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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~

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242:元最強との和解

 ヒメの見解を見極めるためにも、シリウスが本当に攻撃と防御を同時に行えないのか確かめることにしたミュアたち。 

 まずは遠距離。手数を考えて、ノアとレッカによる攻撃がシリウスへと放たれる。


「《億羽》っ!」

「《多重創造・吹雪の舞い》っ!」


 ノアの翼から放たれる無数の羽。加えてレッカの《創造魔法》によって生み出された数多くの剣、槍、ナイフなどが一斉にシリウスへと迫る。

 もしヒメの見解が間違っているとしたら、シリウスは、自信の防御力をそのままに突っ込んでくるはず。


 しかし彼はその場をジッと動かずに不動の構えを取る。避けることも攻撃に転じることもなく、ただそこに立っているだけ。

 当然ノアたちの攻撃は彼に突き刺さっていく。しかし先程ウィンカァの《万勝骨姫》による攻撃の時と同じように、彼の皮膚すら傷つけること叶わず、次々と地面へと落ちていった。


「今よ! ニッキ、ミュア、ウイ、重い一撃を放ちなさいっ!」


 ヒメによる指示を受け、ミュアたちがそれぞれ、


「《雷の牙》っ!」

「《熱波拳・弐式》っ!」

「《八ノ段・次元断》っ!」


 単独に対しての一撃をぶつける。言ってみれば、ノアとレッカと比べても明らかに攻撃の数が少ない。一撃は重くとも、たった三発だけ。

 すると今度はシリウスが、大地を掴んでいた足を動かして、その場から脱出しミュアたちの攻撃を軽やかに回避していく。


 だが《合醒》中であるノアの《億羽》を弾くような肉体を元々持ち合わせているのであれば、避ける必要がない攻撃のはず。

 避けた理由。それは今当たればダメージになるから。つまり……。


「やはり動いている間は防御力は極端に下がるのよ! 思った通りだわ!」


 ヒメの見解が的を射た瞬間だった。ミュアを含めた皆も、それぞれが納得気に頷きを見せる。あとはどうやって動いている間のシリウスに攻撃を当てるか……それだけだ。


「――――《万夫風刀(ばんぷふとう)》っ!」


 シリウスがその場で身体を回転させ刀を振るう。銀色の軌跡が円を描き、それが暴虐なまでの風圧と斬撃を以て拡大して、周囲にいるミュアたちに襲い掛かってくる。

 咄嗟に全員が斬撃をかわすことと、風圧に飛ばされないように身を屈めて大地を掴む。そのままシリウスの斬撃は波紋のように広がっていき、遠くに見える岩山や木々などの障害物をいとも簡単に斬り倒して飛んでいった。


 恐らく彼の攻撃をまともに防ぐ術は、今のミュアたちにはない。こうしてかわすことしかできない。一撃でも受けてしまえば、そこでジ・エンドである。

 仕留められなかったことに歯噛みするかのごとく、顔をしかめたシリウスが、瞬時に消える。そして現れたのはレッカの背後。


「なっ!?」

「レッカくんっ!?」


 ミュアが叫ぶ間もなく、シリウスの刀が彼の胸を突き刺した。全員が彼を殺されたと思ってしまったが、突如としてレッカの身体が霧のように霧散し、シリウスの背後には殺されたと思ったレッカがその手に剣を持って振り下ろそうとしていた。

 どうやら自分の分身を予め魔法で創っていたようだ。


 しかしながら、レッカの攻撃速度に十分対応しているシリウスは、またも一瞬でその場から消え、今度はニッキの左側へと詰め寄って来た。


「ちゃんと警戒していたですぞっ! 《炎塵全壊》っ!」


 ニッキは自分の周囲に白炎を噴出させて防護壁を作る。だがシリウスはそんなことお構いなしといった感じで刀を振り下ろす。

 斬り裂かれた白炎の中には、ニッキの姿はない。


「《熱波拳》っ!」


 斬り裂かれた白炎の脇からニッキが飛び出し拳を突き出す。だが今度はシリウスはそのままの状態を保ち不動になる。ニッキの《赤気》を纏った拳が彼の懐へと入って爆発を引き起こし彼を後方へと吹き飛ばすことに成功するが…………。


「……むむむ! やはり無傷ですか……!」


 無傷で立っているシリウスを見て、ニッキは悔しげに唇を噛む。


「まだだよ! この一撃は結構効くよ!」


 上空に浮かんでいたノアが武器の《黒帝》を天へとかざしている。すると彼の翼から羽が一枚一枚飛び出して、《黒帝》を纏っていく。徐々に巨大化していく刀身。さらに帯電までしているので、そこに込められた威力が凄まじいということは、ミュアにもハッキリと伝わってくる。


「――――《黒ノ刃》っ!」


 地上にいるシリウス目掛けて振り下ろされる漆黒の巨大刀。シリウスを巻き込んで大地を盛大に削り取っていくその刃の威力に、ミュアたちも風圧の影響を受けて吹き飛ばされてしまう。

 大地に空いた斬撃型の大穴。先程シリウスが開けたものよりは小さいが、それでも今の一撃をまともに受けて無事だとは到底考えられないほどの力強さだった。


「――――――――まったく、これでも無傷とは、正直信じられぬな」


 スーの半ば呆れた声通り、穴の中から静かに浮遊してくるシリウスの身体はまったくの無傷である。例の防御力を発揮して防いだのだろう。

 だがその瞬間、ウィンカァが背後を素早くついていた。今彼は浮遊中で動いている。その隙を見ての攻撃。


 しかし残念なことに、本能的な危機意識も高いようで、すぐさまウィンカァが迫ってきている気配を感じ取ったのか、振り向きざまに刀を振るってくる。


「危ないですっ! ウイさんっ!」


 だがミュアの言葉を聞かずにウィンカァは避けることもせずに真っ直ぐ突っ込んでいく。そのせいで、シリウスの刀が彼女の右肩を斬ってしまったが、それでも彼女はそのまま槍を目一杯突き出す。


「《四ノ段・一閃》――っっっ!」


 赤く光る刃が直進の軌跡を作り、シリウスの胸へと吸い込まれ貫いた。そして二人はそのまま交差して背中を向けた位置で立ち止まる。

 コンマ数秒後、ウィンカァは槍を地面に落としながら、右肩から血を噴き出させ倒れた。


「ウイさんっ!?」


 だがミュアが叫んだ次の瞬間――ブシュゥゥッ!

 シリウスの胸から血飛沫が舞う。

 ようやくだ。ようやく、初めて。大打撃とも思える奇跡の一撃を彼に与えることができた。

 空に浮かんでいたシリウスは、フラフラと飛びながら地面へと降りて膝をつく。明らかにダメージを受けている。


「――――――――今だっ! 奴に全力を叩きこむのだっ!」


 大きなダメージを受けている間は、例の防御力を発揮できないと考えてのスーの発言だろう。ミュアも今がチャンスだと思った。

 命を懸けて反撃のチャンスを作ってくれたウィンカァには感謝だ。この僅かな機会を逃しはしないと、皆が一気にシリウスに向かって技を放つ。


 ウィンカァを除く全員による一斉攻撃。膝をついたまま身動きをしないシリウスへと叩き込む。

 時間にして三十秒くらいだろうか。その間、全員が息をもつかせぬ攻撃を繰り出していた。そのせいで、ミュアたちの身体も疲労感が徐々に膨らみ始めている。


 一斉攻撃によって生まれた煙が、次第に晴れていく。その中にいるであろうシリウスが、今どのような状態にあるのか定かではない。

 そしてミュアたちの視界に映る彼の姿。それは左腕を失い、体中に傷を負ったシリウスだった。


 ――効いてるっ!


 誰もが思った瞬間だった。やはり一度大きな傷を受けてしまうと、件の絶対防御が使えないようだ。


「まだよ! まだ彼は生きてるわっ!」


 ヒメの言葉で再度も皆が攻撃しようとした瞬間、


「ウガァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 突然の咆哮が、シリウスから放たれる。今までとは違い、とても悲しみをそそる慟哭だ。それもそのはず。彼の両目からは、見たこともない血の涙が流れているのだから。

 思わずミュアたちが攻撃の手が止まってしまうほどの異常性を感じた直後、


「……まだ……まげられない……こごで……まげれば……妹……アダムスが……ごろざれる……っ!」


 衝撃の告白が彼の口から紡がれる。歯が割れるのではと思うような力強さで食いしばり、悲しみを宿した瞳をミュアたちへ向けていた。


(何て……何て悲しい眼なの……? それにとっても強い使命感も感じる……)


 彼からは決して負けられないという強い思いが伝わってくる。それは明らかに誰かの命を背負っている者が放つ気迫であった。


(おじさんやヒイロさんのような……強い力)


 それはまるで、親が子を守るような意志のようにも感じられる。


「私……は……っ、決じで……戦いを止めるわげには………………いがないっ!」


 彼が流す血の涙。悲しき咆哮。辛い慟哭がミュアにすべてを伝えてくる。


(あの人の想いがわたしの心の中に入ってくる――)



     ※



「なん……っだと!? い、今何と言った、サタンゾアッ!」


 シリウスが目の前で不敵に笑みを浮かべているサタンゾアに対し怒鳴り声を上げた。


「ククク、だから何度も言っているであろう、ポラリス――いや、アダムスは我々に反旗を翻したと」

「そんなわけがあるかっ! あの子はいつだって私たちのことを考えて行動している! 星から逃げ出す際も、率先して皆の前に立ち、皆を引っ張ってくれたのだぞ!」

「人は変わる。良くも悪くもな。我は聞いた。奴が【イデア】を総べる神であるイヴァライデアと結託し、我ら“アステル一族”を滅ぼそうと画策している話をな」

「出鱈目だっ! あの子は確かに自由奔放で、何を考えているか分からないようなところがあるが、とてもさみしがり屋で甘えん坊で……それに優しい女の子だ!」

「それはうぬの主観的意見であろうが。事実、我の言葉に賛同している多くの者がいる」

「バカな……!」


 シリウスは信じられなかった。仲間想いでもあるアダムスが、仲間を裏切ろうとしていることなど有り得ないはずだ。

 この【イデア】に来て、イヴァライデアという友を得ても、彼女はまったく変わっていない。少なくともシリウスにはそう感じている。


「……だが、うぬの言う通り、確かに奴が我らを裏切るということも不思議なことではある」

「……その通りだ」

「しかし火が無いところに煙は立たぬ。つまりアダムスが何かしら怪しい動きをしていることは間違いない。我も信じたいが、奴が我らに牙を剥くという話も事実聞いたしな」

「それは聞き間違いだ。直接お前が聞いたのか?」

「いいや、我の部下だ」

「ならば確証などないではないか」

「そう。故に我はアダムスに手を出さん。しかし、アダムスのことを良く思っていない連中が何をするかは分からんぞ?」

「何だって?」

「うぬも気づいておるだろう。アダムスの才は天賦。我ら“アステル一族”の中でも、奴ほど才に恵まれた者はおらぬ」


 確かにアダムスは幼少の頃から、大人を圧倒するほどの才を覚醒し始めた。それまで“アステル一族”を率いていた長の実力を優に超えて、瞬く間に若き長として立つこととなった。


(私もすぐに抜かれたしな……)


 自分も生まれたばかりは才ある者として扱われ、その身に宿った能力に胡坐を欠かずに努力して、一族の中でも最強と言われるほどの地位を手にしていた。

 しかしアダムスが生まれて彼女が成長すると、その座はあっさりと奪われてしまう。


 確かに嫉妬はあった。だがそれ以上に、自分の妹の強さを誇れた。自分の妹だからこそ、自分を超えられたのだ……と。だから嬉しくもあったのだ。最強を継いでくれたのが、同じ血を持つ存在だということが。


「奴の力を妬み、嫉み、憎んでいる者がおるのだ」

「それは……」

「確かに奴は長として優秀だ。いや、優秀過ぎた。故に誰も奴の思考を理解できない。理解したつもりではいるだろうがな……うぬのように」

「……お前もその中の一人ということか?」

「ククク、我は別に野心などない。ただこの【イデア】……我らの新しき星で平穏に暮らせればそれでよい」


 昔からサタンゾアという男は不思議な男だった。実力でいえば、かなりの上位に食い込むはず。しかし本気で誰かと争うことをしない男でもあった。

 故に彼の本当の実力を知る者はいない。姉のベガでさえ、彼を正確に把握してはいないらしい。


(何を考えているか分からないという点においては、アダムス以上だな)


 ただ彼が表立って何かをすることはない。いつもこうして、何かあればアダムスやシリウスに報告してくれるので、事件を未然に防げたりするのだ。

 どうやっていつも事件の内容を掴んでいるのか疑問に思うが、恐らくそれが彼の《クドラ》に関係しているのだろう。


「このままでは、一族が結託してアダムスを討とうと企てることも考えられる」

「まさか、そのようなことなど起こるわけが……」

「そう言い切れるか? アダムスの才にうぬほどの男でも嫉妬するのだぞ?」

「…………」

「しかし一族が本気で戦えば、せっかく見つけたこの星も傷つくだろう。仲間も大勢死ぬことになるやもしれぬ。だから提案だ」

「提案?」

「そうだ。元来一族を束ねてきたのは男だ。女であるアダムスは、快挙を成し遂げたと言っていい。しかしプライドの高い者たちが多い一族は、女のアダムスを認めていない」

「……だから何だ?」

「再びうぬが上に立てば良いのだ」

「私が?」

「うぬが長になれば、男どもの鬱憤も発散しよう。最強――再度立つだ」

「しかし、私には……」


 アダムスの才を超えられない。それは身を以て示したこともある。模擬戦でもすでに何度も敗北している。


「安心せよ。我に考えがある。それにこのままではアダムスが殺されてしまうのだぞ? うぬは妹を守るために、再び最強になるだけだ。いや、戻る……だな」

「サタンゾア…………本当にそのようなことが可能なのか?」


 もしできるならそうしたい。アダムスを超えたいという想いは確かにある。しかしそれ以上に、あの愛する家族を守りたいのだ。

 自分が上に立つことで、アダムスが守れるなら何でもする。


「うぬが我を信じてくれるのであれば……な」


 相変わらずの不敵な笑み。正直にいって不安は不安だ。

 しかしこの時のシリウスは、大切な妹を守れるならばと、深く考えもしなかった。だから気づかなかったのだ。サタンゾアの企みに――。








「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 身体が引き裂かれるように激痛が走る。意識が何度もブラックアウトし、痛みで覚醒するといった事象を何度も繰り返す。

 体中を鎖で縛られ、台座の上に仰向けにさせられていた。体中に奇妙な装置などをつけられ、そこから電流を流されたような痛みが走る。


「ぐっ……うぅっ!? ど、どういうこと……だっ! 何っだ……っ、この拘束はっ!?」


 サタンゾアに言われて、研究室のような場所へと彼とともに向かった。そこには多くの一族の者がいたのだ。

 しかも信じられないことに、その場には死んだはずの者たちまでいる。懐かしき、シリウスの両親の姿まで。だから隙を突かれたのかもしれない。


 瞬間、意識が飛び退き、気づいたら拘束されていた。そしてサタンゾアがシリウスに手をかざすと、彼の手からどす黒い狂気にも似たオーラが出現し、それがシリウスの身体の中に入ってきたのだ。


 直後、全身の血が沸騰しているかのような感覚を味わい、激しい痛みと骨が軋む音、体中に己とは違う何かが這いずり回っているような感じだった。

 気を抜けば一気にシリウスという人格が破壊されてしまうような感覚。


「な……ぜ……っ!?」


 こんなことをするのだとサタンゾアを睨みつける。


「ククク、言ったであろう。うぬを最強にするためだ」

「ぐっ……うぅっ!」

「まあ、代償としてうぬの人格を滅ぼすがな」

「なっ!?」

「これは《狂化のクドラ》。強靭な肉体や精神を与えることができるが、その代償に人格を破壊する」

「それっが……お前の……クド……ラ……ッ!?」


 しかし彼は楽しそうに笑みを浮かべると口を開く。


「勘違いするな。これはかつて我の部下にいた者の力だ」

「……っ!?」

「冥土の土産に教えてやろう。我の本当の力――それはあらゆるものを再現することができる《再現のクドラ》だ。死んだ者であろうが、唯一無二の力であろうが、我がこの眼で見たものを忠実に再現することができるのだ」


 そんな恐るべき能力があってたまるかと思ったが、言葉に出せない。


「ククク、今後のためにも、うぬには我の駒になってもらおう」

「こ、今後……っ!?」

「この【イデア】を征服する。無論忌まわしきアダムスとイヴァライデアを葬ってな」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。


(コイツ……つまり私は、まんまと奴の企みに乗せられたということかっ)


 野心など無いなど全くの嘘だった。それどころか野心の塊である。まさか彼がそんなことを考えていたとは……。


(い、今まで力を隠していたのは、アダムスたちの虚を突き、彼女たちを殺すため……か!)


 ようやくサタンゾアの思惑に気づいたシリウスだが、すでに遅かった。


(い、意識が消えていくっ!)


 脳内にある記憶が音を立てて崩れていくのが分かる。そして黒い何かが埋め尽くしていくことも……。


「さっせん……っ」

「む?」

「させん……ぞ、サタンゾアッ!」

「ククク、今のうぬに何ができる? うぬの力は封じてある。そしてすぐに意識は狂気に支配されていく。さあ、我の駒として目覚めるが良い!」


 確かに力がまったく使えない。

 だがそれでも――。


(貴様なんかに妹は……アダムスは殺させんっ! アイツを守るために私は――)


 戦い続けてやる。すべての障害を壊し、妹が楽しく生きるための世界を作るために。

 そうしてシリウスは意識を失った。

 ただぼんやりと頭の中にサタンゾアの声が残っているような気がする。


『くっ、狂気に支配されてもまだ抗うとは。これではしばらく使えん。調整せねばな』


 そんな、悔しげな彼の言葉があり、少しだけ「ざまあみろ」とシリウスは思っていた。



     ※



 シリウスの過去がミュアの心へと流れたことで、ミュアは彼の現況を思い自然と涙が零れ出てしまった。


「ミュア……?」

「ミュア殿?」


 ウィンカァとニッキがそれぞれ不安気に聞いてくる。ミュアも自分が泣いていることに今気づき、ササッと涙を拭った。


「何でもないです。ただ…………あの人を救わなきゃならないと思ったんです」

「……どうして?」


 ウィンカァの言葉にミュアは、自分が彼の心を知ったことを教えた。


「そ、そのような過去があの者にあったのですかな?」

「そうだよ、ニッキちゃん。あの人は、大切な家族を守るために、ああやって無理矢理戦いを強いられてるの」

「ひ、酷いですぞ!」

「ん……可哀相」

「けれど、いくら同情できるからって、殺されてやるつもりはこちらにはなくてよ?」


 ヒメは冷静に言葉を返してくる。彼女の言う通り、確かに彼の立場には同情するものがあるが、勝ちを譲るわけにはいかないのだ。


「――――――――その通りだ。我らには我らのやるべき使命というものがある」

「ん~おれは別に使命なんかどうでもいいんだけど、アイツとは最後までやってみたい」


 スーはともかく、ノアはただただ全力でシリウスと戦いだけのようである。


「皆さんの言う通りだと思います。ですがわたしは、あの人を救ってあげたいと思いました。あんなに苦しそうに戦い、辛そうに泣く人を放っておくなんてできません」


 血の涙を流し、望まない戦いを繰り返す彼を解放してあげたいと思う。だってこの戦いはもうすでに戦う理由が欠落しているのだから。


「残念なことですが、アダムスさんはもういません。あの人がわたしたちと戦う理由はもうないんです」


 アダムスを殺させないために戦っている彼にとって、もうその理由は遥か昔に失われたものだ。


「――――――――しかし現実問題、救うとしても無駄だぞ。奴の意識はすでに狂化しているのだからな」

「いいえ、まだあの人の心の中には確かな意志があるはずです。それをわたしが……呼び戻してみせます!」

「ミュア殿、そのようなことができるのですかな!」

「うん。できる気が……する。だからみんなには、力を貸してほしいんです!」

「ん……ウイはいいよ」

「ボクもですぞ!」

「オスッ! 自分もです!」

「ニッキがやるというなら私も手を貸してあげるわ」


 ウィンカァ、ニッキ、レッカ、ヒメがそれぞれ賛同してくれた。


「――――――――本当にそのようなことが可能なのか? 大ダメージを負っている今が仕留めるチャンスなのだぞ?」

「そうそう、今仕留めた方が良いと思うけどなぁ」

「スーさん、ノアさん、お願いします! わたしに力を貸してください!」


 ミュアはひたすら頼み込むことしかできない。


「そうはいってもなぁ、おれは戦いたいだけだし~」

「――――――――分かった」

「えっ、ちょっとスー、何でイエスなのさ? アイツは敵だよ?」

「――――――――確かにそうだが、この娘が《一天突破の儀》で培った力を見てみたいと思ってな」

「え~、めんどうだよ」

「――――――――もしあやつが生き残って仲間にでもなれば、いつでも手合せをすることができるのだが?」

「お、おお~! それは魅力的だ! これでヒイロとアイツと、より取り見取りだね!」


 別により取り見取りっていうほど多くはないと思うが、やはりノアの価値観は、相手が強いかどうかで選択肢が決まるようだ。


「そういうことなら、さっさと仲間にしちゃってよ。そんで身体を治してからまた戦いたい」

「――――――――というわけだ、ミュアよ、どうすればいいのだ?」

「ありがとうございます。では皆さんは、あの人の動きを何とか封じてほしいんです。万全な状態では無理でしたが、今のあの人なら止められるはずです」


 しかしその言葉の終わりに、シリウスが暴走を始めたかのように刀を振り回し始めた。刀を振るう度に台風が直撃したような風圧が吹き荒れ、大地に亀裂まで走っていく。


「にょわっ!? ま、まだこんな力が残っているとは凄いですぞ!」

「ん……やっぱり……強い」


 ニッキが吹き飛ばされそうになったところを、ウィンカァが彼女の腕を掴んで止めた。


「ぐぅ……っ!?」

「ウイ殿!?」


 ウィンカァは怪我の具合が大きくて膝をつく。


「私が看るわ。ニッキ、一人でも大丈夫ね?」

「ウイ殿をお願いしますぞ、ヒメ殿!」


 ニッキの拳に纏われていた白炎が消え、ヒメが人型として顕現し、ウィンカァの治癒に当たる。


「――――――――動ける者は、奴の周囲に位置してその場に釘付けにするのだ!」


 スーの言葉にニッキ、レッカが答え、同時に動き出す。


「私……は……戦いを……止めるわげ……にば……いがん……!」


 益々膨れ上がるシリウスのオーラ。まるで最後の力を振り絞っているように見える。そう、命まで燃やしているかのように……。


(あのままじゃいけない! あの人がすべてを出し尽くす前に止めなきゃ!)


 ミュアは決意を新たに、来たるべき瞬間を待ちながらジッと彼を見つめる。


「《熱波拳・参式》っ!」


 ニッキが拳を地面に突き立てると、《赤気》が大地を這ってシリウスへと向かう。当然シリウスはジッとしてはおらず左右のどちらかへ逃げてくると仮定する。

 考え通りに彼は右側へ跳ぶが、そこにはレッカが待ち構えていた。


「その程度の動きなら!」 


 ケガのせいで明らかに鈍っているシリウスの動き。レッカが全速で彼の懐へ攻め入り、手に持った剣で烈火のように斬りつけていく。

 ただシリウスも負けじと片腕を失った状態でレッカの攻撃を捌いていくのだから驚愕だ。しかしその後ろからすでにノアが待機していた。


「《億羽》っ!」


 ノアの翼から放たれる無数の羽。レッカはすぐさまその場を離れたが、シリウスは逃げ遅れて小さな羽の群れが彼を襲う。


「グガァァァァァァッ!? うっどう……じいィィィィッ!」


 おもむろに背後にいるノアに向けて刀を振るうシリウス。斬撃がノアの首を狙う。咄嗟に上体を反らして回避するが、眼を離した隙に、シリウスがいなくなっていた。


「――――――――上だ、ノア!」


 スーの声がシリウスの居場所を伝えてきた。


「私は……勝だねばならぬのだァァァァァァァッ!」

「あの技はっ!?」


 ニッキの叫び。同時に他の者たちの顔が青ざめる。何と言っても、あの技は反則並みに強力なのだから。


「――――《真刀滅却》――――」


 彼が振るう剣閃。それが巨大化して地上にいるミュアたちへ降りかかる。


 ……だが、


「今度はきっちり止めるから!」


 以前の時のようにノアが前方に跳び出して皆を庇う形になる。


「其は盾、万象を弾く五の青」


 ノアの身体から膨大な魔力が放出し、それが壁へと成り変わっていく。斬撃と壁がぶつかり合い、苛烈な削り合いが勃発する。


「ヌオォォォォォォォッ!」

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


 二人の単純な力比べ。前回は完全にノアの負けだった。しかし今回は、シリウスも傷ついて威力が衰えている。

 しかしそれでもほぼ互角。それだけでシリウスの強さがよく分かる。


「――――――――――――おれは負けないっ!」


 虹色の光がノアを覆い、壁から眩い光が迸った。刹那、シリウスの斬撃が弾かれ、愕然としたままのシリウスをよそに、ノアがそのまま背後をつき、地面に向けて蹴り落とした。


「グハァァァッ!?」

「まだだよ! 動きを止めてって言われたからね! これはサービスサービス!」


 ノアが大地に突き刺さったシリウスに向かって右手をかざす。


「其は戒、一切合切を封ずる七の紫!」


 ノアの魔力が紫色に変化した直後、鎖のような形に変化し、瞬時にシリウスの身体を拘束してしまった。


「ウッグ……ッ!?」


 何とか力ずくで逃れようとシリウスに向かって、ミュアはゆっくりと歩を進めていく。

 ミュアの周囲にはすでに銀の粒子で溢れている。


「クッ……ぐる……なっ」


 来るなと言われても、決して歩みを止めるつもりはない。ミュアは一歩ずつ近づき、そして手を伸ばせば届く範囲に辿り着く。


「……シリウスさん。どうか、正気に戻ってください」


 ミュアの《銀耳翼》が巨大化して、優しく彼を包んだ。無論彼は暴れるが、次第に力尽きたようにぐったりとしていく。


「……わ……私は…………アダムス…………ごめんよ……」


 彼の眼から涙が流れる。だがそれはもう血の涙ではなく、とても美しい滴だった。

 彼を覆っていたどす黒い狂気は、銀の粒子によって祓われていき、彼のマグマが凍結したような肌も、普通の人間のそれに戻っている。


 悔やむような言葉とともに気を失った彼だが、どことなくその表情はスッキリしている。少なくともミュアにはそう感じれた。


「……良かった、間に合って」


 シリウスとの死闘を制したのは、ミュアたちだった。



 シリウスとの死闘が終わり、ミュアの望み通り、何とかシリウスを狂気から救うことができた。一応彼の傷を手当てして、出血などを止めておく。

 彼を倒した時に、魔法陣が出現し、もとの場所へと転移してきた。


「凄いですぞ、ミュア殿!」

「ん……ビックリ。ミュア、とても強くなった」

「オス! さすがは父上のお仲間です!」

「そうね、ミュアはよくやったわ」

「――――――――驚いたぞ。まさか《銀転化》を使って、狂気そのものを自らの力に変換するとは……。これがお主が死にもの狂いで得た力ということだな。見事だ」


 皆に次々と褒められ、照れ臭くなるミュア。


「へぇ、スーに褒められるなんてやるじゃん。今度おれと戦ってみる?」

「え……そ、それは……」


 正直勝てるビジョンが見えない。ただノアは本気のようだ。


「――――――――ノア、そういう話は今度にしろ」


 ノアの身体が光り、《合醒》していた彼らは元通り二つの個体に別れた。


「ふにゅぅ~」

「ノ、ノア殿っ!?」


 突然ノアが力尽きたようにグッタリとしだしたのでニッキが声を上げて驚愕する。


「――――――――大丈夫だ。かなり長時間《合醒》をしていたからな。その反動だ。少し休めば戻る」


 そう言いながら、スーはノアを介抱する。


「う……うぅ」

「あっ、ミュアさん、シリウスさんがお目覚めです!」


 レッカが気づき声を出す。


「……っ、ここ……は……?」


 大地に横たわっているシリウスがゆっくりと瞼を上げて、視界に映るミュアたちを見つめる。見た感じでかなり衰弱しているが、どうやら命に別状はないようだ。


「…………っ!? 行かね……ば!」


 突如彼が上半身を起こすが、身体に激痛を感じたように「ぐぅっ!?」と顔を歪めて再び大地に背中をつける。


「もう少し休んでください、シリウスさん」

「はあはあはあ…………き、君は?」

「ミュアと言います。覚えていませんか?」

「覚えて……? …………そうか、そうだった……私はここで君たちと戦っていたのだな」

「はい。神王っていう人に《狂化のクドラ》を使われて自我を崩壊させられ、戦わされていたんです」

「…………一体、あれからどれくらいの時が経ったのだ? アダムスは……妹は無事なのか……?」


 答えを求めるようにミュアたちの顔を見回すシリウス。答えたのはその中で比較的冷静なヒメである。


「あなたが神王に囚われてから、どれくらい経ったかは分からなくてよ。けれど、少なくとも【イデア】にはアダムスはもう……いないわ」

「っ!? そ、そんな……! ならば私は一体何のために……!?」


 シリウスの悔しさが伝わってくる。歯を食いしばり、拳を振るわせ、魂が悲鳴を上げていた。ミュアはそっと彼の拳に自分の手を乗せる。


「ここは【ヤレアッハの塔】と呼ばれる場所で、わたしたちはここに『神人族』を倒すために来ました」

「ゴ、ゴドス……?」


 どうやら彼はペビンたちが『神人族』と名乗っていることを知らないようだ。

 そこでこれまでの顛末をミュアがある程度教えることにした。黙ってシリウスは、ミュアの話を聞いている。


「…………そうか。イヴァライデアが自ら自身を封じ、そして……アダムスはサタンゾアに殺されたのか……」

「直接的に、というわけではないようですけど」

「いや、恐らく奴が妹を傷つけたのは間違いない。あれほどの野心を持っていたのだ。多くの仲間を屠るような奴が、アダムスを放置しておくわけがないからな」

「……今、そのアダムスさんとイヴァライデアさんの意志を引き継いだある人が、この塔の上で戦っているはずです」

「妹たちの意志を継いだ?」

「はい。ヒイロ・オカムラさん。わたしたちの……いえ、【イデア】の希望です」

「……そうか。妹は託せるほどの相手を見つけられたのだな」


 少し安心したような表情を浮かべるシリウス。


「ならば、君たちもここでジッとしているわけにはいかないのではないか?」

「それは……」

「いくらそのヒイロとやらが強くても、サタンゾアの恐ろしさは想像以上だろう。あのアダムスとイヴァライデアが止められなかったのだ。奴は底が知れない。一人では無理だ」

「師匠は絶対無事ですぞ!」

「オス! 父上は最強なのです!」


 ニッキとレッカがそれぞれ反論する。彼女たちの剣幕に、シリウスはフッと頬を緩めた。


「信頼されているのだな。羨ましい人物だ」

「シリウスさん、あなたはこれからどうするのですか?」

「ミュア……そうだな。君たちに救われた命だ。この命でまだ何かできるかもしれない」

「シリウスさん……」

「ミュア……君の想い、伝わってきていた。私は狂気に支配され、自我を崩壊させられていたが、魂の奥底にはまだ微かに意識はあったのだ。何度も声を荒げ、何度も身体を動かそうとしたが、それは叶わなかった。しかしある時、銀色に輝く美しい光が私を照らしてくれた。とても温かい光だった」


 彼が柔和な笑みを浮かべる。


「ミュア、それに皆には感謝をしている。ありがとう」


 ミュアも嬉しくなる。自分が誰かを救えたという事実がとても誇らしくなる。同時に、ここに来られて本当に良かったと。


「だから私も君たちの手伝いをしたいが、身体が動かん。しばらくは休息が必要のようだ。少しだけ眠ることにしよう。君たちは君たちの希望を助けに行くのだ」

「シリウスさん……分かりました」

「アダムスが守りたいと思った世界を、守ってやってほしい」


 シリウスの言葉に皆が頷きを返す。シリウスもまた、皆の反応を見て満足気に笑うと、そのまま瞼を閉じた。

 ミュアがふぅ~っと息を吐き出すと、そのまま立ち上がり塔の上を見上げる。


「ヒイロさん、待っててください! 今行きますから!」



     ※

 


 ようやく玉座に腰を下ろしていたままのサタンゾアを立たせることができた日色は、彼に向かって素早い動きで突っ込んでいく。


「はあっ!?」


 刀を振るい、五メートル以上はある彼の巨体を斬り裂こうとするが、


「――《鉄壁のクドラ》」


 相手が呟いた瞬間、彼の身体が鋼鉄のような色に変化する。刀が彼の身体に当たりはしたが、キィィィンッと金属音が響くだけで、少しも傷つけられない。


「どうした? その程度か?」

「ちっ! 舐めるな!」


 刹那、『軟』の文字を書いて、相手に放ち発動。一瞬の放電現象の後、文字がある場所へ刀を突き出す。


(防御力はこれでほぼ皆無! 貫けっ!)


 しかし思惑は通じず、


「――《液化のクドラ》」


 刀は突き刺すことができたが、まるで水でも突いたかのような感触がする。同時に彼の身体がバシャァァッと水のように弾き形を失う。


「くっ!?」


 その場から日色は離れて様子を見守っていると、形を失った液状の物体が一か所に集まり、サタンゾアの身体を作っていく。


「……ククク、さて、次はどのような攻撃かな?」

「……厄介な奴だ」


 ペビンから聞いたサタンゾアの《再現のクドラ》が、これほど厄介だとは思わなかった。日色も漢字を使って万能な力を駆使することができるが、彼もまた日色と同様にその身には多くの力を有している。

 今まで見たことがある力を使えるという力が、これほど恐ろしく戦い辛いものだとは……。


「我は神だ。あらゆる力を備えた我を倒すことなど誰にもできぬ」

「ずいぶんと傲慢な奴だな。そういうセリフは、オレを潰してから言ったらどうだ? まだオレは無傷だぞ」

「ククク、我が遊んでいるということも知らずによく吠える。いや、ここまで来れたのだ。少しは楽しませてもらわねばな」

「人を上から見下ろしてばかりいるんじゃない」

「仕方なかろう。我は常に天にいる」

「なら、少し下げてやろうか! 《文字魔法》発動!」


 サタンゾアの足元からバチチチッと放電現象が起きた直後――ツルッ!

 その巨体をグラリと動かして床に倒れてしまうサタンゾア。


「ぐ……な、何をした!?」


 初めて見せる驚愕の顔に、日色はほくそ笑む。


「答える義務はない。自分で考えろ」


 日色は先程の攻撃の最中、彼の足元に『滑』の文字を放っておいたのだ。効果は文字通り、相手を滑らせることだ。


「人を見下して悦に入ってるんじゃないぞ、このデカブツ」






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