157:占い師が示す少年
ジュドムに助けられたテッケイルは、自身の魔法である《絵画魔法》で生み出した大鳥の背に乗り、二人で【ヴィクトリアス】を脱出した。
そのままジュドムが示す彼の隠れ家へと向かうことになったのだが、途中で下りることになった。このまま空を飛んで行けば、誰かに注目されるかもしれないからだ。
一応追っ手はないかと周囲を警戒しながら進んでいく。そこは森の中であり、進んだ先には少し開けた場所が目に映る。
しかしそこには何も無い。
「……ここでなにするんスか?」
「いや、ここが隠れ家だ」
「……はい? ここがって…………何も無いッスよね?」
周りは木々で囲まれていて、草原が広がっているだけの場所だ。
「ついて来い」
ジュドムの先導で、首を傾けながら足を動かして行く。すると広場のちょうど中心あたりに来た時、微かに魔力を感じた。
(何か……ある?)
テッケイルはジッと目の先を見つめる。
そんなテッケイルの姿を見たジュドムは、
「ほう、さすがは感知能力に優れている『魔人族』だけはあるな。気づいたか?」
「う~ん、いえ、何か違和感は感じるんスけど……」
ハッキリとそこに何があるのかは掴めていない。ただそこに何かありそうな存在感だけが伝わってくる。無論その感覚も微細なものであり、集中しなければすぐに見失うほどだ。
「ま、その目で確認してみな」
ジュドムに背中を押されて、その勢いで足を踏み出すと、突然目の前に小さな小屋が出現した。
「…………あ、結界ッスか?」
そこで解答に辿り着く。
「そうだ。外からは小屋を見えないようにしてある」
こうして近くへやって来てようやく視認できるらしい。
「国から大分離れてはいるが、用心するに越したことはねえからな」
小屋の周囲には多くの冒険者たちがいた。皆がジュドムの帰りを待っていたかのように駆けつけてくる。そして口々に文句を言い放っている。
その内容を聞くに、ジュドムは皆の反対を押し切って一人でテッケイルを助けに行ったとのこと。
(はは、そりゃ怒られるッスよ)
テッケイルとしては助けてもらって感謝だが、彼の仲間である冒険者たちは彼が帰って来るまで気が気でなかったはずだ。
しかしこうして無事に帰って来たジュドムを見て、皆が怒りながらも嬉しそうに頬を緩ませている。
「お帰りなさいませですのジュドム様」
そんな男臭い場に、一輪の花の香りが漂う。思わずそこに現れた人物を見てテッケイルは驚愕に目を開く。
(あ、あれ? この子ってもしかして……)
記憶に眠っている人物像を掘り起こし、目の前の人物と照合する。自分が知っているものより若干食い違いは見つかるものの、
(……間違いないッス。彼女は……【ヴィクトリアス】の第二王女ッスよ……)
「なるほどッス。だからここに第二王女がいるんスね」
ジュドムに隠れ家へと連れて来られたテッケイルは、想定外の人物である【ヴィクトリアス】の第二王女ファラがいることに驚いた。
彼女が勇者召喚の失敗により命を失わないで済んだものの、その《反動》でもう一年以上眠り続けていることは情報で得ていた。
それなのにこうして自らの意思で大地を歩いているのだから、最初見た時はその衝撃はかなりのものだった。
しかしジュドムにしても彼女が目覚めたのは予想外だったという。国にアヴォロスが攻め込んできた時、優先すべきものを見定めた。
ルドルフ国王が不在でも、彼とジュドムが親友なのは絶対。だから彼はその家族を守ろうと努めた。
アヴォロスの仲間たちの攻撃から逃げながら、一番近いファラの寝室へと向かった。そして途中会った侍女たちには王妃のマーリスと第一王女のリリスを任せた。
本来ならジュドムは自らが助けに行きたかったらしいが、とても三人を連れて逃げ出せる相手ではない。
だからこそ今優先すべきは身近な命だと判断したという。そこでファラが目覚めたのはジュドムにとっては僥倖以外のなにものでも無かったが、結果的に彼女一人しか救えなかったという。
「地下牢に王妃たちがいれば一緒に逃げて来たんだがな」
どうやらマーリスとリリスは地下牢ではなく、他の場所に監禁されているか、もしくはすでに殺されているのかもしれないと彼は言った。
残念ながらテッケイルも彼女たちの情報には疎い。地下牢では全く情報が得られなかったからだ。
「けど、一つ疑問が残るッス」
「何だ?」
今小屋の中にはテッケイル他、ジュドム、ファラ、テンドクの三人が椅子に腰かけている。テッケイルはどうしても気になる点があり尋ねてみる。
「何でオイラの居場所が分かったんスか? それとオイラが捕まってるってこともッス」
わざわざアヴォロスがジュドムにテッケイルの所在を教えるとは思えない。仮に捕まっていることが分かっても、地下牢のあの場所にピンポイントで助けに来られるものだろうか……?
地下牢には入口と出口を兼ね備えた通路が一つしかない。しかも牢が幾つも存在し、最初は入口に一番近い牢に入れられていたのだが、最近その牢から別の牢へと移り変わったのだ。
それからあまり日は経っていない。もし居場所を調べたとしても早過ぎる。だからこそ、あそこまであの牢の壁にまるで最初からそこに移動されると知っているかのようなジュドムの行動に疑問を持つのは至極当然だった。
ジュドムは「ああ、そのことか」と頭をかきながら言うと、懐から一枚の紙を取り出す。四つ折りになっているそれを開いて見せてきた。
「そ、それって…………地下牢の地図ッスか?」
それは間違いなくテッケイルが閉じ込められていた地下牢の構成図だった。そしてよく見ると、テッケイルがいた地下牢に赤い色で丸が書かれてあり、そこにはテッケイルとも刻まれていた。
「こ、これは……?」
「ん~、まあこれから言うのは嘘みてえな話だが、全部真実だからな」
ジュドムは話し辛そうな雰囲気を醸し出す。そして彼の口から真実が語られていく。
「まず、これはある女にもらったものだ」
「……女ッスか?」
「ああ、その女は占い師でよ、そこにテッケイルという人物が収監されてるってことを教えてくれた。占いで見えたんだろうよ」
ジュドムの頬が若干引き攣っている。彼も半信半疑だったのかもしれない。しかしそれでよく助けに来れたものだと心底呆れてしまった。彼の仲間たちが愚痴を溢すのも無理はないと思った。
「……何者なんスか?」
胡散臭さを感じて怪訝な表情を浮かべる。
「まあ、できるだけ自分のことは言わないでほしいって言ってたから、知りたかったら自分で調べるか、今度会うことがあったら直接聞いてくれや」
「……分かったッス。まあ、その人のお蔭でこうして脱走できたから文句は無いんスけどね」
それは本当だった。あのままだと、いずれアヴォロスの計画の一部に組み込まれる恐れもあった。だからどんな事情があっても、こうして外に出させてくれたジュドムと、その女性には感謝している。
「んでだ、俺がガキの頃からルドルフ……現国王と仲が良いことは知ってるだろ?」
「はいッス」
「ガキの頃から城の中を探検したりして遊ぶことが多くてな、どうやら地下牢に通じる隠し通路みてえなものがあったらしくて、昔それを見つけた」
「……そうだったんスか」
「まあ、見つけたのは俺とルドルフの親友だった奴なんだけどよ」
その時、彼の瞳が懐かしげに、そして寂しさに揺らいだことに気づく。その親友と何かあったのは確実だと思ったがテッケイルは口には出さなかった。
「城の周りに覆っている水路があるのは知ってるな? その水路の壁に仕掛けがあってよ、そこから中に入ることができる隠し通路がある」
「そこを通ってこの壁までやって来れたってわけッスね。帰りに通って来たから覚えてるッス」
「ああ、もし本当にお前がその牢にいるんなら助けるつもりで向かった」
「ちょ、ちょっと待って下さいッス! その女の人がどこまで信用できるか分からないのに動いたんスか?」
テッケイルは先程思った疑問を口にする。すると周りに居たファラとテンドクも呆れたように溜め息を溢す。
「まったくですの。私たちがお止めしても行って確かめるの一言でしたの。頭がどうかしてしまったのではと本気で心配しましたの」
「昔から一度決めたことは無理にでも押し通す阿呆じゃったわい」
「おいおい、二人ともそれは言い過ぎじゃねえか?」
ファラとテンドクの物言いに、ジュドムはバツが悪そうな顔をする。
「まあいいじゃねえか上手くいったんだしよ。それに確かめたいことは確かめられたしよ」
「オイラがここにいるかどうかッスか?」
「ああ、それもあるが、アイツが信頼できるかどうかも……だ」
アイツというのは占い師のことだと暗黙のうちに理解する。確かに彼女の言うことが真実なら、少しは信頼できるかもしれない。だが……。
「もし嘘ならどうしたんスか? わざわざ危ない橋を渡ったってことッスよ?」
「いや、それならアイツが信頼できねえ奴だってことを確かめられただろ?」
何を当然のことを? 的な感じでジュドムは言うが、周りでは溜め息が聞こえる。
「ま、まあ確かにそうッスけど、もしかしたら捕まってしまったかもしれないんスよ?」
「フッ、安心しろ。昔からかくれんぼは得意なんだよ」
「……リスクが高いかくれんぼッスね」
どうやら自分を助けてくれた男は良い意味でも悪い意味でも器が大きいようだ。
「それによ、何となくアイツを信じてみたくなったんだよ」
「……その占い師ッスよね?」
「ああ、それにこれでアイツが教えてくれた奴を探すことに集中できるしな」
「探す? 誰をッスか?」
「まずはそうだな、そいつが教えてくれたことを話してやる」
占い師がこの小屋から出る時、ジュドムにある言葉を言い放ったらしい。
『ねえジュドム、最後に一つだけ忠告させて』
『……何だ?』
『……戦うのならある人を仲間に入れなさい』
『ある人?』
『ええ、人というより……少年かな』
『少年……』
『きっとあなたたちの力になってくれるはずよ。その少年なら……』
そしてジュドムはその少年の名前を聞いて彼女はこう答えたという。
『ヒーロー』
と。
そして最後に彼女は懐からか紙を取り出しジュドムに投げ渡し、
『信じるか信じないかはあなたが決めて』
それだけ言うと彼女は去って行ったという。投げ渡された紙は、無論先程から話題にしている地下牢の地図だ。
「そんでまあ、アイツのことを信じるかどうか、まずは俺がこの目で確かめようと思って城に向かったってわけだ」
「はぁ、本当に無茶する人ッスね。たったそれだけのために……」
「おいおい、もう過ぎたことはいいじゃねえか。それよりも本当に先を読んでやがるよアイツ」
「どういうことッスか?」
「だってよ、こうしてお前を無事に助け出すことも、多分占いで分かってたから、紙を渡してくれたんだろうよ」
「結果論じゃないッスか」
さすがに少し呆れ気味に言う。だがジュドムの顔は真剣そのものだ。
「それにお前は俺に借りができた、そうだな?」
「え? ま、まあ当然ッスね。命の恩人みたいなもんスから」
「そして、お前の能力は人探しにとても向いてる」
「…………っ!?」
そこでジュドムの言わんとしていることが飲み込めた。テッケイルはゴクリと喉を鳴らして彼の目を見つめる。
「…………お前に探してほしい、『ヒーロー』という少年をな」
※
日色は今、魔王城の敷地内にある練兵場に来ていた。そこには見知った顔が幾つか発見できた。
その中の一人であるイオニスという魔軍の隊長を任されている少女が、こちらの存在に気づき、トコトコと狭い足取りでやって来た。
少女は少女なのだが、ミュアとそう変わらないので幼女といってもいい。薄緑色の髪をサイドに結ってあり、クルクルとカールを巻いている彼女のそれが可愛く左右に揺れている。
「お兄ちゃん、帰って来たの?」
日色と同じような無表情で小首をコクンと傾ける。
「ヨーヨーも元気そうだな」
ヨーヨーというのは彼女が使う武器がまさしくヨーヨーなので、そのまんまあだ名として名付けたのだ。
「うん、ここには何しに来たの? ……もしかしてイオの様子見に来てくれたの?」
かなり期待感を込められた目を向けられたが、「いや」と言って首を振ると、「……そ」と呟き目に見えて消沈した。……何だか罪悪感が半端無い。こういう時は話題を変えるのがベストだ。
「ところでオオカミはいるか?」
「……おおかみ? ……もしかしてオーノウス様のことなの?」
「そうだ、こっちに帰ってるはずだが」
するとイオニスが首を横に振ると、
「さっき出掛けたの」
「……さっき?」
実はオーノウスが戻って来ているが、すぐにまた【獣王国・パシオン】に向かうとイヴェアムに聞いていた。だからこうして急いで彼がいると教えてもらった練兵場へやって来たのだが……。
「……一足遅かったか」
どうやら彼はすでに国を離れて行ったようだ。時間があれば《太赤纏》について尋ねたかったが、仕事なら仕方が無いと諦めた。
「どうする……ヒイロ?」
隣でカミュが聞いて来るが、ハッキリ言ってもうここには用は無い。だから久々に図書館にでもこもるかと思い踵を返そうとした時、クイッと袖を掴まれた。
「ねぇ、ヒマなの?」
イオニスだった。上目使いで先程のように何かを期待するような眼差しだ。
「……いや、これから図書館に……」
行くところだと言おうとした時、背後から声をかけられた。
「あれ? 丘村っち? こないなとこで何してんの?」
そこには赤森しのぶと、皆本朱里がいた。またかと思ったが、彼女たちの姿を見て若干注視した。
彼女たちが今身に着けているものは、ここにいる兵士が身に着けているような鎧だった。しのぶの手には木剣が握られてある。
(なるほどな、魔王の言ってた通りか)
彼女たちが軍に志願したことは聞いた。
何を思いそんな決断をしたのか大よそは推測しているが、本当にその決断が正しいのか疑問を浮かべてしまう。
彼女たちが自分たちの力で、捕らわれた大志たちを助けようとしていることは分かる。
しかし二人だけではできることが限られるし、大志を捕らえている先代魔王の情報だってそう簡単には手に入らないだろう。
しかしこの国で力を手にし、それなりの地位と信頼を獲得できれば、最前線に立つことができ、大志たちと邂逅できる可能性が高まるとそう考えているのだろう。
(確かに情報を得られて、戦争が起きたら前線へ出られる軍に入るという選択も一理ある……が)
それは彼女たちが好き勝手動いていいという権利を得られるということではない。たとえ前線へ出られたとしても、軍に入っている以上は規律が存在するし、それに従うのが義務だ。
だから大志たちを目の前にしても、上層部の判断が大志の捕獲ではなく、暗殺などの命を脅かすものだとしたらそれに従わなければならない。
(そのことを分かってるのか……?)
確かにジッと立ち止まっているよりは遥かに良い判断だろうが、そこに彼女たちは自分の思いや考えを優先させ過ぎてはいないだろうか……。
「ん? どないしたん丘村っち?」
しのぶが不思議そうな顔をしている。何も言わずジッと彼女たちを見つめていたので変に思われたのかもしれない。
「……お前ら、覚悟はあるのか?」
どうしてそんなことを聞いたのか自分でも驚きだった。正直彼女たちがどんな考えに基づいて行動したとしても、自分には一切関係無いのだ。
だからいつもなら軽く思考を放棄し無視するところなのだが……。
単なる気まぐれかもしれない。それとも考え無しに行動した彼女たちを笑い飛ばしたかったのかもしれない。本当のところは分からないが、何となく……それが一番しっくりくる。
日色に問われた二人は、互いの顔を見合わせると微笑を浮かべる。そして恐らくしのぶが喋るだろうと予想していたが、答えて来たのは朱里だった。
「丘村くん、いろんな問題はあるのは承知しています」
「…………」
「そう聞いて頂けるということは、少なからず心配してくれたんですね」
何となくだがとは言わず、無表情そのままに黙っていた。
「ですが、しのぶさんと話し合って決めたんです。やれることをやろうって」
朱里の目も、しのぶの目も真剣そのものだった。リスクは承知の上、あえて不自由な道を選んだということだ。
その答えの中には大志や千佳を助けたいという強い想いがあるに違いない。しかしその想いが真っ直ぐ叶うとはどうやら彼女たちも思っていないようだ。
(少しはリスクを考えられるようになったか……まだまだ甘過ぎだがな)
それでも停滞し続けていた頃と比べて確かに成長はしているかもしれない。その成長が微々たるものだが、こうして動くということ自体は嫌いではない。
(まあ、オレには関係無いか)
彼女たちが考えて決断したのならどうこう言うつもりはない。そもそもどうでもいい。
小さく「そうか」とだけ答えると、そのままその場を去ろうとするが…………クイ。
(あ、忘れてた……)
そう、イオニスの対応が中途半端で終わっていたのだ。彼女は変わらず袖を掴んだままだ。
「ちょうど良かったの」
そんな言葉を言ったイオニスに目を見開く。イオニスは朱里たちの顔を見てから、再び日色に向けてきた。
「お兄ちゃん、お願いがあるの」
何だか物凄く面倒な予感がして頬が無意識に引き攣った。




