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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
231/281

231:立ち塞がる門番たち

 扉の奥は迷宮という言葉通り、入り組んだダンジョンが広がっている。冷たい印象を与える石造りで、挑戦者を迷わすように幾つもの脇道が存在。この先に目的の《強欲の首輪》があるとのことらしいのだが……。


「イケイケゴーゴー! イエイッ、オーッ!」


 皆の先導をしてくれているのは、アダムスの残留思念だ。彼女の明朗快活な様子に、思わずここがSSSランクの危険地帯だということを忘れさせる。


 しかも彼女の記憶も定かではなさそうなので、本当にこの先に目的のものがあるのか不安になってくる。彼女なら、たとえ間違っていても笑いながら「ごっめ~ん!」とか言って済ましてしまいそうだから恐ろしい。


「おい、ファンキー女、迷うなよ?」

「フッフッフッフッフ……ワタシをあまり舐めたらいかんぜよ! 扉に入ってからドンドン記憶がハッキリしてきてんだよね!」


 どうやら少しは信用できる……かもしれない。


「どうでもいいが、その暑苦しいノリは止められんのか?」

「ウ~ン、シンクと違って君は結構冷めてんだね~! ウン、でもワタシは嫌いじゃないタイプだよ!」


 パチンと可愛らしくウィンクをしてくるが、その衝撃波を受けたのは日色ではなく、後ろにいたシウバだった。鼻から大量の血を溢れさせて頬も緩み切っている。


「うぐ……我が生涯に……一片の悔いも無し……!」


 たかがウィンクで何を言っているのだろうと思うが、確かに彼女の笑顔は老若男女を虜にするほどの魅力がある。シウバなら一撃で沈んでも仕方ないだろう。無論日色は、彼女に関して何とも思っていない。うるさい女だとは思っているのは確かだが。


 アダムスの案内のもと、ダンジョンを突き進んでいく。


「アダムスさん、この迷宮にはどのようなものが隠されているのですか?」


 歩きながらペビンが聞く。何故そのようなことを聞くのか、アダムスが理由を尋ねると、なるほどな理由をペビンが教える。


「我々の目的は確かに《強欲の首輪》ですが、その他にも役立つものがあるのでしたら貸して頂こうかと思いましてですね」


 彼の言う通り、《強欲の首輪》のような稀少な魔具が他にもあるのなら、入手して置いた方が便利だろう。


「別にいいけどさ~、どこに何を置いてるのかハッキリと覚えてないからね」

「ですが《強欲の首輪》は思い出せたではないですか」

「まあね。でもどんなものが欲しいのか分からないんじゃ、さすがにワタシも探せないし。それにあまりここに長居するのはオススメしないよ?」

「? ……どういうことですか?」


 日色も彼女の言葉には気にかかるものがある。


「もしかして、先程から魔力が減少していることに理由があるのではないですか?」


 シウバの言葉で初めて、日色も自分の内に存在している魔力が確かに減少していることに気づく。


「さっすがは精霊だね! ウンウン、おじいちゃんの言う通り、ここでは挑戦者は常に魔力が奪われていくんだよね。魔力が全て奪われたら、今度は体力ってな感じで、最後はカラッカラの干物になっちゃうんだよ!」

「そのシステムを切ることはできないのか?」


 そうすれば時間をかけて探索することも可能になる。


「あくまでもワタシは残留思念だからね。そんな力は残されてナイナイ。でもま、み~んなそこそこ魔力の量も多いみたいだし、まだ当分はもつと思うよ」

「……でもこの先に番人とやらがいるんだろ?」

「そ、だから下手に魔法を使わない方が身のためだね。戦闘もしなきゃならないし、油断してるとあっという間に枯渇しちゃうぜ~」

「やれやれ。厄介な場所であることは想像していましたが、さすがはアダムスさんです。自分でもどうにもならないダンジョンなどを造るとは……規格外にもほどがあります」

「ムッフ~ン。いいよいいよ、もっと褒めろ!」

「いえ、褒めてませんけど」

「褒めろよ、バカッ!」


 この楽観的で天才思考の性格が、奇想天外なものを次々と開発していったのだろう。しかしながらそれは常人には理解しがたいものなのは自明の理である。


「あ、この先の部屋に第一の番人ちゃんがいるからね」


 …………………………ん?


「おい、ちょっと待て。第一って……番人は何人もいるのか?」

「ウン。《強欲の首輪》を守るのは三人いるかな~。どの子も結構強いよ!」


 嬉しそうに言うが、この状況では強くない方が絶対的に嬉しいのだが……。


「……番人を避けるルートは?」

「ウン、無い!」


 大きな胸を張って宣言してきた。つまり少なくとも三回、戦闘を経験しなければならないらしい。

 しばらく歩いていると、目の前に巨大な緑色の扉が見えてきた。


「あそこが第一の関門だぜィ!」

「中には何がいるんです?」


 ペビンの問いに、思わせぶりに含み笑いを浮かべるアダムス。


「それは見ての」

「お楽しみとか言っている場合ではないので、さっさと情報を出してください」

「ぶぅ~! ノリ悪いよ、この腹黒細目め~!」

「状況を考えてください。こちらは急がなければならないんですよ?」

「あっ、そうだった! ウン、しょ~がない! このワタシが教えて進ぜようぞ!」


 彼女が言うには、中にいるのはSランクのモンスター。Sランクということで、ずいぶん楽な相手だと瞬間的に思ったが、ユニークモンスターだと聞いて眉根をひそめてしまう。


 同じSランクのモンスターでも、ユニークモンスターとそうでないモンスターとの間では高い壁が存在している。その強さはまさに別格といってもいいほど。


 もちろんたとえユニークモンスター相手でも、Sランクくらいなら倒せないということは決してない。ただアダムスが用意したモンスターだということだけが引っ掛かっているが。

 懸念は確かな現実となる。


 中に入った時、広々とした空間の中心にはスライムのような赤い物体がポツンと在った。大きさは人間の大人一人分といったところだろうか。


「ご紹介しま~す! 第一の番人――レッドコアちゃんで~す!」


 アダムスの紹介が入った。Sランクのユニークモンスターの特徴である“レッド”という名前が備わっている。


(ユニークだから、何かしらの能力は持ってるだろうが、発揮する前に仕留めてやる!)


 日色が即座に刀を抜いて距離を詰める。


「わお! 速い速い!?」


 アダムスは観戦よろしく、日色の動きに感嘆している。


 彼女の声を背中で聞きながら刀に魔力を少し流す。できるだけ魔力は使いたくないが、スライム相手では単純な物理攻撃は恐らくダメージが低い。一気にトドメを刺すためにも、ある程度の力は込めなければならないのだ。


 しかし日色が距離を詰めている最中に、レッドコアの身体が凄まじい勢いで分裂しだした。その増殖スピードは半端ではなく、瞬き一つした瞬間に二体に分裂し終わっている。


 空間を埋め尽くすように次々と分裂して突進してきた。しかもただの突進ではなく、身体の形をウニのように鋭く変化させ攻撃力を高めている。


「ちっ! 面倒な能力だな!」


 いまだ止まらず分裂し続けるレッドコアを倒さなければ先に進めない。しかし一つ一つ倒していくのは現実的ではない。まずは増殖を止める必要があるが、やはりそれには魔法を使う必要がある。


(この迷宮に来て、もうずいぶん経ってる。現時点での魔力残量を考えると、あまり魔法を連発できない)


 冗談ではなく、アダムスの言うように油断しているとあっという間に魔力が枯渇してしまう。


「ヒイロくん、分裂しているのはどうやら本体だけのようです……が」


 ペビンの見解は日色の見解でもある。確かに分裂しているのは、元々先にここにいた一体だけなのだが、すでに今はもう分裂体に埋もれてしまっていてどこにいるのか分からない。


「しかも分裂体と本体の力の差がまったくありませんぞ。これは探し出すのは至難の業ですな」


 シウバもまた困惑気味に声を漏らす。ニッキとウィンカァは考えることを止めて、突進してくるレッドコアたちを迎撃しているだけのようだ。


「仕方ない。ここはもったいないが魔法で――」


 迷っている間にも魔力は削られていく。ならばさっさと魔法を使ってでも倒して前に進む方が賢いと判断した。

 だがその時、シウバが皆の前に一歩出る。


「……!? ジイサン、何してる?」

「ノフォフォフォフォ! こういう多対一の場面では、わたくし少々自信がありますぞ」


 何をするつもりなのかと思っていると、彼の身体から膨大な魔力が溢れ出てくる。


「おい! そんな力使ったら後が――」

「ご安心めされよ! わたくしの魔力量も並ではございません。それに、たとえ枯渇しようとも、ヒイロ様が先に進むことができるのであれば、価値ある行為ですぞ!」


 シウバがニコッと笑みを浮かべて日色を見てくる。


「わたくしは最後の番人までヒイロ様を万全に近い状態で送り届ける所存。そうすれば、ヒイロ様ならたとえこのような状況でも攻略して下さると信じております! ですからここは、わたくしの魔力を以て乗り越えてみせましょうぞ!」

 



 シウバが両手を広げた瞬間、彼の腕の周辺に突如として現れた小さな黒い球体の群れ。しかしレッドコアは警戒するどころか、興味を示したかのようにシウバへと向かって行く。


 小さな球体たちは、シウバの頭上へと集束し、大きな円盤状へと形を変えていった。ここまで僅か数秒も満たない時間。


 次の瞬間、その円盤が数倍にも膨れ上がったと思ったら、床に敷き詰められている岩盤もろとも引き剥がすような吸引力を発揮する。


「――フィアクリメーション」


 レッドコアの分身体たちも逃げる間もなく黒い物体に身体をもっていかれて身動きができなくなっている。まるで強烈な磁力によって引きつけられているかのよう。


 黒い円盤に次々とレッドコアが集まり、円盤に触れているモノから順に全体が黒く変色し、変色した部分から粒子変化していったのち消失する。


「凄い力ですね。恐らくあの円盤に触れると闇に侵食され、浸食された部分が崩壊現象にあっているようですが、恐ろしい魔法です。さすがは『冥王』といったところでしょうか」


 ペビンも絶賛するほどのシウバの実力。


「イエイイエ~イ! やるじゃんやるじゃん、おじいちゃん!」


 急に楽しそうに踊り出すアダムス。


「ノフォフォフォフォ! もっと褒めて下され! できればぎゅ~っとハグされればさらにやる気になりますぞい!」

「ウ~ン、ごっめ~ん! ワタシ、抱きつくんなら若い子がいいな~!」


 この中の誰よりも年増の分際で何をほざくというのか。【イデア】の創世記に近い時期に他の星からやって来ているのだから、一番年上間違いないだろう。


「むむむ。それはまことに残念でございますな! ノフォフォフォフォ! さあ、ラストスパートですぞぉぉぉっ!」


 吸引力がさらに上がっていき、分身する速度より吸い込む速度の方が速く、ようやく本体らしきレッドコアの身体が見えてきた。


 分身速度も、吸引力に耐えようとしているためか遅くなっている。だがそれでは時間の問題だ。本体の周りにいる分身体も軒並み円盤に吸い込まれていき消失したところ、最後に本体も吸い込まれて結果、戦闘終了になった。


「お疲れ様ですぞ、シウバ殿!」

「ん……シウバ、頑張った」


 ニッキとウィンカァの労いの言葉にシウバは嬉しそうに笑みを浮かべている。


「ノフォフォフォフォ! 少し頑張らせて頂きましたぞ!」


 何事も無いように言う彼だが、日色には分かっている。もう彼に残されている魔力があまり無いということに。


(今の魔法……発動する時に魔力を消費するんじゃなく、発動させている間も魔力を消費していた。多分魔力を上乗せすることにより、吸引力と浸食速度を上げる効果があるんだろうな)


 だがその代償はかなり大きい。もう同じ強さの魔法は放てないだろう。それでもシウバのお蔭で、最小限の被害でここを通過することができるのもまた事実。


「よくやったぞ、ジイサン」


 日色もまた言葉をかける。彼は疲労感を表に一切出さないポーカーフェイスぶりを発揮しているが、相当な虚脱感に見舞われているだろう。


「少し後ろで休んでいろ」

「ノフォフォ……。ではお言葉に甘えると致しましょうか」


 こうして第一の番人を破り、先に進むことができた日色一行。


 だがその時、アダムスの眉根がピクリと動き、後ろを振り返った。その様子が気になったのか、ペビンが「どうしたんですか?」と尋ねると、


「……この気配……」


 アダムスは遠くを見るような目つきになりながらも、フッと頬を緩めてペビンに言う。


「ウウン、何でもナイナ~イ。ささ、次へ行っくよ~! おめえらついてこ~い!」


 相変わらず喧しいノリではあるが、皆は黙って彼女の後についていく。

 レッドコアを倒した瞬間に、壁の一部分が消失して道ができていた。その先に次なる関門があるとのこと。


「次は第二の番人なんだろ? どんな奴なんだ?」

「ウンとね……確か名前はミニスタートレーサーちゃんだね~」

「……どういう奴なんだ?」

「ウ~ン……一言でいうとぉ……めんどくさい子?」


 どうめんどくさい相手なのか尋ねようとしたが、どうやら目的地に着いたようで、また開けた場所の中央にポツンと何かが置いてある。


 それは先程のレッドコアとは別角度で軟らかそうな質感をした相手だった。レッドコアはプニプニとした瑞々しさを感じさせる軟体生物だったが、こちらは言ってみれば粘土のようにクネクネとしている。


 大きさはレッドコアとさほど変わらないが、レッドコアよりも明らかに厄介な能力を持っていそうな雰囲気がビンビン伝わってくる。


「あっ、気を付けてね。この子の――」


 アダムスが何か言おうとした時、思わず目を覆うほどの眩い光がミニスタートレーサーから放たれる。


「得意技は…………って、ありゃりゃ、遅かったか」


 アダムスから呆れる声が聞こえる。声に導かれ日色は、光の中で目を凝らす。次第に光が小さくなっていき、驚くべき光景が眼前に広がった。


「な、何と!?」

「にゅわっ!?」

「……ウイ?」

「おやおや、これは……」


 シウバ、ニッキ、ウィンカァ、ペビンが順に視界に映ったものを見て感想を述べる。そこには、今声を上げた者たちを模写した四人の偽物が立っていたのだから。


「あ~あ、変化されちゃったね~」

「おい、ファンキー女、まさかアイツの能力って……!」

「ウン、相手の姿をコピーする能力だよ。しかも術や魔法までコピーしちゃうんだから性質が悪い悪い」

「お前な、そういうことはもっと早く言っておけ」

「言おうとしたも~ん! だからワタシは悪くないっ! ワタシは正義だっ!」


 バカなことを言い始めた彼女を無視して、偽物四人組を見つめる日色。


(術や魔法までコピー? なら身体能力もか……けど何でオレをコピーしなかったんだ?)


 そこで自分の立ち位置を確認すると、コピーされた者たちが、自分よりも前に出ていることに気づく。


「あっ、ちなみにトレーサーちゃんがコピーできるのは、最大で四人くらいまでだから」


 アダムスからの追加情報。確かに最初に見た大きさ的に、人間の大人で四人くらいまでだったような気がする。


「……恐らく、先程の光を相手に放ち身体情報を把握したのでしょうね」


 ペビンが細い眼で分析している。


「厄介な相手ではありますが、できればヒイロくんはコピーされないようにお願いしますよ」

「あ? 何でだ?」


 一斉に吐き出される溜め息。


「あのですね、ヒイロくん。あなたの実力をコピーされると厄介で収まるわけがないではありませんか」

「あ……」


 それは確かにその通りだ。相手が《文字魔法》を使ってくるなど面倒極まりない。


「分かりましたか? ここは僕たちが何とかしますので、ヒイロくんは身体を休めていて下さい。次に備えてね」


 他の者もペビンに賛同しているようで頷きを見せてくる。戦闘に参加して日色をコピーされれば、倒すのが非常に困難を増す。もし相手が『天下無双』の文字を使ったら全滅リスクも多大にある。


 それだけは避けねばならない。この状況、日色がコピーされていないことそのものが僥倖なのだ。このまま戦闘に参加せずに、仲間たちに任せた方が良いかもしれない。


「大丈夫さ、ヒイロ! シウバの代わりにヒメが戦ってくれるだろうし、仲間を信じて待つのも強さだぜ!」


 肩の上に乗っているテンが言ってくる。


「分かってる。さっさと後ろへ行くぞ」

「ウキキ~!」

「あっ、まってよぉ~。ワタシも一緒に行くから~!」


 アダムスも一緒に傍で観戦するようだ。


(コイツが残留思念なんかじゃなく、普通に戦えるなら多分一瞬で終わりそうなんだけどなぁ)


 何といっても伝説のアダムスなのだから、あの程度のモンスター相手でも問題無く倒すことができるだろう。

 後ろへ下がった瞬間、思わず目を見張る情景が視界に飛び込んでくる。


「これは……!?」


 まだ戦闘を開始して十秒も経っていないだろう。それなのに、床に倒れている四人の人物。


 仲間たちではない。倒れているのはミニスタートレーサーが模写した偽物四人組だ。全員が両足を切断されたように消えている。それが理由で倒れているようだ。


「フフ……まだまだですね」


 ペビンが不敵に笑みを浮かべながら軽く手を振ると、その際に波紋が広がっていき、波紋に触れたシウバの偽物の両腕が消失。

 見ればペビンの周囲に山のように偽物たちの足と腕が積み重ねられてある。


「あっちゃ~、や~っぱすぐに終わっちゃったかぁ。こういう戦いだと、ペビンが負けるわけないかぁ」


 隣に立つアダムスは、この結果を予想していたようだ。少しつまらない様子を見るに、いとも簡単に終わった戦闘が物足りないのかもしれない。


 刹那、偽物のペビンが本物と同じようにペビンに向けて波紋を広げる――が、


「遅いですよ」


 ペビンが同様に手を払い波紋同士をぶつけると、ペビンの波紋が相手の波紋を弾き飛ばし、倒れている偽物たちに広がっていく。


 今度は偽物たちの胴体と首が離れ、四つの首がペビンの足元へ現れる。自分と同じ顔を持つ者を見下ろしながら、ペビンは足で踏みつけ――潰した。その行為にシウバたちが息を呑む。


「残念。僕を楽しませるには、圧倒的に実力不足ですね。来世に期待しましょう。では」


 冷たく開かれるペビンの細い瞳。懐から取り出したナイフを、他の三つの頭に投げつけて絶命させた。

 結果的に言えば、誰も傷つかずに敵を倒せた。時間的に考えて他の者たちも魔力消費量を最小限に抑えることができて言うことはない。


 ただペビンの圧倒的な力にうすら寒いものを感じていることもまた事実。


「フ~ン、あいっかわらずどうでもいい相手には容赦しない奴ぅ」


 アダムスもペビンの性格だけは認めていないようだ。日色もまた、実力は認めているが、人格そのものに関しては容易ならぬものを感じている。


(やはりアイツには気を許せないな。たとえ契約があるとしてもだ)










「さあ、先に進みましょうか、皆さん」


 ペビンが一人で番人を退け、その圧倒的な実力を見せた結果、他の者は尊敬するよりも畏怖の対象として彼を見ている。


 たとえ偽物だとしても、自分やニッキたちを模した者を躊躇なく殺したのだから仕方ないといえば仕方ないだろう。いつも能天気なニッキや、ぼ~っとしているウィンカァでさえも警戒して彼に近づこうとはしていない。


 契約があるので日色の仲間を傷つけるようなことはできないだろうが、人格的に歪んでいる彼と親しくなりたいと思う者がどうやらいないらしい。

 そんな皆との壁を感じたのか、アダムスが彼に近づきジト目を向けながら口を開く。


「も~少しやり方ってもんがあんでしょうが」

「はあ? やり方とは? スムーズに敵を殲滅したのですから言うことはないと思いますが?」

「あのね~、昔っから言ってるけど、アンタの常識って常人には引かれるんだよ?」

「それはあなたには言われたくありませんね。非常識が服を着ているのはあなたの方だと思いますし」

「何だとコラー! 乙女に向かってその言い方は許さんぞー!」

「く、苦しいですよアダムスさん!?」


 ペビンの首を掴んで身体をブンブンと前後させているのでペビンが辛そうである。


「ごほごほっごほ! あ~……とにかく、さっさと先へ進みましょう」

「糸目野郎の言う通りだ。次が最後なんだろ、ファンキー女?」

「ウンウン、そうだね~もうすぐ出てくると思うけど?」

「は? 出てくる? 何……が   っ!?」


 突如として足元に広がる魔法陣。眩い光に日色たちは包まれ、その場から消失する。

 


      ※



 ――【獣王国・パシオン】。


 獣王レオウードは、最近耳にした情報の信憑性を確かめるべく、自らが【魔国・ハーオス】へ出向く必要があると考えていた。


「おいオヤジ、マジで行くのかよ?」


 第二王子であるレニオンとともに、《三獣士》のバリドが姿を見せに来た。


「当然だ。確かめねばなるまい。この噂の真実をな」

「レオウード様、あなた様のお気持ちは分かりますが、ここは慎重に行動した方がよいと判断しますが」

「バリド、ならお前は信じるのか、あの魔王イヴェアムがヒイロを裏切ったという話を」


 数日前、【魔国・ハーオス】の視察部隊が帰って来たのだが、彼らからの情報が驚愕のものであることが判明。


 その内容とは、【魔国】に住む全ての者たちが、ヒイロを悪と断定したということ。イヴェアムの命を狙い、世界を支配すると日色が公言したという。


「ヒイロがそんなバカなことをするはずがない。奴には支配欲など欠片もないことは、我々が誰よりも知っているだろ!」


 もし彼がアヴォロスのような考えを持っていたとしたら、すでに世界は彼の手の中にあるはず。それだけの力が日色には備わっているのだから。


「それはそうかもしれねえけど、もし本当なら例の預言書が関係してるってことだろ?」

「そうです、レオウード様。そんな場所へのこのこと出て行かれても、危険なだけで利はありませんよ!」

「むぅ……しかし、実際にこの眼で確認しなければ納得などできん」

「抑えて下さい。我々だって、一度意識を操作されているのです。いつまた操作されるか分かったものではありません。もしかすると、魔王と戦わせられることだって考えられるのです」

「それは分かっている! ただもう一つの情報が真実かどうかは確かめねばならんだろう」

「…………ヒイロの行方不明について、ですか?」

「そうだ。もしそれにイヴェアムが関わっているのだとしたら、油断したヒイロが彼女に捕らえられていることも十分あり得る。アイツは身内には甘いからな」

「確かに連絡用の魔具でララシーク様から、ヒイロが行方不明だと聞きましたが……」

「しかも魔界でだ。あのヒイロが何の音沙汰なしなのは有り得ん。こんな状況であるなら尚更だ」


 もうすぐ決戦だというのに、彼が姿を突然消すなどというイレギュラーは、確実に日色の考えではない。だとすれば、それは強制的に行われたことである可能性が高く、日色もどうしようもない事態に置かれていると推察できる。


「……もし魔王に捕縛されているのだとしたら、どうされるのです?」

「知れたこと。我が全力を以て友を救い出すのみ」


 それが大恩ある日色への感謝の気持ちにもなる。


「ですが、上手くいくはずはありません。先程も申し上げましたが、我々は操作される可能性が非常に高いのです。たとえ予想通り、魔王がヒイロを拘束していたとしても、助け出す前に操作されて魔王へ加担する恐れがあります」

「むむぅ……それは確かにそう、だが……」


 そうなれば益々日色の立場が危うくなってしまう。


「ここはもう少し様子を――」


 その時、兵士が飛び込んできて報告をしてきた。内容は日色に関してだった。


「何? ララから情報だと? そのままでいいから話せ」

「はっ! 実は――」


 内容は日色がララシークたちのもとへ姿を現したということ。そしてやはり推測していた通り、イヴェアムに拘束されていた事実も伝えられた。


「そうか……ヒイロは無事であったか……」


 ホッと胸を撫で下ろす。バリドやレニオンも事なきを得たことに安堵しているようだ。


「それで今はどうしているのだ? 聞いているか?」


 兵士から日色の現状を聞き出す。


「なるほど、決戦に向け、回復薬収拾を行っているわけか。しかし『神人族』に手を回され、入手が困難な状況にあると……。バリド、我が国の回復薬をヒイロたちへ回せるか?」

「実は、そのことについてご相談があったのです」

「む? どういうことだ?」

「簡単に言えば、他の街や村と同等に回復薬を許可なく処分した者がおりまして」

「何? 許可なく……だと?」

「はい。それも恐らくは《塔の命書》で操作されての行動だと思います。何せ処分に立ち会ったのはクロウチだという話ですから」

「…………二人は今どうしている?」

「操作されていたのだから仕方ないと言ったのですが、罪悪感からか大陸中の回復薬を集めてくると言って出て行きました」

「あの大馬鹿者めが……」

「プティスが追いかけて行きましたので、そのうち連れ戻してくると思いますが」

「うむ。クロウチが帰って来たら知らせろ。久々に拳骨を落としてやらねばなるまい」

「おいオヤジ、アイツだってこの国を思って探しに出掛けたんだろ? だったら……」

「分かっておる。ワシが怒っておるのは、自分一人で罪を背負おうとしたことだ。あやつ一人の責任ではない。いや、そもそも全ては『神人族』の仕業。あやつが罪を感じることなどないのだ」

「そうかよ。相変わらず身内には甘えな、オヤジは」

「とにかく、ヒイロが無事ならそれでいい。しかし情報収集だけは怠るな。【ハーオス】へも密偵を放って状況を逐一報告させろ。【人間国・ランカース】についても情報を集めるのだ。何でもいい、ヒイロにプラスになるような情報があれば連絡用魔具を使ってララたちに知らせるのだ。我々が彼らのためにできることは少ない。だができることはある。勝利を掴むためにも動き続けるのだ、我が同志たちよ!」


 操作される恐怖はいまだ根付いている。今のこの言動も、もしかしたら、という想いは捨てきれない。だがジッと座して待つなどはレオウードの誇りが許さない。

 今は自分の思う通りに動き、それが日色たちのためになるのだと信じるだけだ。


 それが勝利への一歩に近づくと信じて――。



     ※



「こ、ここは……?」


 日色は周りを見回しながら、ここがどこか探っていた。

 足元に突如現れた魔法陣によって、どこかへと転移させられたようだ。


「暑いな……」


 まるでサウナにでも入っているかのような熱気を感じる。周囲は火を放っているかのようにオレンジ色に染め上げられており、グツグツと下方から音が聞こえる。

 すると突然、離れた先の地面がボコッと膨れ上がり、そこからマグマが噴出した。


(おいおい、一体どこへ転移させられたんだ?)


 その答えは、一緒に転移してきたアダムスが答えてくれた。


「ココが最後の番人の住処なんだよ」

「こんな場所にいるのか?」

「ウンウン、あの階段をず~っと上がったトコにいるよ」


 彼女が指を差した場所には、百段以上あるだろう長い階段があり、その先に砂時計のような形をした大地が広がっている。

 アダムスが言うには、その大地の上に《強欲の首輪》があるとのこと。


「なるほどな。ところでさっきの魔法陣はやはり転移魔法陣ってところか?」

「ソウソウ! 第二の番人を倒したら、強制転移してここに来ることになってるんだよね~!」

「お前な、その情報を小出しにする癖、そろそろ改善したらどうだ?」

「ムッフフ~! ビックリしたっしょ? でもちゃ~んと言おうとしたんだからね!」

「いつも一歩遅い。それで? 今度は事前にちゃんと教えろ。あそこには――――何がいる?」


 日色がそう聞いたのにはわけがある。何故なら階段の先にある大地から、無視できないほどの強いオーラを感じるから。


 今まで出会ったモンスターの中でもトップクラスに位置するであろう力強さを感じさせるオーラ。恐らくは――SSSランクのモンスターだろう。


「あ、や~っぱ気になる感じ? だよね~、あの子は存在感半端ないし」

「どうでもいいから、さっさと情報を寄こせ」

「ムッフフ~、君もホントに偉そうだね! 何ていうか物怖じしないっていうかぁ。ほとんどの人ってワタシのことを知ったら萎縮しちゃうんだけどなぁ」

「ただの残留思念にビビるわけがないだろうが。それに相手が危険かどうかなんて、一目見れば分かる」

「……!? ……フゥン…………な~るほど。シンクを超える者……ね。イヴも面白い子を見つけたみたいじゃない。分かった分かった。なら教えてあげる、あそこにいる最後の番人、その名を――――――サラマンドラ」

 

 もう名前聞いただけでも強そうなのは明らかだ。

 

「サラマンドラ……か。本でも最強の火竜と書かれていたな。確かSSSランクのモンスターだ」

「そのと~り! SSSランクのモンスターは、そのほとんどがユニークモンスター。サラマンドラもそうだよ」


 相手はSSSランク。今まで日色もSSSランクのモンスターと戦ったことはあるが、その実力は決して油断できないものである。それは今の日色でもだ。

 それだけSSSランクというのは超常の力を持ち合わせている存在である。


(まあ、さすがに魔神と比べると見劣りするのは確かだけどな)


 神と冠する生物と比べること自体が間違っていると思うが、あれほどではなくとも、これから待ち受けている番人は、気を引き締めて臨むべき相手だということは間違いない。


 日色たちは互いに戦闘準備を整えると、サラマンドラが待つ階段を上っていく。近づく度に、サラマンドラの気配が濃くなってくる。


 同時に感じる熱も高くなっていき、汗も身体から噴き出てくる。魔力だけでなく、ジッとしているだけで体力まで消耗していく。


 これは早く攻略しなければ、文字通り干からびてしまう。だから自然と足早になって階段を駆け上がるようになる。

 階段の先にある大地に足を踏み入れると、突然上空から火で覆われた物体が落下してきた。


「散開しろっ!」


 日色の掛け声で、固まっていたパーティはそれぞれ落下してくる物体を避けるためにバラバラに避けることになった。


 落下した物体をよく見ると、それは長い尻尾のようなものだということが判明。尻尾を辿って視線を移してくと、その先には全身を紅蓮に染めた巨大生物が上空から日色たちを見下ろしていた。


 一言でいえば、ドラゴンであろう。ただ全身を炎の鎧で覆い、凄まじい殺気を迸らせているので、思わずその威圧感に息を呑む。


「サラマンドラ……だな」

「おいヒイロ、さっさと倒した方が良いさ! ここへきて魔力が急激に減少してら!」


 肩にいるテンから奇妙な現実を教えられた。だが彼の言う通り、自分の中に存在する魔力の減少速度が増しているのを感じる。


「ぬ……ぐ……っ!?」


 第一の番人の時に戦ったシウバが、膝をついている。彼の身体から魔力がドンドン失われていき、いよいよ体力まで奪われているようだ。


「何故いきなり魔力減少の速度が上がったんだ?」


 そこでふと気になったものがある。それは自分たちの魔力が流れていくその先だ。何故かサラマンドラへと向かっていることに疑問を持った。


「まさか……オレらの魔力を吸収してるのか?」

「そ~だよ~! サラマンドラちゃんはね、傍にいる者から魔力を奪うことができるから気を付けてね!」

「だからその情報をもっと先に教えておけって言ったろ!」


 日色はアダムスに苛立ちを感じながらも、シウバへと駆け寄る。


「おいジイサン、アンタは階段のところまで戻って休んでおけ」

「ぐ……お力になれずに、申し訳ありません」

「そんなことはいい。さっさと行け!」


 シウバが日色の言うことを聞いて、階段の方へ向かって行く。サラマンドラから離れれば、減少速度も元に戻るだろう。あとは彼が力尽きる前にサラマンドラを倒せばいい。

 シウバが退却してから、改めて空に浮かんでいるサラマンドラを観察する。


 全長は約五十―メートルほどあるかもしれない。大きな翼、長い尻尾、鋭い眼光と牙、その全てが炎で包まれている。容易に近づける存在ではない。


「あ、僕も戦線離脱で構いませんか?」

「はあ?」


 突然怠けたことを言い始めるペビン。


「実はですね、先程の戦闘のせいで結構魔力がなくなっちゃいまして。さすがにアレを相手にするのは足手纏いになりそうなので」

「…………好きにしろ。お前らは大丈夫か?」


 ニッキとウィンカァに視線を向ける。


「まだまだイケるですぞ!」

「ん……ウイもいける」

「よし、なら奴を挟み撃ちにして、遠距離から攻撃をしろ。あの熱量だ、絶対に近づくなよ」

「はいですぞ!」

「ん……了解」


 ニッキとウィンカァが指示通りに、サラマンドラを挟み込むような位置に移動していく。しかしサラマンドラも黙って佇んでいるわけがなく、空を翔け巡り長い尻尾を払うようにして襲いかかってくる。


 避けたつもりでも、その大きさのせいか風圧が物凄く、大地にまで亀裂が走るほど。同時に炎が飛んでくるので、それを考慮して避けなければダメージを受けてしまう。


「うわちゃちゃちゃちゃちゃちゃっ!?」


 テンに飛び火してしまったみたいで、彼の尻尾に火の粉がつき慌てて尻尾を掴み息を吹きかけるテン。そして日色もまた火の粉が頬につき顔を歪めてしまう。


「熱っ!? くそ! あんま調子に乗るなよっ!」


 すぐさま『水弾』と書いて発動。文字が変形し大きな水の塊となってサラマンドラに襲い掛かる。だが相手に到達する前に、水がジュゥゥゥゥゥ……っと蒸発してしまった。


「おいおい、マジか」


 かなり大きな水の塊をイメージして放ったというのに、相手に当たる前に蒸発するとは信じられないほどの熱量である。


「ならっ! 直接これでどうだ!」


 右手の人差し指を素早く動かして『大凍結』の文字を書く。これで一気にサラマンドラの身体を凍らせるつもりだ。


 だが相手の素早い動きに、普通に当てるのは難しい。『必中』の文字を使って確実に当てるようにするべきかと思い左手で文字を書こうとした時、


「師匠は魔力を温存しておいてくださいですぞっ!」

「ウイたちが、相手の隙を作る!」


 ニッキとウィンカァがサラマンドラに向けて攻撃を繰り出す。サラマンドラも、彼女たちに意識を向けて日色から注意を外す。


「ごめんなさいね、ニッキ。私の力は炎属性でもあるから、今回はあまり力になれないわ」

「大丈夫ですぞ、ヒメ殿! ヒメ殿は傍にいるだけでボクに力を与えてくれるですぞ!」


 ニッキの純粋な気持ちに触れて、ヒメが嬉しそうに彼女の頭の上で微笑む。そしてニッキとウィンカァは互いに目配せして、攻撃のタイミングを合わせる。


「――《爆拳・弐式》っ!」

「――《一ノ段・疾風》っ!」


 サラマンドラに向かって、拳型の魔力と斬撃がそれぞれ襲い掛かっていく。しかしサラマンドラが低く唸ったかと思うと、身体の周りに小さな火の玉を無数に顕現させる。小さいといっても、人間の頭ほどはある大きさだ。


 サラマンドラが翼をはためかすと、上空から顕現させた火の玉を地上へと降り注いでくる。まるで火の雨。ニッキとウィンカァの攻撃も、その火の玉に阻まれ、相手の身体に到達することができない。


「にょわっ!? 多いですぞっ!」

「避けなさい、ニッキ!」


 ヒメの忠告。ニッキも小さな身体を四方八方に動かして火の玉の群れをかわしていく。

 ウィンカァも愛槍――《万勝骨姫》を振り回して火の玉を斬り裂き防御に力を入れている。


 二人のお蔭でサラマンドラの意識を自分から逸らすことができたので、日色は放った文字を遠隔操作して、静かにバレないようにサラマンドラの身体に触れさせることができた。


「凍りつけ、《文字魔法》っ!」


 文字から放電現象が起こり、刹那――サラマンドラの巨躯が一瞬にして凍りついた。以前、ララシークがシュブラーズと戦った時に見せた光景を参考にした日色の文字効果である。

 まるで氷山の中に閉じ込められたようにサラマンドラが動かなくなった。


「やったですぞぉぉぉ! さすがは師匠~!」


 ニッキが跳ねながら喜びを表現している。ウィンカァもホッと息をついて槍を収めようとした瞬間、氷山全体に亀裂が走っていく。


「まだだっ、離れろお前らっ!」


 氷山が真っ赤に染まり、まるで火山が噴火したかのように上部からマグマが噴出し、近くにいたニッキたちにマグマの猛威が降り注ぐ。


「にょわぁぁぁっ!? ば、《爆拳》っ!」


 とんできた火の塊を《爆拳》で弾き飛ばすが、


「ぬわぁぁぁぁっ!? あっついですぞぉぉぉぉっ!」


 咄嗟の迎撃だったためか、拳を纏う魔力量が少なかったのだろう、完全に熱を殺し切ることができずに拳にダメージを受けている。


 ウィンカァはニッキと違って、槍で防御していたのでダメージはなかったようだ。日色もまた設置文字の『防御』を使って、降りかかってくる火の塊を弾き飛ばしていた。


(三文字でもダメージ無しだと……?)


 見たところ、サラマンドラにダメージがあるようには見えない。


「ヒイロ、多分アイツ、みんなの魔力で自分のダメージを治癒してんじゃねえの?」

「……なるほどな。つまり自己治癒……いや、自己再生能力が高いってことか。人の魔力を使って結構なことだな」


 戦う前よりも、明らかに少なくなってきている魔力量に不安を覚え、懐から《赤蜜飴》を取り出して服用する。あまり多用したくはないが、相手の魔力吸収速度が思ったより早いので、回復できる時にしておいた方がいい。


「あらら~、ず~いぶん苦戦してる?」


 いつの間に傍に来ていたのか、アダムスが話しかけてきた。


「そう思うなら、簡単に倒せる方法でも知らないのか?」

「ん~とね~……サラマンドラちゃんを倒すには、やっぱり核を攻撃するのが一番だと思うよ」

「核? そんなもんどこにあるんだ?」

「核は、サラマンドラちゃんたちそれぞれ場所が違うから分かんない。でも尻尾じゃないことは確かだよ。あれだけ振り回して攻撃してるんだし」


 確かに弱点が尻尾にあるなら、わざわざ危険を犯すような攻撃方法はとらないだろう。


「仕方ないな。魔力はもったいないが」


 『鑑定』の文字を使い、サラマンドラの身体を調べてみる。どこに核があるのか……。


「――――――あった!」


 日色が見抜いたのは、サラマンドラの右の翼の付け根。そこにエネルギーの塊が存在している。


「そういえば……」


 先程から、ニッキたちが背後を取ろうとしていたが、決まって背後だけは取られないようにサラマンドラは行動していた。背中にある核を守るためだろう。


(あとはどう弱点を貫くかってことだが……)


 一応『大凍結』でも核に攻撃が当たったはずである。にもかかわらず、ダメージが皆無だということは、核自体にも再生能力があるということ。いや、奪った魔力を核に流して優先させて回復させているのだろう。


「一点集中攻撃……だな」


 そうでなければ、核を破壊することはできないはず。


(よし、まずは相手の動きを奪うか)


 しかしその時、サラマンドラの動きがピタリと止まり、小刻みに身体を動かし始めた。


「な、何だ?」

「え~っとぉ……ワタシも初めて見るかも」


 アダムスも知らないサラマンドラの行為。見ていると、サラマンドラの纏う炎が青く色を変えていった。


「わ~青くなっちゃったよ、サラマンドラちゃん」


 アダムスは楽観的に口を開いているが、明らかに増す威圧感と力強さ。どうやら今までのは小手調べだったようだ。これからが本番。

 




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