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25:脱出に向けて

 その頃、意気揚々と【ブスカドル】の外に出ていたナグナラたちは、施設から景気良く響いてくる爆発音を聞きながら距離を取るために離れていた。


「くふふ~、今頃奴らは虫けらみたいにぺしゃんこなのね!」


 嬉しそうに大きな体を揺らしながら笑っている。


「そうでしょうね。あ、これからどうされますか?」

ペビンが相変わらずの糸目をナグナラに向ける。

「そうなのね~」

「近いうち戦争が起きそうですが?」

「人間界も巻き込まれるのね? それなら面白いかもね」

「ではそれに便乗しますか?」

「くふふ~、それも面白そうなのね!」

「ではこれから【ヴィクトリアス】へ?」

「ん~ペビンはどうしたらいいと思うのね?」

「そうですね、では成り行きを見守り、美味しいところだけを頂くというのはどうでしょ

うか?」

「あ、それいいのね! はいそれ採用~」

「ありがとうございます」


 ペビンはわざとらしく頭を下げる。するとナグナラの腹から地響きのような音が轟く。


「ああ~それにしてもお腹減ったのね~」

「あ、ならこれでも食べますか?」

「ん? 何なのねその袋?」


 ペビンが懐から出した袋をナグナラは受け取り中身を確認するが、


「……これただのMP回復薬なのね! こんなのじゃお腹は満たされないのね!」


 そう言いながら地面に勢いよく投げ捨てた。


「おやおや、もったいない」

「ていうか、何でそんなもん持ってるのね?」

「……気づいたら懐にありました」

「……嘘っぽいのね」

「まあ、そういうことにしておいて下さい」


 そう言いながら、同じように研究所から逃げ出してきて、呆然と立ち尽くしている他の研究員を見回すペビン。


「まずは足が必要ですね。伝手を使って馬車でも呼びますか」

「良かったのね~、歩くとお腹すくからそれは助かるのね」

「所長の場合は少し痩せた方がよろしいかと、本当にデブ男ですから」

「む~っ! ペビンはやっぱり意地が悪いのね~っ!」

「あ、お菓子ありますが食べますか?」

「食べるのね~」

「冗談です」

「がふっ! ……ペビンが酷過ぎて目の前が真っ暗なのね……」

「まあ、もう夜ですから」

「そういう意味じゃないのね~っ!」


 軽快に爆発音を響かせる【ブスカドル】を見ながら二人は、いつものように会話をしている。

 それがどれだけ異常なことなのか、他の研究員たちは顔を青ざめさせながら二人を見つめていた。



     ※



「くっ……無事かミュア! ウイ!」


 B棟に向かっている途中、突如として起こった爆発音。そして同時に天井から瓦礫の雨が降り注いだ。

 ミュアは防ぐ術を持たない。

 ウィンカァは毒で侵されているハネマルの子供を抱えている。実際にまともに動けるとしたらアノールドしかいなかった。


 だから剣を抜いて、疲弊した体だが全力で振ってくる瓦礫からミュアとウイを守った。しかし瓦礫はB棟の入口を防いでしまっていたのだ。


「う、うん大丈夫だよおじさん」

「こっちも……無事」


 ミュアもウィンカァもハネマルの子供も何とか無事のようだ。しかしこれからどうすればいいのかアノールドは悩む。

 そこでふとウィンカァが不安そうにハネマルの子供を見つめていたのでアノールドは「どうしたんだ?」と尋ねる。


「うん……なんか、この子が震えてる」

「震えてる?」


 確かにウィンカァの腕の中で、小刻みに身体を震わせていた。それは生まれて間もないからかもしれないとアノールドは考えたが、それにしては苦しそうな表情が気になる。


「……おい、まさかだと思うけどよ」

「どうしたのおじさん?」

「いや、そいつさ、毒に侵された母親の身体から生まれてきたんだよな?」


 コクリとウィンカァが首肯する。


「も、、もしかしてだけどよ、そいつも毒にやられてるってことはねえか?」


 その言葉にミュアとウィンカァは強張った表情をしてハネマルの子供を凝視する。いまだにグッタリとしている様子で、寒くもない気温なのにずっと身体を震わせている。


「……苦しい?」


 ウィンカァは堪らず子供に聞いてみると、力無く「クゥ……ン」とだけ返ってきた。さらに緊張が強まるウィンカァの表情を見て、他の二人も状況を察する。

 アノールドの目測は正しかったのだと。毒かは分からないが、間違いなくこのままでは危険な状態だということは三人は理解した。


「そ、そうだ! B棟に行きゃ、解毒薬とか、元気になる薬だってあるはずだ! 確かヒイロが脅した研究員が、B棟は薬品を開発するための棟とか言ってたじゃねえか!」

「そ、そうだよウイさん!」

「ん……でも」


 三人の目の前に立ち塞がっている瓦礫。これを何とかしなければB棟には入れない。

 日色が来れば何とかなるかもしれないが、もし待っている間にB棟が破壊されたらと考えると、一刻も早く行動する必要がある。


 いつもならアノールドがその自慢の大剣を振り回して道を作るのだが……。

 ハッキリ言ってもうアノールドの身体も限界なのだ。瓦礫を粉砕して前に進むほどの力は残っていない。


「くそぉ……」


 しかしそれでもアノールドは歯を食い縛り剣を構える。

 そんな必死なアノールドを見て、ウィンカァが何かを決意したように頷くと、ぐったりとしているハネマルの子供をミュアに預けた。


「この子、お願い」

「え、でもウイさん?」


 反射的にミュアは受け取るが、その顔に覚悟のようなものを感じたのかそれ以上は言葉にできないようだった。

 ウィンカァは《万勝骨姫》を両手で持つとブンブンブンブンと振り回し始めた。


「ウイッ!?」


 アノールドも突然の彼女の行動に驚いて叫ぶが、彼女はそのまま続ける。どんどんと加速がついていく。もう目では確認できないほどの速さだ。


「す、すげえ……」


 思わずアノールドの声も漏れる。

 空気を切り裂いているせいか、耳鳴り音までし始めた頃、突然槍の刃先からボボウッと炎が出現した。


「ウイさん……?」


 槍を振り回す彼女の顔が、明らかに苦痛で歪んでいるのに気がついたミュアは心配そうに声をかける。


「……少しだけ……無茶するから」

「え?」


 ウィンカァはそう言うと大きくジャンプした。二人は一斉に彼女を視線で追う。

 すると彼女、今度は自分の体を独楽のように回転しだした。


 炎を生み出した槍を回転させながら、ウィンカァ自身も回転しているので、外見上では大きな火の玉が宙に浮かんでいるように見える。

 そして、その大きな火の玉のような存在が、真っ直ぐ瓦礫の山に向かって落ちていく。


「――五ノ段・火群(ほむら)っ!」


 ――――――ドゴォォォォォォォォォォンッ!


 まるで隕石が地面へと落ちたような衝撃は、入口周辺に巨大なクレーターを生み出す。塞いでいた瓦礫は、最初からそこに何もなかったかのように綺麗サッパリ消失していた。

 ポカンとして起こった事態に固まっているアノールドとミュア。思わずアノールドは「おお~」と感嘆していた。


 しかし、クレーターの中心で死んだように横たわっている彼女を見て二人は青ざめる。


「ウイさんっ!」

「ウイッ!」


 二人は一目散に駆け寄ると、彼女の状態を確認する。すると嬉しいことに目を開けてくれた。


「……から……だ……痛い」


 正直に言う彼女を見てホッとする二人。


「ホント、無茶し過ぎだっての」

「そ、そうですよ! 心臓止まるかと思ったんですからね!」


 ぷく~っと頬を膨らませるミュアに対してウィンカァは小さく「ゴメン」とだけ言う。


「後は俺たちに任せろ。お前はゆっくり休め」

「必ずこの子は治してみせますから!」


 二人の発言を耳に入れると、安心したように目を閉じる。《万勝骨姫》を小さな形へと戻すと、アノールドはウィンカァが持つホルダーに収める。

 大剣を背中に抱え、そしてそのまま彼女を両腕に抱える。もし解毒薬探しに時間がかかり脱出経路が無くなっても、日色なら何とかしてくれるとアノールドは思う。


(さっさと戻って来いよヒイロ!)


 頼れる読書家に対し心の中で叫ぶと、後はもう真っ直ぐに突き進んで行った。



     ※



 日色は今の状況が心底まずい状況にあることを悟っていた。それはいわずもがな、日色にとっては生命線であるMP回復薬が手元に無いということだ。

 ウィンカァとの戦いでかなり魔法を使用し、もう魔力が心許無くなってきている。このままここにやって来た時と同じように壁に『穴』の文字を書いて外に出ることはできる。


 今は邪魔する存在がいないので直接壁に書けば、魔力消費も最低限に抑えられる。

 しかし先程の爆発でB棟も破壊されているとなるとアノールドたちが気がかりだ。

 一度外に出て確認するのもいいが、仮にアノールドたちがまだ中にいるのなら助けると仮定すると、また魔法を使うことになるだろう。

 魔力が少ない状況でそれは些か問題ある行動のように思えた。


(ならまずオッサンたちを追いかけるか? もしかしたらオッサンかチビがMP回復薬を持ってるかもしれないしな)


 希望的観測には違いないが、単独で外に出てとんぼ返りになってしまうよりはその方が効率は良いかもしれない。

 どうしても危険な時はアノールドたちには悪いが一人でも魔法で脱出することはできる。


 そう思った日色の行動は早かった。まずB棟へ向かうために、それを邪魔するように天井の残骸が遮っているので、それを何とかする必要がある。

 隙間を見つけてそこを通ることもできるかもしれないが、探すにも時間がかかるし、その間にまた爆発が起きたらそれこそ一溜まりもない。


 そこで日色は閃いて、空を見上げる。


「よし、あれなら抜けられそうだ」


 上空にも天井の残骸があるが、そこから空が確認できた。日色は指先に魔力を宿すと、


『飛』


 半信半疑な気持ちで効果を期待しながらその文字を書いて発動。すると、フワッと体が浮く。


「おお~!」


 その文字はいまだ試していなかったが、まさか空まで飛べるとはさすがはユニークチートな《文字魔法》だった。

 そのまま日色は上空へと飛び上がっていく。


 あまりスピードは無い。全力を出しても小走り程度の速さだった。いくら万能でも魔力消費量が30ではこんなものなのかもしれない。

 まあ消費量をケチって手に書いているのでこうなっているのかもしれないが。空中で書いてそのまま発動すればもう少しはマシな速さを得られる可能性もある。


 しかし今は空を飛べるだけで十分だ。恐らくこれも一分で効果が切れるはずなので急いで残骸の隙間から抜け出し、B棟の入口に向かう。

 その際に少し高く飛んで周囲を確認したが、驚くべき光景を目にする。それは遠目にだが、こちらへ向って来る複数の馬車だ。

 馬の手綱を握っている者が着用しているのは白いローブだ。


(まさかさっきの奴らが言ってた連絡員ってのは……アイツらか?)


 ナグナラたちの会話に引っ掛かりを覚えた言葉を思い出す。もし仮に日色が考えている通りなら、このまま単独で外に出る方が危険な気がした。

 確実に日色たちの味方ではなく敵の増援なのだから。


(……とりあえず一刻も早くオッサンたちと合流する必要があるな)


 日色はゆっくりとB棟の入口に着地すると、見たこともないクレーターがあったので首を傾けた。


(そういやさっき凄い音がしたが、オッサンがやったのかこれ?)


 答えは出ないが、そんなことはどうでもいいかと自己完結してB棟へと入って行った。



     ※



 日色がB棟へと入ったその頃、アノールドたちはハネマルの子供のために解毒剤を探していた。誰か研究員がいれば、脅してでもその居場所を聞けたのだが、すでに研究員は誰も居らず、思惑は見事に外れた。


「ちっくしょう! どれがどれだか分からん!」


 一応それらしき部屋は見つけた。棚の中には様々な薬品らしきものが保管されているのだが、いかんせんアノールドたちに薬の知識は無いのだ。

 体調が芳しくないウィンカァとハネマルの子供を椅子に座らせて、アノールドとミュアは二人で探しているのだが、


「クゥ……ン……」


 見る見るうちにハネマルの子供から生気が失われていくように感じる。


「どうしようおじさん!」

「んなこと言ってもよぉ……」


 するとそこへ扉がガタッと開く。思わずアノールドたちは身構えるが、そこには――――――。


「声がしたと思ったら、まだここにいたのか?」


 大きな風呂敷を背負った日色が居た。



     ※



「ヒ、ヒイロ、お前何だよその格好は?」


 アノールドだけでなくミュアも、日色がまるで夜逃げするような姿に驚愕している。


「何って、本に決まってるだろうが」

「本ってお前……」

「本当は全部持ち出したかったが、さすがに時間無さそうだからな。面白そうなものだけに絞った」


 日色の行動理念を知っているアノールドたちも、さすがにこの状況で全くブレない日色に対し呆れたように溜め息を溢していた。


「それで? オッサンたちは何してる?」

「見て分かんだろ? 薬を探してんだよ!」

「薬?」


 日色は椅子でぐったりしているハネマルの子供を見て状況を把握する。


「なるほどな。だがここから探すとなると……」


 日色も陳列した棚を見回すが、とてもではないが知識が無い以上見つかるわけがないと判断する。


「あ、そうだヒイロ、お前の魔法で何とかできんじゃねえのか?」

「…………」

「あのな、さすがに命がかかってるこんな状況でそんな義理が無いとか言ったらぶっ飛ばすからな!」

「……そうだな、できないこともない」

「よっしゃ、なら早く」

「MP回復薬は持ってるか?」

「は?」


 日色の突然の問いにアノールドは目を見開く。


「だからMP回復薬は持ってるかと聞いてる」

「あ、あのヒイロさん、確かこの前買ったMP回復薬は全部ヒイロさんが持っているんじゃ……」


 ミュアの言葉で忘れていたことを思い出し「あ!」となる。

 そういえばこの間、店に立ち寄った時、戦ってもほとんど魔力を消費しないアノールドたちより日色が持っていた方が良いという話になり、全部日色が持つことになったのだ。


「お、おい、まさか……ヒイロ、聞いていいか?」

「……何だ?」

「お前、あの時買った回復薬、全部使っちまって、今持ってねえとか言わねえよな? しかも魔法を使いたくても魔力が足らねえとか言わねえよな?」


 二回続けて質問してくるアノールド。なかなかに鋭い彼に少し感嘆した。


「おお、オッサンにしては勘が良いな」

「マジかよっ!?」

「まあ、正確には回復薬を入れていた袋をどこかに落としたんだが」

「もっと悪いわボケェ!」


 アノールドは頭を抱えてしまった。


「ヒ、ヒイロさん、じゃあ魔法は使えないんですか?」

「いや、あと二回くらいは使える。けどここで使ったら、外に出て敵に囲まれていたらアウトだな」


 物騒なことを平然と言う日色にミュアはポカンとしてしまった。だが敵という言葉にアノールドは反応した。


「て、敵? 何のことだ?」


 日色が空を飛んて見た状況を話すと、アノールドとミュアが顔を青ざめさせる。


「……マジかヒイロ?」

「ああ、だから無闇に使えん」


 ここで回復するまで休めればいいが、いつ天井が崩れてきてもおかしくないのだ。一刻も早く脱出しなければならない。


「ヒイロの言う通り、外でもし奴らと鉢合わせしたらホントやべえ……けど……」


 アノールドは視線を苦しそうに息をしているハネマルの子供に向ける。


「なあヒイロ、やっぱりコイツを治してやってくれ」

「……その意味、分かって言ってるんだろうな?」

「ああ」


 もしここで魔法を使用すれば、あと一回しか魔法は使えなくなる。戦術の幅がグッと狭くなるということをアノールドも理解しているらしい。その上で頼んでいるのだ。

 しばらく二人は目を合わし続ける。そして日色が先に溜め息とともに視線を切りハネマルの子供を見つめる。


 苦しそうに息を乱している。放置しておいたら恐らく数分後には冷たくなり始めるだろう。

 初めてハネマルと出会って感動を覚えその傷を治したが、そのハネマルの子供がここで死んでいくことを考えると、心に棘のようなものが残る。


「まあ、あのオオカミの子供が目の前で死んでいくのを見るのはオレも本意じゃないしな。だがこれでホントにあと一度だぞ、魔法を使えるのは」

「分かってる。けどこのままじゃコイツが死んじまう」


 日色も目の前であのハネマルの子供が死ぬのを見るのは良い気分にならない。それに本を手に入れて機嫌も良いのでそれくらいはしても良いと思った。

 日色はハネマルの子供に近づくと、


(毒……か。どんな文字にするか……)


 日色はしばらく顎に手をやって思案していたが、「よし!」と口に出すと、


『浄』


 日色はハネマルの子供の体を侵している毒を浄化させるイメージをしてその文字を書いた。

 すると小さな青白い光が文字から生まれゆっくりと浸透していくようにハネマルの子供の体を包んでいく。


「おお……」


 アノールドは無意識に声を漏らしている。ミュアもまた嬉しそうに涙を目に溜めて見つめている。

 何故なら苦しそうに目を閉じていたハネマルの子供の表情が和らぎ、静かに目を見開いたからだ。

 日色とハネマルの子供が目を合わせる。


「クゥン」


 まるでお礼を言っているような感じだった。


「あり……がと……ヒイロ」


 ハネマルの子供が喋ったのかと思い驚いたが、声の正体は同じようにグッタリしていたウィンカァだった。


「礼はいい。それよりも早くここから脱出するぞ」


 日色がそう言った時、タイミングを見計らったようにまた盛大な爆発音が響いた。そして天井に亀裂が走る。


「やべえっ! 急ぐぞ!」


 もう時間が無い。それは誰もが分かっていることだった。日色も足を動かそうとするが、ガクッと腰が落ちそうになる。


「ヒイロ!?」


 アノールドはウィンカァを抱えながら日色の様子を見て叫ぶ。


「大丈夫ですかヒイロさん?」


 ミュアも腕にハネマルの子供を抱えている。


「ふぅ、ああ、さすがにあと魔法一回分しか魔力が無いからな。少し身体が怠くなっただけだ」


 ウィンカァとの戦いに加えて、魔法の連発により日色の精神力はかなり疲弊していた。


「お前、動くの大変ならその風呂敷を捨て――――」


 アノールドに言葉の続きを言わせんとして日色はギロリと睨む。この本を手に入れるために来たと言っても過言ではないのに、手ぶらで脱出などできるわけがなかった。


「わ、分かったよ。そんな睨むなっての。んじゃ行くぞ」


 アノールドの後ろから日色は本の重さがさらに増したような気分になりながらも必死でついて行く。しばらく道なりに進んでいると、ようやく目の前に出口らしい扉を確認。


「よっしゃ! 何とか間に合っ――」


 出口が見つかった喜びの声をアノールドが上げようとした瞬間だった。


「おじさん、上ぇぇぇっ!」


 ミュアの悲鳴に近い叫び声が轟く。すると天井に凄まじい亀裂が走り崩れて落ちてきた。


「うわおっ!?」


 アノールドは咄嗟にブレーキを足でかけ、後ろへ跳ぶ。


「くっそ! 逃げろ! ここも崩れる!」


 アノールドの掛け声で、全員が引き返すハメになった。


「こうなったら一か八かA棟の方に向かうか?」


 走りながらアノールドは提案するが、さらに彼らを絶望が襲う。

 驚くことにA棟への道がすでに天井が崩れていて塞がれてしまっていたのだ。日色はすでにA棟には入れないことを知っていたが、それを言っても仕方無いので黙っている。


「おいおいマジかよ……出口が全部塞がっちまったじゃねえか……」


 アノールドの思いは日色も同様だった。


(これはさすがにピンチだな。もう魔力がすっからかんになるのを覚悟して壁から脱出するか……?)


 しかしそれで日色は完全にお荷物になってしまう。というより今もなおしんどい状況なのに、その状態で風呂敷を守れるのか不安だった。

 やはり日色の中ではどうしても本は守りたいのだ。だがこのまま外に出て敵と鉢合わせしたら間違いなく逃げ切れない。

 もう結構時間が経っているので、敵に囲まれている可能性が高い。


(どうする……どうする……)


 ギリッと歯を鳴らし必死で思考を回転させる。すると何かに服を引っ張られている感触があった。


「ん?」


 見ると、ミュアの腕の中にいたハネマルの子供が日色の服をその小さな手を動かして引っ掻いていた。






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