195:異世界人 VS 大志
イヴェアムから自分たちの名前を呼ぶ声が聞こえたが、シュブラーズとイオニスは、体中に傷を負ったまま地に臥せたままだ。
「ん~そろそろ諦めるさ~! 君たちではそう! 君たちでは僕には勝てないのさっ! 何故か分かるかい? それは~」
クルクルと身体を回転させて、そしてバシッと身体を捻って決めポーズを作るビジョニー。
「美しさが足りないからさっ!」
相変わらずの暑苦しさと鬱陶しさだが、彼の実力は本物のようであり、あの《クルーエル》の《序列五位》と魔軍の隊長が倒されているところを見ると、ビジョニーの方が格上のようだ。
だがまだ諦めを見せずに、二人は歯を食い縛りつつ立ち上がる。
「ノンノン、それじゃ遅いよね!」
ビジョニーが手をかざすと、二人の周囲に無数の泡が出現。そして時間差で、次々と爆発していき彼女たちを吹き飛ばしていく。
これは明らかに彼女たちにとって相性の悪い相手である。何故ならシュブラーズの魔法は、かなりの時間がかかるし、発動には踊りを完成させる必要があるのだ。こうも遠距離で広範囲に爆発させられればとてもではないが魔法などは使えない。
そしてイオニスにしても、前回【ムーティヒの橋】でビジョニーと戦い、もう少しで殺される寸前までいっていた。
彼女の魔法もシュブラーズと同じユニーク魔法ではあるが、いかんせん相手に触れなければ使えない能力なので、接近できない現状では勝ち目がない。天才的な回避能力を持つ彼女も、周囲全てを攻撃されればさすがに避けることはできないのだ。
「くっ……悔しい……の」
イオニスに関していえば、目の前で同じ隊長であるハーブリードが彼に殺されてしまっている。何としても仲間の仇を取りたいと願うが、実力の差がとてつもなく大きい。
「せめて……シュブラーズ様だけでも守る……の」
彼女はこの先、イヴェアムの支えとして必要だと思っているのか、イオニスは彼女の前に庇うように立つ。
「ん~先に逝っちゃいたいのか~い? しょうがないね~、ここまで僕を追ってきたご褒美だよ! 苦しまずに逝かせてあげるよ!」
するとイオニスの前方に巨大な泡が出現し、彼女を呑み込もうとする。しかしその瞬間、彼女の身体を弾き飛ばした存在がいた。―――シュブラーズである。
「シュブラーズ様っ!?」
巨大泡にはシュブラーズが呑み込まれてしまった。だが彼女は優しくイオニスに微笑みかけている。
「……陛下を頼むわね」
その微笑みに絶望を感じたのか、イオニスは慌てて向かおうとするが、急に泡が上昇し、手の届かない上空へと向かってしまった。
この状況はハーブリードが殺された時とまったく同じだった。イオニスの顔は青ざめ、身体が小刻みに震えている。この後に、どういう結末を迎えるか分かっているからだ。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
イオニスは軋む身体を全力で奮い立たせて、手に持ったヨーヨーである《回迅》を二つとも巨大泡に向けて放つが、その《回迅》の前に泡が生まれて爆発によって阻まれてしまう。
「邪魔するななのっ!」
「ふふ~ん、ほらほらぁ~まずは一人目だよぉ~」
ビジョニーの楽しげな言葉にハッとなり、上空に浮かんでいるシュブラーズを凝視する。そして急激に泡の魔力が高まり光り輝いていく。
「あ……ああ……っ!?」
もう駄目だと思っているのか、イオニスが膝を折ってしまう。
「そらぁ~ドッカァ~ンだよぉ!」
彼の言葉に呼応するようにさらに光を放つ泡。
誰もがシュブラーズの死を連想したその時――――だ。
上空に亀裂が走り、そこから再び斬撃のような衝撃が泡に向かって飛ばされてくる。そして泡を寸断した斬撃は、そのまま真っ直ぐにビジョニーに向かっていく。
「ええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
ビジョニーは不細工な叫び声を上げながら必死の形相でその斬撃から身をかわす。その間に、斬撃によって泡が消失し、空中に投げ出されたシュブラーズを上空でそっと抱えて、地上へと落下してくる人物がいた。
その人物はスタッと見事に着地するとゆっくりシュブラーズを下ろす。そして一言。
「世界の命運をかけた戦いでござるかぁ。拙者、年甲斐もなくワクワクするでござるよ」
独特の世界観を持つ言葉が発せられた。
突如天空を斬り裂いて出現した謎の人物。
紫陽花のような薄紫色のストレートヘア―が腰まで伸びており、それを五つに分けて束ねている。袖口に山形の模様であるダンダラ模様を黄色く染めた羽織を着込んでいる。羽織の下には、紺色の袴を着用し、額には鉢金、腰には太刀と脇差が携帯されてあり、まるで日本に実在した新撰組のようないでたちをしていた。
表情は少しタレ目で穏和そうな顔立ちをしていて、スラッとして鼻筋の通った整っている顔を持つ。また女性だと判断できるような大きな胸がこれみよがしに強調されている。
女性がその桜色の瞳をシュブラーズに向けて、にこやかに口を開く。
「怪我はないでござるかな?」
「え……あ、ないけど……あ、あなたは?」
当然彼女の出現に疑問が湧く。
「タチバナァァァァァッ!」
すると二人の間に割って入った大声が届いてきた。女性はその声の方向に視線を向ける。そして「おお!」という表情を浮かべる。
「おやおや、そんなところでボロボロになって、何をしているのでござるかな…………ジュドム殿?」
彼女に声をかけた人物は、ジュドム・ランカースだった。そしてそんなジュドムにレオウードが「何者だ?」と尋ねるが、すぐに目を凝らし言葉を改める。
「いや……どこかで見たことがあるぞ……?」
「そりゃそうだろ。ずいぶん雰囲気が変わったが、アイツはタチバナ・マースティル。人間界の誇る、SSSランカーの一人だ」
「やはりそうか……昔会った時はまだ小さかったな」
「ああ、キルツさんが生きてたら驚いたはずだ。何たって、あの人がまだ幼かったアイツの《平和の雫》入りを断ったんだしな」
「それが今ではトップランカーか」
ジュドムの説明に、レオウードは納得気に頷いた。
「それにしても、アイツ……どうやってここに……?」
ジュドムが首を傾げてしまうのはそれだった。そして一番驚愕をしているのはジュドムの目の前に瞬きを忘れて立ち尽くしているアヴォロスだ。
「……タチバナ・マースティル……だと? いくら探しても見つからなかった存在が、よもやこのようなところに現れるとは……しかも」
彼の目線は上空の亀裂に向かう。その亀裂も徐々に直りつつあるが、確かに彼女は外からここへ侵入してきた。
「有り得ん……ここは異空間だぞ? どうやってここへ……?」
アヴォロスにとっても意外だったということが、彼の表情から一見して理解できる。そしてアヴォロスの瞳が鋭く細められ、その意識は目の前のジュドムたちよりも優先して彼女――タチバナに向けられる。
「答えろタチバナ・マースティル! どのようにしてこの場に参じた!」
アヴォロスの声に気づいたタチバナはそのにこやかな表情を崩すことなく、一言……言った。
「それは……………………秘密にござる」
「…………ふざけておるのか?」
「むほ? 別にふざけてなどおらんよ。ただ乙女は多くの秘密を持つだけでござる」
「…………ビジョニー! いつまで呆けておる! さっさとその小娘を殺せっ!」
アヴォロスの言は、砂の上に座り込んで呆然としていたビジョニーへと向けられる。一喝された結果、ビシッと背筋を伸ばして立ち上がった彼は再び戦闘態勢を整える。
「いやはや、この歳になって小娘呼ばわりされたのは初めてでござるよ。結構嬉しいものでござるなぁ」
戦場に似つかわしくない穏やかな空気が彼女から滲み出ている。
「こら君ィッ! 僕より目立つなんて……目立つなんて……羨まし過ぎじゃないかぁっ!」
「むほ? これはこれはすまないでござる。ただこの戦争、負けると世界が終わる故……お主らを許さぬでござるよ」
顔は笑っているが、先程から発せられていた穏和な空気が一気に転化して冷たい殺気が迸っている。そしてゆっくりと腰に携帯している太刀を抜きながら喋る。
「さて、お主は海魔よりも強いでござるかな?」
海魔というのは海のモンスターを縮めた言い方である。
「バ、バカにしちゃダメダメだよ! たかが海のモンスターが僕より強いわけないじゃないか!」
「それはそれは、楽しみでござるかな」
ビジョニーから大量の魔力が溢れ、彼の周りに大小様々な泡が出現。
「いっくよぉ~! バブルストライクッ!」
彼のユニーク魔法である《爆泡魔法》で生み出された爆破効果を持った泡がタチバナに襲い掛かる。
「離れているでござる」
シュブラーズは彼女に言われた通りに、その場から離れイオニスがいるところへと駆けていく。その間にも泡は距離を潰していっている。
「さて、やるでござるかな」
タチバナは太刀を構えると、向かってくる泡に向かって横薙ぎに一閃する。
ただ一度――太刀を振っただけだったはずだが、複数の斬撃がそれぞれの泡へと放たれていき、泡を呑み込んで消えていく。
「……はへ?」
ビジョニーも自分の攻撃が瞬く間に消失したことにポカンと言葉を失っていた。
「まだまだ気を抜くのは早いでござろう」
そのままの状態でタチバナは太刀を振るう。すると再び生み出された剣線は一つなのに、複数の刃がビジョニーに向かって襲い掛かってくる。
「嘘ぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
ビジョニーは情けなく後ろに向かって蛇行しながら回避する。バシュンバシュンバシュンッと、荒野フィールドに存在する岩場にぶつかっては、岩ごと呑み込んで消えていく斬撃。
「くっそぉぉぉぉっ! いい加減にしてほしいよねぇっ!」
ビジョニーはクルリと身体を一回転させると今度はタチバナの周囲を泡で覆い尽くす。
「むほ?」
「アッハハ! 手加減はナッシングだよ! 木端微塵になっちゃえばいいのさぁ~!」
そして泡が光を放った瞬間、タチバナは太刀を素早く鞘に納め、微かに腰を落とし、そして一気に右足を支点にして太刀を抜きながら回転した。
すると驚くことに、生み出された剣線は波紋のように広がっていき、周囲の泡を全て呑み込み消えた。
「なはぁっ!?」
「うむ、今のは少々肝が冷えたでござるよ」
言葉とは裏腹に、少しも焦りを見せていない様子で喋る。
「どうやら拙者の技とお主の魔法とでは相性が良いようでござるな」
「うぬぬぬぬぬぬぬぅっ!」
顔を真っ赤にして、思い通りにいかないことに腹を立てているビジョニー。確かにビジョニーの魔法は、使い勝手が良く、全てのレンジに適応できる万能さを持っている。
しかも殺傷力も高く、泡の中に入れば空からでも自由に相手を攻撃できるビジョニーは、ほとんど無敵状態だっただろう。
しかしこうも魔法を消されてしまうとは思ってもいなかったようで、ギリギリと歯を噛み鳴らしている。
そんなビジョニーを見て、不甲斐無く思ったのか、アヴォロスは隣にいるキリアに耳打ちをすると、キリアが再び現れた扉の奥へと消えた。
「何を……?」
イヴェアムがキリアの動きを不思議に思い言葉にするが、アヴォロスはただ一言、
「見ていれば分かる」
とだけ答えて、その視線をビジョニーへと向けた。
するとビジョニーの背後に現れた扉。ビジョニーは気づいていない。まるで隠密のように現れた扉から出てきたキリア。その手には赤い石である《魔石》を持っていた。
誰もがまさかと思った瞬間、キリアが背後からビジョニーをその手で突き刺した。《魔石》を持っている右手でだ。
「ぐ……が……っ!?」
当然予測していなかったのだろう、ビジョニーは彼女の存在に気づいて愕然とした表情をして、その理由を確かめるようにアヴォロスへと目線を向ける。
そのアヴォロスは冷たく暗い瞳を向けながら残酷な言葉を吐く。
「それで少しはマシになるだろう。戦え、ビジョニー」
瞬間、胸の中に埋め込まれた《魔石》がドクンドクンと脈打ち、次第にビジョニーの生命力を吸い取ったように大きくなり、彼の胸から突き出てきた。そして白かった彼の肌は赤黒く染まり、骨格から肉体全てが変化していく。
大志と同じように『魔人族化』していくビジョニー。突如として膨らむ膨大な殺気と力にタチバナも笑みを崩し目を細めてジッと観察している。
ビジョニーの背中から大きな翼が生え、見目麗しかった彼の姿は面影をなくし凶悪な容貌をした『魔人族』が出現した。
その紅き瞳がタチバナに向けられた瞬間、タチバナの左側に瞬時にして泡が出現。
「速いっ!?」
そしてすぐさま爆発する。その爆発の規模もかなり大きなものだ。だが素晴らしい反応速度でタチバナはその場から脱出していた。
「おお、今のは速かったでござるなぁ」
タチバナはジッと、変わり果てたビジョニーを見つめる。
「そのような姿になってしまうとは……お主はつくべき主を間違ったようでござるな」
初めて見せる悲しげな表情。そして再び鞘に太刀を納めると、再び居合いの構えをする。
「そうなれば、もう助からないと聞く。せめてもの慈悲、拙者が引導を渡すでござるよ」
※
タチバナが突然上空から出現したのは日色の視界にも入っていた。大志の魔法攻撃を、《太赤纏》を使っての神速の動きで回避しながら、彼女を観察する余裕さえあった。
「くっそがぁぁぁッ! 避けるなオカムラァァァァァッ!」
人間の時とはうって変わった様相を呈している大志。殺意に満ちた表情で翼を広げながら高みから睨みつけている。
(あの女……味方みたいだが、一人であの化け物とやる気か?)
化け物というのは、こちらも変わり果てたビジョニーのこと。あの大志でさえ、《魔石》を利用すると、その実力が大幅にアップし、《太赤纏》を使わなければならないほど向上した。
元々強力な魔法を使う強者のビジョニー……しかも『魔人族化』した相手に一人で挑めるほど実力があるのか判断がつかなかった。
ただこの空間に自在に入ってきたということは、アヴォロスの魔力を打ち破れるほどの力は備えているということ。それだけの力は持っていることは判断できる。
「いつまでよそ見をしているのだオカムラァッ! 俺はこちらだぞっ!」
空にいる奴が本当に喧しい。いくら『魔人族化』したところで、元々の実力が桁外れなので、日色が本気を出せば攻撃など受けないほどの差がある。
(あっちも気にはなるが、まずはこっちをどうにかしておくか)
日色はピタッと足を止めると、上空に浮かぶ大志を睨みつける。するとニタァッと大志が笑う。人間の時は女性の目を惹くほどのイケメンだったのに、今ではその面影はほとんど失われている。血に飢えた獰猛な獣のような表情だ。
「死ねぇっ! サンダーブレイクッ!」
彼が前方へと差し出した右手の人差し指から黒い雷が落下してくる。日色は《絶刀・ザンゲキ》を抜き、上空に構えて、そのまま下に振り下ろした。
「《熱波斬》っ!」
紅き斬撃が黒い雷に向かって飛んでいく。大志は自分の魔法の方が強いと疑っていないのか、終始笑みを浮かべたままだ。しかし彼の希望は叶わず、日色の斬撃があっさりと雷を弾き、大志の左の翼を切断した。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
当然激痛とバランス不能により地上へと落下してくる。ドガガガッと地面を擦るように落ちた大志に日色はゆっくりと近づく。
「もう分かっただろ。諦めろダメ野郎」
「ぐ……何を……諦めろって……?」
それでも大志は歯を食い縛りながら立つ。
「た、たかがこれしきのことで……!」
すると大志はフィールドに存在する木に向かって走り、驚くことにその木をおもむろに食べ始めたのだ。
さすがの日色も突然気が狂ったかのような大志の様子に唖然としてしまう。しかし次の瞬間、何故彼がそのような行為に走ったのか理由が判明した。
切断したはずの部位から、徐々に新たな翼が再生し始めたのだ。一本の木を丸々食べ尽くした大志。よく見ると体中の傷が消え、元通りになっていた。
「ぐはぁ~」
「……お前、ホントに元人間か?」
ギロリと目を剥く大志。
「俺が人間じゃないわけないであろうが!」
「……ホントに哀れな奴だな」
「……何だと?」
「そんな姿になってまで何を成したいのかは知らないが、アイツらの言葉さえ届かないのであれば、お前はもう終わってるんだよ」
日色はある場所を指差した。そこには一つの戦場があり、そこから日色、いや大志を見つめて言葉をかけ続けている千佳たちがいた。
大志は千佳の姿を見てズキッと、まるで頭痛でもいたように顔をしかめる。
「……そうだ、俺はオカムラを殺して地球へ帰るんだ」
「オレを殺して? ……呆れたもんだな」
「……?」
「あのテンプレ魔王の言うことがどうして信じられる? 散々利用されてきたのに何故だ? お前はバカなのか?」
「ぐ……そ、それは……」
「何を根拠にして奴の言うことを聞けば、地球に帰れると思っているのか知らんが、奴にとってお前は体の良いただの捨て駒に他ならない」
「……!?」
「あそこにいる女もそうだ。恐らく、戦えばお前を解放してやるとか何とか言われたんだろ? 互いが人質になっている状況。そんな状況でお前はホントに奴の言う通り、地球へ帰らせてもらえると思っているのか?」
日色の言葉で徐々に意気消沈していく大志。彼の浅慮過ぎる行動に日色は苛立ちが増していく。
「まあ、お前が帰りたいと思っているのは理解できる。この世界に勇者として召喚され、人々にもてはやされ、国の英雄として信頼を置かれていたお前が、その国を裏切り、敵である奴の下について世界を破滅に導こうとしているんだからな。とんだ転落人生だ」
「う、うるさいっ! おおおお俺だって頑張ってるんだっ!」
「頑張るのは当然だ。こんな世界で頑張りを止めたら、異世界人であるオレらはすぐに人生の破綻を迎えるに決まってる。だがな、お前の頑張りってのは、自分が良ければ他人を不幸にしてもいいってことが前提なのか?」
「そ、そんなわけがないだろうが! 俺には俺の正義があって――」
「なら何故今、お前はここに立ってる?」
「っ!?」
「何も考えず、ただ流されるままに行動した結果がこれだろ? 人間の王に騙され、ろくに戦いの経験もないまま戦争に参加し恐怖で震え、テンプレ魔王に捕縛され、今度は獣人の国を襲い、奴らの大切なものを破壊。さらにはその人間の国に攻め入り、こうして【ヴィクトリアス】は消滅した。これのどこに正義がある?」
「う……」
反論できずに大志はただ顔を俯かせることしかできていない。
「お前はただ逃げ続けてるだけだ。自分が起こした結果を振り返るのが怖くて、この世界にいればいずれ糾弾されることが恐ろしい。だから今のうちにここから逃げたい。平和な日本へ帰りたい……違うか?」
「…………」
「沈黙は肯定ととるぞ。そもそも仲間として認めた者たちを見捨てて、自分一人で地球へ帰るという選択が有り得ん。何だその不愉快な選択は?」
「ち、違う! 俺は千佳と二人で帰るんだっ!」
「二人? お前の仲間は三人いるだろ?」
「そ、それは……だって……アイツらはこの世界でも十分にやっていけるし……それに……」
「ほう、【ドーハスの橋】でお前はアイツら二人を攫おうとしたと聞いた。それはあの二人も一緒に帰るため……じゃないわけだな?」
日色の問いにバツが悪そうに顔を歪める大志を見て、思わず日色は呆れかえって溜め息が漏れた。
「つまり二人を攫ってこいとテンプレ魔王に命令されたのか……。ということは、その二人を攫ってくれば、お前とあの女の二人は地球に戻してやると言われたか?」
「ぐ……」
本当に分かり易い態度だった。的を射ていると十分に納得できるほど、大志の反応は事実を如実に語っていた。
「……どうしようもない奴だなお前は。呆れてものが言えん」
「……しょうがないんだ……だってこの世界は……戦いばっかりで……裏切ってばっかりで……」
「それを何とかするためにお前らが呼ばれたんだろうが」
「あ……」
「結局お前は自分に都合の良い世界を求めてるだけだ。世界なんてどこも理不尽さが付き纏う。楽しいことだけじゃなく、辛いことも悲しいこともあるのが現実だ。その現実に立ち向かって、自分を保つことが戦うってことなんだよ」
「……うぅ」
「お前は今、アイツらの声が聞こえるか? 聞こえないんだろうな。必死にお前を呼ぶ声すらも届かない。それが何故か分かるか?」
「…………」
「お前がただ現実から逃げて目を、耳を塞いでるからだ。分かりやすく言ってやろうか? 今のお前は、ただのクズ野郎なんだよ」
日色の耳には、先程から必死に大志の名を呼び、正気に戻るように促している千佳、しのぶ、朱里の声が聞こえている。
だが今の大志には彼女たちの悲痛な呼び声も届いていない。それは彼自身が全てを拒絶しているからだ。
「俺は……俺は……」
大志の身体から殺気が失われかけ始めた時、日色はどす黒い魔力を感知した。
「うぐっ!? あ、あああうううああぁぁぁぁぁぁああああっ!?」
大志が急に胸を押さえて蹲った。一体何事かと思った日色だったが、原因は先程感じた魔力だと判断した。それはアヴォロスから放たれており、その魔力に呼応するかのように大志の胸の中にある《魔石》がドクンドクンと脈打っている。
(テンプレ魔王……何をしてやがる!?)
日色は咄嗟に大志から距離をとって様子を見守る。千佳たちは苦しんでいる大志に精一杯叫んでいる。
遠目に見えるアヴォロスを睨みつけていると、彼の口角が愉快気に上がったのを確認した。その瞬間、日色が立っている戦場がゴゴゴゴゴゴゴゴと地鳴りを響かせ動き始めた。
(何だっ!?)
すると、千佳たちが立っている戦場も動いているようで、次第に二つの戦場が近づき合体してしまった。そして千佳たちは慌てた様子で日色たちのところまで駆けつけてきた。
何故このようなことをしたのか分からず、苦しんでいる大志を一瞥して、再びアヴォロスを睨みつける日色。
「ククク、サービスステージだヒイロ。そこにいる者たちと手を組み、バケモノを退治するがよい」
アヴォロスの拡声器を使ったような声が届いた刹那、獣の咆哮のような声を上げながらどす黒い光に包まれていく大志。
それに千佳が触れようとしたので、
「触るなっ!」
日色が注意をすると、千佳もビクッとして手を止めた。すると大志から周囲に向かって衝撃波のような風圧が放たれた。
「くっ!?」
「「「きゃあぁぁっ!?」」」
日色は《太赤纏》のお蔭で、吹き飛ばされずに踏ん張ることはできたが、近くにいた彼女たちは日色よりも後方へ吹き飛ばされてしまった。
そして大志はというと、蹲っていた状態から静かに起き上がった。
(こいつは……)
日色は彼の目を見た時、とても正気ではないことを悟る。漆黒の中にポツンと赤い眼が置かれている。そこには大志の意志が感じられずに、ただ敵意と殺意が凝縮されたような負の感情が伝わってきた。
「大志ぃっ! 目を覚ましなさいよぉっ!」
「そやで大志っちっ! 千佳っちはもう無事なんやでっ!」
「正気に戻って下さい大志さんっ!」
千佳、しのぶ、朱里が、各々大志に向かって声をかけるが、大志は、正気を保っていない瞳をただ日色に向け続けていた。
そして大きく翼を広げたと思ったら、そのまま日色の懐へと入って貫手で貫こうとしてきた。しかし日色は冷静に攻撃を回避し、手に持った刀で再び彼の右側の翼を切断した。
「がぁっ!?」
鮮血が飛び散り、大志が膝を折る。
(どうやら強さ自体はさっきと変わりはないみたいだな。変わったのは奴の意志が失われたってことか)
威圧感は増したが、速さは正気をまだ保っていた時と比べて変化はなかった。恐らくアヴォロスが《魔石》に呼応させて、大志の意識を奪ったのだろうと解釈した。
これで大志は目の前の敵を倒すための人形と化してしまった。
「ちょっと待って丘村! それ以上、大志を傷つけないでよっ!」
千佳が叫びながら、日色と大志の間に割って入ってくる。そして彼女はゆっくりと大志に近づき、まるで怖がっている小動物に接するような態度をとる。
「ねえ大志、ほら、私は無事だよ? だからさ……戻りなさいよ」
そのような言葉で戻れば一番良いのだが、彼女の声はどうやら大志には届いていないようで、大志は残った翼を大きくはためかせ、目の前にいる千佳を吹き飛ばした。
「きゃっ!?」
ちょうど彼女の背後にいた日色は、飛んできた彼女を支える形になってしまう。
「……丘村……?」
「どうやらアイツはもう、こんな近くでもお前の言葉を聞くことができないようだな。面倒だから潰すぞ?」
日色の冷淡な物言いに、千佳はキッと視線を鋭くさせて日色を睨みつける。そして支えられていた身体を起き上がらせ、日色から距離を取る。
「させないわよっ! 大志は絶対私……ううん、私たちが元に戻す!」
いつの間にか千佳の左右にはしのぶと朱里が立っていた。
「せや、ウチらは諦めへん!」
「お願いします丘村くん! 力を貸して下さい!」
「ちょ、ちょっと朱里! こんな奴に力を借りるの!?」
千佳は朱里の嘆願に驚き声を上げる。
「はい。丘村くんがいればきっと彼も元に戻せるはずですから」
「……だ、だってコイツは大志を潰すって言ってんのよ!」
日色は口を挟まず、成り行きを見守っている。
「別に殺すとは言っていませんよ千佳さん。それに今の大志さんを止めるためにも、一度大人しくしてもらわなければ次に進めません」
「朱里……アンタ…………何か強くなってない?」
「ふふ、いろいろ鍛えられましたから。丘村くんにもお説教を受けてしまいましたし」
朱里はチラリと上目遣いで日色を見つめてくるが、日色は涼しげな表情のままだ。
「そういうことやで千佳っち。今の大志っちに、言葉が届かへんのやったら、ふんじばってでも直接耳にウチらの声を叫ばせてもらおうやないか!」
「しのぶ……」
千佳は殺意に満ちた雰囲気を醸し出す大志を一瞥すると、その視線を日色へと向けてきた。
「丘村……本当に大志を殺すつもりはないのね?」
「さあな。潰すとは言ったが、その結果、死ぬんならアイツはそれまでだったってことだろ」
「アンタ……この世界でどういう経験してきたわけ? 何でそんなに染まり切ってんの?」
「オレはただ単にやりたいことをやってるだけだ。オレの道に障害物があるなら、全力で退けるだけだ」
今まで日色は誰に何を言われようとも自分の考えを押し通してきた。それが自分なりの真っ直ぐの生き方というやつだった。そしてこれからもそれは続く。
そんな日色の思いを受け、千佳はしばらく考えた後、
「……分かった。丘村、私たちに力を貸して!」
「千佳っち!」
「千佳さん!」
千佳の決断に二人は喜ぶ。しかし日色は腕を組みながら肩を竦める。
「別にお前たちがアイツを止めるというのなら、オレは身を引かせてもらうぞ。この先も戦わなきゃならない奴がいるからな。体力を温存だ」
すると三人は日色の淡白な言動にポカ~ンとして固まった。そして千佳は顔を真っ赤にして指を突きつけてきた。
「な、な、何なのよアンタはっ! ああもう! ぜんっぜん変わってないわアンタ! その空気の読まなさっ!」
「そんなことよりきたぞ」
半目で日色は彼女の背後を指差す。千佳は「え?」って感じで振り向くと、そこには物凄い形相をした大志が突っ込んできていた。どうやら痺れを切らしたようだ。
「アカンッ! パラライズッ!」
「グリーンバインドッ!」
しのぶと朱里が、それぞれ拘束用の魔法を行使する。しのぶから放たれた電流が大志の身体を覆い痺れさせ、朱里から放たれた風が大志の四肢を縛り上げた。
「ぐが……っ!? ぐ……おおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
大志は確かに動きを止めたが、全身から大量の赤黒いオーラを噴出させて彼女たちの魔法を吹き飛ばした。
「き、効かへんっ!?」
「どうしましょうかしのぶさんっ!」
すると千佳は大志の隙をついて懐へ入り、驚いたことに彼の左頬を右手で平手打ちした。小気味の良い乾いた音が響く。
「さっさと目を覚ましなさいこのバカァァァァッ!」
思い切った行動をするものだと日色は半ば呆れる思いだったが、かなりの力が込められていたのか、それともただ虚を突かれただけなのか、大志の動きが明らかに止まった。
だが次の瞬間、大志の瞳が怪しく獰猛な光を放った。日色はハッとなって、咄嗟に叫んでしまっていた。
「おい、そこから離れろっ!」
「え……っ!?」
注意も時すでに遅く、千佳は大志に身体を掴まれて動けない状態になり、そして―――大志は大きく口を開いた。
ブシュゥゥッと千佳の右肩から血が噴き出る。そう、大志が千佳に噛みついたのだ。
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
「千佳っちぃぃぃぃっ!」
朱里が顔を青ざめさせ悲鳴を上げ、しのぶは千佳の名を力一杯叫ぶ。日色は舌打ちをしながら瞬時にその場から移動し、大志の背後に現れる。そして《絶刀・ザンゲキ》で背中を斬り裂く。
「ぐぎゃぁぁぁぁっ!?」
激痛に思わず千佳から口を放して、すぐさま日色に攻撃を仕掛けてくる。だが動きを見切っている日色は軽やかに回避し、残っている翼を切断した。大志の悲痛な叫び声とともに、翼がドサッと地面に落ちる。
千佳は右肩を押さえながら膝をつき、彼女に向かってしのぶたちが駆けつける。
「こらアカンッ! 朱里っち!」
「は、ははははいっ!」
朱里は悍ましいものを見たような表情をしていたが、しのぶの声の意味を悟り、二人は彼女の右肩に手をかざす。
「「ヒールッ!」」
眩い光が二人の手から放出され、千佳の右肩を包んでいく。
「た……大志……」
千佳は痛みに顔を歪めながら、自分に噛みついた大志の行動が信じられないのか悲しげに瞳を揺らしている。
日色は、咄嗟に身体が動いてしまったことに内心で驚いていた。体力を温存しようと思い、手を出さずにいようかとも思ったが、目の前で大志が千佳に噛みついた時、脳裏に嫌な予感が走った。
それは大志が先程木を平らげたところを見ていたかもしれない。あのまま放置していれば、千佳も大志に喰われて栄養にされた可能性があった。さすがにそんなスプラッタのような光景は勘弁してほしかった。
(仕方ないな。やはり奴らは信用できないか。それに……あまり時間を稼がせるのも、奴の狙い通りになりそうだしな)
日色はアヴォロスがいる場所へと視線を巡らす。このままズルズルと時間を引き延ばせば、益々アヴォロスの思惑にハマってしまうかもしれない。
ここはさっさとこの戦場を終わらせ一刻も早くアヴォロスを倒すしかないのだ。
「おいダメ野郎、時間も限られてる。お前はオレが潰す。お前たちもそれでいいな?」
日色は背後にいる千佳たちに一応問うが、もし断っても無理矢理行動を起こすつもりではいた。あくまでも一応聞いてみただけだ。
すると彼女たちは自分たちの無力さを感じているのか、顔を俯かせたままだ。特に千佳は、ショックが大きかったのかいまだ呆然としている。
日色は身体を覆っている《赤気》の密度をさらに濃くさせていく。
「悪いが一撃で終わらせてもらうぞダメ野郎」
日色の言葉に挑発を受け、大志は自身の魔力を最大限に高めていく。射殺すほどの視線を向け、両手を天に向かって挙げた。
どす黒い魔力が彼の両手から放出し、ボボボボウッと突然発火した。しかしその炎は普通の炎ではなく、闇色を宿している。その漆黒の炎が大志の頭上で大きな塊と化していく。
日色も、パンと胸の前で両手を合わせ力を集中していく。そしてゆっくりと両手を開いていくと、その間に赤い球体が出現。
大志はピクッと眉を動かして日色の行為に警戒度を高め、ギロリと睨みつけてきた。そして先に攻撃を放とうと決断したようで、一気に大志が生み出した黒炎の塊が大きくなった。
「シ……ネェ……ッ!」
大志から放たれた巨大な塊。それはジリジリと大気を焦がさんばかりの熱量を持ち日色へと向かってくる。地面スレスレのせいか、大地を通過する度に破壊の跡を残していく。それだけで生半可な破壊力ではないことが理解できる。
日色の背後にいるしのぶと朱里も、慌てて呆然自失状態である千佳を抱えながら、その場を離れようとする。それもそのはず。もし日色が大志の攻撃を止めることができなかったら、そのまましのぶたちまで巻き込まれてしまうからだ。
当然、今の大志の全力を込めた攻撃を何とかできる実力は彼女たちにはない。
「丘村っちもはよ逃げぇっ!」
しのぶは、さすがの日色でも、大志の攻撃は防げないと思っているのか日色を案じて叫ぶ。しかし日色は静かに出現させた赤い球体を左手の前方へ浮かばせると、そのまま飛んでくる黒い塊に重なるように照準をつける。
しのぶたちは、まさか日色がそんな小さな球体で、直径が五メートル以上ある膨大な熱の塊を防ぐのは無理だと思っているようで、必死にその場から離れようとしている。
だが日色は常に冷静さを保ち、焦りも一つ見せずに佇んでいる。
「……終わりだぞ」
刹那、爆発的に膨れ上がった《赤気》が一気に球体へと注ぎ込まれキィィィィィンッと耳をつく高音を響かせる。そして同じように《赤気》を右拳に集束させて、ジッとターゲットである黒い塊を睨みつける。
そして日色は左手の前で浮かせている球体目掛けて、右手で殴りつけた。
「――《太赤砲》っ!」
バチィィッと弾かれたような音とともに、球体は真っ直ぐ黒い塊に向かって飛んでいった。
どう見ても、その規模から大志の攻撃の方が優位だと誰もが思うだろう。しかし日色の《太赤砲》と黒い塊が接触した瞬間、《太赤砲》は塊の中心部を突き抜け、その風圧で霧散させていく。
「っ!?」
無論大志の方は、自身の攻撃が敗れるとは思っていなかったようで愕然としている。そして《太赤砲》はそのまま大志の胸に直撃して彼は吹き飛ばされた。
「た、大志ぃぃぃぃっ!?」
千佳はようやく現状を理解したのか、正気に戻り、大志が日色の攻撃を受けて吹き飛んだのを見て叫んだ。
大志の胸にビキビキビキッとヒビが入り、口からは鮮血が吐かれる。そして《太赤砲》は小規模爆発を起こし、さらに大志を吹き飛ばしていき、大きな岩に激突してそのまま弾かれて地面に倒れた。
「し、し、死んだんやないやろか……」
「う、嘘……ですよ……」
しのぶと朱里が顔を青ざめさせながら発言すると、千佳はいても立ってもいられずにバッと立ち上がって大志のもとへ駆けつけた。
「や、やり過ぎやで丘村っちぃっ!」
しのぶが慌てて日色のもとへ駈け込んでくるが、日色は平然とした態度で《太赤纏》モードを解除する。
「知るか。ちゃんと手加減はしてある」
憮然として放った日色の言葉を聞き、「あ、あれで手加減……」と呟きながらポカンとしているしのぶをよそに、日色はゆっくりと大志がいる場所へと歩いていく。しのぶと朱里もハッとなって、日色を追い越して急いで大志と千佳がいる所へ向かっていく。
「大志ぃっ! ちょっとしっかりしなさいバカァッ!」
千佳がぐったりとして俯せに倒れている大志に向かって叫ぶ。そして駆けつけたしのぶたちが、彼に光魔法を使い治癒させていく。
大志の胸元から、ドクンドクンと激しく脈打つ《魔石》が見えている。日色の攻撃により破壊された胸の奥で、彼の全身を支配するかのように根を張っていた。
その根は体中に張り巡らされているようで、まるで太い神経みたいで見た目が気持ち悪い。
「ぎ……ぐぅあぁぁぁぁぁぁああああああっ!」
大志は治癒の魔法をかけてもらっているというのに明らかに苦しんでいる。まるで光の魔法を拒絶しているかのようで、まったく効果が見られない。
しかしこのままでは大志は出血多量で死んでしまうだろうと思われるほどの血液を地面へと流している。
「何でなん!? 何で効かへんのっ!」
「わ、分かりませんっ! でもこのままじゃ大志さんがっ!」
「お願い大志! 目を覚ましてよぉっ!」
三人の必死の介抱も虚しく、身体を痙攣させて、徐々に命の灯が消えかけていく。
「恐らく『魔人族』としての能力が、光魔法を拒絶してるんだろうな」
そこへ、辿り着いた日色が現状を把握して冷静に予想を述べる。大志自身、光魔法は使えるが、胸にある《魔石》の力が強くて、彼女たちの光魔法を弾いてしまうのだろう。
「ちょ! な、何でそない普通なん! このままやったら大志っちが死んでまうんやで!」
「だから言っただろ。オレはコイツを潰すってな。その過程で死ぬなら、コイツはそこまでだってことだ。それとも黙って殺されてやれば良かったってのか?」
「せ、せやけど……それは……」
しのぶは反論できずに顔を俯かせる。
「コイツが、そいつを攻撃した瞬間、もう普通では止められないと判断した」
日色は千佳に視線を促しながら喋る。大志があれほど千佳とともに帰りたいと願っていたにもかかわらずに、その千佳を攻撃した時、彼はすでに誰の声も届かないと決断するしかなかった。
とにかく彼を止めるためにも、日色も力を以て制する必要があった。いや、《文字魔法》を使えばもっと簡単に止めることができたが、少し調子に乗り過ぎている大志にお灸をすえる意味でも痛みを覚えてもらおうと思ったのだ。
日色にしても、一応同郷の者である大志が死ぬことに思うところがないわけではない。いや、もしこの場に大志が一人だけしかいなかったら、情けを持たずに本当に死んでも構わないと思い全力を以て攻撃したかもしれない。
だがこの場には、大志の無事を願う少女たちがいる。さすがに彼女たちの目の前で大志を殺すのは後々が面倒だと思わないことはなかった。
《魔人族化》をして身体能力を極端に向上させた大志ならば、手加減した《太赤砲》くらいでは死ぬことはないだろうと判断した。そして予想通りに、瀕死の状態ではあるが、彼は即死はせずに動きを奪うことはできた。まさしく計算通りということだ。
(あとはコイツの扱いだが……)
問題はこの後である。簡単にいえば、大志を救うことは簡単だ。しかしここであっさりと治しても、大志は何の反省もせずに同じ間違いを再び起こしてしまうだろう。それはまた日色の邪魔にもなるかもしれない。
それでは救い損になってしまう。本来なら世界の敵である大志をこのまま放置することが望まれるのだろうが、何となく後味が悪いのもある。
「た、大志っ! ああ、大志の命が消えていく……」
千佳は彼の手を両手で握り、そこから彼の命を感じ取っているのか、弱々しくなっていく命に涙を流している。
「丘村さん! 何とかできませんか! あなたなら……あなたなら何とかできるってシュブラーズ隊長も仰ってました!」
朱里が縋るように嘆願してくる。それに呼応して、しのぶや千佳も目で「助けて」と訴えてくる。
(さて、どうしたものか……)
正直に言って、治したところでメリットはない。すると突然凄まじい威圧感を背後から感じて、無意識に日色は振り向くと刀を構えていた。
そこにあったのは一つの扉。まだ開いてはいないが、その奥からただならぬ気配を感じさせてくる。
(おいおい、ここでか……?)
気配から扉の奥にいる人物の正体を察してはいるが、こうして明らかにその人物に威嚇されるのは初めてであり、ここまでの圧迫感を感じることに驚嘆していた。
抑え切れない魔力の圧力は、日色だけでなく、背後にいる彼女たちにも届いているようで、息苦しく辛そうにしている。
そして静かに扉が開き、さらに魔圧が増す。日色は扉の奥から現れた人物を睨みつけながら口を開いた。
「やはりアンタか――――――――――――赤髪」
目の前に現れたのはアクウィナス・リ・レイシス・フェニックスだった。そしてそれは、彼とここで戦うことを示していた。




