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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
227/281

227:捕縛と終末契約

 日色がまだ【人間国・ランカース】にてジュドムと会合していた頃、【魔国・ハーオス】から数キロほど離れた岩場では、二人の人物が顔を合わせていた。


 一人は黒いローブに全身を包み、正体不明の怪しい雰囲気を漂わせる人物。そしてもう一人は、先日“魔軍隊長決定戦”において勝利を収め、見事隊長に就任したレッカ・クリムゾンである。

 子供であるレッカと黒ローブの人物を比べて、身長さを考慮すると大人だと判断できるかもしれない。


「見事、入り込めたようだな」


 くぐもった声がレッカに向けられる。


「オスッ! これも先生のお陰です! オスッ!」


 生真面目なレッカの真っ直ぐな瞳が黒ローブの人物へと向けられている。


「何度も言っているが先生ではない。ただ私は力の使い方を教えてやっただけだ」

「いいえ! 記憶が混乱していた自分を導いてくれたのは先生ですから、自分は先生を尊敬しています! オスッ!」

「……まあいい。それよりどうだ、会ってみて何を思った?」

「……オス。じ、実はまだ実感が湧かないです」

「それはそうだろう。突然目覚めたのだから無理もない。しかし本能が教えてくれたはずだ。ヒイロ・オカムラの存在が、レッカ……お前にとってどういう存在なのかが」

「……オス。で、ですが……」

「どうかしたのか?」

「ち、父上と呼ばせてもらえなかったのです……」

「……は?」

「こ、この前、い、一緒にお風呂へ入ることができたのですが、その時に頼み込んだのです」

「父と呼びたいと言ったということか?」

「オ、オス」


 黒ローブの人物が難しそうに唸りながら腕を組む。


「それは何とも……誰だって脈絡もなく父と呼ばせてほしいと言っても呼ばせてはもらえんと思うが」

「そ、そうなのですか!? で、ではどのように振る舞えばよろしいのでしょうか!」

「う、うむ。わ、私も子供を持ったことがないから何とも言えぬが……そうだな、レッカの真摯な気持ちをぶつけ続ければいいのではないか?」

「真摯な気持ち……ですか?」

「そうだ。ヒイロ・オカムラは人を視る。相手が本気なら、本気で応えてくれるはずだ。時間をかけて認めてもらえばよいのではないか?」

「で、ですが先生の仰る通りならば、時間も限られているのでは?」

「ああ、戦いはもうすぐ起こる。運命を決定づける最後の戦いがな。もしヒイロ・オカムラがそれに敗れ死ねば、二度と父などと呼べぬだろうな」


 レッカが肩を落とし消沈する。


「レッカよ、未来は自分の手で掴むものだ」

「先生……」

「このまま進み、もしヒイロ・オカムラが死ぬ未来が用意されているのなら、レッカがその未来を覆せばよいのだ」

「じ、自分が……?」

「ヒイロ・オカムラが生きる未来を、自分で掴んでみろ。レッカならそれができるのではないか?」

「……オスッ!」

「それにその方が私にとっても都合が良いからな」

「はい? 何か仰いましたか?」

「いいや。とにかく私も動こう。レッカも己が信じる道を突き進むがよい」

「先生……オスッ! 任せて下さいです! このレッカ・クリムゾン! 真っ直ぐ突き進むでありますっ!」


 コクンと黒ローブの人物は頷きを返すと、その場から風のように消えた。レッカもまた、礼儀正しく、誰もいなくなった虚空に向かってお辞儀をしてから【ハーオス】へと帰っていった。



     ※



「――――待っていたわ、ヒイロ」


 【ハーオス】へと転移してきた日色は、その足で会議室へ向かうと、すでにそこにはイヴェアム含め上層部の者たちが顔を連ねていた。その場にはリリィンやクゼルたちもいる。


 どうやら【獣王国・パシオン】での出来事も耳にしているような様子。今後のことについて魔国会議を行っていたのだろう。日色が来ることも想定に入れて。


「ついに『神人族』が動き出したようね」

「ああ」

「ということはだ。こうやって正気で会うのは、『神人族』を倒すまでお預けになる可能性が高いな」


 リリィンの言葉に誰もが苦虫を噛み潰したような表情をする。あのレオウードでさえも、簡単に《塔の命書》で操作されたのだから、その力には抗うことができないとイヴェアムたちも感じているのだろう。

 次に会う時は、イヴェアムたちは操作されている可能性だって十分に考えられる。


「リリィンの言う通りね。《不明の領域者》の因子を持つ者以外は、やはり操作される可能性は残されているのだから」


 イヴェアムが悔しげに下唇を噛む。日色は彼女を一瞥してからアクウィナスへと視線を移す。


「アクウィナス、国の周囲は問題ないのか?」

「ああ、隊長たちと部下たちに厳重に警戒態勢を整えさせている」


 確かに見れば、イオニス、レッカ、ジュリンの姿が見えない。国の防衛に当たっているのだろう。


「【ハーオス】は国自体の規模が巨大なものだから、【パシオン】のように結界を張られるようなことはないと思うが、特に我々がいる城の周りは注意を払っている」


 それは確実に行ていなければならないことだ。城が結界で覆われたら、レオウードたちのようにイヴェアムたちも呆気なく操作されてしまう可能性が非常に高い。


 国を覆う結界は作れなくても、城くらいなら覆える結界は容易くできるかもしれないのだから。


「ならいい。イヴェアム、レオウードとジュドムにも確認したが、お前も結界へ逃げることはしないんだな?」

「ええ、ここは私の国であり、守るべき民がいるもの。私だけが安全圏にいるわけにはいかないわ」


 やはりどの国王も頑固である。日色としては操作などされてほしくないし、力ずくでも結界に放り込みたい衝動を感じるが、そのようなことをしても彼女に恨まれるだけだろう。


 日色にできることは、彼女たちが完全に操作される前に『神人族』を打ち倒すことだ。そうすればすべての問題は解決することができる。


「リリィン、お前らはどうする?」

「む? ワタシたちは当然貴様とともに行動をするつもりだ。『神人族』などにシャモエたちを操作させるわけにはいかんしな」


 リリィンとシウバはともかく、シャモエやミカヅキなどは抗うことはできないだろう。


「ウィンカァとクゼルはどうする?」

「ん……ウイはヒイロと一緒。ヒイロはウイの王だから」

「私もヒイロくんとともに参ります」


 二人も結界へとついてくるようだ。


「分かった。なら先に行ってチビウサギの作業を手伝ってやってくれ」

「む? 作業だと?」


 リリィンが眉をひそめる。


「行けば分かる。お前ら、リリィンに触れてくれ」

「ノフォフォフォフォ! 触れればよいのですね? それなら抱きついても問題はなぐふはぅっ!?」

「何か言ったか、不死身変態が!」


 シウバがリリィンによって股間を蹴られ悶絶している。そのまま頭を踏まれて痙攣中だ。相変わらずである。


 日色の言葉に従って、ウィンカァたちが彼女に触れる。日色は『転送』の文字をリリィンに放ち発動させる。こうしてリリィンたちをドゥラキンの洋館へと飛ばした後、日色はイヴェアムたちに顔を向けた。


「本当は私もヒイロの傍にいたいんだけど……ごめんね、ヒイロ」

「別に謝る必要はないだろ。お前は王だ。民のためを思っての行動を心がけているのなら、それは立派だと思うぞ」


 賛否両論はあるかもしれないが、彼女が民の傍に居続けるという選択をしたのなら、日色もその考えを尊重してやりたかった。


「……ありがと、ヒイロ」


 イヴェアムが嬉しそうに頬を染める。


「あらあらぁ~、嬉しそうねぇ、陛下ぁ」

「ちょ、ちょっとシュブラーズ! あなたはいつもいつも! からかわないでよ!」

「そうッスよシュブラーズさん。からかうならもっと深~くからかわないと」

「あ、それもそうねぇ~」

「もう! テッケイルまでいい加減にしなさいっ!」


 緊張ムードだった場が、一気に明るいものに変わる。マリオネやラッシュバルは呆れたように溜め息を漏らすが、オーノウスやアクウィナスは微かに頬を緩めているのが分かった。


「ほ、本当にあなたたちはもう……あ、そういえばアクウィナス」

「? 何だ陛下?」

「私の執務室に行って、引き出しにある書簡を取ってきてほしんだけど」

「書簡?」

「うん、ドゥラキン殿に当てた書簡よ。リリィンたちを保護してもらうのだから、礼儀としてね」

「俺が行けばいいのか?」


 イヴェアムが首肯する。しかしテッケイルがそこで手を上げた。


「それなら僕が取りに行くッスよ」

「ううん、アクウィナスにしか場所は分からないと思うから」


 その言葉にアクウィナスが首を傾げていたのを日色は確認する。


「お願いできる?」

「……仕方ないな」


 そう言うと、アクウィナスが一人で会議室から出て行った。


「……ならオレはその書簡を持って行けばいいんだな?」

「うん。少し時間もかかるだろうし、ちょっと待ってて」


 そう言うとイヴェアムも部屋から出て行き、数分後一人で戻って来た。その手には紅茶セットが持たれている。


「良かったら私が入れた紅茶でも飲んでみて。最近少し上手くなったのよ」

「ほう、なら頂くとしようか」


 ほんのり香るレモンの香り、これはレモンティーだろうか、赤茶色に輝く液体がカップの中でユラユラと揺れている。

 一口すすると、口いっぱいに芳醇な香りが広がっていく。


「うん、なかなか美味いじゃないか」

「そう? それは良かったわ。ほら、もっと飲んでみて」


 そんなに嬉しいものなのかと思い、どんどんカップへ注いで勧めてくる。二杯目を飲み干したその時、視界がグニャリと歪んだ。


「――――っ!?」


 強烈な眠気が襲ってくる。


「い、一体……なに……っ!?」


 下りてくる瞼を必死に上げようとしながら、傍にいるイヴェアムを見つめる。そこで気づく。彼女の眼の奥にはどんよりと曇った暗い炎が見て取れた。


「ま……さか……っ!?」


 カップを落とし割れた音が室内に響く。


(ほ、他の連中……も?)


 こんな状況なのに、誰一人慌てる様子がない。


(バカな……! 結界もないのにどうして……!?)


 レオウードたちを操るのに、あれほど大規模結界を作る必要があったはずなのに、何故何の前触れもなく彼女たちが操られるのか分からなかった。

 薄れゆく意識の中で、再度周りを確認する。そこであることに気づく。


(そ、そうか……だからイヴェアムはアクウィナスを――――)


 そう思った矢先、意識がプツンと途切れた。



     ※



 イヴェアムに執務室にある書簡を持ってきてくれと頼まれたアクウィナスは、彼女の頼みに些かの疑問を感じていた。

 それは彼女が書簡の話をして、テッケイルがアクウィナスの代わりに取りに行くと言った時の彼女の言葉だ。


『ううん、アクウィナスにしか場所は分からないと思うから』


 イヴェアムはそう言った。だがそんな書簡を書いていることは、アクウィナスにとっても初耳であり、保管されている場所も予想はできるといった程度のもの。


 しかも場所といっても、机の引き出しにあるということは大体予想できる。誰でもだ。アクウィナスだけというわけではない。テッケイルだって執務室に入ったことがあるのだから。


 何故彼女はそんな支離滅裂な言動をしたのか意味不明ではあったが、頼まれた以上は仕方ないと思いこうして執務室までやってきたのだ。

 しかし不思議なことに、机に設置されてある引き出しを全部開けて確かめても、そのような書簡など一つも見当たらなかった。


「……どういうことだ?」


 室内を見回しても、書簡を保管できるようなものはない。第一秘密文書でもないのだから、厳重に保管されているわけもなく、引き出しに入っているはずだったのだ。

 だがどれだけ探しても発見することができない。


「まさか陛下の勘違いではないのか?」


 もしかしたらこの執務室ではなく、彼女の自室に置いてあるのかもしれない。それなら勝手に入るわけにはいかない。許可が必要だ。


「仕方ないな。一度戻るか」


 イヴェアムの自室にあるのなら、彼女自身に取ってきてもらうしかないだろうと思いつつ会議室へと向かった。

 部屋に入ると何故か日色の姿が無かった。


「む? 陛下、ヒイロはどうした?」

「あ、ごめんなさいアクウィナス。実は書簡のことだけど、自分で持ってたのを忘れていたの」

「は?」

「勘違いしてしまっていたわ。本当にごめんなさい」

「……ならそれをヒイロに渡したのか?」

「ええ、ヒイロなら書簡を持って出て行ったわ」

「まあ、問題がなければそれでいい。なら会議の続きを始めるか」

「そうね、始めましょう」


 アクウィナスは席に着き、今後の『神人族』の動きに関して話し始めた。その場にいる者全員の眼の奥にどんよりとした光が燻っていることなどまったく気づかなかった。



     ※



 ミュア・カストレイアが《一天突破の儀》を終えて戻って来たのは、現実時間で三日が経った後だった。


「ミュアちゃんっ!?」

「ミュアッ!?」


 空間の亀裂からミュアが出てくると、真っ先にミミルとアノールドが駆け寄ってきた。


「ミミルちゃん! おじさん!」


 二人の抱擁を受け止めて帰還の喜びを味わう。


「心配したぞミュア!」

「ごめんね、おじさん。黙っていなくなっちゃって」

「そうですよ、ミュアちゃん! 本当に心が押し潰されそうでした!」

「ミミルちゃんもごめん。でも、帰ってきたよ」

「ああ、よく帰ってきたな。さすがはミュアだぜ!」


 アノールドがもう一度力一杯抱きしめる。


「ん~ちょっと苦しいよ、おじさん」

「ああ、悪い悪い。つい嬉しくなってな。どこも痛くねえか? 大丈夫なのか?」

「うん。大変だったけどね」


 ミュアはクルリと身体の向きを変えると、スーと対面し、彼に向かって頭を下げる。


「ありがとうございました。お蔭で強くなれたと思います」

「――――――――良い顔になった。乗り越えたのだな」

「はい!」

「――――――――フッ、まさかノアと同じ三日でクリアするとはな。さすがは『銀竜』といったところか」


 彼の言葉で三日も過ぎていたことに驚きがあったが、褒められたことがやはり嬉しかった。


「本当にありがとうございました!」

「――――――――礼などいい。我はただ道を示しただけだ。選んだのはお前自身。そして乗り越えたのもお前だ。得た力でこれから先、お前がどのような道を行くのか、楽しみに拝見させてもらおう」


 ミュアはもう一度頭を下げると、アノールドの顔を見つめる。


「おじさん、試練でね、お父さんとお母さんに会ったよ」

「……へ? ギンにか? ど、どういうことだ?」

「うん、詳しくはあとでお話するね。ところでヒイロさんは? まだ世界を飛び回っているとか?」


 その瞬間、その場にいる者たちの表情に陰りが帯びる。


「……? おじさん? ミュアちゃん?」


 そこへミミルが《ボンドリング》を見せる。


「実はですね、何度もヒイロさまに呼びかけているのですが、一向に連絡が取れないのです」

「……連絡が取れない? 《ボンドリング》でも?」

「はい……」


 それはおかしな話だった。《ボンドリング》は、同じものを身に着けている者が、どれだけ遠く離れていても心の中で会話ができる代物。


 それは日色が元の世界に戻っても会話できたことで証明されている。この世界にいるのなら、確実にコンタクトは取れるはずなのだ。


「他国にも連絡を取ってみたんだがな」

「お師匠様……」


 ララシークが白衣の左手をポケットに突っ込み、右手に持った酒を呑みながら答える。


「ジュドム、レオウード、イヴェアム。それぞれの王に確認してみたが、すでにヒイロは国を出たって言った。つまりここに向かっていたはずだ」

「な、ならどうしてまだ帰ってきてないんですか? 王たちに確かめたのはいつですか?」

「昨日だ。二日も帰ってこねえから、一応ミミル様に連絡を取ってもらったんだが反応がない。だから王たちにも連絡を取ってみたが……」

「つまり二十四時間、ヒイロさんの行方が分からない?」

「そういうこった」

「そんな……」


 自分が試練を乗り越えたことを、彼にも伝えたかった。そして褒めてほしかった。よくやったなと頭を撫でてほしかった。


 それなのに彼がいない……。しかも行方不明状態。


「何か手掛かりは無いんですか?」

「あったとしても、俺たちはこっから動くわけにはいかねえ。それに今、ウイたちが探し回ってくれてる」

「ウイさんたちが?」

「ああ、ヒイロに送られてきたんだ。リリィンとシウバ、ウイとクゼル、そしてシャモエとミカヅキだ。シャモエとミカヅキは、ドウルの手伝いをしてるが、他の連中はヒイロの手掛かりを探し回ってる」

「……ニッキちゃんは?」

「アイツもな。一応止めたんだが、聞かなくてよ。真っ先に飛び出しちまった」

「そんな!? ニッキちゃんは《不明の領域者》の因子を持ってないんじゃないの? 危険だよ!」

「そう言ったんだがな。気がつけばいなくなってた。まあ、傍には『精霊』のヒメもいるから迷ったりすることはないだろうけどさ」

「そうだ! テンさんならすぐにヒイロさんのとこへ転移できるでしょ!」

「それが……なぁ」


 アノールドたちの視線がテーブルへと向く。そこには見覚えのある武器が置いてあった。


「それってヒイロさんの!?」


 そう、《絶刀・ザンゲキ》である。


「《ボンドリング》が反応しなくなって、王たちに確認を取ったあと、ここへテンがその刀を持って現れたんだ」

「テ、テンさんが?」

「ああ、刀は【魔国・ハーオス】からかなり離れた草原に落ちてたそうだ」

「どうしてそんなところに?」

「さあな。アイツなら転移してすぐにここへ来れたはずなのに、何でそこに刀だけがあったのかまったく分からねえ。考えられるのは、そこを通過している時に何者かに襲われた……ってとこだろうが」


 日色がそう簡単に捕らえられるわけがない。彼は言ってみれば世界最強の力を持っている存在なのだから。


「ただ、そこには戦闘の跡とかも一切なかったらしい。テンは今頃、その周辺を探してると思うが、帰ってこねえところを見ると、まだ見つかってねえみてえなんだ」

「あ~あ、せっかくアレも完成したってのによぉ。主役がいなきゃ、動かせねえじゃねえか」


 ララシークの舌打ちが、静寂が広がっている室内に響く。


「ヒイロさんに……何があったの……?」


 誰にも分からない呟きをミュアは漏らす。空気が重く誰も口を開かない。

 そんな中、一人の人物が空気を割る。


「ふわぁ~…………ん? あれ? みんなどうしたの?」


 暢気に寝ていたノアが、まだ寝足りなさそうな表情で首を傾げている。


「――――――――はぁ。お前はいい加減に空気を読む修練が必要だな」

「はい? ねえスー」

「――――――――何だ?」

「お腹減ったんだけど」


 大きなスーの溜め息が零れ出る。


「――――――――おいノア。お前のお気に入りであるヒイロ・オカムラが消息を絶ったぞ?」

「…………えっ!? もしかして一人だけで『神人族』んとこに行ったの? ズルいよ! おれだって戦いたいのに!」

「――――――――それならばまだ良かったのだが、事態はお前が思っているより困窮を極めているようだぞ」

「……? どういうこと?」


 スーが今までの話を掻い摘んで彼に教えた。


「ふぅん、大丈夫でしょ?」

「え? ど、どうして大丈夫なんて分かるんですか?」


 ミュアがノアの言葉に喰いつく。


「だってさぁ、あのヒイロだよ? おれと対等に戦えるアイツが、誰かにやられるわけないし。やるならおれがやるし。だからそのうちひょっこり出てくるんじゃないの? ねえスー、そんなしょうもないことよりお腹減ったってば」

「――――――――分かった分かった。なら厨房に行くぞ」

「ほいほ~い」


 ノアは愉快気にスーと一緒に部屋から出て行く。


「すまんかったのう、ミュア。あやつは昔から空気を読めん奴なんじゃて」


 ドゥラキンの謝罪。


「い、いいえ。でも少し元気が出ました」

「ほ? それまた何でじゃて?」

「確かにノアさんの言葉は軽いように感じられましたけど、あれってヒイロさんを信じてるってことじゃないですか」


 ミュアの言葉にミミルたちもハッとなり目を見開く。


「ずっと傍にいたわたしたちよりも、誰よりもノアさんはヒイロさんの強さを信じているんです。何か悔しいです……ノアさんに負けた感じで」

「ミ、ミミルも……悔しいです。ヒイロさまへの想いが負けたようで」

「うん。だから信じようよミミルちゃん! きっとヒイロさんは無事。ノアさんの言う通り、そのうち何事もなかった感じで戻ってくるはずだから!」

「はい! ヒイロさまは誰よりも逞しく、誰よりもお強い方です。必ずまた、ミミルたちのもとへと帰ってきてくれるはずですね!」


 二人の言葉に、周りの大人たちも幾分と表情がスッキリしているように見える。


「だな。師匠、こうなったらアイツが帰って来るまで、アレを強化させましょう!」

「変にやる気じゃねえか、アノールド」

「俺だってあのバカを信じてますから!」

「なるほど。どいつもこいつも、アイツに首ったけってわけか。いいだろう、やれることはやり尽くしてやる。行くぞ、バカ弟子」

「はい!」


 アノールドとララシークが地下空洞へと向かった。少し活気づいた様子に、ミュアはホッと肩を撫で下ろしていた。


(ヒイロさん、信じて待っていますから。必ず無事に帰ってきてください)



     ※



 小さな足音が聞こえる。とても消え入りそうな音で、反響しているようだ。

 そのお蔭で、自分が今まで寝ていたのだということを理解できた。


「……ここは……?」


 身体を動かすとカチャリと鳴る金属音。瞼を全開に開けているつもりだが、とてつもない気怠さで自然と瞼が下りようとしてくる。これは重度の風邪に見舞われている症状と酷似していた。


 風邪というのは語弊があるかもしれない。別に辛くは……ない。ただ身体に力が全く入らない。まるで全身の力を抜かれているようで、あの時……アヴォロスと戦った最終局面での身体状態に似ていた。


 うっすらと開けた眼で周囲を確認する。ここは石造りでできている部屋のようで、冷たい印象だけではなく、実際に寒さを感じさせる場所だった。


 何故自分がこのようなところで寝ていたのか、落ち着いて思考能力を甦らせる。そこでようやく思い出したことがある。

 最後に見たイヴェアムの顔を。


(そうだ! オレはあの時、イヴェアムの入れた茶を飲んで!)


 上半身を起こそうとしたが、再びカチャリという金属音とともに、自分が今どのような状態なのかを認識する。


「くっ、これは!?」


 首、胴、手首、足首それぞれが、床から突き出た金属製の枷で拘束されていた。必死に身体を動かそうとしても、力が入らないしとても力ずくで自由を得られそうはなかった。


「ちっ、なら!」


 指先に魔力を宿して魔法を使おうとしたが、一向に魔力が集束しない。そしてこの感覚には見覚えがあった。


 それはアヴォロスの攻撃を受け瀕死だったミュアを助けるために、魔法を使おうとした時のこと。その時は、魔力が枯渇してしまい、魔法を使うための魔力が集束できなくて魔法が使えなかったのだ。あの時の感覚と全く同じ。


「この拘束具、まさか――――」

「そのまさかなのね~」


 足音とともに近づいてきた人物。過去に会ったことがあった男だった。


「久しぶりぶりなのね~、赤ローブ少年」

「お前は……何故ここにいる?」


 ナグナラと名乗った研究者だった。あのペビンと行動をともにしていた、喋り方もウザければ考え方も態度もウザいマッドサイエンティストである。


「それはワタシがこの城で雇われているからなのね~」

「城? 雇われている? ちょっと待て、ならここはまだ【ハーオス】の城か?」

「はあ? 何を当たり前なことを言ってるのね? もしかしてボケたのね?」


 ボケたなどと、決してナグナラに言われたくはないが、幾分とホッとするものを感じる。やはりここはまだ魔王城のようだ。


「でも君もバカなのね~。何でも魔王に刃向ったって聞いたのね。しかも世界を支配しようとするだなんて大それたことを宣言したのね~」

「……どういうことだ? 魔王から何て聞いてる?」

「はあ? 君が突然現れた会議室で魔王の命を狙おうとしたって専らの噂なのね~。まあ、魔王自身がそう言ったらしいし~」


 どうやら自体は日色が思っているより深刻な状況になっているようだ。


(オレがイヴェアムの命を狙おうとした? …………そうか、これが《塔の命書》の力か)


 恐らくイヴェアムの《塔の命書》に、日色が魔王の命を狙ってきたということを世界に広めるなどとでも書かれていたのかもしれない。無論日色はそんなつもりもないし、世界を支配することに興味も無い。


(完全にしてやられたな……。結界を張られてないからって油断してた。オレを眠らせるくらいは簡単に操作できたってことか……。いや、もしかしたらイヴァライデアの力がさらに弱まってしまったのかもな。そのせいで《塔の命書》の効果が強くなったのかもしれん)


 そうだとしたら、もっと複雑な命令もできるようになるかもしれない。さすがにまだ相手を殺すようなことはできないだろうが。今ここでこうして生きていられることが証明にもなっている。


 だがそれも時間の問題かもしれない。悠長に構えていると、日色はともかく世界が再び混沌と化してしまう。


「おいデブ、さっさとこれを外せ」

「デブって言うななのね~! だ~れが外してやるかなのね~! それに外したら魔王に罰を受けるのね~」


 魔法は使えない。ナグナラも使えない。ならどうすればいいのか……。


「あ、力ずくは無理なのね~。その拘束具はワタシの自信作! 体力と魔力をギリギリまで吸収する効果と、身体能力の低下を施すことができるのね~!」


 だからか、この妙な気怠さと弱体化は。


(面倒なもんを作りやがって!)


 いくらレベルが最上級に高い日色でも、さすがに魔力が枯渇し、身体能力まで低下させられたら、そこらの一般人と何ら変わりがない存在である。


 拘束具が硬度の高い鉱石で作られているのか、どう足掻いてもビクともしない。今の力では拘束具を引き千切るなんて芸当はできそうもない。


(せめて《太赤纏》が使えれば良かったが……)


 それも無理な話である。身体力と魔力が失われている今の状況では《赤気》を生み出すことができない。


「くふふ~。少年には何度も邪魔をされたから気分いいのね~。どうどう? 悔しいのね?」

「……暑苦しいから近づくなデブ」

「なななっ!? ま~たデブって言ったのね! このまま実験体にしてやるのねっ!」



 ――――――――――――それはお待ち下さい、所長。

 


 日色とナグナラ以外の第三者の声が聞こえた。闇の中から足音を立てながら現れた人物に、日色は愕然とする。


「お前…………やはり生きてたのか?」

「おお~、ペビンじゃないのね~! 久しぶりなのね~!」


 そこに現れたのは、【獣王国・パシオン】で対峙して倒したはずのペビンだった。


「これはこれは、相変わらずお元気そうで何よりですよ、所長」

「ペビンも相変わらずほっそ~い眼してるのね~!」

「積もる話もあるでしょうが、今は……」


 ペビンが近づいてきて見下ろしてくる。


「やあ、どうやら今度はこちらが先手を取れたようですね」

「糸目野郎……」

「まあ、【パシオン】では本当に驚きました。僕の分体をあれほどあっさり倒すとは、さすがは世界の希望といったところでしょうか」

「お前がイヴェアムたちを操ってオレを捕らえたってわけか」

「いえいえ、それをしたのは僕の上司だったりするんですねぇ」

「上司? 神王って奴か?」

「いいえ、その下に位置するお方です」

「……? あの鉄仮面か?」

「鉄仮面? ……ああ、アヴドルさんは違いますよ。彼は元々ただの人間ですし」

「何?」


 ならあの時、背中から生やした羽は一体何なのだろうか。ペビンと数は違うが、まったく同じ羽を生やして飛んでいた。


「まあ、アヴドルさんのことは置いておいて」


 細い眼でジッと日色を見つめてくる。


「……ここで終わるというのも、少し物足りないですが、こうなったらあなたには逃げ場がないですからねぇ」

「くっ……」

「ああ、ペビン! 殺すならワタシにやらせてほしいのね~! コイツはいい実験体になりそうだし、身体が欲しいのね~」

「おやおや、所長の操り人形になるのも、それはまた面白そうですかね?」


 そんなこと冗談じゃない。ナグナラの実験体になるくらいなら死を選ぶ。


「とまあ、冗談はさておき、ヒイロ・オカムラ……ヒイロくんとお呼びしましょうか。ヒイロくんは、これからどうなると思っていますか?」

「…………」

「まあ、予想はついているでしょうね。僕も上司に頼まれてやって来たんですし。君を塔へと連れて行って、《イヴダムの小部屋》を開けさせて頂きます……ということなんですがいかがでしょうか?」

「それで神王とやらがイヴァライデアの力を奪うって算段か」

「らしいですよ。まあ、僕のシナリオは少し違うんですがね」

「シナリオ……だと?」


 不敵に笑みを浮かべるペビン。


(コイツ……一体何を考えてるんだ?)


 表情からはまったく読めない。飄々としていて掴みどころのないタイプであり、日色が最も苦手としている相手の一人である。


「僕には僕の思惑があるということです。さて、ここで提案があるのですが」

「……?」

「ヒイロくん、ここから脱出させてあげましょうか?」

「っ!?」


 驚愕の提案。日色は咄嗟に思った。


 ホントにコイツは何を考えているんだ――――と。



「脱出? お前がか?」

「ええ、ここから出たくないですか? ああ、もちろん脱出して塔へ連れて行く、というわけではないですよ。言葉の通り脱出、解放、つまりは自由を得られるということです」


 ペビンからの突然の提案に心が傾くよりも疑心が膨らむ。


「……何を考えてる?」

「そうなのね~。せっかく捕らえたのに解放するなんてバカげてるのね~。このまま縊り殺すのね、ペビン」

「所長は少し黙っててください。ほら、お菓子を上げますから」

「わ~い、黙ってるのね~!」


 ペビンが懐からドーナツのようなものを渡すと、反論する気満々だったナグナラは大人しくなった。


「さて、僕が何を考えているか……。それはさっきも言ったように、僕には僕のシナリオがあるんですよ」

「オレを黙って解放なんてすれば、その上司とやらに大目玉をくらうんじゃないのか?」

「そうですねぇ。ですが誰しも失敗はありますよ? 僕がここに来るまでに誰かが君を助けた……なんていうことだってあり得るんですから」


 確かにそういう可能性だって無いことはない。しかしどう考えても『神人族』で敵であるペビンにとって、ここで日色を殺した方が何かと都合が良いはず。

 日色の強さはもう十二分に理解しているのだから。それなのに自由にするメリットが見つからない。


「どうします? このまま僕に仕事をさせて、塔へと連れられて神王様の礎になるか、それとも自由を得るか。自力での脱出は不可能でしょ? さあ、ご決断を」


 むざむざ塔まで連行されて神王の思惑に乗るのは絶対にダメだ。もしイヴァライデアの全ての力が神王へと渡ると、もうどうにもできなくなる可能性が高い。


 だが目の前に不敵に立つペビンの思惑は、それはそれで危険度が半端無い。本能で言うなら、できればこの男の力など借りたくはない。


(だが自力で脱出できないのも事実……)


 そもそも何故敵である日色を殺さないのか不思議である。こんなチャンスは二度と無いに等しい。最大の敵である日色さえ殺せば、あとはもう《不明の領域者》を狩る邪魔も入りにくいはず。


(コイツ……ホントに考えが読めない)


 何を考えているのかサッパリだ。


「あ、ちなみに僕と脱出するなら、その対価としてある条件を呑んでもらいますよ?」

「条件だと?」

「ええ、簡単です。僕と同盟を結ぶということです」

「っ!? ……何のメリットがある?」

「君にもいろいろメリットはあると思いますよ? 僕と繋がっておけば、僕をスパイとして活用することができます。知りたいでしょ? 塔へ行く方法や、塔の内部のことなどが」


 確かにそれは魅力的な案件ではある。塔を攻めるに当たって、何も知らないよりは、手引きをしてくれる者がいた方が楽だ。しかもアレを使わずとも塔へ行く方法があるのなら、それはそれで都合も良い。


「オレが聞きたいのは、お前のメリットだ」

「そうですねぇ。では一つだけ」

「…………」

「僕はただ、愉快なことが好きなだけなんです」

「……は?」

「僕にも僕の美学というものがありまして、それに則って僕は行動しているということです」

「胡散臭いな」

「ええ、よく言われます。ですが本心ですよ」


 日色は彼の細い眼をジッと睨みつけるが、その真偽は見定められない。


「…………同盟を受けなければどうなる?」

「それはまあ、仕方ないですから、任されたお仕事をこなすだけですね」


 つまりはこのまま塔へと直行ということか……。


「だが同盟を結んでも、お前が一方的に裏切るということもあるだろ」

「ああ、それはないですよ?」

「……?」


 ペビンがポケットから手に乗るくらいの大きさの物体を取り出す。


「……何だそれは?」


 それは一見して大きな判子のように思えた。大きさな九センチ四方の角印で、持つところもしっかり施されてある。眩いほどに金飾されている。


「これは――――《イイススの御璽(ぎょじ)》」

「イイスス……?」

「面倒なので詳しい説明は省きますが、これを使用すると絶対的契約を結ぶことが可能になるんですよ」

「……この世界における《契約の紙》と同じものか?」

「いえいえ、そのような矮小なものではありません」

「何だと?」

「《契約の紙》は、確かに強力な契約効果が働きますが、逃れる術がないわけではありません。事実、あなたの《文字魔法》を使えば一方的に破棄することができるでしょ?」


 彼の言う通り、魔法で破棄することはできる。実際にやったこともあるので確かだ。


「しかしこの《イイススの御璽》で結ばれた契約は、一方的に破棄はできません。どちらか一方でも譲らなければ、未来永劫解かれることはないんですよ。そのため、一度結ばれた契約を《終末契約》と呼ばれていますがね」

「…………信じられんな」


 そもそも相手が用意した道具で結ばれる契約など信頼度が低いに決まっている。相手が『神人族』ならなおさらだ。


「ふむ。ではこうするのはいかがでしょうか」

「……?」

「あなたが魔法で僕が嘘をついていないことを確かめるというのは」

「は? お前はバカか? 魔法を使えていたら、とっくにここから脱出してる」

「ですから、こうするのですよ」


 ペビンが右手を振ると、それに伴って波紋が広がり日色の身体へと触れた。その瞬間、右手首に感じていた冷たさが消失する。見れば拘束具が失われていた。


「これでまず、右手は自由に動かせますよね」


 そう言うペビンの手には、いつの間にか拘束具が握られてあった。


「お前……奪えるのは魔力や魔法効果だけじゃなかったのか?」


 一度戦って彼の能力を分析したと思っていたが、どうやらあれが彼のすべてではなかったようだ。


「まあ、そういうことです」

「……だがオレの魔力はギリギリまで吸われてる。いくら右手の拘束具を破壊しても、他で吸われ続けてる限り魔法は使えないぞ」

「あとは、こうするんですよ」


 ペビンの身体から魔力が溢れ出て、日色の右手へと流れていく。


「こうして流し続けていれば、それで一回分ほどは使えるでしょう。さあどうぞ、確かめてみてください」


 確かに一回――一文字分の魔法が使える感覚がある。


(……どんな文字で確かめる? 『覗』の文字か? いや、恐らくコイツには《ステータス》も無ければ、上手く心の中を誤魔化すことだって考えられる。なら……)


 真実を確かめるにはどうすればいいか……。


 日色はある文字を思いつき、指先で文字を形成していく。

 書いた文字をペビンに向けて放つ。彼は日色を信用しているのか、動きもせずにあっさりと文字を受け入れた。


『喋』


 これはこちらの問いに正直に喋るようにイメージした文字。


「……お前に問う。今まで喋ったことは――――真実か?」

「はい、偽りなく真実ですよ」


 一切の揺るぎもなくペビンから言葉が紡がれた。魔法が弾かれたわけではないので、効果は確実に効いている。それは感覚でも伝わってきている。

 ペビンは嘘など一切ついていないということが。


(ホントに真実を語ってやがったのか……)


 益々ペビンのことが分からなくなってきた。何故ならこの男は『神人族』を裏切るような真似をしているのだから。


(……ちょうどいい。この質問を投げかけてやる)


 先程から気になっていたこと。


「お前のシナリオとは何だ?」

「簡単ですよ。神王を打ち滅ぼすことです」

「――――っ!?」


 とんでもない真実が、ペビンの口から出てしまった。


「し、神王を打ち滅ぼす?」

「おやおや、まだ話すつもりはなかったのに、喋ってしまいましたね」 


 ペビンはご大層なことを口走っているのに、少しも焦燥感が見られない。確実に裏切り行為を示す言動をしているというのにだ。


「まあ、そういうことです。同盟を結んで頂いてからお教えしようかと思っていましたが、さすがは神の魔法――《文字魔法》ですね」

「……お前、本気か?」

「それは今、あなたがお調べになったではありませんか」


 飄々とした様子で言うペビンに、逆に戸惑いを覚える日色。どんな企みがあるのだろうと思い、どうせ【イデア】にとって良くないことだと勝手に決めつけていた。

 それなのに出てきた答えが神王を滅ぼすということなのだから衝撃は果てしないものだ。


「どうやら文字効果は消えてしまったようですね。さあ、答えをお聞きしましょうか」


 どうするか……。確かに魔法で確かめた以上は、彼の言うことは本当なのだろう。だがまだ神王を何故倒したいか聞いていない。


 しかし魔法効果が切れた以上は、これから彼が紡ぐ言葉が真実だとは限らない。ただ確実なのは、ペビンには神王を倒したい理由があるということ。

 そしてそのために日色を利用しようとしている。


(……危険だが、向こうがこっちを利用するなら、オレもコイツを利用すればいいか)


 綱渡りのような感覚がしてくるが、それでもまずはここから脱出することが一番だろう。


「……同盟を結ぶための条件を設定することができるか、その《イイススの御璽》で」

「ええ、できますよ。そもそもこちらが頼み込んでいることなんですから、ある程度は譲歩致します」


 それなら……と、日色は決断した。


「…………分かった。お前と同盟を結んでやる」

「それは助かります。ではさっそく始めましょうか」


 ペビンが《イイススの御璽》を判を打つように床につく。すると魔法陣のようなものが足元から広がり、日色とペビンを包み込む。


「少し失礼しますよ」


 ペビンが軽く腕を振る。波紋が日色へと向かってきた。今まで感じていた束縛感が一気に消失。見れば、束縛感とともに拘束具の全てもなくなっていた。


「契約を結ぶにはこの《イイススの御璽》を身体に押す必要があります」


 ペビンがまず自分の胸にポンと押す。金色の紋様が彼の胸に刻まれる。


「さあ、次はヒイロくんの番です」


 投げ渡された《御璽》を受け取り、日色は軽く深呼吸をしてから胸に押し付けた。ペビンと同じ紋様が刻まれる。

 互いの紋様から金色をした放電のような現象が走り、互いの放電が繋ぎ合う。


 驚くことに、空中に文字が刻まれ始める。



“双方、契約条件を設定せよ”



「まずは僕から設定しますね。僕の条件はヒイロ・オカムラとの同盟。互いの不利益にならない盟約を望みます。また、一方的な裏切りには死を」


 死という言葉に日色は眉をピクリと動かしてしまう。彼が望む契約は同盟。言葉にすればあっさりとしているが、その実は互いの不利益にならない繋がり。つまりこれで彼とは一蓮托生になったということ。


(なるほどな。互いの命を懸け合うってわけか……)


 破れば死。


(コイツの条件で、ほぼオレの条件も呑み込んでいるが、恐らくオレの要求を最初から予測して言った言葉だろうな)


 日色にとって不利益になれば、それはペビンの裏切り行為になる。つまりこれで、少しは安全を獲得できているということ。

 ただまだ足りない。だから、日色もまた覚悟を決めて条件を設定する。


「次はオレが設定する。オレが望むのは――――相手がオレに対して嘘をつかないことだ」


 今度はペビンの眉がピクリと動き、僅かに口元を綻ばせる。


「なるほど、これは一本取られましたね。最初から嘘をつくつもりはありませんでしたが、これで一生、あなたにはどんな些細なことでも嘘がつけないようになったということですか」

「これがオレの条件だ。どうだ、呑むか?」

「ええ、こちらは構いません。僕の望みが叶うのでしたら、どのようなことでも呑むつもりでしたから」

「なら、オレもこれでいい」

「分かりました。契約条件は以上です」


 再び空中に文字が浮き出てくる。



“これで契約を施す条件は整えられた”



 魔法陣がさらなる輝きを放ち、日色たちの足元から胸に刻んだ紋様へと這っていく。魔法陣の力そのものが紋様に吸収されているようだ。


 すべての光が、互いの紋様に吸収されると、《イイススの御璽》が二つに割れて、互いの身体の中へと吸い込まれていった。


「ふぅ、これで契約完了ですね。お疲れ様でした」


 凄まじい契約方法だった。というよりも契約時に感じていた力の強さに息を呑んでしまっていた。あれほど強い力は、日色が四文字を使用する時以上のものだ。


 それだけに、この儀式が最上級のものだということが分かる。不利になれば一方的に解除しようかとも思っていたが、どうやらペビンの言う通り、これはいくら日色でも解除できそうにない契約だった。


「……ところでここからどうやって脱出するんだ?」

「そうですねぇ。僕が連れ出してもいいんですが、そろそろ用意しておいた布石が動き始める頃かと」

「何?」


 その時、少し離れたところで菓子をむさぼり食べていたナグナラが、


「お、お前は誰なのね! ぶふぉぉっ!?」


 悲鳴を上げて壁にめり込んだ。誰かに吹き飛ばされたようだ。


「父上ぇぇぇっ!」


 そこに現れた人物に日色は目を疑った。


「お前、何で!?」


 現れたのは、最近“魔軍隊長決定戦”において、圧倒的な実力で隊長の座を射止めたレッカ・クリムゾンだった。


「父上っ! ご無事ですかっ!」


 部屋の中へと突っ込んできたレッカに対し、ペビンがウンウンと納得気に頷いている。


「どうやら計算通り、良いタイミングですね」

「……おい、お前一体何をした?」

「簡単ですよ。彼の部屋の机の上に、ヒイロくんが幽閉されている場所を書いた紙を置いておいただけです」

「……オレを助け出させるためか?」

「もちろんです。僕よりもまだ、彼の方が信頼できるでしょうから」

「……アイツはお前の部下……というわけではなさそうだな」

「ええ。僕も正直に言って、彼が何者か定かではありません。ですが、この城の中で、何故か《塔の命書》を持たない存在が彼なんです」

「何だと?」

「えと……あの、父上?」

「だから父上と呼ぶなと言ってるだろ?」

「あぅ……申し訳ありませんです……」

「あ~あ、落ち込んじゃったじゃないですか。こんなに可愛い子なんですから、息子にしてはいかがです?」

「冗談言うな。そもそも何故コイツが――」


 その時、多くの人の気配を感じる。レッカがやって来た方向からだ。


「どうやら話は後にした方が良さそうですね。レッカくん、紙に書いた通り、MP回復薬は持ってきましたか?」

「あ、はいです。ここに」


 レッカが懐から瓶いっぱいに入った《赤蜜飴》を取り出す。


「それを早くヒイロくんへ」

「オ、オスッ! 父……ヒ、ヒイロ様、これを」


 レッカから受け取り、《赤蜜飴》を口に運んでいく日色。感じていた虚脱感が徐々に失われていく。


「……よし。あとは体力だ」


 日色は『回復』の文字を書いて発動させ、体力を回復していく。魔力もこれで回復できれば一番いいのだが、そんな反則はできないようになっているのだ。


「これで問題なく脱出できそうですが、少し気になりますね」

「ん? 何がだ?」

「いえ、実はアクウィナスさんにも同じような紙を置いておいたのですが……」

「あっ、アクウィナス様なら、他の人たちを食い止めてくださっていますです!」

「そういうことですか。では彼を拾いつつ、この場から脱出しましょうか、ヒイロくん?」

「……分かった」


 どうやらアクウィナスも、レッカと同じく《不明の領域者》の因子を持っているようだ。だからこそ日色を助けるために動いてくれているのだろう。


 それがとても心強く嬉しいものだった。ただ彼が相手をしているのは兵士だけでなく、恐らくイヴェアムたちも……だろう。それが何となく申し訳ない気持ちが込み上げてくる。


「とにかく急ぎますよ。今の《塔の命書》では、命を奪うような強制力を働かせることはできませんが、相手を捕まえるように操作することは可能なのですから」


 ペビンの言う通りに、急いでここから離れた方が良い。アクウィナスを連れて脱出するために日色は急いでその場から駆け出した。





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