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金色の文字使い ~勇者四人に巻き込まれたユニークチート~  作者: 十本スイ
第六章 イデア戦争編

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172:ノア戦終結

 どうやら本当に魔法が使えるようだ。


(だが何故だ? 何故確認できる……?)


 以前は同じ文字を使っても調べることはできなかった。それなのに……と考えた時、日色は前回との違いを考察した結果、


(……あの黒衣……か?)


 前回との違いがそれしか見つけられなかった。また近くにいた黒鳥の《ステータス》が確認できたことを踏まえると、やはり黒衣が何かしらの影響を与えているのだと推察できた。


(まあ、確認できたから良しとしようにもこれは……)


 ノアの《ステータス》に現れている数値も魔法も何もかも驚くべきことが書かれてある。思わず息を飲むほどだ。


(魔法が使えることは知ってる……だがまさかユニーク魔法だとはな……)


 いや、一度ノアが魔法を使ったところを見たことがある。それは初めて彼に会った時、日色の背後からの攻撃を、奇妙な業で防いだ時だ。

 あれが魔法だと日色は判断したが、どのような魔法かは分からなかった。あの時、詠唱をしていたのは覚えているが、《ステータス》を見るにどうやら詠唱破棄などができるようなのでさらに警戒を高めなければならない。

 そして最も驚愕したのは彼の身体能力である。


(これはもう反則だろ……)


 《太赤纏》を使用した日色の攻撃を、身体力だけで防御を可能にしていたことから凡そ想像はしていたが、レベルは彼の方が下なのに、言葉を失ってしまうほど高い《ステータス》に思わず溜め息が漏れる。


(さすがは伝説の獣人ってことか……)


 特に『虹鴉』は戦闘種族なので、他の伝説と比べても特に攻防能力が極めて高い。もし無防備でノアの攻撃を受ければ一撃で大ダメージをくらうほどの差が日色とノアにはある。


「そんじゃスー、そういうことだし、上で見といて」

「――――――よいのか?」


 ノアと黒鳥であるスーが互いに顔を向けて話している。


「うんうん、目一杯楽しみたいしね」

「――――――あの少年も面倒な奴に好かれたようだな」

「え~別に好きとかじゃないよ。けど、久しぶりに全力でやりたいって思えたから」

「――――――そうか。なら存分にやるがよい」


 スーはそのまま強く翼をはためかせ空へと戻って行った。そしてノアが日色を見上げてくる。


「んじゃ~やる?」

「ああ、お前をぶん殴ってあの時の恨みを晴らしてやる。まあ、できればアイツにも思い知らせてやりたかったが」


 日色は上空で旋回しているスーを見上げる。


「恨み? ……何かあったっけ?」

「ふん、それはぶん殴ってから教えてやる。どうせ言っても覚えてないだろうしな」

「ああ、それは偏見ってやつだと思うなぁ。おれはこう見えても記憶力……あ、そんなに良くないや」


 良くないのかよっとここにアノールドがいたら突っ込んでいるだろうが、日色はすでに戦闘態勢に入っている。いちいち相手の言葉に反応するわけにはいかない。

 互いに今までの雰囲気を一掃し、空気が張りつめていく。武器である刀は二人とも同じように鞘に納めていて、自然体で大地に立っている。

 視線を逸らさず、身動き一つも無い。まるで脳内で戦っているかのような雰囲気だ。しかし両者とも相手の出方を窺っているのだ。

 日色も瞬きをせずにジッと相手の目を睨みつけて静寂の中に佇んでいる。コロコロと小石がクレーターの中へ転がっていく。

 ピリピリした空気の中、まるで合図したように同時に目を細めた刹那、その場から弾かれたように動き出す日色とノア。

 日色はすかさず《自動書記解放》によって可能になった高速筆書きで『電撃』を書き上げる。《自動書記解放》では、一度書いた文字なら、思った通りの文字を自動で高速に書き上げてくれるのだ。


 ――バチバチバチバチィッ!


 魔法を発動すると、文字から凄まじい電撃が迸りノアに向かって行く。しかしノアは虹色の翼を動かし空へと逃げていく。しかし電撃はそのままノアの後を追っていく。


『追尾』


 左手にはすでに別の文字を書いていた。これで日色がターゲットと指定したノアに当たるまで電撃は追っていく。

 先程の《太赤砲》と違うのは、電撃なら当たれば体全体を浸透して攻撃することができる。上手くいけばこれだけで相手の身動きを奪うことができる。

 ノアは追ってくる電撃を確認すると、飛びながら口を動かしていく。


「其は盾、万象を弾く五の青」


 瞬間、彼から大量の魔力が溢れ、それが硬質化していき瞬時にして青色の球体に覆われたノア。そしてノアはその場で止まると、電撃が球体と衝突する。

 苛烈な電撃がバチィィンッと球体に弾かれた。


(あれは……この前のか……)


 観察するように上空にいるノアを覆う青い球体を見つめる。あっさりと電撃が弾かれた後、次第に球体が消失していく。


「其は波、あまねくものを飲み込む二の橙」


 突然ノアの背後の空間に亀裂が走り、そこからオレンジ色の液体が津波のように日色に落下してくる。


「ちっ!」


 ただの液体でないことは分かっている。これが戦闘でなかったなら、じっくり観察して正体を見極めるのだが、どんな効果があるか分からない以上、この場にジッとしているは危険だと判断する。

 日色は設置文字の『飛翔』を使用し空へと逃げる。だが何と、日色が逃げ込んだ場所の空間にも亀裂が走り、そこからも同じ橙色の液体が噴出して襲い掛かって来た。

 周囲を確認すれば、いつの間にか波に囲まれている。


「――――ならっ!」


 波に飲み込まれる瞬間、日色の姿が消える。


「っ!?」


 ノアも捉えたと思っていたのか、突然消失した日色に目を見開いた。そしてハッとなると、その場から即座に移動する。そしてノアがいた場所には、刀を構えた日色がいた。


「ちっ、避けたか」


 互いにある程度の距離を保ちながら視線を合わせる。そして日色はチラリと、橙色の波に視線を移動する。波が衝突し合ったと思ったら、そのまま地面へと落下していく。

 しかしその時の落下音、そして衝撃力は目を見張るものがあった。液体が落ちた地面は陥没したように次々とクレーターを生んでいく。空を飛んでいる日色には分からないが、地面はかなりの揺れが起きているようで、少し離れた所にいるリリィンたちを見ると、揺れのせいでシャモエやミカヅキが尻餅をついている。


(何だアレは……?)


 衝突によって生まれた飛沫が雨のように地面へと降り注ぐが、それが岩や木々に当たると、次々と岩や木を粉砕していく。まるで鉛のような硬くて重いものが落ちてきているかのような光景だ。

 チラチラと、眼下の光景とノアの存在とに視線を動かしていると、


「気になる? でも教えな~い」

「だろうな。だがやはり避けて正解だった」

「あ、そういやどうやって避けたの?」

「教えると思うか?」


 実際は『転移』の文字を使って移動しただけである。しかし教える義理は無い。


「ふ~ん、んじゃまあいいや。別にそういうのがあるって分かっただけでもいいし」


 なら聞くなと言いたいが、日色は頭の中でノアの魔法について必死で考察していく。


(確か《七色魔法》だったな……今まで使ったのは青と橙。つまりあと五つもあるのか……ふぅ、やはりユニークは面倒だな)


 これは少しの油断もできないと改めて身を引き締めた。


 日色は空を浮遊しながら、ノアとの距離を適度に開けていつでも攻撃と防御ができるちょうど良い空間を保っている。


(……一気に《天下無双モード》で決めるか……? いや、それはまだ早いな)


 実際《天下無双》の文字を使い最強モードになれば、負けるとは思っていない。しかしながら、日色が戦うべき相手はノアだけではないのだ。

 ただでさえ四文字は強力過ぎてリスクが高い。仮にこの勝負に勝てたとしても、まだ向こうには黒鳥のスーもいるし、倒すべきアヴォロスだっている。

 《天下無双》モードは五分という時間制限もあり、何度も使える力ではない。ここで安易に使用して、この後、見計らったようにアヴォロスが強襲してきた時のことを考えると、とても選択として選べないのだ。

 それに一度《天下無双》を使い、もし時間内にノアを倒せなかったとしたら、一時間は一文字しか使用できない上に、HPMPともに終了時は10%まで落ちる。そんな状態では、たとえノアを追い詰めていたとしても今度は逆にやられる可能性もある。

 まだノアの力を全て把握していない状況で使うべき文字ではない。


(ここは使っても三文字までだな……それに《太赤纏》を並行して使えば文字効果も上がる)


 実は《天下無双》という文字は《赤気》でしか書けないのだが、他の文字も《赤気》で書くことはできる。しかも普通の魔力で書くより効果が上がることは確認している。

 以前は《赤気》で《天下無双》以外は書けなかったが、《太赤纏》を体得してからは書けるようになった。《文字魔法》もまたパワーアップしてくれたようで思わずほくそ笑んだのを覚えている。


「次行くよ。今度はどうする、赤いの?」


 ノアがバサッと翼を動かす度に、虹色の羽毛が地面へと落下していく。そして日色より上空へ上がると、見下ろしながら口を動かしていく。


「其は偽、数多を顕現せし六の藍」


 ノアの足元から藍色に染まっていき、それが全身を覆った刹那、彼と同じ風貌の存在が空を埋め尽くすかのごとく出現し始める。


「これは……黄ザルみたいな真似を……っ!」


 テンと契約するために、その力を試すとして戦った時、テンも今のノアと同様に分身を大量に作り上げた。とても一体一体数える暇はない。少なくとも百体、いや、二百体以上はいるようだ。


「まさか、これ全部が実体あるとか言わないよな?」


 それは日色の言葉による駆け引きだ。その質問で相手の反応を見て、分身体が実体を持っているかどうか確かめようと思ったのだ。だからノアの表情をじっくり観察するのだが、その必要は無かった。


「うん、全部実体かな」


 あっさりと解答を得たことで、少し肩透かしをくらった思いだったが、手に入れたい情報は聞けた。しかしやはり実体を持つということで、この無数にいるノアの分身体を全員相手にしなければならないという面倒事が出てきた。

 全員が藍色のペンキか何かで身体を塗りたくったみたいになっているが、本体が藍色に染まったのは、どれが本物か見極めにくくするためなのだろう。


(何とも念のいったことだな……)


 普通、これだけの数で押し寄せられれば、本体に向かう前に撃沈させられる可能性の方が高い。それなのに本体まで等色すれば、増々倒せる確率が低下する。

 日色の魔法もそうだが、ノアの魔法も間違いなくユニークチートな部類に入る魔法だった。

 日色は自分を見つめる無数の視線の中、指先を高速で動かしていく。


(ユニークチートには……ユニークチートだ!)


 文字を発動させると、今度は瞬時にして日色の分身体が次々と現れる。


『影分身』


 この文字は自らの分身体を作る文字なのだが、《太赤纏》を得る前だったら、精々が百体ほどで、行動範囲もかなり狭かったが、今では注ぐ魔力の分だけ分身を作り上げることを可能にした。

 しかし増やせば増やすほど、行動範囲は限られてくる。今、日色の見える範囲でのみならば、ノアと同等の数を生み出すのは容易である。


「やっぱ面白いね君。何だかドクドクしてきたんだけど」

「それを言うならワクワクだろ」


 ノアの言葉にツッコミを入れると同時に、日色の分身体が一斉にノアたちに襲い掛かる。ノアたちもまた刀を抜いて対応し始める。


 カキン、シャキン、キィンなどといった刀同士が衝突し合う小気味の良い音がアチコチから日色の耳に入ってくる。かなりうるさいが、本体の日色もまた近くにいるノアに対し攻撃を仕掛ける。

 鍔迫り合いをしていると、やはり奇妙な違和感を覚える。見た目はノアが藍色に染め上がっているようにしか見えないのだが、それでもやはり相手の力に物足りなさを感じる。

 それはひとえにそれが本体ではないという証拠でもあるのだが、そうはいっても少しの油断だけで攻撃を受けてしまうほど洗練されている魔法のようで、本体より確実に弱くても、さすがにノアの分身だけのことはあって下手な隙は見せられない。

 しかしどうやら分身体同士の実力は拮抗しているようで、なかなかに良い勝負をし続けている。


(このままじゃ埒が明かないな……)


 そこで日色は目の前のいるノアの腹に蹴りを食らわせ、少し距離を取らせた後、今度は『爆発』と『分身』の両手文字を使って、自らの分身体を爆破させてノア本体ともにダメージを与えようと策を立てて実行しようとしたところ、突如上空から殺気が伝わって来た。


「……なっ!?」


 上空を見上げれば、一人のノアの背後から先程のオレンジ色の波が生まれ、今まさに眼下で戦っている複数の日色とノアに降り注ぐところだった。


(ちっ! 奴も分身もろともオレを攻撃するつもりだったってわけか!)


 先手を打たれた日色は、まだ文字を書いていなかったことにホッとしながらも、すぐさま『転移』の設置文字を発動させて波よりもさらなる上空へと避難する。

 波はそのまま多くの分身体を飲み込み地面へと凄まじい勢いで落下していく。下は地盤沈下でも起きたのではないかと思うくらいの衝撃である。


(やはりあのオレンジはかなりの硬度と重さを持った物質のようだな)


 アレに飲み込まれ押し潰されれば一溜まりもない。分身体も次々と地面に衝突した瞬間消えていく。それはノアも同じだが。


(そういや《ステータス》に《同時発動解放》っていう言葉もあったな)


 もしかしたら七色全部の魔法を使うこともできるのかもしれない。他にどんな効果を持つ色があるかは分からないが、そうなればさすがに今のままでは手に余るかもしれないと日色は感じた。


(しかし《天下無双》は……)


 やはり悩んでしまう。《天下無双モード》ならば、脇目も振らず全力で攻撃すれば瞬時に片をつけられるかもしれない。相手に実力を出させずに攻略するのは戦略の基本だが、攻略した後のことを考えるとやはり《天下無双》は危険なのだ。

 この戦いをどこかでアヴォロスが見ていて、終了時を狙われるのは勘弁なのだ。無論サポートすると豪語したリリィンたちもいるのだが、相手が複数で来ると、日色だけを守るのは難しくなる。

 上空から日色は一人だけ残ったノアを見下ろし、ローブのポケットに入っているMP回復薬である《桃蜜飴》を口に含む。

 まだまだ魔力には余裕があるが、こうして回復できる時に回復しておいた方が賢い。それによく見ると、ノアも何か口に含んでいるので、やはり彼もまた戦闘センスに劣りは無いということが分かった。

 ノアは元の虹色の姿に戻ると、そのまま日色のところまで上がってくる。


「ホントにやるね。今ので決められるかとも思ったけど、やっぱり瞬間移動、できるんだね」

「だからどうした?」

「うん、それね、おれもできるんだ。――――――黄色!」

「何っ?」


 突然ノアの姿が黄色いオーラで包まれたかと思ったら、その場から消失し、突然に出現した眼前の黄色い円盤の中からノアが現れた。


「ちぃっ!?」


 このままでは攻撃を受けると思った日色は咄嗟に設置文字の『反射』を使用した。日色の周囲を赤い壁が出現し、それに触れたノアはそのまま弾かれて飛んでいく。

 しかしすぐに身体を回転させて体勢を整えると、またも感心したように目を見開いている。


「へぇ~おれの青色みたいなこともできるんだぁ。君っておれとそっくりだね。刀でしょ、精霊でしょ、魔法でしょ、あ、そっかぁ、だから君とやるのは面白いんだね」


 確かにそう言われてみれば、ノアとは類似する部分がかなり多い。


「何だか自分と戦ってるみたいでさ。えっとね、おれって一度ぐらいおれみたいな奴と戦いたいって思ってたんだぁ。でもさ、どいつもこいつも弱っちくて、ちょっと力込めると逃げちゃうんだよね……何でかな?」


 それはそうだろう。ハッキリ言ってノアの戦闘モードは、あの獣王レオウードと同等以上の覇気を醸し出す。少しできるくらいの奴ら程度なら、その覇気を受けて尻込みするのは当然だ。


「おれさ、今まで赤いのみたいな奴と戦ったことないからさ、かなりこう、何て言うの? ゾクゾクというか、ドキドキというか、ここらへんがホクホクしてくる」


 ノアは胸に手を当てて、今までに見せたことないような戦闘狂がする感じの笑みを浮かべる。


「赤いのは……どう? 面白い?」


 彼の問いに日色は無言を貫くこともできたが、日色もまたノアと戦っていると溢れてくる高揚感を感じていた。

 相手のわけの分からない魔法を考察して、それの攻略を見つけて戦っていく。それは日色にとって面白いと感じさせるものだった。

 ただの力比べではなく、まさに万能を駆使して力と知恵で戦ってくる相手に、日色も自分を重ねていた。ノアと同じく、まるで自分と戦っているような気もしていたのだ。

 前回手玉に取られたこともあって、ノアに勝つことで得られる充足感は極めて多大なものだろうなと思いつつも、この戦いに面白さを見出している現実もあったのだ。


「……それなりにな」


 だから日色はそう答えた。互いに互いの強さを理解し、そしてその相手より上に行く思いは互いに最強。

 二人は視線を合わせ、それぞれ右手に持っている刀の柄を強く握りしめる。

 日色は『超加速』の文字を使用し、ノアは「青色!」と叫ぶ。残像さえ残す日色の超スピードに、ノアもさすがに視線が追いついていない。しかし彼の周囲には青い球体上の壁が存在している。


 《絶刀・ザンゲキ》で攻撃するもやはり弾かれる。しかし以前と違うのは防御力が若干弱くなっていること。恐らく詠唱を破棄していることで効果が弱まっているのだろう。日色は加速したまま今度は『貫通』の文字を同時に使う。これなら今のノアの魔法なら貫くことができると判断した。

 しかしノアもジッとはしておらず、球体の中で確かに呟いていた。


「其は瞬、光の如くあらゆる場へ赴く三の黄」


 ノアの全身を黄色い光が覆ったと思った瞬間、その場から消えるようにして動き出したノア。その動きは日色と同等の速さを備えている。高速ですれ違う度に刀を交え火花が空に舞う。

 何度も何度も、刀と刀がぶつかり合う音が周囲に響く。だが完全に互角であり、いや、力はまだノアの方が上だ。若干速さは日色の方が増している。少しの油断で一気に勝負が決してしまうような一種の膠着状態。


 このままでは駄目だと思い、日色は隙を見て設置文字の『転移』を使用して、ノアの背後へと即座に移動し攻撃するが、明らかに後ろ向きであったにも関わらずまるでそこに日色が出現すると予測していたように後ろの向きのまま刀で防御してみせた。よく見るとノアがいつの間にか目を閉じて感覚に集中していた。


(ちっ! これが『虹鴉』の戦闘反射ってやつか……!)


 『虹鴉』には相手の殺気や敵意を敏感に感じ取り、無意識でそれに対処するというチート反応能力が備わっている。つまり不意打ちは効かないということだ。

 先程防御壁を作って防御したのは、日色の攻撃を青色の能力で止められるか試したのだろう。そういう情報を確実に取得するセンスはやはり抜群である。

 日色は再びノアの正面に戻ると、二人は同時に突っ込んでいきクロスした。すれ違った瞬間、日色の左腕、ノアの左肩からそれぞれ血が噴き出す。本当に互角の戦いだった。互いに魔法を駆使して真正面からぶつかり合う。


 時には日色が文字を使い発動させても、ノアはすぐに青い壁で防御し、すぐさま攻撃に転じてくる。『透明』の文字を使い姿を隠蔽しても、さすがは伝説の獣人、野生の勘が鋭く、日色の敵意を察知して見事に注視してくる。

 またノアが複合的に魔法を使ってくるが、今度は日色が防御や回避系の文字を使い躱し、隙をついて攻撃するも戦闘反射によって防がれる。

 お互いに息を切らせながらも、どことなく二人とも楽しそうな雰囲気を宿している。日色も設置文字はもう使い切り、後は状況に応じて書くリスクと戦う必要が出てきた。そしてノアも、先程から短縮魔法を使ってこない。もしかしたら彼も短縮魔法の使用制限があるのかもしれない。


「「はあはあはあはあ……」」


 互いに顔を見合わせているが、もう二人の全身は切り傷などで汚れ切っていた。日色も正直ここまで長引くとは思っていなかった。

 四文字を使わない以上、日色が最も信頼して扱える文字で、戦闘に貢献してくれる文字は『超加速』や『反射』などの絶大な効果を生む文字だ。しかも設置文字以外は《太赤纏》で強化されているのだ。それでも決定的ダメージを与えられないこの状況を生み出しているノアの強さは素直に称賛に値するものだった。


(まだ奴も使ってない色があるはずだ……それを使わないのは何故だ? 隙を見ているのか……それともオレのように使いにくい理由でもあるのか……)


 日色はノアをジッと見つめるが、彼の瞳は純粋過ぎるほど真っ直ぐだった。本当にこの戦いを楽しんでいるような瞳だ。恐らく何かしらのリスクがあるため使ってこないのだろうと勝手に解釈した。


(なら、次の一撃で、ある程度優劣を決めようか……)


 日色がそう思い刀の柄を握る手に力を込めると、どうやらノアもそのつもりらしく彼の身体力が増した。次の一撃で、何かしらの動きが出ると思い、二人は互いの瞳を凝視する。相手より上へ行く。その思いを込め、今二人が動こうとした瞬間――――――――――――ボフンッ!

 突然日色の肩に煙とともに現れたのは、テンだった。思わず日色だけでなく、ノアも動きを止めて、テンに視線を向ける。


「黄ザル、お前……!?」


 こんなバッドタイミングで現れるなと言いたかった。せっかくの雰囲気が一気に霧散してしまった瞬間だった。だがテンは悪びれる様子も無く言う。


「おっと、お楽しみのトコ悪いけどさ、ヒイロ……」

「……何だ?」

「奴が【ハーオス】に現れたぜ」

 





「奴? そうか、やはり【魔国】に手を伸ばしたか。だが本人がそこに現れるとはさすがに思っていなかったな」


 日色は突如として現れたテンの言葉を聞いて、アヴォロスが【魔国・ハーオス】へ侵入したことを知る。何かやってくるだろうとは思っていたが、まさか自ら乗り込むという方法を選ぶとは考えつかなかった。


(ただ座して成り行きを見守るタイプじゃなかったってことか……)


 率先して動くタイプには見えなかったが、そういえば一人で【エロエラグリマ】まで来たりしていたことを鑑みると、かなり行動派なのかもしれない。


「どうするのさヒイロ。一応、おめえの言った通り伝えには来たけどさ」

「……お前は奴が現れてすぐ来たのか?」

「いんや、相手の目的がハッキリしねえから、しばらくは様子見してたけど、突然アヴォロスたちが国を襲い始めてよ」

「……今度はさすがに一人じゃないってことか」


 大胆不敵のアヴォロスも、どうやら一人で攻め落とせるとは考えていないようだ。それはそうだ、国にはほとんどの《クルーエル》だって控えている。いくら元魔王だとしても、『魔人族』最強だけでなく防衛に待機させている戦力は多大なものがある。


「あ、けどよ、ちっとまずい状況にはなってっかも」

「ん? どういうことだ?」

「実はさ、赤髪の『魔人族』とオオカミ顔のおっちゃんは前線へ赴いてんだよ」

「は? 何故そんなことになってる?」


 魔王イヴェアムは皆の旗印。だからこそ落とされないように、周囲を強大な戦力で守護していたはずだ。それなのに《クルーエル》の二人、しかも『最強』が魔王のもとを離れるとは理由が分からなかった。


「何でもよ、二つの橋でとんでもねえバケモンが現れたみてえでさ。とてもじゃねえけど、橋攻略組だけじゃ無理って判断した結果、魔王が援軍を出したみてえだぜ」

「あのバカ、仲間思いもいいが、それは明らかにテンプレ魔王の罠だろうが」

「だよな。一応魔王には俺が言っといたけどさ、それでもこれ以上仲間を死なせるのは嫌だって言ってたな」

「これ以上? そんなに危うい状況だったのか?」

「おう、数千の兵士と一緒に、何でも隊長の一人が戦死したとか言ってたぜ」


 隊長とは誰のことだろうか……?


 日色の脳内に隊長の座についているはずの者の顔が思い浮かんでくる。しかし確かにそれほどの仲間がまだ緒戦であるはずの戦いで失えばイヴェアムも熱くなってしまうかもしれない。

 何と言っても彼女はまだ十代の女の子なのだ。それにアクウィナスが前線に赴いたということは、彼もそのことに納得したということでもある。


(……だがその状況を企てたのはテンプレ魔王だ)


 アヴォロスは恐らく、橋にかなりの戦力を注いで、前線を掌握しようと……見せかけたのだ。橋を攻略されたくない《奇跡連合軍》としては緒戦で負けるわけにはいかない。

 そして次々と敵を殺していくことで、イヴェアムなら仲間を守るために強力な援軍をけしかけるだろうと推察した。

 そこで国の防衛から戦力を削り、魔王の守りを薄め、その隙をついて自らが国へと攻め入る。日色のようにそう何度も簡単に転移などできないので、恐らく橋に向かった者たちは、敵も倒さなければならないことを考慮すると相当時間がかかるだろう。

 アヴォロスがどれほどの戦力を橋に注ぎ込んだのか分からないが、アクウィナスでもそれなりに時間を取られると考えた者を配置しているに違いない。

 そしてその間に国を攻め落とす。それがアヴォロスの企てた策だろうと日色は考察した。


「あ、それとさ、獣王のおっちゃんも橋に向かったみてえだぜ?」

「そこにもバカがいたか……」


 王が自ら敵地に赴いてどうすると呆れてしまう。まあ、獣王の実力は日色の知るところでもあるので、アヴォロスの部下程度でそうそう遅れをとるとは思えない。

 逆に言えば、獣王と『魔人族』最強が出張らなければならないほどの存在が敵に居るということでもあり、アヴォロスの今の行動がかなり重要性があるということが理解できる。


「まあ、国には髭男爵や絵描きもいる。そう簡単には好き勝手させたりはしないだろ。危険なのは違いないけどな」

「んじゃ、放置ってことか?」

「仕方無いだろ? オレはアイツに用が……ん?」


 そう言えば先程から静かだなと思いノアに視線を向けると、彼の傍にも精霊である黒鳥のスーがいた。あちらも何かを話しているようだ。


「へぇ~、あれが『虹鴉』かぁ~、それにアッチが精霊だな」

「ああ、知り合いじゃないんだろ?」

「おう、ありゃ俺が生まれる前に誰かと契約して出てったクチみてえだな。まあじっちゃんなら何か知ってんだろうけどさ」


 無論スーもテンと同じ【スピリットフォレスト】の出身だが、テンが生まれる前に契約者を見つけて外へと出て行ったらしい。テン曰く『精霊王』のホオヅキなら何か知っているかもしれないということだ。


「けど何喋ってんのかね?」

「さあな」


 二人がノアたちを見つめていると、向こうも話が終わったのか顔を向けてきた。


「ねえねえ赤いの」


 何とも馴れ馴れしく声をかけてくるノア。


「何だ?」

「あのさ、今スーから聞いたんだけど、赤いのの仲間が大変なの?」

「……お前に関係あるのか?」

「ううん、全然関係ないよ。けどさ、そのせいで赤いのが集中できない、みたいなことになんない?」

「余計なお世話だな」

「そう? 何かさ、おれとしては邪魔が入ったみたいで気分が冷めちゃったんだけどさ、続きやる?」


 どうやら突然のテン出現によって、テンションが下がってしまったようだ。


「ふわぁ~、それに久しぶりに結構動いたからちょっと眠たいし……眠たいというか寝たいし」


 大きな欠伸をしながらボリボリと頭をかいている。驚くことに、すでにやる気を失ったのか虹色だった髪色が元の白髪に戻っている。そしてスーの背中に乗ると翼も引っ込めてしまった。


「お、おい……」


 日色の返答も気にせずに、我が道を行く感じでスーの背中に横になりイビキをかき始めたノア。するとスーがゆっくりと近づいてくる。敵意は全く感じないが、一応いつでも魔法が発動できるようには警戒しておく。


「――――――ノアがスマンな。こうなったらもう動かん」

「…………どこまで適当な奴だ」

「――――――だが礼を言う。ノアのあのような楽しそうな顔、久しぶりに見た」


 スーの表情は変わらないが、どことなく声音が優しかった。


「――――――ノアが全力でやれる相手は今までに見つからなかった。だからお主には感謝している」

「勝手なことを言うな。オレはお前らを許すつもりは無いぞ」

「――――――ふむ、もしかしてあの時、お主の仕留めた魚を奪った時のことか?」

「当然だ。食べ物の恨みは絶対に晴らす」


 すると突然、スーが予想だにしないことを言ってきた。


「――――――ならば、ノアを楽しませてくれた礼として、今後我が入手した魚や木の実をお主にも分けよう」

「……何だと?」

「――――――我はこう見えても結構グルメでな。用意する食材も期待に応えられると思うが?」


 ……………………………………なるほどな。


 今、恨みを晴らしてスッキリするのも確かに良い。それが目的でノアと戦っていたのだ。だがもしスーの言うことが本当なら、これから美味い食べ物が何もしなくても手に入るかもしれない。

 あのハピネスシャークを好みとするくらいだから、きっと舌は確かにグルメなのだろう。それにスーが集める魚や木の実に俄然興味が湧く。


(どうする……今コイツらを叩いて気分をスッキリさせるか、それとも今後手に入る美味いものか…………ふっ、考えるまでもないな)


 日色はキリッとし目つきでスーを睨んだので、スーも交渉決裂だと感じたのか身構える。「その話、乗った!」

 沈黙が場に流れ、ノアの寝息とテンの溜め息だけが聞こえる。


「――――――て、提案したのは我だが本当にそれで良いのか?」

「だがその約束を違えた時は、今度こそ全力でぶちのめすぞ」

「――――――フフ、なるほど。やはりお主はノアとどことなく似ている。いいだろう、精霊としての名に懸けて約束を違えないと誓おう。だが一つだけ、こちらからも頼みたいことがある」

「何だ?」

「――――――またノアと戦ってやってくれ」

「…………気が向いたらな」

「――――――フフ、それでよい。ならば、我らはこれで」

「城に戻るのか?」

「――――――いいや、ノアも我も戦争には興味が無い。元魔王の近くにいたのは、奴がいつかノアと戦ってくれるかもしれないと思ったからだ。無論、ノアが言ったように静かな場所を提供するという話に乗ったということもあるが、我はそれを信じておらん」

「…………」

「――――――それに、ノアの相手はお主だけで十分のようだしな」


 スーは背中に乗っているノアの無邪気な顔に視線を巡らせる。


「ありがた迷惑だがな」


 正直、もう戦う理由が無いのなら戦いたくはないとも思う。確かにノアとの戦いが面白いと感じていたのも確かだが、わざわざ疲れることを意味も無くしたくはない。

 しかしここで強く否定して先程の約束が無くなると困るので、曖昧な感じで返事をしておく。


「――――――ではな。できればこの戦争でお主が死なぬことを祈っておこう」


 それだけ言うと、軽やかに身を翻してその場から去って行った。


「……何ともまあ、全く以て予想外な結末になっちまったけど、あれで良かったのか?」

「何か問題があるか? 魔法も温存できたし、何より良いビジネスパートナーができた。まあ、その報酬がアイツと戦うっていうのが面倒だがな」


 それでもやはり美味いものは正義なのだ。確かに予想外な結果に収まったが、結果的に言って得をした感じになったので良しとした。


(だがアイツ……強かったな……それにまだまだ全力でも無かった)


 ノアのことを思い浮かべ、彼が全然本気ではなかったことを理解する。それは日色もそうだったが、今まで出会った中で、間違いなく最強の部類に位置する存在だった。


「さて、とりあえずこれからどうするか赤ロリたちと話し合うぞ」

「おう」


 日色は観戦に徹していたリリィンたちの方へと飛んで行った。








「ほう、そんな面白そうなことになっているとはな」


 ノアとの戦いが意外な結末に終わった後、日色はテンとともに観戦していたリリィンたちのところへ戻りテンから聞いた話をした。

 リリィンが話を聞いて言葉通り面白そうに口角を上げていた。


「それで? どうするのだ? まさか国に戻るのか?」

「そうだな……オレが用があるのは確かにあのガキ魔王だけだしな。しかしアイツらのことも気にはなる」

「アイツら? ……ああ、ニッキとカミュか」


 今頃ニッキとカミュは、《マタル・デウス》の中でもかなりの強者だろうと予想されるヒヨミと相対しているはず。きっとその戦いは熾烈なものになっているだろう。何と言っても、ニッキたちの家族を殺した原因を作ったのがヒヨミなのだから。


「なら先に奴らを見に行くか?」

「……おい黄ザル」

「はいよ」


 肩に乗っているテンに視線だけを向ける。


「これからお前を再度【魔国】に送る。アッチがどうなっているかを調査して、ヤバいようなら知らせろ」

「ほいほい。キキキ~」


 何やらテンがニヤニヤしながら笑うので「何がおかしい?」と尋ねると、


「いんや、普段は無色野郎のヒイロでも、やっぱ魔王ちゃんにはご執心だなって思ってよ」


 そんなテンの言葉にすぐさま反応を返したのはリリィンだ。明らかに「むぅ……」と頬を若干膨らませて不機嫌ムードを漂わせている。だが日色は呆れたように溜め息を漏らすと、


「何を言っている。オレはアイツとの約束を守っているだけだ」

「……約束?」

「ああ、まだ奴の願い事とやらを聞いてないからな。それを叶える約束をした以上、一方的に反故にするつもりはない」

「………………はぁ、こりゃホントもう病気の一種だな」


 テンはやれやれといった具合に頭を振っている。テンが何故呆れているのか日色には分からないが、日色自身、一度した約束を違えるつもりはない。どんなことがあっても、今まで約束だけは守ってきた。それがどんなに小さい約束でも、一度交わしたものであれば破るつもりなど無いのだ。


「くっ……やはり現状ではあの小娘が一番厄介だということか……ええい、忌々しい。やはり乳なのか? そう言えばヒイロは奴の裸を見ていたな。そこで情欲に目覚めたとでもいうのか? いや、それとも……」


 リリィンが顔を俯かせながらブツブツ言い出しているが、日色は無視してシウバやクゼルたちに顔を向ける。


「これからバカ弟子の方へ行くが、それでいいな?」

「もちろんでございます。きっとお二人とも、ヒイロ様が来て下さることでやる気も跳ね上がると思います」

「そうと決まれば急いで向かいましょう」


 シウバとクゼルに小さき頷きを返す。すると腰に小さな塊が抱きついてくる。


「どうかしたか、よだれ鳥?」

「ううん、ごしゅじんつかれてない?」


 どうやらミカヅキは、日色のボロボロの姿を見て心配していたようだ。表面上、疲労感を顔には出していない日色だが、もう一度ノアクラスと戦えと言われれば正直遠慮願いたいと思うくらいは疲れていた。


「大丈夫だ。回復薬もそれなりに所持してきたし、向かいがてらに補給する」

「ヒ、ヒイロ様! よ、よろしかったらこちらを召し上がって下さいですぅ!」


 突然シャモエが腰に下げている袋からポットを取り出し手渡してきた。


「何だこれは?」


 受け取りながら聞くと、


「そ、それは《チェリーシロップジュース》ですぅ!」


 蓋に花を近づけてみると、甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐってきた。


「そ、それならば体力も魔力も同時に補給できるはずですぅ!」

「ほう、それは助かるな。よくやったぞドジメイド」

「ふぇぇぇぇっ! お、お褒めの言葉嬉しいですぅ!」

「よかったね、シャモエちゃん!」


 ミカヅキも嬉しそうに微笑んでいる。日色にとってもこの気遣いはありがたかった。水分補給も一緒にできて言うこと無しだった。

 そうしてさっそく一口飲んでみると、サクランボの優しい甘さと酸っぱさが口一杯に広がる。喉越しも良くて、また塩分もそれなりに入っているようで汗をかいた身体に元気が補給されていく感じだ。


「よし、黄ザル」

「はいよ~」


 指先に魔力を宿し、彼の背中に『転送』の文字を書く。これからテンを【魔国・ハーオス】まで送り届ける下準備である。


「黄ザル、一応お前の判断で、魔王がヤバくなったら戻って来い」

「オッケ~。おめえらも早くニッキたちのトコ行ってやれさ」


 そうして文字を発動させると、一瞬の放電現象の後、テンがその場から消失した。


「さて、それじゃバカ弟子の成長を見に行くとするか」


 日色たちはニッキとカミュが戦っている場所へと移動を開始した。








 日色が『探索』の文字を使ってニッキたちの居場所を探り当てて辿り着いた場所は、周りを岩場に囲まれた一種の闘技場のようにも見える拓けた場所だった。

 広さで言うと一般的な野球場ほどはあり、確かにここなら下手な邪魔も入らず思う存分戦えるような場所である。

 しかし辿り着いてみると、奇妙な光景が日色の目に映っていた。広場には、その枯れた大地には相応しくない瑞々しい葉を茂らす木々がアチコチに生えており、その木々たちがまるで命を持っているように動き、ニッキとカミュを攻撃していた。

 根をウネウネと器用に動かして移動して、枝を腕のように降り回し、また葉っぱを手裏剣のように飛ばしている木々たち。


 ニッキとカミュはその細く小さな身体を目一杯に動かして回避している。その時、一本の木が、ニッキの背後を陣取り今まさに彼女に攻撃をしようとしている。


「うしろぉぉぉぉっ!」


 それを見たミカヅキがあらん限りの声で危険を知らせる。しかしその声が届く前に、すでに勝負は決していた。突然ニッキの背後にいたはずの木が爆発を起こして散り散りになった。

 見れば見事に反応したニッキの拳が木を攻撃していたのだ。そしてそこでニッキはようやく日色たちの存在に気づく。


「し、師匠!?」

「え? ヒイロ?」


 カミュもまたニッキの言葉で日色たちに視線を向けるが、


「よそ見をするな! 自分の戦いに集中しろ!」


 日色の一喝で、二人は再び目の前の相手に視線を戻した。


「うおぉぉぉぉっ! 師匠の目の前で恥ずかしい戦いはできないですぞ!」

「うん、勝つ」


 二人は明らかに士気が増したように表情を引き締めている。


「ククク、やはり貴様の登場は二人にとっては都合が良いものだったようだな」


 リリィンの言葉には返事を返さず、日色は一本の大樹の上に乗って、二人を平然と見下ろしているヒヨミに視線を向ける。向こうもこちらに気づいたようで、


「ほう、あのノア・ブラックを打ち倒して来たのか……さすがは陛下が戦争の要と言うだけはあるということか」


 するとヒヨミは指を鳴らすと、地面が盛り上がり、そこからまた新たな木が生まれ、ニッキたちに向かっていく。


(どうやら奴の魔法は木を生み出すことのようだが……)


 いまだに黒衣を着用しているヒヨミに、一応『覗』の文字を使用するがやはり《ステータス》を確認できず、黒衣の効果であることをそこで確信できた。


「あ、あのヒイロ様、加勢したりはなさらないのでしょうか?」


 シャモエが不安気な表情で聞いてくる。彼女にとってはニッキとミカヅキは妹のような存在でもある。だからこそ心配なのだろう。


「ああ、これはあくまでもアイツらの戦いだ。オレが手を出すことはできんな。少なくとも今は……」

「そ、そうですか……」


 意気消沈といった感じで見るからに分かりやすいように落ち込むシャモエ。


「そうだぞシャモエ。貴様がそんな顔をしている方が、奴らにとって気落ちする原因を作るのだぞ」

「う、うぅ……すみませんですぅ……」

「いえいえ、お嬢様はこう仰っておられるのですよ。いいから黙って奴らを信じていろ。そうすればきっと無事に戻って来てくれると」

「シウバ様……」

「こらシウバ! 誰がそんなことを言っている!?」


 リリィンが若干頬を紅潮させながらビシッと指を突きつけている。


「ノフォフォフォフォ! わたくし、こう見えましてもお嬢様翻訳検定一級の資格を持っておりますので!」

「そんなもんあるかぁぁぁっ!」

「ふぇぇぇぇっ! お、落ち着いて下さいですぅ!」


 またも三人でコントが始まったなと日色は肩を竦める。そして再び視線をヒヨミの方に移す。

 フードは被っていないので表情は判明している。髪は毬栗のように尖っていて、深緑色をしている。そして彼のトレードマークである頬の十字傷。

 三十台後半ほどに見えるその精悍な顔つきは、歴戦の武将を思わせるような雰囲気を醸し出していた。

 やはり強者。戦いが始まってかなり経つと思うが、見たところ三人はそれほど疲弊しているようには見えない。何か話でもしていたのだろうかと思うが……


(どうも長引きそうな感じだな……)


 三人が三人ともまだ本気ではない。これからが本格的な戦いになってくるだろうと推測し、日色は岩を背にして腰を下ろした。






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