130:奪われた灯
――【聖地オルディネ】。
かつてこの世界【イデア】に召喚された勇者が、困窮していた『人間族』を救い、その天寿を全うしたと言われている場所。
白を基調とした建物ばかりが立ち並んでいるが、その中で一際大きく、そして全体的に美で整えられた神殿がシンボルとして存在感を放っている。
神殿の名は《オルディネ大神殿》といい、そこは少し前に『人間族』と『魔人族』が同盟会談に赴いた場所でもある。
両者にとっては苦い思い出になったその場所だが、神官長であるポートニス・ギルビティは、先に起こった争いで傷ついた建物の修繕に気を配っていた。
ポートニスは過去にやって来た勇者の仲間である初代神官長を務めたロウニス・ギルビティの血を引く美女である。
齢三十を過ぎてはいるが、年齢を感じさせないほどの張りのある白い肌や、透き通るような瞳は神官に相応しいものを持ち合わせていた。
「ふぅ……」
その整った表情から溜め息が漏れ出る様子は、普段の凛とした佇まいを崩さないポートニスにしては珍しいもの。
しかしポートニスがつい頭を抱えてしまうのも無理はなかった。
それはやはり同盟決裂の際に起こった悲劇についてである。
幸い神殿はほぼ無傷で残ったが、傍にある多くの建物が突如変貌した『人間族』の国王であるルドルフによって破壊されていた。
しかも建物だけではなく、この場では多くの兵士や神官が巻き込まれて亡くなってしまった。
神聖な場所であってはいけないことが起きてしまい、その事後処理などに寝る間も惜しんで働いていたのである。
(報告によると【ヴィクトリアス】は、あのジュドムが何とか纏めているみたいだから安心だけれど、それはあくまで国民だけの話ね……)
手元の書類は、つい先日に【ヴィクトリアス】のギルドマスターであるジュドムから送られてきた書状であった。
彼はあれからずいぶんこちらのことを気にしてくれている。
会談決裂を防げず、あまつさえ国王の暴走も止められなかった負い目からきているのかもしれないが……。
(自分の方が大変でしょうに……)
国を纏め上げることの重大さは、ポートニスには完全には理解できない。
だが彼ならばその資質は十分にあると思っている。今が一番大事な時だというのに、こうして他のところに気を回す性分は相変わらずだと思い苦笑した。
(だけど、これからでしょうね、本当に大変なのは)
ジュドムは傑出した王の才を持つ者ではあるが、いかんせん身分が低い。いち平民でありながらギルドマスターを務めている彼だが、実績を身近に感じている冒険者や民たちは彼を支持するものの、他の貴族たちは少々厄介だろう。
平民が上に立つ。それは今まで平民を見下してきた貴族たちにとっては耐え難いことに他ならない。その不満の集をどう扱っていくかが問題になってくる。
(彼は人を信じ過ぎるきらいがあるし……だけど今の私では力になれないわ)
今ここを離れるわけにはいかない。自分にも守るべき場所があるのだから。彼には世話になっているし、支えになってあげたいと思うがこの状況が恨めしい。
軽く溜め息を吐くと、どこからか花の香りのような甘いニオイが漂ってきた。
どこにも花が無いのでおかしいと思いつつも、しばらくするとニオイが無くなったのでそれ以上は気にしなかった。
そのまま少しの間、書類を睨み合っているとふと違和感を覚えた。
今の時間は建物を修繕している金槌を叩く音が耳に届いてくるはず。
休憩しているのか?
そう思ったが、あまりに静か過ぎる。まるで今は夜更けで皆が寝静まっているかのような静寂さを感じた。
書類を机の引き出しに片すと、窓の方へと足を動かす。そしてそこから見える光景に言葉を失った。
そこからはちょうど神殿の入口近くを確認できるのだが、そこには毎日多くの参拝者が来ているはずだった。
あの事件のせいで少し減ってはいたが、それでも一人二人といった数ではない。
今日だってかなりの数の人が参拝しに訪れているし、まだ人が途切れるような時間帯でも無い。それなのに、窓から見える範囲に目を動かしても、誰一人発見できずにいた。
「ど、どういうことなの……?」
まさしく異常事態が起こっていることには変わりないが、そのあまりに逸脱した状況にどう行動を起こしていいか分からず立ち竦んでしまっていた。
――トントン。
突然聞こえたドアのノック音で、ハッと振り向く。
普段なら誰か神官がやって来たのだろうと思うが、この状況だからか、そのノック音が酷く歪に聞こえた。
まるでありえないものを聞いているかのような感覚さえ頭を過ぎる。
だがノック音は再び届き、思わず「はい」と震える声で返事をしてしまった。
するとガチャッとドアノブが回される。自然と視線はそのドアの向こうにいる誰かに向けられる。
そこには――――黒衣のローブで全身を覆った不気味な何かが存在した。
誰……? と質問しようと口を動かそうとするが、言葉にならない。
身体は硬直してしまい、身動き一つできなかった。
そしてその黒衣のローブはゆっくりと部屋の中へと入って来る。
その後ろには同じような服装をした者がもう一人いた。二人組だったようだ。
(な、何この人たちは……!?)
非常に不気味で、恐怖しか感じない。その場を逃げ出したいという欲求に従いたいが身体は動かない。
一体何の目的があってここにやって来たのだろうか?
いや、そもそもこんな不可思議な状況を作り出したのはこの者たちなのだろうか?
疑問を浮かべつつ、二人の人物を観察するが、突然一人の人物が勢いよく黒衣のローブを剥ぎ取り、
「やあやあやあ! 天が問い地が問い人が問う! サイッコウに美しい人物は誰かと世界が嘆き問う! そう! その誰かとはまさしくこの僕さぁっ!」
…………………………………………は?
まるで舞台劇のワンシーンをこれでもかというほど大げさに演じているような人物だった。
キラキラ輝く宝石のような石が真っ白な服に装飾されており、目立つことを前提とした存在感は思わず一歩後ずさってしまうほど強烈だった。
「僕の名を知ってるよね? ううん、知らないはずはないよね? だって……そう! 僕は美しいから!」
突然「ああ!」と言いながら頭に手を当ててポーズを決めている。
「ああ……僕は何て罪人なんだ……名乗ってもいないのに、誰とも知らない輩にすら届いてしまうこの名声! ああ、僕は自分が怖い……この美しさでいつか人が死ぬのではないかと思うほど!」
クルクルと身体を回転させて両手で自分の身体を抱きしめている。
確かに身長も高く、きっと日頃から丁寧に手入れをされているであろうウェーブのかかった金の長髪は美しい。
それに顔つきも女性なら迫られれば頬を染めてしまうくらい整っている。
しかし……。
「ああ! 僕は何て罪深き愚か者なんだろうか!」
この気味の悪いクネクネした動きと、鬱陶しいほどのナルシスト言動が無ければ……確かにイケメンなのだが……。
「……少し黙れクソメン」
直後、もう一人の黒衣の人物からナルシストに向けて言葉が放たれた。
その声はどことなくイライラしている様子が感じられた。だがナルシストと違って女性のようだ。
「アッハハ! いいだろう、クソメンと呼ぶことを許してやろう! 何故ならばそれが僻みだと僕は知っているからさ! ならば耐えよう! その粗末なフェイスに収まる汚れた瞳には、僕があまりに眩しく映ってしまうのだろう! 分かっているよ、分かっているんだ! 君も本当は呼びたいんだろう? 僕のことを……麗しの美ジョニーと!」
「誰が呼ぶかっ!」
「アッハハ! 照れなくてもいいのさ! そう、僕は麗しの美ジョニー! ビジョニー・オルバーンとは僕のことさぁ!」
まるで誰の声も歯牙にかけない様子でまた身体を回転させ始めた。
「ああもう! 何で私がこんなクソメンとコンビなんだ!」
「アッハハ! 光栄なことさぁ~!」
「不名誉極まりないわ!」
どうやらかなりのチグハグなコンビのようだが、フッと身体の力が緩む。
思わず喉に手をやり、声が出ることを確認すると、
「あ、あなたたちは何者? 何をしにここへやって来たのです?」
ポートニスはようやく聞きたかった質問ができると思い真っ先に問う。
そしてそれに答えたのはうるさい方の人物だった。
「ああ……あなたもなかなかに美しい……だけど僕には残念ながら多々及ばない! 何故なら僕は……」
「もういいから黙ってろボケッ!」
黒衣の人物はそう言うと、こちらに体を向けて大きく溜め息を吐いた。
「アンタ、ロウニス・ギルビティの血縁だろ?」
「…………それが何か?」
「なら当然知ってるよな…………《ナーオスの灯》のことを」
「っ!?」
「ハハ、その反応で良く分かった」
しまったと思った。まさか賊のような彼らから紡がれる言葉ではないと思っていたので油断してしまった。
「ま、まさかあなたたち……」
「そのまさかだよ。アタシたちはその《灯》を貰い受けに来た。いや、貰うというよりは……奪いにか?」
その言動に敵意を感じて思わず身構えるが、
「ハハ、無理だよ。アンタはもうアタシの術中にいるんだしな」
「え……?」
すると目の前がグラリと揺れ膝が折れる。
「おお~! なかなかに美しいポーズィングだね! だが私の方が!」
そう言いながらビジョニーと名乗った男は同じように片膝をついて、左手を額に、そして右手を高く上げて、
「これが本当のポーズィングさ? どうだい、麗しいだろう?」
キランと白い歯を見せつけてくるが、こちらはそれどころではなかった。
目眩に吐き気、何より物凄く息苦しい。まるで高い山に登ると陥る高山病のような症状がポートニスを襲っていた。
「さてと、お次はコレだ」
黒衣の人物が懐から、一輪の花を取り出す。
そして軽く振ると、小さな粒子状のものがポートニスに降りかかる。
「さあ、答えてもらおうか、《灯》はどこだい?」
ポートニスが見たのは楽しそうに口角を上げた女の子の顔だった。
※
カツカツと長い螺旋階段を黒衣の人物が下りている。
その人物は先程ポートニスの目の前に現れた人物だった。
「あのクソメン、大人しく見張ってればいいが」
ポートニスから《ナーオスの灯》の在り処を聞き出し今向かっているところだった。
一応誰か来ないようにコンビであるビジョニーを見張りとして残してきたが、しっかり任務をこなしてくれるか甚だ不安なのである。
(けどまさか、神殿の中にこんな地下が隠されてあったとはね)
驚いたのは神殿の中でも特に勇者が残したとされる力が強力な《聖域の間》にある祭壇の真下に隠し階段があったことだ。
(この土地は魔法が使えない。それはひとえに勇者が自らの命と引き換えに備えた効力だと言われてはいるけど……)
階段が終わり、目の先には大きな仰々しい扉があった。
「この中にソレがあるってことね……」
扉に近づいてそっと触れてみる。力一杯押したところで開きそうにはない。魔法的な力は感じないが、分厚い鉄の装甲に厳重にロックされてあるみたいだ。
「……確かに普通の力じゃ開けられないみたいだ。だけど……」
懐からまた一輪の花を取り出す。
その花は蕾のように先が丸まっていたが、すぐに花開いたと思ったら、何故か内側にはビッシリと鋭い牙が生え揃っていた。
そして口を動かすようにガジガジと花びらを動かし始めるのだ。
「頼んだぞ《鉄喰い草》」
扉に向けて数本の《鉄喰い草》を投げつける。《鉄喰い草》は扉に噛みつき、驚くことにムシャムシャと美味しそうに扉を食べ始めた。
「ここでは魔法は使えないけど、アタシのは魔法じゃないしな。ま、だからここに来させられたんだけどね」
後はしばらく待つだけだと思い。壁に腰かけて座った。
(それにしても、ここは静かなところだね)
無論このような場所に人がわんさか居ても問題にはなるが、そういうことではなくこの場にいると、自然と心が落ち着くのだ。
(争いを遠ざける静かなる【聖地】……ね。本当に勇者がそんなことを考えていたなら、こんな意味も無い土地にアレなんて隠すわけないだろうが)
伝説では、勇者が死ぬ時、自らの身体を光と化してその地に降り注いだ。
もともとその地は穢れており、毒の沼や多くの凶暴なモンスターたちが蠢いていた。
勇者はその土地を清浄な地にしたいと思い、最後の力を振り絞って汚れた土地を浄化したとされている。
それからその土地には、多くの草花が生えるようになり、以前とはかけ離れた自然溢れる豊かな土地となった。
その地にモンスターは寄りつかず、魔法も使えないし、魔力を身体から外へと放出することすらできなくなっていた。
これは勇者の平和への意思がそうさせたのだと判断し、そこを【聖地】と呼び、勇者を称えてある建物を建てた。
それが《オルディネ大神殿》である。
その地の中心であり、勇者の力を最も強く残した場所に建てられた。
(本当に勇者が伝え聞く通り並外れた奴なら、こんな狭っ苦しい範囲だけじゃなく、もっと広範囲に効果を及ぼすこともできたはずだ)
黒衣の人物はゆっくり立ち上がると、扉のある部分に目を向ける。
そこには人が一人通れるほどの穴が開いていた。床には満腹したのか、オッサンがするようなゲップをしている《鉄喰い草》がいる。
「よくやったよアンタたち」
穴を通りながら一言だけ与えると、《鉄喰い草》は突然煙のように霧散した。
(さてと、どうして勇者が命を使ってまで、こんなところを守ろうとしたのか……)
中に入り、石柱が四本立っているのを確認する。
そしてその中心には大きな器を形取ったオブジェがあり、その上には淡い光を放ちながら宙に浮かんでいるある物があった。
(これがあの《ナーオスの灯》か)
見た目は火の玉だ。その火の玉はシャボン玉のような丸い物体の中に存在している。
近づこうとすると、黒衣のローブが灰化していく。
「ふ~ん、なるほど、魔力の込められた武具は使用不可能になるってわけかい」
腰に下げていたナイフなども軒並みやられていた。
「恐るべきは守護の力か……」
黒衣のローブから素顔を露わにしたのは、勝気な目をした黄緑色のボブカット女子だった。毛の先は黄緑からさらに薄い色へとグラデーションに変色している。
しかし驚くべきは腰を巻くように装着してある幾つもの透明な瓶だ。その瓶の中には花や草などが詰め込まれてある。
「せっかく陛下に頂いたローブを駄目にしやがって、後であのクソメンに八つ当たりしてやる」
小瓶に手を入れて花を取り出すと床に置く。
するとその花は徐々に大きくなっていき、花びらの上に少女は乗る。そのままグングンと《ナーオスの灯》に近づいていく。
そしてまた小瓶から花を取り出し、花を《ナーオスの灯》に向ける。すると花びらは伸びていき、ソレを優しく包み込んでいく。
「よし、これで任務完了だな」
※
闇の中からようやく解放されたように、目を薄く開く。
誰かの話し声が耳に入り、意識を覚醒させようとしてハッとなる。
慌てて身体を起こすと、目の前にはナルシストと腰に瓶を装着させた奇妙な少女がいた。
ポートニスはナルシストのビジョニーを見て、次に少女を見る。
向こうもこちらに気が付いたようで、
「ああ……もっと美しく目覚められないのかな? こうだよこう!」
突然床に寝そべったビジョニーは、少し気怠そうにしながらも微笑みを絶やさず、そして胸元を少しはだけて、
「ん……おはよう、ベリーグッドな朝だねマドモアゼル?」
ハッキリ言ってもうこちらを見ないでもらいたかった。少し吐き気がするから。
「このボケは放っておけばいい。ところでアンタ」
その声を聞いて、彼女が黒衣の人物と同一だと判断する。こんな少女が賊のようなことをするなんてと思い顔を青ざめる。
「《灯》は貰ったぞ」
「なっ!?」
一輪の花を見せつけてくる。そして蕾のように閉じた花の中から、見たことのある淡い光が放たれていた。
「ま、まさかそんな……っ!?」
「悪いけどさ、中身は見せられないよ。こんなところで披露すればいろいろと面倒になりそうだからね」
いや、確かめなくてもポートニスには理解できていた。
その蕾の中に収まっているのが《ナーオスの灯》であることを。
長年守護を任されてきた身なのだ。感覚で本物だということは伝わってくる。
「か、返しなさいっ!」
だから尚更ここで賊である彼女たちに渡すわけにはいかない。
「ノンノンノン。それは美しくないよ」
ビジョニーが人差し指を振る。
「な、何を……」
「この状況で、戦闘者でもないあなたが何かできるのかな? まあ、美しければ何とかなったかもしれないけど……残念っ! あなたは僕より劣ってしまっている!」
そろそろ本当にムカついてきた。
こう見えても妙齢の女性であり、容姿にも気を配っているし、会う人には綺麗ですねと褒められたりもするのだ。それなのにいい加減、この男の言動に女として苛立ちを覚える。
「はぁ、アンタさ、いちいちコイツの相手してると疲れるだけだぞ。というよりも、アンタその場から動けないだろ?」
「え?」
言われて初めて気が付いた。またも全身が硬直したように身動きできないのだ。そして彼女の手にはいつの間にか黄色い花が握られていた。
「……あ、この香りは!?」
「お、やっと気づいたか。そう、この花から発する香りさ。コレは《幻惑草》。今アンタはアタシが作り出した幻の中にいるのさ。あ、言っておくけどこれは魔法じゃないからね。コレは単なるコイツの効能さ」
ニヤッと楽しそうに笑う彼女を見てゾッとする。
まだ少女なのに、その笑みは薄ら寒いものを感じた。
「そんじゃ、もう用は済んだからアタシたちは行く。この《幻惑草》にまだ耐えていることに敬意を表して一応名乗っておいてやる。アタシは《マタル・デウス》に所属するカイナビ。カイナビ・フォニアだ」
「カイナビが名乗ったのなら僕も名乗ろう! 天が問い地が問い――」
「お前はもう名乗ったろうがクソメンが!」
「アッハハ! 何度も名乗ろうが僕は美しい! さあカイナビ、君のその残念フェイスをにこやかにしてあげよう!」
「はあ!?」
「いいかい? …………ビジョニーは美女に負けない……ビジョニーはビジョニ負けない……ぷぷ! アッハハ! ビジョニーのジョーク! これが噂の麗しの美ジョークさ!」
「……ああもういいや頭痛くなってきたから」
カイナビの呟きに心底同意するポートニス。嬉々として踊っているビジョニーは置いておいて、カイナビは体裁を整えるように再びポートニスに視線を向ける。
「これでお別れだ。目が覚めたらいつもと違う常識が待ってるぞ」
抗えない睡魔が襲ってきて、自然と瞼が下りて闇に包まれた。
そして覚醒した時は椅子の上でうたた寝をしているような格好だった。
思わず夢の中の出来事だったのかと思うほど、外では何事も無くいつものような修繕の音や人の声が聞こえていたのである。
しかしながら意識上では圧倒的な現実感が強烈に警報を鳴らしていた。
全身に冷たい汗が噴き出て、即座に《聖域の間》へと向かい地下階段を下りる。そこで目にする。全てが現実であり、終わっていた事実を知る。
扉には虫食いのように空かれた穴。中には守るものを失ったように、ポツンとオブジェが存在を示していた。
(ああ……申し訳ありませんロウニス様……)
その場で項垂れ、後悔の念を強くする。外ではいつもと変わらない景色が、日常が映し出されている。
だがその日常は、確実に今までと違った常識の中にあった。
勇者の力によって守られていることには変わらない。しかしその勇者が守ろうとしたものは、もうここには存在していなかった。
彼女の、カイナビの言った通り、この真実を知っているポートニスだけは、いつもと違う常識で今後過ごすことになったのである。




