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116:アヴォロス・グラン・アーリー・イブニング

 日色もまた、突然現れた少年を見ていた。

 アヴォロスとイヴェアムは呟いていたところを見ると、どうやら知り合いだというのは理解できた。

 その少年の周囲にいる黒衣のローブの集団は一体何なのか……。


(しかもコイツら……)


 一人一人から只者ではない雰囲気を感じる。もちろん個人差はあるが、それぞれが決闘に参加した者たちと同等、もしくはそれ以上の強さを持っているはずだ。

 そんな中、見るだけで自然と目が引きつけられるのが金髪の少年である。まるで現実感を感じないというか、完成された美をその枠に閉じ込めた名画を見ているようだ。

 感動さえ覚えるほどのその整った美は、間違いなく美少年とも呼ぶべき存在だろう。もしこのまま成長して大人になれば、男も女も言葉を失う魅力を持つに違いない。


(だが……)


 違和感を覚えるのは、そんな少年の存在感の希薄さだった。ただ周りの者たちが持つ存在感が強過ぎて、逆にその中にいる少年が際立ってしまい目がいってしまうのだが。

 こうして見ていると、そこにいるのだがいないような……何だか中身の入っていない未完成なものを見ている気分になる。


 そこへイヴェアムの呟きを聞いたレオウードが、噛み締めるように聞き返す。


「アヴォロス……だと? やはりそうなのか……?」

「そういえば、レオウード殿は実際に相見えたこともありましたね……そうです、アレはアヴォロスです。少なくとも外見だけは」

「アハハ、酷いなイヴェアムは。外見だけなんて悲しいこと言わないでよ。だって余は――」


 直後、少年から息を詰まらせるほどの覇気が迸る。その気の波動は、王たちが持つ威を備えていた。

 それぞれの王を守るように、『魔人族』や『獣人族』たちがイヴェアムとレオウードの前に躍り出て身構える。

 しかし動けたのはこの決闘に参加した強者のみだ。兵士などはまるで心臓を掴まれているかのように硬直していた。顔を真っ青にして全身から冷たい汗を噴き出している。

 かくいう強者たちの顔も引き攣っており、それだけ目の前の少年から発さられている覇気の甚大さを理解させられた。

 しかもイヴェアムやレオウードが放つような気高いものではなく、受けているだけで気分が悪くなってくるような歪過ぎる覇気……言うなれば邪気を放つ邪王と呼ぶのが相応しい。

 しかもそんな邪気を、不可思議な存在感を放つ人物から迸るのだから異様さは究極的だ。


「ね? 本物だろう?」


 本人は何でもないように穏やかな笑みを浮かべている。

 しかしイヴェアムからは喉を鳴らす音が聞こえ、強制的に本物だと認識させられたことに戸惑ってしまっている。


「アヴォロス……」


 そんな彼女の呟きに、少しだけ残念そうな表情をするアヴォロス。


「う~ん、兄様とは呼んでくれないのかい?」


 思わず吹き出しそうになったカミングアウトだった。


(兄? 兄妹なのか?)


 そんな話は聞いたことが無かったので驚きだった。いや、そういえば先代の魔王は彼女の兄だということは聞いたことがある。

 だが見た目が完全にイヴェアムより下だったので、まさか兄だとは思わないし、その人物が先代魔王だとはもっと思えなかった。


 ただこの雰囲気を感じて、それは間違い無いものなのだろうと判断した。

 それになるほど。確かによく見てみればイヴェアムに似ている気もする。


 レオウードは知っていたのか驚きはしていなかったが、その周りにいた者たちは日色同様に驚愕に包まれていたようだ。


「何をふざけたことを! あなたはもう兄などではないっ!」


 イヴェアムの叫びに楽しそうに言葉を返すアヴォロス。


「そうだねぇ、確かに兄らしきことをした覚えが無いけど……それでもね、余とお前は間違いなく血が繋がっているんだよ?」

「くっ……」


 心底嫌なのか、明らかに嫌悪感を宿した表情を浮かべている。


「そう嫌そうな顔をしないでよ。今日はよく頑張った妹に労いの言葉をかけに来たんだから」


 そういうと急に手を叩き始めた。


「おめでとう我が妹よ。これで『獣人族』と同盟を結べたね。うん、本当によく頑張ったよ」

「何を……」

「ずっと見てたからね。お前が王に即位してから今までに至る過程をずっと……ね」

「……やはりあの時の死は偽装だったんだな?」

「う~ん、偽装……っていえば偽装かな。詳しくは言えないけど」


 おどけたように言う彼を見て、イヴェアムが拳を震わせながら言う。


「何を飄々と! お前のせいで我々がどれほど苦しんだのか分かっているのかっ!」

「そんなに怒らないでよ。せっかく若いのにシワが増えちゃうよ?」


 相手を小馬鹿にするような物言いに彼女の怒りは増々高まっていく。


「お前が必要以上に広げた憎しみで、我々がどれほど苦しんでここまで辿り着いたのか、決して理解はできないだろう!」

「そうだね、そもそもそんなくだらないものを理解しようとは思わないからね」

「ぐっ……ふ、ふざけるなっ!」


 もう限界を迎えたようでイヴェアムが怒りに任せて右手を向けると、そこから炎が迸った。だがアヴォロスは全く揺らぐことなくその場に佇んでいる。

 すると向かって来た炎の前に突如として現れる一人の黒衣の人物。そしてその炎がフードの中に吸い込まれていった。


「なにっ!?」


 その現象を見せられたイヴェアムだけでなく当然他の者たちも驚き目を見開いていた。


「アハハ、やっぱり成長したね。昔はどんなことがあっても余に牙を剥くようなことはなかったのに。何だか時の流れが嬉しくもあり、寂しくもあるかな」


 その黒衣の人物はアヴォロスの背後に移動する。その佇まいからは、何度やっても自分が防いでやるという意思を感じさせた。


(今のは魔法? それとも奴の異能か?)


 どうやってイヴェアムの魔法を防いだのか分からず、とりあえずは訳の分からない奴らの情報が欲しいと思い『覗』を使う。


(…………どういうことだ?)


 思わず顔をしかめてしまった。何故なら普段ならこの文字を使えば相手の《ステータス》を覗き見ることができるのだ。

 しかし使ったにも拘らず誰一人として《ステータス》を確認できない。するとそこにこちらに対して視線を向けてきた者がいた。


「無駄だよ。余たちに対して何の魔法を使おうとしているのか知らないけど、恐らくこちらに干渉する何らかの魔法でしょ? それは魔力の質から推測できるけど、今の余たちにはそれは通じないんだな残念ながらね」


 顔には出さなかったが、内心では正直焦っていた。今まで『覗』が効かなかったことは無かったからだ。


(しかも魔力の質だけで干渉する魔法だって気づく? どんな感知能力だよ)


 確かに日色が使ったのは相手に干渉する魔法だといっても良いだろう。何と言っても相手の《ステータス》を覗き見るのだから。だが一見してそれを見破るのはどういう理屈なのか全く分からなかった。


「小僧、止めておけ」


 そうして忠告してきたのはマリオネだった。彼は険しい表情を作りながらも周囲の警戒を怠らずに口を開いていた。その彼にどういうことだと聞いてみたところ、


「先王はアクウィナスと同じ《魔眼》持ちだ」

「何だと?」

「アイツとは種類は違うようだが、その瞳は驚異的な観察能力があるのだ。それこそ一目見ただけである程度本質を把握するくらいにな」

「それはふざけた能力だな」


 つまりは常時『覗』もしくは『鑑定』といった文字を使っているのと同じなのかもしれない。

 無論相手の《ステータス》を見ることなどできるとは思えないが、それでもそういう確証は無い。相手の能力自体が何も分からないのだ。

 いや、一つ言えることは今までどんな相手にも効いていた『覗』が効かないということだ。


(相手に干渉する魔法……それこそ『鑑定』や『調査』なら、少しは情報を得られる可能性があるが……)


 一文字なら駄目でも二文字なら、あるいは三文字なら相手の不干渉効果だって破ることもできるかもしれない……が、今は《天下無双》を使ったせいで一文字しか使えないのだ。


「そういや、君だね……ヒイロ・オカムラ」


 興味深そうにこちらを見てくる。


「ふ~ん……」


 観察するような目が苛立ちを覚えさせる。


「03号が言ってたイレギュラー。そして勇者の言っていた異世界人……か」


 そこで気になるワードが出てきたので眉をピクリと動かして反応させてしまい、そこをめざとく気づかれた。


「あ、もしかして勇者のことを気にしているのかい? 彼らは大丈夫だよ。余が丁重に使っているから」


 彼ら、というところから恐らく残りの二人である大志と千佳はアヴォロスの手の中にいるようだ。どういった経緯でそうなったのかは分からないが、何ともまあ厄介そうな連中に捕まったみたいである。


(運の無い奴らだなまったく)


 呆れて物も言えないが、そう考えると素直に投降した朱里としのぶは、軟禁はされているがまだ幸運だったと判断できる。


「別に勇者なんてどうでもいい。お前がアイツらをどう扱おうがオレには関係無いからな」

「へ? そうなの?」


 期待していた言葉が返ってこなかったのか、頭をポリポリとかいている。


「ま、いっか。ところで君、余と一緒に来ないかい?」

「は?」


 突然の勧誘で場の空気が固まった。


「急に何を言っているんだ?」

「いやなに、今回の決闘は楽しく観戦させてもらったんだけど、特に興味を惹かれたのは君だったんでね」

「…………」

「君の実力なら……そうだね、余の右腕ぐらいには頑張ったらなれるかもしれないよ? どうかな? 妹の傍よりも余の傍にいる方が賢いと思うんだけど?」

「ふざけるなっ! ヒイロはお前の下へなど行くわけが!」

「少し黙ろうねイヴェアム?」


 顔は笑っているのだが、凄まじい殺気がイヴェアムに注がれる。彼女は首を絞められたような呻き声を出すと、身体を硬直させてしまう。

 マリオネたちが慌てて彼女の介抱に走る。


「良い子だね。さあヒイロくん、どうだい? 余の下へ来る気になったかい?」


 苦悶の表情で不安気にイヴェアムが視線だけを日色に向けている。

 そして日色は尊大そうに腕を組むと、


「――断る」


 サクッと否定した。


 さすがのアヴォロスも、少し呆気にとられたように口を開けて、すぐに笑みを浮かべるが、どことなく引き攣らせたような笑顔だった。


「理由を聞いてもいいかな?」

「オレは誰の下にもつく気は無い。増して、良く知らん相手の右腕になどなるか。考えて物を喋れ」


 次の瞬間、黒衣の人物の中の一人が今までいた場所から消え、一瞬にして日色の懐へと間を潰してきた。

 意識だけはハッキリとその人物の存在を把握している。

 だが先の戦いのお蔭で疲弊した身体では反応し切れなかった。


「ぐはぁっ!?」


 無防備に顔面を殴りつけられ、日色はそのまま後方へと吹き飛ばされる。

 仲間たちが日色の名を呼び駆けつけようとするが、敵の動きの方が速かった。

 日色にトドメを刺そうとしてか、懐から短刀を取り出し追随してきた黒衣の人物。


 さすがにアレをまともに受ければ致命傷だ。

 だが今、日色にできることと言ったら衝撃に備え歯を噛み締めることしかできなかった。


 その直後のことだ。突如黒衣の人物が何かに気づいたのか意識を上空へと向けると、そのまま足を止めてすぐさま後ろへと大きく跳び上がる。

 すると日色のすぐ目前に何かが上空から突き刺さった。


 それは――一本の黒刀。


 そしてその刀を見て、どこか見覚えがあると思った矢先、黒衣の人物は地面から現れた砂に身体を絡め取られて身動きを失っていた。

 皆が唖然としている中、空からスタッと日色の目前に降りてきた人物がいた。

 青装束にターバンのようなものを被り、腰までありそうな長い紫色の髪は後ろで束ねられている、そして包帯で口元を覆っている。


 その風貌は確かに記憶の中にあった。

 現れた人物は地面に突き刺さった黒刀を手に取り、背中にクロス状になっている二本の鞘のうちの一つに刀を納めた。

 そしてしゃがんで地面に手を置くと、動けない黒衣の人物の前方から砂でできた巨大な手が出現し、そのまま押し潰すように叩きつけた。そのまま一言――。


「ヒイロは……やらせない」

 





 突然現れた謎の人物のお蔭で九死に一生を得たような感じになってしまったが、それよりもその人物の後ろ姿を見ながらどこかで見たことがある感じがして、思い出そうと記憶の中を探っている。

 すると件の人物がこちらに顔を向けてきた。その目を見てハッとなった。


「お前――――二刀流か?」

「ん……久しぶり……ヒイロ」


 口元の包帯を取ると、微かに頬を緩めて答えが合っていたことを知らされる。

 そう、彼は二刀流こと『アスラ族』のカミュだったのだ。


 この魔界に入り、リリィンたちと出会って初めて訪れた砂漠の集落にいた種族であり、若くして『アスラ族』の長を務める彼とともに、砂漠のモンスターと化してしまい、心と体を奪われた彼の父を倒したのである。

 その砂漠のモンスターに傷つけられた仲間を日色が救い、父を倒すことを躊躇っていたカミュの背中を押し、結果的に日色がカミュたちを救うことになった。


「お前何でここに……?」

「それは……ん? ちょっと……待って」


 喋ろうとした時、何かに気づいたのか振り返り先程砂の手で潰した人物がいた場所を見つめる。しかし突然砂が爆発したように弾け飛ぶ。

 カミュの拘束から逃れ出るとは、かなりの強者だということは分かる。

 そしてまだ日色を殺すことを諦めていないのか、こちらに向かってくる気配を感じ日色は身構えるが、


「―――――――――――――死ね」


 黒衣の人物の背後に、いつの間に移動したのかリリィンが迫っていた。


(赤ロリ!?)


 リリィンからは尋常ではないくらいの殺気が放たれており、その全てが日色を攻撃していた黒衣の人物に向けられている。

 そしてその細い足からは考えられないくらいの威力が込められた蹴りが襲い掛かった。


 ――バキィッ!


 骨が折れるような音とともに相手は吹き飛んでいく。

 リリィンは追い打ちをかけようとするが、一歩踏み出したところで足を止めて……。


「……ちっ、くだらないマネを」


 よく見ると、彼女の足先の地面が針状になっていて、そのまま踏み出せばダメージを受けただろうことは推測できた。

 リリィンは射殺さんばかりの視線を吹き飛んだ人物に向けるが、その視線は自然とアヴォロスに向かった。


(あのガキ……)


 アヴォロスが、リリィンの意識を自分に集中させるように殺気を向けていることは日色にも分かった。そのためリリィンも下手に向かっていけず、視線はそのままにしてこちらに帰って来る。 


「ヒイロ、貴様も油断するなバカモノ!」


 言い返すことができなかった。確かに油断していたからだ。恐らくカミュが助けてくれていなかったら、リリィンが間に入ってくれていたのだろう。

 彼女はこう見えて仲間思いなので、相手の不意打ちで殺されることを良しとしないようだった。

 だがとにかく、彼女の言う通り警戒を怠るわけにはいかない。後で説教をされることを覚悟しながら再びアヴォロスを注視する。


「油断し過ぎだよ、カイナビ?」


 その場からすかさずアヴォロスの元へと向かったカイナビと呼ばれた人物は膝をついて頭を垂れる。


「申し訳ありませんでした陛下。お見苦しいところをお見せしました」


 声だけ聞くと女性のように甲高い。


「悪かったねヒイロくん。でもこの子は主思いなんだよ。だから許してあげてね」

「部下の手綱を握れないようじゃ、その器は知れるな元魔王さん?」


 空気がどっと冷える。笑っているのはアヴォロスだけだが、その彼でさえ笑顔のまま固まっている。そんなことを言われたのが初めてでショックを受けているのかもしれない。

 だが日色の言葉を受けてシウバが怪訝な表情で日色に視線を向けていたことを日色は気づいていなかった。


 イヴェアムたち『魔人族』は今の日色の言葉で嫌な汗を大量にかいているようだ。しかし日色の淡々とした顔を見て、先程のカイナビが再び立ち上がるが、それをアヴォロスが手を上げて制する。


「……ヒイロくん、君はまだ十数年しか生きていないでしょ? 余はこう見えても君が考えられないほどの歳月を重ねているんだ。少しは目上の者に対して敬いの感情は無いのかい?」

「あいにく、そういう面倒なものは持ち合わせていない。それにだ、長く生きているからと言って尊敬できるかどうかは別だ。少なくとも、お前に対してはただ口が良く回るガキだとしか思えないな」


 さすがに穏便に今まで笑っていたアヴォロスの笑顔が崩れて頬を引き攣らせている。


「な、なるほど……確かに報告に合った通り、ずいぶんと横柄な態度の少年のようだね」

「お前もそうだろ?」


 ピキッと額に青筋を立てたのをイヴェアムたちは視認して、皆が警戒を最大限にして身を固めた。

 だがアヴォロスは大きく息を吸って吐くと、


「……確かに、興味深い男のようだね君は」


 今度は冷笑にも似た、見る者が引きそうなほど突き刺さるような視線をぶつけてくる。


「……さて、とりあえずは君」

「……俺?」


 アヴォロスが指差したのはカミュだ。相変わらずの無表情のまま首だけを傾ける。


「そう、その姿は砂漠の『アスラ族』だね? どうしてここに来たのかな?」


 ここは魔界ではなく獣人界なのだ。そう簡単に来られる場所ではない。


「ヒイロの……力になりに来た」

「ふ~ん、もしかして友達……とか?」


 するとフルフルと頭を横に振る。


「違う……俺はヒイロの部下」

「え? ヒイロくんも部下いるのかい?」


 そう言えばそうだったと今思い出した。『アスラ族』を救った対価として、確かにカミュを部下にしたのだ。旅に出る時についていきたそうだったが、彼は『アスラ族』を守らなければならないので残ったのだ。

 しかしその時、困ったことがあればすぐに駆けつけると約束していた。


「ヒイロ……決闘するって聞いた。……だから来た」


 胸を張って自慢するように言うが、


「おい、決闘はもう終わったぞ?」

「…………え? …………ええ?」


 そこで初めて大きく目が見開き無表情が崩れた。すると明らかに落ち込んでいるのが分かるように、肩をガックリと落とし、


「そんな……頑張って海……泳いで来たのに……」


 物凄いことをさらりと言い放った。

 あのSSランク以上のモンスターがウヨウヨ生息する海を泳いで来た? 大きな渦潮も多々あって、誰もが敬遠するはずの海をわざわざ渡って来たと?

 コイツはバカかと正直に思った。そんなことは命がいらない愚か者がする行為と同等だった。だがそんな危険な場所を渡ってでも助けになりたくてやって来てくれたこと自体は素直に心が温かくなった。


「まったく、無茶したもんだな。だが、大した忠義だ」


 微かに笑みを浮かべて言うと、カミュもまた嬉しそうに、そして恥ずかしそうに頬を染めてニッコリと笑う。

 そんな二人を見て、面白くないなと思う者たちが数人いるようだ。

 性別を知っているリリィンはともかくとして、ミュア、ミミル、ニッキ、特にこの三人は、見た目は美少女のように整っている彼がまさか男だとは知らず納得のいかない顔をしていた。

 他にも少々気にしている者たちもいるが、三人には及ばないらしい。


「……あ、あのさ、二人して良い空気作ってるとこ悪いけどいいかな?」


 そしてそこでアヴォロスが話しを戻そうと入って来た。


「ん……なに?」

「それじゃ君はヒイロくんの加勢に来たということでいいのかな?」

「うん」

「分かったよ。なら君も敵だということだね」

「けど……」

「ん?」

「もう一つ用事……ある」

「へぇ、聞いてもいいかい?」

「……この中にいる……って聞いた」


 黒衣の人物たちを見回しながら喋っている。


「誰がだい?」

「頬に……十字傷のある男」


 カミュは十字傷の男を探している。その理由は、父をモンスター化した張本人だからだ。だから必ずカミュは自らの手で仇を取りたいと願っているのだ。

 カミュの言葉を聞き、ニヤッと楽しそうにアヴォロスが口角を上げる。


「へぇ……いると思うかい?」

「いる……それはお前!」


 カミュの足元から突如として砂が出現し、塊になって一人の人物へと襲い掛かる。しかしその人物の足元からも何かが這い出て来た。


 ―――――ズガァァァッ!


 それは大木だった。

 突如地面を割って現れた大木は、砂にまるで下からアッパーでも与えた感じで吹き飛ばした。


「まだ!」


 上空へと霧散したはずの砂が雨のように黒衣の人物へと降り注ぐ。だがその人物が出した大木からも枝や葉が生い茂り頭上を覆う。しかし少しだけ葉の隙間を縫ってその人物に届く。

 それがフードに命中して、その反動で素顔が白日の下に晒されることとなった。


「…………やっと……見つけた」


 明確な殺意と確信がカミュの視線に宿っていた。その人物、いや男の頬には見事な十字傷が施されてあったのだ。

 その男は、端正な顔つきであり、歳は四十代を思わせる渋面だ。顎に髭を生やし、レオウードに劣らぬ貫録すら漂う佇まいでカミュをジッと見つめていた。


「……その刀、そうか、あの時の子が大きくなったものだな」


 憶えているのか、目を細めて懐かしげに言葉を発した。


「知ってるの?」

「はい陛下、以前に少し」

「ふ~ん、何か面白くなりそうだねこれから」


 カミュの事情も知らないくせに、まるで映画でも見るようなテンションなのが、少し気に障る。


「しかしまあ、今回の目的はさっきも言ったようにイヴェアムに労いの言葉をかけにきたことだよ。まあ、それだけじゃないけどね」


 するとまたもいやらしそうにニヤッと笑みを浮かべる。なまじ顔が整い過ぎているものだから、その表情も堂が入ってて、美形の悪役がハマりそうな感じだ。


「最大の目的はね……おほん! 今から言うからよく聞いてね?」


 何を言い出すのだと思い、皆の視線を釘付けにする。

 そして沈黙が支配する中、その薄い唇が微かに動く。


「我々は、この世界【イデア】を征服する」


 ―――――時間が止まったような気がした。






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