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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
239/281

239:日色一行VSエクヘトル

「姉……だと?」


 ベガからの突然の告白に一同は息を呑む。討つべき敵の親玉である神王サタンゾア。その姉が今目前にいるということに皆の思考が止まりかけていた。

 日色もまた、思わず口に出して呟くほど驚きを得るほどのものだ。そしてその視線はペビンへと向く。彼はさすがに知っていたようで平然としていたが。


(あの野郎、最初から言っておけよな)


 心の中でペビンについて愚痴を溢すが、当の本人は素知らぬ振りである。


「驚かれたと思いますが、サタンゾアは私の弟でございます。この星に辿り着き、支配者に君臨しようとする弟を私は止めることができませんでした。……いつか弟も目を覚ましてくれると信じ、結果、大切な友人たちを失うことになりました」

「……それがアダムスとイヴァライデアってわけか?」

「……はい」


 自分と血が繋がった家族が、友達を傷つけ、あまつさえその友達の世界を牛耳ろうとしているのだから、彼女の心痛は酷いものだっただろう。


(もしかしたら、神王の力に抗えているのは、同じ血が流れてることも理由に入っているのかもしれないな)


 そう考えれば、他の『神人族』たちが抵抗できない力に抵抗できている理由も説明がつく。


「結局、あの子は自らの欲望のままに突き進むことを決めました。姉として止めるべきでしたが、止めようと思った時はすでに遅く、私に残されていた力はほとんどありませんでした」


 例の《腐蝕病》とやらが限界まで身体を蝕んでいたのだろう。


「あなたの中に、イヴァライデアの力があるのは一目見て気づきました」


 チラリと日色を見てくるベガ。


「……今度こそ、力になりたいのです。何もせずに後悔することは、もう望みません」


 強い意志。彼女の瞳には偽りの光は宿っていなかった。彼女は本気で日色の力になることを望んでいることが伝わってくる。


「弟に再現された今の私に残されている力も限られているでしょう。ですが最後まで、あなたたちを支えさせてくださいませ」


 ミュアたちは彼女の想いに心を打たれたように日色に賛同の眼を向けてくる。


「…………分かった。なら全力で支援しろ。それが償いと思っているのならな」


 日色の言葉にベガは嬉しそうに笑みを浮かべ「はい!」と答えた。


「目標はあのデカブツだ。必ず破壊して、ここから出る。そして、神王をぶっ潰すぞ」


 皆が「はい!」と力強く返事をする。


「防御面に関しては私に任せてください。ですが私の《静寂のクドラ》は、味方の戦闘意志までも消そうとしますので、攻撃する時は私の作るフィールドから出てくださいませ」


 そう言うベガに対し、日色は頷きを見せると、レッカとミュアが一歩前に出る。


「父上、この場は自分たちにお任せください」

「そうです。リリィンさんが言った通り、ヒイロさんは力を温存してください」

「お前ら……」


 リリィンはミュアたちに言った。日色を無傷で神王のもとへ辿り着かせろと。戦闘に参加させれば、日色の力を消耗させてしまう恐れがある以上、リリィンの考えは的を射ていると、ミュアたちは考えているのだろう。


「ベガさんもあまり無茶はしないでくださいね」

「……ありがとうございます。お優しいのですね、あなたは」

「いいえ。ただ……自分の無力に嘆いてしまう気持ちが分かるだけです」


 ミュアは空に浮かぶ《エクヘトル》を睨む。


「レッカくん、準備はいい?」

「オス! 自分は万全です!」

「なら、行くよ!」


 ミュアとレッカは二人して同時に、ベガが作り出した緑色のフィールドから出て、そのまま真っ直ぐ《エクヘトル》へと迫っていく。

 《エクヘトル》からもターゲットを彼女たちに定めたようで、再び例のビームを連射して仕留めようとしてきた。


「《銀耳翼》っ!」


 ミュアの獣耳が姿を変えて翼へと変化。大地を蹴り出し空へと舞い上がっていく。

 レッカもまたその小さい身体で素早い動きを見せてビームを軽やかにかわし距離を詰める。


「《雷の牙》っ!」


 ミュアが装備している二つのチャクラムである《紅円》を投げつける。ミュアの《化装術》によって雷を帯びた《紅円》が相手を斬り裂こうと向かって行くが、《エクヘトル》から出てきた複数の小さな水晶玉が重なり合って盾のようなものを作り出した。

 その盾によって《紅円》は弾かれてしまう。


「やっぱりそう簡単には倒させてくれないよね!」


 弾かれた武器を空を移動しながら手にしたミュアは、飛んでくるビームを避け続けながら相手を観察する。それと同時に地上にいるレッカの様子も見た。

 彼はビームを器用に回避しながらジャンプする。


「あっ、ダメだよレッカくんっ!」


 何故なら空中では相手の攻撃をかわせない。ミュアのように自由に移動できる翼など彼は持っていないからだ。

 彼にビームが迫る――――が瞬間、彼の足元に青白い魔力で形成された板のようなものが出現し、それを足場にしてさらにジャンプをするレッカ。


「レッカくん……!?」


 日色ともミュアとも、そしてテンとも違う空の移動の仕方。魔力を実体化させてそれを空中に固定させることにより足場を作る。


「アイツ……あんなこともできたのか」


 日色も驚きである。


(あれなら確かに空中を移動することはできるが、そうそう簡単にできることじゃないぞ)


 魔力を実体化させるには、かなり密度の高い魔力を生み出すことが必要不可欠であり、なおかつそれを一か所に留める技術が要求される。


(魔力コントロールはオレより上かもしれんな。恐ろしい才能だ)


 まだ八歳のはずなのに、あれだけの技術が備わっているとは末恐ろしいものを感じる。さすがは伝説の勇者である灰倉真紅と、その恋人――『精霊の母』の転生体であるラミルの子供の生まれ変わりだ。


(まさにサラブレッドってところか)


 レッカは跳ぶ度に足場を作り階段を駆け上がるように相手に肉薄していく。そしてある程度近づいたところで、彼の右手から魔力が溢れ小さなナイフを形作っていく。そしてそのまま相手に投げつけた。


「――――《多重創造》!」


 突如、投げたナイフが一瞬にして数え切れないほどの数に分裂した。


(あれがレッカのユニーク魔法――――《創造魔法》か)


 彼の魔法は、自らの魔力を駆使し、思い描いたものを創り出すユニーク魔法である。以前、日色と戦った時にも、彼はこの魔法で自身の分身を創り出したこともあった。

 しかしこの魔法にも幾つか制限やリスクは存在するという。簡単なものでいえば、極めて複雑な構造をしているものを創るにはそれ相応の時間と魔力を要する。


 自分という存在であればそれほど無理なく創り出せるが、他の生命体は創り出せない。仮に創り出せても動くことのできない人形のような見かけだけのものだけ。

 また相手の魔法などを創造することはできない。ただし、火や風などを魔力を使って出現させることは可能だ。


(つまりその気になれば、レッカは全属性の魔法を扱えるというわけだな)


 今まで出会った人物の中でイヴェアムが最も多くの種類の属性魔法が使えたが、彼女は光魔法は使えない。しかしレッカは光を創造することができるので、全部の属性を扱うことができるのだ。

 加えて日色にも勝るほどの魔力コントロール。さすがは勇者の子供の転生体である。その身に秘めている力は計り知れない。


 レッカの攻撃を防ぐために、ミュアの時と同様に壁を作る《エクヘトル》。その壁にレッカのナイフ群も弾かれた。


「くっ! 堅いです!」

「レッカくん! 様子が変だよ、気をつけて!」


 ミュアの言葉通り、氷のようにクリアな色をしていた《エクヘトル》が、次第に毒々しい紫色へと変化。

 日色はすぐさま『鑑定』の文字を使い、相手の情報を得る。


「っ!? お前らっ、そいつに絶対触れるな! 今のそいつは毒属性を持ってるっ!」


 確認した結果、《エクヘトル》の全体が毒に覆われていることを知った日色は彼女たちに情報を伝える。だがベガが大きな声を張り上げて日色の言葉を打ち消す。


「いいえ! そのままで構いません!」


 ベガは両手をサッと《エクヘトル》へと向けると、日色たちを覆っていた緑色のフィールドが《エクヘトル》へと放出される。そして相手に触れた静寂のフィールドが、一気に《エクヘトル》の全体を覆い、毒々しい紫色から、再びクリアな色へと戻っていく。


「どうぞ! 今の内に攻撃を!」


 ベガの叫びに呼応して、ミュアとレッカが動く。


「《迅雷転化》っ!」


 ミュアの全身から雷が迸り、雷化していく彼女の身体。


「《多重創造》っ!」


 空中に立っているレッカの分身体が次々と生まれ、《エクヘトル》の周囲を覆い尽くしていく。


「いきますっ! ――《千楽の銀雷》っ!」


 ミュアの《銀耳翼》がはためき、銀の粒子が雷と混合して、銀色の雷を生む。相手の頭上へと投げつけた帯電状態の《紅円》。そこからまさに千の雷となって《エクヘトル》へと降り注ぐ。


「自分もいきますっ! 《吹雪の舞い》っ!」


 魔力で形作った刃状のものを分身したレッカたちが槍投げのように放った。

 ミュアたちの攻撃が届く瞬間に、ベガは相手を覆っている静寂のフィールドを消す。そうしなければ、ミュアたちの攻撃がフィールドに触れた瞬間に霧散してしまうからだ。

 だがそれと同時にベガはまたも血を吐いて膝をつく。そしてミミルが彼女の傍につき介抱する。

 ギリギリまで静寂に包まれていたせいで、防御できなかった《エクヘトル》は、ミュアたちの攻撃をまともに受けてしまった。


(あれだけの攻撃を受けたんだ。これで終わったはず……)


 と、日色が考えた瞬間、《エクヘトル》から四方八方に向けてウニのような鋭い針が伸び、周りにいるミュアたちに襲いかかった。

 


 敵から伸び出てきた無数の針に、相手の周囲を囲っていたレッカたちが次々と身体を貫かれて弾けていく。

 本体であるレッカは敏捷な動きを見せて針を回避しているが、やはり創造した分身はスペック的に大分衰えがあるようだ。


 ミュアもまた《銀耳翼》をはばたかせ、空を自由に翔け回り避けている。しかしその光景を見ていた日色は難しい顔で《エクヘトル》を観察していた。


「あれだけの攻撃をまともに受けておいて反撃までできるとは……」

「けどよ、無傷ってわけじゃなさそうだぜ」


 日色の肩に乗っているテンが言うように、《エクヘトル》の身体……といっていいのか分からないが、あちこちに細かいヒビが入っているのが確認できる。

 ミュアとレッカの合同攻撃により、確かなダメージは与えられているようだ。

 しかしすぐに反撃をしたということは、まだまだ余力は残されているということでもある。その証拠に――――


「こっちにも来るぞっ!」


 日色たちに向けても《エクヘトル》の針が伸びてくる。


「さ、させません!」


 だがすぐにベガが静寂のフィールドを張って針を消失させていく。


「ごほっ、ごほっ、ごほっ……!?」

「ベガさんっ!?」


 ミミルが盛大に咳込むベガへと駆け寄る。


(どうやらこのフィールドもそう長くはもたないようだな……)


 もし彼女が完全にダウンすれば、さすがに日色も、身を守るために魔法を使わざるを得なくなるだろう。


「……ヒイロ、俺もミュアたちを手伝ってくるぜ! いいだろ?」

「待て、テン」

「え? 何でさ?」


 テンもまた、ここは自分の力も使ってさっさと相手を倒した方が良いと判断したのかもしれない。しかしできればテンを戦わせたくないのが本音である。

 この戦いはどこかで神王が見ているとペビンは言っていた。そして神王は、一度見た技を再現できる能力を持っているので、こちらが手の内を明かせば明かすほど、それに対しての対処法もそうだが、まんまと技を盗まれる恐れもあるのだ。


 テンとはともに神王と戦うつもりでいるので、ここで彼の技を見せるのはリスクが高いように思えた。

 日色は視線をミュアとレッカに向かわせる。すると彼女たちも視線に気づき、顔を向けて力強く頷きを見せた。ここは任せてほしいと言っているのだ。


(ここは、アイツらを信じてみるか……)


 そう思い、テンに対し厳命しておく。


「……お前の出番はまだだ。ここはアイツらに任せるから、絶対手を出すな」

「け、けどこのままじゃ……」


 テンがベガを見る。彼の言いたいことも分かっていた。だが先を考えると、やはりここは温存する方が良いと判断する。

 それにミュアとレッカは、まだ本気ではない。相手もダメージを負っている。ここは最後まで彼女たちに信を預けてみる。日色はそう決めた。


「いいから黙って見てろ。ホントに危ない時だけに手を貸せばいい」

「ホントーにそれでいいのか?」

「ああ、それに保険は前もってかけてあるしな」


 だからミュアたちは大丈夫。それよりも……と、ベガに近づく。


「ヒイロさま……」


 不安気に彼女を介抱しているミミルの顔が歪んでいる。


「少し離れてろ、ミミル」

「は、はい」


 もうそろそろ身体が限界を超え始めているのか、頬はこけ痩せ細っているし、生気も弱々しくなっている。


(コイツの病気を治すことができれば、少なくともこのフィールドはまだ維持できるはず)


 指先に魔力を宿すと、彼女の手を取る日色。そしてその甲に文字を書こうとした時、彼女が手を重ねてそれを止めてきた。


「はあはあはあ……無駄…………です」

「何だと?」

「……イヴァライデアさんにも……試して……頂きました……が……」


 首を左右に振るベガを見て、日色は神の魔法でも彼女の病気を治せなかった事実を知る。


「この病……は……【イデア】のもの……ではない……ということが問題だった……ようなのです……」


 ベガは異星人であり、元々【イデア】の住人ではない。いくら《文字魔法》が強力でも、最大効果を発揮できるのは【イデア】と強く結びついているという繋がりがあってこそ。

 しかし彼女にはそれはない。魔法の恩恵を完全にその身に受け取ることができないということなのかもしれない。


「だが、試してみる価値はある」


 それでも自分の眼で確かめなければ納得しないのが日色である。指先を彼女の手の甲にピタリとつける。


「お待ち……ください……。魔力の無駄に……」

「黙れ。無駄かどうかなんて、オレが判断する」

「っ!?」


 彼女の言うことを無視して『回復』の文字を書いて発動。青白い光が文字から放たれベガの全身を包んでいく。

 しかし次の瞬間、ベガを纏っていた魔力の光が一気に消失した。


「……ヒ、ヒイロさま? 成功したのでしょうか?」

「どうやら失敗したようですね」


 ミミルの問いに答えたのはペビンである。そう、ペビンの言う通り失敗した。


(……なるほどな。これは……)


 二文字の魔法効果であるが、それだけで理解した。彼女を侵している病魔は本当の意味で不治の病だということを。


(相性? いや、そんなんじゃないな。宝箱があって、それを違う鍵で開けようとしているような感覚だ)


 開くはずもないのに何度も何度も鍵を差し込もうと四苦八苦している。自分の魔力が弾けて消失したのは、何度も宝箱を開けようとチャレンジしたが、結局開けられずに鍵の方が先に折れてしまったような感じ。


(それに恐らく《静寂のクドラ》でその病をできるだけ抑えてるはず。それが邪魔しているから尚更オレの魔法は効果がないんだろうな)


 ベガに「少しでも《クドラ》を弱めることができるか?」と尋ねると、彼女は首を左右に振って答える。


「できかねます。少しでも弱めれば病は一瞬にして進行し、私の命は尽きることでしょう。それだけではなく、下手をすれば感情までも失うことになりかねないので……」


 そうなればたとえ治しても、敵になる可能性が高いということなのだろう。そもそも彼女は神王に操られている立場にいるのだ。それを阻止するために普段から《静寂のクドラ》によって神王の力を抑え込んでいる。

 そしてそれは病の進行を抑えている力とも直結していて、それを解くということは神王の支配力も甦ってしまうということだ。そうなれば日色たちの敵になり襲い掛かってくる。


「ですが、そうしなければベガさんが……」

「ありがとう……ございます。本当にあなた方はお優しい……ですね。そんな想いが、あの子に少しでもあったのなら……いえ、昔は彼も……」


 彼女が言っているのは神王サタンゾアのことだ。血の繋がった姉弟なのだから、ベガも思うところはあるのだろう。

 日色は少し気になることをペビンに聞くことに。


「一つ聞きたいことがある」

「ほう。どのようなことでしょうか? 答えられる質問ならお答えしますが」

「神王を倒せば、《再現のクドラ》によって生み出された者たちはどうなる?」


 その質問に、ミミルとテンがハッとなってペビンの顔を見つめ期待感を込めた様子を見せている。しかし彼女たちの期待は叶わず、ペビンは肩を竦めて言う。


「残念ながら、どのような力も万能というわけではありませんよ。死人を完全に甦らせる力など、それこそ神に等しいことです。まだ神王様は、その域にまで達してはおられません」

「つまり、コイツら再現された存在は、神王と運命共同体というわけか」 

「当然ですね」


 どうやらそう都合の良い話はないようだ。もし神王を倒せば支配力だけ無効化できるなら、彼女の病もどうにかすることができたかもしれない。完全に治せなくとも、延命措置ぐらいにはなっただろう。


 しかし神王を殺せば、その力によって生まれた存在は同時に無に帰す。つまりベガは結局長くは生きられないということだ。


「よいの……です。私はこう見えても長く生きて……きました。そして死んでから……も、こうして誰かのために……自分の力を使えるのですから…………本望です」


 弱々しい微笑。辛いはずなのに、彼女は日色たちに気を遣ってくる。そんな彼女に何も言えない。日色もまた、押し黙るしかないのだ。

 力を使わなければ、まだ幾分か生き続けることができるだろう。しかし彼女は、過去に何もできなかった後悔を背負い戦う決意をしている。文字通り、命を懸けて――。


「…………ヒイロさま、何とかなりませんか? こんなこと……悲し過ぎです」


 ミミルが涙を流してくる。しかし今の日色にできることはない。仮にこの場を全力で戦い、《エクヘトル》を倒し、その上で待ち構えている神王のもとへ行ったところで、彼がベガを助けるために動くとは到底思えない。

 こうして戦わせるために、病魔に侵されているはずの実の姉を戦場に立たせるほどの愚者なのだ。しかも死んでいたところを勝手に黄泉から引き摺り出し……だ。


 つまり彼を倒すしか、本当の意味でベガを解放してやることはできない。


「ミミル、オレらは神じゃない。いや、神でも、人の命を弄ぶことなんてホントはしてはダメだ。一つの命。天から与えられた命が一つしかないから、人はかけがえのない時間を生きるんだ。そして……そいつはもう死んだ命なんだ」

「そんな……」


 涙を流すミミルの頭にそっと手を乗せたのはベガだった。


「私のようなものに、そのようなお美しい涙は流さないでください。もったいないです」

「そんなことありません! だって……ベガさんはここで生きているではないですか!」

「いいえ。彼の仰る通り、私はもう死んでいる存在なのです。本来であれば、ここにいてはいけないのです。ですが、ここにこうして立っている意味は存在するのです」

「立っている意味……ですか?」

「はい。弟を……サタンゾアを止めるために必要な者たちを、在るべき場所へ送り届けることです」


 再びベガの瞳に力が宿る。そしてフラフラになりながらも立ち上がり、スーッと息を大きく吸う。


「次……次ですっ!」


 突然轟くベガの声に、《エクヘトル》と対面しているミュアとレッカがハッとなり彼女を視界に捉える。


「次の攻撃を最後に! 最大の一撃をお願い致しますっ!」


 限界を超えるような頼りない声音に対し、ミュアとレッカは同時に、


「「はいっ!」」


 と、答えた。



 



 ミュアとレッカはほぼ同時に体内から大量の魔力を溢れ出させる。二人して常人では考えられない程の魔力量と質を秘めているので、本気になった彼女たちは日色でも舌を巻いてしまう。


「レッカくん、全体攻撃よりも一点集中して攻撃を当てよう!」

「オッス! 了解しましたです!」


 ミュアの提案をレッカも呑む。


「まずはあなたの力をもらいます!」


 ミュアは《エクヘトル》から放たれてくるビームに自身の《銀耳翼》から放出される銀の粒子を纏わりつかせる。するとビームはその形を失い粒子状に変化してミュアの身体へと吸い込まれていく。


「ベガさんみたいに、《エクヘトル》さんの全体は粒子で覆えないけど、これくらいなら何とか!」


 ミュアの『銀竜』としての特技である《銀転化》。彼女の作り出す銀の粒子に触れたものは、ミュアのエネルギーと化す恐るべき技なのだ。

 そのまま吸収した力を銀雷に変えて、武器である《紅円》に注いでいく。

 そしてレッカもまた、右手を天に掲げて膨大な魔力を集束していく。その形は一本の巨大な槍。


 《エクヘトル》もこのままではいけないと思ったのか、先程のように身体全体の色を変え始める。今度は赤色だ。全体から炎を立ち昇らせる《エクヘトル》は、さながら太陽のように思える。

 近くにいるだけで焼けつくような熱を感じてしまう。そんな相手から無数の火球が放出され、ミュアたちに襲い掛かる。


「――――《終の静寂(ラスト・ゼロ)》っ!」


 必死な形相をしながらベガは叫ぶ。彼女から迸る流れ星のような緑色の閃光。それが真っ直ぐ三つ。一つはミュアの前方、一つはレッカの前方、そしてもう一つは《エクヘトル》そのもの。

 ミュアたちに放たれた火球は、ベガが作り出した閃光が一瞬にして壁のように広がった防御壁によって打ち消された。


 また《エクヘトル》に向けられた閃光は、すぐさま相手の全体を覆い尽くすほどのフィールドを生み出し、力を消失させていく。先程と同じ。《エクヘトル》の身体の色が赤から元の色へ戻されていく。

 ベガがみるみる衰弱していくのが分かる。最後の力を振り絞っているのだ。その姿にミミルは見ていられないのか顔を背けてしまう。


「ミミル、ちゃんと見ていろ」

「……ヒイロさま……」

「お前は戦場に立ってるんだ。奴の覚悟をその目に焼き付けておけ」

「…………」

「あれが――――命を懸けるということだ」


 日色もまたできることなら彼女のような姿は見たくない。何故ならどんどん命が尽きていくのが一目で分かるのだから。敵ならばそれほど情は湧かなかっただろう。しかし彼女は日色たちのために命を尽くしてくれている。

 その想いに応えるためにも、この戦いに決して負けるわけにはいかないし、眼を背けることもあってはならない。この場に立つ者ならなおさらだ。


「…………ベガさん」


 ミミルは悲しげに表情を歪ませながらも、日色に言われた通りにしっかりとベガの姿を目にし続けている。

 血を吐き、今にも倒れそうなベガだが、日色は不思議にもその姿はとても美しいものだと感じた。これが全身全霊を込めるということなのだ。


「い、今……です……!」


 言葉と同時にベガは地面に倒れてしまう。

 この好機を逃してはいけない。フッと防御壁が消えた時を見計らってミュアたちは互いに顔を見合わせて頷き、最大級の威力を込めた攻撃を、一点に集中して放り投げた。


「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」」


 二人の攻撃が、《エクヘトル》の中心へと向かうが、相手も黙ってやられるのは許容できないようで、静寂のフィールドが消えた瞬間、目前に水晶玉で作った防御壁を出す。

 ミュアの帯電状態の《紅円》とレッカの魔力で構成された槍が融合し、銀雷迸る大槍となって相手の壁に衝突する。


 ギギギギギギギィッと火花と放電が同時に周囲へと放たれ互いに力を削り合うような状況を見せつけた。


「「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」」


 ミュアたちの咆哮に呼応するかのようにグンッと威力を増した大槍が、相手の防御壁を貫き、そのまま《エクヘトル》の中央を貫いていく。

 大きな穴を開けながら、大槍はそのまま向こう側にある山の方へと飛んでいってしまった。


「「はあはあはあ……」」


 動きが止まった《エクヘトル》を、息を乱しながら見つめるミュアとレッカ。すると突然開いた穴からヒビ割れが起こり始め、《エクヘトル》の全体へとそのヒビが広がっていく。

 そして一気に爆発したように弾け飛び、ガラスのような破片となって空から大地へと降り注ぐ。


「……これは……!」


 その光景を見ていた日色は不覚にも美しいと思ってしまった。キラキラと光る星の雨を見ているような感覚に心が揺れ動いてた。

 《エクヘトル》が粉砕すると同時に地震が起き始める。また周囲に広がっていた広大な空間にもヒビが入って、パズルのピースを剥がすように壊れていく。

 十数秒後、眩い光とともに空間がガラスを割ったような音を響かせる。光によって眼を閉じてしまうが、次に瞼を上げると……。


「…………どうやら終わったようだな」


 見れば先程の広大な空間はどこへ行ったのか、体育館くらいの大きさの空間に日色たちは立っていた。周りは石で作られているだけで何も見当たらない。あるのは突き当たりに見える階段だけだ。


「お見事です、ヒイロくん。あの階段を昇っていけば、塔の上へ進めますよ」


 ペビンが階段の意味を答えてくれた。扉の試練とやらはクリアできたようだ。


「ベガさんっ!」


 ミミルの声で、皆の視線が床に倒れているベガへと集中する。空に浮かんでいたミュアとレッカも慌てて駆けつけてくる。

 最初に会った時と比べて、随分と変わり果てた姿になったベガ。美しい顔に、抜群のスタイルを誇っていた身体の面影も失われている。


 拒食症にでも陥ったかのような細過ぎる身体。頬骨も出て、髪も鮮やかさを失って、生気を失ったように白髪へと姿を変えている。痛々しく思える程の姿だ。


 そんな彼女の手を取り涙を流すミミル。


「すみません……すみません……ミミルはこうして手を握ることしか……っ」

「……よいの……です……。私……は…………やっと……誰かを…………支えることが……できたの……ですから……」


 アダムスやイヴァライデアを救えなかったことを今も悔やんでいる彼女らしい言葉だ。彼女の瞳が日色を捉える。


「…………あなたに……お頼み……します……。どうか……どうか…………サタンゾアを止めて…………ください」

「ああ、そのためにここまで来たからな」


 その言葉に微かに微笑を浮かべた彼女。


「最後に…………私の真名を……受け取って……ください」

「真名?」

「はい……私の真名は………………ミィエル……です」


 説明を求めるようにペビンの顔を見る日色。


「真名というのは我々が持つ本名のようなものです。ベガさんだけではなく、アルタイルさんやフォーマルハウトさんたちの名は字名のようなものなのですよ。ちなみに僕にも字名はあります。ペビンというのは真名ですからね」


 そういう文化を持っているのかと日色は納得し、再びベガ  いや、ミィエルに視線を送る。


「分かった。真名を受け取ろう」


 他の者も日色に賛同すると、彼女は嬉しそうに笑う。そして……。


「……ああ…………光が……見えます……。迎えに……きてくれたの……ですね……二人……とも」


 彼女の目に何が映っているのか定かではないが、とても嬉しそうな表情に見える。


「……どうか…………世界に……平和……を…………」


 日色は彼女の瞼をそっと閉じてやった。ミミルとミュアは彼女の境遇に同情しているのか涙を流している。レッカとテンもまた、何も言えずに俯いたままだ。


「お前ら、覚えておけよ。コイツの生き様は――――覚えておくべき生き様だった」


 日色の言葉に、ペビン以外の皆が頷きを返した。生きていた頃から罪を感じて生きてきたベガ。死んでからも実の弟に駒として使われ不自由な身体となってしまった。

 だがそれでも最後は自分の意志を貫き、想いを託せる日色たちに出会えたことが、彼女の一抹の救いになれたのかもしれない。


 それは彼女の死に顔を見ればよく分かる。

 とても満足気で、美しい表情だったから――。



     ※



 日色たちの《エクヘトル》戦を、《遠見の鏡》を利用して見物していた神王サタンゾア。彼にとって実の姉であるベガが死んだというのに、その表情は一片の曇りもない。

 むしろ玩具の一つが壊れたような感覚で溜め息すら零れ出ている。


「しょせんは壊れかけの玩具だったな」


 幾つも設置されている《遠見の鏡》。それらに日色たちの戦いが映し出されていた。そこへ緊張した面持ちでハーブリードがやって来る。


「神王様、ご報告がございます」

「知っている。例の黒ローブの者であろう」

「はっ」

「……うぬは何者か心当たりがあるようだが?」

「恐らくは先代の勇者、いえ、《文字使い》であるシンク・ハイクラの仲間だった者かと」

「ほう。だがここへ単独で来られる方法は無いに等しい」

「その通りです。我々のようにアダムスが施した転移魔法陣を使えば可能ですが、今それを扱えるのは『神人族』だけに設定しているはずですから」

「ふむ。まあよい」

「よいのですか?」

「素性が知れている者などどうでもよい。それにたとえ何者であろうとも、我の障害足りえぬわ。そうであろう?」


 凄まじい覇気がハーブリードを威圧した。彼の額から大粒の汗が流れ始める。直接手を出していないにも関わらず、ハーブリードは精神的に疲労してしまう。


「その通りでございます。我が主君に敵う者はおりません」


 フッと覇気の威圧が治まり、ハーブリードもホッと胸を撫で下ろす。そこで彼は《遠見の鏡》を見て目を細める。


「これは……扉の試練を突破されている模様でございますね」

「ああ、思ったより楽しめた。こやつらなら、我をもっと楽しませてくれるやもしれぬな」


 獰猛な笑みが神王サタンゾアから零れている。


「では御自らが?」

「……いや、まだうぬらもおるしな。それに…………シリウスを出す」

「あ、あの者をですか!? で、ですがあの者はまだ調整中で……」

「放り込めばよい。ククク、奴には戦わなければならん理由がある。たとえ敵である我を憎んでいようともな。いや、そもそもそんな心など、すでにありはせぬだろうがな」

「…………御意」


 ハーブリードは跪き頭を下げた。



     ※



「……う……ぁ……!」


 冷たい地面の感触が背中から伝わってくる。うっすらと瞼を開けると、空いっぱいに広がった星の海が視界に入って来た。


「……ここは……」

「どうやら眼を覚ましたようだな」

「っ!?」


 日色たちの声ではないことを悟り、すぐさまそこから起き上がって臨戦態勢を取る。


「そういきり立つな。これでも貴様の恩人でもあるのだぞ、リリィン・リ・レイシス・レッドローズ?」

「貴様は…………………………誰だ?」


 全身を暗闇のローブで覆っており、顔もハッキリと確認できない。声も機械的なもので男女区別がつかない。まさに不気味な人物である。


「こちらの正体などどうでもよい。それよりも身体に変調はないな?」

「あ? ……!」


 そういえばと、先程自分に何が起こっていたのかを思い出す。

 アルタイルと戦闘し、倒したのはいいが、魔力、体力ともに疲弊した時に、死んだはずのハーブリードが出現し、隙を突かれて気絶させられてしまったのだ。


「貴様はあの男ではないようだが……何者だ?」

「だからこちらの正体など些末なことだと言った。今は貴様の体調を聞いている」

「む……」


 相手の言う通り、あれほど感じていた虚脱感はなくなっている。完全回復というわけではなさそうだが、それでも大分と消耗していたものを取り戻しているようだ。


「ある程度は回復しておいた。すぐにヒイロ・オカムラのもとへ向かうといい」

「…………待てよ? 貴様もしかしてヒイロたちが《ソロモンの古代迷宮》で助けられたって言っていた黒ローブか?」

「さあな」


 それだけ言うと、相手の足元から水溜まりが出現し、そこに黒ローブは沈み込んでいく。


「……この魔法は……!」


 見覚えのある魔法。

 そのまま水の中に消えようとした時、どこからか風が吹き、相手のフードが取れてしまう。そして露わになる相手の顔。


「――――っ!? き、貴様はっ!?」


 凄まじいほどの衝撃。明らかに自分が知っている顔がそこにあった。


「お、おい待てっ!」


 話を聞き出そうとして手を伸ばすが、相手はそのまま消えてしまった。しばらく呆然となってしまうリリィン。


(まさか奴が? 生きてたのか……。しかし奴はヒイロの敵だったはず。それなのに何故ワタシやヒイロを助けるようなことを……?)


 疑問が浮かんでくる。しかしこのようなことにいつまでも時間を取られているわけにはいかない。せっかく拾った命である。早く日色たちのもとへ駆けつけてやらねばならない。


(そうだ。奴の目的が何かは知らぬが、ワタシはワタシのできることをするだけだ!)


 リリィンは周囲を見回しここがどこか確認する。


「どうやらここは塔の外みたいだな」


 すぐ近くに【ヤレアッハの塔】が金色の光を放っている。


「また一から昇るのは面倒だが、行くしかあるまい」


 リリィンは背中から翼を生やして塔の中へと向かっていった。



     ※



 その頃、ベガを看取った日色たちは出現した階段を昇っていた。光を放つ出口が視界の先に現れ、そこへ辿り着くと――――


「おおーっ! 師匠ぉぉぉっ!」


 ニッキが感激している様子で胸の中に飛び込んできた。日色は咄嗟に彼女を受け止めると同時に、周りを見る。そこにはウィンカァにヒメ、そしてスーとノアもいた。


「どうやら全員無事のようだな」

「はいですぞ! 師匠たちもよくぞご無事で!」


 胸の中で溢れんばかりの笑顔を向けてくるニッキ。


「ニッキだけ、ずるい」


 トコトコトコトコと日色の前へ来たウィンカァが頭を差し出してくる。


「……何だ?」

「ナデナデ、希望」


 しかしいつまで経っても日色が頭を撫でないと、悲しそうな表情で見上げてくる。


「う…………はぁ」


 仕方なく、この状況をさっさと終わらせるためにも、ニッキを身体から離して軽くウィンカァの頭を撫でてやった。


「ん……」


 嬉しそうに笑みを浮かべて目を細めるウィンカァ。彼女を見て、「羨ましいです」とミュアとミミルが物欲しそうに眺めている。いや、よく見ればレッカもウズウズしている感じだ。彼もまた父親に頭を撫でられたいと思っているのだろう。


「――――――――ヒイロ・オカムラ。時間も惜しい。できれば急ぎたいのだが?」


 スーからの言葉。彼の言うことは尤もである。


「そうだな……」


 しかし一つ気になるのは、下に置いてきたリリィンのことだ。アルタイルが上がってきていないということは、まだリリィンが彼女と戦っている可能性が高い。


(それとも倒したが、ダメージが大きくて上がって来られないか……?)


 その可能性もまたある。だとしたら回復させるためにも下へ向かいたいところだが、それではせっかくの彼女の覚悟も踏みにじることになる。

 命を賭して日色を先に進ませる道を選んだ彼女の想いに応えるためにも、日色は先に進むことに決めた。


 彼女なら、絶対に追いついてくると信じて――。


 合流したメンバーとともにさらに上に通じる螺旋階段を昇っていく。

今度はかなりの時間階段が続いている。もう三十分近くは駆け上がっているはず。


「おい糸目野郎、いつまで昇ればいい?」

「もうすぐですよ。ほら、次が見えてきましたよ」


 彼の言葉を示すように、階段の終わりが眼の先に見えてきた。

 するとスーが背負っているノアがピクリと眉を動かして眠りから目覚める。


「――――――――ノア?」

「…………いるよ」

「――――――――は?」


 起きたばかりだというのに、いつものように欠伸一つせず真剣な顔を浮かべて言うノア。

 そしてペビンもまた、何かを感じ取ったかのように眉をひそめると、


「この感覚…………まさか」


 そんなことを言うので、日色も気になったが、その答えは階段の先にあった。

 辿り着いた先には開けた場所が存在し、同時に皆の全身に寒気が走る。

 その理由――――それはそこにあったあるものを視界に収めたからだ。一つの棺桶。それが床に立てられてあり、床から伸びている幾本もの鎖でがんじがらめに巻き付かれている。

 棺桶からはとてつもないほど強烈なオーラが滲み出ていた。


「ま、まさかここで彼を使うとは……!」

「彼? 一体どんな奴だ? あのとんでないプレッシャーを放ってくる棺桶の中にでもいるのか?」


 ペビンに問う日色。


「はい。彼は……」


 その時、鎖が自然に緩み始め、粉々に砂のように崩れていく。そして解放された棺桶にヒビが入り刹那――――バキィッ!

 中からダムが決壊したがごとく凄まじい力が溢れ出てくる。無意識に戦闘態勢を整えさせるほどのもの。

 棺桶の中から現れた黒と赤が混じった髪色の人物を皆が強張った顔で凝視する。


「気をつけた方が良いですよ、皆さん」


 ペビンの険しめの声音が耳をつく。


「彼は――――一度最強を手にした男ですから」




 


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