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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
237/281

237:ノアVSビッグディッパー

「はあっ、はあはあはあはあ…………くっ」


 リリィンはアルタイルを幻術にハメて倒した後、グラリと視線が回り膝をついてしまう。


「そ、想像以上に……魔力と体力を使った……ようだな」


 懐から、小袋を出して、その中にある体力と魔力を回復させられる薬を出す。


「まさか、『神人族』がこれほど……厄介だったとは……ふぅ」


 とにかく日色たちを追おうにも、このままだと歩くことすら億劫。とりあえずは消耗した体力と魔力を回復させる必要がある。

 取り出した回復薬を服用しようとした時   背後から何者かの視線を感じた。

 咄嗟に振り向くと、そこには見たことがある人物がいた。


「貴様は――――戦争で死んだはずではっ!?」

「君とは接する機会はなかったけどね」


 名前は確か……ハーブリードという男だ。魔軍の一部隊の隊長であり、獣人との決闘ではアノールドと戦い、《イデア戦争》では突撃隊の任に就いて、イオニスとともに戦場を駆けたが、ビジョニーの魔法によって呆気なく殺されてしまったと聞いていた。


「……そんな貴様が何故ここに……っ!?」

「フフフ、それはね、こういうことさ」


 彼の背中から、ペビンと同じ六枚羽が出現。その姿を見た瞬間、リリィンにはハッキリと理解できた。彼は……敵なのだと。そして……。


「貴様……『神人族』だったのか?」

「そうだ。俺はハーブリード。字名はデネブというんだけど、好きに呼べばいいさ」


 不敵に整った顔を笑みで歪めるハーブリード。


「……つまり最初から貴様は魔王イヴェアムに付き従ってはいなかったということだな?」

「ハハハ、何故この俺があんな小娘に従わなければならないんだ? 俺が従うのはただ一人、神王サタンゾア様だけさ」

「……なら何故貴様は魔軍の隊長の座にいた?」

「内部から観察するためさ。魔王の動向をね」

「……何?」

「こう見えても、魔軍の中で結構な信頼を勝ち取っていてね、魔王からも頼りにされていたんだよ。……親書の内容を見せてもらうほどまでにはね」

「……親書? イヴェアムが以前各王たちに送っていた和睦親書のことか?」


 ニヤリと口角を歪めたハーブリードが言う。


「そう。その親書を届ける役目は、この俺の部隊が請け負っていたんだよ」

「ま、まさか貴様――」

「そのまさかさ。時には親書の内容を改ざんし、時にはそのまま親書を届けることもあった。何故そんなことをしたか疑問か? 簡単さ。あの時期、下手に魔王が他の国と手を組むようなことをしてほしくなかったからだ。そんなことをすれば、せっかく戦争という面白い行事が見れるのに、それを台無しにすることなんてできないだろ?」

「貴様……狂っているな」

「そうか? 至極まっとうだよ。君もボードゲームをやるだろ? それと一緒さ。手駒を操作し、世界を自由に変動させる。時には平和を、時には争いを……、それができる俺たちは神そのものなんだよ」

「驕り高ぶるな、外道めがっ!」


 リリィンは口元から垂れている血を乱暴に指で拭き取ると、ハーブリードに鋭い視線をぶつける。


「ワタシたちは、貴様らの駒なんかではないわ!」

「そう思っているのは、君たちだけなんだけどなぁ。どこまでいっても、君たちが俺たちを倒さない限り、ずっと手の平の上さ」

「っ!?」


 刹那、ハーブリードの手にはいつの間にか剣が握られてあり、横薙ぎに一閃しリリィンを斬り裂こうとしてきた。咄嗟に身をかわすが、手に持っていた小袋を剣で斬られてしまった。床にぶちまけられる薬。


「ちィッ!」

「ハハ! 避けるね! もうそんな体力がないと思って捕らえに来たんだけどなっ!」


 素早い動きで間を詰めてきて、剣の連撃を繰り出してくるハーブリード。

 今のリリィンは必死に思考を巡らせ、この場を乗り切ることを考えていた。正直、この身体で二戦目をやるのは無理がある。


(もう少し時間があれば、回復できたものを!)


 相手は恐らく幹部。ペビンと同等の実力を有しているのであれば、今のリリィンでは勝ち目がない。


「ハハハ! これでどうかな!」


 剣が瞬時に鞭に変化し、ハーブリードが振るう。リリィンとの距離を一気に潰し、その身体を捕らえてしまった。


「ぐっ!?」

「さあ、捕まえた。サタンゾア様には、『精霊の母』の転生体を捕まえろと言われているけど、まずは君で試すのもいいだろう。何といっても君はアダムスの器……、もしかしたらひょっこり扉が開くかもしれないからね」


 彼が自分を捕らえ、《イヴダムの小部屋》を開こうとしていることが分かる。リリィンもまた日色と同じく《不明の領域者》であり、あのアダムスの生まれ変わりでもあるのだ。

 部屋の封印を解くことができる資質は十分にある。


「そんなっ……ことは……させん……!」


 身体に巻きつく鞭を必死に引き千切ろうとするが、ビクともしない。


「俺は《練成のクドラ》を持っててね、こうやっていつでも好きな時に、好きな武具などを練成することができるんだよ。冥土の土産にとっておいてくれ」


 リリィンに近づいたハーブリード。そしてリリィンの首に手刀を落とす。成す術もなくそれを受けたリリィンは膝を折ってしまう。


「ぐ……ぁ…………ヒイ……ロ……」


 すまないという想いを口にできないまま、リリィンは意識を失ってしまった。



     ※



「さて、とりあえずはコレを《イヴダムの小部屋》へ連れていくか」


 気絶したリリィンを見下ろしながら、彼女を拘束していた鞭を消失させる。


「……一応確かめておくか」


 ハーブリードは、同じように倒れているアルタイルのもとへ向かい、彼女の様子を確認する。


「……どうやら完全に幻術に囚われているみたいだな。これはもうダメ……か。仕方ない」


 ハーブリードの右手にナイフが出現し、そして――――


「……役立たずはいらないからな」


 アルタイルの身体から夥しいほどの血液が床へと流れ出る。残酷な行為を、さも決まり切った日常かのような雰囲気で、彼女を一瞥したあと、再びリリィンのもとへ向かう。

 リリィンの小さな身体に手を伸ばそうとした時、ハーブリードの死角から衝撃が彼を襲う。左側からの衝撃。しかし吹き飛ばされたものの、ハーブリードにはダメージはなかった。

 咄嗟に彼の左腕には大きな盾が握られてあったのだ。


「っ…………危ないところだったが」


 ギロリと、自分を吹き飛ばしたモノを睨みつけるハーブリード。

 リリィンの傍に立っていたのは、真っ黒いローブに身を包んだ、正体不明の存在。


「!? …………何者だ?」


 しかし黒ローブの人物は答えるつもりはないのか、右手をゆっくりと上げてハーブリードに向ける。それと同時に、その人物の足元から広がる水溜まり。その水溜まりは、リリィンの身体の下まで広がり、彼女の身体を沈み込ませていく。


「させるかっ!」


 ハーブリードは鞭を形成し、黒ローブの人物に向けて切り裂くように払おうとするが、相手の右手から水の塊が次々と放出されてしまい、咄嗟に盾でガードすることに。

 周囲に水が散り、その圧力によって徐々に後方へと身体をずらされていく。


「ええいっ! 鬱陶しいっ!」


 大剣を顕現させて、大きくぶん回し水の塊を斬り裂いたハーブリード。しかし彼の目に映ったのは驚愕の事実。

 そこにはすでに黒ローブの人物はおろか、リリィンの姿も消失していたのだ。


「くっ……!? 何だ……一体何者なんだ……アイツは?」


 この【ヤレアッハの塔】へ来る方法は限られている。『神人族』が知っている、転移魔法陣を使うか、日色たちのように【イデア】を越えて宇宙を渡ってくるかのどちらか。

 日色一行を観察していたが、あのような人物は傍にはいなかった。というよりも、彼らは今は三つの扉の奥で奮闘しているはず。全員が扉に入ったのはサタンゾアとともに確認している。

 つまりここに日色の仲間がリリィンを助けに来ることはできないはず。


「まさか一人で宇宙を渡ってきたとでもいうのか……? いや、それは有り得ない。《文字魔法》を持つヒイロ・オカムラならともかく、他の奴が単独でやって来られるわけがない」


 ならば一体あの黒ローブはどうやって塔へやって来たというのだろうか……。


「いや待てよ……あの水の魔法、どこかで…………っ!?」


 しばらく考え込んでいると、ようやく答えに辿り着けた。


「そうか、アイツか……確か水の転移魔法を使っていたな。名は――ユウカ……だったか」


 思い出すのは、アヴォロスに心酔していた一人の少女。日色と同じく地球という星から召喚された勇者の一人。


「生きていたのか。しかしたとえ転移魔法の使い手だとしても、ここまで転移先を延ばせるとは思えない。一体どうやってここへ……」


 だがすぐに頭を振り考えを振り払う。


「いや、どうやって来たかなど問題ではない。とにかく、警戒だけはする必要があるな。サタンゾア様にもお伝えせねばならないし……一旦戻るか」


 謎の助っ人の登場に動揺しながらも、自分のやるべきことを思い出し、ハーブリードは空へと昇っていった。



     ※



 リリィンがアルタイルを倒した頃、三つの扉の内、左の扉に入ったスーは、対峙していたビッグディッパー相手に防戦一方を強いられていた。

 相手の情報は日色から念話で聞いたのだが、七人の敵を同時に殲滅しなければ倒せないという条件はなかなかに厳しい。


 二人、三人なら同時に倒すこともできた。しかし皆が同じ場所に集っているわけではないので、結局すべてを同時に倒すことができずに復活してしまう。

 ただビッグディッパーの能力の制限について幾つか分かったことがある。


(――――――――恐らく七人に分裂すると、互いに離れ過ぎてはいけないようだな。その証拠に、もしその制限がないのであれば、一人はこの部屋から出て隠れて攻撃し続けた方が確実だしな)


 そうすれば、たとえ六人が一気に倒されても、七人目が無事なのですぐに復活することができるし、ほぼほぼ無敵状態ということだ。


(――――――――恐らくはこの空間……この部屋の中が、奴らが能力を最大限利用できる範囲なのだろう)


 箱型になっている周囲を鉄に覆われている空間。


(――――――――あとは、奴の攻撃の癖。必ず誰かが囮になって、死角を他が突くといったセオリー通り。教科書通りの攻め方が、我にとっては至極読みやすい)


 一つ一つの攻撃、速度、威力は磨かれてあり強力なものだが、型に嵌まったような戦い方なので、予測が立てやすく攻撃をかわしやすいのだ。


(――――――――ただやはり問題なのは、相手が七人もいることだな。こちらから攻撃しようにも、すぐに復活してしまう。それに多勢に無勢で、このままだといずれ我の体力も限界にくる……か)


 そうなれば、今は攻撃を予測しかわし続けることができているが、それも不可能になっていく。

 その前に決着をつけなければならないのだが、いくら相手の動きを予測できるといっても、常に七人目は攻撃に参加せずにスーと一定の距離を保ち防御態勢を整えているので、同時撃破が非常に困難なのだ。


(――――――――一人だけ安全圏にいて、六人が囮攻撃を繰り返す。これもまたセオリーか。基本的な戦術だが、奴らの身体能力が高いから、洗練された基本になっている)


 故にスーも手を出し難く困っているということ。

 しかしいつまでもこのような状況を維持していても始まらない。相手にも体力が存在するだろうが、向こうは七人で、スーは一人。先にバテてしまうのはスーの方なのは自明の理。


(――――――――あのバカ者はまだ……起きぬか)


 部屋の隅で寝かせているノアを見て溜め息が零れ出る。彼が手を貸してくれればこの状況も打破することができるだろう。しかし眠っている彼を起こすのは至難の業。

 原則的に、外からの衝撃であまり起きることはないのだ。腹が減ったり、夢見が悪かったり、眠りが十分だとノアが感じたら自然に目を覚ます。


 それと、何故スーがノアを守らないかというと、その必要が無いからである。先程、当然ビッグディッパーが、寝ているノアに近づき攻撃をしようとしたが、寝ていても自然と戦闘に反応して身体が動く戦闘反射能力を持つノアなので、近づいたビッグディッパーを、すぐさま殴って吹き飛ばしたのだ。 


 それは二体同時にかかっても同じ結末を迎えた。今ではビッグディッパーも、ノアのことは放置しておいて、先にスーを倒すことに決めたようだ。


(――――――――さて、どうすればいいか……)


 周囲を囲んでいる六人のビッグディッパーに、少し離れて防御態勢を整えている七人目。


(――――――――とにかく、まずはこやつらを一か所に集める必要がある)


 スーは六人の包囲網を潜り抜けてまずは七人目を捕縛するために動き出す。この七人目が全員を復活する役目にいるのなら、まずは先にこの者を捕縛しておこうと考える。

 しかし次の瞬間、スーを追うビッグディッパーの数に驚愕する。それは五人。

 そして七人目だったビッグディッパーも、防御を解き、攻撃態勢に入り身構えている。


「――――――――スイッチか!?」


 見れば、先程スーを囲っていた六人のうち、一人がスーを追わずに防御態勢を敷いた。つまりスーが捕縛しようとした七人目と役目を交代したということ。


(――――――――そうだ、迂闊だった! こやつらは全員が全員同じ存在。いつでもその役割を変えることができるのだ)


 七人目を捕縛して、彼を助けにくる六人を一網打尽にしようと思ったが、向かってきているのは五人。これではたとえこの場にいる六人を一気に倒しても、離れている一人が無傷なので復活してしまう。

 ともあれ、今はこの場を切り抜ける必要がある。


「――――――――スパークレイ!」


 スーの身体から閃光のように走る電撃のレーザー。それがビッグディッパーたちの胸を貫いていく。しかし貫けたのは六人。七人目が無事なので、当然……。


「――――――――復活するか……」


 胸にあいた穴が徐々に治癒していき、倒れていたビッグディッパーたちはムクッと起き上がる。本当に厄介な能力だとスーは辟易してしまう。


(――――――――魔力にも限りがある。大分消耗してきたな……いや、それは恐らく相手も同じだ。しかしこのままでは先に枯渇するのは我だろう)


 その前に何とか決着をつけなければならない。するとその時――


「ふわぁ~……」


 この緊張感の中、似つかわしくない欠伸をしながら声を漏らす者がいた。


「……あれ、スー? 何してんの?」


 ノアだった。どうやらずいぶん睡眠を取り、目覚めてくれたようだ。


「――――――――ようやく目を覚ましたか、馬鹿者め」


 ビッグディッパーたちも、突然のノアの目覚めに警戒している。そんな警戒を外に、ノアは大きく伸びをして首を回して骨を鳴らす。


「んん~! よく寝たなぁ~って、あれ? もしかして戦ってんの!? ズルいよスー。自分ばっかし!」


 彼の物言いに青筋を額に浮かべるスー。しかし怒ったところでどうしようもないことはスーは長い付き合いから理解しているので、溜め息だけを吐く。


「ねえねえ、おれも戦っていいよね? ちょっと身体、動かしたいしさ~」

「――――――――好きにしろ。それと目覚めたなら、さっさと終わらせるぞ」

「ええ~、スーってば苦戦してるみたいじゃん。だったらコイツら強いんでしょ? あ~楽しみだなぁ」


 またノアの悪い癖が出た。もともと『虹鴉』という種族は好戦的で、強さを追い求める存在だ。故に強き者との戦いを好む。そうすればより高みにいけると信じているのだ。


「よ~し、楽しむぞぉ~!」


 スーは一先ずノアの元へ向かう。そして彼の隣に立つと、


「――――――――一人でやるか? それとも……」

「ん~そういえばさぁ、上にはもっと強い奴がいるって話だよね?」

「――――――――まあ、こやつらはそいつに操られているようだからな」

「ふぅん、スーが手こずる相手を、いとも簡単に操っちゃう奴かぁ。強そうだよねぇ」


 睡眠もバッチリでやる気十分なのか、獰猛に彼の目が光る。


「ならさ、とっとと終わらせて、上に行こうよ。ヒイロにその獲物をあげるのは、何かもったいないし」


 これだから戦闘狂は……とスーは肩が落ちる思いだ。

 その時、ビッグディッパー六人が、一気にこちらへ向かってきた。ノアは手に持っている《断刀・トウバツ》を光のような速さで抜くと、眼にも止まらない剣閃が周囲に走る。


 するとビッグディッパーたちの両手両足、それに首が見事に切断された。ボタボタと床に首などが落ちて倒れ込むビッグディッパーたち。


「……あれ? 弱いじゃん! どういうことさ、スー!」

「――――――――そのようなふくれっ面をされてもな。よく見てみろ」

「え?」


 ノアが切断したビッグディッパーたちの首などが自然に動き、元の身体にひっついて回復していく。


「……うわぁ、気持ち悪ぅ……」


 復元する瞬間は確かにグロテスクなものを感じる。そしてまたも完全復活するビッグディッパーたちを見て、ノアの目が好奇心で光る。


「おお~! 生き返ったぁ。ゾンビ? 塩とか効くのかな?」


 楽しい玩具を見つけたような表情をするノアに、彼らがどういった存在なのかスーは教えた。


「ふぅん、つまり一気に七人ぶっ殺せばいいんだ。何かめんどーじゃない?」

「――――――――仕方なかろう。そういった能力なのだから」

「ま、それもそっか。んじゃ、さっさと倒して、上の奴と戦おっかな」

「――――――――やる気があるのはいいが、油断だけはするなよ。こやつらは『神人族』。まだ隠し玉があってもおかしくはないのだからな」

「隠し玉? それって何?」

「――――――――分からぬから隠し玉なのだ」

「あ、そっか。ま、別にいいや。あればそれごと潰せばいいし」

「――――――――そう簡単にいけばいいがな。再度確認するが、一人で戦うのだな?」

「ん~どうしよっか?」

「――――――――こちらが聞いているのだが?」


 ノアとの会話のキャッチボールは非常に疲れる。


「そだね。ちょっと一人でやってみる。肩慣らしにさ」


 明らかに相手を下に見ているノアだが、これは基本的にいつもの彼のパターンなので放置しておく。痛い目を見るなら、それはそれでノアの教訓にもなるだろう。

 まあ、今までそう思っていたが、結局は一人でサクッと乗り越えていくので腹立たしい面もないことはないが。


「よ~し、バトルかぁ!」


 ノアとビッグディッパーとの戦いが今始まった。



     ※



 ビッグディッパーが一人を残して六人一気にノアへと襲い掛かる。それぞれが自身の身体に刺さっている剣を抜き、突き、斬りを使い分けて攻撃してきた。


「――――其は盾、万象を弾く五の青」


 ノアの呟きにより、莫大な魔力が溢れ出てノアの周囲を球体状に覆っていき、徐々に硬質化していく。

 ノアのユニーク魔法である《七色魔法(カラーズ・マジック)》だ。それぞれの色に込められた能力を使いこなすのが、ノアの力である。

 敵の剣が構わずその青い壁へと向かってくるが、彼らの剣は壁に弾かれビクともしない。


「ムリムリ。そんな力じゃ、おれの青は壊せないって」


 球体の中からノアが言う。


「もっとさぁ、全力を出せばいいと思うよ? じゃなきゃ、すぐに終わるから」


 次の瞬間、青い壁が爆発するように弾け、周りにいたビッグディッパーたちは後方へと吹き飛ばされる。

 体勢をすぐに整えるビッグディッパーたちだが、ここからはノアのターン。


「其は波、あまねくものを飲み込む二の橙」


 ノアの上空の空間が横に亀裂を生んでいく。まるでチャックでも開けるかのように開いた空間の中から、オレンジ色をした津波が出現しビッグディッパーたちを呑み込んでいく。

 ただし七人目は距離が離れていたこともあり、呑み込まれずに回避することができた。

 呑み込まれた者たちは、必死に足掻いて抜け出そうとするが、


「橙は鉛みたいに重いでしょ?」


 波に衝突したほとんどの者は全身の骨が潰されている。それほどの重さをこの波は有している。

 最高の硬度と、水の数倍の重量を持つ橙の波。それが上空から身体にのしかかるのだから、骨が粉砕しても至極当然といえる。


 普通ならこれで戦闘終了なのだが、ビッグディッパーの特殊能力で、傷ついた部分が修復していく。


「おお~、やっぱ便利っぽいね、その能力」


 七人目が無事なので皆が復活する。


「ん~、この部屋全体を橙で覆ってもいいんだけど、塔が壊れたらスーに怒られそうだし…………よし、ならこれでいこうかな」


 ノアの背中から、虹の粒子が顕現し軌跡を生む。それがまるでオーロラのように波打ち、翼を形成していく。白に近い灰色の髪が、虹色に輝き出す。


「こうなったら、おれ、もっと速いから」


 橙の波を消し、ノアは小さく呟くように言う。


「其は偽、数多を顕現せし六の藍」


 刹那、ノアの足元から藍色に染まっていき、全身を覆い尽くした後、ノアと同じ風貌の存在が複数出現する。ビッグディッパーの数と同じ七人だ。


 ギョッとなった様子のビッグディッパーを無視し、虹の粒子を走らせながら瞬時に七人が彼らの懐へと迫る。ビッグディッパーはまるで反応できていない。

 これで同時に彼らの首を刎ねれば、条件達成で彼を撃破することができる。


「君もさ、大したことなかったね」


 つまらないと感じつつも、《断刀・トウバツ》をビッグディッパーの首へと走らせる。


 ――――キィィィンッと小気味の良い音が響き、カランカランと、床に刃物が落ちた音がする。落ちたものは…………ノアが持っていた刀だった。


「――――――――バカな……!?」


 その光景を見ていたスーが眼を丸くする。


「……へぇ」


 しかしノアは驚くどころか、目の前にいる敵を見て楽しげに頬を緩めていた。

 正直、これで終わりだとノアは思っていた。スーをてこずらせたのは、ただ相性が悪かっただけのようだと落胆していたのだ。

 しかしやはり、彼には隠し玉があったことにノアは喜びを得る。


「それが、君のほんとの姿ってわけ?」


 頭部を覆っていたフルフェイスの仮面がなくなり、人間らしい顔立ちが現れている。男で坊主頭。しかし切れ長の瞳に、キリッとした眉。スッとした輪郭を見ると、確実に男前と呼ばれる位置にはいるだろう。

 歳の頃は、見た目では二十代後半ほどだろうか。気品さえ感じさせる雰囲気は、とても身体に剣を刺して平然としているような輩には見えなかった。


 そして今、彼らの身体から巨大な剣の切っ先が出現し、それがノアの刀を弾いたのだ。


「――――――――一体どういう身体の構造をしているのだ?」


 スーの疑問も当然だろう。身体の中から刃物が出てきているのだから。初めて会った時から、体中に武器を刺しているような不気味な存在だったが、今回はさらに不気味度を増す。


「……《七星の刃》」


 ビッグディッパーたちが言葉を紡いだ瞬間、ノアはゾクリと背中に走るものを感じて、咄嗟に後方へと跳び退く。それが正解だった。

 ビッグディッパーたちの身体から幾本もの刃が伸び出て、先程までノアがいた場所を貫いたのだ。


「ほえ~、面白い身体だし」


 とりあえず飛ばされた刀を取りに向かおうとすると、阻むように六人が向かってくる。この期に応じて七人目を残すといった用意周到ぶりはさすがだ。


「でも残念、おれはもっともっと速いから」


 ノアは垂れている眼を細めると、


「其は瞬、光の如くあらゆる場へ赴く三の黄」


 言葉の終わり、ノアの全身が黄色に染め上がる。するとその場から消えるようにして動き、ビッグディッパーたちが見失っている間に、刀が落ちている場所へと姿を現した。

 そして刀を拾い上げると、鞘に納める。


「ん~刀だけじゃムリっぽい?」


 その時、六人のビッグディッパーが身体を高速回転し始めた。身体から出している刃のせいもあり、床がドンドン削られている。


「――――――――気をつけろ、ノア! 来るぞ!」


 スーの言葉と同時に、六人が次々と時間差で突撃してきた。回避はするが、壁に当たってもピンポン玉のように弾かれてさらに速度を高めながらノアへと迫ってくる。不規則な動きをする刃の塊が六つ。

 少しでも触れてしまえば身体が刻まれてしまうだろう。


「おっと、よっと、わっと! ちょ、ちょっと待って――」


 乱回転をして威力を高めている彼らの攻撃を、何とか刀で以て防御するが、四方八方から突進してくるので、さすがに手が回せなくなってくる。

 分身体は、本体のノアより明らかに身体能力が劣るので、三体以上で一気に攻められてしまえば防御が崩されて倒されてしまう。

 ノアの分身体が次々と潰され、残りはとうとう本体のみになる。


「其は盾、万象を弾く五の青」


 先程あっさりと攻撃を弾いてくれた盾を生み出すノア。激突してくるビッグディッパーたちを弾いていくが、何度も何度も繰り返されることで、段々と壁にヒビが入っていく。


「あっちゃ~……これはマズイっぽいかなぁ」


 あまり焦りは覚えていないノアだが、思った通り次の突撃で壁は破壊されてしまった。咄嗟にその場から上空に逃げる。さすがに空は飛べないないだろうと思っての回避方法だったが、それは浅はかな考えだった。

 床や壁に当たって跳ねながら、空にいるノアへと迫ってくる。


「ちっ!」


 初めてノアは舌打ちをし表情を歪ませる。刀で下方からやって来たビッグディッパーの攻撃を防ぐと、火花が微かに髪を焦がす。そうこうしているうちに左右からも迫ってくる。


「はあっ!」


 全力で刀を振り下ろし、下方のビッグディッパーを床へと叩き落としてから、さらに上空へと翼を動かして回避したが、ノアのさらに上空から、天井を跳ねて迫ってきている者がいた。


「めんど……っくさ!」


 すぐに気配を悟って振り返り刀で防御するが、残りのビッグディッパーが再び左右から挟み撃ちをしてくる。


「青色っ!」


 正確な詠唱を短縮して、青い壁を顕現させる。しかし短縮すると、発言速度は上がるが精度は確実に劣化してしまう。そのせいで、左右からの攻撃で壁が崩され、彼らの攻撃がノアに届いてしまうと思われたが、すぐに「黄色っ!」と叫び、その場から脱出する。


 それでも完全には回避することができずに、逃げる際に左足がズタズタに斬り裂かれてしまう。


「ぐぅっ!」


 痛みに呻き声を上げてしまうノア。スーもノアの名前を叫んでいる。だがノアは、楽しくて思わず頬を緩めてしまう。

 体勢を整えて、空を自由に飛び回りながらビッグディッパーの動きを観察していく。


「……うん、なかなか良かったよ。この傷は、その代償としてもらっておくよ。だから………………もう終わらせるよ」


 バサァッと大きく虹色の翼をはためかせ、周囲に虹の粒子が撒き散らされる。そしてノアの獰猛に光る眼を見たスーは、


「――――――――まさかこの場でアレを使うのか!?」


 と言って、ノアから距離を取るために、この部屋に入って来た入口へと逃げ出す。


 そしてノアは紡ぐ――――。


「…………其は爆、全てを爆ぜさせる一の赤」


 ノアの身体から真っ赤に彩られた拳大の球体が、数え切れないほどに周囲に放出される。無論動き回っているビッグディッパーたちの身体にもそれが毛玉のように付着する。だが何も起こらない。


「……同時、殺らないとダメなんでしょ?」


 冷ややかな瞳で残りの七人目を見下ろす。赤い塊は部屋中を埋め尽くすように増殖していき、避けようと動き回っている七人目のビッグディッパーも、結局身体に付着させてしまった。


「…………捕らえた。これで…………終わり」


 瞬間、空間を浮遊する赤い塊がそれぞれ同時に爆発を起こした。もちろんビッグディッパーたちの身体に付着したものまで全てだ。

 スーも、あまりの爆発量に身を屈めて入口の近くで避難している。爆発が爆発を呼ぶような凄まじさ。鉄に覆われていた部屋だからまだマシだっただろう。ここが木や石などで作られていた部屋だったのなら、この爆発で跡形もなく吹き飛ばされていたこと間違いなしだ。


 ノアは自分の身体を青い壁で覆っているが、爆発の威力が大き過ぎるようで、壁が壊れてしまい近くの爆風に当てられて壁に吹き飛ばされてしまっている。

 そしてようやく十秒以上にも及ぶ爆発音が鳴り止むと、スーは起き上がり周囲を確認する。直接爆発を身体に受けたからだろうか、誘爆も受け、ビッグディッパーの身体は見当たらない。

 どうやら同時に倒すという条件を達成できたようだ。


「――――――――それにしても、こんな狭い空間で赤を使うとは……」


 呆れながら壁に埋もれているノアのところへ行くスー。


「…………おれの勝ち」

「――――――――勝ちは勝ちだが、もっとスマートに勝てないのか? 大体、橙の力でも部屋全体を覆えば勝てたのではないか?」

「……う~ん、そだね。今考えると、これだけ頑丈な部屋なんだし、それでも大丈夫だったかも。あ、けど同時にってのが難しかったかも……多分?」

「――――――――まあ、橙の力では確かに大勢を倒せるが、それぞれに時間差が生じてしまうかもしれんな。しかしよりにもよって赤とは……」

「いいじゃん。それよりさ、すっごく足が痛い。あ、身体も」

「――――――――あれだけの爆発の中にいたのだ。普通なら死んでてもおかしくはない。まったく、無茶をするものだ」

「おれ、負けたくないもん」


 誰が相手でも決して負けたくないのだ。勝てるなら多少の傷を受けることくらい何てことはない。

 スーがノアの手を引っ張り、壁から抜け出させ床に下ろす。


「うえ~、左足が痛い……」

「――――――――だったらとっとと治せばよかろう」

「あ、それもそうだね」


 ポンと手を叩くノア。ゆっくり息を整えて、静かに唇を震わせる。


「其は癒、無限の傷を治癒せし四の緑」


 ノアの身体から溢れ出す魔力が緑色に変化して、傷を覆っていく。すると傷だらけだった身体が驚くべき速度で治っていった。


「……ふぅ、しんど」

「――――――――どうやら、ここには例の水晶玉はないようだな」

「ええ~頑張り損? 何か急に眠たくなってきた……ふわぁ~、ま、いいや。とにかく寝る。あとはよろ……しくぅ……」


 バタリとこと切れたように横になるノアに対し、


「――――――――はぁ、まだ寝るのか」


 ノアの睡眠欲の強さに辟易するノア。


「――――――――しかしまあ、よくやったな、ノア」


 スーはノアの頭をそっと撫でると、彼を背中に負ぶって出口を探して歩き出した。

 ノアVSビッグディッパーの戦いは、ノアに軍配が上がった。

 




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