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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
終章 ヤレアッハの塔編 ~金色の文字使い~
244/281

244:伝説の四天魔

 その頃、神王サタンゾアと戦っていた日色たちは、突然不気味に笑い始めたサタンゾアに対し怪訝な表情で彼を睨みつけていた。


「何を笑っている? 元々おかしい頭がさらにおかしくなったか?」

「ククク、言うではないか、《文字使い》。これを見ても、まだ強気でいられるかな」


 そう言って、彼が上空へと手をかざすと、彼の頭上にホログラムのような映像が映し出された。


(何だ? 何の映像だ……?)


 砂嵐のようにザザザと見にくいが、次第に鮮明化していく。そしてそこに映し出された光景にギョッとなる。

 映し出されたのは三つの国。【魔国・ハーオス】、【獣王国・パシオン】、【人間国・ランカース】である。


 何故サタンゾアは突然こんなものを見せてくるのか分からない。すると視点が移り変わり、今度は【イデア】のあちこちを映し出す。

 そこから数多くのモンスターの群れが飛び込んできた。その中の一つに、空を覆い尽くさんばかりに群れを成しているドラゴンらしき存在を発見する。


「っ……あれは……シースカイドラゴン……!」


 ウィンカァも同じドラゴンの存在を見ていたのか、呟いたので「知ってるのか?」と日色が尋ねると、彼女はコクンと頷いて答えてくれる。


「……あれは海魔」

「かいま?」

「海の……モンスター。そう呼ぶ。お師さんと修業中に、戦った。とても強い」

「どれだけの強さだ?」

「シースカイドラゴンはSSランクのモンスターですよ、ヒイロくん」


 答えてくれたのはペビンである。


「っ!? お、おい、それは冗談だろ?」

「いいえ、あそこにいるのは間違いなくシースカイドラゴンです。そして他にもSSランク以上のモンスターが、それぞれの国を目指して突き進んでいるようです。目的は恐らく……」

「三国の崩壊……か」

「ククク、どうだ、この余興も楽しめそうであろう?」


 皆が一斉に発言したサタンゾアを睨みつける。そのまま日色はペビンに問いかける。


「おい、糸目野郎、アイツがモンスターを操ってるのか?」

「いいえ、恐らくはアヴドルさんでしょうね」

「アヴドル? ああ、元人間のくせに『神人族』側についた奴か」


 ジュドムからもアヴドルのことは聞いている。何でもジュドムの前のギルドマスターで、国が襲撃を受けた時に、保身のために自分一人が逃げ出したというとんでもない人物のことだ。


「ならそいつを潰せばこの状況を何とかできるんだろ? そいつはどこだ?」


 ハッキリ言ってこれはマズイのだ。いくら国が強いといっても、あれだけの数のSSランクのモンスターに襲われれば一溜まりも無いだろう。甚大な被害は確実だ。その前に何とかしなければならない。


「僕にも詳しいことは。彼の直属の上司はハーブリード様でしたので」

「なら奴を捕まえて吐かせれば」

「ああ、すみません。彼は僕がトドメを刺しちゃいました」

「…………はぁ」


 何とも物事は上手く進まないようだ。


「ですが、恐らくアヴドルさんは、サタンゾア様から力を授かっているはずです。これだけのモンスターを操る力は本来の彼にはなかったはずですから」

「この塔にいるのか?」

「それも何とも言えませんね……ですが、その可能性は高い……です」

「ククク、さあどうする? これもまたゲームだ。このままでは近いうちに三国は滅びるだろう。その前にうぬらは何とかすることができるかどうか……ククク」


 完全に楽しんでいるサタンゾアに対し、苛立ちがどんどん膨らんでいく。しかし彼の言う通り、何とかしなければ国が滅んでしまうのも事実。


「これだけの力、恐らくそれぞれの大陸で何か仕掛けを施しているはずです。アヴドルさんの力  《傀儡のクドラ》を増幅させるような何かが」

「……アヴドルって奴もこの塔の中にいる可能性が高いんだな?」

「あくまでも可能性ですが……ね」

「…………分かった。なら元を先に断つ」

「で、ですがヒイロさん、ここを離れてもいいんですか?」


 ミュアが言ってくる。確かにすべての元凶であるサタンゾアを討つことも優先すべき事項だ。だから……。


「チームを分ける。ここで戦うチームと、捜索チームにな!」



     ※

 

 

「ペビンさん、こっちにほんとにアヴドルさんて人がいるんですか?」

「それは分かりませんが、塔の中にいるとしたら、恐らくは中階にある部屋だろうと推測しているだけです」


 今、ミュアたちはペビンの案内のもと、上階から中階へと下りてきていた。

 その理由、それは日色に、モンスターたちを操っているであろうアヴドルという人物を探し出し止めることを言い渡されたからだ。


 メンバーはミュア、ミミル、ウィンカァ、ニッキ、レッカ、そしてペビンの六人である。

 日色もミミルと自分を離すのは危険だと思っていたようだが、強敵らしい強敵はもういないだろうとペビンも言ったので、このメンバー構成にしたらしい。


 ミュアはミミルの護衛を任されたことで、信頼されている事実に嬉しさを覚えていた。


(絶対にミミルちゃんは守る! そして地上を襲ってるモンスターたちもわたしたちが止めるんだ!)


 それが今、自分にできることだと認識して前へと進む。


「さて、ここからが少々骨が折れますよ」


 ペビンの足が止まり、彼の言っていることが分かる現実が飛び込んでくる。

 やってきた中階のフロアは円盤状に広がっており、周囲には二十四もの通路が外へと伸びている。その先にはそれぞれ部屋があるようだが、ペビンの懸念は一つ一つ虱潰しに探すしかないということらしい。


「手分けして探すのが最も効率がいいのですが、何か罠が施されている可能性も十分にありますから、できれば全員で一部屋ずつ調べた方が良いですね」


 ペビンの提案にはミュアも賛成だ。


「ん……だけど時間も、ない」


 ウィンカァの言う通り、モンスターたちが国に辿り着いて総攻撃を仕掛けるのはもう間もなくだろう。その前に何とかアヴドルを止めたいというのが本音だ。


「では、さらに二つにチーム分けをしましょうか。この中で戦闘力の高いウィンカァさんはニッキさん、レッカくんとともに。残りは僕が護衛役として  皆さん、すぐにここから離れてくださいっ!」


 ペビンの言葉にミュアたちは即座に反応してその場から距離を取る。すると、元々いた場所に電撃が走った。


「な、何ですか今の!?」

「なるほど、どうやらこのフロアにアヴドルさんがいるのは間違いないようですよ。今のは僕たちをどこかから観察しているアヴドルさんが、防衛システムを働かせた結果ですから」


 そう言いながらペビンが指を天へと差す。その先には、クリスタルでできた瞳のものがターゲットを探すように動き回っていた。


「あれも一種のモンスターです。ピューピルという監視と迎撃用に作られた人工モンスターってとこですね」


 あれもアヴドルが操っているということだ。だがそこまでしてミュアたちを排除したいということは、このフロアに彼がいる確率もグンと上がった。


「とにかく、ウィンカァさんたちはここから左回りに、僕たちは右回りに調べましょう!」


 ペビンの言葉に皆が頷き、ピューピルの攻撃をかわしつつそれぞれ外に伸びている長い通路を駆け出していく。

 通路の先にもピューピルが待ち構えている。


「させないから! 《雷の牙》っ!」


 チャクラムである《紅円》に雷を帯びさせ放り投げるミュア。ピューピルは案外脆く、一撃で破壊することができた。しかし一体だけではなく次から次へと現れるので、いちいち相手にするだけ無駄だ。


「一気に突破しましょう、ペビンさん!」

「それがいいでしょう。ミミルさんもよろしいですね?」

「は、はい!」


 三人はピューピルの中を一気に駆け抜けていく。そして突き当たりにある部屋に辿り着くが、そこは大きなクリスタルが壁に嵌め込まれているだけの広々とした空間が広がっているだけ。


「……どうやらここではなかったようですね」

「ペビンさん、あのクリスタルは一体……? 何か光っていますけど……」

「あのクリスタルはこの塔の力を増幅させる機能を持っているのです。さらにその力を【イデア】へと流すこともでき、イヴァライデアさんが平和維持のために、力を流して環境を整備していたりしていたようです」

「あ、もしかしてその力を使ってアヴドルって人が?」

「ええ、その可能性が高いと思ったのでここへ来たのです。彼の力をここのシステムを利用して増幅させ【イデア】に流し、モンスターたちを操作しているのだとすれば辻褄が合いますから」


 やはりペビンに案内役を務めてもらったのは間違いではないようだ。『神人族』としての彼の知識はかなり重要になっている。ミュアたちには心強いことこの上ない。


「では次へ行きましょう。どこかに彼がいるはずですから」

「はい!」


 三人は、いや、ウィンカァたちも含めて五人はアヴドルを探すため次々と部屋を散策していった。



     ※



 その頃、【イデア】では三国が、それぞれの国を守るために、SSランクのモンスターたちの迎撃に備えていた。


「よいか! モンスターを一匹たりとも国へ近づけさせることはまかりならん! 必ずすべて打ち滅ぼしてやるのだ!」


 【獣王国・パシオン】の獣王であるレオウードは、自ら指揮を取り部下たちを鼓舞していた。

 そこへ先遣隊として向かわせていた部下が報告をしに戻ってくる。


「ご報告致します! クロウチ部隊からの情報によりますと、SSランクのモンスターのさらに後方、SSSランクのモンスターの存在を確認したとのことです!」

「何だとっ!? くっ、やはりSSランクだけではなかったか!」


 予想はしていた。しかしこれでさらに状況は悪化の一途を辿る。


「またこちらに向かってきているSSランクのモンスターは推定で五百。SSSランクは十とのことです!」


 兵士の報告に誰もが苦い表情を浮かべる。


「十も……か」


 SSSランク一体は、SSランク百体以上の力を持つと言われている。まさにレベルが違うのだ。そんな存在が十も一斉に現れるのは普通では絶望的だ。


「ワシも前線へ出るしかないな。レニオンはどうしている!」


 第二王子のことだ。


「はっ、すでにモンスターとの戦闘に入られています!」

「相変わらず手が早い奴だ。しかしまだSSSランクには一人で勝つには遠いかもしれん……よし、レニオンと他の部隊にはSSランクを掃討しろと命じよ! ワシが直接出向きSSSランクを仕留める!」


 レオウードの言葉に兵士は返事をしてその場から去った。


「……あなた」

「ブランサか……」


 妻のブランサが心配そうにレオウードに身体を預ける。レオウードは彼女を優しく抱き、力強い言葉を出す。


「心配するな。ワシは皆の王。この国を必ず守り通す」


 その言葉を噛み締めるようにブランサは下唇を噛む。そしてゆっくり離れて笑顔を浮かべる。


「ご武運を…………必ず無事に帰ってきてください」

「ああ」


 レオウードはそのまま出立していった。



     ※



 同じく【魔国・ハーオス】でも魔王イヴェアムが直接前線に赴いていた。【ハーオス】は国の規模が、他国と比べても数倍は大きいので、マリオネたち《魔王直属護衛隊》の面々を、周囲に配置させ陣頭指揮を執らせている。


(報告ではSSランクだけじゃなく、SSSランクのモンスターも現れたらしいわね。しかも二十体……。ちょうど国を囲むように配置されてるわ。これは明らかに誰かの意志が加わってる証拠。一体誰が……!)


 しかし考えても始まらない。ジュドムからの情報で、モンスターたちを操っている者が大陸のどこかにいるかもしれないということらしいが、そちらに割く人材が惜しい。

 実際にヒントもなく探しようがないし、そこに回している戦力も防衛に当てたいという気持ちが強いのだ。


(それにSSランクだけじゃなく、もともとこの近くに生息してるモンスターたちまで暴れてるわ。このままだとこの大陸がめちゃくちゃになっちゃう)


 何とか弱いモンスターたちは兵士たちが尽力して鎮圧してくれているが、SSランク以上のモンスター相手には手古摺っている。


(ヒイロ……こんな時、あなたならどうするの?)


 稀に見る非常事態に、一番頼りにしている者の顔を浮かべる。しかし彼も今は、世界を救うために奮闘してくれているはず。頼り切ってばかりだ。


(ううん、こんなことで泣き言ばかり言ってたら、ヒイロに嫌われちゃうわ!)


 自分は魔王なのだ。皆の旗印であり希望でいなければならない。暗い顔をするなどもっての他である。


「国は絶対に落とさせなるなっ! 民の平和は我々が守り通すっ!」


 イヴェアムの言葉に、兵士たちは士気を上げてモンスターの群れに突っ込んでいった。



     ※



 【人間国・ランカース】にて、国王であるジュドムのもとに、多くの冒険者たちが集まっていた。その中には、かつて《平和の雫》で名を馳せていたテンドクという老人もいる。


「よぉ、ジイサン、来てくれたんだな!」

「世界の一大事じゃ。元《平和の雫》としては放置などできんのう」

「ありがてえ! 他の連中も礼を言うぜ!」

「ところでジュドムよ、確かにこれだけの人数が集まりはしたが、さすがに余裕のある戦力じゃとは言えんぞ?」

「分かってるさ、そんくらい。相手はSSランクだけじゃねえ。後ろにはSSSランクのモンスターが控えてんだ。国には【ハーオス】みてえな強者がわんさかいるわけじゃねえ」


 アヴォロスとの戦争時に、かなりの戦力が削がれてしまったのが大きい。そうでなくとも、人間には『魔人族』みたいに強力な魔法や身体能力を有している者は少ないのだ。


「けどその分、魔具開発には優れてるんだ。防御系魔具や捕縛系魔具などで補うことはできる」

「確かにお主の言う通りじゃが、それでもただの時間稼ぎにしかならんぞ? 例のモンスターを操作している輩を見つけん限りはのう」

「一応探してみてはいるが、一向にな……」


 この大陸にはおらず、やはり【ヤレアッハの塔】にいる可能性が高くなってきた。ならばこちらがどう足掻いても手は届かない。

 塔に向かった者たちに運命を託すことになる。


「時間稼ぎ、大いに結構じゃねえか! 守るための戦をさせりゃ、俺は無敵だぜ!」


 もう二度と、大好きな国を奪わせないためにも守り通さなければならない。自分を慕って集まってくれた者たちに応えるためにも。民の平和を守るためにも。


「頼む、ジイサン! 力を貸してくれ!」

「無論じゃ!」



     ※



 地上でそれぞれの国がモンスター襲撃を迎えている頃、【ヤレアッハの塔】の中階にて、ミュアたちはある部屋に通じる通路で立ち往生をくらっていた。


「こ、これは……っ!?」


 ミュアの視界に飛び込んできたのは、尋常でないほどのピューピルの数。


「これだけの防衛力を集中させているということは、この先にいらっしゃるようですね、我々の探す人物が」


 ペビンが確信したように言葉を出す。


「でもこの数は少し厄介です」

「気をつけてくださいね、ミュアさん。彼らは防御力こそ低いですが、攻撃力はなかなかに高いので、一撃でもまともに受けると戦闘不能も十分あり得ますよ」

「はい!」


 ミュアはミミルを背後に庇いながら、《銀耳翼》を広げピューピルの攻撃から身を守っている。ペビンはそんな攻撃が当たるわけがないといった感じで軽やかにかわしているが。


「一気に決めます! 《雷陣空激》っ!」


 ミュアの視界いっぱいにシャボン玉のような泡が次々と生まれていく。そしてそのシャボン玉に包まれ始めるピューピルたち。

 包まれた者たちは感電したように小刻みに震え身動きができなくなり床に落ちていく。


「ほほう、便利な技です」


 ペビンすら感心するほどの手際で、倒しながら少しずつ前に進んでいく。


「ミュアちゃんっ、後ろですぅ!」


 ミミルの声がすぐ後ろからミュアへと届く。ハッとなって振り返ると、すぐ近くまでピューピルが来ていた。


「おやおや、おいたはいけないですね」


 瞬間、ピューピルの身体が真っ二つに斬れて床に落ちた。やったのはペビンだ。見れば、彼の指から細くてキラキラしたものがヒュンヒュンヒュンヒュンと音を立てて動いている。


「ああ、これですか? 僕の力を糸状にしたものですよ。《絶》と名付けてますが。かなりの集中力と力を使うのであまり使いたくはないのですが」


 ペビンが右手を振るうと、閃光が波打ち、瞬時にピューピルたちが真っ二つに刻まれていく。


「す、すごい……!」


 こんな力まであったとは、さすがは『神人族』だとミュアは思った。確か《強奪のクドラ》という力まであるのに、さらに武器まで精製できるなんて驚愕以外の何ものでもない。


(こんな強い人でも一瞬で倒す神王って人は……)


 あのリリィンや日色すら手玉にとるようなペビンでさえ、神王にかかれば一瞬だった。だから余計に、上に残してしてきた日色たちが心配である。


(ヒイロさんたち……無事だといいけど)


 信じてはいるものの、相手は底なし沼のような不気味な存在。それに一度彼の実力はこの眼で見ているのだ。故に日色たちの身を案じてしまうのも無理はない。


「……大丈夫です」

「ミミルちゃん?」

「ヒイロさまたちを、信じましょう」


 彼女もまた不安気に身体を震わせている。それでも力強く言葉を前へと押し出し信じようとしているのだ。


「……うん、そうだね。わたしたちにはやるべきことがあるんだから」

「はい!」

「さあ、それでは一気に突破しましょうか!」


 ペビンの言葉に士気を上げ、前へと進み始めるミュアたち。

 背後もピューピルだらけ。引き返すことはできない。それに部屋はすぐそこ。ジッとしている間にも、ピューピルたちが増え続けていく。


(できればウイさんたちにも知らせたいけれど、その方法がない)


 どうかこの状況に気づいてほしいが、彼女たちもまた他の部屋を調べているので連絡が取り様がない。


(ううん、ウイさんたちもそのうち気づいてくれるはず! わたしたちがまず道を切り開くだけ!)


 そう決意し技を放つ。


「《雷陣空激》っ!」

「いきなさい、《絶》っ!」


 ミュアとペビンの攻撃が無双する。ミミルを守りながらの戦闘だが、《銀転化》を利用しながら最大限の注意をして突き進んでいく。

 そしてようやく、無数にも思えたピューピルの数が減り、やがて……。


「やっと、到着しました!」


 すぐに扉を開けて中に入る。構造は今まで調べた部屋とあまり違いはない。ただ違うといえば……。



「――――よもや突破してくるとはな」



 本命がそこにいたということ。しかしミュアは、壁に埋め込まれたクリスタルの中にいる人物を見て言葉を失っていた。まだそれに気づいていないペビンが先に口を開く。


「お元気そうで何よりです、アヴドルさん」

「ペビン様……いや、ペビン、まさか我々を裏切るとは……何のつもりだ?」

「裏切るとは心外ですね。いつから仲間だと思っていたのですか?」

「フン、ならば神王様に頂いたこの力で、まとめて葬ってくれるわ」

「できるものならやってみせてください。さあミュアさん……って、どうしました?」

「ミュア……ちゃん?」


 ペビンもミミルも、ミュアの様子に気づき眉をひそめる。

 何故なら顔を青ざめさせ、身体を小刻みに震わせているのだから。


「あ……あ…………あなたは……っ!」


 アヴドルもまた、ミュアを見下ろしながら「ほう」と懐かしげに声を漏らす。表情は鉄仮面をつけているので確認はできないが。

 しかしその鉄仮面と、大きな肉体が、ミュアの過去を想起させた。そして確信を得る言葉が彼から紡がれる。


「久しぶりではないか、あの時のガキ――」

「あなたが……アヴドル……だったんですね」

 

 忘れもしない姿。

 ミュアの脳裏に浮かび上がっていく忌まわしき過去。

 自分の無力を苛んだ最初の出来事。

 アノールドを傷つけ、そして大切だった者を奪った憎むべき存在。



 何故なら彼は――――父の仇、なのだから。



「あの時とは見違えたな。まさか貴様が『銀竜』だとあとから知った時の儂の悔しさが分かるか?」

「くっ……あなただけは絶対に許さない……! わたしの大切な人を傷つけ……お父さんを殺したあなただけはっ!」


 ミュアのアヴドルに対しての怒号に傍にいたミミルが眼を丸くする。


「あ、あの方が、ミュアちゃんのお父様を……?」

「いやはや、まさか彼とそういう接点があったとは。僕も知りませんでしたよ。どうせあれでしょう。『銀竜』ほどの利用価値ある存在を殺してしまったとハーブリード様にお伝えすれば、必ず粛清されると臆病心に負けたのでしょうね」

「ククク、言いよるわ。裏切り者め」

「否定をしないところを見ると、どうやら核心をつけたようで何よりですね」


 ペビンの嫌味にもアヴドルは愉快気に笑っている。


「あの時は、わたしはただおじさんとお父さんに守られる存在でしかなかった。だけど今は違うっ! お父さんの無念を、わたしが晴らすっ!」

「やれるものか。今の儂は神王様のお力を頂いている。たかが獣人一匹に遅れをとるわけがあるまい」

「おやおや、あなたの目は腐っているのですか? ここには僕もいるんですがね」

「そうだったな。裏切り者が一匹いたか。まあ、ものの数ではあるまい」

「……ずいぶん見縊られたものですね」


 若干不機嫌オーラを醸し出すペビン。しかし一歩前に出たのはミュアだ。


「おお、怖い怖い。可愛らしい顔が台無しだぞ、『銀竜』の娘よ」

「あなたを倒せば、地上の人も救われる。絶対に倒します!」

「ククク、ならば返り討ちにして、貴様のエネルギーを儂が有効利用してやろう!」


 刹那、壁に埋め込まれたクリスタルが壁から浮き上がり、毒々しい紫色のオーラを溢れさせていく。その力は明らかに、クリスタルの中に入っているアヴドルから発せられている。

 オーラが徐々に形を成していき、数秒後  紫水晶のような身体で構成された巨人が出現した。


「ククククク、この溢れ出す力ぁ。最高だぁ! これが『神人族』のアヴドル様だっ!」


 力に酔っているのか、巨人の胸あたりにいるアヴドルは楽しげに叫んでいる。


「でかくなったところで、しょせんはハーブリード様に身体を改造されただけの人間です。本物には程遠いですよ」


 ペビンが右手を振るい波紋を広げる。その波紋に触れれば、あらゆるものを強奪されてしまう彼の《強奪のクドラ》が発動。

 しかし驚いたことに、波紋が巨人の身体に触れる前に弾かれてしまった。


「っ!?」

「ペビンさんの力が!?」


 ミュアも、その発動をきっかけに攻めるつもりだったが、いきなり出鼻を挫かれた。


「ククククク、ムダだ! このクリスタルには神王様のお力が宿っている! それにこのフロアにはクリスタルの力を増幅させる多くのクリスタルが存在する! 今の貴様らでは相手にもならぬわ!」


 巨人の身体から弾丸のような水晶の塊が無数に発射されてくる。


「《銀耳翼》っ!」


 ミュアは頭の翼を巨大化させて、自分を含めてミミルとペビンを覆う。その銀翼に弾かれて弾丸は床へと飛び散っていく。


「ほほう、それが《銀耳翼》というものか。やはりあの時、捕獲に失敗したのは悔やまれるな」


 翼の隙間からペビンが飛び出し、両手を素早く振る。十本の指から細い糸状の煌めきが走り、巨人のへと迫っていく。

 しかし先程波紋が弾かれたように、ペビンの《絶》が巨人にダメージを与えることはない。


「ふむ、厄介ですね」

「貴様にはこれの相手をしてもらおう!」


 巨人が床に手をついた瞬間、床に魔法陣が広がり、そこからピューピルが次々と生まれる。そのままターゲットをペビンに設定し、攻撃を放ってくる。


「面倒ですね!」


 波紋を広げ、ピューピルの攻撃を消していくペビン。

 その光景を見てミュアはどうやってアヴドルを倒せばいいか悩んでいた。


(わたしも戦闘に参加しちゃうと、ミミルちゃんが無防備になっちゃう。もしその隙にミミルちゃんを奪われたらダメだし)


 人質にでもされたらミュアには手を出すことができなくなる。


「ククク、調べはついているぞ『銀竜』の娘。貴様の力は相手のエネルギーを吸収することだろう。しかしそれには貴様から放たれる銀の粒子が不可欠。ただし粒子は風に弱い。さらに粒子を操作できる範囲も限られている。こうして!」


 巨人はミュアから距離を取り、遠距離で弾丸を飛ばしてくる。


「離れて攻撃を維持すれば何も問題はあるまい!」


 思わず下唇を噛み締めるミュア。彼の対策は万全だ。ピューピルを使いペビンを退け、ミュア相手には遠距離で攻撃を繰り返す。そのうちミュアの体力がなくなるのを待っているのだろう。


(うぅ……どうすれば……!)


 できればこのまま感情に任せて突っ込みたい。何故なら相手は父を殺した憎い人物なのだ。


(けどわたしはヒイロさんにミミルちゃんを任されてるんだ)


 その信頼を裏切ることはできないのだ。


「ほらほらどうした! 時間をかければかけるほど、地上は落ちていくぞ?」



     ※



 ミュアたちがアヴドルと戦闘を開始した頃、【魔国・ハーオス】の周囲では、魔王イヴェアムたちがSSランクのモンスターたちを退けていた。

 しかしモンスターの多さに徐々に兵士たちも疲弊していく。さらにその後ろにいるのはSSSランクのモンスターなのだ。一体を相手するだけで消耗は甚大。

 これまで一体をイヴェアムの魔法で倒すことはできたが、かなりの魔力を消費してしまっていた。


「陛下っ! 次のSSSランクがきますっ!」


 部下の声でイヴェアムだけでなく、その場にいる者全員の顔が強張る。

 SSランクのモンスターたちを弾き飛ばしながら現れたのは、巨大な蜘蛛。その大きさはかつて戦った《醜悪な巨人》を想起させるほどの巨躯。


 鋼色に輝く幾本もの足。全身には鋭い毛針が生えている。口から垂れる液体は溶解液のように地面を溶かしている。その場にいるだけで、常人の動きを硬直させるほどの威圧感を放っている。


「くっ、今度はキングスパイダーかっ!?」


 イヴェアムも戦った経験はない。知識として知っているだけ。


「囲いの陣だ! モンスターの動きを鈍らせ時間を稼ぐのだ!」


 イヴェアムの声に部下たちは速やかに行動する。キングスパイダーも足を止めて警戒度を高めている様子だ。

 次の瞬間、キングスパイダーが上を向きながら、口から大量の糸を吐き出した。それが放物線を描きながら大地へと注がれる。

 糸に触れた場所が驚くべきことに腐蝕してしまう。それを見たイヴェアムは、部下たちに、


「決して糸に触れるなっ!」


 触れれば即死してしまうことを伝える。しかし次に、キングスパイダーが行ったのは、尻から無数の卵を弾丸のように放ってくること。

 避け切れずに当たった兵士が爆発して吹き飛ぶ。


「ば、爆弾だとっ!?」


 それはまさに卵爆弾と呼べる代物。人ほどの大きさがある卵が、物凄い速度で飛んでくるので回避するのも困難である。

 上からは腐蝕効果のある糸の雨。地上では卵爆弾の放射。


(やはりSSSランクのモンスターね。とんでもなく厄介だわ!)


 それでも兵士たちは、イヴェアムが命じたように相手の動きを奪うために魔法攻撃を繰り出している。


「全てを凍らせろっ、アイシクルストームッ!」


 イヴェアムの膨大な魔力によって作り出された氷の嵐が、キングスパイダーを包み込む。徐々に相手の身体が凍りついていくが、上から巨大な火の塊が落ちてきた。

 火の塊はキングスパイダーに直撃して、氷ごとキングスパイダーを溶かしていく。


「な、何者っ!?」


 反射的に上を見上げれば、そこには……。


「――――――あれは……嘘。そんな……だって実在したっていうの……!」


 他の者も声を失ってただ天を仰いでいる。


「……す、朱雀……なの……っ!?」


 驚愕に開かれるイヴェアムの瞳。

 美しい紅焔を纏った巨大な鳥。それは伝説を超える伝説。ほとんど空想上だと言われ、絶滅したとされていたモンスターである。


「こ、こんな存在まで操作することができるというの……『神人族』というのは」

「陛下っ! マリオネ様からのご報告でございますっ! 何でも国の東側にて……」

「ど、どうしたのというのだ?」

「はっ! 信じれないことに――玄武が現れたということですっ!」

「何ですってっ!?」


 玄武もまた絶滅されたとされる伝説上のモンスター。それが二体。


「そんな……幻のZクラスが現れるなんて……!」



     ※



 イヴェアムの眼前に朱雀と玄武が出現した頃――


「あ、あれは…………青竜っ!?」


 獣王レオウードの頭上にも、サファイアのように美しい衣で覆われた巨大な竜が浮かんでいた。

 部下たちは、その神々しいまでの姿に半ば言葉を失いジッと視線を青竜へと落としたままである。


「遥か太古、まだ大陸が三つに分かれていなかった頃、始まりのモンスターと呼ばれる存在が四つ同時に生まれた。それらは『四天魔』と名付けられていたという。誰かが作った物語の中だけの存在だと信じられていたが、まさかその存在が実在するとは……!」


 それが本に物語として描かれている。


「彼らもまた、『神人族』によって生み出された存在だというのか……?」


 険しい顔で天を仰ぐレオウード。その存在感はただごとではなく、レオウードすら身体が震えてくるほどの強さを醸し出している。


「よもや他国でも現れていないであろうな……残りの『四天魔』が」


 しかしレオウードの懸念は的を射ていた。



     ※



 人間王ジュドムの目前に立つ、巨大な白い虎。紅き瞳で睨まれるだけで身体が竦む。ジュドムは耐えられているが、レベルの低い部下たちの中には腰が抜けてしまっている者もいる。


「まさか…………白虎……なのか?」


 ジュドムもまた古い文献や本の中でしかその姿を目視したことはない。

 これで三国に、伝説を超えた伝説が降り立った。

 


     ※



 その頃、【ヤレアッハの塔・上階】にて神王サタンゾアと戦っている日色たちも、サタンゾアが映し出した【イデア】の光景を見て驚愕の色に顔を染めていた。

 三国に突如として現れた謎の四体の生物。最初に口を開いたのは、スーだった。


「――――――馬鹿な……いや、そんなことがあるわけがない」

「あれ~、どったのさ、スー?」


 スーの声に対してノアが尋ねる。日色とリリィンもまた彼に耳を傾ける。


「――――――我の知識が間違っていないのであれば、アレは――――『四天魔』だ」

「なにそれ? 食べると美味しいとか?」

「――――――ノアは少し黙っていろ」

「ぶ~」

「――――――『四天魔』というのは、物語の中だけに存在すると言われていたモンスターだ。恐らく実際に眼にした者は【イデア】にはいないかもしれない。『精霊王』のホオズキでさえ実在したか定かではないと言っていた」


 日色も知っている。何かの本で読んだことがあるのだ。誰かの創作物のみの存在だと思っていた。神々しいオーラを放っている四体の生物を見つめていると、スーが続ける。


「――――――紅焔を纏った朱雀、紺碧の鱗を持つ青竜、漆黒の甲羅を背負う玄武、純白の体毛で覆われている白虎、それぞれそう呼ばれている。【イデア】の創世記、初めてあの世界で生まれた始まりのモンスターと称されている存在だ」

「ほう、詳しいではないか」


 会話の中にサタンゾアが感心した声を上げる。彼がわざわざスーに説明させ、それを邪魔しないのも余裕の表れだろう。


「一つ、うぬらに確信を与えてやろう。あれは間違いなく『四天魔』だ」

「――――――しかし、仮に実在していたとしても、まだ生きていたとは……しかも四体ともが」

「ククク、死んでおったさ。確実にな」


 その言葉に全員がハッとなる。


「そうか。お前の《再現のクドラ》とやらで」


 日色は彼の力で生み出された存在だと決定づける。しかし……。


「残念ながら、一度もこの眼で見たことがないものは再現できぬ」


 自分から欠点を喋るとは、それを知られたところで問題などないということか……。


「あれらは昔、我の部下が死骸……とはいっても骨だけだが、【イデア】から持ち帰ったものを、我の力で肉体を復元させた存在にしか過ぎぬ」


 肉体を復元。そんなこともできるのかと驚きより呆れの方が強い。


「しかし魂までは復活させることはできなかった。故に、我の部下の魂を植えつけてやったのだ」

「魂を植えつけ……? 自分の部下のをか?」


 リリィンが不愉快そうに眉をひそめる。


「ちょうどそこにいたのが部下だったのでな。それを使った」


 人の命を、彼は玩具か何かと思っているのだろう。自分以外はすべて、自分を満足させるための道具。


「しかし魂の定着には時間がかかる。無理矢理操作するためにもシリウスと同じ《狂化のクドラ》を行使してみたものの、結果、シリウスと同様にこれまで時間がかかってしまった。もし『四天魔』にシリウスが言うことを聞いていれば、すんなりとイヴァライデアの力も手にできたものを。物事はそうそう上手く運べぬな」


 そう言う彼の口は穏やかに笑っている。予想外の事態というのを楽しんできたといった感じだ。


「――――――ではあの『四天魔』は、本物に近い存在であり、シリウスと同じ魂を縛られているということか」

「おお~、戦ってみたいよ、スー」

「――――――だからノアは少し黙っていろ」

「え~」

「――――――とにかく、厄介なことになったぞヒイロ・オカムラ。物語がどこまで忠実に再現しているか分からないが、『四天魔』の強さは、SSSランクのモンスターを軽く打ち倒せるほどだ。先程朱雀がキングスパイダーをあっさりと屠った光景を目にしただろう?」


 SSSランクのキングスパイダーはイヴェアムの魔法により、身動きを奪われていたということを考慮しても、朱雀の一撃は凄まじかった。たった一撃でキングスパイダーが燃え尽きたのだから。


「――――――SSランクのモンスターの群れ、数十体のSSSランクのモンスター。さらに『四天魔』。これではいくら三国の力が強いからとっても限界を超えてしまう」

「…………」

「――――――いずれ国が落ちるぞ」

「…………」

「――――――聞いているのか、ヒイロ・オカムラ」

「…………オレらには今、やるべきことがある」

「――――――っ!?」

「それは、目の前でふんぞり返っている、デカブツを潰すことだ」


 サタンゾアを指差すが、彼は愉快気に頬を緩めている。お前たちにやれるのかと問われているようだ。


「ここでオレらが地上に戻ったとしても、元凶であるアイツを潰さなければ何もならない。事態はさらに悪化するだけだ」

「――――――しかしいいのか? 物語上ではあるが、『四天魔』はSSSランクの上、Zクラスと位置づけされているほどの存在だ。後にも先にも、四体だけのZクラス――このままでは時間の問題だぞ?」


 映像に映し出される光景。三国の王たちが、必死に『四天魔』と戦っている。多くの者が傷つき、倒れ、なお彼らは立ち上がるのを止めない。その顔には恐怖も疲労も表れているが、諦めずに国を守っている。


「……オレはアイツらを信じる。アイツらの強さを信じる」

「ククク、絶望的なことを教えてやろうか。確かに今暴れているモンスターたちは我の部下が操作している。故にその部下を倒せばモンスターたちは鎮まるだろう。しかし『四天魔』は別だ。あれはシリウスと同じ。その意味が分かるな、『虹鴉』のガキよ」

「へ? おれ? ん~…………どういう意味、スー?」

「――――――つまりは、アヴドルという男を倒しても止まらないということだ。『四天魔』は狂乱しているのだから」

「ククク、そういうことだ。疲弊しきった状態で、『四天魔』を打ち倒せるか見ものだな」


 耳障りな笑いが日色の耳をつく。しかし日色はフッと笑みを浮かべた。


「……何を笑っている?」


 少しだけ眉を寄せ日色を睨みつけるサタンゾア。


「言っただろ、オレはアイツらを信じると」

「…………」

「アイツらなら何とかする。今までもどんな困難があっても乗り越えてきた連中だ。これくらいの危機などものともしない」

「信じる……だと? そのような不確定のものに縋るのか?」

「縋ってはいない。確信しているだけだ」

「何?」

「アイツらなら、必ず国を守り切るってな。それに、地上には頼もしい奴らが大勢いる」



     ※



 上空から朱雀がキングスパイダーを倒した時に放った火球を雨のように降らし始めた。


「皆を殺させるわけにはいかないっ!」


 イヴェアムが両手を天へをかざし、大きく息を吸う。


「我が前に立ちはだかる全ての障害を闇に葬れ! インペリアル・ゼロッ!」


 かざしていた両手から広がる闇が、雲のように頭上を覆っていく。それは地上にいる兵士たちを守るように伸びている。

 そこへ朱雀の火球が次々と呑み込まれていく。


「ぐっ……うぐっ!?」


 しかし相手の攻撃の多さとその威力に、徐々に闇が削られていってしまう。


(こ、このままじゃ……っ!)


 闇を貫き地上へと死の雨が降り注いでしまう。キングスパイダーを一撃で葬った火球が直撃すれば、イヴェアムとて無事ではない。兵士たちだって大勢消えてしまうだろう。


(そんなことはさせないっ!)


 何故なら――


「私は魔王なんだからぁぁぁっ!」


 消えそうになっていた闇が瞬時に濃く広がり、すべての火球を呑み尽くした。


「はあはあはあ……こ、これで――っ!?」


 そう思い見上げてみると、朱雀が翼を前方へ押し出し、その間に巨大な火の塊を作り出していた。先程の火球とは比べものにならないほどの大きさ。


「そ、そんな……っ!?」


 イヴェアムは再び両手をかざして魔力を集中させるが、


「っ!? 魔力が……足りないっ」


 今の防御でかなりの魔力を消費してしまった。そうでなくとも、これまでのSSランクやSSSランクのモンスターとの戦いで消耗しているのだ。

 朱雀から大火球が放たれる。回避に集中しても、あれだけの大きさのものが地面に激突すれば、恐らくここら一帯は一瞬でクレーターと化してしまうだろう。逃げ切れない。


「くっ…………ヒイロ――」


 自分の英雄である彼の名を呟き、眼を閉じてしまうイヴェアム。

 それは死を覚悟しての言葉でもあったのだが……。



 ―――――――――戦いの最中に眼を閉じるのはよせと、昔教えたはずだぞ。



 上空から言葉が届く。その声には聞き覚えがあった。

 天を仰ぐと、そこには紅蓮の髪を靡かせた、『魔人族』最強と呼ばれる男が浮かんでいた。


「――――アクウィナスッ!?」


 アクウィナスは火球に視線を合わせ始める。すると直後、バサァァァァッと火の塊が灰状に変化して風に流され消えてしまった。

 アクウィナスの『魔眼』の力は健在のようだ。



     ※



「よいか! 青竜には決して不必要に近づくなっ!」


 レオウードの叫びに対し、傍にいたバリドがその理由を尋ねる。


「ワシも伝承でしか知らぬが、奴の鱗は《毒鱗》と呼ばれていて、触れたものを即死させるほどの猛毒を宿しているらしい」

「つまり、素手では触れられないということですね」

「うむ! だからこうするのだっ! 《火の牙》っ!」


 自身の体躯よりも大きな巨大剣をレオウードは空に浮かぶ青竜に向かって振る。炎を纏った斬撃が相手に向かって飛んでいく。

 しかし青竜はその巨躯に似合わず、素早い動きで回避し、身体を高速回転し始めた。その時、青竜の身体から無数の礫が放たれる。


「ま、まさかっ!?」


 それは鱗。触れたら死ぬと言われる猛毒が仕込まれた鱗が雨のようにレオウードたちを襲う。


(いや、あくまでも物語上のこと。このまま攻撃を――)


 そう思っていたレオウードをギョッとさせる光景が訪れる。一つの鱗が一人の兵士の右腕に落ちた瞬間、その部分が黒ずみ、それが一気に体中に広がって絶命した。


「なっ!? 伝承は本物かっ!? 皆の者、決して鱗には触れるでないっ!」


 兵士たちも死んだ兵士の現状を把握して必死な形相で雨をかわそうとするが、いかんせん量が多い。


「このままでは全滅します、レオウード様っ!」


 バリドの焦燥も理解できるが、これだけの範囲攻撃を一気に何とかする手がレオウードにはなかった。しかしその時   


「――《天世(てんせい)凍波(とうは)》っ!」


 その言葉とともに、天を一瞬にして覆う冷気。ダイヤモンドダストのようにキラキラ光るそれは、触れた鱗を氷漬けにしてしまった。


「ご無事ですか、レオ様っ!」

「お、おお!? ララッ!」

「俺もいますよっ、《風陣爆爪》ぉぉぉっ!」


 一人の男が振り払うように動かした大剣から竜巻のような風が放たれ、氷漬けになった鱗を攫い飛ばしていく。


「へへへ、ざまあみやがれっ!」


 そこに現れたのは、空を飛ぶモンスターに乗ったララシークと、アノールド、そして彼女の兄であるユーヒットである。


「では他のモンスターには退場して頂きやがりますかね~!」


 ユーヒットが背負っている奇妙な箱型の機械を操作し始めると、キィィィィンッと超高音が周囲へと響く。すると突然、周囲にいるモンスターたちが呻き声を上げながら、どんどんとこの場を去っていく。


「こ、これは……!?」

「ニョホホホホホ! これは《モンスターこらしめグッズ》の一つ! その名も《モンスターが嫌いな音波を出して追い返しましょう機》ですよぉ!」

「そのままだな……」


 ララシークが呆れたように肩を落としている。しかしその効果は絶大。レオウードたちにとっては耳鳴り程度で済んでいるが、モンスターたちにとっては心を掻き毟るような音なので逃げてしまうのだ。


「しかしさすがは青竜だな。ちっともダメージ受けてねえし」


 アノールドが天で優雅に身体をウネウネと動かしている存在を見つめる。


「けどこっからだぜ!」


 アノールドとララシーク、そしてユーヒットは、レオウードのもとへ降りていった。


「ララ、アノールド、ユーヒット、助かったぞ!」

「ワタシたちだけじゃありませんよ、レオ様。レニオン様の部隊にはレッグルス様が、プティスの部隊にはククリア様が参られましたよ」

「あやつらもか! しかしよいのか?」

「『神人族』に操られる心配はありますが、この状況で放っておくなんてことできるわけないでしょう?」

「ララ……」

「そうですよ、レオウード様! ミュアたちだって頑張ってんだ! 俺たち大人が尻尾巻いて大人しくしてるわけにはいかねえですよ!」

「アノールド……」

「ニョホホホ! いつの時代も子供の未来は大人が守らないといけませんですからね~!」

「ユーヒット…………ああ、そうだな。これから生まれてくる命は、必ず守る! それが我らの責務! 皆で力を合わせて始まりのモンスターを討つぞ!」


 レオウードの言葉に、その場にいた者たち全員の士気が上がった。





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