241:神王との対面
突如、雷に打たれたようにノアの身体から凄まじい放電が走る。周囲にいるミュアたちにも及びかねないほどの力の奔流だ。
眩い光とともに、ノアの姿が徐々に変化を遂げていく。それはまるで日色がテンと《合醒》した時と同じだった。
いや、恐らくあれは同じものなのだろうと、傍目で見ていたミュアも納得気に頷く。
雷が治まると、その中から日色のように真っ黒い髪と眼を宿し、黒い翼を生やした少年が現れた。
眠たそうなノアの眼差しは変わってはいないが、明らかに容姿がスーと融合して変化を見せている。持っていた《断刀・トウバツ》も姿を変えて、柄の両端から刀身が伸び、雷を帯びているようにバチバチと音を響かせている。
「す、すごい……ノアさん」
日色が《斉天大聖モード》になった時と比べても、同等以上の力を感じさせてくる。あまりの変わり様に、ミュアたちだけではなく、シリウスもまた警戒しているのか一定の距離を保ったまま見守っている状態だ。
「――――――――あまり悠長に構えている時間などはないぞ、ノア」
「うん、すぐにぶっ潰すよ」
突然膨れ上がるノアの殺気。同時に彼が手に持った武器をブンブンと振り回していく。
「飛んでけ――――《黒帝》!」
ノアを中心にして暴風が吹き荒れ、大地が捲れ岩が飛んでいく。すると、ノアが持っている武器の両端に備わっている刀身が急に伸びた。いや、よく見れば鎖で柄と繋がっているようだ。
そのため伸び出た刀身は弧を描き、離れた距離にいるはずのシリウス目掛けて飛んでいく。シリウスも伸び出てくるとは予想していなかったようだが、咄嗟に身体を後方へとずらす反射神経はさすがだ。
しかしそのせいで、若干体勢を崩してしまった。
「戻れ、《黒帝》!」
ノアの言葉で、伸び出ていた鎖が縮み、元の武器の大きさに戻る。どうやら《黒帝》というのは、武器の名前のようだ。
そして瞬きをしていたら、確実に見失うほどの疾走で、シリウスの背後をつくノア。そのまま《黒帝》で彼の背中に斬撃を放つ。
「があっ!?」
初めて、痛みを感じたかのような声を漏らしたシリウスに対し、ノアはニヤリと笑みを浮かべる。
彼がつけた傷は、雷を帯びており、どんどん傷口を広げていく効果を持っているようだ。
「一気にいくから! ――《億羽》!」
ノアの黒い翼から、一枚ずつ羽が空へを浮かび上がっていき、一瞬にして無限とも思えるような羽の群れがノアの周囲を覆い尽くした。
そして彼が右手をシリウスへ向けてかざすと同時に、羽たちは一斉に漆黒の刃となりシリウスへ襲い掛かっていく。
驚くのは、それまでどのような攻撃すらも、活性化によって強靭になっているシリウスの防御力を貫くことはできなかったのに、弱々しく見える羽が、彼の身体に突き刺さっていくのだ。
恐らく雷を帯びさせたことで、貫通力を上げているのだろうが、それでもシリウスの身体を傷つけていくノアの攻撃には、ミュアたちは目を見張る。
漆黒の牙というより、まるで闇の雨とでもいおうか。無数にも思える攻撃に、さすがのシリウスも防御を強いられている。
「ウオォォォォォォォォッ!」
調子に乗るなと言わんばかりに、両手に持った刀を振り回すシリウス。向かってくる羽を蹴散らしていくが
「――――隙、見っけた」
突如シリウスの頭上へ姿を現したノア。すでにトドメを刺すつもりだろう、《黒帝》を力一杯振り下ろそうとしていた。まだシリウスも反応できていない。
これで誰もが彼を倒せると思った。硬直する時間。いや、時間がゆっくりになったかのように進む感覚をミュアは感じていた。
しかし直後、驚くべきことが起こる。
ブッシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッと、シリウスの身体から蒸気のようなものが噴出した。その噴出力は強力で、近くにいたノアはそのまま上空へと吹き飛ばされてしまう。
しかもその最中に、「アチチ!」とノアは言葉を漏らしている。そう、これは明らかにシリウスの防御―――いや、これはもう攻撃といっていい。
蒸気には凄まじい熱が込められているようで、離れているミュアたちのところでさえ顔をしかめるほどの熱風を感じた。近くにいたノアなどはさらに高温の熱に襲われたに違いない。
蒸気はさらに濃くなっていき、霧のようにシリウスを覆い隠していく。
「あっつ~、なにこれぇ」
「――――――――さあな、だが嫌な予感がする」
ミュアもスーに賛同だ。何故なら、シリウスが起こしている行動の意味を何となくだが推測できているから。
これまで彼は、《活性のクドラ》という力を以て、段階的だが飛躍的に強くなってきていた。それこそすでにミュアたちが愕然とするほどまでに。
恐らく一回活性化する度に、持っている能力が数倍にまで膨れ上がるに違いない。日色やノアのように、ユニークな魔法で万能に対応するようなものではなく、ただ純粋に戦闘力を向上させるという一点において、彼の力はずば抜けている。
そしてペビンがミュアたちに忠告したことが正しいのであれば、シリウスはまだ、あと一段階強くなれるということ。
その前に倒すのだと、スーは言っていたが、どうやらそれは叶わないかもしれない。
その時、蒸気が爆発したかのように一気に霧散した。同時に時を凍らせたかのような、静けさが周囲を支配する。
(い、息苦しい……よ)
その場に立っているだけで、汗が滲み出てくるような雰囲気。何も起こっていないというのに、シリウスから眼が放せない。
ただ驚くのは、さらに活性化して巨大化すると思われたシリウスの身体が、風船が萎んだかのように急速に小さくなっていることだ。まるで一番最初に出会った時のように。
(弱くなった……ううん、違う)
見た目は弱そうに見えるが、明らかに内包する力が爆発的に増えていることが理解できる。しかもまだ……。
(力が……増え続けてる!?)
その時、凛とした時間の中、
「――――――――《最終活性・クィントゥム》」
シリウスの呟きが聞こえた。全員の身体を怖気が襲う。
そして徐々に震え始める大気と大地。まるでこの世界全体が怯えているかのよう。それと同時に、マグマを体現しているかのように、ボコボコッと噴き出すシリウスの異様な真っ赤な身体。
「――――――――皆の者っ! 今の内に奴にありったけの攻撃を放つのだっ!」
突然怒号にも似たスーの叫びが天から降り注ぐ。シリウスのあまりの変化に、つい見入っていたミュアたちは、一気に正気に戻って、スーの言葉通り、全力を以てシリウスへ攻撃を放つ。
ノアもまた先程行使した《億羽》を上空から放ち始めた。
活性化の途中なのか、身動き一つせずに、ミュアたちの攻撃を受け続けていくシリウス。激しい同時攻撃によって起こった土煙で、シリウスの姿が見えなくなっていく。
しかし攻撃はすべて当たっている手応えはそれぞれに感じている。このまま一気に押していけば、最後の活性化が完成する前にトドメを刺せるかもしれない。
だがミュアのそんな甘い考えは結果的に通らなかった。
土煙を突き破り、何かが高速で上空へと跳び上がる。ノアが浮かんでいる場所よりも遥か上。ノアでさえ眼で追うのがやっとの速度で……。
ミュアたちは息を呑むほどの殺気が頭上から届いてくるのを感じて天を仰ぐ。そこには、たった一本の刀を持った、シリウスの姿があった。いつの間にか二刀あった刀が、融合でもしたのか一つになっていたのだ。
彼は鞘に納めているその刀をゆっくりと抜く。そしてさらに天へと掲げる。その動きは非常にゆっくりに感じた。しかし現実は紙よりも細い時間の中で行われた行為であることは揺るがない事実。
その証拠に、ミュアたちはピクリとも動けていない。一瞬の耳鳴りを感じる。
次の瞬間――静かにシリウスが刀を振り下ろす。少なくともミュアたちにはそう見えた。ただ、遥か上空にいるはずの彼の言葉だけが、ハッキリと耳をつく。
「――――《真刀滅却》――――」
空から巨大な何かが降ってくる。それだけが認識できた。
「っ…………え?」
突如空に跳び上がったシリウスから放たれた一撃。視認できたのは、彼が一撃を放ったという行動のみ。
身体が硬直して、ただただ巨大な斬撃のようなものが落ちてくる現実を見続けることしかできていなかった。
死……残酷な現実を予感させるほどの恐怖とともにミュアは無意識に覚悟をしてしまっていたのだが、自分がまだ死んでいないことを知る。
ミュアのすぐ右側。そこには今まで存在していなかった穴があった。いや、穴と一言でいうのは驚愕さが伝わらないだろう。まるで……そう、かつての魔神ネツァッファが、鋭い爪を持ち、大地を激しく抉り取った跡のような、巨大な爪痕。
しかも底が見えないほどの抉り方に、思わずミュアの喉が鳴る。そしてすぐに周囲にいる仲間たちの無事を確認する。
(み、みんな無事……よかったぁ……。で、でも……そ、逸れたの……?)
仲間たちも一様に、爪痕を見下ろし眼を丸くしている。攻撃が逸れたのはいいが、もしあのまま頭上から降り注いでいれば、間違いなく即死だったのだから。
それも恐らく痛みすら覚えないほど、一瞬で消されてしまっていただろう。右にあったはずの大地のように……。
そこへ誰かが空から地上へと落下してきた。――ノアだ。
しかし驚くことに彼の右半身からかなりの出血が見られる。先程までそのような傷はなかったはずなのだ。
「ノアさんっ!」
ミュアたちは彼に近づく。近くで見ると右腕は業火で焼かれたように赤黒くなってしまっている。
「一体どうしてこんなことに……」
その疑問に答えてくれたのはウィンカァだった。
「……ノア、ウイたちを庇った」
「え……どういうことですか、ウイさん?」
「あの時……シリウスの攻撃を受け止め、右にずらしたのは、ノア」
「そ、そうだったんですか!?」
ミュアにはただ鈍い光の塊が降ってきたようにしか見えなかった。しかしウィンカァは動けないままも、しっかりノアの行いを把握していたらしい。
「――――――――庇った、とは言い難いがな」
ノアの持つ武器――《黒帝》からスーの声が聞こえる。
「スーさんも無事なんですね! あ、でも庇ったとは言い難いって……?」
「――――――――咄嗟のことで防御するしかなかっただけだ。ノアにとっては、地上にいたお前たちの存在は眼中になかっただろう。そうだろう、ノア?」
「う~ん、そんなことより腕がチョー痛いんだけど……」
確かにノアはチームワークを重視するとは思えない。シリウスと戦っている時も、周りなど配慮せずに戦っていたし、スーが言いたいのは結果的にノアがミュアたちを庇った形になっただけ、ということなのだろう。
「それでもノアさんが助けてくれたのは事実です。ありがとうございます、ノアさん」
ミュアだけでなく、地上にいた者たち全員が礼を言う。
「…………ねえ、スー。何でこの人たちから感謝されてるの、おれ?」
「――――――――別に分からぬのなら、それでもいい。ただ気持ちだけは受け取っておけ」
「スーがそう言うんならそうするけどさ……」
そんなことよりもと、ノアは上空に浮かんでいるシリウスを睨みつける。しかし悔しげに歪んでいるのではなく、こんな状況になってまでもまだ楽しんでいる表情をノアが浮かべる。
「凄いねアイツ。今の一撃なんて避ける暇すらなかった。しかも右腕がこんなになったのに、攻撃をずらすことしかできなかったよ。アイツ……ほんとに強い」
やはり戦いの申し子とでも言おうか。ノアは、あれだけ絶望的な力を見せつける相手に対して恐怖どころか愉悦を感じている。その姿にミュアは感心するのを超えて、すでに呆れてしまっていた。
ただ純粋に強い者と戦い、自らも強くなるという彼のスタンスには少し羨ましさを感じてしまう。
(わたしもノアさんのように誰かを守るんだ!)
そのために得た力。使わずして何とするか。そう思い、拳をギュッと握り込む。
「其は癒、無限の傷を治癒せし四の緑」
ノアが魔法で自身の腕の傷を治していく。
「――――――――む? どうやら回復に少し時間がかかるようだな。どうするか……」
「スーさん、どうぞ今は回復に専念してください! ノアさんが全快するまで、わたしたちがシリウスさんの相手をしますから」
「え~君らじゃムリっぽいよ?」
「――――――――こらノア。せっかくの心遣いを無下にするな。……しかし、ノアの言うことも一理ある。奴は強いぞ。少しでも気を緩めば……どうなるかは想像できるな?」
スーの言うことは理解している。あのような斬撃を持つ相手に対し、油断なんかもってのほかだ。気が付けばあの世に……それは決して冗談ではない。
「大丈夫です! ここにいる皆さんは、強いですから!」
ミュアは、ウィンカァ、ニッキ、レッカと顔を見合わせて頷く。
「――――――――分かった。ならばこちらが回復するまでもたせてくれるか?」
「任せてください!」
「ん……でも倒してもいい。だよね?」
「そうですぞ、ウイ殿! ボクたちならやれるですぞ!」
「まったく、無暗に突っ込むんじゃなくてよ、ニッキ」
「オス! 自分もお力になりますです!」
ミュア、ウィンカァ、ニッキ、ヒメ、レッカの順でそれぞれ言葉を吐き出す。
その時、ゆったりとした動きでシリウスが空から地上へと降りてくる。スタッと降りた彼の身体は真っ黒に変色していた。初めて最終活性をした彼の姿を拝む。
着用していたはずの鎧や兜は失われており、上半身は裸である。盛り上がっていた筋肉は鳴りを潜め、その皮膚は、まるでマグマが冷えて固まったような形をしていた。眼は全体的に紅く充血し、赤と黒が混じっていた髪が、十年以上も放置していたように長くボサボサになっている。
しかしながら、彼から滲み出ている凶悪なまでの存在感には圧倒され、その場に立っているだけで息苦しい。彼が手に持っている一本の刀も、漆黒に彩られ禍々しさを放っている。
「いいですか、皆さん! 接近戦は絶対的に不利です。できれば遠距離で攻撃をしてください。ですが防御を重視したスタイルでお願いします!」
ミュアの提案。この相手に対し、攻撃重視では一気にその隙を突かれてしまう。接近して戦うなど愚の骨頂。防御を意識して距離を保って戦うのが一番賢いと考えた。
「ウガァァァァァァァァァァァァッ!」
シリウスの咆哮。それだけで大地が裂け、大気が震えるほど。彼の足元に広がる大地がバキィッと割れた刹那、姿が消えてミュアたちが集まる中心へと現れる。
「さ、散開っ!」
咄嗟にミュアが叫び、他の者たちも同時にその場から離れる。シリウスが刀を大地へと突き刺した瞬間、大地に埋め込んだ爆弾が爆発したような光景を生む。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
めくれ上がった大地の破片が、回避したはずのミュアたちに襲い掛かる。さらにすぐさまシリウスが追撃をしてきて、まずはウィンカァの懐へと姿を現せる。
「くっ! 今度はウイから! 《六ノ段・三刹》っ!」
フォーマルハウトでさえ、まともに受けることをせず回避に集中したウィンカァの、ほぼ同時に三つの急所を突く技。
しかし何故か一撃めの胸で槍が止まってしまっていた。
「なっ!?」
当然愕然とした表情を浮かべるウィンカァ。それもそのはず、彼女の槍――《赤気》で作り出した刃が相手の胸を貫けずに皮膚で止まっているのだから。
「ウイさんっ、そこから離れてくださいっ!」
ミュアの声により、困惑して固まっていたウィンカァの表情が引き締まる。だが少し遅かった。シリウスが光のような速度で刀を振るう。ウィンカァの腹部に左から右へと走る赤い筋。瞬間、その傷から大量の血液が噴き出た。
「ウイさんっ!?」
「うおぉぉぉぉっ! よくもウイ殿をぉっ! 《炎塵全壊》っ!」
ウィンカァを助けようと、ニッキがシリウスに近づいて拳に纏っている白炎を放つ。だがシリウスはウィンカァを斬った勢いを殺さずに弧を描きながら、左側にいるニッキに向かって刀を一閃。
その剣閃は白炎を呆気なく斬り裂き、その向こうにいるニッキの右肩に裂傷を負わせた。
「うっぐぅっ!?」
そのまま後方へと吹き飛ぶニッキを一瞥したシリウスが、次にターゲットにしたのはレッカだ。その足ですぐさま、彼の頭上へと向かい、そのまま刀を振り下ろす。
だがレッカも素早さには定評がある人物。攻撃が届く前にそこから脱出をし、逆にシリウスの頭上をとって、魔法で創り出した剣を彼に向けて振り下ろしたが キィンッ!
まるで刃同士がぶつかったかのような音が、レッカの剣とシリウスの皮膚から生み出された。
「ぐっ、か、硬いっ!? あがぁっ!?」
シリウスがレッカの首を掴む。小さい身体のレッカの首ならば、彼ならば簡単に折ってしまうかもしれない。レッカは苦しそうに顔を歪め、シリウスの腕や顔を殴ったり蹴ったりするが、彼はビクともしていない。
「ウガァァァァッ!」
シリウスがそのまま少し離れたところにある大岩目掛けてレッカを放り投げた。レッカは成す術もなく、そのまま大岩に直撃し、岩を破壊し地面に転がる。
ミュアは確認する。ウィンカァは腹から大量の出血をして大地に蹲り、ニッキも肩から血を流して膝をついている。さらにレッカも……。
「そ、そんな……こんな一瞬で……!」
まさに電光石火。息つく暇もなく、一瞬で仲間たちがやられてしまった。そこで思い出す。ペビンのあの言葉を。
(一度最強を手にした……人。それが…………この人なんだ)
まだどこか信じ切れていなかった。最強といっても、それがどのような力を持つのかイメージすることができなかった。
しかし目の前にいる存在は、まさに最強を体現しているかのような人物である。日色やノアのように万能の魔法を駆使して強いというのではなく、その身一つ……超常を持ち合わせた身体能力のみで最強を手にしている。
故に強いという意味をハッキリと痛感させられるのだ。
「…………でも」
相手は自分よりも遥かに強い相手。恐らく今後どれだけ鍛えたとしても、あれほどの高みには辿り着けないだろう。天賦とも呼べる強靭な肉体。さらにその肉体を存分に発揮できるような《クドラ》。
確かに戦闘能力という点において、彼は自分が届かない雲の上に立っている。
「でも……勝てないわけじゃない!」
一人では勝てない。しかしミュアには多くの仲間がいる。
見れば、倒されたと思っていたウィンカァたちが、立ち上がってシリウスを睨みつけていた。彼女たちもまだ諦めていないのだ。
「――――――――よくぞ言った、ミュアよ」
スーの声が耳に入ってくる。振り向けば、傷を治癒したノアが立っていた。
反撃返しの狼煙をあげるために――――。
※
一方その頃、日色はハーブリードを倒し更なる上階へと、ミミル、テンとともに向かっていた。するとそこへいつ先回りしていたのか、ペビンが階段の先で待ち構えていた。
「お前……!」
「いやぁ、さすがはヒイロくん。我が上司をあっさりと打ち倒すとはさすがですね」
「ペ、ペビンさん! ミュアちゃんたちは無事なんでしょうか!」
日色よりも先に彼に詰め寄ってミミルが尋ねる。親友であるミュアのことが何よりも心配なのだろう。
「さあ、どうでしょうか。シリウスさんは僕が言ったように、一度最強を手にした男です。また無類の強さに加えて、神王様の手が加えられているとなると……」
ミミルが不安そうに顔を俯かせる。日色はそんな彼女を安心させるために、
「アイツらならまだ生きてるし、今も戦ってるぞ」
「え……そ、そうなのですか?」
ミミルがバッと顔を上げて見上げてくる。
「ああ、離れていても存在を把握できるように、ミュアとニッキに文字を設置してある」
「シンク・ハイクラも使っていた設置文字というやつですね」
ペビンも知っている《文字魔法》の使い方。予め文字を設置しておき、いつでも発動できるという便利機能。そして設置している場所を常に把握できるというオマケ付き。
その文字が今も激しく動き回っていることから、彼女たちがまだ生きていることを知る。
(まあ、できれば他の連中にも設置したかったが、さすがに全員分というわけにはいかなかったからな)
設置文字も書ける数に制限がある。日色が戦闘に使うものも必要なので、設置しているのはここにいるミミルと、離れて戦っているミュア、ニッキの三人だけ。
「それにその気になれば、いつでもコンタクトを取れるし、安心しろ」
「は、はい!」
「……さて、ミミルさんの不安も一掃された後で恐縮なのですが、このままあと数分後にはお目見えできますよ」
彼の言葉で日色の眉がピクリと動く。
「それはまさか……?」
「ええ、もうすぐ神王様のおられる場所へと到着します」
ミミルとテンが喉を鳴らした。無理もない。この先に、すべての元凶である最後の敵が待っているのだから。その実力は未知数。
ペビンに聞く限りだと、先程戦ったハーブリードなど、神王と比べると赤子同然らしい。そしてここにいるペビンもまた同様に……。
そんな相手が待ち構えているということに、日色もまた気が引き締まっていく。果たして勝てるのか。不安が胸に押し寄せてくるが、ここまで来た以上、負けるわけにはいかない。勝たなければすべてが終わってしまうのだ。
それにやはり、ミミルにはああ言ったが、ミュアたちが心配なのもまた事実。
日色は『念話』の文字を使い、意識をミュアへと集中させる。
“おい、聞こえるか”
“……え!?”
“ミュア、聞こえるか?”
“あ、もしかしてヒイロさん……ですか?”
彼女の声を聞けて生きていると分かっていてもホッとした。
“そっちは大丈夫なんだな?”
“もちろん皆さん無事です! ヒイロさんは、神王を倒すことだけを考えてください!”
少し声に緊張と不安が乗っている気がする。恐らく、シリウスとやらの実力は相当なものなのだろう。彼女の周りには多くの仲間がいるが、それでも厳しい状況に追い込まれているほどに……。
それでも彼女は日色に心配をかけないように明るい声を返そうとしてきている。だからこそ、そんな彼女の気遣いを無視することなどできない。
“…………分かった。だが、絶対に死ぬな。他の連中にもそう言っておけ”
“はい! ヒイロさんも、ミミルちゃんをお願いします!”
“言われるまでもない”
“……お気をつけて”
コンタクトを切った。そして彼女たちが無事だということを、実際に声を聞いて確認したということをミミルに教えてやると、彼女もまた嬉しそうに微笑んでいる。
そのまま念話の力をペビンへと移す。
“糸目野郎、聞きたいことがある”
“はいはい。何でしょうか?”
“この先に待ち構えているのが、神王というのなら、敵はもうあと一人だけってことだな?”
“厳密に言うと、まだ一人いるのですが、恐らく彼は上には設置されていないでしょう。どこにいるかは聞かされていませんので分かりませんが”
“そいつは強いのか?”
“ヒイロくんも会っていますよ。お忘れですか、【獣王国・パシオン】でのこと”
彼からそう言われ、少し考えた後、ハッと思い出したことがあった。
“あの鉄仮面野郎か!”
“ええ、彼はアヴドルさんと言って、元々人間だった彼を、ハーブリード様が改造して部下にしたんですよ”
“『神人族』じゃないのか?”
“違いますよ。まあ、『神人族』もどき……とは言えるかもしれませんが”
そんな存在まで作れるとは、いよいよもって『神人族』という存在はふざけた奴らである。いや、ハーブリードだけが行ったらしいが、このペビンも常識では計れないという点に置いては同じだろう。
“まあ、強さ的には多少人間たちよりも上位に位置しますが、ハーブリード様ほどでもありませんし、倒すことは問題ないでしょうね。ただ……”
“ただ何だ?”
“彼は《傀儡のクドラ》を植えつけられた存在でして、多くのモンスターを使役することが可能なんですよ”
“なるほどな。【パシオン】を襲ったモンスターの群れ。あれはそいつが使役していたってわけか”
“そういうことです。まあ、この塔の中にいないのであれば、また地上で厄介なことをしている可能性もあります”
“……地上は地上で、信頼して任せてる奴らがいるから大丈夫だ”
“だといいのですが。あ、あの先ですよ”
ペビンが促す前方。そこには階段の終わりが見えていた。
一度日色は立ち止まって、体力と魔力を回復薬と魔法によって完全に回復させた。無論テンもだ。
(この先に…………最後の敵がいる!)
伝わってくる。どす黒く、それでいて強大過ぎる力が、上から押し寄せてきているのだ。
「僕はここまで、後は……」
ペビンが日色に顔を向けて軽く頷くと、その場から消えていった。
日色はミミルを背後に置き、ゆっくりと階段を昇っていく。すると開けた場所に足を踏み入れ、前方に三つの通路が見える。
その先には、それぞれ扉が存在した。
「ど、どれが敵がいる扉なのでしょうか?」
ミミルの震えた声が耳に入ってくる。
日色には分かっていた。何故なら明らかに異質的なオーラを放っている扉があるのだから。
それぞれの扉の奥。どこに通じているかペビンに聞いている。もし教えてもらっていなくても、あのオーラを感じれば一発で、その先に神王がいるのは理解できるが……。
「右の扉だ。行くぞ」
だがその時、微かに頭の中で声が響いた。
――――――――ヒイロ…………。
右の通路を行こうとしたところ、日色は足を止めた。
「ど、どうされたのですか、ヒイロさま?」
ミミルが心配そうに声をかけてくるが、日色は左側の通路に視線を向ける。
(……奴を倒した後、会いにいくからそこで待ってろ)
誰に向けての言葉か。それは日色にしか分からない。
いつか聞いた声音。【イデア】のために守らなければならない存在が、その先にいる。
――――イヴァライデア。
間違いなく、左側の扉の奥には彼女がいるはずなのだ。その存在も日色には伝わってきていた。だがここで会いにいくわけにはいかない。
いろいろ聞きたいことが山盛りではあるが、彼女を解放するのはまだ危険。神王は彼女を喰らい、その力を自由に扱えるようになるために待ち構えているのだから。
彼女に会うのは、すべてが終わった時。神王を倒し、『神人族』の歴史に終止符を打った時だ。
「ヒイロ……さま?」
いつまでも立ち止まっている日色に、ミミルが「大丈夫ですか?」と尋ねてくる。
「問題無い。もう一度、気合を入れ直していたところだ。いいか、ミミル、テン。ここからはもうホントに引き返せない。あの扉の奥に進めば、あとは……倒すか倒されるかの二択だ」
「は、はい」
「おうさ! そんなこと百も承知だぜ!」
「ミミルは下手に動かずに距離を開けて見守っていろ。いいな?」
「はい!」
「テンは、言わなくても分かってるな?」
「ウッキキ! ラストバトル! 腕が鳴るさ!」
「よし! 行くぞ!」
そうして日色たちは、右側の扉へと歩を進めた。
扉の前に立つ日色、ミミル、テン。
見上げるほど大きなその扉からは、得も言われぬ負のオーラを感じる。許されるならば、一生開けたくない扉だ。しかしそうもいかない。
日色は扉に近づき、警戒しながら扉に触れる。すると直後、ゴゴゴゴゴゴという音とともに扉がひとりでに開いていく。ゴクリと喉が鳴る。
中はとても広く、どこぞのドーム会場のような造りになっていた。
そしてその先には……。
「待っておったぞ――――――《文字使い》」
巨大な玉座に腰を落ち着かせている巨人が、日色たちを見下ろしていた。
「…………お前が、神王か?」
日色の問い。すでに分かり切っている答えを待つ。
「いかにも。我が神王――サタンゾアだ」
そこにいるだけで圧倒されるようなとてつもない威圧感である。存在の密度が濃いというどころの話ではない。常人ならば無意識に跪いてしまうほどの重圧を感じさせる。
ミミルなどは日色の服を小さな手でギュッと握りしめ震えている。どこか気分でも悪いかのように真っ青になったまま。
(なるほどな。コイツがアダムスとイヴァライデアが倒せなかった相手……か)
それも納得できると思わせた。
「まずは小手調べよ、乗り越えてみよ」
彼の言葉が終わった直後、床から幾つもの黒い影が出現し、狼のような形を整えた後、一斉に襲ってきた。
「いきなりかっ!」
日色はテンにミミルを任せて、向かってくる影たちに対して、《絶刀・ザンゲキ》を素早く振るい斬り伏せていく。
そしてものの一分程度で、すべての影を消失させることに成功した。
「うむ、それくらいは簡単にやってもらわねばな」
まるで高みの見物といったところか、サタンゾアは最初の体勢のまま余裕綽々である。
「いつまでそこで見物してるつもりだっ!」
日色はそのまま彼に真っ直ぐ突っ込んでいく。しかしそれでも少しも焦りを見せない相手。
「ククク、ほれ」
右手の人差し指を上へと伸ばし軽く下に振った瞬間、どこからともなく現れた落雷が日色に襲い掛かってきた。
「ちィッ!?」
咄嗟に足を止め、後方へとかわす日色。だがサタンゾアが、何度も何度も指先を振るう度に、天から日色目掛けて雷が落ちてくる。無論直撃すればただでは済まないほどの威力が込められてあるので、避け続けるしかない。
「ククク、よく避けるものよ」
まだまだ彼にとっては遊びなのだろう。楽しげに頬を緩めながら日色を見下ろしている。
(くっ! このままじゃ体力が消耗してしまう! 奴はまだ指先しか動かしてないってのに!)
この程度の落雷の速度なら避け続けることはできるが、相手はまだ実力の欠片ほども見せていないはず。このまま体力を削られるのは不利。
「次はこれでどうだ?」
今度はデコピンをするように指をその場で弾く。すると指に纏われた魔力のような力が放たれ日色へと向かってくる。軽く避けると、床に触れた力が爆発を起こす。
「っ!? これは魔力爆発!?」
まるでニッキの使う《爆拳・弐式》のような技である。
「次はこれだ」
素早く指先を振るうと、今度は激しい斬撃が飛んでくる。その斬撃にも見覚えがあるような気がした。大地を割るのではなく、削るように斬るその技。何とか日色は避けるが……。
(今のは、ウィンカァの技か!?)
彼女がよく使う《八ノ段・次元断》という技に似ていた。
「まだまだだぞ」
彼が指を動かす度に、日色の仲間が得意とした技を放ってくる。刹那、天井の近くで溜まった雷のエネルギーが、一気に弾かれたように無数の落雷となって襲ってくる。しかもただの雷ではなく、銀色を宿していることに驚く。
(これはミュアのっ!?)
彼女が《エクヘトル》戦で使用した《千落の銀雷》と非常にそっくりである。
「舐めるなっ!」
すでに回避しながら用意していた『大防御』の文字によって、日色の周囲を防御フィールドが覆い、振ってくる千の雷を弾いていく。
そのままある文字を書いて素早く発動。
すると、日色の周囲から影が出現し、狼のような形になった後、サタンゾアに迫っていく。
「む、これは……?」
余裕の笑みを消し、瞼を広げるサタンゾアが、指先をクイッと振り下ろすと、天から降り注ぐ幾本もの雷で影たちを貫き霧散させる。
しかしその瞬間――サタンゾアの頭上から落下する轟雷。
「っ!?」
彼は日色のように避けることもできずに落雷をその身に受けてしまった。だが直撃したのはいいものの、雷はすぐに弾かれる。彼の身体は無傷……だが、ようやく……。
「その鬱陶しい態度を消せたな」
座っていた玉座を破壊し、相手を立たせることができたのだ。
「ふむ。少し驚いたぞ」
「フン、お前だけじゃないんだよ。他人の技を使えるのはな」
日色の指先には『模倣』の文字が輝いていた。
※
「其は爆、全てを爆ぜさせる一の赤」
ノアによる呟きが周囲に響く。同時に彼の周りから赤く色づく球体が次々と顕現し、一斉に目の前にいる敵――シリウスへと迫っていく。
逃げ場を無くすように広がる球体に対して、シリウスはジッと佇み動かない。動いても逃げ切れないと考えているのかもしれない。
そして球体が彼の身体に付着した直後に爆発を起こし、誘爆するように、周りに浮かぶ球体が次々と爆発を起こしていく。当然シリウスを巻き込んで……だ。
「――――――――ふむ。少しはダメージがあればよいが」
スーの懸念が言葉になる。ミュアもまた同様に思っていることだが果たして……。
爆煙が次第に晴れていき、その中からほとんど無傷に近いシリウスが平然と立ち尽くしていた。
「そ、そんな……! 今のでもダメージがほとんど無いなんて!?」
ミュアにとっては即死してもおかしくないほどの威力だった。日色やノアのように防御フィールドを作って耐えたのなら分かるが、彼はその肉体そのもので耐え切ったのだ。恐るべき防御力である。
まさに彼の身体そのものが、武器であり防具でもあるのだろう。
「ならっ! 《銀転化》っ!」
ミュアは、《銀耳翼》をはばたかせ、周囲に銀の粒子を散布する。ゆったりとした動きで、シリウスへと迫っていくが、彼がその手に持っている刀をさっと振るっただけで暴風を生み、銀の粒子が吹き飛ばされてしまう。
《銀転化》は相手の力を奪うというとてつもない力を持つ技であるが、こうして風に流されてしまうのが欠点である。
(何とか隙を見て相手の力を奪いたいけど……!)
しかしシリウスも本能で警戒しているのか、粒子だけは身体に付着させないようにしている節を感じる。そんな直感的な能力も鋭いのは最早反則だ。
「……これで傷は塞がったわ」
ミュアの近くでは、ヒメが人型になってニッキとウィンカァの傷を治癒していた。さすがは『精霊』。光魔法もお手のものらしい。
「これでまだまだ戦えるですぞ!」
「ん……ありがと、ヒメ」
ミュアも彼女たちの復活に心から安堵する。
「けれど、このままではいくら攻撃を加えても無駄よ。ウイの攻撃力でも傷一つつけられないのだから」
ヒメの言う通り、まさかウィンカァの槍が通じない相手がいるとは思わなかった。ウィンカァもまた悔しげに下唇を噛んでいる。
「だけど、今までの戦いを観察して、一つだけ分かったことがあるわ」
「な、何ですか、ヒメさん?」
ミュアは眼を見開き尋ねる。
「それは、シリウスが攻撃と防御を同時にできないということよ」
「……?」
ミュアだけでなく、その場にいるノア以外の全員が眉をひそめている。
「先程のノアの攻撃にしても、ウイの攻撃にしても、シリウスは身動き一つしなかった。まるで全神経を防御に徹しているかのようにね」
「……つまり、あの防御力を維持しつつ、攻撃に移ることはできないということですか?」
ミュアの解釈にヒメが首肯する。
「恐らく……ね。言い換えれば、こちらの攻撃を防ぐには動いているとできないということよ」
「ということは、カウンターを狙えばいいということですね」
「レッカの言う通りよ。攻撃に転じているところを狙い撃つことができれば、防御力を発揮させずにダメージを与えることができると思うわ」
「ですがそれは……」
「ミュアの言いたいことは理解できるわ。あの攻撃を搔い潜って、なおかつその隙を突くような攻撃をしなければいけない。しかも生半可な威力では、たとえ防御力を発揮できないからといっても大ダメージは期待できないわ。受ければ即死してしまうかもしれない攻撃をかわし、その上でカウンター攻撃を与えることは至難の業でしょうね」
だが彼女の見解通り、それしか有効手段がないように思える。
そこへシリウスと対峙していたノアが近くまでやってきた。
「――――――――話は聞かせてもらっていた。我もそう考えていた。確かにその方法ならば、現況を打破できるやもしれぬな」
スーが賛同してくる。
「え~っと……どういうこと?」
ノアはまだ分かっていないようだが。
「――――――――つまり、奴の攻撃速度を上回る動きで奴に迫り、カウンターを与えなければならないということだ」
「へぇ、何で? 正面からぶっ殺したらダメなの?」
「――――――――あのな、それが現状難しいから、この方法なのだ」
「あ、そうなの? ん~カウンターかぁ。めんどうそうだし、何かやだな」
「――――――――嫌がっている場合ではなかろう。とにかく、一撃の大きさならば、我らが一番だ。ミュアたちは我らのサポートをしてもらえるとありがたいのだが」
「うんうん、トドメはおれが刺すしね」
スーとノアに、皆が頷きを返す。確かにシリウスの動きについていけるのは、ノアくらいである。それに一撃の重さや、カウンター成功率を考えると、ノアが適任だ。
「――――――――よし、ならば行くぞ、皆の者!」




