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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
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240:最強を冠する神人

 ペビンの一言により、より一掃険しい表情を浮かべる日色。


「一度最強を手にした? どういうことだ?」

「言葉通りです。かつて彼は、我々の中でトップを走っていた人物なのですよ。あのアダムスさんや神王様が生まれるまではね」

「つまり『神人族』の中で一番の強者だったってわけか」

「まあ、『神人族』というのは、ここに来てから名乗っているものなので、ただしくは『ジャシウ人』と呼ばれる種なんですがね」

「その『ジャシウ人』の中で、アイツが最強だったってわけか」

「ええ、手強いですよ? 彼の名前はシリウス。何と言っても彼は――――アダムスさんのお兄さんなのですから」

「何だとっ!?」


 とんでもない真実が飛び込んできた。しかしそれが事実だとしたら強いはずだ。めちゃくちゃな伝説を数多く残しているあのアダムスの血筋が、まともであるわけがない。

 少なくとも日色はそう思っている。


「兄……か。また厄介な奴を……。つまりアイツも神王に再現させられて操られてるってわけか」

「いいえ、少し違います。ただここからは……」


 ペビンが眼で語ってくる。『念話』の文字を使え……と。それだけ重要な話なのかもしれない。文字を発動させると、彼に話かける。


“それで? どう違うというんだ?”

“確かに彼は神王様に操られている立場にあるでしょう。しかし再現させられたわけではありません。彼は今も普通に生きていますから”

“死んでないってことか?”

“はい。以前お話しかけたことですが、神王様の《再現のクドラ》にも欠点はあるのです。その一つが、この世に生きている者を再現できるのはほんの僅かな時間だけということです。とてもベガさんたちのように長時間顕現させて、なおかつ戦わせるなどという芸当は無理なのです”

“なるほどな。死人じゃないと、再現させて長時間滞在させ続けることができない。つまり再現させられていないアイツは、死人じゃないってことか”

“そういうことです。ですが彼は、神王様に従うしかないのです”


 日色は目の前に立って、顔を俯かせたままのシリウスを見つめる。引き締まった肉体から滲み出ているオーラの力強さが半端ではない。まさに強者。


“何故従うしかない? 再現させられているわけじゃないなら、ベガのように自我があるんだろ?”

“……彼は神王様に囚われ、その身体を改造されてしまっているのです”

“か、改造?”

“はい。殺して再現するのもいいですが、それだとどうしても生前よりスペックが劣る。シリウスさんの全てを扱う方法として、彼の身体は生かしたままで、魂を狂化させることにしたんですよ。《狂化のクドラ》という力を再現させた神王様の手によってね”


 そういえば、神王は見ただけで相手の能力を再現することができる。その《狂化のクドラ》も誰かの力であり再現したものだろう。


“しかしここで神王様にも予期せぬ事態が起きました。狂化させられた彼は、一度解放させると神王様以外の者に襲い掛かるようになったのです。それこそ僕や、僕の上司にまでね”

“それでどうしたんだ?”

“何とかもっと上手く彼を扱う方法はないものかと、一旦彼を封印して魂の調整に入ったんです。しかし研究は難航し、結局成果は得られずに、今までずっと封印されていたはずなのですが……”

“封印を解いたってことは、操る術を見つけたってわけじゃないのか?”

“いいえ、あの様子は違います。以前見た狂化状態の彼ですね。まだ本能が甦っていないのか静かですが、そろそろ始動しますよ”


 そういうペビンの言った通り、シリウスが突然獣のような咆哮を轟かせた。


「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」


 彼の身体からまるで嵐のような力の奔流が渦巻く。力の圧力に負けて、床や壁に亀裂が走り、日色たちも吹き飛ばされそうになってしまう。

 その解放によって感じさせられる力の質は、明らかに今まで見たアルタイルやベガなどとは異質さを覚える。


(こ、これほどの力を……!?)


 ビリビリと大気を震わせながら、彼のオーラが全身を針のように刺してくる。


“気をつけてくださいね。狂化状態の彼は、普通の時の彼と比べても明らかに強くなっていますから”

“普通の彼っていうが、普通のアイツを知らないんだが……”

“そうですね。今の彼は、アヴォロスさんと同等以上の力を持つ……とでも考えてください”


 マジかと目を見張ってしまう。問答無用で、日色が戦った相手の中で一番強かったアヴォロス。そのアヴォロスと同格というのはハッキリ言ってシャレにならない。


(これは……力を温存とか言ってる場合じゃない……か)


 リリィンには悪いが、この相手だけは日色が不参加というわけにはいかなさそうだ。

 その時、足元に魔法陣が描かれ、シリウスと同時に日色たちの姿が消失する。

 気づけば、そこは周りを岩場に囲まれた場所だった。


(まるでグランドキャニオンみたいな場所だな……)


 壮大に広がる峡谷は、思わず感嘆の息が漏れる程の光景だった。幾つも折り重なった地層が見え、それが山にも等しい大きな岩場を形成している。

 しかも一つだけではなく、それが遥か先まで無数とも言えるほど続いているのだ。空は青く、赤土のような色をした大地が雄大に広がっている。こんな状況ではなかったら、じっくり観光したいと思わせるところだ。


(恐らく、ここで戦わせようということなんだろうが……)


 視線をシリウスへと向けると、彼の纏っていたウェットスーツのような服が徐々に変化し始める。


“気をつけてくださいね、ヒイロくん。彼はあらゆるものを活性化させる《活性のクドラ》の持ち主です。その実力は、あなたの想像以上ですから”


 ペビンに言われなくても分かっている。ずっと全身から警戒警報が鳴りっ放しなのだから。

 シリウスの姿は、武士……というより戦争にでも行く鎧武者のような姿に変化した。角が生えたような金色の兜と、両腰に携えている二本の刀。また背中にも二本の短刀が備わっている。


(あれがアイツの武器か……!)


 俯かせていた顔を、ゆっくりと上げるシリウス。黄金色の眼差しが、狂気に歪んでいるかのように獰猛さが見える。初めて彼の顔をハッキリと視認するが、驚くほど傷だらけだ。


“あの傷は、戦いでついたものではありませんよ。神王様とうちの上司の改造によって施された、彼という武人にとっては不名誉な傷でしょう”

“……だろうな。誰だって身体をいじくられればムカつく”


 死ぬこともできず、自分の意志で戦うこともできない武人。思うままに狂人として心を汚され、こうして望まない戦いまで強いられている。

 そして再び先程のように咆哮をあげるシリウス。


「……泣いてます」

「は?」


 突然ミュアが悲しげに言葉を漏らした。


「あの人……とても怖いけど…………とても……悲しんでいます」

「ミュア……」


 ミュアは会った時から感受性が豊かな子だった。いや、それはもしかしたら彼女の能力に関係するのかもしれないが、それでも彼女はこうして言葉をハッキリと伝えられない者の心の声を捉えることができていた。


「辛くて、苦しくて、だけどどうしようもなくて……あの人は、ずっと泣いてます」

「何となくミミルにも伝わってきます。あの人の悲しみが」


 ミミルも同意する。彼女もまたミュアに近い感性を持っているのだろう。


「ウガァァァァァァァァッ!」


 刹那、シリウスが左腰に携えていた刀を抜いてそのまま大地へと振り下ろした。その威力は風圧だけで大地に亀裂を走らせるほど。

 それと同時に日色たちへと向かってくる斬撃。大地を割りながら向かってくる猛威に対し、日色が防御態勢に入ろうとしたが、


「――――其は盾、万象を弾く五の青」


 言葉とともに日色たちの目前に青い壁が出現し、シリウスの斬撃を弾いてしまった。


「……お前」


 日色はそれを成した者に視線を向ける。いつの間にか誰よりも前に出て力を行使したのは、眠っていたと思われていたノアだった。


「この人、おれがもらうね」


 その瞳は、新しい玩具を貰った子供のように輝いていた。

 

 

「――――――――おいノア、本当に戦うのか?」

「だってスー、アイツやばいくらい強いよ」

「――――――――ふむ。お前が突然起きるから何事かと思ったが、やはり相手の強さに惹かれたか」


 先程までスーの背中で眠っていたはずなのに、突然起きた理由は、相手の強さに敏感に反応したからということらしい。


「おれ、アイツとやりたい。いいでしょ、ヒイロ?」


 キラキラした瞳で言ってくるノア。確かにシリウスほどの実力者相手では、ニッキやミュア、そしてレッカでは心許ないかもしれない。


(レベルに換算すると、恐らくオレと同等かそれ以上はあるだろうしな)


 そんな相手に、いくら強くなったとしてもニッキたちが勝てるとは思えない。しかし彼一人で戦わせるのも不安なのは事実。


「一人では戦わせないぞ。オレも含めて一気に片をつける」

「えー、いらないってばー」


 不満気に口を尖らせるが、こればかりは譲れない。ハッキリ言って相手の力は未知数。ノアでも敗北する可能性はあるのだ。

 それにこれだけの人数が揃っているし、倒さなければ元の空間に戻れないというのなら一気に全員で攻めた方が効率が良い。


「――――――――我が儘を言うなノア。ヒイロ・オカムラの言うことは正論だ」

「ぶ~、おれは一人でやりたいのに~」


 これは遊びでは決してないのだがと日色は思うが、どうもノアに関しては戦いを楽しめるかどうかが重要らしい。


「とにかくここは――」


 日色がそう言おうといた瞬間、ミミルの近くの空間に亀裂が走り、そこから手が伸びてミミルの腕を掴んだ。


「きゃあぁっ!?」

「ミミルッ!?」

「ミミルちゃんっ!?」

「母上っ!?」


 日色とミュアとレッカがほぼ同時に叫ぶ。空間に引き摺り込まれようとした瞬間、日色は咄嗟にミミルの腕を掴む  が、そのまま日色まで引き摺り込まれて、その場から消失してしまった。


「ヒイロさん……ミミルちゃん……」


 ミュアの唖然とした小さな呟きだけがそこに残った。

 そして日色は、気づけば先程の空間に飛ばされる前の場所まで戻ってきていた。腕の中にはミミルが収まっており、彼女の無事な姿を見てホッと息を漏らした。


「――――まったく、大した反応速度だ」

「……っ!? お前は……っ」


 目の前に現れた人物を見て驚愕する。それは以前見たことが……いや、会ったことがある人物。戦争時にもともに戦ったことがある戦友に等しい存在だ。


「お久しぶりですね、ヒイロくん」

「………………名前は忘れた」

「………………ハーブリードですよ」


 若干頬を引き攣らせながら名乗る彼に対し、少しだけ申し訳なさを感じた。だが仕方がないと思う。彼は何というか、とても影が薄かったのだから。


「ヒイロ……さま?」

「ああ、大丈夫か?」

「は、はい」


 日色は小さな顎を引くと、ハーブリードを睨みつける。


「お前、まさかスパイだったのか?」

「ええ……そうですよ。いや、この喋り方も止めよう。……そうだ、俺は『神人族』のハーブリード。簡単に言えばペビンの上司だ」

「お前が上司……?」


 つまり倒さなければならない残り二人のうちの一人ということだ。


「よくもまあ、平然とした顔でイヴェアムの傍にいたものだな」

「ハハハ、結構楽しかったよ。内部から愚か者どもを操作するのはな」


 すべての者を見下すような笑み。初めて会った時は、優しくて穏和な人柄だと思っていた。


(けど、これがコイツの本性ってわけか)


 初印象とはかけ離れた本性に思わず苦笑を浮かべてしまう。


「お前が死んで、ずいぶんとイオニスたちが悲しんでいたぞ」

「あ~、イオニスとは同じ隊長格として切磋琢磨していたからな。必然と親しくもなる。まあ、どうでもいいがな」


 イオニスは本当に後悔していた。自分がもう少し強ければハーブリードを死なせずに済んだはずだと日色にも言っていたのだ。そんな彼女の想いを踏みにじっているハーブリードに対して怒りが込み上がってくる。


「ミミルをあそこから出そうとしたのは、やはり奪うつもりだったからだな」

「余計なものまでついてきたけどな。まあいい。ここでお前から奪わせてもらおうか」


 彼の背中から六枚羽が開く。同時に獰猛でどす黒い殺気が迸る。


「猫を被っていやがって。ふざけた奴だ」


 明らかに【イデア】に住む者たちとは異質的な強さを感じる。それはペビンと対峙した時に感じるものでもあった。


「ミミル、少し離れていろ」


 本当はずっと腕に抱えていた方が安全は安全だ。しかし『神人族』のいわば幹部と戦うのに、正直ミミルは邪魔である。


「ヒイロさま……お気をつけて」

「少なくとも、オレの目の届く範囲にはいろよ」


 ミミルはコクンと頷きを見せると、そこから離れていく。


「イヴァライデアの加護を持つ後継者にして、【イデア】の英雄と呼ばれし魔神殺し。異世界からの救世主。いろいろ呼び名が育ってるな」

「どれも認めたことはないがな」

「ハハハ、《文字使い》のヒイロ……シンク・ハイクラの二の舞になるだけの存在だ。ここで散ってもらおう」


 ハーブリードがユラユラと身体を動かし、日色を誘うように挑発的な笑みを浮かべてくる。迂闊に近寄ると危ういかもしれないので、日色は刀を抜き構えたままの姿を保つ。


「――《刃激創波(ブレイド・グランド)》っ!」


 何もないはずの床を突き破って、凄まじい勢いで鋭い刃が次々と日色に襲い掛かってくる。日色は設置文字の『飛翔』を使い空中へと回避した。

 そこへ狙い定めたように追ってくるハーブリード。その手には剣が握られている。

 キィィィンッと小気味の良い金属音が響く。火花が散り、日色とハーブリードが傍で睨み合う。


「最初の頃と比べてずいぶんと武器の扱いにも慣れたか?」

「くっ! だとしたら何だ!」

「異世界から勝手に呼び出されて、いきなり戦わされて、何故お前はそこまでイヴァライデアに従う?」

「別に従ってるわけじゃない!」


 日色は力いっぱい刀を振るい相手を吹き飛ばす。しかしハーブリードは、器用に空を動き回り体勢を整え、また突っ込んでくる。何度も何度も互いに交差して武器を交える。


「一つだけ聞いておこうか! 今ならまだこちら側につくことはできるが?」

「ふざけるな! オレはお前らを赦すつもりなどない!」

「そう言うと思ったよ。まったくもって理解しがたい。そこまで命を懸ける義理などありはしないだろうに」


 二人は空中に浮かんだまま互いの顔を見合わせる。


「義理で動いてるわけじゃない。オレはやりたいからやってるだけだ」

「ほう」

「アヴォロスの時もそうだ。オレには【イデア】でまだやりたいことがたくさんある。それを邪魔するお前らを許容することなんてできん!」


 今度は日色から突っ込みハーブリードの上方から刀を振り下ろす。だがハーブリードは簡単に右手で持った剣で受け止めると、左手に新たな剣を作製して突いてくる。

 日色は上体を逸らしてかわすと、そのまま隙をつくように『爆発』の文字を相手に放つ。ハーブリードは剣で防御するが、ピタリと文字が刀身にくっつく。


「爆ぜろ、《文字魔法》!」


 爆発音とともにハーブリードが壁へと吹き飛ばされていく……いや、よく見れば吹き飛んだのは彼が持っていた剣だ。

 背後から殺気――。


「《武器現界ウェポンズ・アルケミー》っ!」


 振り向くとハーブリードの周囲に数え切れないほどの剣や槍などの武器が出現し、真っ直ぐ日色へと迫ってきた。


「させるかっ!」


 設置文字の『防御』を発動させ、周囲に発現した《赤気》による防御壁が攻撃を弾いていく。


「……ふむ。さすがは《文字使い》ということか。この程度では傷一つつけられないか」

「舐めるなよ。これでも戦闘経験は豊富なんでな」


 この世界に来て、それこそ様々な者たちと戦った。中には死にもの狂いで相対した者たちもいた。明らかに自分よりも強い存在と戦ったことも。

 その度に知恵を生かし、魔法を駆使して生き残って来たのだ。この程度でやられるわけには到底いかない。


(しかし、リリィンには謝らなければな)


 神王と会うまでは力を温存するべきで、戦うことは控えた方が良かったのだが、こればかりは素通りすることはできなかった。


「出て来い、黄ザル」


 言葉の終わり、ボボンッと肩の上にテンが現れる。


「無事だったか、ヒイロ。ん? ……アイツが敵か?」

「ああ、奴を倒す。宿れ、黄ザル」

「あいさ!」


 テンの身体が粒子状に変化し、《絶刀・ザンゲキ》に吸い込まれていく。チラリと視線をミミルへと向ける。彼女の無事を確認した後、刀を強く握り直す。


「一気に片をつける!」

 


     ※



 日色とミミルが突然現れた腕によりどこか別空間へと引き摺り込まれたショックで、ミュアたちは呆然としていたが、状況がそれを許してくれはしない。


「――――――――皆の者、来るぞ!」


 スーの言葉と同時、少し離れた場所にいるシリウスからの斬撃が再びミュアたちに襲い掛かってきた。

 当然そのまま無防備に立っていると大きなダメージに繋がるため、皆はそれぞれ散り散りに逃げることになる。


「――――――――とにかく今はあの者を倒すことだけに集中を……」

「スー、前見て!」


 ノアが叫ぶが、少し遅くスーの目前に、いつの間にか詰め寄ってきていたシリウスが刀を振るおうとしていた。


「《炎塵全壊》っ!」


 突如、スーの前に白い炎の壁が出現し、シリウスの攻撃を阻む。


「――――――――ニッキ!?」

「師匠たちなら絶対ぜーったい無事ですぞ! だからここはボクたちがやれることをやるだけなのですぞ!」


 その言葉で、ミュアたちも正気を取り戻したかのように目の色が変わる。


「うん、そうだね、ニッキちゃん。ヒイロさんとミミルちゃんならきっと無事。テンさんもいないってことは、向こうにいるってこと。大丈夫、わたしたちはヒイロさんを信じてるから!」

「ん……ウイたちにできることは、ここから出ること」

「オッス! そして、父上たちを追いかけることです!」


 ミュア、ウィンカァ、レッカがそれぞれ意気込みを述べると、互いに力強いオーラを身体から滲み出していく。

 そこへ不満そうに口を尖らせながら、


「ちょっと待ってよー。コイツはおれ一人でやりたいんだけどなぁ」

「――――――――我が儘言うなノア。上にはさらに強い奴がいるのだぞ? お前はそいつと戦いたいのではなかったか?」

「あ、そういやそうかも」

「――――――――ならこの者はさっさと皆で力を合わせて打ち倒し、上に向かった方が良いのではないか? そうしなければヒイロに先を越されるぞ?」

「ズルい! それはダメ! よーし、全員でぶっ潰そう!」

「――――――――ふぅ、単純な奴で本当に助かる」


 スーもかなり苦労しているようだ。しかしあまりにも単純なノアに、ミュアたちもつい苦笑を浮かべてしまっている。


「方針が決まったところで、気をつけることね。また来るわよ!」


 ニッキの両拳に宿っている白炎からヒメの声が皆へと届く。


「――――《第一活性・プリームム》」


 シリウスがそう呟いた瞬間、爆発的に彼のオーラの力強さが増し、肉体的にも盛り上がりを見せる。刹那、その場から消えたと思ったら、いつの間にか上空へと跳び上がっていた。


「皆さん、気をつけてください! 何か来ます!」


 ミュアは皆に注意を促す。ミュアにはシリウスが何か巨大な力の塊を放ってくると感じられたのだ。その言葉を示すように、シリウスが身体のオーラを刀へと注ぎ、そのまま地上にいるミュアたちに向かって放つ。

 先程と比べるべくもないほど威力を高めた斬撃が、まるで落雷のように大地へと突き刺さる。その瞬間、地中に埋められた爆弾が爆発したがごとく、地盤がめくれ上がりながら大空へと舞う。


 無論その上にいたミュアたちも被害を受ける。とてつもない威力と効果範囲に、完全に防御できた者は少ない。

 気づけば大きなクレーターを形成し、その上に傷を受けたミュアたちが倒れていた。


「くっ……すごい……!」


 ミュアの正直な感想だ。あれだけの攻撃を放っておいて、地上に下りてきたシリウスはまるで準備運動でもしたかのような雰囲気だ。汗一つかいていない。

 その気になれば、今のを連発できるということなのだ。そう考えるとゾッとする。


「言ったでしょう。彼は一度最強を手にした男だと」


 そこへ無傷のペビンが現れて皆に言う。今までどこに隠れていたのか、神出鬼没は相変わらずである。


「彼を舐めない方が良いですよ。単純な強さで言うなら、ヒイロくんを超えています」


 確かに日色が強いのは肉体的能力ではなく、知恵と魔法を駆使した戦術とも言える。強いというより上手いといった方がしっくりくる。まあ、魔法で身体能力を上げればまた別の話にはなってくるが。単純な力強さでいえば、恐らくシリウスが最強なのだろう。


「僕はあなたたちの敵ですので、助言などはしませんが。精々気をつけることですね、彼の活性はまだ四段階残されているので。ではあしからず」


 そう言いながら彼はその場から消えてしまった。

 しかしちゃっかりと助言をしていくとは、よく分からない人物だとミュアは思う。


(けど、まだ四段階も強くなるの? これ以上……!)


 ペビンの助言はありがたいものではあったが、聞きたくない助言でもあった。今でも強いのに、まだ遥か上があると聞くと心が折れそうになる。


「へぇ、面白いね。まだまだ強くなるんだぁ」


 ノアは無傷だった。楽しげに口角を上げ、ウズウズしている様子もまた見せる。やはり彼は日色と引き分けただけあって、その実力に底が見えない。

 同じ《三大獣人種》と呼ばれていても、戦闘種族であり、攻めの『虹鴉』と呼ばれる所以は、その圧倒的な戦闘センスによるものなのだろう。


「大丈夫? ミュア?」

「ウイさん……はい」


 ウィンカァも無傷である。彼女もまた技の『金狐』と呼ばれる種族で、同じ《三大獣人種》の一人だ。その実力は、初めて会った時から群を抜いて強かった。


(そうだよ。わたしだって負けてない。わたしだって守りの『銀竜』なんだから!)


 力強い瞳でシリウスを見据えながら立ち上がる。


(それに今はわたし一人じゃない。ここには、仲間がたくさんいるんだもん!)


 チームワークが取れなさそうなノアはともかく、この場には戦いの主役になれるような者たちが大勢いる。自分一人で敵わなくても、皆で力を合わせれば必ず勝てる。


「ニッキちゃんも無事だよね?」

「はいですぞ!」

「レッカくんは?」

「オス! 自分も大丈夫です!」


 まだまだ戦いはこれからだ。必ずシリウスを倒して、日色の後を追うとミュアは固く決意した。



     ※



 その頃、日色は相棒であるテンを刀に宿し、ハーブリードと鎬を削っていた。しかし武器の扱いに関していえば、ハーブリードの方が巧みであり、単純なぶつかり合いでは少々日色の分が悪い。


「こう見えても俺はあらゆる武器に精通している。こうして好きな武具を練成することができるのでな」

「……それがお前の《クドラ》ってやつか」

「そう、《練成のクドラ》と呼ばれてる代物さ。さて、そろそろ第二ステージに移行するとしようか、【イデア】の英雄くん?」


 突然ハーブリードの全身から凄まじいまでのオーラが迸ったと思ったら、今までとは格段に違う速度で詰め寄ってきた。


「ちィッ!?」

「ほら! まずは一撃ィ!」


 瞬きすれば見失うほどの速度で放たれる剣閃を、上体を反らして何とか回避。僅かに斬られ宙を舞う日色の髪。そのまま日色は身体を回転させて刀を振るが、ハーブリードの姿をすでにそこにはおらず、


「――――上かっ!?」


 気づけば上から滑空するように向かってきていた。しかも彼の周囲には幾本もの剣や槍が浮かんでいる。それがビームのように真っ直ぐ突き進んでくる。


「《太赤纏・静》っ! 最硬不動っ!」


 身体に《赤気》を纏って、両腕を交差しつつ防御態勢を整える。飛んでくる剣や槍が身体を貫こうとするが、《赤気》の鎧に弾かれていく。


「やるじゃないかっ! 面白いっ!」


 今度はハーブリード自身が詰め寄り、手に持っている剣を横薙ぎに一閃してきた。そのまま日色は壁へと吹き飛ばされてしまう。

 勢いを殺すことができずに壁に激突してしまうが、すぐに壁から脱出して、残像を残すような速度でハーブリードの懐へと迫る。


「くは! 超加速ってやつかっ!」


 楽しそうに笑みを浮かべる彼を見て、彼もまた戦闘狂なのだろうと即断する。キィィンッと日色の攻撃をしっかりと自分の剣で受け切りながらもさらに上空へと舞い上がるハーブリード。


「……『超加速』の文字を使っても捉えられないとは、さすがに骨が折れるな」

「ハハハ! 見事だよ、異世界人! さすがはあのイヴァライデアに送り込まれた刺客だと言えよう!」

「だまれ異星人。その不必要にキラキラしてる羽を必ず斬り落としてやる」

「やれるものならやってみろ! 《爆塵烈襲》っ!」


 今度もまた彼の周囲に……今度は爆弾のようなものが現れる。それが雨のように降ってくる。恐らく日色の近くで爆発を起こすつもりだろう。


「そんなものまで生み出せるのか! 黄ザル!」

「おうよ!」


 刀が眩く光り輝き、


「――――《閃却万来(せんきゃくばんらい)》っ!」


 刀を胸の前に構えてそのまま高速回転する。光の軌跡が、幾つも折り重なって巨大化していき周囲に壁を形成する。そのまま大きく広がりを見せ、光の竜巻を形作っていく。

 その竜巻に触れた爆弾たちが次々と爆破していくが、中にいる日色には、その余波は届かない。

 すべての攻撃を防いだところで、竜巻を消しハーブリードと睨み合う。


「……もう終わりか、異星人?」

「面倒な相手だ、異世界人」



 ハーブリードの攻撃方法は遠距離近距離、それこそオールレンジ対応の万能さを有している。また武器を扱った攻撃は、日色のそれよりも格段に上なので、単純な近距離で戦えば日色の方がダメージを受けてしまう。

 かといって距離を取ったところで、すぐに武器を出現させ飛ばしてくるので注意をしなければならない。


(厄介な相手だが、やりようはいくらでもある)


 ただ、ここで四文字を使って全力を出すことはできない。敵はまだいるし、四文字のリスクを考えれば、ここで使用するのは控えた方が良い。

 だが相手の実力は高く、今まで《文字魔法》を研究していたように日色に文字を書く隙をなかなか与えてくれないし、書いた文字を相手に当てようとするものの、警戒されて必要以上に近づいて来ない。


 ならば……と、設置文字の『転移』の文字を発動させて、すぐさまハーブリードの後ろを取り刀で斬撃を放つ。


「それもワンパターンだ! 異世界人っ!」


 後ろ向きのまま宙に浮かせている武器群を放ってくる。どうやら奇襲は呆気なく失敗に終わったようだ。


「あまり俺を舐めるなよ? こう見えても神王様の側近だぞ」

「頭のいかれた奴の側近とは、同情を覚えるな」

「……何だと?」

「何もかも自分の思い通りに事が運ぶと思ってやがる。自分が神だと? 頭がいかれてるとしか思えないぞ」

「神王様を侮辱するなっ!」


 初めて見せる彼の怒りの表情。そのまま真っ直ぐ突っ込んでくるかと思いきや、ギュンッと方向転換して楕円を描き、日色の右斜め前方から剣を振るってきた。


「ちィッ!?」


 そして目眩がするような連続攻撃が繰り出され、何とか日色は防御をし続けるものの、攻撃速度と練度は相手の方が上。次第に僅かだが、身体に刃が走っていく。


「いいっかげん……にっ、しろぉっ!」


 目一杯刀を振るが、ハーブリードはすぐさま上空へと逃げ、またすぐに滑空してくる。もう設置文字は無い。この連続攻撃の間隙を縫って文字を書かなければ魔法は使えない。

 しかし防御を疎かにすると、一気に攻め立てられてしまう。一瞬たりとも気は抜けない。


「おい、ヒイロ! 《斉天大聖モード》くらい使えばいいんじゃねえか!」


 刀に宿っているテンから声が聞こえる。確かにそれならば戦闘力は大幅に上がるが、使い終わった後はかなりの体力と魔力を消耗してしまう。回復はできるといっても、神王がそれを許してくれるか……。


(悩んでても仕方ないか。こんな奴に負けるわけにはいかないからな!)


 上空から向かってくるハーブリードの攻撃を上手く身体を捻ってかわすと、彼から一定の距離を保つために飛び回る。


「行くぞ、テン!」

「おうさ、ヒイロ!」


 日色は刀を自分の胸に刺し貫いた。


「天下に輝け――――――――セイテンタイセイ!」


 日色を基点とした光の柱が顕現する。


「…………なるほど、それが《合醒》というやつか」


 日色の姿は先程とはうって変わったものになっている。黄色くて長い髪に、服装や刀も変化した。以前アクウィナス戦やアヴォロス戦で見せた《斉天大聖モード》である。


「伸びろっ、《金剛如意》っ!」


 手に持っている棒状の武器の先端をハーブリードへと向けると、そのまま魔法も使っていないのに伸びて相手に迫っていく。


「そんなものっ!」

「曲がれっ、《金剛如意》っ!」


 左にかわしたハーブリードを追って、突然直角に曲がる《金剛如意》。


「何っ!?」


 曲がるとは思っていなかったようで、虚を突かれるハーブリード。咄嗟に腹部を手に持った剣でガードするものの、《金剛如意》の威力に押し負け、そのまま壁へと激突してしまう。

 ようやく手応えのあるダメージを少しでも与えることができた。

 壁から出てきたハーブリードの表情は憎々しげに歪んでいる。


「貴様ァ……よくも」

「高みから見下ろしてるからそうなる。お前よりも強い奴なんて、この世界にはまだまだたくさんいるんだよ」

「ほざけぇぇっ!」


 またも武器をレーザーのように飛ばしてくるが、


「《金斗雲》っ!」


 足元に金色色に輝く雲のような物体が出現。そのまま雲がグイッと日色の前方まで伸びて壁を形成する。その壁に次々と向かってくる相手の攻撃が刺さっていく。しかしその背後にいる日色には攻撃は一切届いていない。


「ちっ! そのようなこともできるのかっ!? なら直接!」


 今度はハーブリード自身が残像を残すようなスピードで突進してくる。


「《斉天大聖モード》を舐めるなよ」


 何本もの髪の毛を抜いて空へと放り投げる。するとボンッ、ボンッ、ボンッと次々と日色と同様の姿をした分身体が出現し、ハーブリードの動きを鈍らせる。


「さあ、どれが本物か分かるか?」


 一斉に日色は分身体たちと同じ言葉をハーブリードにぶつける。


「まとめて消去するだけだっ!」


 彼の両手に現れる二本の鞭。手が見えないほど素早く動かして、周囲を囲っている日色たちを鞭で吹き飛ばしていく。


「くそっ、本物はどこだっ!」


 確実に焦りを見せ始めるハーブリード。その時、彼はふと何かの気配に気づいたように上を見上げる。

 そこには《金剛如意》を物凄い勢いで振り回している日色が浮かんでいた。


「お前には最大のコレをお見舞いしてやるっ!」

「な、ななななっ!?」

「くらえっ! 《閃極回巻》ィィィッ!」


 回転して円盤状になっている《金剛如意》を、下方にいるハーブリードに向けて放り投げた。


「そのようなものに、当たってたまるかっ!」


 当然彼は必死で逃げる。しかし日色はすでに《金剛如意》に『必中』の文字を書いていたのだ。つまり攻撃が当たるまで……。


「何っ!? 追ってくるだとぉっ!?」


 さらに、彼が逃げた先には分身体がおり、その身体で以て彼を拘束する。


「ぐっ……や、やめろっ、放せっ! 放せぇぇぇっ!」


 しかし無情にも日色の攻撃は分身体ごと、ハーブリードを呑み込んでいく。


「ぐわァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 そのまま床をぶち抜き吹き飛んでいったハーブリード。手応えはバッチリだった。

 地上にそっと降りた日色は《斉天大聖モード》を解いて肩を上下させる。


「ヒイロさまっ!?」


 近くで隠れていたミミルが慌てて駆けつけてくる。疲弊している日色を心配してのことだろう。


「大丈夫だ。思った以上は疲れてない。黄ザルも無事だな?」

「俺はまだまだイケルさ~!」


 日色の肩ではなく、地に足をつけているテンがVサインを見せてくる。日色は警戒しながらも床に空いた大穴から見下ろす。無論ハーブリードの様子を観察するためだが、かなり下まで行ったようで、彼の姿は見当たらない。


 ミミルが無事なことを考えると、倒れた振り……というわけではなさそうだ。死んでいなくとも、間違いなく大きなダメージを受けているはず。


「よし、先へ進むぞ、お前ら」

「え、あの……ミュアちゃんたちを待たなくてもよろしいのですか?」

「アイツらはアイツらにできることをしてくれてる。オレの役目は神王をぶっ潰すことだ。そうだろ?」

「ですが……」


 それでもミュアたちが心配なのだろう。彼女を安心させるために、


「連絡を取ろうと思ったらいつでも取れる。今は先に進むことだけを考えろ」

「…………」

「心配するな。ミュアたちは強い。どんな相手が立ち塞がっても乗り越えられるだけの力と経験は持っている。お前もアイツらを信じろ」

「ヒイロさま……」

「そうだぜ、ミミル! 信じることも力さ!」

「テンさん…………はい!」


 ようやく笑顔を見せて頷いたミミル。

 日色は螺旋階段の先を見上げる。何となくだ。何となくだが、もう少しで頂上に辿り着けるような予感がしている。


 そして先程からずっと感じていたことだが、この塔に入った瞬間に感じていた暴虐なまでの強いオーラがさらに強まっているように感じる。


(間違いなく先にいるな…………神王……か)


 一体どんな存在なのだろうか……。ハーブリードも強かった。そんな彼が忠誠を誓う相手。そしてあのペビンまでもが、倒すのに匙を投げるほどの人物。

 ここからが本当の死闘になるだろうと、日色は予感めいたものを感じていた。それと同時に、言い知れない胸騒ぎが止まらない。


(とにかく、そいつを倒さなきゃ話にならないんだ。どれだけ難しくても、オレがそいつに負けたら全部終わってしまう)


 神王を倒す。それだけを考えながら、日色はミミルとテンとともに、階段を駆け上がっていった。



     ※



 日色がハーブリードと対峙している頃、別空間にいるミュアたちも、アダムスの兄であるシリウスと死闘を繰り広げていた。


「其は波、あまねくものを飲み込む二の橙」


 ノアの《七色魔法》による攻撃。オレンジ色の液体が空間を割って出現し、津波のようにシリウスへと襲い掛かる。鉛のような重さと硬度を持つこの物体は、ビッグディッパーでも避け切れずに呑み込まれたもの。

 一度呑み込まれてしまえば、常人では抜け出すことも不可能である。


「――――《武界》」


 シリウスの周囲を包む空間内が、音を削ったかように静寂に包まれる。そして彼は両手に刀を持つ……。

「――――《双刀烈火》」


 橙色の波に向かって刀で十字に斬る。すると波に十字の亀裂が走り斬り裂かれてしまう。


「《炎塵全壊》っ!」

「《八ノ段・次元断》っ!」


 ニッキとウィンカァによる炎と斬撃のコラボ。白炎を纏ったウィンカァの斬撃が、真っ直ぐシリウスを斬るために大地を割りながら飛んでいく。

 また別方向からは、


「《雷の牙》っ!」

「《多重創造》っ!」


 ミュアがチャクラムである《紅円》に雷を纏わせて放出。レッカが複数の槍を創造して放射した。


「――――――――まだだ。追加でいくぞ。――ブレイクボルト!」


 スーによる雷撃がシリウスへと迫る。四方八方、逃げ道のない周囲からの攻撃。ノアの攻撃を防いだ瞬間という隙ができる時を見計らっての全体攻撃である。

 凄まじい威力が込められた、ミュアたちの同時攻撃で少なくともダメージは与えられるはずだとミュアたちは考ええていた。しかし……。


「――――《第二活性・セクンドゥム》」


 刹那、急激に膨らむシリウスのオーラ。筋肉もさらに隆起し、彼が立っている大地も、迸るオーラの圧力に負け亀裂が走っている。同時に背中に背負っている二本の刀も抜き、元々持っていた二本とを合わせて四本。二本ずつ右手と左手で器用に持ちながら構えるシリウス。大きくなった手だからこそ成せる芸当かもしれない。


 腕を上空へと掲げ、四本の刀の切っ先が天へと向く。そのまま目にも見えないほどの速度で大地へと振り下ろす。


「――――《四刀覇陣(しとうはじん)》っ!」


 四つの剣閃が軌跡を残し、まるでそれは獣の爪痕のように空間に刻まれ、それが徐々に拡大しつつ周囲へと、飛ぶ斬撃に変化して走っていく。ミュアたちの攻撃は、シリウスの斬撃に弾かれて霧散し、技を放ったミュアたちにまで斬撃がその命をとらんと向かっていく。


「――――――――避けるのだ! 皆の者っ!」


 スーの言葉と同時に、皆が一斉に今いる場所からの脱出を図る。巨大に変化した斬撃を避けるのは至難の業だったが、何とか全員……無事に回避することができた。

 しかしその間隙を縫って、まずはウィンカァとニッキの近くにシリウスが現れる。


「ち、近いですぞっ!?」

「ニッキ! 避け――」


 ニッキは叫び、ウィンカァが回避を促すが、突然懐に現れたシリウスの刀が、二人を襲う。


「「ああぁぁぁぁぁぁっ!?」」


 ただ一回。右手に持った二本の刀を振り下ろしただけなのに、ニッキとウィンカァの身体に無数の刀傷が走った。


「ニッキちゃんっ! ウイさんっ!」


 ミュアは彼女たちの名を呼びながら《銀耳翼》を発現させて素早く近づこうとするが、すぐにシリウスはターゲットを変更して、今度はスーの背後へと迫っていた。


「――――――――何っ!?」


 またも一閃。ニッキたちのように一瞬で身体を刻まれたスー。しかしそこへシリウスの背後から攻撃する者がいた。――――ノアだ。


 右手に持った《断刀・トウバツ》を天から地へと振り下ろし、シリウスを真っ二つにしようと攻撃を加える。しかしノアの気配に気づいていたのか、余裕を持った反応を示し、後ろを向いたまま身体を僅かにずらして紙一重で回避に成功する。


「……やるね、ゾワゾワしてきたよ」


 相手の強さに楽しげに歪むノアの口角。そのまま身体を回転させて、勢いをつけて刀で追随するノアだが、その攻撃もまた彼には避けられ、逆に二本の刀によって突きを放たれてしまう。


「おお!」 


 しかしノアもまた上体を反らして紙一重でかわす。そして互いに距離を保ち睨み合う。


「面白いね。ねえ、スー?」

「――――――――面白がっているのはお前だけだ、ノア。くっ……あの一瞬でこれほどの斬撃を繰り出すとは」


 人型になっているスーは、痛みに顔を歪めながらノアの隣に浮かぶ。


「でもまだアイツ、本気じゃないよ」

「――――――――そうだろう。あのペビンが言っていたことが真実だとしたら、あと三段階は強くなるはずだ」

「うぅ~! 楽しみだよ!」

「――――――――だから楽しんでいるのは……」


 瞬間、シリウスが両手に持っている刀を振るい、四つの斬撃を放ってくる。


「其は盾、万象を弾く五の青!」


 ノアとスーの周囲を青い壁が覆う。斬撃がその壁を斬り裂こうとするが、ノアも全力で防御態勢を整えているので軍配が上がったのはノアの方だった。

 斬撃は見事に壁に弾かれ明後日の方向へ飛んでいく。それを見たシリウスの眉がピクリを動き、悔しげに歯を食い縛る。


「――――――――どうやら狂気に落ちてはいても、自分の攻撃が通じなければ悔しいようだな」

「そんなの当たり前じゃないの? おれだって自分の攻撃を弾かれれば悔しいしさ」

「――――――――見ろ。また奴のエネルギーが膨らんでいくぞ!」


 スーの言った通り、シリウスの雰囲気がまた激化し、身体全体が赤くなっていく。


「――――《第三活性・テルティウム》っ!」


 再び筋肉が隆起し、見るからにパワーが備わっている身体つきに変化する。最初の頃と比べると二倍ほどの身体の大きさになっているだろう。

 さらに身体に纏っているオーラの密度も濃くなり、そこにいるだけで嵐のようにオーラが渦巻いている。


「おお~! また強くなった!」

「――――――――本当に厄介な奴だ。これがアダムスの兄……一度最強を手にした男……か」


 スーは地上を確認する。そこには傷だらけになったニッキとウィンカァを介抱するミュアとレッカの姿が映っている。傷だらけといっても、動けないほどではない。確かにダメージを受けてはいるが、一撃一撃はそれほど深くはないのだ。


 スーも急所だけは防御していたし、ニッキたちもまた同様である。すぐに戦線復帰できるだろう。


「其は偽、数多を顕現せし六の藍!」


 ノアの身体が藍色に包まれ、全身を包んだ刹那、彼の身体から次々と分身体が出現する。本体のノアだけを残して、全員がシリウスへと迫っていく――が、空気を斬り裂くような音が一つしたところで、向かっていたノアたちの身体が真っ二つに斬られてしまった。


 その場で刀を軽く振っただけで、分身体すべてを潰したシリウスに対し、ノアは恐怖よりも愉快さを表情に出す。


「いいよ! 其は瞬、光の如くあらゆる場へ赴く三の黄!」


 黄色い光がノアの身体を覆い、光のような速度で相手へと迫っていくノア。


「――――――――待てノア! 闇雲に突っ込んでも……ったく」


 スーの言葉を聞かずにシリウスと剣戟を続けるノア。そんな彼を一瞥してからミュアたちのもとへ降り立つスー。


「あ、スーさん」


 ミュアも彼に気づき声をかける。


「――――――――無事か?」

「大丈夫ですぞ! 師匠に頂いた回復薬でバッチリ復活したですぞ!」

「ん……全快」


 どうやらニッキもウィンカァも問題ないようだ。


「ですがどうされますか? また一段と強くなられたみたいですが……」


 レッカが不安気に空中でノアと戦っているシリウスを見上げる。


「そうだね。あの動きはさすがについていけない……かも」


 ミュアも、自分の速度では難しいと悟っているようだ。


「でもさすがは師匠と引き分けたノア殿ですぞ。相手の動きを完全に捉えていますぞ」


 ニッキは「お~!」と感心するように目を見開いている。


「――――――――アイツの戦闘センスは並外れているからな。戦っている最中でも強くなっていく」

「羨ましいです……でも、わたしたちにもできることはあるはずです」

「――――――――ほう。よく言ったな、ミュア」

「はい。前まではここでただ見守っているだけでしたが、今のわたしは、戦えるだけの力を持っていますから」


 ミュアの言葉にスーもまた頷きを返す。


「――――――――そうだ。確かにノアは強いが、相手もまだ強さを隠している。確実に勝利を得るためには全員が力を合わせた方が効率が良い。いいか、できれば奴がまだ本気になっていない今の内にトドメを刺すことを――」


 だがスーの思惑は外れる。さらに膨らむシリウスの力。


「――――《第四活性・クァルトゥム》っ!」


 爆発的に向上するシリウスのエネルギーに、さらに巨大化するシリウス。しかも片手ずつ持っていた二本の刀が、融合して巨大な一本の刀に変形する。また双刀スタイルに戻った。

 光が走った瞬間、ノアの身体に走る赤い筋。そこから大量の血液が噴出し、地面へと落下してくる。


「――――――――ノアッ!?」


 スーは咄嗟に彼を受け止め、傷口を見る。かなりの深手である。


「――――――――ノアでさえ避け切れない速度でだと……っ!?」


 常人には考えられない戦闘反射を持つノアの回避能力は凄まじい。それなのに、まともに一撃を受けるほどの速度で攻撃されたという事実。スーは愕然とした表情でシリウスを見つめる。

 空に浮かんでいた彼はゆっくりと地上へ降りてきた。


「ぐぅ……そ、其は癒、無限の傷を治癒せし……四の緑……」


 ノアは口から血を吐きながらも言霊を唱える。緑色の光がノアを包み、身体に受けた傷を治癒していく。


「…………ふぅ。危なかったぁ」


 ノアは危機一髪といった感じで大きく息を吐き出す。


「――――――――ノア、これでもまだ楽しいか?」

「え? 当然じゃん。だってアイツ、すっげえ強いし。こんな感じはヒイロと戦った時以来だよ」


 死ぬかもしれないほどの怪我を負わされてなお、この発言。明らかに戦闘狂という言葉を超越している。


「ん~けど、ちょっと一人じゃ厳しいかも。ねえ、スー、アレを使ってもいい?」

「――――――――そうくると思っていた。いや、そうしなければ奴の速度に追いつけないだろう」


 ノアは立ち上がり、刀を身体の前へと突き出す。


「――――宿って、スー」


 ノアの呟きに呼応するように、スーの身体が光の粒子に変化して刀に吸い込まれていく。そして光り輝く刀を、あろうことかノアは自分の胸へ突き刺す。それはまるで日色がある変化を遂げる時のように――。




 ――――――――――――天下に轟け、ヤタガラス!






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