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169:醜悪な巨人

 日色が黒鳥を追いかけて行ったところを王城でアヴォロスは視認していた。


「う~ん、まさか彼が勝手に動くなんて……ちょっと予想外だったかな?」


 本来なら今頃王城にて、日色の到着を待っていたはずなのだが、同志の勝手な行動で計画が若干ずれることになった。


「どうされますか?」


 隣にいるヴァルキリア05号がその冷淡な声音を喉から出す。


「ん~あの彼がそこまで興味を示したってことは、やはりヒイロ・オカムラは本物だってことだし、それが確認できただけでもいいかな? そうだよね、勇者くん?」


 アヴォロスが目の前で驚愕の表情に包まれて去って行く日色を凝視している青山大志に声をかける。


「あ、あれが丘村……っ!?」

「そう、彼は凄いよね。あれだけの数の国民を催眠状態から一気に解き放つなんて。普通じゃできないよ。まさに民を救う英雄の所業だね。君とは違ってさ」

「くっ……っ!」


 ギリッと歯を鳴らした音が大志の口元から聞こえる。


「ヒイロ・オカムラは『魔人族』の英雄であり、獣王を一人で討ち倒した強者。そして戦争に勇敢に立ち向かう勇者のようでもある。片や召喚され勇者と呼ばれながらも、世間の広さ、真実を知らずに戦争の恐怖に怯え、討つべきはずの魔王に捕らえられ、こうして魔王の配下になっている。まさに驚天動地、波瀾万丈な人生だね」


 悔しそうに反論をしたいができないといった様子で大志はアヴォロスを睨みつけている。それを面白そうにアヴォロスは口角を上げている。


「戦うのにはね、力だけじゃ何も救えないんだよ。そこに崇高な想いが合わさって初めて何かを救えるようになる。君は今、力を手にしてる。そして君の想いは……どうかな?」

「俺は絶対千佳たちを救うんだっ!」


 全身を震わせて怒鳴る姿は、まるで自分に言い聞かせているような感じだった。


「……なら、その想いの覚悟、しっかりと見せてもらおうか。05号、《転移石》を」

「ここに」


 05号がそっと差し出したのは拳大ほどの水色の石。それは壊すことで、最後に触れた者を任意の場所へ転移することができる稀少魔具である。

 アヴォロスはそれを受け取ると、大志に手渡す。


「仕事、上手くいくことを祈ってるよ、元勇者くん?」

「……俺は今でも…………勇者だ……」


 悔恨が込められたその言葉を吐くと、大志は石を受け取り外へと出て行った。


「アハハ、これで盤上はさらに華やかになるね。さあ、見せておくれ。戦争という名の喜劇を! アハハハハハ!」


 高らかに笑うアヴォロスの声だけが城にこだました。



     ※



 日色たちが互いに戦う相手を決定した頃、【ドーハスの橋】では《奇跡連合軍》のクロウチの部隊が橋を渡り人間界への侵入を果たしていた。

 ゾロゾロと出現して来ていたゾンビ兵を屠り、黒衣を身に纏ったニッグをも撃破して、橋を攻略できたと兵士たちは士気を高める。

 このまま人間界をここから徐々に攻略していくのだが、橋を渡ると、不思議なことに防衛ラインとして敵が立ち塞がっていると思っていたクロウチたちの目前には肩透かしを食らうような光景が広がっていた。


「誰もいニャいのニャ?」


 いくら橋を攻略されたとはいえ、これ以上侵入させないように防衛するのは必然。誰もがそう思う。それなのに見渡す限り関所があるだけで人っ子一人存在していない。


「これは怪しいですね。どうされますかクロウチ殿?」


 ハーブリード隊の隊長であるハーブリードが、異様な光景に眉をひそめて警戒していた。


「罠があっても進むしかニャいニャ! 行け! モンスターたち!」


 クロウチはニッグがいなくなったことで、モンスターを出しても操られる心配が無いと判断したようで自らの影を足元から前方へと広げると、その中から数多くのゾンビ化したモンスターたちが出現した。


「関所をぶっ壊すのニャッ!」


 その言葉通り、モンスターたちが地を駆けて突進していく。動きはそれほど速くはないが、それでも巨躯を持つモンスターが十体以上いるので、体当たり一つでもすれば関所は崩壊できるだろう。

 橋と関所の中心ほどまでモンスターたちが進んだ瞬間、突然モンスターたちの目の前に複数の泡がプカプカと浮かび始める。クロウチはその泡を見て首を傾ける。


「ん? ニャにかニャ?」


 無論ゾンビ化したモンスターたちは止まれの命令を受けていないのでそのまま突っ込んでいき、その泡に先頭で走っているモンスターが触れた瞬間、


 ――ドドドドドガァァァァァッ!


 まるで瞬時にして何発も爆発物を爆破させたような音が周囲に響き、凄まじい爆発がモンスターたちに襲い掛かった。

 クロウチたちも突然の爆発に身を屈め襲ってくる爆風に顔をしかめる。先頭で走っていたモンスターは粉々に吹き飛んだようで、肉片がそこら中に飛び散っている。

 また動きを止めないモンスターたちも次々と泡に突っ込んでいき吹き飛ばされていく。


「くっ! クロウチ殿! とりあえずモンスターたちを下がらせて下さい! このままじゃ無駄に戦力を失います!」

「分かったニャ!」


 ハーブリードの提案を受け取りクロウチは戻って来るよう指示しようとしたが、目の前の光景を見てギョッとする。

 いつの間にかモンスターたちの周囲を先程の泡が無数に囲んでいたのだ。


「クロウチ殿! 影に戻してみては!」

「そ、そうだニャ!」


 影を伸ばし再び戻そうとするが、今度は何と泡がモンスターに触れると爆発するのではなく、モンスターそれぞれの身体を覆うほどの大きさに変化して、次の瞬間、フワフワとモンスターごと空へと昇っていった。


「なっ!?」


 いろいろ解決方法を出していたハーブリードもさすがに表情を固まらせている。見た目は大きなシャボン玉の中にモンスターが入ってプカプカと浮いているという奇妙な光景だ。

 そのまま上空に上がっていくモンスターたち。そして刹那、シャボン玉が光り輝いたかと思ったら、


 ――ドガァァァァァァンッ!


 それぞれのシャボン玉が耳をつんざく爆発音を生みながら破裂した。上空から雨のようにモンスターたちの粉々に吹き飛んだ血肉が降ってくる。

 一瞬にしてSランクのモンスターたちが消失した瞬間だった。


「クロウチ殿! モンスターのストックはまだありますよね?」

「あ、あるけどニャ……」

「では今は出さないで下さい。巨体にはあの泡は脅威です」


 ハーブリードの言う通り、自身で判断する能力が欠如しているゾンビ化したモンスターたちには、その巨体も含めて、無数の小さな泡を回避する術を持たない。

 ハーブリードの忠告は的を射ているもので、クロウチも了承することにした。


「あそこ……いるの」


 もう一人の隊長であるイオニスがある部分を指差した。それは関所の上に立って連合軍を見下ろしている二つの人物。ハーブリードも目にし呟くように言う。


「黒衣か……」


 その二人は黒衣を身に纏っている。すなわち普通の兵士と違って只者ではないということ。


「紋様黒衣かどうかは分かりませんが、先程の泡は彼らの魔法か何かでしょうね」

「どうするの?」

「こうします!」


 ハーブリードが魔力を右手に集中させると、そこには一振りの剣が顕現される。そしてその剣を黒衣に向けて投げつける。

 だが剣の向かう先にまたも泡が出現し、触れた瞬間爆発した。


「……やはり、魔法のようですね。恐らく遠隔操作できる魔法で、触れたものを爆破できるようです。また泡の中に目標を閉じ込め、攻撃することもできるようですね」


 ハーブリードの分析にクロウチは感動しているように「お~」と目を輝かせていた。


「攻撃範囲がどこまでなのか分かりませんが、一気にこちらを潰さないということは、恐らく範囲はあの関所からちょうど二十メノルほどだと推察します」


 二十メノルは、大体二十メートルだ。


「厄介なの。あれだけ離れてて、遠隔操作もできてあの威力。普通の魔法だとは思えないの」

「ああ、イオニスの言う通り、恐らくはユニーク魔法でしょうね」

「どうするのニャ? 兵をぶつけてもモンスターとおんなじ目に合うのは目に見えてるニャ」


 クロウチの言う通り、それは止めておいた方がいいだろう。いくら数で勝っていても、何の作戦も無く突っ込んでも、あの泡で一網打尽にされるのがオチだ。


「とにかく迂闊に進めないですね。しかしここで足止めを受けるわけにはいきません。せっかくこうして人間界へ侵入できたのですから、ここで押し返されでもしたら堪ったものではありません」


 そうは言うものの、【ドーハスの橋】はなかなかに長距離なので早々押し返されることはないのだが、ハーブリードの言外には、ここまで来て退くことになるのは許容できないという意味が含まれている。


「イオニス、あの泡にはあなたの魔法が効きますか?」

「無理なの。イオの魔法は魔法そのものには効かないの」

「……そうでしたね、すみません。ではあの泡を搔い潜ってあの者たちに近づけますか?」

「できないことはないの。けど、一人じゃ厳しいの」

「そうですね。あの二人のどちらが使用しているか分からない魔法ですし、もう一人が何かするとしたら、単身で突っ込むのは止めた方が良いでしょうね」


 三人は突破口を見つけるために話し合っているが、そんな三人を黒衣の一人は冷ややかに見下ろしていた。



     ※



「どうやらクソメンの魔法が効いているようだな」

「アッハハ! 当然さ! 僕の麗しい《爆泡魔法》は一瞬で儚く散るすんばらしい魔法だからね! あ~美し過ぎて目眩がしてしまう……」


 クネクネと身体を動かして黒衣の一人であるビジョニーが自慢げに言うのを見て、カイナビは呆れたように溜め息を吐く。


「とにかく種は蒔いといたから、後は任せたぞ。アタシは陛下のもとに戻る」

「オッケ~さ! ここからは僕だけにスポットライトが当たる! さあ、麗しの美ジョニーの独壇場を見せてあげよう!」


 ビジョニーは悦に入ったように笑みを浮かべて大げさに黒衣を脱いだ。スターアイドルが着用するような煌びやかな衣装を身に纏い、その場で身体を回転し始めた。

 その場からカイナビが消えても、それに構わず回り続けていたビジョニーだった。



     ※



 話し合いをしていたクロウチたちは一人の黒衣がその場から消えて、もう一人の黒衣が身に纏っていたそれを脱ぎ去り、その人物が男だと判明した。

 何だか身体を独楽のように回し始めたので呆気にとられている者たちが多い中、とりあえずあの男が先程の泡を生み出した存在かどうか確かめる必要があった。

 またハーブリードが剣を投げつけようと思い武器を生み出した瞬間、ゴゴゴゴゴと地面が揺れ始めた。


「地震ニャ!?」


 かなりの揺れに転ばないように足を踏ん張る連合軍たち。すると次の瞬間、少し先の地面に亀裂が走り、ニョキッと何かが出たと思ったら、地面を割って巨大な物体が姿を現した。

 それは一言で言えば巨大な花だ。巨大といっても、その大きさは体長が十メートル以上ある化け物花だった。しかも毒々しい紫色の花びらを持って、その花びらから正体不明の液体を滴り落としている不気味な存在だった。


「何だアレは? ま、まさかアレがあの男の魔法?」

「花を作る魔法なの? それじゃ変人もユニーク魔法の使い手なの?」

「かもしれません。お二人とも、気を付けて下さいね!」


 ハーブリードの言葉にクロウチとイオニスは軽く顎を引く。しかし背後から呻き声が聞こえ始めた。それは連合軍の兵士たちであり、顔を青ざめさせて頭を抱えて苦痛に顔を歪めていた。

 それが感染しているようにどんどん広がっていく。


「こ、これは……?」


 ハーブリードも理解できないようで、不可思議が視界に入って来たせいで戸惑っている。だが頭を振って、何が起きているのか周囲を確認する。

 そしてやはり気になるのは突然出現した花だ。特に注目すべきなのは花びらから滴り落ちている液体だ。それが地面に落ちる瞬間に気化しているのだ。


「気化……? まさか!?」

「アッハハ! 気づいたかい! 醜き庶民たちよ~!」


 そこへいつの間にか近くまでやって来ていた黒衣を脱ぎ捨てた男がいた。彼を外の空気から隔離するかのように泡で覆っている。


「皆さん、息を止めてここから離れて下さい!」

「どうしたのニャ?」


 クロウチだけでなくイオニスもキョトンとしている。


「恐らくあの花から生まれる液体、アレが原因です! 一瞬で気化した気体は、ここら周辺に漂っているはずです! 確信はありませんが、その気体が兵士たちの現状を作り出している可能性が一番高いです!」


 とにかくこの場から離れなければならないと判断したハーブリードたちは、兵士たちを橋の方へ引き返させようとするが、


「アッハハ! 観客は逃がしはしないさ~!」


 突然橋の上に例の泡が出現し、行く手を塞ぎ始めた。


「ニャッ!? 泡使いはあの男ニャのニャ!?」


 クロウチの驚きは尤もだ。花を生み出した魔法の使い手が男だと思っていたのに、まさかあの凶悪な泡使いが男だったとは愕然とする思いが皆に広がった。


「やあやあやあ! 天が問い地が問い人が問う! サイッコウに美しい人物は誰かと世界が嘆き問う! そう! その誰かとはまさしくこの僕さぁっ!」


 男は胸元を開きながら髪を豪快にかき上げる。そしてそのままゆっくりと腰を下ろすと、髪の毛を少し口に挟みながら、流し目を作り口を開く。


「ん~《マタル・デウス》が一人、麗しの美ジョニーと人は呼ぶさ!」


 前代未聞な自己紹介をされた連合軍だった。



     ※

 


「二人とも、恐らく彼は紋様黒衣でしょう」


 ハーブリードの言葉にクロウチとイオニスがどうしてそんなことが分かるのかといった様子で彼に視線を向ける。


「何故ならそれは……そこに落ちている黒衣の背中に紋様が描かれてあるからです」


 ハーブリードが指を差した先には、彼が関所の上で脱ぎ去った黒衣が風に乗って近くまで飛んできていた。そして地面に落ちたそれには星のような紋様が描かれてあった。


「ホントだニャッ!?」

「それに恐らくですが、ニッグのような亡者ではなく、生者でしょう」

「た、確かにアレで亡者はニャいニャ……」

「うん、鬱陶しいくらい活気が溢れてるの……」

「アッハハ! ほら見て! 僕のこの美しさは止まることを知らないよぉ~!」


 とても亡者とは思えないほどの生気に満ちたその表情と動きに、彼が絶対亡者ではないだろうと判断した三人。


「でもどうするの? 退路も断たれたの」


 目の前には不気味な巨大花とビジョニー。そして背後にはビジョニーが作り出した泡が壁のように立ち塞がっている。

 しかしこのままでは花の蜜のようなものが気化した気体のせいで、兵たちが全滅する可能性がある。


「で、でもニャんでボクらには効かニャいのニャ?」


 クロウチの疑問も尤もだ。もう兵士はほとんど気体を吸い込んだせいで地面に倒れ込んでいる。


「その疑問には僕が美しく答えて上げるさ!」

「お前がニャ? んじゃさっさと教えるニャ」

「いいともぉ~! いいかい、この花は醜くてとっても醜くてどうしようもないほど醜いけど」

「醜いって言い過ぎニャ……」

「でも、この花が出す蜜には毒が含まれてるのさ~!」

「ニャら何でボクらには効かニャいのニャ?」

「ん~この毒は一定以上の強さを持つ者には効かないのさ~」

「……ん? なら何故あなたはその泡で身体を守っているのですか? あなたが紋様黒衣なら相応の実力を持っているでしょう?」

「それは簡単さ~」


 クルクルクルクルと身体を回転させ、そしてピタリと止まるとビシッと指を差してくる。


「服についたらばっちぃじゃない!」


 ……………………………………………………?


「……そ、それだけですか?」


 確かに毒々しい緑色の液体が気化した気体は、ビジョニーが着用している真っ白な服に付着すると汚れる可能性もあるが、まさかそんな理由だったとは思いもよらなかった三人。

 するとビジョニーはそのまま泡の中に入ったまま宙へと浮かんでいく。


「あ~こうして不細工で愚かな者たちを高みから見下ろす僕……美しい……」


 完全に自分に酔っているビジョニーだが、それをチャンスと捉えた者がいた。


「まずはあの花を何とかします!」


 ハーブリードだ。彼は上空へと上がったビジョニーを見て、花から離れた隙にまずは花をどうにかするために突っ込んでいった。


「シャドウアックス!」


 彼の手に大きな闇色をした斧が出現する。彼の得意とする闇魔法は、こうして自在に様々な武器を生み出すことができるのだ。

 先の剣も魔法で創り出したものである。そしてその斧を大きく振りかぶると、十メートルはあろうかという巨大花の身体を横薙ぎに一閃した。


 ――ザシュゥゥゥッ!


 さすがは部隊を率いる隊長であるハーブリード。見事に大きな茎を切断することに成功した。


「よし! これでもう……」


 死ねば液体も出せないだろうと判断した彼の思惑は外れた。


「あ、言い忘れてたさ~。その花は二段構えになってるということを覚えておきたまえ!」


 上空からビジョニーの声がハーブリードの耳に入ってきた。しかし彼の言葉の意味を理解しかねていたハーブリードだが、すぐさま思い知ることになる。

 切断したはずの花が瞬時に液体化してハーブリードを襲った。突然のことで動揺してしまっていた彼は頭からその液体を被ってしまう。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 いきなりハーブリードから煙が吹き出し、彼が着用している鎧が溶けていく。


「アッハハ! 言ったじゃないか~! 液体は毒だと。気化しても弱く醜い輩には効くけど、液体そのものは、基本的に誰にでも効くらしいさ~」


 ハーブリードは全身を緑色の液体に包まれながら、悲痛な叫び声を上げながら地面を転がっている。


「ハーブリードッ!」


 イオニスが駆け寄ろうとするが、ピタリと動きを止めてしまう。何故なら、そのハーブリードが震える手を上げてこっちへ来るなという仕草をしているのだから。

 確かに下手に近づき二次災害、いやこの場合は二次感染になるのか、もし触れてしまいその毒をイオニスが受けたらたちまち二名が戦闘不能に陥ってしまう。

 ハーブリードは熱さと痛みに耐えながらも仲間のことを考えたのだ。彼の選択はこの場において正しいだろう。


 しかし状況は悪化しないまでも、このままだとハーブリードが毒で溶かされるのをジッと待つだけになってしまう。

 シュゥゥゥゥッとハーブリードの身体から焼けている音が聞こえ、彼の身体が段々と黒々くなっていくのが皆の目に映る。

 そしてバタリと倒れたハーブリードに意識はあるのだろうか。時折ピクピクと痙攣してはいるが、虫の息だということが誰の目にも明らかだ。


 しかし彼が花を倒してくれたお蔭で、気化し続ける毒がなくなり、兵士たちも苦しみ続けることはなくなった。皮肉だが、彼は自分の身体で兵士たちを守ることに成功はしていた。


「あ~醜い身体になっちゃったね……悲しい、悲しいことだよこれは……。そうなる前は、僕には及ばなくても、中の下ほどマシな顔をしていたのに……そうなっちゃうともう……生きる意味は無いよね?」


 すると突然、倒れているハーブリードの身体を泡が覆い、ビジョニーのように空へと浮かんでいく。


「な、何をするの!」


 イオニスが叫び、


「そ、そいつを返すニャ!」


 クロウチも指を突きつけて声を張り上げる。しかしビジョニーは恍惚そうに笑みを浮かべたまま、


「君たちにも見せて上げるよ……本当に美しい一瞬を」


 高く上がっていくハーブリード。そしてまるで合図のようにビジョニーが言う。


「これが、一瞬の美さ」


 刹那、ハーブリードを包んでいた泡が光り輝き――――――爆発した。


「あ……ああ……あ……」


 イオニスは上空で上がった爆煙を凝視して身体を震わせていた。いつまでも落ちて来ないハーブリード。代わりに落ちてきたのは赤い液体と……焦げたナニカだった。


「う、嘘ニャ……アイツが殺られたニャ……?」


 クロウチはいまだ信じられずにイオニス同様空を見上げている。そしてハーブリード隊全員が彼の名を叫んでいる。無論返答は無かった。幾ら待っても、煙が晴れても、そこにあるのは空虚だけだった。


「うん、やっぱり一番の美しさは、儚さの一瞬だね」


 まるで他人事のように言うビジョニーに対し、イオニスがキレた。イオニスは大きく跳び上がり、


「ああァァァァァァァァァッ!」


 両手に備えた《回迅》を振り回し、物凄い勢いで空に浮かんでいるビジョニーに攻撃した。しかし《回迅》の向かう先にまたも泡が生まれ、爆発によって阻まれてしまった。

 しかし《回迅》はそれほど柔ではなく、あの程度の爆発なら壊れることは無い。すかさず手元に戻し、再び放つ。


「許さないのっ!」


 普段は無表情のイオニスが滅多に見せることの無い憤怒の表情をビジョニーが見下ろしながらやれやれという感じで肩を竦める。


「怒るなんて、醜いね……君は。だから気づかないんだよ、もうすでに君は…………チェックメイトさ」


 跳び上がり上空にいるイオニスの周りには、いつのまにか泡で囲まれていた。


「しまっ……っ!?」


 せっかくハーブリードが予測してくれたビジョニーの攻撃射程範囲内を忘れてしまっていたのだ。迂闊にも彼の距離に近づいてしまった。


「君も……サヨナラ~」


 誰もが時を凍らせたように固まり、イオニスが成す術も無くこれから泡の餌食になってしまうのを見つめていた。

 そしてイオニスもまた、怒りに我を忘れて、ハーブリードの助言を無駄にしたことで、仇を討つどころか殺されることに悔恨を得ていた。


(……みんな……ごめんなの……)


 イオニスは歯を食い縛るのを止め、命を諦めたその時――――。


「――――――《雷陣空激》っ!」


 甲高い叫び声がイオニスの耳に届いたかと思えば、周囲の泡が全て他の青白い泡に囲まれていた。イオニスはハッとなりながらも、いつまでも起きない爆発に、何かあったのだと推察してそのままキリッと視線をビジョニーに向けると、再び《回迅》を放った。

 ビジョニーも何が起こっているのか困惑気味の表情をして、向かってきた《回迅》から逃れようと泡を動かすが、その移動は遅く、見事その泡を貫いた《回迅》はビジョニーの頬と髪の毛を切ることに成功する。


「くっ!」


 体勢を崩されたビジョニーは必死な形相で身体を回転させて何とか着地をする。そして彼はおちゃらけた様子とは違って真剣みを帯びた目でイオニスを見つめる。

 イオニスもまた、無事地面に降りたはいいが、何故爆発しなかったのか不思議な面持ちでいると、視界に懐かしい姿が映る。


「……ミュア……?」

「イオちゃんっ!」


 そこにはかつて決闘で互いの力をぶつけ合い認め合った戦友のミュア・カストレイアがいた。



     ※ 



 ミュアのお蔭でイオニスは間一髪で危機を乗り越えることができた。そして何が起きたかいまだに理解ができていない表情のビジョニーに、さらなる追い打ちがかかる。


「はあぁぁぁぁっ!」


 彼に素早く詰め寄る影。ビジョニーもそれに気づき咄嗟に後ろへ飛び退けるが、


「逃がさねえよっ! 《風陣爆爪》っ!」


 突如その影から凄まじい気流が生み出されて、ビジョニーは一歩下がったにも拘らず、さらに吹き飛ばされて関所の壁に激突した。


「やったぁ、おじさん! さすがだよ!」


 ミュアがそれを成した人物に対し称賛を送る。そう、その相手こそ、ミュアの保護者であり、日色の最初の仲間の一人であるアノールド・オーシャンだ。


「へへ、あったりめえよ!」


 アノールドが白い歯を見せながらニカッと笑う。だがそこでアノールドは周囲を確認して眉を寄せる。


「そういや、隊長さんは三人いるって話だったけど、もう一人はどこなんだ?」


 そんな彼の当然とも思える言葉にイオニスとクロウチは消沈したように表情に陰りを生む。


「ど、どうしたのイオちゃん? クロウチ様も……」


 ミュアも二人の様子が気になったようで尋ねているが、イオニスはその重い口をゆっくりと動かす。


「……アイツに……やられたの」


 憎しみの籠った視線を地面に膝をついているビジョニーに向けるイオニス。


「おいおい、やられたって、殺されたってことか? あの魔軍の隊長がか?」


 実際アノールドはハーブリードと決闘で相対している。彼の強さや人柄もそれなりに熟知しているつもりなのだろう。だからこそ、イオニスの言葉が信じられないのだ。

 見れば、ハーブリード隊の兵士たちが悔しそうに涙を堪えている。


「……てめえ……っ!」


 アノールドは明らかな殺気をビジョニーにぶつけると、力一杯拳を震わせている。


「間に合わなかったんだ……ごめんねイオちゃん」


 ミュアはもう少し自分たちが早くここへ辿り着いていればと思っているのだ。すると突然、


「アッハハハハハハハハハ!」


 戦争の場に似つかわしくない笑い声がビジョニーから放たれている。その態度に皆の憎しみはさらに深まる。


「ん~君たちはアレかい? 愚かなのかい? これは戦争なのさ~、戦えば傷つくし死ぬ。殺さなければ殺されるのが真の戦いというものさ~」


 ビジョニーは再び立ち上がって何がおかしいのかまた笑い出す。


「死にたくないのなら、こんなところへ来なきゃ良かったのじゃないか~い! ここは戦場、弱くて醜い奴が先に死ぬのは当然さ~」


 その言葉に怒りを爆発させたのはハーブリード隊の者たちだった。隊長という指針を失った彼らは、その行為がどういう状況を招くのか理解せずに、手に持った武器を引っ提げてビジョニーに突撃した。

 だがそれを許しはしないのがビジョニーだ。彼がいやらしそうに口角を上げると、兵士たちの周りに再び殺傷力の高い泡を出現させた。

 誰かが止まれぇっと叫び、前進を阻止。だが後退もできず、完全に身動きを失った兵士たち。


「君達も~、一瞬の美に酔えばいいさ」


 泡が光り輝いたかと思うと、兵士たちは爆発が来ると覚悟して目を閉じる。しかしいつまで経っても爆発音も痛みさえもやってこない。

 不思議に思った兵士たちが目を見開くと、先程のようにビジョニーの泡が、さらなる泡で覆われていた。


「させませんっ!」


 ミュアがキリッとした表情でそう叫ぶと、ビジョニーが笑みを崩しながらミュアに視線を送る。


「……僕と似たような魔法……いや、情報では君は獣人か。ならこれは《化装術》だね。僕の泡を、君が作り出した別の泡で覆って、爆破を防いでるってわけなんだね」

「そうです! わたしの《雷陣空激》に包まれたら、全てが麻痺します」

「全てが? ……つまり行動も、効果も、何もかも……かな?」


 ミュアは返事をせずにジッとビジョニーを睨んでいる。そしてクスクスとビジョニーが再び笑い出した。


「そっかぁ~、君がそうなんだぁ~、なるほどさ、だから陛下は君を……理解したよミュア・カストレイア」


 ビジョニーが向ける獲物を見つけたハンターのような視線に、ミュアの背中に冷たいものが走った。


「アッハハ! なかなかに美しいその銀髪! 僕には劣るけど愛らしいその瞳! ん~それに僕の度肝を抜いた《化装術》! いい! いい! いいよ君! さすがは『銀竜』の生き残りだっ!」


 ビジョニーの言葉にミュアだけでなくアノールドも反応する。


「てめえ! 何をごちゃごちゃと言ってんだ! さっさと潰れろっ!」


 アノールドがまるでビジョニーの話を止めようとするかのように突っ込んでいく。だがビジョニーの身体を泡が覆い、上空へと逃げていく。


「ちっ! 逃げんなコラ!」

「アッハハ! 君のような不細工な暑苦しさは勘弁さ~。さあ、どうする? 愚鈍な獣人が、必死で空を跳び上がってみるかい? それともそこから何かしてみるかい? アッハハ!」


 優越感に浸る彼にアノールドは舌打ちをするが、その時、イオニスの目が確信を得たように細められた。そして膝を折り、地面に手を触れると、


「お前が、落ちてくるの!」

「へ? 何を……うぐっ!?」


 ビジョニーが突然そのまま物凄い勢いで地面に落下してきた。バキィッという音とともに、地面と激突したビジョニー。その衝撃のせいか彼を包んでいた泡は消失していた。


「がぁっ……っ!?」


 身体の痛みよりも、自分の身体が地面から離れないことが不思議なのか、困惑の色が表情に宿っている。

 アノールドやクロウチは事の起こりに唖然としていたが、ミュアだけは何が起こったのか理解していた。


「あ、もしかして《磁気魔法》? そっか、あの時だね!」

「うん」


 ミュアに助けられた時、そのチャンスを狙い、イオニスは《回迅》でビジョニーに攻撃した。ダメージこそほぼ皆無だったが、それでも磁気を帯びた《回迅》がビジョニーの肌に触れた。その時、彼の身体に磁気を流して、ニッグの時と同じ状態を作り上げたのだ。

 イオニスの磁気を帯びたものに、触れるだけで同様の磁気を受けてしまう彼女のユニーク魔法である。


「コイツ、どうする?」


 アノールドが、地面でもがくように動くビジョニーを見下ろしながら言う。


「捕虜は必要無いの。コイツは……イオがトドメを刺すの」

「イオちゃん……」


 ミュアはイオニスのその言葉に動揺を隠せないようだが、何も言えず不安気に彼女を見つめている。ミュアは人が死ぬのはどんな状況でも嫌なのだろう。しかし命を何とも思っていないビジョニーの言動に皆が怒りを覚えている。

 そしてビジョニーは多くの人の命を実際に奪っている。そしてここは彼が言うように戦場。このまま捕まえても、皆は納得しないだろう。


 ミュアの本音では、イオニスに人殺しなどしてほしくは無いだろうが、彼女の気持ちも理解できるため、何も言わないという選択をするしかなかったのだ。

 イオニスが静かに近寄ると、突然ビジョニーの周りに無数の泡が浮かび始めた。


「往生際が悪いの!」


 だが確かにこの魔法は厄介である。このまま近くで爆破すれば自分も巻き込まれると察したのか、一旦距離を取ったイオニス。

 しかしその時、一つの泡がビジョニーから上空へと浮かんでいく。皆もそれに気づき目で追っている。


「……何だ? 中に何か入ってねえか?」


 アノールドの言う通り、泡の中には赤い石のようなものが入っていた。すると突然それが泡とともに爆発した。

 その時、まるで花火のように赤い光が周囲に降り注ぐ。そして、地面に磔にされていたはずのビジョニーが重力を感じさせないような素早い動きで起き上がり、その場を離れて行く。


「なっ!?」


 無論一番驚いたのはイオニスだろう。何故なら彼女は魔法を解除などしていない。それなのにあの軽快な動きはありえない。

 距離を取ったビジョニーは口元から流れ出ている血をサッと拭き取ると、


「君たち全員を一人で相手にするのはさすがにしんどいようだね~。だから諦めたよ、一人でやるのは」


 すると、ドスンドスンドスンドスンと凄まじい地面の揺れと共に地響きが聞こえてくる。


「時間稼ぎはもう終わりだよ~」


 ビジョニーは岩場を利用して関所を登り、最初いた時と同じ場所に立ち全員を見下ろす。

 その間も、ドンドン大きくなる地響きと揺れ。そして、それがピタリと止み、次の瞬間、その場にいた者たちの目に衝撃の光景が映った。

 関所の壁は三十メートルくらいはある。その関所を越えて、大きな物体がミュアたちを見下ろしていたのだ。



     ※



「時間だ。そろそろ俺は退くぞ」


 【ムーティヒの橋】では、アビスとイーラオーラが、シュブラーズとラッシュバル率いる連合軍を相対していた。連合軍が優勢であり、【ドーハスの橋】のように、橋を渡り人間界への侵入を果たしていた。

 多くのゾンビ兵はシュブラーズが連れて来た勇者である朱里たちの光魔法で土に還らされてしまっている。そして今、イーラオーラはシュブラーズと、アビスはラッシュバルと対決していたのだが、突如アビスがここから退くと言った。


「ああ? もうそんな時間か? こちとらまだ暴れ足りねえが?」

「言っただろイーラオーラ、お前は別にここで残ってもいい。そこの女、かつてお前が逃したのだとしたら、きっちりけじめをつければいい」

「オイコラ、間違えんなアビス! 逃がしたんじゃねえ、逃がしてやったんだよ! なあ、そうだよなシュブラーズ?」


 イーラオーラがその厳つい顔をシュブラーズに向けニヤッとする。


「相変わらず趣味の悪い顔ね~、息も臭いからこっち向かないでくれるかしらぁ~」

「この女ぁ……そんなに捻り潰されてえか?」


 イーラオーラの額に青筋が大量に浮かぶ。そしてアビスが踵を返そうとした時、


「待てっ! ここから逃がさんぞ! 貴様はこの戦槍で貫いてくれるわ!」


 ラッシュバルが自慢の《キラージャベリン》を構え意気込みをぶつけている。


「……悪いが、お前たちの相手はそこのデカ男と……」

「オイコラ、誰がデカ男だ!」


 しかしアビスはイーラオーラの文句には付き合わず、


「……巨人が相手をする」

「巨人……だと?」


 すると、突然アビスの後方、少し距離があるが地面に魔法陣が広がる。そして、その中から現れた物体に、度肝を抜かされる。

 体長三十メートル以上はあると思われる巨躯。ゴブリンの醜悪な顔とトロルの巨体が融合して巨大化したような気味の悪い生物。薄汚れた緑色の肌を持ち、大きな顎からは収まりきれてない牙が見え、そこから涎が零れ落ちている。まさに巨人だった。


「紹介しようか。アレは《醜悪な巨人アグリィ・ジャイアント》だ」

 「バカな……何てデカさだ……っ!?」

 

 アノールドは、突如として出現した緑色の巨人に対し、視線を固まらせていた。いや、アノールドだけではない。その場に居る敵のビジョニー以外は、皆が言葉を失ってまるで他人事のように傍観していた。


「醜いだろ~? 僕としてはもっと美しい造形を好むんだけど、どうもモンスターを合成させて造っただけはあって、こんなにも醜く生まれてしまったらしいのさ~。紹介しよう、《醜悪な巨人》だよ!」


 ビジョニーが関所の上で声高に叫んでいる。


「あとはコレに任せるさ~」


 ビジョニーが関所から去ろうとした時、


「待つのっ!」


 イオニスが普段は見せない怒りの表情をぶつけている。


「……何かな~?」

「逃げるの?」

「……アッハハ、あの男の仇を討ちたいのかい? 醜い感情さ~」

「くっ……」

「ならここを凌ぐんだね~。僕は王城にいるから…………殺されにおいでよ」


 刹那、信じられないほどの殺気がビジョニーから迸る。ビリビリと空気を緊張させるような肌を突き刺すような威圧感。それまで飄々とした態度をしていた彼からは考えられない雰囲気をその一瞬に見せつけている。

 笑みを消し、冷酷な瞳でイオニスを見下ろすビジョニーは、すぐにニヤッと再び砕けた表情を浮かべる。


「またさ~」


 そう言うと、ビジョニーはその場から姿を消した。それと同時に、凄まじい破壊音が皆の耳を突く。

 何故なら巨人が関所を追い潰すように壊しながら前進してきたのだ。


「橋を壊されるわけにはいかニャいのニャ! お前たち、アイツを止めるニャ!」


 一歩ずつ歩く度に揺れる地面、そしてその巨大な足跡を残し巨人がドンドン橋の方へ向って来る。このままあの巨体で橋に近づかれると壊される危険性がある。

 せっかく多くの犠牲を払って、橋を攻略できて、これから補給やら進軍やらで利用するというのに、橋を壊されたらそれが滞ってしまう。

 是が非でも橋を落とされるわけにはいかないというのは、この場に居る誰もが理解していることだった。

 まだ橋にも残っている兵士たちが、揃って巨人の侵攻を止めるべく壁となって立ち塞がる。

 だが巨人はその剛腕を地面に向けて放つと、まるで小規模の爆発が起きたような威力が兵士たちを襲う。


「接近戦は止めるの! 魔法と《化装術》で弱らせるの!」


 イオニスの叫びに皆が返事をして、遠距離から魔法や《化装術》で攻撃し始めた。しかし《化装術》は問題なく使用できたが、何故か魔法が使えないのだ。『魔人族』の兵士たちに混乱が生じ始める。


「どういうことなの………………あっ!」


 そこで先程、ビジョニーが赤い石を爆破したことを思い出す。周りを見て、まだ微かに石の欠片が宙を舞っている。大体範囲は半径三十メートルほどだ。


「まさか……」


 イオニスはその範囲から急いで出ると、再び魔法を使い始めた。するとそこでは魔法の発現が確かに見られたのだ。


「あの赤い石は《魔法無効化フィールド》を生み出す結晶体というわけなの……」


 範囲内では一切の魔法が使用不可能になるようだ。


「みんな! もっと離れてるの! そうしたら魔法が使えるの!」


 イオニスはクロウチたちにも、自分の見解を話し納得を得る。そして『獣人族』たちは前衛、『魔人族』は後衛で魔法攻撃することにした。火や風、水や雷など様々な属性を持つ攻撃が巨人に向けて放たれる。だが魔法攻撃に関しては、赤い石の欠片が舞うフィールドに入ると、霧散して消失してしまう。


「……外から放っても消されてしまうの……どうすれば……?」


 どうやらいくら外で魔法が使えても、範囲内に魔法が侵入するとやはり無効化されるようだ。兵士たちもどうすればいいか戸惑っている。とにかく魔法が使えない以上、今は剣などの武器で対抗するしか方法が無い。イオニスは初めて《化装術》に対し嫉妬してしまったようで、獣人たちを羨ましそうに見つめている。


 『魔人族』たちにはできるだけ弓など、遠距離攻撃を主軸にした攻撃を命じ、そして十分ほどが経過した時、ふと周囲に舞っていた赤い欠片がなくなっていることにイオニスが気づいた。


「……もしかして」


 そう思い魔法を範囲内で使用してみると、思った通り使うことができた。どうやら無効化にも時間制限があるようだ。そこでその事実を『魔人族』たちに伝えたところ、ようやく魔法が使えることを喜び、皆が一斉に魔法攻撃をし始めた。

 的が大きいので見事命中し、皆からも「やったぞ!」、「ドンドン撃て!」など希望を見出したような声が発せられる。


 しかし攻撃による煙が晴れて現れたのは、ほとんど無傷の巨人だった。しかも受けた傷もその場から即座に治癒していく。


「自己再生能力なんて持ってんのかよ!」


 アノールドの見解通り、巨人には自己再生能力が備えられているようで、傷を受けても瞬く間に元通りになっていく。

 緑色の皮膚に刺さった剣や槍なども、押し出されるように地面へと落ちてくる。まさにダメージ無しといったところだ。


「おいおい、こんな奴どうすりゃいいんだよ! あ、ミュア危ねえっ!」


 アノールドの目にはもう少しで巨人に踏み潰されそうになっているミュアの姿が映る。だがミュアもその小さな身体を素早く動かしてその場から脱出する。


「無事かミュア!」

「うん、おじさん! で、でもどうしよう? このままじゃみんなが……」


 何とか巨人の前進を止めるために壁になっている兵士たちだが、まるで相手にとっては砂で造られた壁のような感じで、軽く散らして歩を進めていっている。

 大人と子供、いや熊と子供といったところだろうか。まるで歯牙にもかけない感じでハエでも払うかのごとく手や足を振るうと、兵士たちが吹き飛んでいく。


「イオちゃんの魔法で動きを封じたらどうかな?」


 ミュアの提案に誰もがそれだと思いイオニスの顔を見つめる。しかし当の本人であるイオニスは申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「どうしたのイオちゃん?」

「うん……確かにアレが魔法じゃない限り、イオの魔法は通じると思うの」

「そ、それじゃ!」

「けどなの、あの巨体じゃ……ううん、とりあえず一度やってみるの」


 イオニスが両手に持っている《回迅》を力強く握りしめると、そのまま巨人に向かって走り出す。土を弾きながら巨人の攻撃を軽やかにかわし懐へと侵入する。

 そして大きくジャンプすると巨大な顔目掛けて《回迅》を放った。相手の眉間辺りに見事に命中しするが、少し顔がクイッと後ろに反り返っただけで、大したダメージは無さそうだ。

 イオニスは身体を回転させながら着地すると、そのまま地面に触れて磁気を流し始め、


「沈むのっ!」


 地面からパリパリッと放電現象が起きたと思ったら、ピタリと巨人の動きが止まり、その巨大な頭が徐々に地面に向かって落ちてくる。


「やったぁ! さっすがイオちゃん!」


 ミュアも喜び、他の者も、これで先程のニッグやビジョニーのように動きを止められると思い思わず頬が緩んでいる。

 しかし地面へと向かっていたその顔がピタリと止まる。


「ガ……ガガガガァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 耳を押さえなければならないほどの凄まじい叫声と、そこから生まれた圧力に近くにいた者は吹き飛ばされる。イオニスも例外ではなく、盛大に地面を転がっていく。

 そして巨人は魔法効果が失われたように自由に身体を動かし暴れ始めた。


「そんな……イオちゃんの魔法が効かないの?」

「くっ……」

「イオちゃん! 大丈夫!?」


 ミュアは地に臥しているイオニスに駆け寄る。


「う……やっぱりあの巨体じゃ、イオの魔法は効きにくいの……」


 どうやらイオニスはそのことに気づいていたようだが、とりあえず試しに攻撃したところ、やはり彼女の思った通りの結果になってしまったようだ。


「ありゃ、アレだな。《退魔の雄叫び》ってヤツだ」

「おじさん……でもそれって獣人の中でも特別な種族しか使えない力だよね?」

「ああ、あのデカブツが一体どういう存在なんかしんねえけど、とにかく今のは俺が前に見た力とそっくりだ」

「……前って、おじさんは見たことあるの?」

「……ああ、お前は知ってるはずだぜミュア」

「え?」


 アノールドの告げた言葉に虚を突かれたような表情を見せるミュア。そして彼の口がその答えを紡ぎ出す。


「お前の親父だよ」

「お、お父さんが!?」

「ああ、《退魔の雄叫び》ってのは魔法を弾き飛ばす効果を持ってる。お前の親父が得意としてた業だ」

「……そっか、お父さんが」


 神妙な顔つきをし、ミュアは顔を若干俯かせる。死んだ父親のことを思い出しているようだ。そして振り切るように顔を左右に振ると、


「でもおじさん、魔法が効かないならどうすればいいの?」

「いや、別に魔法が効かねえってわけじゃねえ。雄叫びをされると魔法効果が弾かれるってだけだ。それに普通なら大量の力も使うし、そうそう簡単に使えるようなものじゃねえんだが……」


 まるで疲弊を感じさせない動きを見せている巨人を苦々しく顔を歪ませてアノールドが見つめる。


「どうやらまだ元気そうだしな……とにかく魔法が効かねえんじゃねえんだ! さっきから見てると、特に火と風には耐性が薄いみてえだ。皆でその二つの属性を集中的に浴びせれば、動きぐらい止められるかもしれねえ」


 確かに他の属性と比べると、火と風の魔法や《化装術》の方が、容易に相手の皮膚を傷つけることができるようだ。無論それもすぐに自己再生するのだが、一点に集中させて攻撃すれば、もっと大きなダメージを与えることができるはずとアノールドは考えた。


「それいいニャ! アノールドの案でいってみるニャ!」

「分かったの! 火と風の魔法を使える人、集まってなの!」


 イオニスの言葉を聞き、『魔人族』と『獣人族』の兵士たちが、ぞろぞろと集まってくる。


「これからすることを説明するの! 火と風の属性攻撃を一点集中させて巨人にぶつけるの! 狙うは、まず右足なの!」


 歩を進める足を狙って、そこを破壊することができれば進撃を阻止することができる。

 兵士たちは緊張の面持ちでも、もしかしたら巨人を止められるという提案に希望が見えたようで返事に力が込められていた。

 それぞれ火と風の部隊を組織して、巨人を挟むように左右に待機する。


「いいかニャ! 巨人が右足を前に出した瞬間を狙うのニャ!」


 左右同時に火と風の属性攻撃一点集中。これならば必ず大きなダメージを与えられると判断した。


「他の者は左右の部隊に巨人が攻撃しないように引きつけるのニャ!」


 もし巨人が左右の部隊に意識を向けたら作戦が失敗する可能性が高いので、巨人の目の前にいる者たちに、巨人を刺激して左右に注意を向けないように務めをクロウチが命じた。

 左右の部隊以外の者たちが、必死で遠距離から魔法や《化装術》で気を引いている間、左右の部隊ではそれぞれ最大の攻撃をするために力を溜めていた。

 左右には凄まじい速さで魔力が高まっていく。これならば少なくとも右足は破壊できると誰もが思えた。


 しかしその時、巨人の動きがピタリと止まる。もしかしたらまた《退魔の雄叫び》を使用するのかもしれない。そう思い、クロウチが左右の部隊に、まだ攻撃するなという合図で手を上げて見せる。

 雄叫びが終わって、巨人が動き出した瞬間がチャンスだと兵士たちも感じているようだ。だがその思惑は残酷なまでに裏切られることなった。

 突如腹を大きく膨らませた巨人の瞳が怪しく光る。

 そして、その瞳が左にいる火の部隊を捉えたと思ったら、その大きな口を開く。


 その口から――――――――――――殺意を含んだ光の塊が放たれた。






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