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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~

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238:ニッキ一行VSフォーマルハウト

 ノアとスーが三つの扉の内、左側の扉を進み、まだビッグディッパーと戦っていた時、右側の扉に入ったニッキにヒメ、ウィンカァもまた、敵であるフォーマルハウトと刃を交えていた。


「にゅわっ!? あ、危ないですぞ!」


 フォーマルハウトが繰り出す拳。ただの拳なら避けることは造作もないのだが、いかんせん彼の腕は鞭のようにしなり、何よりゴムのように伸びるのだ。その特異体質があり、不規則な動きをするので至極避け難いことこの上ない。


 しかも日色が念話で教えてくれたフォーマルハウトの《爆裂のクドラ》の力で、触れたら爆発を起こすのだから、紙一重で避けるのは危険なのだ。

 その爆発力は、ニッキの《爆拳》と遜色はない。故に一撃でもまともに当たれば、戦闘不能に陥ってしまう可能性だってある。


「ニッキ、アイツ倒すの、離れてちゃ……ダメ」

「そ、そうは言ってもですぞウイ殿! こう攻撃が激しくては、近づけもにょわっ!?」


 ニッキの近くの地面にフォーマルハウトの拳が当たり爆発を起こし、その爆風でニッキは後方へと吹き飛ばされてしまう。その彼女をウィンカァは優しく受け止める。


「うぅ……ありがとうですぞ、ウイ殿ぉ」

「ん……。確かにアイツの攻撃、読みにくい。けど……ウイは何となく読めた」

「ええ!? もうですかな!? さ、さすがはウイ殿……師匠がその戦闘センスを絶賛するだけはありますぞ……」


 実際日色は、ウィンカァと最初に出会った当初から、ウィンカァの戦闘センスには舌を巻いていたのだ。まさに天才と呼べるほどの技術を持ち合わせていた。


「ウイがアイツの懐に入って、倒す。だからニッキは、牽制……お願い」

「分かりましたですぞ!」


 やる気十分といった感じでニッキは拳を突き出す。ウィンカァも頷くと、槍を構えてフォーマルハウトに向かって突進していった。

 ウィンカァを傍に近寄らせないために、フォーマルハウトは伸びる両腕を動かして対応する……が、ウィンカァはそれこそ先読みしているかのように軽やかに身をかわして突き進んでいく。


「お、おお……! 凄いですぞ、ウイ殿! ではこちらも、《爆拳・参式》!」


 ニッキは地面に拳を突き立てる。すると魔力が地面を伝ってフォーマルハウトの足元へと迫っていく。それに気づいたのか、意識がニッキの魔力に向かいウィンカァへの攻撃が鈍くなるフォーマルハウト。


 魔力を避けるために左側へと跳ぶ。そして先程いた場所は、《爆拳・参式》による爆発が起きる。この《参式》は、こうやって地面を伝って相手の足元を爆発で吹き飛ばすことができるのだ。無防備にそのままその場にいれば、下手をすれば足が吹き飛ばされてしまう。

 しかしさすがといったところか、ニッキの攻撃をあっさりとかわすフォーマルハウト。しかしその隙に攻撃速度が弱まったところを狙いウィンカァが、確実に距離を詰めていく。


「もらう! 《六ノ段・三刹》っ!」


 両手で握った愛槍――《万勝骨姫》を眼にも止まらない速さで突き出す。瞬間、相手の面が割れて素顔が明らかになる。一撃に見えたその攻撃だが、フォーマルハウトの額、喉、胸と、それぞれの急所に赤い点が滲む。


「ん……浅い」


 本来ならばこれで終わっていた。急所を同時に貫き絶命させる技。今までこれに反応できた者はほとんどいない。だがフォーマルハウトは咄嗟に身体を後ろにずらし致命傷を避けたのだ。

 それでも初の攻撃ヒット。出血も三つの点から溢れ出している。


 仮面で覆われていた時は分からなかったが、フォーマルハウトの顔立ちは、とても戦闘などできなさそうな細面で、優しそうな形をしていた。

 瞳は操られているのを表すかのように虚ろだが、穏やかで敵と認識するのが躊躇われるほどの面相である。気が弱そうで、花や動物が好きそうな大人しいイメージ。


 その顔を見て、一瞬戸惑いすら覚えるウィンカァだが、すぐに気を引き締め直して追撃を行う。額から流れている血のお蔭で、彼の視界が奪われているからだ。今が好機である。


「もう一度、六ノ……」


 同じ技を繰り出そうとした時、ウィンカァの五感が叫んだ。……そこにいるな、と。

 瞬きすらも許されない短い時間、フォーマルハウトの身体が光り輝いたと思った瞬間、突如大爆発を引き起こした。


「ウイ殿ぉぉぉーっ!?」


 距離を開けていたニッキには被害はない。しかし相手の傍にいたウィンカァは確実に爆発の被害を受けていることは予想された。

 しかしそんなニッキに、彼女の頭の上に乗っているヒメが静かに言う。


「安心しなさい、ニッキ」

「ほへ?」

「上を見なさいな」


 彼女の言う通り、ニッキが上を見ると、天井近くまで跳び上がっているウィンカァの姿を発見した。そのままニッキの近くへと降りてくる。


「ウイ殿!」

「ん……大丈夫。少し、ビックリしたけど」


 あの状況の中、悪い予感を覚えたウィンカァは、咄嗟に斜め後ろへ大きくジャンプしたのだ。


「あっ、ですがウイ殿……」

「ん……?」

「そ、その……槍が……」


 ニッキが言い難そうに伝える。ウィンカァの持つ槍の刀身にヒビが言っているということを。


「ん……さっき、アイツの身体に触れたから、爆発した」


 ウィンカァが言うには、攻撃によってフォーマルハウトの身体に触れてしまった刀身が、大爆発と同時に誘爆するように刀身も爆発を起こしたという。


「せ、せっかくお父上からもらった槍ですのに!?」

「……ううん、大丈夫。ちゃんと、ととさんがば~じょんあっぷってやつをしてくれた、から」

「バ、バージョンアップですと!?」

「へぇ、それは楽しみね。そんなことになっても慌てていないから、おかしいと思ったわよ」

「ん……次はコッチが向こうを驚かせる番、だから」

「そうね。ならこちらもそろそろ本腰入れていくわよ、ニッキ」

「はいですぞ!」


 ニッキは右腕に巻いているリボンに意識を集中させる。するとヒメの身体が粒子状に変化し、リボンと同化していき、白い炎のように形を変えてニッキの両拳を覆っていく。


「《白拳モード》ですぞぉ!」

「おお~、ニッキカッコ良い」

「えへへ~、師匠みたいに、~モードって作ってみたかったんですぞ」

「こら、ニッキ。浮かれるのはそれくらいにしなさい、来るわよ」


 身体ごと爆発させたというのに、ウィンカァが与えた傷以外では無傷で爆煙の中から姿を見せるフォーマルハウト。つまり全身が起爆剤ということだろう。そして触れれば、ウィンカァの槍のように爆発させられて逆にダメージを受ける。


「…………おでの……力…………《時限爆裂(タイマーズ・バーニア)》」


 突然部屋のあちこちが爆発を起こし始める。


「ヒイロが言っていた時限式の爆発よ、気をつけなさいっ!」

「にゅわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「くっ!?」

 

 今まで彼が触れた場所が次々と爆発を起こす。見えない爆弾を設置できるのは反則だとニッキたちは思う。しかし容赦なくニッキたちは爆発に包まれていく。


「鬱陶しいわね! 《白鋼装壁(はっこうそうへき)》っ!」


 ヒメが叫ぶと同時に、ニッキの拳に纏っている白炎が大きく燃え上がり、ニッキとウィンカァの身体を覆っていく


「少しジッとしていなさい! 今は耐えるのよ!」


 彼女の言う通り、身を屈めてニッキたちは防御態勢を保つ。

 そしてしばらくして爆発が止む。周囲は濃霧に包まれたかのように煙に覆われている。

 その中で狙い定めたようにフォーマルハウトが煙を蹴散らすような蹴りを放ってくる。無論足も腕のように伸びてくる。巨大な鞭そのものだ。二人は大きく跳び上がって攻撃をかわす。

 しかし空に上がった瞬間、今度は拳が飛んでくる。


「やらせないですぞ! 《炎塵全壊》っ!」


 ニッキが右拳を突き出すと、白い炎が前方に広がり、相手の拳を遮る。相手の拳が爆発を起こすが、白炎の壁が守りとなって防いでくれる。それだけでなく、白炎が彼の拳に纏わりついて溶かしていく。


「そのまま全身を焼いちゃうですぞ!」


 しかしニッキの思惑とは裏腹に、フォーマルハウトが自ら肩の部分から腕を爆裂させて千切ってしまった。


「なぁっ!?」


 当然ニッキは吃驚してしまう。ウィンカァでさえ眼を丸くしてしまっている。確かに白炎が全身に回るのを防ぐ有効な手段ではあるが、何の躊躇もなく自らの腕を吹き飛ばす精神に驚く。

 だがすぐに、彼が戸惑いをしない理由が理解できた。


「……おで……生やす……何度……でも。うぅぅぅぅぅっ!」


 突然、千切れたはずの腕から――――新しい腕が生えた。


「な、何ですとぉっ!?」


 地上に下りたニッキたちだが、あまりの光景にポカンとしてしまった。まさか腕まで生やすとはさすがに考えつかなかったのだ。


「なるほどね。だから腕を吹き飛ばしても問題なかったということか。恐らく、彼の核というものが存在し続ける限り、ああやって欠損した部分をすぐに復元できる体質のようね」


 それまた厄介な体質である。


「まったく、『神人族』という存在は、どこまで規格を超えてくるのかしら」


 ヒメも呆れ声を出す。


「ん……つまり急所を攻撃すればいい。そういうこと?」

「そうね、ウイ。それも生半可な力じゃ、届かないわ。彼は身体能力も高いし、先程のウイの早業にも反応したし……。彼を倒すには、隙をつくか、反応できないほどの速度で攻撃をする必要があるわ」

「……分かった。なら、ウイも全力で…………やる」


 ボォッと、ウィンカァの身体から《赤気》が放出され、生えていなかった獣耳と尻尾が出現する。


「おお! 《太赤纏》ですな!」


 感動気にニッキが顔を綻ばせる。


「……いく!」


 ウィンカァが地を蹴り出し、フォーマルハウトの懐へと一瞬にして潜りこむ。その速度は先程とは比べるべくもないほど速い。

 しかし突き出そうとした槍の刀身がパリィンッと砕け散ってしまった。


「ウイ殿っ!?」


 ニッキの心配をよそに、ウィンカァは冷静なままだった。何故なら、ウィンカァには最初からこの状況を想定していたからだ。

 ウィンカァの身体から《赤気》が槍の先端へと注がれていく。そして失ったはずの刀身部分に、《赤気》が刃を形成した。


「《八ノ段・次元断》っ!」


 閃光のような速度で放たれる赤い斬撃。天から地へと振り下ろされる赤い刃がフォーマルハウトの身体を襲う。彼の左肩から下半身にかけて斬撃が走り、見事に切断することに成功する。


「うおぉぉぉっ! やったですぞ、ウイ殿っ!」


 ほぼ身体を真っ二つにしたことで、ニッキは勝利を確信。しかし――


「まだよ! 油断しない!」


 ヒメが叫ぶと同時に、フォーマルハウトの切断された部分から再び新しい肉体が生まれ出る。そして薙ぎ払った腕で、ウィンカァの身体を捉えて吹き飛ばした。


「ぐっ……おで……まだ……やれる……!」


 吹き飛ばされたウィンカァが、突然爆発してしまった。そう、彼に触れられてしまったのだ。


「ウイ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!?」



 フォーマルハウトの攻撃に当たってしまったウィンカァ。槍で防御することもできずに、身体の右側面を殴られて吹き飛ばされ、そのまま《爆裂のクドラ》を使われてしまった。

 爆煙を身体から立ち昇らせながら、さらに壁へと吹き飛んでしまったウィンカァに、ニッキが駆け寄ろうとする……が、


「待ちなさい、ニッキ!」


 装備している両拳の白炎からヒメの声が制止をかける。


「ど、どうしてですかな! ウイ殿が!」

「落ち着きなさい、それより相手を見て! 向こうはもう貴方に意識を集中させているわよ!」


 ヒメの言う通り、フォーマルハウトの視線はニッキへと注がれている。次はお前だと言わんばかりに。


「くっ…………ウイ殿……!」


 あのままヒメが制止をかけていなければ、迷わずウィンカァの元へ走っていただろう。そしてその隙を突かれて攻撃を受けていた可能性が非常に高い。


「ウイなら、恐らく大丈夫よ」

「……ホ、ホントですかな?」

「ええ、触れられた瞬間、《赤気》を大量に放出して身体を覆っていたから、ダメージは大分軽減しているはずよ」

「おお! 《太赤纏・静》ですな! あの一瞬で、さすがはウイ殿ですぞ! ……ですが、壁から起き上がってこないようですが……?」

「それはそうよ。真近くであの爆発を受けたのだもの。いくら防御力を上げていたとしても、それ相応の衝撃が彼女を襲ったはず。意識を失っていても不思議ではなくてよ」

「そ、そうですか……いや、ウイ殿が無事ならそれでいいですぞ!」

「分かったわ。それにしても、相手は恐ろしい能力を持っているわね。まさか身体を真っ二つにされても再生するなんて……。恐らくはウイの攻撃が核に当たらなかったのが原因でしょうけれど」

「核とは……一体どの部分なのですかな?」

「……彼が唯一必死になって逃げた攻撃があったわね」

「……ありましたかな?」


 相変わらず記憶力がぼんやりとしているニッキ。


「ウイの攻撃よ。額、喉、胸への三連撃」

「おお~、ありましたな!」

「多分だけど、その中のどれかに核が存在している……というよりは、そこを貫かれれば再生できないのでしょう」

「なるほどですぞ~」

「気合入れなさいよ、ニッキ。ウイが戦闘に参加できない以上、ここからは貴方が踏ん張らなければならないのだからね」


 ニッキはゴクリと息を呑む。恐らく一撃  一撃でも当たればウィンカァのように戦闘不能になってしまうだろう。いや、まだ《太赤纏》が上手く扱えないニッキにとって、即致命傷になりかねない。


「感覚を研ぎ澄ませなさい。意識を切らさず相手に集中。警戒を一切緩めることは許さないわよ」

「はいですぞ!」


 少しでも気を抜けば、相手の攻撃を受けてしまう。そうなればこの場で誰も彼を倒す者がいなくなってしまう。それは日色の期待を裏切ることに繋がる。


(それだけは死んでも嫌ですぞ!)


 日色にここを任されたのは信頼されたから。ならここは是が非でも勝利を手にしなければならない。幸いにもニッキには、ヒメというブレーンが近くにいる。

 そしてニッキは信じている。


(ウイ殿も、このようなところで終わる方ではないですぞ!)


 彼女のこともまた信じているのだ。

 無意識に呼吸が速くなり、身体の奥から熱くなっているのを感じる。まるで何かが生まれてくるような感覚。


「このエネルギーの高まり……ニッキ、あなた一体……!」


 しかしニッキは彼女の問いには答えない。いや、聞こえていない。あまりに相手の一挙手一投足に集中し過ぎていたから。

 だがそのお蔭で、フォーマルハウトが電光石火の動きを見せてニッキの背後を取ったことがすぐに分かった。


「《爆拳・弐式》っ!」


 振り向きざまに拳型の魔力を放つ。フォーマルハウトもまるで先読みしていたようなニッキの攻撃に対応できず受けてしまい、爆発によって後方へと吹き飛ぶ。

 しかし彼は地を蹴り跳び上がって、足元を爆発させて空中を不規則に移動し始める。これはテンが得意としている空中移動術と同様。


 しかしニッキの瞳はその動きを正確に捉えていた。


「《爆拳・弐式》っ!」


 何度も何度も魔力を飛ばして攻撃する  が、相手も寸でのところで回避し続け、拳を鞭のように振ってくる。ニッキも避けながら《弐式》で撃ち落とそうとするのだが、攻撃が上手くヒットしない。

 やはり隙を突かなければ難しいということだ。


「聞きなさい、ニッキ」

「…………はいですぞ」


 ようやく耳に届いたヒメの言葉。


「先程の反撃は見事だったけれど、攻撃が独りよがり過ぎだわ。そのせいで白炎を飛ばせなかった。白炎を扱うには、私とのシンクロが大事なの。集中するのはいいけれど、私が傍にいるということを忘れないで。貴方は一人ではないのよ」

「……そうでしたぞ。ボクにはヒメ殿がおりますぞ」

「そうよ。今、何故か貴方の中から膨大な力が溢れているわ」

「ボ、ボクの中に?」

「そう、だから意識するのよ。その力を引き出しなさい」


 そう言われても実感できていないニッキにとっては難しい注文である。しかし視る種族である彼女が嘘をつくはずもないし、勘違いをすることもないだろう。

 なら自分の中には確かな力があるということ。


「ニッキ、来るわよ!」

「にょわっ! え、《炎陣全壊》っ!」


 前方から伸びてくる拳に向かって、右手を払うように動かして白炎の壁を作り上げる。すると白炎に当たる前に相手の拳がピタリと止まり戻っていく。


「どうやら彼も白炎が怖いようね。再生はできるけど、恐ろしく力を使うみたい。その証拠に、彼も息を切らしているわ」


 地上に降り立ったフォーマルハウトは、肩を上下させている。これまでの攻防により、確実に消耗しているということだ。


「……ヒメ殿、少し白炎を消してもよいですかな?」

「はあ? それがあるから防御壁にもなっているのよ? それを消すって何を考えて……!」


 ヒメはニッキの真剣な表情を見て目を見開く。


「…………考えがあるのね?」

「はいですぞ。少し白炎に囚われないで集中したいんですぞ」

「……なら防御は私に任せなさい」


 そう言うと、白炎と同化したヒメがニッキの拳から出て人間型になる。

 ニッキは静かに呼吸を整えると、眼を閉じる。その間、ニッキの前に立ち、ヒメがニッキを守ってくれている。


(……集中ですぞ。いつも師匠に言われていたことを実践すればいいだけ……)


 周りには何もいない。その世界には自分一人だけがいるような感覚を作る。そして自分の中に巡る魔力、身体力に意識を全て集中させる。


「……ニッキ……! 貴方……!?」


 背後に立つニッキの両手を見て驚愕するヒメ。右手には青い魔力、左手には黄色い身体力が備わっている。


「……おで……これで……倒すぅ!」


 ヒメの一瞬の隙を突き、フォーマルハウトがジャンプして、両手の指を十本とも一気に伸ばしてきた。ウネウネとヘビのように蛇行しながら伸びてくる。

 ヒメの作る白炎の壁を潜り抜けて襲い掛かってきた。


「しま――っ!?」


 その時、


「――――《八ノ段・次元断》っ!」


 横から斬撃が飛んできて、指を全て切断してしまった。


「ウイッ!?」


 そう、いつの間にか復活したウィンカァのお蔭で、ヒメは九死に一生を得たのだ。


「はあはあ……さっきの、お返し」


 フォーマルハウトも悔しげに眼を細めると、失った指を元に戻していく。


「ニッキ、ウイは無事だった――」


 喜びをニッキに伝えようと思ったのか、ヒメが振り向くと――――パンッ!

 乾いた音とともに、ニッキが両手を合わせた。


「――《太赤纏》っ!」


 ボォウッとニッキの身体から一気に溢れ出る赤いオーラ。それは紛れもなく《赤気》であり、ニッキが《太赤纏》を完璧に身に着けた瞬間だった。


「ニッキ……貴方って子は……!」


 まだ少し不安定ながらも、ニッキの身体の周りには、日色とウィンカァと同様の力が顕現している。


「ん……ニッキ」

「ウイ殿、信じておりましたぞ」

「……いける?」

「はいですぞっ!」


 ウィンカァもまた、ニッキに触発されたかのように身体から《赤気》を放出させる。

 ここに《太赤纏》を行使する二人が誕生した。


「ヒメ殿、援護を頼んでもいいですかな?」

「ええ、防御は任せなさい。存分にやってくるのよ、二人とも!」


 弾かれたようにニッキとウィンカァがフォーマルハウトの懐へと入る。明らかに身体能力が増したお蔭で、ニッキもまた敏速に動くことができている。


(身体が軽いですぞ! これは修業の時以上!)


 それにどんどん湧いてくる力の奔流が抑え切れない。拳に《赤気》を纏わせ、フォーマルハウトの近くで拳を突き出す。


「《熱波拳・弐式》っ!」


 青い魔力ではなく、《赤気》による拳型の塊を放つニッキ。それに当たるわけにはいかないと悟ったのか、咄嗟に身をかわし避けるフォーマルハウトだが、


「ここに来ると、思ってた」


 避けるならこの場にと予想していたようで、ウィンカァはすでに槍を胸に向けて突こうとしていた。しかしギリッと歯を噛みながらフォーマルハウトは身をずらす。


「!?」


 その動きを見ていたヒメが何かに気づく。

 そして避けたフォーマルハウトだったが、完全には避け切れずに、右腕を貫かれてしまう。

 ウィンカァは槍を動かし、《赤気》で構成された刃は、豆腐を切るような感じであっさりフォーマルハウトの右腕を斬り飛ばした。


「っ……おで……まだ……負けない……!」


 すぐに再生して、またもウィンカァを殴ろうとしてくる。


「今度はさせないわよ!」


 ヒメから放たれた白炎が、ウィンカァの前方を守り、それに触れたフォーマルハウトの手が溶けていく。


「く……そ……なら!」

「来るわよ、二人とも! 全身起爆!」


 ヒメの声により、ニッキとウィンカァは、大きくその場から後退する。見事に相手の爆発を回避することができた。そして   


「先程の全身起爆より明らかに威力が衰えているわ! 動きも硬直状態に入っている今がチャンスよ! 仕留めなさい! 狙うは彼の胸っ!」


 ヒメの言葉を受け、ニッキは最大限の力を右拳に纏わせる。一気に相手の懐へと迫る。

 だがフォーマルハウトも、最後の力を振り絞って、ニッキを殴り飛ばそうとしてきた。


「させない! 《一ノ段・疾風》っ!」


 ウィンカァが槍の斬撃を二つ飛ばして、フォーマルハウトの両腕を斬り飛ばした。


(ナイスアシストですぞ、ウイ殿っ!)


 ニッキの右拳が赤く輝く。


「……できれば、操られていないあなたと、戦ってみたかったですぞ」


 ニッキは僅かな心残りを言葉にし、すべての想いを拳に託す。


「貫けぇぇぇぇぇぇぇえええええええっ!」


 フォーマルハウトの胸を突き、拳が彼の身体を貫いた。


「……ぐ……がぁ…………おで…………負け……た……!」


 虚ろだった瞳に、僅かな光が戻る。


「…………おめえら……………………強えなぁ……」


 スッと再び光が消え、そのまま俯せに倒れた。


「「はあはあはあ……」」


 ニッキとウィンカァは互いの顔を見合わせながら息を乱している。そんな二人にヒメがゆっくりと近づいてきた。


「……よくやったわ、二人とも」


 そう言いながら両手を上げてくる。ニッキとウィンカァは互いに笑みを浮かべて頷くと、同時にヒメとハイタッチをした。


 フォーマルハウト戦――――見事勝利を得ることができた。


「ふひぃ~、疲れたですぞぉ~」


 フォーマルハウトを倒し、ニッキが床にペタリと座り込む。無理も無い。ほとんど彼女は無傷に近いが、それでも全力を尽くしての相手だったのだから。

 今回、《太赤纏》という力も使いこなし大敵を討ったことは、ニッキにとって、大きな経験となったはず。


「ウイ、貴方は身体の方、大丈夫?」

「ああ! そうですぞ! 大丈夫なのですかな!」


 フォーマルハウトの《爆裂のクドラ》による攻撃をまともに受けて、壁に激突して気絶までしていたウィンカァなので、二人は心配げに尋ねる。


「ん……ちょっと危なかったけど、この槍が……ととさんの槍が守ってくれた」

「……? どういうことなのかしら?」

「あの時――」


 フォーマルハウトを真っ二つにしたことで、彼を倒したと油断したウィンカァの隙をつき彼が攻撃を繰り出し、彼女はまともに受けてしまった。

 しかし殴られた瞬間、すぐに爆発が起こったわけではない。ほんのコンマ数秒ほどだが、そこには確かな隙間があった。


 その時、《赤気》によって形成されていた《万勝骨姫》の刃が、大きく膨らみ、蓄えられている《赤気》がウィンカァの身体を覆ってくれたという。

 そのお蔭で多少なりともダメージを軽減できたということらしい。


「さすがは鍛冶師のクゼルね、まさか自動で主を守るような機能を武器に施すなんて、驚きだわ」

「ウイ殿のお父上なのですから当然ですぞ!」

「ん……ありがと、二人とも。それと、ウイも聞きたいこと、あった」

「……え? 私に?」

「ん……」

「別にいいわよ。何かしら?」

「どうして、あの人の弱点……分かったの?」

「むむむ、そういえばボクも気になっておりましたですぞ。ヒメ殿の言うことに従って攻撃しましたが、どうしてですかな?」


 ウィンカァとニッキが純粋な好奇心の瞳をヒメへと向ける。ヒメは軽く肩を竦めると、


「ああ、そのこと。簡単よ」


 と、人差し指を立てながら説明し始める。


「ニッキ、貴方が《太赤纏》を使って攻撃した時のこと覚えているかしら?」

「あ、はいですぞ。《熱波拳・弐式》を使った時ですな!」

「そう。それを彼は避けた。けれど、その先にはウイが待ち構えていたわね」

「ん……動きを先読みしてた、から」

「そしてウイは、槍を突き出したわけだけど、その時に、彼が気になった動きをしたのよ」

「気になった動き? 何ですかな?」

「ウイの攻撃を避けたの」

「……? 避けるのは当然なのでは?」


 ニッキは小さく顔をコクンと傾けて疑問符を頭の上に浮かべる。


「まあ、普通ならそうね。でも彼の表情に焦りが見えたの」

「焦り……ありましたかな、ウイ殿?」


 ニッキの問いにウィンカァは首を左右に振る。


「私は視る種族よ。洞察力において『精霊族』に敵う者はそうはいないわ。彼は明らかに必死に避けようとしていた。その気になれば再生できるし、攻撃を受けたフリをして、相手の隙をつくことだってできるの。その証拠に、ウイは隙を突かれたわけだしね」

「むぅ、ですが基本的にフォーマルハウト殿はボクたちの攻撃を避けておりましたぞ?」

「それはそうよ。前にも言ったと思うけれど、再生能力も無限に行えるわけではないわ。気力体力を消耗するから、できるだけ使わないためにも回避行動は当然なの」

「ほへぇ~」


 ニッキは分かっているのか分かっていないのか、感心するように口をポカンと開けて声を漏らしている。


「けれど、彼はあの時、ここだけは攻撃を受けてはならないといった感じで全霊をかけて回避行動をしていたように私は見えたわ。それが――――胸よ」

「……ん。確かにウイは、胸を狙ってた」


 だがフォーマルハウトに避けられ、ダメージは与えられたが、すぐに再生されてしまった。


「彼が真剣に避ける理由。それは胸に核があるから……。そう考えたのよ」

「おお~! 何だかヒメ殿、探偵みたいですぞ! 凄いですぞー!」

「ん……お見事、ヒメ」

「あ、当たり前でしょ! わ、私はこう見えても『精霊王』の血を引く者なのだから、これくらいは朝飯前というものよ!」

「それでも凄いですぞ! 師匠がアイツならオレの代わりにもなるし安心だと言っていた意味がよく分かったですぞ!」

「え……え? ア、アイツがそんなことを言っていたのかしら?」

「はいですぞ!」

「…………そ、そうなの。ふぅん……」


 ヒメの耳が真っ赤に染め上がり、


「? ……ヒメ、照れてる?」

「て、照れていないわよ! そ、そんなことより、さっさとここから出るわよっ!」


 ウィンカァの追及が図星だったようで、恥ずかしげに顔をプイッと逸らすと、歩き始めた。ニッキたちもその後についていく。


「ですがヒメ殿、出口はどこですかな?」

「見なさい、あそこ」


 ヒメが指を差す先には、今まではなかった扉が出現していた。


「あの奥に例の水晶玉があるのか、もしくは先に通じる道になっているのかは分からないけれど、とりあえず……」


 ヒメは後ろからついてきているニッキたちの疲労感タップリの身体を眼にしてから足を止める。


「およ? 何で止まったのですかな?」

「……少しここで休憩よ」

「はい?」

「まずは消耗した身体を回復させなさい。この先にまた敵がいないとも限らないのだから」


 ヒメの懸念は正しい。消耗した力をここで回復させてから次に進むことで、生存確率がグッと上がるのを彼女は理解しているのだ。


「むぅ、しかし師匠が待っているかもしれないですぞ……」

「ん……急ぐ」

「ダメよ。アイツなら、私と同じ選択を取るはずよ。私はアイツの代わりなんでしょ?」

「う……はいですぞ」

「……分かった」


 二人は渋々了承することになった。


「安心しなさい。他の連中なら多分無事よ。何せ、あの伝説の『虹鴉』と魔神殺しの英雄がそれぞれの扉にいるのだから」



     ※



 そんな魔神殺しの英雄である日色はというと、ベガの《静寂のクドラ》によって、果てしない空間にそれぞれポツポツと浮いていた島々を一つに纏めてくれた大陸の上で本物の水晶玉を探して散策中であった。


「この島……いえ、大陸の広さは大体獣人界くらいでしょうか、ヒイロさん?」


 一緒についてきているミュアが、ミミルと手を繋ぎながら歩きつつ尋ねてきた。


「一応『調査』の文字で調べたが、大体それくらいみたいだな。しかし……」


 日色は周りにほぼ無数ともいえるほど浮かんでいる水晶玉を見て溜め息を溢す。いや、浮かんでいるだけではなく、地面にも幾つも転がっているし、まるで木の実のように木に成っているものまである。


「この中から本物の水晶玉を見つけるのは骨だな」


 実はもう『探索』の文字を使って本物がどこにあるか探そうとしたのだが、その効果を存分に得られることはなかった。


(まるでアダムスがいた《ソロモンの古代迷宮》のような場所だな)


 あそこも広大な空間に無数ともいえる扉の数が存在し、こちらが望むものがある扉を検索しようとしたが無駄だった。

 どうやらそういう能力を無効化する空間になっているようだ。


「しかし父上、このような大きな大陸の中からたった一つの本物を見つけることなど、できるのでしょうか?」


 レッカも心配そうに聞いてくる。彼の不安は尤もだ。


「……それはそこにいる奴に聞け。この大陸を作り出したのは、その女だ」


 ともについてきているベガに視線を送る。整った彼女の表情は常に微笑を蓄えている。


「申し訳ありません。私の力が万全であるならば、この空間に漂うすべての力を鎮めることができるのですが、残念ながら私にできるのはこの広大な空間を一所に凝縮させることが限界のようです」


 確かに彼女のお蔭で、わざわざこの世界に散らばる島々まで足を延ばす必要はなくなった。それは感謝できる。

 もし彼女が神王サタンゾアの《再現のクドラ》によって生み出された存在ではなく、生きていた頃の……存分に力を発揮できる状態であれば、この空間自体を形作っている力自体を消すことができたらしいが。


「この大陸のどこかにあるのは明白です。しかし本物を見たこともない私では、探しようがありません」

「まあ、仕方ありませんね。地道にハンターゲームと行きましょう、ヒイロくん」

「……お前は楽しそうだな、糸目野郎」

「ええ、これから何が起き、ヒイロくんたちがどのように対処していくのか、こんな近くで見られるのは至極観察者冥利に尽きますね」


 自分で観察者と言ってやがる……。

 しかしまあ、彼がこういう立ち位置だということを理解しているので、日色も敢えてこれ以上は突っ込みを入れない。ただ『念話』の文字で聞くべきことは聞くが。


“おい、糸目野郎”

“おや、何か聞きたいことでも?”

“一つ聞くが、そこにいる女はホントに自我を保っているのか?”

“ふむ。つまり彼女のあれは演技かもしれない……と?”


 そうだ。もしそうなら、背後からいつ襲われるか分からない。何とか隙を見て倒す必要があるのだが……。見事といっていいほど隙が見当たらないのだ。

 見た目はアダムスにも匹敵するほどの美女であり、大人しい雰囲気を持つ彼女だが、いざ戦闘センスを探ってみると、まるで歴戦の強者のような佇まいを感じさせる。

 どんな攻撃でも即座に反応をしてみますよと言っているように感じるのだ。


“間違いなく、今の彼女はベガさん自身の意志で行動していますね。きっと神王様や、僕の上司も驚愕しているのではないでしょうか”

“それも奴の《静寂のクドラ》というやつのせいか?”

“ええ、彼女の《クドラ》はとても強力で、彼女の前にはすべての昂ぶりは鳴りを潜めてしまいます。戦う意志そのものを静寂の名の下に鎮めてしまうのですよ”

“以前に、アルタイルとやらが戦いたくないと言っていたのは、それが原因か?”

“はい。戦う前に、その心を折られるのですから。戦士志向が強いアルタイルさんにとってはベガさんは天敵ですから”


 ただ彼女の力は平和を求める者にはとても優しく頼もしい力ではある。


“しかも相手に害を与えるような力を鎮めることもできますから、もし彼女が本意気で力を行使できたとしたら、この空間も消されていたでしょうね。まあ尤も、彼女が再現された存在である以上は、彼女本来の力をすべて発揮することは叶わないでしょうが”

“……とりあえず、その力で神王とやらの力を鎮めているから、自我が保っていると考えてもいいんだな?”

“ええ、まさかそのような使い方があるとは思わなかったですがね”

“なら一応は奴の言うことを信じておくか。ところで、お前は水晶玉について知らないのか?”

“ええ、知っていることといえば彼女と然程変わらないと思いますよ”


 そうだとしたら、やはり自分たちの手で地道に探すしかないのだろうか……。

 するとその時、大地が揺れ始めた。


 立っていられなくなるほどの揺れではない。体感で震度3か4ほどだろうか。家の中にいれば結構大きいな、と思えるくらいである。


「地震……ですね」

「これは……」


 ミュアの呟きに次いでベガが僅かに顔を上げて声を漏らす。ベガの反応が気になった日色は「何か知ってるのか?」と問う。


「ここは塔の中にありますが、塔とは別空間です。故にたとえ塔が揺れたとしても、その振動がここへ届くことはございません。ですから……」

「この空間そのものが揺れてるか、この大地が何かの理由で揺れてるか……か?」

「その通りでございます。ですがこの空間には私以外には設置されてはいないはずですが……」


 つまり彼女にも把握できない事象が起きているということ。


(恐らくは、神王とやらが保険のために用意していたものかもしれんな。……なら奴はアイツが裏切る……というより《静寂のクドラ》で自分の力を跳ね返されると危惧していたのか……?)


 最初からベガに信頼を置いていないのであればそれも可能だ。


“おい、糸目野郎”

“まるで女房でも呼ぶような呼び方に、少しは慣れてきましたよ”

“冗談を言ってる場合じゃない。この揺れについて何か知ってるか?”

“……恐らく、僕の上司か、神王様が何かしら手を加えているのでしょうね。ベガさんは最初から信用されてはいないようです”


 やはり彼もその見解に辿り着くか……。


“だが神王はバカなのか? 初めから裏切られる前提で事を進めるなんて正気じゃないぞ”

“そうでしょうか? 初めからそのつもりなら、それを含めてゲームを楽しもうとなさる方ですよ、あの方はね”

“裏切りによってしっぺ返しを食らってもか?”

“食らいませんよ。最初から警戒している神王様の上をいくことなどできません。ましてや神王様の《再現のクドラ》によって生み出されている者なら尚更ね”

“…………”

“ヒイロくん、覚えておいてください。確かに神王様は傲慢で不遜なお方ですが、誰もそれを打ち破れることができないほどの実力の持ち主だということを”


 体面上は部下のくせによく言うペビンである。


「……まずはこの揺れの原因を確かめた方がいいってことか……?」

「例の水晶玉と何か関係があると?」


 ミミルが可愛らしく小首を傾げる。


「さあな。それを確かめるためにも調べ――」


 刹那、日色は何者かの存在に気づく。それは殺気を滲ませゆっくりとこちら側へと近づいてくる。


「ヒ、ヒイロさま……?」

「お下がりくださいです、母上!」

「そうだよ、ミミルちゃん、わたしの後ろへ」

「レッカ……ミュアちゃん。何が……?」


 ミミルは分かっていない様子だが、他の二人はこの気配に気づいているようだ。

 ちょうど真正面を北にすると西側からそれは感じる。そして、周囲に散らばっている水晶玉がひとりでに動き出す。しかも向かう先は殺気を感じた西側だ。

 まるで吸い込まれるようにして向かっていく。西側はちょうど山々が連なりあっていて、向こう側が見えない。その向こう側へと水晶玉たちは飛んでいく。


 日色はペビンとベガの顔をチラリと確認する。二人が眉をしかめているということは、彼らにもこの状況の意図が掴めていないようだ。


(一体何が……?)


 すると突然のことだ。


「何か来るぜ、ヒイロ!」


 肩の上に乗っているテンが叫ぶと同時に、山を貫いて閃光が迸った。レーザーのように鋭いその光の塊が、真っ直ぐ日色たちの方へ迫ってきている。

 一目見て、凄まじい威力が込められている代物だと判断できた。咄嗟に設置文字である『防御壁』の文字を使おうとした時、


「――――《静けさへの導き(スティルネス)》」


 不意に聞こえるベガの声と同時に、日色たちの周りを緑色のオーラが覆う。そしてそのオーラに閃光が触れた瞬間、閃光はたちまち霧散して消失した。


(あれほどの攻撃を一瞬で無効化……? 全力を出せない状態でこの力……!)


 ベガの底知れない実力に戦慄する日色。


(よくよく考えれば、神王の力を跳ね飛ばし自我を保っているし、さらにこの空間の力もある程度弱めている事実。これが……『神人族』)


 改めて恐ろしい存在だと認識する。同時にそんな者たちと今戦っているであろう仲間たちの無事を強く思ってしまう。


「ち、父上! あれをご覧くださいです!」


 レッカが指を差す方向。それは穴が開いた山の向こう側からゆっくりと顔を見せた奇妙な物体。


「な、何だあれは……っ!?」


 それは先程この場に存在した水晶玉と同じ球体の形をしていた。ただし、その大きさは比べられるものではなく、推定だが直径五十メートルはあろうではないかという巨大さ。


「あれは…………サタンゾア様もお人が悪いですね。まさかアレを使われるとは」

「どういうことだ? あれは何だ、糸目野郎?」


 しかし答えてくれたのはベガだった。


「《エクヘトル》――――あれはそう呼ばれております」

「何だ、それは?」

「我々の住んでいた星の兵器の一つです」

「兵器……だと?」

「はい。元々は罪人を監視し、法を破る者を自動処刑する存在ですが、本来はもう少し小さなもののはず。どうやらサタンゾアが手を加え、あれだけの大きさにしているのでしょう……。恐らくはこの空間に存在していた水晶玉はすべて《エクヘトル》の栄養源だったのかもしれません」

「おい、まさか破壊すべき水晶玉ってのは、あれのことじゃないだろうな?」


 日色は不機嫌面をしてペビンを睨みつける。


「そのようですねぇ。いやぁ、まさか神王様の仰る代物が《エクヘトル》だったとは、恐れ入りました」


 なら楽しそうに喋るなと頬をほくほくに緩めている彼に言ってやりたいが、今はそんなことよりも……。


「水晶玉が見つかった喜びよりも、あれを破壊しなきゃならない面倒さの方が大きいぞ」


 極めて巨大な存在であり、処刑兵器でもあるとは、どこまでもふざけた奴である、神王という存在は。

 するとまた《エクヘトル》からビームが迸ってくる。今度は恐ろしいことに数え切れないほどの連射だ。


「――――心配ございません。私がこの場にいる限り」


 ベガの力を顕現させた緑色のオーラが、飛んでくるビームを消失させていく。


(便利な力だ……が、この中にいると思考が鈍る)


 相手をどう倒すか考えようとするが、全然考えが纏まらない。それどころか、全身の力が抜けていくような気さえする。いや、戦闘意欲が失われていくような感じと言った方が良いか。


(なるほどな。これが《静寂のクドラ》ってわけか。確かにこの力は厄介だ。中にいれば、争おうという気持ちがこれっぽっちも浮かんでこない。むしろ横になって本でも読みたくなってきたぞ)


 襲われている状況であるはずなのに、心はどんどん穏やかになっていく。確かに彼女と戦闘をするのはとても難しいようだ。


(だがこのままじゃ、埒が明かないのも事実)


 水晶玉を破壊しなければ、この空間にずっと居続けることになるからだ。

 そうこうしているうちに《エクヘトル》が目の前まで迫ってきていた。


「大丈夫です。私が――っ!?」


 ベガが突然胸を抑えて膝をつく。しかも口から大量の血を吐いた。


「ベガさんっ!?」


 ミュアが青ざめた表情で彼女に近づき介抱しようとする。


「だ、大丈……夫……です」


 一体何が彼女に起こっているのか日色にも分からない。その時、ペビンが口を開いた。


「おやおや、やはり病気まで再現されていたようですね、ベガさん」

「病気……だと?」

「ええ。彼女は不治の病にかかっていましてね」

「不治の病……?」

「《腐蝕病》……。《クドラ》を使う度に体内の臓器が腐っていく病です。……そうですか、今分かりました。あの時、あなたが神王様と戦わずに死んでしまったのは、すでにもう《クドラ》を使えなくなっていたから……ですね?」

「…………」


 彼女は沈黙する。つまりは肯定という意味なのだろう。


「いえ、使っても同時に命を散らしてしまう。もうあなたの身体は限界まできていた。ですから戦えなかった……ですか?」


 やはり彼女は答えない。ミュアとミミルが「そんな……」と悲痛な顔を浮かべる。優しい彼女たちのことだから、ベガの境遇をまるで自分のことのように悲しんでいるのだ。


「……あの時は…………守れません……でした」


 ベガが口元の血を拭い立ち上がる。その瞳は今まで以上に強い光を宿していた。


「今度は……守るべき者を……守らせてほしい……のです」


 チラリと彼女が日色の目を見てくる。


「……イヴァライデアは、私の友でも……あったのです」

「っ!?」


 突然の告白に目を丸くする日色。


「無論、アダムスも。ですが私は彼女たちを……守れなかった。ですがこうして再び、彼女たちの意志を継ぐ者たちが来てくださいました。今度……こそ」


 瞬間、さらに緑色のオーラが広がり始める。ベガの力がさらに注がれているのだ。だが同時にまた彼女が血を吐く。


「や、止めてください、ベガさん! それ以上は!」

「そうです! 死んでしまいます!」


 ミュアとミミルが彼女を止めようとするが、ベガは優しげに微笑み、


「ありがとうござい……ます。お優しい天使たち。ですがこれは……償いでも……あるのです」

「償い……?」


 ミュアが呟く。すると驚くべきことをベガ言う。


「サタンゾアを――――――――我が弟を止められなかったのは姉である私の罪ですから」



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