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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
225/281

225:守りたいと願う者たち

「――――んぐっ」


 空に浮かぶ月の塔――【ヤレアッハの塔】。

 その最上階の一室にて《塔の命書》を片手に読んでいたペビンの額から血が流れ出した。


「……どうやら分体がやられたようだな」


 同じ作業をしていたハーブリードが、ペビンの流れ出た血を見て肩を竦める。


「ええ、さすがは《文字使い》といったところでしょうか。ある程度は力を分与していたのですが、あっさり殺されちゃいました。いや~お見事です」

「ということは、例の転生体捕獲は失敗か?」

「申し訳ありません。《文字使い》がいたことは想定内でしたが、まさか転生体に設置文字を施し続けていたとは、いやはや、なかなかやりますね」

「面白がっている場合じゃないだろう? サタンゾア様にどう報告するつもりだ? せっかく転生体を捕らえて《イヴダムの小部屋》を開ける算段だったのに」

「……少し計画を練り直す必要があるようですね。……いや」

「どうした?」

「……クク、いいえ。僕たちはこのまま静観することにしましょう」

「おいおい、そんなことをしていれば、彼らがここに乗り込む術を見つけて飛んできたらどうするんだ?」

「それが狙いですから」

「……ん?」

「とにかく、サタンゾア様には僕がご説明します。ああ、ハーブリード様は、お好きに手駒で遊んでてください。生かすも殺すもご自由に。あ、ですが殺すのであれば、恨みを買うような殺し方でお願いします」

「何?」

「そうすれば、僕の狙いがより高まりますから」


 ペビンが部屋から出ようとすると、そこには跪くアブドルの姿があった。


「ああ、アヴドルさんではないですか?」

「遅くなりました。やはりあのペビン様は、分体の方だったのですね」

「ええ、僕自ら行っても良かったんですけど、楽しみには先までとっておきたかったので」

「どちらへ?」

「我らが神王様のところですよ。あなたはハーブリード様を手伝ってあげてください」

「……御意」


 ペビンはそのまま部屋から出ていく。神王サタンゾアが住む部屋へと向かいがてら、ペビンはうっすらと糸目を開けて愉快気に頬を緩めていた。


「さあ、もっと楽しませてくださいね、《文字使い》さん。いいえ、ヒイロ・オカムラさん」


 クククと不気味な含み笑いが通路に響き渡っていた。



     ※



「「ヒイロさん(さま)っ!?」」


 ドゥラキンの洋館がある【グレン峡谷】へ転移してきた日色を見て、ミュアとミミルが同時に傍に駆け寄って来た。


「問題ないようだな」

「ああ、お前の計画通りのようだぜ」


 ララシークも無事転送できていたようだ。


「オッサンもいる、あとは……ん? あのグルグル眼鏡がいないぞ? まさか転送失敗か?」


 それは結構大問題だった。彼――ユーヒット・ファンナルは、アレの完成の要でもあり、ここに来ていてもらわなければならない存在だった。

 彼が操られたら、計画が失敗に近づいてしまう。


「心配すんな。あのクソ兄なら、外に出て結界の解析に夢中だ」

「そっか。焦ったぞ」


 本当に愕然としてしまった。


「ところでヒイロ、レオウード様たちはどうなった?」


 アノールドの問いに、自分が見た限りのことを教える日色。


「ほう、あのペビンを打ち倒すとは大したもんじゃて。さすがはイヴァライデアの見込んだ少年じゃて」

「冗談言うなタマゴジジイ。オレが強いのはオレだからだ」

「あいっかわらず自信しかねえ奴だなホントまったくよぉ」

「あは、それがヒイロさんだよ、おじさん」

「ふふ、そうですよ、アノールドさん」


 ミュアとミミルがアノールドの言葉に突っ込むと、所在無げな感じでアノールドは肩を竦める。


「だがやはりレオ様たちや《三獣士》まで操作されるとはな。予想はしてたが、とんでもない代物だぞ、その《塔の命書》とやらは」

「ララシーク嬢ちゃんの言う通りじゃて」

「ラ、ララシーク嬢ちゃんっ!?」


 ドゥラキンに嬢ちゃん呼ばわりされてララシークはキョトンとする。無理もない。彼女は確かに見た目は五歳児に近いが、れっきとした大人で二百年以上生きているロリババアなのだ。


「む? 何か問題あったかのう? ワシにとっては、たかが数百年の歳など子どもと同じじゃて」


 ララシークも何も言えずにあんぐりと口を開けたままだ。ドゥラキンが気にせず続ける。


「さて、ララシーク嬢ちゃんの言う通り、これで《塔の命書》の危険性は理解できたはずじゃて。もしかしたら、今頃他の国のトップたちも操作されておるかもしれん」


 日色が【魔国・ハーオス】にいる、イヴェアムやアクウィナスたちのことを考える。


(次会った時は、もうアイツらの意識はないんだろうか……?)


 確かめる術は……ある。

 『鑑定』や『調査』の文字などで調べれば多分わかるだろう。しかし操られていても基本的には問題はない。 

 ミミルたちを同じように『転送』の文字でここへ飛ばせばいいだけだ。


(まあ、【パシオン】のように結界に包まれていなければ……だがな)


 ただその可能性は低いような気もする。【ハーオス】の規模は、他の二国と比べても巨大であり、とてもあれだけの空間を覆う結界を作り出すことができるとは思えない。


 【パシオン】でさえ、あれだけの人間の命を犠牲にしたのだ。【ハーオス】を包む結界を作ろうと思ったらどれだけの命が必要になるか考えただけでも現実的ではない。


「ああああああああぁぁぁぁぁっ!? レッグルス様ぁぁぁぁぁっ! どうしてあなたはここへ来て下さらないのですかぁぁぁぁっ! ドウルは寂しいですぅぅぅぅぅぅっ!」


 突然部屋の隅っこで足を抱えて座り込んでいたドウルが叫び出したのでビクッとしてしまう。


「はっ! もしやこれは愛の試練!? そうなのですね! 忌まわしき『神人族』に洗脳されたあなた様をこのドウルの溢れんばかりの愛で正気を取り戻させよということですか! ああ! でも悲しき運命! 今のわたしはこの場から動けない存在! ああ! こんな暑苦しそうな青髪のオッサンではなく、どうしてあなた様ではなかったのでしょうか……ドウルは悲しいでございますぅ」


 相変わらず妄想を爆発させた娘である。


「あれ? 何か密かに俺、ディスられてね?」


 アノールド、それはスルーしておけ、と思った。


「クーお姉さまやお父さまたちは……もう戻らないのでしょうか……?」

「大丈夫だよミミルちゃん! 『神人族』を倒すことができれば、きっとみんな元に戻るし、世界も平和になるはずだよ! そうですよね、ヒイロさん!」

「ああ、あんな邪魔な奴らは、オレがぶっ潰す」

「くそぉ、俺も何かしてえけど、こっから出たら操られるリスクがあるんじゃ何もできねえぞ」

「アノールド、それはワタシやクソ兄だって同じだ。例の《不明の領域者》の因子を持つ、ヒイロ、ミュア、ミミル様は別だけどな」

「けど、俺だって何かしたいですよ、師匠!」

「ならワタシたちを手伝え。奴らと直接戦えなくても、できることはたくさんある」

「師匠……はい!」


 ララシークが弟子のアノールドの返事に一つ頷くと、日色へと視線を移動させる。


「ところでヒイロ、アレが完成したとして、連れて行く奴は選別できてるのか?」

「一応候補はある。オレも一人で、と言いたいところだが、さすがに相手が相手だけにな。一人じゃ厳しいかもしれん。かといって中途半端な実力の持ち主を連れていくわけにはいかん。それこそ足手纏いになる」

「あ、あのヒイロさん! わたしも一緒に連れて行ってください!」

「ミュア……ダメだ」

「そ、そうだぜミュア! 相手は得体の知れねえ『神人族』だぜ? レベルだってまだ百超えしてねえのに、無理な話だぞ」

「オッサンの言う通りだ。お前はオッサンと一緒にここにいろ」

「え……ミ、ミミルちゃん……は?」

「ミミルには役目があるから、一緒に連れて行く。コイツがいなきゃ、アレを動かせないらしいからな」


 ミミルにも事情は話してある。彼女を連れて行くのは危険度が増すが、塔に行くためにはどうしても彼女の力が必要になるのだ。


「そんな……わたしだって…………ヒイロさんのお力になりたいです!」

「我が儘言うなってのミュア。俺と一緒にさ、できることだけをしようぜ」


 アノールドにとっては娘も同然の子。死地へ赴くような行動を取ろうとしている彼女を止めようとするのは当然だろう。


「……ヒイロさん……連れて行く人は……誰ですか?」

「……決まっているのは因子を持つ奴らだ。だが全員じゃない。その中でさらに選別すると思う」

「…………わたしだって因子を持っているはずです。わたしは『銀竜』なんですから!」


 伝説の獣人種である『銀竜』の彼女は因子を持っているはず。ここにいる同じ伝説を持つ『虹鴉』のドゥラキンと同様に。


「持っていても力が伴ってない奴を連れていけるわけがないだろ?」

「……ならもし…………もしわたしが強かったら、連れて行ってもらえたんですか?」

「……検討してはいただろうな」


 正直、彼女は実力不足だ。日色はもう二度と彼女が命を散らすような場面を見たくない。手の届いたはずの場所で、死んでいく彼女の顔を見るのは絶対に嫌なのだ。


 その時、外で「ウヒィィィィィ~ッ!」と気の抜けた悲鳴が聞こえた。何事かと思い、皆が洋館の外へと出ると、腰を抜かしたユーヒットの前に一羽の巨大な怪鳥がいた。


「お、お前は――っ!?」


 日色も驚愕。それはかつて会ったことがある鳥だったからだ。しかもその鳥の背には、忘れもしない人物が鼻提灯を膨らませて寝ていた。


「――――――――ほう、これは懐かしいな。おいノア、そろそろ起きろ」


 黒鳥……確かスーと呼ばれていたのを思い出す。


「……んあ?」


 鼻提灯が割れて寝ていた者が目を覚ます。そして目をパチパチとしばたきながら、日色を見る。


「……………………あ、ああー!」


 垂れた目を微かに開きながら日色を指差してくる。


「……久しぶりだな、垂れ目野郎」

「……そういう君こそ…………………………………………誰だっけ?」


 ガクンと、ほとんどの者がずっこけそうになる。


 ノア・ブラック――かつて日色と死闘を繰り広げた『虹鴉』の少年だった。



 突如現れたノアとスー。

 一体何しにと思い日色が尋ねようとした時、


「このバカモンがっ!」


 耳を覆うほどの怒号。その声の主はドゥラキンである。皆の視線が一斉に彼に向く。


「いきなり何の報告も無しにここから出て行きおって! スー、お前もお前じゃ! 何故もっと早く帰ってこんかったんじゃてっ!」

「――――――――すまない。我はせめて一年に一回くらいは会いにいけばよいのではないかと進言はしていたのだが」

「それでも少ないわい! つうか寝るなバカノアがっ!」

「んあ?」

 

 怒鳴られているのにも関わらず再び寝ようとしたノアに叱責するドゥラキン。


「ん……あー爺ちゃんお久~」

「何故そうもお前は軽いっ!」

「あのさ~、腹減ったんだけど、何か食わせてもらえない?」

「マイペースか己はっ!?」

「……あんま怒ると血圧上がるよ?」

「誰のせいだと思っておるんじゃてっ!」


 二人のやり取りに、日色も会話に入り込めず呆然としてしまっていた。


「――――――――ところでドゥラキン、何故ここにヒイロ・オカムラがいるのだ?」

「あっ、そうだそうだ! 赤ローブのヒイロだ! お久~」


 会った時から変わらぬ間延びした喋り方。懐かしさもあるが、この状況でのマイペースぶりには辟易する。


「そういえば、お前たちはヒイロと会ったことがあるらしいのう。ヒイロから聞いたわい」

「うん、それに喧嘩もしたよ? 喧嘩? 戦争? 遊び? ……まあ、どっちでもいいけど、ちょっと戦ったかな」

「それも聞いておるよ、ノア。して、お前はここへ何しにやって来たんじゃて? まさか飯をたかりに来たわけでもあるまい」

「あ、スーがね、そろそろ顔を出しとけって言うからさぁ。爺ちゃん、歳だしもう死ぬかもしれないし」

「縁起でも悪いこと言うでないわ! スー、お前がそのようなことを?」

「――――――――我が言うわけがなかろう。我はただ、久しく見ていないので、会いに行けばと言っただけだ」

「ああ~そうだっけぇ? まあ、どっちでもいいじゃんそんなことさぁ。ねえねえ、それよりも赤ローブ、おれと戦らない?」


 ノアの瞳が獰猛な獣のように光る。


「お前も相変わらずの戦闘狂だな。そんな疲れることするか。第一メリットがない」

「メリットあるよ?」

「何だ?」

「楽しい」

「…………」

「特におれが」


 ダメだコイツ。話についていけない。一人よがり過ぎる。


「――――――――こらノア、お前は少し黙っていろ。話は我がする」

「んじゃ終わったら呼んで、寝てるから」


 スーの背の上で横になると瞬時に寝息を立て始めたノア。


「はぁ、我が同胞ながら呆れるばかりじゃて……」


 ドゥラキンには同情する。ノアをコントロールする術など誰も思いつかないのではないだろうか……。


「――――――――それでドゥラキン、ヒイロ・オカムラたちは何故ここへ?」

「そういえばお前たちにはまだ話してなかったかのう」


 ドゥラキンが、日色たちに話してくれた【ヤレアッハの塔】などについて彼に語った。


「――――――――俄かには信じ難い話だな。だがドゥラキンが嘘をつく必要性もない。真実…………なのであろうな」

「今までお前たちに話さなかったのは、時が来るまでお前たちをワシの手で育てようと思ったからじゃて。強くしてから話すつもりじゃった……それなのに、お前たちときたら……ワシの前から勝手にいなくなりおってぇ……」

「――――――――す、すまなかった。そういう事情があったなどと知らなかった」

「……いや、どうせノアが無理矢理お前を連れ出したんじゃて。それは分かっておる。昔からそやつは言っても聞かぬ阿呆じゃったからのう」

「――――――――だが、そうか。突然現れたあの塔にそのような役割があったとはな。しかもイヴァライデアという神の後継者が、そこにいるヒイロ・オカムラで、我らの母たる転生体が……彼女か」


 スーの瞳が真っ直ぐにミミルを見つめる。そしてそのままコクッと首を下げるスー。


「――――――――こうしてお会いできて光栄だ。我のことはスーと呼んで頂きたい、我らが母よ」

「え、あ、はい……です。あ、でもその母と呼ばれるのはちょっと……まだ早いかなぁとか思うので」


 チラリと日色の目を見つめてくる。


「む? 何故オレを見る?」

「……だ、だってミミルがお母さんって呼ばれたいのは、自分の子供だけですし……」

「……? だから何でオレを見るんだ? オレはお前の子供じゃないだろ?」

「「「「……はぁ」」」」


 ミミルだけではなく、その場にいる者がほとんど溜め息を漏らす。


「まあ、分かってましたけど……」

「大丈夫だよミミルちゃん! わたしだっていつもこんな気持ちだもん!」


 幼女二人が互いの気持ちを通じ合わせている中、ノアの鼻提灯が割れる。


「んあ? ……ふわぁ~、話終わったぁ?」

「――――――――ああ。ノアよ、どうやら厄介なことになっているようだぞ?」

「厄介なこと? ……まさか飯が……無いの?」


 ガクッと肩が落ちる思いを皆がする。


「――――――――そういうことではない。とにかく起きたのならドゥラキンにしっかりと詫びを入れておけ」


 突然ボンッとスーを煙が包んだと思ったら、その中から出てきたのは、黒いスーツを着用した人間だった。


(ほう、これが奴の人化か)


 それがスーであることは把握している。ビシッとした佇まいもそうだが、長い黒髪に黒目と日色と同じだったので何となく親近感を覚えた。


 顔立ちもどことなく以前見たことがあるアビスという『闇の精霊』に似ている。つまりはイケメン過ぎるイケメンということだ。何故なら……


「くそぉ、何でこうも精霊の人型はイケメンなんだぁ、ちくしょうが……」


 隣で青髪のオッサンがブツブツ僻んでいるからだ。


「ノアよ……」


 ドゥラキンがノアへと近づく。


「爺ちゃん……」


 しばらく二人は見つめ合っている。長年会っていなかった思いが込み上げてきているのかもしれない。

 ミミルたちも、この再会に感動しているようでウルッときている感じだ。


「……爺ちゃん」

「何じゃて、ノアよ」

「あのね、おれ……」

「うむ……」

「………………………………………………」

「立ったまま寝るなバカモンがっ!」


 ドゥラキンが拳を振り下ろす。


 ――スッ!


「寝ながら避けるなっ!」


 スッ、スッ、スッ!


「ああもう、鬱陶しいっ!」


 さすがはノア、その戦闘反射は寝ながらでも発揮するので、攻撃が当たらない。


(というか立ちながら寝るとは器用な奴だ)


 感動していた者たちも呆気にとられている。


「んあ? あれ、爺ちゃん? どったの、そんなに顔赤くして」

「はあはあはあ……お前という奴はぁ……!」

「ところでさぁ、とりあえず飯ちょうだい」

「………………はぁ、分かったわい。家に入るぞい」

「やった~。スーも行くよぉ」

「――――――――そうだな。テーブルを囲いながら、今後の話でもしようか」

「え? 今後? 何かあるの?」

「――――――――お前は少し人の話を聞くことと、人の話を覚えることに努力しろ」

「やだよぉ~。おれは覚えたくないものは覚えない。あ、でも赤ローブのことは覚えてるよ? あれは楽しかったなぁ。また戦ろうね赤ローブ?」

「断る。言っただろ、メリットがない」

「ぶぅ……ねえねえスー、コイツ分からず屋なんだけどぉ」

「――――――――それはお前だ、馬鹿者」

「え? そうなの? おれの方が馬鹿なの? そっかぁ、まあ別にいっか。馬鹿でもおれすっごく強いし」


 確かに考えてみれば、日色が本気で戦って勝負がついていないのは、このノアだけである。あの時はテンの乱入など戦闘を中断せざるを得ない事情があったが、あのまま戦っていても確実に勝てたとは言い切れないほど、彼の秘めている力は凄かった。


(獣人なのに、魔法も使えて『精霊』とも契約できるとは規格外にもほどがある)


 しかもユニーク魔法の使い手ときたものだ。できればあんな疲れる戦いは二度とごめんだった。








「ふぅん、爺ちゃんってそのアダムスって人だっけ? その人のこと好きだったんだねぇ」


 洋館に戻り、ノアはドウルやミュアたちが用意した食事をしながら、スーに『神人族』や【ヤレアッハの塔】などの話を聞いていた。


「気になるのはそこなのか! もっと他に驚愕すべき点があったはずじゃてっ!」

「ええ~、でもさぁ、おれってそのアダムスって人と戦ってみたかったし~。ちょいジェラシーだね。縮めて、ちょいジェラ?」

「何を言っておるんじゃてお前は……」


 それはドゥラキンだけではなく、日色たちも言いたいことである。


「どこにジェラシーを感じておるんじゃて……。それにお前が戦いたいと思えるほど強い相手なら、あの塔にいるはずじゃて」


 窓から見える金色の塔に視線を向けるドゥラキン。ノアの眠そうな目がキラリと光る。


「それはちょっと楽しみ。でもその前に、おれとしては赤ローブと決着つけたいんだけど」

「そんな面倒なことやってられるか」


 オレは戦闘狂じゃないぞと言いたい日色。


「いいじゃん。きっと楽しいよ? ほら、あん時も楽しんでたじゃんか」

「……あの時はあの時だ」


 確かにノアの強さは戦っていて面白さを覚えるようなものだった。それは実力が拮抗していたからなのかもしれないが、どうやって相手の上へ行くかを考えて戦うことが楽しかった。

 それはきっとノアが真っ直ぐな性格で、日色と似通った力を有しているからだったのかもしれない。


「むぅ……ならその『神人族』だっけ? そいつらと戦うのもいいかなぁ。ねえ、スー?」

「――――――――だが行く方法はないぞ」

「え? そうなの?」

「――――――――さすがにこの世界の外までお前を乗せて飛ぶ事はできん」

「そこは頑張ってよぉ」

「――――――――無理だな。一度この世界から出ることができるのかと試したことはあるが、ある程度上空まで昇ったら急激に力が衰えて、それ以上は前に進むことができなかった」

「へぇ、んじゃどうするの? どうやって行けばいいの?」

「――――――――それは恐らく、ヒイロ・オカムラが知っているのだろう」

「おお! 教えてよ赤ローブ」


 ここで日色は考える。もしアレが完成して塔へと行ける手段を手にできたとしても、相手は『神人族』。その実力はほとんど未知数。特に神王とやらは、あのアダムスとイヴァライデアの二人がかりでも倒せなかった相手だ。


 できればこちらも戦力が大いにこしたことはない。しかし半端な実力者では、命を散らしてしまうだけ。


 それに比べて、ノアなら実力は申し分ないだろう。レベルも二百を超えていたはずだし、何といっても《塔の命書》から逃れることができる《不明の領域者》でもある。

 相手の思惑から外れることができるノアが同行する分には否定する理由は見当たらない。


「そうだな、お前なら問題ないだろう」


 その言葉にミュアが悲しげに眉をひそめたのを日色は気づいていない。


「でもさぁ、どうやって行くの? いつ?」

「それはそこのチビウサギとグルグル眼鏡にでも聞け」


 ララシークとユーヒットである。


「アレの完成はもうすぐだ。ヒイロの手伝いもあって、あとはミミル様の力を実践して確かめるだけだ」

「ニョホホホホ! ですがすこ~し問題がありやがりますね!」

「――――――――問題とは?」


 ユーヒットにスーが疑問をぶつけると、彼は眼鏡をクイッと上げてから答える。


「完成させるためには、もう一度我々が【パシオン】へ戻る必要がありやがりますから、今はすこ~し難しいかもしれませんですねぇ」

「まあ、クソ兄の言うことも尤もだ。ここで作業できれば一番いいんだが…………持ってくることはできるのか、ヒイロ?」

「……不可能じゃない。ただアレが入る空間がここにあるかどうか……」


 結界の大きさから考えると、難しいかもしれない。


「結界の中で作業できれば安全は保障されるしな。そうじゃなきゃ、『神人族』のちょっかいが入ってくるかもしれねえ」


 ララシークの言う通り、結界の外では自由に手を出せる『神人族』なのだから、アレを潰しにくる可能性だって十分に考えられる。


「ふむ。お主ら、何か勘違いしておるようじゃて」

「……? 何を言っている、タマゴジジイ?」

「ぷぷぷっ! タマゴジジイって! それすっごいピッタリだよ! ナイスネーミングセンス!」

「や、やかましいわい、ノアッ! お主もその呼び方は止めろと言っておろうが!」

「そんなことはどうでもいいだろ。それで? オレたちが何を勘違いしてると言うんだ?」

「そ、そんなこと……」


 肩を落とすドゥラキンの肩にポンと手を置くのはアノールドだ。


「ジイサン、諦めろ。アイツはそういう奴なんだ。割り切るのが正しい対応方法だぜ」

「そう……みたいじゃて……。まったく最近の若い奴らは……」

「落ち込んでないでさっさと話せタマゴジジイ」

「うんうん、そうだよ爺ちゃん、あ、間違ったタマゴジジ……ぷぷぷっ! やっぱりダメだ面白い~!」

「ええい、小僧ども大人を舐めるんじゃないぞぉぉぉぉっ!」


 そこから彼を宥めるのにミュアやミミルたちが奮闘した。何とか十分ほどかけて大人しくなったドゥラキンが、疲れた様子で口を開く。


「はぁ~……取り乱して悪かったのう」

「ホントにそうだぞタマ  」

「ああもう! お前はちょっと黙ってろっての!」


 アノールドが慌てて口を塞いでくる。アノールドのゴツゴツとした手が口元に当たり若干不愉快になる。その傍ではノアがまだ笑っているが。相当ツボにハマったらしい。


「おほん! お主らが勘違いしておることは、ワシのこの結界の大きさのことじゃて」

「大きさ?」


 ララシークが白衣のポケットに手を突っ込みながら憮然とした様子で尋ねる。


「そうじゃて。お主らの目では、この結界は半球状に見えるじゃろうが、ちゃんとした球体に広がっておるんじゃて」


 皆の視線が床へと向く。日色もアノールドの拘束から逃れて、視線を向かわせながら聞き返す。


「つまりはこの下に結界が広がっているということか?」

「そうじゃて。この下は地下空洞になっておってのう。手入れは必要になるかもしれんが、十分な広さはあるはずじゃて」

「なるほどな。そこなら『神人族』に見つからないで作業ができるってわけか」


 日色は納得気に頷いてララシークを見ると、彼女もコクンと賛同するように首を縦に振る。同様にユーヒットもだ。


「どこから地下空洞へ行けるんだ?」

「それは――」

「いや、別に言わなくていい。こうすれば行けるか」


 日色は『穴』の文字を床に向けて放つ。するとバチチッとした放電現象の後に、床にちょうど一人分が通れるほどの穴を開けた。


「お、お主……ワシの家なのに……っ!?」

「確かめたらちゃんと直す。一度行けば転移できるからな」


 日色はそのまま穴の中へと飛び込む。数秒ほど落下に身体を任せていると、ひんやりとした空気が肌を刺してくる。恐らくは地下空洞に入ったのだろう。


 『飛』の文字を使い空へと浮かぶ。そのまま『照明』の文字を発動させると、真っ暗闇だった空間に光が溢れて周囲を確認することができるようになった。


「……なるほどな。鍾乳洞か……確かにこの大きさなら、アレが入っても大丈夫か」


 ドゥラキンの言う通り、この場の整備は必要だろうが、空間的には十分な大きさが広がっていた。

 日色はそのまま穴まで戻り、再び皆に顔を見せた。


「どうだったんだヒイロ?」


 当然ララシークも空洞の大きさが気になるのだろう。聞いてきた彼女に頷きを返す。


「大丈夫だ。あそこにアレを転送させるから、作業はこの下でやればいい」

「分かった。ドゥラキン殿もそれでいいかい?」

「もとより『神人族』を倒すためには助力を惜しまんよ、ララシーク嬢ちゃん」

「はぁ、その嬢ちゃんってのは止めてほしいんだけどなぁ。まあいい、おいクソ兄、ヒイロがアレを転送させてくる前に、下の様子を見に行くぞ」

「ニョホホホホ! 楽しみですねぇ! ではちゃっちゃっと僕たちを下へ送りやがったください!」

「あ、師匠、俺も手伝います」


 アノールドが手を上げると、


「当ったり前だろうが、しっかり働いてもらうぜ」


 どうやら最初から手伝わせる気が満々だったようだ。日色は彼ら三人に『送』の文字で、下へと送った。穴もドゥラキンの要望通り直す。


「ならオレはさっそく【パシオン】へ向かう。レオウードたちの様子も見てくるとするか」

「お願いします、ヒイロさま」

「ああ、ミミルもミュアも、ここでできることをすればいい」

「はい!」

「……はい」


 ミュアにいつもの元気さが欠けているが、『神人族』との戦いに彼女を連れて行くわけにはいかないのだ。今の彼女の実力では、完全に足手纏いになるだけ。


 日色は、もう彼女を失いたくないと思っている。だからこそ、安全なこの場所で待っていてほしいのだ。


「……行ってくる」


 日色は『転移』の文字で、【パシオン】へと飛んだ。



     ※



 日色がいなくなった後、レッグルス不在に落ち込むドウルをミミルが慰め、アノールド、ララシーク、ユーヒットは空洞内での作業を始めた。


 そしてノアは満腹になったせいかぐっすりと寝息を立て始める。ミュアは、彼の姿を見ていると、先程日色が言った言葉を思い出す。


『そうだな、お前なら問題ないだろう』


 あっさりと彼の同行を許可した日色の言葉に衝撃を受けた。いや、それよりも親友のミミルが一緒に塔へ向かうのに、何故自分だけが……という思いが強い。


 日色やアノールドの隣に立つために努力してきて、少し強くなったつもりだったのに、世界の運命を決定する大事な戦いで日色の傍にいられないことが嫌だった。


 彼が正しいのは分かっている。自分を大切に想っているからこその言葉だということも伝わってきている。だからこそ悔しいのだ。


 守られてばかりいるのが、とてつもなく悔しい。自分の中に力があるのに、それを使いこなせないことが悔しい。悔しい。悔しい。


(でもどうしたら……いいんだろう……)


 その時、ミュアの様子が気になったのか、ドゥラキンが近づいてきた。


「どうしたんじゃて」

「ドゥラキンさん……」

「確かミュアだったのう。どうしてそのような辛そうな顔をしておるんじゃて」

「…………」

「……ヒイロに突き放されたことが悔しいのかのう?」

「っ!? ……ど、どうして」


 分かるんだろうと問おうとしたが、彼の優しげな瞳の奥に見えた後悔の光がその言葉を止めた。


「……ワシものう、アダムスの力に……もっと傍にいてやりたかった。けどのう……ワシに力がないばかりに、彼女は一人で戦うことを選んでしまったんじゃて」


 そういえば彼はアダムスのことが好きだったということを思い出す。そんな人とともに戦えずに、こうして自分だけが生き永らえていることに、彼は後悔しているのかもしれない。


「しかしのう、過去を悔いたところで何もならないんじゃて。大切なのは、想いを引き継ぐこと」

「想いを引き継ぐ……?」

「そうじゃて。ワシはアダムスを最後まで守り通すことはできんかった。じゃが、こうしてアダムスが世界を守りたいと思った意志を引き継ぐことができておる。ワシはそれを最後まで貫き通す。それが今のワシにできることなんじゃて」

「ドゥラキンさん……」

「ミュアよ、お主もその身には膨大な力を有しておる。しかしまだまだ未熟で、此度の戦いにも参加できずに、ヒイロに置いて行かれることがショックなんじゃろうのう」

「……はい」

「その気持ちはよく分かる。そうしてもし大切な者たちが戦場で散り、自分だけが生き残ったらどうしようと考えておるんじゃて?」

「はい。ヒイロさんの言うことは分かります。一度、わたしはヒイロさんの目の前で……死んでしまいました。こうしてまたヒイロさんの傍にいることは奇跡に近いことです。だからこそ、ヒイロさんはもうわたしを戦場へ立たせるのが嫌なんだと……思います」


 大切に想ってくれているという気持ちが嬉しいだけに、ミュアも日色に強く言えないのだ。連れて行ってほしい……と。役に立たせてほしい……と。


「あやつの考えは正しい。大切だからこそ傍に置きたくないという思いも理解できる。アダムスがそうじゃったからのう。これからあやつが向かうのは死地に他ならない。失うリスクを背負わなければならない戦いに、未熟な者を連れていくことはできんじゃて」

「でもわたしは…………ヒイロさんとともに戦いたいんです」


 我が儘で間違いない。それは理解している。だけどそれでも、大好きな人の傍で戦いたい。同じ目線に立ちたいと思う。


「どうして……わたしはこんなにも弱いんでしょうか……」

「……お主は強いぞい」

「……へ?」

「強き者というのは、己の弱さを知っておる者じゃて。強さしか知らん者に、本当の強さは得られん。お主は自分の弱さを正確に把握しておる。お主は強い。自信を持つといいんじゃて」

「ですが……」

「――――――――それほどまでに強さを得たいと言うのであれば、得る努力をしてみればよいのではないか?」


 突然会話に入ってきたのはスーだった。どうやら話を聞いていたようだ。


「スー……さん?」

「スーよ、簡単に言うが、短時間で成長することはなかなかに難しい。相手が『神人族』というのであれば、生半可な実力ではいかんのじゃて」

「――――――――それは分かっている。だが短時間で長時間の修練経験を得られる方法があるのは知っているだろう?」

「っ!? ……まさかスーよ、彼女に《一天突破の儀》を行うつもりかのう?」

「――――――――その通りだ。普通の者なら精神力が耐えられずに廃人と化すだろうが、『銀竜』ならあるいは……な」

「危険過ぎる。確かに成功すれば大きな成長に繋がるじゃろうが、失敗のリスクが高すぎるんじゃて」

「――――――――別に我は提案しているだけだ。決めるのはそこにいる娘なのだが?」


 スーの真っ直ぐな瞳がミュアを射抜く。心まで見透かされるような視線に、思わず喉が鳴る。


「――――――――娘よ。どうするのだ?」

「あ、あの……それを行えば強く……なれるんでしょうか? 短時間でも」

「――――――――ああ。ノアもそれで甚大な力を身に着けた」

「……やはりノアもその儀を行っておったか。まったく、無理をする阿呆じゃて」


 ドゥラキンは知らなかったようだが、日色に匹敵するほどの実力を持つ彼が、その試練を乗り越えて強くなったというのであれば、その試練を乗り越えた先にミュアの新しい世界が広がっているかもしれない。


「――――――――ちなみに失敗すれば………………良くて廃人だ」


 それはほぼ死を意味するということ。

 正直に言って怖い。失敗すれば今まで培ってきたものがすべて失われる。それだけじゃなく、日色ともう二度と会えなくなるということがとてつもなく恐ろしい。


(でも……今のわたしはまだ、ヒイロさんの隣に立てない……!)


 その試練を乗り越えれば、少なくとも今よりもさらに先に行くことができるのだ。


「――――――――さあ、どうする?」


 スーの問いかけ。ミュアはしっかりと答えるために大きく息を吐いて呼吸を整える。


「わたしは――――――――――――――――――――試練を受けます」

「ミュアよ、考え直す方がええ。《一天突破の儀》は、もともと『霊獣』が、獣人化する時に使用された古代の儀式じゃて」


 『霊獣』というのは獣人と呼ばれる前の姿のこと。獣人は人型だが、昔は獣よりの姿であり『精霊』と同一視されている存在でもあった。


「言い直せば、これは精霊だけにしか許されない儀式じゃて。いくら『霊獣』に近い存在の『銀竜』でも、失敗のリスクは高い」

「ありがとうございます、ドゥラキンさん。でもわたしは、このままヒイロさんたちが戦いに行くのを黙って見ていられません。だから――――やります」

「ミュア……」

「――――――――お前の負けだなドゥラキン。彼女の瞳には覚悟が宿っている」

「そんなこと……見れば分かるんじゃて。ワシがこの結界を作ると覚悟した時と同じ眼じゃからのう……」

「――――――――娘よ。再度名を聞こう」

「あ、ミュアです。ミュア・カストレイア」

「――――――――ふむ。なら他の者に言葉をかけてこい」

「え? ど、どうしてですか?」

「――――――――それが最後になる可能性が高いからだ」


 ズキッと心が痛む。そうだ、これから行おうとしている儀式に失敗すれば死んでしまう可能性が高い。彼の言葉で本当に危険な儀式だと再認識させられる。

 だがミュアは首を横に振る。


「いいえ……必要ありません」

「――――――――ほう、何故だ?」

「わたしはすぐに帰ってくるからです。もちろん、力を手にして!」

「――――――――面白い。なら――――」


 突如スーと近くの空間に亀裂が走る。亀裂の中には何も映さない闇が広がっていた。


「――――――――この亀裂の中へ足を踏み入れるがいい。儀式の場へと案内してくれる」


 ミュアはゴクリと唾を呑み込む。引き返すなら今。この空間に入った瞬間に、力を得るか、死ぬかの二択が待っている。


「――――――――安心しろ。他の者たちには上手く言っておいてやろう」

「…………は~ふ~は~ふ~。……はい!」


 覚悟を決めた。これは自分の道。自分が選んで進む道なのだ。

 力を手に入れるために。日色の隣に立ち続けるために。


 ミュアは亀裂の中に身体を入れていく。ひんやりとした風が頬を撫でる。ゾクリと寒気が走るが、意を決して飛び込んだ。



     ※



 ミュアが亀裂に吸い込まれて消失した瞬間、亀裂もまた綺麗になくなって元の空間に戻った。


「――――――――さて、どうなることやら」

「スーよ、何故ここまでミュアに肩入れをするんじゃて? 極端なことを言えば、お主が手を貸す義理もないじゃろう?」

「――――――――ああ。確かにない。しかしあの娘の目が……な」

「目?」

「――――――――昔のノアと重なった。それだけのことだ」

「…………やれやれ。できれば成功してほしいが、問題はミュアがいなくなったことに対し、どうやって説明するかじゃのう」

「――――――――正直に言えばよかろう。彼女は力を手に入れるために修練をしていると」

「そんな簡単な話じゃないのう。特に下で作業しておるアノールドと、ヒイロに何て言ったらよいか」


 ドゥラキンは、ミュアの意志ではあるものの、一言も無しにミュアを死地へと連れて行ってしまったことに対し申し訳なさを感じているようだ。


「――――――――始まってしまったものはどうしようもない。それにヒイロ・オカムラたちは、少しあの娘を見縊り過ぎている」

「そうかのう?」

「――――――――ああ。あの娘は、ここで寝ている阿呆であるノアと同じ《三大獣人種》なのだぞ?」

「化ける可能性が十分にあると?」

「――――――――あの娘次第だがな」

「なるほどのう。だから手を貸したというわけじゃて。昔からお前は磨けば光る原石が好きじゃったからのう」


 光るものが好きというのは、まるで鴉のようなスーである。


「――――――――とにかく、短時間で決着がつく。もしやすると、ヒイロ・オカムラが帰ってくるまでに終わるかもしれんぞ?」

「それはないじゃろう。いくら短時間で終わるといっても、数日はかかる。あ~説明が憂鬱じゃのう」

「――――――――すべてはあの娘の意志。それを尊重しただけだ」


 スーの言うことは尤もなのだが、ドゥラキンは胃が痛そうな顔をしている。もし日色の怒りでも買ったのならどうなるか分からないので恐怖を覚えているのかもしれない。


「――――――――一応ヒイロ・オカムラに殺されてもいいように遺書でも書いておいたらどうだ?」

「縁起でもないこと言うでないわっ!」



     ※

 


 日色が【獣王国・パシオン】に到着した時、『神人族』によって作られた結界は消失していた。思っていた通り、これだけ強力な結界は制限時間があるようだった。もしくはもう必要ないからと消失させたのか……。


 あれだけの人間を犠牲にしておいて、もし後者であるなら『神人族』はどこまでふざけているのか苛立ちが込み上げてしまう。


「レオウードにコンタクトを取るのは後にして、まずはあそこへ」


 指先を動かして『転移』の文字を形作り発動。

 向かった場所はララシークの地下施設。そこに目的のものが保管されている。


 大きな空間が広がっている場所に辿り着いた日色は、目の前にある巨大な物体を見つめる。その全貌はシートがかけられてあり把握することはできないが、これが何かを日色は知っているので、改めて確認する必要はない。


 その物体に《赤気》で『転送』の文字を施す。転送する場所である、ドゥラキンの洋館の地下空洞を明確にイメージする。


「おっと、その前に」


 発動する前に目を閉じて意識を集中させる。右腕の手首がポワッと淡い光を放つ。心の中でミミルの名を呼ぶ。


『聞こえるか、ミミル』

『……ヒイロさま?』

『そうだ』


 これは《ボンドリング》の効能によるもの。身に着けている者同士で念話が可能なのだ。


『どうされたのですか?』

『今からアレを転送させるから、下の連中に言っておいてくれ』

『分かりました』

『時間もかかるかもしれないから十分後に転送する』

『そうお伝えしておけばいいのですね?』

『ああ。そっちは何も問題ないか?』


 すると息を呑む空気を感じる。


『何かあったのか?』

『……じ、実はですね……いえ、ヒイロさまが帰ってこられてからお話致します』


 何か深刻そうな事態になっているようだが、必ずしも急を要するような出来事ではなさそうだ。気にはなるが今はまずやるべきことを終えてからにしよう。


『分かった。なら頼んだぞ』

『はい』


 右腕に嵌めている《ボンドリング》の効果を消す。


(向こうで何かあったのか?)


 やはり気になるのはミミルの態度だった。向こうにはかなりの戦力がいるので、戦闘になったところで安心はできる。それに結界の中なので、おいそれと『神人族』が手を出せるはずもない。


 ならば一体何が起こったのか……?


(とにかくコイツを転送して戻れば分かるか)


 日色はそこからミミルに忠告した通り十分待ってから『転送』の文字を発動させた。他に作業に必要そうなものも一緒に転送させた。


「さて、これで任務完了だが、一応レオウードの様子も見てくるか」


 すぐに《王樹》へと転移。


 レオウードは《玉座の間》にいると兵士たちから聞いたので、行ってみると、あの時とは違い彼の意識を感じさせる瞳の光を宿したレオウードが玉座に座っていた。

 彼の周りには《三獣士》やレッグルスたち王子の姿もあった。


「おお、ヒイロ! どこへ行っておったのだ! ミミルは無事なのか!?」

「ああ。作戦通り、安全な場所で保護してる。お前ら、自分に何が起こったのか理解しているか?」


 日色の問いに苦々しい表情を浮かべる面々。


「う、うむ。どうやら《塔の命書》とやらの恐ろしさを身を以て体験してしまったようだ」


 つまり操作されている記憶は残っているということ。


「確認してみればララもユーヒットもおらん。ミュアやアノールドまでだ。それもお前が?」

「ああ、これからのことを考えて奴らを避難させておいた」

「うむ。なら安心だ」

「……どうする? あっちに転送させてやるが?」

「……いや、止めておこう」

「? いいのか?」


 ここは素直にミミルに会いに行くと言うと思っていたので、予想外の言葉に驚いた。


「うむ。一度操られてしまったからか……不安なのだ」

「不安?」

「ああ、お前はその結界の中にいれば安全だというが、いまだにここ……心の奥底に何かが眠っているような気がする。いつそれが爆発して、再びお前らに牙を剥くとも限らん」

「それは結界の中に入れば大丈夫だと説明したろ?」

「それはそうだが、結界も完璧ではあるまい。一度操られてしまった者は、結界の中でももしかしたら再度操られる可能性があるかもしれん」


 レオウードは怖いのだろう。自分の手で愛する者たちに手を上げてしまうことになるかもしれないということが。


 それに確かに彼のいう可能性も完全に否定できない事実はある。一度操られてしまった者には、何らかの意志が彼らの中に潜んでいることも考えられる。結界の中に入れば、それが打ち消されるかもしれないが、試すにも危険が付き纏う。


「それはここにおるバリドたちも同じだ。皆が抗うことのできない力に恐れをなしておる。この獣王ともあろう者が何とも情けないことだ」

「仕方ないだろ。この世界を創った神が生み出した代物だぞ」

「それは分かっておる。だからこそ、ワシらはここにおった方が安全ではないかと判断したのだ」

「…………ホントに会いに行かなくていいのか?」

「すべてが終わればまた会える。それでいい」


 覚悟は決めているようだ。


「ただな、ここにおるククリアとレッグルス、そしてレニオンは連れて行ってくれ」

「父上っ!」


 レッグルスが咎めるように声を張る。


「何を仰っているのですか! 我々はともに国を守ります!」

「そうよパパッ! アタシだって王女よ! 国を捨てて自分だけが安全な場所へ逃げるなんてできないわ!」

「クーの言う通りだ親父。あんま俺らを舐めんなよ!」


 それぞれレオウードの子供たちが反論する。


「お前らは次代を担う若き柱にならねばならん存在だ。それにまだ操作されてはおらんのだろ?」

「そ、それは……」


 レッグルスたちはどうやら洗脳されてはいなかったみたいだ。


「今の内に結界へと急げ。なぁに、お前たちがいなくとも、国の一つや二つ、命にかえても守り通してやるわ」

「父上……」


 そこへレニオンが前へと出る。


「分かった。けど行くのはクーと兄貴だけだ」

「な、何を言うのだレニオンッ!?」

「いいから聞けよ親父!」

「っ……」

「さすがに王子や王女が全員いなくなんのは民の不安が大きい。だから俺一人でもここに残る」

「しかしそれではお前もいずれは」

「ああ、空に浮かんでるクソどもに操られるかもしれねえ。けど、それでも王子として俺ができることはやるぜ」

「レニオン……お前」


 レッグルスが目を見開き感動している様子を見せる。


「兄貴、俺は最初から王になんてなるつもりはねえ。そんな堅っ苦しいのは兄貴に任せるって決めてんだ。けどよ、その代わりに、俺は兄貴を守るって自分に誓った。だから兄貴は自分の命を一番に考えてくれ。それがアンタの義務だ」

「レニオン……」

「ハハ、この俺がまさか民のためにこんな選択すると思わなかったって顔だな。けど俺も驚いてんだよ実際問題。……俺がこんなふうに考えることができたのは、いつも近くで兄貴や親父の姿を見続けてきたからだ。俺は戦うことしか能がねえ。けど兄貴は違う。兄貴なら民を導ける王になれる。だから俺は少しでも王子として義務を全うするためには、この場に居続けることが大事なんだ」


 皆が彼の告白を静かに耳を傾けていた。そんな中、レオウードの妻であるブランサが口を開く。


「レニオン……大きくなったわね」

「だといいけどな。そういうことだ、兄貴とクーはこっからすぐに離れろ。ちんたらしてっと、クソどもに操られるぜ?」

「ちょっと待って、それならアタシだって王女だし!」

「クー。お前はミーの支えになってやれ」

「……ミミルの支え?」

「ああ。そうだよな、親父」

「…………そうだな。お前たち二人はすぐに結界へと向かうのだ。これは獣王命令である」

「そんなっ!?」


 叫ぶのはククリアだ。レッグルスの方は、レニオンの覚悟を聞いて心は決めたようだ。

 日色は『転移』の文字を書く。そのまま視線をレオウードへと移動させる。


「……後は任せろ」

「ああ。お前は我が親友だ。お前なら我が息子たちを託せる」

「ちょっと待って! アタシは――」


 日色はククリアの手を握り、レッグルスも彼女の手を握る。瞬間、三人の姿はその場から消失した。


「…………レニオン、お前…………もしや操られていたのではないか?」

「……何のことだ親父?」

「だから彼らとともに行くことを拒んだ。そうじゃないのか?」

「さあな。そんな昔のことは忘れちまったぜ」


 レニオンは無愛想に言葉を吐くとその場から出て行った。


「あなた、あの子は自分で道を決めたのよ。『獅子族』として立派な道を」

「……願わくば、すべての者に救いがあらんことを祈るばかりだ」






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