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196:懐かしき助っ人

 アヴォロスの狙いは分かっている。彼はゲームをしようと言っていた。お互いの駒を戦い合わせて、どちらが先に全ての駒を失うか勝負しようと。

 つまりアヴォロスの手駒になっているアクウィナスも、誰かと戦わせるはずだと。そしてそれはきっと自分になるだろうと日色は思っていた。

 正直に言って、『魔人族』最強の称号を持つ彼と今まともに戦えるのは日色しかいないだろう。レオウードやジュドムは、どうやら一度全力で戦ったためか、著しく体力が削られているし、今はアヴォロスの攻撃で満身創痍状態だ。

 レベル的にもアクウィナスと張り合えるのは日色だけ。だからここで大志と戦わせて、ある程度、日色の持ち札を確認させてからアクウィナスと戦わせるつもりだったことは明らか。

 しかし今度ばかりは、さすがに大志の時のように余裕をもって戦いに望むことはできなさそうである。

 恐らくこれまで日色が戦ってきたどの相手よりも強い。少しでも気を緩めれば、簡単に殺されてしまうだろう。

 アヴォロスと戦う前に全力を出すのは極力控えたかった日色だが、どうもそういう状況ではなさそうだ。


 ただ一つ気になるのは、本当に彼が正気を失っているのかどうか。というのは、第一にアノールドとクロウチの件が挙げられる。

 彼ならば、その二人の油断をつけば一瞬で倒すことなど容易いだろう。だが何故彼は倒すだけで、殺しはしなかったのだろうか。後々のことを考えれば、少しでも戦力を削ぐために殺しておく方が良いに決まっている。

 アヴォロスの配下というのであれば、間違いなくその方が都合が良い。それなのに彼は、重傷ではあるが、身体を切り刻むだけに留めていた。そんなことをしなくとも、急所を一突きしておけば事足りたはず。

 まるでこれから日色がここへやって来るから、彼ならばアノールドたちを治せるだろうし、この程度の傷なら大丈夫だろうと推察したかのようだ。事実、日色はアノールドたちのところへやって来て、彼らの傷を一瞬で治した。

 だからこそ不思議に思う。もしかしたらアクウィナスがアヴォロスの配下になっているのは、自分の意志ではあるが本意ではないのかもしれないと。


「おい赤髪、アンタ……ホントに戦う気か?」


 彼の真意を確かめたかった。アヴォロスによって死人のように操作されているのだとしたら仕方ないが、彼が自らの意思で動いているのなら、何かしらの答えが返ってくる。


「……今の俺は陛下を守る剣だ」

「その陛下はあの天然娘じゃないのか?」


 もちろんイヴェアムのことだ。しかしアクウィナスは表情を一切変化させずに発言する。


「俺にとって、陛下はただ一人。俺は揺るぎない意志でこの場に立っている」


 日色は真っ直ぐ見つめてくる彼の瞳をジッと見つめる。そこには澱みなどなく、ルビーのように美しい光を保つ燦然とした瞳があった。


「……そうか、なら一つだけ問う。アンタは…………戦うつもりなんだな?」

「ああ、そのためにお前と対峙している」


 その言葉で彼には覚悟ができていることを知る。だが次の瞬間、驚くことにアクウィナスの背後から幾つもの扉が出現した。ただそれはアクウィナスも知らされていなかったのか、怪訝な表情を浮かべている。

 そこから出てきたのは、あのキリアと呼ばれていた者たちだった。全部で五人もいた。


(確かヴァルキリアシリーズとか言ってたな)


 日色も以前、一度だけ相対したことはあった。【聖地オルディネ】に魔王を訪ねて向かった時のことだ。

 あの時は急に攻撃を仕掛けてきたが、魔法で防いで、相手はその魔法効果に対し驚きを得ていたのを思い出す。


「……どういうことだキリア?」


 アクウィナスが彼女たちの真意を尋ねると、真ん中に立つキリアの一人が答える。


「我々はキリアではありません。ヴァルキリアシリーズです。陛下からのご命令で、ここで《文字使い》を必ず殺せと」

「……俺一人では安心できないと?」

「陛下のお考えは我々には……。ただまだ雑魚もそこにいるということなので、我々が助太刀として」

「いらん。さっさと去れ」

「……どういうことでしょうか?」

「この場は俺に任せてもらう。お前たちは黙って戦場を去れ」

「そうはいきません。これは陛下のご命令でもありますから」


 アクウィナスの眉がピクリと上がると、その視線をアヴォロスへと向ける。いつの間にか彼の周りには、今アクウィナスの背後に立っているようなヴァルキリアシリーズが何人か立っていた。恐らくアクウィナスの代わりの護衛用だろう。

 アクウィナスが説明を求めるように彼の顔を見つめていると、アヴォロスがその意を悟ったのか口を開く。


「別に貴様を信用していないというわけではない。ただ《文字使い》は何をしてくるか想像がつかん。だからこそ、そこにいる者をサポート役として使え」

「…………」

「その顔、不満か? 自分一人で倒せると? それとも……何か別の狙いでもあるのか?」


 二人は互いに視線をぶつけ合っていたが、アクウィナスが跪き頭を下げる。


「全ては陛下のご意志のままに」


 アクウィナスのその態度を見てアヴォロスは満足気に頷く。


「それでよい。そこにいるのは06号から10号までだ。03号には劣るが、それでも戦闘には長けておる」


 面倒なことになった。ただでさえアクウィナス一人でも全力を出さないといけないというのに、他にも敵がいるのは正直しんどいかもしれない。

 しかもただの黒衣死人ではなく、初代魔王が生み出した『人造魔人族』。その強さは、以前ステータスを見たから知っている。


(確か200レベルだったな…………厄介だな)


 確かその時調べた人物に03号と書かれていたのを思い出した。驚異的な身体能力が数値化されていたはず。唯一の救いは魔法が使えないということだろう。

 あの03号より劣るという言葉も助かるが、実際にそれが本当のことかどうかは分からない。故に日色は黒衣を身に纏っていない彼女たちを『覗』の文字を使って《ステータス》を調べた。

 



ヴァルキリア10号


Lv 150


HP 12000/12000

MP 0/0


EXP 0

NEXT 0


ATK 1500()

DEF 1500()

AGI 1500()

HIT 1500()

INT 1000()


《魔法属性》 

《魔法》 



《称号》 造られし者



 10号と同じ《ステータス》を他の者も持っていた。確かに以前見た03号よりも低い能力ではあったが、それでも一人で《三獣士》を名乗れるほどの実力は持っていた。

 ただやはり魔法や《化装術》が使えないようなので心底ホッとする。魔法は、強さを何倍にも高めてくれるので、この結果は正直ありがたいものだった。


(だがこれが五人もいるのか……)


 問題は数である。全員を相手にして、さらにアクウィナスまでもとなるときつい。そう思ってどう戦うか思案していると、


「大丈夫でござるよぉぉぉっ!」


 突然別の戦場から日色へ向けて声が飛ばされてきた。視線を向かわせると、それはこの【古代異次元迷宮マクバラ】に、空間を斬り裂いて侵入してきた人物  タチバナ・マースティルだった。

 日色も呆気にとられた感じで、タチバナを見つめていると、彼女は日色の上空を指差した。


「お主には、心強い臣下がいるでござろう!」


 いるでござろうと言われても日色には何のことか分からなかった。


(臣下? 誰のことだ?)


 咄嗟にカミュのことを思い浮かべたが、彼は別の戦場でニッキとテンとともにヒヨミと戦っている最中だ。カミュではない。では一体……

 そう考えていると、ピキキッと上空の空間に亀裂が走った。


「何だと……!?」


 声を上げたのはアヴォロスだ。つまりこれはアヴォロスにとって予定外の事態だということ。アヴォロスだけではなく、ほとんどの者が上空へと注視する。

 すると空間の亀裂が徐々に広がっていき、そして――――――ガラスが割れたような音とともに、空間を破って小さな影が――――――二つ落下してきた。


 その二つはクルクルと身体を回転させながら、日色の前方へ着地した。思わず日色は目を大きく見開いてしまった。日色も久しぶりに会う者たちだった。一人はその手に大きな槍を持っている。そして槍を地面に突き刺すと、そのままクルリと踵を返して、驚くことに日色に抱きついてきた。

 咄嗟に日色は足を踏ん張り、首に手を回してきた人物と、その周りを嬉しそうに駆け回っている狼のようなモンスターの登場に戸惑っていた。


「ん……ヒイロのニオイ……懐かしい」

「アオォォォンッ!」


 黄色い髪がフワリと風に靡き、頭の上にアンテナのように生えている髪束が、まるで喜ぶ動物の尻尾のように激しく揺れている。その小さな顔を日色の胸に埋め、日色のニオイを堪能して顔を綻ばせている。

 そして周りで吠えているモンスター。これはスカイウルフというモンスターであり、かつて日色が助けた獣でもある。


「お、おい、とにかく離れろ!」

「……嫌。ウイはもう少しこうしていたい」


 相変わらずの空気の読まなさだった。自分のしたいことを真っ直ぐに貫くこの少女。日色と生き方がよく似ているかつての仲間である。


「あのな! 状況を見ろ! こんなことは後でしろ後で!」

「……終わったらナデナデしてくれる?」

「クゥ~ン……」


 二つの存在が、訴えるように瞳を潤ませて見つめてくる。


「う……」


 正直、この純粋な瞳には弱い。それはまるで児童養護施設にいた時に、よく下の子供からされていた行為だった。そして決まって日色は断れなかった。


「…………はぁ、前にも言ったが、良いことをした時しかオレは撫でんぞ」

「ん……だから良いことする」

「アオンッ!」


 少女と獣は、日色から離れると、槍を手に取りアクウィナスたちに身体を向ける。


「……何者だお前は?」


 アクウィナスが当然の如く質問をすると、少女はブンブンブンブンと槍を回して、バシッとカッコ良く構える。


「ウイはウイだけど、ウィンカァともいう。ヒイロの……下僕だよ」

「アオォォォンッ!」


 彼女の名前はウィンカァ・ジオ。あのクゼル・ジオの実の娘であった。



     ※



「……ウィン……カァ……」


 ウィンカァ・ジオの登場に一番驚愕していたのは、やはり彼女の父親であるクゼル・ジオだった。実際彼女が無事であることは、日色を通じて知ってはいたが、こうして実際に見るのは久方ぶりだろう。


「ああ……似てる……ピアニにそっくりだ……よくここまで立派に……」


 彼女の成長した姿を見て、感極まったのかクゼルは知らず知らずに涙を流していた。


「おいクゼル、涙を流すのもいいが説明しろ。アレが貴様の娘か?」


 隣に立つリリィンの言葉をいち早く拾ったのは、クゼルではなくアヴォロスだった。


「娘……? クゼル・ジオ……貴様娘などがいたのか?」

「……ええ、無論あなたたち他の王に知られないように隠してはいました。私の娘ですから、必ず利用されると思ったので」

「……余が調べても分からなかったとは……さすがは『金狐族』、隠蔽が得意というわけか」

「化かし合いで負けるとは思いませんからね」


 クゼルの挑発気味のセリフに、アヴォロスは不愉快気に眉をひそめる。


「しかし予想外だったぞ。余の空間を破ってまで侵入できるほどの力を持っているとは……貴様に人間の妻がいたのは調べ上げてはいたが、そうか……見たところハーフのようだが、恐るべき逸材だ」


 アヴォロスにそう言わしめるとは、ウィンカァがここへ侵入できたことがすでに異常だということ。そしてもう一つ気になるのは、彼女が侵入する前に、それを予兆していた人物――タチバナ・マースティルである。

 彼女はウィンカァが侵入してきたところを指を差し、彼女の存在を示唆していた。そして彼女と同じ方法でここへやって来た。つまり間違いなくウィンカァとタチバナは繋がりがあるということ。


 そしてそれはクゼルやリリィンたちも気づいているようで、ビジョニーと戦っているタチバナに皆が視線を向ける。『魔人族化』したビジョニーに手を焼いているようで、たとえ質問をしたところで答えるのは難しそうだ。

 よって皆のその視線が再びウィンカァへと向く。


「まあよい、どういった経緯であれ、繋がりがあるのは必至。とくと見せてもらおうかクゼル、貴様の実子の実力を」

「そんな悠長なことを言ってられる立場か?」


 その場にいるジュドムがアヴォロスに攻撃するために突進しようとするが、ササッと素早くアヴォロスの前方に立ち、ジュドムの突進を防いだ人物がいた。


「ここは私が相手をします」


 アヴォロスの周囲にいる数人のヴァルキリアシリーズの一人だった。


「ヴァルキリアシリーズ03号です。以後お見知りおきを」

「くっ……めんどくさそうだな」


 ジュドムは立ちはだかる03号の強さを悟ったのか鬱陶しそうに顔をしかめている。


「シリーズたち、余は観戦する。邪魔する者は排除せよ」


 アヴォロスは興味を失ったように、戦場に立ちながら日色たちの方へ全身を向けた。そしてアヴォロスに命令されたヴァルキリアたちは、そんな彼を囲うように陣取った。


「そうそう、一つだけ言っておこう。この場にいるシリーズは、余の傑作中の傑作だ。手負いの貴様らにどうこうできるとは思えんぞ」


 それだけ言うと、再び視線を切った。

 その言葉を聞いて苛立ちを覚えた人物がいた。―――リリィンである。


「ほほう、舐めた言動だな。ならワタシが一瞬で終わらせてやろう」


 リリィンの瞳が怪しく光るが、次の瞬間――――――ヴァルキリアたちが一斉に目を閉じた。


「何っ!?」


 リリィンはその行為に驚きつい声を張り上げた。そしてまたアヴォロスがそのままの状態で口を開く。


「リリィン・リ・レイシス・レッドローズ……初代魔王アダムスの《幻夢魔法》を継ぎし正統後継者。しかし……悲しいな、その実力はアダムスの足元にも及ばん」

「な、何だと貴様……?」


 リリィンの怒りのボルテージが上がっていく。バカにされたのだから当然のことだ。


「貴様の魔法は精々が相手の瞳を見て嵌める幻術だろう? だからこうして目を閉じさえすれば効果の外にいられる」

「く……」


 図星のようでリリィンはギリッと悔しげに歯を噛む。


「しかしアダムスは違う。奴の《幻夢魔法》は、たとえ相手が目を閉じていたところで五感全てを入口とし幻術をかけることができた。ニオイや触感で相手に幻を見せて、永遠に夢の中に閉じ込めることができた至高の存在だった。…………貴様は、その力の一部しか発揮できん落ちこぼれだ」


 その瞬間、リリィンから凄まじい殺気が迸り、その場から消えたように移動した。現れたのはアヴォロスを守るヴァルキリアシリーズの一人の懐だった。


「ならば目を閉じたまま逝くがいいっ!」


 目を閉じたままだと相手の姿を確認できないはずだと判断して攻撃を仕掛けたリリィン。相手の首を貫手で狙いにいく。彼女の刃物のように鋭い爪を備えた右手が迫る。

 だがリリィンの考えは簡単に打ち破られることになった。驚くことに彼女の右手をガシッとヴァルキリアが掴んで止めたのだ。

 電光石火であるその攻撃をあっさり見極め防がれたことでリリィンは驚嘆してしまう。


「ちィッ!」


 リリィンは掴まれながらもそのまま跳び上がり、今度は右足で蹴りを放ち頭を狙う。しかしサッと頭を低くして相手は回避する。そしてそのままリリィンを放り投げる。

 床に激突かと思われた矢先、シウバが現れ彼女を抱え込むようにして支えた。


「お嬢様、大丈夫でございますか?」

「……ああ」


 シウバに応えるものの、リリィンの鋭い眼差しは自らを放り投げた者に向かっている。


「申したであろう。ここにいるのは傑作だと」


 アヴォロスの言に厚みが増した。確かに今のリリィンの動きをあっさりと見極め攻撃を防いだ手際は、生半可な者にはできない所作だった。しかも目を閉じたままの行動だったことが吃驚ものである。


「いくらでも挑戦するがよい。余に手が届くまでな」


 そう言うと、彼は床から椅子を生み出し寛ぐように腰を落とした。そして《奇跡連合軍》たちは、彼の守護者である五人のヴァルキリアシリーズ相手に、どのようにして戦うか思案していた。



     ※



 日色はリリィンたちが、アヴォロスとそのようなやり取りをしていることを知らずに目の前に立っているウィンカァともう一匹であるスカイウルフを見た。

 ウィンカァ自体は、以前会った時と比べて表面上はそれほど変わりはなかった。ただ    


「ハネッコ、お前大分大きくなったな」


 スカイウルフの名前はハネマルというのだが、日色はハネッコと呼んでいる。出会ったばかりの頃は生まれたばかりの小さな子犬のような体躯だったが、今は体長でいうと一メートルはあっさりと越えているようだ。

 そしてその背中に生えている翼も大きく育ち、ハネマルの母親と面影がそっくりになってきている。

 ハネマルの母親は、残念ながらある事件のせいで助けることができなかったが、その母親が必死にお腹の中で守っていたのがハネマルである。


 母親は体長三メートル以上は確実にあり、その背にも日色は乗ったことがあるが、まだハネマルはそこまで成長はしていない。スカイウルフは成長が恐ろしく早いというが、さすがに一年ほどではここくらいが限界だろうと日色は思った。


「ん……ハネマルおっきくなった。声もちょこっと低い」

「アオッ!」


 ウィンカァの言うように、どことなく顔も精悍さが増し、声も低く鋭さを感じさせる。


「ヒイロ、ウイは何すればいい?」


 彼女から質問をされ、正直ありがたいと思った。アクウィナスだけでなくヴァルキリアシリーズも一人で対処しなければならないのかと思っていたので、彼女の登場は日色にとっては僥倖だったのだ。


「オレはあの赤髪をやる。他の五人……相手できるか?」

「ん……ウイ強くなった。問題ない……よ?」


 彼女が強いのは日色も知っている。初めて会った時、すでに彼女は規格外の強さを備えていた。戦闘センスも並外れており、獣人の血も引いているから身体能力も凄まじく高い。

 それに今の彼女を見れば相当鍛え上げたのが理解できる。


「……強くなったか。ここに入ってきたあの力も、その証拠だってことか?」

「ん……あれはお師さんに教わった」

「お師さん……? 師匠のことか?」

「ん……あそこで戦ってる人だよ」


 ウィンカァが指を差した先にいたのは、先程日色に助言を飛ばしたタチバナだった。


「なるほどな。確かに突入シーンが同じだったな」


 これで納得できた。そしてタチバナは間違いなく味方だということも判断できた。タチバナが何者かよく知らないが、それでもウィンカァが師と呼ぶのだから相当の人物であることが考察できた。

 日色とウィンカァが会話をしていると、ふと背後から「大志っ!」と叫ぶ千佳の声が聞こえる。


(あ、忘れてた)


 ウィンカァの登場がインパクトが強過ぎて、大志が瀕死だったのを忘れてしまっていた。日色は振り向くと千佳に抱えられて苦しそうに顔を歪めている大志を見下ろす。


「おいお前ら、そいつを助けたかったらまずはそこに見えてる《魔石》を取り除くことだな」

「こ、この赤い石のことやんな?」


 しのぶが不安気に尋ねてきて日色は頷く。


「で、でもこれ……大志っちの身体に根ぇはっとるし、どないしたらとれるん?」

「それはある『魔人族』の血液を凝固させた結晶らしい。『魔人族』の苦手なもの、それが何だか知ってるだろ?」

「……光魔法?」

「ああ」

「せ、せやけどウチらの魔法を弾いたで!?」

「お前らはバカか?」

「バ、バカ!?」


 日色の言動にしのぶたちはあんぐりと口を開けたまま固まる。いきなり罵声を浴びせられたのだから仕方ないかもしれないが。


「弾いたのは治癒魔法だからだろ? その石を攻撃するために力を使用してみろ。弾かれないくらい強い攻撃なら何とかなるはずだ」

「そ、そうなんか?」

「そもそも光魔法はたとえ治癒目的で使用しても『魔人族』相手には効果が薄いことは、お前らも知ってると思ってたが?」


 日色の言う通り、元々光魔法の耐性がない『魔人族』にとって、たとえその傷を治すための魔法でも著しく効果が低いのだ。それは無意識に身体が拒否反応を起こしているのだと日色は推察している。


「た、確かに忘れとったわ……せ、せやけど丘村っちの治癒魔法はそんなん関係あらへんて聞いたで?」

「ホ、ホントなのしのぶ! 丘村! お願い! 大志を助けて!」


 しのぶの言葉に食いつき、千佳が縋るように日色を見つめてくる。


「甘えるな」

「っ!?」

「今こんな状況になったのは誰のせいだ?」

「……え?」

「すべてはお前らが何も考えずに流れに身を任せ過ぎた結果じゃないのか?」

「そ、それは……」


 千佳だけでなく、その言葉はしのぶと朱里の心も抉る。


「最初からあの人間の王の言葉に疑問を持って行動していればこんなことにはならなかったはずだ。そこの二人には以前話したが、お前らは自分たちが危険になれば誰かが助けてくれると、そんな漫画のような物語を信じてるんじゃないだろうな?」

「…………」

「世の中は決してそんな優しくない。オレだって何度も死にかけた。誰かに助けられたことだってある。だがオレは自分で考え、自分の足でこの世界を歩いてきた。そこで出会った奴らと知り合い、何の因果か、助けたり助け合ったりしてきたんだ。その繋がりがあってこその助け合いだ。お前らはこの世界で何を成した? そいつがそこに横たわっているのは、そいつが自分で選んだ結果だろうが。確かにその怪我を負わせたのはオレだが、それを治癒する義理などないし、正直またあのテンプレ魔王に利用されるだけだと思ったらうんざりだ」


 アヴォロスは恐らく日色が大志を殺すことはないと考えているだろう。だからこそ、この場に千佳たちを集結させたはず。さすがの日色でも、必死に嘆願する彼女たちの思いを見捨てるほど残酷ではないと考えていると思う。

 故にここで大志は助かるという筋書きはアヴォロスの頭の中にあるだろう。つまり彼にとって、まだ大志は使えるということだ。何に使うか分からないが、今ここで安易に全快させて自由を与えるのは危険だと日色は判断した。

 この考えが正しいのであれば大志の命を奪った方が都合が良いのかもしれないが、さすがにこの三人の女性をかきわけて、大志を殺す選択はできかねた。


「治癒できる可能性だけは教えてやった。それが最大の譲歩だ。本来ならそこまでやる義理はない。ただし、そこの二人は曲がりなりにも《連合軍》として役には立ってる。だから少しくらいは手を貸してやった。おいスポーツ女、そこの二人に感謝するんだな」


 スポーツ女とは無論千佳のことである。そして日色は踵を返すと、


「あとはお前らで何とかしてみろ。ここで何もできなきゃ、ホントにお前らはどうしようもない愚図だぞ?」


 そのままウィンカァのところへ戻った。するとウィンカァが無表情のまま尋ねてきた。


「……いいの?」

「ああ、アイツらにも背負うものがあることを自覚してもらう」

「ん……ヒイロが決めたならそれでいい」


 そして日色は彼女よりも前に出て目の前に立つアクウィナスに視線を向ける。


「ところでずいぶん大人しいんだな赤髪。不意打ちくらいしてくると思っていたが?」

「……陛下の狙いは時間稼ぎ。それはお前も理解しているだろう。お前たちが時間を使ってくれるのならいくらでも待とう」


 アヴォロスは魔神復活の時間を稼いでいる。だから日色が時間を使うのなら、むしろアヴォロスには好都合なのだ。だからアクウィナスは、下手に状況を動かさずに沈黙を保っていたということだ。


「ならそろそろ始めるか。アンテナ女、準備はいいな?」

「いいよ」


 アンテナ女と呼んでいるウィンカァから気迫が滲み出てくる。彼女は強くなったことだろう。しかしヴァルキリア五人も相当厄介なはず。何とか日色も援護ができればいいと考えていると……。


「ヒイロ、ウイは大丈夫だから……」

「アンテナ女……」

「だからヒイロは自分の戦いに集中して……ね?」

「…………」

「ヒイロはウイの王。ホントは全部ウイが何とかしたいけど、あの赤い人は正直しんどそう……ごめんね?」


 なるほど、やはりウィンカァは相当腕を上げたようだ。見ただけでアクウィナスの実力を見抜き、全員を相手にするのは無理だと判断している。それができるのはウィンカァが強者だからに他ならない。


「……分かった。だがオレの目の前で死ぬのは許さんからな」

「ん……がんばる。勝ってヒイロにナデナデしてもらう!」

「え……あ……まあ、頑張れ」

「うん!」


 ウィンカァの瞳に俄然やる気が満ちた。ウィンカァは、五人と相手するつもりらしいが、問題は相手がそれを許してくれるかどうかだ。アクウィナスと戦っている間にちょっかいをかけられても面倒。


「ならこれでっ!」


 日色はすかさず両手で文字を書く。


『転移』と『二人』


 瞬時にその場から日色とアクウィナスが姿を消す。ヴァルキリアシリーズは各々ハッとなってキョロキョロと視線を動かすが、ウィンカァはその隙をつき、まるで転移した日色のような動きを見せて、一人のヴァルキリアシリーズの懐に入る。


「08号っ!」


 誰かがそのヴァルキリアの識別番号を叫ぶが、すでに遅かった。一瞬にして生み出された三つの閃光。目にも止まらない速さで振り抜かれた槍は、驚くべきことに08号の両腕と首を切断した。

 ボタボタッと切断部位が地面に落ち、身体もそのまま前のめりに倒れる。そして何事もなくウィンカァは他の四人に視線を向けて発言する。


「ウイは……強いよ?」


 ウィンカァが瞬時にヴァルキリア一体を倒したことは、そこから少し離れた場所にいる日色の目にも映っていた。


(ふむ、あれなら任せても大丈夫そうだな)


 転移をする前に、一応『覗』の文字を発動させて《ステータス》を調べてはいた。



ウィンカァ・ジオ


Lv 171


HP 14000/14000

MP 4050/4150


EXP 5216208

NEXT 67896


ATK 1810(1930)

DEF 1750(1800)

AGI 1440(1470)

HIT 1520(1570)

INT 555()


《戦技》 一ノ段 疾風

     二ノ段 渦巻き

     三ノ段 大車

     四ノ段 一閃

     五ノ段 火群

     六ノ段 三刹

     七ノ段 祓ノ斬

     八ノ段 次元断



《称号》 天賦の才・ハーフ・力馬鹿・家族思い・無邪気・禁忌・動物好き・一直線な娘・大食い・人斬り・ユニークジェノサイダー・マイペース・モンスターの天敵・モンスターハンター・放浪者・神速・超人・アンテナ女・ヒイロの下僕・のほほん巨乳・戦闘好き・獣覚を制する者・タチバナの弟子・月光・次元を断つ者・極めた者




 これほどの戦闘力を持っているウィンカァなら、たとえ相手が五人でも問題なく戦えるだろう。しょせん相手は《造られた者》なのだ。その強さも含めて。

 長い年月をかけて努力し続けたウィンカァなら倒してくれるだろう。先程の動きでその思いはより顕著になった。


(よし……あとは)


 日色は後顧の憂いをなくしたように、スッキリした表情で目の前に立っているアクウィナスを見つめる。すると彼も、日色同様にウィンカァのことが気になっていたのか、彼女を見つめていた。


「……なるほど、良い腕だ。ヒイロが信頼するのも分かるな」

「そんなことはどうでもいい。ここなら邪魔されないからな。存分にやれるぞ」

「……そうだな。だが不思議なものだ」

「ん? 何がだ?」

「こうしてお前と戦うことになるとはな」

「…………」

「我々『魔人族』の英雄として、国を救い、そして獣人との架け橋にもなり、今では人間も同時に手を取り一つの敵を討とうと奮闘している。考えられなかった光景だ」

「だろうな」


 少し前までは、互いに警戒し、僅かなきっかけで戦争にまで発展するほど険悪だった。それが今では互いに手を結び、こうしてともに戦っているのだから信じられないと感じるのも無理はないだろう。


「それもこれも、すべてはお前が要になっていることを知っているか?」

「は?」


 突然アクウィナスがわけの分からないことを言ってきた。


「獣人との決闘で、お前が結果を出してくれたからこそ、獣人は『魔人族』を認め、手を取ってくれた」


 何故この男が急にこのような話をしだしたのか意味が分からず困惑を覚えてしまう。


「獣人の信頼を得られたのは、ひとえにお前という存在があったからこそだろうと俺は思っている。そして人間にしても同様だ。あの勇者の娘たちを皮切りに、ジュドム、ファラ、そして彼らの仲間を信用できたのも、同じ人間であるお前が我々の前に立ってくれていたお陰だ」

「買い被りだな。オレはただやりたいことをやってきただけだ」

「……あのリリィンがお前を気に入ったのは当然だな」

「あ?」


 ここでリリィンの名前が出てくることも意外だった。


「……見つかって良かった」

「……?」


 少し聞き取り辛かったが、確かにアクウィナスは笑みを浮かべて言葉を発した。だがすぐに表情を引き締め、全身からとてつもない殺気を膨れ上がらせる。


「っ!?」


 完全な戦闘態勢。少しでも気を抜くことすら許さない覇気。そしてバサッと背中から黒い翼を出現させて空へとゆっくり上昇していく。


「ヒイロ…………行くぞ」


 彼の言葉が終わった瞬間、ゾクッと全身を寒気が襲う。そして瞬きよりも短い時間の中、突如として日色の周囲に無数の剣が出現。その剣が日色へと向かって突き進んでくる。このままでは串刺しになってしまう。


「ちぃっ!」


 日色は設置文字である『転移』の文字を使ってアクウィナスの背後へと移動する。そしてすかさず《絶刀・ザンゲキ》を抜き、横一閃に振り抜くが、いつの間にかその手に握っていた剣で防がれる。

 先程まで日色がいた場所は、無数の剣が大地に突き刺さり針山を体現していく。もし少しでも遅ければ、あの中心にいたかと思うとゾッとする。


「その転移能力は脅威だな」


 日色は設置文字である『飛翔』を使い、その場を離れて上空を駆け回る。ジッとしているとまた剣に囲まれるかもしれないと思い、動き回ることにしたのだ。


(奴の能力は予兆がほとんどない。先読みしなきゃ一気に串刺しだな)


 そう思いアクウィナスを中心にして円を描くように飛翔しながら指を動かしていく。


『超加速』


 発動した瞬間、日色は残像を残しながら雷の如き速さでアクウィナスに迫る。


「それは助かるな」

「助かる……?」


 驚くことに、アクウィナスは日色の動きを察知し、その紅き瞳で捉える。勢いのついた日色は急に止まることができずに、アクウィナスの剣を咄嗟に防御することができず、左肩を微かに斬られてしまった。

 日色はこのまま突っ込むのは危険だと判断し、その場から離れた。だが追い打ちをかけるようにアクウィナスが追ってくる。日色は舌打ちをして、すぐさま移動を開始するが、またも日色の向かう場所を知っているかのように追いかけてくる。


(何故だ!? 何故奴は追ってこられるんだ!?)


 単純な速さでいえば、今のところは日色の方が上。それなのに日色を見失うことなく追従してくるアクウィナスの動きに戸惑いを覚える。


「ちっ! なら逆に利用してやる!」


 日色は『岩石群』と書き発動。すると日色の周りに次々と大小様々な岩石が顕現する。そして重力に従って落下していく。アクウィナスよりも上空にいる日色は、真っ直ぐ向かってくるアクウィナスを叩き落とそうと企む。

 先程の日色のように、全力で動いているのであれば咄嗟に止まることはできないだろう。隙間もなく岩石を雨のように降らせば少しくらいダメージがあるだろうと判断した。

 しかし日色は彼のある能力を考慮し忘れていた。


 アクウィナスが上空から落下してくる岩石群をジッと睨みつける。紅い瞳から怪しく光りが放たれた瞬間、次々と岩石が灰化していく。

 その灰の中を突き抜け、アクウィナスが日色の懐へと入った。


「しまっ……!?」


 アクウィナスの剣が日色の胸を突き刺した。

 その光景を見ていた者たちが、一様に日色の名を呼び身を案じる。

 だが突き刺された日色が突然青白い光に包まれて霧散した。そして同じように灰の中から現れた日色が、刀でアクウィナスに迫り鍔迫り合いが起こる。


「なるほど、分身か」

「ならこれが本物か?」

「む!?」


 突然、日色の身体が爆発を起こしアクウィナスを巻き込む。だがその爆発から凄まじい速度で脱出したアクウィナス。それでも若干ダメージを受けたようで、翼に傷が入っている。そしてそのまま高みから地上に立っている日色を見下ろす。

 その日色の両手の指には、


『分身』と『爆発』


 と書かれた文字が光っていた。

 常人が唖然とするほどの高度な攻防に、その戦いを見ていた者たちは目を奪われていた。



     ※



「す、凄いで……。なんっつう戦いなんや……」

「は、はい……。レベルが違いますね……」


 日色の戦いを見ていたしのぶと朱里は、その激しい攻防に格の違いを見せられて呆気にとられていた。


「二人とも! 丘村が凄いのは分かったから、今は大志に集中して!」


 そこへ千佳の怒鳴り声が響く。


「あ、ああごめんな千佳っち!」

「す、すみません!」


 慌てて視線を日色から大志へと移す二人。


「せ、せやけど丘村っちの言うようにこの《魔石》に直接攻撃すればホンマに大丈夫なんやろか?」

「というよりも、直接攻撃しても大志さんが無事なんでしょうか?」

「分からないわよ。だけどそれしか方法がないんならやるしかないでしょ!」

「千佳っちの言う通りやな。大志っちの生命力を信じてウチらはやることをやるだけや!」


 三人は互いに顔を見合わせて覚悟を決めて頷き合う。そして三人は、大志のパッカリと開いている胸元に存在する《魔石》を見つめてゴクリと喉を鳴らせる。


「光魔法をこれにぶつける……多分、他の部分に攻撃がいけば、大志はもたないわ。だけど、生半可な攻撃じゃ、さっきの治癒魔法みたいに弾かれてしまう。それに大志の様子から何度も失敗はできないわ」

「せやな、攻撃魔法を使うんやから、一回で成功した方がええな」

「難しいですね。それにこの中で光魔法で攻撃を主軸とした魔法が使えるのは千佳さんだけです。ですが千佳さんだけでは威力が足りないかもしれません。私としのぶさんが光魔法で千佳さんの魔法をサポートしなければなりません。その魔法コントロール……千佳さんできますか?」


 もし相手がモンスターであるなら難しくはないだろう。二人のサポートを受けて高まった光魔法のベクトルを操作するだけで十分。しかし今回はそのベクトルも含めて、的を極小に絞らなければならないのだ。

 もし《魔石》以外の部分に攻撃が漏れてしまえば、『魔人族』の身体である大志は大ダメージを受けてしまう。万全な体勢の時であれば大志も無事かもしれないが、身体の内側に直接光魔法を受ければ一溜まりもないはず。

 つまり魔法のコントロールの緻密さが要求されるのだ。


「私のライトアローを細く細く凝縮しなければならないってわけね……」


 下唇を噛み締める千佳の顔を見ると、やはり自信がないようだ。いや、仮に自信があっても、もし失敗すれば大志が死んでしまうと思えばつい手を引っ込めてしまうだろう。

 しかし考え込んでいる間も大志は次第に生命力を失っていく。


「もう時間ないで! 千佳っち! やるしかないで!」

「千佳さん……やりましょう」

「…………分かったわ」


 千佳は覚悟を決めたように顔を強張らせ、大志の胸元に右手をかざす。


「ウチらもいくで朱里っち」

「はい!」


 しのぶと朱里が背後から千佳の肩に触れてそれぞれの魔力を光属性にして送り込んでいく。それが千佳の身体を伝って、右手へと集束していく。


「うっ!?」


 膨大な力が一気に集まったことで、千佳の身体が小刻みに震え出した。

 そして―――。


「ダメッ!」


 瞬間、千佳は勢いよく右手を上空へと向ける。するとそこから巨大な光の矢が天へと放たれた。大きさでいえば五十センチほどあった。とてもではないが、その大きさでは大志の全身にダメージを与えてしまう。


「くっ……!」


 想像以上のコントロールの難しさに悔しげに顔を歪めてしまう。


「もう一度や千佳っち! いくで!」

「う、うん!」


 希望は一回で成功することだが、やはり今の光魔法で試すわけにはいかない。何度も何度も試してみるが、精々が三十センチほどしか細めることしかできない。


「はあはあはあ……」


 千佳は四つん這いで息を荒くしている。額からは大粒の汗が生まれポタポタと地に落ちる。まだ数発しか試していないが、コントロールは余程の精神力を消耗することが一目瞭然だ。

 千佳とは違って他の二人はまだ楽といえば楽なので彼女ほど息は乱していない。


「どないしよ……せめて十センチほどにはせなアカンのに……」

「ええ……だけど千佳さんだけでは厳しいのかもしれません」

「大志……もう! アタシのバカッ! 何でこんなもんもできないのよっ!」


 千佳は自分に対して憤りを覚えている。それはひとえに彼女の修業不足に他ならないのだが、だからこそ自分に腹が立つのだろう。


「……ちょっと待って下さい」

「ん? どないしたん朱里っち?」

「千佳さん一人では難しい。なら私たちが一緒にやればどうでしょうか?」

「せやけどウチらはライトアローが使えへんのやで?」

「ええ、ですからライトアローを作るのは千佳さんです。私たちは、その間からそのライトアローの形を整えていけばいいんです。緻密コントロールなら、必死に練習してきた私としのぶさんならできるはずです」

「……つまり千佳っちは、ウチらから力を貰って最高のライトアローを生成することに意識を集中させる。ウチらはそれを高密度に圧縮していくってことなんやな?」

「はい」


 しのぶは息も絶え絶えの千佳を見て目を細める。


「確かに全力のライトアローを撃てるんは千佳っちの様子から見てもあと一度やろ。これが最後のチャンス……分かったで朱里っち! 千佳っちもそれでええな?」

「……不甲斐無くてごめんね二人とも」

「いいえ! 千佳さんは全力のライトアローを作ることだけに集中して下さい。全ての魔力をただ一撃に」

「……分かったわ。あとは……任せるわ」


 千佳は大きく深呼吸をすると、仰向けの大志に馬乗りのような形になり左手で右手首を握って震えないようにしっかり構える。しのぶは千佳の左前方に膝をつき、右手を千佳の左肩に置き、左手を千佳の右手に近づける。

 同じように右前方に膝をついた朱里は、左手を千佳の右肩に置き、右手を千佳の右手に近づける。


「いくわよっ!」


 千佳へと流された魔力が右手に集束していく。そして徐々にライトアローの形を生み出していく。


「形を整えんで朱里っち!」

「はい!」


 しのぶと朱里は大きく膨れ上がっていくライトアローを魔力を放出して抑え込んでいく。同じ光属性の防御壁を作り出し、十センチほどの形を維持させていく。


「ま、まだや千佳っち! もっと力を込めな弾かれんでっ!」

「わ、分かってるわよっ!」

「しのぶさん、もう少しそちら側から抑えて下さいっ!」


 そして次第に三人の力が均一さを整えていく。それが美しい小さな光の矢を形作った。まさに三位一体が成した魔法である。


「い、今や千佳っちっ!」

「撃って下さい千佳さんっ!」

「さっさと目を覚ましなさい大志ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 千佳から放たれたライトアローが大志の胸で脈動している《魔石》を貫いた。凄まじい光の奔流で三人は一様にして目を閉じる。数秒の後、光が徐々に鎮まっていく。

 そして三人は大志の姿を見て笑顔を浮かべる。『魔人族』だったその姿は、彼女たちの良く知っている人間の姿へと戻ったのだ。


「まだや朱里っち! 今度は傷を治すで!」

「は、はいっ!」


 千佳は全力を尽くしたせいか、ぐったりとそのまま倒れてしまった。だがふと触れた大志の指先から伝わる温かさにホッと胸を撫で下ろしていた。

 そして二人が大志を助けるために必死に治癒魔法を使う姿を見て、


「アタシも強くならなきゃ……」


 そう呟かずにはいられなかったのだろう。だが峠を乗り越えられたようで、あとは信頼できる彼女たちに任せて千佳は静かに瞼を閉じた。





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