132:マタル・デウスの一味
周囲にはブラッドアントと呼ばれるモンスターの死骸で埋め尽くされている。
ちょうど十歳くらいの子供と同程度の大きさの蟻であり、獲物を見つけると集団で襲い掛かってくるランクAの凶暴なモンスターである。
死骸は、手足や体を引き千切られた形で絶命しているものや、まるで身体を爆破されたかのようにそこらかしこに内臓や血液が撒き散らされていた。
そしてその中に二つの存在だけが残っている。
その二人は黒衣のローブを身に纏い、一人のローブにはモンスターの返り血がビッショリと付着している。
「弱えくせにいきがってるから死んじまうんだよ! ひ弱な連中だぜ!」
その一人は巨躯を持っていて、荒々しい雰囲気を漂わせていた。どうやらこの人物がブラッドアントに惨劇を与えた犯人らしい。
リリィンは穴に身を潜ませて状況を把握しようとしていた。
「……誰かに見られているな」
突然もう一人の小さい方が大きい方にそう言うと、
「ああん? どこだよ、こんなトコに人がいるってのか?」
大きい方はまだ気づいていないのかキョロキョロと見回している。だが小さい方は、こちらに顔を向けると懐から何かを投げつけてきた。
――キィンッ!
「ほら……いた」
自分の攻撃が弾かれたことで、確信の呟きを発する。相手が投げたのは小刀であり、それをシウバが料理用のナイフを投げて弾いたのだ。
居場所がバレたのなら隠れてても仕方が無いと思い、
(もう少し情報収集したかったがな)
二人の黒衣の人物の前にリリィンとシウバは姿を現した。
「ああ? 何だこのチビくせえのは?」
リリィンは大きい方の言葉が頭にきて、
「そのチビに今から貴様は調教されるのだぞ?」
「はあ? おいこのガキ一体何言ってやがんだ?」
大きい方は真面目に受け止めておらずフードの中から馬鹿にしたような笑い声が聞こえてくる。
「少し黙れイーラオーラ。彼女はあのカイナビに手傷を負わせ退かせた張本人だぞ? お前もあの時いただろう」
小さい方が窘めるように発現するが、イーラオーラと呼ばれた大きい方は舌打ちをすると、
「ああ? あの時? まさか前回の顔見せの時か?」
「そうだ。彼女は決闘では戦っていないからお前は知らないかもしれないが、あのアクウィナスの妹という繋がりを持っている人物だ」
「……何だと?」
イーラオーラがこちらを観察するように目を凝らしてくる。だがリリィンは顔には極力出してはいないが驚いてはいた。
(何故ワタシとあの男との繋がりが知れ渡っている……? いや、コイツらはあの時現れた黒衣の連中。ということはあの先代魔王アヴォロスの部下。知っていてもおかしくはないか……)
別に知られたとしてもどうということはないが、あのアヴォロスならあの手この手で調べることなど容易いだろう。
面倒なことにならなければいいが……と、そう思ってはいても顔を知られアクウィナスとの繋がりまで知られた以上は何かしらのアクションを起こしてきそうな感じがした。
(アヴォロス……得体の知れない奴だ)
小さい方はこちらの気持ちも知らずにイーラオーラに説明をしている。
「それに彼女は《赤バラの魔女》と呼ばれている。強さは間違いなくアクウィナスに匹敵すると考えた方が良い」
「へぇ、こんなチビクソがねぇ。どう見てもまだママのお乳が欲しい盛りに見えたぜ!」
そろそろいい加減コイツの言動に耐えられそうになかった。とりあえずキツイ一発でも挨拶代わりにと思い動こうとすると、肩にそっと手を触れられる。
「お嬢様、ここはわたくしめが」
答えを返す前にシウバが前へと躍り出て、
「いやいや、このようなところで再びお会いできるとは光栄でございます……同士殿?」
「…………」
シウバは小さい方に対し社交辞令のように頭を軽く下げる。
「ですが少々、我が主を侮辱し過ぎかと存じますが?」
すると小さい方は何かに気づいたのか瞬時に下に意識を向けて叫ぶ。
「そこから離れろイーラオーラ!」
「ああ?」
だがもう遅かった。二人の足元から黒いものが這い出てきて、小さい方は咄嗟に後ろへと避けて無事だったが、イーラオーラは黒い物体に体を包まれていく。
「お、おい何だコレ……っ!?」
全身を覆われたイーラオーラは身動き一つできなくなる。
「……プールボール」
シウバの手の中に黒くて丸い物体が出現し、瞬時にして彼の手の中からイーラオーラへと向かって行く。それは凄まじい速さで動き――――ドガァッ!
見事に彼の腹に命中した。
「かはぁっ!?」
イーラオーラはその衝撃で息だけを盛大に吐き顔を歪めている。
「躾のなっていないお方にはわたくし、容赦は致しませんぞ?」
いつもの穏やかな笑みでは無く、敵意を込めた冷笑を浮かべて言い放つ。それを黙って見つめている小さい方にリリィンは視線を向けて、
「おいシウバ、さっき同士と言ったな? ということはアイツがそうか?」
「そうでございます。ローブで隠していてもわたくしには分かります。……あなたにも分かりますでしょう、わたくしと同じ――――――――精霊ならば」
「…………」
だがその人物が答える前に、
「ウゴァァァァァァァァッ!」
「何と!?」
シウバの闇の力に拘束されていたのだが、驚くことにイーラオーラはそれを力任せに引き千切ったのである。
そして鬱陶しそうにローブを剥ぎ取ると、
「おいアビス、コイツら殺してもいいよなぁ?」
いかつい素顔が明らかになった。その顔は殺気に塗れ、怒りが溢れて今にも跳びかかって来そうだ。
「さっきも言ったがここで暴れるな。例のものが失われたらどう責任取るつもりだ? 間違いなくお前は殺されるぞ」
どうやらブラッドアントを爆破させたり引き千切ったのはイーラオーラで間違いないみたいだ。だが騒がしくしてしまったことをアビスに窘められている。
「ぐ……だ、だがなぁ」
アビスに言いくるめられた感じではあるが、釈然としていない感満載の表情であり、キリキリと歯ぎしりが聞こえてくる。
「いいから少し黙っていろ」
それだけ言うとシウバに注視しだす。
「……同士……と言ったな」
「ええ」
「……別にこのローブは、隠したくて着用しているわけではないのだがな」
そう言いながらゆっくりとフードを取る。リリィンは「ほう」と半ば感心するように声を漏らす。
(ふむ、確かにシウバと同じだな)
つまり相手は精霊であり人型だということだ。
見た目はシウバと違って、かなり若い。下手をすれば日色とそう変わらないかもしれない。
切れ長の瞳にスラッとした顎、サラサラとした黒々とした髪。しかし無愛想なその表情はどことなく日色を連想させた。
(アイツも黒髪だしな……ただまあ、コイツの方が顔はいいがな)
確かに見た目だけで判断すれば、こちらの方が長身であり、顔も女性にうっとりさせるようなイケメンと言えるだろう。相手の気を引くように笑ったりすればもうイチコロのような気がする。
だが残念ながら氷のように冷たい表情は、決して笑顔を見せないという意思さえ含ませているように感じた。というよりも感情が欠落しているような顔である。
「アビス殿……でよろしいか?」
「ああ、お前はシウバと呼ばれていたな」
「ええ……」
シウバはジッとアビスを見つめるので、アビスはその行為の意味を問う。するとシウバは目を細めながら口を動かした。
「やはりあなたも……『闇の精霊』なのでございますね?」
「……やはりあの時に気づいていたか」
あの時と言うのは無論決闘に現れた時のことだ。
「では改めて名乗ろうか。俺は《マタル・デウス》に所属するアビスだ」
「俺はイーラオーラだ!」
「……思い出した。確かそこの大きいの、貴様は先の戦争で『魔人族』を裏切った奴か?」
「ほほう、俺も有名になったもんだな!」
嬉しいのか豪快に笑う彼を見て不愉快な色を顔に出す。裏切ったと言われて喜ぶとは頭がどうかしているとしか思えなかった。
だが『魔人族』たちが話していたイーラオーラだとすると、彼は『人間族』と『魔人族』の大陸を繋ぐ橋の護衛を任されていた魔王直属護衛隊に匹敵するほどの人物である。
いや、確か《魔王直属護衛隊》の《序列六位》だったグレイアルドという人物をあっさり殺してみせたということから、なかなかに尋常ではない力を持っていることが推測できた。
「しかし裏切りとは言いがかりも甚だしいぜ? 俺の主は最初から一人だけだからな! それは決してあんな弱っちい小娘なんかじゃねえ」
イヴェアムを罵っているが、別段彼女に想いを持っているわけではないので言い返しはしない。
「貴様らの主は、貴様らに何を望んでいる? ここに何しに来た?」
「それを話すとでも?」
アビスが涼しい顔で言う。
だが当然そう言うことは予測していた。仮にも宣戦布告を受けた敵同士という関係なのだ。
いや、正確に言えば受けたのはイヴェアムやレオウードであり、リリィンではないのだが、それでもこの者たちのやることが、自分のやりたいことの障害になるであろうことは把握している。
「なら力ずくで聞き出してやろうか?」
リリィンは凄まじい覇気を放出し、大気を震わせる。だがそれで先程まで小馬鹿にしていたイーラオーラの顔つきに変化が生じ、
「何だコイツ……ただのガキじゃなかったのか?」
明らかに警戒態勢を取る。
「だから言っただろ? 彼女だけでなくそっちの男もかなりの強者だ。能力も未知数。これは些か分が悪いか……?」
「はっ、何言ってやがんだ! あの力で一気に片づけりゃいいじゃねえか!」
しかしその問いに溜め息で応えるアビス。
「言っただろ? ここで暴れるのは許容できないとな。アレが手に入らなくなったら陛下にどう詫びるつもりだ?」
「う……た、確かにそれはまじいな……」
「こちらは全力を出せないが、向こうは違う。このまま普通にやり合うにはリスクが高過ぎる……」
アビスは周囲を観察しだし、何かを発見したのか瞬時に目を細める。
「……イーラオーラ」
「何だよ?」
「あそこを見ろ」
「ああ?」
「アレを使え」
「…………なるほどぉ」
イーラオーラは口角を上げると早速行動を起こす。
そして近くでこと切れているモンスターの死骸を掴むと、それをリリィンに向けて放り投げた。
「ええい、邪魔だ!」
リリィンは手を軽く振ると、一瞬にしてモンスターは体を真っ二つに切断されて左右に分かれて背後へと飛んでいった。
しかし目前には彼らの姿が無かった。
「あそこですお嬢様!」
シウバの指した方角は上だった。そこにはブラッドアントが通って来たのか無数に穴が開いており、そこの一つに彼らはいた。そしてイーラオーラが突然大声で叫び出した。
その声音はとてつもなく、思わず顔をしかめてしまうほどの声量。
大気もビリビリと震えており、何故叫んでいるのか理由が分からないまま上空を見ていると、幾つもの穴から次々とブラッドアントらしきモンスターが降ってきた。
(そうか、あの叫び声で巣の奥にいた奴らを呼び寄せたのか!)
まるで蟻の雨。
しかもただ呼び寄せただけでなく、怒声を受けて興奮しているようだ。落ちてくる奴らをいちいち相手にしていたらそれこそキリが無い。それにこのままでは近くの穴が全部モンスターで塞がってしまう。
「こっちへ、早くっ!」
見るとクゼルが一つの穴の入り口に立ち、誘導していた。いなくなった連中をこれ以上追いかけても仕方が無いと判断して、
「仕方無い! 一旦戻るぞシウバ!」
「畏まりました!」
二人はクゼルのいる穴へと駆け出して行った。
※
穴の中に戻って行くリリィンたちを見てイーラオーラはほくそ笑む。
「どうやら上手くいったようだな」
「ああ、巣の中にまだモンスターの気配が視えたんでな。それを利用させてもらった」
「さすがは精霊ってことか? あ、そういやあのジジイもお前と同じ『闇の精霊』とか言ってたが知り合いか?」
「……そんなことはどうでもいいだろ? 俺たちの任務はアレを探し出し陛下に献上することだ」
「フン、そう言えばそうだったな。しかし場所は分かるのか?」
アビスは穴の奥をジッと見つめると、フードを被り直す。
「コッチだ、着いて来い」
「へいへい、てか指図するなよ!」
「なら迷えばいい。言っておくが、ここで迷えば生涯出られない可能性があるからな」
アビスの言に息が詰まったようになり、つい舌打ちをするイーラオーラ。
「ならとっとと案内しろや」
「ああ」
だが一つ、アビスには気になっていることがあった。先程リリィンたちを誘導した男の顔。
(どこかで見たことが……いや、気のせいか)
以前に会ったことがあるような既視感を感じたが、答えを見い出せず考えを捨てた。今はそれよりもやるべきことがある。
任務のためには私情などは後回しだ。そう……私情などは。
「ようやく会えたのだがな…………『冥王』」
「あぁ? 何か言ったか?」
「いや、さっさと行くぞ」
二人はそのまま暗い穴の奥へと消えて行った。
※
「感謝致しますぞクゼル殿」
シウバは自分の存在を見られる恐れがあったのに、それでも助けに来てくれたクゼルに感謝の意を込めて頭を下げた。
「いいえ、リリィンさんに言われたように、仮に私目当てだとすれば、迷惑をかけたのはこちらでしたから」
恐縮するようにクゼルも軽く頭を下げる。
「ですが、どうやら狙いは私では無かったようですが」
少しホッとしているのか顔色を見て安堵しているのが分かる。リリィンはそんな彼に対し、尋ねなければならないことがある。
「クゼル、貴様はここに詳しいはずだ。一つ聞きたいことがある」
「……それは、彼らの目的について……ですか?」
どうやらこちらが尋ねたいことを把握しているようなので助かる。
「そう言えば、お嬢様は彼らの目的に心当たりがあるようなことを仰っておられましたな」
「ああ、こんな厄介な所へ足を踏み入れる理由は限られてくる。一つはクゼルの探索」
それは以前にも検討したことだった。
「そしてもう一つ、それは…………この洞窟に眠る秘宝だ」
「…………」
クゼルは刹那的に目を細め、手を顎にやり考え込んでいる。
そんな彼をリリィンは黙って見つめていると、
「……それしかないでしょうね。あのような怪しい者たちが、こぞって観光やレベル上げなどにここへ訪れるわけがありませんし」
どうやら彼も自分と同じことを考えていたらしい。
「だから知っていることを話してもらうぞ? 何故ここに眠る秘宝を奴らが狙うのか、その理由を確かめるためにもな」
「分かりました。ただ私も全容は知りませんよ? あくまでも伝え聞いたことと、実際にどこにあるかを知っているだけですから」
そうしてこの【シャンジュモン洞窟】に眠る秘宝についてクゼルは語る。
それは遥か昔、ここがまだ普通の洞窟であった時のこと、時の魔王がここにあるものを隠したという。
そのあるものには不思議な力が込められていて、洞窟内へ侵入した者たちに高度な幻術をかけるとのこと。
つまりこの洞窟が、入る度に姿を変えるというのは、侵入者がそう錯覚させられているということらしい。
「馬鹿な! このワタシを騙すほどの幻術などありえんぞ!」
自分は《幻夢魔法》というユニーク魔法を得手としていて、幻を扱うことに限っては右に出る者さえいないと自他共に評価を手にしている。
無論自分の他に幻術などの類を使う輩はいるが、相手が幻術を使っても自分には通じない。というよりもすぐさま第六感が働き見破ってしまうのだ。
それなのに今のこの状況が、すでに幻術の中だと言われても易々と信じることなどできないのだ。
何故なら今もこうして秘宝の魔力を感知しようとアンテナを張り巡らしているが、一向に辿り着けないのだ。
もし幻術を行使しているのなら第六感がすでに何かしらの反応を示しているはずだ。
自分よりも上に位置する幻術など存在しないと思っているし、そう信じてもいた。
「リリィンさん、あなたが信じたくないという気持ちは良く分かります。あなたの《幻夢魔法》は今の世では唯一無二のもの。それにとても強力です」
当然だと口を尖らせる。それだけ自分の魔法には自信がある。
「しかしここに眠る秘宝の実情を知れば、あなたも認めざるを得なくなるはずです」
「…………どういうことだ?」
クゼルは少し間を置いて、静かに話し始める。
「《シャンジュモンの秘宝》……それは――――――――――――《初代魔王の核》なのですから」




