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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~

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221:二人の新魔軍隊長

 “魔軍隊長決定戦”は日色がムースンのもとで新作菓子を試食している間に進んでいており、Dブロックの第一回戦まで滞りなく終了していた。


 最後のDブロックの結末に関しては誰もが予想だにしていない結果に収まったようだが、ニッキよりも年下に見える少年が勝ち進んだことは、日色にとっても目を見張るものだと思った。


 イオニスは、自分の部下であるブラインのもとへ駆けつけ介抱している。テッケイルの言う通り、彼の実力ならあるいは隊長格へ上がれたのではないかと日色も思う。


 しかし現実は少年に手も足も出せずに破れてしまった。ブラインは期待に応えられずに申し訳なさそうな感じである。


「しかし驚いたッスね……。何者なんスかね、あの少年」

「さあな、強いってことだけは確かだな」

「あっ、師匠! どこ行ってたのですかな?」


 ニッキが日色の姿を見つけて駆け寄ってくる。ランコニスも同様にだ。


「ねえ姉ちゃん、アイツってばすごくね?」


 レンタンがランコニスに向かって興奮した様子で話しかける。同じ子供が試合に勝ち上がったことが嬉しいのかもしれない。


「そうね。みんな驚いてるわ」

「だろうなぁ~。俺もあんくらい強かったらなぁ。俺とおんなじくらいの背格好なのによぉ」

「師匠! あの者とボクとではどちらが強いですかな?」


 ニッキが真剣な顔つきをして尋ねてくる。やはり興味があるようだ。


「今は何とも言えんな。オレは最初から試合を観察していたわけじゃない。ただ……」

「ただ何ですかな!」

「素早さではお前よりも速いだろうな」

「うぅ……そうですかぁ……」

「そう気を落とすな。あくまでも今の状態ではってことだ」

「え?」

「お前が《太赤纏》を使えるようになれば話も違ってくる」

「お、おお! そ、そうですぞ! ボクにはまだ切り札があったのですぞ!」

「それに、私だっているしね」


 ヒョコッとニッキの頭の上に出てきたのはヒメだ。

 確かに精霊と契約しているということは強いアドバンテージになる。


「この後はどんな進め方をするんだ?」

「そうッスね。少し休憩を挟んだ後、四人がくじ引きを引くッス。そこで対戦相手が決まるんスよ」

「なるほどな。残った奴らの顔ぶれは?」


 日色が知っているのはAブロックとDブロックの勝利者だけ。


「えっとッスね。Bブロックは、元ハーブリード隊のアルケンさんという人ッスね。そんでCブロックはラッシュバル隊のジルケイドさんッスね」


 残念ながらどちらも知らなかった。だがここまで勝ち残ったということはそれなりに実力があるのだろう。

 その時、ふと視線を感じる。


(ん? ……アイツは)


 目が合ったのは、先程Dブロックで勝ち上がった少年だった。射抜くような目つき。そこには敵意や殺意といったものは感じられない。ただ純粋な好奇心が伝わってくる。時間にして数秒ほどだったが、少年は目を逸らすと背中を向けた。


「……なあ、Dブロックの勝利者の名前は何ていうんだ?」

「確か、レッカ・クリムゾン……ッスね」


 レッカ・クリムゾン……聞き覚えはない。しかしレッカは確実に日色を意識していた。


(何者だ、あのガキ……)


 内に秘める強い力を持ち、日色に意識を向けてくる十歳ほどの少年。着用しているのは、何色にも染まっていない白い道着。あどけなさを感じさせる顔立ちに、真っ赤に燃える髪を短く逆立てている。見た目は本当に普通の空手少年みたいな雰囲気。


「さってと、各ブロックの勝利者はクジを引きに来てくれ!」


 実況のテンの声が響く。四人の勝利者たちが彼に近づき、箱に入っているクジをそれぞれ引く。


「よっしゃ! そんじゃ発表するぜ! 泣いても笑っても、これが最後の対戦相手だ! 心の準備はいいか! 行くぜ!」


 さっさと言えバカとつい突っ込みたいが、腕を組みながら黙って日色は耳を傾ける。


「まず最初はジュリン・カフスVSジルケイド・デッカ―だっ!」


 ということは必然的にレッカの相手は、元ハーブリード隊に所属していたらしいアルケンという男。互いに睨み合い火花を散らしている。全員、いい気迫だ。


 舞台に上がるジュリンとジルケイド。ジュリンの実力は全部ではないが、ある程度見ていたので知っている。果たしてジルケイドとどんな勝負をするのか……。


 互いに武器は持っていない。徒手空拳を得意としているのかもしれない。と、思ったが、ジルケイドの身に着けている小手が変化しトンファーのようになっていく。

 ジュリンの眉が警戒するようにピクリと上がった。


「さあっ、両者準備はいいか! 泣いても笑ってもここで勝った者が隊長の座を手にできるんだ! 悔いを残さず戦ってくれっ! んじゃ~、ファイッ!」


 闘いのゴングが打ち鳴らされた。同時に弾かれたようにジルケイドが距離を詰める。


(……速いな)


 日色も彼の速さに驚嘆を覚える。トンファー使いということは超接近戦を得意としているはず。つまり完全な肉体派のジルケイド。対してジュリンは   


 カッと目を見開き、Aブロックで闘った時に見せた覇気をジルケイドにぶつける。しかしさすがはジルケイドなのか、向かってきた覇気を気合で一喝して弾き飛ばす。


 ジュリンの目が細くなり警戒度がさらに増しているようだ。ジルケイドのトンファーが下から彼女の顎へと目掛けて放たれる。彼女は軽く上体を反らしてかわすが、ジルケイドの追撃は止まらない。

 身体を独楽のごとく回転させて目にも止まらない連撃を繰り出していく。


「これッス。ジルケイドさんの《竜巻連突》!」


 テッケイルの言うように、確かに竜巻のようにグルグルと身体を回転させ相手に反撃の隙を与えない連撃が放たれている。

 一撃でも受けると相当のダメージを受けるだろう。下手をすればそのまま場外まで吹き飛ばされる。


 しかし次の瞬間、キィンッ、キィンッと小気味の良い音が響いたと思ったら、ジルケイドの回転が止まっている。


「むっ!?」


 ジルケイドもあっさりと回転を止められて驚いているようだ。見れば、ジュリンの両手にはいつの間にかジルケイドと同じような武器が握られてあった。


「フッ、奇遇だね。アタイもトンファー使いなのさっ!」


 ジュリンが微かに口角を上げてそう言うと、今度は彼女が身体を小さくして回転していく。少しダボッとしている袖をしているので、恐らくそこにトンファーを隠し持っていたのだろう。

 さすがに武器無しで勝てる相手ではないことに気づいたといったところか……。


「受けてみな! アタイの魔法と武術の複合技! ――《イカヅチの渦》っ!」


 突如として彼女の身体から凄まじい放電が迸り、まるで雷が渦を巻いているかのように姿を変えてジルケイドを襲う。


「くっ! 何のっ! ――《アースコート》ッ!」


 今度はジルケイド。彼の足元から亀裂が走り、そこから土が彼の身体を覆っていく。それはまるで土の鎧を纏っているかのよう。そのまま彼は防御に徹する。

 ジュリンの攻撃はその防御を貫くことができずに弾かれる。ジュリンは軽く舌打ちをすると、さっと後方へ跳び一旦距離を開ける。


「やるじゃないか。さすが魔軍の兵士だね」

「フフフ、お主もやりよる。今の攻撃は驚いたぞ」

「まだまださ。こっからもっと驚かせてやるよ!」

「ほう、それは面白い! なら俺も全力を以てお主を倒そうっ!」


 二人はそれぞれ言葉をかわし、さらに力を高めていく。


「はは、お二人とも楽しそうッスね」

「ああ、ただの戦闘狂だなあれは」

「そうッスか? 何か羨ましいッスよ?」

「暑苦しくないか?」

「いえいえ、アヴォロスさんと戦ってた時のヒイロくんも、どことなくあんな感じでしたッスけど?」

「…………」


 失礼なことを言う。まるで自分が戦闘狂みたいじゃないか。

 テッケイルを軽く睨むと、彼は苦笑を浮かべて肩を竦める。


「あっ、動くですぞ!」


 ニッキの声に日色もジュリンたちに視線を向ける。

 




 土魔法を得意とするジルケイドと、雷魔法を得意とするジュリン。相性的には土魔法のジルケイドの方が優位だろう。力はジルケイド、素早さはジュリン。なかなかに拮抗した二人である。


「悪いけど、アタイはこの勝負に勝って魔軍の隊長になるんだっ! 憧れてる人に追いつくためにもなっ!」

「俺だって期待を背負っている身だ! おめおめと負けるわけにはいかぬっ!」


 両者が同時に身体を回転させて互いにトンファーをぶつけ合う。ぶつかり合う彼女たちから土の塊と放電が迸り、周囲に被害を広げる。観戦者たちも慌てて舞台から距離をとる。イヴェアムたちも思った以上にレベルの高い闘いに目を見張って感心している。


「凄い勝負ッスね。互いに一歩も譲らずまだ無傷ッスよ」


 テッケイルの言う通り、トンファー同士がぶつかり合っているだけなので、いまだにジュリンたちには傷が生まれていない。攻防ともにそっくりだ。


「なら後は体力だが、それほど違いがあるように思えない。だとすれば……」


 ピキキッとトンファーにヒビが走る。


「何ぃっ!?」


 ヒビが入ったトンファーを持っていたのはジルケイドの方。


「アタイの《鬼角(きかく)》は、最強無敵なんだよぉぉぉっ!」

「ぬおぉぉぉぉぉっ!?」


 バキィィィィッとジルケイドのトンファーが粉砕した。烈火のごとし連撃に、先に耐久力を失ったのはジルケイドの方だった。それどころか、ジュリンのトンファーは、生き生きとしているかのように輝き出す。


(雷をトンファーに流してやがる)


 日色の目に映るのは、彼女が自分の武器に雷魔法を流している姿。そのお蔭か、攻撃力が莫大に上がっている。


「まだだぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 しかしジルケイドもまだ諦めていない。両腕に土を纏い巨人の腕を体現しているかのようだ。そのまま剛腕をハンマーのようにジュリンへと振り下ろす。

 舞台が破砕するほどの威力。しかしその下にいたはずのジュリンは、電光石火のような動きを見せて、彼の背後へ回っている。


「そこかぁぁぁぁっ!」


 ジルケイドは彼女が回避したことに気づいている。すぐさまそのまま裏拳を放つ。舞台をいとも簡単に破壊するほどの力が込められている拳をまともに受ければ、ジュリンの細い身体は一溜まりもないだろう。


 ――だが、ジュリンはニヤッと口角を上げる。


「アンタ、強かったよ」

「っ!?」


 瞬間、ジュリンの身体がそこから消失。ジルケイドは愕然とする。気づけば、いつの間にか彼女がジルケイドの懐へと入り込んでいた。


(――速いっ!?)


 日色は自分が《太赤纏》を使った時と同じくらいの速さを彼女が見せたので驚きだった。そして気づく。彼女の足もとが帯電しているように見えた。恐らくその行為が素早さを激増させた原因だろう。

 ジュリンがトンファーを回しながらジルケイドの腹を打ち顎を落とさせる。


「ぐほぁっ!?」

「トドメだよっ! 《逆雷(さかずち)》ぃぃぃっ!」


 雷を込めたトンファーを力一杯突き上げ、彼の顎目掛けて撃ち抜いた。すると彼の身体を雷が包み込み、上空へと吹き飛んでいく。それはまるで地面から天へと向かって落雷したかのようだった。

 天へと舞い上がったジルケイドは黒焦げになりながら場外へと落下した。


 呆然とし、時が凍ったように周囲が鎮まり返る。


「……す……すっげぇぇぇぇぇっ!? 何という一撃だぁぁぁっ! まさに天を衝く雷のごとく凄まじい攻撃っ! この勝負! ジュリン・カフスのしょぉぉぉぉぉぉぉりぃぃぃぃぃいっ! これで二つあった隊長の椅子に先に座ったのは、彗星の如く現れたトンファー美少女だぁぁぁぁっ!」


 テンの言葉で凍っていた時間が一気に動き出す。耳を打つ歓声が轟く。力を尽くしたのか、ペタリと舞台の上に座り込むジュリン。彼女の奮闘を称えて拍手が送られる。


 この場には国民たちもいるので、ジルケイドを応援していた兵士たちは呆気に取られているが、国民たちは彼女に惜しみない称賛の声を届けている。


「ひや~、ジルケイドさん、負けちゃったッスよ……というか、すっごい一撃だったッスね」

「ああ、見事な試合だったな。一進一退の攻防。お前らもアイツの陰で存在が霞んだりしてな」


 ちょっとからかう感じでニッキとレンタンに向けて言ってみる。


「そ、そんなことはないですぞっ! な、なら今すぐにでもボクの方が強いことを証明しますぞヒメ殿! 行きますぞ!」

「お、俺だっていっぱい修業してんだ! そこまで言うならぁ!」

「「待ちなさいっ!」」


 人間化したヒメとランコニスに首根っこを掴まれ制止させられるニッキたち。


「うう~! 離してほしいですぞぉ!」

「そうだよ姉ちゃん! ここは弟を立てるとこだろぉ!」

「「お黙りなさいっ!」」


 またもや二人の一喝に、ニッキたちは気圧されて「「うっ……」」と大人しくなる。


「ハハハ、やっぱ元気がいいッスね。ニッキちゃんたちは」

「まあ、それだけが取り柄だからな」

「ちょっとヒイロ! 貴方のせいでもあるのではなくて?」

「さあな」

「貴方は……」


 ヒメの追及には誤魔化すように肩を竦めるだけ。


「それにしても、あの女の子、憧れてる人がいるとか何とか言ってなかったッスか?」


 確かにそのようなことを口走っているのは聞こえた。そのために隊長を目指しているのだと。


「そう言えばそうですね、私も聞こえました。一体どなたのことなのでしょうか?」


 ランコニスにも聞こえていたようだ。


「う~ん、ちょっと気になるッスね~。まあ、それはおいおい分かると思うッスけど、今はあの女の子の勝利を称えるッスね」


 テッケイルも拍手をジュリンに送っている。ジュリンはニカッと白い歯を見せて嬉しそうに笑いながら舞台を降りてくる。


(次はあのガキの出番か……)


 何か異質さを感じさせる少年。Dブロックの覇者にして、無傷で『魔人族』の猛者たちを打ち破り、イオニスの信頼する部下すらも手玉にとるほどの実力。

 それに、何故日色をジッと見つめていたのかも気になる。


(とりあえずは、次の試合を観させてもらうか)


 何となくだが、それで正体が掴めるかもと思っていた。


「さあっ、盛り上がった“魔軍隊長決定戦”も最後の闘いだっ! これでいよいよ決まるぜぇぇぇっ!」


 残りの二人――レッカ・クリムゾンと、アルケン・ブラッシュが舞台へと上がる。


 レッカが舞台に上がるとペコリと頭を下げる。

 しかも相手だけでなく、観戦者たちにも頭を下げていた。


(礼儀正しい奴だな)


 しかもこんな状況の中、精神力も鍛えられているようで、緊張している風には…… 


「あぶっ!?」


 ………………躓いて転んだ。


 慌てて立ち上がるレッカは、恥ずかしそうに顔を俯かせている。


(緊張…………してるのか?)


 やはり子供なのだろうかと訝しんでしまう。慌てる様や照れる様は演技には見えない。とても先程無双をした人物だとは到底思えない。


「よっしゃあ! そんじゃ、二人とも準備はいいか!」


 テンの声に、両者が頷いて答える。


「よし! んじゃ――――――ファイッ!」


 刹那、日色……だけではない。その場にいる誰もが息を呑む。

 それをさせているのは、間違いなく――――――レッカだ。


 試合が始まった瞬間に、レッカの身体から信じられないくらいの魔力が迸る。距離が離れているはずの日色のところからでもかなりの威圧感を感じるのだ。対峙しているアルケンはその数倍の圧力を覚えているだろう。


(あの小さな身体にどれだけの魔力が……)


 元ハーブリード隊のアルケンの表情が強張っている。それもそのはずだ。これだけの魔力量を持つ存在など、《魔王直属護衛隊》にしか存在しない。


 イヴェアムたちも目を見張りながら言葉を失っている。どうやらDブロックの時は、これほどの魔力を出していなかったようだ。レッカも、アルケンが油断ならない相手だと判断したから本気を出したということなのか……。


「……ヒイロくん」

「ああ、分かってる。あのガキ、ホントに何者なんだろうな」


 テッケイルも瞬きを失ってレッカに見入っている。


「そうッスね。けど、何かワクワクしてきたッスよ」

「とりあえず、奴の闘いを見せてもらうか」


 アルケンという奴には悪いが、日色の興味はすでにレッカにしか注がれていない。

 だが、もう一度、日色は驚かされることになる。このあと――たった数秒後に。









 一体何があったのか……。誰もが舞台を見つめて時を凍らせたかのように固まっていた。


(……マジか)


 日色も現在起こった事実に瞬きを忘れてしまっている。


 舞台の上に立っている一人の少年。つい数秒ほど前までは、もう一人の男が立っていたはず。アルケンという魔軍の兵士である。

 しかし彼は今、舞台の上で口から血を吐きながら、全身傷だらけで舞台の上で沈んでいた。


 まさに一瞬の出来事だった。


 アルケンと対峙していた少年――レッカがそれこそ舞台を覆い尽くさんばかりに分身した。誇張ではない。正真正銘、一人の人物が、瞬時にして何十人という形を作り、現況に困惑したアルケンに一斉に迫った。


 四方八方から息も吐かせぬ連続攻撃を浴びてアルケンは防御態勢も整えられずに静かに敗北してしまった。ここまで僅か五秒ほどといったところだろうか。

 あまりに圧倒的なレッカの実力に全員が言葉を失って佇んでいるのだ。実況をしていたテンでさえマイクを落として見入ってしまっているほどだ。


 皆を脅かせた当人であるレッカは、「ウスッ!」と言うと、舞台の周りにいる者たちに頭を下げて礼を尽くす。そして倒したアルケンにもだ。


(あのガキ……今の速度は尋常じゃなかった。それに……)


 恐らく見えた者は限られるだろうが、レッカの両手から小刀ほどの小さな武器を魔力で形作っていた。アルケンの全身の斬り傷はそのためだ。しかし攻撃する一瞬にしか見せていないので、ほとんどの者はその行為に気づいていないだろう。


 仲間の兵士たちがアルケンに駆けつけ容体を確認する。兵士たちは彼の身体を調べてホッと息を吐く。どうやら命に別状はないようだ。

 出血量は凄いが、彼が気絶したのは、最後の一撃で顎を打ち抜かれた一撃のせいだ。それも見えた者は少ないだろうが。


「ど、どうやらあっという間に勝負がついちまったようさ……えっと、と、とにかく! この勝負は、レッカ・クリムゾンの勝利だぜぇぇぇっ!」


 兵士たちはともかく、民たちが弾かれたように歓声を上げだした。


「す、すげえぞ坊主ぅぅっ!」

「そうだぜ! アルケン様を倒すとは大したもんだ!」

「可愛い! コッチ向いてぇぇぇ!」

「私ファンになっちゃうぅぅぅっ!」

「これから応援してやっから頑張りなよぉぉぉ! 新生の隊長さんっ!」


 口々にレッカへと届けられる言葉に、レッカは照れたような表情をしてペコペコと頭を下げて彼らに応えている。


「おほんっ! これで二つあった隊長枠が埋まったわけだが、ここでエキシビジョンマッチを行いたいと思うぜ!」


 突然奇妙なことを言い始めたテン。


「おい、聞いてたか?」

「いいえ、僕も知らなかったッスよ」


 テッケイルに日色が尋ねるが、彼も知らされていなかったようだ。


「エキシビジョンマッチは、隊長の座を手に入れた二人が、是非とも闘いたいと思う人物の名を挙げてもらい、その人物と試合をするっつうやつだ!」


 なるほど、それはまた面白そうな催しものである。


「ただし、これはあくまでもオマケだ! 二人がやらないと言うのであれば、これでこのイベントは終了するぜ!」


 するとそこに手を上げた人物がいた。先に隊長の座についたジュリンである。


「おっと、何か質問かジュリンちゃんよ?」

「アタイはそのイベント棄権させてもらってもいいかい?」

「それは構わねえぜ。けど一応理由を聞いてもいいか?」

「見ての通り、全力を尽くしちまって魔力もすっからかんなんだ。できれば万全の状態で闘いたいし、今闘っても満足のいく闘いにはならねえと思うしな」

「なるほど~、オッケィ! そういうことなら別にいいぜ!」


 どうやら見た目以上にジュリンは疲弊していたようだ。身体は無傷だが、魔力と体力は大幅に削られていたみたいである。


「んじゃ、レッカ少年も止めとくか?」

「…………本当に指名してもよろしいんですか?」

「おう、まあここにいる奴にしてもらいてえけど」

「……それじゃ……」


 日色は何かとても嫌な予感がした。


 その予感が――――――当たる。


 レッカがスッと腕を上げて指を差す。


 その相手は――――


「へ? …………ヒイロ?」


 テンの呆けたような言葉が周囲に響く。そして皆の目も日色へと注がれる。


「あの方と、自分は闘いたいです」


 レッカの真っ直ぐな瞳が日色を射抜いてくる。

 直後――。


「うおぉぉぉぉぉぉっ! すげえぞっ! 英雄様を名指しだぜ!」

「おいおい無茶言うなよ少年! けど面白そうだよなぁ!」

「見てぇ! ゼッテー見てぇーっ!」


 民たちが勝手なことを叫び始める。

 日色も何となくだが、自分を指名するのではないかと思っていた。先程、レッカが自分を注目していた時のことを考えて、もしかしたらと考えていたのだが、まさか本当に指名を受けるとは……。


「よっしゃあ! その意気やよしっ! ヒイロ! いっちょ胸を貸してやれぃ!」


 テンがノリノリだ。


「し、師匠……」

「ヒイロ兄……」


 ニッキとレンタンが円らな瞳で見上げてくる。「どうするの?」と聞いているかのよう。


(さて、どうしたものか……)


 まさか自分が試合に出るとは思っていなかった。だがレッカの圧倒的な実力のせいで、皆の中で不完全燃焼気味なのは確かかもしれない。それに日色もレッカのことが気になり始めている。


 何故自分を見つめていたのか、まだ子供なのにそれほどの力をどうやって身につけたのかも興味を惹かれた。何よりも、彼がアルケンを倒した時に使用した魔力の小刀も気になる。


 そして特に問題視していることが一つある。

 それは《ステータス》が確認できないこと。『覗』の文字を使っても、何故かレッカの《ステータス》を確認することができないのだ。


(まさかコイツも《不明の領域者》なのか……?)


 ふつふつと湧き上がる疑問。


(確かめてみるのもいいかもな)


 一番は自分が闘った方が情報を得やすい。


(もし『神人族』と繋がっている存在なら、ここで尻尾を掴んでおいた方がいい)


 日色はテンに向かってコクリと頷く。すると周りの者たちの熱気がさらにヒートアップする。『魔人族』の英雄にして世界を救った魔神殺しの戦いが見れるのだから興奮するのも無理はないだろう。


「うおぉぉぉっと! これは最高級のイベントになりそうだぜぇ! 鬼神のごとき強さで隊長の座を獲得した少年と、英雄ヒイロとの一戦! これは金が取れるぅぅぅぅっ!」


 何を盛り上がっているんだか……。テンのノリノリな雰囲気に呆れ感が湧き起こってくる。

 日色は舞台に上がると、自分を静かに見つめてくるレッカに視線を合わせる。相手は何やら緊張している面持ちでゴクリと喉を鳴らした。


(緊張……? もしかして闘いに慣れてるわけじゃないのか? そういやさっきも躓いて転んでたっけか?)


 外見は本当に、そこらにいるただの『魔人族』の少年。


(それなのに、見た目にそぐわない謎めいた強靭な力を持ってる……か)


 さらに《ステータス》も確認できない。あまりにもアンバランスな存在過ぎて怪訝さが増してくる。


「お、お、おおおおお願いしますでっすっ!」


 レッカがバッと頭を下げる。


「ああ」


 日色も一応会釈程度首を動かし応える。すると今まで構えを見せなかったレッカが、この大会初めての構えを見せる。表情は強張ったまま。


「……そう緊張するな」

「……え?」

「オレは胸を貸すつもりはない。お前が全力で来るなら、オレもそれ相応に応えてやる。だから緊張せずに向かって来い」


 相手の全力を見て見極めるためにも……。


「は、はいですっ!」


 ボォォォォウッと彼から凄まじいまでの魔力が迸る。やはりただの子供だとは思えない。


「よっしゃ! それじゃエキシビジョンマッチ! ヒイロVSレッカの試合! 始めるぜ! んじゃ――ファイッ!」


 刹那、レッカが一気に距離を潰し懐に現れた。その動きだけでも普通戸惑うほどの器を持っていることが窺える。突き出してくる右拳。

 しかし日色は彼と目線を合わせるとキッと睨みつけて威嚇する。すると彼はハッとなり、攻撃を中断してそのまま後方へと下がった。


「……っ」


 レッカの額から玉のような汗が流れる。


「さ、さすがです……! 懐に入った瞬間、倒されるイメージが浮かびました」

「ほう、大した奴だ」


 確かにあの瞬間、カウンターで《赤気》を纏った拳をくれてやるつもりだった。


「オレの意志を悟り瞬時に気持ちを切り替えることができる奴はそうはいない」


 弟子のニッキでも、あのまま突っ込んでカウンターを喰らっているはず。だがコイツは気づいたのだ。


(少なくともニッキ以上は確実か……。アイツ、悔しがるだろうな)


 横目でチラリと、歯噛みしているニッキを見る。彼女も今のやり取りで、レッカが自分よりも高みにいることに気づいたのかもしれない。


(恐らく、レベルは百越えしてるな……あの歳でホントに大した奴だ)


 しかも速度と魔力特化型。何となく自分と似ていると思わされる。


「次はこっちから行くぞ?」


 日色は宣言をしてから大地を蹴り出した。



 日色がレッカとの距離を一瞬で詰めたことで、レッカもまた予想外の速度だったのか、ギョッとなり目を見張りつつも、突き出した拳をさらりとかわしハイキックを放ってくる。


 小さい身体なので、ハイキックもミドルに近い形にはなるが、かなりの威力が込められていることは一目で分かる。十分な速度に乗って放たれる蹴りを、日色はザッと後方へ移動して紙一重で回避した。


 そのまま攻撃しようとしたが、レッカは空振りした攻撃の勢いを殺さず身体を回転させて後ろ回し蹴りを加えてきた。小回りの利くその小さい身体ならではの攻撃速度に、日色は後手に回るしかなかった。

 舌打ちを一つ。相手の攻撃を再度かわしたが、またもその回転力を利用して連撃が繰り出されてくる。


(仕方ない!)


 このまま避け続けても舞台の端に追い詰められると思い、レッカの攻撃を右腕を固めて防御することにした。攻撃は止まったものの、遠心力のついた蹴りの一撃はかなりの威力を備えていたようで     かなり痛い。


 だがこれでようやく回転する独楽が止まった。防御したあとにガシッと相手の足を掴む。


「このまま吹き飛ばしてやる」


 ギュッと握る手に力を込めて舞台の外まで放り投げようとしたが、次の瞬間、レッカの身体がブレたと思ったら、目の前にもう一人のレッカが出現する。


「っ!?」


 鋭い拳が日色の顔面を捉えようとした。思わず掴んでいた手を放してその場から脱出を図り攻撃を避ける。


 周りもざわついている。それもそのはずだ。いきなりレッカが二人になったのだから。先程もアルケンを倒した時に複数のレッカは現れた。ただそれは素早く動いて残像を見せている可能性だってあったのだ。


 しかしこれは違う。何故なら日色は確実にレッカの足を掴んでいたのだから、動けるわけがない。それなのにもう一人現れたということは……。


「……魔法だな、それは」

「……オスッ! やっぱりあなたは凄いです。本気で攻撃したのに、まだまともに当てられないなんて」

「本気とはいっても、まだ全力じゃないだろ?」

「……それも分かるんですか!?」


 レッカが目を見張り驚愕に顔色を染める。


「当然だ。お前はまだ――魔力を使ってない」


 アルケンを倒した時に見せた力を――。


「さっさと全力でこい。でないと次で――」


 日色は両手をパンと叩く。《太赤纏》を使用することにした。これで飛躍的に攻撃力、防御力が向上する。


「――あっさりと終わってしまうぞ?」


 日色から伝わるであろう熱気に表情を強張らせるレッカ。


「こ、これが《太赤纏》……! 凄い熱気とエネルギーです。さすがです。あの方が仰っていた通りだ」


 …………あの方?


 最後の方はほとんど聞こえなかったが、何となくそんな言葉を言ったように聞こえた。


「自分も全力でお相手しますですっ!」


 刹那、アルケンを倒した時のように次々と分裂していくレッカ。周囲から逃げ場をなくすように舞台を埋め尽くしていく。


「「「「――《吹雪の舞い》っ!」」」」」


 一斉に迫ってくるレッカたち。このまま無防備だと、アルケンの二の舞になるかもしれない。…………普通ならだ。


「舐めるなよ?」


 日色はジッとしたままではなく、逆に前方へと突っ込み向かってくるレッカたちを一人ずつ吹き飛ばしていく。小さな呻き声とともに舞台の外まで吹き飛び消えていくレッカ。


 だがまだまだレッカは存在する。倒したと思ったら、新たなレッカが生まれてきて攻撃を開始してくる。


(面白い、根競べってやつか!)


 魔法で分身体を作っているのだから有限なのは確実。限界は確実に存在する。本体を見つけて倒すことが一番の解決方法だが、《文字魔法》を使う余裕は残念ながらない。

 なら相手の魔力が底に落ちるまで相手をするだけ。


 周囲の者は日色とレッカの攻防に呆気に取られているようで口をポカンと開けながら見入っている。

凄まじい大津波のようなレッカの群集攻撃に対し、日色はただ一人で相手の攻撃をかわし一人ずつ舞台から弾き飛ばしていく。その速度を目で追えている者ははたしてどれだけいることか……。


「こ、これはこれはすげえことになってきたぜっ! まさかの《太赤纏》を使用したヒイロ! これで勝負が決したかと思ったが、レッカ少年も負けじと分身攻撃で反撃ィッ! これはまさに息も吐かせぬ攻防だぁぁっ! これほどの勝負になろうとは、一体誰が予測できただろうかぁぁぁっ! 俺も感動して手に汗握っちゃうぜィ!」


 テンの喧しい実況が、場を盛り上げていく。他の面々も食い入るように試合の行方を見守っている。ニッキやレンタンは必死に声を上げて日色の応援をし、国民たちはレッカの頑張りを後押ししているようだ。期待の新星を支える声に、レッカも応えようとしているのか、攻撃が徐々に勢いを増し鋭くなってくる。


(コイツッ、分身体に魔力を注ぎ込みやがった!?)


 そのせいで動きがさらに滑らかになり速度が増す。さらに、分身体の両手に魔力で形作った小刀が握られる。シュッと避け損ねて日色の頬に赤い筋が走る。


 軽く舌打ちをすると、攻撃を当てた相手の腕を掴んでジャイアントスイングばりに振り回し他のレッカを巻き込んで吹き飛ばした。


 また上空から三人のレッカが滑空してくる。日色は跳び上がりすかさず三人の身体に一撃ずつ放ち舞台から退場させる。だが下を見ると、レッカたちが円を描くように一か所に集まって中央に右手をかざしている。


「……? 何をするつもりだ?」


 中央に青白い魔力の塊が出現し、それが徐々に拡大化していく。それを上空にいる日色へ向けて放ってきた。


「……やるじゃないか。だがっ!」


 日色は左手を前に出し《赤気》を集束させていく。小さな赤い球体が顕現し、それを力一杯右手で眼下に向けて殴り飛ばした。


「――《太赤砲》っ!」


 日色の《太赤砲》はレッカの魔力を塊を弾き飛ばして舞台に突き刺さり爆発を起こした。そこにいたレッカたちは全員舞台から弾き飛ばされ消失。舞台の中央には巨大なクレーターが作り上げられた。


(手加減したんだが、やり過ぎたか?)


 まだ残っている舞台の上に日色は降り立つ。周りには誰もいないように見える。本体のレッカも舞台外まで吹き飛んだのかもしれない。


 これで勝負が決まったかと思いきや、中央から立ち昇る煙の中から一つの影が飛び出し日色へと迫ってきた。手には魔力で作ったであろう剣が握られてある。それは先程彼が使用していた小刀とは違うリーチのある剣。


 日色は反射的に《絶刀・ザンゲキ》を抜いていた。両者の武器がぶつかり合い火花が散る。歯を食いしばり押し返そうとしてくるレッカ。


「……大した奴だ、お前」

「……え?」

「お前なら、ニッキたちにいい刺激を与えられるだろうな」

「……?」

「だから、今日は一先ず終了だ」

「――っ!?」


 トンッ、とレッカの後ろ首に手刀が入る。


「そん……な……っ」


 剣は霧散して、ゆっくりと倒れ始めるレッカ。その目に映っているのは、背後にいたもう一人の日色。


 そう、日色は念のために『影分身』の文字を使って彼と同じように分身体を作っていたのだ。分身体にレッカの背後を取らせて首に手刀を落とさせ意識を奪わせた。

 日色は彼の身体を抱えると、チラリとテンの方を見る。


「お、おお~っ! 勝負がついたぜぇぇぇっ! エキシビジョンマッチの勝利者は、ヒイロ・オカムラァァァァァッ! しかぁ~しっ! レッカ少年の実力は最早疑いようがないぜィ! これは次代を担う若き力が育ってる証拠! みんなぁ! レッカ少年にあっつ~い拍手を送ってやってくれぇっ!」


 テンのその言葉に呼応して、国民だけでなく兵士たちも拍手を送る。ここまで善戦した彼を認めないわけにはいかないのだろう。負けたはずのアルケンやブラインも笑みを浮かべて拍手をしている。

 これで〝魔軍隊長決定戦〟は終わりを迎えたのだった。




「お疲れ様ッス、ヒイロくん」


 舞台から降りると、日色は気絶したレッカをイヴェアムたちに預けてテッケイルたちのもとへ戻った。


「うおぉ~! さすがは師匠! ボクの師匠! ボクだけの師匠ですぞぉ!」

「ヒイロ兄はやっぱすっげえ! 俺もヒイロ兄みたいに強くなりてえ!」


 ニッキとレンタンが母親に縋りつく子犬のごとく駆け寄ってくる。尻尾があったら、絶対に千切れんばかりに振っている。


「ヒイロさん、お疲れ様でした」


 さすがはヒイロ付きの侍女であるランコニス。タオルを手渡してくれた。別に汗はかいてないが、少し湿らせてあるタオルで顔を拭く。気持ち良い。


「それにしてもレッカくん……でしたっけ。ヒイロくんに《太赤纏》だけでなく、魔法まで使わせるとは、末恐ろしい子供ッスね」

「近いうちにお前の立場も奪われるかもな」

「うわ~、それシャレになってないッスよ」


 苦笑交じりに肩を竦めるテッケイルだが、彼もレッカならその実力もあると理解しているからこその言葉だ。


「うぅ~、師匠! ボクだってあんな子に負けてないですぞ!」

「いいや、今闘えば負けるんじゃないか?」

「……ちょっと闘ってくるですぞ」


 ムッとしたニッキがレッカのもとへ向かおうとするが、日色が首根っこを掴む。


「ちょっと待て。やるなら互いに万全の状態でだ。それにあくまでもお前の自力に対してのことだ。精霊の力を使えば、まだお前の方が有利……かもしれん」

「むむむ……」


 まあ、彼女が釈然としない気持ちも分からないでもない。純粋な自分の力だけでレッカを圧倒したいのだろう。しかし相手は魔力を自在にコントロールでき、あまつさえ魔法も使う。単純な実力ではニッキの方が劣っている。

 日色はトンと彼女の額を指先で軽く突くと、


「まあ、お前もまだ発展途上だ。あのガキに負けないように日々鍛錬だな」

「師匠……はいですぞ! よし、レンタン殿! 今から修業に行きますぞ!」

「うん! 頑張ろうニッキ姉ちゃん!」


 二人が一緒に修練場の奥へと駆けていく。そんな姿を見ていると何だか微笑ましい。

 だがその時、日色はふと不気味な気配を感じた。視線が自然に空へと向かう。そこに浮かんでいる金色の塔を――。


(何だ……?)


 塔から誰かの呻き声? 産声? 悲鳴? それらに似た何かの声が聞こえた気がした。


(気のせい……?)


 ほんの一瞬だけの気配。先程の試合で昂ぶった心が幻聴でも聞いたのかもしれない。


「ヒイロくん?」

「……あ?」

「いや、ずっと空なんか見上げて何かあったんスか?」

「別に何でもない」


 どうやら他の者には聞こえていなかったようだ。やはり気のせいか……。


「そうッスか。でもまさかうちの兵士たちを押しのけて、外部の者が隊長の座に就くのは驚いたッスね~。まあ、他の兵士たちも彼らの実力を認めないわけにはいかないでしょうが」


 どうやら気絶から回復した様子のレッカと、同じく隊長の座を射止めたジュリンが、イヴェアムの前に立たされている。彼女から労いの言葉と称賛が送られているようだ。


「双方、どちらも素晴らしい闘いだった。見事としか言いようがない。己の全力を以て闘い抜き、隊長の座を獲得したことを誇りに思ってほしい。改めて名乗りを上げよ!」


 イヴェアムの凛とした言葉に、前に立つ二人は背筋を伸ばして宣言する。


「はい! アタイは『オーガス族』のジュリン・カフス! 誰にも恥じない最高の隊長を目指して頑張りまっす!」

「オスッ! じ、自分はレッカ・クリムゾンですっ! この度は、このような場に参加させて頂きありがたく思っておりますです! まだまだ若輩者ですが、最強を目指して精進するですっ!」


 レッカは幾分か緊張しているようだ。周りは大人ばかりなので仕方ないと言えば仕方ないが、闘っている時とはえらい違いである。


「レッカの種族は何になるのだ?」

「オスッ! 自分にも分かりませんっ!」

「……何故知らないのだ?」

「自分は記憶が無いのです!」

「は? き、記憶喪失……ということか?」

「オスッ! ある人に拾われて闘い方を学んだのです!」

「そうか。でもいいのか? 隊長に任命すれば、もし記憶が戻ってもおいそれと辞められる立場ではなくなるぞ?」

「オスッ! 自分は最強を目指すためにやってきましたです! 魔軍の中でも最強の……その……ク、《魔王直属護衛隊》の《序列一位》に就きたいのですっ!」


 彼の宣言には周りもざわつく。つまりは現最強の『魔人族』であるアクウィナスから、その座を奪うということ。隊長とはいえ、新米ならおこがましくて宣言できないだろう。


「ほう、生意気な」


 イヴェアムの隣に控えているマリオネから漏れる声音。しかしその顔は彼を馬鹿にしているというよりは、その気概に感心している様子だ。


 当の本人であるアクウィナスはというと、涼しげな顔のままジッとレッカを見つめている。マリオネの言うように生意気にも、アクウィナスの目を強く見返している。若干身体が震えてしまっているが。


 まあ、エキシビジョンマッチに日色を指名するほどの度胸があるのだから、彼の目を見返すことくらいはできるだろう。


「はは、これは頼もしいじゃないか。うむ。他の者も、お前たちならば受け入れてくれるだろう! 二人ともイオニスから、隊長としての仕事と心構えを学んでほしい。そしてこれからも国を支える礎として精進してもらいたい! 大義であった!」


 イヴェアムの言葉を最後に、周囲の者から拍手と歓声が二人に注がれる。

 新たな魔軍隊長の誕生であった。





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