138:獣王への要求
アノールドたちも手伝うということで《始まりの樹》解体作業へと向かって行った。どうやらカミュもそれに同行するらしく一緒に行く許可を与えた。
日色はレオウードが《玉座の間》に来てほしいと言うので、ちょうど彼に用事もあったこともあり大人しくついて行く。
そこには王妃であるブランサの姿もあり、彼女からライブを治療したことで感謝の言葉を述べられた。その事実を初めて知ったレオウードもまた、こちらに頭を下げてきた。
余程ライブはこの二人に信頼されていることが理解できる。
まずこちらの用事よりもレオウードの用事の方が気になったので先にそちらを尋ねた。
「実はな、もうすぐ……」
レオウードがそう言いかけると同時に、そこへ誰かがやって来た。
「おお、待っておったぞユーヒット」
彼の言う通り、そこにいたのは先程噂をしていた白衣男であるララシークの兄のユーヒット・ファンナルだった。
どうやら話というのは彼に関わることのようだが、どんな関係があるのかと思い黙っていると、
「ニョホホホ! これはこれは、かの『魔人族』の英雄さんがいらっしゃいますですよぉ!」
男にしては甲高く笑う彼を見て、何やらあの変態執事と似た雰囲気を感じて思わず頬が引き攣ってしまう。
「実はですね、ミミル様のお声を取り戻したのは、君だと聞いて、僕ですら治せなかった君の力に興味を惹かれましてですね、あれからずっと研究しやがってるのですが……一向に分かりませんですよ! ニョホホホ!」
ああ、間違いなくコイツは別の意味で変態だと、先程の勘が大きく外れてなかったことを知る。何より眼鏡の下から怪しく光る瞳は、変態執事が暴走する時と同種のものだった。
「これユーヒット、お客様に失礼ですよ?」
「これはこれはブランサ様、申し訳ありませんですよ!」
恭しく頭を下げると身を一歩引いた。
「持って来てくれたかユーヒット?」
「こちらに」
今気づいたが、ユーヒットの右手には赤い布で包まれた何かがあった。ユーヒットはレオウードに近づくと、布を捲り中身を晒す。
そこには見たところ、何の変哲もないナイフが置かれてあった。レオウードがそれを手に取ると、こちらに見せてくる。
「実はな、お前に頼みたいのはこのナイフのことだ。ユーヒット」
「はいです。一見して普通のナイフに見えやがりますが、そのナイフこそ、我らが《始まりの樹・アラゴルン》の命を奪ったものなのでございますですよ」
なるほどとナイフを見つめる。
握り手の部分も大した装飾は施されてはいない。ただ気になったのは握り手の下部分に嵌め込まれてある小さな水晶のような珠だ。
「ユーヒットも調べてくれはしたが、どう考えてもこのナイフ一つで《アラゴルン》を枯らせるとは思えんのだ」
確かにそうだろう。こんなちっぽけなナイフで、あの見上げても天頂が見えないほどの大樹である《アラゴルン》を枯らせるとは普通思えない。
だとしたらナイフには何か特別な仕掛けがあると考えるのが妥当な筋だ。
「だがな、分かったことと言えば、このナイフが通常では考えられない材質でできているということだけだ」
「何の材質だ?」
「『海の暴君』と呼ばれているモナーククラーケンは知っているか?」
「ああ、確か最も渦潮の多い海《ベリアル海》の海底に住むランクSSSのモンスターだろ?」
本で学んだ知識だが、間違っていなければとても並みの神経で相手にできる存在ではない。
「そうだ。モナーククラーケンの特徴として、生まれた時から体内には《ドフトフィル》という物質が存在している」
「初耳だな」
「そうだろうな。実際に見たことがある者など数えるほどだろう。その《ドフトフィル》は血液が固まってできたものなのだが、恐ろしく丈夫で魔力を通しやすい性質を持っている」
元々血液=魔力なのだから魔力を通しやすいのは当然だろう。
「まさか、その《ドフトフィル》とやらでそのナイフができてると?」
「…………その通りだ」
「なるほどな、そんな大したものだとは驚きだ」
「ああ、だがこれを作れるということは、実際に何者かがモナーククラーケンを討伐したということだ。海底にいる暴君を誰かが……だ」
確かにそれはとんでもないことだろう。ただでさえランクSSSのモンスターの強さと危険度はメーターを振り切っている。
しかも海の中では動きも制限されるし、魔法だって使い辛い立場にあるだろう。その中で相手をして、それを討伐したというのだから、勝者は化け物レベルに相違ない。
しかもそんな化け物がアヴォロス側についているということが証明されたようなものだ。
「まあ、もしかしたら何かの拍子に陸に浮き上がって来たっていう線も無くはないが……」
確かに楽観視はできないだろう。何せ相手は先代魔王の仲間たちなのだ。
シウバが言うには精霊もついていることだし、いよいよもって相手の戦力は超常の部類に入って来ていると確信できる。
レオウードは大きく溜め息を吐くと、
「まあ、誰かがモナーククラーケンを倒したとしても、それは今は重要ではない。問題はその材質を使う必要がこのナイフにあったということだ」
「その水晶玉みたいなやつは何だ?」
「ニョホホホ! それが分からないのですよ!」
「分からない?」
「何かの魔道具なのは確かなのですが、その効力を解明できませんです」
申し訳なさそうな感じでユーヒットは言う。
「ということだ。お前なら分かるのではと思ってここへ来てもらったのだ」
「……何故オレなら分かると?」
「ガハハ! そんなもの勘だ!」
豪快に笑いながら言うが、それでいいのか獣王?
「……まあ、オレ自身そいつの知識は無いが、調べることは可能だ」
「おお! やはり分かるか! 見ろブランサ! 言った通りだろう? ヒイロなら何とかしてくれると!」
「ええ、ですがまだお返事をもらってはいないわよあなた」
ブランサの言う通り返答をしていない。
確かに《文字魔法》の『解明』でも『解説』でも、その他調査関係の文字を使えばナイフを調べることなど造作もない。
だがもちろんそんなことをただでするわけがなかった。日色自身、知識欲が疼き、ナイフに興味こそ惹かれていたがせっかくなので、
「なあ獣王、ナイフを鑑定する対価として、あることを頼みたいんだが?」
獣王にある要求を出してみた。
「――――すまんヒイロ、もう一度言ってはくれんか?」
日色からナイフを鑑定する対価の話をされたレオウードだが、耳に入って来た言葉が想定外過ぎて受け止めきれず、聞き間違いかもしれないと考えたのか再度確認のために問うてきた。
「だから言ってるだろ――――――――大陸の一部を寄越せと」
「…………どうやら聞き間違いでは無かったようだが、少しばかり話が大き過ぎやしないかヒイロ?」
「ならアンタに貸している二つの貸し、それをチャラにしてもいい」
まず一つはレオウードと決闘する時にした賭けだ。日色が勝てば一つ貸しにすると約束した。
そしてもう一つはその決闘でレオウードが瀕死の重傷を負った時に治癒したことだ。
「……まあ、確かにお前にはミミルの件も合わせると多くの借りが存在しているのも事実だが……」
「勘違いするなよ獣王。あの青リボンのことは本人にしっかり貸しつけてある。アレについては含めなくていい」
それはミミル自身に貸し一つとして与えている。だから獣王に直接の貸しは二つのはずだ。
「い、いやしかしな……さすがに大陸の一部を寄越せと言われてもだな……」
「何だ、太っ腹な王だと思ったが?」
「幾ら何でも大陸の全てを把握しているわけではないし、そこにはそこに生きている者たちの暮らしがある。確かにワシは王を名乗ってはいるが、ワシは権力を振りかざして他の者の暮らしを脅かすことは望まん」
何ともまあご立派な考えだ。人間王のルドルフにも聞かせてやりたい言葉ではある。しかし獣王がそういうことも無論視野に入れている。
「心配するな。コッチが貰い受けたいのは例の……荒野だ」
「例の……? ま、まさか決闘で使った【ヴァラール荒野】のことか?」
「ああ、あそこならコッチの考えている条件に相応しいんでな」
「確かに、あそこには何も無いが……というより本当に何も無いところなのだぞ?」
それは知っている。あそこには草木も無ければモンスターなどの生物の存在も確認されてはいない。だがだからこそ選んだのだ。
「言っただろ、あそこがコッチの条件を満たしているってな」
レオウードは目を細めると、日色の考えを読もうとしているのかジッと観察するように見つめてくる。だが飄々として無表情の日色の考えをそう簡単に読めるはずもない。
「……一体あそこで何をするつもりだ?」
「回りくどいのは嫌だから単刀直入に答えるぞ」
レオウードだけでなく、ブランサやユーヒットも固唾を飲んでいる。
「あそこに【楽園】を作る」
日色の発言に、その場にいる全員が言葉を失って沈黙が流れる。
そしてようやくレオウードが口を開くが……。
「ら、楽園……だと?」
「そうだ」
「むぅ、少し待て。何で我が獣人界なのだ? というより何故そんなものを作りたい? あ、いや、そもそも【楽園】とは何だ?」
矢継ぎ早に質問してくるが、
「あなた、そう一度にお聞きしたところでヒイロさんも答えられないわよ」
ブランサに注意を受け、レオウードも「そうだな」と溜め息交じりに言葉にする。
そして軽く息を整えるように深呼吸するとゆっくりと尋ねてきた。
「ヒイロ、いろいろ聞きたいのだが、もちろん答えてくれるのだろうな?」
「ああ、当然だろ」
「うむ、ではまず、【楽園】とは何だ?」
「まあ、簡単に言えばどんな奴でも楽しめる場所だ。あるいは楽に住める居場所みたいなものだな」
「どんな奴でも? それはどういう意味だ?」
「その意味に答える前に、アンタには一つ聞いておきたいことがあるんだ」
「……何だ?」
「アンタはハーフについてどう思う?」
するとレオウードの眉がピクリと動き、こちらの考えを察したような表情を浮かべる。
「……そういうことか、お前の言う【楽園】というのは、世間から忌み嫌われているハーフの居場所ということか?」
「少し違うな」
「は?」
「そこはハーフだけじゃない。世間からはみ出し、行き場を失った奴らが人生に価値を見出すための場所だ」
「…………犯罪者などもか?」
「おいこら獣王、誰がそんな危ない奴らを入れるかよ。まあ、尤も改心した奴なら一考の価値はあると言ってたがな」
「ん? 言ってた? ヒイロ、これはお前の考えではないのか?」
そこで日色は、この話の大元がリリィンから出たことを教えた。
リリィン曰く、【万民が楽しめる場所】を造る夢を持ってはいるが、同志は旅などで少しずつ増やしたらしいものの、肝心のそれを造るための土地が見つかっていなかったのだ。
日色も是非その夢の先を見てみたいと思っているので、できることはするつもりだった。そこで日色は決闘した場所を見て、ここなら条件に合うのではとリリィンに告げたのである。
彼女も確かに広さや環境なども含めて理想的な場所ではあると言っていたが、いかんせん獣人たちが住む大陸なのだ。
勝手に『魔人族』であるリリィンが、そんな場所に【楽園】を造るわけにはいかない。そこで日色はレオウードに貸しがあったことを思い出し、その貸しを返して貰う対価としてあの土地の使用権を譲ってもらおうと考えたのだ。
「ふむ……かの《赤バラ》がそのようなことを考えていたとは……」
「獣人界はハッキリ言って、かなり広大な大陸だ。それにあそこはココと真逆の位置にあるし、距離感を考えてもベストだ」
「……何故獣人界なのだ?」
「簡単に言えば消去法だな」
「消去法?」
「ああ、まず人間界だが、確かに大陸として存在はしているが狭いし、街や村が多く点在してることからも土地を得難い。それにこの交渉なんて、人間が受け入れるとは思えないからな。少なくとも今の状況じゃ」
あのルドルフ王が束ねる人間たちは、特に異端者を嫌っているという噂がある。ハーフはもちろんのこと、種族の違いだけで殺されかねない今の状況では交渉の余地は無い。
「うむ、だが魔界は大陸も広い。それに街や村なども存在しないはず。あっても集落があるくらいだ。【楽園】を造るだけの土地は手に入ると思うが?」
「土地だけならな。だが環境が問題だ」
「環境?」
「アンタも知っての通り、魔界は環境が厳しい。。極寒の地が、翌日には猛暑に包まれていることもある。まるで山の天気のようにコロコロ変わったりする。それにモンスターの多さとその強さも問題だ。ほとんどがランクA以上のモンスターがいる中で、安全な場所を見つけるのはかなり困難だ」
それ相応の土地をリリィンも探したようだが、理想に合う環境が見つからなかった。
「それに比べて、あの【ヴァラール荒野】なら、モンスターも近くに生息していないし、土地も広大だ。問題はあそこに人が住めるように開拓することだが、それは何とかなるはずだ。元々あそこは人が住んでいた場所みたいだからな」
「確かにそうだが、分かっているのか? あそこにあんなクレーターを作ったのは、他ならぬ『魔人族』だぞ?」
あのクレーターは先代魔王であるアヴォロスが作ったということは日色も聞いていた。
「それなのに『魔人族』である《赤バラ》がそのようなものを造ることを容認すれば、いろいろ問題があるだろう」
「そのためにもあそこなんだよ」
「……どういうことだ?」
「確かに過去、あそこは一度『魔人族』によって滅ぼされた土地だ。だからこそ、今の世間の常識を変えるためにも『魔人族』があそこに繁栄をもたらす。そしてその繁栄を、獣人たちに少しずつでもいいから返していけばいい。そう言ってたぞアイツは」
「…………」
「何もいきなり獣人の意識を変えようだなんて思ってはいないだろうな。だがあそこに他種族同士がともに手を取り合う架け橋を造れればいいと思っているらしいぞ。種族の違いによる価値観の差があるのは当然だ。だがその価値観の違いはいがみあうものではなくて、高め合うものだってことだな」
リリィンは前々から勿体無いと感じていたという。それは種族にはそれぞれ個性があり、何かに秀でているものだ。だったらその秀でているものを互いにぶつけ合い、高め合えばもっと良いものができあがっていくのではないかと。
「だからこそあの場所……ということか……ふむ」
レオウードは顎に手をやり考え込む。ふと彼の視線がユーヒットに向けられる。
「ユーヒット、お前は今の話、どう思う?」
「ニョホホホ! まさに夢物語ですかね!」
「そうだな」
「ですけどぉ……」
「む?」
「面白そうではありますよね~! ニョホホホ!」
「……ブランサ」
ブランサにも意見をもらおうと彼女の顔を見るが、彼女の目は輝きを放っていた。
「あなた、確かに難しい問題が山ほど存在すると思うわ。でも私、その【楽園】を見てみたいと思ってしまったの」
「う、うむ……そうか」
「ええ、【万人が楽しめる場所】。そのような場所が本当に存在するのなら、そこは誰にとっても救いになる居場所になるわ。それに先程少しお聞きしましたけど、グルメ大会に武闘大会、それに魔法大会に隠し芸大会。どれも魅力あって楽しそうだわ!」
レオウードとは真逆で、両手を合わせて子供のような笑みを浮かべている。
「他にも考えてあるぞ。スポーツ競技に遊技場なども想定してる」
「わぁ~、それは素晴らしいお考えですね!」
その笑顔はミミルやククリアが笑った顔とそっくりだった。やはり親子なのだと感じるものがある。
「ブランサはこう言っているが、やはり簡単にその話に乗るわけにはいかんな。特に今の情勢では難しい。ようやく『魔人族』と同盟は結べはしたが、依然『人間族』とは膠着状態だ。それにこの国を襲った《マタル・デウス》の問題もある」
厳しい顔つきで言うと、浮かれていたブランサの表情にも陰りが落とされる。
「勘違いするなよ獣王。あくまでもこちらの意見を言っただけだ。現実化するかどうかは、アンタが赤ロリと話す必要がある。オレはあくまでサポートだからな。ま、オレとしてもさっさとあの土地を譲ってくれれば問題が早く片付いて助かるんだが、仮に譲ってくれたとしても今築園に向けて動けるわけじゃない。コッチもコッチであのテンプレ魔王を放っておくと厄介なんでな」
全ての人を見下したようなあのニヤつきを思い出して苛立ちを覚える。
「とにかく、アンタはこのことを前向きに考えてくれるだけでいい。それをナイフの対価としておこうか」
「…………すまんな、こちらとしてもお前を信じてはいるが」
「気にするな。王の立場として今の判断は正しい。さっきも言ったように詳しいことは赤ロリに聞いてくれ」
「そうだな。いや、ワシとしても【楽園】に興味は惹かれているのだ。全ての者が笑顔になれる場所があるのだとしたら、それは確かに良いことだからな」
どうやら話をしに来て正解だったようだ。最初から一回で纏まるような話ではない。簡単に決断を下さなかったレオウードを褒めてやりたいほどだった。
王として、そして獣人として民のことを思い、そして他種族のことを考えてくれる様子があることが分かっただけでも収穫には違いなかった。
(まあ、一歩ずつ進んでるってだけで良いとするか)
1月22日に新作を投稿します。
しかも今回は、新たな『文字使い』の物語です。
タイトルは
『終末の文字使い ~現実世界にモンスターが現れて500年後のユニークチート~』
です。
今作は現実世界が舞台で、もし文字使いがいたらという話になっています。
『金色』が好きな人は、きっと楽しめる作品となっておりますので、どうぞよろしくお願いします!




