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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第八章 ヤレアッハの塔編 ~真実への道~
214/281

214:谷に住まう者たち

「おお~! すごいですぞ、プティス殿ぉ!」


 ニッキが、レッドバーバリアン相手に無双したプティスに駆け寄り喜色満面な表情で跳びはねる。


「うん、さすがはプティスだ」

「お強いです、プティスさん!」


 レッグルスにミミルを加えて褒めまくると、プティスはボリボリと頬をかきながら皆に背を向ける。


「……こ、これくらいは」


 明らかに照れている感じの声音が聞こえる。ただ着ぐるみなので表情は一切クマのままなのがシュールである。


 一行は真っ直ぐレッドバーバリアンの群れを突き抜けて、『探索』の文字で作った矢印の指す方向へと急ぐ。


「若干、霧が濃くなってきたか? おいミミル、離れ離れになるなよ」

「は、はい!」


 とはいっても、先程からずっと腕を掴んできているので離れることはないだろうが、一応彼女に意識させるためにも言っておく。


 レッグルスが先導して、ニッキ、日色、ミミル、プティスの順で並びながら歩いている。周囲を警戒しつつ進んでいると、少し開けた場所に出る。


 するとバチチッという電気の音とともにレッグルスが「痛っ」と小さく声を漏らす。慌ててプティスが何かあったのか尋ねると、レッグルスは右手の甲を擦りながら、


「い、いや……何か右手に当たったと思ったら急にバチッと……」


 レッグルスの前方に全員が視線を向ける。しかし別段変わったところなどは見当たらない。


「お前ら、少し離れてろ」


 日色は地面に落ちている小石を拾うと、そのまま力一杯投げつける。

 すると空中で石が止まりバチィッと放電が走ったと思ったら、弾かれるように石が跳ねかえってきた。すかさず日色は刀を抜いて石を真っ二つにする。


「し、師匠……?」

「ああ、どうやら何か結界のようなものがあるみたいだな」


 侵入者を阻むような結界が施してあるようだ。


「レオウードから何か聞いているか?」

「いや、父上からはこんな結界があるなんていう話は聞いていない」

「つまり少なくともずっと昔からある結界じゃないってことか……? いや、レオウードが気づいていなかったってことも有り得るか。アイツは満遍なくこの峡谷を冒険したわけじゃないんだろ?」

「そうだね。若い頃の父上は、力試しに真っ直ぐ突き進んでみたとしか言ってなかったから」

「だとしたら、ここへ来てない可能性だってあるな……。ならこの結界は昔から存在していた可能性も……」


 そう考察していると、ポツポツポツと頬に冷たいものが当たる。


「ん……雨か?」


 しかも徐々に強くなっていく。このままでは全身がびしょ濡れになってしまう。


「魔法でも使って天気を……ん?」


 そこで奇妙なことに気づく。前方にある結界に包まれている地面が濡れていないのだ。


(雨を弾いてるってことか?)


 何故わざわざ雨まで弾く必要があるのだろうかと考えていると、


「痛い痛い! 痛いですぞぉ!」


 突然ニッキが頭を押さえながら動き回る。


「何をしとるんだバカ弟子は……」


 突然の奇行に呆気に取られてしまうが、彼女の頭や身体に血のような赤い液体が広がっている。


「おいニッキ、お前何が――っ!?」


 何があったのか問い質そうとすると、突然頭を軽く殴られたような衝撃が走る。その反動で顔は地面を向く。その時視界に入った光景に思わずギョッとなった。

 無数の赤い粒が地面に次々と落下して小さな穴を開けていたからだ。


「ぐっ! ヒイロくん! これは《赤い雨》だっ!」


 言われなくても日色にもようやく理解できた。何故なら一度この雨にはお目にかかっているのだから。

 それは初めてシウバに会い、彼の案内のもとリリィンの屋敷へと足を踏み入れた時のことだ。


 空に突然覆った赤い雲――《禁帝雲》。

 そこから降り注ぐのは鉛のような重さと硬さを持つ雨である《赤い雨》である。


 天空から落下してくる雨の威力は、容易に身体を傷つける威力を備えているのだ。


 確か《赤い雨》周辺じゃ魔法が使えなかったが……。


 と思いつつ、一応『防御』の文字を使ってみると、周囲に魔力の壁を形成することができた。


「は……使えた?」


 使用できたことに驚くが、今はその中に他の者たちも呼び込む。


「うぅ~、痛かったですぞぉ~」

「初体験だったけど、結構強烈なもんだね」

「着ぐるみに穴開いた……クスン」


 ニッキ、レッグルス、プティスにも相応の被害があったようで、プティスは肉体的ダメージはほとんどないようだが特に落ち込んでいる。やはり着ぐるみが傷つき精神的に傷つけられたみたいである。


「み、皆さん大丈夫ですか?」


 ミミルに関しては、日色が雨避けになっていたこともあり無傷だ。ミミルの問いに皆が「大丈夫」だと頷きを返す。


「しかし環境変化に気をつけろと父上も言ってたけど、まさか《赤い雨》まで降るとはね……。というよりヒイロくん、この防御壁は魔法……だよね? どうして扱えるんだい?」

 

 そういえば、とその場にいる者たちが全員注目してくる。


「……さあな。オレにもよく分からん」


 一応頭の中には想定している答えはあるが、確証はないので口にはしないでおく。


「そんなことよりも、だからこその結界だということが分かったな」

「え? どうしたんだいヒイロくん?」

「見てみろ、結界の中は雨を通さない仕組みになってる」


 日色が結界の中へと皆の視線を誘導すると、


「た、確かにそうだね……! で、でも一体何で?」

「さあな。そうまでして守りたい何かがあるってことじゃないのか?」

「なるほど……でもわざわざ誰が一体……?」


 レッグルスの言う通りそれが一番気になること。こんな危険区域に、誰が結界を張ってまで何かを守ろうとしているのか気にはなる。


「とにかく中に入ってみれば分かるだろ」

「え? でもどうやってだい? 結界に弾かれてしまうよ?」

「そんなもん、こうやってだ」


 『通過』という文字を書いて結界に向けて発動させる。

 やはり魔法は問題なく使えるようだ。


「……行くぞ」


 日色が何の躊躇いもなく結界に近づくと、先程とは違って何も起きずにすんなりと中へ入れた。その行動に他の者はキョトンとしているが、


「おい、早くしろ」


 と日色が急かすと、他の者も慌てて日色の後についていく。


 皆が入ったところで『通過』の文字効果をキャンセルしておく。このままだとモンスターたちも通ってしまう可能性があるからだ。次いで『防御』の文字もキャンセル。


「おお、本当に雨が降ってない」


 レッグルスが両手を上げて確かめながら上を向く。上空三十メートルほど先くらいで、雨がバチバチッと何かに弾かれていることが見て取れる。


(かなり大きな結界だな。半球状に広がった結界か……この中に一体何があるのか……)


 とりあえずは結界の中心へと向かって歩き進める。


「……霧が鬱陶しいな」


 かなり濃度を増した霧のせいで視界が悪い。


「掃え、《文字魔法》」


 『一掃』の文字を使って周囲に漂う霧を一掃する。すると前方に何とも不気味な洋館が建っていた。ここの情景にはまるで相応しくない。


「何だあの場違いさ抜群の建物は……?」


 しかもその洋館の周りを取り囲むように、槍のように細長い三つの塔が地面から伸びている。


「こ、こんなところに人が住んでいるっていうことなのかな?」

「人だといいけどな」


 レッグルスが言うように人なら、話が通じ合うかもしれないが、もしかするとそうでない存在が潜んでいる可能性も考慮しなければならない。


「う……師匠……それって幽霊か何かだと……?」

「さあな。かもしれんし、そうじゃないかもしれん」

「ひぃっ! い、嫌ですぞボク! 幽霊だけは嫌なのですぞぉ!」

「こ、こら抱きつくなバカ!」


 ニッキはホラー話が大の苦手なのだ。以前にもホラー系の本を読んでいた時に、どんな話か聞いてきたので教えると、そこから一週間は夜中、一緒にトイレに付き合わされることになった。


「ええい、鬱陶しい! お前も武人を自称するなら幽霊如きで――」


 その時、洋館の扉が開き、中から何者かが姿を現した。



 ギィ……ッと古臭い扉を開けたような乾いた音とともに開いていく洋館の扉。瞬時に警戒態勢を取り、日色たちは身構えて出てくる者を迎えようとする。


「フ~ン、フンフンフンフ~ン」


 などと鼻歌混じりに出てきたのは、全身を包帯で包み込んだいかにも怪しいミイラ男? いや男かどうかは分からないが、ミイラ人間である。しかも手には箒を持っている。


「フンフンフ~ン……ん?」


 ミイラと目が合った。…………沈黙。互いにピクリとも動かずに様子を見守っている。


 その時、ミイラの視界にレッグルスがロックオンされる。


「……お……」


 突然「お」という言葉を発したので、日色たちは注目する。

 すると次の瞬間、耳をつんざくような大声で叫び始めた。


「おっとこまえずらぁぁぁぁっ! うおらぁぁぁぁぁっ!」


 大気をビリビリと震わせるほどの音に皆の顔がしかめる。ビュビュンッとまさに光の如き速さでレッグルスに詰め寄り、その手を両手で掴み取るミイラ。


(なっ、速いっ!?)


 それは日色すらも驚愕するほどの速さだった。日色は目で追えていたが、他の者は突然近くに現れたように錯覚しているようで、ギョッとして唖然としている。


「な、名前は何ていうずらか?」

「え? あ? え?」


 当然レッグルスはパニック状態である。無理も無い。いきなり現れたミイラに詰め寄られ名前を尋ねられているのだから。


「あ、まんずはわたすがら教えねどいげねえずらな」


 酷い訛りである。ミイラは一旦レッグルスから距離を取ると、丁寧に頭を下げてニッコリ笑って……いや、笑っているだろうという感じで喋る。


「わたすはドウルっていうずら」

「ド、ドウル……さん?」

「あ~んもう、さんなんでづげなぐでいいずら。わたすとあんだの仲なんだがら」

「は、はぁ……」


 ミイラが頬に手を当てて照れながら身体をクネクネとさせる光景は何ともシュールである。


「で、ではドウル」

「はい! あ・な・だ! キャーッ! あなだだっで! びっぐらはずがしいずらぁ!」


 自分で言っておいて自分で悶える。


(何とも珍妙な生物だな……怖いぞ)


 その時、洋館の中から歳を感じさせるようなしわがれた声が聞こえる。


「お~い、ドウルや~」


 ドウルが出てきた扉からトントンと杖を突きながら男性が現れる。声から感じた通り、八十代くらいに見える老人。

 真ん丸い顔につるつるとした頭なので……


(タマゴジジイ……)


 失礼なあだ名を思いついてしまった日色。しかしその時、思いもよらない言葉が老人から発せられる。


「これガキんちょ、だ~れがタマゴジジイじゃて」

「……は?」


 思わず声を漏らして目を見開く。


「おいニッキ、オレは今、声に出してタマゴジジイって言ってたか?」

「言ってないですぞ? あのおじいちゃんが初めてそう言ったのですぞ」


 驚愕。つまりは心を読まれたということ。


(何だコイツ……何故心が読める?)


 目を細めて老人を凝視していると、老人の方は視線をドウルへと移動させる。


「これドウル。客人にいきなり失礼じゃて。それにその喋り方も聞き取り辛いから止めろと言っておるじゃて!」

「ぶぅ~! ドゥラキン様は分がっでねえ! ああ、わたすもあんな恋がじだい……」


 両手を組みながら天を仰ぎ遠くを見つめるドウルに対し、ドゥラキンと呼ばれた老人は大きな溜め息を吐く。


「すまんな客人よ、こやつは最近ハマっとる恋愛ものの本の主人公になりきっておるんじゃて」

「は、はぁ……」


 レッグルスが肩を落としながら息を大目に吐き出しつつ声を漏らす。


「これドウル、せめて客人の前だけはしゃんとするんじゃて。本読むの中止にするぞい?」

「し、しますしますっ! しますからそれだけはご勘弁をーっ!」


 突然話し方が聞き馴染みの良いものへと変化した。どうやらその本の主人公というのは田舎出身で、訛りが強い喋り方をしていたようだ。

 その主人公に自分を投影し過ぎて、よくこうなるのだという。


「改めまして、わたすは……おほんっ! わたしはドウル・クリエッタで~す! どうか覚えて帰ってくださいね~! あ、そこのイケメンさんは是非ともわたしと結婚を前提にお付き合いをして頂きたいなぁ~とか思うんですけどぉ~。あ、でもでもやっぱりいきなりだったかな? でもね! わたしはこう見えてお料理もできるしお洗濯やお掃除も得意なんですよね! それにですね、こう一目見てピンとくるってあるじゃないですかやっぱり! だからですね、もうこれは運命、デスティニーなんですよきっと! つ・ま・り・はですね! わたしと結婚すればもれなく可愛いお嫁さんがついてくるというわけなんですけどぉ…………どうですか?」


 いっぱい喋るドウル。半分ほど早口過ぎて何を言っているか分からなかった。詰め寄られているレッグルスも、目で助けを求めてきているが、面倒そうなので無視する。


「おいタマゴジジイ、幾つか聞きたいことがあるんだが?」

「失礼なガキんちょじゃて。まあ、久しく客人など来んかったから、ヒマ潰しがてら相手にしてやるぞい。ドウル、客人を家の中へもてなすんじゃて」

「あのねあのね、わたしはと~ってもお得感抜群だと思いますよ? 何故かって? それはわたしは夫に尽くすタイプだからです! 本当は嫌だけど、少しくらいの浮気だって許すくらいの器は持っていると思うんですよね」

「お、おいドウル……?」

「やっぱり良い男っていうのは、それ相応にモテちゃうじゃないですか? モテない夫よりもモテる夫の方が、妻としてはやっぱり鼻が高いというかぁ、嬉しいというかぁ、これがわたしの自慢の夫なのよ! って自慢できるじゃないですかぁ~」

「あ、あのドウルさんや……?」

「わたしってば見た目は包帯だらけですけど、別に傷だらけってわけじゃないんですよぉ。生涯一人にだけ素顔を見せたいと思っているわけなんですよぉ。だって恥ずかしいじゃないですか、不特定多数の男の人たちに素顔を見せるのって。だからわたしは結婚相手だけにしか見せないことにしているんですよ。そういう女性ってどう思いますか?」

「ええ加減にせんかっ、この妄想爆弾娘がぁぁぁぁっ!」


 ドウルにも劣らない声を張り上げるドゥラキン。さすがにずっと無視されていたので怒りが込み上げているようだ。


「な、何なんですかドゥラキン様! あっ、もしかしてわたしが運命の人に出会えたから妬んでるんですね! 自分は童貞のまま生涯を終えようとしているから嫉妬、ジェラシーを感じているんですね!」

「ええい! 喧しいわっ! 童貞って言うでないわっ! ワシはただ一人の女性に心を捧げとるだけじゃと前々から言っておろうがっ!」

「ぶぅ~! そんなこと信じられませ~ん! 大体ほんとにそんな女性がいたんですか? どうせ強がってモテない自分を擁護してるだけでしょ!」

「むむむ……言わせておけばこの妄想爆弾娘めぇ……」

「やるんですか? やっちゃうんですか? いいですよぉ、そっちがその気なら! わたしだって引けないところもあるんですからね! さあとっとと、あの童貞ジジイをやっちゃってください、そこの赤ローブの少年さん!」

「お前がやれよ」


 何故か急に代役を命じられた日色だが、即座に返答しておいた。


「何でですか!? こ~んなか弱い美少女を庇おうともしないなんて……ああ~、やっぱり男なんて……およよよよ……」

「あ、あの……大丈夫ですか?」


 わざとらしく倒れたドウルをレッグルスが心配そうに駆けつけて手を取る。レッグルスからは見えないが、日色からは彼女が「計画通り!」という感じで、物凄く悪い顔をしたように見える。


「ああ……あなたは優しいですね……でもわたしはもうダメみたいですぅ。お願い! 最後にギュッと抱きしめてください!」

「えっ!? だ、抱きしめる!?」

「はい! そうすればもしかしたら奇跡が起きて、この不治の病も治せるかもしれません!」

「そんな病気にかかっているのですか! それはいけない! ヒイロくん! この女性を是非とも君の力で治してやってはくれないか!」

「……いや、抱きしめたら治るって言ってるんだから抱きしめてやったらどうだ?」

「おお!? あなたもたまには良いことを言うじゃないですかっ!」

「え?」

「あ……ゴホッ、ゴホッ! ああ……胸が締めつけられて苦しい」

「大丈夫ですか! ドウル!」

「お願……い…………優しく抱きしめて」

「分かりました! こう……ですか?」


 レッグルスが言われた通りに彼女をその逞しい腕の中へ誘っていく。


「わお……これ癖になりそうだぜヤッベエ……」

「え?」

「あ……ゴホッ、ゴホッ! ああ……身体が治っていく気がします……」

「そ、それは良かった……。ダメですよ、あまり無茶をしては」

「は、はい……」


 包帯越しでも表情を真っ赤にしているのが何となく伝わってくる。


「……何だこの茶番は? いつまでこの寸劇を見ていればいいんだ?」

「すまんのう皆の衆よ。あのバカも久しぶりの客人に喜んでおるだけなんじゃて」


 それにしてはあまりにも調子が良過ぎない……か?


「まあ、ワシが案内するからくるんじゃて」

「あの二人はいいのですかな?」


 ニッキが聞いてくるので、日色は憮然としたまま答える。


「いいだろ別に。何か楽しそうだし……」


 見れば妄想爆弾娘の鼻らしき部分から真っ赤な液体が流れ出して「ああ、もう死んでもいいかも」と幸せそうに呟いていた。

 日色たちは二人を放置して洋館の中へと入っていった。







 ドゥラキンの案内で通されたのは大きめのテーブルが置かれてある部屋。そこで食事を行うのだと言う。

 そろそろ食事時だということで、せっかくだから一緒にどうだという話になったのだ。日色もちょうど腹が減っていたこともあり世話になることになった。


 椅子へと腰を落ち着かせると、ようやく外に誰もいないことに気づいたのか、レッグルスとドウルがやって来た。ドゥラキンがドウルに食事を頼むと言うと、彼女は「レッグルス様のために腕を揮わせてもらいます!」と言って意気揚々と厨房へと向かった。


 さすがに一人では大変だということで、プティス、ミミル、ニッキが手伝いに向かう。ニッキに関しては日色の指示だ。まだこの場所が絶対的に安心できないので、護衛を兼ねてミミルから離れるなと言っておいた。


 今、この部屋には日色、レッグルス、ドゥラキンだけ。聞けることは今の内に聞いておこうと思い日色は口を開く。


「外でも言ったが、幾つか聞きたいことがある」

「だろうのう……想像はつくが何じゃて?」

「まずはアンタたちは何者だ?」

「ふむ。それはコッチのセリフでもあるんじゃて」


 それもそうだ。相手に関して言えば、日色たちの方が余所者なのだから。

 ただドゥラキンの方は、冗談めかして言っているように聞こえる。まさか自分たちがここへやって来たことを予想でもしていたのだろうか……? いや、それはないはずだ。


「そうだな。まあ、向こうは向こうで自己紹介くらいしてるだろうから、コッチはコッチでした方が良いか……」


 ニッキたちはニッキたちで自己紹介しているはず。日色はレッグルスと顔を合わせると互いに頷く。先に名乗ったのはレッグルスだ。


「私は【獣王国・パシオン】――第一王子のレッグルス・キングと申します」

「ほう……やはりのう」

「え?」

「いや、何でもないんじゃて。そっちは?」


 レッグルス同様に日色も彼の発言には気になるものがあったが、まずは名乗ることを優先とする。


「オレはヒイロ・オカムラだ」

「……そうか、お主が……」


 若干険しい顔つきでドゥラキンが微かに顎を引き納得顔を作る。


「……ワシはドゥラキン・ブラックじゃ。まあ、見ての通りいぶし銀漂うナイスミドルじゃて」


(いや、どこがナイスミドルだ。しわくちゃのジジイじゃないか)


「誰がしわくちゃのジジイじゃ、ったく、礼儀のなってないガキんちょじゃて」


 またも驚愕。


(また心を読まれた!?)


 先程外でも口に出していない言葉を読み取られた。これで偶然なんかではないことが明らかになる。


「おいタマゴジジイ」

「だから、誰がタマゴジジイじゃて」

「そんなことはどうでもいい。……心が読める……何者だアンタ?」


 レッグルスも探るような目つきでドゥラキンを見つめている。彼もまた心を読めることに警戒しているようだ。

 しかし当のドゥラキンは、長い顎鬚を右手で触って遊びながら答える。


「ワシは守り人じゃて」

「守り人?」

「そうじゃ。この先起こるであろう災いからこの地を守るためにのう」

「この先起こる災い? 何を言ってる?」


 すると彼が席から立ち上がり、窓がある方向へと歩を進めていく。その窓からある場所を眺めながら目を細めて言う。ただ次に彼が言い放った言葉に二人はギョッとしてしまう。


「――――――――【ヤレアッハの塔】」

「っ!?」

「ど、どうしてその名前っ!?」


 レッグルスが席から立ち上がり声を張り上げる。

 無理も無い。その名前を知る者は、三か月前の戦争に参加した者に限定されており、決して口外してはならないことになっている。こんな辺境の地にいる彼が知り得ることができたとは思えない。


 二人の驚きをよそに、窓から見える天に浮かぶ巨大な塔を見上げながらドゥラキンが喋る。


「……ここまで預言通りじゃとは、さすがはアダムスじゃて」

「……っ!? おいアンタ、今アダムスって言ったか?」


 初代魔王の名である。


「ワシはある一冊の本を託されとる」

「? 何だ急に? 一冊の本?」

「その本には、これから起こるであろうことが予め記載されてあるんじゃて」

「……は? 預言書って……ことか?」

「一説にはそう言えるかのう」


 一体このドゥラキンが何を言っているのか整理できずにいる。

 日色は『覗』の文字をササッと書きすぐに発動。しかし驚くべき事実が明らかになる。


(……! 《ステータス》が……見えない!?)


 彼の《ステータス》が確認できないのだ。


 まさか《マタル・デウス》が着用していた黒ローブと同じ効果を持つ魔具でも身に付けて《ステータス》がバレないようにしているのだろうか……?


「違うぞい」

「?」

「お主の魔法が通じないのは、ワシが《不明の領域者(レベル:エラー)》じゃからじゃて」

「は? レベ……何だって?」

「《不明の領域者》。《塔の命書(アポクリプサー)》から外れた異端者とでも呼べるかのう」


 益々意味が分からない。先程から聞いたことのない言葉が出てくるし、衝撃発言も連発するしで混乱に陥ってしまう。


「この地は、アダムスが創り上げた《不明領域》。『神人族』とやらの力から唯一逃れられる場所なんじゃて」

「『神人族』っ!? ヒイロくん、彼は今『神人族』と言ったね! 一体あなたは何者なのですか?」


 レッグルスの問いかけに対し、ドゥラキンは視線を窓から日色たちへと移し替える。


「ワシはドゥラキンじゃ、それ以上でもそれ以下でもないぞい」

「そんな答えを聞いてるんじゃない。何故アンタがあの塔のことを知ってるのか、『神人族』のことを知ってるのか、それに心が読めるのか、まだまだたくさんある。答えろ、タマゴジジイ」

「……ええよ」

「だろうな。最初から断られることば大体予測はしていたが……って、いいのか?」


 こんな辺鄙な場所に住んでいるということは、人との接触を避けている証。

 何があってこのような生活をしているのかは謎だが、ただの旅人然としている日色たちに素直に話すとは思えなかった。


 だが彼が口にした数々の言葉は、聞き逃すことができないものばかり。何とか日色は彼から聞き出す方法を模索していたが、あっさりと了承されたので戸惑いを覚える。


「そもそもお主らがここにやってくるのは決まっておったことじゃて。さっきも言ったじゃろ? 預言通りだとのう」

「その預言とやらがよく分からん。一体どういうものなんだ?」

「《塔の命書》……と呼ばれるものじゃて」


 そこへ、彼が「少し待っておれ」と言って部屋を出ていく。

 いきなり放置されて所在無げな気分を感じてしまい日色とレッグルスは呆けたまま顔を見合わした。しばらくすると、先にやって来たのはニッキたちだ。台車を押しながら食事を運んできた。


「あれ? さっきのおじいさまはどちらに行かれたのですか?」


 ミミルの問いにレッグルスが「そのうち来るよ」と答えていた。


「あ、ドゥラキン様なら多分あそこに行っているはずですし~、先に食べてもらっていていいですよぉ」


 ドウルが食事を勧めてくれたので、日色たちは席に座りお言葉に甘えることにする。


 いろいろ気になることが多過ぎだが、今は目の前の食事に集中することにした。ニッキたちが手伝っていたので、恐らくは大丈夫だとは思うが、一応『鑑定』の文字を使い毒などが入ってないか確認。…………入っていない。


 皿には野菜と肉を使った料理が施されてある。ドウルが言うには、この近くに畑があるとのこと。そこで栽培している野菜を使っているらしい。


 肉はモンスターの肉らしく、ここらで獲れる肉質はかなりの上質のようなので楽しみである。


「《レッドスネークのから揚げ》に、《焼き餅ナスビ》は絶品ですよぉ! はいレッグルス様ぁ、あ~ん」


 余程レッグルスは好かれたのか、隣に腰かけたドウルから「あ~ん」をされている。


「え? あ、その……自分で食べられますから」

「うぅ……わたしの料理はお口に合いませんか……悲しいですぅ……」

「そ、そんなことはないですよ! 丹精込めて作られた料理が不味いわけがありません!」

「なら食べてください! はいっ!」

「むぐ!?」


 もはや「あ~ん」のような優しい仕草ではなく、料理を口へと押し込まれた無理矢理な所作。

 レッグルスも避けることができずに、そのまま口の中へ運ばれた料理を仕方なく咀嚼している。しかしその表情は、困惑から歓喜のものへと変化。


「……っ!? うん、美味い! 美味いですよこのから揚げ!?」

「はぁ~ん。夫にそう言ってもらえるだけで妻は幸せですぅ。ささ、これもどうぞ、はいっ!」

「ほぐっ!?」


 またも強制突貫。言葉の通りそのまま後頭部まで貫くのではないかと思う速度でドンドン食べ物が彼の口へと放り込まれていく。相手が女性なだけに、フェミニストのレッグルスも断り辛いのだろうか、大人しく……いや、苦しそうにしながらも成すがままになっている。


 そんなレッグルスを放置して、日色もから揚げを食べてみる。


「んぐんぐ……っ! なるほどな、一口食べただけでこの肉汁。それにこのカリッとした歯応えが堪らんな」


 外はサクサクとして、中は軟らかく仕上がっている。


「ボクとミミル殿もから揚げ作りを手伝ったのですぞ!」

「ど、どうですかヒイロさま?」

「ああ、美味いぞ。やるじゃないか」

「「えへへ~」」


 二人は顔を綻ばせて喜ぶ。やはり自分が作った料理を褒められるのは嬉しいものなだろう。


「この《焼き餅ナスビ》の飾り付けはプティスがした」

「……誰だお前?」


 日色の視界に映ったのは初めて見る幼女。ピコピコッと動く獣耳に、大きくて巨大なモコモコしている尻尾を持つ。


「師匠、プティス殿ですぞ」

「……はい?」

「あ、そう言えばヒイロさまはプティスさんの素顔をご覧になるのは初めてでしたよね?」


 ニッキとミミルの言葉により、目の前にいる幼女がプティスだということが判明。


(なるほどな。着ぐるみの下はそうなっていたってわけか……まあ、どうでもいいか)


 基本的に興味が無いので、今度はプティスが飾り付けをしたという《焼き餅ナスビ》を一口。


「……ほう、また面白い食感だな。餅のように軟らかいが、風味は完全に焼きナスだな。それに瑞々しさも失われていない。これは美味い」


 その周りのサラダにも手を伸ばし頬張る。野菜のシャキシャキ感とほどよい甘さが口内に広がる。《焼き餅ナスビ》の味が濃かったので、このあっさりとしたサラダでバランスが取れている。


「次はメインの《カウントドラゴンの肉詰め》などいかがでしょうかぁ」


 ドウルが次に厨房から持ってきたのは赤々とした肉を野菜で包み込んだ肉詰めだった。それまで充満していたニオイを吹き飛ばすような香ばしいニオイが鼻に入ってくる。


 自然と涎が口の中から洪水のごとく生み出されてくる。早くそれを胃の中に入れ込めと身体全体が命令している感じ。


「よし……はむっ!」


 この食べ物は食す側も気合がついつい入ってしまうようなオーラを醸し出している。


「――――っ!?」


 言葉にならない感動が全身を震わせる。


 先程のから揚げと比べても一線を画すほどの肉質。一口すれば花火のように美しい肉汁が滴り落ち、噛めば噛むほど味が濃厚になっていく。食べた瞬間、身体が喜んでいるのが伝わってくる。


(美味いっ!? これは間違いないっ!)


 それにこの周りに包まれている野菜。少しピリッとさせる唐辛子のような効能を持っているのか、肉と合わせて絶妙なハーモニーを奏でている。よりこの肉の良い部分だけを引き立たせている名脇役。


 気がつけば、かなりの量があった肉詰めが一瞬でなくなっていた。ニッキやミミルたちも小さな口を目一杯開いて美味しそうに食べ続けている。


「ふぅ~……満足だぁ」


 これだけでもここへやって来た甲斐があったと思い一息をついていると、そこへようやくドゥラキンが戻って来た。






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