147:サクリファイス
気持ちの良い夜風が吹いており、空には降って来そうな無数の星々が輝いている。
シンボルであった大樹が失われた【獣王国・パシオン】も、昼間の喧噪とはうって変わって静まり返っていた。
時々どこかからか子供を注意するような母親の声が聞こえたり、虫の鳴く声が耳を通り過ぎていく。そんな穏やかな日常が街を包んでいる。
様々な音を聞きながら日色は、王族が住む《王樹》の天辺にある街を見渡せる場所に胡坐をかいて星空を見上げていた。
「こんなとこにいたのかよ」
めんどくさそうな声音が耳に届き、その主へと視線を向けなくても誰かは分かっていた。
「何のようだオッサン?」
振り向きもせずに背中越しに、やって来た人物であるアノールドに言う。彼もまたどうせ気づいているのだろうと思っていたのか、驚きもせずに言葉を続ける。
「別に大した用なんてねえよ」
「ならさっさとどっかへ行ったらどうだ?」
「うぐ……相変わらずな言い方だなオイ」
日色のあまりの言い草に頬を引き攣らせるが、すぐに溜め息とともに表情を戻す。
「ミュアとミミル様が探してたぜ?」
「そうか」
「まあ、二人はお前が来てくれて嬉しいんだろうよ…………認めたくはねえが」
明らかに嫉妬を含んだ物言いだが日色は気にならない。彼が親バカなのは会った時から理解しているからだ。
「……なあヒイロ」
「……?」
「お前は、何でそんなに強くなろうとすんだ?」
今更何をと思い彼の目を見つめるが、その瞳の中には真剣さが見て取れ、冗談などで尋ねた質問ではないことを知る。
「昼間、師匠と特訓してたって聞いた。でも何でだ? あんなことができるくれえ強えのに、まだ上を目指すのか?」
あんなことというのは日色が水人形を瞬殺した時のことだろう。
「愚問だな。そんなの一つしかないだろうが」
「は?」
「まだ死にたくないからだ」
「…………いやいや、お前の魔法なら死なないようにとかできるんじゃねえのか?」
「できる……かもしれないな。やったことはないが」
それは『不死』という文字を書けば……という意味だ。だが命に係わるような文字は比較的使わないように日色は決めている。
それは《反動》を恐れてのことでもあるが、仮に《不死》になったら今自分が持っている人としての想いが失われるのではないかと思っているのだ。
「何でやらねえんだ?」
「……生きてるからだ」
「は?」
「こうやって生きてるから、死なないように必死で自分を高めようと思える。だがもし不死にでもなれば、何もかもどうでもよくなるんじゃないか……」
「ヒイロ……お前……」
「オレは、命を粗末に扱うことは絶対したくない。とりわけ自分の命はな」
「何でそこまで拘るんだ? 不死になれんならこれからの戦いでもなっておいた方がいいんじゃねえのか? どうやらお前、あの先代魔王に目をつけられてるみてえだし」
彼の言う通り、得体の知れない相手と命を奪い合うような戦いをする可能性がある以上、不死になっておいた方が勝率は高く揺るがない。なれるかどうかは定かではないが。
「確かにオッサンの言う通り、ホントに不死になれるなら無敵以外の何ものでもないだろうな」
「ならよ……」
「だがな、それは何か違うんだ」
「へ?」
「卑怯とか反則とか、そういうことを言ってるんじゃなくて、何かそれをしたら今まで必死でやってきた自分を裏切る行為のように思えるんだ」
「…………そんなもんか?」
「少なくともオレはな。それに…………そんなことをしたらオレを守って命を落とした両親にも叱られそうで面倒だしな」
「へぇ、意外だな。お前がそんな話してくれるなんてよ。ホントはお前に関係無いとか言われて追い返されるって覚悟してたんだぜ?」
いつもの日色なら、確かに必要以上に自分のことを語ったりはしない。だが今日に限って自分だけでなく両親の話をしたことにアノールドは驚いているのだろう。
「まあ、たまにはな」
日色は星空を見上げながら目を閉じる。
そして幼い頃、両親と自分とで旅行に出かけていたことを思い出す。
そこで、山道のカーブに入った時、対向車の居眠り運転により巻き込まれた事故で両親が亡くなったことも……。
それは日色がまだ六歳の頃――。
谷底へ車ごと落ちたはずの日色が目を覚ました時、身体を包んでいる温もりに気づく。
そしてそれが母親の温もりだと気づくのにそう時間はかからなかった。
どうやら母親は落下の衝撃から自分を守るためにその身体で日色を覆ってくれていたらしい。そのお蔭で日色は奇跡的に無傷だった。
しかし運転席にいるはずの父親は、すでにこと切れているのか身動き一つしていなかった。それでも日色は必死に母と父の名を呼んだ。
その時、母親の身体が動いたことを感じ取る。
だがそこで母親の身体……腹部を見てゾッとした。
恐らく落下時に巻き込んだ木の枝だろう。それが車のドアを突き破って彼女の脇腹を横から串刺しにしていたのだ。もう少しずれていたら日色も巻き込まれていたに違いなかった。
そんな状況でもまだ微かに母親には意識があった。
日色は涙ながらに母を呼ぶ。
息子の声に反応して、重い瞼を開けた母が言ったのは――
『ずっと……守ってあげられなくてごめんね。ヒイロ……ごめん……ね』
――だった。
彼女自身、もう自分に残された時間が無いことを理解していたのだ。日色の顔を見て無事だと判断した彼女は、笑みを浮かべてそう言ったのだ。
日色も母の尋常ではない様子に涙を浮かべて縋りついた。
だがどんどん血の気を失っていく母の顔を見て心が軋んでいく。
それでもそんな日色を安心させるように母は穏やかな笑みを浮かべて頭を撫でてくれた。
『いい日色……これから……辛いこととか……悲しいこととか……一杯あると思う……けど……それでも諦めちゃダメ……。自分の思うように必死になって……生きて』
母は涙を浮かべながらも笑みは崩さなかった。
『やりたいこと……しなさい……我慢せず……精一杯……けど……お天道様に顔向けできないことは……ダメ……だからね』
日色はもう涙で目が見えなくなっていた。幼いながらも、頭の良かった日色は母親の言葉が別れの言葉だと何となく気づいていたのだ。
そんな日色にトンッ……と優しく人差し指で額を突く母親。
そしてニコッと笑って――。
『こら、男の子はそんな簡単に……泣かないの……。悲しみは……ここに……この場所に置いて……いきなさい……そうすれば…………あなたに待っているのは……きっと幸せだけ……だから』
そしてもう一度日色の額を突くと、
『少しお別れに……なるけど……向こうで……待ってるからね……父ちゃんと……。だ……から…………真っ直ぐ生きなさい……ヒイロ』
母はそのまま静かに目を閉じた。
どれだけ泣き叫んでも、神様に祈っても、もう二度とその瞼は動くことは無かった。
それから何時間経ったか分からない。
ぼんやりと壊れた窓から空を見上げていた。そこには憎らしいくらいに燦々と輝く星空が広がっていた。
それからだろうか、満天の星空を見上げる度に両親のことを思い出す。母親の言葉を思い出す。
命が自分の手の中で失われていく感覚を知った日色は、救助された後もずっと守り通していることがある。
それは――。
『真っ直ぐ生きること』
母親に言われたから、それもそうだが、自分の信じる道を真っ直ぐ突き進めば、きっと顔向けできる。死んだ両親にも怒られずに済む。
「おふくろ……怒らせると怖いからな」
「あ? 何か言ったかヒイロ?」
日色は微笑を浮かべて頭を振る。アノールドも、小声で言った日色の言葉を聞き取れてはいなかったようだ。
「なあオッサン」
「あ?」
「オレは、真っ直ぐ生きる」
「…………?」
「誰にも邪魔はさせない。オレはオレの信じる道を歩んでいく。そこに障害があるなら、もっと強くなってぶち壊せばいいだけだ。不死になんかならなくても、オレは強くなる」
「ウキキ! それでこそ俺が認めた契約者さ!」
突然どこかから現れたテンが日色の肩へと乗ってくる。
「黄ザル、お前いつから」
「ん」
テンが指を差す方向を見ると、明らかに隠れ切れていない三人の姿が見える。
「チビに青リボンに二刀流……何やってるんだ?」
その言葉にビクッとなりながらも、申し訳なさそうに出てくる。
「あ、あのあのあの、せ、せっかくですから一緒に星見でも……と思いまして」
「は、はい! ヒイロ様と是非星を拝見したくて……」
「俺は……ヒイロといつも一緒」
そんな三人の言葉に溜め息が零れ出てしまう。
しかし別に両親のことで機嫌が悪いわけではない。
こうして星空を眺めることで、自分の想いを再確認できるから、逆に助かっているくらいだ。
「ま、諦めろってヒイロ、せっかくなんだ、お前の秘話なんか話したらどうだ? ほれほれ、実際のところどうなんだ? 魔界で好きな子の一人や二人……へ?」
アノールドが話しを途中で中断したのも無理はない。何故なら彼の両肩に添えられた手、尋常ではない握力で握っているのかミシミシと音を立てているのだから。
「おじさん、少しわたしたちと」
「お話致しませんか?」
ミュアとミミルが「ふふふ」と笑いながら、その背後には般若を背負っていた。
「な、ちょまっ! い、今のは冗談で!」
「性質が悪過ぎだよおじさんっ!」
「そうです! 許しません!」
「ごめんなさぁぁぁぁぁいぃぃぃぃ!」
二人の幼女を怒らせ追いかけられるオッサン。何ともどういう状況か理解に難しい。
(ホント、懲りないオッサンだなまったく……)
日色は再び星空を、その黒い双眸で見つめる。あの時と同じような星々。その時、自分自身に誓ったことを思い出し、静かに思う。
(おふくろ、親父、オレはこれからも精一杯生きるからな)
※
――【シャンジュモン洞窟】。
ここは少し前、リリィンたちとともに日色もある目的のためにやって来た魔界屈指の危険区域である。
この洞窟には《初代魔王の核》がどこかに安置されており、その力のせいで洞窟は不思議のダンジョンと化していた。
入る度に迷路のように変化する地形。数えるほども億劫になるほどの凶悪なモンスターが生息している。だからここには誰も近寄らない。
そんな奇異な場所に住んでいた獣人のクゼル・ジオ。彼は日色がかつてともに冒険したことのあるウィンカァ・ジオという娘の父親であり、生粋の鍛冶屋でもある。
だがその類まれな鍛冶の腕のせいで国や暴徒に狙われ、自ら作成した武器により家族を失ってしまい、それに嘆いた彼は二度と人を殺めるための武器は造らないと決めて、この魔界へと逃げ込んできた。
リリィンは彼を、いつか建造する【楽園】に迎え入れたいと思い日色に彼の説得を頼み込んだ。結果的にそれは上手くいき、彼は再び暗い穴蔵の中から外へ出ることに決めた。
だがまだ旅立ちの準備ができておらず、しばらく身辺を整理するまでこの場へ留まっていたのだが……
「……ん?」
彼の尖った耳がピクリと、何者かの気配を敏感に悟る。ちなみに今の姿は獣人ではなく『魔人族』だ。日色の『変化』の文字で魔界に居ても正体がバレないようにしてもらっていた。
(侵入者……この感じはリリィンさんたちでは……ない)
すぐに【シャンジュモン洞窟】に足を踏み入れた者の存在に気づき、その輩が自分が知りえない者だと判断する。
(一体誰が……?)
ここには目ぼしいものは考える限り二つ。それは先程上げた《初代魔王の核》。
そしてもう一つはクゼル自身である。
彼の鍛冶能力を欲する者は後を絶たない。それこそ彼の存在を知れば国が動くほどだ。それだけ彼の造る武器は他の物と比べて突出している。
だから彼目当てでここへ来るという可能性が考えられた。侵入者が一体何の目的でここへやって来たのか知るためにも、クゼルは気配を消して確かめることにした。
幾つもの穴を抜けると、少し開けた場所がある。そこに例の輩がいるはずだ。クゼルは息を殺して近づいていく。
そこで目にしたのは驚くべき人物だった。
(あれは……っ!?)
そこにいたのはたった一人の人物。いや、人物というよりは少年と言った方がいい。金の髪を揺らしながら不敵そうに笑みを浮かべている美少年だった。
クゼルはその少年には見覚えがあった。
(……先代魔王アヴォロス……)
クゼルの目と記憶が正しいのなら、その場にいるのは間違いなくアヴォロス・ヴァン・アーリー・イブニング。かつてこの魔界を治めていた凶悪な魔王である。
(何故彼がここに……)
だがすぐに理由が判明する。それは先日彼の仲間である《マタル・デウス》という連中を思い出したからだ。
彼らの目的は《初代魔王の核》を手に入れること。しかしその仲間は失敗して持ち帰ることができなかった。いまだに不思議のダンジョンと化している現況がその証拠だ。
だから今度は魔王本人がやって来たということだろう。しかし一体どうやって《核》を手に入れるつもりなのだろうか……。
一度クゼルも安置されている場所へと足を踏み入れたことはあるが、《核》を守ろうとする力は相当なものであり、とてもではないがそれを看破することなどできないと思った。
それなのに単独でアヴォロスはここへとやって来ている。あの冷静沈着、残酷無比、深謀遠慮な先代魔王が勝算も無しでやって来るわけがないとクゼルは思っている。
(ならどうやって……?)
すると彼を観察していて妙な気配を発する部分に目をやり思わず目を見張る。アヴォロスが右手に持っている禍々しいほどのどす黒いオーラを放つ剣。
(ありえない……何故あの剣を持っている? アレは――《サクリファイス》は私が封印したはずです!)
額から汗を流しながら、認めたくない現実に歯を噛み締めていた。アヴォロスは笑みを崩さないまま、一つの穴の奥へと突き進んでいく。
(あの場所は……やはり狙いは《核》!?)
クゼルは自身の能力でこの中でも自由に動き回ることができるし迷うことも無い。そして《初代魔王の核》がある場所へも辿り着くことができる。
そしてアヴォロスが向かって行ったのは、間違いなく《核》がある方向だと認識しその企みも読めた。
(まさかあの剣を使って――――マズイ!)
そう感じたクゼルは一目散に自分の住まいへと戻り、必要なものを手にする。早くここから立ち去らなければ……それだけを思って。
※
クゼルの存在には気づかず、アヴォロスはそのまま自分が向かうべきところへ静かに脚を動かしていった。
そしてしばらく歩いていると、洞窟内では決してありえないと感じるほどの広大な地形が広がっている場所へと出た。
「アハ、前にも来たけど、やはりとんでもない力だね」
目の先には地平線が見え、その上、目的だった《初代魔王の核》らしい青白い珠が目の前に浮いている。
…………無数に。
「確かに、普通の方法じゃこの中から本体を見つけ出すのは不可能に近いよね」
ウンウンと感心するように何度も頷いている。
「木を隠すなら森のなかとは言うけど、まさか森を自分で作るんだもんなぁ。恐れ入るよ……死してなお顕在するその力にね」
アヴォロスは一通り周囲を見回す。それこそ無限に広がっているであろう大地と空に数え切れないほどの《核》。しかし無論本物は一つ。他は全て本体を隠すために《核》が生み出した幻である。
「う~ん、やっぱこの目でも分からないや。できればコレは使いたくなかったんだけどな」
少し困った様子で眉を寄せるアヴォロスは、腰に下げてある剣を鞘ごと手に取る。
柄も鞘も真っ黒であり、鞘の中から早く解き放てと言わんばかりに、そこから赤黒い不気味な気が漏れ出ている。しかも柄と鞘をまるで解放させないようにするかのように鎖を巻きつけてある。
「さあ――――目覚めなよ」
ピシッ……。
鎖にヒビが入る。そしてゆっくりと鞘からその刀身を露わにしていく。
しかし抜こうとする度に、まるでガラスを引っ掻くような不快音が鳴り響く。
バキィッっと力任せに鎖を引き千切りその姿を出現させる。
「ゲギャギャギャギャギャギャァァァァァッ!」
誰もが目を疑うだろう。いや耳もだ。
何故ならその刀身は血のように真っ赤であり、根元の腹にはギョロッとした眼球が埋め込まれていたからだ。
そしてその剣から間違いなく耳をつんざくような叫び声が轟いている。
「ヨーヤク出ラレタァッ! ゲギャギャギャギャギャァッ!」
「騒ぐのは後だよ。余の命を聞いてね」
ギロリと眼球が動きアヴォロスを見つめる。
「ホホウ、テメエ、何者ダァ? アイツ……ジャネエナァ。俺様ヲ解放デキルトハ只者ジャネエヨウダ」
「アイツ? よく分からないけど、これからは余が君の主だよ。よろしくね」
「ゲギャギャギャギャ! イイゼェ、今ハ気分ガ良イ! ソレニセッカク復活シタンダァ、テメエガ俺様ヲ楽シマセテクレンナラ、コノチカラ、貸シテヤラァ!」
「うん、これから戦争をするんだ。きっと君の好きな血が一杯流れるよ」
「ゲギャギャギャギャ! ソレハ楽シミダァッ!」
「さっそく仕事だよ。《サクリファイス》、我が願いを聞き届けよ」
すると剣から細い管のようなものが幾本も出現し、それがアヴォロスの身体に突き刺さる。
「うっ!」
さすがに痛みを感じるのかアヴォロスは顔をしかめる。
「ナラモラウゼェ! テメエノ命ヲナァ!」
「ああ、幾らでも持って行きなよ。それが願いの対価だ」
ドクドクとアヴォロスの体から管を通って何かが剣へと流れていく。すると驚いたことに、剣の形状が徐々に変化していく。
それはもう剣などではなく、そう、獣の牙のような痛々しい形状を備えていた。そしてアヴォロスはそれを上空へと投げつける。
牙は真っ黒に染まり、さらに巨大化していく。
「さあ、食い散らかせ――――《サクリファイス》」
※
クゼルは走っていた。長い長い洞窟の中を、焦燥感漂う表情を浮かべ出口へと意識を向けて必死に足を動かしている。
そして何かを察知したようにピクンと眉を動かす。
「もう、使ったのですか!?」
その叫びは誰かに対して言われたものではない。つい愚痴のように気づいたら自然と喉から外へ放たれていた。
目の前に出口を示す光が映り、さらにスピードを上げる。
しかし突然、洞窟が激しく揺れ出した。
思わず足を止め転倒しないように踏ん張るが、上空から軋み音がしたと思った刹那、天井が崩れ出しクゼルを襲う。
「これはいけませんね!」
目を細めるクゼル。そして腰に差してある刀の柄に手をかける。次の瞬間、崩れ落ちてきた大岩にも似た天井の破片が一瞬にして細切れになる。
見るからに抜いた様子は無い。しかし確かにチンと刀を鞘に納める音だけが響いていた。
「もう、もちませんか……」
他にも崩れ出している天井を見ると、その場にいたら間違いなく生き埋めになると判断したのか、揺れに負けないように強く大地を踏みしめて出口へと到達した。
日はもうすっかり暮れており、空には大きな月が大地を覗いていた。
クゼルが【シャンジュモン洞窟】から抜け出た瞬間、まるで隕石が衝突したかのような轟音とともに洞窟は崩れていった。
クゼルにとって、その場所は曲がりなりにも長年過ごした場所であり感慨深いところであるのは間違い無かった。
それが一瞬にして崩壊したことにより、さすがに幾ばくかの寂寥感が胸を包む。その表情を見れば誰もがそう判断できるであろう感情を表に出していた。
しかしすぐに顔を引き締め、自らの住まいであった場所を破壊した犯人のことをクゼルは思い浮かべた。
(アヴォロス……やはり使いましたか……)
思うのは一振りの剣。アヴォロスがその腰に差してあった禍々しいほどの邪気を放っていた黒に包まれた剣のことを思いクゼルは顔を渋らせる。
(いろいろ疑問はありますが、このことを一刻も早くリリィンさんたちに)
その場に留まっていれば、必ず中からアヴォロスが現れ鉢合わせになると判断して、周りを警戒しつつその場を後にした。




