140:夜襲を受けるヴィクトリアス
夜もすっかり更け、皆が寝静まり静寂が場を包んでいる中、ジュドムは背後に何者かの気配を感じた。
クスクスと笑い声が響き、その声が子供のように甲高かったので、まさかと思い静かに立ち上がって振り向く。
そこで目に映った人物を見て驚愕に包まれる。
こんな夜更けに何故こんな子供が……?
ジュドムは訝しみながら、平然とそこへ立つ美しい金髪を持った少年を観察する。
「一応気配は消したんだけど、さすがは《衝撃王》ってとこかな」
楽しそうに笑みを浮かべている表情は無邪気な子供のそれだった。
しかしどこか歪さを感じさせる。
ピントがズレているというか、中身が違うというか、見た目と内面が合っていないとそう感じたのだ。
「……もう一度聞く、何者だ?」
ただの子供であるはずがない。
こんな夜更けに、しかも今は王の代役を任されているジュドムに子供が会いに来るわけがない。というよりも、少年の纏う不可思議な雰囲気が最大限警戒しろと教えてきている。
「ん~そうだね。君とは実際に今まで会ったことが無かったかな? ……この姿で」
直後、全身を突き刺すような殺気が迸り、同時に少年の瞳がヘビが獲物を見つけた時のように細められる。
「この感覚…………ま、まさかお前……?」
とても信じられない考えだったが、少年の放つ殺気に見覚えがあるのも確か。そしてそれはかつて恐怖を植えつけられたものだった。
「…………魔王?」
「アハハ、そうだよ。やっと分かったかい?」
ジュドムは冷や汗を流しながらも拳を握り、自身の感覚を広げていく。
魔王、いや、先代魔王一人でここに来るはずがない。
(暗殺……? 他に誰かいるのか?)
人間の国を纏めようとしている自分を殺しに来たのかと考えて、他に仲間がいないか気配を探る。そこで先代魔王アヴォロスの後ろに誰かがいるのを察知できた。
しかもその気配がどんどん増えていく。
何事かと思い彼の背後に視線を向ける。
「紹介するね。これが余の配下たちだよ」
そこには黒衣を纏った者たちが大勢いた。
それぞれが只ならぬ雰囲気を宿しており、気づいたら全身からビッショリと嫌な汗が噴き出ていることに気づく。
「……情報は本当だったか」
「ん?」
「『魔人族』と『獣人族』が決闘したという話は届いていた。そして『魔人族』が勝利し同盟を得たことも。その最中、お前が彼らに宣戦布告したということも」
「へぇ、早耳だね。いいや、それくらいでないと王は務まらないか、うん、感心感心」
パチパチと手を叩くが馬鹿にされているとしか思えない。
「……何しに来た?」
「……そうだね。今日はとても良い日になりそうだよ」
突然アヴォロスの近くにいる人物が、何かをこちらへ放り投げた。
ゴロゴロと転がるその正体を知って愕然とする。
それはこの国の王侯貴族の一人であるジャンス卿の生首だった。
「貴様……!?」
「アハハ! そう怒らないでよ。この国の膿を排除しただけなんだから。君も鬱陶しく思っていたでしょ? それに、気づいていなかったとは言わせないよ? 彼らクズ共がクーデターを企んでいたことをね」
「…………」
「まあ、放置しておいて、混乱に乗じるっていうのも面白そうではあったけど、結局殺すんだから早目に処理したという話さ」
「……何を言っている?」
混乱に乗じる? その言葉は聞き捨てならないものだった。
するとアヴォロスの口角は三日月型に歪められる。
「ジュドム・ランカース…………《マタル・デウス》の王がここに宣言しよう」
「…………」
「この国を――――――――貰い受ける」
「あ? 国を? 寝惚けてるのか?」
ジュドムは正気の沙汰ではないことを言い出したアヴォロスを睨むが、当の本人は愉快気に笑っている。
「本当はね、さっきも言ったようにこのクズ共にクーデターを起こさせてから、その混乱に乗じようかとも思ったけど……」
クズという言葉が指しているのは、先程足元に投げ捨てられた反ジュドム派の筆頭貴族であるジャンス卿の生首だ。
「だけど、クーデターなんて起きたら、せっかくの手駒が少なくなりそうだったからね」
「あ?」
「ハハ、この国の兵士たちは、余が丁重に使うんだし。下手に死んでもらっちゃ困るんだよ」
その言葉を受けてジュドムは思い出していた…………彼の通り名のことを。
『至極の死霊使い』――死者を自由にこの世に呼び出して使役する力を持つ。
だがそこでふと疑問に思ったことがあった。
(……死者を使うなら死んでた方が都合が良いんじゃねえのか……?)
ジュドムの考えている通りなら、いっそクーデターが起きて多くの人が死んだ方が、殺す手間が省けるのではと思われる。
しかし彼の言葉を素直に受けると、死んでもらったら困るという言い分だった。これはどういうことか……。
(本当は死者を扱うことができない……? 噂……? それとも死ぬ前に何か条件を満たす必要があるとかか……?)
多々疑問は浮かんではくるが、今はそんなことを考えている場合ではないと思い唾棄した。
「この国を奪って、テメエは何するつもりだ?」
「嫌だなぁ《衝撃王》、世を総べる者が国を持つのは普通だよね?」
「…………何故この国なんだ?」
「ククク、本当に理由が分からない?」
試すように尋ねてくるアヴォロスだが、無論大体は予測しているジュドム。それでも相手の口から聞こうという姿勢を崩さず沈黙していると、
「ん~仕方無いなぁ。なら教えて上げよっか。まず【魔国】だけど、本来ならあそこがベストっていうのは誰もが思うよね、元々余の国だし」
先代魔王なのだから当然だ。
「けどね、今は少し難しいんだよね~」
「……?」
「ハッキリ言って、今あそこを攻め落とすのは難儀なんだよ。それこそこちらも全力でかからなければならないほど、今あそこは強大な戦力が集中し過ぎてる。だから外した」
確かに、元々強力な『魔人族』の本拠地でもあり、また獣人と同盟した【魔国・ハーオス】を落とすのは至難の業だろう。
「なら【獣王国】は?」
その問いに、鼻で笑いながら肩を竦めるアヴォロス。
「ハハハ、いやいや冗談はよしてよ。あんな獣臭い所、たとえただで譲られてもいらないよ」
どうやらただ単に気に入らないというだけで枠外に置かれているようだ。だがなるほど、そう考えればこの【ヴィクトリアス】に来た理由に説明がつく。
「国王不在で兵士たちは浮足立っていて、しかも主戦力だった隊長格は軒並み殉職し、不安定に揺らいでいるここなら確かに手に入れ易いだろうな」
「でしょ? ここを足掛かりにして、ちょっと世界に宣戦布告しようかなと思ってね」
「……二つの種族が同盟し、この国だってもう戦う力もほとんどない。今この状況は望むに拘らず、争いの無い平和へと少しずつ歩み始めている。そんな矢先にテメエは新たな火種を起こすつもりか!」
正直、ジュドムは国が立て直った暁には二つの種族との同盟交渉に入ろうと思っていた。
確かにまだ二つの種族とは尋常ではないほどのわだかまりがたんまり存在しているだろう。
しかし不戦条約くらいは結べるはずだと思っていた。『魔人族』と『獣人族』が同盟を成したことで、その輪の中に少しくらい足を踏み入れることができると。
そうすれば、時間はかかっても、将来的には再び互いが互いを支えるような本当の意味での同盟ができると思っていた。
そんな時にこの騒動。まるでこちらの動きを全て把握していたかのような動きだ。少し国が落ち着いたところを狙って、その国を奪おうとしてくるとはそうとしか考えられなかった。
「火種……か。クククククク」
アヴォロスはジュドムの睨みを軽く受け流し、
「まさか君は、乱世が終わろうとしているとでも思っていたのかい?」
「……何だと?」
「終わらないよ乱世は。いや、まだ終わってはいけないんだ」
「テメエ、何言ってやがる?」
「余の望みは乱世の中にこそ叶う。乱世が終わろうとしているなら、余が起こそうじゃないか…………更なる動乱の世をね」
「テメエッ!」
ジュドムから衝撃波に似た覇気がアヴォロスへと向かう。しかしアヴォロスも軽く目を細めて手を衝撃波にかざす。
――バチンッ!
弾かれた衝撃波はそのまま霧散する。そして何事も無くアヴォロスは続ける。
「さあ、世界征服を始めようか」
※
暗い暗い闇の中……。
自分が今どこにいるのかさえ定かではない。意識は妙にハッキリしているというのに、目を開ける仕草をしても、閉じたままのように暗闇だけが広がっていた。
何故自分がこんな場所にいるのか……とにかく光を求めるように身体を動かそうとするが、まるで金縛りにあっているかのように自由がきかない。
しばらくそうやって身体を動かそうとヤキモキしていた時、ふと上空に小さな光の粒を発見した。
それは暗い空の海に浮かぶ一つの星のような、それでいて真っ暗闇に一匹だけ飛ぶ蛍のような印象を受ける。
視線と意識が自然とそこへ向かい、ずっと見続けているとその光が段々大きくなっていくように感じる。
そして一瞬にして眩い閃光となったそれが全身を襲う。
「……う」
身体が気怠い。何より瞼が非常に重かった。
それでもゆっくりと目を開け、見覚えのある天井にホッと息をつく。そして微かに震えながら右手を自分の視界に映るように持ってくる。
何度か握ったり開いたりして自分の思う通りに動くことを認識する。
「………………生きて……る?」
定まらない思考が徐々に纏まっていき、どうして自分がここに横たわっているのか把握する。
そしてみすぼらしいほど細くなった右手を見て、自分がどれだけこの場で寝ていたのか大よそ感じ取る。
手足を動かそうとしても全くと言っていいほど動かない。まるで全身の筋肉が硬直してしまっているかのようだ。
動くのは右手だけ。だがそれも限界に達したのかパタンと胸に落とす。どうやら自分は死んではいないみたいだが……。
そう思いながら目だけを動かしていると、何気無く嫌な雰囲気が周囲を覆っていると思われた。それが何かは分からないが、ただならない何かが周りで起こっている予感がする。
その時、急に扉が乱雑に開く音が聞こえる。誰かが入ってくる気配を感じるが、どう反応しようにも身体が言うことをきかないので大人しくするしか方法は無かった。
意識だけは身構えながら、自分に近寄ってくる者を凝視する。
そしてそれが、かつて父に紹介されたことのあるジュドム・ランカースだったことに気づき少しホッとした。
顔は怖いが物腰は優しいオジサンという印象を受けている。
そこからはよく覚えていなかった。
ジュドムに話しかけた時、彼が物凄く驚いたような表情をしていたが、それでも彼はすぐに笑顔を浮かべたのだ。それはどことなく父に似ていた。
表面上では笑っていても、その中に悲しみと寂しさ、そして悔恨が入り混じっている複雑な笑顔。あの時のジュドムの笑顔はまさにそれだった。
後から考えてみれば、それは自分を不安にさせないための作り笑いだったのだろうが、自分の周囲に何が起こったのか、どうしてジュドムが私を抱えてその場を飛び出して行ったのか、その理由を知って初めてジュドムの辛さを理解した。
自分を連れ去ったジュドムは体中に傷を負いながらも、自分を守りながら外へと走って行く。
途中彼の仲間らしき人たちが彼を守ろうと倒れていくのも目に入り、危険な状況に陥ったと思った時、そこへその人もジュドムの仲間だろうか、綺麗な女性が現れ手を差し伸べてくれた。
だがそこで自分の意識は途切れてしまった。
目が覚めた時、自分の身の上に何が起こったのかそこで初めて聞かされ絶望に包まれることとなった。
※
突然大きな音がしたと感じ目を覚ました【ヴィクトリアス】の第一王女であるリリスは、警戒しながら扉の方へ向かっていく。
そして微かに扉を開け、中から外の様子を見ようとしたリリスは、タタタタタタと誰かが走ってくる音を耳にした。
それはリリスの世話役のメイドの一人であり、彼女の慌て様から何か起きていることを察する。
どうしたのかと聞けば、今城の中に不審者が入り込み、ジュドムが応戦しているとのこと。メイドはリリスを安全な場所まで連れて逃げるように彼に指示を受けたと言った。
咄嗟に母であるマーリスのことを尋ねるが、彼女はウェル隊長が保護に向かっていると聞いて安心した。
しかしホッとしたのも束の間、この場所へ誰かがやって来た。リリスとメイドは怯えながらも闇の中に視線を巡らす。
窓から射す月の光に当てられて、その誰かが黒衣を纏っていることを知る。
どうやら二人いるようで、前方にいた人物が無造作に片脇に抱えてられている者を見てギョッとした。
「お、お母様っ!?」
それは紛れも無く自分の母であるマーリスだった。
気絶しているようでぐったりと身を預けている。その人物の右手には血を滴り落としている剣を持っていることに気づきゾッとした。
もしかしたらマーリスはすでに命を絶たれているのかと思い衝撃を受けたが、
「安心するといいよ。王妃様は無事だから」
背後にいたもう一人の黒衣の人物の言葉……いや、声のショックの方が大き過ぎた。
それはリリスが待ち望んでいた者の声と同じであり、優しい響きを含んでいた。しかし同時に何故彼がそこにいるのか困惑するリリス。
「コイツだなァ、王女ってのはァ」
マーリスを抱えている人物がそのままドサッと乱暴に彼女を床へと落とす。
そしてリリスの頬を風が撫でたと思った瞬間――ブシュッ!
温かいものがリリスの肌に付着する。
何が起きたのか分からず隣を見てみると、そこには剣で斬られているメイドの姿があった。
「ひ……めさ……ま……お逃げ……ぐふっ!」
「うるせェ、さっさと死ね」
トドメを刺すように今度は体を貫く黒衣。
「い、い、嫌ぁぁぁぁぁぁっ!」
リリスはその場に腰が抜けたかのように尻餅をつく。
「おいっ! 何も殺すことはないだろっ!」
リリスのよく知っている声が、メイドを殺した相手に向けられる。
「あァ? テメェ、まだ自分の立場ってもんを理解してねェのかァ?」
「ぐ……だけど……」
「うるせェ、不要なものを殺しただけだァ。さて……」
「ひっ!」
リリスは赤く色づいた剣を見て吐き気を催し、口元に手を当てて嗚咽する。
「ちっ、めんどくせェ。おいテメェ、さっさとそいつを連れて来いよォ」
剣を持った人物はそれだけ言うとマーリスをまた抱えるとそのままどこかへと去って行った。
今のリリスには、一体何が起こっているのか冷静に見つめることができず、悪夢のような惨状を目にし、とてもマーリスを気遣う余裕が無かった。
そんなリリスにその場に残った黒衣の人物が近寄って来て、
「……リリス」
名前を呼ばれて反射的に涙を流しながらも声をかけた人物を確認する。
その人物は、静かにフードを取ると、そこから現れた顔を見て驚愕に包まれながらも、縋りたい気持ちでその人物の名前を出す。
「た……大志……さまぁ……」
「ごめんリリス……本当にごめん」
悲痛と悔恨が入り混じったような表情を浮かべる大志を見て、リリスも戸惑いを隠せない。
「い、一体……何がどうなっ……ているの……でしょうか?」
リリスの涙ながらの質問に、大志は苦々しい顔をしているだけだ。
「な、何故……大志様が……それにその服……」
リリスだって大志の表情や服を見て感づかないほど馬鹿ではない。
大志がメイドを殺した者の仲間であることは理解していた。そこにどのような繋がりがあるかは分からないが……。
「違う……違うんだ……俺だってこんなこと……だけど……」
ギリッと悔しそうに歯ぎしりする大志を見たリリスは、どんな理由があるにせよ、今城を襲っているのは大志とその仲間であることを確信した。
「大志……様……」
「リリス…………俺と一緒に来てくれ」
「え?」
「……俺の主が君を望んでるんだ」
「あ……るじ? な、何を仰っているの……ですか?」
大志の主は、今もまだリリスの父親であるルドルフ国王となっているはずだ。だからルドルフが帰って来たのかと少し考えたが、そんな感じではないと大志の態度から察する。
「ごめん……だけどこうするしかないんだ……」
大志は懐から小瓶を取り出すと、その蓋を開ける。中から甘い香りが漂ってきてリリスもその香りに鼻腔をくすぐられ……。
「あ、あの大志……さ……ま……」
リリスは突然の睡魔に抵抗できなくそのまま静かに闇へと意識を落とした。
そんなリリスを絶望に苛まれたような顔つきで見下ろす大志。
「逆らえないんだ……逆らえないんだよ……だってこんなことっ! ……………………行かなきゃ」
大志はリリスをそっと抱えると、ゆっくり歩きだす。途中窓に映る自分の顔を見て苦笑する。
「……何て顔だ……はは」
自嘲気味に声を発しながらも、その重過ぎる足を動かして行った。
1月22日に新作を投稿します。
しかも今回は、新たな『文字使い』の物語です。
タイトルは
『終末の文字使い ~現実世界にモンスターが現れて500年後のユニークチート~』
です。
今作は現実世界が舞台で、もし文字使いがいたらという話になっています。
『金色』が好きな人は、きっと楽しめる作品となっておりますので、どうぞよろしくお願いします!




