208:リリィンの覚醒
日色は戦線を離脱する形でその場を離れていく。とりあえず一時間を過ごし、その上で回復薬を服用して完全復活しなければならない。
日色の仲間たちはそのための時間を稼ぐために、ヴァルキリアシリーズに守られているアヴォロスを囲い始めた。
「一気に最大攻撃で奴らを殲滅するのだ!」
指揮を執ったのはレオウード。近づくのは危険と判断し、距離を保ちつつ遠距離で最大攻撃をお見舞いするつもりである。
相手は横たわったままのアヴォロスと、ヴァルキリア三体。これなら少なくともヴァルキリアたちは仕留められると推察された。
皆が攻撃に移ろうとした時、今まで自らの身体を復元するのに忙しかったはずのアヴォロスの身体からどす黒いオーラが迸る。そのオーラは、すべての負の感情が凝縮されたような、見ていて怖気が走るほどの不気味さを備えている。
「奴に何もさせるなっ! 撃てぇっ!」
レオウードの声に反応して、周りにいた者たちが一斉に攻撃を仕掛ける。皆が攻撃を放った瞬間、アヴォロスの赤黒い瞳が仰々しく光り輝く。
するとアヴォロスの周囲から地面を突き抜けて何かが這い出てきた。それは間違いなく《醜悪な巨人》。
その数――――五体。五体が肉壁となりアヴォロスを包み込む。レオウードたちの攻撃から彼を守護するために。
ただ今までの《醜悪な巨人》と違う所がある。それは眼が操られている死人たちと同じ眼をしているということ。
「くっ! まだ手駒を作れるのか!?」
レオウードの舌打ち交じりの声に答えたのはアクウィナスである。
「奴は《至極の死霊使い》だ。これくらいできる」
「忌々しい奴の魔法か……」
――――――――――――――いや、魔法などではない。
肉壁の奥からアヴォロスの声が聞こえる。無防備にレオウードたちの攻撃を受けてしまい、《醜悪な巨人》たちはボロボロと身体を崩れさせていく。その中から、翼を広げて上空へ向けてゆっくりと上がっていく存在――アヴォロス。
「ちっ、もう回復したというのか!?」
今度はマリオネが言葉を吐き捨てるように言う。
マリオネが再度攻撃を加えようとした時、アクウィナスがサッと手を上げてそれを制止させる。そのままマリオネは眉間にしわを寄せながら尋ねる。
「どういうことだアクウィナス?」
「……奴に聞きたいことがある」
「そのような悠長なことを言っておる場合か?」
「倒すには、奴から少しでも情報を得ることが先決だ。話してくれるというのなら聞いておくべきだ。それで時間も稼げる」
「……分かった」
あくまでもアクウィナスたちの目的は日色回復のための時間稼ぎ。アヴォロスが時間をかけてくれるというのなら好都合なのだ。
「アヴォロス、魔法ではないというのはどういうことだ?」
「フッ、貴様も知らぬだろう。だが《三大魔眼》については聞いておるはずだ」
アクウィナスの目が細められる。
「今は亡きテリトリアルの《菱毘眼》。そして貴様の《創剣の魔眼》もその一つ」
「……まさか最後の一つを?」
「確か今では文献にも残されていない謎の《魔眼》のことだな、アクウィナス?」
聞いたのはイヴェアムである。魔王である彼女すらも知らない瞳。
「ああ、その名前も能力も何一つ解明されていない謎の《魔眼》。それをアヴォロスが……?」
「ククク、《魔眼持ち》と呼ばれる者は別に限られてはおらん。観察力に長けた者、真実を見抜く者、心を読める者など様々だ。多くは『精霊族』に限った能力だとも言われておるがな」
確かに《視る種族》と称される『精霊族』にその眼が宿っていても不思議ではない。
「だが、《三大魔眼》は別格。その埒外の能力は、貴様も知るところだろう、アクウィナスよ」
それはテリトリアルの《菱毘眼》にも言えることである。魔法や属性攻撃を問答無用で吸収することができるその能力は唯一無二のものだ。
そしてアクウィナスの《創剣の魔眼》。これは能力を付与した様々な剣を創ることができる。日色も散々苦しめられた能力の一つ。
「今だ謎に包まれた最後の《魔眼》。それがこの――――――《黄泉の眼》だ」
「よみの……眼?」
イヴェアムが聞き返す。するとアヴォロスの瞳が怪しく光り、大地から次々とゾンビ兵が出現し始める。
「余が実際にこの手にかけた者を黄泉の国から一度だけ復活させ手駒にすることができる力――――――それが余の《魔眼》だ」
ゾンビ兵がアクウィナスたちに襲い掛かってくる。しかしゾンビ兵ごときでは、さすがに練達したアクウィナスたちの敵にはならない。
見事に粉砕していくが、次々と新たなゾンビ兵が地面から生まれてくる。
「くっ!? アヴォロスは一体どれだけの者たちの命を奪ったというのだ!?」
イヴェアムがゾンビ兵を屠りながらも悲痛な表情のまま叫ぶ。彼女の気持ちも分かる。彼の言を信じるならば、甦らせることができるのは一度だけ。しかも自らが殺した者。
つまりこれだけの数を殺したということである。その残酷過ぎる彼の所業に自然と身体が恐怖で震えるほだ。
虐殺などという言葉では終わることのできない異常な殺戮を彼は人生の中でしたということ。それが恐ろしく、とても悲しいことだった。
《三大魔眼》とも称されている最後の《魔眼》が、まさかそのような悲劇が潜んでいる《魔眼》だとは思っていなかった。
他の二つよりも全く以て異質な瞳。誰かを殺して初めて行使できるという驚愕の発動条件。アヴォロスは初めてその《魔眼》の存在を知った時どう思ったのか……。
イヴェアムなら間違いなく使わないだろう。たとえ戦力になったとしても、死者を冒涜するような行為は決してしないはずだ。
しかしアヴォロスもまた世界に狂う前までは普通の『魔人族』だったはず。その彼が《黄泉の眼》が自分にあると知った時、彼はどう思ったのだろうか。
だがそれはアヴォロスにしか分からない気持ち。たとえ問いかけても今のアヴォロスには道端に転がる小石程度に無意味な問答だろう。
イヴェアムもそう思っているのか、問いかけたいような表情を浮かべながらもゾンビ兵を黙って倒していく。
「……ヒイロ、貴様の選択が間違っているということを今、ここで証明してやろう」
アヴォロスの全身から地上へ向けて鋭い針状に形態を変化させた魔力の塊が突き出す。ゾンビ兵ごと貫き、虚を突かれた者たちもその被害に遭ってしまう。
アヴォロスの攻撃に一早く気づいた者は難を逃れた。しかしゾンビ兵退治に気を奪われていた者は、その針に身体を刺し貫かれてしまう。
ただ致命傷までいった者はいない。先程身体に風穴を開けられたアノールドとミュアも、ずっとアヴォロスを警戒していたお蔭でほぼ無傷。他の者も、足や肩を貫かれてはいたが、命には別状はない。
やはり攻撃を受けた者は、実力に劣っている者や、体力を激しく消耗している者ばかり。あのアクウィナスでさえ、完全には避け切れずに右肩を貫かれている。
「ふむ、面倒だ」
アヴォロスのその言葉を聞いた瞬間、何かを察知してヴァルキリアたちは翼を広げてアヴォロスよりも上空へ飛んだ。
「――――――すべて吹き飛べ」
アヴォロスが地上へ向けて右手をかざすと、そこから拳大の魔力の塊が大地へと放たれた。
魔力が大地に突き刺さると、大地が盛り上がり大爆発を引き起こした。
砕けた岩盤が周囲にいるイヴェアムたちを襲う。
「――もう一つだ」
さらにアヴォロスが同じような魔力の塊を周囲へと放つ。凄まじい破壊が刹那のうちに集団を瓦解させていく。防御したところで大地と一緒に弾き飛ばされていく。
気づけば巨大クレーターがアヴォロスの直下に作られ、その周りには傷だらけになったイヴェアムたちが倒れている。
「……やはり脆いものだな。つまらぬ者たちよ」
※
凄まじい爆発音を聞き、視界に広がった光景に思わず目を見張る日色。戦線から少し離れたところで回復に専念していたが、自分が離れたことで仲間たちが死にそうな目にあっていることに我慢できなくなる。
戦場へ向かおうとしたところ、背後から声をかけられる。
「それですべてを台無しにするつもりかの?」
声の持ち主はジュドムと同じくSSSランカーの冒険者であるテンドクという老人だった。
「台無しだと?」
「そうじゃ。皆、お主のために、お主がアヴォロスと戦えるようになるために必死に壁となってくれておるんじゃよ?」
「くっ……だがこのままじゃ誰か死ぬぞ」
「それも覚悟をしておるじゃろ」
「なっ!?」
「これは戦争じゃ。人と人が戦い、無傷で終わる戦争など有り得ん。誰かは必ず傷を負い、そして死ぬ」
「そんなこと理解してる」
怒気混じりに言葉を吐く。
「理解しておるなら大人しくしておるんじゃ。ここでお主が出ていけば、アヴォロスの思う壺。皆の頑張りを無視してはいかんぞ」
そうは言っても、このままではまた誰かが日色のために死ぬ。日色の頭の中に、両親とアリシャの顔が浮かぶ。ミュアたちの想いは伝わっている。自分が復活するために時間を稼いでくれることも。そしてそれに命を懸けてくれているということもだ。
しかしまた、命を背負うことになるかもしれない。
日色はカチャリと腰に携帯している刀に触れる。テンは何も喋らない。彼もまた体力や気力を回復するために刀に宿って眠っている。
「焦るのも無理はないのう。ワシだって、昔はお主のように仲間が盾になってくれた時があった」
「…………」
「その時も、こんなふうにワシともう一人のキルツという男を回復させるためじゃった」
キルツというのは彼の相棒で、《平和の雫》というギルドパーティのリーダーだった男。アヴォロスに操られた結果、ジュドムによって倒され、満足気にあの世に還っていった。
「ワシは結構短気でのう。仲間がやられていくのに黙っていられず突っ込もうと何度もした。けどのう、キルツが教えてくれたんじゃよ」
「……?」
「仲間を信じることができねえ奴が、何かを掴むことなんてできねえ」
「……!」
「一人でできることなんてたかが知れてる。仲間が背中に、隣に、そして前にいる。そういう奴が世界を救うことができるんだってのう」
「…………オレは別に進んで世界を救うとは言ってないぞ」
「ほほう、じゃが世界を潰させないためにアヴォロスを倒すんじゃろ?」
「それは……」
「それが、世界を救うってことじゃよ」
「…………」
「そして皆、信じておる。お主なら世界を守ることができると。じゃからああやって、皆が戦ってくれておるんじゃ。お主は、どう応える?」
日色は再び戦場に顔を向ける。仲間たちが体中に傷を負いながらも、必死に立ち上がりアヴォロスに向かっていく。力の差は絶大。まるでゾウとアリの戦い。
それでも恐怖を、痛みを、辛さを胸の中に呑みこんで戦ってくれている。
まだ《天下無双モード》の《反動》は残っている。それにテンも回復していない。このまま出て行っても戦力としては微々たるものだ。すぐに殺される可能性の方が高い。
自分が殺されれば、恐らくアヴォロスに勝てる者はいない。
「オレは――――――奴らの想いを無駄にはできない」
「……そうか。うむ、それでよいのじゃ」
「だがこのまま黙って待っているわけには――っ!?」
「どうしたんじゃ?」
日色はあることを思いつきハッとなったので、テンドクは首を傾げる。
「そうだ……アイツなら!」
日色は戦場へと視線を巡らせ、キョロキョロとある人物を探し始める。
「ど、どうしたんじゃ?」
「違う、違う……アイツも違う……どこだ…………いたっ!?」
目当ての人物を見つけて日色はテンドクに顔を向ける。見つけた人物を指差しながら、
「あの乳女を呼んできてくれ!」
「は、はあ? ち、乳女じゃと……?」
日色の指先に立っているのは《クルーエル》の《序列五位》――シュブラーズである。
「た、確かに目を見張るほどのすんばらしいものを持っておるが……」
「おいジジイ、よだれが垂れてるぞ?」
「おっといかんいかん」
良い年をして、もう枯れ切っててもおかしくない老人なのに、まだ巨乳に興味があるとは、結構好き者らしい。
「とりあえず奴を呼んできてくれ」
「どういうことじゃ?」
「奴は時間を戻せる。まあ、限定的な条件のもとで、だけどな」
「ほほう」
「そうすれば《天下無双モード》を使う前まで戻ることができるかもしれない。上手くいけばすぐに戦線に復帰できる」
「なるほどのう。珍しい魔法じゃな。さすがは《クルーエル》といったところかのう。あい分かった。ワシの部下に頼み彼女をこちらへ呼ぼう」
「頼んだぞ」
テンドクがその場から離れていき、部下がいる場所へと向かっていく。
※
アヴォロスは上空からイヴェアムたちを見下ろしながら、視線を巡らせ日色を探していた。どこかへ身を隠したのは確実。
《天下無双モード》の《反動》によって制限を受けた力が元に戻るにはまだまだ時間がかかる。その間に彼を殺しさえすれば、あとはゴミのような連中ばかり。
(どこにおる……ヒイロ)
イヴェアムたちが時間稼ぎのために立ち塞がっているのは明白。だがイヴェアムたちなど、本気を出せばすぐにでも殺せる。
そうしてもいいのだが、まだ完全に魔神の力を使いこなせていないのも問題だった。まだ身体が魔神の魔力に慣れていないのだ。
この後、倒さなければならない存在がいる以上、魔人の力を完璧にコントロールしておかなければならない。そのためにも、雑魚とはいえイヴェアムたちは使える。
(ヒイロはこやつらを皆殺しにしてからゆっくり探すか……いや、もしかしたらこの中の誰かを殺しでもすれば自ら現れるか?)
日色がそれほど情に深い男でないことは分かっている。だがアリシャの死を背負い【イデア】に戻って来た彼の顔は、仲間の死を怖がっているように感じた。
恐らく日色は自分の力で手に届く者をすべて守ろうとしているのだろう。
(シンクと同じように……。だがそれは……不可能だ)
確かに日色の能力は高い。この世界でできないことはほとんどないだろう。しかし誰一人殺されないようにすることなどできるわけがない。
それができるのは―――。
(神のシステムを手に入れた余だけだ)
全てを管理して平和への道を繋ぐ。かつてあった暖かい道を呼び戻す。
(ヒイロ……出てこなければそれでもいい。貴様の選択が間違っていることを後悔するんだな)
その時、アヴォロスの視界に一人の兵士がシュブラーズに近づくのを捉える。
「……失念していたな。そうか、まだ奴がいたか。ククク、シュブラーズの魔法を利用するつもりだなヒイロ」
兵士とともにシュブラーズが戦線から離脱しようとする。しかし彼女は気づいていない。アヴォロスが不気味に口角を上げて後ろ姿を見られていたということに。
アヴォロスの肩にある魔人の六つの瞳が大きく開かれる。その両肩に存在する瞳から、紅き煙状のものが噴出し、煙が集束して形を成していく。
その煙がアヴォロスの前方にギロッとした目のような形に変化。
イヴェアムがアヴォロスの視線の先にシュブラーズがいることに気づくと、アヴォロスからとてつもない殺気を感じたことでゾッとした表情を浮かべる。
「シュブラーズッ! そこから逃げてっ!」
「――えっ!?」
シュブラーズがイヴェアムの声によって立ち止まって身体ごと振り向く。同時に彼女の大きな胸の中心に紅い閃光が走る。
「う……あ……っ!?」
「シュブラーズゥゥゥゥゥゥッ!?」
イヴェアムの叫びが響く。シュブラーズの胸には先程アヴォロスが作り出した紅き目の形が刻まれていた。そこからピキピキピキッと石化が広がっていく。
ほんの数秒ほどで、シュブラーズは身動き一つできない石像と化してしまった。
※
シュブラーズが石化してしまったことで、周りの者は騒然とする。アヴォロスにはそのような能力まで宿っているとは考えられていなかったのだ。
「ククク、驚いている場合か?」
アヴォロスから次々と放たれる紅い閃光。無論それはシュブラーズを石化させたものと同じ攻撃である。しかも地上にいるイヴェアムたち全員に向けて放たれている。
「かわせっ! 決して当たるでないっ!」
獣王レオウードの叫びが轟くと同時に、皆が一斉に動き始める。しかしそう皆に忠告するレオウードもまた、体力的に限界が近かったようで、普段通り足が言うことを聞いてくれずに完全に避けることができず左腕に当たってしまう。
そこからドンドンと広がっていく石化。
「くっ! このようなところでっ! むぅっ!」
歯を食い縛り、右手に炎を纏うと手刀の形を作り、自身の左腕を肘のところに右手を宛がい、そのまま力を込めて切断した。
ブシュッと切断面から血が噴き出て、左腕が大地へと落ち石化してしまう。
「レオウード様!?」
「ワシのことはよい! お前たちも避けるのだっ!」
レオウードの名を呼んだバリドに紅い閃光は迫ってきている。空を飛びながら逃げ回るが、追尾機能があるのか振り切れない。そこでバリドはハッとなって他の獣人たちに言う。
「そうか! 《転化》だ! もしかしたら肉体を捨てれば回避できるかもしれんっ!」
バリドの提案に、クロウチやプティス、その他の獣人がなるほどと頷き同様に全身を《転化》させていく。
「ククク、《転化》など『精霊』に近づくための足掻きそのもの。『精霊』でなき者が、この《電紅石化》から逃れることはできぬ」
アヴォロスの自信に満ちた言葉。それを裏付けるかのように、《転化》して肉体を捨てたバリドたちの身体に《電紅石化》が触れた瞬間、シュブラーズと同じように石化していく。
「くっ……レオウード様……申し訳……!」
「ニャ~! 石になるニャんてイヤだ……ニャ……!」
バリドとクロウチは石化してしまい、プティスもまた石化しようとしていたが、突如頭の部分が上空へ弾き跳んだかと思ったら、その中から小さな物体が姿を現した。
「……危なかった」
頭の上には獣耳、臀部周辺にはリスのような大きくてモコッとした尻尾が生えている。身体の三分の一ほどの大きさがありそうな柔らかそうな尻尾である。
「おお、プティス、無事か?」
「はい、レオウード様。咄嗟にクマさんから脱出したので」
プティスが着用していたクマの着ぐるみが、全部石化する前に脱出したようだった。
見た目は恐らくこの場で誰よりも小さき存在。茶色い髪の毛がクルクルとクセっ気のように巻かれていて、眠たそうな垂れ目が印象的な可愛らしい少女。
レオウードもプティスの無事に頷きを返し、周囲を見回す。そこでは他の者たちがいまだに《電紅石化》から逃げ回っている。
「厄介な力だ……」
「レオウード様、とりあえず止血」
プティスが近づき、レオウードの左腕にそっと触れるとパキキッと氷が出現し彼の左腕の傷口を覆った。
「すまんな、プティス」
「いいえ、ですがクロたちをここから避難させましょう」
「……まだ奴らは死んでいないということか?」
「分かりません。ただここに置いておいたら戦闘に巻き込まれて砕かれてしまいます」
そうなれば助かるものも助からないかもしれない。石化が解けるかどうかは分からない。だがもし解けるなら、大事に扱わなければというプティスの考えは正しい。
「分かった。ならバリドたちを持ってここから離れよう」
「了解」
ここで四人が戦線を離脱することになった。
※
「お嬢様っ!」
「シウバッ!?」
リリィンの前に出て《電紅石化》から彼女を守るシウバ。二人分のソレが彼の身体に衝突するが、驚いたことにバチンッと弾けて霧散する。
「むっ!?」
リリィンが眉間にしわを寄せて、今の現象に疑問を抱く。
「おいシウバ、何をした?」
「い、いいえ……いや、今のはどことなく魔法を弾いた時と同じ感覚を覚えました」
「つまりこれは魔法攻撃に近いものだということか」
「そのようでございます。つまり『精霊』であるわたくしには通じないようです」
「ふむ、ならば貴様が他の者に放たれている攻撃を弾いてくればいい」
「畏まりました」
シウバは頭を下げると、リリィンの言う通りに動き出す。その最中、同じ『精霊』であるヒメの姿を見るが、彼女もアヴォロスの攻撃特性に気づいたようで、その力を活かしてニッキへの攻撃を弾いていた。
シウバは一番近くにいたウィンカァの傍にやって来て、《電紅石化》をその身体で弾いた。
「っ!? ……ありがと」
「いいえ、執事として当然のことをしたまでですから」
それだけを言うと、シウバは視線を動かして次に近いイヴェアムのもとへ急ぎ、身体で攻撃を弾いた。
「えっ!? シ、シウバ殿?」
「ノフォフォ、ご無事ですかマドモアゼル?」
「あ、か、感謝致します」
しかしシウバの行為を空から見ていたアヴォロスが再び《電紅石化》に力を込めていく。彼の胸の前で膨れ上がる魔力。ドンドンと凝縮されていき、濃密な敵意を含ませた《電紅石化》が完成する。
それをリリィンが見て、シウバに「貴様を狙っているぞシウバ!」と注意を促す。シウバも気づきアヴォロスに身体を向ける。同時に放たれる《電紅石化》。
しかしシウバはまたも弾くつもりで前を見据えるが、迫ってくる《電紅石化》を凝視して目を見張る。
「こ、これはマズイですぞ!」
咄嗟にその場から逃げようと試みたが一歩遅く、シウバの身体を紅い閃光が貫く。だが今度は弾くことなく彼を石化させていく。
「シウバッ!?」
「お嬢……様……お逃げ……!」
石化してしまった。ギリッと歯噛みしたリリィンがギロリとアヴォロスを射殺すような視線をぶつける。
「貴様ぁ……!」
「クク、いくら『精霊』といえど、《絶対魔法》の優劣をもう少し重要視するべきだったな。余が本気で放つ《電紅石化》を、たかが『闇の精霊』ごときが防げるわけがない」
『精霊』には魔法は効かないというのは通説。だが効く魔法も存在する。それが《絶対魔法》と呼ばれるもの。そこには優劣が存在し、魔法が対象の『精霊』の力を越えていた場合、その魔法は届いてしまうのだ。
先程のはアヴォロスが小手調べに放った《電紅石化》だったために、シウバでも弾くことができたが、本意気で使用された《電紅石化》を弾く力はシウバにはなかったようだ。
「よくもワタシのしもべをっ!」
リリィンの全身から溢れ出す魔力がアヴォロスへと向かう。
「ほう、少しは成長したのか。アダムスの劣化版も少しはやる」
「その名で呼ぶなっ!」
リリィンの魔力を、アヴォロスもまた身体から溢れ出した魔力でもって押し返していく。
「魔力の扱いは余の方が上だ。そのまま押し潰されるがよい」
やはり魔力の量、質、ともにアヴォロスが上。次第に彼の魔力がリリィンの魔力を呑み込んでいく。
「くっ……まだまだこのようなことで諦めるワタシではないわっ!」
バチィィィィィッとさらに放出されたリリィンの魔力。しかも形を変えて鋭い針状に変化してアヴォロスの魔力の中を突き進んでいく。
「何っ!?」
その針がアヴォロスの身体を貫く。
「ようやく獲ったぞ……魔神め」
リリィンの髪がフワリと浮き上がり、瞳から紅蓮のオーラがユラユラと漏れ出している。
「アダ……ムス……!?」
アヴォロスの瞳が大きく開かれリリィンを凝視していた。
※
アヴォロスはリリィンの魔力に身体を貫かれはしたがすぐにリリィンに向かって魔力の塊を放ち反撃をした。ドゴッと拳大の魔力がリリィンの身体を貫き風穴を開ける。
リリィンは口から大量の血液を吐くが、何故か笑みを浮かべたまま。
「ちっ、よもや余が幻術にハメられるとはな」
いつの間にか周囲の情景が変化していた。まるで雲の上に立っているかのようなフワリとした感触が足元から伝わってくる。
空の色も紫色で、灰色の雲が足元に広がっている何もない空間。ただあるのは魔力で貫いたはずのリリィンの姿のみ。しかもそのリリィンが次々と分身したかのように増えていく。
「……本来ならば《アダムスの核》を持つ余に幻術は効かぬのだが、余が取り込んだせいでその力が失われているのが悔やまれるか」
アダムス自身が、幻術使い――《幻夢魔法》の使い手だったので、いくら同じ魔法を扱うリリィンといえど、まだアダムスの領域までには至っていない。
しかもアダムスの魔法は《絶対魔法》の領域に入っていた。普通ならリリィンの魔法くらいは即座に看破することができるのだが、アヴォロスが自身の身体に《アダムスの核》を取り込んだことで、力が反作用してしまい本来あるべき能力が失われてしまっているのだ。
しかしそれは最初から覚悟のうえでアヴォロスは《核》を取り込んだ。欲したのはアダムスの理不尽なまでの魔力量だったからだ。たとえ魔法の力を失っても、魔力量を引き継ぐことができれば問題ないと判断した。
背後からリリィンが迫ってくる。鋭い爪を伸ばして突き刺そうとしてくる。無論普段ならそのような攻撃が当たるわけがない。しかし回避しようとしたところ、いつの間にか足元から複数のリリィンが這い出てきて身体の身動きを奪っていた。
グサッと身体を突き抜ける痛みを感じる。胸へと突き出たリリィンの爪。
「ぐ……」
さらに追い打ちをかけるように次々と周囲にいるリリィンが襲い掛かってくる。全身を貫かれ、刻まれ激痛が全身に走る。
「……ククク、精神世界での攻撃は確かに防ぎようがなさそうだ」
身体から鮮血を滲み出しながらフラフラとした足取りで立つアヴォロス。
「どうだ元魔王? これから貴様にありとあらゆる苦痛を与えてやる。貴様の心が砕けるまでな」
「ほう、そのようなことができると本気で思っておるのか?」
「ここはワタシの世界。魔神と一体化したとはいえ、心の器、強さは貴様自身のもの。魔神は関係ない。こうなれば対等だということを教えてやる」
刹那、アヴォロスの右腕が爆発したように弾け飛ぶ。鋭い熱と激痛がアヴォロスを襲う。
「ぐぅっ!?」
肉の焦げる嫌なニオイが鼻をつく。右腕からは黒い煙が立ち昇っている。その時、どこから現れたか、鎖が体中に巻き付き上空へと身体を四方に引っ張られる形で浮き上がっていく。まるで身動きが取れない。
「ここで貴様に千度の死を与える」
リリィンの言葉が終わった瞬間、シャキンッとアヴォロスの首が真横に切断される。彼の背後にいたのは、大きな鎌を持つ黒衣を纏った死神だった。
アヴォロスは視界が一瞬真っ暗闇に囚われ、次に気づいた時は再び五体満足の身体を有して鎖に拘束されている状況だった。
「……なるほど、これが精神世界での死か……」
思った以上に死という経験は心を引き裂く。首を切断された時の痛みはない。だがまるで何か奪われてはいけないものを奪われたような喪失感と、精神的苦痛がアヴォロスを襲う。
「あと九百九十九回……これまで貴様が殺してきた者どもの怨念に引き裂かれるがよいわ」
突然リリィンの身体が毒々しい紫色に変化し、亡霊のごとく姿を変えていく。伸びてきた手がアヴォロスの首を絞め始める。
「ぐ……が……っ!?」
次第に力が強くなっていき――――――ボキィッ!
乾いた音が周囲に響く。
アヴォロスはハッとなって目を見開く。再度悪夢から戻って来たような感覚。
「……また殺されたというわけか」
じっとりと身体に汗が滲み出る。全身に力を入れようとするがまったく入らない。
「幻術……恐るべき力だな」
今までこれほどの高レベルな幻術を身に受けたことはなかった。ほとんどが自分の意志で破れるほどの矮小なもの。しかし今回の幻術は些か埒外の能力を備えているようだ。
幻術では心と心のぶつかり合いである。より強く自分を保てる方が勝つ。アヴォロスにとって心の強さは誰よりも上だと自負している。しかしながらいまだにリリィンの自由を許しているということは、それだけ彼女の心が強いということ。
(さすがは本来アダムスの器となるべき人物といったところか)
正直、最初はただの劣化版としか思えないほど凡弱な存在だった。しかし此度の戦の中で何度も限界を打ち破り成長、いや、進化してきた。
「ククク、貴様もまた、ヒイロと同じくイレギュラーな存在だったというわけだ」
「何を笑っている? おかしくなるのはまだ早いぞ」
「いや、貴様の評価を改めているのだ。さすがは《幻夢魔法》に選ばれた存在だ」
「今更遅いわ。貴様はここで朽ち果てるだけだ」
「ならば試してみるが良い。余が千度程度の死で潰れるかどうかをな」
これだけの精神世界を創り出すのは並大抵のことではない。相手が一兵卒ならともかく、アヴォロスなのだ。
恐らく幻術時間も限られている。その時間を耐え切ることができればアヴォロスの勝ち。もし耐え切れば、リリィンも魔力が空になり戦闘不能に陥るだろう。
「さあ、根競べだ、リリィン・リ・レイシス・レッドローズ」
微塵も自分の勝利を疑っていないアヴォロスは、不気味に口角を上げた。
※
突然アヴォロスとリリィンが動きを止めた。
今の内にアヴォロスを仕留めることができれば良いのだが、まだ彼が放った《電紅石化》の処理という問題が残されている。
イヴェアムは、周囲を確認し、誰が石化し、誰がまだ《電紅石化》から逃げ回っているのかを確かめる。
石化して戦線離脱を余儀なくされたのは結構な人数に上っている。マリオネ、シュブラーズ、イオニス、クロウチ、バリド、シウバ、ラッシュバル。
レオウードとプティスもバリドたちを避難させるためにこの場にはいない。ミュア、アノールド、ニッキ、カミュは、近くに『精霊』のヒメがいたことで《電紅石化》を弾いてもらい無事のようだ。
あとはジュドムとタチバナ、そしてアクウィナスがいまだに逃げ回っている。
「ヒメ殿! あの人たちを助けてほしいですぞ!」
ニッキの嘆願を聞き、ヒメは「仕方ないわね」と呟きながら一番近くにいるタチバナの方へと向かう。
「むぅ、まさか《次元断》でも防げぬとは、厄介な技でござるな」
タチバナは刀で次元を斬り裂いて、そこに《電紅石化》を誘い込むが、スッと通過して真っ直ぐタチバナへと向かってくる。
そこへヒメが現れ、向かってくる紅い閃光に自身の手で払うようにして弾け飛ばした。
「むほ!?」
「ふぅ、無事かしら?」
「おお、かたじけないでござる」
「いいわよ、主の頼みだし」
だがまだ二人の人物に危機が迫っている。ジュドムが逃げながらも視線の先にはアクウィナスがいた。彼はすでに限界に近いのだろう、空も飛ぶことができずに何とか反射神経だけで、迫ってくる《電紅石化》を避け続けていた。しかし徐々に回避スピードが遅れてきている。
ジュドムは背後から追いかけてくる紅い閃光を一瞥すると、アクウィナスへと視線を戻す。そして覚悟を決めたようにキリッとした表情を浮かべると、
「アクウィナスッ!」
彼の名を叫ぶ。
「ジュドム……!?」
ジュドムは何を思ったか、アクウィナスに近づくと、彼の身体を掴んだ。
「何を……!?」
しかしジュドムは答えない。真っ直ぐ紅い閃光がアクウィナスに向かってくる。また背後からもジュドムへと脅威が迫ってくる。
「今だっ!」
ジュドムはアクウィナスを抱えて天高く跳び上がる。すると挟み撃ちのような形で向かってきていた《電紅石化》同士がぶつかり合った。
「よっしゃ! 計算通り!」
ジュドムの狙いはこれだった。同じ力をぶつけて相殺するためにアクウィナスに近づいたのだ。しかしそこに誤算が存在した。
相殺したと思った《電紅石化》が、一つになって巨大化したのちジュドムたちへと襲い掛かってきたのだ。このままでは二人ともが石化してしまう。そう考えたジュドムは、アクウィナスを力一杯放り投げる。
「ジュドムッ!?」
「後は頼んだぜ、アクウィナスッ!」
《電紅石化》がジュドムの身体に突き刺さり、呆気なく石化してしまった。だが彼のお蔭でアクウィナスは地面に投げ出されてしまったが、石化から免れることになった。
石化したままジュドムが落下してくる。このままでは粉砕するかもしれない。アクウィナスは右手をかざして、ジュドムの直下に魔法で黒い塊を作りクッション役として彼を受け止め、静かに地面へと下ろした。
そこへイヴェアムが彼の名を叫びながら近づいてくる。
「大丈夫なのアクウィナス?」
「はあはあはあ……あ、ああ……ジュドムのお蔭でな」
その時、イヴェアムの視界にリリィンが膝をつく姿が映る。
「も、戻ってきたみたいね…………アヴォロスはっ!?」
空を飛びながらガクッと頭を垂れて身動き一つしないアヴォロス。そしてそんなアヴォロスを地上から肩を激しく上下させて睨みつけているリリィン。
この構図、どちらが勝ったのかまだ判別はつかない。アヴォロスが動かないということは彼を精神的に討ち破り勝利したのかもしれない。
ただリリィンの姿を見ると、全身から大量の汗を噴き出し目の下には隈が見て取れる。まるで不眠不休でマラソンをし続けていたような疲労感がありありと感じさせてくる。
「はあはあはあ……くっ」
その時、リリィンが悔しげに歯噛みしながら顔を歪める。
「…………ククククク」
周囲にいる者がギョッとなっても仕方がないだろう。アヴォロスが肩を震わせ笑い出したのだから。ゆっくりと顔を上げていくアヴォロス。彼もまた疲弊している様子が感じられるが、それでもリリィンよりかは正常に近い。
表情には勝者が浮かべるであろう笑みが見える。
「危ないところだったが、この勝負――――――――――――余の勝ちだ」
リリィンはその言葉を聞いた後、フッと目に力がなくなりバタッと地面に倒れてしまった。
「リリィン殿ぉっ!?」
彼女の名を呼び駆けつけるのはニッキだ。その後ろからヒメ、カミュ、ミュア、アノールドもついてくる。
ヒメが彼女を抱き上げ額に手を当てる。
「……大丈夫よ。命に別状はないわ」
「そ、そうですか……良かったですぞ」
「だけれど、もうこれでは戦えないわね。体力も魔力も底を尽きかけてるわ。ちょっと、貴方?」
「え、俺?」
アノールドはヒメに顔を向けられたので自分を指差す。
「そう、彼女をここから遠ざけなさい」
「よ、よし、分かった!」
アノールドがリリィンを背中に担ぐとそのままその場から離れていく。ニッキはリリィンですらも打ち破ったアヴォロスを苦々しい表情で見つめる。
「ほとんどの人がやられてしまいましたですぞ。ここはヒメ殿、ボクたちがやるしかないですぞ!」
「……厳しいわね。今この場にいてまともに戦えそうなのは……」
ヒメは周囲を確認する。イヴェアムはまだ大丈夫。しかしアクウィナスは石化を免れたものの満足に戦えそうにはない。するとイヴェアム含めて戦えるのは、ニッキ、ヒメ、カミュ、タチバナ、ウィンカァの六人ということになる。
「あの規格外に六人だけは正直無理に近いわ」
「け、けど師匠が復活するまでやるしかないですぞ!」
「うん、ヒイロのためにもやる」
カミュもやる気を見せている。そこへタチバナとウィンカァ、そしてイヴェアムも近づいてくる。
「ほう、まだ諦めぬとは、余程酔狂な者どもよ」
アヴォロスがそのままゆっくりと地上へと降りてくる。だが大地に足をつけたその時、アヴォロスがフラッと体勢を崩す。
「っ!? ……なるほど、思った以上にダメージを受けていたようだな」
リリィンの《幻夢魔法》も無駄ではなかったようだ。しかも精神的なダメージなので、回復するにも身体の傷よりは遅い。
「だが貴様らなど障害でも何でもないわ」
するとそこへアヴォロスの右後方から光の塊が向かってくる。
「む?」
アヴォロスは尻尾でバチンッと弾くと、その光が放たれた場所を睨みつける。
そこにいたのは――。
「そうか、忘れておったが、まだ貴様らがいたな」
勇者四人が戦闘態勢に入っていた。
「ウチらのこと、忘れてもらったら困るわ!」
「その通りです!」
どうやらしのぶと朱里が放った光の塊だったようだ。前方に立つ二人の様子を見てそれが理解できる。
「貴様ら凡弱勇者に何ができる? 正直に申してやろうか。かつての勇者と比べても、貴様らは格が違うほどに弱い。まあ、傍にシンクがいたお陰だったということもあるが、それを抜きにしても貴様らは圧倒的に経験も力も足りない」
アヴォロスから放たれる異様なオーラに四人は圧倒されてしまい後ずさりする。
「余が忘れるほどの存在。つまり貴様らはそこらへんに生えている雑草と何ら変わりがない。何の脅威も感じぬし興味もまた皆無だ」
「うるさいわね! 雑草だってね、魂があるのよっ! アンタなんかに踏み潰すことなんてできないわ!」
千佳が叫ぶが、大志はおろおろしたままだ。アヴォロスの力をずっと近くで感じてきた彼なのだから恐怖もひとしおだろう。
それでも前に立つ三人を見て、大志は覚悟を決めたようにゴクリと唾を嚥下すると覚束ない足取りで彼女たちの前に立つ。
「ほほう、貴様も戦うというのか? あのまま元の世界にいれば死なずに済んだものを。あれほど熱望した望みを叶えてやったというのに、貴様は愚かだな」
「な、な、何とでも言えよ! 俺は! 俺だってお前にはムカついてんだっ!」
腰が引けている感じが否めないが、それでも身体を震わせながらアヴォロスと対峙している大志。
「俺は何度も裏切った……いろんな人を裏切った。大切な人を……裏切った」
「大志……」
千佳が後ろから彼の頭を見つめる。
「だから、もう裏切りたくないんだ! 俺は……俺を信じてくれる仲間のために戦いたいっ!」
「大志さん!」
「へへへ、ようやく男らしゅうなったな大志っち!」
朱里としのぶにも笑顔が浮かぶ。千佳もホッとした様子で彼を見つめている。
「……奮起しているところ悪いが、ならどうする? 貴様らが百人束になったところで余には勝てん。それすらも分からぬか勇者ども」
「確かにウチらだけじゃ無理やろな! せやけど、ここにはイヴェっちたちもおるんや! そう簡単には潰れへんよ!」
しのぶの言葉にやれやれといった感じで溜め息を吐き出すアヴォロス。そのまま瞬時に《電紅石化》を四人に向けて放つ。
「「ホーリーサークルッ!」」
しのぶと朱里による光魔法。四人の足元に浮き出た魔法陣から光の柱が天へと昇り四人をガードする。レベルの低い彼らの魔法が通じる相手ではないはずなのだが、どうしたことか《電紅石化》がその壁にバチィンッと弾かれ消失した。
それを見ていたイヴェアムたちも唖然とするが、アヴォロスもその現象に少なからず驚いて目を細めていた。
「そうか、勇者特有の光魔法。魔神の力が光属性に弱いということを失念していたな。さすがは魔神と対極にある勇者の力だ」
「あんまウチらを舐めんといてやっ!」
「だがそれも力を凝縮すれば突き破れる程度の弱々しさ」
シウバに向けて放った時と同じように力を凝縮し始めるアヴォロス。だがフッと意識が飛んだかのように身体がグラリと揺れる。
「くっ……幻術のダメージか……!?」
その瞬間を好機と思ったのか、しのぶがイヴェアムたちにも向かって「今の内に攻撃やっ!」と叫ぶ。
イヴェアムたちもその声をきっかけにアヴォロスに向かって攻撃を放とうとするが、上空から三体のヴァルキリアシリーズが降り立ちアヴォロスを囲む。
「くっ……キリア……!?」
イヴェアムの悔しげな言葉が響く。05号が無機質な表情のままアヴォロスに尋ねる。
「ご無事ですか、陛下?」
「あ、ああ……どうやら考えていた以上に精神に負担がかかっているようだ。下手に魔神の力を使うと暴走してしまうかもしれん」
「ではここは我々が時間を稼ぎます」
ヴァルキリアの01号と03号が、弾かれたようにその場から動き勇者側とイヴェアム側に向かって突進していく。
05号だけはアヴォロスの傍に控えていつでも身体を張って守れる位置にいる。
「ニッキ、私を宿すのよ!」
「はいですぞ!」
ニッキの右腕に巻かれている白いリボンへと光になったヒメが吸い込まれていく。カミュもまた地面に手を当てて砂を作り出し操ろうとするが
「……く……力が出ない」
やはりカミュもヒヨミとの戦いで力を使い果たしていたようで、砂を操れないでいるようだ。それにそれはニッキにもいえることで、ヒメを宿したはいいものの、すぐに肩で息をし始める。
そんな彼女たちを見てタチバナとウィンカァは互いに顔を合わせて頷き合う。二人は皆の前に立ち、
「ここはウイたちが頑張る」
「お主らは支援を頼むでござるよ」
「私も戦うわ。魔王として」
ウィンカァとタチバナ、そしてイヴェアムが向かってくる03号に対峙する。




