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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
終章 ヤレアッハの塔編 ~金色の文字使い~
250/281

250:それぞれの国へ急げ

 アヴォロスがサタンゾアに操られて魔力爆発しようとした瞬間、日色はアヴォロスに羽交い絞めにされていても、指を動かすという行為は可能だった。

 即座に『強制終了』の文字を空中に刻むと、アヴォロスの身体にも同時にその文字が刻まれ、文字を発動。すると魔力を究極に高めて自爆しようとしていた行為を強制的に止めさせることに成功した。


 だがここで魔力爆発を起こさなければサタンゾアが不自然に思うはず。ここは相手の隙をつくためにも、自分たちは魔力爆発で死んだことにした方が都合が良かった。

 そのため、『魔力爆発』という文字を何重にも空中に施しながら、距離を取ってから発動させたというわけだ。

 思ったより威力が出たのは驚きで、月が半壊するんじゃないかなと思ってしまったが、この威力ならばサタンゾアが勘違いするだろうと思った。

 そしてペビンとアヴォロスを回復させてから、サタンゾアの後を追ったのだ。


(皆は……どうやら無事のようだな。間に合って良かった) 


 船を見下ろしながら、皆の生存を確認する。意識を失っている者たちがほとんどのようだが、彼らの生命力が伝わってくるので死んではいない。

 日色は『醒』という文字を書くと、気絶している者たちの身体に同時にその文字が刻まれ、黄金の光に包まれる。そしてゆっくりと閉じていた瞼が開く。


「う……」

「ミュアちゃん!? 大丈夫ですか!」

「ミミル……ちゃん? ……あれ? わたしは……」

「おお! ヒメ殿もウイ殿もリリィン殿もみんなご無事ですぞっ!」


 レッカはノアに吹き飛ばされたスーを地上から回収して、船へと舞い戻っていた。スーもダメージは負っているが、何とか無事のようだ。


「……ん? あれぇ? スー、何でそんなにボロボロなの?」

「――――――ノア……起きたか。気に……するな。すべては神王の……仕業だ」

「ふぅん、そっかぁ。でもちょっと待ってて。其は癒、無限の傷を治癒せし四の緑」


 ノアが魔力が緑色に変化してスーへと流れていく。癒し効果のある彼の魔法で、スーの身体の傷が治癒し始める。


「ん~ちょっと時間かかりそう」


 スーは気持ち良さそうに目を閉じて、ノアの魔法に浸っていた。

 日色が視線をミュアたちへ向けていると、


「ヒイロくん! サタンゾアがまた!」


 ペビンの声で、すぐさまサタンゾアへと視線を移す。どうやらこの隙をついて、彼は再び《塔の命書》を使って誰かを操ろうとしているようだ。


「同じことはさせんっ!」


 日色もまた指を高速で動かし始める。サタンゾアの周囲に浮かんでいる《塔の命書》に、一斉に『消滅』という文字が刻まれた。

 文字は効果を発動して、サタンゾアがこの場に生み出していた本たちは一気に灰化してしまう。


「っ!? バカなっ!? 《塔の命書》を壊すことができるのはイヴァライデアの力のみ! たかが力の一部しか持たないうぬに、何故そのようなことができるっ!?」


 日色も確証はなかった。

 しかし何となく、今ならそれが可能なのではないかと思ったのだ。自分の中から溢れ出てくる、今までとは違う力。

 それは自分のものというよりは、誰かに与えられている力のように感じる。


(そうか……やはりあの時)


 思い出すのはイヴァライデアが、サタンゾアに捕まる前、その際に日色に口づけをした時だ。


(あのキスの意味が分からなかったが、もしかしたらあの時にアイツは自分の力を……)


 日色へと注ぎ込んだのかもしれない。

 そのお蔭もあってか、だから《天上天下唯我独尊モード》もできたのだろう。そう考えれば、辻褄は合う。


「……よし。おいデカブツ」

「……!」

「これで、ここにいる連中を操作することはできなくなったはずだ」

「くっ……!」


 すぐさまサタンゾアが指を動かし始めるが、その指に突如として刻まれる黄金の文字。

 そこには『斬』という文字が刻まれており、彼の指が斬り落とされてしまう。


「あぐっ!?」


 日色は《釈迦金気》を宿した人差し指をサタンゾアへと突きつける。


「あまり舐めるなよ、デカブツ。文字の使い手として、オレはこの世界にやってきてからの経験がある。今日、その力を持ったお前がオレに同じ魔法で勝てると思ってるのか?」

「何だと……?」

「ここで宣言しておく。お前は決して神なんかじゃない。ただの快楽殺人者で、にわか《文字使い》だ。オレは……」


 すぅっと息を大きく吸い込み、そして   


「オレは、異世界からやってきた本物の《文字使い》だっ!」


 本物だけは誰にも譲りはしない。アイツに……イヴァライデアに託されたものがあるのだから。


 日色の高らかな宣言を受け、地に尻をつけてしまっていたサタンゾアが鋭い眼差しのまま立ち上がる。


「何が本物だ。イヴァライデアの力を奪った我こそが神そのもの。その証拠を見せてやろう!」


 サタンゾアの身体から甚大と思われるほどのどす黒いオーラが迸り、大地へと注がれていく。


「一つ教えてやろう。この月そのものはイヴァライデアが創り出したものだ」


 それは知っている。


「故に、月そのものが我の思うがままだということだ!」


 驚いたことに、地面にある土が、サタンゾアの切断された指に集束し、指を形成していく。止血と同時に、新たな指を完成させたのだ。

 そして大地が突然盛り上がったと思ったら、そこから土で固められたような巨大な手が幾つも出現し、日色たちに襲いかかっていく。


 またそれだけでなく、大地が急に真っ赤に染まり上がりマグマのように煮え滾り始める。間欠泉のようにマグマが地表から噴き出て近くにいるミュアたちに降り注ぐ。

 日色は咄嗟に船自体に『防護壁』の文字を施して、船を覆う金色の光で彼女たちを守るが、大地から出てきた巨大な手が船ごと握り潰そうとしてくる。


「ちっ! 厄介なことを!」


 まず日色はこの状況を鎮めようと思い、文字を書こうとするが、


「うぬの相手は我のはずだ!」


 大地から真っ直ぐ日色へと突っ込んでくるサタンゾア。その手にはオーラで固められた剣が握られており、それを振り回してくる。

 日色も《釈迦金気》を凝縮させて刀を作り、サタンゾアの剣を受け止めた……が、彼の力の方が強く、そのまま後方へと弾き飛ばされてしまった。


 そんなサタンゾアの身体が再び硬直する。その理由は、ペビンが背後を取り《絶》で、彼の身体を拘束していたからだ。


「鬱陶しいわ、裏切者めが!」


 力任せにオーラを増大させたサタンゾアは、その勢いで《絶》を引き千切り、振り向き様に剣を一閃。ペビンも即座に後方へとかわそうとするが、相手の攻撃速度についていけず腹部に赤い線が走り、鮮血を噴き出させる。


「あがっ!?」


 そのままペビンが真っ赤に染まる大地へと落下する直前、彼の腕を取り落下を阻止した存在がいた。アヴォロスだ。


「大分力も失われているようだな。無理をし過ぎだ」

「ぐ……面目ありませんね……」


 アヴォロスは何を思ったか彼を放り投げた。その先にあるのはミュアたちが乗っている船だ。巨大な土の手の隙間へとペビンは投げ込まれていき、船の中へと辿り着く。


「大丈夫ですかな、ペビン殿!」


 ニッキが慌てて駆けつけ介抱する。


「そこで大人しくしておけ、あとは余たちがやる」


 アヴォロスは射殺すような瞳をサタンゾアへと向ける。


「ククク、たかが地上の魔王に我をどうこうできると思っているのか?」

「魔王ではない。元魔王だ。それに余だけでやるとは言っておらぬ」

「ああ、オレらで、だ」


 アヴォロスの隣に現れる日色。


「なら纏めて死ぬが良いっ!」


 サタンゾアの意志を伝えるように、真っ赤に染まった大地が盛り上がり、マグマでできた無数にも思える手が伸び出てくる。それを日色たちは軽やかにかわしていく。


「ヒイロッ、何とかしろ!」

「指図するな、アヴォロス!」


 とはいっても、彼の言う通り、現状を打破できるとしたら日色だけ。日色は『凍結』という文字を書くと、伸び出てくる手に同時に同様の文字が刻まれる。


「凍りつけ、《文字魔法》!」


 一瞬。マグマだったものが一気に冷えて氷のオブジェと化す。


「ククク、ムダだぁっ!?」


 大地がゴゴゴゴゴゴゴと震えながら巨大な亀裂が生まれる。そこから現れるは、石でできた巨人。その大きさはゆうにアヴォロスの十倍ほどはある。


「言ったであろう! この大地が我そのものだと!」


 つまり月全体が敵だということだ。

 日色はチラリと、土の手に握られている船を一瞥する。


(あのままだといずれ防護壁は破られる。何とかしなきゃならない。だがこの力も無限じゃない。いつまでも無尽蔵に思われる月を相手にしているわけにはいかない!)


 日色は背中から生えている黄金の翼をはためかせ巨人よりも遥か上空へと移動する。そしてそのまま高速で巨人目掛けて滑空しつつ、手に持っている刀の刀身を伸ばしていく。

 巨人の頭上から一気に下半身まで一気に駆け抜け、刀で寸断すると、巨人は真っ二つに割れて大地に還っていった。


 その勢いのままに、サタンゾアへと突進するが、彼はすでに文字を書いていたようで、日色の身体に文字が刻まれる。


(巨人を相手にさせたのは、文字を書く時間を得るためか!?)


 サタンゾアがしてやったりという表情で口角を上げて笑う。だが……日色も笑う。


「……読み通りだ!」


 刹那、日色に刻まれた文字が一瞬で消失した。


「なっ!? 何が起こった!?」


 日色はそのまま真っ直ぐ突っ込み、彼の身体に斬撃を与えた。


「ぐはァァァッ!?」


 膝をつくサタンゾア。アヴォロスが追い打ちをかけようと魔力波を右手から放出させて攻撃しようとするが、背中から翼を広げてサタンゾアはその場から脱出した。


「ぐぅ……はあはあはあ……何故我の文字が……?」

「まだ分からないか?」

「……?」


 日色の背中には『強制失効』の文字が施されてあった。これは巨人を攻撃する前に、施した文字である。サタンゾアの企みに気づいていた日色は、この文字を設置文字として身体に刻み込み、いつでも発動できるようにしておいたのだ。

 その効力は、サタンゾアに刻まれた文字効果の失効。故に彼に施された文字は消えてしまったというわけである。


「行ったはずだ。文字の使い手としてはオレに一日の長があると」

「くっ……! 我を高みから見下ろしおって……! ならばその顔を後悔で歪めてやるわ!」


 サタンゾアが踵を返して船へと特攻をかける。


(まずはミュアたちを殺すつもりか!)


 そんなことさせるわけにはいかないと、『転移』の文字で移動しようとした時、


「がふぅっ!?」


 何故かサタンゾアが右側からの衝撃により、左側へ吹き飛んでいった。そして何者かが、土の手に近づき――――シャキンシャキンッ!

 剣閃が走った直後、土の手は見事に斬り裂かれ、船が姿を現した。船の上から、それを成した人物を見たミュアが叫ぶ。


「テ、テンさんっ!?」


 そう、そこにいたのは《絶刀・ザンゲキ》を手にした人型のテンであった。それなら、サタンゾアを吹き飛ばした人物は誰だ……?

 そう思い日色は件の人物へと視線を向ける。だがその人物の名前を呼んだのは、吹き飛ばされたはずのサタンゾアだった。


「ぐ……シリウス……だと……っ!」


 そこにいたのは、【ヤレアッハの塔】にて、ミュアたちと死闘を演じた、アダムスの兄であるシリウスだった。


「シリウスさん……!」

「ミュア、皆も無事か!?」


 シリウスが船に向けて叫ぶ。


「はい! あの、助けてくれてありがとうございました!」

「気にするな! 私が君たちにしてもらった恩に比べれば、まだまだ返し足らないものだ!」


 どういうわけか、シリウスという人物は味方になっているようだ。


(ミュアたちが奴を正気に戻したということか)


 サタンゾアの顔を見れば、驚愕の色が見えるので、彼の登場は予想だにしていないことだったのかもしれない。


(操っていたはずの者からの反撃。ようやく奴に後悔が少し見えた気がする)


 今まで上手く事を運んでいたと思っていたはず。それが日色の覚醒やシリウスの登場などが重なり、確実に焦りを見せている。


「サタンゾアッ! 貴様だけは絶対に許さんっ! 我が妹、アダムスの仇はこの手でとらせてもらうっ!」


 シリウスがサタンゾアへと突っ込もうとした瞬間、彼の身体がその場から消失した。

 いや、彼だけではない。その場にいたミュアたちも全員その場から姿を消してしまっているのだ。


 一体何が……!?



 日色はハッとなってサタンゾアの指先に注目する。そこには文字が刻まれてあった。咄嗟に『解説』の文字を使い、文字効果を調べる。


「……転送……したのか……【イデア】に?」


 文字効果で判明したのは、この場から【イデア】へとミュアたちを転送した事実。


 しかし何故……?


 そんな考えが胸中に巡る。


「……一体何のつもりだ?」


 無論問い質す相手は、いまだ沈黙を守っているサタンゾアだ。


「……うぬは、どうやら仲間が近くにいると、力を発揮出せる、忌々しいタイプのようだ」

「……?」

「故にこの場から消えてもらったというわけだ」

「何だと?」

「それにそろそろ良い時間でもあるしな」

「時間? 何のことを言っている?」

「それはおいおい分かる。今のうぬなら……イヴァライデアの力を引き継いだうぬなら【イデア】の様子も分かるだろう。もうすぐで、鬱陶しい虫どもはすべて消え失せる」

「……何故オレは残した?」

「うぬは我自ら滅ぼさぬと気が済まぬからな。後悔させてその魂を滅してやろう」

「…………一体ミュアたちに何をするつもりだ? 答えろ!」

「ククク、そう焦るでない。答えは直に……」



 ――――――いいから答えるがいい、神王。



 不意に響く聞き慣れた声。日色ですらハッとしたその声は、サタンゾアの背後から届いた。


「なっ!? 何故ここに!?」


 サタンゾアが驚くと同時に、そこにいた人物の魔力波を受けて吹き飛ばされてしまう。


「……アヴォロス?」


 日色の視線の先には確かにアヴォロスがいた。


(どういうことだ? 奴はオレ以外を転送させたんじゃないのか?)


 それなのにアヴォロスがここにいる。サタンゾアの様子から、彼にも予想外な事態が起きているらしいが。


「ぐっ……一体どういうことだ? 何故うぬがまだここにいる? 我は確かに飛ばしたはずだぞ!」

「そのようなことはどうでいい。【イデア】に何かするつもりならば、容赦はできぬ」

「ほざけっ! 再度ここから消してやる!」


 そう言いつつサタンゾアが指を動かして文字を形成すれば、同時にアヴォロスの胸にも同様の文字が刻まれ始める。


「今度こそ消えるがよい! 《文字魔法》発動!」


 だが次の瞬間、驚くことが起きた。アヴォロスが、まるで脱皮するかのように、その場に青白いアヴォロス型の魔力を残して脱出したのだ。

 文字が刻まれているのはその魔力に対してだけ。脱皮したアヴォロスには何も刻まれておらず、文字が発動して消えたのはその魔力のみだった。

 思わず日色とサタンゾアは唖然としながら、アヴォロスが行ったことに注目した。


(……そうか。文字が刻まれる瞬間に自分の身体を圧縮させた魔力で覆い鎧状に変化させる。文字はその魔力の鎧に刻まれるから、その隙に本体は抜け出して回避したということか)


 しかしそれがどれほど凄いことか、日色は分かっている。


(一瞬にして高密度な魔力を作り上げるには、神がかった魔力コントロールが必須。今のオレでもそんなことはできない。それに、神王の力を敏感に察する感知能力だ。少しでも遅れれば魔力の鎧を発現する前に身体に刻まれてしまう)


 それはもう本能的な勘とでも言おうか。サタンゾアの力を常に意識し、それが自分に向けられている一瞬を感じとる必要がある。


(あの野郎……やっぱり天才だ)


 今にして思えば、よく勝てたと思う。あんな天才が魔神と同化していたのだ。いくらイヴァライデアの力を借りていたとはいえ、よく勝利を得ることができたと自分を褒めたいと思わせる。

 それほどにアヴォロスの才と力は図抜けていた。


 そしてそれはサタンゾアも感じているのか、信じられないといった面持ちでアヴォロスを凝視している。


「し、しかしその方法では魔力消費が多大になるはず。何度も行える回避方法ではあるまい」

「確かに余が一人ならば、いずれ魔力が枯渇し敗北するであろう。しかしここには――」

「――オレもいる!」


 アヴォロスのように背後をとった日色は、金色の剣をサタンゾア目掛けて振り下ろす。


「ぐはぁぁぁぁっ!? お、おのれぇぇっ!」


 裏拳が飛んでくるが、その拳に『爆』の文字を刻んで爆発させる。


「があぁっ!?」


 腕が吹き飛ぶほどではなかったが、それでも血塗れにはなったサタンゾアの左腕は、もう使い物にならなくなっている。

 しかし傷自体は魔法で治すことができるので、安心はできない。


「【イデア】に何かする前に、お前を潰す!」


 日色とアヴォロスは同時にサタンゾアへと攻撃を繰り出した。



     ※



 一方、サタンゾアによって【イデア】に転送されたミュアたち。

 彼女たちが現れたのは魔界の上空だった。

 最初はここがどこか全員が呆然としてしまっていたが、空に浮かぶ【ヤレアッハの塔】を目にして、自分たちが【イデア】にいることを知る。

 また、このままでは地面に叩きつけられてしまう恐れもあることから、


「ミミルちゃん、わたしの手を取って!」


 ミュアは《銀耳翼》を大きく広げて空を翔け、同じく落下しているミミルの手を握る。


「あ、ありがとうございます、ミュアちゃん」

「うん! あ、他の人は!?」


 すぐに周囲を確認すると、鳥になったスーの背にはノアがいる。リリィンは自身の翼を出して飛び、ペビンとシリウスもまた同様に羽を広げて浮かんでいた。

 スーが何とか近くにいるウィンカァ、テン、ヒメを拾うが、ニッキとレッカはかなり遠くにいる。


 急いで助けようと向かうが、全員の速度が出ない。やはり戦闘によって疲弊しているようで、力が出ていないようだ。

 かくいうミュアも、少しでも気を抜けば落下してしまいそうなのである。

 ニッキとレッカの落下の先は大きな岩場の密集群。このままではどうなるかは明白。


「ニッキちゃんっ、レッカくんっ!」


 ニッキは魔力爆発を使って空に浮かぶつもりのようだが、ガス欠なのか上手く発動できておらず、レッカも同様で《創造魔法》で作った風で身体を浮かせようとしているが、落下の速度に負ける程度の微風しか生み出せていないようだ。

 そんな時、ミュアの《銀耳翼》も徐々に小さくなっていく。そのままフッと、元の獣耳に戻ってしまいミミルとともに落下してしまう。


「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」


 悲鳴を聞いて一番近くにいるリリィンが二人の手を取るが、彼女もまた限界で空に浮かんでいたのか、翼に力がなく一瞬ミュアたちを支えたものの、そのまま落下し始めた。


「ミュアッ、ミミルッ、リリィンッ!」


 ウィンカァが叫ぶが、彼女にできることは声を上げることだけ。スーもまた助けるために向かうが、多くの者を乗せていることもあり、ミュアたちの落下速度に追いつけずにいる。

 どんどん地面が近づいていく恐怖にミュアは目を閉じてしまう。


(ヒイロさんっ)


 しかし直後、身体に何か小さなものが纏わりついたと思ったら、それが徐々に広がりゆっくりと落下速度が落ちてくる。突然の浮遊感を感じて、ミュアはそっと瞼を開く。

 すると自分たちを浮かせている存在が、砂だということに気づく。


「……え? す、砂……?」


 突然のことで戸惑ってしまう。ミミルも同様のようでキョトンとしたままである。

 だが視線の先にも砂の塊が空に浮いており、その上に乗っている人物を見てすべてを理解した。


「…………カミュさんっ!?」


 そう、そこにいたのは『アスラ族』の若き長――カミュ。

 彼は『神人族』が【イデア】に何かしてもすぐに対処して仲間を救えるように、故郷の砂漠へと戻っていたはず。

 見れば遠く離れているニッキたちも、カミュの砂によって救出されている。


 ミュアはホッとしながらも、眼下に砂漠があるのに気づき、緊張が一気に緩み意識を失ってしまった。










「……ぁ」

「ミュア……気が付いた?」

「え……あ、カミュさん」


 意識を失っていたミュアが目を開けると、そこはもうすでに地上であり、目の前で心配そうにカミュやミミルがミュアの顔を覗いていた。


「えと……そっか。わたし気絶して……っ! みんなは!?」


 そう思い周りを確認すると、全員がそこにいた。


「良かったぁ。ニッキちゃんたちも無事だったんだね」

「ご心配おかけしましたぞ!」

「オス! カミュさんに助けて頂きました!」


 ニッキとレッカが揃って無事な顔を見せてくれた。


「でもカミュさん、何でわたしたちを助けることができたんですか?」

「この近くに……『アスラ族』が住む……砂漠がある。突然……上空に……魔力……感じた」

「そっかぁ。それでわたしたちだって気づいて助けにきてくれたんですね?」

「うん。みんな……【ヤレアッハの塔】に行ったはず……どうしていきなり……ここに? それに……ヒイロは?」

「あっ、そうだ! ヒイロさんは……!」


 ハッとして空に浮かぶ金色の塔を見上げる。


「師匠はいまだあそこですぞ……」

「父上……」

「ヒイロさま……」


 ニッキ、レッカ、ミミルがそれぞれ不安気な声を漏らしている。


「恐らく、サタンゾアがイヴァライデアから奪った《文字魔法》で飛ばされたのだろう」

「シリウスさん……! シリウスさんも無事だったんですね!」

「ああ。皆も息災で何よりだ」

「ところでシリウスさん、わたしたちが魔法で飛ばされたというのはほんとですか?」

「一瞬だが、自分の身体に刻まれる文字を見た」

「僕も確認しましたよ」

「ワタシもだ」


 シリウスの意見に同意したのはペビンとリリィンだ。ミュアは一瞬のことだったため気づいていなかった。


「……でも、何でヒイロは飛ばされない? それに、アヴォロスも……いない」


 疑問を口にしたのはウィンカァである。


「――――――確証はないが、サタンゾアは自分の手でヒイロを殺そうと考えたのではないか? アヴォロスに関しては分からないが」

「スーの言ってることは的を射てるさ」


 テンの言葉が皆の意識を引き寄せる。ニッキが「どういうことですかな?」と聞くと、


「ここにいても、俺にはヒイロと感覚を共有できてっからな。だからヒイロの記憶もある程度伝わってくる」


 彼は日色と契約しているので、その恩恵としての能力なのだろう。


「ただ、アヴォロスに関しては、奴が自らの力でサタンゾアの魔法から逃れたらしいさ」

「そうですか。ではあそこでまだ、戦っているんですね。ヒイロさんは……」

「俺も助太刀に行きたいけどさ……」


 テンの手に握られてあるのは、日色の愛刀である《絶刀・ザンゲキ》だ。日色が帯刀していれば、どこにいてもその場へ転移することができるテンでも、この刀がここにあるのではその力は発揮できない。


「《転移石》も月までは飛べませんしね」


 そう言うペビンに対し、


「そう言えば、ペビンさんは自由に月とここを行き来できるんですよね! 確かアダムスさんが作った転移魔法陣を使って! ならそれを使えば戻ることができるんじゃ!」


 ミュアの思いつきに希望が広がり、皆の視線がペビンへと向かう。しかし彼は首を左右に振った。


「それは叶いません」

「っ……ど、どういうことですか?」

「先程、ミュアさんが意識を失っている間に、件の転移魔法陣を調べに行かせてもらいました」

「なるほど。急にいなくなるからどこへ行ったのかと思っていたら、そんなことをしていたのか」

「そうなんですよ、リリィンさん。それで調査に向かってはみたのですが、発動することができなかったのです」

「う、嘘……!」


 ミュアはガックリと肩を落としてしまう。


「恐らくはサタンゾアがイヴァライデアの力を使い月を操作したことで、向こうの転移魔法陣が破壊されたか、効果を失ったのだろうな」


 シリウスの見解にペビンが頷きを見せる。


「まさしくその通りでしょうね。まあ、あの抜け目のないサタンゾア様のことですから、転移魔法陣のことを忘れるわけがないでしょうし、通路を塞ぐことくらいしそうですね」


 つまり少なくとも、今すぐ月へ向かうことはできないということだ。


「ヒイロさん……」

「大丈夫さ、ミュア」

「テンさん……」

「アイツは勝つさ。見ただろ、今のアイツの姿を」


 見た。かつてアヴォロスを圧倒した力を使って、サタンゾアですら驚愕させ追い詰めているように見えた。


「アイツにはイヴァライデアの加護だってあるし、何より俺たちの想いを全部背負ってる。もう、負けねえさ」


 そう言うテンの拳が固く握られ微かに震えている。彼もまた悔しいのだ。こんな大事な戦いで、日色の傍にいられないことが。

 ミュアだって最後まで一緒に傍にいて力になりたかった。だがそれはもう叶わない。


(……なら、今ここでできることをしなきゃ!)


 顔を俯かせている時間などない。それは、必死で今も戦っているすべて者たちに失礼だ。


「皆さん! 今、《四天魔》が暴れて、それを各国の人たちが必死に戦っていると思います。わたしたちはもう、塔へ行くことはできませんが、まだ【イデア】のためにやれることはあります!」

「おお~! そうですぞぉ! こんなところで無駄な時間を費やしている暇などないですぞ!」

「はい! ミュアちゃんの言う通り、まだミミルたちにもできることがあるはずです!」

「ん……ととさんたちを手伝いに行く」


 ニッキ、ミミル、ウィンカァだけでなく、他の者たちも賛同してくれたことにミュアは嬉しさを感じる。これが仲間の一体感というものだ。


(凄く安心する。みんながいるからわたしは戦えるんだ)


 心に灯る温かい光。それが消えない限り、自分たちは戦うことができる。


「カミュさん! 助けてくれてありがとうございます! わたしたちは今すぐ各国へ向かうことにします!」

「……分かった。俺は……一族の傍にいないと……いけない。だから……一緒には行けないけど……ミュアたちの力には……なれる」

「え? どういうことですか?」

「今回……ヒイロと一緒に……戦えなくて……悔しくて……修業した」


 するとカミュが両手を地面に向けてかざすと、地面がゆっくり動き始めた。

 しばらくして、固い地面は砂状に変化し、三つの流砂が形成されていく。


「俺の……力で……ミュアたちを……送る」

「……? もしかして転移系の魔法が使えるようになったんですか!?」

「うん。いっぱい……頑張った。ヒイロに……褒めてもらう……ために」


 何故か頬を染めて恥ずかしそうにするカミュ。


(えと……あれ? カミュさんって男の人……だったよね?)


 思わず性別を間違ってしまうほど、カミュは女子っぽい。というか、そこらへんの女子なんかよりも圧倒的に可愛いし、献身的でお嫁さんにしたい人ナンバーワンかもしれない。

 もしミュアが男ならカミュを選ぶだろう。一度主人と慕った人のために、単身で危険な海を渡ってくるし、塔へ一緒に行けないからといって腐らずに、日色のために何かできないかと考えて新しい魔法を覚える努力家。


(うぅ……カミュさんが男の人で良かったよぉ)


 もし女の子なら、日色もコロッといく可能性だってあった。カミュが男だということを心底神に感謝したミュアだった。


「右の流砂は……【ランカース】。真ん中は……【パシオン】。左は……【ハーオス】」


 カミュの言葉に、その場にいる者たちが互いに顔を合わせて頷き合う。覚悟はできているということだ。


「しっかり送る……から。安心……して」

「ありがとうございます、カミュさん! お願いします!」


 ミュアたちは、それぞれ向かう場所を決めて、三つの流砂に入った。


「それじゃ……飛ばすね。――――ガイアゲート」


 流砂が動き出し、ミュアたちの身体が沈み込んでいく。


「カミュさん! 本当にありがとうございました!」

「……頑張って」


 そうしてミュアたちは各国へと飛ばされた。残ったカミュもまた、寂しげな表情をしながら【ヤレアッハの塔】を見上げるが、すぐに表情を引き締めて砂漠へと戻って行った。



      ※



 【獣王国・パシオン】にて、アノールドたち獣人が力を合わせて、突如として現れた《四天魔》の一体である青竜と戦っていた時、不意にアノールドたちの周りにいる兵士たちが膝をついて胸を押さえながら苦しみ始めた。


「おい! 一体どうしたってんだよ! 師匠!」

「……分からねえ。クソ兄、何か分かるか?」


 アノールドに問いかけられたララシークが難しい表情を浮かべながらユーヒットに答えを求めると、彼はグルグル眼鏡をクイッと上げて、


「ニョホホホホ! どうやら微細な毒粒子が散布されているようですねぇ」

「毒粒子だと?」

「視認はしにくいですが、僕にはこの《よくミエール眼鏡》がありやがりますから確認はできているんですよねぇ」


 またもそのまんまなネームセンスだとアノールドは思いつつも、


「どうして俺たちは大丈夫なんだ……?」


 疑問を口にすると、ユーヒットが答えてくれた。


「恐らく一定以上のレベルにある者には効きにくい性質を持ってやがるようですねぇ。ですから……がはっ!?」

「クソ兄っ!?」


 いきなり血を吐いて倒れたユーヒットにララシークが駆け寄る。


「……ぼ、僕は戦闘タイプでは……ないので……すぅ……」

「ちっ、このままじゃ、ワタシたち以外は全員お陀仏になっちまうぜ!」

「なら俺が風で!」

「待って……ください……」


 ユーヒットが制止をかけるので、アノールドは「何でだよ!」とつい声を荒げてしまう。


「この……粒子は……風に反応して……さらに毒性を強める……ようなのです……」

「何だって!?」


 アノールドは振り上げた剣を力なく下ろす。


「何とか手はねえのか、クソ兄!」

「……現状……では……青竜を倒すしか……ないかと」


 青竜相手にレオウードを筆頭として《三獣士》に王子たちが奮闘している。しかしダメージを与えているものの、まだ決定打には遠いようで、仕留めるには時間がかかるかもしれない。

 そうこうしているうちにユーヒットたちが死んでしまう。


「くそっ! 何とかならねえのかよっ!」


 その時、アノールドの耳に幻聴かもしれないと思われるほど、嬉しい声が響いた。



 ――――――大丈夫だよ、おじさん!

 


 直後、アノールドたちの周囲に、銀色に輝く粒子が出現し、地に臥せているユーヒットたちを覆っていく。

 ユーヒットたちの身体から毒々しい黒々とした気体が溢れ出てきて、それを銀色の粒子が浄化し始める。

 苦しんでいたユーヒットの顔色が徐々に良くなっていく。


「こ、これはっ!?」

「おじさんっ、もう大丈夫だから!」

「ミュアッ!? 何でお前……! え? ど、どういうことですか、師匠!」

「何でもかんでもワタシに聞くな! ワタシだって驚いてんだよ! ミュア、お前、本物だよな!」

「もちろんです! 塔から帰還しました! というより強制的にされたんですけど」

「どういうことだ?」


 ミュアからサタンゾアによって転送させられ、そしてこの場にはカミュの力で戻って来たことを伝えられた。


「そっか、ヒイロはまだあっちに……」


 アノールドは心配げに塔を見上げる。


「結局、最後はまたアイツに頼るしかねえってことか……」


 それがとても悔しい。《塔の命書》のせいで、アノールドは塔へと向かえなかった。だが、ミュアたちが彼を支えてくれるから安心だとも思っていたのだ。

 しかしそれもミュアたちが戻って来たことにより失われてしまった。


「おじさん、心配なのは分かるけど。わたしたちは今、戦ってるんだよ。だからできることをしないと! せっかくヒイロさんが神王を倒しても、ここにいる人たちを殺させたら何にもならないから!」

「ミュア……お前」


 塔へ行く前とはまた格段と成長したような顔つきになっている。この短期間で何があったのか……。

 するとミュアが深刻そうな表情で愕然とするようなことを口にした。


「……おじさん、わたしね……お父さんを殺した鉄仮面の人と戦ったよ」

「な、何だと……っ!?」


 心が震えるような言葉が耳を打った。


「アヴドルって人だった。元人間で、『神人族』として塔にいたんだ」

「そ、それでどうしたってんだ?」

「……死んだよ」

「っ!? ……仇を討ったってことか?」

「そうだね。けれど、結局死んじゃったけど、わたしはトドメは刺さなかった」

「…………どうしてだ?」

「何となくだけど、お父さんはそんなことを望んでないって思ったから」

「ミュア……」


 彼女の儚さそうに眉をひそめる行動に、アノールドは思わずそっと彼女を抱き寄せた。


「……おじさん?」

「……頑張ったな」

「……うん」


 ミュアは優しい。きっと仇に対しても憎悪だけを向けるなんてことはできなかったのだろう。慈愛を以て憎悪を打ち砕く。それがこの子の力なのかもしれない。

 ミュアの頭を撫でながらアノールドは、彼女が無事に戻って来てくれたことに感謝していた。


「……よし! 感動の再会も終わったところで、ヒイロが帰って来て愚痴をぶつけられないように、さっさとあのヘビ野郎を倒すぞ!」

「うん! みんなも力を貸してくれるから!」


 ミュアの後ろから一緒にここに来たミミル、ペビン、シリウスが顔を見せた。


「よっしゃ、一気にやってやろうぜっ!」


 アノールドたちは、青竜に向かって突っ走っていった。



     ※



 一方【人間国・ランカース】も、現れた白虎の出現により、大分兵士たちも消耗していた。白虎も消耗はしているだろうが、討伐にはまだ遠い。


「クゼル、タチバナ! 同時攻撃で奴を仕留めるぞ!」


 ジュドムの掛け声で、白虎の周りを囲い、一斉に攻撃を繰り出す。しかし白虎の身体から闇色の液体が迸り、ジュドムたちの攻撃を弾いてしまった。

 そしてすぐさま上空へ跳び上がった白虎が、眼下に向けて闇の力を凝縮させたエネルギー体を放出しようとしたところ、


「《爆拳・弐式》っ!」

「《八ノ段・次元断》っ!」


 二つの攻撃が白虎の身体に入り、相手を悶絶させながら大地へと叩き落とすことに成功した。

 当然それを成した人物へと視線が注がれる。


「ウィ、ウィンカァッ!?」


 最初に声を発したのはクゼルである。塔へ行ったはずの愛娘がそこにいるのだから当然の驚きだろう。


「ん……ととさん。説明は後。今は、倒すだけ」

「そうですぞぉ! ヒメ殿、宿ってくだされ!」

「任せなさい!」


 ニッキの頭の上にひょっこりと乗っていたヘビ型のヒメが白い粒子に変化して、ニッキの拳に集約されていく。


「何だか分からねえが、頼もしい助っ人だ! このまま一気に決めるぞ!」


 ジュドムの声に呼応して、全員が士気を高めた。



     ※



 そして【魔国・ハーオス】でも、国を挟み込むような形で現れた、朱雀と玄武と戦っているイヴェアムやマリオネたちのもとへ助っ人が到着していた。


「うおぉぉぉぉぉっ! お嬢さばふびひんっ!?」


 突如として現れたリリィンに、涙と鼻水を垂れ流しながら抱きつこうとしたシウバは、見事にカウンター攻撃をくらって地面にめり込んでいた。


「っ……こ、この感触……久方ぶり……です……ああ、もっと!」

「催促するでないわ、この変態めがっ!」


 地面に顔を埋めたシウバの身体をガシガシと蹴り倒すリリィン。結局彼の望みを叶えている形になっていることに彼女は気づいていない。


「――――――そのようなことをしている暇はないと思うのだがな、リリィン」


 スーが呆れたように声を出す。その背にはノアが寝ている。するとノアは何かを察知したかのように瞼を開けて、


「んあ……ふわぁ~よく寝たぁ……。……おお、何あの亀!」


 玩具でも見つけたように生き生きとした表情を煌めかせるノア。

 その時、マリオネから怒号に似た叫びが轟く。


「お前たちィィィッ! 防御態勢をとれぇぇっ!」


 何事かと玄武に意識を向けると、玄武の背にある甲羅が光り輝き、甲羅から天を衝くような勢いで光が昇った。光は上空で一気に弾けると、矢のように大地へ降り注いできた。


「――――――ノアッ!」

「青色っ!」


 ノアが詠唱を短縮して魔法を発動。ノアを中心として青い防護壁が出現するが……。


「……ダメだねぇ。これが限界」


 大体半径十メートルほどしか囲えておらず、外にいる兵士たちを守れないといった状況になってしまった。

 無情にも光の矢が、外にいる兵士たちに牙を向こうとしたその時、


「――――――ブラック・サイレント」


 頭上を闇のカーテンが一気に覆い尽くした。そこに突き刺さる光の矢は全てが吸収されて消失していく。

 シウバはハッとなって、防護壁を形作り兵士たちを守った者に視線を向ける。


「……あなたは……っ!?」


 そこにいたのは、かつてアヴォロスの部下として動き、シウバと戦った、シウバと同種の男。


「借りを返しにきたぞ、『冥王』」


 『闇の精霊』――――――アビスだった。





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