183:聖地オルディネへ
ヴィクトリアス領に突如出現した密林。その密林に今、《奇跡連合軍》の手によって火が放たれようとしていた。
下手に踏み込むには、不気味過ぎて罠としか思えなかった。だからこそ、外から森そのものを焼失させようという作戦がとられたのだ。
かなりの規模に展開しているジャングルだが、四方八方から一斉に火を放ち、中心に隠れているであろう浮遊城【シャイターン】を炙り出そうとしているのだ。
願わくばその炎に包まれてともに燃え尽きてくれれば一番良いと上は判断しているが、恐らく何かしら行動を起こしてくるであろうことは皆が薄々感じている。
それに相手も《奇跡》が火を放つことくらいは予測できているだろう。必ず対処してくると考えているが、それでも部隊を侵入させるよりは良いと判断された。
このまま手をこまねいて見守っているのはハッキリいって無駄な時間であり、せっかく日色が相手に大打撃を与えたというのに、猛追しないのは間違っている。
今まさに《奇跡》が有利な立場にいることは間違いないのだ。
そして上空に花火のような火球が撃ち放たれ、それは放火の合図となっている。皆が大規模密林を燃やすべく周囲から火を放った。
やはり火に弱い木々、炎は瞬く間に広がっていき、ドンドン城がある中心へと紅蓮が伸びていく。
このまま城を炎で包み、さらに追い打ちになれと誰もが思いながら見守っている。火の海が形成されていく中、離れた場所にある丘の上で監視をしていた《奇跡》の兵士がふと森の中心に違和感を感じ取る。
「お、おい、あそこ何か見えないか?」
「は? どこ?」
兵士は隣で一緒に監視していたもう一人の兵士に声をかける。目を凝らす両者。確かに森の中心に黒い点のようなものが上空へと徐々に浮き始めている。
しかもその物体は大きな翼まで生やしていた。
「あれは……『魔人族』か?」
黒衣を全身に纏っていて表情は確認できないが、その翼から『魔人族』だと判断する兵士。
「何をするつもりだ?」
黒衣の人物が高く高く空へ昇ると、燃え盛っている森を見渡せるような位置でピタリと止まった。
すると突然驚くべきことに、森に放たれている火が、その人物のフードに隠されている顔目掛けて、まるで吸い込まれるようにして消失していくのだ。
「なっ!? お、おい! このことを他の奴らにも!」
「わ、分かった!」
いまだ森の傍で見守っている兵士たちに彼らは自分たちが見た奇妙な光景を伝えいく。
その間も次々と業炎がフードの中に消えていき、さすがに火の勢いがなくなっていることに森の傍にいる兵士たちも気づいたのか違和感を覚えている。
そこへ丘で見ていた兵士が、何が起こっているのか説明すると、一様に呆然となってしまっていた。
しばらくすると、炎はたちどころに黒衣に奪われ、せっかく放った火は、木々をある程度燃やしただけで終わってしまった。
だがここで諦めるわけにはいかない兵士たちは再度火を放つ。しかし今度も炎が城へと向かう前に刈り取られてしまう。
こうなれば火を奪う原因を断とうと森から距離を取り、黒衣を視界に入れて攻撃しようとするが刹那、その黒衣のフードの中から、今度は兵士たちに向けて無数の火球が放出される。
一発一発はさほど強力ではないが、いかんせん数が膨大であり、それこそ雨のように上空から降り注いでくる。
兵士たちは何とか魔法や盾などで防いでいるが、その火球が先程の炎を吸収したものだと気づいた。
つまり黒衣は吸収した炎を小さな火球に変えて反撃してきているのだ。かなりの規模になっていた炎量なので、なかなか火の雨が止まない。
黒衣を攻撃したくてもその隙を与えないように攻撃してくるのだ。しかも小さな火球でも地面を焦がし兵士たちの足元に広がっている草原を燃やすので、火がこれ以上燃え移り広がらないために消火作業もしなくてはならない。
これでは一向に黒衣に向けて攻撃ができない。こうなればと、翼を持っている『魔族』の兵士たちが直接出向いて森の上を飛んでいくことにした。
しかし森の領空に入った瞬間、まるで狙ったかのように下に存在する木が伸びてきてあわや兵士を串刺しにしようとしてくる。やはり領域に入ると発動するトラップが仕掛けられてあるようだ。
さらに上空へ飛び木々の攻撃が届かないような位置から攻撃しようとする。だが遠距離から魔法を放つも、やはり黒衣のフードの中に吸い込まれてしまうのだ。
なら直接接近してと近づけばやはり木々の反撃にあってしまい、これではいつまで経っても突破口が見つからないと兵士たちは困惑し始めていた。
そしてその報は【魔国・ハーオス】にも届いていた。
※
「なるほどな。やはり手は打ってあったという訳か」
会議室で【ヴィクトリアス】の情報を聞いた魔王イヴェアムは、予想された事態だったが難しい表情を浮かべている。火計を申し出てきたのは獣王レオウードだった。イヴェアムも何もせずにただ待つだけでは意味が無いと思っていたので、とりあえずレオウードの言う通りに兵士たちに命を下した。
しかしやはり対応してきた相手を見てそう簡単には落ちてくれないかと呟いていた。
「しかし陛下、火を吸収だけでなく魔法まで吸収してしまうとは恐らく……」
《クルーエル》の《序列二位》であるマリオネが険しい表情で唸っている。
「ああ、そのようなことができるのは……」
会議室で顔を合わせている者たち全員の視線がある者へと集中する。
「……はいッス。テリトリアル先生ッスね」
マリオネと同じく《クルーエル》の《序列三位》であるテッケイルだ。何故彼に視線が注がれているかというと、彼の言葉からも察することができるように、テリトリアルという人物とテッケイルは浅からぬ関係を持っているのだ。
「とうとうこの戦争に姿を見せたか、テリトリアル」
そう苦渋の面相で呟くのは《序列四位》のオーノウスだ。彼もまたテリトリアルの友人という立場にあった者である。
「かつて魔王だったアヴォロスの側近であるテリトリアル。その能力は健在というわけか。厄介なことだ」
マリオネはうんざりしたように息を吐き出す。
「どうするのだ陛下? このまま放置すれば、いずれ【シャイターン】が復活してしまうぞ?」
そう言うのは《序列一位》であるアクウィナスだ。彼に対してイヴェアムはしばらく考えたのちある答えを皆に示す。
「テリトリアルは確かにかつては同志だった。しかし今ではアヴォロスに操られている死人だ。情けをかける必要は……ない。テリトリアルだってそう思っているはずだ」
気丈に振る舞うイヴェアムだが、声が若干上ずっている。やはり操られているとはいえ、かつての仲間を傷つけることに何も思わないイヴェアムではないのだ。
「彼はアヴォロスによって殺された。殺した相手に魂を縛られているなんて彼にとっては耐え難いことだ。そうだろう、テッケイル?」
「そうッスね陛下。プライドはそれほど高くなかった先生ッスけど、それでもあんな仕打ちはあんまりッスよ」
「そうだ。彼を解放してやれるのは我々しかいない」
オーノウスの言葉にイヴェアムとテッケイルが頷く。
「しかしどうするというのだ? 貴様の言うことは感情論だぞ?」
やはりマリオネはいまだオーノウスとの亀裂があるようで、言葉に棘がある。しかしいつものことなのでオーノウスは全く気にはしていない様子だ。
「確かに感情論だ。だが奴を思えばこそ揮える力もある。だから行動を起こす」
「ほう、どうするつもりだ?」
「俺が奴を叩く」
「僕も行くッス」
オーノウスの言葉にテッケイルがすかさず反応するが、オーノウスが首を横に振る。
「言っただろうテッケイル。テリトリアルは任せておけと」
「け、けど……」
「お主の心根は理解できる。全てを授けてもらったテリトリアルを自分が救いたいという気持ちはな」
「…………」
「だがお主は皆のパイプ役だ。正しい情報を集めて各地に一早く届ける。それがお主の役目だ。戦争では情報が最も強い武器に成り得る。ここでお主を失うわけにはいかん」
「オーノウスさんは僕が負けると思ってるんスか?」
少しムッとした様子で反抗気味に答える。
「いいや、だが無傷で勝てるような相手ではないことは確かだ。お主がたとえ勝てても重傷を負っていればどうなる?」
「そ、それは……」
オーノウスはテッケイルに近づくと、ポンと彼の肩に手を置く。
「奴は俺に任せておけ。俺の全てを懸けてでも、奴をアヴォロスの呪縛から解放してやる」
「オーノウスさん…………はいッス。何度もすみませんッス」
「いや、そう気落ちするな。お主の気持ちは十分に伝わっている。その気持ちごと俺の拳で奴に届けてやろう」
「お願いするッス」
テッケイルは深々と頭を下げる。
「ならオーノウス、さっそく向かってくれるか?」
「了解しました陛下」
※
「……なるほどな、お前らがテンプレ魔王から聞いた話はそれだけか?」
日色は助け出したミュアとミミルを【獣王国・パシオン】へと送り、アノールドとレオウードに自分自身が考えた作戦を事細かに伝えた。
そして彼女たちからも、拘束されている間に見聞きした全てを日色やアノールドたちに話していた。
「はい。ほんとはもっと情報をつかめれば良かったんですけど……すみません」
ミュアが申し訳なさそうな表情をするが、日色にとっては彼女たちがそこまで動いてくれていたことに驚いていた。
特に城で少しでも動きがあったら逐一報告してくれたし、城の中の景観や部屋の様子、そして何よりもアヴォロスと話した内容を教えてくれたのは良かった。
しかもミュアはより情報を引き出すためにアヴォロスを挑発したことについては、アノールドは顔を真っ青にしていた。もちろんもしアヴォロスの機嫌をそれで損ねていたら殺されていたかもしれないのだ。
日色も、無茶をしたなと思いつつも、彼女が聞き出したある情報には興味が惹かれた。
それはアヴォロスの本当の目的。
『神のシステムを乗っ取ること』
そうアヴォロスが口にしていたことを聞き、日色は心の中で「やはりそうだったか」と納得した。
「しかし神? 神とは何だ?」
無論その言葉に興味を示したのは他の者も同じでレオウードが眉をひそめている。だがそれ以上はミュアも聞いていないようだ。
「ヒイロ、お前分かるか?」
アノールドの言葉に皆が視線を日色へと向けてきた。ここでどうしたものかと日色は悩む。アヴォロスの言う神というものは、実際のところ不確かな存在である。
それは彼がイヴェアムに向かって言ったことと同義であり、確かめる術も今のところはない。日色の魔法を使っても何故かその存在を確認できないのだ。
だから本当に実在するのかしないのか、日色には判断できかねるのである。だが少なくとも、二人は本気でその存在を認めていることを日色は知っている。
その一人はもちろんアヴォロス。そしてもう一人が……アリシャである。
彼女もまたアヴォロスがイヴェアムに対して語った内容を日色に教えてくれていた。嘘は言っていなかったが、真に受けられるような言葉でもなかった。
大体日色は人の噂や評価を当てにしないし信じない。自分の肌で感じ、目で見てからしか信じないのだ。
だがその疑わしいものを理由にして戦争を起こしている者がいるのも事実。仮にそんな存在が実在していなくとも、戦争の当事者でありトップであるレオウードは知る必要があると思い日色は話すことにした。
今この《獣王の私室》には兵士たちはおらず、日色、カミュ、ニッキ、テン、アノールド、ミュア、ミミル、レオウード、ララシークの九人がいる。この場にアノールドたちがいるのは少し不安も残るが、後々知るであろう真実なら話しておこうと考えた。
「今から話すことは確証のないことだ。それでも聞くか?」
「ヒイロ、お前は何を知っているというのだ?」
レオウードが訝しげに尋ねてくる。
「まず、奴が言う神とやらの存在は確認されていない」
「む? どういうことだ? いや、確かに我々にも分からないが……」
「まあ聞いてくれ。奴が言うこの世界の真実とは……」
チラリと日色の肩にいるテンを説明は任せたという感じで見ると「オッケ~」と言いながらニカッと笑い、テンが揚々と説明し始めた。
そうしてアヴォロスがイヴェアムに言ったようなことをざっくりと説明し終わり、皆が信じられないものを見たような感じでしばらく固まって静寂を作っていた。
そんな中、ミミルだけがぼそっと日色に対して「ヒイロさま、あのことをお話しても構いませんか?」と言ってきた。
日色は別段口止めしたわけではないのでミミルに「好きにしろ」と言う。そしてミミルはまだ皆(日色とミュア以外)に話していなかったことを教えた。それは自分が『精霊の母』と呼ばれる存在の転生体かもしれないということ。
「ま、待てミミル……お前はそれを真に受けているのか?」
当然動揺を隠せなかったのはレオウードだ。
「ですがお父様、彼の瞳は嘘を語ってはいませんでした」
「そ、そうは言うがな……むぅ」
彼の気持ちも分かる。いきなり娘が『精霊』の原初だと言われても信じることなどできるわけがない。そこでふと日色があることに気づく。
「おい青リボン、《ステータス》を確認してみろ。もしかしたらそこに真実が浮き出ているかもしれん」
しかしその問いにはミミルだけでなく傍にいる獣人たちも苦々しい顔を浮かべる。
「ん? どうした?」
「じ、実はですねヒイロさま……ミミルは」
「?」
そして驚愕の真実が伝えられた。
「ミミルは《ステータス》が無いんです」
「……は?」
「いえ、本当のところは分かりませんが、ミミルは《ステータス》と念じても確認することができないのです」
日色はアノールドたちの顔色を見て、彼らはそれを知っていたことに気づく。
「《ステータス》が確認できない……? 今まで一度もか?」
「一度もです」
ミミルの言っていることは本当だろう。嘘をつく理由もないのだから。だが日色は一応『覗』の文字を使って視てみた。他のアノールドたちの《ステータス》は確認できた。
だが確かにミミルを見ても一向に《ステータス》が浮かんでこない。
(どういうことだ……?)
その理由が全く分からない。いや、もしかしたらという想像はできる。
「『精霊の母』……だからか?」
「……分かりません」
「獣王やチビウサギはどう思うんだ?」
レオウードとララシークにも解釈を聞いてみる。
「分からん」
端的にレオウードが答える。日色はララシークを見ると、彼女は肩を竦めながらこう言う。
「さあな。ただ今の話を聞くと幾つか理由は考えられる。一つ、《ステータス》が神とやらが作ったシステムだとしたら、そのシステムに何らかの問題が発生しているということ。一つ、『精霊の母』の力が神のシステムを越えていて干渉されないため出現しないということ。一つ、本当は出現しているのにミミル様には確認できない理由があるということ」
最初の二つはともかく最後はないだろう。それならば日色が確認できているはずだからだ。
「そうだな。テンプレ魔王の言ったことを真実とすると、『精霊の母』って奴は突然やってきた異物って奴の天敵のような存在だ。世界から消えて欲しい存在。だからこそ、異物は『精霊の母』を殺し、またその転生体までも殺している。ここから推察されるのは、『精霊の母』という存在、もしくはその力を宿した者は異物にとって異物の力が及ばない邪魔な存在だということ」
日色の説明を皆が黙って耳を傾けている。
「この異物って奴はテンプレ魔王が言っている神とやらで間違いないだろう。その神のシステム、それが世界を支配している。無論そこに息づいている生物は皆その干渉を受けている。《ステータス》もまた同じだろう。だがたった一つの存在にだけは、そのシステムの効果が及ばなかった。それが『精霊の母』。だからこそ他の奴らにはあるはずの……いや、作られたはずの《ステータス》が、青リボンにはない。何故ならコイツが『精霊の母』の転生体だから」
その分析を聞いて場が静まりかえっている。日色もいまだ神の存在を信じているわけではない。だがバラバラになっているパズルピースをかき集めて、都合よく当てはめていくとこの見解に辿り着いた。無論保証などはない。
日色は皆が押し黙っている中、その視線をテンへと向ける。
「おい黄ザル、お前は『精霊』だろ? 何か知らないのか?」
「う~ん、悪いけどさ、『精霊の母』なんつう言葉初めて聞いたさ。まあ、じっちゃんなら何か知ってるかもしんねえけど」
「じっちゃん……あの白髭か……」
日色の中では『精霊王』のことは白髭になっているらしい。
(そのことを聞くためにももう一度【スピリットフォレスト】へ行くか…………いや、待てよ?)
『精霊王』であるホオズキに話を聞くために【スピリットフォレスト】へ行こうかとも思った日色だが、ふとある人物の存在を思い出す。
「……あの変態執事なら何か知ってるかもな」
「へ、変態執事……? あ、もしかしてシウバのこと?」
テンがあまりにも突拍子もなく自然と悪口を言う日色に頬を引き攣らせていたが、彼もまたポンと手を叩くと「なるほど!」と納得していた。
「ヒイロ、シウバとはお前の仲間の?」
「そうだ獣王、アイツは『精霊王』の旧友らしい。何か知ってる可能性大だ」
「なるほど……まあ、『精霊王』のビッグネームをさらりと言うお前にはもう驚かんが、本当に知っているのか?」
日色の横の繋がりの太さと広さに呆れながらもレオウードが疑わしそうに聞く。
「それは聞いてみれば分かるだろ。だから『精霊の母』についてはオレが確認しておく。オレも興味があるしな。何か分かったら教えてやる」
「あ、あのヒイロさま! ミミルにも教えて下さいますか?」
「当然だろ。お前自身のことだ。聞いたら教えてやる」
「ヒ、ヒイロさま……」
ミミルが嬉しそうに頬を染めて笑みを浮かべている。ミュアが隣で「良かったね」と言って喜びを分かち合っている。
「それならミミルについてはヒイロに任せるとしてだ、問題はその神のシステムについてだ」
レオウードが話を戻す。
「本当にアヴォロスは、我々の意志が誰かに操られていると本気で思っておるのか?」
「さあな、ただそうとしか思えない状況を味わったから、奴は戦争なんて起こしてまで何かをしようとしてるんだろ」
その何かが分からない。何故戦争を起こすことが神のシステムを乗っ取ることに繋がるのか……。
「とにかく、奴の動機は分かった。問題は奴が多くの力を求めていて、世界に痛みをばら撒こうとしていることだ」
ララシークが不愉快そうに言葉を述べると、
「師匠の言う通りですね。ミュアやミミル様みたいな特別に力の強い者を集めているし、確か《初代魔王の核》や《ナーオスの灯》とやらも奪われたんでしょ?」
《ナーオスの灯》というのは【聖地オルディネ】の《オルディネ大神殿》の地下に安置されていた、過去の勇者が命を張ってまで守ろうとしたものだ。
「そういや《ナーオスの灯》ってどういうものなんです?」
アノールドが傍にいるララシークに尋ねると、彼女は着用しているよれよれの白衣のポケットに手を突っ込みながら答える。
「詳しいことは秘匿されてるぜ」
「そうなんですか?」
「ああ、というよりも多分《ナーオスの灯》が存在してるってことを知ってんのは極僅かだ。その上アレが何のために存在しているか知ってるのなんて数えるほどの奴らしか知らねえんじゃねえか?」
「師匠でも……ですか?」
「まあな。ワタシも興味があったから以前【オルディネ】に行って調査したことはあるが、結局何も分からずだった」
「そっかぁ、師匠でも……ヒイロは何か知らねえのか?」
「実物があるなら調べることはできるが、あいにく見たこともないから調査しようがない」
ここにあるのなら『解析』や『調査』の文字などを使えば存在理由も証明できるが、手元に無い情報を調べても詳しくは調査できないのだ。一度目にしていれば別なのだが。
「ただ居場所はやはり【シャイターン】にあるようだな」
居場所くらいは調べられたので、一応どこにあるかは探ってある。あのアヴォロスがわざわざ手に入れるほどのものだからこの戦争でも貴重なものだということは把握している。
だからこそ今回の日色の【シャイターン】破壊でともに壊れていれば僥倖なのだが、それほど楽観はできない。
恐らく《初代魔王の核》とともに厳重に保管されているであろう。
「とにかくまだまだ戦争は始まったばかりだ。今はオレの奇襲で先手を取ってるが、部隊の様子はどうなんだ?」
「城が落ち始めた瞬間が合図だとヒイロに言われてたから、ワシらは一気に人間界へ部隊を送り込ませた」
レオウードの言う通り、事前に城を落とすから、その前兆を感じたら一気に人間界を攻略し始めろと日色はアノールドを通してレオウードに言っておいた。
その通告通り、レオウードは人間界へと繋がる両橋から大部隊を次々と侵入させた。恐らく敵側は城の防衛に集中して侵攻することはできなくなると踏んだ日色の作戦だった。
作戦は見事にハマり、人間界にいた黒衣の者たちも次々と城へと帰還していき、人間界にいるゾンビ兵の動きにも統率がなくなり倒して突き進むのが容易にはなった。
今は《奇跡連合軍》が人間界にかなりの数が攻め入っている。そして【シャイターン】を囲むように部隊を待機させることができている。
「しかし現在届いた情報によるとだな……」
レオウードから、突然【シャイターン】を守るように出現した森のことや、その上空に現れた謎の黒衣の人物のことなどを聞いた。
「なるほどな。やはり黙ってやられっ放しじゃないってわけか。それじゃ急務はその奇妙な能力を使う黒衣を叩くことだな」
日色の言葉にレオウードが頷く。そしてオーノウスがその対処に動き始めたという情報も耳にする。
「一人でか? 敵は本陣の中にいるも同然だぞ?」
上空とはいえ黒衣は【シャイターン】が落下した領域にいるのだ。しかも罠のように作り出した密林もその周囲には茂っている。一人で森を突っ切り、ましてや幹部クラスであろう黒衣と戦うのは無理があるというものだ。
「無論援護はする。だが密林の敵を阻む能力が厄介でな、なかなか近づけん」
レオウードが険しい表情を作ると、日色は思い切って幾つかの部隊に森を突っ切らせたらどうだと提案する。
このまま手をこまねいているわけにはいかない。しかし外から相手にダメージを与えられないのであれば、やはり危険を冒してでも中に侵入し内部から破壊した方が良いと思った。
「それも考えたが……ララ、どう思う?」
「実は兵士たちの中にも森の中に入ることを勧めてくる者たちがいます。一度ヒイロの言うように最大限の注意をもって侵入させてみるのも手ではないかと」
「ふむぅ……」
「それにあの森とて魔法で生み出したもののはず。あれだけの規模、そう複雑な能力を持たせるのは無理があります」
「……よし、ならこうだ」
レオウードがテーブルの上に地図を広げて【ヴィクトリアス】の位置に指を差す。
「ここに【シャイターン】が落下した。そして城を中心として円を描くように密林が生み出されている」
その規模は半径三百メートルといったところだ。これがもし一人の魔法使いの仕業だとしたらとんでもない所業である。
「この森の周りにはすでに多くの部隊が待機している。そうだな……では幾つかの分隊に、最初は、三時、六時、九時、十二時の方向から侵入させるか。そして時を見て今度は一時、四時、七時、十時の方向から新たな分隊を送る。分隊の構成は三人一組で様子を見る。これでどうだ?」
レオウードが皆に意見を窺うように顔を見回す。ララシークが一早く頷きを返す。
「そうですね、とりあえずはそれで様子を見てみましょう。ただし、さっきも言ったように、兵士たちには最大限の注意をさせるように厳命して」
「うむ、ではララ、そのように言伝を」
「はい」
ララシークが踵を返して白衣を揺らしながら室内から出ていった。
「ならオレらも行くか」
「え? ヒイロさま、戻られるのですか?」
不安気にミミルが見上げてくる。
「ああ、少し調べたいこともあるからな」
「そ、そうですか……」
「もう少しいてほしかったです……」
ミュアもミミル同様に悲しげに顔を俯かせている。
トン……トン……。
そんな彼女たちの額に軽く指先で押すように触れる。
「「あ……」」
日色は二人の顔を交互に見てから一言。
「じゃあな」
ミュアとミミルは互いに額を嬉しそうに破顔しながら触っている。そんな様子を見てレオウードは納得しているようにウンウンと頷いているがアノールドはどこから取り出したか分からないハンカチを噛み千切らんばかりに咥えて悔しがっている。
日色は『転移』の文字を使用してテン、カミュ、ニッキとともにある場所へと向かった。三人は【魔国・ハーオス】へと戻るのだろうと思っていたのか、目の前の光景を見て目を見開いている。
「ヒイロ……ここって?」
カミュが当然のごとく聞いてくる。
彼らの眼前に広がっているのは、白亜の神殿。壮麗な様式美を備えたその造りは、一目見て心が奪われるほどの美観を伝えてくる。周りの建物も城を基調とした建物が多く、まるで穢れを許容しない聖域に足を踏み入れたと錯覚さえ起こさせるような場所だ。
「ここは――【聖地オルディネ】だ」
「……! それって確か……」
カミュが思い出したかのようにハッとなるが、ニッキとテンは理解できていないのかポカンとしている。
以前日色はここに魔王イヴェアムを助けに来たことがあったので、こうして転移してこられた。その時はイヴェアムが瀕死の重体で危ないところだったが、日色がさくっと彼女を正常へと戻したのだ。
日色は周囲を確認する。ここ【聖地オルディネ】は勇者の威光が造りだした聖なる土地ということで各地から多くの参拝者も毎日やって来るのだが、今は閑散としていて風が寂しく吹いていた。
「誰も、いないね」
カミュの言う通り、目を凝らそうが人気を発見できない。それどころか……
「お前ら、注意しろよ」
日色の言葉を皮切りに、周囲の地面がボコッと盛り上がり、中から青白い肌をした明らかに生気の感じられない存在が出現した。
「ゾンビ兵ですぞ!」
バカ弟子ことニッキが瞬時に戦闘態勢を作る。
(どうやら人間界にある街や村は全て牛耳られてるってわけか)
ここに住んでた人物も、アヴォロスによってゾンビ化させられている可能性が高くなった。というよりも、今ここに出現した彼らがそうなのかもしれない。
「こうなった以上、救う術はないな。お前ら、手加減するなよ」
「うん!」
「はいですぞ!」
カミュとニッキは返事を返すと同時に大地を蹴ってゾンビ兵を蹴散らしにいった。
「なあヒイロ、俺もやった方が良い?」
「いや、お前はある奴を探しに行ってもらう」
「ある奴?」
「神官長だ」
「神官長? それ誰さ?」
「名前は確か…………何とかギルビティという奴だ」
「……アバウトじゃね?」
「いいからさっさと行け!」
肩に乗っているテンを振り落とすように肩を動かす。テンはクルクルと身体を回転させて着地する。
「ま、いいけどさ。そいつもゾンビ化してたりして?」
「それならそれでいい。ここにはそいつの生存を確かめに来ただけだ」
「ふ~ん、まいっか! んじゃ探してくるわ! ウッキキ!」
テンはその小さな身体を動かしゾンビ兵の攻撃をスルリとかわしながら神殿へと入って行った。
「さてと……」
日色は《絶刀・ザンゲキ》を抜いて全身から無駄な力を抜いて自然体に構える。
「まずは掃除してやる。かかって来い」
ゾンビ兵がまるでホラー映画で出てくるワンシーンのごとく一斉に日色に群がって来た。
《オルディネ大神殿》へ侵入したテンは、日色に言われた通り神官長を探していた。
「何とかギルビティさ~ん! ど~こで~すか~!」
神殿内は静まり返っており、外とは違って中にはゾンビ兵はいない。恐らく神殿内まではアヴォロスの魔法が通じないのだろう。
この神殿は勇者が残した力が強く残っており、魔法効果がかなり薄まるのだろう。恐らく強力な魔法で創り出したであろうゾンビ兵は、神殿内に入るとその存在を保てず消え去るのかもしれない。
そのお蔭でテンは楽々と神殿内を探索することができる。中も清潔感漂う白が輝いている。
「う~ん、でもいねえな~」
キョロキョロと周囲を見回しながら人の気配を探すがなかなか見つからない。
「それにしてもアヴォロスもひでえことするさ。あの外にいるゾンビって、ここの住民だったんじゃねえか?」
独り言を静かな神殿内に響かせながらテンはトコトコと歩いている。しばらく歩いていて、二階に上がる大階段の傍までやってきた時、テンの背後に何者かの影がちらつく。
そして息を殺してテンとの間を詰め、そして
「やあっ!」
手に持っていたのは大きな錫杖のようなもの。それがテンに向けて振り下ろされた……が、
「ウッキキ!」
ヒュルリと身を翻してテンは回避に成功。
「ウキキ! そんな気配の殺し方じゃ俺はやれねえよ」
「なっ!? 喋った!? やはりアヴォロスの手の者なのね!」
悔しげに言葉が発せられるが、テンは目の前の人物を見て「ほ~」と感嘆する。確かに目を鋭くさせて睨みつけられてはいるが、日焼けに困る女性が羨ましく思うくらいの色白で、三十代くらいの女性なのだが、年相応に凛としていて、スラッとした鼻筋を持つ輪郭には、全てのパーツに美が整えられてあるかのように収まっている。
一言で言うとかなりの美女だということだ。白を基調とした神官服を着用して、金糸の刺繍が服のそこかしこに施されてあってとても似合っている。
「あなたたちは、まだ私たちを追い詰めるつもりですか!」
「え~っと…………あのさ姉ちゃん、何か勘違いしてね?」
「え? 勘違い? あなたは私たちを抹殺しに来たのでしょ?」
「そんなことしねえさ。俺が来たのはある人に会うためだし」
「……信じられないわ」
目の前の彼女は疑心を振り払うことができないようでジッとテンを観察するように睨んでいる。
「ん~まあ、姉ちゃんの気持ちも分かっけどさ、んじゃ外見てみなよ」
「……え? 外?」
「ほら、俺は離れてっからさ、確認してみ?」
テンは彼女から距離を取ると、窓から外を眺めるように促した。訝しみながらもゆっくりと彼女は窓へと進み、そこから外を確認する。
「……えっ!? 子供が戦ってる!?」
外には日色、カミュ、ニッキがゾンビ兵と戦っている光景が映っている。
「アイツらは俺の仲間。その中に赤いローブの奴がいるだろ? 俺はそいつと契約してる『精霊』さ」
「せ、『精霊』っ!?」
彼女は目を剥き吃驚している。
「んで、アイツが会いたい人がいるって言うからさ、ここまで探しに来たってわけ。見て分かる通り、俺らはアヴォロスと敵対してるのさ」
「…………そうだったのですね」
緊張して重々しかった声音が若干緩んだのを確認してテンもニカッと笑みを浮かべた。
「ところでさ、何とかギルビティって人知らね?」
「……え? も、もう一度言ってくれますか?」
「うん、何とかギルビティ……」
「……あ、あのつかぬことをお聞きますが」
「何?」
「その人を探し出してどうするおつもりなのでしょうか?」
「さあ?」
「え……さあ?」
「だってさ、アイツが話を聞きたいって言ってただけだし。まあ、多分アヴォロスが盗んでいった《ナーオスの灯》のことを知りたいんだろうけどさ」
「……っ!?」
彼女はハッとなるとしばらく考え込んで思いつめたような感じで口を開く。
「……分かりました。ですが一つだけ訂正させて頂きます」
「ほえ?」
「私の名前は何とかギルビティではなく、ポートニス・ギルビティです。覚えておいて下さいね」
テンが驚いた様子を見せると、それを見たポートニスが楽しそうにクスリと笑った。
※
「師匠~っ!」
ニッキが日色のもとへ足早に駆けつけてくる。
「終わったか?」
「はいですぞ!」
周囲を見回し、全てのゾンビ兵を倒したことを確認すると日色は納得気に頷く。そこへカミュもまたやって来て、自分も終わったと言ってきた。
「よし、なら神殿へ入るぞ」
「うん」
「はいですぞ!」
三人がテンが入って行った神殿に足を踏み入れて、しばらく道なりに進んでいくと目の前に一人の女性を発見。その隣にはテンもいた。テンはスタスタと走ってきて、ヒョイッと日色の肩に乗った。
日色は女性に視線を向けると、
「アンタが何とか」
「ポートニス・ギルビティですよ」
「…………そうか」
少し厳しい言い方で自己紹介された。
「私に話があると、そちらの『精霊』さんにお聞きしました」
「そうか。なら話が早い。オレが聞きたいのは《ナーオスの灯》がどういうものかだということだ」
「…………とりあえず中へどうぞ。話はそちらでお聞きします」
ポートニスの後をついていくと、一つの客室へと案内された。テーブルもあり、皆が席につく。
「本当ならお茶菓子でもご用意できれば良いのですが……」
「それは残念だな。だがまあ、今は話を聞きたい」
「その前に一つ、あなたたちが何者が教えてくれますか?」
その要求は当然のことだろうと思い、日色は彼女を信じさせるために今起こっている戦争のこと、そしてその戦争に参加していることなどを話した。
ポートニスは目を閉じて黙って耳を傾けていた。日色が話し終えると、ゆっくりと彼女が口を開く。
「……なるほど。あなたたちが《奇跡連合軍》なのですね」
「まあ、証明することはできないがな」
「いえ、少なくともあなたが今の魔王と懇意にしていることは理解しているわ」
「……?」
何故そんなことを知っているのだろうかと日色が思っていると、ポートニスが微笑を浮かべると、
「覚えていないのですか? あなたが以前、こちらへ転移してきた時、私もその場にいたのですよ?」
「…………覚えてないな」
「ふふ、仕方ありませんね。あの時はゆっくりと自己紹介をしていられる状況ではありませんでしたから」
確かにあの時は突然現れた獣王レオウードの攻撃を防いだり、魔王イヴェアムの傷を治したりと慌ただしくて周囲を細かに把握する時間はなかった。
「《奇跡》は魔王と獣王の同盟により成されたとお聞きます。それにその中には人間の代表であるジュドム・ランカースも入っているはずです」
「なるほどな。それなりに情報を掴んでるってことか」
「はい。ですから魔王と懇意にしているあなたなら、《奇跡》にいるだろうと判断しただけです」
「……それで? 話を聞かせてくれるのか?」
「はい。アヴォロスが《ナーオスの灯》を手に入れたとなると、一刻も早く手を打つ必要がありますから。本来は《ナーオスの灯》について、外部の者に話すことは禁じられてきました。しかしこういう事態になった以上、一刻も早く《ナーオスの灯》を取り戻すためにもあなたたちに話しておいた方が良いかもしれません」
ポートニス・ギルビティが歳を感じさせないその美しく整った顔を苦々しく歪めている。そして鼻で息を吐きながら眼前に座っている日色たちを見つめる。
「本当は私自ら回収に動きたいのですが、今は私にも守るべき立場があります。この神殿を守り続けることが私の義務なのです。ですから私はある人にこっそりと回収してもらおうと依頼をしたのですが……」
「……それは『衝撃王』のことか?」
日色が答えるとポートニスが「え?」という感じで目を張る。言い当てられて驚いているようだ。
「ご存じだったのですか?」
「いや、だがアンタと『衝撃王』が懇意にしているということは知ってる」
知ってるというよりは《ナーオスの灯》の話が出た時に、自然と彼女の名前が出て、その彼女がジュドムの昔の仲間だったと魔国会議で話されていたことを思い出したのだ。
「そうですか。ええ、その通りです。ですが連絡を取ろうにも取れなくて」
それはそうだろう。アヴォロスが《ナーオスの灯》を手に入れた当初、ジュドムは【ヴィクトリアス】王の代役として仕事に追われ、またアヴォロスにその座を奪われてからは逃亡生活が続いていた。彼女と連絡が密にできなかったのも無理はない。
「それに今も何とか連絡をしたいのですが……」
日色は表情を変えることはしないが、傍にいるニッキは残念そうに眉をひそめている。彼女はジュドムが《シャイターン砲》によって死んだかもしれないことを知っている。
だがポートニスはそれを知らないのだ。
「《衝撃王》が今どうなっているか聞きたいか?」
「し、師匠!」
「おいおいヒイロ……」
ニッキだけでなくテンまでもが彼女のことを想って発言する。もしジュドムのことを話せば彼女の心が折れるかもしれないとでも思っているのかもしれない。
「お前らは黙ってろ。オレが言おうが言うまいが次第に明るみになるだろ。それに少し調べれば分かる程度の情報だ。オレがここで言っても問題はない」
「いや、だけどよヒイロ……」
テンはそれでも乗り気ではないらしい。
「あ、あの……どういうことですか? まさかジュドムに何か?」
ポートニスの不安度が徐々に増していく。日色が何を言おうとしているのか予想できているのだろう。
「オレはアンタの意思を尊重してやる。聞きたいか聞きたくないか、どっちだ?」
「…………教えて下さい」
その言葉に室内にはテンの溜め息を吐いた音だけが聞こえた。
「分かった。つい最近【ヴィクトリアス】が消失した」
「……え?」
「その事態に《衝撃王》が巻き込まれた可能性が高い」
「ど、どういうこと……ですか?」
日色は彼女にアヴォロスの《シャイターン砲》によって【ヴィクトリアス】が消失したことと、それにジュドムが巻き込まれて一緒に消滅した可能性が高いことを話した。
するとポートニスが「う……嘘……」と声を漏らし顔から血の気を無くしていた。明らかに絶望を感じている様子だ。
「そ、それではあの時感じた大地の震えは……」
恐らくここからでも《シャイターン砲》の余波があったのだろう。神殿の中でそれを感じ取ったのだ。
「あのジュドムが……そんな……」
「勘違いするなよ」
「……え?」
ポートニスが絶望の表情のまま日色を見つめてくる。
「オレは別に奴が死んだとは言ってない。あくまでもあの場にいたかもしれない《衝撃王》と国民がいなかったというだけだ」
「え……ですがそれは……」
「死んだ……か?」
「……!」
図星をつかれてポートニスが顔を俯かせる。
「それはまだ分からないだろ。確かにその可能性は高いが、別にまだ完全に決まったわけじゃない」
「…………ならジュドムは多くの国民たちとどこへ行ったというのでしょうか?」
「さあな、それこそ《衝撃王》にしか分からないだろ」
「…………あなたはジュドムの生存を信じているんですか?」
「違うな。オレは自分の目で見たものしか信じないだけだ。奴の死体をこの目で見て初めて死を信じる」
「…………なるほど、そういうタイプの人ですか」
苦笑を浮かべならが日色を見つめてくるが、日色は最初からジュドムの死を信じていない。無論本当に国民ごと《シャイターン砲》によって消失した可能性の方が高い。
だがあのアクウィナスが認める元SSSランカーの冒険者が、そう簡単に殺されるだろうかと思ってしまうのだ。
もしそうならあまりにも呆気なさ過ぎだ。それにアクウィナスもまた、彼の死を完全には信じていない。それはテッケイルも同様のようで、今必死に彼の情報もかき集めているようだ。
「とにかく、奴のことはそのうち分かるだろ。生きてるにしろ死んでるにしろ、近々動きがあるはずだ」
ジュドムにも仲間が多い。彼らが動き、ジュドムに対する情報が集まってくるだろう。その時にジュドムの生死が明白になるはず。
「アンタがあの男を信じてるんなら、最後まで信じてればいいだろ? そもそもアンタの知ってる《衝撃王》ってのは、たった一撃だけで死ぬようなタマか?」
日色の言葉に衝撃を受けたのかゴクリと喉を鳴らし、目を閉じたまましばらく心を落ち着かせた後、その瞼をゆっくりと上げた。
「そうですね。彼が……あの筋肉バカがそう簡単に死ぬわけありませんね」
「ほう、言うじゃないかアンタ」
「ふふ、少し気が楽になりました。ありがとうございます。えっと……ヒイロくん……で良いかしら?」
「ん? アンタ喋り方が少し変わってないか?」
「ええ、何かホッとしたらね。これが地なんだけどダメかしら?」
「いや、問題はない。それよりもさっさと《ナーオスの灯》について聞かせてほしいんだが?」
「そうね。ただ約束してほしいの」
「……?」
「《ナーオスの灯》について情報は開示するけど、それはできればあなたたちの胸に閉まっていて」
「…………何故だ?」
「簡単よ。《ナーオスの灯》がどういうものか知れば、必ずそれを悪用しようとする者が出てくるもの。仮に戦争を終わらせて《ナーオスの灯》を無事に取り返したとしても、《ナーオスの灯》を求めて争いが起これば元もこもないでしょ?」
「なるほどな。それほどのものってことか」
「ええ、ですから約束して」
「安心しろ。物の分別くらいはできる。それにここにいる奴らも約束を破るようなバカじゃない」
カミュは日色に忠誠を誓っているので、日色が厳命すれば口を開くことはないだろう。テンもお喋り好きだが下手に争いを生むようなことはしない。
若干不安なのはニッキだが、彼女はお馬鹿なので、つい口を滑らしてしまうということも考えられるが、そこは彼女を信じてみるしかない。
「……分かったわ。それじゃ教えるわ」
ポートニスが静かに語り始めた。《ナーオスの灯》の真実を。
そして一通り話を聞いた後、思わず日色が唸った。
「むぅ……それは確かに大っぴらにできない代物だな」
彼女から聞いた《ナーオスの灯》の真実は、邪な者がほしがる要素を十分に兼ね備えた危険なものだった。
それ故にそんなものがアヴォロスの手に渡っていることについ舌打ちが出る。
「しかしなるほどな。だからこそ勇者の結界を使ってまでここに安置されてたってわけか。だが聞いてなんだが、何故オレらに話したんだ? オレが悪用するかもしれないぞ?」
「そうね……でも何だか……」
ポートニスは日色ではなくテンやニッキ、そしてカミュを観察するように見つめる。
「あなたがそんなことをするような人なら、この子たちがあなたを慕ってるわけないもの」
「む……?」
「それに『精霊』は視る種族よ。そんな彼が全面的に信用して契約までしているヒイロくんなら…………信じられるわ」
「…………ずいぶん買いかぶられたもんだな」
「ウキキ~、おいおい顔を逸らせてヒイロさ、もしかして照れてる?」
「し、師匠が照れてるのですかな! それは是非見てみたいですぞ!」
「うん……俺も」
「ち、近づいてくるなお前ら!」
三人が席を立って日色の顔を見つめてくる。特にテンがニヤニヤしているのが鬱陶しい。そしてポートニスがクスリと笑って彼女もまた立ち上がる。
「ふふ、やっぱり面白いわあなたたち。いいわ、ちょっとついてきてくれる?」
ポートニスの突然の申し出に日色たちは一瞬固まった。




