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131:クゼル・ジオ

 ――【シャンジュモン洞窟】。

 ここは【魔国・ハーオス】と差程離れていない距離に位置する洞窟なのだが、滅多に人はやって来ない。その理由は入る度に内部の地形が変わるからだ。

 まさに不思議のダンジョンといったところだろうか。

 地形が変わる理由は、この洞窟内のどこかにある魔具の仕業だと噂されている。


 地形を変えるのも、その魔具のもとへ侵入者を近づけないようにするためだと人は推測しているという。

 今、三人と一匹が複雑に入り組んでいるその洞窟内に足を踏み入れているところだった。


「全く、相変わらず鬱陶しい場所だなここは」


 小さく舌打ちしながら不満を口に出しているのはリリィンである。長くサラサラとしている赤髪を規則正しく揺らしながら一定速度で歩いている。


「ノフォフォフォフォ! 深い上に暗いので足元にお気を付けくださいませ」


 皆を先導して歩いているのは皆から変態執事と呼ばれ親しまれているシウバだ。その隣には桃色ツインテールメイドのシャモエと……一匹の鳥。


「疲れてませんですかミカヅキちゃん?」

「クイッ!」


 ミカヅキも傍にいた。背中には荷物が括りつけられてあり力強い足取りで歩を進めている。


「しかしやはり鳥を連れてきたのは正解だったな! 食糧を多く積める!」


 リリィンがそう言うと、褒められたと思ったミカヅキはまた嬉しそうに鳴き声を上げる。


「ヒイロ様のお力で人化したのは驚きましたが、まさかモンスターの姿にも自由に変化できるとは思ってもおりませんでした。しかしミカヅキ殿、もしお疲れなら遠慮せずにお申し付けください」

「クイクイ!」


 シウバの言う通り、元々ライドピークというモンスターだったミカヅキは、日色と出会い《文字魔法》で擬人化する能力を得たのだが、同時に元の姿にも戻れるような仕様になっていたらしい。

 だからリリィンたちは、こうして日色と離れてどこかへ行く時は、荷物持ちとしてミカヅキを連れて行ったりしているのだ。


 ミカヅキもシャモエと一緒のせいか文句一つ言わず、それどころか役に立てていることが喜ばしいのか率先して行動してくれている。


「それにしても毎回ここに来る度思うが、この不可思議構造はどうにかならんのかシウバ?」

「そうでございますね、この【シャンジュモン洞窟】のどこかに隠されてある秘宝を探し当てて何とかすれば普通の洞窟へと戻るはずなのですが……」


 この洞窟はただでさえ広大なのだ。地下をウネウネと蟻の巣のように幾つもの別れ道が存在している。一度迷ってしまえば、一生ここからは出られない。


「これでもわたくしは精霊の端くれなので、道に迷うということはございませんが、その秘宝の在り処だけはどうにも視えないのでございます」

「ふん、ホントに厄介なとこにアイツも住んでるな」

「ええ、ですがもうすぐ彼の元に辿り着けますよお嬢様」


 機嫌の悪い主を宥めるように言葉をかけると、複数ある穴のうち一つを指差す。


「あちらを真っ直ぐ行った所に、あの方は居られるでございましょう」

「そうか、ならさっさと行くぞ」


 三人と一匹はそのまま穴へと向かおうとした時、


「キシャァァァァッ!」


 突然上空から不気味な鳴き声が響いてきて、ボタボタと地面へ落ちてくる。


「ほう、レッドスパイダーの群れか」

「ふむ、ユニークモンスターであるレッドスパイダーは、群れでは行動しないのが常識。こんなところも謎の力で歪められているのでございましょうか?」

「知るか。だが良い暇潰しにはなる。下がってろ」


 リリィンはそう言うと皆の前に一歩躍り出る。

 レッドスパイダーは字のごとく血のように真っ赤に染まった蜘蛛である。しかしその大きさは人間よりも大きい。普通の者なら会った瞬間に逃げの一手を考えるものだろう。

 しかしリリィンは楽しそうに口元を歪めている。


「さて、一分くらいはもたせてみるがいい」


 怪しくリリィンの赤い瞳が光る。

 図式上は、小さな女の子を囲んでいる凶暴なモンスターというわけなのだが、明らかにリリィンの存在を恐れているのか、後ずさり始める素振りを見せていた。

 しかしその中の一匹が恐怖に負けたのか、つんざくような叫び声を上げてリリィンに跳びかかっていく。


 ――ブシュッ!


 刹那、レッドスパイダーの身体を巨大な黄金色の釘が襲い掛かり、地面に串刺しになる。


「ギ……ギャ……ガ……ッ!?」


 まだ生きてはいたが、どこから現れたか分からない無数の釘が一斉にレッドスパイダーの全身を貫いていく。そしてあっという間にこと切れた。

 リリィンはただ冷笑を浮かべて腕を組みながら佇んでいるだけである。

 恐れを成したのか、他のレッドスパイダーは一斉に後退し始めたが、突然一匹は燃え盛る炎に包まれ、また一匹は凍えるような氷に全身を凍らされる。そうしてドンドンと不可思議な現象が起きモンスターたちは絶命していく。


「何だ、まだ一分も経っておらんぞ?」


 少し物足りないように口を尖らせると、小さく溜め息を漏らし――――パチン!

 先程まで惨状が広がっていた光景だったが、軽く指を鳴らすとガラスのように空間が割れ、驚いたことに無傷で横たわっているレッドスパイダーの群れがリリィンを囲んでいた。


 ――パチパチパチパチ。


 するとそこへ誰かが拍手する音が聞こえる。音は先程向かおうと思っていた穴から聞こえてきた。


「さすがは《赤バラの魔女》ですね。《幻夢魔法》の恐ろしさも健在のようです」


 そこには黄色の髪を宿した優男が微笑んでいた。

 見た感じどうもこんな危険な場所に一人でいられるほどの強者には見えないが、腰には立派とも思える刀が備えられてあった。だが何より一番に目を引くのが頭にヒョコッと生えている獣耳だろう。


「もうこんな趣味の悪い所に住むのは止めたらどうだ――――――――クゼル?」

 


 男はクゼル・ジオといって、【シャンジュモン洞窟】のような奇妙な場所に住まわっている変わり者だ。

 彼曰く、ここなら誰にも邪魔されずに好きなことができるということらしい。


 クゼルという男が生業としているのは鍛冶である。彼の姿を実際に見た人は少ないと言うが、彼の名前と実績は三界に渡って有名である。


 ――――『鍛冶師クゼル』。


 武器を扱う仕事をしている者で、この名前を知らない者はいないであろう。彼の腕は一流の鍛冶師でも辿り着けないと言わしめるほどの才を備えている。

 それほど彼の生み出すものは評価が高く、誰もが欲する。特に今のような時代、彼の力を手に入れた陣営こそが勝利を得るとまで言われている。


 だから軒並み血眼になって『人間族』、『獣人族』、『魔人族』が彼を追い求めた。

 一人の獣人を三界の王が追ったその図式は何とも奇妙なものであるが、彼の実力を考えれば皆が納得のいくものだった。


 例えば、剣で鉄を斬れるか? 答えは是でもあり非でもある。それなりの一振りを手にした実力者なら、自身の腕次第で斬ることができるだろう。

 ならひ弱な老人なら? 子供なら? 剣を持つだけで震えるその腕で斬ることができるだろうか? 

 答えは極めて難しいはずだ。どれだけ優れた刀身を持っていても、やはりある程度の力が無ければその効果を得ることはできない。


 しかしクゼルが生み出す刀身には、他を逸脱するものが宿っているのだ。

 そこには力など要らず、ただ剣を鉄に触れさせその重さに身を任せるだけで、まるで豆腐に刃をいれるような感覚で鉄は斬り裂かれていく。

 切れ味のみならず、彼は刃に異能を発現させるといった何人もできない唯一無二を体現させてしまった。


 一度振るだけで嵐を生む剣、意思次第で自由に動かせる鞭、触れただけで爆発を生む斧など、鍛冶師が言葉を失うものをクゼルは次々と生み出すことに成功したのだ。

 しかし彼は、自分の造った武器のせいである悲劇を目の当たりにしてしまい、武器造りを止めようとした。

 ただそれは世界の損失だと判断した王たちが彼を追い回し、結果的に逃げ回ったあげく、この誰も足を踏み入れないであろう【シャンジュモン洞窟】へと移り住んだのだ。

 今彼は包丁などの家事で使うものを作っては、それを売りに出かけて生計を立てているという。

 もちろん売却する時は変装してバレないように【ハーオス】に行っているとのこと。


「ところでクゼル、そろそろ色良い返事を聞かせてほしいのだがな」


 リリィンたちは彼の住処へと向かい、そこで顔を突き合わせていた。

 住処といっても洞窟内なので、一つの穴蔵を加工して住み易いように仕上げてある。ここらへんは物作りに特化した者の専売特許なのかもしれない。


 床には畳のような材質のマットが敷かれてあり、ちゃぶ台や本棚といったものまである。リリィンは、用意されたお茶には手を付けず早々に用件だけを突きつける。

 ズズズッと音を立てて湯飲みを傾けているクゼルは、温かい息を吐くと微笑を崩さず口を開く。


「リリィンさん、以前にも言いましたが、その話はお断りさせて頂いたはずですよ?」

「何故だ? 貴様にとっても悪い話ではあるまい!」


 若干目を吊り上げて言い放つが、クゼルは表情を変えず、


「あなたの造る【万民が楽しめる場所】。確かに魅力のあるものだと思いますが、それは不可能でしょう」

「ふ、不可能などやってみなくては分からないだろうが!」


 思わず机を叩いてしまう。普通のものならヒビが入ったり割れたりするだろうが、傷一つついていない。この強度は忌々しいほど優秀だ。さすがはクゼル作ということか。


「私は今の情勢に少々疎いですが、それでも世が平穏ではないことは理解しています」


 戦をしていることはさすがに知っているということだ。


「私が生み出した子らも、その戦で扱われていることでしょう。まあ尤も、使いこなせているかは使用者次第ですが」


 自嘲するように陰りを帯びた笑みを浮かべている。

 子というのは彼が造り出した武器たちのことだ。


「私は自分が愚かだと悟りました。もちろん子供らを生み出したことを後悔はしていません。しかし、誰かの下につき、これ以上子供らが戦争で扱われるところなど見たくないのです」


 悲痛にも似た悔恨が言葉に宿っている。造ったことには後悔していないが、その武器を買いに来た者たちに渡してしまったことを後悔しているのだろう。

 若かった彼は、自分の造った武器が誰かの役に立てばいいと思い商人に売り、安易にその武器たちが平和を作る礎になってくれるだろうと簡単に考えていた。自分の子供たちが世にはばたく姿を見たいと、ただそれだけを思っていたという。


 しかし商人はその武器の本当の価値を見出せておらず、金を積まれて簡単に売り捌いて行った。

 その結果、王たちの目に止まり、その武器が戦争に利用されたのだ。


「本当に愚かでした。少し考えれば、私の子供らが戦争に使われることなど分かったはず……しかし私は慢心し、何も見えていなかったことを知りました」



 彼を襲った悲劇。

 それは彼の造った武器が、戦争だけでなく乱世になった情勢の中、賊などにも使用され、その結果、彼は家族を奪われることになった。

 幾ら実力者ではないとはいえ、ただの武器としても他を逸するほどの性能を持つ武器を賊が振るったら、それは簡単に悲劇を生んでしまう。


 そんなことが起こり得るとも考えておらず、クゼルの両親は殺され、また彼の妻もその凶刃によって……。

 残されたのは自分と、その妻との間に授かった幼い子供だけだった。

 絶望しただろう。自分が愛情込めて生み出した武器で、大切な者の命を奪われたのだ。


 そしてさらに強い武器を造ってくれと国が迫ってくる。

 このままでは自分だけでなく、この幼い子供まで巻き込むことになる。

 そう思った彼は、妻の妹に子供を預けて自分はその子と別れることを決意した。


 その際、成長したその子を守るためのものだといって、一振りの槍を造った。

 そうして世界をあちこち回り、自分の造り上げた武器を見つけては回収した。だが追っ手が厳しくなり、逃げ回り落ち着いたのがこの【シャンジュモン洞窟】だったということらしい。


 この話は以前にも彼から聞いていたので、誰もが彼が背負う悲しみを思い押し黙っている。

 しかしそんな中、


「クゼル殿、以前お話ししましたね、一人の面白い少年のことを」

「え? あ……そういえばそのようなことを仰ってましたねシウバさん」


 シウバが暗い雰囲気の中、笑みを浮かべながら発言した。


「はい、何とも驚いたことに、ここに居られるお嬢様が懸想されるお相手でございます」

「け、けけけけけけけ懸想だとっ!? な、ななな何を言っておるのだ貴様はっ!」


 驚愕すべき発言に、思わず立ち上がり全力で否定する。


「無いわ馬鹿者! ワ、ワタシが懸想などと! な、何故ワタシがあんな唐変木のヒイロに想いを抱かねばならん!」

「おや? わたくしは一度もヒイロ様のお名前は口にしておりませんが?」


 ニヤッと卑しく笑う彼に対し、一瞬で頭に血が上る。


「ええい! 取り消せぇっ! いいかシウバ! アイツはワタシの配下であり、それ以上でもそれ以下でもないわっ!」


 襟元を掴んでグラグラと盛大に彼を揺らすが、彼は意を返さないように楽しそうに、


「ノフォフォフォフォ! 素直になりたいのに素直になれないお嬢様も格別ですなぁ~! ノフォフォフォフォ!」

「ええい黙れこの変態勘違い執事めぇっ!」

「ノフォフォフォフォ!」


 その状況を呆気にとられているクゼルと、「ふぇぇぇぇ!」といつも通りのシャモエ。そしてよく分からず首を傾けている、いつの間にか人型に戻っているミカヅキ。

 何度言い聞かせても態度の変わらないシウバに、息を切らせながら睨みつけるが、彼の表情は一向に崩れない。


「怖いでございますよお嬢様」

「ふん! こうなったら一度貴様の脳に濃厚な幻を見せて……」

「しかしお嬢様?」

「こらしめて……って、ん?」


 言葉の途中で話しかけられつい反応してしまった。


「もしもの話でございますよ?」

「はあ? 何だ一体……」

「もし、ヒイロ様が女性と、それはもう仲睦まじく歩いていたらどうされます?」

「フッ、何を言っている。あのヒイロと仲睦まじく歩く女が存在するものか!」


 ドンッと背後に擬音が描かれるような感じで胸を張る。


「いえいえ、実はこの間ヒイロ様がイヴェアム殿とシュブラーズ殿に挟まれて楽しそうに……」

「何だとっ!? ど、どういうことだそれは! 乳か! やはりアイツも乳には逆らえんのかぁ!」


 またもシウバの襟元を掴んで揺り動かすが、


「ノフォフォフォフォ! まあ、ただそこにはアクウィナス殿とマリオネ殿もいらっしゃいましたが」

「…………」


 シーンと周囲に静寂が訪れ……。


「死ねっ!」

「ばひょむっ!?」


 シウバにアッパーを食らわせ吹き飛ばした。


「はあはあはあ……まったく、何がしたいのだこの馬鹿は! ええい、死ね死ね!」


 ガシガシと主をからかった執事を足蹴にする。そんな中、目を見開いたままクゼルが言う。


「お、驚きました……リリィンさん、あなたずいぶんと……」

「む? 何だ? 貴様も踏んでやろうか?」


 ギロッと目を剥くと、頬を引き攣らせてクゼルは手を振る。


「い、いえいえご遠慮しますよ。……しかし…………幸せそうですねシウバさん」

「ええ、この痛みは、わたくしには最早快感ですからな」


 鼻から血を流しながら目をキラリと光らせて言う彼に、さすがのリリィンも呆れて肩を落とす。


「ホ、ホントにどうやったら死ぬのだ貴様は……」


 何をどうやってもすぐに復活してくる。まさに不死身の化身のような男である。


「それはまあ、今はギャグパートですから」

「ギャグパート? 何を言っているのだ貴様は? ついに頭だけ……いや、頭は元からおかしいか」

「ノフォフォフォフォ! これは手厳しい! そんな辛辣なお嬢様もお慕い申しております~!」

「ええい寄るな! 気色の悪いっ!」


 抱きつこうとするシウバをさらに足蹴にする。


「……ふふ、さすがはシウバ様です」

「む? 何か言ったかシャモエ?」

「い、いえ! ななな何も言っていないのですよ!」


 先程まで暗いムードだった場がガラッと明るくなっている。

 それはやはりシウバが狙ってやっている…………のかは定かではないが、リリィンもまた何となく意図して彼がやったことには薄々気づいている。とにかく長い付き合いなのだ。何となく分かってしまう。

 しばらくてんやわんややった後、互いにお茶を一杯頂きつつ、


「えっと……何のお話しをしていたのでしたか?」


 クゼルがそう思ってしまうのは当然。話が脱線し過ぎた。


「おほん! まあ、そのヒイロという少年のお話しでございます」

「ああ、そうでしたね」


 思い出したようにコクコクと頷く。その度に獣耳がピクピク動くので、少し可愛いと思ったリリィンであった。


「そのヒイロという少年、前にここへ一度いらした時に、少しだけ話されましたね」


 リリィンたちは、【魔国・ハーオス】へ日色とやって来た時、すぐにクゼルのもとへ向かったのだ。

 そのため一週間ほど日色とは離れ離れになったのだが、彼は面倒だから行きたくないと言ったので仕方無く置いていくしかなかった。


「その少年がどうかされましたか?」

「実は、お持ちになられているのですよ」

「何をです?」

「クゼル殿のお造りになられた一振りを……でございます」

「…………」


 シウバの言葉で笑みを消し、真面目な表情でシウバの目を見返している。


「実は今は少々状況が変化しまして、最初にお持ちになられていたのは、確かに《刺刀・ツラヌキ》でございました」

「……そう、ですか。あの子を……」


 思い出すように目を閉じ、すぐにまた開いてシウバの顔を見つめた。


「あの子は私がある刀を生み出すための試作品として造ったものの内の一つ。試作品といっても、かなり優秀な子のはず。その子を最初に持っていたとはどういうことですか?」

「今は《絶刀・ザンゲキ》と名を変えておりますので」

「……え?」


 今度は明らかに困惑したように目を見開いている。


「す、少し待って下さい! 《ツラヌキ》が《ザンゲキ》に? 名を変える? ありえない、《ザンゲキ》は私がある者に託した実在するはずのものです。一体どういうことですか?」


 シウバは少し間を置くと、静かに語る。


「実はわたくしどもはこの半年ほど魔界を見て回っておりました」

「え、ええ、それは聞きました。あの城から動かれたことには正直驚いていますが……」

「そうでございましたね。そう言えばお嬢様とクゼル殿が初めて出会われたのは、あの城でしたな」

「ふん、その時にもワタシの勧誘を断りおって」


 不満そうに口を尖らせて言うと、クゼルから苦笑が見て取れた。まあ、彼があそこに隠れ住んでも不安だということは理解できるのでそれ以上は追及しなかった。


「話をお戻ししますね。その半年の間で、わたくしたちはあるお方とお会いしました」

「あるお方?」

「ええ、ザフ殿という鍛冶師でございます」

「ザ、ザフですって……っ!?」


 シウバの言を確かめるように繰り返すが、シウバは肯定を表す。


「はい、聞けばクゼル殿のお弟子さんとか」


 クゼルは目を細め、顔を俯かせる。


「弟子……弟子ですか。いいえ、確かに彼に手ほどきを施しはしましたが、ほんの基本だけです」


 話を聞くとこういうことだ。

 クゼルは世界を回り、この魔界へと足を踏み入れた。そこで出会ったのがザフという若者だった。

 彼も鍛冶師を目指していて、しっかりした師匠もいたのだが、大きな失敗をしたらしく落ち込んでいたところ話しかけたのがきっかけだったらしい。


 鍛冶師として情熱を無くしていたクゼルにとっては、彼の情熱は眩しさ極まり無かったが、つい出来心というか老婆心で鍛冶の基本を教えたのだ。

 たった一週間ほどのことだったが、彼は飲み込みが良く、鍛冶師としての筋もピカイチだったらしい。

 教えている間は先生と呼ばれていたらしいが、そんな短期間しか教えていないのに弟子とは呼べないとクゼルは思っているという。


「その基本がとても分かりやすく、今の自分があるのはクゼル殿のお蔭だと仰ってましたよ」

「…………そうですか」


 少し気恥ずかしいのか、照れ臭そうにポリポリと頬をかく仕草は子供のようだった。彼は正式に弟子などもっていなかったので、そう言われて悪い気はしないのだろう。


「そのザフ殿がお持ちになられていました。《絶刀・ザンゲキ》を」

「そうでしょうね。彼に別れる時渡しましたから。一週間頑張ったご褒美として。彼ならばあの子を無下に扱うようなことをしないと判断しましたから。ですが確か《ザンゲキ》はその役目を終え、もう使い物にはならなくなっていたはずです」


 彼の言う通り、ザフに見せてもらった《絶刀・ザンゲキ》は刀身が半ばから折れており、最早刀としては使えないものになっていた。


「あの子を見つけた時は、もうその状態でした。ですがしっかり埋葬してやりたいと思って持ち歩いていたのですが、ザフがその子を欲しがったのです」


 だから褒美にあげたというわけだ。あれなら人を傷つけるようなことはできないから。


「クゼル殿の仰る通りでございます。ですがザフ殿は、《ザンゲキ》を甦らせたいと思われていたようなのでございます」

「え?」

「先生であるあなたに追いつき認めてもらうためにも、自分の手で、死んだはずの刀を再び輝かせたいと」

「……ザフがそんなことを? いえ、それは難しいでしょう。あの子は先程言った試作品の完成した姿なのです。幾ら腕が良いといっても、もう一度甦らせるためにはそれ相応の材料が必要になります。とても普通の剣を造るような材料では……あ」


 クゼルは気が付いたようにハッとなってシウバの顔を見つめる。シウバもまたそれに答えるように頷く。


「我々の中にはヒイロ様もいらっしゃいました。そして彼はあなたが生み出した試作品の《ツラヌキ》を所持していた」

「…………まさか合成をした?」


 答えに辿り着き、驚愕の表情のまま質問してくる。

 そう、たまたま近くを通りかかり、日色の《刺刀・ツラヌキ》を目にしたザフは、是非その刀で《絶刀・ザンゲキ》を造り上げたいと懇願してきた。

 しかし日色はよく知らない輩に刀を預けるのは嫌だといって最初は断った。それでも何度も何度も頼み込んで来て、とりあえず腕を見せてもらうと日色は条件を出した。


 ザフは自分の工房に日色を連れて行くと、そこには日色にとって感動すべき光景が広がっていたらしい。そこには様々な刀が存在した。

 剣は多く見てきた日色だが、刀はあまり目にしてこなかったという、リリィンにとってはどうでもいい話なのだが、日色は刀の形状に惚れ込んでいるらしく、飾られてある刀を見て満足気に頷いていた。


 それに確かにどの刀も良くできていた。それでも日色の持つ《刺刀・ツラヌキ》を越えるようなものは見当たらなかった。しかしそこにザフが折れた《絶刀・ザンゲキ》を持ってきた。


 それを見た日色は、折れているにも拘らず目を奪われたように見入っている。その様子は明らかに気に入ったという事実を伝えてきていた。

 この刀が甦るのなら是非見てみたい。それに出来上がった刀は差し上げるとまで言われて、日色は二つ返事で了承した。


 刀を造り上げるには相当な時間を要した。だが見事に二つの刀は合成し、《絶刀・ザンゲキ》は生まれ変わったのだ。

 これほどの刀を本当に手放していいのかとシウバは尋ねたが、それを条件に刀を渡してもらったのだからと彼は言う。それに彼は刀を生み出せたことで満足していた。


 だが一つだけ頼まれた。もしいつかクゼルに出会うことがあったら、その刀を見せて上げて欲しいと。


「そしてクゼル殿がいたから今の自分がいる。ありがとうと、仰ってましたよ」

「…………立派な鍛冶師になったのですね」


 感慨深いのか、遠い目をするクゼル。しかし次の一言でクゼルの表情が強張る。


「その刀を持つヒイロ様は、『獣人族』との決闘に勝利をもたらしました」

「…………《ザンゲキ》を戦争に使っていると?」


 今までとは打って変わって厳しい目つきでシウバを睨みつけていた。



 シウバがクゼルに睨まれている時、突如洞窟内に爆発音が響き渡った。

 次いで揺れが起こり、土壁でできた天井から破片が零れ落ちてくる。


「何事だ?」


 リリィンは出口の方へ視線を向かわせて怪訝な表情を保つ。


「モンスターか?」

「いえ、ここに住むモンスターは住処を崩すような振る舞いはしないでしょう。先程の爆発音はモンスターが起こしたものではないと推察できますが……」


 答えたのは、この【シャンジュモン洞窟】を熟知しているクゼルだ。


「ほう、面白いじゃないか。ということはだ、ワタシたち以外の誰か物好きな輩が、足を踏み入れたということか?」

「……断定はできませんが恐らくは」

「……問題はそいつが何しにここへやって来たのかということだ。一つ考えられるのは……」


 クゼルに視線を向けると、彼は首を横に振る。


「いいえ、私目当てではないでしょう」

「ほう、その根拠は?」

「外に出る時は常に変装していますし、ここに帰って来る時も十二分に気を付けています」

「ふん、そんなもの熟達した尾行者なら簡単に突破できる問題だ」


 現にもし日色が相手の尾行をしたとして、『透明』、『隠形』などの文字を多用されれば、それに気づく者はほぼ皆無だ。

 また日色だけでなく、優秀な密偵などに目を付けられると、常人では感知できないだろう。


 クゼルも常人というわけではないが、尾行に特化した能力の持ち主相手ではいちいち看破するのは難しいかもしれない。


「そうですね。ですがもう一つ理由があります」

「何だ?」

「今の音は、恐らく何者かがここのモンスターと争った気配だと思いますが、もし私を探しに来たのだとしたら、もっと穏便な方法で仕留めるはずです。気配を私に悟られるばかりか、今のでは余計な警戒を与えてしまい逃げられてしまう恐れがあるからです。優秀な尾行者がするとは思えません」


 故にここに誰かがやって来ているとしても、目的はクゼルではないということだ。リリィンもその考えには賛同した。


「それに幾ら優秀な尾行者といえど、本気で警戒する私に気づかれないようにすることはできません」

「……そういえばそうだったな」


 クゼルは決して自惚れてはいない。確かに本気で警戒する彼を静かに尾行するのはほぼ不可能に近い。それこそ反則並みの日色の魔法を使わない限り……。


「なら何の目的で……いや、一つあったな」

「何がです?」

「まあ、それを確かめるためにも会ってみようではないか。謎の侵入者にな」


 リリィンは楽しそうに顔を歪めると、シウバもゆっくり立ち上がり頷きを返す。


「シャモエ、それに……寝てるのか」


 目に入ったのはシャモエの膝枕でいつの間にか眠っているミカヅキだった。


「ちょうどいい、貴様たちはここにいろ」

「わ、分かりましたです」


 ミカヅキを起こさないように静かな声でシャモエは答える。


「行くぞシウバ」

「畏まりましたお嬢様」


 恭しく礼をすると、シウバはリリィンの盾にいつでもなれるように前を歩いて行く。


「私はどうしましょうか?」

「好きにしろ……と言いたいが、万が一侵入者が貴様狙いとも限らん。シャモエたちとともにここに隠れていればいい」

「…………分かりました」

「すぐに要件を聞き出して帰って来る。まあ、相手が白を切るようなら少々荒っぽくなるかもしれんがな、ククク」


 ちょうど鬱屈していた雰囲気を一新させたいと思っていた所だった。侵入者がどんな目的でここへやって来たかは分からないが、


(退屈凌ぎにはなるかもな)


 少しは楽しませてほしいものだと思いながらシウバの後について行った。






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