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24:小さな命

 日色たちの目の前に現れたのは、先程アノールドが壁にめり込ませたはずのナグナラとペビンだった。


「お前たち……」


 二人の存在を視界に捉えたウィンカァから殺気が迸る。


「てめえら! また壁に埋まりてえのか!」


 アノールドもウィンカァの気持ちを察しているのか、その怒りは顔に現れている。


「うるさいのね! えっと、えっと……賊どもぉ!」

「……先程連絡員の方にもお聞きしたというのに名前を覚えていないのですね」


 溜め息混じりに言うペビンはやれやれと肩を竦める。


(……連絡員?)


 連絡員とは誰のことか……研究員ではなく連絡員というところに日色は引っ掛かりを持った。もしかしてあの一つだけあった馬車にでも乗っていたのだろうかと推測する。


「もう! ペビンはいちいちうるさいのね! これから死ぬ奴らのことを覚えていてもしょうがないのね!」

「まあ、それについては否定はしませんが。ですがあまりの記憶力の低さに少々憐みを感じます」

「違うのね! 興味が無いだけなのね!」


 どうやら相手は日色たちを殺すつもりで戻ってきたようだ。負けるようにも思えないが、ここがアウェイであり、何が起きるか分からない。

 それに皆が万全の状態ならいざ知らず、ウィンカァを止めるためにかなり消耗した後では、不安が無いとは言えない。即座にここから脱出する方が賢明である。


 ナグナラたちが言い争っている今のこの状況は少しこちらに有利に働き、この隙を狙ってここから逃げ出すこともできるかもしれない。

 そう思いアノールドに視線を送ると、彼もこちらの意図を組んだようで何も言わず頷く。しかしその時、ガクッと近くにいたウィンカァが突然膝を折る。


「ウイさん!?」


 ミュアがすぐさま駆けつけて彼女の肩に手を触れるが、よく見てみると彼女の顔色が悪い。そこでアノールドが口を開く。


「そ、そうか、無理もねえ。あれだけの暴走の後だ《反動》だって並じゃねえ」


 彼の言葉を聞いて、日色が『覗』の文字を使い彼女の《ステータス》を見てみると、《獣覚》時と比較にならないほど低下しているパラメータに吃驚。

 レベルは変わらないのに、今の彼女は日色よりも低いパラメータだった。恐らくこれが《反動》ということなのだろう。


 いつになったら戻るか分からないが、どうやら体調も優れない彼女に戦闘を期待するのは難しいかもしれなかった。

 そしてここから逃げ出す機会も失われたようだ。今の騒ぎでナグナラたちに注目されてしまった。


「おやおや、やはり時間を見計らって来た甲斐がありましたね。《ステータス落ち》が起きているようです」


 ペビンが頷きながらウィンカァに起こっていることを説明した。


「時間を見計らって来ただと?」


 日色が眉をひそめながら聞くと、ペビンは微笑を浮かべる。


「知らないのですか? 《獣覚》による暴走、それは通常三十分程度で治まるんですよ?」


 なにっ!? それなら無理して止めなくても良かったじゃないかとつい叫びたくなった。ギロリとアノールドを睨むと、彼も知らなかったのかポカンとしている。


「わざわざ放置しておけば自然に止まるものを、身を削ってまでご苦労様でしたのね。まあ、その無駄な努力のお蔭でこうして有利に立てるのね~」


 傷は治ったが体力は著しく低下しているアノールドと、戦闘もままならない体調のウィンカァ、明らかに戦う力など無いミュアをそれぞれナグナラは見つめる。


「まともに抵抗できるのは一人だけなのね……馬鹿みたいな努力なんてするからそんなことになるのね」


 嫌味ったらしく言葉を吐いてくる。日色も言い返そうと口を動かそうとしたところ、


「違います」


 驚いたことに先に反論したのはミュアだった。その場にいる誰もが呆気にとられたように彼女に視線を向ける。


「違う? 何が違うというのね?」

「あ、あなたは無駄な努力、馬鹿みたいな努力って言って笑いました」

「それが何なのね?」

「この世界に……笑われていい努力なんてありません!」

「…………」

「ヒイロさんやおじさんの努力のお蔭で、わたしは今もこうしてここに立つことができています! それにウイさんが必死で努力していたからこそ、わたしの声を聞いてくれたんです!」

「ミュア……」


 アノールドは思わず彼女の名前を呟いていた。日色もまた、彼女がこんなふうにハッキリと自分の意見を他人に向かって言えるとはビックリしていた。


「確かに努力をしたからといって報われるとは限りません。ですが努力は前に進むために必要なことだと思います! だから! 無駄な努力なんてないんですっ!」


 両手を胸にやりながら必死に体を震わせ声を張り上げる。そんなミュアの姿を見て、ウィンカァは頬を緩めた。そしてそのまますぐに表情を引き締め《万勝骨姫》を支えにして立つ。


「ん…………ミュアの言う通り。努力は必要」

「その通りだミュア。まったく、俺のセリフを我が娘に取られちまうとはな!」


 アノールドはミュアに嬉しそうにウィンクをする。


「おじさん……」


 ミュアはそこで何気なく日色の方を見た。


「笑われていい努力なんて無い……か。言うようになったなチビ」


 日色は確信していた。ウィンカァとの戦いで、ミュアは大きく成長したのだと。正直、アノールドの後ろにいて守られるだけの存在でしかなかったのに。

 彼女もまたかつての自分のように強さを欲しているからこそ、こうして悪党どもに立ち向かっていけているのだろう。


 そんなミュアの逞しさを垣間見ると、日色はナグナラを睨みつけながら言う。


「だそうだ、何か反論はあるかデブ()

「デ、デブ男……?」


 もちろんナグナラに対してのあだ名だ。まさに見たまんまの分かりやすいあだ名だ。


「ぷ……」

「何笑ってるのねペビン!」

「あ、失礼しました。あまりに的を射た呼び方だったのでつい」

「ついじゃないのね! う~もう怒ったのね~!」


 ナグナラは顔を真っ赤にしながら鼻息を荒くしているが、ペビンは全く反省していないのか平然としている。

 

「オッサン、オレがさっきみたいに穴を作る。そこから逃げるぞ?」


 相手が何をするか分からず警戒しながら日色はアノールドに提案する。


「……その方がいいな。ホントはコイツらぶっ飛ばしてえが、ミュアもいるしウイもこんな感じだ」


 そう言えば、自分以外は戦闘面に不安があることに日色が気づいた。穴を作って逃げても疲労したアノールドたちは、すぐに追いつかれてしまうかもしれない。

 なら安全策として、やはりまずはこの二人を先に倒す方が良いという考えが日色の脳裏に過ぎる。


「大丈夫」


 二人の話を聞いていたのかウィンカァがこちらに声を発する。


「大丈夫ってウイ……」

「まだ戦える。みんなはウイのために必死になってくれた。だから今度はウイがみんなを守る」


 力強い瞳を向けてはくるが、正直今の彼女にここから戦闘力は期待できなかった。ナグナラが何か仕掛けてくるだろうが、それを突破できるのか不安を覚えた。


「あ~もう! このストレスはコイツらを皆殺しにして解消するのね! ……ん?」


 憤慨ムードのナグナラだったが、何かに気づいたように不愉快そうに顔を歪める。


「何なのね? 死んでるのねコレ?」


 彼の足元にあるのはスカイウルフであり、ウィンカァとともにここへやって来たハネマルの死体だった。


「血塗れで汚いのね」


 ガシッとハネマルの顔を蹴り上げる。それを見たウィンカァはカッとなって、


「殺すっ!」


 我を忘れたように向かおうとするが、何とかアノールドが、彼女の身体を背後から掴み制止させる。


「お、落ち着けウイ!」

「は、離して! アイツ……殺す!」


 ハネマルは自分を守って死んだ。そんな友達を足蹴にしたナグナラに憤るのはよく分かる。だがこのまま向かって行くのは向こうの思う壺でもある。だから――――――パシンッ!


「……え?」


 瞬間、日色はウィンカァの頬を叩いた。


「目を覚ませアンテナ女。オレらの行動を無駄にするつもりか?」


 叩かれた本人も、それを見ていたアノールドとミュアもポカンとしている。


「ここでお前が暴走したら意味が無いだろ」


 だがそんな日色の叱咤のお蔭で、ウィンカァの極限にまで開いていた目が元の大きさに戻っていく。彼女は若干目を伏せがちに赤くなった頬に触れる。


「ん……ゴメン」


 日色は、立っているが明らかに疲労で震えているウィンカァの足を見て、このまま一緒に逃げても追いつかれると推察した。


「冷静になったのならコイツらの相手はオレに任せろ。お前はさっさとオッサンたちと一緒に後ろのB棟から脱出しろ」

「え? お、おいヒイロ?」


 アノールドが、慌てて声を掛けてくる。先程日色が穴を作り、そこから逃げろと言っていたのに、やり方が変わっていることが疑問に思ったのだろう。


「さっき言った穴の件は無しだ。どうせコイツらが邪魔してくるだろうし、それよりもB棟から脱出する方法の方が簡単そうだ。オッサンたちがB棟に逃げ込むまで、オレがコイツらの相手をするから、さっさと行け。満身創痍(まんしんそうい)のオッサンたちがここにいると邪魔なだけだ」


 魔力量もずいぶん少ない気もする。もし穴を作る時に邪魔でもされたら、魔力が無駄に消費してしまう。それに先程考えたように、まずはナグナラたちを何とかした方が確実だと判断した。

 だからできればアノールドたちには、日色がナグナラたちの相手をしている間に後ろのB棟から脱出してほしいと思った。時間さえ稼げば追いつかれるリスクも減るだろう。


 日色の物言いに何か言いたげなアノールドだが、グッと言葉を飲み込んだような表情をすると、


「……そうか。……よし、分かった!」


 納得したようでアノールドは大きく頷いてくれた。

 一度あっさりと倒している相手だから日色なら問題無いとでも思っての了承だろう。


「ウイも……いいよ」

「わ、わたしも足手纏いにならないように動きます!」


 ウィンカァもミュアも心は決まったようだ。しかしその時、ウィンカァが小さく「あ……」と言葉を漏らす。


「ど、どうしたんですかウイさん?」


 ミュアはそんな彼女の様子が気になったようで言葉をかける。そして彼女がジッと一直線に何かを見つめていることを知り、同じように視線を向ける。

 ナグナラたちも釣られたように同じ所を見つめる。


 そこはハネマルの死体があるところ。ミュアはやはり彼女はまだ割り切れていないのだと思ったのか悲しげに表情を曇らせる……が、


「……動いてる」


 呟き声がウィンカァからしてミュアは「え?」と思わず顔を上げて彼女の顔を見つめる。すると彼女はある場所を指を差す。そこはハネマルのちょうど後ろ脚の付け根の所だった。


「ウイさん? 何が……」

「見て」

「……え?」


 ウィンカァが言うと、ミュアはアノールドと顔を見合わせ一緒に視線を向ける。すると彼女が言ったように確かに微かだがその部分が動いていた。

 お腹から後ろ脚の方にかけて、まるで内側に何かがいるかの如く動いている。三人は何事かと思い固まっていると、一瞬ピタッと動きが止まった。


 もしかして何かの見間違いかと思った矢先、今度はお尻の方から(おびただ)しい血液とともに小さな物体が流れ出てきた。


「……あっ!?」


 ミュアの叫びに、その場にいる誰もがその物体に意識を集中させた。


「……クゥ~ン……」


 それはまさしく小さなハネマルだった。ウィンカァは目を見開いて、その目から涙を流した。


「お、おい、まさかハネマル……身籠ってたってことか?」


 アノールドの言葉は間違いないだろう。ハネマルはそのお腹に小さな命を宿していたのだ。


「ええ~、ここでそんな感動はいらないのね!」


 突然ナグナラが懐から何かを取り出し、生まれたばかりのハネマルの子供に向かって突き出す。


 そしてそれが拳銃のような形をしているので、日色は瞬時に飛び道具だと判断する。


(おいおい、この世界にも拳銃があるのか!?)


 鉛玉が飛んでくると寒気が走った日色だったが、銃口から放たれたのは青白い光の球だった。それが真っ直ぐ小さなハネマルへと向かっていく。恐らく魔力で形作られた弾丸のようなものだと推測。

 それが生まれたばかりの赤ん坊に直撃すれば、あとは簡単に想像できる。


 ――――――バシュンッ!


 驚いたことに、弾丸はハネマルの子供に当たる寸前で弾かれ霧散した。

 それを行った人物は――。

     

「――――――やらせないっ!」


 ウィンカァだった。彼女は苦しそうに息を乱しながらも右手に持った《万勝骨姫》でハネマルの子供を守ったのだ。

 

「む~おかしな奴らなのね。そんなモンスターを庇うなんて、正気の沙汰とは思えないのね」

「この子は……今度こそ守る!」


 ウィンカァはハネマルの子供を背にして決意を口にした。そしてハネマルの子供もまた、そんな彼女の背中をジッと見つめている。


「……そんなに死にたいのなら、そこでその獣と一緒に血塗れになって死ねばいいのね!」


 ナグナラが再び銃を構えて撃とうとした時、彼に近づく影が一つあった。日色である。


「潰れろ!」


 日色は刀でナグナラを攻撃しようとする……が、突然ナグナラを庇うようにペビンが現れる。


(なっ!?)


 驚く日色を尻目に、ペビンは懐から出したビー玉のようなものを右手の人差し指と親指で挟み、力を込めて割った。

 すると割れた玉から目を覆うほどの光が生まれ、日色も視界が奪われ、そのまま突っ込むと危険なように感じ、思わずその場から距離を取るために後ろへと下がる。


 光は一瞬で収まったが、日色は光のことよりも別のことに気が向いていた。


(……アイツ)


 それはペビンだ。糸目が特徴の彼は、何事も無かったかのように佇んでいる。別にナグナラを庇った時の動きの速さはそれほど素早くはなかった。

 すぐ近くにいたペビンなら少し動けば庇えるだろう。しかし間近で相対した時、日色の背中にゾクリとしたものを感じさせた。


(……何者だアイツ?)


 ただの研究員ではないのかという疑問が浮かぶ。何故なら先程アノールドにあっさりやられていたのだ。弱い奴だと思ってしまうのも無理はない。

 だが今のやり取りで、不気味なものを感じてしまい警戒を高める。


「くふふ~、ペビンありがとなのね~。でも眩しかったのね~」

「いえいえ、これでも一応所長の補佐ですから」


 そんな場の雰囲気に合わないのんびりとした口調に、これ以上相手にすればまずい状況に陥るかもしれないと判断する。


「おいアンテナ女、そいつを連れてさっさと脱出しろ」

「ヒイロ……?」

「ここにいても今のお前じゃ、あのデブ男相手ですら足手纏いだ。それに……」


 チラリと視線をペビンとナグナラに向ける。奴らの実力が未知数な以上、ここにいては危険だ。


「とにかく行け。オッサン、そいつらを連れてさっさとここから出ろ」

「ヒイロはどうすんだ?」

「さっきも言ったが、誰かがコイツらの足止めする必要があるだろ? それにまだ用事が残ってる」

「用事? な、何のことか分からんが、とにかくすぐに追ってこいよ! 行くぞ二人とも!」


 アノールドの掛け声に、二人は頷きを返す。そしてウィンカァは、ハネマルの子供と視線を合わせる。


「……信じてくれる?」

「…………クゥン」


 鼻先で彼女の手に触れる。彼女は優しく微笑むと、そっと抱き上げる。


「ミュア、アノールド、行こ」

「わ、分かりました!」

「おう! ヒイロ、後は頼むぞ!」

「いいからさっさと行け。集合場所は別に言わなくていい。こっちで探せる」

「分かった!」


 三人は日色を背にして出口へと向かう。だがナグナラは不敵に笑みを浮かべると、


「そうはいかないのね」


 今度は懐からリモコンのようなものを取り出す。


「その顔を絶望に歪むところを見せるのね!」


 そのリモコンにはスイッチのようなものがあり、それに触れようとする。


(ま、まさか……っ!?)


 そう思ったがもう遅かった。ナグナラがリモコンを操作すると、突然上空から爆発音が響く。

 反射的に上を確認すると、上空を覆っていた格子が破壊されて、その残骸が雨のように降ってきたのだ。

 叫び声が、アノールドたちが向かった方向から聞こえる。


「くふふ~、もっと叫ぶがいいのね~!」


 ナグナラの苛立つ笑い声が耳を通り過ぎ、さらに爆発音が大気を震わせる。

 日色は咄嗟に『防』の文字を書いて発動させた。青白い壁が日色の周囲を覆いバリアーの役目を担う。次々と落ちてくる格子の破片が衝突しては弾かれていく。


 遠目では分からなかったが、格子はかなりの太さであり、重さも相当なものだろう。しかも何重にも重なった作りをしていたようだ。

 それが雨のように降ってきたのだから、もし直撃していれば一発であの世に行っていても不思議ではなかった。


 だが日色はそこで後ろの出口、B棟に向かっていたアノールドたちのことを思い出す。周囲は土煙で満たされ視界が悪い。

 周囲を確認してみるが、どうやらナグナラたちはいつの間にかいなくなっていた。


(アイツらは無事なのか……?)


 そう思った矢先、今度は日色の近くにあるA棟の壁が爆発する。


「何だとっ!?」


 思わず身構えてしまうが、飛び散ってくる破片からは『防』のお蔭で身は守られている。しかしここに入って来たA棟の入口は完全に塞がれたようだ。


「面倒なことになったな……」


 舌打ちをし、とりあえずここから脱出しなければならないと思うが、今度はB棟の方から大きな爆発音が聞こえる。


「オッサンたちの方か!」


 B棟も破壊して完全に生き埋めにするつもりのようだ。A棟の中にはもう入れない。


 ……ん? A棟……?


「…………ああぁぁぁぁっ!」


 A棟にはある場所へ向かう大切な理由があった。

 それは無論、日色の一番の目的である研究資料などが収められている書庫のことだ。ここに来て脅した研究員がA棟にそれはあると教えてくれた。


 そしてそこにはここの実験場からしか行けないとも言っていた。

 ここに残り、アノールドたちと別れたのもその部屋に行くためだったのに、爆発のせいで入れなくなっていたら目も当てられない。


「やばい!」


 日色はA棟の壁の右端に注目する。そこに中に入る扉があると聞いていた。目をぎらつかせて確認してみると、どうやらまだ完全には壁が破壊されずに残っていた。

 急いで扉に向かい、室内へと入る。中はそれほど広くないが、幾つかある棚にはギッシリと資料が埋め込まれていた。


 知識欲がこれでもかというくらい疼き出すが、いつここが崩れ出すかもわからないので急ぐ必要があった。本来ならここにある全てのものに目を通したいが、そうもいかない。

 悔しくて歯噛みしながらも、何とかより多くの資料を持ち運べるようなものが無いか周囲を確認する。すると大きな布に包まれた機材を発見する。見た目は風呂敷だ。


 この風呂敷をとって詰め込めるだけ詰めて持って行こうと思い機材から剥がす。そして幾本も読み続けたその慧眼で、持って行く資料をサッと確認して詰めていく。

 どっさりと回収すると、風呂敷を背中に背負う。普通ならかなりの重さにうんざりするが、日色にとってこの重さは心地好いものでもある。


 背負った直後、天井から軋み音が聞こえ、咄嗟に扉から出ると、すぐさま天井が落ちて室内は侵入不可能になった。


(危なかったな……)


 だが目的のものは手に入った。あとはアノールドたちを追っかけていけばいいと思うが、資料を手に入れてホッとしたことで、ふと体にかなりの脱力感を感じる。

 そういえばここに来てからも魔法はかなり使用した。魔力も相当減っているはずだ。


 この後に何があるか分からないのでここで一度補給しようと思い、腰に下げているはずの小さな袋を手に取ろうとする…………が、見当たらない。


「……は?」


 まさかどこかに落としたのかと思い周囲を窺う。しかし今のこの状況で足元を探し回るのは危険極まりない。いつまた爆発が襲って来るとも限らないのだ。

 できれば一刻も早くここから離れる必要がある。まさかこんな事態が起こるとはと歯噛みしながら、B棟に向かう道を塞いでいる格子の塊に視線を泳がした。






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