187:卑劣な手
「……お前は確かヒヨミ」
オーノウスが怪訝に視線を突きつけると、ヒヨミはオーノウス、テッケイル、そして最後に倒れているテリトリアルの順に視線を移動させる。
「さすがは《クルーエル》といったところか。まさかソレが負けるとはな」
「我が親友に対し、ソレと言うのは止めてもらおうか」
「そう、それだ。その親友。だからこそ、甘いオーノウスならソレに手心を加えて負けると踏んでいた。だがまさか……テッケイルまでやって来るとは予想外だったな。貴様が来なければオーノウスを排除できていたものを」
ヒヨミの表情を確認すると、そこには言葉とは裏腹に悔しさなどは微塵も見えない。まるで勝っても負けても痛まない程度のはした金でギャンブルをして負けたような感じである。
つまりは一種の道楽をヒヨミから伝わってくる。恐らく彼にとって、ここでオーノウスが死のうが生きようが別段気にはしていないようだ。
なら何故ここへやって来たのか、それは先程のテリトリアルの言葉が原因なのは明白。
テッケイルは即座にテリトリアルからアヴォロスが会っていたという白装束の名を聞こうとしたが、テリトリアルは苦悶の表情を浮かべていた。
「――――――先生っ!?」
テッケイルは縋り寄って声をかけるが、
「無駄だ。もう喋ることはできまい」
ヒヨミの残酷なまでに冷たい言葉が耳をつく。テッケイルはギリッと歯を悔しげに鳴らしヒヨミを睨み付ける。
「何をしたんスか?」
「そいつ自身が言っていただろ? 自らが傀儡だと。傀儡が主に逆らえるはずがない」
そう言いながらヒヨミは懐から瓶を取り出す。その瓶の中には紅い光を放つ結晶が入っていた。
「まあ、一時は楽しめたのだ。ここで仲良く散れ」
するとヒヨミはそのまま丸太から地面へと跳び下りていった。
何のためにここまで来たのかと不思議に思ったが、突然テリトリアルの胸の中にある赤い石がドクンドクンと脈打ち、それが徐々に感覚が短くなっていく。
(……ま、まさか!?)
言い知れぬ予感がテッケイルの胸に過ぎる。そしてそれはオーノウスも同じだったようで互いに顔を見合わせると、再び二人はテリトリアルの辛そうに歪められた顔を見つめる。
そして確かに歯を食い縛りながらも、テリトリアルが何かを伝えようと唇を動かした。テッケイルは彼の唇から目を逸らさずにジッと見つめる。
…………に……げ…………ろ。
それは避難を示す言葉だった。そして最後にテリトリアルは激痛に苛まれながらも確かに 笑った。
「逃げるぞテッケイル!」
「オーノウスさんっ!?」
オーノウスは動かないテッケイルの身体を抱えると、下の密林へと落下していった。
「せんせぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
瞬間、鳥の上に乗せられていたテリトリアルの身体が一気に膨れ上がり爆発を起こした。凄まじい爆発の威力が二人を襲い、爆風の勢いで落下スピードが増す。
「いかんっ! おおぉぉぉぉぉっ!」
テッケイルを抱えたままオーノウスは《赤気》を右手に集中させて地面に衝突する瞬間、右手を突き出して落下の衝撃を軽減する。小さなクレーターを生むほどの衝撃のお蔭で、地面へと激突だけは避けることができたが、体勢を崩されていたので、そのまま地面に投げ出される感じで転がった。
テッケイルは仰向けになりながら、上空に広がっている爆炎を呆然と見つめる。
「先生……」
テリトリアルの笑顔は決して作られたものではなかった。心の底からの真摯なる想いが伝わってきた。そこには再び出会えたことへの感謝だけがあった。
「先生ぃ……っ」
テッケイルは身体を震わせて全力で地面を掴むようにして拳を握りしめる。そして涙を流しながら悔しさを吐き出すように泣いた。
オーノウスはそんな彼の姿を悲痛な面持ちで見つめていた。テッケイルにそんな顔をさせてしまったのは、多分に自分の覚悟が足りなかったことに起因すると思っているのだろう。
あの時、確かにオーノウスが躊躇せずにテリトリアルを倒していれば、テッケイルが自らの手を汚すことにはならなかった。
辛かったはずだ。最愛の人。父であり兄であり師である唯一の身内でもあった人物の命を、テッケイルは奪ってしまったのだ。
たとえそれがテリトリアルの望んでいたことだとしても、テッケイルにとっては大きな心の傷に成り得てもおかしくない。
オーノウスは静かにテッケイルのもとへ行きしゃがみ込む。
「……すまなかったな」
泣き顔を見られたくないテッケイルは左腕で顔を隠すように泣いていた。
「……だがテッケイル、アイツは最後…………笑っていたぞ」
ピクリと肩を動かして彼の言葉に反応するテッケイル。
「満足そうな表情だった。これで良かった……などとは言えない。ただ、アイツをアヴォロスの呪縛から解放してやれたのは事実だ。それを他ならぬ……お主がやってやったのだ」
「…………」
「よく……頑張ったなテッケイル」
「う……ぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
テッケイルは泣き叫んだ。まるで悲しみをここに全部置いておこうとするかのように、身体から……心から迷いを全て絞り出すかのように声を上げた。
オーノウスはそんなテッケイルの慟哭を静かに目を閉じながら眉間にしわを寄せていた。彼もまた悲しみに包まれているのは確かだったのだから。
そしてひとしきり泣いたテッケイルは、憎らしいほどに澄んでいる大空を半茫然自失状態で眺めていた。目を赤く腫らし鼻をすする。
そこに先程までいたであろうテリトリアルの姿を思い出す。
「先生……」
戦いの最中は無心だった。ただオーノウスを守るために、敵であるテリトリアルを倒すことのみに集中していた。だがこうして手に残る感覚に身を任せると実感する。
自分がテリトリアルの身体を斬り裂いたのだという感覚。その事実を意識した時、胸が火傷をしそうなくらい熱くなる。悔しくて、苦しくて、悲しくて…………だけどそれでもテリトリアルは最後に笑ってくれた。
テッケイルは横になりながら手を空へと伸ばす。
「…………先生、僕は……強くなんかないッス」
トドメを刺す時にテリトリアルが言ってくれた言葉。
『……強くなったな…………テッケイル』
強いなら泣かない。強いなら悲しむことなどない。だからこうして悲しみに打ちひしがれて泣いている自分はまだまだ弱いのだと、テッケイルは心底痛感する。
だが彼が強いと言ってくれたのもまた事実。テッケイルは涙を腕で拭う。そして幾分スッキリした表情のまま空を見上げて言う。
「もっと……もっと強くなるッス。いつか、そっちに行った時、僕自身が自慢できるくらいに。だから…………だから楽しみに待ってて下さいッス…………大好きな先生」
その呟きを聞き、穏やかな笑みを浮かべたオーノウスは、フッと意識を飛ばして地面へと倒れてしまった。
「オーノウスさんっ!?」
オーノウスが突如倒れたのでテッケイルは慌てて上半身を起こして彼を容体を確認する。すると魔法で止血したはずの傷口からまた血が流れ出していた。
どうやら落下時の衝撃で傷口が開いてしまったようだ。
「このままじゃいけないッスね。本当は森の様子も確認しておきたかったんスけど、しょうがないッス」
テッケイルは懐から転移石を二つ取り出す。周囲を確認すると、森が炎に包まれたままだということが分かる。そしてその炎をどうにかする術であるテリトリアルを失った後のアヴォロスの行動を確認しておきたかったが、まずはオーノウスの手当てが最重要だとテッケイルは判断した。
テッケイルは結界に包まれている浮遊城【シャイターン】を見る。いまだ飛ぶことは叶わないだろうことは明らか。少なくとも修繕にはまだまだかかるだろう。
このまま森を焼失させることができれば、一気に攻め落とすことが可能かもしれない。ただ不気味なまでに籠城しているアヴォロス側も気にはなる。
(何か手を打ってるのかもしれないッスね……けど、何をしようとも必ず倒すッスよ)
力強い瞳をぶつけて改めて想いを強める。
「アヴォロス、先生の報いは必ず受けてもらうッスからね!」
そう宣言すると、テッケイルは転移石を使ってその場から【魔国・ハーオス】へと帰還した。
※
テッケイルの策により、密林に放たれた火は全てを燃やし尽くすようにドンドンと広がっていく。密林の外で待機している者にとっては、目の前には炎の壁が立ち塞がっているかのように見えるだろう。
それほど巨大な業火が密林を覆い尽くしている。炎を吸いこんでいたテリトリアルがテッケイルによって倒されたお蔭で、当初の予定通り密林焼失が進められていく。
しかし樹の大きさや数も多く、確かに炎は広がったが逆に炎の圧力のせいで近づくことができなくなっている。
炎が完全に鎮圧するにはまだまだ時間がかかるということを獣王や魔王に報告として届けられた。
その報を受けた王たちは、浮遊城【シャイターン】が露わになった瞬間に、一気に攻め込んでアヴォロスを叩く計画を立てて、密林の周りにはさらに増援部隊を送ることになった。
人間界に配置されたゾンビ兵たちを屠りながら、次第に完全攻略へと近づいていった。ただその話を聞いた日色には気になることがあった。
魔国会議で使用されている部屋に呼ばれた日色は、魔王イヴェアムから現況報告を聞いて、違和感を覚えたことを話した。
「……もう一度言ってくれるヒイロ?」
聞き逃したわけではないだろう。しかしイヴェアムは再確認のために聞き返してきた。
「だから言っただろう。黒衣の死人が少な過ぎると」
「そ、そうだな……それは私たちも気にはなっていたことでもある」
イヴェアムの言う通り、会議でもその事実には疑問になっていたという。《奇跡連合軍》が倒した黒衣の数は紋様黒衣を除けばたった二人である。
ちなみにテリトリアルは紋様黒衣の一人だった。あれほどの実力者なら当然のことだろう。
しかし死者を傀儡として行使できるというのに、黒衣の死人があまりにも少ない。大陸を繋ぐ二つの橋に一人ずつ現れただけだ。
それに《醜悪な巨人》のことも気になる。あれだけの生物を造れるのであれば、もっと戦力を手にしていても不思議ではないというのが日色の見解である。
それなのに、橋以外では大した戦力を注ぎ込んでいない。人間界を攻略されたくなかったらもっと守りに力を入れるはずだろう。
「つまりヒイロは、奴の目的は人間界を制覇することではないというのか?」
「ああ、少なくとも貴重な戦力を使って守る対象じゃないってことだ」
日色の言葉に会議に集まっている魔王軍の上層部が言葉を失っている。
「ならアヴォロスの目的は一体何だ?」
「考えたら分かるだろ?」
「え?」
「奴が今まで戦力を注ぎ込んだのは二つの橋での戦いだけだ。そしてその理由は、その戦闘に連合軍の意識を集中させて、両国……つまり【魔国】と【獣王国】に攻め入ることだった」
そして見事アヴォロスは【魔国・ハーオス】を崩壊させ、【獣王国・パシオン】からミミルを奪い去るという本懐をやり遂げた。
「人間界に大した戦力を配置していないのは、奴にはそれよりも優先すべき事項があるからだ」
「それは…………城を守ることか?」
「だろうな。密林が消え、こっちが突撃すれば否応にも分かるはずだ。多分、城を守るために奴は今まで隠していた戦力を使い防衛に回る」
「確かに、密林を生み出して籠城していたのは、下手に戦力を削らないためと…………時間稼ぎか」
「ああ、奴にとってどうやら浮遊城はなくてはならない存在なんだ」
その理由、日色は気づいている。優花から聞いた話を考慮すると、空にいる『神族』に近づくためには大きな飛行能力が必要になる。そのために用意したのが【シャイターン】なのだ。
だからこそアヴォロスは念願を叶えるためには【シャイターン】の復旧を是が非でも完遂させる必要があるのだ。
だが言い換えれば、城を今度こそ再起不能にすれば、アヴォロスの望みを絶ち斬るきっかけになるだろう。
それ故に、アヴォロスは死にもの狂いで城を守ろうとしてくるに違いない。
「魔王、炎はいつになったら消える?」
「今魔法で消すことは可能だが、そうなると中途半端に燃え残ってしまう。あの樹が全て魔法で生み出されているものなら、完全に燃え消した方が安全だと思う。だから完全焼失にはそうだな…………少なくともまだ数時間はかかるだろう」
恐らくあの規模の密林を作り出すのはそうそうできるものではないので、仮にまた密林を生み出そうとしても規模は比べるべくもなく小さなものになるだろう。
そうなれば連合軍の総力を結集すれば燃やさなくとも突破することは可能。だからこそもう密林を作り出して無駄な魔力を消費するようなことはしないだろうと皆が予測している。
つまり完全焼失をした後、ようやくターゲットを視認することができ、城に攻め入ることが可能となるのだ。
「だがさっきも言った通り、浮遊城は奴らにとって要だ。今度は全戦力をもって防衛に力を注いでくるだろう」
日色の言葉に皆が小さく頷く。皆も分かっているのだ。その防衛線を突破することができれば、この戦争で勝利を収めることができると。
だが橋での戦いとは比べられないほどの強者の群れが恐らく待ち構えていることだろう。
日色はチラリとイヴェアムの横顔を見つめる。悲しげに揺れる碧眼。不安な気持ちがありありと伝わってくる。
彼女のことだから、その戦いで多くの兵士たちが命を失うことを悲しんでいるのだろう。二つの橋での戦いでも多くの命が失われた。そして今度の戦いではさらに大きな規模の戦闘になる。
つまりさらに多くの戦争の犠牲者が増えるということだ。それが彼女には心苦しいに違いない。
「……覚悟をしとけよ魔王」
「……ヒイロ」
「ホントに勝ちたいなら躊躇するな。躊躇すれば、そこに座ってるオオカミみたいなことになるぞ」
オオカミというのはオーノウスのことだ。オーノウスがテリトリアルと戦い、躊躇したせいで返り討ちにあって死にかけたことは日色たちの耳にも伝わっていた。
オーノウスは反論せずに、ただ一言「申し訳ない」と言っていた。そして今も目を閉じて口を堅く閉じている。
「覚悟が鈍れば、それは周りを傷つけることにも繋がる。これ以上、誰かに死んでほしくなければ、お前は揺らぐな。旗印は胸を張って皆を送り届けろ」
「ヒイロ………………うん」
返事はしたものの、やはりどこか割り切れない様子ではある。それでも彼女が前に進むと覚悟しているのなら、日色もまたそれを支持するのも悪くはないと思っている。
まさか自分がこんなふうに考えるとは思わなかった日色だが、やはり体験するのであればバッドエンドよりはハッピーエンドの方が良いと思うのだ。
この戦争で負けてしまえば、日色にとってはバッドエンディングを迎えることになる可能性が高い。そんな結末は許せない。まだまだ【イデア】ではやりたいことが多い。
早く戦争などを終わらせてもっと異世界を堪能したいのだ。それを邪魔するアヴォロスを決して野放しにはできない。
「他の奴らも覚えておけよ。次の戦いは……確実に分岐点になる」
ゴクリと喉を鳴らす音が室内に響く。アヴォロスの防衛戦がもうすぐ始まる。勝てば戦争の勝利も間近だろう。しかし負ければ再びアヴォロスが戦争の舵を握ることに繋がる。
そうなれば城の復旧時間も稼がれてしまい、城へ侵入する術を持たない今の状況では、空へと逃げられたらまた《シャイターン砲》を放たれ蹂躙されてしまう。
だからこそ決して譲れない戦いなのだ。
日色たちは密林が焼失する時間を正確に測り、その旨を獣王レオウードにも知らせた。彼らもまた日色たちの考えに賛同し、密林焼失に合わせて行動することを了承してくれた。
そして今から約三時間後、計画は実行されることになる。《奇跡連合軍》とアヴォロス軍との戦争の鍵を握る大戦が始まろうとしていた。
※
大分片付いたとはいえ、浮遊城【シャイターン】の中はいまだ瓦礫が堆積し空間を埋め尽くしている場所も多々存在した。
その中でアヴォロスは同志たちが集められる場所を確保し話し合いの場を設けていた。アヴォロスの変わり様に最初は驚く者がいたが、皆が一様にアヴォロスから発せられる言葉に反論できずにいた。
それはアヴォロスから無意識に放たれている強烈なカリスマ性のせいなのか、それともアヴォロスの中に秘められている誰も想像ができない憎悪と言う名の怪物に恐れを成しているのかは分からない。
ただ見目麗しいアヴォロスのその姿に、自分至上主義であるあのビジョニーでさえも嫉妬を通り越して言葉を失っている事実もあった。カイナビなどはアヴォロスの美顔にうっとりと酔いしれている。
「さて、貴様たちを集めたのは他でもない」
静かにアヴォロスが語り始め、その深刻そうな呟きに皆が黙って見守っている。
「恐らく目測で二時間半後、森は焼失し、虫どもが集まってくるであろう」
虫とは無論《奇跡連合軍》のことだ。
「【シャイターン】の復旧は時間がかかる。城を放棄すれば、余の計画が大幅に遅延する。それは虫どもにも理解できているはずだ。故に奴らは間違いなくこの城を破壊するべく行動し始める」
「し、しかし陛下」
「何だカイナビ?」
いつもと違うアヴォロスにかなりの緊張を感じさせる声音でカイナビが口を開いた。
「こ、この城には結界が施されています。許可された者以外は侵入できませんし、魔法・化装術の攻撃も弾きます。それでもダメなのでしょうか?」
「無理だな。確かに結界は強力だ。この城を奪うと考えた当時から、ずっと練り上げてきた魔法構築式も一分の隙もないと自負できるものだ。あらゆる攻撃を弾くために、長年の研究が結実した賜だ。しかしさすがに結界にも耐久力というものは存在する。攻撃を受け続ければ消耗するのも当然。またいくらこちらで魔力補強したところで、それ以上の魔力をもって事を成されれば結界は破られる」
「た、確かに……」
「余たちの魔力全てを結界補強に使用して籠城するという作戦もあるにはあるが、もし破られれば魔力を枯渇している余たちは格好の的に成り得る」
「そうですね……数は残念ながら奴らの方が上ですから、魔力量を換算しても、やはりこちらが不利ということですね」
カイナビは首肯しながら難しそうに顔を歪める。
「だが現状、この結界を維持し続けなければならないのも必定だ。なればこそ、城及び結界を守るためには虫どもを蹴散らす必要がある。それで……」
アヴォロスはチラリと視線を向けるとドシドシと重そうな身体を動かしてアヴォロスたちへと歩いてくる一人の人物がいる。ナグナラという研究者の一人である。豚っ鼻に片眼鏡、そしてはち切れんばかりの恰幅の良過ぎる肉体が特徴である。
「ナグナラ、アレらの調整はできているか?」
「ストックはあと二体分なのね~、あまり無駄に魔力も消費できないし……あ、けど地下の奴らも使っていいのならあと一体はできるのね~」
「いや、アレらは奴らにとって良い時間稼ぎにもなる。だから貴様は残り二体をしっかり調整しておけ」
「もう終わってるのね~」
「ほう、仕事が早いな。なら結界出力を上げる構築式も完成したか?」
「ぼちぼちなのね~、そっちはペビンに任せてるからそのうち完成すると思うのね~」
「ふむ、防衛力は強い方がなおいいが、まずは奴らにとって悍ましい方法で侵攻を止めてやるか」
「地下のアレらを使うのね?」
「ああ、用意したら城から出して行け。奴らの度肝を抜いてやるのだ。他の者も各々配置につけ。何としても城復旧の時間を稼ぐのだ」
アヴォロスの命令に皆が《マタル・デウス》の皆が返事を返す。言われた通りに次々とその場から移動し始めアヴォロスだけが残された。
アヴォロスは胸元を少しだけ開く。すると首には銀細工で作られているネックレスが垂れ下がっていた。そしてちょうど胸元あたりにはタグのような四角に形取られてある物体があり、その中心には丸い穴が開いていた。
『今日から僕たちは友達だアロス!』
ふとそのタグに触れていると懐かしい声が甦ってきた。タグを覆い隠すように握り締めるアヴォロス。
「シンク……もうすぐだ。もうすぐ全てを……」
アヴォロスは衣服を整えると険しい表情のまま、左手にある壊れた窓から見える景色をジッと眺めていた。
※
旧【ヴィクトリアス】周辺では重々しく張りつめた空気が漂っていた。それもそのはずだ。目に見えて密林が焼失し、炎も消えかけつつあるのだ。
そしていつ侵攻の合図がなされても不思議ではない状況の中、誰もが息を呑んで緊張した面持ちを表していた。
密林が存在した場所を囲うようにして《奇跡連合軍》がひしめき合っている。数にして五万は軽く越えるほどの群集。その群れが、たった一つの目標である【シャイターン】から視線を外さず身構えている光景は、まさに袋の中の鼠と称するに一切の否定の余地はなかった。
無論バラバラに宛がわれた配置ではなく、それぞれしっかりとした部隊を編成しその先頭には指揮を執る隊長が立っている。
その中には先に人間界へと侵攻したイオニス、クロウチ、シュブラーズ、ラッシュバルの部隊の他、マリオネ、アクウィナス、バリド、プティス、そして驚くことに獣王レオウードの姿も見える。
他の者はそれぞれの国の防衛として残っている。レオウードも国には息子たちやララシークを残しているので安心してここに赴いてきたということだ。
そして極めつけは日色の存在である。日色は空馬車を借りて、空から戦闘の様子を見守っている。その馬車の中には日色パーティであるリリィン、シウバ、ニッキ、カミュ、クゼル、テンが乗っている。
さらに今回、部隊の中にはアノールドとミュア、朱里やしのぶの姿もある。ただミュアは戦闘には参加せずに、傷ついた兵士たちを介抱する治療班に回されていた。
さすがに戦闘に参加してまたアヴォロスに奪われでもしたら目も当てられないということなのだが、今の状況でミュアを奪うようなリスキーなことはしないだろうと日色も考察はしていた。
だがこれで万全の戦力をアヴォロス軍に当てることができた。恐らく有史始まって以来、稀に見る大戦が始まろうとしている。
日色は空から【シャイターン】を見下ろし、できればここで決着がつけられればと考えている。
これだけの戦力を注ぎ込んで負ければ、戦争はさらに長引き、この世界は更なる痛みが広がって、下手をすれば世界の終わりに向かってしまうと考えた。
日色は仲間たちの顔をそれぞれ見ると、
「もうすぐ始まる。気を抜くなよ」
その言葉に皆も頷きを返した。
そして、密林の炎が鎮まりかけ、アクウィナスの部隊から上空へと火球が放たれる。
突撃の合図――――――いよいよ始まった。
浮遊城【シャイターン】へと《奇跡連合軍》が一斉に攻め込んでいく。しかしふと部隊が足を止めてしまう。
それは【シャイターン】から何者かが出現してきたからだ。その数は一人や二人などではなく、【シャイターン】を守るように数百人の数に上っている。
ただもしそれがゾンビ兵などの敵だとしたら連合軍は足を止めないだろう。
止めた理由、それはひとえに出現した存在が――――――子供だったからだ。
大きくても十五、六歳だろう。下は四、五歳まで幅が広い。見たところ人間の子供たちである。
さらに子供たちの手にはナイフなどの武器が備えられてある。そして恐らく、この子供らが【ヴィクトリアス】に住んでいた者たちだと理解できる。上空で見ていた日色もその光景に吐き気さえ覚えていた。
(あの野郎……ガキを攫ったのはこういう時のために利用するためか)
戦争が始まり、初めて【ヴィクトリアス】に日色がやってきた時、催眠術にかかった国民たちを相手に、日色が魔法で正気を取り戻させた。しかし奇妙なことにその中には子供たちがいなかったのだ。
何かに利用するつもりで攫ったのだろうと考えてはいたが、ここで投入するとはまさに外道の選択である。
子供たちの表情を見ると虚ろで意識があるように見えない。それは催眠術にかかっていた国民と同様だった。つまり子供たちもまたアヴォロスに操られているということだ。
(あれじゃ連合軍は手を出せないか……)
さすがに何の罪もない、ただ操られているだけの子供を薙ぎ倒していくだけの覚悟は連合軍にはないと思われた。確かに人間自体をよく思わない者たちは多いが、それでもこの状況で子供たちに同情しない大人は少ないだろう。
見ればほとんど者がゆっくりと近づいていく子供たちに気圧されるような形で後ずさりを始めている。どうすればいいか完全に戸惑っているようだ。
(仕方無い。こうなったらオレが……)
国民を解放したように再び日色が魔法で突破口を開こうと思った瞬間、子供たちの何人かが懐から赤い石を出して上空へと放った。すると赤が弾け飛び粒子状になり周囲に散らばった。
「……まさか」
「どうやら例の魔法無効化のフィールドを作り出したようだな」
リリィンが日色と同じ解答を得ていた。やはりそうだ。つまりこれで魔法は封じられたということである。
ならできることは魔法ではなく獣人たちの化装術頼みということになるのだが……。
皆がギョッとする光景が再び訪れる。またも【シャイターン】からゾロゾロと何かの集団が現れる。それは明らかに獣人たちだった。
だが表情は子供たちのように虚ろではなく意識はあるようで目の光も強い。しかし明らかに怯えている様子が見て取れる。
武器を構えて連合軍の前に立ちはだかっている。何故アヴォロスの味方をする獣人がこれほどいるのか、状況を目にしているレオウードも裏切りとも思える獣人たちの行動に唖然として言葉を失っている。
しかしそれもアノールドの気づきによって皆が理解させられる。
「お、おい! ありゃ……『魔錠紋』じゃねえか!?」
その叫びに周囲の者たちも真相を確かめるように目を凝らして彼らの肌に刻まれている紋章を見つめる。
血のように真っ赤な色で刻まれた紋様は淡い光を放っていた。そしてその紋様を見た獣人の多くが得も言われぬ恐怖感と屈辱感が甦ってきているようだ。
かつて人間に虐げられ家畜奴隷化させられてきた獣人たちの忌むべき過去。それが思い出されているのだ。
奴隷制度。幼い獣人を誘拐し、『魔錠紋』という紋章を体に刻む。それは逃亡、反逆防止の証であり、もし企て実行した者は、身体の魔力に反応させて激痛を与えるものである。
今は奴隷制度自体が無くなっているのだが、裏社会ではいまだに息づいていて、人間界のどこかでは奴隷市場なども開かれているという話だった。
アノールドもその被害者であり、奴隷として買われた先で、人間に耳を引き千切られた過去がある。その時、たまたま虫の居所が悪かったというだけで、彼は獣人の誇りである耳を永遠に奪われたのである。
レオウードは顔を真っ赤にして足を踏み出し、敵側にいる獣人たちと対面すると、
「お前たちぃ! 一体その様はどういったわけだっ!」
彼は獣人たちに対して憤怒しているわけではないだろう。その怒りは無論アヴォロスへと向かっているはずだ。しかしその叫びは、獣人たちを怯ませるには十分な圧迫感を備えていた。
「す、すみませんレオウード様! わ、我々は奴に捕らえられ、こうして……」
「『魔錠紋』を刻まれたというのか……」
一人の獣人が申し訳なさそうに説明し、レオウードの怒りのボルテージは増々上昇しているようだ。
日色もまた彼らの様子をジッと空から眺めている。『聴取』という文字を使って言葉を聞き取り状況の把握に努めている。一応その情報はリリィンたちにも伝えている。
「つまりはあの紋様を刻まれた者は、刻んだ者の命令に絶対服従しなければならないということか?」
「……いや、逆らうことはできる。ただ……」
「逆らえば最悪死に至る……でございますね」
シウバが重々しく言葉を発した。
「そ、そんなのヒドイですぞ!」
「うん、許せない」
ニッキもカミュも怒り心頭に震えている。この中で唯一獣人であるクゼルもまた険しい表情で同志である獣人たちを見下ろしていた。
そんなクゼルを見てリリィンが彼にも奴隷化させられた経験があるのか聞いた。
「いいえ、私はありません。ですが奴隷化させられた者たちの結末を見たことは何度も……あります。昔の話ですが、それはもう酷いものでした。人間にとって獣人は、都合の良い傀儡人形と同格です。言うことを聞けばそれで良し。聞かなければ即座に廃棄し、新しい人形を探し求めていました」
「は、廃棄って……?」
ニッキが恐る恐る聞くと、
「……用済みになった者たちは魔法の実験材料になりました」
クゼルの発言にニッキは顔を青ざめさせる。ニッキほどではないが、他の者も気分が悪くなっている。
「その結果は言わなくても分かると思います。極めて残酷な死です」
家畜として役に立っているなら良いが、刃向ったり役立たずの者は、研究者に売り渡され実験体に陥る。そして死んでも構わないような実験をその身体に施され、身も心も壊されていく。クゼルの言った残酷な死とは、まさに的を射ているだろう。
「人間は愚かだな。そうまでして何がしたいと言うのだ」
リリィンも不愉快そうに顔をしかめて愚痴を飛ばすかのような物言いだ。
「……人間だけじゃない」
「ヒイロ?」
「獣人も含めて全ての人っていう生き物は業が深い。それは何故か。感情があるからだ。欲があるからだ。他者より上へ、他者より先へ、他者より高みへ、そうやって人は歴史を作ってきた。オレの元いた世界だって同じようなものだ。人は競争し、負けた者を見下す。その繰り返しが世界を作ってきたんだ。この世界と何ら変わりはない。今のこの状況でさえも、元はといえば人と人とがいがみ合いくだらない幻想を求めた結果だ」
「幻想……だと?」
「自分の都合の良い世界を創る。誰もがそれを望みそれを叶えようとした。自分が正しいと決めつけ、見下し続けてきた結果が今の世界だ」
「……耳が痛いですね」
「そうで……ございますね」
クゼルとシウバが苦笑を浮かべ呟くように言葉を発した。彼らは長生きしてきた分、そういう思いが強いのだろう。
「オレだって自分が正しいと思うことを今まで突き進んできた。だがそれは他人の運命まで変えようと思い歩んできたわけじゃない。誰に恥じることもなく、オレはオレ自身の世界を生きてきた。それが間違いだと言われても道を変えることはないだろう。ただ……踏み外すようなことはしない」
「皆がヒイロ様のように強くはございません。人は流され、楽を求め、感情を優先してしまう生き物でもあります。とても悲しいことでございますが、それが一つの真実」
シウバの言っていることも正しい。自分をコントロールするのは難しいのだ。欲に溺れ、感情が支配し、人は世界を汚す。それが今までの歴史だった。
「…………なるほどな。だから奴はそれを断ち斬ろうとしたってわけか……」
日色の呟きにリリィンが「奴? 誰だ?」と訝しみながら聞いてくるが、日色はそれ以上は答えずに大地を見下ろした。
※
《奇跡連合軍》の者たちは、【シャイターン】から近づいてくる子供たちと獣人たちの扱いに戸惑ってしまっている。
無論戦争に勝つのであれば敵である彼らを薙ぎ倒してでも城へと急行するのが正しいのかもしれない。しかし心を殺し、子供や罪もない獣人を手にかける覚悟がある者はほとんどいない。
冷酷と言われているマリオネでさえ獣人はともかく子供たちの、アヴォロスに操作されている姿を見て固まってしまっている。彼もまた子供を失っているので手をかける悲痛さに困惑しているのだろう。
するとレオウードが先陣を切って前に進み出す。
「レ、レオウード様!」
バリドがレオウードに背中越しに声をかけると、彼がピタッと足を止める。
「魔法を封じられている以上、ここで実力を発揮できるのは我々獣人だけだ。ならば向かってくる同志に対抗できるのは同じ獣人である我々だけだ」
「し、しかしレオウード様、相手は望んでこの戦いをしているわけではありません! 人間の子供たちも同じです。さすがに……」
他種族だろうと、子供に手を出すことは彼らの誇りにも傷をつけるのだろう。他の獣人たちもバリドのように陰りを表情に帯びている。
「ならこのまま何もせずに果てるか? それとも逃げるか? それでアヴォロスが力を蓄え終わったら、せっかくのヒイロの行動も無意味になることが何故分からない?」
「で、ですが……」
「別に殺しはせん。ただ動きは奪わせてもらう。ただし、同志は恐らく化装術で対抗してくるだろう。なまじ相手はレベルが低いから手加減が難しいかもしれぬが、他の者に同志を任せるわけにはいかぬ。獣人を解放するのは我々獣人だ!」
レオウードの力強い宣言に次第に打ち震えてくる獣人たち。その言葉を聞いた仲間はもちろんのこと、敵側に位置する獣人たちも感動しているようだ。
獣人は絆を重んじる種族。だからこそ、その絆を取り戻すためにレオウードは後ずさっているわけにはいかないのだ。
「『魔人族』よっ! 我々は同志である獣人を止める。子供らを何としてでも解放してやってくれ!」
レオウードの叫びに、今まで腰が引けていた者たちの目に強い光が呼び起こされる。特に獣人たちは、自分たちの王の威風堂々とした態度を見て手に持った武器を構え直した。
そして自らを奮い立たせるかのように獣人たちは声を上げながら敵側に立つ獣人たちに向かっていった。
「我々は子供たちの確保へと向かう。いいか、なるべく傷つけずに行動を不能にさせろ!」
アクウィナスが『魔人族』の代表として言葉を伝えると、彼らもまた「おおっ!」と返答した後、子供たちに向かっていく。
魔法は使えないが、子供たちを確保するくらいなら問題はないはずだ。
「クロ……あなたの術で足止め」
そう言うのはクマの着ぐるみを着用した《三獣士》の一人であるプティスである。
「まっかせるニャ!」
クロウチは足元から影を地面を這うようにして前方へと広げていく。このまま子供や獣人たちの足を影に沈ませて拘束しようと企んでいる。
しかし驚くべきことが起こる。ヒュンヒュンヒュンと凡そ子供の速さではない動きで影を回避していくのだ。
「ニャ!?」
アヴォロスに操作されて、何も考えていないような虚ろな表情だというのに、影が危ないと判断し、俊敏な動きまでするとは誰が予想できただろうか。
その光景は他の者たちにも衝撃を与えた。しかもその速さを利用して、手に持った武器で攻撃をしてくるのだから性質が悪い。
連合軍は傷つけないように相手を戦闘不能にさせようとして行動していたが、これでは油断などできない。少しの判断ミスで逆に攻撃を受けてしまう。
「一体何故子供があのような動きを……む?」
マリオネの目に映ったのは子供たちの細い手足から血が滲み出していた。
「肉体には常に枷がかけられてある」
「アクウィナス……」
マリオネの疑問にアクウィナスが答える。
「全力を出しているつもりでも、脳が身体に無理な負荷がかかり過ぎないようにリミッターがかかる。しかし今の子供たちはそのリミッターが外されている」
「そのようだな。鍛えてもいない子供たちができる動きではない。必要以上の実力が出ている感じだ」
「そのせいで身体に無理を呼び、筋肉や血管などに多大なダメージを負っている。このままでは……」
子供たちの身体は無理な動きによってズタボロになってしまう。下手をすれば治療しても元に戻らない身体になってしまう可能性だってある。
「どうするのだアクウィナス? あの動き、私たちには問題ないが、手加減をして戦っている部下たちには荷が重いのではないか?」
「むぅ……」
鋭い瞳でアクウィナスは状況を見つめていると、空から何かが降りてきた。コートのような赤い服をバサッと揺らし、見事に着地を決めたその人物は静かに立ち上がり眼鏡をクイッと上げる。
その眼には明らかな不愉快さが込められているのを見て取れた。
「……ヒイロ」
アクウィナスはその人物――丘村日色の名を呟くが、彼の背中から怒りに満ちたオーラが迸っているのを感じているようだ。
※
空馬車に乗り上空から様子を見守っていた日色は、子供たちや獣人たちが出てきても比較的大人しかった。
たとえ相手が傷つけることに抵抗がある相手だとしても、アクウィナスたちなら上手く乗り切れると思っていたからだ。事実レオウードの判断で、兵士たちの士気も上がり、状況が好転したと思った。
しかし子供たちの予想外の抵抗を見て日色は目を見開く。
(何だ……あの動き?)
遠目でもハッキリと分かる。冒険者でもない幼い子供たちができる動きではない。完全に肉体の限界を越えているような動きだった。
証拠に子供たちの身体が徐々に悲鳴を上げている。血管が破れて内出血が起こって青黒くなっている肌、皮膚を突き破って血液も外に出ている部分もある。
そして虚ろながらも、子供たちの表情から痛い痛いと叫んでいる様子が日色には伝わって来た。
「…………テンプレ魔王……」
恐ろしく低い声で日色は呟くように言葉にした。冷ややかな視線で【シャイターン】を見下ろす。
さすがにこれは見ていて気分の良いものではない。勝つために何でもやるアヴォロスの執念は見事としか言いようがないが、不愉快極まりないその手段に日色は心が冷えていくのを感じた。
「し、師匠……?」
日色の様子を見てニッキが不安気に声をかける。しかし日色は一言、
「行ってくる」
それだけ言うと空馬車から跳び降りた。仲間たちから声がかけられるが無視する。そのままアクウィナスとマリオネがいる場所へと降りる。
「……ヒイロ」
アクウィナスが自分の名を呼んでいるが、答えはせずにそのまま獣人たちに向かって叫ぶ。
「風の《化装術》で周りの赤い粒子を吹き飛ばせっ!」
突然の日色の出現に唖然としている者が多数。しかし日色はその視線をレオウードへと向けると、彼は何かを察したかのように、
「もしや……命令だっ! ヒイロの言う通り風で鬱陶しい粒子を吹き飛ばすのだっ!」
レオウードの命で獣人たちが戸惑いながらも返事を返し、風の属性を持つ《化装術》を使えるものが、その場で風を生み出していく。
すると周りに舞っていた赤い粒子が徐々に広がっていく。
「!? そういうことかよっ! なら俺に任せろよヒイロ!」
大剣を両手で握りニヤッと口角を上げたアノールドは剣を下から上へと勢いよく突き上げる。
「《風陣爆爪》ぉぉぉぉっ!」
彼を中心にして暴風が上昇気流となって吹き荒れる。すると赤い粒子が風に攫われてその場から消え去っていく。
日色はその様子を見て、指先に魔力を宿し文字を書く。
「よし……書ける」
日色はギロリと一度【シャイターン】を見つめて、すぐに集中するために目を閉じ、今度は両手の人差し指の先に青白い魔力を宿す。
「いや、いっそのこと一気にやるか」
そう思い、日色は《赤気》を指先に宿す。そしてそのまま両手を器用に動かして軌跡を生んでいく。
『解放』と『領域』
「……《文字魔法》発動」
発動した瞬間、バチチッと赤い放電現象が日色を中心に生まれて、子供と獣人たちの地面が突然赤く光り、その光が彼らの身体を包む。
すると虚ろだった子供たちの瞳に元の光が戻り、フッと意識を失って倒れ、獣人たちの身体に刻まれた『魔錠紋』も灰化したかのようにサラサラと風に流されて消えていった。
「……解放完了だ」
『魔人族』の英雄と呼ばれた日色の真骨頂が皆の目に驚天動地の思いとともに映った。
日色は自分の魔法の効果によって呆然と立ち尽くしている味方に発破をかけるように叫ぶ。
「さっさと奴らを回収しろっ!」
その言葉にハッとなったレオウードとアクウィナスがそれぞれ兵士たちに、倒れている子供たちと、『魔錠紋』が消えてアヴォロスの呪縛から解放された者たちの確保をするように命令を下した。
だが次の瞬間、その状況を見計らっていたかのように、浮遊城【シャイターン】を挟み込むようにして二つの魔法陣が出現し光を放つ。
その輝きの中から愕然としてしまう存在が現れた。
「ちっ、あのテンプレ魔王……次から次へと」
日色の眼前には巨大な生物が映る。実際日色は会ったことはない存在だったが、情報には聞いていた。身の丈三十メートルを超す巨人 《醜悪な巨人》が二体そこにいた。
橋で巨人と対面した経験がある者たちは明らかに恐怖を覚えている。それもそうだろう。巨人のせいで多くの仲間を殺されてしまったのだから。その実力を目の当たりにして怯えたとしても仕方無いかもしれない。
「非戦闘員を連れて下がるのだっ! 必要以上に近づくなっ!」
巨人の恐ろしさを知っている魔軍総隊長であるラッシュバルが兵士たちを、子供たちと獣人たちを連れて下がらせるように言う。
しかし二体の巨人が口を大きく開き、そこに赤黒いオーラが集束していく。それを見たラッシュバルが、顔を青ざめさせて、
「まさか子供や獣人ごとやるつもりかっ!?」
明らかに巨人の放とうとしている攻撃の眼前には倒れている子供や、戸惑っている獣人たちがいる。その中には無論連合軍の兵士たちもいる。一緒に一掃するつもりのようだ。
だがそこへ二体の巨人に向かって弾かれるように突撃する者がいた。それが橋でも巨人を屠ったアクウィナスとレオウードである。
アクウィナスの赤き瞳が鷹のように細められ、巨人を視界に入れる。
「我が元に顕現せよ、《第三の剣・束縛する巨大剣》」
突如上空に浮かんでいる雲海が割れ、隙間から巨大な剣がその姿を見せた。そのまま巨人の背中から胸にかけて突き破りそのまま地面へと深く刺さった。
串刺しになった巨人は集束していた力が中断して霧散してしまい、呻き声を上げながら必死にもがいているが剣はビクともしないようだ。
「今のうちに回収を急げ!」
兵士たちに子供たちの回収を急ぐように言うアクウィナスに対し、兵士たちも機敏に戦闘領域外へと運んでいく。
そしてレオウードだが、彼は巨人の顎をアッパーで打ち抜くと、巨人の身体がふわりと動いてそのまま仰向けに巨人は倒れてしまい、その衝撃で上空へと巨人がレーザーのような閃光を放つことになる。
その閃光は雲を貫き真っ直ぐ止まることなく突き進んでいった。だがレオウードの攻撃は止まない。そのまま彼は跳び上がると巨人の腹目掛けて拳を突き下ろす。
その衝撃は巨人の巨体を越えて地面へと伝わり亀裂が走る。巨人の身体はくの字に折れ曲がり口から唾を豪快に吐く。
「まだまだぁっ!」
今度はレオウードの丸太のように太い両腕による連撃である。ドドドドドドドドドドと烈火のごとく突き出しにドンドン地面に埋もれていく巨人。
激烈なレオウードの攻撃に呆気にとられているようで、他の者は言葉を失って立ち尽くしている。
「何をしているっ! さっさと動けっ!」
叫んだのはマリオネである。兵士たちも正気に返ったように意識を非戦闘員たちに向けて救助に入る。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
ドガァァァァッとレオウードの右拳が深々と巨人の腹を貫き巨人はピクピクッと痙攣し始める。しかしまだ仕留めてはいない。それはアクウィナスの方も同じである。
故にアクウィナスとレオウードは同時に叫ぶ。
「「今のうちに畳み込めっ!」」
兵士たちに《醜悪な巨人》の弱点属性である火と風の魔法と《化装術》を叩き込むように指示をする。
素早く巨人を囲んだ兵士たちは全力で二体の巨人に向けて攻撃を放つ。風に煽られ更なる劫火を生んだ紅蓮が二体の巨人を包む。
苦しそうに断末魔のような叫び声を上げる巨人に、次々と攻撃が放たれていく。橋で多大な犠牲を生んだ巨人も、この面子には勝てなかったようだ。
炎に包まれながら次第に動きを止めていく巨人たち。だが巨人の身体が炎の中で膨らんでいっている事実にアクウィナスが訝しむ。
彼だけでなく日色も徐々に膨れ上がる巨人に異様な寒気を感じて、
「おい赤髪っ! 巨人から離れるように全員に言えっ!」
アクウィナスに対して叫ぶが、彼もその判断が正しいと思っていたようで反論せずに兵士たちにすぐさま巨人から離れるように命を下す。
同じようにレオウードも嫌な予感を感じたようで兵士たちを下がらせている。その間もまるで風船のように膨らみ続ける巨人。
そしてその限界が来たのか一瞬――――――巨人の胸から眩い光が放たれた。
日色は咄嗟に設置文字である『防御』を発動。日色の周囲を青白い魔力の壁が出現して身を守る。
日色が文字を発動した刹那、巨人の身体が弾け飛び、凄まじい風圧が周囲へと放出される。爆弾のような炎を生み出したのではなく、ただ極限までに圧縮された大気が一気に弾かれたような空気圧が襲ってきた。
その爆風とも呼べる二つの風が周囲にいる兵士たちを吹き飛ばしていく。まるで巨大な台風がこの場に突如として出現したかのような光景。
人が砂粒のような勢いでドンドンと空を飛び【シャイターン】がある場所から遠くへと飛ばされていく。
そして日色もまた防御壁ごと背後へと吹き飛ばされてしまう。風圧によるダメージはないものの、その場からかなりの距離をとらされてしまう。
だがやはり他の兵士とは違い、飛ばされた距離はまだ近いものだ。それはアクウィナスやレオウードといった実力者も同様であり、腕に覚えがある者たちは吹き飛ばされはしたものの、比較的【シャイターン】との距離もまだ近かった。
爆風も一瞬で終わったが、それでも被害はそれなりに甚大なものだった。遥か後方へ吹き飛ばされてしまった者たちは大丈夫だろうか。
子供たちもその中にいたはずだ。巨人が破裂する前に、ここから離れていたといっても、あれほどの風圧なら影響を受けているだろう。
アクウィナスやレオウードが、ラッシュバルやバリドたちに、兵士たちの無事を確認するように指示を出している。
「まさかあんな隠し玉があったとはな……本当に用意周到な奴だ」
日色はアヴォロスの手腕に素直に感心した。確かに今の方法なら実力が劣る者たちを一掃することができるだろう。そのためにわざわざ城を挟むように二体の巨人を配置したのだろう。
もし倒されても、先程のように敵をこの場から吹き飛ばせると判断していたのだ。そして見事に思惑は通った。
兵士たちも態勢をを整えるには時間がかかるだろう。今の攻撃で怪我人も続出しているはずだ。その手間にも追われるだろう。
さらに――。
「……やはりな」
日色は前方を確認して険しい表情を作る。視線の先には無論【シャイターン】が存在する。そしてそこから次々と黒衣を身に纏った者たちが姿を現してきた。
「ふぅ……ここで黒衣死人の投入ってとこか」




