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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第六章 イデア戦争編

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184:初代勇者たち

 ポートニスに案内されたのは神殿内にある煌びやかなステンドグラスと大きな祭壇が室内の突き当りに存在感を放つ部屋だった。

 まさに教会のような場所だった。聞けばここに多くの参拝者が祈りを捧げに来るのだという。毎月一回ほど讃美歌を捧げ、この地を平和にしてくれた勇者に感謝するらしい。


「なあなあポートニスの姉ちゃん、こんなとこに何の用なんさ?」


 テンが日色の肩から前方にいるポートニスに声をかける。


「見ていて下さい」


 彼女はそう言うと、祭壇に向かい手を祭壇にかざした。すると彼女の身体から魔力が抽出され祭壇へと流れていく。するとゴゴゴゴゴゴゴと祭壇が振動し始め、ゆっくりと滑らすように左へ動いていった。

 そして祭壇の下から地下への階段が姿を見せた。


「どうぞ、ついてきて下さい」


 ポートニスに言われて日色たちは黙って彼女の後についていく。中は薄暗くかなり深くまで階段が続いていた。


「ずいぶん長い階段ですぞ~」


 ニッキは下を見ながら感動するように声を上げている。螺旋を描くように作られてある階段は、まるで闇に向かう入口のように感じる。

 ポートニスの持つ錫杖が光りを放っているので足元は見えるが、もし光が無ければとてもではないが進むのに躊躇してしまうだろう。

 かなりの時間足を動かしていると、ようやく階段の終わりが見えた。するとその先には大きな扉が目に入った。


「ここです」

「おい、黙ってついてきたが、ここは何だ?」


 日色はさすがに説明を求めたかったので聞いてみた。


「ここはかつて《ナーオスの灯》が保管されていた場所です」

「……なるほどな。さっきから感じるこの強い違和感が例の勇者の力ってわけか」


 階段を降りていく度に強くなっていく力を日色は感じていた。だが息苦しさはなかった。それとは逆に清廉された澄んだ空気が広がり、下に向かう度に心が浄化されていくような気さえした。

 これが勇者が命をとして作り上げた平和の空間。魔力や魔法、つまり武力の介入を許さない絶対的空間というわけだ。


「一つ教えておくわね。この中は力が最も強いから、魔力が込められてある武具を持ってるなら扉の外に置いておいてね。そうでなければ粉々に消失してしまうから」


 日色たちは言われた通りに扉の近くに纏めて持っている武具や魔具などを置いた。ちなみに日色のトレードマークの赤ローブも脱いだ。

 身軽になった日色たちを見てポートニスが軽く頷くと扉に手を触れる。すると彼女の魔力が扉へと流れ、先程の祭壇と同じようにゴゴゴゴゴゴという音とともに扉が開いていく。

 すると驚いたことに、中には大勢の人間が生活拠点を広げていた。


「ここは……まさか」

「見た通り、彼らはここ【聖地オルディネ】に住んでいた住民たちよ」


 どうやらここの住民たちは無事だったようだ。


「……ということは外にいたゾンビどもは……」

「ええ、もちろん住民たちのなれの果てじゃないわ。尤も、中にはそういう人たちもいるけれど……」


 悲しげに目を伏せるポートニス。恐らくこの【聖地オルディネ】が襲撃にあった時、ポートニスの指示で住民をここへ避難させたのだろう。しかし全ての住民が避難に間に合ったわけではない。

 中には神殿に入る前に殺されゾンビ兵化させられた者もいるのだろう。その嘆きが今の彼女の表情に表れている。


「ここなら安全なのよ。勇者の力が争いから守ってくれるから」


 その力のお蔭で神殿はゾンビ兵から守られているのだ。


「ポートニスさまだ~!」

「え! ほんとだ!」

「わ~い!」


 子供たちがポートニスに気づき彼女に走り寄ってくる。


「あらあら、走ると危ないですよ?」

「へっちゃらだもん!」

「あのね、わたしきょうはね、いっぱいごはんたべたよ!」

「ぼくも~!」


 ポートニスは子供たちに人気のようで次々と集まってきては彼女に向かって嬉しそうに話しかけている。

 この聖堂の中はかなりの広さがあるが、住民たちの数が多くひしめき合っている。しかし窮屈ながらも子供たちは笑顔を浮かべていて、大人たちもそれほど絶望を感じているわけではないようだ。


「ねえねえポートニスさま、このひとたちだれぇ?」

「ふふ、そうですね。今悪い人たちと戦ってくれているヒーローさんたちですよ」

「「「「おお~っ!?」」」」


 一気に子供たちの目が輝き、その視線が日色たちに向けられた。日色はすり寄ってくる子供の無邪気さに圧倒されてしまう。

 ニッキとカミュ、そしてテンは嬉しそうに照れているが、日色はただただ鬱陶しいと思うだけだ。


「い、いいから離れろ! ああウザい!」

「あはは~うざ~い」

「うざいってなに~あはは!」

「うざいうざ~い!」


 どうやら子供たちはウザいという言葉が気に入ったらしい。増々ウザさが増してしまった。


「ふふ、ヒイロくんは子供が苦手?」


 ポートニスが面白そうに微笑を浮かべている。


「子供の世話はもうたくさんなんだよ」


 児童養護施設育ちの日色は小さい頃から大人びていたこともあり、他の子供たちの世話を任されていたのだ。

 引き受けた仕事は完璧にこなさなければ気が済まない日色は面倒をしっかりと見ていたが、好き勝手する子供の世話は思った以上に大変であり、その時のことを思うと辟易してしまう。

 特に自分の時間が大幅に削られることは一番の災難だった。ゆっくり本を読むこともできず、やっと子供が寝たと思ってゆっくりできると思ったら突然泣きながら起き出す。

 本当に面倒だった。しかし施設長に、面倒を見ると好きな本を買ってきてやると約束してもらったので、一方的に破ることはできず泣く泣く面倒を見続けたのだ。


「ほらほらみんな、私たちは大切な話があるから少しあっちへ行って遊んでて下さい」


 ポートニスの言葉に子供たちは素直に「は~い」と言って大人たちのところへ戻っていった。


「……ふぅ」

「ふふ、ごめんねヒイロくん。でも分かってあげて。こんな場所でしか今は遊べないの」


 それはそうだろう。外は危険過ぎる。


「だからお客さんにはしゃいだのよ。ああやって子供の笑顔を見るだけで、私たち大人は結構救われてるのよ」


 ゾンビ兵に囲まれ、命の危険が危ぶまれている状況では絶望だけが心を支配するだろう。しかしそんな中でも子供の無邪気さは救いの光になってくれているのだろう。

 こうして室内に笑い声が聞こえるだけで、場が暗くならずに希望を持ち続けることができるのだ。


「ヒイロ、ここに《奇跡》送り込むといいと思う」


 カミュが提案してくる。


「なら、帰ったらお前が魔王に言ってみろ」

「うん、分かった」

「ど、どういうこと?」


 二人の会話を聞いていたポートニスが不思議そうに聞いてくる。カミュがここに《奇跡連合軍》を送り込んで助けてくれるように魔王に進言することを説明すると、ポートニスの顔が一気に明るくなる。


「あ、ありがとうあなたたち!」


 ポートニスは相当嬉しいのか涙を浮かべてカミュの手をとっている。しかし日色は肩を竦めて言う。


「何を言ってるんだ? 最初からそのつもりでここに連れてきたんじゃないのか?」

「…………やっぱり分かってた?」

「まあ、オレは情報が得られたから別にいいがな」

「ふふ、ありがとう」

「ならオレたちは帰る」

「あ、待ってヒイロくん!」


 踵を返して扉の方に向かおうとしたところでポートニスに腕を掴まれる。


「何だ?」

「…………《ナーオスの灯》のこと、任せたわね」

「オレは自分のできることしかしない」

「それでいいわ。でも私はお願いすることしかできないから」

「アンタも人に頼ってばかりじゃなく、自分のできることは自分でしろよ」

「そうね、耳が痛い話だわ」

「それじゃオレらは行く」


 日色はテンたちを連れて大扉から出ていった。日色たちの背中を見送ったポートニスは、再び集まってきた子供たちの頭を優しく撫でながら、ふと思いつめたような表情を作る。


「……ジュドム、あなた…………一体どこにいるの?」


 しかしその響きに答えてくれたのは子供たちの笑顔だけだった。



     ※



 オーノウスが【シャイターン】の上空にいる黒衣の人物を倒すために崩壊した【ヴィクトリアス】へと向かった。しかしそれに合わせて獣王レオウードが立てた作戦も実行するということで、互いの息を合わせるために実際に行動を起こす前に【ヴィクトリアス】の周辺でオーノウスが兵士たちと作戦会議を行っている。

 その時の兵士たちの疲労感を感じ取ったのか、オーノウスは魔王イヴェアム、レオウードと連絡用魔具を使い作戦実行は明日決行することを伝えた。

 兵士たちの中には休む間もなく全速力で行軍してきた者がおり、また【ヴィクトリアス】周辺にいたゾンビ兵とも戦っていたため疲弊している。

 このまま作戦を実行してもスムーズに行えないという理由で強行することはしなかった。それにもう日も暮れていて、闇夜に乗じるのは逆に危険だと判断した結果でもあった。


 オーノウスの眼前に広がっている密林は、まるで大口を開けた怪物が待っているかのように感じたのだ。闇が広がっているその光景は、兵士たちにも伝わっているのか、畏怖を覚えている者も多数いた。

 その提案を聞いたイヴェアムとレオウードも承認した。今は身体を休ませ明日に備えるように兵士たちに通達したのだ。

 その情報は日色の耳にも届いていた。確かにあの密林に攻め込むには夜よりは明るい時間帯の方が良いだろうと思っている。



    ※



 【聖地オルディネ】から戻って来た日色は、夜中に一人、ある場所へとやって来ていた。それは魔王城の地下牢。ある人物に会いに来たのだ。

 しかし地下牢を見張っている兵士が何故かそわそわしている。


(何かあったのか?)


 そう思い、兵士に近づくと、彼はハッとなり声を上ずらせて「ど、どうかされましたか!」と尋ねてくる。それはこちらが聞きたいのだがと日色は聞きたいのだが……。

 すると地下へ続く階段からカツカツカツカツと昇ってくる足音が夜更けでシーンとなっている城中に響く。

 兵士の顔色がまるで違反がバレたような感じで青ざめている。日色はジッと階段を見つめていると、そこから小さな影が日色に突っ込んだ。


「……あ」


 その影の正体を見て日色は小さく声を漏らす。何故ならその正体が【ヴィクトリアス】の第二王女ファラだったからだ。しかもその目は泣き腫らしたように真っ赤になっていた。


「おい……」


 ファラは日色の掛け声とほぼ同時に顔を俯かせると脇目も振らずにその場から去っていってしまった。

 説明を求めるように兵士に視線を向ける。すると兵士は突然頭を下げた。彼から聞いたところ、突然夜中にファラがここへ訪ねてきたというのだ。

 彼女は地下牢へ行きたいと言うので無論兵士はそれはイヴェアムの許可無く通すことはできないとしっかりと断った。

 しかし彼女は涙ながらにどうしてもと訴えるので、もう一人の兵士と付き添いならばという条件でファラを通したとのこと。どうやら元々ここにいたのは兵士二人のようだ。


「その兵士はまだ帰って来てないが?」

「お、おかしいですねそういえば……」

「…………様子を見てくる」

「え? あ、そんなことをヒイロ様にお任せすることは!」


 兵士は日色を英雄と思っている人物のようだ。本気で申し訳なさそうな様子である。


「アンタはここにいてくれ。それに、オレも地下牢にいる奴と話があったからな」

「あ、それは……そのぉ……きょ、許可とかは?」

「泣き虫姫を通したくせに何言ってるんだ?」

「う……す、すみません」

「黙っておいてやるから、オレのことも目を瞑ってくれ」


 日色は《文字魔法》でも使って密かに忍び込もうと思っていたが、これは都合が良いと判断して兵士に交換条件を持ちかけたのだ。

 兵士もファラのことを持ち出されては何も言えずに渋々頷くしかなかった。

 日色は地下へと続く階段を下りていく。階段は少し狭く、一人が通行できる幅しかない。三十段ほどの階段を下りきると、かなり広い空間が目の前に広がる。


 幾つもの牢が存在してはいるが、ほとんどが使用されていない。実は悪人を閉じ込める場所はここだけでなく、ほとんどはもう一つの場所に収容されている。

 戦争が起きる前に、アクウィナスの提案でそれまでここに収容されていた悪人たちをもう一つの場所に閉じ込めることにしたのだ。

 その理由としては、ここには戦争に関係している者を閉じ込めるために解放したかったからだ。他の悪人たちに戦争の情報を流さないためだ。

 日色は今、キョロキョロと顔を動かして歩き回っている。そして視界に牢の格子を背に居眠っている兵士らしき人物を確認。彼に近づき様子を見る。


(どうやら眠ってるだけのようだな……)


 恐らくファラに眠らされたのだろうことは理解できたが、どうやって眠らせたかは分からない。だがお蔭でファラがここへ何しにやって来たのか理由が判明した。


(オレと同じ理由か……)


 そう思いながら進んでいき、一つの牢の前に立った。


「…………また小娘か、何度来ようが……っ!?」

「よぉ、少し話を聞かせろ…………初代勇者」


 日色が会いにきたのはイシュカ、いや、ユウカ・イシミネだった。



「…………何しに来た?」



 明らかな敵意が簡素なベッドに腰かけているユウカから放たれてくる。自分を拉致してきたのだから日色に対して警戒するのは当然だろう。


「やはり泣き虫姫が先に来ていたみたいだな」

「泣き虫姫……? ああ、あの小娘か。確かにずっと泣いてはいたな。それよりも私の質問に答えろヒイロ・オカムラ」


 彼女の発言により、ファラが彼女に会いに来ていたのは判明した。その理由も凡そ理解はできるが、日色は自身の用件を話すことにする。


「お前に聞きたいことがあるんだ」

「ほう、それを素直に話すとでも?」

「ああ、そうしなければオレに頭の中を勝手に見られるだけだからな」


 キッと殺気を込めた視線を日色にぶつけてくる。


「今お前は死ぬことさえできない。その手錠が自殺を防いでくれるからな」


 彼女が嵌められてある手錠は、今回のためにユーヒットによって造られた自殺防止の手錠である。どういう原理か分からないが、自殺をしようと行動してもその行動が無力化させられるのだ。

 捕虜を勝手に死なせないためにイヴェアムの提案で作ってもらった魔具の一つだ。


「お前はプライドが高い。オレの魔法で頭の中を見られるくらいなら、自分で話す、そういう奴だろ?」

「分かったようなことを言うな《文字使い》。なら勝手に好きなだけ頭の中を覗けばいいだろ」

「ほう、いいのか? オレにとってもそういうやり方は好ましくないんだが、お前から許可が出たならオレはやるぞ?」

「すればいいだろ。どうせ抵抗はできないのだ。この化け物め!」

「その化け物に頭の中を覗かれるんだ。お前があのテンプレ魔王のどこを好きなのか、アイツのどんな仕草が、どんな言葉が、どんな表情が好きなのか」

「ちょ、ちょっと待てっ! な、ななな何だそれは!? お前が知りたいのはどうせ今後の《マタル・デウス》の動きとかだろう! 何故そんな!」


 ユウカが明らかに動揺した様子で顔を強張らせている。


「ああ、確かにオレが聞きたいのはさっき口にしたのと別件だ。けどな、お前が何を隠しているか分からないから、結局はお前の全てを調べることになるんだ。それこそお前の記憶全てをな。つまりお前が過去に経験した、例えばテンプレ魔王のどんな言葉に一喜一憂したのか、奴に好かれるためにどんなことを過去にやって来たのか、それに……」

「き、貴様ぁっ! そ、そそそそんなものを覗けばどうなるか分かっているのか?」

「はあ? お前が勝手に覗けって言ったんだろうが」

「そ、それは……」


 日色が大げさに肩を竦める。


「やれやれ、そんな我が儘を言われてもな。オレはお前じゃないから、記憶のどこにオレの知りたい情報があるか分からん。だから頭の中を全部調べることで……」

「ああもう分かった! なら聞け! 答えてやる!」


 日色は真っ赤になって叫ぶユウカを見て内心で「計画通り」とほくそ笑んだ。実際日色の能力なら先程口にしたアヴォロスへの恋慕に関する情報など覗かなくても知りたい情報は得られる。

 そもそも『洗脳』の文字さえ使えば彼女から簡単に情報を引き出すこともできるだろう。だがそれはできるだけしたくないのだ。無論正義を口にするつもりはない。フェミニストでもない。

 ただ何となく、彼女を見てると同郷のよしみではないが、『洗脳』をして情報を搾り取るのが躊躇われたのも確かだった。無論日色とて、彼女が最後まで頑なに口を噤むというのであれば、最後の手段として行使することも辞さないつもりではあった。

 しかし彼女が羞恥に負けたことに内心でホッとしていたのも事実だった。


「くっ……これだから《文字使い》は厄介なんだ。勝手で鬱陶しいほどに口が回る」

「ほう、オレの前の《文字使い》、シンクって奴もそうだったってわけか」

「…………知ってるのか?」

「ああ、テンプレ魔王にも聞いた。【エロエラグリマ】でな」

「…………そうか、あの島で……」


 ユウカの陰りを帯びた表情を見て、彼女もまたシンク・ハイクラのことを知っているということは理解できる。それもただの知り合いではない。恐らくかなり親しい間柄だったのだろう。

 ユウカは覚悟を決めたように顔を上げると、真っ直ぐに日色を見つめてきた。


「話すとは言った。だが陛下の不利になるようなことは死んでも言わない。どうしても知りたければ魔法を使えばいい」


 彼女の瞳を見て、もうこれ以上ハッタリを聞かせても無理だなと判断する。日色は軽く溜め息を吐くと、


「安心しろ。オレが聞きたいのは未来についてじゃない。奴の過去だ」

「陛下の……過去?」

「そうだ。何故奴がこれほどまでに今の世界を憎んでいるか……だ」

「……お前は知らないで陛下と敵対しているのか?」

「少しは知ってる。だが、たとえ奴の背負う過去がどれほど重くても、奴がやっていることは容認することはできん。この世界を潰させるわけにはいなかないからな」

「…………なら何故過去を聞きたがる?」

「オレは基本的に他人に興味は無い」

「……は?」

「だが、奴と戦うにはどうも奴のことを知った方が良いと判断した」

「…………」

「奴も何も知らない奴に夢を潰されるよりは、知ってる奴に潰された方が納得できるだろ」

「フッ、お前が陛下に勝てると?」

「負けるつもりは無い」


 互いに睨み合い、ピリピリした緊張が場を包む。しかしフッと空気が緩む。ユウカが日色から目を逸らしたのだ。


「どうもめんどくさい奴だなお前は。真紅といい勝負だ」

「オレと口論するのが飽きたのなら、さっさと教えろ」

「その態度は真紅と真逆だけどね。あのバカは腰低かったし」


 ユウカはふぅ~っと大きく肺から空気を吐き出すと、過去を思い出すように目を閉じた。


「それほど知りたいのなら教えてやろう。そして、聞いて後悔すればいい。この世界が、人が、本当に守るべき価値があるのか……とな」


 ユウカの口から語られる過去。それは遥か昔、この【イデア】が多くの争いによって傷つけられていた時代。一つの国が、救世主を求めて封印されていた召喚魔法を紐解いたことから始まった物語である。



     ※



 ユウカ・イシミネ――いや、石峰優花は平凡な女子高生だった。少なくとも自分ではそう思っていた。

 平凡な日常、平凡な授業、平凡な人間関係、特質すべきものなど持ち合わせてはいなかった。凡そ誰もが感じるであろう平坦な毎日を、ただ流れ作業のように繰り返していただけだった。

 ただ一つ、潤いになるかどうかは分からないが、小さい頃から女優に憧れていた優花は、演劇部に所属していた。だがあまり部員がおらず、部活も一週間に二、三回とお粗末なものだった。

 それでも優花は一人で部室へと行き、ほぼ毎日演技の練習をしていた。だがそれもまた、目的も見えないまま惰性で続けられた平凡な時間だった。


 しかしある日、劇的な変化が訪れる。生きている者全てが予想もできない形で……。

 授業が終わり、今日は母親に夕飯の買い物を頼まれていたので、部活には行かずにすぐに下校することにした。だが優花は、借りていた図書室の本を返し忘れていたのを思い出し、下校途中だったにもかかわらず、学校へと引き返して自分の教室へと向かった。

 ガラガラと戸を開けた時、まだ教室には幾人かの生徒が残っていた。無論クラスメイトだったので顔は知っている。

 別段仲が良かったというわけではないが、それでも挨拶したり、時折話しかけられたり、その逆もまた少ないがあった。


「あれ? どうしたの石峰さん?」


 残っていた三人組の一人であるサラサラとした黒髪と、人懐っこい笑顔が印象の男子。


「もしかして忘れ物?」


 黒よりの青、紺と呼べるほどの髪色を持ち、健康そうな褐色肌をした女子。


「あ、そう。ちょっと借りてた本を返しに」


 優花がそう答えると、


「あ、そういやこのメンバーって、この前の社会実習で一緒だったメンバーじゃん!」


 手をポンと叩きながら茶色い短髪をスポーツ刈りにしている男子が思い出したように喋った。

 彼の言う通り、つい先日社会実習でインスタントラーメン工場に見学に行ったのだ。その時にくじ引きで四人一組を作って行動することになり、ここにいる四人がその時のくじ引きメンバーなのだ。

 優花は自分の机の中から本を取り出しながら、工場見学はなかなか面白かったなと思い出していると、突然教室が光り輝いた。


 いや、輝いているのは教室全体ではなく足元  床にゲームなどで見たことのあるような魔法陣が浮き出し眩い光を放っていた。

 優花は息を呑み、誰かのドッキリか何かだろうかと三人の顔を見ると、三人も驚愕に包まれていて、とても演技だとは思えなかった。

 そして光が自分たち四人を包み込み、もう目も開けていられずギュッと力強く閉じた。そして一瞬だけの浮遊感を得た直後、優花はゆっくりと瞼を上げる。


 そこに広がった光景に絶句した。

 先程まで確かに優花はいつも見慣れている教室にいたはずだった。しかし今はどうだろう。

 見たこともない神官のような服を着込んだ大人たちが大勢いて、足元には教室に突如として現れた魔法陣が描かれてある。

 西洋風の、まるでどこかの城のような建物の中に自分がいるということを、その場が吹き抜けになっていることで確認できた。


「お、お待ちしておりました、勇者様がた!」


 眼前に映る一人の少女。ダークブルーの髪が左右へと広がっており、キリッとした眉に大きな紺碧の瞳。艶と張りが感じられる唇とほんのり赤く色づいている頬が色気を感じさせる、間違いなく美少女と呼ぶべき少女が優花たちを見て笑顔を作っていた。

 しかしどこかその表情は作られた笑顔に感じた。いや、作られたというと語弊があるかもしれない。まるで眠りたいのを必死で我慢して、無理矢理優先順位を変えて喜びを一番に持ってきているような感じだ。

 見れば彼女の額からは大粒の汗が流れ出ている。疲労感も強く伝わってくる。周囲の者たちも同様で、皆が喜び勇んでいるが、中には膝を折り肩で息をしている者がいる。


「お、お聞きになりたいことはたくさんあるかと……思います。ですが今は私についてきて頂けませんか?」


 優花も含めて三人は互いに顔を見合わせる。その中で、黒髪の男子が少女を安心させるように爽やかな笑みを作ると、


「分かったよ。だけど見たところ、君は相当疲れてるようだけど。少しぐらい休憩してからの方が良いんじゃないかな?」

「い、いいえ! そ、そんな! 私に気を遣われなくても構いません! えと……その……」

「そう? それじゃここは君を立てようか。みんなもそれでいい?」


 彼の言葉に皆が了承する。優花も今は情報が欲しかった。

 少女に礼を言われて、その場を後にする優花たち。そしてやはり城なのだろう、映画などで見たことあるような甲冑を着込んだ兵士たちが見回りをしているし、そもそもいちいち通路の長さや部屋数が優花の常識を超えている。

 少女の案内のもと辿り着いたのは、これまたどこかで見たような突き当たりに玉座がある大部屋である。

 やはり玉座に座っているのが王様なのだろうと優花は推測しつつも、ここがどこか何となく理解し始めていた。


「よく来てくれた勇者がた! 我らはお主たちを歓迎するぞ!」


 野太い声が、豪華な服や宝石類を着飾った体格の良い人物から発せられた。


「まずお主たちが聞きたいのはココがどこかということであろう」


 そうして彼から説明を受けることとなった。

 ここが【イデア】と呼ばれる異世界であり、自分たちが今世界に起きている災いを止めるために召喚されたことを聞かされた。

 そしてこの場所が【人間国・ヴィクトリアス】だということも教えられた。さらに世界には様々な種族があり、どう考えてもファンタジーな世界だということを優花は知った。

 特に魔法という力が当たり前に存在する世界だと聞き、さすがに眉をひそめてしまう。やはりこれは何かのドッキリなのではないだろうかと。


 しかし彼らは演技をしているようには見えない。特に災いを止めたいと口にする時、その表情は真に迫っており、優花でも圧倒されるほどだ。

 それにドッキリだとしても、不可解なことはたくさんある。一瞬にして教室から別空間へと移動させられたこともそうだが、城を歩いている最中に窓の外を確認したが、どう考えてもここは日本ではありえない光景が広がっていた。

 それに一番は魔法について論じられた時、その証拠としてここに案内して来てくれた少女が右手をかざし、そこから火の玉を作り出したのだ。

 まさに吃驚。トリックかと訝しむこともできたが、その次に説明を受けた《ステータス》で、疑うことを諦めさせられた。


 ゲームのステータス画面のように、優花の目の前に広がる《ステータス》。称号には勇者と異世界人というワードも見つけた。

 他の三人にも同じワードが存在したらしい。そして魔法という欄。どうやら優花の日常は、一瞬にして非日常へと姿を変えてしまったようだ。

 日常に刺激が欲しいと思っていたわけではない。ただただ平坦に過ごす毎日が、劇的に変わったら、それはそれで面白いかもしれないと、どこか他人事のような感じで思っていただけだ。

 まさか自分が誰も予想しえない事態に巻き込まれてしまうなど優花には考えられなかった。だがこうして実際に非日常を味わってみると、何となく心が高揚する思いも感じる。

 やはり自分は刺激を求めていたのかもしれない。そんなふうに優花は思った。


 しかしながら、国王たちの所業に疑問を感じなかったわけではない。これは一言でいえば誘拐そのものである。

 だからそのへんについて優花は代表して言及してみた。もし反論でもするようなら、彼らの言うことなど一切聞かないでおこうと心に決めていたが、帰ってきたのは全身全霊の謝罪であった。

 特に真っ先に国王が頭を下げたことで、さすがの優花も虚を突かれたように固まってしまった。

 他の三人も、召喚自体に思う所がないわけではなかったようだが、彼の姿を見て力になることを決めたようだ。そして優花もまた、死なない程度には助力してあげようと考えていた。


 わだかまりが少し緩んだところで、自己紹介が始まった。国王の名はジラス・ニア・ピピス・ヴィクトリアス。そして彼には王女が二人いたという。しかし今、彼の傍には王女が一人しかいない。

 それがここまで案内して来てくれた少女であるアリシャ・ニア・ピピス・ヴィクトリアスだ。

 聞けば召喚魔法はリスクが高く、失敗すると命を失うのだという。アリシャは第一王女。では第二王女は? と聞き返すと、皆の顔が悲しげに歪んだ。


 第二王女のルーチェは召喚魔法に失敗して命を落としたのだという。それほどの危険を冒して、犠牲を出してまで召喚した国王たちに皆が是非力を貸したいと申し出た。

 そして誰よりも強く、平和への意志を示し名乗りを上げたのが黒髪の少年である。


「僕は灰倉真紅です。あ、こっちではシンク・ハイクラですね! 僕は人が傷つくのを見たくありません! ですから、必ずこの世界を平和にしてみせます!」


 そう、彼こそが後に英雄と呼ばれ、そして世界の犠牲者になるシンク・ハイクラであった。






 人間を襲う災い。それはやはり戦争が引き金になったものだった。この時代、他種族である『獣人族』に『魔人族』、そして『人間族』は絶え間ない争いを繰り返していた。

 その結果、大地は疲弊し緑が失われ、街や村も崩壊し多くの死者も出した。そして大陸に住む人たちが戦争を起こしている国に集まり暴動を起こしたりしていたのだ。

 国が戦争を起こしているから自分たちがこんな目に合うのだと、だから一刻も早く戦争を止めろと主張した。


 しかし国には戦争を止める意志はなかった。今止めれば他種族に人間界を支配されてしまう。戦争は勝つしかないのだと。

 そう国は言うが、民たちにとってその日生きる時間が全てなのだ。戦争によって生まれる被害が大き過ぎる。とても戦争が終わるまで我慢できるわけがなかったのだ。

 そのため民たちは暴動を止めず、それが益々大きくなっていき、下手をすれば内戦で国が滅びてしまうことを危惧した国王が、優花たち異世界人を召喚したのだ。

 国に収められている古文書には、勇者召喚の儀式が書かれてあり、勇者は世界を救う人物であることも説明されてあった。


 ただ、その古文書が誰によって書かれていたのか、国王ですら知らない奇妙な話でもあった。しかしもう国王はなりふり構っているわけにはいかなかった。

 そこで国王は一か八か召喚魔法を行使し、この人間界に巣食う災い全てを取り払ってもらおうと画策した。しかし召喚魔法は恐ろしくリスクが高い代物であり、第二王女が一人で行ったが、召喚魔法の《反動》で命を落としてしまった。

 国王は嘆き苦しんだ。まさか失敗すれば命を奪われるとは思わなかったのだ。国王が諦めようとした時、第一王女であるアリシャが立ち上がった。


 アリシャはある日、夢の中で四人の勇者とともに人間界を救う自分の姿を見た。そしてアリシャは魔力が高い多くの神官を集めて、儀式を行うことを国王に推奨した。

 許可を得た彼女は召喚魔法を試み、見事四人の勇者たちを召喚することに成功したのだ。

 そして彼女は四人の勇者たちとともに、まずは民たちに希望があることを示した。勇者の力を示し、これならば戦争が早く終結することができると。

 だがそれでも食べ物などに困る民たちは多く、一向に良い方向へ進展しなかった。そこである日、勇者の一人である灰倉真紅が思い立ったように、人々を荒地へと誘導した。見せたいものがあるからと。

 真紅以外の者たちは彼が何をしようとしているのか全く分からなかった。


「上手くいけば飢餓から解放されるよ」


 ただ彼はそう言い、民たちを連れて見渡す限りの広大な大地へと向かった。そしてそこで驚くべきことが起こったのだ。

 突然荒廃した大地から次々と緑豊かな木々が出現したのだ。


「大地は生きてる。僕はそれをただ活性化させただけだよ」


 真紅は自分がどれほど凄いことをしているのか分かってはいなかった。彼は魔法を使って大地を活性化させて、ここに元々広がっていた森を再び造りだしただけだと淡々と言う。

 そして枯れた湖を甦らせ、破壊された街を復元し、有り得ないほどの早さで人間界に潤いが戻っていく。


「戦争は終わらせるよ。だからもう少しだけ待っててほしい」


 真紅の言葉はまさに神の言葉だった。嘘のような現実に、皆が真紅に希望を見たのだ。そして襲ってくる『獣人族』や『魔人族』を次々と追い返し、真紅たち勇者は救世主として名を馳せた。

 ある日、真紅が突然魔王に会って来ると言った。無論皆は彼の頭がどうかしたのかと思った。冷静沈着な優花でさえ呆然と言葉を失ってしまっていた。

 しかし彼は見る者を引き込むような純粋な瞳で真っ直ぐ自分の言葉は曲げなかった。それでも一人で行くという彼の意見は許容はできなかった。仕方無く、優花が真紅と同行することになった。他の二人は街の復興などに手を貸していたのだ。


 優花には水の転移魔法があるので、いつでも危ない時は逃げ帰られる自信があった。二人で魔界へ入り、そして魔王城の《玉座の間》で、ある人物と出会った。


「……ほう、貴様らが勇者か」


 優花は玉座に座る彼を見た時、思わず映画のワンシーンのような映像が浮かんだ。それほど彼は幻想的な美しさを備えていた。

 女性が羨むほどの美しく輝く黄金の髪。サファイアのように碧く光る双眸は瞬きを忘れるほど魅入ってしまった。切れ長の瞳もすらっとした輪郭も、全てが美を兼ね備えていて、それは一種の芸術作品のようだった。

 感動さえ覚える彼の姿に優花は唖然としていたが、隣にいる真紅だけは平常運転であり微笑を浮かべていた。


「やあ、君が魔王アロスだね。僕と友達になってくれないかな」


 彼は何を言っているのだろうと心底優花は思った。突然魔王城にやって来たと思ったら、いきなり友達になってくれと言うなど、誰が予想できただろうか。

 あまりにも突拍子もない言動に、先程から殺気をぶつけてきていた魔王の配下も、毒気を抜かれたような表情をしている。

 そして玉座に腰を下ろしている魔王アロスでさえも目を見開き固まっている。


「……貴様は何を申しておるのだ? 余と友達? 正気か? 貴様らは勇者であろう」


 すぐにアロスは鋭い眼光を放ちながら口を開く。


「うん、確かにそうだけどさ、勇者だからといって、魔王と友達になっちゃいけないってことはないよね?」

「貴様……こやつらを捕らえろ。不愉快だ。牢に入れておけ」


 優花は咄嗟に身構えるが、真紅はサッと手を上げて皆の注目を集めた。


「なら勝負しようよアロス」

「気安く余の名を呼ぶでない」

「う~ん、じゃあ魔王、僕と勝負しよう」

「勝負だと?」

「うん、僕が負けたら僕は君に一生の忠誠を誓うよ」

「ちょ、ちょっと真紅っ!」


 さすがに優花も黙っていられなかった。しかし彼はウィンクをすると人差し指を口元にあてて静かにという合図を送ってきた。


「もちろん、僕が勝ったら――」


 真紅がゆっくりと右手を差し出す。


「――――――――友達になってよ」


 元々真紅はどこか人とずれた考え方をする者だったが、この時ほど変人だと思ったことは優花にはなかった。

 しかもその勝負を結局アロスは受けることになり、さらには彼と友達になってしまったのだから優花の常識は音を立てて脆くも崩れ去った。

 








 魔王と友達になった勇者というのはすぐさま世界中に広まっていった。そして時が経ち、『人間族』の王と魔王アロスとの会談が行われ、同盟が結ばれることになった。

 獣人たちもこれで下手に手を出せないことを知り、大人しくなっていく。だが真紅は獣人とも仲良くなりたいと思い、獣人の国へ向かった。

 しかし獣人という種族は人間を全く信じていない。今もなお多くの同胞が家畜として扱われているのに、その人間を許せることはできないと言った。


 真紅も何とか彼らの憎しみを取り去りたいと奔走したが、こればかりは時間がかかると考えていたようだ。とりあえず互いに争わない平和な時間が作れたことに喜ぶべきだと皆が主張した。

 そしてある日、獣人界から帰ってきた真紅が、その隣に獣人の女の子を伴っていた。獣人界に入った時に、大陸の西端にある集落で出会ったという。苛烈な獣人狩りの最中、そこに逃げ隠れていたとのこと。

 彼女は十四歳の少女であり、助けてくれた真紅を慕っていた。最初は『人間族』や『魔人族』を信じられない彼女だったが、徐々に優花たちやアロスと接している間に心を開いてくれた。

 ようやく戦争は終わり平和が訪れた。しかしそれもまたある出来事によって壊されてしまう。


 それが――――――魔神ネツァッファの出現である。


 アロスが調べたところ、魔神を出現させたのは、『クピドゥス族』の生き残りだという。かつて、初代魔王であるアダムスが駆逐したとされていたが、まだ生存者が残っていたということだ。彼らは魔神を崇拝しており、この世に再び災厄を甦らせたのだ。

 もちろん優花たちは全員で魔神を倒すことに奮闘した。しかし魔神の力は想像を絶するもので、たった一撃で山を吹き飛ばすほどの力を有していた。

 このままでは世界が滅びる。そこでアロスが一計を案じた。倒せないなら封印すればいいと。アロスは『クピドゥス族』のことを念入りに調べ、何とか魔神を封印する術を発見しようとした。


 彼が術を発見する間は優花たちが時間を繋ぐ予定だった。しかし真紅の魔法も魔神には効果が薄く、ある一撃で殺されかけた時、それを優花と真紅以外の二人の勇者が庇った。

 一人は即死し、もう一人も瀕死の重傷に追い込まれた。その時、ようやくアロスが魔神を封印する術を持ってきて、真紅の魔法とその瀕死の勇者のお蔭で魔神を封印することができた。

 しかしその犠牲はあまりにも大きかった。真紅は日本にいた時からの親友を二人同時に失ってしまったのだ。彼は苦しみ嘆いた。しかし幸いだったのは彼にはまだ支えてくれる者がいたということだ。

 優花もそうだが、アロスやアリシャ、そして彼を一心に想い続ける獣人の少女であるラミルである。

 そのお蔭で真紅の心は折れずにいられた。



 平和が再び訪れ三年が経ったある日、突然真紅の仲間だった者が何者かに襲われたという話を聞いた。

 事の真相を確かめてみると、真紅の存在がいずれ世界を滅ぼしかねないという噂が世界に跋扈していたのだ。

 魔神すらも封印した真紅の力は、もしその力が世界に向けられたらと危惧した権力者たちが、彼をこの世から消そうと画策し始めたのだ。

 しかもその策を立案したのが優花たちを召喚した【ヴィクトリアス】だった。

 確かに真紅の力はこの世界の誰よりも強いものだ。一度その牙が国や世界へと向けられれば、成す術もなく滅ぼされてしまうだろう。しかし真紅にそんな愚劣な意志が宿るわけがない。

 優花たちはそれを知っていた。だから噂を消そうと躍起になり、国王たちとの話し合いの場も持とうと動くが拒絶されてしまう。

 その間も、真紅を庇い立てする者を人は襲い始める。中には『獣人族』や『魔人族』もいた。アロスやラミルの言葉を無視して、暴虐を繰り返していた。


 そんな中、ラミルのお腹に小さな命が宿っていることが判明した。真紅の子供だった。争いの中でも必死に生きようとする淡い光に、優花たちは必ず生き残ろうと決意した。

 しかしある日、ラミルが何者かに攫われてしまう。優花たちは血相を変えて探し回るが、ようやく見つけたと思ったら、真紅の腕の中で静かに息を引き取っていた。

 無論お腹の中にいた小さな命の灯も消えていた。そこからは大変だった。アロスや仲間たちが怒り狂い、ラミルを殺した相手を探した。

 しかしラミルを攫ったであろう人物を探し当てても、その人物はもうすでに何者かの手によって命を絶たれていた。振り上げた拳の行き場の無さに、皆がどうしていいか分からなかった。


 そしてそれからだろうか。真紅がちょくちょく一人でいなくなるのだ。優花とアロスが彼の後をつけていくと、そこは獣人界の西端、かつてラミルと出会った小さな丘に彼はいた。

 ラミルの遺体をそこに眠らせると、丘を大陸から切り離して海へと流した。これが後に【エロエラグリマ】と称される孤島になる。

 優花はラミルが殺されてから笑顔を消していた。アロスは殺された仲間やラミルの仇を討とうと言ったが、真紅はただただ首を横に振って否定するだけだった。

 アロスは真紅の悲しみに打たれた姿を見るのが辛かったらしく、どうしても彼の力になりたいと同郷である優花によく頼っていた。


「ユウカ……余は何もできぬのか? アイツが……苦しんでいるというのに、余は友一人も救えぬのか」

「陛下……」


 優花はアロスのことを陛下と呼んで親しくしていた。アロスもまた優花とは仲が良くて楽しいことも悲しいことも打ち明けてくれていた。


「何故だ……何故人はこのような愚かなことをする? シンクのどこが危険だ! アイツはいつも平和に心を砕いておった! 今もラミルのことを胸に押し込め、自分の存在が争いを生むのなら消えた方が良いと言う! 復讐したっていいではないか! 愛する人を失ったのだぞ! 幸せを…………奪われたのだぞ……」


 涙を流すアロスの痛々しい叫びを聞き、優花は無意識にアロスを抱きしめていた。


「ユウカ……」


 このままでは彼までもが心を壊してしまうと思い不安になった。優しい真紅とアロス。優花にとってはどちらも大切で、幸せになってほしい存在だった。

 しかし今、彼らは嘆き苦しんでいる。真紅などは笑顔すら忘れてしまったかのような表情しか見せない。

 だからせめて自分が真紅とアロスを支えようと思った。アリシャも国へと帰り、真紅の噂を必死で覆す努力をしている。

 しかしアリシャはすでに国の中では謀反人とされており、彼女の言葉に耳を貸す者などほとんどいなかった。それでも彼女は危険の中に足を踏み入れ、大好きな真紅のために奔走している。


「陛下……守ります」

「ユウカ?」

「陛下の心も、真紅の心も、私が生きている限り守りますから。だからそんな悲しい顔はしないで下さい」

「ユウカ…………すまぬ。少し胸を借りるぞ」


 そうしてアロスは思いのたけを優花に向かって叫び、ひとしきり泣いた後、少しは楽になれたのか、優花の膝の上で寝息を立てていた。穏やかな風が二人を心地好くさせる。久しぶりの平和な時間だった。


(守るのよ。何があっても。陛下も真紅も……真紅がいなくなればきっと陛下は陛下じゃいられなくなる。だからこそ、私が二人を守らなきゃ。ここにいないアリシャの分も……だから真紅、一緒に陛下を支えてほしい)


 願うのはただ好きな人たちの幸せだった。優花はこうして優しい時間をのんびりと過ごすことが大好きだった。皆と笑って、皆と泣いて、皆と楽しんで、皆と生きていく。それが何よりも優花が願っていることだった。

 だがそんな想いも呆気なく打ち砕かれてしまう。

 突如として周囲を暗雲が覆った。何事かと思い警戒度を高める。その暗雲が魔法によるものと判明し、何者かに周囲を囲まれているということが分かった。

 すかさず水の転移魔法で逃げようと試みるが、背中から矢が胸を突き破った。


「がっ!?」


 矢じりに毒が塗られていたようで、身体が痺れて動きにくい。しかし今度は矢がアロスに向かって発射される。優花は歯を食い縛り、アロスを覆うように自分の身体でガードした。

 背中に次々と突き刺さる矢。そしてポタポタと矢を伝って鮮血が下にいるアロスの頬に落ちる。


「……う」


 アロスはそこで目を覚まし、優花の姿を見て愕然とした面持ちをする。


「ユウ……カ? ユウカッ!?」

「ふふ、ゆっくり休め……ましたか……陛下?」

「ユウカ、何故こんなことに!? この魔法はっ!?」


 アロスも周囲を覆っている暗雲に気づき見回す。


「くっ! 何故気づかなかったのだっ!?」


 アロスが悔しげに言葉を吐くが、優花は自分の容体をハッキリと自覚していた。自分はもう長くはない。

 せっかく彼らを支えようと決めたのに、それを守れないのはとても悔しかった。だが、彼だけは……アロスだけは死なせるわけにはいかない。

 優花は懐を探り、震える手で一つの石を取り出し、アロスの身体に当てて石を割った。


「ユウカ、まさかっ!?」

「……陛下、私の心は……いつもお傍に……」


 瞬間、アロスの身体を光が包み彼の存在を消失させた。今のは優花が一つだけ持っていた転移石だった。どうやら毒のせいで魔法が使えないので、こうしてアロスだけしか逃がすことができなかった。

 すると暗雲が晴れ、そこから見た顔がずらりと姿を現した。

 それは【ヴィクトリアス】の軍だった。中には仲間だった者もいた。そう、裏切られたのだ。だが何故か心は穏やかだった。

 復讐心ももちろん湧いてきたが、それよりもアロスが無事だったことが何より嬉しかった。優花は静かに目を閉じた。


(どうか幸せになって…………真紅…………アロス……)





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