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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
232/281

232:アダムスとの真なる対話

 青い炎を纏ったサラマンドラが、上空から日色たちに向かって滑空してくる。その速度は赤い炎を纏っていた時と比べて遥かに増していた。


「にょわぁぁぁっ!?」

「くっ!?」


 素早いはずのニッキとウィンカァも、相手の突進をギリギリ回避できているが、やはり魔力の減少が激しいのか、普段より動きが鈍い。


 日色はまだ魔力に余裕があるが、それは回復薬を摂取したお蔭でもある。


(回復薬も残り少ない。ここが魔力を奪われていく場所だと分かっていれば、それなりに回復薬も用意してきたんだが)


 後の祭りである。一度足を踏み入れてしまったからには、このまま脱出するわけにはいかない。ここまで来たのだから、是が非でもサラマンドラを倒して《強欲の首輪》を入手しなければ割りに合わない。


「お前ら、これで一応回復しろ!」


 日色が所持している《赤蜜飴》をニッキたちに投げ渡す。彼女たちもしっかりチャッチすると、口の中に放り込んだ。


 本来ならペビンやシウバにも分け与えたいが、もう手元には一つしかない。これはさすがに自分が使う用に残しておかなければならない。


 サラマンドラの尾がモグラたたきをするかのように、地上にいる日色たちを叩いてくる。尻尾に触れた大地が一瞬にしてドロドロに溶けた。


(触れるだけでアウトだな!)


 それはニッキたちも理解しているようで、相手から十分な距離を保って遠距離攻撃を繰り出している。


「お前ら、奴の弱点は右の翼の付け根あたりだ! そこを集中的に狙えっ!」

「は、はいですぞ!」

「ん……!」


 日色もまた、弱点である核を攻撃するために『飛翔』の文字を使って空を翔け上がる。空を飛び始めた日色に警戒度を高めたサラマンドラが、口からレーザーのような火の塊を放ってくる。


「ちぃっ!?」


 咄嗟に『超加速』を使って、レーザーの射程範囲内から脱出する。レーザーは突き当たりにある土壁に当たると、そのまま貫通して消えた。


(あんなのに当たったら、一瞬で身体が蒸発してしまうぞ)


 壁に空いた穴を一瞥してから、こちらの警戒度も高めていく日色。核を攻撃するために相手の背後をつこうとするが、相手も日色の一挙手一投足を気にしているようで、なかなか隙を見せてくれない。


「なら転移だっ!」


 これなら一瞬で相手の背後へと飛ぶことができる。すかさず設置文字の『転移』の文字で、サラマンドラの背後へと現れた日色は、《絶刀・ザンゲキ》の刀身に『伸』を書いて発動させて核を貫こうとした。


 しかし背後をつけて攻撃を繰り出すことはできたが、伸びた刀身が核には届かずに炎によって阻まれてしまう。


「くっ! そういや三文字でもダメージ無しだったのを忘れてた!」


 弱い攻撃では、いくら核を攻撃しようとしても、炎の鎧を貫けないのだ。しかも青い炎になって防御力も格段に上がっているようだ。


 サラマンドラが翼をはためかせ、刀を弾くと、怒りのままに日色へと突撃してくる。日色はその場から全速力で脱出しながら『元』の文字で刀の長さを戻していく。


(さすがはSSSランクのモンスターだな。正直言って攻略がすっごいめんどくさいぞ)


 普通のモンスターだったら、首でも飛ばせば息絶えるだろう。しかしこのサラマンドラは、たとえ首を飛ばしたところで再生してしまうし、弱点である核は重点的に防御しているのだから厄介極まりない。


(動きも速い。あの防御力を打ち破るには、生半可な攻撃力じゃダメってわけだ)


 ならばと、肩に乗っているテンに視線を向ける。彼も日色が何を考えているのか分かったようでコクンと首を縦に振る。


「オッケーさ、ヒイロ!」


 日色は刀を構え直すと、高らかに宣言する。


「天下に輝け――――――セイテンタイセイッ!」


 直後、日色を中心にして光の柱が出現。サラマンドラも突然現れた光の柱を警戒して距離を取り、口からレーザーを放つ。だがレーザーは光の柱に弾かれる。

 光が徐々に弱まっていき、中からは《斉天大聖モード》になった日色が出現した。


「はあぁぁぁぁっ!」


 手に持っている《金剛如意》を巨大化させながら、サラマンドラ目掛けて振り下ろす。見事当たったかのように見えたが、サラマンドラもさすが、電光石火の動きを見せてかわしてきた。

 だが意識は完全に日色へと集中しており、体勢も大分崩れている。


「今だお前らっ!」


 日色は地上にいる二人に向けて叫ぶ。


「――《爆拳・弐式》っ!」

「――《八ノ段・次元断》っ!」


 ニッキとウィンカァの二連撃がサラマンドラに襲い掛かる。まずニッキの攻撃がヒットし、その爆発力によってサラマンドラがよろめき、次のウィンカァの斬撃が尻尾を断ち切った。

 悲痛な叫び声を上げながら、サラマンドラはニッキたちに向かってレーザーを吐きまくる。


「―――取ったぞ!」


 背中を見せたのが運の尽きだったなと、心の中で呟きながら、日色は、


「――《閃極回巻(せんごくえまき)》っ!」


 《金剛如意》を回転させて攻撃を放った。最大級の威力を込めたこの攻撃なら、いくら炎で防御しても貫くことができるはずだ。


 案の定、サラマンドラは日色の攻撃に気づくのが一歩遅れ、背中に《閃極回巻》を受けてしまった。


 そのまま攻撃に押されて大地へと落下していくサラマンドラ。大地を割り、それでも回転は止まることなく《金剛如意》はサラマンドラにダメージを与え続ける。

 瞬間、凄まじい火柱がサラマンドラから放たれた。


(どうだ、やったか?)


 手応えは十分。見事に隙をついて、最大攻撃を相手に放つことができた。相手も防御はできただろうが、それを上回る威力を込めたつもりなので問題はないはず。


 火柱が徐々に治まっていき、大地に倒れたままピクリともしないサラマンドラを発見する。先程とはうって変わって、その容貌も激変していた。


 纏っていた炎は消え失せ、普通のドラゴンのような姿に変貌している。どうやら問題なく倒せたようだ。

 《金剛如意》がクルクルと回転しながら手元に戻って来た。


「うっしゃ、終わりだぜ、ヒイロ!」


 テンも勝負が終わったと判断したようで、嬉々とした声音を出している。

 日色は《斉天大聖モード》を解いて元に戻ると、地面に足をつけた。そこへニッキとウィンカァもやって来る。


「勝ったですぞぉぉぉ! 師匠ぉぉぉっ!」

「ヒイロ、勝利」


 二人して勝利の喜びに笑みを浮かべながら駆け寄ってくるが、次の瞬間   


「ヒイロ様っ! そこから離れて下さいっ!」


 階段の方からシウバの声が聞こえた。そして気づく、息絶えたと思われたサラマンドが首を上げて日色たちの方向に顔を向けてレーザーを放ってきたのだ。


 設置文字はもう無い。この刹那の間に、文字を書いて発動させることは無理。完全に戦闘態勢を解除していたせいで、完全に無防備状態になっている。

 それは日色だけでなく、この場にいるニッキとウィンカァもだ。


 このままでは全員がレーザーの餌食になり殺されてしまう。


「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 咄嗟に日色は身体を動かしていた。体中から《赤気》を噴出させて、彼女たちの前に出て両手を前に突き出していた。

 レーザーが《赤気》で作り出した壁に衝突する。


「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぅぅぅぅっ!?」


 身体の中に存在している全ての魔力と体力を繋ぎ合わせた全力で防御の壁を維持する。


「し、師匠っ!?」

「ヒイロッ!?」


 背後で叫ぶニッキたちに、日色は「さっさとここから逃げろ!」と怒鳴る。ハッキリいって、このまま防御し続けるのは難しい。


 魔力と体力が凄まじい勢いで減少しているので、そのうち枯渇してしまうだろう。そうなれば皆纏めてレーザーに呑み込まれてしまう。


「ヒメ、俺らも力を!」

「分かっているわ!」


 テンとヒメが人間化して、日色と同じように両手を前に出して防御壁を作る。


「ニッキ、ウイ、今の内にサラマンドラにトドメを刺してきなさいっ!」


 ヒメの言葉にハッとなった二人は、言われた通りにその場から脱出して、サラマンドラに全速で向かって行く。


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ! 《爆拳・弐式》ぃぃぃぃっ!」

「はあぁぁぁぁぁぁぁっ! 《八ノ段・次元断》っ!」


 二つの攻撃がサラマンドラの身体に降り注ぎ、ちょうど核に命中した瞬間、サラマンドラは断末魔の声を上げながら首を垂れて絶命した。


「はあはあはあ……や、やった……ですぞ……」

「う、うん……はあはあはあ」


 レーザーも治まり、防御壁を作っていた日色たちは大地に寝そべる。


「イタチの最後っ屁か……危なかったぁ……」


 咄嗟に身体が動いて本当に良かったと日色は溜め息を吐く。全身が虚脱感で覆われている。最後の《赤蜜飴》を服用するが、失った体力は戻らない。魔力もサラマンドラが生きていた時と比べると少ないが、それでも減り続けている。


「はあはあはあ……さっさと目的のものを頂いて帰ると――」


 だがその時、ゾクッと背中に寒気が走る。それは日色だけでなく他の者たちもそうだったようで、皆が息を呑んである場所を凝視した。


 それはサラマンドラの死体がある場所。完全に息絶えたはずだった。それなのに突然ムクッと起き上がったサラマンドラが耳をつんざくほどの咆哮を上げる。


 目には光が無い。それは生気を感じないということ。それなのに起き上がり威圧感だけを放っているのだ。そんな奇妙な現況に、誰もが呆気に取られている。


 翼を動かさずに、ゆっくりと浮き上がっていくサラマンドラ。そして核が存在した場所がドクンドクンと光輝いたかと思ったら、それに呼応するかのように、徐々に身体が膨らんでいく。


 しかもまたも急激に身体から魔力が奪われていき、サラマンドラへと吸収されている。今まで以上の吸収力であり、せっかく回復した魔力が一気に吸い上げられていく。

 当然、ニッキたちもこの現象に苦しめられており膝をついてしまっている。


「お、おいおいまさか――っ!?」

「皆さんっ、そこから離れてください! 相手は自爆体勢を整えていますっ!」 


 ペビンの言葉にやはりかと思いゾッとする。これほどの巨体が自爆するとどれだけの被害が出るか考えたくも無い。恐らく三文字の『大爆発』に匹敵するほどの爆発力を生むだろう。もしくはそれ以上……。


 とにかくこの場から急いで脱出しなければ、爆発に巻き込まれてしまう。咄嗟に『転移』の文字を書き、この場にいる全員を一緒に転移させようとするが、それには日色の身体に触れてもらう必要がある。


 それは時間がない。仕方なく《範囲指定》を使い、左手で『仲間』と書いて、発動しようとするが、サラマンドラの身体が眩い輝きを見せる。


「時間が――」


 文字を書く時間がなく、サラマンドラの身体が爆発しようとした刹那――。


 どこからか現れた黒い塊が、サラマンドラの全身をパックリと呑み込んでしまった。そのまま収縮していき、黒い塊の中でボンッと小さい爆発音が響く。


 黒い塊は、まるで生きているかのように口をパカッと開けると、満足気にゲップのようなものをして中から煙を吐き出す。そしてフワフワとジッと浮かんでいる。


 しばらく呆然としていた一行のもとへ、何者かの足音が聞こえてきた。自然と日色たちは、その方向へと視線を向けると、そこは階段がある方角だ。



 その人物は、真っ黒いローブで全身を覆った不気味な雰囲気を漂わせる存在である。皆の視線を受けながら、黒ローブの人物は、黒い塊の方へ向かうと、塊をそっと手に取る。


 すると塊が粒子状に霧散していき、中から光り輝く物体が姿を見せた。何を思ったのか、黒ローブの人物はその光る物体を日色へと放り投げる。そして一言――。


「――二度とヘマをするな」


 くぐもった声音。いや、変声機でも使っているのか、機械音のように聞こえる。


 黒ローブの人物は、そのまま踵を返すとその場から離れようとするので、日色はスッと立ち上がり、


「待て」


 と制止の声をかける。ピタリと足を止めると、黒ローブの人物は背中を向けながら「何だ?」と聞いてきた。


「お前……何者だ?」

「ウンウン、それってワタシも聞きたいかなぁ~。ず~っとワタシたちの後をつけてたでしょ?」

「はあ? どういうことだ、ファンキー女? お前、コイツが追ってきてたの知っていたのか?」

「まあね~。けど害意は感じなかったから放っておいたんだけどぉ~」


 アダムスがそう言うのであれば、この迷宮に元々いるような存在ではないということだ。つまり日色たちと同じように外部から乗り込んできた。


 それにしても、そういう大事なことを本当に何も喋らない奴だなと、日色はアダムスを見て溜め息が零れる。


「……こちらが何者かなど、些末な問題に過ぎない」

「……何だと?」

「今、貴様たちにとって大事なのは『神人族』を滅ぼすことではないのか?」

「っ!?」


 相手の言葉に警戒度を高めて、全員が身構える。


(何でコイツがそのことを知ってる? まさか……)


 ペビンの関係者か何かと思い彼の顔を見てみるが、彼もまた不審そうに黒ローブの人物を見つめている。


(奴の関係者じゃない? ……ならコイツは一体……?)


 相手の正体が掴めない。もしかしたら『神人族』なのかと思い警戒したが、どうやらそうでもないらしいし、かといって日色の知り合いに、こういうことをするような人物の心当たりがない。


「……ヒイロ・オカムラ」


 黒ローブの人物がゆっくりと身体の向きを変えて対面する。しかし顔はフードに覆われており、いまだに確認することができない。


「貴様は、貴様の使命を果たせ。そのために手を貸してやったのだ。ありがたく思うのだな」

「偉そうに……。確かに助けてもらったのはありがたいが、そのフードを取って顔を見せたらどうだ?」

「必要ない」


 本当なら、無理矢理顔を確認して何者か把握したいが、相手のお蔭でニッキたちが助かったのもまた事実。自分一人なら、あの状況でも逃げおおせたが、さすがに全員を避難させるには時間がなかった。


 だから本当に黒ローブの人物に対しては感謝の念を覚えているのだが、相手が不気味な存在であることには変わらなく、気を許すことはできないのだ。


「……アダムス」

「え? なになに?」


 突然黒ローブの人物から名前を呼ばれてアダムスが眼を大きくしている。


「急な訪問だったのに、見逃してくれたことには感謝している」

「ウン、別にいいよ~」

「その者たちには、できるだけ便宜を図ってやれ。この世界を真に想うのならな」

「君は…………ウン、そのつもりだよ。君はもう帰っちゃうのかな?」

「すでに使命は果たした」


 すると突如として黒ローブの人物の足元に広がる水溜まり。何か攻撃でもしてくるのかと警戒したが、水の中に黒ローブの人物がゆっくりと沈んでいく。


(ちょっと待て……この魔法は――!)


 水魔法をこんなふうに使用する人物には心当たりがあった。


「おいお前! まさか!」


 しかし相手は何も答えずに水の中に消えてしまった。


「あ~あ、行っちゃったね~」


 アダムスが軽く肩を竦める。日色は相手の正体にもしかしたらという考えがあったが、今はそれよりも手の中にある光の物体のことだ。


「……ファンキー女、これがもしかして?」

「ウンウン、それが《強欲の首輪》だよ! そのまま首に持っていってみて」

「……こうか?」


 言われた通りに首元に持っていくと、ひんやりとした触感を首周りに覚える。発光も徐々に治まっていくと、日色の首に黒と赤の装飾が施された首輪が装着されてあった。


「おお~! 師匠何かカッコ良いですぞ!」

「ん……似合ってる」


 ニッキとウィンカァに対して「そうか?」と日色が聞き返すと、二人はコクコクと頷きを返してくれた。


「よし! これで名実ともにヒイロは俺のペットになったってわけだな!」

「何か言ったか、小動物?」

「じょ、冗談だってば!? だ、だからその文字をチラつかせるのはもう止めてぇぇぇぇっ!」


 テンに対して以前にも使用してやった『脱毛』の文字を書いて見せる。彼にとってはトラウマなのだろう。全身を真っ青に染め上げて怯えている。

 その時、ペタリとニッキが尻餅をつく。


「おいニッキ……?」


 見れば、他の者たちも顔色が悪い。そういえば、いまだに魔力が吸われている状況にあるのを忘れていた。


「おいファンキー女、さっさとここから出るぞ」

「オッケー! んじゃ、ワタシの部屋へ行こっか。そこなら魔力減少は起こらないからさ!」


 そう言ってアダムスが下に右手をかざすと、魔法陣が広がる。魔法陣から放たれる光に包まれて、日色一行はその場から一瞬にして姿を消した。

 気づいた時には、見覚えのある場所へと転移してきていた。


「ここは―――魔王城か?」


 慣れ親しんだ魔王城の景観が視界に入ってきている。ところどころ、違う部分もあるが、基本的な造形が魔王城に似通っていた。


「よく分かったね~。ここはワタシがかつて造った城をイメージして作り上げたワタシの家だよ」

「そういや、アンタは初代魔王だったな」

「ブイブイ! すっげえだろぉ~!」


 何を自慢げにVサインをしているのか分からないが、迷宮の中にこのような空間をも造っていることは素直に感心を覚えた。


「とりあえず客室に行こっか」


 アダムスの先導で日色たちは客室へと入る。


「ここでしばらくゆっくりすればいいと思うよ。休んでると身体も回復するだろうし」


 彼女の言う通り、ここは魔力を奪われないようなので安堵する。ここならしばらく身体を休めていれば、体力も魔力も回復できるだろう。


「とりあえず、《強欲の首輪》の入手、おめでと~! 褒めてあげるね!」


 パチンとウィンクをするアダムス。普段ならシウバが鼻血を出して喜ぶのだろうが、その元気もないようで「ノフォフォフォ……」と空笑いを浮かべている。相当魔力減少が堪えているようだ。


「アンタがもっと協力的というか、知ってることを前もって話してくれていれば、大分楽だったはずなんだがな」

「そのことなのですが、アダムスさん、あなたわざと情報を出さないように努めていたのではありませんか?」


 衝撃を受けるようなことをペビンが口にする。


「ウ~ン、ナンノコトカナ?」


 片言で言うアダムス。明らかに下手糞な口笛をして誤魔化そうとしている。


「糸目野郎の言ってることはホントなのか? だとしたら理由を話せ」

「…………乙女の秘密」

「ふざけてるんだったら、『老化』の文字でしわくちゃのババアにしてやろうか?」

「そ、そそそそそれだけは勘弁してよぉぉぉぉ~!」


 サササッとソファの背後に隠れる彼女に呆れて嘆息する日色。


「だったら理由を話せ」

「ウ~ン、ホントにシンクと違って可愛くないんだからも~」

「オレはオレだ。他人と比べるな」

「ぶ~、分かったよ~、でも怒らないでね?」

「内容によるな。一応文字は準備しておこう」

「だから止めてよぉぉぉぉ~!」

「いいからさっさと話せ」


 アダムスは渋々語り始めた。


「実はね、君たちの実力を試させてもらってたんだよ」

「試す? 何故そんなことをする?」

「ホントに君がイヴに選ばれた人物なのかどうか」

「……?」

「それをこの眼で見てみたかったんだよ。だから多少は手を貸したけど、必要以上に君に肩入れをしなかった。敢えて情報を事前に教えなかったのも、それでもこの試練を乗り越えられるかどうか確かめたかったから」

「ずいぶん手前勝手…………いや、そもそもオレらのことを何も知らないアンタにとっちゃ、自分の作ったものをホントに託せるかどうか試すのは正しいことなのかもな」

「おお~、物分かりが良いこはお姉さん好きだよ!」

「だが、もう少しやり方があっただろ? 最後のサラマンドラ自爆に関してだけは教えておくべきだ。アレで全滅してたらどうしてたんだ?」

「あ、大丈夫大丈夫。あの時、もし助けが入ってなかったら、君たちをすぐにでもここに転移させるつもりだったし」


 なるほど。つまりは最初からアダムスの手の上にいたというわけらしい。


「あの助っ人もアンタが用意したんじゃないのか?」

「ウウン、あの子が追ってきてるのは知ってたけどぉ、ワタシが用意した子じゃないよ?」

「そう言えばアダムスさん、レッドコアを倒した時に、後ろを振り返ってましたけど、あの時にかの黒ローブさんのことに気づいたのですか?」

「ウンウン、そっだよ~! よく覚えてたねペビン! ご褒美に肩を揉ませてやろう!」

「結構です。続きを話してください」

「む~相変わらず乗ってこない奴ぅ~。つまんな~い!」


 子供かと突っ込みたくなる日色だが、ペビンの言う通り話を進めてもらいたいので、


「とにかく、アンタの試練にオレらは合格したってわけか?」


 と尋ねると、アダムスはグーサインを向けてきた。


「ウン! 運も実力のうち! 助っ人が現れた幸運も、君が引き入れた君の実力そのもの! ちょっち危ない時もあったけど、君は間違いなくイヴの選んだ子だね」


 嬉しそうに破顔するアダムス。ニカッと笑っている彼女の表情はとても魅力的で、つい見惚れてしまうほどの輝きを備えている。


「そうか。それじゃ、この首輪はもらっていっていいんだな?」

「オッケーだよ! でもその前に、君に話しておかなきゃならないことがあるんだ」


 突如彼女が真剣な眼差しを向けてくる。ここからはお茶らけた雰囲気は無しということなのか……。

 アダムスがゆっくりとソファに腰を下ろすと、静かに口を開き始めた。



「まずね、その《強欲の首輪》は一度つけたら、君の意志以外じゃ外せなくなるから気を付けてね」

「そうなのか? まあ、それくらいなら問題はないが」

「あとは、君が食べるもの全てが魔力換算されて魔力を回復させることになるから」


 つまりは魔力ではなく体力を回復させるものを食べても、体力は回復せずに魔力が回復するということだ。


「それも問題ない。体力なら魔法で回復できるしな」


 魔力は魔法で回復することはできないが、体力なら『回復』の文字などで増やすことができるのだ。


「それと、その首輪は一度身につけたら、その人が死ぬまでは他の人には効果はないからね」

「ん? ということは、オレ以外にはこの首輪をつけても効果を発揮しないということか?」

「そのと~り。君  ヒロヒロだけだよ、使えるのは」

「なるほどな、理解した」

「ウン。《強欲の首輪》に関してはそれくらいかな~。君たちから何か聞きたいこととかある?」

「正直、いろいろ聞きたいことはあるぞ」

「だろうね~、でも昔に関して言えば、そっちの腹黒細目野郎が知ってるし~」

「ずいぶんな言い草ですね、アダムスさんは。僕は腹黒ではなく、謎めいた研究者という立ち位置なのですが?」


 ペビンが抗弁するが、アダムスが半目で彼を睨む。


「よく言うわ。そんな感じで昔もフラフラしてたくせにぃ~」

「フラフラ? ペビン殿はいつも揺れていたのですかな?」


 お馬鹿なニッキが可愛らしく小首を傾げている。


「違う違う。そ~いう意味じゃなくてね、コイツは自分が面白いと思うことを優先させて動くから、時には『神人族』の仲間側に立ったり、ワタシたちの側に立ったりしてただけ」

「ええー! そ、そんな優柔不断ぶりはいかんですぞ、ペビン殿!」

「優柔不断とは違う気がするのですが……」

「とにかく、そのようなフラフラぶりは許せないですぞ! 男なら一度信じた者たちを最後まで信じて一緒に戦ってはいかがですかな!」


 ニッキにしてはまともな物言いに、日色も少なからず感心してしまった。


「そうだそうだー! ペビンはフラフラし過ぎだー! 人を舐め過ぎだー!」

「そうですぞー! いい加減腰を落ち着かせるべきですぞー!」


 アダムスとニッキのコンビ。二人に詰め寄られて、さすがのペビンも困ったように頬をかいている。


「だ、大丈夫ですよ。今はヒイロくんのサポート役としてお傍にいるのですから」

「フン、どうせアンタのことだから、全てが終わったらまた敵になったりするんでしょ!」

「…………まあ、そういうこともあり得るかもしれませんが」

「それを止めろと言ってるんだー!」

「そうですぞー! そのような裏切りばかりですと、友達ができないですぞー!」

「そうだそうだー! まあ、もっとも最初からペビンに友達なんていなかったと思うけど」

「アダムスさん、その言葉は酷くないですか?」

「……ならいたの?」

「…………」


 どうやらいなかったらしい。ペビンが返答に困惑している。


「この子の言う通り、そろそろアンタも他人にちょっかい出さずに平和に暮らせば?」

「平和に……ねぇ。確かに僕自身、《塔の命書》を使って人を操作するということに関してはどうかと思いますが、あまりに何も起こらず淡々とした日々を過ごすのは退屈なんですよねぇ」

「ん? ちょっと待て、お前も《塔の命書》を使って今まで人を操作してきたんじゃないのか?」


 日色の問いにペビンは首を横に振る。


「いいえ、あくまでもそれを行っていたのは僕以外の方たちですよ」

「そうなのか?」

「はい。だってそんなものを使って人を操作しても面白くないじゃないですか。自分の思い通りにだけ動く世界なんて面白くも何ともないじゃないですか。イレギュラーがあって、予想外が起こるから楽しいのですよ」

「ペビンってこういう奴よ。基本的には高みから見下ろすだけのタイプで、手を出すなら自ら動く奴だし」

「いや~そう褒められると照れますね」

「褒めてないっつうの!」


 アダムスとペビンの漫才はともかく、ペビンは日色に嘘をつけないので、彼の言ったことが事実なのは間違いないだろう。


「だがお前が地上にいる何の罪もない奴らを殺してきたのは間違いないんだろ?」

「まあ、そうですね」


 彼の肯定に、ニッキたちがムッと不愉快そうに眉をひそめている。


「ペビンのことだから、それもどうせ命令でやってたんでしょ?」

「まあ、そうですが、ヒイロくんの言う通り、僕が実際に手にかけていたのは事実ですし言い訳などはしませんよ?」

「そうね、断ろうと思えば断れたはずだしね。まあ、そんなことをすれば殺されていたでしょうけど」

「……なあ、そいつはアンタの味方だった時もあるんだろ? それなのによくそいつの上司にバレなかったな」


 日色は疑問に思うことをアダムスに尋ねる。


「あ~コイツはそういう暗躍が得意だしね~。それにこっちの側って言っても、がっつり味方だったわけじゃなく、ワタシとイヴが危ない時に助言をしたり、逃げ道を作ったりしてくれただけだしね」

「……お前は何でそんなことをしてたんだ?」

「当然じゃないですか。イヴァライデアさんが神王様のものになったら、この世界はジ・エンドですよ? つまりゲームオーバー。それじゃつまらないじゃないですか」

「……結局、お前の行動原理は面白いか面白くないかなんだな」


 何という欲望まっしぐらな奴なのだろうか。


「そういうこと。コイツがワタシたちを助けたのは、サタン……ああ本名はサタンゾアって言って、今は神王って名乗ってるバカね。そのバカとワタシたちとの諍いを外から見て楽しむためなんだから。あ~趣味悪い~」

「いやですね、そんなに褒めないでくださいよ。照れるじゃないですか」

「だから褒めてねえぞコラー!」


 二人のやり取りを見て、日色の肩に乗っているテンが口を開く。


「なあヒイロ、とりあえずアダムスから聞けることだけをさっさと聞いて、ドゥラキンのトコに戻った方がいいんじゃねえの?」

「……それもそうだな」


 いつまでもここで時間を潰しているわけにもいかない。


「おいファンキー女、アンタはここから動けない……そうだな?」

「え? あ、ウン、そうだよ。残留思念だからね~」

「なら一緒に塔へ行くってことはできないってことだな?」

「……そっか、君たちはこれから行くんだね、【ヤレアッハの塔】に」

「ああ、コレを手に入れた後に行くつもりだった」


 日色は首輪を指差して言う。


「……ということは、イヴももう限界だってわけだね」


 初めて彼女が寂しげな表情を見せる。やはりイヴァライデアは、彼女にとって特別な存在なのだろう。


「先代の《文字使い》だったシンクは失敗しちゃったみたいだけど……君は戦うつもりなんだね」

「当然だ。いつまでも奴らに好き勝手させてたまるか。オレは平和に本を読みたいし、食を楽しみたいんだ」

「……はい? え~っと……本? 食?」

「あ~実はでございますね、アダムス殿」


 シウバが間に入って、日色の趣向を彼女に教えた。


「ちょっと待って……。つ、つまり君が『神人族』と戦うのって、本と食べ物を守るため? ほ、本気?」

「それの何が悪い。立派な理由だろうが」


 誰にも恥じることの無いものだと思っている日色。しかしアダムスはあまりに予想外だったのかポカンと口を開けている。


「え~っと……この子の言ってることって本気なの、ペビン?」

「ええ、そうですよ。面白い方でしょ? だからこそ僕は手を貸そうと思ったのですから」

「マ、マジかぁ……。しかもそんな理由で、戦争も止めたって言うじゃない。そして今度はその理由で世界を救うってんだから驚くっての……」

「まあ、今のヒイロくんはそれだけではなさそうですがね」

「ん? どゆこと、ペビン?」

「彼もまた、この世界で繋がりを得た仲間たちがいるということですよ。かつての《文字使い》であるシンクくんがそうだったようにね」

「なるほ~ど。つまりヒロヒロにも好きな人たちがいるってことだね!」

「そうですぞ! 師匠はボクのことを好きで好きで堪らないのですぞ!」

「違う。それは、ウイのこと……だよ?」

「むむむ! ここで参戦ですかな、ウイ殿! 師匠はボクのことを大好きなのですぞ!」

「ううん、ヒイロはウイのことが好き」

「ちょっと二人とも、静かにしなさい」


 ニッキの頭の上にいるヒメが二人に対し注意するが、二人はジッと目を合わせながら一歩も引かない。アダムスはそんな彼女たちを見て、ニヤニヤしながらヒイロに顔を向ける。


「むふふ~! ヒロヒロってばモテモテじゃ~ん! しかもどっちも小さい子だし……ヒロヒロってばロリコ  」

「それはここにいる変態執事のことだ」

「ノフォフォフォフォ! これは手厳しい! 手厳しい飛び火がやってきたですぞ! ノフォフォフォフォ!」


 絶対に自分はロリコンではないと日色は言う。決してアノールドとシウバの領域には入りたくないと思っている。


「お前らもいい加減にしろ。あまりうるさくするならここから退出させるぞ」

「むむむ……」

「ん……」


 二人が大人しくなったところで、日色は改めてアダムスに聞きたいことを聞くことに。









「アンタが、『神人族』と戦ってきたのは、この世界を守るためだよな?」


 日色の問いにアダムスがコクッと頷きを見せる。


「ウン。ワタシに関してどこまで知ってるの?」

「彼らはドゥラキンさんにある程度聞かされていますよ」


 ペビンの言葉にアダムスの眼が大きく開かれる。


「……ドゥラキンって……まだ生きてるの?」

「ええ、あなたとの約束を今もなお守り続けていますよ」


 アダムスの表情が辛そうに歪む。


「そう……なんだ。アイツってば……まだ」

「それだけアダムスさんを慕っているということですねぇ。本当に罪なお方ですね、あなたという方は」

「ドゥラキンには感謝してるの。彼が傍にいてくれたお蔭でずいぶん心の支えになったしね。かつての友だった……フェニックスのように」

「ちなみにその生まれ変わりのアクウィナスさんも元気ですよ。今はヒイロくんの良き友といった感じです」


 勝手に位置づけをするなとペビンに言いたい日色だったが、別に間違いではないので反論はしなかった。


「そっか。アイツも元気してんだ。……シャーリィも元気?」

「いいえ、彼女はもうこの世にはいません」

「っ!? ……そう」

「その代わり、ここへ来て話した通り、彼女の子供がいます」

「そういえば言ってたよね。確かリリィン、だっけ? どんな子なの? やっぱりシャーリィに似てるのかなぁ?」

「リリィンさんは、あなたの血を一番濃く引き継ぐ方ですよ」

「あ、それも前に言ってたね」

「彼女は《幻夢魔法ファンタジア・マジック》の使い手ですから」

「そうなの!? 力を受け継いだって、ワタシの魔法まで受け継いじゃったんだ! うわぁ~会ってみたいなぁ~!」

「あ、でもリリィン殿はアダムス殿のことを嫌っているですぞ」

「こら、ニッキ」

「ほへ?」


 さすがに空気を読まない発言に日色が注意を促したが一歩遅く、アダムスは手と膝を床につけてガックリと落ち込んでいる。


「わ、忘れてたわ……確か嫌われてんのよね……」


 ニッキも自分の発言でこの状況を生んでしまったことを理解したのか、オロオロとしだし日色に助けを求めるような眼を向けてくる。日色はただただ肩を竦めるだけだが。何故なら前もニッキが同じ言葉を放っていたのだ。少しは彼女にも学習してほしいものである。見込みは薄いが……バカだから。


 ここに来て最初にアダムスに会った時にも、リリィンのことを教えたことがあった。アダムスはリリィンが自分を恨んでいる理由も正確に把握していたのだが、やはり子孫に嫌われていることは辛いようだ。


「できれば会って謝りたいけど、なかなかそうもいかないよねぇ~。ワタシだっていつまでもここに残留してられるわけじゃないし」

「ずっといられるってわけじゃないのか?」


 日色が尋ねると、アダムスはゆっくりと立ち上がって苦笑交じりに口を開く。


「まあね。ワタシの現象力も弱まってるし、そろそろ……かもね」

「アンタが消えたらここはどうなるんだ?」

「ここは残るわよ。ここはワタシの力と連動してるわけじゃないもん」


 なるほど。つまりこの《ソロモンの古代迷宮》には、いつでも好きな時にだけ挑戦することができるということらしい。まあ、もう二度と挑戦したいとは思わない場所でもあるが。


「多分、ヒロヒロたちを送り返したら、そのままワタシってば消えちゃうかも」

「お前……そんな重大なことを何あっさりと言ってるんだ?」

「ムッフフ~、いいじゃ~ん、命在るものはいつか絶えるんだし、ワタシはただの残留思念。こうして最後のお役目が果たせたようだから安心だよ~」

「最後の役目だと?」

「ウンウン、実はね、ず~っと前にイヴから連絡があったんだ。そん時に、いつか自分の後継者が来るから手を貸してやってほしいって言われてた」

「それは先代の《文字使い》じゃなくてか?」

「ウン、君のことだよ、ヒロヒロ。あ、ねえねえ、みんな。少しヒロヒロと二人っきりで話をさせてもらってもいいかな?」


 アダムスからの提案。いつものようなお茶らけた感じではなく、真摯に頼み込む姿に、他の者も了承する。日色もまた「構わない」と一言を返した。


「ありがと。んじゃ、みんなはここでちょっち待っててね」


 そう言うと指をパチンと鳴らす。すると日色とアダムスの姿が一瞬にして消失した。


 やって来たのは、どこか空の上だった。雲がすぐ傍にあるほどの上空。思わず落下の恐怖に対し『飛翔』の文字を書こうとするが、


「大丈夫大丈夫。これはあくまでも幻だからさ」

「は?」


 目の前に浮かんでいる? 立っているアダムスから言葉が発せられた。

 確かに身体に浮遊感は感じないし、落ちる様子もない。余裕が出てきたところで、下を確認する。


「見える? 下に広がってるのは、【イデア】だよ」

「ああ、みたいだな」


 彼女の言う通り、どこかで見た光景が広がっていると思ったら、それは【イデア】の大陸が視界いっぱいに映っていた。


「アッチが人間界、ソッチが獣人界、そしてコッチが魔界。この【イデア】に住む人々が生活してる場所」


 アダムスがそれぞれの大陸を指差して答える。


「おい、オレと二人っきりで話したいって言ってたが、これを見せたかったのか?」

「あっれぇ~? もしかしてもっとピンク的なことを想像した? もしくは期待しちゃった? 結構ムッツリなんだね、ヒロヒロってば」

「帰る」

「あ~待ってぇぇぇっ! 嘘っ、嘘だからぁぁっ!」


 踵を返した日色にしがみつくアダムス。涙ながらに止めようとする彼女を見て、本当にコイツが伝説の魔王だったのかと呆れるばかりだ。


「ったく、それで? 話ってのは何だ?」

「……ウン。…………ねえ、ヒロヒロ……ウウン、ヒイロ。君は――――この世界が好き?」

「何だ急に?」

「答えてほしいな」

「…………はぁ。嫌いなら、わざわざ世界を救うようなことなんてしないと思うが?」

「それってぇ……好きってことだよね?」

「……そう捉えたいならそれでもいい」

「ムッフフ~、素直じゃないよねぇ~。シンクとは大違いだ」

「だから何度も言うが」

「ヒイロはヒイロ、シンクはシンクって言うんでしょ? 分かってるよ」

「む……」


 理解しているなら言うなと突っ込みたい日色。


「けどね、やっぱり君とシンクは切っても切れない縁で結ばれてるんだよ」

「……? 同じ《文字使い》だからか?」

「それもあるけど……。君はどうしてさ、この世界に呼ばれたか分かってる?」

「イヴァライデアが選んだからだろ?」

「当然そうなんだけど、シンクと君にはもっと深い繋がりがあるんだよ」

「どういうことだ?」


 アダムスが一呼吸分だけ間を置いた後、そのふっくらとした唇を静かに動かしていく。


「君は――――――――――――シンクの生まれ変わりだから」

「…………は?」


 今、コイツは何を言ったのだろうかと日色は頭の中で疑問を浮かべる。


(生まれ変わり? て、転生体ってことか? オレが? 灰倉真紅の?)


 冗談だろと思ったが、アダムスの表情を見て伊達や酔狂で、そのようなことを口走ったのではないことを知る。真剣な眼差しに見つめられ、日色は息を呑んだ。


「……オレが生まれ変わり? 証拠でもあるのか?」

「元来、《文字魔法》っていうのはね、イヴしか使えない神の魔法なの」

「そんな感じだということは、イヴァライデアからも聞かされたが」

「そっか。もう会ってるって言ってたね。なら話は早いかな」


 アダムスは眼下に広がる大陸を眺めながら続ける。


「サタンゾア……今は神王って名乗ってるバカのことだけどね、そいつが暴走し始め、イヴとワタシが追い詰められていった頃、二人である計画を立てたんだ」

「計画?」

「ウン。それはイヴの魂の欠片を異世界に流しリンクを作ること」

「……? よく分からんが……」

「つまり、君の世界。地球という世界と、この【イデア】とをリンクするために、イヴの魂を地球に放って繋がりを得ようとしたんだよ」

「……何故そんなことを?」

「どうしてそんなことをしたのか、いろんな目的があったからだけど。その一つは、異世界から【イデア】を救うことのできる力を持つ者を召喚するためだね」

「なるほどな。それが『人間族』の召喚魔法に繋がっていくわけか」


 アダムスはニッコリと笑みを浮かべて首肯する。


「だけどもう一つ、イヴの魂の欠片を持つ存在を、異世界に誕生させることが望みだった」

「おい待て……もしかしてそれが?」

「そう、シンクだよ。彼はイヴの魂によって創られた存在。とはいっても、無からいきなりポ~ンって作られたわけじゃなくて、イヴの魂が長年地球を彷徨い、そして探し当てた器の中に一種の憑依っていうのかな? 元々そこにあった魂と融合したってわけ」

「まるでオカルトだな。つうか、そういう場合って魂同士が反発し合ったりするもんじゃないのか? よくは分からんが」

「ウン。基本はそうだね。だから器を探し当てるのに時間がかかったんだよ。シンクの魂は……ウウン、器はとっても大きなもので、イヴの魂すら受け入れちゃうほどだった」

「つまり、灰倉真紅は、イヴァライデアの魂に選ばれたってわけか」

「そう。そしてこの世界に召喚したんだけど、召喚魔法陣に巻き込まれて何故か他の人間が三人もくっついて来ちゃったみたいだけどね」

「……は? な、なら元々は灰倉真紅一人だけを召喚する予定だったってわけか?」

「ウン。イヴはそのつもりだったはずだよ、多分ね」

「……ん? ちょっと待てよ、ならオレの時ももしかして……?」

「あっれ~、ヒロヒロん時も誰か巻き込まれた人がいたの?」


 彼女の言葉に思わず頭を抱えてしまう日色。


(おいおい、なら巻き込まれた者はオレじゃなくて、アイツら……だったんじゃ……)


 そう思うと、途端に大志たちに情が湧き出てしまう日色だった。



「今、ヒロヒロってば、自分のせいで他の人を巻き込んじまったーって考えてたりする?」


 アダムスに考えを見透かされているようだ。


「安心していいよ。それはヒロヒロのせいじゃなくて、あくまでもイヴのせいなんだしね」


 確かに日色をこの世界に呼び込んだと、本人であるイヴァライデア自身も言っていた。


「それにヒロヒロだけだと、『神人族』に怪しまれるからって、ちょうどヒロヒロが、他の異世界人と一緒になった時を見計らって召喚させたと思うしね」

「そうなのか?」

「ウン。まあ、結局はそれもほとんど意味はなかったんだけど。だって《文字魔法》を使えるってことだけで、『神人族』の注目を浴びるのは間違いなかったしさ」


 それもそうだ。神しか使えない魔法を使えたら、注目されるのはごく自然の成り行きだろう。


「さっき言ってたアンタとイヴァライデアの計画ってのは、『神人族』を倒すために、奴らの思惑から外れることができる存在を、この世界に呼び込むってことだろ?」

「おお~、アッタマいい~! さっすがヒロヒロだよね!」

「さすがっていうほどオレのことを知らんだろうが。それより質問に答えろ」


 相変わらず適当なアダムスである。しかし何故か憎めないので性質が悪い。


「ムッフフ~、そのと~り。この世界の者は、多かれ少なかれ世界のシステムの影響を受けてしまうじゃない? だからどうしてもこの世界から救世主を作り出すのは問題があったんだよ。そこで選ばれたのが地球という異世界であり、イヴの魂を受け入れることのできる器を持つ人材。それがシンクであり、その生まれ変わりのヒロヒロだったってことだよ」


 しかしまさか、自分がかつての勇者である真紅の生まれ変わりだとは驚きだった。同じ魔法を扱えていても、真紅と自分とは関わりのない存在だと日色は思っていたのだ。

 それがまさか真紅の転生体だとは夢にも思わなかった。


「イヴはね、シンクがこの世界で命を失った時、すぐにその魂を元の世界である地球に戻したらしいんだよ。そしてその魂には、もう関わらないようにしようと思った。自分がこの世界に呼び込んだせいで死んでしまったのだから、自分が殺したのと同じだと思ったんだろうね。だから来世では幸せになってほしいと願っていた。……けど、そこから【イデア】はさらに『神人族』の好き勝手にされて、荒れに荒れまくった」


 終わらない戦争。大地が疲弊し、そこに根付く生命体が常に悲鳴を上げるような混沌とした時代が続く。


 世界を玩具のように動かす『神人族』の所業に、自分が何もできないことにイヴァライデアは苛立ちを覚えたのだという。


「もしかしたら、【イデア】の中に救世主が生まれてくれるかもしれないと希望を持ったイヴだけど、それも叶うことなく血で血を洗うような時代が続いた。イヴはずっと我慢してきたけど、やはりこのまま【イデア】を放置しておくことはできなかった。だから再度、地球に意識を向けて、シンクの魂を持つ者を探した」

「……それがオレ……か」

「ウン。そして結局イヴは、君に頼らざるを得ない状況に追い込まれてしまったってことだよ」


 すると突然アダムスが頭を下げたので、日色はついキョトンとしてしまう。


「ごめんね、ヒロヒロ」

「……何でアンタが謝るんだ?」

「……元々異世界人を頼るっていう方法を教えたのは……ワタシだから」

「なるほどな。アンタの助言があったから、今オレがここにいるってわけか」

「ホントにごめん。もし異世界を巻き込まなければ、ヒロヒロが戦いに苦しむことなんてなかったし、それに――」

「ちょっと待て」

「え?」

「何を勘違いしてるか分からんが、イヴァライデアにも言ったぞオレは」

「な、何を?」

「オレはこの世界に来たことを不幸だなんて思ってないし、むしろ最高の気分を味わえてるってな」

「そ、そうなの?」


 今度はアダムスがキョトンとする番だった。


「勝手に召喚したのは頂けないかもしれないが、オレにとって元の世界よりもコッチの世界の方が性に合ってる。だからこそ、一度向こうに戻された時にも大人しくせずにコッチに戻って来たんだ。ここはもうオレの世界でもある」

「ヒロヒロ……」

「それに、《文字魔法》に関しても、授けてもらったことに感謝してる面だってあるんだ。この魔法があったから、オレは【イデア】を楽しめてきた。そしてそれはこれからもだ」

「…………」

「まだまだオレにはこの世界でやりたいことがたくさんある。だからそれを邪魔しようとする『神人族』を許すつもりはない。奴らを倒さなきゃ得られない平和があるっていうんなら仕方ない。長きに渡る因縁もろとも、オレが全部ぶっ潰してやる」


 しばらくアダムスが、日色の瞳をぼ~っと見つめていた。そしてフッと頬を緩めると、トコトコと歩を進めてきて……。


「うぷっ! な、何をする!? 急に抱きつくなっ!」

「もう~! ヒロヒロってば良い男なんだからぁ~!」

「いいから放せ! 鬱陶しい!」


 女性特有の甘い香りとともに、顔には彼女の豊か過ぎる胸が押し付けられている。とても息苦しいので放してもらいたいと日色は思っている。

 しかしアダムスの力も結構強くて、力一杯抱きしめてきているので、なかなか解放を得られない。


「っぷ! この、いい加減――」

「ありがとね、ヒロヒロ」

「……!?」


 そのままの状態で礼を言われた日色は、思わず力を緩めてしまう。アダムスが日色を抱きしめながら続ける。


「実はね、ちょっち不安だったんだ。きっとヒロヒロには恨まれるんだろうな~って思ってたから。もちろんそれは当然のことだし、覚悟はしてたんだけどね」

「…………」

「けど…………想像以上にヒロヒロは……ウウン、ヒイロは良い男だった」

「……それはアンタにとって都合が良い男ってことか?」

「ウ~ン、結果的にそうなっちゃうんだろうけど。ちょっち違うかな?」

「はあ?」

「ヒイロはね…………ウン、ワタシが、ウウン……ワタシたちが待ち望んだ人なんだよ!」


 互いの顔が見えるところまで、アダムスが顔を少し離す。彼女の満面の笑みが日色の視界いっぱいに広がる。


「あ~もう! ワタシが生きてた時に出会いたかったなぁ~」

「オレはもうお腹いっぱいだから、会いたくないが」

「ぶ~! ヒロヒロの意地悪~! いいも~ん、次生まれ変わったらヒロヒロをゲットしちゃうし~」

「どうでもいいが、アンタの生まれ変わりはリリィンだろ?」

「あ……ウ~ン、じゃあしょ~がない。リリィンにヒロヒロをゲットしてもらうとするか」

「オレはロリコンじゃないと何度言えば分かる?」

「あっ、そんじゃ今の状況って結構盛り上がってきたりするのかな? ねえねえ?」


 またも大きな双子山を押し付けてくるが、


「いいからさっさと離れろ淫乱女」

「そ、そんなっ!? ひ、酷いよぉ~! 確かに良い男といっぱいよろしくしちゃったけど、そこまで言うことないじゃないのよぉ~!」

「自他ともに認める淫乱振りじゃないか」


 彼女が身体を離してくれたので、日色は彼女と一定距離を保つように離れた。


「で、でもでも良い男とそ~いうことをしたいっていうのは、女として当たり前じゃない? 子孫をたっくさん残す必要もあったし?」

「聞くな。男のオレに理解できるわけがないだろうが」

「それにヒロヒロの魅力は、こうなんていうか女を疼かせるっていうかぁ……はあはあはあ」

「くそ、ここにも変態がいたのか」


 逃げ道はどこだと周囲を見回すが、ここはすでにアダムスの空間だということを忘れていた。


「おいこら、そんな涎を垂らしながらジリジリと近づいてくるな」

「だ、大丈夫よ。初めては誰にでもあるもの」

「その初めてを、数千年生きてるババアにやるつもりなど毛頭ないぞ」

「ぶ~! な~んでヒロヒロってばワタシの魅力にコロッといかないのよぉ~!」


 確かに彼女のスタイルを見れば、男として魅力を感じるかもしれないが、いかんせん彼女の性格がそれを一気に貶めている。少なくとも日色にはそう感じてしまう。


「とにかく、そんなつまらない話をするなら、さっさとオレを元の場所に戻せ」

「むぅ……いいも~ん、こうなったら絶対にリリィンに君を落としてもらうからぁ。そして君とリリィンの子供としてワタシが生まれるようにしてもらおうかなぁ。そんで、初めてはヒロヒロに捧げるってのはどう?」

「突っ込むことがあり過ぎてどうにかなりそうだ。そもそも実の娘に手を出すわけがないだろうが。考えてものを言え」


 どんな鬼畜の所業なのか分からない。


「別に好きなら許容範囲でしょ?」


 日色は咄嗟にこめかみを抑える。


(な、何だコイツは? 想像以上にいろんなところが規格外なんだが……?)


 溜め息しか出てこない。シウバを超える変態とあったのは初めてだった。


「この話はもういい。それで? 結局ここに連れてきて、アンタは何を言いたいんだ?」


 ようやく彼女も変態モードから、真面目モードに変更して再び眼下に広がる大陸に視線を落とす。


「……ワタシが聞きたかったことは全部聞けたかな。あとは……」


 彼女が指をパチンと鳴らした瞬間、彼女の手の中に四通の手紙が出現した。


「これを渡してほしいの」

「……誰にだ?」

「一つ目はドゥラキン。二つ目は、アクウィナス。三つ目は、ホオズキ。そして最後のはワタシの力を受け継いだリリィン……だよ」

「まあ、渡すくらいなら構わんが」


 彼女から手紙を受け取る。


「ねえヒロヒロ、最後に一個だけ、いいかな?」

「何だ?」

「……ワタシの大好きなこの【イデア】。そして、大切な親友のイヴを――――――助けて」


 それはどのような感情が流した涙だったのだろうか。


 美しいとも思えるような一滴が、彼女の目から零れ落ちた。つい見惚れてしまうほどの切なく儚い表情。真摯に訴えてくる彼女の涙に対し、日色もまた真剣に答える。


「分かった。だからアンタも、安心して逝けばいい」


 アダムスが一歩前に詰めて距離を縮めてくる。日色は逃げることはせずに、ジッと立ったまま。


 彼女が目の前に来た時、彼女の足元がキラキラと光る粒子状になって消えていっていることに気づく。それでもまだ彼女は笑顔のままである。


「ウン、やっぱりヒロヒロは良い男だね! でも最後に約束して」

「何をだ?」

「絶対に、死んじゃダメだからね」

「当然だ。オレは死なん」

「ムハハ! えい!」


 その時、彼女の顔が迫ってきて、頬に少し湿った温もりを感じた。


「ムッフフ~、唇はリリィンのために残しておくからね!」

「……あのな」

「じゃあね、ヒロヒロ!」


 今までの中で一番の笑顔を見せる。すべてに満足したような、安心しきった表情だった。日色も彼女のその笑顔には言葉を失うほど見入ってしまった。


 そしてアダムスは全身が粒子に変換され消えていく。同時に周囲の空間が真っ白に包まれ、気づいた時には、【アシュタロト海】の氷の上に、ニッキたちとともに立っていた。


「あれ? ここは……あっ、師匠!」


 ニッキとウィンカァが日色を見つけて駆け寄ってくる。他の者たちも、それぞれの歩幅で近づいてきた。その中でペビンが神妙な面持ちをしながら聞いてくる。


「……アダムスさんは、逝っちゃいましたか?」

「……ああ」

「どうせ、最後まで笑っていたのではありませんか?」

「そうだな。無邪気で……屈託のない笑顔だった」


 日色は空を見上げる。そこに浮かんでいる金色の塔。アダムスに託された想いとともに、改めて決意が込み上げてきた。


「絶対に勝つ。この戦いだけは負けられない」






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