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120:コクロゥの過去

 日色たちが宴を楽しむ前日、【獣王国・パシオン】では【ヴァラール荒野】から戻った獣王レオウードたちが、目前に広がる光景に言葉を失っていた。

 決闘に行く前の【パシオン】は、実に見事な緑豊かな大自然が覆う国だったのだが、今はその緑は破壊され、燃やされたのであろう炭化している。

 それだけでなく、明らかに鋭い刃で受けた斬撃を示すような痕跡もあちこちに発見できた。消火が終わった瞬間なのか、煤煙が舞っている場所もある。


 そして皆が一番驚愕したことは、【パシオン】の象徴である《始まりの樹・アラゴルン》の変わり果てた姿であった。

 年中艶やかな緑を宿している大樹は、一度も枯れたことなど無いし、その巨大な存在感は、皆の心を優しく包んでいるような慈愛を与えてくれていたのである。

 だが今、彼らの目前に映っているのは生命力溢れる大樹などではなく、まるで切り倒されて何十年も放置されたような生気の感じさせないソレだった。

 瑞々しく生い茂っていた葉は一枚も発見できず、逞しく太かった枝は、少し力を入れただけで折れそうなほど痩せ細っていた。


 そして誰もが一見して感じること。


 それは――――――この樹はもう死んでいる。


 目にしているものを疑いたい思いは誰もが同じ。

 しかしこれは紛れも無く現実であり、それを成したのが……。


「……コクロゥ……ッ」


 レオウードは無意識に呟いた。怒気と殺気を最大限に込めた憤慨の呟きである。


「……いいか、お前たちは怪我人の手当てと救助に当たれ」


 レオウードが一緒に帰って来た兵士たちに指示を与えると、彼らは弾かれたようにその場から動き出した。


「《王樹》に向かうぞ。民たちから聞いたがコクロゥは一度《王樹》に入ったらしいからな。ブランサたちが心配だ」


 そうしてレオウードたちは王子たちとともに《王樹》へと足早に向かって行った。



     ※



 ミュアとアノールドの二人もまた、兵士たちと同じく国民たちの救助へと向かっていた。


「……ひどい」


 ミュアは体中に傷を負い倒れている国民たちを見て顔をしかめる。

 中には幼い子供もいた。家は大木をくり抜いて作られてあるのだが、その大木が切り倒されて下敷きになっている者もいるとのことだ。

 それに炎に包まれて住処を失っている者や、その火で大火傷を負っている者もいる。


「どうしてこんなことが……」


 こんな惨劇を作る人物の考えが計り知れない。


「狂ってんだよそいつは」


 アノールドもその表情には怒りが込められている。歯をギリギリと噛み締めながら、救助が必要な所があるか視線を動かしていた。

 あちこちから悲鳴や呻き声が聞こえる。子供の声を呼ぶ母親や、その逆に母親を呼ぶ子供の声。痛々しい叫びが留まることなく飛び交っている。


「許さねえ……っ」

「おじさん……」

「話によると、これをやったのは同じ獣人ってことじゃねえか! 何で同族にこんなことできんだよっ!」


 『獣人族』は種族の結束が固い。

 何よりも絆を重んじる獣人たちは、一度仲間と認めた者を決して裏切らないのだ。


「その人は……この国に友達や知り合い一人もいなかったのかな……」


 そうとしか考えられなかった。


「……分からねえ。けど何があったって、こんなことをしていい理由には絶対にならねえ」

「……そうだよね」

「……ったく、せっかく良い具合に同盟が纏まったと思ったらこれかよ!」


 長年争い続けてきた『魔人族』と『獣人族』の同盟。それが成したことで、少なくとも平和へ一歩近づいたと判断しても間違いではない。

 それなのに今度は味方であるはずの『獣人族』の裏切りのような行為。同盟で得た喜ばしい気分が台無しにされてしまった。


「と、とにかく一人でも救おうおじさん!」

「ああそうだな!」


 二人は怒りは胸に押し流し、今は一刻も早く命を助けることを優先するために尽力した。



     ※



 レオウードは《王樹》に入ると、さっそく妻であるブランサのもとへと急いだ。

 ブランサは両手を負傷したアノールドの姉であるライブの介抱をしているところだった。


「お母様っ!」


 ミミルとククリアが揃って母親に抱きつく。ブランサも二人の娘の無事な姿を見てホッとしたのか表情を緩めている。


「ブランサ……」

「あなた……」


 レオウードとブランサは互いに見つめ合い小さく頷く。

 そして国で何があったのかブランサの口から皆へと伝えられた。


「そうか……やはり奴は……コクロゥはワシを恨んでおるか」


 その呟きを拾ったのは第二王子のレニオンだ。


「親父、一体そのコクロゥって野郎は何者なんだよ?」


 だが当然の疑問に、険しい表情だけを返しているレオウードとブランサ。どう説明したらいいものか迷っている様子だった。

 余程のことがコクロゥとの間にあることは誰もが理解できた。


「……あなた、この子たちには全てお話ししてはどう?」

「しかしブランサ……」

「私のことなら大丈夫よ、ありがとうあなた」

「う、うむ……」


 それでもやはり言い難いことなのか口を一文字に構えジッと一点だけを見つめて固まる。皆もレオウードが口を開くのを待って見守っている。

 そしてようやくレオウードが、その重い口を静かに開き始めた。


「コクロゥは…………先代獣王レンドックの右腕と称された、ガレオス・ケーニッヒの長男だ。そして――」


 レオウードは少し間を置いて、



「――――ここにいる、ブランサの義弟だ」


 驚くべき真実が告げられた。


「お……おとう……と?」


 その呟きは誰が発したのか分からない。だがその言葉は誰もが口にしてもおかしくない疑問だった。

 ブランサの様子を見ると、彼女も黙認しているのか静かにしているので、それが嘘ではないことを知る。


「コクロゥはな、ガレオスが戦場で拾った孤児だった」


 レオウードは、噛み砕くように皆に分かりやすく説明していく。


 これはまだレオウードが獣王を冠する以前の話。

 彼の父であるレンドックが国を治めていた時代のことである。

 やはりまだ世界では乱世が続いており、戦いの絶えない日々が人々を苦しめている中、ある大きな戦争が『人間族』との間で勃発した。


 獣人界で行われたそれは、辛くも獣人たちが勝利を収めることができたが被害も甚大だった。幾つもの町や村が犠牲になり、多くの命が散った。

 そして【エーグマ】という小さな村も、その戦争に巻き込まれて壊滅に追いやられたのである。その頃の《三獣士》を束ねていたガレオス・ケーニッヒは、村を救えなかったことに酷く心を痛めていた。


 だが幸いなことに、ある一組の家族がまだ生きているという情報を耳にする。

 慌てて確認しに行ってみると、そこには襲い来る『人間族』から、父と母に守られている姉弟がいた。

 まだ二人とも幼く五、六歳くらいだろう。どちらも雪のような真っ白い髪をしていた。


 しかし駆けつけた瞬間、人間たちにその両親は殺され、ついにその牙が姉弟にまで向かおうとした。

 ガレオスは何とかその悪刃から二人を守ることができたのだが……。


「その姉弟が村の生き残りだった」


 姉の名前はネレイ。

 そして弟の名前が――――コクロゥだった。


「戦災孤児……だったのですか」


 第一王子レッグルスの呟きにも似た言葉が流れた。

 レオウードは微かに頷くと話を続ける。


「ガレオスは身寄りの無いその二人を自らの養子にすることにした」


 それが両親を助けられなかった負い目からくる、ガレオスができる精一杯のことだった。

 幸いにも二人の子供が増えたところで暮らしが切羽詰まるような立場でもなかった彼だからこそできたことだが。

 そして彼には七歳になる娘が一人いた。

 それが――。


「ここにいる我が妻……ブランサだ」


 皆の目がブランサに向かった。これで先程レオウードが言ったことに辻褄が合った。確かにそれなら義弟になっても不思議では無い。

 突然養子の話が舞い込み、無論最初はコクロゥたちも戸惑ってはいた。しかし時が経つにつれ、徐々にだが生活に慣れてきた。


 そしてそんな頃、ガレオスがまだ幼い三人を連れて当時の王であるレンドックに挨拶に行った。そこでレオウードは初めてコクロゥたちに出会ったのである。


「初めて会った時、コクロゥは見るからにひ弱そうな子供だった。ワシはその頃にはもう十を過ぎ、修練も誰よりこなしていたせいか、余計にコクロゥが小さく見えた。だが目だけは鋭い力を秘めていた。弱々しいくせに、挑むような視線を向けられたのを憶えておる」


 レオウードの言葉にブランサも少し懐かしそうに目を細めている。


「ネレイもまだ幼いというのに美しい子だった」

「ええ、そうね」


 ブランサは目を閉じて同意する。


「それに彼女はとても優秀な子だったわ。頭も良く、礼儀正しくて、そして何より心の強い子だった」


 思い出すようにブランサは言い、それに加えるようにレオウードも言う。


「あのユーヒットが舌を巻くくらいだったからな」


 誰もが認める【パシオン】の頭脳であるユーヒットがそこまで認めるとは、常人には理解できないほど賢かったのだろうと推測できた。

 それから度々四人で遊ぶようになった。特に貧弱なコクロゥは、よくレオウードと剣や拳を交えて己を鍛えていたのだ。


 それをブランサとネレイは楽しそうに見守っていた。

 そうして世の中は戦争中だが、四人の間には平和が続いていたのである。


 瞬く間に十年が過ぎ、四人は心も身体も健やかに成長していた。

 特にコクロゥは、最初の頃とは打って変わって、逞しい身体つきになり、特に剣の腕ならレオウードすら及ばないほどの高みに上り詰めていたのである。

 戦争にも参加するようになったコクロゥは、敵から畏怖とともに『白い刃』と呼ばれ恐れられるようにもなっていた。


 ネレイやブランサは、二人が戦争に参加することに反対していたが、それでも国のためと二人は言い戦っていたのだ。

 コクロゥも、自分とネレイを救ってくれた国に恩を返したいとレオウードとともに剣をとって戦場を駆け抜けていた。


「だがそんなある日……あの事件が起こった」


 【獣王国・パシオン】に突然の流行り病が広がったのである。

 原因は分からず、必死にユーヒットやララシークたちが解明しようと躍起になったが、なかなか有効な手段も得られずにいた。


 最初は国民がかかり、それがドンドン毒のように浸透していった。多くの民が苦しむ中、レンドックも病の根絶のため、近くの町や村に走り少しでも原因を追究しようとするが、全てが徒労に終わる。

 何故か【パシオン】にだけ広がっているらしかった。


 その病は《枯渇病(こかつびょう)》といって、一度侵されれば、日々を追うごとに体中の水分が減っていくという病だ。

 どれだけ水分をとっても、進行を少し遅らせることしかできず、成す術なくその猛毒は国を蝕んでいった。


 多くの人が死んでいく中、ようやくユーヒットが薬の開発に成功した。

 しかしそれは稀少な薬草を煎じて作ったもののため、少量しか精製できなかったが、何とか病にかかった者たちには全員投与することができ、その進行を止めることができたのである。


 人々に希望がもたらされ、これで誰もが救われるとと思われていた。

 しかしそんな矢先のことだ。もう薬も無くなりかけていたその時、今度はブランサとネレイが同時に《枯渇病》を発症してしまったのである。


 当然すぐさまユーヒットに残りの薬を渡すように言ったが………………残った薬は一人分しかなかった。

 無論レンドックは兵を組織して薬草を探しに向かおうと指揮しようとしたところ、運の悪いことに『人間族』の侵攻が始まったのだ。


 ここで兵を割けば、戦いに敗れるかもしれない。

 だがレンドックも二人を救いたい思いはとても強いものだ。何せ二人の内、どちらかをレオウードの妻に娶るつもりだったのだから。


 そんな中、ガレオスが名乗りを上げた。自分一人抜けても、この戦争にはそれほど支障は無いと言い放ち、薬草を探す旅に出かけることにしたのだ。

 ガレオスが旅立つ日に、飲まず食わずで看病をしていたコクロゥに「必ず間に合わせる」と言った。


 コクロゥはその言葉を信じ涙ながらに頼み込んだ。

 本来なら自分が探しに行きたいが、やはりネレイと離れるのは嫌だったのである。それにこうして国でも随一の強者であるガレオスが行くのなら信頼できると思い任せたのだ。


 しかし結果的に言うならば、ガレオスが時間内にこの地に帰って来ることは無かった。薬草探しの旅で凶悪なモンスターにやられたのか、それとも潜伏していた人間にやられたのかは分からない。

 ガレオスの消息が全く掴めないまま日々が過ぎていき、とうとうブランサたちにも限界がやって来た。


 いつも壮健だった彼女たちの肌は浅黒く変色し、まるで枯れ木のようにカサカサになっていき、もう声すらも自由には出せないようになっていた。

 美しかった彼女たちの顔は、見るだけで涙が出てきそうなほど醜く変貌を遂げていた。


 薬は一人分。コクロゥは脇目も振らず実姉であるネレイに投与するように懇願した。何故ならネレイの方が進行が早かったのだ。

 絶望に囚われているコクロゥを見ていられずレオウードは、このままでは暴れ出して手が付けられないと思いレオウードの権限で少しの間、コクロゥには牢屋で大人しくしてもらうことにした。


 思いもよらない不意打ちを受け、コクロゥは意識を飛ばし、気が付いたら牢屋の中。

 そしてその牢屋にやって来たレオウードは、彼にこう言い放った。


『大丈夫だ。必ずネレイは助ける』


 コクロゥも真剣な眼差しを向けるレオウードの言葉で、少し落ち着きを取り戻したのか、何日も寝ていなかったせいで突然襲ってきた睡魔に身を任せた。

 そしてコクロゥは目が覚め、再び牢屋にやって来たレオウードからの言葉を聞いて、その顔を絶望に染めた。


『すまない。ブランサしか救えなかった』


 この時だろう。コクロゥがおかしくなったのは。

 一日中慟哭が牢屋から鳴り響き、三日後、牢屋から出てきた彼の髪の毛が白と黒の斑模様に変化していた。

 その変わり様に全員が息を飲んだが、彼は一言。


『姉さんを弔ってやりたい』


 それだけを口にすると、皆も同意し厳かに弔いはされた。

 その時はどしゃ降りであり、冷たいはずの雨が、何故か熱く感じたものだ。

 雨は長く続き、まるで誰かが泣き続けているかのごとく止む様子を見せなかった。するとそこへ嬉しい報が飛び込んできた。


「ガレオスが帰って来たのだ」


 レオウードの話を聞いていた皆はハッと息を飲む。


「その手には間違いなく薬草が握られていた。しかし……遅かった」


 彼は間に合わなかったのだ。体は泥や傷だらけでボロボロになり、満身創痍の身体で帰って来たのだが、彼は…………間に合わなかったのである。


 すると突然、一筋の光が走った。


 気が付くと、コクロゥの剣がガレオスの身体を貫いていたのだ。


「そ、そんな……!?」


 ミミルが堪らず手を口元に当てる。


「奴はそれからその場にいる者を無差別に襲い始めた」


 その形相はこの世のものと思えないほど歪み、まるで修羅が顕現しているかのようだった。目にも止まらない速さで白と黒の閃光が走る。

 レオウードは彼の暴走を止めるために相対するが、その迫力に思わず気圧されてしまうほどだった。


 だがそれがいけなかった。

 その瞬間、レオウードは体を斬り刻まれ、コクロゥはそのままレンドックに詰め寄り彼の胸にその刃を突き立てた。


 そしてコクロゥは一言、


『嘘ばっかりだ』


 そう言って《王樹》から飛び出して行った。


「それから必死に奴を捜索したが見つからなかった……。ワシは一命を取り留めたが、ガレオスはほとんど即死で、父もその傷がもとで他界してしまった。そして絶妙のタイミングで今度は『魔人族』が襲い掛かって来た」


 何とか防衛に成功したものの、多大な被害を被った。

 そして捕らえた『魔人族』から情報を絞り出すことに成功したのである。

 コクロゥが、『魔人族』に情報を流して襲う機会を作ったとのことだった。


「奴は本気で国を潰そうとしてきた。それもその一度だけでなく何度もな。しかし当時の《三獣士》やララたちの力添えもあって、何とか切り抜けてはきたが……」


 それでも失った物は大きかった。コクロゥの反乱は、『獣人族』に大きな傷と痛みを与えたのだ。


「しばらくして、奴は姿を現さなくなった。死んだかと思うこともあったが…………やはり生きていた」

 

 レオウードの話を聞き終わり、誰も一言も発せず沈黙が支配していた。あまりにも想像だにしない過去を聞いたことにどう反応したらいいか迷っているようだ。

 しかしここでミミルは意を決して口を開く。


「で、ですがお母様、確かお母様のお父上は病気で他界したと聞きました」


 ミミルだけでなく、それはコクロゥのことを知らない人物全員にブランサが教えたことだった。


「そうね。結果的に言えば、あなたたちには嘘をついていたことになります。あの忌まわしい事件を知っている者は、もうほとんどがコクロゥによって殺されました。あの後からしばらくケーニッヒの名前は不幸を呼ぶと言われ、私もこの人にすぐに嫁ぎ名を捨てました」

「そ、そうだったのですか……ですがどうしてお母様やお父様は真実を教えてくださらなかったのですか?」


 皆がその答えを求めるように二人に向かう。


「……我々『獣人族』から裏切り者が出たということを後世に伝えたくなかったからだ。幸いコクロゥは死んだと判断され、真実は闇の中に潜み続けてくれるだろうと思っていた」


 しかしコクロゥは、死んだのではなく今まで形を潜めていただけだった。


「獣人の絆は、『人間族』や『魔人族』とは比較にならないほど強固なものだとワシは信じておる。歴史を紐解いてみても、そのコクロゥ一人が反乱を起こしたという事実があるだけだ。だからこそ、無闇に知らせ、絆に不安を覚えさせることを良しとしなかったが…………どうやらそれは間違っていたようだ」


 レオウードは顔を上げ、遠い目をするように目を細める。


「どれだけ隠してもいずれは明らかになる。それにそんなことで揺らぐような獣人ではない。確かに忌まわしい過去が、今この国に災いを招いている。なればこそ、その災いを我らの結束力により打ち破るしか無い」


 力強い瞳で皆の顔を見回す。彼らもそれに答えるように小さく頷いている。


「相手はコクロゥだけではない。奴を従えているのは……先代魔王アヴォロスだ」


 その名前を聞いて息を飲む音が聞こえる。


「どちらにしろ、今回の決闘は我らにしても得たものが大きかった。先代魔王の実力は桁が違う。それに奴の率いていた者どもも一筋縄ではいかぬ雰囲気を備えておった。だが今回、我々『獣人族』には『魔人族』がともに戦ってくれるはずだ」

「あ……ヒイロ様」


 そんなミミルの呟きにレオウードも微かに頬を綻ばせる。


「ああ、ワシを倒したヒイロも手を貸してくれるとしたら、これほど心強いことは無い」

「けど親父! コクロゥは獣人だろ!」


 他人に頼る考えが好かないのか、不機嫌そうにレニオンが言う。


「分かっておる。コクロゥはワシたち『獣人族』が始末をつける」

「親父……分かってんじゃねえか」

「無論だ。獣人の問題は獣人が解決せねばならん。しかし相手はコクロゥだけではない。恐らく戦争になれば、先代魔王もそれなりの戦力を投入してくるだろう。我々だけでは厳しい状況になる可能性が高い。それほどあのアヴォロスは…………強い」


 レオウードがそれほど認めているという事実に生唾を飲み込んでしまう者たちがほとんどだ。


「だからこそ、これから『魔人族』と密に連絡を取り合い戦力を充実させる必要がある」


 その提案の正当性には誰も何も言えない。だが気になったことがあったのか、レニオンが口を開く。


「……なあ、もしかして『人間族』どもとも手を組むなんて言わねえよな?」

「…………」


 『魔人族』よりも因縁が深いのは『人間族』だ。

 彼らは自分たちを家畜のようにしか捉えていない。そう考える『獣人族』が大多数なのだ。


「そんな、ヒイロ様も人間です!」


 ミミルの叫びにレニオンが舌打ちをする。


「それは分かってる! けどアイツは聞いたところ別世界から来た奴だろ? つまり『人間族』じゃねえだろうが!」

「そ、それは……」


 確かに分類としては日色は『人間族』に入るのだろうが、レニオンの言う通り彼を『人間族』だと決定する根拠が無い。

 ミミルは日色のことを全面的に信頼してはいるが、それは彼が『人間族』だとか関係無いところからきているものだ。彼が人間だとしても、全ての人間を信頼できるというわけではない。

 彼女もまた今まで人間がしてきたことは話で聞いているのだ。だからこそ不安に思うレニオンの気持ちも分かるはず。


「なあ、どうなんだよ親父?」


 催促するようにレオウードに聞いてくる。

 すると彼は静かに唇を震わせる。


「今の国王が統治している国と手を取り合う気はサラサラ無い」

「だと思ったぜ」


 少し嬉しそうなレニオン。


「しかし」

「は?」

「国が変わるのなら、交渉することはできるかもしれない」

「……はあっ!? な、何言ってんだよ親父っ!」


 完全に安堵していたレニオンは、まさかの発言に思わず怒鳴る。


「いいから聞け」

「ぐ……な、何だよ?」

「確かに今のルドルフ国王の統一する国家は信用がならん。嘘で塗り固められたような国だからな。同盟を組んでも、いつ背中から刺されるか分からん」

「だ、だったら考える必要なんか……」

「人が変われば国も変わる」


 誰もがその言葉を口にした人物を見て目を見張る。ただレオウードだけは、ジッとその人物……レッグルスを見つめると、


「説明してみろレッグルス」


 彼に説明を求めた。


「はい。人が変われば国が変わります。分かるかレニオン?」

「…………」


 答えず黙っている彼を一瞥して、


「いいか、今の国王は、まだ未熟な俺から見ても暗愚そのものだ。勇者召喚、会談破棄もさることながら、彼らは恐らく……先代魔王と繋がっている」

「なっ!?」

「ほほう、気づいたかレッグルス」

「はい。そうでなければ会談破棄から戦争に至る経緯に説明が尽きません。恐らく予め先代魔王は、何らかの手段を用いてルドルフ王と交渉し計画を企てた。我々もそれに便乗する形で乗りましたが、いつでもこちらの寝首をかけるように動いていた節もありました」


 皆は驚いているがレオウードは感心するように「ほほう」と唸っている。


「何かを企てていると思ったからこそ、こちらも同盟というよりは一時休戦という形で『人間族』と約定を交わしました。お互いに必要以上に干渉しないという約定を」

「……それで?」

「ルドルフ王は、最初からこちらと同盟する気など全く無いかのように、あっさりとそれに了承しました。ルドルフ王は、あの場で魔王を殺すことしか考えていなかった。国のためを思うのなら、形の上でも同盟を推奨するべきであり、魔王を殺すにも我らの手を借りた方が良いはず。それなのに彼はこちらの要求に一切反論などせず、魔王を殺すだけのために勇者や我々を囮に【魔国】へ派遣しただけ。彼はすでにあの時から……いや、もっと前からもう王ではなくなっていたのではないでしょうか」

「…………」

「恐らくただの怨恨……明らかな私怨のもと動いていたようにしか思えませんでした。だからこそ、父上も積極的に彼らと同盟しようとは思わなかったのでしょう?」

「ああ、その通りだ。だがアレも良い機会だと思ったことも事実だ。これで【ハーオス】を落とせると思い動いた。だがまあ、こちらにしてもあちらにしても、一人のイレギュラーで大失敗に終わったがな」


 無論日色のことだ。


「あのような私怨で動く国王が、国をより良い方向へ導けるわけがない。民のことを一切顧みない愚王が治める国は次第に退廃していくだけです」

「それが国が変わることと何の関係があるんだよ兄貴?」

「そう、国が変わる。変わるには人が変わるしかない。そうだろレニオン?」

「……?」

「ルドルフ王ではなく、もっと自国を愛し、民を愛し、平和を愛する者が上に立てば、きっと国は変わる」

「け、けどそんな奴が人間にいるのかよ!」

「分からん」


 そう答えたのはレオウードだ。


「しかし、今の国政では絶対に成り立たん。それこそ根こそぎ吹き飛ばすような力を持った者がトップに立たなければ、あの国は変わらんだろうな」







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