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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第七章 魔神復活編

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211:最後の決着へ

 日色は自分の右手の甲を見る。そこには黄金の文字―――『絆』が光り輝いている。


(あの時、こんな文字を書いてたのか黒幼女……漢字も知ってたんだな)


 さすがは《文字魔法》を日色に与えた人物だと思った。


(それにしても……)


 自分の背中から生えている黄金の翼。


(結局、オレ一人じゃ何もできなかった)


 チラリととイヴェアムの顔を見る。彼女もジッと見返してきている。そのまま視線を切ると、地面に横たわっているミュア――――――そしてニッキやウィンカァたちに視線を移していく。


(アイツらのお蔭で正気を取り戻せた……か)


 あのまま自分が暴走していたら恐らくアヴォロスは倒せただろう。しかし怒りと憎しみは留まることはなく、この大地もすべて滅ぼしていたような気がする。

 日色はゆっくりと手を上げてイヴェアムの頭にそっと置く。


「え……あ、あの……ヒイロ……?」

「迷惑をかけたな」

「え?」

「それと……ありがとう」


 イヴェアムがキョトンとしている。素直に礼を言われて衝撃が大きかったのか唖然としたままである。


「少し離れてろ」

「え……は、はい」


 イヴェアムから手を放すと、彼女は自らの翼を動かして日色から少し離れる。日色もまた黄金の翼をバサバサッとはためかす。


「感謝するぞ、黒幼女。これで――――――まだ先に行ける」


 日色は静かに目を閉じ、両手の人差し指を立てる。

 指先に灯るは黄金の輝き。それは今までの魔力や《赤気》とは明らかに異なっていた。


「左は――――――天上天下」


 左手の指がゆっくりと動き、『天上天下』の文字を形成していく。


「右は――――――唯我独尊」


 右手の指がゆっくりと動き、『唯我独尊』の文字を形成していく。

 カッと瞼を見開くと左右にあった手を勢いよく顔の前まで持っていく。それぞれの指の前に刻まれている文字がバチィィンッと合体して、


「二つ合わせて―――――――――《天上天下唯我独尊モード》、発動っ!」


 四文字同士を繋ぎ合わせて八文字の『天上天下唯我独尊』を作り上げた。

 背中に生えている翼が日色の身体を覆っていき、まるで太陽のような輝きを放ち始める。八文字が一つずつ日色の翼の中へと吸い込まれていく。


「い、一体何だ……!? あのような力があるとは聞いておらんぞ!?」


 アヴォロスも日色の変わり様に愕然とした面持ちをしている。それもそのはずだろう。日色は人間、しかも異世界人。翼があるわけがない。

 魔法で『魔人族』の翼を模倣したとしても、小さく黒いもののはず。


「黄金の翼など、見たことも聞いたこともない……!」


 翼に覆われて、眩い輝きを放つ日色に向かって、《滅却大砲》を放つ。だが触れた瞬間にバチィィィンッと瞬時にして弾かれて消失する。


「……やはりあの翼、余の……いや、魔神の力を弾くのか!?」


 さらに輝きを増す翼。そしてバサァッと翼が開かれる。


「……ヒイロ……なの?」


 近くにいたイヴェアムが、翼の中から出てきた日色に問う。


「誰に見えてるっていうんだ?」


 無愛想に紡がれる言葉。しかしイヴェアムの疑問もまた正しい。

 何故なら今の日色の姿が、普段のそれとはかなり違ったものになっているから。

 全身を覆っている黄金の光。日色の特徴である黒髪はそのままだが、瞳の色が黄金を宿している。また額の中央には赤い点がくっきりと浮かんでいる。

 赤ローブだった姿も、金色に染まっていてマントが風に乗って揺れている。そして極めつけはやはり背に生えている大きな翼である。


「もう少し離れていろ、魔王」

「え……わ、分かったわ!」


 日色は彼女が離れたのを見て少し上空へ向かい大きく翼をはためかす。すると翼から羽毛が大地へと降り注ぐ。それらは地上にいる日色の仲間たちへと届く。

 イヴェアムにも羽毛が向かい、それに触れた瞬間、羽毛に文字が浮かぶ。


「……えっ!?」


 彼女の身体を黄金の光が覆い、傷だらけだった身体が一瞬で治癒する。羽毛に書かれてある文字は『回復』である。光が消失すると同時に羽毛も煙のように消えた。

 また地上の者たちも同様に、傷ついた者たちには『回復』を、また石化した者たちには『解除』と『回復』を同時にし、


「……っ!? ん……お?」

「シウバ殿っ!?」

「え……と……あれ? ニッキ殿?」


 石化して戦線離脱したはずのシウバが元に戻った。無論彼だけではない。地上にいる者すべてに羽毛が行き届き、石化した者も含めて回復していく。


「大志っ! しのぶたちが!?」

「え……あ、ああ……」


 千佳や大志も回復してもらっていて、彼らの視線の先には、同じように回復させてもらい起き上がるしのぶと朱里がいた。

 彼女たちはアヴォロスの攻撃によって瀕死状態に陥っていた。ピクリとも動かないほどの重症を負っていたはずなのに、二人はケロッとした様子で大志たちを見つめていた。

 千佳が大喜びしながら二人に抱きつく。大志もまた安堵した様子で彼女たちに近づき涙を流す。


「な、何なのだこの力は……っ!?」


 アヴォロスにとっては信じられない光景が広がっていることだろう。せっかく魔神の力を使い《奇跡連合軍》たちを一掃したはずだというのに、次々と復活していくのだから。

 羽毛は少し離れたところにいるレオウードたちにも届いていた。


「レ、レオウード様……腕が……っ!?」


 《電紅石化》を右腕に受け、石化した瞬間に、レオウードは自らの腕を切断した。そしてプティスの応急処置で止血していたのだが、


「おお、腕が元に……!?」


 レオウードも感嘆するほどの出来事。切断されたはずの腕が再び復元した。その近くにいる石化したクロウチやバリドも元に戻っていく。


「これは……ヒイロの力か……!」

「とてつもない力……」


 プティスもまた空に浮かんでいる日色を遠目に見つめながら瞬きを失っている。

 日色は地上にいる全ての者たちを回復したことを確認するとホッと息を吐く。だがふと一人の少女を見て悲しげに顔を歪ませる。

 それは――――――。


「ミュアァァァァッ!?」


 彼女を発見して駆け寄るのはアノールド・オーシャン。彼もまた石化から復活はしたが、その視界に横たわるミュアを捉えて絶望に顔を染めている。


「おいミュア……? な、なあ……何で起きねえんだよ? は、ははは……じょ、冗談はよせっての……なあミュア? 嘘だろ……なあ……嘘だって言ってくれよぉぉぉぉっ!」


 ミュアをその胸に抱えて悲痛な叫び声を上げる。日色はそんな様子を見ていられなく顔を背けてしまう。無論ミュアにも羽毛は届いていた。しかし完全に死んでいた彼女を甦らせることはできなかった。


「ヒイロォォォッ! ミュアがっ! ミュアがァァァァッ! ミュアを助けてくれよォォォォォォッ!」


 どうしようもできない現実に、日色は歯噛みをする。


「ヒイロ……」


 そんな日色に、イヴェアムも悲しげに眉をひそめた。


「許さねえ……許さねえぇぇぇぇっ!」

「オッサンッ!」


 アノールドが大剣を手にアヴォロスへと突っ込む。怒りに我を忘れてしまっている。


「貴様などに!」


 アヴォロスの尻尾がアノールドに襲い掛かる。アノールドの胸に突き刺さる瞬間、尻尾がブシュッと切断される。

 二人の間に割って入ったのは日色だった。


「ヒ、ヒイロ……!」

「オッサン……ここはオレに任せろ」

「け、けどっ! ミュアが……ミュア……がぁ……っ!」


 崩れ落ちるアノールド。彼にとってどれほどミュアが大切だったのかがよく分かる。だからこそ自分のせいで彼女を失った日色も辛い。


「アイツの仇はオレが取る。オッサンはアイツを抱えて離れててくれ」

「……ヒイロ…………頼んでいいのか?」

「当然だ。この力は、アイツが……ミュアがくれたものでもある!」

「ヒイロ……お前……! …………分かった」


 アノールドは了承してその場から離れていく。日色はゆっくりとアヴォロスと対面する。


「ヒイロォ」

「お前はオレが潰す。もう誰も失わない。ここで決着をつけるっ!」


 アヴォロスから三本の尾が日色へと弧を描きながら上空から突き刺すように襲ってくる。


「……無駄だ」


 日色はその場でササッと金色の光で『斬』の文字を書くと、放ってもいないのに尻尾の中間に『斬』の文字が浮かぶ。発動した瞬間、尾が三本とも切断される。


「何っ!?」

「次はお前だ」


 ゆっくりと右手を動かして『斬』を書くと、今度はアヴォロスの右腕、左腕、右足、左足にそれぞれ『斬』の文字が浮かび上がる。ズシュッと切断されたせいで、アヴォロスは支えを失い大地に前のめりに倒れる。


「ぐっ……っ!? き、貴様ぁ……!」


 大してダメージにならないのは分かっている。すぐに復元できることも。


「アイツの……チビの痛みはきっちりお前に返してやる」


 アヴォロスはすぐさま身体を復元させて空へと舞い上がる。


「特大のを喰らわせてやるわっ!」


 両手を前に出し力を集束させていく。赤黒い塊が巨大に膨れ上がっていく。日色はジッと彼から攻撃が放たれるのを見守っている。


「この大地ごと滅べ《文字使い》っ!」


 極大に膨れ上がった《滅却大砲》が放たれてきた。地上にいる者は皆が逃げ惑う。もしこれが大地に突き刺されば、大地は死に絶え地上ごと《連合軍》たちは消滅する可能性が高い。


「ヒイロォォッ!」


 空ではイヴェアムが心配げに叫ぶ。だが一片も焦りを見せず日色は左手を前に出して、右手の指で《太赤大砲》と書く。


 すると左手の前方にキィィィィィンッと金色の光が集う。まるで《太赤纏》時に放つ《太赤砲》を生み出す時と同じ。


「《太赤大砲》ってよりは《太金大砲(たいきんたいほう)》ってところか」


 《赤気》を集束されたソレではなく、金色の光で生成された球体。右手で書いた文字が右拳に巻かれていき、金色の炎を纏っているかのように右拳を覆った。日色は「ふぅ」と小さく息を整えた後、カッと瞼を開いて、


「うおぉぉぉぉぉっ!」


 右拳で《太金大砲》を殴りつけて、落下してくる《滅却大砲》に向けて放った。

 両者が激突した瞬間、耳をつんざくような轟音が鳴り響く。日色の《太金大砲》の方がかなり小さいが、押されることなくその場で《滅却大砲》の動きを止めている。

 しかも徐々に《太金大砲》の方が大きくなっていき、《滅却大砲》の方が縮んでいく。


「な、何だとぉっ!?」


 それはまるで吸収されているかのような光景にアヴォロスも愕然とする。日色は静かに佇みながら呟く。


「オレの《釈迦金気(しゃかごんき)》は、負を浄化し取り込む特性を持つ」


 《滅却大砲》を全て自らのエネルギーとして吸収して巨大化した《太金大砲》がアヴォロスに襲い掛かる。


「こ、こんなものォォォォォォォォォォォッ!」


 アヴォロスが歯を食い縛り両手で《太金大砲》を押さえる。


「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎィィィィッ!」


 今までに見せなかったアヴォロスの必死な形相。それは彼が全力でもって対応しているということ。

 それでも押さえ切れずにアヴォロスはそのまま後方へと移動していく。加えてアヴォロスの身体から滲み出た赤黒い魔力が浄化されて《太金大砲》に呑み込まれていく。


「こ、これはっ!?」


 自分の力が獲り込まれていることに気づいたアヴォロスはこのままだと全てが呑み込まれてしまうと思ったのか、右手を上に向けて魔力を放つ。だがそれをきっかけにしてアヴォロスの力がグンと落ちる。

 結果―――。


「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 アヴォロスがそのまま全身を《太金大砲》に呑み込まれて天を貫いていき、かなりの高度に達した時、とてつもない爆発が空を襲った。

 地上にも凄まじいほどの爆風が落ちてきて悲鳴が轟く。大地が軋み砂が舞い上がるが、それでも《滅却大砲》が落ちてくるよりは断然マシな被害で治まった。


 静寂。地上にいる者たちが先程の光景を実感するのは少し時間がかかった。それでも日色の攻撃がアヴォロスを消滅させたことは確かで、


 ――――――ウオォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオッッッ!


 大気が割れんばかりの声があちこちから響き渡る。アヴォロスを倒したと思った者たちが大いに喜色満面な様子で叫んでいる。

 イヴェアムも日色のもとへ駆けつけて喜びに笑みを浮かべている。


「やったわね、ヒイロッ!」


 そこに彼女だけでなく日色の仲間が次々と駆けつけてくる。誰もが日色の勝利を喜んでいる。

 しかし日色だけは無表情のまま天を仰いでいる。


「……ヒ、ヒイロ? どうかしたの?」


 イヴェアムがそんな日色の様子が気になったのか尋ねてくる。


「……まだだ」

「……え?」


 喜びに満ちていた者たちの顔が固まる。


「まだ、終わってない」


 日色の金色の瞳が射抜く先――――――そこには魔力の塊がプカプカと浮いている。イヴェアムたちもそれに気づいたようで驚愕に包まれている。


「あ、あれはっ!? ヒイロ、あれはもしかして……?」

「魔王の考える通りだ。奴は消滅する時に自らの《核》を上空へと避難させた。まあ、もっとも……」


 魔力が次第に形を変えてアヴォロスへと姿を形成していくが、見るからに疲弊し、弱っているアヴォロス。


「満身創痍なのは変わりはないがな」

「くっ……ヒイロォォォォ………ッ!?」


 上空から彼の殺意溢れる視線が注がれる。肩で激しく呼吸をし、額からは滝のように汗を流している。彼から感じる魔力も大分削がれているようで弱々しく感じる。


「離れてろ、お前ら。最後の決着だ」


 日色はそのままフワリと浮き上がりアヴォロスがいる場所へと向かう。再び対面する両者。


「貴様ぁ……何だその力は?」

「正直なところ、オレもよく知らん。だが……」


 日色は右手の甲を見る。そこにはいまだに刻まれている『絆』の文字。


「この文字が持つ力のお蔭で、オレは自分を取り戻すことができたのかもしれない」


 昏く冷たい、痛みと悲しさだけが漂う世界の中で、日色はただただ怒りと憎しみだけに突き動かされる存在だった。その世界ではたった一人。孤独に苛まれる日色だけがポツリと存在していた。

 しかしふと右手に熱を感じた。それは淡く温かい光だった。それが全身を包むと、誰かの声が聞こえてきた。

 いや、一人だけじゃない。イヴェアム、リリィン、ウィンカァ、ニッキ、カミュなど、他にも多くの仲間の声が耳に入ってきた。


 そして――――――ミュアの声もだ。


『ヒイロさんは、決して一人じゃないですよ!』


 そんな彼女の言葉が胸にスッと降りてきた時、今まで日色という人格を支配していた憎しみが嘘のように消失した。


「これ以上、お前に仲間を殺させるわけにはいかない」

「くっ……何故だ……何故貴様だけそのような力が……っ! あのシンクにもなかったのにっ!」

「知るか。それにだ、この力を使うきっかけをくれたのは、他でもないそいつだぞ」

「な……何……だと……!?」


 それは驚くだろう。正直日色も何故真紅がそのようなことをしたのか理由は知らない。ただ彼の墓で手に入れた《架け橋の白毫》は、間違いなく彼からの贈り物だ。それはイヴァライデアも言っていた。


「嘘だ……嘘だっ! アイツが……アイツが余の敵に回るというのかっ!?」

「知らんと言っただろ? オレはそいつのことを何も知らない。何のためにオレにきっかけを与えたのかも、今のお前に対し、何を思っているのかもな」

「…………シンク……」


 ギリッと歯噛みして憎々しい表情で日色を睨みつけてくる。日色は涼しい顔でその視線を真っ向から受け止める。


「お前の物語は、ここで終わりにしてもらう。世界、仲間……そして――――――オレのためにもな!」



     ※



 日色がアヴォロスの《滅却大砲》を《太金大砲》によって打ち破り大爆発を引き起こした影響で、地上にいる者はその際に起きた爆風で吹き飛ぶ者もそれなりにいた。

 その中でアヴォロスの忠臣であるイシュカ――――――優花もまた爆風によって腕を足を拘束されたまま地面を転がってしまっていた。

 彼女の監視役の兵士も同時に吹き飛んでいたので、これが好機と思い立ち上がって逃げようとするが、


「うぐ……っ!?」


 突然電撃のように身体に走る痛み。


(くっ……この拘束具……魔具か……!)


 魔法を使おうとしたり、立ち上がろうとして身体を動かすと激痛が走るようになっている。その激痛は凄まじく意識が奪われそうなほど。

 とても耐えながら魔法を使えるようなものではない。


「はあはあ……へ、陛下……」


 地上からアヴォロスを見上げる。何とか《太金大砲》から逃れたみたいだが、明らかに消耗しきっている様子。


(ヒイロ・オカムラ……やはり陛下が止められるとしたら……奴だけだったか……)


 悔しげに歯噛みする。何故あの場にいて、アヴォロスを守れないのか。何故今、自分は敵に捕まって無力感に苛まれているしかできないのか。

 優花は日色を睨みつけながら憎しみが広がっていく。ただそれは日色に対して……というわけではなかった。


(何故世界は……ヒイロ・オカムラに対してだけ手を貸すんだ……? シンクの時は裏切ったくせに……そのためにどれだけアロスが悲しんだのか知ってるくせに……!)


 もし今の日色のような力がシンクにも発現していたら、きっと世界に負けずに生き続けてこられただろう。すべてを守る。彼は守り通せただろう。

 それなのに何故真紅は選ばれなかったのに、日色だけが……。そう思うとやり切れない思いが胸に込み上げてくる。


(このままじゃアロスが……!)


 一目瞭然。覚醒した日色と、今のアヴォロスが戦えばアヴォロスが殺されてしまうかもしれない。それだけは決して許してはならないのだ。この世界の希望は日色ではなくアヴォロスだと優花は信じているから。

 しかし身体の拘束具はビクともしない。せっかく見張りが吹き飛んでも自分が動けなければ意味が無い。時間が経てば見張りも戻ってくるはず。


(どうしたら……!)


 その時、ザザッと背後から地面を踏みしめる音が聞こえた。見張りが戻ってきたのだ。


(くっ……)


 絶望が優花の胸中を襲っていたその時、


「動かないで下さい、魔具を破壊しますから」


 耳に入ってきたのは聞き慣れた声だった。


「え……ヴァルキリア!?」

「お静かに」

「あ……」


 どうやら背後にいるのはヴァルキリアシリーズのよう。


(そうか、アロスが私の救出を命じて……)


 ガチャンと腕の拘束具が切り落とされる。次いで足の拘束具。


「05号……だな」

「はい。陛下からあなたを救出するように命じられました。何とか隙を見て助け出そうとしていたのですが、監視が強く」


 つまり見張りが吹き飛ぶ以前にも彼女はここにいたということ。恐らく先程の暴風で、優花が吹き飛んでしまい探し回ってくれたのだろう。


「……ありがとう」

「いいえ、動かないで下さいね」


 05号の腕が刃物状に変化していく。ジャキンッと拘束具を断ち切られると、優花はホッと息をついた。


「他は……大丈夫そうですね」


 05号が優花の身体を見回し、拘束具や怪我などがないか確認する。


「大丈夫だ。魔力もまだある。これなら陛下のお力にも――」


 刹那、空からアヴォロスの咆哮が届く。


「アロスッ!?」


 見れば、彼は胸を押さえて苦痛に顔を歪めて叫んでいた。日色に攻撃を受けたのだろうか……。いや、先程から両者の距離も変わってはいないし、対面している日色もまた怪訝な表情を浮かべている。


「一体……!?」

「恐らく、陛下が獲り込んだ魔神のせいかと」

「どういうことだ?」

「今までは陛下の強い肉体と精神があればこその魔神の器として成り立っていました。ですが、度重なる戦闘で陛下はそのどちらも消耗しています」


 アヴォロスの肉体から赤黒いオーラが漏れ出している。抑え切れていない状態である。


「つまり魔神の力を抑え込めなくなっているということか?」

「どうやらそのようです。このままでは陛下の精神は魔神に侵食されるかと」

「くっ!」


 優花はすぐに足元に水溜まりを広げていく。


「陛下のもとへと急ぐぞ!」

「手はあるのですか?」

「肉体はどうしようもないが、魔力くらいなら私やお前が注げば問題無い」


 優花はゴクリと喉を鳴らす。


(最悪……私にはこれがあるから……)


 胸に手を当てながら優花は目を閉じる。


「イシュカさん?」

「……何でもない。急ぐぞ」

「はい」


 二人が水溜まりに沈み込んでいく。



     ※


 アヴォロスが突如急変して日色も驚きだった。これから攻撃を加えようと動こうとした矢先のこと。アヴォロスが自身の胸を掴み激しく苦しみ出した。


「ぐが……ああぁぁっ……ぎぎがぁぁっ!?」


 いろいろ推測はできる。魔神を取り込んだ後遺症。《アダムスの核》の拒絶反応。その他にもいろいろ予想は立てられるが、総じて言えるのはこれがチャンスだということ。


「このまま消えてもらうぞ魔神っ!」


 指を動かそうとした時、どこからともなく現れた水柱がアヴォロスを包み隠した。


(この水はっ!?)


 明らかに誰かの魔法。そしてこんな魔法を扱いアヴォロスを守るのは日色にはただ一人しか思いつかない。


「抜け出してきたか――――――過去勇者」


 上空から殺気。すかさず翼で頭上を覆い防御すると、バチンッと弾かれて水柱の前に浮かぶ存在。


「キ、キリアッ!?」


 名を叫んだのはイヴェアムである。


「今更お前らが出てこようとも、ここでお前らの野望は終わりだ」


 05号が鋭い速度でジグザグに日色へと迫ってくる。刃物状に形態変化させた両腕で切り刻むつもりだ。


「……《文字結界》」


 日色が翼をはためかすと、周囲に羽毛が飛び散り日色の周りを覆う。そこに突っ込んでくる05号。無論全ての羽毛をかわすことができずに、右肘に羽毛が触れてしまう。瞬間、羽毛に『斬』の文字が出現し、彼女の右肘に切断線が走り斬られてしまう。

 同時に今度は左肩に触れた羽毛には『雷』の文字。落雷を受けたかのように彼女に雷が襲い掛かる。


「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」


 この《文字結界》は、文字通り文字効果を宿した羽毛による結界。侵入してきた者を悉く魔法で撃退する防御術の一つ。


「お前は確か、魔王の側近だった奴か……」


 イヴェアムを裏切ったキリアという少女。日色はチラリと視線をイヴェアムに向けてから、再びキリアへと視線を戻す。すかさず周囲に浮かんでいる羽毛を動かしてキリアに羽毛を付着させていく。

 羽毛には『制止』などの動きを拘束する文字が浮かび上がり、キリアはそのまま地面へと落下していく。


「魔王、アイツのことはお前が何とかしろ」

「え……ヒイロ……?」


 イヴェアムが先程から悲しげにキリアを見ていたことには気づいていた。やはり彼女はまだキリアのことを諦めきれないでいるのかもしれない。

 幼い頃からずっと一緒に生きてきたのだ。そう簡単に敵として見極めることなど難しいだろう。彼女は魔王といってもまだ日色と同じ年頃の子供なのだ。


「アイツはテンプレ魔王の血肉から造られた存在だ。だから逆らえない。けど、アイツには感情があるし自我もある。だからこそ、アイツのお前を見る時の目も優しい」

「え……キリアが?」


 他のヴァルキリアと違って、キリアだけがイヴェアムを見る時、どこか申し訳なさそうな瞳を見せる。その奥には確かな優しさが残されていた。


「アイツを洗脳するのは簡単だ。だがそれじゃ意味がないだろ。だから、お前の力でテンプレの縛りを緩和しろ」

「で、でもどうやって……?」

「それはオレの力がサポートしてやる。あとはお前次第だ」


 無論全ての者からアヴォロスの呪縛を解くことはできない。あくまでもキリアだからこそできると日色は信じている。彼女の中にも確かにあるイヴェアムとの思い出。その絆の力を強めることができれば、彼女はアヴォロスの忠誠心を捨て去ることができる可能性が残っている。


「…………分かったわ」


 イヴェアムは覚悟を決めた表情で頷き、落下したキリアを追っていく。


「よし、あとはコイツらだけだな」


 そう思い水柱に注目した瞬間、バチンッと水が弾かれて優花が吹き飛ばされていく。中から現れたアヴォロスは、明らかに意識を失ったような様相をしている。

 そして彼の身体が徐々に膨れ上がっていき、再び魔神ネツァッファがこの世に顕現する。


「やはりラスボスは魔神そのものか。このテンプレめ」



 アヴォロスが己の中の魔神を制御できずに、とうとう自身の肉体を維持することが叶わず魔神ネツァッファを表に出してしまった。


「改めて見ても山のようなデカさだな」


 日色の視界いっぱいに映る魔神の巨躯。ただ今の日色には……。


「不思議だな。最初は怖いと思っていたが、今ではその恐怖が薄れてきてる」


 どうしようもない存在だと感じていた相手だったが、今の自分なら魔神をどうにかできると直感的に思えるようになっている。

 突然魔神が六つの紅き瞳を光らせ、その瞳からレーザーを放ってくる。しかし日色はいまだ《文字結界》によって自身の周囲を羽毛で覆っていたために、レーザーはそれに阻まれ霧散する。

 魔神は怒りのボルテージを上げて咆哮しながら、今度は長い三つの尾を日色の頭上から振り下ろしてきた。


「避ければ地上に被害が出そうだからな、このまま潰させてもらうぞ」


 バサァッと黄金の翼をはためかすと、翼から放たれた全ての羽毛に『滅』の文字が浮き出る。そのまま羽毛を操作して向かってくる全ての尻尾に文字で覆っていく。


「滅しろ、《文字魔法》」


 バチチッと放電現象が走った瞬間、尻尾がボロボロと崩れ落ちて消滅していく。更なる憤怒を得て魔神がその大きな口を開けて日色に突進していく。


「……ちょうどいい」


 日色はそのまま魔神の口の中にすっぽりと抵抗することなく入っていく。

 地上で見ていた者たちは、日色が食べられたことで青ざめている者が多かったが、次の瞬間、日色がわざと食べられたことを知る。

 魔神の身体に縦一文字が走る。それは黄金の道筋になり、パックリと魔神が左右に真っ二つになる。その中からは『断』と書かれた無数の羽毛とともに日色が現れる。

 中から魔神を攻撃するためにわざと食べられたのだ。


「よし、やはり魔神は相当弱ってるな。このまま一気にアレで決めてやる!」


 しかしその時、左半身の魔神が小刻みに身体を震わせ始め、一気に破裂したと思ったら、鋭い針状の物体となって地上に降り注いだ。


「まだそんな隠し玉まであったのかっ!?」



    ※



 魔神が破裂する少し前、地上ではイヴェアムが落下して身動きができずに仰向けのまま倒れているキリアに近づいていた。


「キリア……」

「……殺して下さい」

「っ!?」


 平然とした様子で彼女から言われ心に衝撃を受ける。


「ここで、あなたに殺されるのは天命とも言えましょう。ですからできればあなたの手で……」

「……私と一緒にいた思い出は、あなたにとっては何の価値もなかったの?」

「それは今、必要なことですか?」


 冷淡に言葉を吐くキリアに、心が締めつけられていく。


「……最初から……初めて会った時から、あなたは私を騙していたのね?」

「そうです。私はヴァルキリアシリーズ05号。アヴォロス陛下に生み出され、忠誠を誓った『人工魔人族』。陛下の命を受け、あなたのお世話係として任に就きました」


 そしてそのままイヴェアムが魔王になると側近に収まった。


「側近になれば、『魔人族』の現状を掴み易く情報を得られるから?」

「はい。陛下にはやるべきことがございましたので、その間の情報収集役として私が『魔人族』側に入っておりました」

「すべては最初から決まっていたのね……」


 やはり最初から裏切るつもりでキリアは傍にいた。それがとてつもなく悲しい。


「……でもね、私は楽しかったわよ」

「……?」

「あなたにとって偽りの脆い関係だったかもしれないけど、少なくとも私にとって、あなたは初めての友達であり、姉であり、母のような存在でもあった。悲しい時は慰めてもらったし、悪いことをすれば叱ってもくれた。そして良いことをすれば、笑顔を向けてくれた」

「…………」


 イヴェアムはそっと彼女に近づき手を取る。


「あなたが私を見ていなくても、私はずっとあなたを見ていたし、大好きだった」

「イ、イヴェアム様……」


 キリアに初めて動揺が走るのが分かる。これだけ残酷な物言いをされてもまだキリアに憎しみを向けていないことが驚きなのだろう。


「感謝してるの。私が成長できたのはあなたのお蔭でもあるから。たとえ幻想だったとしても、私の中にはあなたとの確かな繋がりがあるのよ」


 その瞬間、キリアの身体を覆っている羽毛が淡い黄金の光を放ち始める。

 それには――――――『絆』――――――という文字が浮き出ている。


「思い出して、なんか言わないわ。だけど、私との繋がりをなかったことだけにはしないで」


 イヴェアムから涙が零れ落ちキリアの手に当たる。ほぼ虚ろだったキリアの瞳に輝きが戻っていく。


「……イヴェアム……様…………すみませんでした」

「……キリア?」


 イヴェアムは耳を疑った。彼女が謝った……それはどういうことなのだろうか?


 彼女の瞳を見つめる。真っ直ぐ見返してくる彼女の瞳に嘘偽りなどが一切感じられない。


「キリア……あなた……」

「勘違いしてはいけませんよ。私の中にはまだ確かにアヴォロス陛下への忠誠心が存在します。それはあの方が自らの血肉を削り私を作ってくれた感謝の気持ち故のものでもあるのです」

「キリア……だったらどうして謝るの?」

「分かりません。ただイヴェアム様の泣き顔を見ていると、胸が締めつけられて苦しいのです。きっと私の中にも……あなたとの繋がりが残っていたのでしょう」

「キリア……嬉しい」

「かつて私は、一人の女性。初代魔王、アダムスによって生み出されました。しかし欠陥が多く、暴走した私たちヴァルキリアを、彼女は自らの手で壊すことを決意された。ヴァルキリアの中にはアダムスのことを憎んでいる者もおりました。しかし私は、親を憎むことは……できませんでした。たとえ命を奪われたとしても。アダムスとの繋がりが確かにここにあったから」


 キリアは自分の胸に手を触れる。


「そして、今ここにはイヴェアム様との繋がりも感じられます。あなたとの思い出も、しっかりと残っています」


 イヴェアムの瞳からドンドン涙が溢れ出てくる。嬉しさで胸がいっぱいになり目の前が見えなくなる。


「こんなこと、言えた義理ではありませんが…………私も楽しかったですよ」


 その時、キリアがバッと上半身を起こしてイヴェアムを突き飛ばす。


「きゃっ!?」


 イヴェアムはどうして彼女が突然そのようなことをしたのか分からず問い質そうと前を見て愕然とする。


「キリ……ア……!?」


 そこには魔神から放たれた針状の物体に胸を突き抜かれているキリアがいた。ただもしキリアがイヴェアムを突き飛ばさなければ、逆に身体を貫かれていたのはイヴェアムだったに違いない。


「よか……った……」

「キリアッ!?」


 《核》を貫かれてそのまま倒れ込むキリアをイヴェアムは即座に抱きかかえる。胸には大きな穴がポッカリと開いている。


「キリアッ! いやよキリアッ! せっかく分かり合えたのにっ! こんなのってないわよっ!」


 そこへアクウィナスやマリオネたちも駆けつける。彼らもまた魔神から放たれた攻撃を防ぐのに手一杯だったのだ。


「イヴェ……アム……様……」

「キリアッ! お願いしっかりしてっ! どうしてっ! どうしてこんなことをっ!」

「…………身体が……動いて……しまいました」


 それはキリアのアヴォロスへの忠誠心に、イヴェアムとの絆が打ち勝った証でもあった。


「でも……不思議と……後悔は……ありません。あなたを……守れたのですから」

「キリア……ぐぐ……ひっぐ……いやよぉ……」


 徐々にキリアの瞳に宿る光が失われていき、身体も足元から灰化し始める。


「も、もう一度……」

「え? な、何を言いたいのキリア?」

「……もう一度だけ……あなたとともに…………紅茶を飲みたかった……」

「そんなもの……いつだって飲めるわよ……」


 震えるキリアの手をイヴェアムは力強く握り締める。するとキリアの目から涙が零れ落ちる。


「……これが悲しいって……ことなのですね……私にも……涙が流せたのですね……」

「そうよ。たとえ造られた存在だったとしても……あなたは私たちと同じ人なのよっ!」

「……もう……欠陥品ではないのですね……アヴォロス陛下にも感謝しなければ……なりませんね」

「キリアァ……」


 閉じかけた瞼を必死に上げてキリアがイヴェアムを見つめる。


「イヴェアム様…………悲しまないで……下さい……と言ったところで……あなたのことですから……無理なのでしょうね」


 クスッと笑みを浮かべるキリア。


「昔から……あなたは強情で意地っ張りなところが……ありました……から。結構……手を焼かされました……。でも………………楽しかった。これは……嘘ではありません。偽りなき……私の心が感じていた……ことです」

「私もよ……私も楽しかった……」

「……そのお言葉を聞けただけで……良かったです……。いつかまた……生まれた時は…………」

「…………キリア? ねえ……キリアッ! キリアァァァァァァァァァッ!」


 イヴェアムの悲痛な叫びとともに、風に乗って灰化していくキリア。そこには何も残さず、握り締めていた彼女の手も次第に粒子となって消えていく。


「キリア…………約束……するから。いつかまた……あなたと出会ったら……紅茶を飲みましょう」


 この時、すべてのヴァルキリアシリーズが世界から失われた瞬間だった。






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