164:集結する顔ぶれ
日色はアヴォロスの宣言から戦闘終了まで一部始終を黙って見ていた。突如として現れた助っ人らしき人物。
その中には見覚えのある者が二人いた。ジュドム・ランカース。彼は会談の時に一度会っている。二言三言話した程度だが、大きな男だという印象が強かった。
そしてもう一人、テッケイル・シザー。彼とも面識がある。
アノールドとミュア、そしてウィンカァとハネマルも彼のことを知っている。しかし彼らはテッケイルが『魔人族』だということも知らないし、本名も知らないはずだ。
そしてもう一人、ミュアと同じくらいの少女であるファラ。まだ彼女が何者かは分からないが、一体ジュドムとファラは何の目的でこちらに来たのか……。
その時、チラリとジュドムが日色を見て笑みを浮かべたのに気づいた。まるで「後でな」と言われているような感じだった。
こちらとしては後で話すような間柄でもないので不可思議な思いを抱いた。すると日色のそばにテッケイルがやって来た。
「久しぶりッスね、ヒイロくん」
「そうだな、偽名野郎」
「う……それは言わないでほしいッスよ。まさか本名を名乗るわけにはいかなかったんスから」
あの時、彼がテニー・クウェスと名乗っていたことを思い出す。
「実はッスね、ヒイロくんにも聞いてほしい話があるんスよ」
「……オレに?」
「そうッス。これから陛下が会議をすると思うッスけど、それに参加してほしいんス」
ハッキリ言って面倒だった。しかし日色自身、《マタル・デウス》には恨みがあり、その情報が得られるなら利用価値はあると思った。
「いいだろう」
「ホントッスか! アハハ、良かったッス」
相変わらず人懐っこそうに笑うなと日色は思い肩を竦める。日色は空に浮かぶ太陽を見上げると、
(これから忙しくなりそうだな)
本来なら戦争になど関わりたくは無い。だがこの戦争を犯している《マタル・デウス》、特にノア・ブラックという人物には因縁がある。
(オレにケンカを売ったこと、後悔させてやる)
強い決意を胸に秘め、日色はテッケイルの後について歩き出した。
【魔国・ハーオス】の会議室では『魔人族』の上層部の面々に加えて、日色もその中にいた。
テッケイルとジュドムが中心となって、話を進めていた。日色は黙ってその話を聞き、一緒に来ていたリリィンとシウバもさして興味が無さそうな表情をしている。
興味が無いなら出て行けよとも日色は思うが、日色が行くならとついてきたのだ。
テッケイルたちの話をイヴェアムたちは息を飲みながら聞いていた。それはそうだろう、何せ彼がアヴォロスに捕まって、それを助けたのがジュドムであり、そしてその傍にいる少女が【ヴィクトリアス】の第二王女ファラだというのだから。
特にファラが何故このような場にいるのか、皆が不可思議に思った。そこでジュドムが彼女を救ったという話を聞き、ファラもまた勇者召喚の失敗で一年以上眠っていたことを話す。
話している際、ファラの表情はどことなく不安気でか細い雰囲気を感じた日色だが、そばにジュドムがいるせいか、場の雰囲気に呑まれないように喋っていた。
確かにこの状況を見れば、敵国の自分がどういう扱いを受けるか、ネガティブに考えても仕方が無いだろう。
彼女の中では『魔人族』という存在は、野蛮で話を聞かない者たちだと認識しているようだった。しかし『魔人族』であるテッケイルと触れ合いながら、少しずつでも考えが変わっていっているというようなことを言っていた。
(ふぅん、コイツが第二王女ね……)
日色はストレートなオレンジ色の長髪を後ろで束ねているファラに視線を向ける。日色を召喚した第一王女であるリリスとやはり似ていた。
こちらはまだ幼く小柄な感じだが、目の輝きは強いものを感じる。白い肌に血色の良い唇。救出された当初は、まだ身体に力もほとんど無く、頬もこけていたというが、今はそれは見えない。どうやら健康状態は良好そうだ。
すると日色の視線に気が付いたのか、ファラが目を向けてきて、自然と合わさった。だが突然サッと顔を俯かせると、肩を小刻みに振るわせ出した。一体どうしたのかと日色が思っていると、ゆっくり顔を上げてまた視線を合わせてきた。気になったのは、その表情を青ざめさせていたことだ。
彼女は何かを決意したように小さく頷くと、そのまま椅子から立ち上がり、何を思ったか日色の傍まで来た。他の者も突然の彼女の行動で言葉を失っていた。
「すみませんでしたの!」
場が静まる。
「……何故急に謝る?」
さすがの日色も、意外過ぎるファラの行動に目を大きく見開いたままだ。しかし驚く皆の中でジュドムとテッケイルだけは表情を変えていなかった。彼女の行動の意味を二人は知っているのだろうと予感させた。
「……あなたを召喚したのがリリスお姉さまだとお聞きしましたの」
「第一王女のことか? なら間違いないな」
「だからこうして謝罪するんですの」
「……?」
本当に意味が分からず日色は首を傾け、思わずテッケイルの方に視線を向ける。事情を知っていそうな彼に説明を求めたのだ。
すると彼は肩を軽く竦めると、
「ヒイロくん、ファラ姫はたとえ自分じゃなくても、家族であるお姉さんが君を召喚したことについて謝ってるんスよ」
「……だから何故謝る?」
「え? だって召喚は強制なものだったッスよね?」
テッケイルのその一言でファラの真意がようやく理解できた。
「なるほどな、つまりお前は身勝手にも異世界に連れてきた自分の姉に代わって頭を下げてるってことか?」
「……は、はいですの」
いまだに頭を下げているファラ。しかし日色は溜め息交じりに言う。
「第一王女にも言ったが、気にするな」
「で、ですが!」
ファラは勢いよく顔を上げる。察するに、彼女はジュドム辺りから今の世界情勢を聞き、そして勇者という存在の意義についても聞かされたのだろう。
当初、彼女は父である国王に言われるまま召喚を行ったのだと推察。そこに自身の考えなどほとんど無かった……というよりも偏ったものだったのだろう。
『魔人族』が悪い。このままでは『魔人族』に滅ぼされる。だから異世界から救世主を呼ぶ。そして助けてもらう。
そういう思いだけを国王から聞かされていたに違いない。そして実行し、失敗した結果、《反動》で眠り姫と化してしまった。
しかし目覚めた彼女は、ジュドムから召喚の残酷さを聞いたのだ。勇者にも家族があり、自分の世界がある。それなのに、こちらの一方的な都合で誘拐と同義なことをし、あまつさえ強いのだからと力の使い方を教え、傀儡のように扱う。
それを聞かされたファラが、もしまともな思考の持ち主だとしたら、自分たちがしたことの罪深さを知っただろう。
だからこそ、ファラはこうして日色を召喚したのが姉ではあっても、自らの責だと断じて謝罪しているのだ。
今彼女の目には申し訳なさと怯えが潜んでいる。怯えは日色に何を言われるか分からず恐怖しているのかもしれない。
それでも一歩も引かず姉の、ひいては元凶である国王の代わりに頭を下げる彼女に、少なからず日色は好感を抱いた。
(あの王や馬鹿っぽい第一王女みたいな連中が王族の全てだと思ってたが…………なるほどな、こういう奴もいたってわけか)
彼女の真摯に罪と向き合う姿勢は褒められるものだった。しかしそれでも日色にとっては的外れな謝罪だ。
何故なら――。
「オレは感謝してるぞ」
「……え?」
日色の言葉が予想外だったようでファラは小さな口をポカンと開いている。
「この世界に召喚されて、オレは良かったって言ってる」
「え……ど、どうしてですの?」
「この世界は…………面白いからな」
「お、面白い……?」
いつ戦争が起きてもおかしくないこの【イデア】を面白いという者は、そうはいないだろう。下手をすれば巻き込まれて命を落とすかもしれない。
事実死線なんてものは幾らでもあった。その度に日色は知恵と力で乗り越えてきた。一歩間違っていたら今頃ここにはいなかっただろう。
しかしそれでも日色にとっては、とても刺激的で、興味深くて、これほど楽しい世界は無かった。
「だからお前がオレに対して罪を背負うことは無い」
「…………っ!?」
「確かに、この世界に来たのは偶然だろうが、その偶然にオレは感謝してる。お前の謝罪は一応受け取っておくが、もう気にしなくていい」
「…………」
「だから………………泣き止め」
ポタポタ……ポタっと、床に数粒の滴が落ちる。その正体はファラの涙だ。
「ひぐ……ぐす……で……ですが……私は……怖くて……」
もし自分が何も知らないまま、召喚に成功していたとして、勇者でも何でもない、ただ巻き込まれた日色がこの世界で死んでしまえば、それは巻き込んだ自分のせいだとでも思っているのかもしれない。
「だか……ら……ぐす……一言……お姉さまと…………父様……の代わりに……謝り……たくて……ひぐ」
彼女はきっととても心根の優しい人物なのだろう。きっと日色に暴言でも吐かれても構わない、もしくは手をあげられても構わないと思い、こうして覚悟して立っているのかもしれない。罰を受けるような謂れはないと日色は思うが、彼女は家族の全てをその小さな肩で背負っているのだ。そんな彼女を見て、見た目とは違って強い奴だと日色は感じた。
目の前で泣いているファラを見て思わず居心地が悪く感じ頬をかく。何故か皆の視線が日色に集中しているので、まるで日色が苛めて泣かしてしまっているかのような図だ。
「……はぁ、いいから泣き止め。というか謝るとしても筋違いだし、お前が背負い込むようなことじゃないだろうが」
「ひぐ……ぐす……っ」
「もしお前がどうしても謝りたいっていうなら、この城に勇者がいるからそいつらにしろ。オレにはもういらんぞ」
「……ぐす……勇者……様が?」
「おいおいヒイロ、泣いてる女の子にはもうちょっと優しい言葉遣いできねえの?」
長卓の上に乗っている精霊のテンが言うが、
「黙れ、そもそもさっきは謝罪を受けるとは言ったが、よくよく考えてみればコイツから受ける理由もホントなら無いんだぞ?」
「そうは言うけどさ、こうして可愛らしい女の子が泣いてんだから……」
「だから言っただろうが、オレはもう気にしてないと。いいか泣き虫、さっきも言ったように謝罪するなら勇者にしろ、分かったな?」
「……な……泣き虫……」
「分かったな?」
「は、はいですの!」
もう強制的に頷かせてさっさと会話を終わらせたかった日色は、彼女から肯定を得るともう喋らないといった感じで腕を組み目を閉じた。
呆然としているファラに対し、テンがフォローを入れた後、話は元に戻って行った。ファラは自分の席に戻るとジュドムに「良かったな」と頭に手を置かれ嬉しそうに微笑んでいた。
それからはまたテッケイルとジュドムが中心となって話し始めて、一通り話し終わった後で、イヴェアムが難しい顔をしながら口を開いた。
「そうか、すまなかったテッケイル。助けにいけなくて」
「いやいや、いいんスよ。実際のところ、本当にオイラが生きているのかどうか分からなかったはずですし、下手に手を出せるような相手でも無かったと思うッスからね」
「すまない。そしてジュドム殿、この通り、私の大事な家族を助けてくれて本当にありがとうございました」
イヴェアムは素直に頭を下げる。どうでもいいがこの世界の王族は頭が軽過ぎると日色は思った。感謝や謝罪をするのは人として当然なのだが、王族は下々にはそういう行動を比較的慎むと偏見を持っていたのだ。
(まあ、感謝や謝罪ができない奴よりずっといいがな)
薄く開けた目でイヴェアムの姿を確認すると、そのまままた目を閉じる日色。
「どういう経緯でテッケイルがアヴォロスに捕まったのか、そしてどうしてジュドム殿とともに行動しているのかは理解できた。しかしできればもっと早く無事を報せる連絡がほしかったぞテッケイル」
イヴェアムが少し責めるような言い方になる。テッケイルは苦笑を浮かべて頭をかきながら、
「ん~そうなんスけど、ジュドムさんの手伝いをしてると、どうやら近いうちに魔界へ行く必要があると思われたので、どうせなら自分の足でこうしてみんなに対面して無事なところを見せようかなと思ったんス」
「それなんだが、ジュドム殿の手伝いとは何だ?」
イヴェアムが尋ねると、「ああ、それは……」とテッケイルは日色に視線を向ける。自然とその場にいる全員も同様に視線を集中させた。
会話が止まったことに不自然さを感じて、日色はゆっくりと瞼を開ける。すると何故か自分が注目されていることを知り固まる。
「実は……オイラたちはある人物から、奇妙な話を聞いたんス。まあ、オイラは直接は聞いてないッスけど」
「ある人物?」
「さっき話した占い師のことッス」
イヴェアムは「ああ」と思い出すように呟く。占い師というのはジュドムに助言をした人物だと皆が知っている。
「その占い師がジュドムさんが国を奪い返すために、ある少年を仲間にした方がいいって言ったらしいんス」
日色は物凄く嫌な予感がした。そしてその予感は的中する。
「それがそこにいるヒイロくんのことッス」
突然テッケイルが妙なことを言い出した。何でもジュドムにはどうしても会いたい人物がいるそうで、その人物探しをテッケイルが恩返しのためにも手伝っていた。
そこまではいい。だがその人物が問題だった。あろうことか、ジュドムの探し人が日色だというのだ。
ハッキリ言って、面識はあるものの自己紹介すらしていない間柄である。それなのにジュドムが自分を必要とする理由が分からないと日色は首を傾げる。
「……どういうことだ?」
日色は事の真意を確かめようとテッケイルに聞き返すと、
「実はッスね……」
黙って話しを聞いてみると、先程出た占い師が名指しで日色の名前を呟いたと言うのだ。その時、イントネーションか、わざと間違えたのか分からないがヒーローとジュドムは耳にし、テッケイルにその名前を持つ者を探してもらっていたようだ。
紆余曲折はあったものの、そのヒーローがヒイロではないかと思い、こうして会いに来たのだという。
「まあ、ヒイロくんを見つけたのはここじゃなくて、【ラオーブ砂漠】だったッスけど」
そこで日色は砂漠で出会った妙な小鳥のことを思い出した。魔力で形作られたような造形の鳥で、こちらをジッと観察していた存在。
「あの鳥はもしかしてお前か?」
「ハハ、そうッス。ヒイロくんを探すのは結構骨が折れたッスよ」
テッケイルは苦笑を浮かべる。彼が言うには、人間界や獣人界で日色の情報を拾い、日色が【魔国】にいることを知ったのはいいが、鳥を使い国を探しても見当たらなかった。
さらに詳しく調べた結果、ようやく日色が最近【ラオーブ砂漠】で修練をしているとの情報を得たという。
(コイツの魔法はさっき調べたが《絵画魔法》だったな……何とも便利な魔法だ)
自身のことを棚に上げて言っているが、日色の方が間違いなく便利である。
「そんで、どうッスか?」
「……何がだ?」
「何がって、ジュドムさんと手を組むということッスよ」
そう言えば、探し人に会うのは、その人物を仲間にするためと言っていたのを日色は思い出す。
日色はジュドムに視線を向けると、彼も真っ直ぐ見つめてくる。すると、
「いや、テッケイル、俺は無理矢理少年を仲間にしようとは思っていない」
突然ジュドムが驚くようなことを言ったので、テッケイルは唖然としつつも、
「ど、どうしたんスか? ここまで来たのはヒイロくんを仲間にするためッスよね? それともあの【ヒーロー】がヒイロくんじゃないとか思ってるんスか?」
「いいや、こうして会ってビビッてきた。多分少年で間違いないような気がする」
「だ、だったらどうして……」
テッケイルだけでなく、ファラも不思議そうにジュドムを見つめている。
「だってよ、いくら何でもいきなり過ぎやしねえか? 俺にはお前が必要だから、仲間になってくれっつうのはよ」
「で、ですが……」
「第一、命を懸けるような戦いに赴くんだぜ? そんな戦いに、自分勝手な都合だけを押し付けて仲間にするなんて、俺にはできねえな」
「ジュドムさん……」
どうやらジュドムという人間は、たとえ自分の不利になろうとも、誰かの人生を捻じ曲げてしまうような行動を好きで選ぶような者ではないようだ。
「それによ、実はな、相手が少年だと分かってからは、尚更誘うのは気が乗らなかった。だってよ、少年は強制的に召喚に巻き込まれてこの世界に来た。少年はそのことを幸運だと言っているが、それでも少年には少年の人生がある。さっきも言ってたが、この世界を楽しみたいとな。そんな目的があるのに、俺の目的に付き合わせるのは勝手過ぎやしねえか?」
「で、でも相手はあの先代魔王で、放置しておけばこの世界だってどうなるか……」
「そうだな、テッケイルの言う通りだ。けどそれでも俺は強制はしたくねえ!」
断固として揺るがない意思を示し、テッケイルはジュドムのその意思に圧倒されたように押し黙っている。
(これが……オッサンの言ってたギルドマスターってわけか)
日色は内心で絶賛に近い評価を彼にしていた。無論世界のためならば、普通はなりふりを構わないのが正しいような気もする。
しかし彼はあくまでも個人の意思を尊重する。その考えには正直に共感を覚えた。無理矢理仲間に引き入れたとしても、相手に覚悟が無ければ、いざという時に裏切られたり、失敗に巻き込まれて大きな損失になり得る可能性が高い。
だからこそ、たとえ国が、世界が天秤にかかっていたとしても、お互いに納得して、信頼の成り立つ絆を繋げることが第一だと考えている。そこに時間が掛かったとしても。彼はそう言っているのだ。
(魔王とはまた違った器の広さだな……)
ジュドムの人柄、それはとても温かく大きな男だと認識させられた。
「だから俺は、まずこうしてえ」
ファラの時と同じように、今度はジュドムが日色に近づいてきた。そしてスッと手を差し出してくる。
「紹介が遅れたな。俺はジュドム・ランカース。今はしがない反乱軍のリーダーってとこだ」
日色は椅子から立ち上がると、改めてジュドムの身体の大きさにも舌を巻く。巨漢、この一言に尽きるだろうが、引き締まった筋肉の鎧を見て、そこには一切余分な脂肪など身に纏ってはいなかった。
鍛え上げた鋼の肉体。まさにそのような印象を与えてくる。
ジッと彼が差し出した手を見て、ジュドムの顔に視線を移す。彼は微笑を浮かべたままだ。皆は日色がどうするか息を飲んで見守っている。
そして日色はスッと差し出された手を握った。
「手を組むうんぬんは一先ず置いておく。だがアンタには少し興味が湧いた」
他人にはほとんど興味を持たない日色だが、ジュドムには少し気が引かれた。魔王イヴェアムとは違った意味で面白そうな人物だと思えた。
だからとえりあえずは様子見をしようと判断したのだ。
「なあなあヒイロ、おめえは《マタル・デウス》に一泡吹かせてやりてえって言ってたじゃん?」
突然テンが二人の間に入って来た。
「そんでここにいる連中はそいつらと戦うことを決めてんだろ? だったらさ、手を組む以前によぉ、もう仲間っていうか同志じゃね?」
そこでその場にいる全員が急所を貫かれたようにハッとなっている。確かにテンの言う通りだ。同じ目的を持っているのなら、それはもう同志だ。
「あ、俺もしかして空気読んでなかった? 悪い悪い! ウッキキ!」
確かに彼の言ったことは正論なのだが、良い雰囲気をぶち壊してしまったテンに皆の視線が集中する。当人は謝っているが悪気も感じられないので、日色は若干イラッとした。
彼のバッドタイミングの突っ込みのお蔭で、今ジュドムの手を掴んでいるこの手の行き場をどうすればいいか日色は本当に迷った。
それは彼も同様なようで、引き攣った笑みを浮かべて日色と顔を合わせている。しかしジュドムは突然、
「……ぷっ! アハハハハハ! こりゃ一本取られたな! 確かにこのサルの言う通りだ! いや、サルとは失礼だったな、『高位精霊』よ!」
「へぇ、オッチャン、俺のこと見抜いてたんだ」
「分からないと思ったか? お前さんの内に秘めた膨大な魔力、喋るモンスターもこの世にいないことはねえが……」
ジュドムは日色とテンを観察するように見比べる。
「二人から……いや、少年の刀か? その刀とお前さんの存在が奇妙なことに同質だ。多分、契約してんだろ? この少年と。そんでその刀が媒介だ」
完全に的を射た発言をするジュドムに日色は思わず感嘆する。テンもまた口笛を吹いて称賛の声を上げる。
「やるなオッチャン! もしかして俺らみたいな奴知ってるとか?」
「まあな、長いこと冒険者なんかやってると、そういう稀な出会いもするってもんだ」
「ウキキ! 何かオッチャンとは酒でも囲って語り合ってみてえさ!」
「お、いいね! どうだ少年、おめえもイケるんだろ?」
ジュドムは掴んでいた手を離し、クイッと杯を傾けるような仕草をするが、
「はぁ、お前ら、そういう話は後でしたらどうだ?」
「「……あ」」
二人揃って、周囲のジト目を感じバツが悪そうな顔をする。テンは日色に頭を小突かれ、ジュドムはファラに窘められている。
(この二人、どうやら似た者同士のようだな)
日色はジュドムとテンが意外にも気が合うことを知り肩を竦めた。
「おほん! と、とりあえずテン殿の言う通り、我々には共通の目的がある! ジュドム殿の仰った占い師の言は気になるが、今はとにかく、今後の対策を立てる必要がある」
イヴェアムが場をとりなすように言うと、緩んでいた空気が元に戻って引き締められていく。
「我々は早速【獣王国・パシオン】と一席を設けようと思う。異論がある者はいるか?」
今や同盟国となった【パシオン】と話し合うのは必須だ。誰も異論などあるはずがない。イヴェアムも周囲の反応を見て頷く。
「うむ、形的には『魔人族』と『獣人族』の同盟軍を組織することになるかもしれない。こちらとしては心強いことだが、まだアヴォロス側の戦力を正確に把握できてはいない。今まで密偵などを送って探ってはいたが、守りが固くて細部まで情報を得ることができなかった。だがそれは向こうだって同じはずだ。まずは互いに牽制し合い、最大戦力を図る。これが第一歩だと思われる。先手は相手に譲ってしまったが、この戦…………必ず勝つぞ!」
今までのイヴェアムらしかぬ、強い決意に満ちた眼差しと発言が見られた。
(ほう、ああいう顔もできるのか……いや、できるようになった……か?)
日色は最初あった時の彼女からは想像もできなかった表情をここで見ることになり、感心するように視線を向けていた。
どうやらここに居る者たちは一致団結し、イヴェアムを支えるという意志を持っているが、日色は別のことを考えていた。
(それにしても占い師……か。一体何者なんだ……?)
どんな占い師かもちろんイヴェアムも疑問に思ったようでジュドムに尋ねはしたが、その占い師はあまり自分のことを語らないようにと厳命していたのかジュドムは口を開かなかった。
(オレのことを知ってる? いや、占い師なんて知らないしな……)
実はこの世界に来た当初、占い師と名乗る老婆らしき人物には会ってはいたのだが、日色は完全に忘れてしまっていた。
(まあ、あの筋肉男の言った通りなら、また近いうち現れるかもしれないって話だし、いずれ会うかもな)
その時にいろんなことが明らかになるだろうと、そんな気がした。
それからも会議は進められていき、途中で【パシオン】から連絡も入り、情報も得た。
向こうもこちらのように空からの襲撃には遭ったが、見事全員が無事なようだった。そして早速会議を行う算段を決めたようだった。
これで世界は二つに分断された形を呈した。
【アヴォロス国軍】VS【獣・魔同盟軍】
こういう図式だ。
まずは互いにしばらく膠着状態が続くと思われる。相手の戦力を把握する時間を有するのだ。
普通に考えれば同盟軍の方が二種族が力を合わせているので優勢だと判断しがちだが、アヴォロスにはその優劣をひっくり返せる手段がある。
アヴォロスは死体を自由に操ることができる。《至極の死霊術師》と呼ばれる者の持つ力は伊達ではない。
死者を手駒にできるとしたら、厄介さはこの上ないと思われる。
イヴェアムたちもやはりその能力を最も恐れているようで、その事実を重きに置いて戦力を探る必要があると判断しているようだ。
幸い、開戦の宣言からアヴォロスに動きがなく静かだった。だがその静けさがとても不気味に思えた。
戦力にものを言わせ、魔界と獣人界に攻め入ってくるかもしれないと兵士たちのほとんどがそう考えていたようだが、人間界から動く様子がないのだ。
一体アヴォロスが何を思って不動の構えをとっているのか分からず、イヴェアムたちも警戒し、情報を集めていた。
数日後、【魔国・ハーオス】には緊張感が包まれていた。何故ならば、これから遥々獣人界から獣王レオウードたちが来訪してくるからだ。
その目的は無論戦争対策についてだ。今、【ハーオス】の東口では魔王イヴェアムを含めた上層部が獣王の来訪を迎えていた。
「よく来てくれましたレオウード殿」
イヴェアムは笑みを浮かべ歓迎している。
「出迎え嬉しく思う。しかし早速会議を開くぞ魔王よ。こうしている間にもアヴォロスが動き出すかもしれない」
「そうですねレオウード殿、ではこちらへ」
イヴェアムはレオウードとその後ろに控えている配下たちを連れて魔王城へと足を向けた。
「開戦の時の襲撃、そちらはいかがでしたか? 情報では無事だったと聞きましたが」
歩きながらイヴェアムはレオウードに尋ねる。
「何かしてくると踏んでいたからな、何とか無事に乗り切れた」
「それは良かったです」
レオウードの話によると、【獣王国・パシオン】もイヴェアムたちと同じように、空から降ってくる雨のような攻撃を下から相殺していったという。
そしてイヴェアムが狙われた時と同じように、レオウードに向かって何者かが強襲をかけてきたらしかった。
しかしそこはイヴェアムとは違い、レオウードがその力を存分に振る舞い、見事返り討ちにしたとのこと。
「調べてみれば、あの強襲者はアヴォロスに操られた死者だった」
「ええ、こちらもアクウィナスがそうだと」
あの時、イヴェアムを襲った者が何者なのかアクウィナスは一目見て気づいていて、それを会議で話していた。
生気の全く感じられない瞳、痛みすらどこかに置き忘れていたかのような振る舞い。そして最後、砂のようになって風化した事実。
これはアヴォロスが傀儡として使用していた死者の様相とピッタリ一致する。判断として、あの場に送られてきた、いや、捨て駒のように使われたのは、間違いなく死者だったということだ。
「しかしさすがですレオウード殿。私は部下に守られっぱなしで……」
悔しそうに苦笑を浮かべるイヴェアムに対しレオウードがフッと笑う。
「それもまた王ではないか」
「え?」
「ワシは鍛え上げたこの肉体を持って、力で敵を粉砕する戦う王を務めてきたが、それが王のあるべき姿だというわけではない。ワシにはワシの、そしてお主にはお主の王があろう」
「レオウード殿……」
「常々お主が言っておるではないか。自分は皆を守り導ける王になりたいと」
「……はい」
「それに守ると言ってもいろいろだ。ワシのように単純な力で皆を守る王もあろう。しかし皆とともに支え合い、皆が迷いを持たぬように、道を見失わないように、皆より一歩前に出て光を照らし、ともに歩む王だっている」
「…………」
「確かに力無き理想は脆い。だがお主はその理想を叶えるために、皆と手を取り合い、絆の力でここまでやって来た。その絆の力があったればこそ、ワシにも勝てたのではないか?」
「そ、それは……ヒイロが……」
レオウードが、イヴェアムの呟きを聞いて優しく微笑む。
「確かにワシを倒したのはヒイロだ。しかしヒイロとの絆があったからこそ、あの結果が生まれた。違うか?」
「……はい」
「ならばお主はその絆を守ればよい。そして皆の光となって導く王を目指せばよい」
「……はい!」
先程までの陰りを帯びたイヴェアムの表情から一変、迷いが吹っ切れたように笑顔を浮かべる。レオウードも満足そうに頭を縦に振る。
一行はそのまま城門を抜けて中へと入って行った。
レオウードたち獣人が魔王城に入った頃、日色は客室のベッドで温かな日差しを浴びて眠っていた。ベッドの周りには様々な書物が散乱している。
今世界は異常な事態に包まれているというのに、日色だけはマイペースを崩さず寝息を立てていた。
リリィン、シウバ、シャモエ、ミカヅキ、クゼルの五人は、ここ一か月ほど、客室ではなく【魔国】の近くに以前住んでいた家を、シウバに再び影から出してもらって移り住んでいた。
ニッキとカミュ、そして精霊のテンは日色と一緒に生活するといって同じ客室にいる。しかし今はその三人は練兵場にいる。
何でもイオニスやシュブラーズと意気投合したようで、兵の調練や仕合いなどを行っているらしい。ニッキとカミュも、もっと強くなりたいと言っていたので、二人にとっては良い刺激が得られる場所である。テンはただの暇潰しではあるが。
だから今、客室にいるのは日色だけである。
そんな客室の窓が音を立てて開く。外から入ってくる風でカーテンが微かに揺れている。
「……ん?」
日色は閉じていた瞼を上げて、上半身を起こし欠伸をする。そして開いている窓を見つめる。
(……開けてたっけか?)
うろ覚えではあるが、寝る前に閉じたと記憶しているような気がした。外開きなので風で開くことは無い。
(メイドか誰かが換気で開けに来たのかもな……)
対して深く考えずにもう一度横になろうとした時、一冊の本に目がいった。
「これは……」
その本は、初めて見る本ではなかった。しかしここにあるのはおかしな本だった。
題名は《ティンクルヴァイクルの冒険》。それは以前、日色が【ドッガム】という村にある花畑で読んだことがあった本だった。簡単に言えば切ない英雄物語。
日色は一度読んだ本は基本的には二度読まない。なので、この本をここに持ち込んだ覚えなど全く無いし、寝る前にも確認していたが、ここにあった記憶も無い。
つまり誰かがベッドに置いて行ったということだ。
(メイド……? いや、今までこんなことされたことはないし不自然過ぎるな)
日色はこの城にいる者たちの中で、自分の評価がそれほど高くないと判断している。何故ならば挨拶されても素っ気ないし、いつも無愛想にしている日色を見て、愉快に思う者はいないだろう。
たとえ結果的に『魔人族』を救ったとしても、人間的に好かれるような人格をしていないと日色は自己分析できている。
故に、メイドや兵士などにも、それほど関わり合いを持ったこともないし、本の差し入れをされる間柄でもない。
ならばアクウィナスたちなどのイヴェアムに近しい者たちではどうか? 確かに日色が本好きだということは知れ渡ってはいるだろう。しかしながら、今までこのようなことをされたことも無いし、もしそうならば事前に一言ぐらいあるのが普通だ。
ポンとベッドの上に無造作に置いている理由が見当たらない。だが誰かがこの部屋に入ったのは事実。
しかもその相手には敵意などの害を与えるような意は無かったはずだ。この世界に来て、様々なことを経験してきた日色は、寝ていても、相手の殺気や敵意を感じると、覚醒できるようになっていた。
こうして日色がその存在に気づかずに、事を成し終えたということは、その誰かは日色を傷つけようと思い侵入したわけではなさそうだ。
だったら、どうしてこの本を……? 原点に戻ってしまう。
日色は訝しく思いながらも、本を手に取り中を見る。すると表紙を捲った次のページには、貼り紙がしてあった。
目を見開きながら、ジッとその紙に書かれてある内容を何度も読み返す。そしてパタンと本を閉じた日色は、眠気など吹き飛んだような真剣な面持ちを浮かべると、人差し指に魔力を宿して『転移』の文字を書いた。
一瞬のうちに日色の姿は客室から失われ、ただ風の音だけが微かに響いていた。




