111:第五回戦決着!
突如マリオネが空へと翼を広げて上昇する。
その後をつけるように、イヴェアムも背中から黒い翼を生やして空へと舞い上がっていく。
そんな二人を警戒してレオウードとレッグルスが視線を逸らさず身構えている。
空でピタリと止まったイヴェアムは、両手をパチンと合わせて目を閉じた。
「む? 何をするつもりか知らんが、そうそう何度も先手はやらんぞ!」
レオウードがイヴェアムに向かって跳躍する。だがその前方にマリオネが立ちはだかった。
「どけっ、マリオネッ!」
「通りたければ私を越えて行くのだな!」
マリオネは着用しているマントを翻すと、
「――ブラックアッシュ!」
マリオネの身体から黒い霧状のものが噴出し、瞬く間に周囲を闇に染めた。
「このようなものっ!」
レオウードが拳の風圧で飛ばそうとするが、
「むっ!? なんだコレは!? 身体に纏わりついてくるだと!?」
まるでその霧が生きているかのように振るった拳を覆っていく。そしてどこからともなく声が聞こえてくる。
「この闇は私そのものだ。この闇の世界で貴様の動きを奪わせてもらうぞ!」
身体に纏わりつく闇は痛みこそ与えないが、徐々に全身が重くなっていくような感覚を対象に与えるのがこの魔法の効果の一つ。
そしてそのまま闇に包まれ空中に止まったまま落ちて来ないレオウードのことを心配し、レッグルスはその闇に向かって《水の牙》を放ってみるが弾かれてしまう。
さらにレッグルスの視界には、身体から凄まじい魔力を放出して集中しているイヴェアムが映っている。
「始まりより宿りし深淵なる我が闇よ……」
イヴェアムが身に着けているイヤリングや、腕輪に嵌められている赤い宝石が怪しく光を放つ。どうやらイヴェアムの詠唱に呼応しているようだ。
「昏く深き混沌を生みせし神の、万象回帰成す力の欠片を呼び起こし……」
詠唱をしながらゆっくりと両手を上空へ向け、何かを掴むように手の形を作ったその時だ。
「――させぬわぁぁぁぁっ!」
黒い霧の中から全身を真っ黒に染めたレオウードが突撃してきて、ハッと息を飲んだイヴェアムは咄嗟に攻撃を避けるために左へと移動するが、右の翼にレオウードの攻撃が掠り血が噴出する。
「ぐぅっ!?」
イヴェアムは痛みに顔を歪め、そのまま地へと落下していく。このままでは地面に激突してしまうと思ったイヴェアムは、痛む翼を必死に動かして態勢を整えて着地する。
上空ではレオウードの動きを止めていた黒い霧が、彼の身体から離れて一つに戻って行く。そして形を成し、マリオネへと戻っていく。そう、霧自身がマリオネだったのだ。
「陛下っ!」
元に戻るとすぐさま怪我を負ったイヴェアムの元へと翔ける。
※
レオウードもまた空から大地へと降りると、傍にレッグルスがやって来た。
「父上、ご無事でしたか!」
「ああ、危うく奴に極大魔法を使わせるところだったがな」
「極大魔法……ですか?」
「ああ、正しくは古代魔法と呼ばれるもので、元来魔王にしか使えないとされている闇の魔法だ」
「それが先程の?」
「ああ、詠唱を聞いて肝が冷えたぞ。まさかあの若さで会得しているとはな」
「それほど強力なのですか?」
「一度先代の魔王が使っているのを見たことがある」
「どんな魔法だったのですか?」
「……暴発した」
「……は?」
「先代の魔王はその力を扱え切れずに暴発させてしまった。その結果生まれたのが…………このクレーターだ」
「……え?」
思わぬ情報にレッグルスは言葉を失った。
「いや、暴発したというより、奴は暴発させたといっても過言ではなかったがな。ここには元々街があったのだが、それが一瞬で吹き飛んだ」
ゴクリと喉を鳴らすレッグルス。
「そ、そのような話は初めて聞きました。噂ではここには隕石が墜ちてきたと……」
「そうだ。別に間違ってはいない。巨大な真っ黒い隕石がここに墜ちた。だがそれをやったのは先代の魔王アヴォロスだ。お前がワシの後を継ぐ時に話すつもりだったがな」
「そ、そうだったのですか……で、では魔王はその魔法を今使おうとしたのですか?」
話を聞いて恐怖が背中を走る。レオウードもまた厳しい顔つきになっている。
「いや、ところどころ詠唱の部分が違っていたから、全く同じというわけではなかろうが、それでもアレに準ずる威力を持つ何か……だろうな」
「……やらせるわけにはいきませんね」
事の重大さを認識したのかレッグルスは額から汗を流しイヴェアムを睨みつけた。
「ああ、幾らワシでも古代の闇魔法相手では、正直勝てるとはハッキリ言って言えん。だがさすがは今代の魔王だ」
「え?」
「先代の魔王は、詠唱中に顔を歪めるほど辛そうな表情をしていたが、あの者はまるで静かだった。天才……というやつかもしれんな」
レオウードの悪い癖が出ているのか、相手が強ければ強いほど嬉しさを感じて頬が緩んでいる。
「いいかレッグルス、あの詠唱は絶対に完成させてはならんぞ?」
「はいっ!」
※
「陛下、ご無事でしたか?」
「あ、ああ、すまないマリオネ。せっかくあなたが作ってくれたチャンスが……」
悔しそうに歯を噛み締める。
「いえ、私も完全には奴を止めておけませんでしたから」
マリオネも自分の不甲斐無さに申し訳なく思っているようだ。
「もう少しで完成だったが……やはり先代と戦ったことがある獣王に止められたか」
「まあ、ここが決闘場所に選ばれた時は驚きましたが、だからこそココを選んだのだろうと思いましたな」
「ああ、幾ら先代がやったこととはいえ『魔人族』の汚点であることには間違いはない。あの惨劇を忘れないためにも、ここが決闘場所で良かったとさえ思っている」
「…………」
「罪は罪だ。だからこそ、その罪を忘れず、背負って平和を築く努力をしないといけないんだ」
「陛下……」
「負けるわけにはいかないぞマリオネ! 私たちは背負われる存在では無く、背負う存在になり、罪に向かい合わねばならないんだ!」
「…………御意」
マリオネは丁寧に頭を下げると、再び顔を上げ対戦相手を睨みつける。
「今度こそ魔法の機会を作ります。陛下は魔法を完成させることだけに集中なさってください」
「……頼んだぞマリオネ」
※
そして両者は再び激突し始めた。
レオウードが真っ先に《爆熱転化》で全身を炎と化し、一気に決着を着ける腹積もりのようだ。
しかしマリオネも、相手の手の内を知っていることが幸いになっており、下手に近づかず遠距離で魔法を放ちレオウードの動きを制している。
「くっ! やはり一度戦っただけはあるなマリオネよ!」
対抗策を取られてもなおレオウードは嬉しそうに笑みを浮かべて叫んでいる。
「それはこちらのセリフだ! ――ブラックアッシュ!」
「それはもう二度と喰らわんぞ!」
その場から勢いよく離れるが、それでも黒い霧はレオウードを追う。
するとその霧目掛けて水の塊が飛んでくる。そしてその水が霧の前方に現れると突然その形を変え始める。
「――《水形珠》っ! ――形状・袋!」
レッグルスがそう発すると、球体状の水が袋の形になっていき、その中に霧を包んでいった。
「よくやったレッグルス! ワシはこのまま魔王を!」
レッグルスがマリオネを足止めしている間にイヴェアムを仕留めようと向かうが、どこを探しても彼女の姿が見当たらない。
「む……どこへ行った!?」
また上かと思い見上げてもいない。早く見つけなければ古代の闇魔法の詠唱を完成させられてしまう。
慌てた様子で周囲を確認すると、レッグルスの背後にその姿を発見できた。
「いつの間に!? そ、そうか、奴は魔法を警戒することを逆手にとって最初から狙いはレッグルスを討つことか!」
一本取られたと思いすぐさま阻止に向かう。レッグルスは《化装術》に集中しているせいか背後の気配に気づいていない。
「レッグルス! 後ろだぁっ!」
「えっ!?」
レオウードの叫びでようやく背後から迫ってくるイヴェアムに気づく。手には剣を持っている。このままではその剣をまともに受けてしまう。
「や、やらせるわけにはいかないっ! ――《流水転化》ぁっ!」
今使用中の《水形珠》を中断して体を《転化》させることに集中した。
「この剣をただの剣だと思うなっ!」
イヴェアムはそのまま水色になったレッグルスを頭上から斬り裂く。文字の如く真っ二つに斬り裂かれたレッグルスから呻き声が盛大に聞こえる。
「レッグルス!?」
レオウードはイヴェアムに突撃しようとするが、彼女は瞬時に翼を広げ上空へと逃げる。だが上空に逃げたが、傷つけられた翼が傷むのか徐々に高度が落ちていく。
そんなイヴェアムを支えたのは、《水形珠》の中断で解放されたマリオネだった。
「ご無事ですか、陛下!」
「だ、大丈夫だ……っ」
地上ではレッグルスに駆け寄ったレオウードが彼の安否を確認していた。斬られた部分はくっついて元には戻っていたが、苦痛に顔を歪めているレッグルスを見てレオウードは唸る。
「ただの物理攻撃ではこうはならん。あの剣は……」
そうしてイヴェアムの持つ剣に注視すると、それは見覚えのある細剣だった。
「やはりあの時マリオネが作成した剣か」
イヴェアムの持っている剣はマリオネが大地から生み出した《大地を司る細剣》だった。
この剣は魔法そのものでできている《精霊剣》であり、《転化》に対してもダメージを与えられるのだ。
「レッグルス、男を見せろ。ここで終わるなよ」
「う……ぐ……わ、分かっています!」
額から血を流しながらも、どうやらまだ戦闘不可能なまでには陥っていないらしい。
「どうやらまだやれるようですな」
「ああ、やはり《転化》使いは厄介だな。だが今なら詠唱の時を稼げるはずだ」
「はい、もし獣王が来ても私が止めます。命にかえても」
「……いや、命を失うようなことは許さん。だが、全力で応えてくれ」
「……御意。あの若造は動けないでしょうから。どうぞ、勝利を陛下の手で」
「ああ!」
さらに上空へと跳び上がり、またパチンと両手を合わせる。
「マズイな……」
レオウードもイヴェアムの様子を見て自分が動くしかないことを把握する。
(どうする……《現象の儀》を使えば一気にやれるか? いや、もし攻撃が届かねば、あの古代魔法を使われてしまう。そうすればやはりそれを止められるのは《現象の儀》のみ……ここで下手に乱発するのは……)
レオウードは次の一手に悩んでしまうが、
(ええい! とにかくまずはマリオネを速攻で叩く! すかさず魔王を討てば良い!)
レオウードの体が炎のように燃え上がる。
「レッグルス、ここで身を守っていろ」
それだけ言い残すとレオウードは跳び上がっていく。その様子をレッグルスは歯を噛み締めて見つめると、口を一文字にして微かに「よし」とだけ言った。
「ここは是が非でも通さんぞ獣王よ!」
「押し通るっ!」
再びマリオネは黒い霧に変化して彼の体に纏わりついた。
「全魔力を貴様に注ぎ込んでやるわっ!」
「ぬぅっ!」
マリオネの覚悟を感じて、レオウードはこんな状況なのに楽しそうに笑みが浮かんでくる。
「さすがは……マリオネ……だがワシも獣王と呼ばれている男だっ!」
増々レオウードの身体が熱く燃え滾っていく。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
両者ともに互いの思いを貫くために本気を出す。
そんなマリオネの覚悟を感じているのはイヴェアムも同様だった。だからこそ、この詠唱だけは必ず成功させようと決断したのである。
「始まりより宿りし深淵なる我が闇よ、昏く深き混沌を生みせし神の、万象回帰成す力の欠片を呼び起こし……」
空に暗雲が浮かび上がりそこから黒い煙のようなものがイヴェアムの上空へと集束していく。イヴェアムは上空へと両手を向け、まるで剣を掴むように手の形を作る。
「その力を持って、我が前に立ちはだかる者全てを滅ぼす……」
上空に集束していた黒い煙が、彼女の手の中に向かい、次第に形を変えていき、カッと目を見開いたその時、
「――一刃の牙となれっ!」
闇色で創造された大剣が手の中に収まっていた。
「くっ!? こうなれば《現象の儀》でもって……」
レオウードは全力をもってイヴェアムを倒そうと決めたその時、彼女の背後から何者かが現れるのを目にした。瞬間、レオウードの目は力一杯開かれる。
「…………レッグルス……?」
それはレッグルス本人だった。そのままイヴェアムを背後から羽交い絞めをするような格好になる。
「なっ!?」
詠唱に集中していたイヴェアムはそこで初めてレッグルスの存在に気が付く。だがそこで叫び声を上げたのはマリオネだった。
「陛下ぁっ! もう剣は顕現しておるのですっ! 今集中を切らしては……っ!?」
その言葉にイヴェアムはハッとなり、手に持っている剣を見る。するとその剣がボコボコと内側から破裂しそうな様相を呈しているのを発見して青ざめた。
「陛下っ! その剣を手放しなさいぃっ!」
マリオネの言葉に従い、慌てた様子で全力で天高く放り投げる。
そして放り投げられた剣が軋み、一瞬で風船のように膨らみそして――。
――――――――――――ボゴォォォォォォォォォォオオオオオオオンッ!
凄まじい爆発が剣から放たれた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
その爆発の近くにいたイヴェアムとレッグルスは、猛烈な勢いで弾かれたように吹き飛ばされてしまう。
すぐさま二人を守りたいマリオネとレオウードだが、彼らもその爆風を受け吹き飛ばされていた。
※
周囲で決闘を観戦していた者たちも爆発の威力を肌で感じて言葉を失っていた。
かなり高く剣を放り投げてはいたが、それでもあれほどの爆発を近くで受けて吹き飛ばされた四人のことを、下手すれば死んでしまったと思った者が出ても不思議では無い。
「魔力爆発……だな」
リリィンの呟きに日色は頷く。
「ああ、それもかなりの規模のな」
「奴らは無事なのか?」
「ジイサンに任せていれば探してくれるだろ」
進行役で、同じクレーターの中にいるシウバも、爆発の影響は受けたはずだが、相変わらず彼は無傷のような気がするから不思議だ。いや、十中八九そうだろう。
一応日色も周囲を確認してみる。
するとレオウードとマリオネの二人は発見できた。どうやら二人は岩に激突したようだが、見た感じでは無事のようだ。
マリオネは先の戦いで受けたダメージもあってか動くにも四苦八苦してそうだったが、レオウードは岩から抜け出すと平然とした様子で歩いている。
(やはり身体能力チートだなあれは)
レオウードの鍛え上げられ過ぎている肉体を見て呆れるばかりだった。
※
それぞれ生還した二人は、イヴェアムとレッグルスを探しているようだ。
そこでやはり無傷のシウバを発見し、彼が手を上げたのを二人は見た。
慌ててその場所へと行く。
そこには――――――――――――――――――――イヴェアムが意識を失って倒れていた。
そしてその姿を見てマリオネは思わず膝を折る。
それもそのはずだ。これで王の役目を背負っていたイヴェアムは戦闘不能に陥り、決闘に敗北してしまったのだから。
マリオネは彼女の傍へ行き、
「申し訳……ございませんっ、陛下……っ」
涙ながらに音が聞こえるくらい歯を噛み鳴らして全身を震わせている。
だがそこへ――。
「そうか、魔王も意識を失っていたか」
背後からレオウードの声が聞こえる。
「くっ……嫌味か獣王よ! 陛下はこれでも……って……今何と言った?」
マリオネはゆっくりと振り向き、レオウードの暗い表情を見る。
そこでハッと息を飲むことになった。
レオウードの腕の中にはイヴェアムと同じようにぐったりとして気絶しているレッグルスがいたのだ。
先程レオウードは「魔王も」と言ったのだ。
つまりレッグルスもまた先程の爆発のせいで意識を飛ばしていたのである。
「まったく……身を守っていろと言ったのだがな」
レオウードは腕の中にいるレッグルスを見て言うが、その表情はどことなく穏やかだった。
痛みに支配されている身体を必死に動かしてまで、イヴェアムの攻撃を止めようとした行為はレオウード的には無茶で愚かな行為だと思っただろうが、それでもあの時、必死な表情でイヴェアムの動きを止めたレッグルスは……。
「いつの間にか男の顔をしておったな」
息子の成長が直に見れて嬉しいのだろう。ただ父として、王としても死んでしまっていた可能性が高い行動をしたということは、後で説教をしなければならないと口にする。
「マリオネよ、どうやら此度の第五回戦は引き分けのようだな」
「……そのようだな」
マリオネもイヴェアムを抱えて立ち上がる。
そして二人してシウバの顔を見ると、彼も小さく頷きを見せた。
「――第五回戦は、引き分けです!」
※
結果的に引き分けに終わった第五回戦の終了を知って、両陣営はまさかこのような事態になるとは思っておらずシーンとなり誰も口を開いてはいなかった。
特に『獣人族』側では獣王レオウードが参加していたにも拘らず、信じられない結果になってしまったことに、皆が固まっている。
当然ながら勝利を確信していたのだろう。
だがその中でララシークだけはニヤニヤしながら、レッグルスを抱えて戻って来たレオウードに対してこう言う。
「レオ様の悪い癖が出た結果ですね。これは」
「ララシーク様っ!?」
思わずバリドは侮辱とも取れるララシークの言葉を窘めるように慌てて声を張るが、
「スマンな」
驚いたことに謝罪を口にしたのはレオウードだった。
「レオウード様……」
バリドだけでなく、その場にいる者が全員視線を彼に向ける。
「今回の第五回戦、ワシが最初から全力でかかっていればこうはならなかったかもしれん」
「そうですね。ですがレオ様は、相手の思わぬ実力につい熱くなって、相手の底を見てみたいと思った。それがまあ、この結果になった原因て言えば原因ですね」
「……ふぅ、皆が今まで『獣人族』のために全力で戦ってくれたにも拘らず、ワシは勝利をお前たちに捧げてやることができなかった」
皆も何を言っていいか分からず黙っている。
「レオ様、ですがまだ終わってはいませんよ?」
「……ああ」
「《アガッシ》のルール。もし五戦して、それでも引き分けに終わった場合、各陣営から代表者を一人出して決勝戦を行う。それがルールです」
レオウードはゆっくりとレッグルスを地面へと下ろす。
「手当てをしてやってくれ」
傍にやって来たククリアとミミルにそう言うと、二人は頷きを返す。レオウードも微かに顎を引いて反応すると、目の前にいる皆を視界に入れる。
「今回、ワシの失態で引き分けになってしまった。だがもし挽回の機会を貰えるのなら、どうか決勝戦はワシに任せてくれぬか?」
その言葉を受け、しばらくは沈黙が流れていたが、誰かが「獣王様!」と発言する。するとそれを皮切りにして、あちこちから獣王様コールが飛び交う。
「私たちは獣王様を信じております!」
「そうです! 我々の王は最強だ!」
「『獣人族』の運命は我が王の手に!」
口々に賛美の声がレオウードの耳に入ってくる。レオウードもまた胸が熱くなってくる。これほど自身が信頼されているとは、本当にありがたく思えた。
「しかしホントにいいんですか? 代表戦は確かにすでに二回出てるレオ様でも出ることはできますが、かなり体力も魔力も消耗しているのでは?」
「代表戦が始まるまでは少し時間がある。その間に回復させてみせる。治療班を呼んでくれ」
「……ワタシが看ますよレオ様」
「すまんな」
そしてレオウードは高々と拳を突き上げた。するとさらに大気を震わすような歓声が轟く。
「必ず勝利を我が手にっ!」
「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」
気持ちは一つに繋がった。あとは勝つだけだとレオウードは身を引き締めた。
「悪いなララ、ここまで引っ張って来て、最後はワシが貰って」
「ナハハ! いえいえ、こう見えても十分得るものは得ましたよ」
そう言ってミュアとアノールドを一瞥すると、再びレオウードを見つめる。弟子の成長が確認できて良かったらしい。
「ですが分かっていますか? 決勝戦……相手は恐らく……」
「ああ。奴……であろうな」
「……レオ様、顔が笑ってますよ?」
「おっと、そうだったか?」
つい手で顔に触れ戻そうとする。
しかしそんなレオウードを見て、ララシークも楽しそうに微笑む。
「気持ちは分かりますがね。ですが、強いですよ……ヒイロは」
「……分かっておる」
二人して遥か先にある『魔人族』陣営に視線を巡らせる。
※
気を失ったイヴェアムのもとに『魔人族』たちは駆け寄ってきていた。
マリオネは彼女をそっと下ろす。
「……う……」
するとイヴェアムから声が漏れ出た。どうやら意識を回復したようだ。
「……ここ……は……?」
まだ意識が朦朧としているのか視線が宙を彷徨っている。そしてその目にマリオネや、他の『魔人族』たちが映る。
心配そうな彼らの顔を見て、段々と明朗になっていく思考。そして今いる場所がクレーターの外という状況を把握して、目を大きく見開き上半身を上げる。
「がっ!?」
しかし凄まじい痛みが身体を襲い息が止まる。
「陛下、今はジッとしていてください」
「くっ……は……はあはあはあはあ……マリオネ……私は……私たちは……」
その悲痛が含まれた言葉をマリオネは耳にして静かに首を横に振る。そんな彼の様子を見て絶望に顔が歪む。そして拳を強く握り、全身を後悔と怒りで震わせる。
「何だ……私は……結局…………負け……」
「てはいませんよ陛下」
「……へ?」
思わぬ言葉に対し、キョトンとしながらマリオネを見つめる。
「確かに勝利を陛下に捧げることは叶いませんでしたが、それでも敗北もありませんでした」
「……ど、どういうことなの?」
口調も変化しているが、イヴェアムは瞬きを忘れてジッと返答を待つ。
「引き分けました」
「引き分け……?」
「はい」
最後のイヴェアムの魔法が完成間近でレッグルスの邪魔で失敗に終わり暴発してしまった。
その際に起こった爆発で四人が巻き込まれ、特に近くにいたイヴェアムとレッグルスが大きく吹き飛ばされ、そのショックで二人ともが気を失い、両者同時戦闘不能に陥り結果的に引き分けになったらしい。
「……そう……まだ望みは繋いでいるのね」
幾ばくかホッとした声音が流れた。だがそれでも自らの手で勝利を勝ち取ることができなかったのもまた事実だ。
「ぐ……っ」
痛みに耐え、もう一度上半身を起こす。マリオネにはまだ寝ているように言われるが、首を振って拒否し、彼の身体にしがみつくようにして立ち上がると、
「……ご、ごめんなさい……」
皆の前で頭を下げた。絶句が周囲を支配する。
「できれば……私がみんなに勝利を上げたかった……けどそれはもうできそうにないの」
もう完全に口調は普通の女の子のようになっているが、真摯な態度に誰もが目を奪われていた。
「ごめんなさい……」
そんな彼女を、シュブラーズが優しく抱きしめる。
「陛下、もういいわ」
「シュブラーズ……」
「ウフフ、私も負けちゃってるから何とも恥ずかしいんだけどぉ、陛下は頑張ってくれたわ」
「…………」
「それに、まだ全部終わったわけじゃないわ。最後の代表戦が残ってるわ」
その言葉に全員の顔が引き締まる。そうなのだ。まだこれで決着が着いたわけではない。本当の最後の戦いは次なのだ。
「だから、まだ泣くのは駄目よぉ」
シュブラーズがイヴェアムの顔を見ながら言い聞かせるように喋る。
「泣くなら勝ってから全員で泣きましょう? ね?」
まるで母のような温かい笑みを浮かべるシュブラーズを見て、心が落ち着く思いがする。
「…………分かったわ。シュブラーズの言う通りよ」
そしてイヴェアムは、その視線をある人物へと向ける。
そこには腕を組んで目を閉じている丘村日色がいた。
※
「ヒイロ……また、あなたに頼ってもいい?」
「口調が戻ってるぞ魔王」
「え? あ……」
そこでようやく気づいたのか、若干頬を染め上げながら、
「い、今はそんなのどうでもいいではないか!」
何とか王としての表情を戻すことに成功したようだ。そして大きく深呼吸をして続ける。
「ヒイロ、最後の最後に『人間族』のあなたに頼ってしまうことになるけど……」
「…………滞在期間」
「え?」
突然日色から意味の分からない言葉を受けて口をポカンと開ける。
「滞在期間中、あの女コックの料理を所望する」
「……えっと…………そ、そんなのでいいの?」
「そんなの? 重要なことだろうが」
思わず目を開けてイヴェアムを睨む。飯をそんなのとは聞き捨てならなかった。
「で? どうなんだ? オレが【ハーオス】に滞在している間、満足のいく食事を提供する約束ができるのか?」
「……約束する」
「あ、それとこの決闘が終わったら、すぐにでも図書館に入れるようにもしてくれ。それが条件だ」
「……それも約束する」
「よし、ならちょっと行ってくるか」
まるで散歩にでも出かけるような感じで、首を鳴らして歩き始める。
「待てヒイロ」
そこへリリィンが制止の声をかける。
「何だ?」
「……油断はするなよ」
「ああ、勝ってくる」
続けてニッキとミカヅキ、シャモエも日色にエールを送ってくる。
「師匠! 師匠ならあのような輩でもドッカーンですぞ!」
「ミカヅキもい~っぱいおうえんするぅ!」
「が、がががが頑張ってくださいですぅ!」
さらにマリオネが口を開く。
「本来ならここは私が出るのが当然だが…………悔しいが今の私では奴に勝つのは無理だろう」
「…………」
「こんなこと言えた義理ではないが、陛下の思いに応えてやってほしい」
「……勝てばいいんだろ」
シュブラーズにオーノウスも一言言ってきた。
「ヒイロくん、重いかもしれないけど、私たちの運命、君に託すわ。ごめんね」
「アクウィナスと陛下が認めたお主なら……いや、この場にいる誰もがお主を信じている。頼んだぞ少年」
彼女たちの目を軽く見てからまた歩き出す。背後から兵士たちのエールも聞こえる。その時、服が引っ張られる感覚が走る。後ろを確認すると、
「……頑張ってなの」
イオニスがいた。そしてその横には目を輝かせているハーブリードも立っている。
「英雄殿! お願いします!」
これだけ頼まれてしまっては、さすがに無様な結果を出すわけにはいかない。それに対価のこともある。負けるつもりは最初からないが、もっと負けられない理由ができた。
そしてイヴェアムに指をビシッと指す。
「いいか、これが終わったら飯だぞ!」
「あ、ああ、分かっている!」
そして踵を返し再び皆の声援を背中に受けながら前に進み出した。
いつも読んで頂きありがとうございます!
新作である『世界がダンジョン化していく件について ~俺のユニークジョブ『回避術師』は不敗過ぎる~』を投稿しました。
興味が惹かれた方は是非読んでみてください。
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