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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
215/281

215:塔の命書と不明の領域者

「ほう、ずいぶん楽しんでおるみたいじゃて」


 現れたドゥラキンの右手には黒い表紙の本が握られてある。


 あれが彼の言う預言書なのだろうか……?


 ドゥラキンが自分の席に腰を下ろすと、皆が彼に注視する。ドウルもレッグルスに構うのを止めて大人しくしているので、幾分かはレッグルスはホッとしているようだ。


「さてと、食事中じゃが、話の続きをしてもよいかのう? 無論食べながら話を聞いてくれて良いじゃて」


 コクッと全員が首肯する。同時に彼がテーブルに置いた本を皆に見せる。


「ここにあるのがさっきワシが言っていたアダムスに託された本じゃて」

「その本が預言書なのか?」

「まあ、読んでみるがよいじゃて」


 そう言いながら席を立ち、日色に本を手渡してきた。話を聞いていたレッグルスも興味が惹かれたようで同じように席を立ち日色の背後につく。

 見た目は普通の本と同じ。ただタイトルも何も書かれていない墨にでも浸けたような真っ黒の本。


(内容を見ればタマゴジジイの言っていたことが分かるっていうことか……)


 静かに表紙を開いていく。



ラナリス歴 847年 ノルイの月 5の日


 アクアリバンにて誕生。ドゥラキンと命名。


849年 ケルヴェスの月 13の日


 アダムスとの邂逅。


853年 ナルワインの月 1の日


 アダムスの従者としての任命を受ける。




 そんな感じに年号や月号などとともに、その時に起きたことが記載されている。


「……年表だろ、これ?」


 これのどこが預言書だというのか……。


「……確かにお主の言う通り、それは年表じゃて。しかしただの年表ではない。普通年表と言うのは起きた事柄を書いていく。いや、もちろんすでに起きたことも自動的にそこに記載されていく書でもある。ただ一つ、普通の年表とも違った性質を持っとる。それは書いてから起きたことも記載されておるということじゃて」

「……! 書いてから起きたこと? どういうことだ?」


 他の者と顔を見合わせるが、誰一人理解している者はいない。


「……最後のページを捲ってみるんじゃて」

「最後?」


 言われた通りにページの最後を捲って中を確かめてみる。



アノル歴 215年 イヴァンネスの月 3の日


 文字使いとの邂逅。精霊の母の転生体も同行。




 最後のページの最初の一行にはそのような分が記載されてある。思わず息を呑んでしまう。

 もし日色たちが、自分が何者か教えた後にこの文を見たのであれば不思議なことは何もなかっただろう。


 どうせこの本を取りに行った時にでも書き加えたのだろうと解釈できる。しかし日色たちは自分が何者か話してはいない。特に日色は名前だけ。魔法については触れてもいないのだ。


(それなのに……しかもだ……)


 『精霊の母』の転生体。ミミルがその対象になるはずなのだが、何故まだ会話もしていない彼女のことが分かったのか……謎だらけである。


「言ったじゃて。最後のそれは起きてから書いたものじゃない。書いたから起こったことなんじゃて」

「……そんなバカな話があるか。ならここに今日死ぬと書けば、アンタは死ぬのか?」

「死ぬぞい」

「っ!?」


 即座に返ってきた言葉にドゥラキンとドウル除く全員が目を見張る。


「まあ、そこに書き込むには【ヤレアッハの塔】へ行き、特別な方法をとる必要があるんじゃがのう。それに効果を発揮する条件もあるしのう」

「? どういうことだ?」

「ほれ」


 突然彼からペンを投げ渡されれる。


「書いてみろ。何でもええ。何も書けはせんからのう」


 そう言われれば試してみたくはなる。本にペンをあてがい、動かしてみる。しかし確かにインクがペン先から出てこない。


「インクがないのか?」


 そう思い自分の腕に書いてみるが、今度は簡単に手に書ける。もう一度本に書こうとするが、やはり文字に起こせない。


「これは……?」

「分かったじゃろ? 普通の方法じゃ、そこに文字を記すことはできんのじゃて」

「なら」


 日色は皿に視線を落とすと、料理のタレを指で掬い取る。その指を本につけて書こうとしてみるが、タレが一切本に移らない。


(おいおい、何だこの本!?)


 ドゥラキンの言った通り、本当に何も書くことができない。


「試しにそこにある水でもかけてみるかのう?」


 ドゥラキンは挑発するように言ってきたので、コップに入っている水を本にかけてみる。だがまるで撥水コートされているかのように水が弾いて、紙を一切濡らさない。


「……最後の手段だ」


 日色は『記載』という文字を指で書いて発動させる。その時、ドゥラキンの眼が細められたことに日色は気づいていない。

 魔法を使えば確実にその事象を起こすことができると思ったが……


「バカな……!?」


 それでもペンで何も書けない。魔法効果が本に対して効いていないのだ。


「無理じゃて。今のお主ではそこに記載することはできんのう」

「……今の……オレだと?」


 それはどういう意味だろうか……。その言い方はいつか書けるようになるかもしれないと言っているのと同義ではなかろうか。


「……まあ、簡単に説明するとじゃ、それが《塔の命書》の一冊。【ヤレアッハの塔】に保管されておる、すべての生命体に刻まれた人生のレールじゃて」

「……つまりここに記された通りに人生が動いていくって言ってるわけか?」

「その通りじゃて」

「何度も言うがそんなバカな話があるか。それじゃ、もしこの本に自由に書き込める奴がいれば、人の人生を簡単に操作できるだろうが」

「そう、それがアヴォロスを戦争にまで向かわせた原因じゃからのう」

「……は?」


 ガツンと頭をハンマーで殴られたような衝撃が走る。


「……か、神のシステム……? ちょっと待て、これがそうだっていうのか!?」


 皆もハッとなってドゥラキンに注目する。彼は瞬きをゆっくり二回ほどした後、静かに口を動かす。


「まさしくその通りじゃて。【ヤレアッハの塔】には、この【イデア】に息づくすべての生命の、いわば目録が保管されておる。一人一人に一冊の本がのう。そこに記載されている通りに世界は、人は動いておる。無論何も書かれていない本もあるがのう。そういう場合は、その者が経験したものが自動的に書き込まれていく」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 ガタンと席から勢いよく立ち上がるレッグルス。


「それでは、我々が戦争を起こしたのも、こうしてここにいるのも……いや、今まで争い続けてきたのも、すべては本に記された結果だということですか!」

「その可能性が非常に高いということじゃて」

「――っ!?」


 言葉が出ないほどレッグルスは驚愕に満ちている。それもそのはずだろう。今まで自分の思う通りに行動してきたはずが、それはもうすでに確立されていた預言かもしれないと言われれば愕然としてしまうのも当然。


「しかしのう、例外もあるんじゃて」

「れ、例外?」

「そう、それが――」


 指を差したのは日色とミミルにだけ。


「ヒイロ・オカムラ、お主は《文字使い》。イヴァライデアの加護を受けし者。最も理から外れし存在じゃて」

「オレが……?」


 いや、その前にイヴァライデアのことを知ってる……!?


「そして『精霊の母』の転生体であるお主もそうじゃ。イヴァライデアが創りだした最初の存在であるアルファミルの生まれ変わり」

「わ、わたしですか?」


 ミミルもまた目を丸くして吃驚している。


「お主らは《不明の領域者》の因子を持つ存在。《塔の命書》を自分の意志で書き換えることができるイレギュラー。それがお主らじゃて」

「ミ、ミミルとヒイロくんがイレギュラー?」


 レッグルスの呟きを引き継ぎ、プティスが口を開く。


「二人にも、預言書がある?」

「いいや、二人にはそもそも《塔の命書(アポクリプサー)》は無いのう。じゃからイレギュラーなんじゃて。無いから人生を左右されない。ちなみに無いのは異世界人とイヴァライデアの意志を引き継ぐ存在のみじゃて」

「ちょっと待て、たとえオレとミミルのが無かったとして、アンタのものにたとえばそうだな……“ヒイロ・オカムラの死を看取る”と書かれたしたらどうだ? それは反映されるんじゃないのか?」


 それが懸念だ。本当に自分の預言書がなかったとしても、他のものに自分に関する出来事を書き加えれば、その通りになるのではないのか……?

 日色の言葉に正当性を感じたのか、他の者もなるほどと言った感じに首肯している。


「そもそもオレらがここに来たのも、そこに書かれてある預言通りってことだろ? さっきアンタは書き換えることができるって言った。だが結局はその預言通りになってるじゃないか。どういうことだ?」

「確かにその通りじゃて。しかし自分の本に、他人の運命を強制的に決定づけることはできん。例えばお主の言った通りに、この本に“文字使いの死”や、“文字使いがある者を殺すのを見る”など強制力の強い事象は書くことはできん。いや書いたところで達成することは不可能じゃて」

「……なら本人の預言書には書けるってことか?」

「書く方法は――――存在すると言っておこうかのう」

「それは強制的に……か?」

「死と書けば死に。誰かを殺すと書けば……殺す」

「そんな……!」


 レッグルスが口を開けたままポカンとするのも分かる。人の人生を決定できる代物が存在するのだ。しかも刃向うことができないというのだから気が気でなくなるはず。

 他の者もあまりの衝撃に言葉を失っている。


「それを……『神人族』が自由にできるってわけか」

「少し違うのう」

「何?」

「確かに《塔の命書》に『神人族』も書く力を持っておる。しかしそのような強制力の強い決定権はイヴァライデアにだけ存在するんじゃて。強制力の弱い指示ならともかく、生死が関わるような指示を決定させることはイヴァライデアにしかできん」

「……つまりたとえそいつらが他人の預言書に言葉を書いたとしても反映はされないってことか?」

「今は……じゃ」

「今? どういうことだ?」

「今、イヴァライデアは自らを封印しておる。『神人族』が力を使えないようにのう。しかしじゃ、その封印を取り払うべく『神人族』が動き出しておる」

「……あの糸目野郎か?」


 ペビンのことだ。


「糸目? それが誰かは分からんが、『神人族』は現在全部で三人おるはずじゃて」

「それだけか? ならそいつらを倒せばすべて解決するんじゃないのか?」

「確かにのう。しかしどうやって【ヤレアッハの塔】に行くつもりじゃ?」


 そういえばそれが問題だ。あれは月を削って作り上げた星。つまりは宇宙空間に存在する。《文字魔法》を使えば簡単に行ける気もするが、そもそもこの星の外で魔法が使えるのか定かではない。


(いや、イヴァライデアがその塔にいるのなら使える……か?)


 だが確証はない。仮に月に到着すれば使えるかもしれないが、その間はどうすればいいのだろうか……。【イデア】と月を繋ぐ宇宙空間でも魔法は使えるのか? そうでなければ飛んでいくことはできない。

 転移しようにも行ったことがない場所へは行けないのだ。


「お主の考えている懸念は的を射ているぞい。結果だけ言うと、お主の魔法でも月に到着するのは無理じゃて」

「ならどうやってあの糸目野郎はこの【イデア】に来た?」

「それは特殊な転移魔法陣を使ってじゃ」

「それはこの世界のどこかにあるのか?」

「さあのう、もともとその転移魔法陣を開発したのはアダムスじゃ。しかし彼女はもうおらん。魔法陣も消えてしまっておる可能性の方が高いのう」

「ちょっと待て、前々から思っていたがホントにそのアダムスって奴は何者なんだ? 話に聞いてると、どう考えても普通の『魔人族』じゃないような気がするぞ」


 初代魔王として『魔人族』を導いた存在。絶世の美女で、他を寄せ付けないほどの絶大な力を有した。初めて『人造魔人族』であるヴァルキリアシリーズも造り、不死鳥フェニックスの友人でもある。

 それにドゥラキンに《塔の命書》を与えることもできた人物。


 さらには月にも行ける転移魔法陣の開発者でもある。どう考えても異常過ぎる力の持ち主だと判断せざるを得ない。


「むぅ……ここまで話してもまだ分からんかのう?」

「は?」

「……アダムスはのう――――――――――――『神人族』じゃて」

「何だとっ!?」


 思わず席を立ってしまう。ニッキはよく分かっていないようだが、他の者も目を丸くしたままである。


「まあ、そもそも『神人族』という言葉自体は、アダムスは名乗らなかったがのう。彼女は自身を《異星人》としか言わなかった」

「《異星人》……だと?」


 そこでかつてアヴォロスが言っていた言葉を思い出す。


『だがある時、この世界に異物が舞い込んできた』


 奴はそう言った。

 この世界に――――ということは、元々はこの星の住人ではなかったということ。


(オレは『神人族』って奴は、もしかしたらオレと同じ召喚されてきた奴らだと思っていた。けどそうじゃない? 奴らは違う星からやってきた《異星人》?)


 だがそう考えればアヴォロスの言葉にも納得できる。異物……確かに異物に違いない。


「アダムスたち《異星人》は、自分たちの星を追われてやって来たと言っておったのう。その頃はイヴァライデアが【イデア】の管理者として、『精霊の母』を生み出し、星を豊かにしている最中じゃった」


 つまりまだ原初の時代ということだ。


「イヴァライデアは当時《異星人》のリーダーでもあったアダムスと意気投合して、彼女たちの受け入れを許可する。しかしある日、《異星人》の一人が、アダムスに【イデア】を掌握しようと言ってきたらしい。無論アダムスは断ったが、欲に溺れた奴らはあろうことか『精霊の母』を殺した」


 それはアヴォロスが言っていた話とピッタリ符合する。ミミルも聞いていたので驚きはないようだ。異物が『精霊の母』を殺したことはやはり事実だったようだ。


「イヴァライデアの隙を見つけて、《異星人》は彼女の力の一部を奪い取ることに成功する。それは管理者としての力。《塔の命書》を作り出すことができる能力じゃった。イヴァライデアはアダムスと一緒に、彼らを空に浮かぶ月――【ヤレアッハの塔】へと強制転移させた。元々【ヤレアッハの塔】というのはイヴァライデアが創り出した神の住まい。そこへ《異星人》を閉じ込めようとしたんじゃて」


 イヴァライデアは、とにかく一刻も早く《異星人》たちを【イデア】から遠ざけようとしたのだろう。


「しかし《異星人》たちはアダムスとイヴァライデアに牙を向き襲い掛かった。イヴァライデアの力のすべてを奪い、自分たちこそが管理者になるという計画じゃった」

「そ、それからどうなったのですか?」


 怯えながらミミルが尋ねると、それに答えたのはドゥラキンではなくドウルだった。


「アダムスさんとイヴァライデアさんは強かったらしいです。お二人は《異星人》たちを次々と倒しました。しかし《異星人》の中にもアダムスさんに匹敵する人もいたようで、戦いは均衡状態になりました」


 【イデア】の神と《異星人》のリーダーが手を組んでも均衡状態になるということは、《異星人》の持つ力というのは想像以上のものらしい。


「そこでイヴァライデアさんがアダムスさんに自身を封印するように頼み込んだらしいのです」

「封印?」


 レッグルスが聞き返す。


「はい。アダムスさんは了承し、彼女を【ヤレアッハの塔】のある場所に封印することにしました。それと同時にイヴァライデアさんがもう一つ月を創り出し、【ヤレアッハの塔】の力を半減させることにしました」


 しかし今ではアヴォロスによってそれは打ち砕かれてしまっている。彼もまさかその月が、【イデア】を守るためのものだったとは知りもしなかったかもしれない。


「アダムスさんは自分の力を使い、残った《異星人》を幻術空間に閉じ込めることに成功したようなのです。それから何十年、何百年と経ち、幻術空間が破られた時は、【イデア】には『精霊の母』の転生体も生まれ、さらなる繁栄が広がっていました。しかし《異星人》たちは弱ったアダムスさんを殺そうとします。しかし彼女は何とか力を振り絞り逃亡します。【ヤレアッハの塔】で命がけの鬼ごっこが始まりました。《異星人》も少なくなったとはいえ、アダムスさんは一人。力もかなり減退しています。戦うのは非常に辛かったはずです。それでも彼女は戦い、何とか《異星人》を三人にまで減らすことができました」


 本当にアダムスという存在は驚異的だった。彼女だって辛かったはずだ。同じ星からやって来た同志を手にかけるのは誰だって辛いはず。しかし彼女は自分の正義に従って【イデア】を守ろうとしたのだろう。


 喋って喉が渇いたのか、ドウルはカップに入った水で喉を潤す。そして次に語り出したのは再びドゥラキンだ。


「じゃが、転機が訪れる」

「転機?」


 日色が聞き返すと、ドゥラキンが頷きを返し答える。


「アダムスがとうとう、『神人族』……今では神王と名乗っている男に敗れてしまうんじゃて」

「しんおう……?」


 気になる言葉が聞こえた。日色は再度説明を求めるように繰り返すと、ドゥラキンが微かに目を細めながら答える。


「アダムスと双極を成す存在。アダムスが表のリーダーなら、その者は裏のリーダーといったところかのう」

「そいつが【イデア】を掌握しようとした親玉ってわけか」

「その通りじゃて。その男にアダムスは一度敗北を喫してしまう」

「ど、どうなったのですか?」


 ミミルが不安気に尋ねる。


「アダムスが虫の息にされかけた時、突如イヴァライデアが復活する」

「封印を解いたってことか?」

「そう、友達の危機を見逃すことはできないと言って、アダムスのもとへ駆けつけた。しかしそれは神王の企みの一つでもあったんじゃて。奴はアダムスを追い込めば、必ずイヴァライデアが封印を解いて助けに来ると踏んでおったらしい。そのために奴は同志を犠牲にして、アダムスを殺さずギリギリまで痛めつけることを命令しておったんじゃて」


 アダムスの体力や気力を奪うために、同志……いや、手駒を利用して彼女を消耗させていたのだという。たとえそれで同志の命が散っても、神王は何ら感情を揺るがすことはなかったという。


「極めて残酷で冷酷で……それでいて闇そのもののような男じゃったらしいぞい。アダムスの座を虎視眈々と狙っておったんじゃて」

「……それで? イヴァライデアが来てどうなったんだ?」

「イヴァライデアは、アダムスに僅かばかりの力を託し【イデア】へと強制転移させた。彼女を生かすためにのう。ここからはアダムスの推測によるらしいが、その後はイヴァライデアが何とか神王を封印することに成功したのだという。じゃがこのままでは残った二人に自分の力のすべてを奪われてしまうと危惧した彼女は、再び自分をある部屋へ封印することにしたんじゃて」

「ある部屋……?」


 一呼吸の間を置き、ドゥラキンが静かに語る。


「《イヴダムの小部屋》と呼ばれるイヴァライデアとアダムスが創り上げたとされている部屋じゃて。そこには【イデア】のすべてを司る力が宿っておると……アダムスは言っておった。その力を守るために作った部屋じゃとのう」

「……封印された後は? 残った奴らはどうしたんだ?」

「簡単じゃよ。イヴァライデアの力の一部を奪い取った彼らは、自らを『神人族』と名乗り、《塔の命書》を使って好き勝手に【イデア】の民を操作した」

「その操作ってのがいまいちピンとこない。つまりはその預言書に何かを書き足していったってことか?」

「簡単に言うとその通りじゃて。しかしイヴァライデアの力の一部を使ったとて、あまりに強制的な行動をさせるには不十分でもあった。そうじゃのう……たとえば《塔の命書》に“イデアにいるアダムスを殺せ”と書くとどうなるか……」


 イヴァライデアの強制転移のせいで地上に降り立ったアダムス。『神人族』にとっては邪魔な存在でしかないだろう。つまり民たちを使ってアダムスを殺そうとしてもおかしくはない。


「民の意識を操作して、アダムスを殺そうとしたのか?」

「ふむ……じゃがのう、それは不十分な力では満足に命令権を行使することはできんのじゃて。じゃからたとえ“殺せ”や、“死ね”と書いたところで、その預言は実現などせん。さっきも言ったがのう」


 イヴァライデアから奪った力が一部だからこそだろう。もし全部奪われていたとしたら、今頃はもっと世界は混沌に包まれていたかもしれない。


「じゃがのう、それで『神人族』が黙ったままでいるわけがなかった。奴らは長い時間をかけて、完璧に命令を実行できる存在を地上に作り出すことに成功した。何者か分かるかいのう?」

「…………! もしかして、『クピドゥス族』……か?」

「……ヒイロ・オカムラ、さすがはイヴァライデアの後継者。勘も良いようじゃて」


 褒められるのは別にいいが、後継者っていう言葉はあまり好きじゃない。ただ『クピドゥス族』が魔神を生み出し、世界を混沌に陥れようとしたことを考えるとすぐに分かるし、アヴォロスもそのようなことを言っていたはず。


 つまり『神人族』は何らかの方法を使って、自分達が完璧に制御できる存在を作りだそうとした結果が『クピドゥス族』なのだ。

 まあそれも、アダムスの手によって葬られることにはなったが……。


 そう考えてみれば、アダムスは『クピドゥス族』が『神人族』と通じ合っていると知ったからこそ、全力を上げて滅ぼしたのだろう。


「地上へ降りたアダムスは、イヴァライデアに頼まれていたそうじゃて。【イデア】を守ってほしいとのう。そのためには、《塔の命書》から逃れられる存在を多く作らなければならないと判断した。もし『神人族』がイヴァライデアのすべてを手に入れようとも、民たちを操作から守ることができるように考えを尽くした。その結果が、自分の血を民たちに注ぐこと」

「……血をそそぐ?」


 日色だけでなく、他の者も意味が分からず眉をひそめている。しかし日色にはピンときた答えがあった。


「そうか! アダムスは多くの種族と交配したって聞いた。そしてその者たちを周りに集めて国を造った。つまりは……そういうこと、なんだろ?」


 交配と聞いて、ミミルとプティスは恥ずかしそうに若干頬を染めているが、ニッキやレッグルスはあまり変化は見えない。

 まあ、ニッキに関しては交配の意味を正確に把握していない可能性の方が高いが。


「お主の言う通りじゃて。彼女が何故それほどまでに多くの種族と交配したのか、世間では単なる男好きなどと噂が立っておるが、そうではない。本当の目的は、【イデア】の民ではない自分の血を多く残すことで、《塔の命書》から脱却する可能性に賭けたからじゃて」

「そう言うからには、アダムスは《塔の命書》の預言を覆すことができる人物だってことだな?」

「そう、お主とそこのお嬢ちゃん、そしてワシと同じ……《不明の領域者》じゃて。自らの意志で未来を創ることができる存在。【イデア】の意志から外れることのできる存在。それが《不明の領域者》。ヒイロ・オカムラ、お主には分かるじゃろうが、お主……《ステータス》を確認できないじゃろ?」

「っ!?」

「そしてそこにおる、お嬢ちゃんも」

「っ!?」


 日色と同様にミミルも驚愕に包まれる。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 そこへストップをかけたのはレッグルスだった。皆が彼に注視する。


「ミミルには自身の《ステータス》が見えないというのは我々も知っています。それが何か関係があるのですか?」

「……それが《不明の領域者》としての証じゃからじゃて」

「《ステータス》が見えないのが……ですか?」

「違うのう。元々《ステータス》などこの世界にはなかったんじゃて」

「そうなのですか!?」

「それも『神人族』が創り出した、彼らが見て楽しむためのシステムの一つじゃて」

「そんな真実が……!」


 ドゥラキンの視線がレッグルスから日色へと移行。彼の視線が真っ直ぐ射抜いてくる。

 そう、日色はあのアヴォロスの戦いから目覚めた時、《ステータス》を確認できずにいたのだ。何度心で念じようが、口にしようが《ステータス》が浮かび上がってこなかった。


 まるで初めから《ステータス》など存在していなかったかのように……。

 ただ特に身体に異変があるわけではなかったので気にしないでいた。


「お主をこの世界に呼んだのはイヴァライデアじゃて」


 それは彼女本人からも聞いている。


「彼女の力を受け継いだお主は、最初から《ステータス》などありはしなかった。しかしそれではイヴァライデアにとって都合が悪い。じゃから世界のシステムを少し変更し、お主にも《ステータス》が表示されるように書き換えた」

「……何故そんなことを? 《ステータス》がなかったら何が不都合なんだ?」

「お主が《不明の領域者》に覚醒していることを知られないためじゃて」

「……?」

「さっき言ったイヴァライデアが封印されている《イヴダムの小部屋》という場所に入ることができるのはイヴァライデアとアダムスと、彼女たちの因子を持つ《不明の領域者(レベル:エラー)》と呼ばれる世界の理から逃れた者だけなんじゃて。イヴァライデアのすべてを手に入れるために、『神人族』は《不明の領域者》を探そうとした。世界を使って遊びながらのう。ただ《不明の領域者》の因子を持つ者たちはいても、完全に覚醒に至っている者は見つけられなかった。まあ、そこのお嬢ちゃんはすでに覚醒しておったがのう。世界に名が知れとるわけでもないし、奴らはお嬢ちゃんのことを知り得ることができなかったんじゃて」


 ミミルは冒険者として世界を回る存在でも、王として皆を纏めている存在でもなかった。獣人の第二王女という、言ってみれば中途半端な位置に立っていたからこそ、『神人族』の眼から逃れることができたのだという。


「お主に《ステータス》がないと奴らに知られれば、間違いなくお主を攫い、力づくでも洗脳してイヴァライデアを捕らえようとしたじゃろうのう。しかしそうならないように、他の者と同じように《ステータス》を与え、そして自らの力を与えた。《文字使い》ということでお主がイヴァライデアの息のかかった存在だということは奴らにも知れ渡るじゃろうが、覚醒していないお主には奴らにとっては必要のない存在でもあった。まあ、監視はされておったはずじゃがのう」

「ちょっと待て、《ステータス》がない奴のことを《不明の領域者》って言うなら、アダムスと同じ『神人族』もまたそうじゃないのか?」


 それなら別に探さなくても『神人族』も《不明の領域者》なので問題ないと思ってしまう。


「ふむ、確かにそうじゃて。しかし《イヴダムの小部屋》に入れるのはイヴァライデアとアダムスだけに設定した。元々《不明の領域者》というのは、『神人族』がアダムスやイヴァライデアの立場を考えて作った言葉じゃて。『神人族』の言いなりにならない存在を皮肉を込めて作ったのう」

「イヴァライデアとアダムスの因子を持つ存在。それが《不明の領域者》じゃて。まあ、覚醒しなければ完全に《塔の命書》からは逃れられないがのう。しかしお主は最初から覚醒しておった。ただお主は抗う力を育てなければならない。じゃからお主に《ステータス》を与えてカモフラージュしたというわけじゃて」

「……ということは、イヴァライデアは、オレがいつ《不明の領域者》ってバレてもいいように成長させようとしてたってわけか」

「その通りじゃて。そして紆余曲折はあったものの、こうして最高の《文字使い》が誕生した」









「ではヒイロくんがこの世界に召喚されてきた理由は、単なる巻き込まれではなかったということですか?」


 やはりその疑問は持つだろう。他の者もレッグルス同様に日色の顔色を窺っている。しかし日色はすでにイヴァライデアに会って真実を聞かされているので別に今更何も思いはしない。


「その通りじゃて……む? その顔を見るに、お主は知っておったんじゃのう」

「そ、そうなのかいヒイロくん!」

「まあな。オレは一度イヴァライデアに会ってる」


 その言葉にはさすがのドゥラキンも驚いたのか目を見開いている。どうやら彼の預言書には日色の細かな行動までは書かれていないようだった。


「そうか、すでに邂逅を果たしておったか……なら、お主に課せられた運命も知っておるんじゃな?」

「『神人族』から世界のシステムを取り戻すことだろ?」

「それもそうじゃが、一番はお主がイヴァライデアを解放することじゃて」

「まあ、奴には一応借りもあるからな。けど魔法を使っても行けないってところにどうやって行けばいいんだ? いや、アダムスとやらが造った転移魔法陣を探すのが先か……?」

「恐らく『神人族』がその転移魔法陣を隠しておるじゃろうのう。簡単には見つからんぞい。しかし現実問題、【ヤレアッハの塔】に行く術を見つけることが最優先なのは事実じゃて」


 そうしなければいつまでも『神人族』の手の中。アヴォロスはそれが嫌で世界の敵に回っても彼らを討とうとした。


(ならオレは……)


 まだハッキリとした討伐意志なんてものはない。日色は別に『神人族』に何かされたってわけでも……


(いや、あの糸目野郎だけは許せんな)


 ペビンと名乗った男。飄々として掴みどころのない存在。彼のせいで元の世界へと戻らされてしまったのだ。アリシャのお蔭で戻って来られたが、もし彼がいなければアリシャも死なずに済んだかもしれない。


 もちろん仮の話でしかないが、奴にはお返しをしてやりたいという気持ちはある。


「あの、ところでドゥラキン殿は一体何者なのですかな?」


 恐らくほとんど話を理解できていないであろうニッキが静寂を突き破る。


「む? ワシか?」

「そうですぞ。アダムス殿はう~んと昔の人のはずですぞ。それなのにその人に預言書をもらったってことは、ドゥラキン殿もかなりのおじいちゃんだと思ったのですぞ」

「ふむ。見かけに寄らず良い着眼点を持っておるぞい」

「えへへ~師匠にもよく言われるですぞ~」


 嘘をつけ。そんなことを言った覚えなどない。


「お主の言う通り、ワシはアダムスがまだ魔王だった頃に出会っておる」


 つまりあのアクウィナスとほぼ同じ時代に生きているということである。何千年という時を……。


「ワシは彼女を慕っていた者の一人なんじゃて……」

「おお! つまりはボクと師匠のような関係ですかな!」

「そうじゃのう……近いかもしれんのう」


 ニッキはその答えに満足したのかウンウンと何度も頷いている。


「アダムスはのう、イヴァライデアに【イデア】へ強制転移させられた時から、民たちに『神人族』の支配から逃れられる術を編み出そうとしていた。その一つが先程も言った他種族との交配じゃて。自身の血を引く子供たちならばもしかしたら《不明の領域者》になり得るのではと考えた。少なくとも因子は持つことが可能。弱っている支配力ならば抵抗できると思ったんじゃて。しかしそれも可能性の話……確実なことは何もない」


 確かに《塔の命書》からはアダムスは外れた存在だろう。しかしそんなアダムスの子供までもがそうなれるかは定かではない。何と言っても交配相手は【イデア】の住人なのだから。


「じゃからイヴァライデアは試行錯誤を繰り返す。様々な実験をして、何とかすべての民を支配から解放できないかと……。しかしのう、その頃から世界に存在する種族、『人間族』、『獣人族』、『魔人族』は関係が良くなくてのう……争いが絶えなかった。『魔人族』の代表であるアダムスが何とか手を取り合おうと努力するが結果的にその手を取ってもらえはせんかった。強過ぎるアダムスは、他種族から見れば恐怖の対象でしかなかったんじゃて。じゃから『魔人族』だけ……それもほんの一部の種族だけしか取り込むことができなかった」

「意外だな。話に聞いてると何でもできるイメージを持つが、やはり欠点もあったってことだな」

「もちろんじゃて。いくら才能に恵まれていようが、《異星人》であろうが、一人の人……であることは変わらないんじゃからのう。一人じゃできることは知れておる。それでも彼女は全力で奮闘した。【イデア】のために……イヴァライデアのためにのう」


 それは彼女の中の正義がさせたのか……それともイヴァライデアに対する友情がさせたのかは分からない。だが彼女が一人で【イデア】を変えようとしていたということは伝わった。


 いくら地上人と比べて桁外れな力を持っていたとしても、【イデア】は巨大。人の数も膨大。一人でできることはたかが知れていたということだ。


「ちょくちょくイヴァライデアと夢の中で会話だけはしておったみたいじゃて。そしてある時、アダムスが【ヤレアッハの塔】への転移魔法陣を完成させたんじゃて。それを使い塔へと向かった。無論イヴァライデアを救うためにのう」

「ですが、塔にはまだピンピンしてる『神人族』が二人いるのでは?」


 レッグルスの問いは日色が聞こうと思っていたことだ。


「その通りじゃて。じゃからアダムスは慎重を期して行動しおった。塔の中へ入り、恐るべき光景を目にしたんじゃて」

「恐るべき光景?」


 レッグルスの呟き。ドゥラキンが少し間を開けて皆の視線を引きつける。


「……塔の中には【イデア】中の者たちの《塔の命書》が作成されておった。まるで準備ができたと言わんばかりに、何百とある大棚にはぎっしりと本が並べ立てられてあったという」

「すべての民の《塔の命書》……? つまり誰も彼もを自由に操作できるようにしてあったということですか?」

「うむ。あとはイヴァライデアの力を全て手にできれば、それこそ【イデア】を手中に収められる寸前まできておった。作ったのはもちろん残っている二人じゃて」

「待て。そもそも何故《塔の命書》なんてものがあるんだ? そんなものがなければ……」

「《文字使い》……お主の言う通りじゃて。こんなものが無ければ問題など起きんかったかもしれんのう。じゃがこれを創ろうと提案したのはアダムスなんじゃて」

「は?」

「まだ『神人族』が反旗を翻す前、アダムスが《塔の命書》があれば、地上に生きる者たちを正しく導いていけるのではとイヴァライデアに提案しおった。本があれば戦争など起きる前に止められるだろうし、より良い世界を切り開いていくことができるのではと……じゃがのう、それがすべての始まりでもあったんじゃて」

「そうか。神王って奴は、その力に魅入られたってわけだな」


 つまり《塔の命書》を作ることができるイヴァライデアの力があれば、アダムスにも勝てるし【イデア】という美しい星も手中にできる。だからこそ神王は反旗を翻したというわけだ。すべてを手に入れるために。


「アダムスは嘆いておったぞい。平和な世界が作れると思い創成した《塔の命書》が、世界を歪める爆弾に成り変わったんじゃからのう。無論イヴァライデアもそうじゃて。じゃから何としてもイヴァライデアは、自分の力を神王に奪われないように自らを封印したんじゃて。【イデア】の平和を親友であるアダムスに託してのう」


 ドゥラキンはカツ、カツ、カツとゆっくりとした足取りで窓の近くへと向かい、空に浮かんでいる【ヤレアッハの塔】を眺める。


「しかしアダムスはずっと一人じゃった。寂しかったんじゃろうのう。塔へ向かって無限にも思える《塔の命書》を確認したはいいが、敵に見つかってしまい結局逃げるハメになった。イヴァライデアを救うこともできず、《塔の命書》の作成も止められなかった。それに『神人族』が生み出した『クピドゥス族』の侵攻もあった。ずっと一人で戦っておった……しかしある日、彼女を支えてくれる存在がおった」


 その言葉に日色はピンとくるものがあった。


「もしかして……フェニックスか?」

「ほう、知っておったのか。そうじゃて、じゃが時が経ち、フェニックスが暴走してしまう。この暴走も『神人族』によって仕組まれておったものなんじゃて」

「そうなのか?」

「『クピドゥス族』を巧みに動かし、フェニックスを暴走させて国を襲わせた。結果は知っておるじゃろ? アダムスはその手でフェニックスを殺した」


 沈黙。誰も何も言えない。親友を手にかける辛さなど誰にも分からない。その時のアダムスの心痛など予想することなんて誰ができようか……。


「アダムスは心底絶望を感じておったぞい。じゃが彼女は魔王であり、民の命を背負う存在。少なくとも国の平和だけは守らなければという使命があった。長い時をかけて、国が次第に豊かになっていく。『クピドゥス族』も滅ぼし、家族も増え、安定が生まれてくる。しかしアダムスの胸にはイヴァライデアのことがずっと残っていた。彼女を助け出してやりたいという思いがのう。せめて自分が生きている間にもう一人の親友だけは必ず……とのう」


 その決意だけが彼女を支えていたのだろう。一人の親友を失い、もう一人の親友まで救えないのなら自分に生きている資格があるのかと……そう思ったのかもしれない。


「そこで彼女は国を後継に任せ旅に出る。イヴァライデアを救う方法、世界を救う方法を探してのう。そこで出会ったのがワシなんじゃて」





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