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173:ニッキ&カミュ VS ヒヨミ

 日色と【ヴィクトリアス】で別れたニッキとカミュは、戦い易い場に案内するというヒヨミの後を黙ってついて行った。

 到着したのは周囲を高い岩壁に囲まれた場所だった。乾いた大地が広がり、一切の生命も感じさせない枯渇したところだった。

 広場の中心に行くと、ふとヒヨミが立ち止まり、そこで再び顔を突き合わせることになった。


「ほう、なかなかの殺気だ」


 ヒヨミがニッキとカミュから迸る殺気に、まるで感心するような声音で言う。


「俺の父ちゃん……忘れたとは言わせない」

「ボクの家族をよくも……」

「フッ、あの時の子供が本当に大きくなったものだな。それに……」


 ヒヨミがその視線をカミュからニッキへと動かす。


「お前もあの時とは違うようだな」

「そうですぞ! 師匠のお蔭で、いつかお前を倒すために頑張って来れたのですぞ!」

「……恐らく俺が作った『醜悪の人形』の餌食になったか」

「お前のせいで、母さんとイッキは……だから! お前だけは絶対に許さないですぞ!」

「俺も……そのために力をつけてきた」


 ニッキとカミュがそれぞれ意気込みを表に出す。


「まあ待て、戦り合う前に、何故俺がそのようなことをしていたのか疑問に思わないか?」

「興味……無い」

「無いですぞ!」

「そうか? ならお前たちの家族が何のために犠牲になったのか、一生知ることはできないぞ?」


 そう言われてニッキとカミュは押し黙る。確かに自分の大切な人が、何故あのような目にあったのか把握していなかった二人は、彼の言葉に興味が惹かれている。


「今から俺たちはここで命を奪い合う。だからこそ、俺のことを教えてやろう。何も知らず死んでいくよりはいいだろう」


 あまりに上から物を言うヒヨミに、ニッキはギリッと歯を食い縛る。いつ爆発してもおかしくは無いほど拳を震わせていた。そんなニッキの頭に優しく手を落とすカミュ。


「……カミュ殿?」

「ニッキ、落ち着こう。慌てたらダメ。ヒイロにも言われた……よ?」

「……はいですぞ!」


 ニッキはいまだにヒヨミを睨みつけているが、先程よりも少々落ち着いた様子だ。そしてヒヨミが話し始める。


「そちらの子供は初めてだから改めて名乗ろうか。俺の名はヒヨミ。ファミリーネームなどというシャレたものは無い」

「……俺はカミュ」

「ニッキですぞ!」

「……そうか。さて、俺が《マタル・デウス》だということは知っているだろうが、《マタル・デウス》での俺の役目が何か知っているか?」


 知るわけがない二人だが、黙って耳を傾けている。


「その役目とは、研究だ」

「……研究?」

「そうだ。お前たち『アスラ族』が住む砂漠へ行ったのも、ある研究のためだ。それは…………モンスター兵器を創造する研究だ」

「モンスター……兵器?」


 カミュが先程からヒヨミの言葉を反芻している。


「これが何か分かるか?」


 ヒヨミが身に着けている黒衣から取り出したのは一つの瓶であり、その中には紅くて丸い物体が入っていた。しかもよく見ると、ドクンドクンと心臓のように微かに脈動している。それに血管のような筋が球体を覆っているのも発見できた。一言に感想を述べると、気持ちが悪い物体である。

 しかしそれはカミュにもニッキにも見覚えがあるものだった。


「そ、それは父ちゃんの胸にあった……」

「あの時のモンスターの胸にありましたぞ……」


 カミュの父親であるリグンドがヒヨミによってモンスター化させられ、日色に手伝ってもらってカミュは自らの手で決着をつけた。そしてその時のリグンドの胸に、今ヒヨミが持っているような赤い物体が脈打っていたのだ。

 そしてニッキの家族を奪ったモンスターだが、これまた日色の手伝ってもらいニッキは仇を討つことができた。そのモンスターの胸にも同じような赤い物体が埋め込めれていた。


「気づいたか? そう、これは《降魔血妖石》。通称《魔石》と呼ぶ。これを生物に埋め込むことでモンスター化させることが可能になる。また、モンスター相手に使えば狂乱化してしまうこともあるがな」


 ヒヨミは瓶を懐へと戻し無表情のまま語っていく。


「俺は長年、多くのモンスターや人を使い実験を行ってきた。より良い《魔石》を作り上げるためにな」

「……それで父ちゃんを?」

「ああ、お前の父親は良い実験材料だった。本来なら人型を失い、獣そのもののような姿になったあげく、短命で朽ち果てる。だがお前の父親は肉体も精神も強い存在だった。そのため、モンスター化してもあれほど長く生き、人型をずっと保っていられた。まさに驚くべき逸材であった」


 ヒヨミとしてはリグンドを褒めているつもりなのだろうが、カミュの表情が徐々に険しくなっていく。


「あれは良いデータが取れた。それから改良を重ね、今度はモンスターを中心にして実験していった。無論本懐は、狂乱化させず意のままに操ることができるようにするためだ」

「そ、それで【バンブーヒル】で試していたのですな?」


 ニッキが悔しそうに歯噛みして問うと、ヒヨミは微かに顎を引く。


「その通りだ。概ね人への実験は終わっていたからな。そして、あの【バンブーヒル】の時、ようやくどうすれば凶暴化させたモンスターを操ることができるか解明することができた」

「……それだけのために母さんとイッキを……くっ!」

「こちらとしては、偉大な研究に携われたということに誇ってもらいたいがな」


 そこでついにブチンとカミュとニッキの堪忍袋の尾が切れた。カミュは背中に背負った双刀を抜き、ニッキは拳に魔力を込める。

 そして大地を蹴ると、二人はヒヨミとの距離を一瞬にして詰める。


 ――バキィィィッ!


 しかし突然二人の目の前に巨大な樹が出現し前進を止めさせた。


「まだ、話は終わっていない」


 ヒヨミの声が樹の向こう側から聞こえてくる。


「話をして、お前たちに問いたいことがあるのだ」


 一瞬の沈黙――――――そしてヒヨミが言葉を発した。


「お前たちも、《魔石》を受け入れてみないか?」

「「…………」」

「俺への最大の憎しみを背負ったままでも《魔石》に心を奪われるか試してみたいと思っていたのだ」


 その言葉で瞬時にして、カミュとニッキの殺気が膨れ上がる。そしてザシュッと、大木が横一閃に斬られ、見通しのよくなった前方に映るのは黒衣を身に纏うヒヨミの姿だ。


「―――《爆拳・弐式》ィィッ!」


 ニッキはそこから一歩も動かずに拳だけヒヨミに向かって突き出す。すると彼女の拳から魔力の塊が繰り出される。空気を斬り裂くような勢いでヒヨミへと向かっていくニッキの攻撃。

 しかしまたも攻撃の前方に大樹が出現する。そして魔力の塊は樹に衝突し、凄まじい爆発を生む。爆発の余波から逃れるためにヒヨミは上空へと跳び上がっていたが、


「覚悟っ!」


 空へ回避することを読んでいたのか、カミュが接近していた。カミュは二つの刀をクロスさせて十文字にヒヨミの身体を斬り裂いた。

 ヒヨミの身体は上空で見事にバラバラになり地面へと落下していく。


「や、やったですぞカミュ殿!」


 ニッキはカミュがヒヨミを倒したと思い喜ぶが、


「まだだよ!」


 カミュは宙に浮かびながら叫ぶ。そしてニッキもまたボタボタと落ちてくるヒヨミの身体の違和感に気づく。

 よく見れば、それは木彫りで造られたようなヒヨミだった。すると地面が揺れ始め、大きな亀裂が走ると、中から今までで一番大きい樹が出現した。そしてその上にはヒヨミが涼しい顔でニッキを見下ろしていた。 


「その程度で殺れたと思ったのか?」


 全くの無傷であるヒヨミを見て、ニッキは「う~」と唸っている。カミュもまた地面に下りると、ニッキの傍へ戻り警戒を高める。


「次はこれだ」


 ヒヨミから凄まじい魔力が噴出し、それが大地へと注がれていく。大地のあちこちに亀裂が走り、そこから多くの木々が生まれていく。

 そしてあろうことか、その木々が、まるでそれぞれに意思を宿しているかのようにニッキたちを攻撃し始めた。


「お前たちの力、見せてもらおうか」


 高みの見物を気取るようで、ヒヨミは腕を組み静かに二人を見下ろしている。ニッキたちは複数の木々たちの攻撃から身をかわして避けては攻撃を繰り出す。しかし一本倒したと思ったら、また地面から新たに木が生まれて攻撃してくる。


「う~キリが無いですぞ~!」


 ニッキは愚痴を溢しながら、カミュは無言を貫きながら攻防を繰り返している。しばらくそんな時間が続いていると、ニッキが背後にいる木に気づき攻撃しようとした時、誰かの声がニッキの耳を貫く。

 それはよく知った声だった。背後にいた木を《爆拳》で粉砕したニッキは声の方向を見てギョッとする。それはカミュも同じだったようだ。

 そこにいたのは二人の大切な人たちだった。思わず二人は頬が緩みかけたが、その中の一人である日色に注意を受け、再度身を引き締める。

 二人の胸中にあった思いは、日色に恥ずかしい姿を見せたくないということだった。ニッキとカミュは互いに顔を見合わせると、小さく頷き合い、この勝負、必ず勝つと決意を固めたのだった。



 日色が戦いを観戦するために腰を下ろした直後、地面からまたも複数の木々が出現しニッキとカミュを追い詰めていく。

 しかしあの程度でやられてしまうほどニッキに対し柔な鍛え方はしていないし、カミュだって、日色と初めて会った時から相当レベルを上げている。

 あれだけの数に纏わりつかれていても、二人ともがいまだ息すら上がっていない。そして徐々にだが、ニッキとカミュの倒すスピードの方が早くなり、残るはヒヨミが乗っている大樹を含めると三本になった。

 まずは邪魔な二本をニッキとカミュがそれぞれ対応し、ニッキは《爆拳》で、カミュは刀で撃破した。


「ほう、息すらも上がっていないとは、やはり成長したようだな。面白い」


 ヒヨミは相変わらずの上から目線で言う。そんなヒヨミにカミュがキッと視線をぶつけると、そのままの位置で手を大樹の足元にかざす。

 すると大樹が根を下ろしている地面がグラリと揺れ、大樹も不安定に揺れ始める。見れば大樹の地面が流砂のように窪んでいっている。


「ほう、父親と同じ魔法か」


 ヒヨミは感心するように言葉を発すると、そのまま大樹を踏み台にして流砂が無い場所へと着地する。そして大樹は成す術もなく流砂に飲み込まれていき消失した。


「砂漠でもないというのに、これほどの流砂を作り出せるとは」

「次は……お前」


 今度はヒヨミ自身に手をかざす。だが今度は流砂ではなく、ヒヨミの足元から棘状の砂の塊が無数に飛び出してくる。


「……サンドニードル」


 カミュの魔法にヒヨミはすぐさまその場から左へと回避する。しかしそこには、


「待っていたですぞ! 《爆拳》っ!」


 すでに攻撃態勢に入っていたニッキがいた。魔力で覆った拳を突き出し、ヒヨミにダメージを与えようとするが、その拳をさらりとかわされ、そのまま手首をヒヨミに掴まれる。


「なっ!?」


 そしてそのままニッキを壁に向かって投げつける。しかしニッキが飛んで行った先に、突然砂の塊が出現しニッキの身体を包んだ。カミュの砂によるナイスキャッチだった。 


「あ、ありがとうですぞカミュ殿」

「うん、アイツ強い。気を付ける」

「はいですぞ!」


 そんな二人を見てヒヨミは微かに顎を引く。


「なるほど、なかなか良いコンビネーションだ。しかし、どうやら二人とも、特にそこの子供はまだレベルが低いようだな」

「でも、勝つ」

「そうですぞ! レベルが低いからって諦めることはないですぞ!」


 二人して前だけを見据えている発言をする。


「……なら決定的な力の差を見せてやろう……来い」


 まずニッキがその場から《爆拳・弐式》を放ち、その後を追うようにカミュが双刀を構えながら突進する。


「――――――《防樹壁(ぼうじゅへき)》」


 ヒヨミが呟いた瞬間、広場を区切るような形で地面から巨大な丸太が壁のように横一列で出現した。しかも高さもかなりあり五メートルほどはある。

 ニッキの《爆拳・弐式》がその丸太に衝突し爆発を起こすが、小さな穴が開いただけだった。


「ぬぅ! 固いですぞ!」


 そしてカミュはその五メートルほどの丸太を跳び越そうと大地を目一杯蹴る。見事な跳躍で問題無く跳び越えられると誰もが思ったが、


「――――《獅子獄枝(ししごくし)》」


 またもヒヨミの呟きで、丸太に異変が生じる。カミュがちょうど丸太の頭上へやって来た瞬間、丸太から無数の枝が突出してきた。


「……え?」


 カミュも突然の攻撃に虚を突かれ眼下から迫って来ている無数の枝を凝視したまま固まっている。このままだと鋭い刃のような枝に全身を貫かれてしまう。


「くっ!」


 カミュは向かってくる枝に対して刀で斬り刻んでいく。だが枝の多さに、捌き切れず次第に体中に傷を負っていく。

 このままではカミュがやられてしまうと思ったのか、ニッキは再度右拳に魔力を集束させる。そして「はぁぁぁ……」と大きく息を吐くと、カッと目を見開きその拳を地面に突き立てた。


「《爆拳・参式》ィィィッ!」


 刹那、丸太とニッキの距離はかなりあるはずだが、ニッキの拳と地面が触れ合って間もなく、突然丸太が生えている地面が爆発を起こした。

 カミュの眼下に位置していた丸太が軒並み地面から掘り起こされたように倒れてしまっている。そのお蔭で、カミュを襲っていた枝も大分数が減り捌けるようになっていた。

 丸太を跳び越えてカミュは地面に着地すると、


「ありがと、ニッキ」

「当然ですぞ!」


 ニッキはVサインをカミュに返した。そして前方に発見するヒヨミを視界に捉えたカミュは、そのまま突進しながら、


「サンドアーマー!」


 と叫ぶ。すると地面から砂が盛り上がり、走るカミュを追いかけ、彼の身体に纏わりついていく。まるで砂の鎧を見につけた騎士のような姿に変化した。


「ほう、そのようなことも可能なのか」


 まだまだ余裕綽々のヒヨミとの距離を潰し、カミュは両手に持った刀で斬り込む。ヒヨミは軽やかに身を翻しながらカミュの攻撃を避けていく。

 そしてカミュの隙を見つけて蹴り込むが、カミュも敢えて避けずにそのまま攻撃を受ける。


「……効かない」

「……なるほど」


 ヒヨミはその場から一歩後ろへ下がり、今自らが蹴った場所に視線を注ぐ。そこには傷一つ無かった。


「硬質化した砂を纏う魔法か……」

「少し、身体重くなるけど、これならさっきの枝も大丈夫」


 教訓を生かしたカミュの防御方法だった。


「なかなかに考える。ならばこれならどうだ? ――《百樹殴(ひゃくじゅおう)》!」

「っ!?」


 突如として地面から人の腕ほどの太さの丸太が次々とカミュに向かって生えていく。


 ――ドドドドドドドドドドドドッ!


 それはまるで拳の連撃のような衝撃。凄まじい速さで丸太がカミュの全身を殴打していく。避けようとしても、避けたところから丸太が生えてくる。頭、肩、腕、胸、腹、足、全ての部分に攻撃が加えられていく。その衝撃で思わず刀を落としてしまう。

 時間にして十秒も経ってないかもしれない。無数にも思えた乱撃が止み、砂埃が周囲を漂っている。そしてその中から、


「食らえ! ヒヨミッ!」


 カミュが砂で纏った大きな拳をヒヨミの身体に叩きつけた。


「ぬぅっ!?」


 さすがのヒヨミも虚を突かれたようで拳を身体に受けて吹き飛んでしまった。だが地面に手をついて転倒は防ぎ立ち上がろうとする。しかしそこで、


「《爆拳・参式》ィィィッ!」

「何っ!?」


 ヒヨミの立っている地面が突然爆発する。敏感に察知してヒヨミはまともに攻撃こそ受けなかったが、爆発の余波で飛んできた地面の破片などが体中を襲う。ビリビリッと着用していた黒衣が引き裂かれるように千切れていく。

 ヒヨミは身体を回転させて、ニッキとカミュを視界に入れられるような位置に立つ。そして二人の様子をじっくりと観察する。


「……もう一度、お前たちの名前を聞いておこうか」

「…………カミュ」

「ニッキですぞ!」


 ヒヨミの顔から先程まで浮かんでいた余裕が薄まってきている。二人が強者だと認識したのかもしれない。


「カミュ、ニッキ……か。やはりどうだ? 俺の研究を手伝わないか?」

「……ふざけるな」

「断固として反対ですぞ!」


 二人はにべもなく断る。ヒヨミはガッカリした様子も見せずに淡々とした様子で口を動かす。


「そうか。お前たちなら、良い検体になりそうなのだがな」


 ヒヨミはジッとカミュ、そしてニッキを交互に見つめる。


「先程の攻撃も見事だった。カミュの方は、幾分ダメージを受けたようだが、それでも怯まずにあの場面で攻撃を選んだのは吉だったな。それに砂の防御の高さを少々見縊り過ぎていた。それにニッキ、恐らく魔力を地面に流し、対象の足元を爆発させる一種の遠当てか? かなり使い勝手の良い業のようだ」


 ヒヨミに褒められたところで嬉しさの欠片もないようで、ニッキとカミュは黙って睨みつけているだけだ。

 そんな二人を見て軽く息を吐いたヒヨミがボロボロになった黒衣を脱ぎ捨てる。すると今までとは桁が違う殺気を空中から迸らせる。それはまるで針のように二人の肌を突き刺していく。

 黒衣を脱いで目視して分かるが、ヒヨミの身体は、実験だけが趣味のひ弱そうな身体とはとても思えないほど頑健ぶりが見て取れた。

 百九十を超える身長に、それこそ丸太のように太い腕と脚。さらに分厚い大胸筋は、まるで獣王レオウードと比べても遜色はないほど研磨された肉体を備えていた。

 伝わってくる覇気も、日色が言っていたように歴戦の武将のような迫力を宿している。常人ならば一睨みするだけで退かせることもできるかもしれない。

 その逞しい身体を動かして、ゆっくりと近づいてくるヒヨミに、二人は無意識のうちに気圧されて後ずさってしまっていた。

 そしてヒヨミがピタリと足を止めると、地面に向けて手をかざし一言、


「……《仙樹宝剣(せんじゅほうけん)》」


 地面にバキバキッと亀裂が走り、そこから剣の柄のようなものが伸び出てきた。それは見た目から木製だと理解できるが、その全容は驚きだった。

 ガシッとヒヨミが肩にかついだのは、全長、刃の太さ、存在感。そのどれもが異常さを際立たせた大剣だった。

 思わずその大剣を見てゴクリと喉を鳴らしたニッキだが、それも仕方の無いこと。


「《仙樹宝剣》。これが、俺の相棒だ」


 全長五メートル。刃の太さ三十センチ。そしてニスでも塗ったかのように艶光りを放っている黒い樹で創り上げられたような大剣。

 その異様な造形に目を奪われてしまうのは無理もない話だった。

 


     ※


 

 日色も、他の者と同じくヒヨミが地面から出した大剣に言葉を失っていた。大剣と言えばアノールドが持つ剣を思い浮かべるが、アレも日色にとっては、相当扱いに困るような大きさではあるが、ヒヨミのそれは別格だった。

 その強靭な体躯で大剣を肩にかつぐヒヨミの存在の密度がグッと上昇したように感じる。さらに膨れ上がった殺気と威圧感で、視線を逸らせば一瞬で殺されてしまうのではという錯覚さえ引き起こさせる。


(二人には荷が重い……か?)


 日色はかつて戦ったレオウードと遜色の無い迫力を放つヒヨミに一抹の不安を覚える。本当に二人で勝てるだろうか……と。

 そこでふと、ヒヨミが黒衣を纏っていないことに気が付き、すかさず日色は『覗』の文字で彼の《ステータス》を調べる。何か分かれば助言くらいできるからだ。



ヒヨミ


Lv 180


HP 8540/8775

MP 6290/6843


EXP 6588181

NEXT 170076


ATK 1899(2099)

DEF 1695(1755)

AGI 1144(1154)

HIT 1409(1419)

INT 1332(1382)



《魔法属性》 無

《魔法》 樹木魔法(樹立解放・複数発現解放・他種発現解放・操舵解放・創造樹解放)



《称号》 研究者・樹木使い・寡黙人間・実験バカ・冷酷な人・見下す者・鍛える者・剛腕・破壊人・酒飲み・ナイスミドル・ユニークジェノサイダー・モンスターの天敵・放浪者・十字傷の男・デカイ男・黒衣の男・超人・極めた者・魔王の部下・超越者



 思った以上にレベルが高い。いや、レオウードと同等の圧力を持つ彼なのだから、この程度のレベルは達していても不思議ではなかった。


(しかしやはりユニーク魔法使いか……)


 一目見て、彼が扱う魔法の属性が不明だったので、恐らくユニークだとは思っていたがやはり間違い無かった。


(確か国民も洗脳されてたし、テンプレ魔王のところはユニークな奴しかいないのか?)


 基本的にユニーク魔法は他の魔法と比べ効果範囲や威力などが比較的優勢である。しかし全ての者が上手く魔法を扱えるとは限らない。

 中にはユニーク魔法の強さに精神が負けて死んでしまった者だっていると聞く。強過ぎる魔法は暴走し易いし、使い方を誤れば容易に自分だけでなく周囲を巻き込む。

 だからこそユニーク魔法使いは己の魔法を熟知し、怠ることの無い鍛錬の結果、一流の魔法使いと成り得るのだ。

 そしてユニーク魔法を使いこなすことができる者は、他を超越するほどの力強さを備える。だからこそ、そんな者たちを集めているアヴォロスの手腕に舌打ちが自然と出てしまったのだ。

 日色はそのまま視線を動かして前にも確認したが、比較するようにニッキとカミュの《ステータス》も覗き見た。



カミュ


Lv 121


HP 6000/6070

MP 4260/5100


EXP 1825559

NEXT 51075


ATK 1065(1165)

DEF 977(1027)

AGI 1248(1318)

HIT 888(1008)

INT 611()



《魔法属性》 土

《魔法》 サンドニードル(土・攻撃)

     サンドウェイブ(土・攻撃)

     サンドアーマー(土・防御支援)

     サンドガード(土・防御支援)

     デザートストーム(土・攻撃)

クイックサンド(土・攻撃)

クローンサンド(土・攻防支援)

     レッドアイドル(土)



《称号》 アスラ族・砂漠と共に生きる者・モンスター殺し・人斬り・悲しき手・男の娘・達人・のんびり屋・天使の微笑み・キューティボーイ・ユニーク殺し・双刀使い・赤砂・海を渡りし者・アスラ族の長・父の意思を継ぐ子・電光石火・ヒイロの忠臣・誰よりも女子力高い?・極めた者



ニッキ


Lv 70


HP 1545/1600

MP 710/830


EXP 391750

NEXT 1707


ATK 563()

DEF 455(400)

AGI 587(617)

HIT 333(363)

INT 279()


《戦技》 爆拳・壱式(連撃)

     爆拳・弐式(連撃)

     爆拳・参式(連撃)

     爆拳・四式



《称号》 ???・捨て子・モンスターに育てられた者・復讐者・師匠大好きっ子・鍛える者・天然お馬鹿・愛されるお馬鹿・ただのお馬鹿・ヒイロの愛弟子・向上心の塊・ユニーク殺し・妖精の友・精霊の友・忘れん坊将軍・モンスター殺し・電光石火・達人





 単純に考えて、二人は明らかにヒヨミよりも格下である。普通に戦えば敗北するだけだろう。レベル差もそうだし、相手のユニーク魔法が強力だからだ。

 しかし先程の攻防を見るに、上手くコンビネーションを組み合わせていけば、もしかしたら勝てるかもしれない。

 初めて日色と戦った時と比べても、カミュはかなりの成長を遂げているし、ニッキだって毎日鍛錬を欠かさなかった。カミュなどは、日色の側近に合う実力を身につけると言って、あれから様々なモンスターと戦ってきたと言う。

 SSランクのモンスターだって一人で倒すことができたと言っていた。本来SSランク以上のモンスターと相対する時、まず冒険者に言われるのは「一人なら逃げろ」である。

 例外はあるものの、相手が特殊な能力を備えていることがとても多く、またその能力が一撃必殺のものがほとんどだったりする。それは相手を麻痺させたり、致死毒だったり、威力そのものが桁違いに強い魔法だったりと様々だが、とにかく一人で対抗するのはバカがすることだと言われている。

 しかしカミュは、強くなりたいと言う一心で、己を鍛え上げていたのだ。そしてSSランクのモンスターを仕留めるまでに至ったのである。


(だがそれでも……)


 恐らくヒヨミならSSSランクのモンスターでも対抗できる実力を備えていると思われる。無論それは多大に魔法の恩恵に起因するのだが、それでも対抗できるということが問題なのだ。

 つまり間違いなく、冒険者ランクで言えばヒヨミはSSSランカーであり強者だということ。

 日色はチラリとニッキの方を見る。彼女もまた初めて会った時からずいぶん変わった。言葉を教え、世界のルールを教え、戦い方を教えてきた。

 まだまだ教え足りないことばかりだが、それでも乾いたスポンジが水を吸収するかの如く、凄まじい成長をしてきた。

 それにニッキに関してはいろいろ謎の部分が多いのだ。まず人間なのに魔法が使えないということ。もしかしてハーフかとも思ったがそれも違うようだった。

 それなのに、彼女には魔法を扱う素養が見当たらなかったのだ。


(それに称号のことも気になるしな……)


 彼女の称号の一番最初……『???』と書かれてある。他の称号について『調査』の文字や『解析』の文字でも使えば鮮明に意味を理解することができるが、『???』だけは何をどうやっても調べることができなかった。

 日色も自分の《文字魔法》の説明では、今もなお文字化けしているので、ニッキのそれと同じくバグっていると位置付けすることにはしたが、やはり気になってしまう。

 ニッキに聞いても知らないらしく情報は得られなかった。魔法が使えない身体、奇妙な称号。疑問に思うことだらけだが、彼女は真剣な眼差しでいつも前を向いていた。

 魔法が使えなくても、彼女が戦えるように自身が得意としている魔力コントロールを教えた。すると意外なことに、ニッキには魔力を自在に扱う才能が、他の者より優れていることが判明した。

 そこで試行錯誤した結果、彼女が編み出した技が《爆拳》だった。初めて日色に手伝ってもらい、魔力を拳に宿し殴りつけた時を思い出し、それを参考にして練り上げたものだった。


(アイツは必死にやってきた……だからこそ、ここで見せてもらうぞ、お前の成長)


 日色は完全に師匠としての目つきになり、ニッキを見つめた。相手は格上、その人物にどうやって彼女たちが対応するのか、日色も楽しみではあったのだ。



     ※



「ニッキ、左右に分かれて……挟み撃ちしよ」

「な、なるほどですぞ」


 カミュに言われ、ニッキは頷きを返すと大地を蹴って移動する。二人が動くのを黙って見ているヒヨミ。そしてヒヨミの右にはカミュ、左にはニッキが位置取った。


「……来い」


 ヒヨミが呟くように言うと、それをきっかけにまずニッキが《爆拳・参式》を使い遠距離攻撃を選択した。ヒヨミの足元が光り輝いた瞬間、ヒヨミはその場から上へと大きくジャンプする。

 即座にカミュが地面に手をつき魔力を流すと、


「デザートストーム!」


 瞬時にして固い岩盤が割れて砂状に変化し、ヒヨミを中心にして渦を巻き始める。そしてそのままヒヨミを包み込むように回転速度が上がっていき、竜巻を作っていく。


「このまま壁に激突……させる」


 カミュの思惑は、凄まじい遠心力で回転しているヒヨミを、岩壁に激突させることだ。しかしその時、ヒヨミが動いた。その丸太のように太い腕に力を込め、さらに筋肉隆起が起きる。


 ――ブオォォォォォンッ!


 片手で《仙樹宝剣》を一振りすると、まるで風を斬り裂いたように竜巻が一瞬にして霧散した。さらにそれだけではなく、剣を振ったために生まれた暴風が左右にいたニッキとカミュに襲い掛かった。

 二人は風圧に押され後ろへと吹き飛ばされる。スタッと地面に降りたヒヨミは、地面に転がっている二人をそれぞれ確認すると、ニッキの方へ足を向ける。


「まずは弱者から叩くとしよう」


 ドスドスッと地面を踏みしめニッキに近づいて行くヒヨミ。ニッキもバッと起き上がって臨戦態勢に入る。


「遅い」


 起き上がった瞬間、目の前にはいつの間に間を詰めたのか、ヒヨミがニッキを見下ろしていた。


「なっ!?」


 ニッキの目には剣の柄を持っている右腕の筋肉が盛り上がったのが確認できた。咄嗟にニッキはヒヨミの足元へと飛び込み、開いている足から向こう側へ逃げる。


 ――ズドドドドッ!


 凄まじい音にニッキが振り返り確認すると、ニッキが先程までいた場所は《仙樹宝剣》によって地面ごと抉り取られているような亀裂が走っていた。

 その光景を見てゾッとするニッキ。慌てるようにヒヨミから距離を取り、カミュと合流する。


「大丈夫?」

「は、はいですぞ」


 カミュの目には顔を青ざめさせたニッキが映る。無理も無い。少し判断が遅れていればニッキの身体など、あの一瞬で塵になっていただろう。

 カミュもまたあまりの一撃の破壊力にゴクリと喉を鳴らす。しかしその時、カミュの頭の中に声が届いた。


『聞こえてるか、二刀流とバカ弟子』


 それは今もなお壁に腰かけて観戦している日色の声だった。



     ※



 突然日色の声が頭に響いたニッキとカミュ。思わず二人は離れた所に座っている日色を見つめる。するとまた日色から声が届く。


『よそ見するな。相手を見ていろ。頭の中だけで会話ができる』


 日色の注意を受けた二人は若干困惑しながらもヒヨミに視線を戻す。二人が一度日色に視線を送ったことが気になったのか、ヒヨミもまた眉をひそめながら日色を見た。

 日色はヒヨミの反応を無視して目を閉じながらジッと座っている。今、日色は『念話』の文字を使っている。この文字は、指定した人物と心の中で会話ができるようになる。

 しかし念話が届く範囲内に指定した人物がいればの話だ。その効果範囲は日色を中心にして半径二百メートルほどである。


『し、師匠、いきなりどうされたのですかな?』


 ニッキが思わず声に出そうになりながらも必死で抑えて声を殺した。


『少し助言をな。相手はどうやらお前らの遥か上にいる奴みたいだしな』


 日色のその言葉に二人は少しムッとなるが、確かに二人ともがヒヨミの強さを肌で感じているようで反論はしなかった。


『いいか、奴の魔法は見た通り樹を創り出すユニーク魔法だ。しかも遠距離も近距離も問題無く対処できる万能な魔法で、攻撃力もかなり高い』


 日色は今まで観察した結果、自身が感じたことを二人に伝えていく。


『それにあの剣、オレの魔法で調べてみたが、特別な能力などは宿していない』


 その言葉に二人はホッとしている。恐らくあの特殊な形状の剣には恐るべき能力が宿っているかもしれないと思っていたのだろう。

 しかし『解析』の文字で調べた結果、クゼルが造る武器のような能力は持ち合わせてはいなかった。それでも気になった点を二人に日色は告げる。


『だがな、あの剣は世界一硬いって言われてる《黒樹(こくじゅ)ベガ》でできている。あの剣に奴は魔力で強化しているみたいだし、バカ弟子の《爆拳》でも傷一つ付けられはしないだろう』

『そ、そんな……』

『ヒイロ、俺の砂でも?』


 ニッキはガックリと項垂れ、次いでカミュが質問してくる。


『それは分からんな。ただ、生半可な力じゃ、あの剣を振り回す奴の身体に攻撃は届かんぞ』

『…………どうすればいい?』

『……遠距離から攻撃を仕掛けるっていう発想は間違っちゃいない。だがそれじゃ、どうしても剣の耐久力を上回る攻撃をぶつけることはできない』


 ニッキの《爆拳》にしろ、カミュの砂による攻撃にしろ、やはり近距離で攻撃した方が威力は増す。


『まだアイツは余裕を持って遊んでいやがる。今のうちに少なくともあの剣だけは破壊しておけば、後々有利になるだろう』

『で、でも師匠……』


 ニッキは情けない声音でヒヨミの持つ大剣を見つめる。


『分かってる。あんなデカい剣なのに、奴はそれこそ二刀流並みの速さで振り回しやがる。相当の筋肉バカってことだ。だがな、あの剣の形状から考えて、先読みはし易いはずだ』

『さ、先読み……?』

『そうだ。確かに速いが、奴の攻撃パターンは決まってる。薙ぎ払うか打ち下ろすか、それと突きだ。この三つのパターンを先読みすれば避けることもできるはずだ』


 五メートルはある剣の性質上、やはり攻撃パターンは決まってくるのだ。いくら一撃が閃光のような速さを備えていても、事前にどの攻撃が来るのか分かっていればかわすことは不可能ではない。


『ただし、間違っても相手の攻撃範囲に長く滞在するなよ。理想はヒットアンドアウェイだ。そして狙うのは…………剣の柄だ』

『柄? どういうことヒイロ?』

『見て分かる通り、柄の部分はその他の部分より細い。無論同じ《黒樹ベガ》でできているから、並みの硬さじゃないが、それでも破壊できるとしたら柄の方がやりやすいだろう』


 武器破壊をするなら柄が手っ取り早いと日色は判断したのだ。


『……分かった』

『分かりましたですぞ!』


 二人は希望を見出したように顔を引き締めだした。


『さっきも言ったようにアイツはお前らを甘く見てる。できるだけ追い詰められたフリして、その隙をつけ。アイツが言った弱者……そんな存在でも牙を剥くことがあるってことを思い知らせてやれ』

『うん!』

『はいですぞ!』


 日色はそこで一旦会話を閉ざした。そしていまだに日色を見つめているヒヨミと視線を合わせる。


(アイツ……オレとバカ弟子たちが何かしてることを察しながら放置していやがったな。二人が何をやったところで無駄だっていうことか……なら、ずっとそう思ってろ。次に度肝を抜かれるのはお前だ十字傷)


 まるで目で会話しているかのように日色とヒヨミはじっと睨み合っていた。日色は二人の想いの強さを信じている。どれだけ身体を鍛えたところでも、そこに確固たる想いが備わっていなければそれは強さに成り得ない。

 しかしレベルは弱くても二人は自分と日色の言葉を信じて、勝つことを真剣に考えている。相手がいくら格上でも、見下したままだと、その油断が案外簡単に弱者の牙を喉元に食らうことだってあるのだ。

そしてふとヒヨミが視線を切り、ニッキたちの方に戻した。



     ※



 ニッキとカミュは顔を見合わせ口を動かしている。これからどう動くかの作戦を立てていた。


「……ニッキ、行くよ?」

「はいですぞ! 勝って師匠に褒めてもらうですぞ!」

「うん、楽しみ」


 カミュとニッキは互いに気持ちを一つにすると、またもヒヨミを挟むように左右に別れた。ヒヨミは《仙樹宝剣》を肩に担ぎながら身動ぎ一つしない。


「作戦の立案は終わったか? ではそろそろ終わらせようか」


 ヒヨミがまたニッキの方に顔を向ける。やはりこの中で一番弱いニッキの方に意識を向けているようだ。しかし次の瞬間、ヒヨミの足元の安定性が損なわれる。


「……流砂か。芸の無いことだ」


 ヒヨミはすぐさま跳び上がり流砂から抜け出す。しかし空中にいるところを、今度はニッキの《爆拳・弐式》が襲い掛かってくる。


「無駄だ」


 剣を自らの身体の前で盾のようにして構える。ズドンッと爆発音が響くが、煙が晴れても剣には一切の傷が発見されなかった。そしてそのままヒヨミはニッキ目掛けてその大剣を振り下ろす。

 距離はあるものの、大気を斬るかのような一振りによって生み出された暴風がニッキを襲う。


「ぬわぁぁぁっ!?」

「ニッキッ!?」


 ニッキが吹き飛ばされてカミュがそれを見て叫び声を上げる。スタッと着地したヒヨミはそのままドシドシと大地を鳴らしながらニッキのもとへ走る。


「コレで終わ――」

「――させない!」


 驚いたことにニッキ目掛けて剣を振りかぶったヒヨミの背後に、いつの間にか迫って来ていたカミュ。


「ぬぅっ!」


 カミュのその手に双刀が握られているのを確認し、先にヒヨミはカミュの方に身体を向けて剣を横薙ぎに払った。カミュは刀をクロスさせて防御するも、そのまま吹き飛ばされ、さらに二本の刀まで粉砕されてしまった。


「フッ、確かそれは父の形見ではなかったか? 軽挙な行動に出てしまったなカミュよ」


 迂闊にヒヨミの背後に入ってしまったカミュは、咄嗟に防御したお蔭で身体こそ大丈夫だったが、その代わり父リグンドの形見である黒刀を失ってしまった。


「それほど父のところへ行きたいのであれば、遠慮することはない。今から行くがいい」


 ヒヨミは地面に転がっているカミュの元に詰め寄ると、そのままカミュの身体に目掛けて突きを放つ。


 ――ズシュゥゥゥッ!


 大剣はカミュの身体を貫き、地面にまで達している。刺されたままピクリとも動かないカミュ。


「……仇を討てなくて残念だったなカミュ。さて残りは……む?」


 剣を抜こうとヒヨミは力を込めるがビクともしないようで顔をしかめている。すると串刺しにされたカミュが、


「……捕まえたよ」


 そう言いながら必死に剣にしがみついていた。しかも下半身は何故か地面に埋まっている。いや、繋がっていると言った方が正しいかもしれない。


「むっ!?」


 さらにヒヨミの足元が緩み始める。またも流砂である。グラリとヒヨミが身体を揺らすと、上空から二つの影がヒヨミに向かって突っ込んで来る。


「これでも!」

「くらうですぞぉ!」


 カミュとニッキの二人だった。ヒヨミはハッとなり剣を掴んでいるカミュを見ると、カミュの全身は砂でできているかのように所々崩れていた。そう、これはカミュが魔法で作り出した砂分身だった。


「ちぃっ! ぬぉぉぉぉっ!」


 両手で柄を握り、力一杯剣を掴んでいる砂分身の身体を斬り裂き、そのまま上空にいる二人を横一閃に薙ぎ払う。ズバァッと二人の身体が上半身と下半身とに分かれる。


「フッ、他愛も……ん?」


 すると上空に居たニッキとカミュもまた砂に変化し、それが雨のようにヒヨミに襲い掛かる。ヒヨミの目に入ったのか彼は両目を閉じて、左手を顔に当てている。

 そしてまだ彼は気づいていなかった。彼のすぐ近くでは、すでに本物のニッキとカミュがある一点を狙って攻撃を定めていたことに。


「「うおぉぉぉぉぉぉっつ!」」


 カミュの両手には黒刀が装備されていた。そう、先程粉砕された黒刀も、カミュが砂を凝縮して硬質化させて作ったものだった。

 そしてニッキの右拳には凄まじいほどの魔力が込められている。


「一撃決殺っ! 《爆拳・一式》ぃぃぃぃっ!」

「双刀一閃っっっ!」


 二人はちょうどヒヨミの右腕を挟み込むような形で技を放つ。日色もその光景を見て驚いて目を見張っている。

 何故ならばニッキたちが狙っていたのは剣ではなく、右手そのものだったのだから。

 ニッキは拳を、カミュは刀をクロスさせての攻撃。

 二人の攻撃が合わさった瞬間、眩い光とともに、化学反応でも起こしたような激しい爆発力を生んだ。

 その爆発とともに、攻撃をしたはずの二人までもが吹き飛ばされて地面を転がっていく。

 幾らかの距離を転がった後、二人の脳内に届いた言葉があった。


『よくやったぞ、お前ら』


 それは日色の声であり、また『空を見てみろ』という言葉で、二人は同時に天を仰いだ。するとそこには巨大な物体が空を舞っており、そのまま地面へと落下した。

 そこには《仙樹宝剣》と、その柄を握りしめているヒヨミの右腕が確かに存在した。

 


     ※



 ニッキとカミュは、地面に膝をつきながらも自分たちの攻撃が見事な結果を生んだことにガッツポーズをしていた。 

 日色もまた先程の二人の行動に感嘆の思いを宿していた。


「ほほう、相手の油断をついた見事な攻撃だったな」


 隣に立っているリリィンも二人の動きに感心を抱いていたようだ。


「だがあの結果を生んだのは貴様が助言したからではないかヒイロ?」

「え? あ、あのヒイロ様、何かされたんですか?」


 魔力感知に鋭いリリィンには、日色が何かの魔法で二人に助言したことに気づかれたようだが、シャモエは分かっていないようだ。


「いや、確かに助言はしたが、アイツら、オレのした助言以上のことをやってのけやがった」


 そう、日色が二人に教えたのはヒヨミの情報と、一矢を報いることができる方法だ。しかし日色が教えたものを、二人はさらに越えてきた。


(オレは確かに十字傷の攻撃対応策として、動き方を教えたが、それをまさか逆手に取った作戦を立てるとは思わなかったな)


 日色が言ったのはヒヨミの攻撃を先読みして、隙を見つけてヒットアンドアウェイで攻撃すること。そしてその際にヒヨミの持っている剣の柄を集中的に攻撃すれば破壊できるかもしれないと教えた。

 つまり武器破壊である。そうすれば相手の虚をついて、さらなる追い打ちも可能になると踏んで、二人の実力とヒヨミの実力を考慮に入れた考えを二人に伝えたのだが……。

 ニッキとカミュは、日色の助言を最大限に有効活用して、最大のダメージを相手に与えることができた。


 まず二人は以前のように左右に分かれてヒヨミを挟む。すると弱いニッキの方をヒヨミが攻撃すると判断したのだろう。思い通りにヒヨミはニッキに身体を向けた。

 ヒヨミはニッキを仕留めるために彼女をその大剣を振り回して追い詰めていく。ヒヨミもまた、ニッキなら簡単に仕留められると思っていただろう。


 ニッキはその時、必要以上に追い詰められたフリをしていたのだ。それは日色が教えたことでもある。そうして相手の油断を誘うことに成功した。

 あと一撃でヒヨミがニッキを仕留められるといった時に、カミュが作り出した砂分身をヒヨミのもとに向かわせていた。この砂分身は、ヒヨミがカミュから視線を切った時にすぐさま作りあげたものだった。

 それが砂分身だと気づかないヒヨミは、先に攻撃を当てられたカミュに攻撃意思を向けた。


 そしてヒヨミの注意が砂分身にいっている間に、ニッキが本物のカミュと合流する。

 ヒヨミは弾き飛ばした砂分身を追う。吹き飛ばされる時、ヒヨミの反撃を予測していたカミュは、砂分身が攻撃を受けて全壊しないように気を付けていた。

 どんな攻撃が、どこからやって来るのか予測できれば、防御だって可能になる。だから砂を硬質化させて作った黒刀で攻撃を受けると同時に、威力を殺すように後ろへ跳ばせたのだ。それでも黒刀を粉砕したヒヨミの攻撃力は驚愕ではあったが、それがよりリアル感をヒヨミに伝わらせる結果になったので最良だった。


 そして砂分身に、ある程度の距離をヒヨミとの間に保ちながら隙を見せろと言っていたようで、カミュの読み通り、ヒヨミから突き攻撃を誘うことができた。

 自らの身体でそれを受け止めた砂分身は、がっちりと地面と繋がり剣の動きを奪うことに成功。そして次の攻撃。上空からの砂分身で作ったニッキとカミュによる奇襲である。

 砂分身が剣を掴んでいるので、生半可な力では剣を解放できないはずだ。また、ヒヨミが上空からの奇襲を防ぐとなると、剣を砂分身がいるところから力任せに横薙ぎにするとカミュは踏んでいたようだ。


 考え通り、勢いのついたヒヨミの剣はそのまま真っ直ぐ横薙ぎに上空の敵を真っ二つにする。しかしそれも読んでいたこと。砂分身は、元に戻って今度はヒヨミの視界を奪うために雨のように砂を上空からぶつける。

 そして視界を奪い動きを制限させたヒヨミに本物の二人が全力の一撃を、剣の柄だけでなく、その剣を持っている右腕に攻撃した。


(確かに武器より腕を奪えるならその方がいいが、無茶したもんだな)


 しかしヒットアンドアウェイは上手くいかなかったようで、自分たちの攻撃が生み出した爆発で二人も吹き飛んでしまった。

 だが絶大なダメージを与えることができた二人に対して、日色は褒めるように言ったのだ。


『よくやったぞ。お前ら』 


 と。


 二人はいまだに頬を緩めている。見事にハマった作戦だったが、上手くいったことが相当嬉しいのだろう。

 しかし気になるのは、右腕を奪われたヒヨミの方だ。あれから血を滴り落としている右腕を凝視して立ち尽くしているだけだ。

 そしてその視線を吹き飛ばされた剣と右腕に向かう。次の瞬間、ヒヨミが右腕に力を込めると、夥しく出血していた血液がピタリと止まる。


(筋肉で止めた……? 規格外な野郎だ)


 そんな方法で止血するとはヒヨミの行為に驚嘆するが、次にヒヨミが視線をニッキとカミュに向ける。その双眸には何を見ているのか、腕を奪われた直後だというのに、怒りや焦りは見て取れなかった。


「…………見事だ」


 沈黙が支配している中、ヒヨミの低い声が大気を震わせた。


「まさかここまでできる奴らだとは思わなかった。増々お前たちを検体にしたくなったぞ」


 それは獲物を見るハンターのような目つきだった。すると飛ばされたはずの剣が地面へと吸い込まれて消えていく。


「右腕を失ったのは予想外だったが、ここからは余裕を捨てよう」


 ヒヨミから今までとは違う覇気が迸る。そこには微塵の油断も感じさせない。相手の視線を動きでさえ気取られ反応されてしまうような感覚を呼び起こさせる。

 ニッキとカミュの喉がゴクリとなり、額から汗が流れる。


(これはまずいな……)


 日色はヒヨミの威圧感を肌で感じて、今の二人には荷が重いかもしれないと思い始める。まだ二人には奥の手はある。しかしヒヨミの底もまだ分からない。

 右腕を失いはしたが、むしろそのせいで本気にさせてしまったようだ。本来なら今のうちに追い打ちをかけて仕留めたいと思うのだが、そうさせてくれない雰囲気をヒヨミが醸し出している。

 だからこそ無鉄砲なはずのニッキでさえも突撃できずにいるようだ。ここで下手に突っ込んでも返り討ちに合う可能性が高いので、ニッキの判断は正しい。


 ジリッとヒヨミが動こうとした瞬間、二人の警戒が最大限に高められる。日色もまた指先に魔力を宿し臨戦態勢を整えたが――――――ブゥゥゥゥゥン!

 突如としてヒヨミの近くの地面から水溜まりが出現する。皆の注意がそちらに向く。

 そしてその水溜まりから黒衣を身に纏った人物が浮き上がって来た。


「……イシュカ……か」

「……その様は何だヒヨミ?」

「フッ、思ったより遊び過ぎてな」

「情けないことだな。とりあえず遊びは終わりだ。例の準備が整った」

「……そうか」


 ヒヨミは視線をイシュカと呼ばれた者からニッキたちに戻す。


「カミュ、ニッキ」


 ヒヨミに呼ばれて二人は身構える。しかしヒヨミは口だけを動かすだけだ。


「ここで決着をつけられないのは残念だが、お前たちならば再会できると信じておこう」

「な、何を……?」

「そうですぞ! いきなりわけの分からないことを言って動揺を誘うつもりですかな!」


 二人がそれぞれに言葉を発するが、ヒヨミの足元に水溜まりが広がっていく。


「一つだけ置き土産をしておこう」


 水溜まりの上を歩き、膝を折ると地面に手を触れる。


「……《千樹殴》」


 すると当たり一面から地面を割りながら凄まじい速さで樹木が出現していく。まるで逃げ場所が無い。


「……ではな」


 ヒヨミとイシュカは水溜まりに吸い込まれていき消失した。だが次々と下から無数の木々が突き上げてくる。予測のつかない攻撃に、ニッキとカミュだけでなく、近くにいる日色たちも攻撃範囲内にいるせいか襲撃を受ける。

 このまま放置していれば下から突き上げてくる大木に身体を強打されて下手をすれば命に関わると判断した日色は大木を避けながら両手の人さし指を動かしていく。


「のわぁぁぁっ!」

「くっ!」


 ニッキとカミュも何とか身を翻して避けているが、チッと身体を掠めてニッキが体勢を崩してしまう。そこへ彼女の前方から斜めに向かって生えてきた大木がニッキを狙っている。


「危ないニッキ!」


 咄嗟に近くにいたカミュがニッキの身体を自身の身体で包み地面に転がる。だが倒れた場所の地面が盛り上がり、二人は地面から突出してきた大木に上空へと飛ばされる。


「「ぐぅっ!?」」


 ハンマーで強打されたような衝撃が二人を襲う。そしてさらに彼女たちを地面から生まれる大樹が急襲する。あわや直撃するかと思われた瞬間、木々の動きがピタリと止まった。

 それを見たカミュは身体を回転させて木を踏み台にして、上空にいるニッキに向かって跳び抱える。そしてそのまま地面へと降りる。 


「う……カミュ殿、申し訳ないですぞ……」

「ううん、無事だったらいい」


 日色はそんな二人に向かって近づいていく。日色の両手の人さし指の先には、


『鎮圧』と『樹木』


 これで次々と猛威を振るっていた木々たちを鎮めることが可能になった。


「し、師匠……」

「ヒイロ……」

「どうやら無事のようだな。なかなか趣味の悪い置き土産だったな。立てるか?」


 ニッキにそう言うと、ニッキは大きく深呼吸すると痛みに顔を歪ませながらも立ち上がった。


「……逃げられた」

「悔しい……ですぞ」


 二人の落ち込みに日色は肩を竦めながら言う。


「まあ、地力の違う相手によくやったのではないか」


 そこへリリィンがシウバたちを連れてやって来た。彼女も、二人の奮闘は見事なものだったのだろう。


「それに、まだ次があるのだろう? 今回は相手の手の内を少しでも知れたことに喜ぶのだな」

「そうですな。お二人がご無事でなりよりでした」


 シウバもにこやかに微笑みながらリリィンの言葉に賛同している。


「ニッキちゃん、そ、その……大丈夫ですか?」


 シャモエが心配そうにニッキを見つめている。


「はいですぞ、シャモエ殿!」

「そ、そうなんですか? それは良かったです~」


 ホッと胸を撫で下ろすシャモエに、ミカヅキもまた嬉しそうに微笑んでいる。いつも日色を奪い合っている二人だが、ミカヅキもやはりニッキが無事で良かったようだ。


「赤ロリの言う通り、今回は痛み分けだ。次にやる時は、きっちり勝てばいい」

「し、師匠……」

「ヒイロ……」


 二人は顔を見合わせ互いに頷く。そして日色に向かって再度頷きを見せた。何はともあれ、日色も二人が無事だったことに安堵の気持ちが胸に広がっているのを感じていた。







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