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181:イシュカの正体

「え? 騒いでる?」


 アヴォロスの耳に届いたのはキルツからの報告だった。


「みたいだぜ? どうすんだ?」


 キルツは面倒そうにボリボリと頭をかきながら言う。


「まあ、騒いでるっつうより、あの銀髪の獣人ちゃんが自分が攫われた理由を説明してほしいと言ってるみてえだけどな」

「…………そう言えば彼女にはまだ説明してなかったね。でもやはり自分が攫われた理由が気になるようだね。ねえランコニス、キルツが言っていることは本当かな?」


 キルツの眉がピクリと動く。その確認方法だけでアヴォロスが全面的にキルツを信用していないことが分かる。


「あ、はい陛下。監視役の兵士から報告を受けて、私とキルツさんが話を聞きに行きました」

「ふぅん、大地から離れて、いよいよ不安にでもなったかな?」


 アヴォロスは顎に手をやりしばらく考えた後、ふとキルツに視線を向けた。


「ねえキルツ、兵士からの報告には、君が単独で彼女たちに会ったって聞いてるんだけど、それはどうして?」


 探るような目つきでキルツを鋭く射抜くアヴォロス。しかしキルツは飄々とした態度で肩を竦めて言う。


「そんなもん簡単だ。あの子たちが捕まったのは俺の情報のせいでしょうに。確かにお前には逆らえねえけど、ここには人としての心が残ってっからな」

「キ、キルツさん!」


 ランコニスがキルツの態度を改めるように慌てて叫ぶが、キルツはジッとアヴォロスを見つめているだけだ。


「ふぅん、つまり年端もいかない少女たちがここにいるのは自分のせいで心が痛んでいるということなのかな?」

「まあ、ざっくり言やそうだな」

「……何を話したのか言うんだ」


 アヴォロスが目を細めて冷たく言葉を放つ。するとキルツは舌打ちとともに、口が動き出す。ミュアたちと合い、話したことをアヴォロスに全て伝える。


(……不自然なところはない……か)


 キルツから聞いた限り、ほぼ一方的にキルツが謝罪を含めて短い間ミュアたちと話しただけだ。内容も別段気にする必要がないほどだ。


(若干気になるのは彼女たちが助けに来てくれることを信じていることだけど、それはまあ当然なことだしね)


 誰でも囚われの身になれば助けを願うのは当たり前である。


「それともう一つ」

「ん?」


 キルツがまだ続ける。


「もう一人の、ミミルも自分がこれから何をされるのか聞きたいとのことだ」

「……へぇ」


 キルツは全てを喋り終わったら舌打ちを鳴らしアヴォロスを睨みつける。しかしアヴォロスはそんな彼の態度に素知らぬふりをする。


(それにしても……クク)


 アヴォロスはキルツを玉座から見下ろすと、


「自分にできるのは時間稼ぎだって? 恐らく誰かが助けに来てくれるまでの時間を稼ごうと思ってキルツは彼女たちに言ったみたいだけど残念、痺れを切らして動いたのは彼女たちの方だったようだね」

「…………」

「大人しく喚かず待っていればもう少し恐怖を感じずにいられたものを。どうやら自分たちが何のために、これから何をされるかそんなに知りたいなんてね。そうだね、良い機会だ。アレの準備も整う。話した後、彼女たちには絶望を感じてもらおうか」


 アヴォロスは悪魔のような笑みを浮かべるとキルツに向かって言葉を発する。


「残念だったね。時間稼ぎもできなくて」

「……ちっ」


 キルツの悔しそうな表情を見てアヴォロスは愉悦感が胸いっぱいに広がっていく。


「クク、彼女たちを使って、ヒイロにも絶望を見せてあげたいな早く……ククク」


 狂っている。アヴォロスを見た常人ならば誰もが感じるはずだ。しかしその場に居る黒衣の者たちはキルツとランコニス以外は平然と佇んでいる。


「さあ、二人をここに呼んでくれるかい?」



     ※



 《玉座の間》へ通されたミュアとミミル。二人の両手にはガッチリと重い手錠が嵌められてある。《化装術》も魔法を使用不可能にする手錠なのだ。

 ミュアとミミルは緊張した面持ちでゴクリと喉を鳴らす。そして確かめるように一歩ずつ優雅な感じで玉座に腰を落ち着かせているアヴォロスのところまで向かう。彼女たちの周りには兵士たちが囲っている。


 ミュアたちを見つめる多くの視線。玉座を挟んで左右には黒衣を身に纏った者たちが顔を突き合わせている。ミュアは目だけを動かして一人一人確認していく。そして全身を黒衣で身に纏い、顔もフードで覆っていて確認することができない人物を発見する。


(……あの人だ!)


 ミュアは再度喉を鳴らす。そして歩きながら微かに魔力を使う。


「……? ねえ君、無駄だよ? 言ったでしょ? 君がお得意としてる《化装術》は使えないって。それにたとえ使えたとしてもこの状況、君たちが逃げおおせるわけがないと思うけど?」


 アヴォロスの言う通り周りは《マタル・デウス》の主力で囲まれている。仮に準備万端で《化装術》が使えたとしても、恐らく数秒ほどでミュアは殺されるだろう。

 だがしかし、ミュアが魔力を使ったのは《化装術》を使って逃げようと思ったからではない。そこには重要な役割が課せられていたからだ。


(ふぅ、良かったぁ。ヒイロさんの言う通り、相手は勘違いしてくれた)


 ミュアは表情には出さず心内でホッとしていた。それは隣にいるミミルも同様だったようで、若干顔を青ざめさせているが、ミュアが力強く頷くと、ミミルも安堵したように息を漏らす。


「さて、まずは君」


 アヴォロスがミュアを指差す。


「君にはまだ話してなかったね。どうして君を攫ってきたのかを」

「…………はい」

「ふぅん、力強い瞳だ。不安に揺れながらも太い信念が見える。君が送ってきた日々を考えれば驚愕すべき現在だね」

「や、やはりわたしが何者か知ってるんですね?」

「うん、君は『銀竜』。かつて三大獣人種と呼ばれ、今は絶滅したとされている伝説の獣人種。それが君だ」


 やはりとミュアは分かってはいたが再度認識できた。


「余はね、ずっと三大獣人種である『金狐』、『虹鴉』、そして『銀竜』を探していたんだ。この世界のどこかに、その血筋を引いた者たちがいると信じてね」

「ど、どうしてですか?」

「その力を求めてだよ」

「……!」

「君は自分が何者か理解しているかい? 『銀竜』……何故君の種族が三大獣人種と呼ばれ、そして今や滅んだとされているのか」

「そ、それは……」


 確かにミュアは何故『銀竜』という種族が、周りにいないのか気になっていた。そして父にも聞いたことがあった。だが父は苦笑を浮かべながらいつもはぐらかしていた。

 母親は幼い頃に病で亡くなっていたので、ミュアには父しかいなかった。周りは人間ばかりであり、自分たちが人間界に住んでいることは把握していた。

 何故獣人界ではないのか、それもまた父は教えてくれなかった。というよりも、もう少し大きくなったら全てを話すと言っていた。


 残念ながら大きくなる前に、父は獣人排斥派たちに殺されてしまって真実を確かめることはできなくなってしまった。

 父の親友であるアノールドがミュアを引き取り、これまで育ててくれた。彼もまた獣人排斥派に追われる身でありながらも、父親代わりとして愛情を目一杯注いでくれている。

 アノールドにも『銀竜』について聞いてみたが、詳しいことは父にも聞いていなかったとのこと。だからミュアは、自分が伝説の種族だと言われてもピンとこなかったし、アヴォロスのいう力というものも強く実感したことはないのだ。


「三大獣人種にはね、他の獣人には持ち合わせていない特別な異能があるんだよ」

「い、異能?」

「そう、君はまだ覚醒していないみたいだけど……《獣覚》という言葉は聞いたことあるよね、獣人ならば」


 《獣覚》。それは己の中の獣の力を呼び覚ますこと。多くは満月の夜に発動する現象であり、その夜には全ての獣人は若干身体能力が向上したりする。

 またハーフの中で、獣人の血を引く者は、《獣覚》で暴走状態に陥ることがある。本来《獣覚》といっても、多少獣の力が強まるだけのものだとミュアは聞いたことがあり、暴走などは気をしっかりと持っていればしない。

 しかし心の安定さを失っている時に《獣覚》が起これば、姿形も獣のような姿に変化し、理性も失い戦闘本能に支配されてしまう。

 中には満月でもないのに、その時の状態を自由に作り出し、コントロールすることができる天才もいるということだが、そんなのは稀な例である。

 ミュアはアヴォロスに「知っています」と答えると、アヴォロスは小さく顎を引く。


「《獣覚》は獣人やハーフに若干の力を授ける月の恵み、とされてる」


 されてるということは違うのかとミュアはミミルと一緒に首を傾ける。


「月からは膨大な魔力がこの【イデア】に降り注いでいる。その魔力に当てられて、獣人は本能に刺激を受けて、本来持っている獣の本質を呼び覚ます。けどね、普通の獣人はその月の魔力を別の存在が邪魔するんだ」

「え? 別の存在?」

「そう、それが獣人の中に眠っている『精霊』だよ」

「あ……」

「ハーフが暴走し易いのは、内に秘められた『精霊』の力が弱いから。『精霊』の魔力と月の魔力は対極。だから反発し合い、中途半端なパワーアップしかしない」

「そ、それじゃ、もし『精霊』がいなければ……?」

「ククク、君の考えてる通りだよ。獣人は莫大な魔力を受け強くなれるだろうね。まあ、満月の夜限定になるだろうけどさ」

「…………」

「そうなってもまあ、膨大な力の制御ができずに暴走するだけだろうけどね。だから『精霊』が暴走にならないように月の魔力を弾いているんだよ、できるだけね」


 そんなことが獣人の身体の中で起きていることは初耳だった。だがもし彼が言うことが真実ならば、ハーフが暴走し易いことや、暴走したら激烈に強くなる理由に説明がつく。

 アヴォロスはゆっくりとミュアを指差す。


「だが例外もある。それが君たち三大獣人種だよ」 


 思わずミュアとミミルの喉がゴクリと音を鳴らす。


「まあ、歴史を紐解いていくと、生物の中にはどの生物よりも進化した種というのが生まれてきた事実は幾つもある。それは自然の摂理さ。それは天才、異端、異常、稀少種など、まあいろんな呼び方はある。簡単に言うと普通ではないってことだよ。そして獣人の中にもそういう種が生まれた。その一つが『銀竜』だよ」


 確かに長い生物の歴史の中で、いや、生物に限らず環境や人工的手法、または偶然など様々な事象によって普通とは異なる存在が生まれることがある。

 その強烈な存在感は、時には天才や稀少種などという言葉で表される。


「三大獣人種はね、真の《獣覚》と呼ばれる《超獣覚》を可能にするのさ」

「ちょ、ちょうじゅう……かく?」


 ミュアは聞き慣れない言葉を繰り返す。


「簡単に言うと、それだけ多くの魔力を月から取り込むことができて、莫大なエネルギー体として存在できる力を持ってるんだ。余も実際にこの目で見たのは数えるほどだけど、それは凄い力だったよ。だからこそ、余は三大獣人種を求めた。余の望みを叶えるためには、より多くのエネルギーが必要だからね」

「そ、それじゃわたしたちを攫った理由は……」


 アヴォロスはニヤッと口角を上げる。


「うん。君たちが本来持つ膨大なエネルギー、それが欲しいんだ」


 しかしミュアとミミルの顔色が変わらないのを不思議に思ったアヴォロスは彼女たちに尋ねる。


「もしかして、大よそ見当がついていたのかい?」


 しかしそれにはミュアたちは答えない。実際、アヴォロスが彼女たちの持つ力を狙っていることは日色から聞かされていた。特にミュアの中に眠っている『銀竜』の力は膨大。それは同じ三大獣人種である『虹鴉』と相対した日色だからこそよく分かる。

 単純に戦えばミュアはまだまだ弱いが、潜在的な能力は他の獣人種よりもトップクラスなのだ。そして『精霊の母』のことを聞いた日色は、その稀少な力が狙われているだろうことをミミルに教えている。彼女の中にも大きな力がまだまだ眠っているのだと。

 だからこそアヴォロスがその力を狙っていると聞かされても別段驚きは少なかったのだ。


「……な、何にわたしたちの力を利用するんですか?」

「君たちもさっき感じただろ? 強いエネルギーの波動をさ」


 アヴォロスが言っているのは《シャイターン砲》のことである。ミュアたちも部屋で拘禁されながらも城の下方からとてつもない力を感じていたのは間違いない。そして物凄い破壊音が広がったことも。


「実はね、今この城は浮遊してるんだけど、それにももちろんエネルギーが必要になるんだ。今はある方法でエネルギーを抽出したり、それまでに蓄えたエネルギーを使ってるけど、いずれ枯渇するのは当然。つまり率直に言うと、そのエネルギー補填のためだよ。君たちを連れ去ったのは。特に『精霊の母』である君の力は甚大だ。きっと素晴らしいエネルギーを生み出してくれるはずだよ」


 楽しそうに喉を鳴らすアヴォロス。ミミルは怯えながらも下唇を噛み締め耐えている。そんな中、ミュアが気になっていたことを尋ねる。


「た、確か《マタル・デウス》にも三大獣人種の人がいたはずです。その人も利用するつもりですか?」

「う~ん、そのつもりだったんだけどね。逃げられちゃったよ。まあ、彼には厄介な『精霊』が纏わりついてたから難しいとは思ってたけどね」

「な、仲間だったのにそんなことをするつもりだったんですか?」

「……大丈夫だよ。仲間だったら、死ぬ一歩手前くらいまでしかエネルギーはもらわないから。まあ、君たちは絞りカスになるまで吸い尽くしてあげるけどね」


 突然アヴォロスから黒い殺意が無数の針になって全身を突き刺してきた。鍛えたミュアすら無意識に膝を折り全身が震え出す。


「あ……ああ……」


 ミミルは目から涙を流しながら恐怖に心を支配されている。無理も無い。ミミルは綺麗なものしか今まで見てきていない。いきなり受ける殺意が、あのアヴォロスのものなのだから耐えられるはずはない。

 ミュアは手錠を嵌められた手でそっと同じ手錠を嵌められているミミルの手を掴む。


「ミュ……ア……ちゃ……ん」

「大丈夫だよ、ミミルちゃん」


 自身も震えているのだが、それでもミミルを安心させようとミュアは努める。こう見えてもまだミミルは十歳。ミュアより二歳も下である。姉役としても彼女を支えるとミュアは思っている。


「アハハ! ゴメンゴメン。君たちには少々きつかったかな?」


 アヴォロスから届く殺意が消失する。ふぅっとミュアは息をつくが、全身ビッショリと汗をかいていた。明らかに死を覚悟させられた時間だった。

 本当はもう我慢できずにすぐにでも計画を実行したかったが、


(まだ……少しでも情報を!)


 ミュアはキッと視線を鋭くさせると、ミミルを支えながら立ち上がりアヴォロスを睨みつける。


「……へぇ、なかなか根性あるね。そうでなくちゃ面白くない」

「……あなたは」

「……?」

「あなたは自分の望みが叶えば誰がどうなってもいいって思っているんですか?」

「……それが人……でしょ?」

「人、という言葉に逃げないで下さい!」

「! ……何?」

「わたしはあなたに聞いてるんです! それはどうしても、戦争まで起こさなければ叶えられない願いなんですか!」


 ミュアの真剣な問いに、笑みを崩したアヴォロス。そして目を細めながら静かに口を開く。


「そうだよ。余はね、今の世界にうんざりなんだよ。いや、偽物といってもいい。だから余が本物にするんだ。余の全てを懸けてでもね」


 その言葉に偽りがないということは何となくミュアにも感じた。絶望を体現したような昏い瞳の奥底、そこには微かに一抹の寂しさを垣間見た気がした。


「そ、その望みってなんですか?」

「……興味あるのかい?」

「何も知らないまま殺されるのだけは嫌ですから」


 ジッと目を逸らさずにアヴォロスを見つめる。一息で食い殺されると思わされる雰囲気の中で、ミュアは必死に恐怖と戦っていた。そしてアヴォロスがゆっくりと玉座から立ち上がった。


「…………神の持つシステムを乗っ取ることさ」

「……え? か、かみ? そ、それって神様ってことですか?」

「自称……神だけどね」


 ミュアは言葉を失う。あまりにも突拍子もない返答に思考が止まったのだ。世界を滅ぼす、支配する、変える、到底考えられるのはそういうことだと思った。

 だからこそ、どのようにしてそれを成そうとしているのか問い質そうとしたのだが、あまりにも予想外過ぎる答えにすぐさま反応を返せなかった。

 まさか神などという存在も不明な言葉が出てくるとはさすがに思わなかった。周りの者たちが驚いていないということは、それを知っているということ。つまり信じている。

 異常だ。この《マタル・デウス》そのものが異質だとミュアは強烈な不気味さを感じて気持ちが悪くなった。


「さあ、望むことは話してあげた。これから君たちからエネルギーを頂くとしよう。最後に、何か言い残すことはあるかい?」


 震える身体を支え、ミュアはミミルと顔を見合わせる。幾分マシな顔色になったミミルも、そこでようやく力強く頷きを返してくれた。そう、ここからが本番なのだ。

 ミュアはキリッとした表情をアヴォロスにぶつける。


「へぇ、気丈だね。普通は恐怖に怯えて泣き喚くと思うけど?」

「……そうですね。絶望だけなら、きっとわたしたちはそうしていたでしょう」

「ん? どういうことだい? 君たちには今、絶望しかないはずなんだけど? ここには君が待っている人は入ってこれないようになってるんだからね」


 外からの転移は、アヴォロスが許可した者しか入って来られないようになっているのだ。同じように結界の効果で、外からの魔法効果も弾いてしまう。

 だからこそ日色が何をしても無駄だとアヴォロスは考えているのだ。


「一つ、あなたに言いたいことがあります」

「……?」


 大きく息を吸うと、ミュアは力強く叫ぶ。


「ヒイロさんを、甘く見ないで下さい!」

「な、何を……っ!?」


 刹那、ミュアとミミルの腕が光り輝いた。するとほんの一瞬、空間が揺らめき、ミュアとミミルの前方に二人の人物が現れた。

 一人は赤い髪を持つ少女リリィン・リ・レイシス・レッドローズ。


 そしてもう一人は――。


「よぉ、久しぶりだなテンプレ魔王」


 赤ローブを身に纏ったミュアとミミルの想い人である丘村日色その人だった。



     ※


 日色はアヴォロスを視界に入れつつ、周囲を警戒しながら叫ぶ。


「赤ロリ!」

「分かっている!」


 突然の日色たちの出現で明らかにギョッとなって身体を硬直させている《マタル・デウス》の面々。アヴォロスに至っては有り得ないと思っていたのか、完全に虚を突かれて唖然としてしまっていた。

 そしてアヴォロスは日色の両手の人差し指の先に文字が刻まれているのを確認して大慌てで声を張り上げる。


「マズイッ! 奴に魔法を使わせるなっ!」


 そうは叫ぶが、日色はすでに行動を起こしていた。そしてリリィンもまた、日色の声に反応してある行動を起こしていた。それは黒衣を全身に纏った人物であるイシュカに近づくこと。

 イシュカもハッとなった様子で、瞬時にして懐へと入ってきたリリィンに一歩退こうをするが、


「逃がさんぞ」


 ガシッとリリィンに手を掴まれ、リリィンと顔を見合わせることとなった。その時、リリィンは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに視線を切り、今度はアヴォロスに向けて殺気を向ける。


「陛下ぁぁぁっ!」


 カイナビが叫びながらアヴォロスの前方へと躍り出る。ヒヨミも同じくだ。ほとんどの者がアヴォロスに向けられた殺気で、最初からアヴォロス狙いだと考え守りに徹した。

 しかしアヴォロスはそこでハッとなり、


「違うっ! これは罠だっ! 余よりも奴に魔法を……っ!?」


 リリィンはニヤッと口角を上げる。そして日色もまた、すでに床に向けて文字を放っていた。突如として床に亀裂が走り天井が軋み、城全体が音を立てて揺れ始める。


『大崩落』


 日色が床に向けて放った右手で書いた文字である。文字通り対象物を崩落させることができる文字。ただ城の規模も大きく、また膨大な魔力で強化もされているので日色はほぼ同時に左手に書いていた文字もすでに放っていた。


『無力化』


 その文字も文字通り、城の力を無力化させるものである。二つの文字を並行して使用することで、最大限の魔法効果を得ることができる。これで城を包んでいた力や浮遊を生み出している力などが全て無力化し、ある結果を生む。


 大崩落に継ぎ…………墜落である。


 城はコントロールを失ったかのように物凄い勢いで落下し始める。しかも城はその間もどんどん崩れてきている。まるで砂上の楼閣のようにボロボロと崩壊していく。


「くっ! ヒイロ!?」

「次に会った時はオレに絶望を見せるとか言ってたよな?」

「ヒイロォ……」

「残念だったな、テンプレ魔王。コイツらは返してもらうし、お前には空から落ちてもらう。絶望を味わうのはどっちかな?」


 日色はミュアとミミルを両腕で抱えながら支えている。二人はその温もりに頬を染め上げた。

 しかしミュアが背後から刀を抜いて襲ってくるコクロゥに気が付き叫ぶ。


「ヒイロさん、後ろですっ!」


 しかしその瞬間、コクロゥの前に出現した人物を見て、《マタル・デウス》は愕然とする。しかもその人物の右手から水の波動が生まれコクロゥを吹き飛ばす。


「ちぃっ!?」


 コクロゥは身体を一回転させて体勢を整えながら着地をする。ダメージは無いようだ。しかし彼を吹き飛ばした人物を怪訝な表情で睨みつけて怒鳴る。


「何しやがるっ!? おい、聞いてんのか! イシュカッ!」


 彼を吹き飛ばし日色を守ったのはアヴォロスの仲間であるはずのイシュカだった。


「陛下を狙うとは、墜ちたかコクロゥ?」

「はあ? テメエ、何言ってんだ?」


 イシュカの言葉にコクロゥだけでなく他の者たちまで目を見張る。仲間であるイシュカが反旗を翻したのかと誰でも思ったが、その言動が「陛下」なので困惑させる。しかしアヴォロスは気が付いたようにリリィンに視線を向ける。


「そうか! 君はアダムスの血筋の者か!?」


 リリィンは不敵そうに笑みを溢すと、


「ワタシはリリィン・リ・レイシス・レッドローズだ。覚えておくのだな雑魚ども」


 キリッとした表情で決め台詞を言うと、彼女は日色のもとへ向かう。するとタイミング良くイシュカの足元から水溜まりが出現し広がっていく。ヒヨミがそこで「まさか逃げるつもりか!」と声を飛ばす。


「逃がさないよヒイロッ!」


 アヴォロスが右手から魔力を放出し、それを剣の形へと変化しさせていく。そしてそのまま玉座から弾かれたように日色へと突進する。


「無駄だ」


 バチィィィィンッとアヴォロスの剣が日色の周囲を覆っている半球状の魔力で構成された青壁に阻まれ、そしてそのままアヴォロスは身体ごと再び玉座へと押し返される。アヴォロスは器用に身体を回転させて体勢を整える。


「ちっ、今のは『反射』の文字かい?」

「やはり知ってたか」

「だが反射できるのは一度だけだ! これでっ!」


 アヴォロスの向けられた右手から魔力の塊が放出。しかしそれもまた、日色に届く前に青白い防壁が出現し塊を弾いた。弾かれた塊は城の天井へと昇っていき破壊を生む。


「ちっ! 今度は『防御』の文字!? しかも設置文字か!?」


 やはりアヴォロスは《文字魔法》のことをかなり詳しく知っている。設置文字まで知っているとは厄介だと日色は思い難しい顔を浮かべる。


(やはり奴は《文字魔法》のことを熟知してやがるな)


 そして二人のやり取りの間にイシュカごと、リリィン、ミュア、ミミルはその場から姿を消した。残されたのは日色だけだ。

 アヴォロスはそれを見て軽く舌打ちをしながら、


「何故残ったんだい?」

「お前にどうしても聞きたいことがあってな」

「ふぅん、余裕だね。でも!」


 刹那、周囲に赤い粒子が舞った。どうやらアヴォロスの近くにいたヒヨミが例の魔法を無効化する空間を生み出す赤い石を使ったようだ。


「残念だったね。素直にイシュカの魔法で逃げ帰っていれば良かったものを。どんな魔法でここに来たかは分からないけど、もう君はここから逃げることはできないよ。ここで君を殺してあげる」


 優越感を含ませた声音が日色を突き刺す。しかし日色は少しの驚きも見せずに肩を竦める。


「一つだけ、聞かせろ」

「何かな? 命乞いはさすがに聞かないよ?」

「お前は止まる気はないんだな?」

「当然さ。余は余の道を突き進むだけさ」

「……そうか」


 ジッと睨み合っている中、日色はフッと息を吐くと「ああ、あと一つだけ言い忘れていた」と言葉を溢す。

 アヴォロスたちはいつでも日色を捕らえられるように囲みを作る。だが日色は頬を緩めてアヴォロスに言った。


「吠え面かくんだな」

「っ!?」


 日色の右手首が光った瞬間、その場から煙のように日色の姿が消失した。



     ※



 その場に居た誰もが呆然と立ち尽くしている。そしてアヴォロス以外の全員がどうすればいいのか、判断を仰ぐように彼に視線を向ける……が、アヴォロスは顔を俯かせたままで肩を震わせている。


「…………ククククククククク」


 突然笑い出したアヴォロスに、皆が訝しげな表情を作る。


「アーッハッハッハッハッハッハッ!」


 狂ったようにしばらく笑い続けるアヴォロス。そして段々と笑い声が萎んでいき、静寂が一瞬生まれ、アヴォロスは言葉を静かに吐き出す。


「……今、城に残っている魔力全てを城の保持に回せ。お前たちの魔力もだ。奴の魔法は強力だが、それを遥かに上回る魔力で覆えば崩壊は止まるはずだ。ヒヨミは魔法を使い城を支えろ。落下の衝撃に耐える。特にあの部屋だけは全力で守れ。各自的確に行動しろ」


 雰囲気を突如として変えたアヴォロスを見て、他の者たちは様々に反応しつつもその場から離れていった。一人残ったアヴォロスはまだ残っている玉座にどっしりと腰を落ち着かせる。


「……ククク」


 天井からは次々と崩壊の破片が降ってきている。だがアヴォロスは身動ぎせずに座っているだけだ。


「……やってくれたな《文字使い》。余がここまで敗北感を感じたのは久々だ」


 アヴォロスは俯かせていた顔を上げる。見る者を虜にするような美しい碧眼だった双眸が、今では赤黒く変色してしまい、まるで恐怖を体現しているかのような存在感を放つ。

 憤怒、悲哀、嫉妬などを無理矢理に殺意で包んだ暴虐の瞳だった。


「いいだろう。今回は勝ちを譲ろう。だが次に会った時、次こそはお前に絶望を味わわせてやる。覚えているがいいヒイロ……ククク、アハハハハハハハハハ!」


 その時、天井がアヴォロス目掛けて落ちてきたが、それでもまだアヴォロスは笑い続けていた。



     ※



「「ヒイロさん(さま)っ!」」


 【魔国・ハーオス】へと戻って来た日色にミュアとミミルが二人して抱きついてきた。


「な、何故抱きつくお前ら!? は、離れろっ!」


 がっしりと掴んで離れない二人。日色を挟むように左右からホールドされているので身動きが取れない。いや、それ以前に、周囲の目が何となく痛いのだ。

 リリィンなど不愉快そうに犯罪者でも見るような目で睨んできている。日色は心の中でオレは何もしてないと言うが、それを分かってくれている者はいるのだろうかと思った。

 無理矢理引き剥がそうと力を入れようとするが、よく見ると二人の身体が小刻みに震えている。その振動が身体を伝って感じる。

 彼女たちがいかに日色を信じていたと言葉にしていても、やはり敵地のど真ん中にいて恐怖を感じなかったわけがない。いつ殺されてもおかしくない状況にあったのだ。


「……はぁ」


 ミニサイズの彼女たちの頭を上にそっと手を乗せる。すると二人はゆっくりと日色を見上げてきた。


「安心しろ。ここなら大丈夫だ」


 無愛想に言うが、彼女たちの目から安堵のためか涙が流れる。


「それと、よくやってくれた。お蔭で奴らに一泡吹かせることができた。頑張ったなお前ら」


 日色を掴む彼女たちの手に更に力が込められ、恐怖とはまた違った身体の震えを起こす。そしてミュアが口を開く。


「ヒイロさんが来てくれるって信じてましたから」

「ミミルだってそうです」


 ミミルも負けじと言葉を吐く。


「「でも怖かったです!」」


 息の合った双子のようにハモり日色の身体に顔を埋める。その温もりを感じて安心感を得ているような感じだ。

 そんな彼女たちを見て、周囲の者たちも「良かった良かった」と口にする。リリィンも呆れたように溜め息を吐き肩を竦めている。そんな彼女に向かって日色は言う。


「赤ロリ、さすがだ。やはりお前に頼んで正解だった」


 チラリと、兵士たちに拘束されて身動きを奪われているイシュカに視線を日色は向ける。


「フン、当然だ。これは貸しにしておいてやるぞヒイロ」

「……仕方無いな」


 リリィンは嬉しそうに笑みを浮かべると満足気に頷いていた。

 確かに今回はリリィンが協力してくれたお蔭で立てられた作戦だった。ミミルが敵の手に落ちた時から、いや、落ちる前から一応策自体は日色の中にあった。

 だが危険でもあるのでできればそうならないようにと思ってはいたが、ミミルは拉致されることになった。

 だからこそ、日色はこうなった時のことを想定してかけていた保険を使うことにした。それが《ボンドリング》による奇襲である。


 この《ボンドリング》は、同じリングを嵌められてある者に念話を行うことができることは皆にも教えていた。

 だがまだ隠された能力があるのだ。それは同じリングを持つ者のところへ転移できるということ。リングが互いに引き寄せ合い、どこにいても瞬時に向かうことができるのだ。

 しかもこれは魔法ではない。故に日色対策として、外からの転移魔法・干渉魔法を封じていた浮遊城【シャイターン】の効果の外だった。


 これでタイミングを見計らっていつでも奇襲をかけることができるのだ。だがそれだけではない。問題は向こうに行ってからの帰還だった。

 もし何らかの方法で日色が転移魔法を使えなかった場合に備えて、ある者の力を利用することを考えた。それがイシュカである。

 イシュカが水の転移魔法が使えることは情報として入手してあった。しかも日色の転移のように神出鬼没で自由に大陸を行き来することができることもだ。


 つまりイシュカを上手く利用することができれば、城からの脱出も容易だと踏んだ。だがどうやってイシュカに魔法を使わせるか。

 ここで考えたのはイシュカの洗脳。それを思いついた時、日色の頭の中にリリィンの存在が浮かんだ。彼女の《幻夢魔法》なら、イシュカを上手く誘導することができる。

 リリィンが日色がアヴォロスだと認識するような幻術をかけることで、言うことを聞かせたのだ。だからこそ、《玉座の間》でイシュカの反乱が起こった。


 事前に転移する前、ミュアにイシュカがどこにいるか情報を伝えてもらっていた。アヴォロスはミュアが魔力を使用したことに気づいたようだが、それは手錠を外そうとしたのだと勘違いしたのだ。本当は日色と段取りについて念話をしていたのだ。

 リリィンには予め複製した《ボンドリング》を渡してあった。しかし今、彼女の手首にはそれはもう無い。何故なら複製したリングは一度使えば壊れるからだ。

 向こうに転移した瞬間に、彼女のリングは破壊されてしまった。だが彼女を向こうに送ることが目的だったので問題はなかった。それからイシュカの魔法で帰ってきて、日色はミュアが持つリングを利用して転移で帰ってきたというわけだ。


 正直この作戦は《ボンドリング》の存在があってこそだった。だからこそ彼女たちにはリングの存在にだけは敵に気づかれないようにと厳命しておいた。

 もし奪われでもしていたら作戦は無に帰していた。


(しかしさすがは赤ロリだ。あの一瞬でコイツを捉えることができるかどうかも赤ロリ次第だった)


 失敗すればそれこそ一網打尽になってしまっていたかもしれない。だが日色はリリィンなら必ず成功してくれるだろうと信頼していた。

 結構な付き合いなので、彼女の実力は把握している。見事にやり切ってくれた彼女には感謝している。お蔭であの忌々しいテンプレ魔王の悔しがる顔を拝めた。

 奴が城に何か細工をしていることは日色は調べていた。何らかの妨害で詳しくは分からなかったが、近々動きがあると思っていた。


 その動きごと、無力化してやろうと思い機を窺っていたのだ。まさか城が飛ぶとは思っていなかったが、あれを落とせば大打撃になるに違いないと思い内心ではほくそ笑んでいた。

 それに奴の仲間であるイシュカまで捕らえることができたので言うこと無しだった。間違いなく今回は《奇跡連合軍》に文句なく軍配が上がっただろう。

 その証拠に、浮遊城【シャイターン】が落ち始めた瞬間、一気に《奇跡連合軍》が人間界へと侵攻した。さすがのアヴォロスも、その侵攻を食い止める余裕までないはずだ。無論その余裕を作らせないように日色が策を立てたのだが。


 今彼は城のことで手一杯になり、外部に注意を向けられない。その間に《奇跡》が続々と人間界を攻略していくといった策だった。これで完全に戦争の優位を得ることができた。


「お前ら、もういいだろ。そろそろどいてくれ」


 ミュアとミミルに言うと、二人は目を腫らしながらも、名残惜しそうに離れてくれた。そして日色はゆっくりとイシュカへと近づく。そこには魔王イヴェアムたちもいる。

 例の如く、日色の行動に目を白黒させていたイヴェアムたちだが、事前に言っていた通りの成果を出したことで彼女たちはもう溜め息しか出ない様子だ。本当に城を落とすことができると俄かには信じられなかったのだろう。

 魔法を封じる手枷をされているイシュカは下手に動かず身を固めている。そんなイシュカに近づくのはオーノウスだ。彼もまた国が心配で【ムーティヒの橋】から帰って来ていた。


「さあ、お主の正体を見せてもらうぞ」


 そう言いながらオーノウスはイシュカの顔を覆っているフードを取った。そしてそこから現れた顔に、息を呑む者がいた。

 それは日色だった。何故なら彼女の姿は黒髪黒目、顔立ちからも日色と同じ日本人にしか思えない作りだったのだ。


 切れ長の瞳に長い睫、血色の良い赤い唇に透き通るような白い肌。美しいと言葉にできるほど艶やかな長髪。朱里とはまた違った美を持つ少女だった。

 するとそのイシュカが、驚いている日色を察したのか、目を見てフッと馬鹿にするように笑った。


(コイツ……まさか……?)


 喉まで出ている言葉を言うのは簡単だが、それは有り得ないという事実が言葉を押し止めていた。何故ならもしそうなら、彼女がいまだにこんな少女なわけがないのだ。

 いや、よくよく考えれば、ここはファンタジーな世界だ。そういうことも有り得るのかもしれないと日色は思い始めた。


「黒い髪に黒い目か……ヒイロと同じだな」


 オーノウスの言葉に、その場にいた者も興味が惹かれたように日色とイシュカを見比べている。


「ワタシも驚いたぞ。魔法をかける時にそいつの顔を見たらヒイロと同じ黒髪黒目だったのだからな」


 確かにリリィンが浮遊城【シャイターン】でイシュカを捕まえて彼女の顔を見た時、少しだけ驚きを表していた。


「とりあえず聞こうか。お主は今どういう立場か理解できているか?」

「…………」

「黙秘か? 今は戦争中だ。黙秘を続けるということはさらにお主の立場を悪くするが?」


 その言外には尋問や拷問も辞さないぞという意味が込められている。喋っているオーノウスも、日色と同じ年頃に見える少女に対して放ちたい言葉ではないだろう。

 しかし彼女は間違いなくアヴォロスの仲間であり、この【ハーオス】を崩壊しにやって来た一人でもあるのだ。周りの者からも殺気が迸っている。

 すると今まで黙っていたイシュカがようやく口を開いた。


「……殺せ」

「何?」

「殺せばいい。陛下の荷物にはならない」


 口を一文字に閉じ、それ以上は何も語らないという意志を示すイシュカ。そんな彼女に日色が近づき尋ねる。


「お前…………日本人か?」


 ピクリと彼女の眉が動いたのを日色は見逃さなかった。


「え? ヒイロ? ニホンジンって、確かそれってヒイロの世界の人種でしょ?」


 イヴェアムが困惑気味に質問してくるが、それには答えずに日色は続ける。


「だんまりか? なら勝手にこっちで調べさせてもらうだけだ。おい、黒衣を脱がせてくれ」

「え? ぬ、脱がせるってヒイロ?」

「勘違いするなよ魔王? その黒衣は干渉魔法を弾く効果がある。今からオレがやる魔法には邪魔なんだ」

「あ、そ、そうなの?」


 ホッとしたようにイヴェアムは胸を撫で下ろす。兵士がイシュカの黒衣を剥ぐ。朱里に負けず劣らずの魅惑なボディを持っていた。イシュカは日色を憎げに見上げるが、無視して日色は『覗』の魔法を使う。



ユウカ・イシミネ


Lv 138


HP 6190/6190

MP 7220/7300


EXP 1625559

NEXT 475


ATK 1000()

DEF 1025(1100)

AGI 1010(1070)

HIT 900()

INT 985(1050)



《魔法属性》 水・風・氷・光

《魔法》 アクアニードル(水・攻撃)

     ミスト(水・支援)

     バブルウォール(水・防御支援)

     アクエリアスゲート(水・効果支援)

     アイスエッジ(氷・攻撃)

クールシャワー(氷・攻撃)

アイシクルブレード(氷・攻撃)

     パイシーズレイド(氷・攻撃)

ウィンドカッター(風・攻撃)

グリーンバインド(風・支援)

サイクロン(風・攻撃)

ファイナルプレス(風・攻撃)

ライトアロー(光・攻撃)

リザレクション(光・効果)

シャインレーザー(光・攻撃)



《称号》 勇者・異世界人・演技者・覚醒者・勇者の力・解き放たれた勇気・冷静沈着・モンスターの天敵・人斬り・復讐者・世を憂う者・利用された者・オッパイ美人・謎の女・男落とし・水の鬼才・テレポーター・世界の敵・忠誠を誓う者・恋する乙女・時を止めた者・超人・ユニークジェノサイダー・クールビューティ・魔王の部下・極めた者



 日色はイシュカ、いや本名や称号を確認して彼女が日本人であることを確信した。


「ユウカ・イシミネ……か?」


 日色の発言にハッとするユウカ。まさか本名を言い当てられるとは思っていなかったのか……。


「……やはりお前は《文字魔法》を……」


 悔しげに呟くその様子から、彼女が《文字魔法》について知っていることが分かった。彼女がどういった存在なのか、日色にはもう把握できていた。

 それはアリシャから聞かされた話の中にも混在していた存在。その存在がどうやって長い年月を歳をとらずに生きてきたかは分からないが、あのアヴォロスの昔からの仲間だということは分かっていた。


「ユウカ・イシミネだと?」


 そこへ日色とユウカの間に割って入ってきたのは赤髪を宿した《序列一位》のアクウィナスだった。


「し、知ってるのかアクウィナス?」


 イヴェアムが尋ねると、アクウィナスはユウカをジッと観察するように見つめる。


「まさか……いや、ヒイロが言うならばそうなのだろう」

「一体どういうことなのだアクウィナス?」


 イヴェアムだけではなく日色以外の全ての者が答えを求めていた。アクウィナスは過去を思い馳せるような表情で口を開く。


「この者は……初代勇者の一人だ」


 衝撃が走る。それはそうだろう。初代勇者というのは、今では古い文献に乗っているだけだ。つまり大昔に人間を救った英雄である。

 異世界から人間に召喚されてやってきた勇者は、災いから人間たちを救い救世主となった事実を本などで描かれている。


「勇者? ちょっと待ってアクウィナス。初代勇者が現れたのは何百年と前のことだ。ヒイロに聞いたが異世界人は精々が百年の寿命だというのに、それは辻褄が合わないのでは?」

「陛下の言う通りだ。だからこそ困惑している。それに彼女はすでに死んだとも聞かされた」

「死んだ…………っ!? つ、つまりそうか! 彼女もアヴォロスが操っている死人?」

「私を死人ごときと一緒にするなっ!」


 突然怒鳴るユウカにイヴェアムの顔は強張る。射殺さんばかりの視線が向けられイヴェアムも戸惑っているようだ。


「し、しかしなら何故若いまま生きてるのだ?」


 イヴェアムの疑問は尤もだ。しかしユウカは「答えると思うか?」と不敵な笑みを浮かべている。


「ならこうすればいい」


 日色が『解析』の文字を書いて彼女に向かって放つ。


「き、貴様っ!」


 文字をどうにか避けようとするが無駄なことだった。彼女にピタリと貼りついた文字を発動させる。日色の頭の中に彼女の情報が流れ込んでくる。

 誰もがそんな日色をジッと見守っている。


「…………なるほどな。お前、人間を止めたのか」

「……ちっ」


 その態度で肯定は得られた。


「ど、どういうことだヒイロ?」


 イヴェアムにも分かるように日色は説明する。


「コイツは身体の中にあるモノを埋め込んでる」

「あ、あるモノ?」

「ああ、それは決してオレら地球人には無いはずのモノだ」

「い、一体何なのだ?」

「……『魔人族』の核だ」

「え……えっ!? 『魔人族』の核って、それ本当!?」


 周りがざわつき始める。中には「嘘だろ?」や「あの計画は失敗に終わったんじゃ……」などと兵士たちが口々に喋っている。それをマリオネが一喝して静かにさせた。


「お前ら『魔人族』なら知ってるはずだ。かつて人間を『魔人族化』させようとした計画のことを」


 その言葉には特にイヴェアムが辛そうな表情を見せる。無論彼女が行っていた計画ではない。主導に行っていたのはアヴォロスだ。

 多くの人間を人間界から攫ってきて、身体の中に『魔人族』の核を埋め込み『魔人族化』させようとしたのだ。しかし結果的にその計画は凍結されたまま今に至っている。

 何故なら成功例が一つも生み出せなかったからだ。そもそも人間には、『魔人族』の力を受け止められる者はいなかったのだ。ただただ犠牲者が広がるだけで、計画そのものが頓挫することになった。

 相反する二つの生命力は大きな拒絶反応を生み、人間に埋め込んだ核の力が暴走して死に至るのだ。時の研究者やアヴォロスも、不可能と判断して止めたのだという。


「だが成功例は実在した。それがコイツだ」


 日色は憎々しげに睨みつけてくるユウカを涼しい顔で見下ろしている。


「そんな……なら何故アヴォロスは計画を中止したのだ?」

「簡単な話だろ」

「え?」

「ただ単にコイツが異例なだけだった。つまり突発的事故のようなもので、たまたま『魔人族』の核と相性が良かっただけだ。いや、もしかしたら異世界人という特別な人間だからこその成功かもしれないがな」

「……相変わらず《文字使い》は何でも知ってるように話すな。どうせお前だって魔法が無ければ、いや、魔法があっても何もできないただの人間だろ!」


 噛みつくように物を言ってくるユウカに対し、日色は一歩も引かずに答える。


「ああそうだな。オレがこうしてここに立てているのは魔法の恩恵が大きい。それを理解していないわけじゃない。だがな、お前だって人間だ。オレと同じ。しかしオレはお前を軽蔑する」

「くっ……軽蔑だと?」

「当然だろ。テンプレ魔王の言いなりになって世界を守るために召喚されたお前が、その世界を破壊しようとしているんだからな。しかもお前は世界を壊そうなどと本気で思っていない。お前が動いてるのは、ただ奴の傍にいたいからだろ?」

「っ!? …………貴様……私の記憶を……」


 記憶を覗いたわけではなかった。ただ漠然と彼女からそういう感情が流れ込んできたのだ。日色は冷ややかに彼女を見下ろしているが、ユウカの方は真っ赤な顔で憤慨している。


「やはり貴様は……貴様ら《文字使い(ワードマスター)》は卑怯だ! 人の心を! 踏み込んでほしくない場所まで平気で踏み込んで土足で荒らしていく! 貴様に何が分かる! 陛下の気持ち、私の気持ちなど分かりはしない! 貴様はそうやって魔法を使って人を覗いて勝手に決めつけるだけだからな! 何もかも分かったような顔をして! そのくせ大きな壁にぶつかったら逃げるだけの卑怯者だ! 私たちがどれだけ手を伸ばそうがそれを掴もうともしない! 人の心をかき乱すだけかき乱しておいて、自分勝手に死を選ぶ孤独な化け物だっ!」


 息を乱しながら一気に捲し立てたユウカ。その迫力に誰もが息を呑んで固まっている。日色は一切表情を変えていないが、同じようにただ黙っているだけだった。そんな中、


「「違いますっ!」」


 二人の少女が同時に叫んだ。皆の注意がそちらに向く。ミュアとミミルだ。


「ヒイロさんのこと知りもしないでそんなこと言わないで下さい!」

「そうです! あなたがヒイロさまの何を御存知だと仰るのですか!」

「お前ら……」


 日色もさすがにここで会話に二人が入ってきて意見を言うとは思っていなかったので若干驚きを抱えている。


「確かにヒイロさんはすっごく鈍感で変に子供っぽいところもあります」


 ……おいおい。


「ミミルたちに思わせぶりなことばっかりして、もうミミルたちの心はキュンキュンとかき回されてばっかりです!」


 ……何のことだ?


「それでもヒイロさんは、一度口にしたことは必ず守ってくれます!」

「ヒイロさまが約束を破ったことはありません!」


 その場にいる全ての者が二人の必死な宣言を静かに見守っている。


「だから……」

「ですから……」


 大きく息を吸って二人は口を揃えて言う。


「「勝手に決めつけないで下さいっ!」」


 まさに圧倒されたようにユウカも目を大きく見開いたままだった。しかしすぐに目をキッと鋭くさせる。


「貴様らは何も分かっていない! 陛下だって信じていたさ! だが奴は裏切ったのだ!」

「や、奴? え? ヒイロさんが?」


 ミュアはユウカの言っている「奴」が日色だと勘違いしている。「奴」の正体を日色は推測できている。


「陛下がどれほど悲しまれたか……貴様らには分かるまいっ!」

「そんなもん分かるか」

「なっ!?」


 日色がズバッと答えた。


「お前らの気持ちなんて知るか。重要なのは今お前らがやっていることがオレにとって良いか悪いかだけだ」

「な、何だと……?」

「あいにく、お前らのやっていることを放置すれば、オレが異世界ライフを満喫できない。だから止める。それだけだ」

「何を……そんなのただのひとりよがりではないか……」

「そうだ。それの何が悪い? お前らだってひとりよがりで世界を壊そうとしているだろうが」

「そ、それは……」

「オレは別にそれを悪いなんて一言も言ってない」


 その言葉にはさすがに周囲の者は唖然としてしまう。無理もない。日色はアヴォロスのやっていることを悪だと決めつけていないのだから。


「ただオレにとって迷惑だから奴をぶっ飛ばして止めるだけだ」

「…………」


 今まで勢いのまま喋っていたさすがのユウカも、日色の予想外の発言で言葉を失っている。すると日色はクルリと踵を返し言う。


「それに、オレが孤独な化け物っていうのも否定はしない」

「…………」

「だがな、他人が何と言おうとオレはオレだ。お前がイシュカではなくイシミネユウカであるようにな」


 それだけ言うと日色はもう用は無いと思いミュアたちを伴って城へと入って行った。


「……アイツは……何なんだ……?」


 ユウカの呟きを拾いイヴェアムがやれやれといった感じで肩を竦める。


「アレがヒイロ・オカムラよ。とっても扱い辛い問題児な男の子」


 ユウカはもう振り向きもしない日色の遠ざかっていく背中を、信じられないものを見るような目でずっと追っていた。





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