集まった選ばれた本選出場者たちに熱視線を送っている。また参加者たちも全員が緊張と会場の熱気による高揚感を表情に出していた。
「さあ! 本日も始まりました! 会場はすでに満員御礼! 昨日と比べても明らかな盛り上がりを増している会場ですが、それもそのはず! 多くの参加者たちから選ばれたのはたった八組! そして今日、その八組の中から二組が選出されるのですから!」
歓声もシウバの声に鼓舞されてどんどん大きくなっていく。
「いや~今日も空が歓迎しているかのように澄み渡っており、絶好の大会日和ですなぁ。まるでわたくしの純朴な心を表しているかのようでございます。ノフォフォフォフォ~!」
「ええい! 黙れ馬鹿者! さっさと進行しろっ!」
どうでもいいことを口走っていたシウバに対し、リリィンの激が飛ぶ。しかし……。
「おお~! 今日もお可愛らしいお嬢様! わたくしの実況で興奮させること間違いなしですぞーっ!」
日色の隣で、「誰だ、アイツを進行役にしたのは……」とリリィンが頭を抱えている。実際のところ、シウバは自ら志願し、リリィンが許可を出したので、自業自得だろうが。
「ではさっそく、本選について説明させて頂きます! 今回の対戦方法は、こちらが用意したこの――――“グルメカード”にて決定したいと思います!」
そう言いながらシウバが観客たちに見せたのは、複数のカード。色は赤と黒で二種類あるようだ。
「赤色のカードは数々の食材、黒色のカードは勝負方法が書かれてあります! それを参加者たちに、対戦前に引いて頂きます! そこに書かれている食材や勝負方法に則って料理勝負をして頂くという方法でございます!」
なるほどと日色は思う。
(ただ料理を作るだけじゃなく、カードを引く運も必要になるということか。それにどんな勝負になるかは不明。これは面白い試みだな)
運が良ければ、自分に有利な状況で勝負できるだろうが、果たして……。
「ではまず、一回戦である二組の代表者はこちらに集まってください!」
シウバに近づくのは、ムースンとバンデルである。シウバがカードを裏向けにして、テーブルに並べる。
「ではまず、食材カードをそれぞれ三枚ずつ引いてください。それを使った料理を作って頂きます!」
「分かりました」
「こちらも了解した」
ムースンとバンデルがほぼ同時に頷き了承する。そして二人がたくさんあるカードのうち、三枚を無作為に選び手に取った。
そこに描かれてある食材を見て、両者は難しそうな表情を浮かべる。
「……どれもかなり調理が難しい食材のようですね」
「こちらもだ。だが……やりがいはある」
どうやら描かれている食材は、並みの料理人では扱い切れない程度のものらしい。
「それでは勝負方法についてですが、これは予選の得点が高い組に引いて頂きます!」
「では、私……ですね」
ムースンが黒色のカードを一枚引いた。それをシウバに手渡す。
「むむ! これはまた面白い勝負方法が出ました!」
シウバが高らかにカードを掲げながら声を張り上げる。
「一回戦の勝負方法は――“品数勝負”です! これは制限時間内に、どれだけの料理品目を作れるか勝負して頂きます。しかし、もちろん審査は厳しくさせて頂きます! 一品一品、見事な完成度を誇っていると値される料理一品に対し、1得点が与えられます! もうお分かりでございますね! つまりより多くの絶品料理を作り、点数を稼いだ方が勝者となるのです!」
単なる速さ勝負というわけではなさそうだ。
(もちろん速さも必要になるが、それ以上に正確さが鍵だな。どれだけ速くても、中途半端な料理じゃ得点は加算されないってことか)
これまた面白い勝負だと思った。それ以上に……。
(かなりの料理が出来上がるだろうし、それが楽しみだ)
いろんな料理が食べられそうなので日色としてはナイスな試みである。
「では、両者は準備に入ってください! 五分後に一回戦を始めたいと思います!」
シウバの声と同時に、会場の地面に亀裂が走り、そこから何か大きな舞台状のものがせり上がってきた。その上には数々の食材が山のように積まれている。
それを使って料理をしろということだろう。
「ちなみに制限時間は一時間ですので、今の内にどういう料理を作るのかプランを立てておいてください!」
日色は基本的には互いにアドバンテージはそれほどないように思えた。
確かにムースンにはサポート役としてテッケイルがいるが、彼がこの場に立てるほどの料理を作れるとは思えない。精々が食材を運んできたり、言われた通りに皿に盛りつけたりするくらいだろう。まあ、それでもムースンが若干時間配分的には有利にはなるが。
しかし驚くことに、テッケイルがムースンから離れて審査員席の方へ向かってくる。
「どうしたの、テッケイル?」
当然彼の上司であるイヴェアムが眉をひそめて彼の行動の真意を問う。
「いやぁ、何かムースンさん、一人でバンデルさんと闘いたいらしいッス」
「つまりお前はお役御免ということか?」
「そうなんスよ、ヒイロくん。だからここで見学、許してくださいッス」
「別に構わないけど、ムースンは本当にそれでいいのかしら?」
イヴェアムにとっては、自身の食事を毎日作ってくれるムースンなので、勝ってほしいのだろう。それにテッケイルをサポートに使っても、決して卑怯ではない。これは予めサポートありの大会なのだから。
「ムースンさんは、料理人として、バンデルさんに勝ちたいということなのでしょうね」
そう言うのは『精霊族』の代表であり、『妖精女王』のニンニアッホである。
「というわけッスから、僕はもう必要ないようッス」
「……分かったわ、この場にいることを許可するわ」
「感謝するッス、陛下」
これで互いにハンデのないガチの勝負。そして――五分後。
「それでは、《イデアコック王決定戦》! 二日目本選・第一回戦っ、始めてくださいっ!」
大きなドラが鳴らされて、開始の合図が打ち鳴らされた。
同時にムースンとバンデルが、物凄い速さで食材を選んでいく。そのまますぐに包丁で捌き、炒め、煮込み、蒸し、あらゆる調理方法を使って料理を作り上げていく姿は、観客たちも唖然としてしまうほどのスピードだった。
「す、すっごい速度でございます! まさに神速! 両者とも、次々と料理を誕生させていきます! わたくしもできればその速度で愛しのお嬢様との愛の結晶を作りたぶはぶしっ!?」
リリィンから靴が投げられて、シウバの後頭部に直撃する。確かに変態過ぎる発言だろう。しかしシウバが興奮するのも分かる。彼の言う通り、目を奪われるような両者の包丁捌きや鍋使いなどに言葉を失っている者がほとんどだ。
さすがは予選を勝ち残った選手である。
(ホントに凄い奴らだな。テーブルの上にもう十品はできあがってるじゃないか。まだに十分ほどだってのに)
恐らく準備の五分間で、調理の流れを確実にシミュレーションをしていたのだろう。流れるような彼女たちの動きでそれが分かる。
刻々と時間が過ぎていく。
両者ともほぼ同時の品目を仕上げていき、まさに一進一退。少しバンデルの方が半工程ほど速いように思える。
観客たちからは、両者に向けて激が飛んでいる。応援する者や、絶賛する者など多数。
そしていよいよ残り五分を切る。
「さあ、ラストスパートでございます! おおーっとぉ! ここでバンデル選手が魅せます! 彼の持つ二本の包丁が火を吹く!」
彼の目の前にある焼売のような食べ物が、包丁から放たれる炎に包まれる。数秒ほどのことだったが、炎に包まれたことで、パリッとしたような外見になっていた。それに色合いも抜群で、食欲をそそってくる。
「おっとぉぉっ! ムースン選手、こちらもラストスパートだぁぁっ!」
驚くことにムースンは、空中に放り投げた果実を、両手に持っている包丁で素早く切断。果実は皮を剥かれ、一口サイズに切り分けられてから、そのまま下にある器に落下していく。
(……アニメとかでああいうの見たことあったけど、実際にできるもんなんだな……)
ムースンの手際の凄さに脱帽である。
「5、4、3、2、1――終了でございますっ!」
シウバの言葉の終わりと同時に、ムースンたちはピタリと動きを止める。するとそのまま両者ともが、膝を折り肩を激しく上下させていた。
一時間、あれだけ休憩もなくフルスロットルだったのだ。まさに精魂尽き果てるかのように全力を込めた一戦だったに違いない。
「ただいま、品数の方を確認させて頂きたいと思います!」
恐らく一品とて、手抜きのものはないだろう。それは必死な形相で作っていたところを見ていた誰もが分かっているはず。つまり……。
(つまりは作られた品数で勝負が決するということだ)
それはムースンたちも分かっているのか、疲労感を露わにしながらも、テーブルの上にこれでもかと並んでいる品数を数える者を見つめている。
集計が――終わった。
「おほん! こちらに集計結果が出ております! ではまず、バンデル選手の品数を発表させて頂きます! バンデル選手は――――三十六品! 三十六品ですっ!」
よくもまあ三十六品も作れると感心してしまう。
「それではムースン選手です! ムースン選手は――」
カッとシウバの瞳が大きく見開く。
「品数――――――三十七品っ! 三十七品目完成させておりますっ!」
会場がドッと沸く。品数ではムースンの勝利だ。
つまり今のところ、ムースンが一点有利。しかしまだ確実ではない。料理を審査して、もしムースンの料理に問題が生じているのなら、それは減点になるのだ。
「ただいまの得点ではムースン選手が一点リードしております! しかしながら、まだバンデル選手の逆転の目は――ん?」
その時、シウバの視界に映ったのは、バンデルが手を上げた姿だった。
「ど、どうされましたか、バンデル選手?」
「……審査などしなくてもよい。此度の勝負、私の負けだ」
瞬間、沸いていた会場が、急に静まり返る。いきなりの敗北宣言なのだから当然かもしれないが。
「……え、えっと、それはどういうことでございましょうか?」
「どうもこうもない。私は料理人だ。一目見ただけで、彼女が作り上げた料理が素晴らしいことは分かっている。三十七品目すべてな」
「……バンデルさん」
ムースンが静かに呟く。そんな彼女に対し、バンデルは近づき、そっと手を差し出してくる。
「素晴らしき闘いであった。見事よ。その名は決して忘れぬぞ」
「……っ、はい! こちらこそ、楽しい勝負でした!」
互いに握手を交わす。
シウバでさえどうすればいいか戸惑っているところ、
「フン、状況を見て判断しろ馬鹿者。貴様は早く勝利者の名を挙げればいいだけだ」
リリィンに注意されて、シウバはハッとなってから、
「だ、第一回戦っ、勝利者は――ムースン選手ですっ!」
突然の勝利宣言ではあるが、会場もバンデルの言ったことに納得したのか、歓声を上げて応えている。
「フン、しかしまあ、こんなシメ方になるとはな、お前もそう思うだろうヒイロ……ん? ヒイロ?」
リリィンが隣に座っていたはずの日色の姿を見失い周囲を探し回る。
「リリィン、あそこにいるわよ」
イヴェアムが彼女に指を差して教えるのは、ムースンたちの料理が並べられているテーブルだった。
「はぐ、んぐ、もぐ! むおっ!? これは白身魚なのに、赤身のように蕩ける食感があるぞ! それにこの野菜、何ていう野菜だ? 歯応えも良いし、少しクセがあるが自然と食欲を刺激してくる! おお、これも!」
という感じで、日色はムースンたちの料理を堪能していた。それに気づいた者たちは、呆然としつつ、日色のことを知っている者たちは、気恥ずかしさから眼を逸らしている。
応援席からはニッキやウィンカァたちが、「ボクも食べたいですぞー!」や「ウイも……じゅるり」などなど、日色の行いに嫉妬しているが、日色は気づかずに食を楽しんでいた。
※
「――どうやら会場は大分盛り上がってるみてえだな」
ここは大会参加者の控室。そこに設置されてあるモニターで、一回戦の様子などをチェックすることができる。
控室は八組それぞれに分け与えられてあり、アノールドとミュアも、そこで一回戦の闘いをジックリ観察していた。
「でもあの有名なバンデルさんに勝つなんて、さすがはヒイロさんが認めるだけあって、ムースンさんは強敵だね、おじさん」
「だな。お、二回戦が始まるみてえだな」
「唯一満点のエルニース……か。まだミュアと同じ十代なのに、すげえもんだな」
「そうだね。どこかにいるもんなんだね、天才さんって」
「俺も料理だけには自信あるけどよ……」
モニターに映し出されているのは、エルニースが調理をしている姿である。
「さっきのムースンやバンデルも凄かったけど、この子の調理技術は群を抜いてるな。特に包丁捌きだ。どんな食材も、まるでここで切れば、さらに旨味を増すんじゃねえかっていう抜群のところで切ってる」
「確かすべての食材には、その食材にとって最もおいしい切り方があるんだよね?」
「ああ、それを見極めるにはそれこそ何十年も修業して食材と向き合っていくしかねえんだけど、あの子はそれを呼吸するようにやってやがる。大したもんだ」
一切の迷いもなく食材を切断し、調理を行っていく姿は、素晴らし過ぎて寒気が走るほど。
「……でも、何でだろう」
「あ? どうしたミュア?」
「う、うん。何かね、さっきのムースンさんたちと比べるとなんだけど、エルニースさん……あんまり楽しそうじゃないから」
「ずっと無表情だしな。でもそれは予選からも同じだろ?」
「うん。そうなんだけど……」
ミュアは彼女の中に、何故か義務感のような仕方なくといった雰囲気を感じ取ってしまっていた。
先程のムースンたちは、互いに鎬を削り真剣ながらも勝負を楽しんでいた。すべてを出し尽くしたからこそ、最後に互いを認めることができたのだ。
しかしエルニースからは、そんな情熱を感じない。氷のように冷めている感覚。対戦相手のオルデスという選手は、自身の料理を必死ながらも楽しそうに作っている。
だからこそ、余計に彼女が目立ってしまう。
(何でだろう……何か彼女を見てると切なくなってくる)
理由は分からない。だがエルニースは確かに無表情なのだが、心の奥底で苦しんでいるような気がするのだ。
気のせい――なのかもしれない。このような大会に出場し、あれほどの腕を揮っているのだから、料理は好きなはずだ。
(もしかしたら、大会自体に緊張し過ぎているのかな?)
そう思うしかなかった。
そして二回戦が終了し、予想通りエルニースが圧倒的な勝利を収めた。
「うし! んじゃ、俺たちの番だ! 行くか!」
「う、うん!」
最後にモニターに映し出されているエルニースの顔を見る。勝ったというのに、微塵も嬉々とした様子が見て取れない。勝利は当たり前だと思っているのかもしれないが、何となくそんな感じにも見えない……。
「どうした、ミュア?」
「あ、うん。今行く」
ミュアはエルニースのことを気にかけながらも、三回戦を行うべく控室から出た。
※
「――さあっ! 大会は増々盛り上がって参りました! 次は第三回戦! 出場者は、この方たちですっ!」
シウバの声が向かう方向には、二組が調理台を挟んで立っている。調理台の傍にはそれぞれ赤い旗と白い旗が立てられている。
「赤い旗が立てられているのは、アノールド・オーシャン&ミュア・カストレイアチーム!」
アノールドたちは予選では第二位で通過しているので、観客たちの沸き具合も凄い。さらに驚くべきなのは、
「キャー! アノールドさーん!」
「カッコ良い! コッチ向いてぇぇぇ!」
「その筋肉が逞しい!」
などなど日色も驚くほどのモテっぷりである。
「フッフッフ。ようやく来たか、俺のモテ期っ!」
今までモテてきていなかった反動か、完全に浮かれているアノールド。
「これなら勝てる。モテる俺は楽勝だ! ブハハハハ!」
どうやらもう勝った気でいるらしい。そして……。
「可愛い過ぎる! 天使ミュアちゃーん!」
「その笑顔は太陽のようだー!」
「結婚してくれーっ!」
ミュアにも声援が送られている。ミュアも自分が声援を送られると思っていなかったのか、顔を真っ赤にして俯いている。ただ若干不適切な応援をする輩がいて、
「ゴラァァァァッ! ミュアは俺の娘だぞっ! 誰にもやらんわいっ!」
「うるせえ筋肉ゴリラ!」
「そうだそうだ! 筋肉ロリコンは引っ込めー!」
「だーれが筋肉ゴリラだコラーッ! つうかロリコン言うなぁっ!」
「ええ~嘘ぉ! アノールド様ってロリコンだったの、ショック~!」
「あんな凛々しいお姿なのに、まさか幼女好きなんて……」
「騙されたわ……最低よぉ!」
「ち、違うって! 俺はノーマルなんだよ! だから見捨てないでくれぇっ!」
何だかカオスな状況が広がってしまっている。涙ながらに弁解しているアノールドだが、女性たちが離れていく様子を見て、ヤジを飛ばしていた男たちがほくそ笑んでいる様子が見て取れた。
このままでは収拾がつかないと思って、日色はシウバが持っているマイクを貰い受けると、
「――静かにしろっ!」
一瞬でシーンとなってしまう会場。
「いいか、オッサンの性癖を勝手に決めつけるのは止めろ」
「ヒ、ヒイロ……お前……!」
感動したようにアノールドが涙ぐむ。
「何も知らない奴がほざくな。ほざきたければ、ちゃんと真実を知ってからだ」
日色の言葉に、叫んでいた男たちも委縮する。
「だから真実を教えてやる」
アノールドが「……え?」という表情を浮かべる。
「オッサンは間違いなく、幼女好きの変態だ。それはオレが保証しよう」
世界を救った英雄の保証。それがどれほどの効力を持つか、日色はあまり考えていなかった。
「にゃ、にゃにをいきなり……っ!?」
アノールドの顔がどんどん真っ青になっていく。
「いいか、お前らのいうことは間違っていない。だが確証もなく相手を弄るのはよせ。弄りたければ、真実を手に入れろ。そしてここに真実を与えてやった。あとは思う存分、オッサンをロリコン神と称えてやれ」
「「「「うおぉぉぉぉぉぉっ! ロリコン神――――っ!」」」」
今日一番ではないかというほど会場が揺れる。
「ふむ、見事な盛り上がりだ」
「見事な盛り上がりだじゃねえよっ! こっちは絶対零度まで盛り下がっちまったよコノヤロウッ!」
「何を言う。真実が知れ渡ったんだ。これで胸を張れるだろ?」
「張れるかぁっ! むしろ世間から干されちまうわボケがっ!」
「何故だ? オッサンが特殊な性癖だっていうことはオレが知ってる。別に隠すようなことでもないと思うが?」
「だから俺はノーマルだっつってんだろうがっ! 会った当初からロリコンロリコン言いやがって! テメエは俺をどうしたいんだよホントまったくよぉっ!」
「……でも見ろ。オッサンのお蔭で、今日一の盛り上がりだぞ」
「くぅ……俺は盛り上がりよりモテ期の到来が良かった……」
「なるほどな。オッサンはモテたいのか。ならロリコンを払拭する良い手がある」
「な、何! そんな手があるのか!」
「当然だ。オッサンが大会で優勝すればいい。そうすれば、今回のことなんてあっという間に帳消しになるだろう。女たちも、優勝して有名になったオッサンにメロメロだぞ」
「メ、メロメロだと……っ!」
「そうだ、メロメロだ」
大きくアノールドの喉が動く。
「フッフッフ……そうか、そうだよな。優勝しちまえばこっちのもんなんだよな。そうすりゃお嫁さんがゲットできる! ブハハハハハ! やーってやるぜーっ!」
やる気を百二十パーセント出し始めるアノールドを一瞥してから席へと戻った日色。すると隣に座っているリリィンがニヤリと口角を歪めて口を開く。
「フン、奴に勝ちを煽ったな、ヒイロ?」
「……さあな」
「ずいぶん奴らに入れ込んでるな。やはり特別か? ん?」
「いやらしい笑みを向けてくるな」
「ククク、会場の更なる盛り上がりに、アノールドには慢心させないように注意を促す。少し一選手に気持ちが傾き過ぎじゃないか?」
「……何のことだ?」
「あのバカは、女にモテていると考え、完全に浮かれていた。闘争心が低かったからな、明らかに」
「…………」
「そこで貴様は奴の士気を上げるために、わざとあんなことを言ったんだろ?」
「オレはただオッサンを弄りたかっただけだ」
「フン、そういうことにしてやろう。これでアノールドも全身全霊で勝ちにいくだろうからな」
実のところ、リリィンの考えは的を射ていた。
浮かれ切って、勝負を楽勝と口にするアノールドに不安を覚えたのは確かだ。これでは全力なんて出し切れずに中途半端な料理を作ってしまうだろう。
日色は確かにアノールドに勝ってもらいたいという思いもあるが、それ以上に最高に美味い料理を堪能したいのだ。だからこそ、全力を出してもらうために、ああやってアノールドを勢いに乗せることにした。
(せっかくの大会なんだ。味気ないのは嫌だしな)
求めるは最高級なのだ。
「では一回戦、二回戦ともに引いて頂いた“グルメカード”を引いて頂きます! 両者の代表はカードを引きにきてください!」
シウバがテーブルの上にカードを裏側に向けて伏せる。代表として、アノールドと、タイトンがシウバに近づく。
互いにまずは食材が描かれてある赤いカードを三枚引いた。
「――おいおい、マジか……っ!?」
「ふむ。これは……良い」
アノールドの顔が強張り、対照的にタイトンの顔は綻ぶ。どうやらタイトンの方は得意食材だったようだ。逆にアノールドは違うようだが。
「では次に、アノールド選手に、勝負方法を決める黒いカードを引いて頂きます!」
アノールドはじっくりとテーブルに伏せられた黒いカードを睨みつける。
「……よしっ! お前に決めたっ!」
一枚を手に取り、高々に上げる。そこに書かれていたのは――。
“テーマ料理 『大地の息吹』”
「これは面白い勝負方法をお引きになられました! “テーマ料理”とは、そのテーマに沿った料理を作って頂くというものでございます! 分かり易くご説明致しますと、例えばテーマが『笑顔』なら、食べて思わず笑顔になるような料理を、テーマが『涙』なら、食べてつい泣いてしまうような料理を、ということでございます! つまり、此度の『大地の息吹』――テーマとしてかなり難しいと思いますが、料理から大地の息吹を感じさせるようなものを作って頂きたいと思います!」
なるほど、それは確かに面白そうな勝負方法だ。
(ただ美味いというだけでなく、しっかりテーマに沿ったものじゃなかったら勝てないってことだ。それにしても『大地の息吹』か……、両者がどんな答えを導き出すのかが勝負の分かれ目になりそうだな)
日色はアノールドとタイトンを見比べて楽しみになる。
テーマの解釈。それによって作る料理の質、形などが変わるはず。
(ただ気になるのは、カードで引いた食材を使っての料理だということだ。オッサンはあまり得意そうな食材を引き当てた様子じゃなかったしな。さて……)
反対にタイトンは食材カードを見てニヤリとしていた。余程扱うに自信のある食材なのだろう。まずはタイトンが有利ということだ。
あとはテーマを解釈して、どれだけ審査員に大地の息吹を感じさせられるかどうか――。
「では、さっそく始めて頂きましょう! 制限時間は二時間! 第三回戦、始めてくださいっ!」
※
「……おじさん、どんな食材を引き当てたの?」
ミュアも、アノールドが食材カードを引いた時に渋い顔をしたのを確認していた。だから不安気な声音になってしまっている。
「それがなぁ……ほれ」
「えっと……《マジカルチーズ》に《クリスタルポーク》、それと……《ネオ・トーチュー禍草》? 何か問題があるの?」
「……全部扱ったことがねえ食材なんだよなぁ」
「そ、そうなんだ」
この勝負ではやはり慣れた食材の方が有利なのは明白。
「しかもどれも統一感がねえんだ。簡易的な説明も書かれてるけど、三つとも取れる地域がバラバラ過ぎる」
「ん? どういうこと?」
「《マジカルチーズ》は魔界、《クリスタルポーク》は獣人界、《ネオ・トーチュー禍草》は人間界だ。だから相性も良いかどうか分からねえ。本来食材にはそれぞれ相性があって、同じ大地に根付いてるものほど相性が良い。けどこの三つはそれぞれがバラバラの大地で育ってる。今回のテーマ、『大地の息吹』は一体感が必要になるのに、これじゃ……厳しいんだ」
「な、なるほど……」
これは思った以上に難しい問題が立ちはだかっている。まず三つともがアノールドでさえ詳細を知らないほどの稀少な食材ということ。そしてそれぞれが別の大陸の食材であり、一体感を出せるかまったく不明だということ。
だからこそ、どんな料理を作れば良いのかビジョンが見えていないのだ。
「とりあえずおじさん、まずは味見をしてみるのが一番だよ」
「それもそうだな」
ミュアたちは、それぞれの食材の味を見てみることに。
「ん……《マジカルチーズ》は、かなり癖の強い味と香りだね」
「……だな。これじゃ作る料理によっちゃ、他の食材の良い部分を消しちまう。それに《クリスタルポーク》も味は濃厚で美味いが、コイツも癖が強え」
「うん、歯応えも独特ですっごく固いし、おいしいんはおいしいんだけど、《マジカルチーズ》と合わせるのは難しいかも」
「最後の《ネオ・トーチュー禍草》だが、かなり苦みが強いな。漬物とかには合いそうだけど、残りと合わせられるかどうかは正直厳しいかも」
二人は黙り込んでしまう。予想以上にカード運が無かったことにガックリと肩が落ちる。
「三つの食材、バラバラで統一感無し……か」
アノールドは腕を組みながら、ふとすでに調理を始めているタイトンの方に視線を向ける。タイトンは、得意食材だったのだろう、迷いもなくサポート役のロニとともにひっきりなしに動いていた。
時間は限られているし、失敗は許されない。与えられた食材をメインにした料理を作って、さらにテーマである『大地の息吹』を感じさせなければならない。
「う~ん、ミュアは大地の息吹って言われて何を思う?」
「そうだなぁ、わたしはやっぱり命、かなぁ」
「命……か」
「うん。大地にはたくさんの命があると思うの。木とか花とか草もそう。それにそこにはいろんな生き物が住んでいるし」
「いろんな生き物……」
「大地が無かったら、人も生きられないと思うから。だから大地の息吹って、命を感じさせることなんじゃないのかな?」
ミュアの言う通りだと思うアノールド。ならその“命”をどうしたら感じさせることができるのか。
「大地……生き物……命…………ん? それぞれの大陸の食材……バラバラ……っ!」
「どうしたの、おじさん?」
「……そっか。別に合わせる必要なんてねえんだよ」
「え?」
「大地ってのは、一つだけじゃねえんだよ、ミュア」
「ん? えと……」
「よし! やるぞ、ミュア! アノールド・オーシャンの真骨頂を見せてやる!」
「な、何だか分からないけど、何か思いついたんだね!」
「おうよ! バラバラだからこそ統一感も出せるんだ!」
ミュアはアノールドが何を言っているのか分からないような表情だが、それでもアノールドを信じているようで、黙って調理を手伝い始めた。
互いの料理が出揃い、今、審査員の前にはアノールドチームと、タイトンチームが立っている。
「まずは先に料理をし終わったタイトンチームから試食して頂きましょう!」
シウバの声に従って、タイトンチームが作った料理が、日色たちの目の前に置かれていく。審査員の前に出されたのは土鍋である。
鍋蓋を開けると、そこからは熱そうな湯気とともにグツグツと音を立てている鍋料理が現れた。
肉、魚、野菜と、バランスよく整えられた美味そうな鍋が食欲を刺激してくる。
「私が引いた食材は運の良いことに、すべてが地元である人間界で取れる食材でした。しかも肉、魚、野菜と、これまた鍋にピッタリのもの。人間界の大地に芽吹いた食材の統一感を表現するためには、鍋が一番だと考えました。どうぞ、ご堪能ください」
タイトンの説明を受け、日色たちは料理を口にしていく。
誰もがはふはふと熱い息を吐きながらも、その表情は満足気に緩められている。日色もまた肉団子を口にして口の中で蕩ける食感を味わい全身が喜んでいるのを感じた。
(うん。肉団子も良いが、この白身魚も野菜も、どれも互いが互いを引き立ててるし、また引き上げてもいる。一緒に食べることで味がさらに変化し、美味さも増す)
この一体感を演出しているのは――――この出汁だ。
(あっさりとしているが、食材すべてに沁み込んでいて、抜群の一体感を出してる!)
さらに鍋の底に沈んでいるのは――《麺》である。
出汁を吸った極太の麺は、信じられないくらいコシがあり、一口食べると、人間界に生きづく生命力を全身に感じる。
脳裏には、人間界に吹く風や大地の香りが自然と甦ってきた。まさに――『大地の息吹』。
気づけば全員が恍惚の表情のままゆったりとした気分で、余韻を楽しんでいた。
「これは素晴らしい! 見てください! 審査員方の満足気な表情をっ! 誰もが大地の息吹を感じて気持ちよ~くなっていますっ!」
シウバの言葉通り、申し分のない『大地の息吹』だった。
人間界の食材で、人間界の大地を感じさせた見事な料理である。
審査員たちの表情を見て、ミュアは強張った表情を浮かべていたが、そんな彼女の頭を優しく撫でたアノールドがにカッと笑みを浮かべた。
「よし、今度は俺たちの番だぜ、ミュア」
「う、うん!」
日色は少しも焦りを見せていないアノールドの表情が気になった。
(これだけのものを作った相手に対し、何も思わないはずがない。ミュアのように心配するのが普通。けどオッサンのあの表情)
諦めているというわけではなさそうだ。調理を始めるまで、かなりミュアと一緒に悩んでいたようだが、自分なりの答えを出して調理をし始めた。
(なら確かめさせてもらうぞ、オッサン。並大抵のものじゃ、相手の鍋には勝てないぞ)
それほどタイトンの料理は素晴らしかった。テーマにもしっかり沿っており、食材のバランスも味も文句無し。
それに反して、バラバラの食材を使ったアノールドの料理。どう『大地の息吹』を表現するのか、至極楽しみである。
アノールドの料理が審査員たちの前に置かれていく。
(何だ? この皿、大き過ぎやしないか?)
一人が食べるには大きいと思われるほどの大皿。
大皿の上には蓋がされており、まだ料理は確認できないようになっている。
「さあ、見てくれ! それが俺の魂の料理だっ!」
蓋が開かれたその先に現れる光景――。
香ばしいニオイとともにそれは姿を現す。
「こ、これは――っ!?」
日色だけでなく、他の者たちも全員が眼を見張る。
そこにあったのは――――歪な形をした物体が三つ。
(三つの料理? いや、それにしては似通っている形をしているが……! ん? しかしこの形どこかで……?)
どこか見覚えのあるような形で整えられたアノールドの料理。
そこで先にピンときた者が口を開いた。
「……この形、そうか。これは……三大陸そのものだ」
アクウィナスの言葉。同時に審査員の誰もがハッとなり、なるほどと頷く。
「ほほう、確かにこの統一性のなさそうな三つの歪な形の物体。よく見たら人間界、獣人界、魔界のそれぞれの大陸の形と同じだな」
面白そうに口角を上げて言うのは、獣人代表の一人――ララシークだ。
「しかも山や森、湖なんかもちゃんと作られてあって、まるで地図を見てるようだぜ。はは~ん、アノールド、お前……」
「はい! さすがに街とか村は再現できなかったけど、俺は【イデア】の大地そのものを再現したかったんです!」
なるほど。確かに野菜や魚、肉、その他様々なものを使って地図のようなものを作り上げている。
「さあ、まずは食べてみてくれっ! オレが見出した『大地の息吹』を感じてほしい!」
そうだ。どれだけ見た目がユニークでそそられるものがあっても、問題は味、そして今回のテーマである『大地の息吹』に則ったものかどうか、だ。
日色はまず、人間界の方にある部分をフォークですくって食べてみた。
「あむ…………美味い!」
味付けは少し薄目ではあるが、さっぱりしていて妙に後を引く。しかもだ、人間界のどこを食べても、それぞれまったく違う味になっていて飽きない。
さらには大陸を構成している器そのもの。パン生地のようにふっくらとしているが、わさびのような少しツーンとする香りとともに、懐かしさが込み上げてくる。
それはかつて人間界を旅していた時に、いろんなところで口にした食材の味だった。それは人間界でしか食べられないものばかり。
「どうだ、ヒイロ! 美味えだろ!」
「ああ、しかしこの鼻にツーンとくるものは何だ?」
「それが俺のメイン食材の一つ、《ネオ・トーチュー禍草》だ。パン生地に練り込ませてある。味と香りはわさびに近いが、人間界の食材を存分に引き立て、なおかつ自らも主張する食材だぜ!」
「ほう、だからか。このパン生地と一緒に食べることで、美味さと濃くがグッと増す」
「三つの大陸には、それぞれメイン食材を含ませたパン生地を使用してあるんだ。それぞれの大陸の食材を存分に堪能できるようにしてな」
その工夫が素晴らしい。
「これが、俺とミュアの料理――《ミニマムイデア》だっ!」
(なるほどな。オッサンの出した答えってもんが分かってきた)
まだ人間界だけしか味わっていないが、日色は面白いことを考えるものだと感心してしまった。
「凄い! これは獣人界ではポピュラーな《シルバーマッシュルーム》をペースト状にしたものだ! しかもそれで【ヴァラール高原】を再現するなんて……! それにこの山――【グレン渓谷】だね! そこでしか手に入らない《グレン苺》の香りがする!」
レッグルスの言葉に興味を引かれて、日色も【グレン峡谷】を食べてみる。以前、ドゥラキンの屋敷で世話になっていた頃にも食べさせてもらったことがあった味が口いっぱいに広がる。
「こちらも凄いわ! 【ラオーブ砂漠】には炊き込みご飯を使っているようだけど、とっても美味しいわ!」
イヴェアムも喜ぶ魔界の味。どんな味なのか調べるために一口【ラオーブ砂漠】を食べてみる。
「……んっ!? これはあれか、《アスラ鍋》か!?」
「おお、ヒイロ、さすがだな! そうだ! 前にカミュに教えてもらってさ、実際に作ってもらったことがあんだよ! なあ、ミュア」
「うん、【ラオーブ砂漠】にも行って、一緒に料理したもんね!」
日色はかつて食べたことがある《アスラ鍋》の感動が思い起こされていく。シチューのように濃厚だった鍋。何度も何度もおかわりしたことを思い出す。
恐らくこの米はそのシチューを吸わせて作り上げたものなのだろう。抜群にご飯との相性が良くて美味い。
その他の部分にしても、アノールドが課せられたメイン食材の味を殺すことなく、しっかりと自己主張しつつ、他の食材の味まで引き立てるような素晴らしい出来になっている。
気づけば全員が巨大な三大陸料理を完食していた。
「――それでは結果発表をして頂きましょう! 審査員の方々は、お手元にある赤と白の旗のどちらか一方を上げて頂きたいと思います! アノールドチームの料理が素晴らしかったと思った方は赤を、タイトンチームが素晴らしかったと思った方は白をお願い致します! では――――どうぞ!」
ほぼ同時に審査員たちが旗を上げる。
アノールドやタイトンたちは緊張した面持ちで結果を見つめた。
そして――。
「結果が出ましたっ! 何と、十名ともに――赤っ! 赤一色ですっ! よって第三回戦は、アノールド&ミュアチームの勝利でございまーすっ!」
「やったぁぁぁっ! おじさぁぁぁんっ!」
「うおっしゃあぁぁぁぁぁっ! やったぜ、ミュアァァァァッ!」
互いに抱きしめ合って喜びを分かち合っているアノールドとミュア。そこへタイトン……ではなく、彼のパートナーであるロニが審査員に詰め寄ってくる。
「何故だっ! タイトンの料理は完璧だったはずだ! それなのに誰一人タイトンを支持しないとはどういう了見だっ!」
「よせ、ロニ!」
「黙ってろ、タイトン! お前の腕は俺が一番良く知ってる! お前の料理は最高で美味い! なのに……こんな結果に納得できるかっ!」
どやらロニは、今回の勝負の決め手を理解していないようだ。
その時、主催者であるリリィンがスッと立ち上がったので、全員が彼女に注目する。
「……ロニとやら、何故このような結果になったか、分からないか?」
「わ、分からん! だってそうだろ! あんたたちだって、タイトンの料理に満足気な顔をしてたじゃないか!」
「……そうだな。確かにタイトンの料理は素晴らしかった。恐らくだが、食べた者は全員がそう思ったはずだ。味も最高級の料理だったと」
「だ、だったら!」
「しかし! こと今回の勝負に関していえば、味よりも重要視されるべきものがあったはずだ。それが何か忘れたわけではあるまい?」
「当然だ! テーマである『大地の息吹』、タイトンは人間界の食材をフルに使い、人間界という大地を存分にあんたたちに味わってもらったはずだ!」
「ああ、貴様の言う通り、タイトンの料理からは人間界に生きずく生命力を感じられた。テーマに沿った良い料理だった」
「なら何で誰もタイトンの料理を支持しない!」
「……簡単なことだ。アノールドの料理の方が、よりテーマに相応しかったからだ」
「な……んだと……っ!?」
リリィンが、シウバに視線をやると、彼は悟ったかのように動き、アノールドが使用した調理台の上にある、恐らく余分に作っておいただろう《ミニマムイデア》を皿に乗せてロニの前に持って行った。
「……食べてみるがいい。それですべてが分かる」
「…………っ」
何も言わずにシウバが持ってきた皿に手を付けるロニ。しばらく咀嚼していると、急に目を見開いて、他の大陸も食べ始める。そして……持っていたフォークを落とした。
「……そうか……そういうことだったのか」
「分かったようだな?」
「……ああ。タイトンが表現したのは確かに『大地の息吹』だったがあ、それは人間界だけのもの。比べてアノールドのはすべての大地を表現したもの。そのスケールの大きさが勝負を分けたっていうことか」
「その通りだ。タイトンの料理も見事だったことは間違いない。だが今回のテーマの『大地の息吹』。人間界だけに集約させたタイトンより、この世界に存在する三つの大陸すべての『大地の息吹』を感じさせたアノールドに軍配を上げたのだ」
肩を落としているロニにタイトンは近づくと、彼の肩にポンと手を置く。
「……タイトン」
「そう落ち込むな。お前がそんなんだと、俺が落ち込めなくなるだろうが」
「…………すまん」
「いいさ。それに全力を尽くして負けたのだ。悔しい気持ちももちろんあるが、それ以上に清々しい気持ちなんだからな」
タイトンがアノールドの方へ近寄り、手を差し出す。
「良い闘いを感謝する」
「ああ! こっちこそ、楽しかったぜ!」
「楽しい……か。ああ、そうだな。楽しかった!」
両者の熱き闘いを称えるように、観客たちから拍手と歓声が飛び交っている。
リリィンが再び、シウバに視線を送ると、シウバは小さく頭を下げて応え、大きく息を吸う。
「最高の勝負でした! 皆様! どうか今一度、彼らに称賛の拍手をお送りくださいませ!」
こうして、第三回戦は幕を閉じた。




