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139:ミミルの歌

 日色は今、再び庭園へと来ていた。

 しかもそこにはミュアやミミル、そしてククリアもいる。

 日も暮れ始め、ライブが夕食を作ってくれることになっていたので楽しみにしていた矢先、ミミルから誘いを受けたのだ。


「せっかくヒイロ様が来て下さったのだから、皆様と一緒に庭園でお食事しましょう!」


 とのことだった。

 別に食事さえ口に入ればどこででも構わないのでその案にはあっさり応じたのである。

 《始まりの樹》の解体作業も一時的に中断し、続きは日が上った明日に行うこととなった。

 しばらく待っていると作業を終えたアノールドやバリドたちも庭園へと足を運んできたのだ。


「ヒイロォォォォ!」

「だ、だから抱きつくなニャン娘!」


 あれからずっと寝ていたクロウチだったが、ついさっき目を覚ましたらしく一目散に日色のニオイを嗅ぎつけ庭園へとやって来た。


「い、いけませんよクロウチさん! ヒイロ様もお困りです!」


 ミミルがいつも以上に必死になってクロウチに注意するが、


「嫌ニャ嫌ニャ! 昼間は眠くなって抱きつけなかったニャ! だから今は僕の充電中ニャ~!」

「ええい、離せ!」


 しかし首をブンブン振って否定してくる。


 ……仕方無い。


「……あ! アレは何だ?」

「ニャハハ! さっきは引っ掛かったけどニャ、もうダメニャ~!」


 くっ……変に知恵をつけたようだ。

 まあ、《三獣士》ともあろう者が、そう何度も同じ手にかかることは問題だが。


(あ~もう面倒だ。そのうち飽きるだろ……)


 思えばミカヅキと同じような雰囲気を持つクロウチだ。

 そのうち別の何かに興味を持って離れるだろうと推測して放置することに決めた。


「うぅ……羨ましいよぉ……」

「ミ、ミミルだってヒイロ様に……」


 ミュアとミミルは自分の欲望まっしぐらに突き進んでいるクロウチを羨ましそうに見つめているが、そんなクロウチの背後にトコトコと小さな何かが現れる。

 その何かはクロウチの襟を持つと、


「え? あ? ニャ、ニャに? 誰ニャ!?」


 突然服を引っ張り上げられ、日色から剥がされて戸惑うクロウチ。

 そしてそれを成した背後にいる何かに視線を向けると、


「ニャッ!? プ、プティス!?」


 そこには何とも愛らしいペンギンの着ぐるみを被った《三獣士》の一人がいた。


「クロ……お仕事、残ってる」

「う、嘘ニャ!?」

「嘘じゃない。クロ寝てた。その分」

「ニャァァァァァァ~! ヒイロォォォォォ~!」


 哀れニャン娘…………プティスに引き摺られ庭園から強制退出させられていった。

 だがチラリとミュアとミミルを見たが、プティスにグーサインを出している。何とも息の合った二人だ。

 大きなテーブルも持ち運ばれ、そこに次々と料理が運び込まれてきた。

 花や作物の香りが充満していたそこは、一気に料理の香ばしいニオイへと変わっていく。


 ライブが傷を治した礼に腕を揮ってくれているようだが、一見して美味そうな料理ばかりで、つい食指がビンビンと動きを止めない。それどころかさっきから腹の虫が大合唱である。


「ん……おいしそう」


 カミュは料理に目を奪われているようで口から涎を垂らし、テンも「うっひょ~!」とか言いながら肩でピョンピョン跳ねている。鬱陶しいから突き落としてやろうか……。

 アノールドも調理を少しだけ手伝ったようで自慢してくる。


(そういやオッサンの料理を食うのも久しぶりだな)


 共に旅をしていた時に存分に彼の料理を堪能させてもらったが、料理人を名乗る腕は間違いなくどれも満足のいくものばかりだった。


「ほう、これは見事だな」

「ふふ、そうね」


 レオウードとブランサが二人揃って顔を出しに来た。そこで気になったのは二人の背後からやって来た人物だ。どこかで見た記憶がある。そしてその中の一人がズカズカとやって来て目の前に位置した。


「おい赤ローブ、俺と勝負しろ!」


 何を言っているんだコイツと、さすがに呆気にとられた。


「こらレニオン、お客様に失礼だぞ!」


 思い出した。今目の前でこちらを睨みつけているのが第二王子のレニオンで、それを窘めているのは第一王子のレッグルスだ。


「そうよ、いきなり何言ってるのよレニ兄ったら」


 ククリアも少し怒気混じりに発言している。しかしそんな二人の注意も無視して、レニオンは真っ直ぐ睨みつけるのを止めない。


「いいから俺としょぶっ!?」


 ガシッと力任せに頭を掴まれ、レニオンがその相手を睨もうとすると、


「威勢は買うが、場を弁えろレニオン」

「う……お、親父……」


 さすがの貫録で黙らせるレオウード。


「そうよレニオン、今はお食事を楽しむ時だわ」


 母親のブランサにまで言われ、バツが悪いように舌打ちをするとそこから出て行ってしまう。


「ったくアイツは……すみませんでしたヒイロ殿」


 その態度だけでレッグルスはデキた王子だと感じた。自分たちを負かした張本人を前にして、レニオンの態度はハッキリ言って理解できる。そしてその思いはレッグルスだって持ち合わせているはずだ。

 それなのにそれを表に出さず頭を下げることができるのは、レニオンとは違い格を備えていると感じた。


(さすがは第一王子ってとこか……)


 正直レニオンのような分かりやすいタイプも嫌いではない。ああいうタイプはどうとでも御することができるからだ。感情のままに行動する者ほどコントロールし易い。

 一言謝罪をするとレッグルスはレニオンを追いかけて行った。しっかり弟のフォローもする。本当にデキた長兄だと思った。


「悪かったなヒイロ」

「気にしてない。だが次期王として育てるつもりなら奴には気を使えよ?」

「ガハハ、耳が痛いな!」

「笑い事ではないわよあなた。本当にごめんさないねヒイロさん、あの子には私からもきつく言っておきますから」


 ブランサも許しを請うてくるが、本当に気にしていないこちらからすると逆にそんなに謝罪されると恐縮してしまう。

 そんな時、突然手をパンパンと叩く音が聞こえ、そちらを見るとライブがいた。


「はいはい! 注目だよ!」


 彼女の後ろにはメイドであろう者たちが、一つの大皿を持っていた。そしてその大皿をテーブルの上に置くと、見えないように上に被せてある蓋に手をかける。


「いいかい客人! これがライブ特製っ!」


 蓋を勢いよくとるライブ。

 そこには――。


「――《四食(よんしょく)ビックリ(まん)》だよっ!」


 赤、青、緑、白と、四色に色分けされた饅頭が、ピラミッドのように積み重ねられていた。蓋を開けた途端に、強烈な饅頭の香りが鼻を刺激する。

 涎の分泌が止めようとしても止まってくれない。早くそれを口に入れて来いと言われているようだ。


「さあ、召し上がれぃ!」


 どれも美味しそうだが、やはり気になるのは饅頭の方だ。カミュやテンも同じ思いなのかジッと見つめている。

 それにしても、一体どれにしようか迷う。恐らく四つの饅頭はそれぞれに味が違うのだろう。しかしそれをまだ説明するつもりもないのか、ニヤニヤしながらこちらを見つめている獣人たち。

 恐らく彼らは食べたことがあるのだろう。そしてしっかり堪能しろと言ってきている。


「お前らは何にする?」

「俺…………青」

「んじゃ俺はみっどりぃ!」

「二刀流は青、黄ザルは緑か……なら俺は…………赤だ」


 それぞれが手にした饅頭をジッと見つめた後、ガブリと歯を食いこませた。


「熱っ!?」


 瞬間、饅頭の中から驚くほどの肉汁が溢れ出てきた。しかもその肉汁の熱さが口の中を刺激する。火傷しそうなほど熱い肉汁だが、これまたあっさり感があって良い。

 それにピリピリと舌をつくこれは唐辛子のような辛みだ。それにふっくらとした肉厚の饅の中には、肉団子のように固められた物体があった。


 何の肉かは分からないが、物凄く後を引く味だった。肉自体は濃い味なのだが、出汁のように漏れ出している汁があっさりしているのでバランスが抜群だ。それに辛みがちょうどよく食欲を刺激してくる。


 カミュの方を見てみると、目を輝かせて饅頭の中身を見せてきた。見せられても正体は判別できなかったが。


「ヒイロ……これおいしい」

「コッチもさいこ~!」


 どうやらテンも満足しているようだ。

 そこでようやくライブが説明し始めた。


「赤に入っているのは肉じゃないよ。《赤面大豆(せきめんだいず)》から作った《赤面豆腐》さ!」


 こ、これが豆腐だとっ!?


 食感は間違いなく、いや、食感だけでなく味も肉そのものだった。

 しかし彼女が言うには、赤い色をした豆腐である《赤面豆腐》は、揚げることによって凝縮していき食感がより肉に近づき、味もまた同じになるという。それを生地で包み蒸すことで、赤色が生地に浸透していき真っ赤な饅頭が完成するという。


(《赤面豆腐》はそういう特性を持ってるってわけか)


 元々そのまま食べても美味いが、饅頭にすることで肉汁を閉じ込めさらに旨味を増すことができるらしい。


「そしてお次は青、青には《青雲豚(せいうんぶた)》の肉を使用してる」


 《青雲豚》の肉は色が青白く、名前にあるように雲のように柔らかい食感だという。その肉を擦り潰して生地に混ぜ青くさせる。そしてその肉を角煮にして包み込んでいるとのこと。

 味は濃厚であるが、餡には甘辛いタレを使用しておりガッツリいきたい人にはお勧めだという。


「次に緑だけど、これには《緑黄(りょくおう)トマト》を使ってる」


 《緑黄トマト》というのは、時期によって緑色と黄色に変色する特殊なトマトであるが、黄色の時には強い毒性を持つという。また緑色の時期が凄く短期であり、個々によって時期が異なるため見極めが難しいとのこと。

 だがその味は格別であり、まるで果物のような甘さと酸味を持っている。栄養も抜群であり女性にとってはとても嬉しい食材の一つだ。


 そのトマトを生地に練り混ぜ、中身もヘルシーに野菜を詰め込む。野菜も豊富に選ばれており十種類以上もの野菜が入っているという。

 野菜の旨味がこれでもかというくらい凝縮された逸品だということだ。


「最後に白だが、これには幻の果実《白銀桃(はくぎんとう)》が入ってる!」


 その名には聞き覚えがあった。《白銀桃》……冬の時期、それもある山の頂上にしか実らないと言われている幻の果実。

 大きさは普通の桃と同じだが、色は文字通り白銀であり、市場で出回れば信じられない高値で買い取りされるほどの代物である。


 日色は思わず手に取り白饅を口に運ぶ。刹那、口一杯に広がる桃の香りと甘み。そしてこれは餡子だろうか……桃の上品な酸味に加え、餡子の甘みがベストマッチングしている。


(桃の香りが半端じゃない。これは…………美味い!)


 恐らく生地に桃を混ぜているのだろうが、さすがに幻と言われるだけあって美味い。

 それに餡子だけでなく、桃そのものも入っているようで、両方の味を楽しめる。これはもうある意味、もう一つの果実に他ならない。


「ははは、うんめえだろヒイロ!」


 アノールドがそう言ってくるが、確かにこの饅頭は名前の《四食ビックリ饅》通り、驚愕させてくれた食べ物だった。

 しかもそれだけでなく他にもまだまだ魅力のある料理がわんさかある。今日は何て良い日なのだと思い頬を緩ませる。


 それから皆も一緒に食事していると、


「あ、あの……」


 背後から声が届き、その正体がミミルだと分かるのだが、その表情は照れているような感じでモジモジしていた。


「……何だ?」

「そ、その……」

「ミミルちゃん、頑張って!」


 ミュアが彼女に声援を送ると、ミミルも「はい」と頷きを返し、目を強く閉じながら絞り出すように声を張る。


「ヒ、ヒイロ様! ど、どうかミミルの歌をお聞きください!」

「……歌?」

「は、はい!」


 そこでハッとなって思い出したことがある。

 そう言えば今度あった時、彼女が得意とする歌を聞かせてくれと言った。

 彼女はこの国では歌姫であり、かつては喉を壊し歌を奪われていたが、日色の治療のお蔭で彼女は再び歌うことができるようになったのである。


「ここで歌うのか?」

「い、いけませんでしょうか?」


 若干不安気に包まれながらも目を潤ませ聞いてくる。


「いや、歌を聞かせてくれって言ったのはオレだからな。お前がここでいいなら問題は無いぞ」

「えへへ、ヒイロさん! ミミルちゃんの歌は凄いですよ!」

「ガハハ! ミュアの言う通りだ! 我が娘の歌唱力、とくと味わうがいい!」


 この親バカ獣王がとも思ったが、どうやら彼だけでなく獣人全てがそう思っているのか、兵士が用意した台に向かって歩くミミルを誰もがワクワクした目で見つめている。

 ミミルが台の上に立ち、皆の視線を一挙に集めさせて、静かに口を動かす。


「今から歌わせて頂きますのは、ヒイロ様のためにお作りさせて頂いた歌です」

「……オレ?」


 ミミルは可愛らしい笑みを浮かべながら少し頬を上気させている。緊張しているのか、微かに震える両手を胸の前で組んで祈るような格好をしている。


「はい。では、お聞き下さい。曲名は――《この想いが届きますように》」


 誰もが静かに見守る中、ミミルの雰囲気が一瞬にして変化する。その表情からは緊張が失われ、まだ子供である彼女から大人びた印象を受ける。

 そしてゆっくりと彼女の唇が音を奏でていく。




 その日はとても心地良い日和に包まれていました


 とても自由で眩しいあなた 揺るがないその瞳が真っ直ぐ向けられ


 私の心を温めてくれました 大事なものを取り戻してくれました


 遥か先へと向かうあなたを 私は必死で追いかけます


 いつか遠いその肩と 並び歩けることを信じて


 いつもいつも私はあなたを想い そして祈るのです


 あなたの無事と 笑顔が絶えない日々を送れますように


 この想いが届きますように





 澄んだ綺麗な声を優しいメロディに乗せて静寂が広がっていた場に響く。

 とても心地の良い歌声だった。目を閉じ、紡がれていく音を聞き鳥肌さえ覚えたが、いつまでも聞いていたいと思わされるよう。

 耳では無く、心に真っ直ぐ入ってくるその歌の凄さはそれだけではなかった。何故なら目を開け目にした彼女の姿に思わず呆然とする。


 小さな光の粒子が、それこそ無数に彼女の周りに発現していた。まるで彼女の歌を鼓舞するかのようにキラキラと輝き、それはまるで星の輝きに包まれているかのようだ。

 非常に幻想的で、見る者の心を掴み離さない。一体あの光の粒子が何なのか不思議に思っていると、


「驚いたさ、あの嬢ちゃん精霊に感応してるんよ」


 テンが小声で教えてくれた。

 あの光の群れは、全て精霊だという。

 尤も、テンのような高位な存在では無く、自然界に生まれた、まだ形も定まらず力も皆無の矮小な存在だということだ。


 しかし普通の獣人が、こうして見知らぬ精霊に感応し、その歌声だけで現象化させることにテンは驚いていたようだ。

 そんなことができるのは、余程精霊に好かれている者か、または精霊そのものしかありえないという。


(そういやアイツ……普通では視えないものが視えるんだったな)


 初めて会った時のことを思い出す。

 あの時、日色は『透明』の文字を使用して、この《王樹》の中を歩き回っていた。

 すれ違う獣人たちは、近くを日色が通過してももちろん感づいていなかった。それなのに、ミミルは一目見て日色の存在を看破した。


 彼女は何でも昔から幽霊やら精霊やらを視ることができると言っていたが、この現象も彼女のそういう不可思議な力が呼び起こしたものなのかもしれない。

 見れば周りの連中はウットリして彼女を見つめている。誰一人目を逸らさず、歌と彼女の姿に見惚れてしまっている。


 そしてミミルは、静かにその口を閉じていく。刹那、とてつもない歓声と拍手が彼女に贈られる。光の粒子も十分満足したのか、上空へと舞い上がり消えていった。

 彼女もまた照れ笑いを浮かべて、そそくさとステージを降り日色のもとへと向かって来た。


 それは緊張からか照れからなのかは分からないが、頬を赤く染め上げた彼女が、気恥ずかしそうに目を合わせてくる。


「あ、あのヒイロ様……その……いかがでしたか?」


 モジモジと体を動かしながら聞いてくる姿は、確かに庇護欲をかき立てられるような可愛らしい雰囲気を纏っていた。

 そんな彼女に日色もまた、素直な感想として言葉を伝える。


「ああ、予想以上に上手くてビックリしたぞ」

「ほ、本当ですか! ほ、本当の本当に!」


 目を大きく見開き詰め寄ってくる彼女の額を人差し指でそっと突く。


「あぅ」

「さすがは歌姫だ。やるじゃないか」


 ボフッとミミルの顔が一気に茹で上がり、


「あ、あああああのそのお、おおおおおお粗末様でしたっ!」


 それだけ言うと、両手を頬に当てながらミュアのもとへ向かっていく。ミュアに支えられ頭を撫でられているようだが……。


(照れ過ぎだろ……)


 いちいちあんなに照れていては歌姫が務まるのかと心配になったが、コッチが考えても仕方無いことなのですぐに考えを放棄した。


「あっちゃ~、コイツぜってぇ分かってねえよなぁ~」


 テンの呟きが耳に届き、その理由を尋ねるが、


「さあな~、それを俺が言うんは間違ってるっぽいし、早目におめえが気づいてやれよ」


 一体このサルは何を言っているのか……?


「うむ! さすがは我が娘! 世界を狙える歌声だ! ガハハ!」


 何の世界だと心でレオウードに突っ込んでいると、そこへ近くへとククリアがやって来る。


「どうだった、我が妹の美声は?」

「ん? さっき言った通りだ。獣王じゃないが、オレの世界なら上を狙えるだろうな」


 あのルックスに誰をも魅了する歌声。きっと引っ張りだこのアーティストになれるだろう。


「そっかぁ、確かアナタって異世界から来たんだっけ?」

「ああ」


 もう別に隠す気は無いのであっさり肯定する。


「異世界でも上を狙えるかぁ……やっぱ凄いわねミミルは」

「…………何だ、その妹の才能にコンプレックスを抱いていますって顔は」

「う……そ、そんな顔してないわよ!」


 慌てて顔を背けながら言う彼女には説得力はまるで無い。だが確かに、ミミルの歌は桁違いなものを感じた。いわゆる天賦の才を見せつけられた。

 あれだけ皆の目を惹きつけられる才能に嫉妬を覚えるのは当然かもしれない。それが妹なら尚更……。

 彼女が垣間見せた陰りのある表情が少し気にかかり、気まぐれとばかりに日色は喋る。


「……そういやアンタ、国民に人気なんだな」

「……へ?」


 何を言っているの? 的な顔をしてくるが無視して続ける。


「何でも国民一人一人の名前と顔を覚えてるのは、あの鳥人間とアンタだけらしいな」

「そ、それは、ワタシがただ単に記憶力が良いだけよ」

「それに、ほとんど毎日街を歩き、国民たちの声を聞いてるそうじゃないか」

「…………」

「そんなこと、誰もができるわけじゃない。まさに王族の鑑だ。妹の才を羨むのもいいが、自分にも負けない才能があることに気づくんだな」


 するとしばらく黙っていたククリアは、微かに頬を染めて微笑を浮かべる。


「そっか、ミミルとミュアがアナタのことを想う理由が分かったかも」

「あ?」


 日色にとっては、今はかなり気分が良いし、少しだけお節介を働いただけなのだが、ククリアの顔が明らかにスッキリしているので、それで良しとした。こんな場で暗い雰囲気はノーサンキューなのだ。


「て、天然女タラシ……」

「何か言ったか?」


 テンが小さく呟いたので聞き返すが、呆れたように溜め息を漏らすとただただ首を横に振っただけだった。


(何なんだ……?)


 星空の下で行われた食事会はミミルの歌でお開きを迎え、まだ仕事が残っている者たちはそのままその場を後にしていく。

 どうやら国民たちの中にも、ミミルの歌を《王樹》の下で聞いていた人たちがいたようで、満足気に家へと帰っていく。


 《始まりの樹》の崩壊という恐るべき事態が起きたにも拘らず、楽しむ時は楽しみ、仕事をする時は仕事をする。そういう姿勢は何だか好感が持てるような気がした日色だった。



     ※



 日色たちが食事会を終え、それからしばらく経った頃、【ヴィクトリアス】の王城にあるテラスに一人の男が座禅を組んでいた。

 それは今、ルドルフ国王の代役として【ヴィクトリアス】を纏め上げているジュドム・ランカースである。


 彼は方々から信頼のおける者たちを集め、何とか国王が乱心したという事実に混乱している国民たちを落ち着かせていた。

 当初は混乱が混乱を呼び、貴族や兵士までもが動揺し国が揺らいでいたが、今は少しずつ収まりつつあった。


 それもひとえにジュドムの手腕と、彼が呼び寄せた仲間たちの奮闘の結果である。しかしそれでも全ての不安を取り除けたわけではない。

 信頼していた国王乱心に、救世主ともてはやされていた勇者の失踪など、悪いことが重なり民たちの心にはずっと陰りが残っている。


 このままだといつ他種族が攻めてくるか分からない。しかもまだ民たちには噂程度だが、『魔人族』と『獣人族』が手を組んだという情報が流れている。

 ジュドムや王侯貴族の中には、これが真実だと確信している者はいる。だがこの衝撃は確かに民たちの不安をより一層かき立てることに繋がった。


 ジュドム自身、あのイヴェアムがただ復讐のために【ヴィクトリアス】を襲って来るとは考えていない。

 そして同盟を結んだ獣王についても、彼は基本的には正々堂々と動くことを信条としているので、いまだにこちらに対し動きが無いのであれば、それほど急迫な事態が起きるとは思えない。

 無論完全に眼中から外してはいない。安心も心からはしていない。ただ長年の勘から、二つの種族から襲われることはしばらく無いのではと感じているのだ。


 しかし貴族たちに、このことを話したところで余計な反発を生むだけである。中には向こうが準備を整える前に急襲しようと的外れなことを言う輩もいた。

 襲われる前に襲う。それでは失敗し続けているルドルフと何ら変わりがない。

 今やるべきことは、国の混乱を一刻も早く収め、揺るがない国として根付く必要がある。


 ジュドムは貴族たちにそう言うが、納得している者は少なかった。

 彼らは実際怖いのだろう。『獣人族』にしても『魔人族』にしても、彼らやその繋がりにある者たちが、二つの種族に非人道的なことをし続けてきたのだから。

 だからこそ報復を恐れている。だからこそ殺される前に殺そうと考える。


「何とも情けないことだ……」


 ジュドムは目を閉じ、これほど上が腐っていたことを知らなかった自分を恥じる。

 そしてそれに間違いなく加わって……いや、指導者であったろう親友のルドルフの馬鹿さ加減にほとほと呆れてしまう。

 昔は穏やかで虫も殺せないほど優しい少年だった。それは王になっても全く変わらず、民たちもそんなルドルフを信じて支えようと奮闘してきた。


 いつからだろうか、彼が変わったのは……。


 ルドルフは過去を思い走馬灯のように頭の中に描いていく。

 思い出す…………ルドルフが何度目かの戦争に参加して帰って来た時のこと。


 そして彼の身体が夥しいほどの返り血を浴びていた姿を思い出す。その彼が、絶望に顔色を染め、ジュドムに向けて初めて悔し涙を見せた。


「やはり、お前はアイツのことをまだ……」


 ジュドムとルドルフには一人の親友がいた。

 幼い頃から一緒に遊ぶ間柄で、三人の中で一番賢く、そして強い…………女性だった。


 彼女はアリスと言って、とても正義感が強く、社交的で明るく、ヒマワリのような笑顔が印象的な女性だった。それは大人になっても変わらず、彼女はその正義感から国軍に入ることを決めていた。

 ルドルフが王になって、彼女は初めて女性の隊長として軍のトップに収まった。それはコネでも贔屓でもなく、純然たる彼女の実力だった。


 並みの冒険者が集まっても一撃で吹き飛ばされるほどの力を備えていた彼女は、ルドルフを、国を、民を守るためにその力を存分に奮っていた。

 しかしあの時、ルドルフが血塗れで帰って来た時、そこに彼女の姿は無かった。

 彼女は戦争で命を落としてしまったのだ。


 ルドルフが言うには、彼女は人質にされた子供を救うため、一人で敵のもとへ行き、その子供は何とか助かったが、彼女は拉致されルドルフが見つけた時は…………言葉にできないほどの姿だったという。


「思えばその時からだろうな……お前が敵に対して異様なほどの憎しみを持ち始めたのは」


 ジュドムにはその理由が分かっていた。何故なら、ルドルフはアリスのことを愛していた。それこそ身分は違うが、彼女のことを心の底から想っていたのだ。

 もう婚約者は決まっていたが、それでもルドルフは彼女が幸せに生きてくれればと、王として責務を精一杯果たしていた。


 しかしその彼女を奪われてから、ルドルフは変わった……いや、壊れてしまったといっても過言ではないかもしれない。

 表面上では分からなくても、心はずっと冷え切ったままだったのだろう。

 妻ができ、子供ができ、国が大きくなっても、彼は一度も幸せを感じたことが無かったのではないだろうか。


「ルドルフ……それでもお前は、この国の王なんだぜ」


 アリスが変わり果てたルドルフを見たらどう思うか、そんなことは明白だ。バカヤロウと怒鳴りながら一発ぶん殴るに決まっている。

 ルドルフが間違いを犯したり、女々しく泣いていると、いつも彼女がそうやってしかりつけて、そして最後にはニカッと笑って「一緒に考えてあげるよ!」と言っていた。


 だがその役目を担っていた彼女はもういない。ならば、誰が親友を止めるのか。……決まっている。


「俺がぶん殴ってでも引き摺り戻してやる! それが友として俺がしてやれることだ!」


 それがアリスに対しての贐にもなると決意を胸に秘めた。

 夜空に浮かぶ雲に覆われそうになる月を見つめながらそろそろ休もうと思った矢先、ピリッと背中に電気が走ったような感覚を覚えた。


 そして目を鋭くさせてジッと前を見据えながら口だけを動かす。


「…………何者だ?」








1月22日に新作を投稿します。

しかも今回は、新たな『文字使い』の物語です。


タイトルは


『終末の文字使い ~現実世界にモンスターが現れて500年後のユニークチート~』


です。

今作は現実世界が舞台で、もし文字使いがいたらという話になっています。

『金色』が好きな人は、きっと楽しめる作品となっておりますので、どうぞよろしくお願いします!


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