128:契約完了
テンの試練が終わり、すぐさま目を覚ました日色は、さっそく契約の準備に取り掛かっていた。
必要なものは契約をするための媒介である《絶刀・ザンゲキ》。
今両者間に刀が縦に置かれ、それぞれの先には日色とテンが胡坐を組んで座している。
「もう一度言うけどよぉ、眼鏡やろ……いや、ヒイロだったよな」
「何だ黄ザル?」
「黄ザルって……まあいいや。確認だ。今からこの刀に同時に魔力を流し始める」
「ああ」
テンがトントンと刀に指先で触れながら説明してくる。
「その魔力をヒイロ、お前が合成させんだ。つまり二つの魔力を混合させて一つに統一すればいい」
「言葉では簡単だな」
言うが易しという言葉があるが、まさしくその通りだ。だが実にその行為は難解さを極めている。
「まあな~、失敗すりゃ、その《反動》で何が起きっか分かったもんじゃねえし~」
まるで他人事のように口元をニヤけさせている。思わず拳骨でもくらわせたい衝動にかられてしまう。
「何を他人事のように言っているのかしらテン。失敗すれば貴方だって下手をすれば消滅するくせに」
ヒメのそんな言動に日色はつい顔をしかめさせる。
「消滅? 聞いてないぞ?」
聞いたのはあくまでも契約者に関するリスクだけだ。
しかし良く考えれば契約する精霊にだって背負うものがあるというのは考えたらすぐに辿りつけることだった。
(迂闊だったな。しかしコイツはそれでもいいっていうのか……?)
そんな問題などお構い無しという感じで笑っているテンを見て、少しも恐れていないその態度からつい訝しんでしまう。
「ん? まあ最悪そうなるってだけだってさ」
「……よくもまあ、そんなリスクを背負って契約することにしたもんだな」
「まあな~、だって俺って天才で強えし~。そんなリスクなんて気にするなんて小せえじゃん?」
こうして猿が身振り手振りで喋っていると、やはり現実感が湧かないのは自分だけなのだろうか……。
ファンタジー世界にずいぶん慣れたといっても、こういった映画などでしか観ていない光景を目の当たりにすると辟易してしまう。
「それによ、別に得体の知れねえ奴に命を預けるわけでもねえしさ」
テンがこちらの目を強く見つめてくる。そこには揺らぎや濁りなどはなく、まるで清流のごとき澄み切っていた。
「いろいろもったいぶったけどさ、俺はおめえなら大丈夫だって何となく分かんだよな」
「……ずいぶん見込まれたようだな」
「当たりめえだろ? 何たって《視る種族》の俺が見極めた相手だぜ!」
ブイッとピースサインを向けてくる。ハッキリ言って猿だけに軽そうな相手だが、どことなくこの軽さが心地良いと感じているのも事実だった。
「それによ、おめえだって死ぬかもしれねえ契約しようとしてんじゃねえか? そこんところどうなのさ?」
「あ? そんなのオレだから大丈夫だ」
「……はい?」
テンだけでなくヒメやホオズキたちも目を開きキョトンとさせる。
「こんなところで死ぬような奴じゃないぞオレは。故に失敗はありえん!」
ふてぶてしく言い放つと、
「うおぉぉぉぉ! さすがは師匠! カッコ良いですぞぉ!」
「ん……ヒイロ男前」
ニッキとカミュが絶賛してくる。彼らは正直な気持ちをぶつけてきてくれるので少し気分が良い。
「ウキャキャキャキャ! そっかそっか! やっぱしおめえって面白えさ!」
地面をバンバン叩きながら笑うテンだが、ヒメからは呆れたような溜め息が伝わってくる。
「何? 何なのその自信? というかテンは喜び過ぎよ。まだ契約終わっていないというのに」
「ウキキ! 安心しろってのヒメ! 分かんだよもう!」
「……何が分かるのかしら?」
「俺たちにゃ、失敗は絶対ねえ!」
ヒメは「え?」という表情を宿すが、それに関わらずにテンはさっそく刀の先に手を触れた。
「さあ、とっとと終わらせちまおうぜヒイロ!」
「お前は魔力を流すだけだろうが。大変なのはオレだ」
「ウキキ、違えねえや!」
日色は深く深呼吸をすると、静かに刀の柄へそっと触れる。
すると空気が一気に張りつめたようになり、その場から全ての音が消えてしまったかのような静寂が訪れた。
誰も言葉を漏らさない。集中力がものをいう行為なのは、誰もが知っているので、二人以外の者は少し離れて様子を見守っているのだ。
契約を行う前、ニッキとカミュには激励を受けたが、やはり不安気な色をその顔に少し宿していた。
信じてくれているのは知っているが、それでもその表情を宿してしまう理由もまた理解できる。
一応心配するなとは言っておいたが、その言葉の証拠を見せるためにも、きっちりと契約成功させてみせる。
日色は目を閉じてゆっくりと魔力を流していく。
同時に刀の先から別の魔力が流れてくるのを刀越しに伝わってくる。
先の戦いで疲れてしまっているが、そのお蔭かどうかは分からないが、体から無駄な力が抜けていく。
純粋に魔力とだけ向き合うことができている。
あの戦いにはこうなることを見越して行ったという見解を持つ。疲れ切った身体の方が、余計な力が入らず、より自然体にふるまえるということなのだ。
(……っ!?)
今、刀の中心で両者の魔力が触れ合わさったのを感覚で得る。しかしここでふと感じたことがあった。
それはテンの魔力の質が、何となく自分と似通っているということだ。
いや、相性が良いのだろうか。
互いに触れ合った瞬間、反発現象などが起きるのを覚悟してはいたが、最初こそ互いに驚いたように小さな拒絶反応のようなものを感じたが、今では少しずつ互いに混ざり合っていく。まるでコーヒーの中にミルクを入れたように、それは急速に統合する。
互いの魔力が渦を巻くように一つになり、瞬間、眩い白光が二人を包む。
全身を包む暖かな光を感じ、刀からまるで生きているかのような心臓の脈動が伝わってくる。
トクン……。
同時に胸の中にもう一つの命を感じる。温もりを宿したそれからは自分の心臓を優しく包んでいるような感覚が伝わってきた。
「キキ、こ、これはヤベエなぁ……他の奴らが快感を得られるって言ってた気持ちが分かったぜ」
まるで冷えた体で温かい湯に浸かった時のような感じで恍惚そうに言葉を発するテンだが、確かに心地良さを感じるものであることは確かだった。
尤も、テンほどの快感を得られているかは分からないが。
精霊は契約者との魔力共有に高い快感を得ると聞いたことがあるが、先程のテンの言葉を耳にし、それが本当だったことを知る。
「ほれ、目ぇ開けてみろっての」
耳に直接入って来たテンのその言葉で、ゆっくりと瞼を上げていく。そこにはテンが嬉しそうな笑みを浮かべて立っていた。
しかし一つ気になることがあった。
「……刀はどこだ?」
どこを探しても先程まで目の前にあった《絶刀・ザンゲキ》の存在が見当たらない。
もしかして失敗して媒介である刀は消失してしまったのかと一瞬考えたが、それにしては身体には何の障害も無いし、テンも嬉々とした表情をしているので、その考えは違うということは分かった。
なら刀は一体どこに消えたというのだろうか……?
「お探しのものなら、ここさ」
テンは自分の胸を親指で指し示す。
「ここ……? ……おい、まさか」
「おう、今俺とザンゲキちゃんは一つになったんさ!」
「…………」
現状を把握するためにも詳しい説明を求めた。
契約の儀式が成功すれば、媒介は精霊と一体化するとのこと。
そして媒介の能力ももちろんのこと、精霊の能力を備えたものに変化するというが……。
「おい、腰が寂しい、刀を返せ」
今までずっと付き合っていた刀が消えるのはさすがに物悲しい。失敗でないと言うのなら返してほしいというのが本音だ。
「おう、それについて説明すっか!」
※
「ふむ、どうやら成功したようじゃのう」
ホオズキたちは、日色から若干離れたところで様子を見守っていた。突然二人を眩い光が包み、両者の目の前にあった刀が幻のごとく消え失せていた。
ホオズキにとっては、それが成功したという判断になった。もし失敗すれば、同じように媒介は消失するのだが、消える時には甚大な魔力爆発を起こしてしまうことがある。
一応周囲を結界で包んで守護してはいたが、どうやら杞憂に終わったようで嬉しい限りだった。
「も、もう行ってもよいのですかな?」
ニッキからは今にも日色の元へと向かいたいという思いがビンビンに伝わってくる。
余程心配だったのかもしれない。隣にいるカミュもまた同様にウズウズしているようだ。
「ほっほっほ、恐らく今テンから契約後について詳しく説明を受け取るようじゃ。もう少しここで待つのじゃよ」
「むむむ~」
ニッキは身体を小刻みに動かしながら、まるで大好きな飼い主にお預けを受けている犬のような図だった。しかもそれが二つ。
「ヒイロ……無事。……良かった」
カミュもまた日色が光に包まれた時、思わず飛び出して助け出そうとしたようだが、それをホオズキは止めた。
もしあそこで第三者が下手なことをすれば、三人纏めて失敗のリスクに巻き込まれてしまう可能性が高かったからだ。
「……テン、嬉しそうね」
凄く小さな呟きだったが、ホオズキにはそれがヒメの声だと確実に拾えていた。
「ほっほっほ、言ったじゃろ。いつかヒメも経験することじゃて」
「…………」
何も言わず、ジッと二人を見つめる彼女に、素直じゃないと思いつつ苦笑してしまう。
「まさか精霊と契約までかわすことになるとは、初めて会った時から只者ではないと思ってはいましたが今回のはそれの極致ですね」
「ほほう、ニンニアッホもそう思うかいのう?」
「ふわ~、オルンね、眠くなっちゃった、眠くなっちゃった……」
ニンニアッホの肩にいる赤い髪の妖精オルンは、契約には全く興味無かったのか、重そうな瞼が下りかけようとしている。
「ふふ、いけませんよオルン。もう少し我慢しなさい」
「ふわぁい、頑張る~、頑張るぅぅ~」
目をゴシゴシと擦りながら喋る姿はとても愛らしかった。
「ほっほっほ、そろそろ話が終わったようじゃ。行くとするかのう」
その言葉を皮切りに待ってましたと言わんばかりにニッキとカミュは駆け出して行った。




