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200:金色の矛と紅蓮の盾

「……ニッキ、無事?」


 ヒヨミへの攻撃でカミュもまた全精力を注ぎ込んだようで、地面に横たわりながら意識を失っているニッキを心配していくる。


「ええ、大丈夫よ。貴方もよくやってくれたわ。ありがとう」

「礼なんて……いい。俺だって、父さんの仇を討ちたかったから」

「そうね。二人とも良い連携だったわ」

「うん、ありがと」


 ヒメはニッキを膝枕で寝かせていると、遠くからカキンカキンと刃物同士がぶつかり合う小気味の良い音が風に乗ってやってくる。


「あの鈍感眼鏡もしっかりやっているようね」

「うん、ヒイロは……強いから」

「当然よ。『精霊』と契約できた者が弱いわけがないわ。もし倒されたら許さないんだから」

「……はは」

「何よ? 何かおかしなこと言ったかしら?」

「あ、ごめん。でも君もヒイロのこと心配してくれるんだね」

「なっ!? そそそそそそそそんなわけないじゃないっ! ア、アイツが死んだりしたらニッキが悲しむと思ったから……た、ただそれだけよっ!」


 明らかな動揺が彼女から伝わってくる。顔を赤に染め上げて必死に言い訳している姿は見ていて面白いものだ。


「はは、そっか。うん、俺もヒイロ好き」

「わ、わわわ私は別に好きじゃないわよっ! あんな傍若無人な鈍感眼鏡なんてこっちから願い下げだからっ!」

「……ニッキが起きるよ?」

「あ……!?」


 慌てて口を押えるヒメ。そしてむ~っという感じでカミュを睨みつけるが、カミュは素知らぬふりである。


「もう! アイツの周りには本当に碌な人材がいないね」


 その筆頭はやはり同じ『精霊』のテンかもしれない。いつも彼女に余計なことを言って吹き飛ばされていたのだから。


「これからどうすればいいんだろ……?」


 カミュの呟きにヒメが眉間にしわを寄せる。


「敵を倒したのだから先に進め―――」


 瞬間、その場にいた三人の存在が消失。それはアヴォロスの近くにいたレオウードたちと同様、外に転移させられた時と同じ様子だった。



     ※



 アヴォロスは冷たい視線を先程までニッキたちがいた戦場へと向けている。


「か、彼女たちも外に飛ばしたのかしら?」


 問うのはマルキスである。アヴォロスはその問いには答えずに呆れたように吐息を一つ。


「まさかヒヨミまでもが倒されるとは……これは予想外だったな」

「お前は人を舐め過ぎだ! 人は守るためならどこまでも強くなれる!」


 魔王イヴェアムがアヴォロスを睨みつける。ニッキたちが格上であるヒヨミを倒したことでイヴェアムもまた自分の言葉に自信を持てていることだろう。


「……しょせんは捨て駒か」

「え? 何を言っているのだ?」

「捨て駒だと言っている」


 アヴォロスは冷淡に言葉を吐きながら、静かにその碧眼を流しイヴェアムに向ける。


「今、この場で戦っている者は全て捨て駒だ。余興の一つに過ぎん」

「……お前は仲間を何だと思っている!?」


 仲間を大切にするイヴェアムにとって、今の言葉は聞き流すことなどできないのだ。


「ククク、仲間か……別に仲間を蔑ろにしているわけではない」

「……?」

「ただ奴らを仲間だと断じておらぬだけだ」

「なっ!? か、彼らの中にはお前のために力を尽くしている者だっているのだろう!」

「どうだかな」

「え?」

「口先では何とでも言える。いや、たとえその者の意志で付き従っているとしても、それはまた操作されている可能性だってある」

「操作……? ……っ!?」


 イヴェアムもまたハッとなり、アヴォロスの言いたいことを理解したようだ。


「気づいたか? そう、余の配下たちも意識を操作された上で従っている者がいる可能性は高い。だからこそ、余は奴らに心は開かん」

「……それはかつて、裏切られたからか?」

「別に裏切られることを恐れてはいない。恐れているのは、奴らの手の中で踊ってしまうことだ」

「……本当にいるのか? 私たちの意識を操作などできる存在が!」

「信じたくなければそれでも構わん。もう誰にも信じてもらいたいなどとは思ってはおらんからな」

「アヴォロス……」


 イヴェアムは見た。その言葉を吐いた彼の瞳の奥。そこに潜む冷たく昏い……どうしようもないほどの悲しみを……。

 その時、いつの間にかこの場からいなくなっていたイシュカ――優花が突然出現した扉から出てきた。そして彼にそっと耳打ちをする。


「……何? 魔神が動いていない?」

「どうやら生まれてくるのが早かったために覚醒しきっていないようです」

「ふむ……やはり現実は思い通りにはそうそういかないものだな。さすがは魔神。扱いが難しい」


 アヴォロスたちの言葉を聞くと、どうやら魔神ネツァッファは暴れていないらしい。イヴェアムやマルキスもホッとする思いを抱えている。

 アヴォロスはしばらく考え込むような仕草をすると、その視線を二つある戦場のうち、一つに視線を走らせる。


「……あそこを使うか」


 視線の先にあるのはタチバナ・マースティルと『魔人族化』したビジョニーとの一戦。


「ですがよろしいのですか? 一度外へと出せば二度とこの世界には閉じ込められませんよ?」


 優花からの忠告がアヴォロスの耳へと入っていく。


「よい。まずは魔神の復活を最優先だ。奴らの戦いに刺激されて目を覚ましてもらおう」



      ※



 ヒヨミを倒したヒメたちがアヴォロスの手により外へと飛ばされた結果、突然変わった風景にさすがのヒメもキョロキョロと周囲を見回して唖然としていた。


「あれ? 戻った?」


 カミュにとっては見覚えのある光景が広がっているので、外に戻ってきたことがすぐに理解できた。


「あっ! カミュさん!?」

「? ……ミュア?」


 カミュに近づいてくるのはミュア・カストレイアだった。彼女はニッキやカミュがボロボロの姿なのに気づき、しかもニッキが目を閉じていることに顔を青ざめる。


「ニ、ニッキちゃんっ!?」


 慌ててニッキに駆け寄ろうとするが、ヒメが手を上げてそれを制止させる。


「大丈夫よ。この子はちょっと疲れたから眠っているだけだから」

「え……えっと……あ、あなたは?」

「私はこの子の『契約精霊』よ」

「『契約精霊』……? えと……ヒイロさんとテンさんと同じ?」

「そうよ。だから信じなさい」

「ミュア、ニッキは大丈夫だよ。ヒメは友達」

「あ、はい……分かりました」

「分かってくれて何よりだけど、一つ聞いてもよろしくて?」

「ど、どうぞ」


 ヒメは目を細めて鋭くさせると、顔をゆっくりとある場所へと向ける。


「あの理解しがたい生物は何かしら?」


 そこにいたのは山よりも大きな巨大生物。ミュアもゴクリと喉を鳴らしてから答える。


「魔神……ネツァッファです」

「ま、魔神ですってっ!?」

「アレが……」


 ヒメは驚き、カミュは珍しいものを見るように凝視している。


「お爺様に聞いたことがあるわ。魔神がかつて勇者によって封印されたこと。だけどそう、やはりアヴォロスの狙いは魔神の復活だったのね。しかも魔神がこれほど規格外の存在なんて……」


 ヒメはその眼を光らせて魔神を観察する。その内包する力を感じ取ったのか、ヒメの全身からブワッと嫌な汗が噴き出る。


「これは……笑えないわね」


 引き攣った笑みを浮かべてヒメは大粒の汗を額から流す。『精霊王』の血筋である彼女でさえも愕然とするほどの存在であることが、彼女の様子を一目見て伝わってくる。


「眠っているようだけれど、どうして?」

「あ、それは多分……」


 ミュアがヒメの質問に答えようとした時、またもその場に複数の存在が出現。


「むほ? ここはどこでござるかな?」


 その一つ、タチバナがのほほんとした声を出していた。


 突如として先程まで戦っていた場所から転移してきたタチバナ・マースティル。彼女だけでなく、同じ戦場にいたイオニスやシュブラーズも一緒である。


「イオちゃんっ!」


 ミュアは友達であるイオニスの身体が傷だらけの様子を見て傷薬と包帯などを袋に詰めて駆け寄っていく。


「ミュ、ミュア……」

「イオちゃん……良かった無事で……」

「ん……でもアイツを倒せなかったの……」

「アイツ……?」


 イオニスの視線の先には赤黒い巨大生物が挙動不審のように周囲をキョロキョロと見回していた。


「あれ……誰?」

「ハーブリードを殺した奴なの」

「ええ!? あのキラキラした変な人!?」


 それも今は見る影もない。しかしイオニスは彼に負けたようで悔しげに変わり果てたビジョニーを睨みつけている。

 そのビジョニーの前に立ち悠然と刀を構えているのはウィンカァの師匠であるタチバナだ。


「おいタチバナ!」


 そこへ誰かの声が彼女の耳へと届く。


「おお~、ジュドム殿ではござらんか! 皆も無事のようで何よりでござるな」

「そんなことよりもお前、あまり派手に戦うんじゃねえ!」

「むほ? 理由を聞いてもよいでござるかな?」

「お前も気づいてるだろ! あのクソデカい魔神のせいだよっ!」

「ふむ。確かにずいぶんと寒気をさせる生物でござるな」


 タチバナはのほほんとした雰囲気を崩しはしないが、厳しい目つきで魔神を見つめている。


「ここで下手に騒ぎを大きくすれば、奴が目覚めちまう恐れがあるんだ!」

「なるほど、故に遊んではいられないということでござるな」


 タチバナの視線が再びビジョニーへと向けられる。またビジョニーも本能で魔神の強さを察知したのか目を奪われてジッと動かずにいる。

 すると何を思ったか、彼の周囲に出現した泡が魔神へと放たれる。爆発効果を生む泡を魔神へと向けられてしまえば、確実に魔神が目覚めてしまう。

 皆が絶句し、表情を青くする。


「とりあえず、それはさせんでござるよ」


 タチバナが刀を構えると黄色いオーラが彼女の身体を覆う。その泡へと向けて斬撃を放つ。


「《六ノ型・次元封刃(じげんふうじん)》っ!」


 放たれた黄色い斬撃が泡の前方にある空間を斬り裂き、その空間に泡を閉じ込めてしまった。自身の技を完全封殺したタチバナを忌々しげに睨みつけるビジョニー。

 身体ごと彼女に向けた彼を見て、周囲にいる者は魔神から意識をが逸れたことにホッと息をつく。しかしまだ問題が解決したわけではない。

 とにかくここで好き勝手にビジョニーに暴れられれば、その騒ぎで魔神が起きてしまうかもしれないのだ。ただでさえ爆発という大きな音を立てる魔法を扱うビジョニーなのだから。


「おいタチバナ! 何とか奴が魔法を使う前に仕留めるんだ! 俺も手伝う!」

「いいや、その必要はないでござるよ」

「はあ?」


 ジュドムが手を貸した方が、なお戦闘はスムーズに終わると誰もが思う。だがタチバナはそれを拒否した。ザッザッザッとゆっくりビジョニーに近づくタチバナ。

 そんな彼女の接近を許さないビジョニーから、膨大な魔力が放出し周囲に無限とも思えるほどの泡の集合体が一瞬にして出現。

 誰もがその状況に言葉を失う。およそ彼が魔法を発動させる前に倒すことなど不可能に思えた。だがそこでただ一人ニヤリと笑みを浮かべている者がいる。それがタチバナだ。

 タチバナはスッと懐に手をやると、何かを上空へと投げた。刹那、パリンッとガラスが割れるような小さな音が響き、周囲に赤い粒子が舞う。

 そして泡は爆発する前に青白い魔力状になって霧散していく。


「このフィールド、確か魔法無効化でござったな?」

「お、おいタチバナ……お前いつの間に……」

「なあに、《マタル・デウス》とやらは誰もが先程の赤い石を持っていると聞いていたでござる。だからあの空間に侵入して、そこの御仁と打ち合った時にちょいと拝借したでござるよ」

「スリかよお前……」

「む……ヒドイでござるな。拙者の見事な解決法を褒めてはもらえんでござるか?」

「あ、ああ……助かったよタチバナ」

「むほほ~」


 タチバナはニコッと嬉しそうに笑顔を浮かべると、そのまま魔法が使えずに困惑しているビジョニーを視界に捉える。


「さて、そろそろ幕にするでござる」


 少し前傾姿勢に身体を傾け、居合いの構えをとる。ビジョニーはどうしようもなくなったのか、その巨体をドシドシと動かしてタチバナに突進してくる。もう彼には肉弾戦しかないのだから仕方ないのかもしれない。

 瞬きもできない短い時間の中、タチバナが刀を抜く。一瞬の閃光の後、気づけばタチバナとビジョニーは交差して、互いに背を向けた状態だった。

 カチンと刀を鞘に納めるタチバナ。ゆっくりと前傾姿勢のままだった身体を起き上がらせ自然体を保つ。


「《三ノ型・瞬絶(しゅんぜつ)》……」


 ブシュゥゥゥッと赤黒い血を撒き散らしてビジョニーの身体が真っ二つに上半身と下半身が別れる。耳を覆うような断末魔の叫びが轟くが、次第にその声も小さくなっていく。

 そして彼の身体が徐々に灰化していく姿を見ると、ビジョニーが絶命したことをイオニスも知る。


「ハーブリード……あなたを殺した奴は死んだの。だからゆっくり休んでなの」


 彼女は自身の手で仇を討てなかったことは悔しいだろうが、それでもどことなくホッとした様子のイオニスだった。


「さて、ジュドム殿、アレについて詳しく聞きたいのでござるが?」

「お、おう……つうか、ホントに強くなったなタチバナ……。キルツさんに教えてやりたかったぜ」

「むほ、照れるでござるよ。それよりも」

「ん? ああ分かった。ならアッチでな」


 ジュドムとタチバナはレオウードやマリオネがいる場所へと向かっていった。



     ※



「フッ、ずいぶん嬉しそうだなヒイロ」


 ルビーのように紅き瞳を細め、ほんの少し頬を緩めたアクウィナスが目の前に立つ日色に言葉を向ける。


「何がだ?」


 日色にとっては彼の発言の意味が分からず眉間にしわを寄せている。


「弟子の成長。やはり師としても嬉しいか?」

「…………」

「沈黙は肯定ととるぞ」

「勝手にしろ」


 そうはいうものの、実は日色にとってもニッキの成長ぶりは嬉しい誤算でもあった。テンから聞いたのはヒメがニッキと契約したということ。

 つまりニッキは『精霊』を受け入れるだけの器があったということだ。あの小さな身体で、家族を失って必死に日色についてきた。

 強くなるために厳しい修行も行い、文句一つ言わず日色の弟子として日々を過ごしてきた。そんな彼女が、『精霊』と契約して、またカミュと一緒に力を合わせて仇をとったことが素直に嬉しく思えた。


(……オレも変わった……か)


 言ってみれば他人。ただ彼女の現況に同情しただけの繋がりしかなかった。だがニッキとともに過ごしていると、少しずつ彼女に深い情が湧くようになってきた。

 まるでそれは妹を心配する兄のような感覚かもしれない。だからこそ、彼女の思いを達せさせてやりたいと心底思った。

 だからこそ、その思いが成就したことが嬉しく思えたのだ。


「ふっ、なら師匠として無様な戦いはできないな」

「む? 何か言ったか?」


 ほんの囁き声だったため、アクウィナスにはハッキリと届いていないだろう。日色はテンと一体化した《絶刀・ザンゲキ》を地面へと突き刺す。


「おい赤髪、ここからは『精霊使い』としてのさらに上の段階を見せてやる」

「……!?」

「アンタも手を抜くなよ。何をやりたいのか分からないが、それでも――――――オレは全力でお前に向かっていってやる」

「……ヒイロ……お前……」


 日色の言葉を聞き、アクウィナスはフッと表情を緩める。そして消え入りそうな笑みを浮かべてこう言う。


「やはりお前は架け橋になれる男だ。見つかって……良かった」


 表情を引き締め、アクウィナスの身体から紅蓮の炎が身体を破ったように噴出する。その熱量は激しく、大気を焦がし、大地を溶かして大空へと舞い上がっていく。

 身体の全てが炎化し、次第に巨大な怪鳥へと姿を変えていく。


「それがお前の真の姿か……」


 日色も初めて見た姿。ただし、漫画やゲームなどでは、その伝説として語られた姿を目にしたことも何度かある。

 目の覚めるような紅を纏い、虹色に近いオーロラの翼と尾を揺らしている。鋭い瞳は緋色を宿し、大きな嘴は黄金に染め上がっている。


「不死鳥フェニックス……」


 かつて友によりその命を失った伝説の怪鳥が、再びこの世に顕現した瞬間だった。

 日色は黙って地面に突き刺した刀を見つめる。


「黄ザル……本気でいくぞ」

「あいよ。もうおめえには教えてあっからな。いいぜ、叫べ! 俺の真名を世界に轟かせてみろっ!」


 ガシッと柄を握った日色は光に包まれた刀を自分の胸に突き刺す。


「叫べぇぇぇっ! ヒイロォォォォォッ!」


 日色の身体が眩い光に包まれる。

 そして――――――一瞬の静寂。




 ――――――――――――天下に輝け! 



「――――――――――――セイテンタイセェェェェェイッ!」



     ※



 突如日色のいる場所から天をつくような光の柱が出現。

 それを見ていたイヴェアムは目を見張り思わず「な、何あの光……?」と呟いていた。何かアヴォロスがやったのかと思い彼を見てみるが、アヴォロスもまた眉間にしわを寄せてジッと見つめている。どうやら彼の仕業ではないようだ。

 それでは日色がまた魔法でも使って何かを行ったのかとイヴェアムはそう判断せざるをえない。あれほどの光量を、闇属性であるアクウィナスが生み出せるはずもなく、やはり日色自身が作り上げているものだという可能性の方が高かった。


 急遽、そのアクウィナスにしても炎を身に纏った美しい大鳥へと姿を変えた。イヴェアムも彼のそのような姿を見るのは初めてだった。

 ついその美しい姿に見惚れてしまう。彼がそのオーロラのように透き通る翼をはためかす度に輝く粒子が舞う。伝説の不死鳥と呼ばれるその姿は見る者を虜にしてしまうほどの芸術性を備えていた。


「ヒイロ……アクウィナス……」


 イヴェアムがアクウィナスの名を呼んだのも、やはりまだ彼が裏切ったことが信じられないのだ。特に日色と戦っている彼の背中がとても寂しいものに感じ、まるで申し訳ないと言っているかのよう。

 それと同時に何だかアクウィナスが日色に何かを伝えようとして戦っているような気もイヴェアムにはしている。

 日色を隠し包んでいる光の柱がさらに眩い輝きを放つ。

 次第に光が細くなっていき、その中にいるであろう日色の姿が現れ出す。


「ヒイロ……!」


 光の中から生まれた日色の姿にイヴェアムは驚愕を覚える。

 地面に片膝をつき若干顔を伏せて、その右手には長い棍のような棒状の武器を持っていた。彼の髪が黄色く変化して、後ろ髪もかなり長くなって風に揺れている。

 その額には赤いバンダナのような布が巻かれてある。日色がゆっくりと身体を起こし立ち上がる。眼鏡はなくなっているが漆黒の目を見て、間違いなく顔つきは日色そのものだ。

 赤ローブだった姿は変化しており、今はローブというよりは法被に近い武道着のような作りになっており、上は赤、下は白を基調とした色に包まれて、背中に『文』という金文字が大きく入っている。また腰には黒い帯が締められていて、左側にある結び目から風に帯が後ろ髪とともに流されて揺らめいている。


「な、何なのあの姿は……?」


 近くにいるマルキスも日色の変わり様に驚いているようだ。


「よもやここまで『精霊使い』として高みについているとは……」

「陛下、あの姿を御存知なのですか?」


 アヴォロスの呟きを聞き取った優花が質問を投げかける。その答えにイヴェアムたちも興味が注がれて耳を傾ける。


「あれは《合醒》だ」

「《合醒》? それはヴァルキリア06号が行った?」

「アレはあくまでもモドキだがな。元々は『精霊』と人とが融合する状態のことを示す。しかし遥か昔を遡ったとしても《合醒》を確立させた存在は余は一人しか知らない」

「一人? 誰ですか?」

「……アダムスだ」

「……どうやら話題に事欠かなかった人物のようですね。まさか『精霊』と融合もできようとは」

「それがアダムスだ。彼女にとって不可能なことなどありはしなかった。しかし彼女が行うほとんどのことは常人では手を伸ばすことさえできぬものばかりだった。《合醒》もその一つ。あれから数千年の時を経て、再び本物の《合醒》を見ることができるとは思わなかったな」


 アヴォロスが言うことが真実だとしたら、日色はもうアダムスの領域にまで足を踏み入れるほどの存在になっているということ。


(あなたは一体どこまでいくのよ……ヒイロ) 


 日色が強くなるのはとても嬉しいイヴェアムなのだが、何だか彼が孤独に思えてしまう。人より遥か高みへ昇りつめたアダムス。恐らく彼女の思考や行動は、並みの者には理解することができなかっただろう。

 そして日色もまたそんな彼女の力と同等のものを顕現させている。このまま上へと昇り続ければ、日色は遠くに行ってしまい届かない存在になるかもしれない。

 そんな不安がイヴェアムの胸を過ぎる。しかしその時、アヴォロスから愉快気な笑いが零れる。


「ククク、よいぞヒイロ。やはり《文字使い》はこうでなくてはな。すでにシンクを越えた貴様の力、余に見せつけてみろ」


 まるで日色の成長を喜んでいるような笑み。敵である日色が強くなれば、それだけ彼の思惑も外れる可能性があるというのに、何故彼は日色の成長に嬉々としているのだろうか。

 その瞳の光からは、どことなく失ったはずの玩具が見つかって喜んでいる子供が放つ光と同じようなものを感じた。


「ヒイロ……無理はしないで」


 イヴェアムは両手を組んで、日色の無事を願う。だが先程から不安だけが大きくなっていくのを止められずにいた。



     ※



「……それが《合醒》か」

「む? 何だ知ってたのか、つまらん」


 日色はアクウィナスから放たれた言葉に軽く気落ちした。できればこの姿を見せて驚愕させたいと思っていたのだ。

 この《合醒》は、テンとの契約の媒介となっている《絶刀・ザンゲキ》を通じて、テンと一体化するものである。

 そのためにはテンの真名――――――いわゆる正式名称を呼ぶ必要がある。テンの真名はセイテンタイセイ。初めてこの名を聞いたのはニッキやカミュと修行していた時。

 ある時、修業の終わりに眠っているところをテンに起こされて二人っきりになれる場所に行って真名を教えてもらった。

 そして今回のように一度この姿になったことがある。ニッキたちは眠っていたので見たことはないが。


「オレはこの姿を《斉天大聖モード》って呼んでるがな」


 相変わらず感じたまま名付けてしまう日色の残念なネームセンスから生まれたものだった。


「斉天大聖と不死鳥……どっちが強いか、決めるか」

「そうだな。俺も久々に全力を出せそうだ」


 ビリビリとただ両者が睨み合っているだけで大気が震え大地が軋む。地面に転がっている小石が次々とパキパキッと砕かれていく。

 するとカッと目を見開いたアクウィナスが先に動く。人の姿をしていた時よりも遥かに大きい存在と化しているはずの彼の動きはまるで雷のよう。

 少しでも瞬きをすれば見失ってしまうほどの速度で日色の身体にその鋭い嘴をもって突撃してきた。


(この巨体で!)


 だが日色もすでに彼の動きは捉えていた。日色は大きく跳び上がり空へと逃げる。しかしアクウィナスは日色を追い方向転換をする。

 空中では身動きが制限される。このままでは成す術もなく日色は嘴に貫かれてしまう。


「……舐めるなよ赤髪」


 日色は足元に魔力を集中させると小さな爆発を生み、その場から大地を蹴り上げたかのように移動し始める。


「何っ!?」


 アクウィナスも日色が魔法を使わずに空中を移動できることに驚いている。そのまま日色はある程度距離を取ると、その右手に持っている棒を天へを振りかぶりそのまま   


「伸びろっ、《金剛如意(こんごうにょい)》っ!」


 振り下ろされた《金剛如意》はまるで『伸』と書いた文字を発動させたかのように真っ直ぐ伸びていき、まだ距離があったアクウィナスの頭上に落ちてくる。


「甘いっ!」


 咄嗟にアクウィナスは身体を翻して《金剛如意》をかわす。《金剛如意》はそのまま大地へと突き刺さり強大な亀裂を作り出す。それだけで凄まじい威力が備わっていることは一目で理解できるはずだ。

 大地へ降りた日色はすぐさま《金剛如意》の長さを元に戻し、ブンブンと振り回した後、バシッと両手で持って身構える。


「……伸びる武器か……厄介だな」

「使い勝手いいだろ?」


 刀のように刃はついていないが、持つ力は刃を持つ刀を凌駕している。赤い色をした棒で両端に金の輪が嵌められてある。伸縮自在の武器。


「距離をとっていても油断はできないということだな」

「ああ、それにこういうこともできるしな!」


 日色は大地に《金剛如意》を突き刺すと大地がうねり、下から上空にいるアクウィナスを突き刺そうと先端を尖らせた大地が襲い掛かる。

 アクウィナスはその向かってくる大地を紅い瞳で睨みつける。すると突然大地はサラサラとした灰と化して風に流されていく。


「……《魔眼》も健在か……だが」

「む?」

「見えたぞ。不思議で仕方なかった物質を灰化させるお前のその能力。そしてお前が様々な剣をどうやって生み出しているのかもな」

「…………」


 アクウィナスの《魔眼》。それは視界に入ったものを灰化する能力だと今まで日色は思っていた。もちろんその強力過ぎる力には制限があるはずだ。

 彼が今まで人に対してその能力を行使していなかったのは、恐らく人――生命体に対しては有効ではないのだろう。

 もし有効であるならば、日色の持つ武器である《絶刀・ザンゲキ》も灰化させられているはず。だがそうなってはいない。

 少し前の《ザンゲキ》ならアクウィナスの《魔眼》で間違いなく灰化できただろう。しかし今の《ザンゲキ》は生命体のテンと同一化した存在ともいえるもの。簡単にいえばテンの一部といっても過言ではない。だからこそ灰化できないのだ。


「それに今のオレの目には先程の攻撃がしっかりと映っていた」


 アクウィナスが大地を灰化させた時、日色は見た。それは大地の周囲に極小に輝く物体が無数に出現したことを。


「あれは――――――――――――剣だった」


 そう、日色はテンと一体化したことにより、視力も飛躍的に向上している。そのために捉えられた瞬間だった。

 大地の周囲に突然現れた無数の浮遊物。それは確かに剣の形をしていて、大地に突き刺さると、そこの部分から灰化していったのだ。


「つまりお前の《魔眼》は灰化させる能力を持っているのではなく、幾つもの剣を生み出すことができる瞳術ってことだろ?」


 日色の確信を得たという言葉を聞いて、アクウィナスがフッと目を閉じる。


「ククク、さすがだな」


 認めた。これで日色の考察していたことが的を射ていたことが確認された。


「そうだ、この目――――――《創剣の魔眼》はあらゆる能力を備えた剣を精製することができる。灰化させた剣は《第一の剣・灰燼に帰する極小剣(アッシュセイバー)》だ」

「ほとんど見えない無数の剣。やはりその眼は反則的だな」


 たとえ人体に有効ではないとしても、持っている武器や、火や水などの魔法を灰化させることができるのだから。


「フッ、お前の魔法ほどではないと思うがな」


 互いに睨み合っていると、今度も先に動いたのはアクウィナス。高く跳び上がると、地上にいる日色に向かってオーロラに染まっている羽を無数に飛ばしてくる。

 日色は《金剛如意》を振ると、大気を巻き込んでブオンッと凄まじい暴風を生み、向かってくる羽を吹き飛ばすが、地面に突き刺さった羽がそのまま真っ直ぐ貫通していく。その貫通力にゾッとする思いだが、日色は《金剛如意》を伸ばしてアクウィナスに向かって突き出す。

 軽やかに身をかわしながらアクウィナスそのまま突進してくる。日色は彼の嘴に向かって《金剛如意》をぶつけて弾き飛ばそうとするが、バチィィンッと弾かれたのは両者同時だった。

 その際にアクウィナスの紅き瞳がカッと見開かれる。


「顕現せよ! 《第三の剣・束縛する巨大剣(ディスインテグレイト)》!」


 彼の目の先には雲があり、その雲を貫くように天から巨大な剣が日色目掛けて降り注いでくる。


(あれはいつかのゾンビを拘束したやつ!?)


 クロウチがSSSランクのケルベロスを出現した時、その動きをあっさりと止めた大剣。しかもあの時とは違って、数が百はある。その分、大きさはあの時よりも小さい。小さいとはいっても一振りが日色の倍以上はあるが。

 天から降り注ぐ大剣の雨を凝視しながら日色はブチッと髪の毛を抜くとそのまま投げ捨てる。すると髪の毛一本一本が日色そっくりの姿を作り周囲を動き回る。


「「「「さあ、本物はどれかな?」」」」


 不敵に笑みを浮かべながら日色は大地を縦横無尽に走る。アクウィナスも目を凝らすように地上を見ながら百の剣を操っていく。ブシュブシュブシュッと次々と身体を貫かれて身動きを奪われる日色たち。


「残念だったな赤髪!」


 いつの間にか日色はアクウィナスの背後をとろうとしていた―――――が、


「把握しているぞヒイロ?」


 ブシュッと日色の身体にアクウィナスの身体から放たれた羽が貫く。しかしボンッと髪の毛に戻る日色。


「むっ!?」


 アクウィナスはハッとなって地上を見下ろす。そこには一人の日色がアクウィナスを睨み付けていた。


「今度はこれだ!」


 再び日色が大地へと《金剛如意》を突き刺す。するとまたアクウィナスに向けて大地が襲い掛かる。


「それでは先程と同じだぞヒイロ!」


 アクウィナスの瞳も再び怪しく光る。また灰化させようという気に違いない。しかし今度は日色自身が大地へと駆け上がり、一緒にアクウィナスへと突進する。

 それでも大地はすぐにでも灰化していく。だが日色は足元の灰に対して《金剛如意》で打つ。すると先程はそのまま地面へと落下していった灰が、今度は螺旋を巻きながらアクウィナスへと飛んでいく。


「っ!?」


 狙ったのは彼の目である。灰が目に入り、彼の目が自然と閉じてしまった。その隙に日色は懐へと迫り《金剛如意》にて不死鳥になった彼の身体の中心を打ち、くの字に折れ曲がらせる。


「かはっ!?」


 さらに追撃。そのまま方向転換して「伸びろ!」と叫ぶ。《金剛如意》は命じた通りにアクウィナスを先端に捉えたまま大地へと真っ逆さまに伸びる。

 ドゴオォォォォッと苛烈な衝撃音とともにアクウィナスは大地に叩きつけられる。


「まだだ!」


 日色は《金剛如意》を元の長さに素早く戻し、ブンブンと振り回し始める。すると《金剛如意》の全体が眩く輝き始め、日色はそのまま手を放す。しかしどこかへ飛んでいくのではなく、しっかり日色の手の先で回転を維持し続けている。


「黄ザル、行くぞ!」

「あいよっ!」


 頭の中に直接テンの声が響く。声をきっかけにして、ブンブンと回っている《金剛如意》がドンドンとその回転力を上げていき、さらに大きく円盤状に広がっていく。


「くらえ! ――《閃極回巻(せんごくえまき)》っ!」


 日色は大地に倒れているアクウィナスに向かって回転している光の円盤を投げつけた。アクウィナスも上空からの脅威に気づいてサッと顔を上げる。

 まともに受けると危険だと判断したのか、すぐさまその場から飛び立ち回避行動をとる――――――が、アクウィナスは地面に触れている身体の部分に違和感を覚える。


「むっ!?」


 アクウィナスを逃しはすまいと、まるで大地が身体を掴んで放さないようだ。見れば、大地の形態が変化してネバネバと身体に纏わりついて身動きを取らせない。


「鳥モチの出来上がりだ!」


 日色は空へ駆け上がる前に地面に『粘着』の、文字を設置しておいた。アクウィナスを地面に落とした瞬間に発動させて、大地がまるで鳥モチ化したような状態になり拘束したのだ。


「これしきでっ!」


 アクウィナスの身体か凄まじいほどの火柱が走り、粘着している大地ごと溶かした。そのまま身を翻してその場から逃亡。さすがはアクウィナスだと心底日色は感心するが、


「逃がすか!」


 すでにある文字を書いて発動させていた。


『必中』


 これで確実に攻撃は彼に当たる。どれだけ逃げようが、当たるまで攻撃は止まらない。

 そのためまるで追尾機能がついたかのように後ろからアクウィナスを追っていく光の円盤。


「――そういうことか!」


 アクウィナスも日色の攻撃が追尾機能を備えていることに気づき、驚いたことにピタリと動きを止めた。向かってくる円盤を睨みつけると、


「なら全力をもって受け止めてみせよう!」


 バサァッとオーロラに輝く両の翼を広げ、そのままアクウィナスもその場で回転し始めた。美しい粒子が周囲を覆い、見たこともない優美さを持ち合わせた竜巻が出現する。

 名をつけるとしたらオーロラサイクロンとでも呼ぶべきだろうか。輝く竜巻と光の円盤が衝突する。

 バチチチチチィィィィィィッと互いに触れ合った瞬間、鎬を削るかのように様々な光の粒子が弾け飛ぶ。どちらも一歩も譲らず、膠着状態に入る。


 竜巻自体、アクウィナスの身体でもある。そのため『必中』の効果はすでに成されており、あとは《閃極回巻》が彼を斬り裂けるかどうかだ。

 だが徐々にアクウィナスの方が押し始めた。どうやら相手の回転力に負けて円盤の回転が落ち始めているようだ。


「おいヒイロ、このままじゃ負けちまうぜ!」

「分かってる! だからこれを付加する!」


 日色の右人差し指の先に書かれているのは『大回転』。それを《閃極回巻》に向けて発射する。ピタリとくっついた瞬間に発動。凄まじい放電現象の後、見ても聞いても分かるような激しい回転音が周囲に響き、《閃極回巻》を中心として、アクウィナスのように竜巻が顕現する。

 二つの竜巻がぶつかり合い、すでに周囲の環境は天災に見舞われたごとく破壊が行われている。大地は裂きかれ、木々や岩なども紙屑同然のように吹き飛んでいく。

 このままこの状態が続けばこの戦場も全て破壊に包まれてしまうほどの威力。だが均衡状態だった二つの竜巻に変化が生じる。

 日色の《閃極回巻》の方がアクウィナスを押し始めたのだ。


「くっ!? うおォォォォォォォォォォォッ!」


 アクウィナスの叫びが轟き、一層オーロラの輝きが増したと思ったら、一瞬にして炎に包まれる。炎の渦を引き起こしたのだ。


 そして――――――バチィィィィィンッ!


 《閃極回巻》が弾かれてしまった。飛んできた《金剛如意》をその手で受け止め、日色は同時に向かってくる炎の渦を見つめる。


「おいどうすんだヒイロ? 弾かれちまったぜ?」


 テンの言う通りアクウィナスの技によって《閃極回巻》は破られた。だが何故か日色はこう呟いてしまった。


「……やるな……赤髪」


 それはアクウィナスに対する惜しみない称賛だった。彼は日色の全力を、全力を持って対峙し、その上をいったのだ。いや、あの炎の渦は土壇場で彼が限界を越えた証拠なのだろう。

 そんな彼に対し尊敬の念すら抱いていた。


「なら、こっちもそれなりに応えなければな」

「おいヒイロ……後先のことを考えてっか?」

「悪いが今はアイツをどうにかすることしか考えていない」

「はぁ~あのなぁ、この戦いはあのアヴォロスだって見てんだぞ?」

「ああ、だがここで気を緩めれば台無しになるだけだ。それに……」

「ん? それに何だよ?」

「……思いついたことがある」

「は?」

「この姿になって初めて見えた。アイツの胸の中にある《核》。それが放つ波動が、あのテンプレ魔王の《核》とそっくりだ」


 日色はチラリと日色たちの戦いに注目しているアヴォロスを見やる。彼の胸の中にある《核》から放っている波動がアクウィナスのそれと類似している。

 この感じは前に一度見たことがある。それはイヴェアムに初めて出会った時に、《契約の紙》を使って誓約をした感じと似ていた。


「アイツが裏切ったというか、あちら側についた理由がそれなら……」

「……ヒイロ」

「あ?」

「おめえが何を考えてんのか今の俺には分かる。けどよ、それも一つの賭けだってことを忘れるなよ?」

「フン、言われなくてもだ。それに……」


 今度は不安気に日色を見つめているイヴェアムを視界に捉える。そしてゆっくりと視線を切りアクウィナスへ戻す。


(何だか、アイツのああいう顔は見たくないって思っているからな)


 日色はキッと目を鋭くさせると静かに人差し指を動かしていく。

 そしてそれは間違いなくだ――――――四文字だった。



     ※



 日色の右人差し指の先に輝く文字の羅列を垣間見て、アヴォロスはおもむろに椅子から立ち上がる。その表情は待ちに待っていたといった様相を含んでいる。


「イシュカ、奴が書いた四文字、見えたか?」

「はい、ですが全容は見えません。四文字ということと、破壊の『破』の文字が見えましたので、恐らくはアクウィナスを仕留める文字だと」

「ククク、余もそう考える。奴め、今まで温存していた四文字をやっと使う気になったか。それだけやはりアクウィナスの相手は三文字だけでは難しいと踏んだか」

「もしくは彼の全力に応えてやりたいという愚かな気持ちが働いたのか……」

「クク、そういうところもシンクに似ておる。だがこれで計画が進められる。イシュカ、ペビンとナグナラに現状報告とアレの準備をせよと通達しておけ」

「はっ!」


 イシュカこと優花が新たに出現した扉に入りその場から去る。


「ククク、場がいよいよ動くぞ」


 楽しげに言葉を出すアヴォロスを見て、イヴェアムとマルキスは不気味さを感じて眉間にしわを寄せている。マルキスがイヴェアムの近くへと行き耳打ちをする。


「魔王さん、恐らくアヴォロスがこれから何かをするはず。アイツの一挙手一投足に注意しておいて」

「し、しかし奴の行動を阻もうと動いても周りのキリ……ヴァルキリアたちに阻止されるのでは?」

「それでも何かできることがあるはずよ。ヒイロもとうとう四文字を使うようだし、危険だわ」

「そ、それほど四文字はリスクが高いの?」

「知らないの? そっか、ヒイロの性格上ペラペラと欠点を喋るわけがないか……。あのね、彼の《文字魔法》にはそれぞれ一文字、二文字、三文字、四文字と形があって、文字が増えるごとに応用範囲や威力が桁違いに上がるの」

「な、なるほど」

「だけど、威力も上がるに従ってリスクや制限、失敗による《反動》なども強烈よ」


 あれほどの万能さを含んだ魔法の《反動》を考えてイヴェアムの喉がゴクリと鳴る。


「シンクと同じなら、四文字を使った後は急激に戦闘力が低くなるはずよ。確か魔力回復するまでは一文字しか使えなかったと思うわ」

「そ、そんな!?」


 それは一大事である。イヴェアムも一文字では今まで使っていた二文字や三文字と比較にならないほど戦闘力が落ちると思っている。もしその隙をアヴォロスがつこうと狙っているのであれば、これほど厄介なことはない。

 あのレオウードやジュドムでさえあしらうほどの実力を持つアヴォロスがあの戦場へと参加すれば、弱体化した日色など目も当てられないほどの窮地に追い込まれてしまうだろう。


「な、何とか奴を止めなければ!」

「落ち着いて!」

「だ、だが!」

「いい? これから何が起こってもあなたは冷静にいるの!」

「……マルキス殿……」

「あなたはこの戦争の旗印でもあるのよ。王として立っているのであれば、いつまでも毅然としていなさい」

「……!?」


 言葉の衝撃がイヴェアムの胸を貫く。真剣なマルキスの眼差し。そこには後悔の念が見て取れた。まるで自分と同じ失敗をイヴェアムにさせたくないという想いが含まれているよう。


「あなた、ヒイロのこと好き?」

「す……にゃ、にゃにゃにゃにゃにをいっちぇるのですかっ!?」


 瞬間湯沸かし器状態になったみたいに顔から湯気を立ち昇らせるイヴェアム。そんなイヴェアムを見て優しげに笑みを浮かべるマルキス。


「ふふ、あの子は大変よ。多分あのシンクよりも難しいと思うわ」

「え、えっとえっとえっと…」

「その想い、大事にしなさい。そしてヒイロのことを信じるのよ。何があっても」

「…………わ、分かりました」

「うん、よろしい。それじゃあなたにこれを渡しておくわ」


 マルキスが首にかけているネックレスを渡した。小さな銀細工のタグがついているもの。その中心には紅玉が嵌められてある。


「こ、これは?」

「その中心にある紅玉、それは私の血液を精製して作ったもので、私の命と連動しているわ。私が死ねばそれは灰になる仕組み」

「ど、どうしてこれを?」

「あなたに持っておいてもらいたいの。ダメかしら?」

「あ、いえ、でも大事なものなのでは?」

「まあね、古い友達にもらったかけがえのないものよ」

「そ、そんな大事なもの頂けませんっ!」


 つき返そうとするイヴェアムだが、マルキスはそっと首を振って拒む。


「いいのよ。今後それがあなたの想いを支える繋がりとなるんだから」

「え……?」


 マルキスはイヴェアムから少し距離を取ると、ニコッと笑みを浮かべる。それはとても美しく、そして儚さを含んだ笑顔だった。


「あなたはただ、ヒイロを信じるだけでいいの」

「マルキス殿……?」


 その時、日色の戦場から凄まじい音が響き、二人が一斉にそちらへと視線を切り替える。



     ※



 まるで悪夢を体現したかのような光景が日色の眼前に広がる。炎を纏った巨大な竜巻。それは周囲の全てを巻き込み徐々に日色へと近づいていく。

 ここがアヴォロスの作り出した戦場だからいいものの、もし街中などであったら、その街は数分もかからずに滅ぶほどの威力を備えている。


「突き破るには一点集中しかないな」

「けどホントにやるのか、その文字?」


 頭の中にテンの言葉が響く。


「ああ、賭けには違いないが、これはやる意味がある」

「はぁ~分かったさ。頑固なおめえのことだし、一度決めたら曲げねえんだろ?」

「誰が頑固だ」

「おめえだよ。まったく、しんどいパートナーを選んじまったみてえだわ」

「後悔しても遅い。そんなことよりさっさと力を集中させろ」

「あいよ、相棒」


 日色は右手で書いた四文字をアヴォロスたちに見えないように隠している。もし見つかれば何らかの対処をされる可能性が高いからだ。

 左手で《金剛如意》の先端を竜巻の中心へと向ける。今、日色は足元から小さな魔力爆発を起こしてその場を維持している。


「黄ザル、集中するためにアレになれ」

「あいよ」


 日色の身体が淡く光り、それが分離するかのように身体から離れていく。それはまるでフワフワとした金色の雲のような形を形成して、日色の足元へと向かう。

 その上に乗ると日色はもう魔力爆発させる必要なく、空に居続けることができた。


「《金斗雲(きんとうん)》の完成だぜ!」

「よし、これなら集中できる」


 日色は再び《金剛如意》の先端に意識を集中させていく。すると先端に光が収束していき、大きな矢じりの形へと変化していく。


「気合入れろよ黄ザル!」

「おうよ、お前もなヒイロ!」


 互いに覚悟を決めて《金斗雲》を動かして風のごとく真っ直ぐ突撃していく。途中竜巻で飛ばされた岩の破片などが身体に触れて傷が生まれるが躊躇などしていられない。


(もっと速く! もっと速くっ!)


 《金斗雲》が走る度に金色の軌跡が道を作っていく。細く長いその道は、まるで日色を先端とした大きな一本の槍と化している。

 アクウィナスの炎の渦、日色の金色の槍が今激突した。



     ※



 日色とアクウィナスが衝突した衝撃波は凄まじく、かなりの距離にある朱里たちのところにまでも影響がきていた。


「す、すごい風っ!」

「ア、アカン! 身ぃ屈まなヤバイで!」

「そ、その前に防御壁ですしのぶさん!」

「せ、せやな!」


 二人が光の壁を前方に作り、後ろで寝ている大志と千佳を守る。今この状態の二人を守れるのは、まだ動けるしのぶたちだけなのだ。


「う……うぅ……」


 その時、千佳よりも先に目を覚ましたのは大志だった。《魔人族化》してしまい、日色に打ち倒された後、彼の胸にあった《魔石》をしのぶたちが力を合わせて潰すことに成功。

 そのお蔭で今はすっかりと元通りの人間になった大志が、覚醒して上半身を起こそうとする。


「ぐっ……っ!?」


 全身に走る痛みで大志が呻き声を上げる。それでようやく大志が目覚めたことに気づいたしのぶと朱里は振り向きながら笑顔を浮かべる。


「大志さん!?」

「まったく、遅いで大志っち!」


 だがまだ意識がハッキリと覚醒していないのか、呆然とした様子で彼女たちを見た後、その隣で気を失って倒れている千佳を見て目を見開く。


「ち、千佳!? おい千佳!?」


 地面を這うようにして彼女に近づこうとするが、そこで彼は自分の左手が、千佳に握られていることに気づく。

 そこから伝わる温もりにホッと胸を撫で下ろす大志。どうやら千佳が死んでしまったのかと思っていたようだ。


「千佳っちは無事やで! ちょっと疲れて寝てるだけやしな!」

「しのぶ……」

「頑張ったんですよ千佳さん! 大志さんを助けるために必死になって!」

「朱里……」


 大志は二人の言葉を聞き、苦しそうに顔をしかめる。それもそのはずだろう。彼は二人を殺そうとまでしていたのだから。


「俺は……千佳にまで……」


 どうやら《魔人族化》していた時のことを覚えているようだ。彼はその鋭い牙で千佳の身体に噛みついたのだ。それを思い出したのか、悲痛な表情に顔を歪める。

 すると驚くことに、大志の背後に扉が出現して中から優花が現れる。


「なっ!? アンタ一体!?」


 突然の出現にしのぶは焦りを覚える。今は防御に集中していて、とてもではないが優花の相手などできるわけがないのだ。

 それは大志たちも同じことであり、青ざめた顔のまま優花を凝視している。だが優花はしのぶと朱里に対しては一瞥しただけで、視線を大志と千佳へと流す。


「お前たちには来てもらおうか」

「え……何を!? うわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 いきなり扉が大きくなり、大志と千佳が吸い込まれてしまった。


「くっ!? 何すんねやっ!」


 しのぶが防御の力を解いて真っ直ぐ優花へと突っ込むが、すぐさま優花も扉の奥へと消えていき、扉ごと消失してしまった。


「大志さんっ! 千佳さんっ!」


 虚しい叫びが朱里から発せられる。しかし朱里だけでなく、その場に残された二人にはどうすることもできなかった。



 大志がどこへ運ばれたか……それは《古代異次元迷宮マクバラ》の外。アヴォロスが張った結界の中ではあるが、驚くことに彼と千佳が現れたのは彼らが見覚えのある場所であった。


「こ、ここって……!?」


 大志は動く度に激痛を伴う身体を必死に動かして周囲を確認する。


「……《儀式の間》?」


 そこはかつて大志たちがこの世界に召喚された場所。アヴォロスがわざわざ《儀式の塔》を根元から折り、【浮遊城シャイターン】の前方の地面へと突き刺した――――――塔の中で魔法陣の上だった。


「な、何でこんなところに?」


 千佳はまだ寝ているが、優花は冷ややかに彼らを見下ろしている。


「何を驚いている? お前の望みが叶うのだぞ?」

「え? うぐわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 突然魔法陣が光り輝き始め、大志が苦しみ始めた。千佳も眠りながら眉をひそめてうなされている。


「ぐ……な……にを……っ!?」

「だからお前の望み通りにだ」


 空間が歪んだと思ったら、優花がその場から消えていく。そして代わりに現れたのは、ペビンとナグナラの研究者コンビだった。

 しかもそれだけでなく、その背後には《醜悪な人形》と化した【ヴィクトリアス】国王であるルドルフと、目に虚無を宿した第一王女のリリスがいた。


「リ……リスゥ……ッ!?」


 何故彼女や国王がこの場にいるのか分からない。大志の考察を外に、ナグナラが憮然とした様子で魔法陣を見つめながら首を傾げている。


「う~ん、しばらく安定させる必要があるのね」

「そのようですね。調整はしたつもりなのですが、どうやら魔神復活のせいで少々構築式にズレが生じたようです」

「めんどくさいのね~、さっさと飛ばせばいいのね~」

「諦めて下さい。しばらく時間がかかると思いますから、お菓子でも食べて待ってて下さい」

「え!? お菓子あるのね!」

「いえ、ないです」

「ムキィィィッ! ヒドイのね! からかうペビンなんて嫌いなのね!」

「それはそれは光栄です」

「褒めてないのねぇ~っ!」


 ドスドスとその巨体を盛大に揺らして大地を何度も極太の足で叩くナグナラに対し、冷淡に言葉を吐き対照的なペビンの図。

 大志は力の全てを絞り出される感じを覚えながら、必死にこれから何をされるのかを考える。しかし残念ながら混乱しまくっている彼の頭では正解へと辿り着くことは叶わない。


「あとは向こうの現況次第ですが、さあ……どうなりますかね」

「くふふ~、あの赤ローブが目を丸くするところを拝んでやるのね~」


 二人は楽しげに笑みを浮かべていた。



     ※



 ギギギギギギギギギギギィィィッと日色の《金剛如意》とアクウィナスの炎の渦が互いの力を削り合っているかのような音が響く。

 天をも衝く炎の渦に、真正面から貫こうとする一本の槍という光景。ただその衝突は周囲に様々な破壊を生み、アヴォロスが作り上げた巨大戦場もドンドンと崩壊していく。

 たった二人の力比べだけで大災害と比肩するほどの威力が体現されている。まさに究極のぶつかり合いだった。


「「うおォォォォォォォォォォォッ!」」


 両者一歩も譲らず全力を込めて相手を倒すことに専念する。いや、アクウィナスにとってはそうだろう。アヴォロスの胸の中に納まっている《アダムスの核》と契約したために、彼はアヴォロスの命に背けない。

 故にアヴォロスが日色を殺せと言った命令を忠実にこなすことしかできない。だからこそ日色を炎の渦によって粉砕することを全力で行動に起こしている。

 しかし日色は違った。日色はただ一点。あることだけを考えていた。


(この文字を打ち込める隙間さえ空けばそれでいいんだっ!)


 日色の中にはそれですべてが解決できるという確信があった。故にアクウィナスを倒すのではなく、この炎の渦を少しでもいいから貫いて右手に書いた文字を放つことができればそれで良かった。

 故に日色はアクウィナスとは違って、炎の渦だけに集中することができる。

 さらに膨れ上がるアクウィナスの魔力。同時に熱量と回転力が増す。ここにきてまたも限界を越えてくるアクウィナスに、さすがは死んでもなお復活する不死鳥の力を感じた。


「だが負けてられないんだぁぁぁっ!」


 日色の《金剛如意》の輝きもさらなる光を放つ。押され気味だったが、すぐに均衡状態へと持ち直す。

 もしテンと《合醒》していなかったなら、これほど耐えることはできなかっただろう。最初から《天下無双モード》を使用して、何とか彼を倒すことになったはず。

 しかしそれでは日色の考えていることを実行することができないのだ。《合醒》によって得られた身体能力に魔力。これがあるからこそ今の行動を選ぶことができたのだ。


「ヒイロォォォォォッ!」

「赤髪ィィィィィィッ!」


 一段と激しくなる衝撃力にすでに大地はほぼ壊滅状態である。


「ぐっ!?」


 右手に四文字を維持しているせいか、やはり力不足で徐々に押され始める。


「ヒイロッ!」


 テンの声が頭の中で響く。分かってる。ここで押し負けるわけにはいかない。何よりも、アヴォロスの思惑通りなのは腹が立つのだ。


「うおォォォォォォォォォォォォォォッッッ!」


 日色の咆哮。そして訪れる好機。ズブッと《金剛如意》が渦の中に沈み、一瞬亀裂が入る。その向こうに念願の光景。アクウィナスの身体が見えた。


「今だぁぁぁっ! ヒイロォォォッ!」


 テンの言葉をきっかけにして、亀裂の中に右腕を突っ込む日色。ボボボウッと瞬時にして右腕が炎に包まれ焼けつく痛みが走る。だが日色はニヤッと口元を緩めた。


「うおらァァァァァァッ! 飛んでいけぇっ、《文字魔法》ぅぅぅっ!」


 放たれた文字。それは真っ直ぐアクウィナスの顔面へと向かうが、彼も気づいたのかハッとなり身体を捻り回避してしまった。


「舐めんなァァァッ!」


 クイッと人差し指を動かして文字の動きを変化させる。そしてバチィィィッと見事に彼の身体に文字が貼りついた。次の瞬間、雷でも落ちたような放電現象とともに膨大な魔力に包まれるアクウィナス。


「ぐおォォォォォォォォォォォォッ!?」


 金色の矛と紅蓮の盾との勝負は、矛の方に軍配が上がった。

 だがそれを見たアヴォロスが、確かに笑みを溢した。




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