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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
222/281

222:魔王だって女の子

 ――――――【ヤレアッハの塔】。


 塔を包んでいた黄金の蔓が黒く変色し、ヒビ割れを起こし、ついにそのベールが剥がれ落ちていく。大地が軋み塔が揺れる。


「おやおや、どうやら我らが王の、お目覚めのようですよ」


 塔を見つめながら嘆息するのは――ペビン。その糸目を薄く開き、口角を上げている。


「やっとか。ということは、イヴァライデアの力もかなり弱まっているということだな」


 刹那、全ての蔓がガラスを割ったような音とともに砕け散る。



“――――――昇って来い、二人とも”



 塔からスピーカーを通したように響く低い声。


「「はっ!」」


 二人は同時に返事をすると、塔の入口から中へと入っていく。中には巨大な螺旋階段が存在し、それが天まで衝くような勢いで伸びている。その先が見えないほどに。

 二人は背中からオーロラに輝く羽を顕現させると、そのまま浮き上がり螺旋階段の中央を突き抜けて飛んでいく。途中に幾つもの扉や通路が存在するが、決して止まることなくただ真っ直ぐ突き進む。


 時間をかけて螺旋階段の終わりまで到着した二人。そこには巨大な通路が三つ存在している。その奥にはそれぞれ見上げるほどの扉が一つ在る。

 二人は右側の通路を進み、扉の前に立つ。そして同時に跪く。


「我が王。ハーブリード、ペビン、双方到着致しました」


 ハーブリードが代表して口を開くと、扉が独りでに開いていく。



“入るがいい”

 


 二人して「「はっ!」」と返答すると、立ち上がり前へと歩む。突き当たりに見えるは、たった一つの巨大な王座。

 そこに腰を下ろし、二人を見下ろしている巨躯の人物。見るからに五メートルはあろうかという身長を有し、そこに存在するだけで他を圧倒するほどの覇気を放っている。


 いかつい顔立ちに、毒々しい紫色の髪を逆立てた男性。刺すような視線を放つのは、ヘビのような爬虫類独特の紅き瞳。王然とした佇まい。存在感の密度が信じられないほど濃い。


「我は――――誰か?」


 二人は再び跪き、ハーブリードが答える。


「はっ! 我らが王でございます」

「違う」

「……?」

「我は造物主――――――神である。頭が高い」

「いえいえ、神王様、これ以上下げたら床に頭がくっついてしまいます」

「ならつければいいだろう。ほれ」


 神王が指先をクイッと動かすと、発言したペビンの頭が床にめり込む。


「……無礼だぞ、ペビン。王……いや、我らが造物主様は、寝起きであらせられるのだからな」

「……そのようですね」


 ペビンは額から血を流しながらも、ゆっくりと顔を上げる。


「長らくお待ちしておりました、神王様」

「うむ。忌々しいイヴァライデアめ。我をこのような場に閉じ込めおって。しかしそれももう終わりだ。あとは奴の力を奪い取り、我の世界を形作るとしよう」


 ギシッと椅子の背もたれに背を預け、肘掛けに肘をつく神王。


「塔の機能を扱える以上、こちらのものでございます。まだ多少はイヴァライデアの力が現存しているものの、あとは《不明の領域者》を入手し、《イヴダムの小部屋》への道を開けるだけでございます」

「うむ。して手筈は?」

「何人か見繕ってありますが、確実に至っている者は数名。ご安心を。すぐに御身の前にお届け致します」

「早うせい。我は待ちくたびれた。さっさとイヴァライデアの力を奪い、【イデア】を構築し直すとしよう」

「「はっ! すべては我らが神王――――――サタンゾア様の仰せのままに」」




     ※




 魔王イヴェアム・グラン・アーリー・イブニングは悩んでいた。自室のベッドの上には、数多くの衣類を並べ、それぞれを見比べ何度も何度も唸っている。


「ああ~どうすればいいのよぉ……。一体何を着て行けばいいのぉ」


 イヴェアムが悩んでいるのは明日のこと。原因は少し時間を遡る。



『おい、明日街に行って好きなものを奢ってやる。時間はお前が指定しろ』



 そんな黒髪少年の一言から始まった。

 無論いきなりの発言が飛び込んできたので理由を問い質してみた。


 彼――丘村日色はチラリとイヴェアムの髪を見て視線を逸らす。


『その髪……オレが切ってしまったからな。その償いだ』

『え……髪? あ、ああ……』


 【イデア戦争】が終わって、確かに長かった金髪は、今はちょうど肩くらいのところに収まっている。その原因が日色にあるというのも確かだ。

 彼がミュアをアヴォロスによって殺された時に暴走し、それをイヴェアムが身体を張って止めた。その際に日色がイヴェアムの髪を切ったのだ。


『べ、別にいいわよ、ちょうど切ろうと思ってたところだし』


 あの時のことは仕方がないと思う。彼も望んで斬り裂いたわけではないはずだから。


『それでもだ。髪は女の命なんだろ?』

『……まあ、そう言うわね』

『……オレの母親も口を酸っぱくして父親やオレに言ってた』

『そう……なんだ』


 日色から彼の両親はすでに元の世界にもいないということを教えてもらっている。詳しいことは話してもらっていないが、どうやら事故によって失ったらしい。


 自分の両親も小さい頃に戦争で他界しているので、イヴェアムは不謹慎だと思っても日色と共通項があるということが嬉しかった。


『とにかく、明日その償いをするから準備しておけ』


 本当にいきなりな少年だ。いつも突然戸惑うことばかりしてくる。だけど、怒りだけでなく嬉しさも含まれているので怒るに怒れない。

 だがこれは確かめなければならない事項が存在する。


『あっ、ちょっと待ってヒイロ!』

『ん? 何だ?』

『そ、その…………明日はできればその……ふ、二人っきりだと……嬉しいなぁ……とか思うんですけど……』

『…………』

『あっ、べ、べべべべ別に無理ならいいのよ! どうしてもってわけじゃなくてね、何となく明日はそんなに大勢で動きたくないとか思って――』

『安心しろ』

『……へ?』

『明日はお前への償いだ。他の連中に奢る理由がない。お前も他の連中を連れてくるなよ? 絶対奢らんぞ?』

『あ、うん……分かった』


 その時、思わず心の中でガッツポーズした自分は悪くないはず。


「ああ~っ、でも本当にどんな服を着て行ったらいいのよぉ!」


 そう、悩んでいるのは明日着ていく服なのだ。


「だってだってぇ……これって…………アレ……だよね」


 口にするのは恥ずかしいが、どう考えてもソレだとしか思えない。


「デ……デート……だもんね」


 カァッと顔に熱が集中する。


「ヒ、ヒイロとデート…………デートかぁ…………えへへ~」


 思わず頬が緩んでしまう。まさかあの朴念仁の日色からデートの誘いがくるとは思っていなかった。まあ、彼にとってはデートではないのだろうが、それでも二人っきりでどこかへ出かけるというのはまさしくデートのはず。


 彼のことが好きなイヴェアムにとっては、嬉しいサプライズでもあるのだ。だからこそ、彼に可愛いと思ってもらえるようなコーデをしていきたいのだが……。


「う~ん……決まらないのよねぇ」


 いろいろな衣類を試着するが、どれもしっくりとこない。というより日色の好みなど知らないので、結局は自分が満足する服装になるのだが……。


「どうしたのぉ?」

「ひやぁっ!?」


 突然背後から声がかかり飛び退く。心臓が飛び出るかと思った。後ろにいたのはシュブラーズだった。


「シュ、シュシュシュシュシュブラーズッ!?」

「陛下ぁ、部屋の中をこ~んなにして、一体何を……あっ、はは~ん」

「な、何よ……?」


 シュブラーズが何かを悟ったようにニヤニヤしてくる。


「も・し・か・し・て~、…………デート?」

「うっ!?」

「しかも相手は…………ヒイロくん?」

「はぐっ!?」

「そ・れ・で~、…………服が決まらない?」

「あぅっ!?」


 膝から落ちるイヴェアム。何故この状況を見ただけで一発で看破されたのか不思議だ。


「フフフ、や~っぱりそうなのねぇ~。うんうん、陛下が立派に女の子してるのは、私としても嬉しいわぁ~」

「も、もう! 何なのよいきなり! いつ入って来たの!?」

「だってぇ、陛下ってばノックしても返事がないんだものぉ~。いないのかなと思って耳を澄ませば、中で唸ってるしぃ~」


 どうやら室内での呟きが筒抜けだったようで、恥ずかしさで顔が真っ赤になる。


「でもなるほどぉ~…………うん。なら私がコーディネイトしてあげるわよぉ」

「えっ! ほ、本当!?」

「ええ、私だってぇ、陛下には目一杯楽しんでほしいものぉ。まあ、彼のハートを射止められるかは陛下次第だけどぉ」

「ハ、ハートってっ! わ、わわわわ私は別にヒイロに対してそんな気持ちは持ってなくて…………何その目?」


 シュブラーズの瞳が「コイツ何言ってんの?」的な感じのジト~ッとしたものに変わっている。


「陛下ぁ……もうバレバレよ?」

「な、何がよ!」

「陛下がヒイロくんのことをラブラブ大好きっていうこと」

「なあぁっ!? リャリャリャリャリャブリャブッ!?」

「言えてないわよ陛下ぁ。気づいてないのって多分ヒイロくんぐらいよぉ?」

「へっ!? そ、それってどういうことよ!」


 つい彼女に詰め寄って真相を確かめる。


「アクウィナスもマリオネも、というか兵士たちもみ~んな、陛下のヒイロくんへの想いなんて筒抜けよぉ。ていうかぁ、バレてないと思ってたのかしらぁ?」


 バレてないと思ってた。それはもう確実に。


「う、嘘……そんなに分かりやすいの私……?」

「もう恋する乙女そのものじゃな~い」

「あぅぅ……」

「フフフ、でも相手がヒイロくんなら、み~んなも納得よぉ。安心して陛下ぁ、私が素敵に可愛い陛下を作り上げてあげるからぁ。明日は決めてきなさいな」

「う……ほ、本当に大丈夫かな?」

「まあ、相手はあのヒイロくんだし、どうせデートだとか思ってないんでしょうけど、それは陛下の頑張り次第かしらねぇ」

「で、ですよね~」


 超ド級の鈍感眼鏡で、テン曰く枯れ切った少年なので、意識させるのはマックスレベルの難しさがある。


「陛下の魅力を思う存分見せつけてあげなさいなぁ」

「う、うん! 分かったわ! わ、私頑張ってみるっ!」

「フフフ、ならお姉さんも頑張っちゃおっかなぁ。あ、とりあえず勝負下着は赤にしましょうね」

「しょ、しょしょしょ勝負下着ィィィッ!?」

「ん~だってぇ、もし明日のデートで盛り上がったらぁ、そのまま愛の営みに突入なんてこともあるかもしれないしねぇ」

「あ、ああああああ愛の営みィィィッ!? ば、ばばば馬鹿言わないでっ! そ、そ、そ、そ…………しょんないきなりダメよぉ……こ……心の準備だってまだぁ……」


 真っ赤になった頬に両手を当てて悶えるイヴェアム。


「うわぁ、なにこの可愛い生き物ぉ」


 シュブラーズはそんなイヴェアムを見てニヤニヤが止まらないらしい。


 何はともあれ、明日のデートの成否を握るのはイヴェアムの奮闘次第……のようだ。初めてのデート、イヴェアムは胸が躍りドキドキとワクワクで一睡もできなかった。

 



     ※



 待ち合わせはイヴェアムから指定してきた。

 城から出てすぐ近くにある食べ物屋の前。今日はイヴェアムの髪を切ってしまった償いのために街へ出掛けて、彼女に奢る計画。


 実は戦争が終わって目が覚めた後、テンにイヴェアムの髪を切ったのは誰だと聞かれて、日色がやったことを伝えると、女の髪を切っておいて何も無いのは愚か者がすることだと言われた。

 そう言われれば、確かに母親が生前にも髪は女の命で、大切に扱わなければならないのだと忠告されていたのを思い出す。


 イヴェアムが何も言ってこないからといって、このまま放置はありえないとテンと、何故か参加してきたヒメに説教され、仕方なくイヴェアムに償うことにしたのだ。


 《始まりの樹》などの問題で、すっかり忘れていたが、最近再度その話をテンから聞かされて思い出し、こうして今日、彼女と出掛けることにしたというわけだ。


「お、お待たせ、ヒイロ!」


 店の前で待っていると、息を乱したイヴェアムがやって来た。普段の魔王然とした姿しか見ていなかったので、今の彼女の格好に半ば驚きを得ていた。


 もう冬なので大人しめのカーキー色をしたロングコートを着用しているが、その中には若い少女らしい少し鮮やかな緋色のフレアスカートに濃紺のニットを着込んだファッションをしている。少し胸元が開いて強調されている感じがするが、寒くないのだろうか。


「ご、ごめんなさい。もしかして……ま、待った?」


 不安気に上目遣いで見上げてくる。少し頬が赤いのは走ってきたからだろうか。


「いいや、問題ない」

「そ、そう? 良かったぁ」

「そんなことよりお前、スカートなんて穿いて寒くないのか?」

「だ、大丈夫よ。オシャレは我慢なんだから!」

「そ、そうなのか?」


 オシャレを今まで意識したことが無い日色にとっては初耳である。寒いのに大したものだと感心さえ覚える。


「そ、それにタイツも穿いてるから」


 なるほど、確かに黒いタイツが彼女の細い足を覆っている。日色がジッと彼女の服を見つめていると、


「ちょ、ちょっと……そ、そんなにじっくり見つめられたら恥ずかしいわ……も、もしかして変……かな?」

「は?」

「だ、だってヒイロってば無表情だし……まあ、いつも無表情だけど」

「一言余計だ。それに見てたのは珍しかったからだ」

「そ、そう?」

「ああ、そういう服も着るんだな」

「わ、私だってたまにはこういう服も着るわよ! その……に、似合ってるかな?」

「ファッションセンスを問われても答えにくいが、お前に合ってるんじゃないか」

「ほ、ほんと!?」

「ち、近いぞ」


 イヴェアムが急に詰め寄ってきたので半歩退いてしまう。


「あっ、ごめん!」


 近くで見たが、若干ナチュラルメイクも施しているみたいだ。いつもより表情が映えて見えるのはそのせいだろうか。ふわりと優しい香水の匂いも漂ってきた。


「か、可愛い?」


 期待感の込められた眼差しを向けてくる。恋愛ものの小説ではこういう時は素直に言った方が良いというのは知っている。まあ、元より嘘をつくような性格ではないが。


「さっきも言ったろ? お前に合ってるんじゃないかって」

「ん。なら嬉しい。えへへ」


 やっぱり女性というのは服を褒められると嬉しいんだなと認識する。日色にとってファッションなど重要性は限りなく低いが、そこはやはり男と女では価値観が違うようだ。


「ヒイロもね、その……カッコいいわよ?」

「あ? ああ、これか」


 実は日色の服装も、普段の赤ローブから一新している。とはいっても今日だけの格好だとは思うが。イヴェアムと出掛けるとテンに言ったところ、無理矢理着替えさせられたのだ。


(オレは普段の赤ローブでもいいと思うんだが……)


 凄い剣幕でテンと何故かそこにまたまたヒメが乱入して、昨日にコーディネイトされた。

 黒のダッフルコートに灰色のマフラー、インナーは赤茶のセーターに、黄土色のカーゴパンツを合わせたもの。


(こんな服が異世界に売っているとはな……それが驚きだ)


 何でもどこかにファッションリーダー的な存在がいるらしく、その者がこういう服を作っているという噂を聞いたことがある。


「ヒイロのそういう格好も……良いと思うわ」

「そうか? オレは何でもいいんだが」

「ふふ、若い男の子なんだから、少しは見た目も気にすればいいのに」

「歳は関係ないだろ? それにオレはファッションに興味はないからな」

「まあ、ヒイロらしいわね」


 先程から少し緊張している様子だった彼女だが、こうして話していると、その緊張が徐々に和らいでいっているのを感じる。


「とにかく今日はオレの奢りだ。行きたいところはあるか?」

「う~ん、そうねぇ。まだお昼には早いし、少し服でも見たいわ」

「なら行くぞ」

「うん!」


 まずは服屋に向かって二人は歩き出した。



     ※



 街の中に消えていく日色とイヴェアムを遠くからこっそりと観察している者たちがいた。


「やっぱりテンくんも、気になるってわけねぇ~」


 まず一人はイヴェアムのコーディネイトをしたシュブラーズである。そんな彼女の肩に乗っているのは、これまた日色をコーディネイトしたテンである。


「へっへ~ん、こ~んなおんもしれえイベントを黙って見過ごすわけにはいかねえ! それ・に、俺はヒイロの相棒さ。アイツのことは何でも知っておかなきゃなんねえんだよ」

「とか何とか言っちゃって、本当はただの興味本位でしょ?」

「そうとも言う!」

「あ、でももう少し近づいた方がよくないかしらぁ? ちょっと遠いわぁ」


 彼女の言う通り、日色たちからはかなりの距離がある。


「いいや、今のアイツの気配感知を甘くみたらダメさ。これ以上近づけば――ボンッだぜ」

「爆発させられるのっ!?」

「まあ、それは冗談として、気づかれちまうのは確かだろうな」

「どんだけなのよヒイロくんは……」

「何つっても今のアイツは世界最強だぜ? 魔神殺しは伊達じゃねえってことさ」

「油断できないわねぇ~」

「そういうこと。俺らは気づかれずに後をつけていって、奴らの動向をちくいち脳内に焼き付けていく」

「ええ、これは面白いミッションになるわねぇ~」

「ウキキ~! そしてデートをしたことをミュアたちにも教えてやればもっと面白いことになるよなぁ」


 本当に楽しそうに笑うテンに対し、シュブラーズは若干頬を引き攣らせる。


「でもそんなことをすれば修羅場になるわよぉ」

「いいんだよ。アイツは枯れ切った鈍感眼鏡だぜ? 修羅場くらいで、ようやく半人前の恋愛観を得られるだろうよ」

「それでも半人前なのぉ!?」

「ちっちっち。シュブラーズちゃん、アイツを舐めちゃいけねえさ。アイツが敏感で、もう少し恋愛に興味を持ってりゃ、とうの昔に誰かとくっついとる」

「ああ……それは何となく理解できるわねぇ……」

「とにかく、俺らは一部始終を見届け、後々にヒイロをからかえる材料を手に入れるんだ!」

「え、ええと……私は本気で陛下が楽しめればいいと思うんだけどぉ~」

「もちろん、魔王ちゃんは楽しめばいいさ。俺はヒイロのデレがあるかどうかをこの目で確かめてやる。そして終わったら、俺は今日のことを(さかな)に酒でも飲むんだぁ」

「……いい性格してるわねぇ。何か死亡フラグっぽいけど」

「でも、今日はきっと酒が美味えさ」

「まあ、それは否定しないけどぉ」

「よっしゃ、そうと決まれば追いかけるぜシュブラーズちゃん!」

「了解よぉ」


 どこぞの探偵スタイルをした二人組は、日色たちの後を追いかけていった。



     ※



「ね、ねえヒイロ、これ私に似合うかな?」


 服を売っている店に入ると、目まぐるしく視線をキョロキョロしだしたイヴェアムが、かけられている服を取り身体に当てて日色に見せてくる。


 その隣には店員が全員緊張した面持ちでこちらを見つめている。まあ、魔王と『魔人族』の英雄が二人で店に入ってきたら戸惑うのも理解できる。


「気になるなら試着でもしたらどうだ?」

「う~ん、そうね! それじゃちょっと待ってて!」


 彼女が楽しそうに何着かの服を持って試着室へと入っていった。


(え? 一着だけじゃないのか?)


 これはかなりの時間がかかりそうだと思い辟易する。自分が言ったのは、今彼女が見せていた服だけだと思ったから。まさか次々と服を持っていくとは思わなかった。


(……まあ、今日は我慢するか)


 本当は女性の買い物が長いということは分かっている。児童養護施設にいる時、今の施設長と女の子とともに買い物に出掛けたことがあるが、その時も信じられないくらい時間を費やしていた。


(服なんてパッと見てサッと買えばいいと思うんだがな……)


 だが彼女たちは、何件もの店を回り試着だけをする。


(よくもまあ、買わないのにあれだけの試着が平然とできるもんだ。オレにはとてもじゃないが考えられん)


 というか、そもそもそんなに長く店にいたり試着していたら店員にロックオンされて話しかけられる。正直、日色は店員と話したくない。用があるならこちらから話しかけるので、そのまま黙っていてほしい。


 だが奴らは往々にして近寄ってくる。そして日色は逃げるように店を去る。結局はこの繰り返し。別にゆっくりと服を見たいわけではない。店員と接触したくないだけだ。


(まあ、施設長たちは嬉々として店員と話しこんでいたが……)


 それでさらに時間を食う。あの時はたった数着程度の服を買うのに、六件の店を回り費やした時間が五時間なのだから心底呆れたものだ。


「あ、あの……」

「ん?」


 背後から声をかけられたので振り返ると、緊張のまま強張った表情をしている店員が話しかけてきた。まったく面倒である。


「何だ?」

「ヒ、ヒイロ様はご試着なされませんか?」

「いや、今日はアイツの付き添いだからな」

「そ、それってもしかしてデートですか!?」


 急に目を輝かせる女店員。


「はあ? デート? そんなもんじゃないぞ」

「で、ですがこうして二人っきりでお買い物というのは、そういうことなのではないでしょうか?」

「……とにかく、そういうことじゃない」


 憮然とした態度を貫く。やっぱり店員と話すのは苦手だ。

 だが店員は他の店員のところにいくと、ひそひそと話しだした。何を話しているのやら……。

 そうこうしているうちに試着室のカーテンが開く。


「ど、どうかしら、ヒイロ?」


 少し派手な色合いのセーターとパンツの組み合わせ。


「別に変じゃないが…………どっちかというと、落ち着いた色の方が合ってるんじゃないか?」

「う、うん。私もそう思ったんだけど、えへへ。ちょっと試しちゃった」


 ペロリと舌を出すとまたカーテンを閉める。これがあと何回続くのか……。


「なあ、店の外に出ててもいいか?」


 するとカーテンが勢いよく開けられる。


「ダ、ダメッ! ちゃんとそこにいて!」

「何でだ? お前が気に入ったものを買えばいいだろ? それまでオレは待ってるぞ?」

「違うのっ! 私はその……ね、ヒイロに選んでもらいたい……から」


 ウルウルとした瞳で見つめてくる。捨てられた子犬かと突っ込みを入れたくなる。


「……はぁ、分かった。今日は全面的にお前の言うことを聞いてやる。だがなるべく早くしてくれよ」

「う、うん!」


 花が咲いたように笑顔になるイヴェアムは、鼻歌混じりにカーテンを閉めて試着を再開した。


(そんなに他人の意見を取り入れても仕方ないと思うんだがな)


 そもそも服というものは自分が気に入ったものであるべきだと思う。いくら他人が良いといっても、それが自分にマッチしたものかは分からない。彼女は自分に評価してほしいらしいが……。


(オレにファッションセンスなど皆無だと思うぞ……)


 今まで気にしたことなどないのだ。まあ、その人物に合ってるか合ってないかぐらいは何となく分かるが。でもそれは普通の感性だと思う。


 またカーテンが開けられ、嬉しそうな顔でイヴェアムが服が似合うか尋ねてくる。嘆息しながらも素直に日色は答えていくといった行為が何度も続いた。



     ※



「あのバカヒイロ! 魔王ちゃんをもっと褒めてやれよな!」

「ん~でもヒイロくんにそこまで期待するのもどうかしらぁ~」


 日色とイヴェアムの後をつけてきたテンとシュブラーズ。彼らに見つからないようにこっそりと店の中を確認していた。


「店から出ないだけまだマシだわよぉ」

「けどよ、せっかく魔王ちゃんがいろんな姿を見せてくれてるんだぜ? あんな美少女の試着大会なんて滅多に拝めるもんじゃねえ。普通はデレッデレになっても良いんじゃねえか?」

「……ヒイロくんが?」

「……………………無いな」

「無いわねぇ」


 二人して納得した。


「あ、でも見てぇ。陛下ってば、すっごく楽しいそうじゃない?」


 試着室から見せるイヴェアムの表情は嬉しそうに砕けた顔を見せている。普段魔王として立っている時は見せない顔だ。


「陛下も女の子だもの。好きな人と一緒にショッピングができるだけでも嬉しいはずよぉ。それに何だかんだいってもヒイロくん、しっかり意見を言ってあげてるしねぇ」

「まあ、及第点くれえはやれるか……」

「フフフ、厳しいわねぇテンくんは」

「あったりめえさ! こう見えてもヒイロの幸せを願ってる俺だぜ?」

「そうなの?」

「アイツってさ、小さい頃に両親を事故で亡くしちまってんだわ」

「……!」

「それから孤児院みてえなトコに預けられて育ってきたって聞いた」

「そうだったのね……」

「俺にゃ、アイツの寂しさとかホントに理解することはできねえけど、アイツには幸せな家庭を持ってもらいてえんだ」

「テンくん……」

「ウキキ! 俺って曲がりなりにもアイツの相棒だからよ! アイツはもうこの世界で生きるって決めた。俺はアイツのお蔭で、こうやって気のいい奴らと知り合うこともできたし、人生をすっごく楽しんでる。アイツがいるから、俺はここにいれるんだ」

「そうね。精霊は【フェアリーガーデン】と魂で繋がってる。だから長時間離れることはできない。誰かと契約しない限りは……ね」

「そう。だからアイツとの出会いは奇跡みてえなもんだ。精霊と契約できる存在ってのは稀少中の稀少。特に俺みてえな自然に生まれた存在ってのは、獣人の中に生まれた存在じゃねえから、人と契約しなきゃ長時間外に出られねえ。けど契約者なんてそうそう見つかるわけもねえんだ」

「つまりヒイロくんとの出会いを感謝してるわけねぇ」

「おうよ。アイツには口が裂けても言えねえがな」

「あら、別に言ってもいいじゃないのぉ。ヒイロくん、喜ぶかも」

「……いや、アイツのことだから『あ、そう』で終わるような気がする……何つうか、すっごいドライだしアイツ……」

「フフフ、そうかもしれないわねぇ。でも、あなたの気持ちは伝わるわよきっと」

「そうか?」

「ええ、だって、ヒイロくんは確かに鈍感で冷たくて、感情が乏しいかもしれないけれど、人の痛みを理解できる子だもの」


 彼女の言う通り、テンも分かっている。日色は他人に対して横柄な態度で接するが、それはあくまでも見知らぬ者たちに対してのみ。親しい相手にはしっかりした感情を乗せて言葉を返したり態度を示したりする。


 まあ、横柄なのは変わりはしないが、ただ横柄だけでなく温かみを感じさせるのでイヴェアムやミュアたちも彼に惹かれているのかもしれない。


「でも、こんな話を聞いたら、益々陛下とヒイロくんをくっつけたくなっちゃったわねぇ~」

「おお~やっぱりシュブラーズちゃんは魔王ちゃんを押すわけだな」

「あれ? テンくんは違うの?」

「俺は、ヒイロが幸せになれる相手なら誰でもいいさ。アイツのポッカリ開いた胸の穴を埋めてくれる相手がいるならそれで……」


 一度失った家族を取り戻してくれる相手なら誰でも……。


「まあ、魔王ちゃんもヒイロ争奪戦ではなかなか有力候補ではあるよな」

「他には誰がいるかしらぁ?」

「ん~と、ミュアは筆頭候補だろ?」

「そうねぇ、何せヒイロくんの初めてを奪った相手だものぉ」

「それにミミルも、ずいぶんアタックしてるみてえだし。あ、それにクロウチもだな」

「獣人は積極的よねぇ」

「あとは第一王女のククリアだけど……あんまり接点がねえんだけど、脈は有り……かな?」

「あらあら、ヒイロくんってば王女をコンプリート?」


 愉快気にシュブラーズが頬を緩める。


「それにウイだってそうだろ」

「ウイちゃんのことね。確か獣人と人間のハーフよねぇ」

「ああ。獣人関係じゃそんくらいか」

「そんくらいって……獣人ですでに五人いるけど……」


 呆れるほどのモテ具合である。


「人間に関しちゃ微妙だな。あまり接触してねえみてえだし」

「う~ん……その割りには、しのぶと朱里はちょくちょくヒイロくんとお話してるみたいよぉ。もしかしたら二人はヒイロくんに気があるのかもぉ~」

「そうなんか? アイツ……いつの間に……」

「それにランコニスちゃんは、多分ヒイロくんのことカッコ良いって思ってるわよぉ」

「あの野郎め……自分の専属作家にしたと思ったら、まさか手を出すつもりで…………無いな」

「無いわねぇ」


 完全に彼女が作る本が目的だろう。それ以上の感情は無いと思う。


「あとはニッキだけど……アイツは恋愛って感じより親愛って感じだしなぁ」

「そうね。ミカヅキちゃんもそうかしらね」

「次に魔人関係で魔王ちゃん筆頭候補?」

「あら、リリィンちゃんがいるわよぉ」

「おお、そうだったな。あのおっかねえロリッコがいやがった。シャモエは……うんまあ……微妙だからカウント無しかな?」

「あとはイオニスかしら?」

「あれ? シュブラーズちゃんは?」

「ウフフ~、知りたい?」

「……どうなのさ?」

「ひ・み・つ」

「だと思ったさ」


 テンは肩を竦める。彼女が簡単に口を割るとは思っていない。


「んじゃえっと、整理してみっか」

「少しでもヒイロくんに恋愛関係のみ気がありそうな人物ね」


 人間関係……ランコニス・朱里・しのぶ

 獣人関係……ミュア・ミミル・ウィンカァ・クロウチ・ククリア

 魔人関係……イヴェアム・リリィン・イオニス・シャモエ


「十二人ってどんだけだよ……」

「あら、まさにハーレムねぇ。これは陛下苦労するわぁ」


 こうして改めて考えてみると、まさに驚愕の数が日色のことを慕っていることが分かる。しかも全員が美少女クラスなのだから開いた口が塞がらない。


「ただこの中で幼女が半分を占めてるのは笑えるな」

「これからももっと増えるかもしれないわねぇ」

「だな。ヒメだって最近怪しいし、ニッキやミカヅキが成長したらまた変わってくるかもしれねえしな」

「できればヒイロくんには陛下をもらって欲しいけどぉ~、他の子たちが悲しむのもちょっとねぇ」

「というか、アイツが誰かを好きになることってあるのか一番の謎だ。まあ、ああいう奴だから、もし誰かを好きになったら全力で守り抜くんだろうけどさ」


 それに関して言えば、やはりミュアが一番の筆頭候補になるのかもしれない。彼に意識させたのは彼女が初めてだろうから。


「まだまだこれからってわけねぇ。楽しみだわぁ」

「だな。アイツが誰とくっつくのか、それを見るまでは死ねねえや。あっ、店から出てきたぜ!」


 日色たちが服屋から出てくる。彼の手にはイヴェアムに買ってあげたのだろう買い物袋が握られてあった。


「よっしゃ、追いかけるさシュブラーズちゃん!」

「りょ~かぁい」


 二人のスパイ活動はまだまだ続く。



     ※



 イヴェアムを連れて街を歩き回り……いや、ほとんど彼女がリードしていたが、昼食も楽しんだあとは、図書館に行ったり街を再びぶらついたりいろんな店に入ったりと、あっという間に時間が過ぎて行った。


 この【魔国・ハーオス】は、言ってみれば幾つもの国が合わさったかのような広さを持つので、すべてを満遍なく堪能しようとしたら、一日では収まりきれなかったりする。

 何だかんだいって気がつけばもうすぐ夕方になろうかという時間帯に入ろうとしていた。


 人気の少ない通路に入って歩いていると、前から三人組の男がやって来る。横並びになって通路の真ん中を歩いているので邪魔で仕方がない。

 日色とイヴェアムは縦になって右側に寄って過ぎ去ろうとしたその時、


「ああ? おいおいちょっと待てよぉ」


 突然その三人組の一人から声が届く。反射的に日色たちは足を止め振り向く。


「んん~? やっぱあの時の女じゃねえか! おい女!」

「え、わ、私?」


 イヴェアムは自分を指差す。


「そうだよ! あの時、店ん中にいた女だろうが!」


 ……店?


 日色は何のことを彼らが言っているのか分からない。イヴェアムを指定しているということは、彼女だけに理由があることなのかもしれない。

 すると男の視線が日色に向くと、遠くを見るような目つきをする。


「んん~? いや、あの時の野郎とは違うっぽい?」


 あの時? 野郎?


 日色はイヴェアムと顔を合わせ同時に首を傾げるが、再度イヴェアムが男たちを見るとハッと思い出したかのように目を見開く。


「あっ、あなたたち、私とヒイロが初めて会った店にいた人たちね!」


 彼女のその言葉で記憶が鮮明に甦ってくる。


(ああ……あの時の連中か)


 初めて【魔国・ハーオス】に来た時、腹が減っていたので少し薄暗い店で食事を一人でしていたのだ。その時に、同じ店にいたのがイヴェアムである。


 そのイヴェアムにこの三人組が絡んでいるところを、日色が鬱陶しさを覚えて口を出した。そして表に出てバトルことになったのだが……一瞬で彼らを倒したというわけだ。

 彼らが日色を見て気づかないのは、その時は『化』の文字を使用し『インプ族』の姿になっていたからだろう。


「おい女ァ! あん時のガキはどこだ! あれから奴をずっと探してもいねえしよぉ」

「あ、あなたたち、まだ反省していなかったの? 戦争まであったというのに、そんな無駄なことに労力を費やすのなら、復興に協力しなさい!」

「ああ? なに偉そうに言ってんだコラァ? 俺たちはこの国出身じゃねえんだよ!」


 それでもイヴェアムが魔王だということを知らないとは無知過ぎるだろう。どこの田舎出身なのか……。


「あ、あなたたちね、私が誰か知らないの?」

「知るかっ! つうかお前にもあん時の礼をたっぷりとしてやるぜ!」


 ガシッとイヴェアムの腕を取る男。他の男たちもニヤニヤとしている。まったくもって気分が悪くなり笑みを浮かべる連中だ。


「ぐはっ!?」


 イヴェアムの手を掴んだ男が腹を押さえて蹲る。


「お前ら、また空を飛びたいってのか?」


 日色が彼の腹に蹴りを与えたのだ。かな~り手加減して。

 他の二人が前に出てきて睨みつけてくる。


「な、何しやがるテメエッ!」

「ぶっ潰されてえかっ!」

「ふぅ……まだ気づかないのか?」


 日色は『化』の文字を使いインプの姿へと早変わりする。当然三人組は口をあんぐり開けて呆けてしまっている。


「相変わらず鬱陶しいことしてるみたいだが…………バカだなお前ら」

「ち、ちきしょうっ! おいテメエら、ぶっ潰しちまえっ!」


 三人組が物凄い形相で向かってくる。……仕方がない。荷物袋を地面にそっと置く。


『四人』と『転移』


 両手の指で文字を書いて発動。瞬時にしてその場から日色と三人組は遥か上空へと姿を消す。


「のわァァァァァァァッ!?」

「こ、これはァァァァァッ!?」

「嘘だろォォォォォォォッ!?」


 三者三様に空中でジタバタしている。


「よぉ」


 日色も同時に飛んできたので、すぐ傍にいる。


「あっ、テ、テメエッ!?」

「お前らは懲りてないようだから、かなり痛い目にあってもらうぞ」

「ちょ、ちょっと待て……こ、この高さはシャレに――っ!?」


 前回よりも増してかなりの高さに四人はいる。


「安心しろ。海に落としてやる。まあ、死ぬかもしれないが『魔人族』の身体能力なら何とかなるだろ」

「なるわけねえだろぉぉぉぉぉっ!?」

「ひえぇぇぇぇぇっ! 死にたくねえよぉぉぉぉぉっ!?」

「だ、だだだだだ誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇっ!?」


 情けなく涙を流し悲鳴を上げる三人。


「運が良ければ助かるだろ。これに懲りたらもうバカなことはしない方が良いぞ。次に同じようなことをやってたら、問答無用で潰すからな」


 三人をギロリと睨むと恐怖でガチガチに固まり始める彼ら。


「それじゃ、空の旅を楽しんでくれ」

「「「イヤァァァァァァァァァァアアアアアアアアッ!?」」」


 日色はそのまま転移してイヴェアムのもとへ戻った。


「あ、ヒイロ。彼らは?」

「今頃海の藻屑かな?」

「……ちょっとやり過ぎじゃない?」

「同じバカを繰り返した罰だ。それに一応死なないように奴らには『防』の文字をつけておいた」


 まあ、イチャモンをつけてきた奴らを殺すほど短気ではないから。


「それでも海から安全に脱出できるかは、アイツら次第だがな」


 それは日頃の行いが運命を決めてくれるだろう。


「そ、そうね」

「もうすぐ日も沈む。今日はもう帰るか?」


 すると彼女が服を掴んで日色の足を止めた。振り向くと、何かを決めたような目つきをしている。


「あ、あのね。一つ最後に行きたいところがあるの。いい……かな?」

「ん? 別に構わんが」

「うん、ならついてきて」


 彼女はそう言うと背中から翼を生やして空へ昇っていく。日色も『飛翔』の文字を書いて彼女の後を追っていった。


 辿り着いた場所は、海を一望できる小高い丘の上だった。一面綺麗な花畑で埋まり、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 その丘に一つの大きい岩があり、そこにイヴェアムが降り立ったので、日色も隣に立つ。


「ここはね、私のお気に入りの場所なの」

「ほう、確かに良い景色だな」


 水平線に沈み込んでいく太陽が、海を茜色に染めてとても美しい光景を作っていた。


「綺麗……」


 そう呟く彼女の横顔を見つめる。夕日に照らされている彼女の瞳がうっとりとしてキラキラと輝いている。思わずその顔に見入ってしまった。


「……? な、何?」


 見られていたことに気づいて彼女が恥ずかしそうに尋ねてくる。


「……いや、やっぱりお前は女なんだなって思ってな」

「ええ? ど、どういうこと?」

「さあな」

「もう! 教えてよヒイロ!」

「断る」


 女の子としての顔に見惚れてしまっていたなどとは口が裂けても言わない。

 イヴェアムは、日色が断固として口を噤む姿に呆れて肩を落とす。


「……いつもね、何かに悩んだりするとここへ来るの。こうやって空と海を眺めていると、自分がどれだけちっぽけなことに悩んでいるか理解させられるわ」


 空と海の大きさと悩みを比べるとそうなるだろう。


「何故オレをここに連れてきたんだ?」

「ヒイロには、知ってほしかったの。私が……見ている景色を……私が考えていることを」

「知ってほしかった? 何故だ?」

「だ、だって……私は……ね」


 ゴクリと彼女が喉を鳴らす。急に得体の知れない緊張感に包まれて、日色も微かに心臓が早鐘を鳴らした。イヴェアムが突然真剣な眼差しで見つめてきたせいもある。


「私は――――――」

「……は?」

「……私は――――――ヒイロが好き」






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