104:ミュアたちの成長
「アレはヨーヨーか?」
ミュアとイオニスの決闘を見ていた日色は、イオニスの持っている武器を見て唸った。
鎖のような頑丈そうなもので繋がれた回転する丸い物体を見て、まさしくヨーヨーだと判断した。それが彼女の両手に装備されている。
地面を凹ませたことで、アレが相当の威力を持っていることが理解できた。
「ん? 知ってるのかヒイロ?」
リリィンが隣で聞いてくる。
「まあな、オレの世界じゃ、アレはただの娯楽用の玩具なんだが、まさかこっちの世界では武器にまで昇華しているとはビックリしたな」
「ほう、確かに珍しそうな武器だが、貴様の世界ではアレが玩具だとはな。どう見てもなかなかに殺傷能力がありそうだがな」
彼女の言う通り、どんな素材でできているか分からないが、あの回転力と遠心力で攻撃されれば骨も折れるだろうし、頭にでも当たれば即死に至ることも十分考えられる。
「ふん、あの者は貴様の知り合いなのだろう? どう見ても旗色が悪そうだが良いのか、応援しなくとも」
何だか少し不機嫌そうな声色で言ってくるが、
「今は敵側だ。死なれては寝覚めは悪いが、実力不足で負けるのなら仕方が無いだろうな」
「ほう、意外にあっさりとしているではないか」
「だが、あのチビは妙に諦めが悪いからな。このまま終わるわけがない」
「む……よく知っているものだな」
「一応一緒に旅をしていた時期もあったからな」
日色の顔を見て眉をひそめるリリィン。何か面白くないといった表情をしている。
「しかしまあ、貴様はよくよく幼子と縁が深いようだな。見事なほどにな」
「……言葉に棘があるぞ?」
「ふん、事実を言ったまでだ。まったく……どうしてこうも似たような連中がわんさか現れてくるのだ。これではワタシの存在が希薄になってしまうではないか……」
「何か言ったか?」
ブツブツと彼女が言うので聞き返す。
すると少し頬を染めた彼女は、プイッとそっぽを向く。
「な、何でもないわ! いいから貴様はコッチを見るな!」
こちらに顔が見えないようにしているが、
「……よく分からんが、話題に出してきたのはお前だろうが赤ロリ」
「ええいうるさいわ! シャモエ、肩を揉めっ!」
「か、畏まりましたですぅ!」
その場からいそいそと消えていく彼女を見て首を傾げるが、追及するほど興味は無いので再び決闘に視線を向ける。
(オッサンもなかなか面白い戦いしてるな。チビもこのままじゃ終わらないだろうし……なるほどな、強くなったってことか)
半年前のミュアなら確実にカウンターを受けた時に終わっていたはずだが、今まだこうして立っている。
それにカウンターを受けた時も、体をずらしてタイミングを外させダメージ軽減もしていた。そんなことができるようになっているとは正直に言って感心していた。
(さて、問題はチビウサギだが……コッチはコッチで面白いことになってるな)
そう思いララシークの方に視線を向けた。
※
一面が氷に覆われた世界が広がっている。
まるでここだけ別世界のようだ。
だがここは間違いなく【ヴァラール荒野】にあるクレーターの中のはずだ。
普段なら乾いた大地が広がっているのだが、大地は氷結し、周囲の気温も吐く息が凍るのではないかと思うほど低下していた。
そしてその凍った地面の上では、体中に傷を負ったシュブラーズが悔しげに対戦相手であり、この状況を生んだララシークを見つめている。
「あなた一体何者かしらぁ? 今まで戦争に参加した獣人の強者は、記憶していたはずなんだけどぉ」
これほど強い獣人なら、今まで戦争に参加していたはずだと考えていた。だがどう記憶を漁ってはみても一致する人物が浮かび上がってこない。
「まあ、そうだろうな。ワタシは戦争に参加すんのは初めてだしな」
「……本気?」
「ああ、戦争が嫌いなんでな」
「……ならどうして今回参加したのかしらぁ?」
「ナハハ! そうやって話を長引かせて体力回復に努めるつもりだろうが、そんな作戦は下っ端にしか通用しないぜ?」
そう言うと、地面から無数に氷の針が生まれ襲ってくる。
「もう! 話くらい許してよぉっ!」
必死に避けようとはするが、あまりに数が多く微細な傷を氷の針が生み出す。
「ふぅ、体に傷が残ったらどうしてくれるのかしらぁ?」
「ワタシ的には、その摩訶不思議パイを串刺しにしたいんだが?」
ララシークがシュブラーズの胸を指差して舌打ちをする。
シュブラーズも、そうなった時を想像したのかゾッと顔を青ざめた。
「も、もう、少しは穏便にいかない?」
「穏便に……逝かせてやろう!」
「何かニュアンスが違う感じがするのは気のせいかしらぁ!」
またも氷の針が襲ってくる。何とか上手くかわし、息を乱しながらララシークを見つめる。
自分がこうも後手に回るとは思ってもいなかった。見た目からしてそれほど強者とは思えないララシークだったが、その内包する力は凄まじいものがあった。
先の戦いでレオウードが当然《化装術》を使って戦っていたが、ララシークの方が《化装術》の力が強いような気がするのだ。
上手くは言えないが、まるで息の合ったパートナーとも言えるし、もっと言えばもう一人の自分を使役しているような感じだ。
凄く自然に無理なく力を揮えている気がする。
獣王レオウードが一番の強者だと、自分も含めて皆が思っていたと思うが、こと《化装術》を使っての戦い方では、ララシークの方が先達者のように感じた。
「避けてばっかじゃつまらねえぞ! それ――《氷の牙》っ!」
何やら手術に使うメスのようなものを幾本も投げつけてくると、そのメスを氷が覆って巨大メスに変化する。
「ちょ! そんなこともできるのぉっ!?」
シュブラーズはギョッとなって固まっていると、この攻撃は命中したと思ってかララシークがほくそ笑む。
しかし――。
突然一面氷世界だったはずの現場が、元の枯れた大地に戻った。それも一瞬でだ。
※
「んなぁっ!?」
ララシークは何が起こったのか分からないようでポカンと口を開けたままだ。それもそのはずだ、自分は力を解いてはいないし、自分でも一瞬で氷を消失させるようなことはできない。
それなのに巨大メス然り、周囲の氷然り、まさしく戦う前のような状態に戻されていた。
その原因は何かとキョロキョロと辺りを見回すが何も見つからない。そして唯一、この状況に慌ててないシュブラーズに視線が向く。
彼女は笑っていた。しかも驚いたことに、体中に刻まれた斬り傷が一切消えていたのだ。
「……何をした?」
「フフフ、それを教えるとでもお思いかしらぁ?」
してやったりといった感じで微笑む彼女を、忌々しそうに睨むララシーク。
シュブラーズが何かをした。それは分かるが、何をどうしたらこうなるのか見当もつかなかった。
何故なら彼女はただ単に、ララシークの攻撃を避けていただけなのだから。
※
ララシークの戦いを見て日色もまた驚愕の色に顔を染めていた。
(何だ……突然氷が無くなった?)
恐らくシュブラーズが何かをしただろうが、日色も見ていた限りでは何をしたのか把握できていなかった。
彼女はララシークの攻撃に防戦一方だった。
全身に微細な傷を負いながらも、無数の氷針が地面から襲い来る中、見事に最小限のダメージで避けていた。
何も不自然なことは無かった……と思う。
ただ一つ気になるといえば、彼女が避けている最中にも関わらず、身体から魔力が放出されていたということだけだ。
(……まさか、デカチチ女の魔法か?)
そう思い、推測だけでは答えに辿り着けないので、仕方無く『覗』で《ステータス》を確認する。
シュブラーズ・クリューセル
Lv 130
HP 6000/6000
MP 5035/5835
EXP 2400111
NEXT 74980
ATK 1100(1150)
DEF 1011(1133)
AGI 1009(1089)
HIT 922(1000)
INT 999(1099)
《魔法属性》 無
《魔法》 舞踏魔法(集世の舞解放・操者の舞解放・妖惑の舞解放・時写の舞解放)
《称号》 踊り子・妖艶美女・最上級魔人族・酒好き・モンスター殺し・人斬り・乳姉様・オッパイ魔女・セクシープリン・魅惑の女将・デキる女・揺れてます揺れてます・舞踏麗人・クルーエル・ユニーク殺し・超人・男殺し・甘えたがり・寂しがり屋・……まだ処女?・戦う女・極めた者
ララシーク・ファンナル
Lv 138
HP 7665/7665
MP 786/786
EXP 3421577
NEXT 87020
ATK 1316(1330)
DEF 1268(1300)
AGI 1194(1200)
HIT 1049(1050)
INT 845(880)
《化装特性》 氷
《化装術》 氷の牙・絶氷獣撃・氷結転化・天世の凍波・現象の儀・終の牙
《称号》 氷の友・幼女・大酒飲み・野生の剣・研究者・モンスター殺し・変人から生まれた変人・化装術の生みの親・戦う獣人・現象の力を持つ者・チビウサギ・多くの弟子を育てた者・極めた者
(《舞踏魔法》……なるほどな。ユニーク魔法だったか)
調べて見たところ、《舞踏魔法》の特徴はその名の通り踊りを舞うことで発揮されるものだということだ。
そして気になった《時写の舞解放》だが、これはかなりの魔力を要する代わりに、舞いを踊り切った時、少しだけ時間を戻した状況を生み出せるというかなり反則的な魔法らしい。
例えば傷を負ったとしよう。
そして舞いを踊り切った後、傷を負う前の自分を、自分に投影することができるようだ。
ただもちろん制限もあって、戻した状況を投影できるのは最大で一時間前までが限界であり、投影できる空間というのも範囲が決まっている。
さしずめ氷で覆われていた範囲は可能であり、半径三十メートルくらいは効果範囲だと推測できた。
(つまり、時間を戻したというより、過去の状況をその場に投影できるってことか……やはりユニーク魔法はチートだな)
氷が一瞬で消失したというよりは、あの場の空間が凍らされる前の空間に戻ったと考えた方が正しい。
(それにしても、あの場にいる奴らも、同じようにその時の自分に戻されるってことだが……敵も傷や疲労を負う前に戻ってるから微妙な魔法とも言えるな)
《化装術》を使って攻撃していたララシークは、本来ならHPもMPもある程度は減少しているはずなのだが、今は全快している。つまり戦う前の自分が投影されたということだ。
(だが自分のMPは戻せないか……)
シュブラーズのMPだけは減ったままだった。これは当然と言えば当然のリスクだろうが、相手が全快しているのに、少し割りに合わないなと感じた。
(まあ、使いようで幾らでも応用は利くが、戦闘中にこの魔法は案外不利だな)
日色の懸念も尤もである。普通の魔法なら魔法名を口にしたり念じたりしたりするだけで発動できるが、《舞踏魔法》の場合は舞いを踊らなければならないのだ。
その分効果は大きいようだが、戦闘中にするのはかなり難しいように思える。
恐らく先程シュブラーズは相手の攻撃を避ける振りをして舞踏していたのであろうが、踊りは体力も魔力も消費するので戦闘には不向きだと思った。
(まあ、チビウサギも頭は良さそうだから、そのうちデカチチ女の魔法に気づくだろうが、それまでどれだけ先手を取って戦えるかが勝負だな)
そう思いながら、今度はアノールドとミュアを見つめる。両者の《ステータス》も確認しておこうと思ったのだ。
アノールド・オーシャン
Lv 81
HP 2430/2960
MP 375/430
EXP 610330
NEXT 439
ATK 674(794)
DEF 599(649)
AGI 528(558)
HIT 312(332)
INT 234()
《化装特性》 風
《化装術》 風の牙・風陣爆爪・爆風転化・荒尽の嵐怒
《称号》 風の友・元奴隷・料理人・超親バカ・暑苦しい男・変態と呼ばれた男・ロリコン・オッパイ好き・フェミニスト・ワイルドオヤジ・野生の剣・モンスター殺し・ユニーク殺し・戦う獣人・達人・地獄に耐えた者
ミュア・カストレイア
Lv 72
HP 1320/1800
MP 320/380
EXP 400222
NEXT 17843
ATK 504(574)
DEF 427(477)
AGI 412(442)
HIT 340(355)
INT 253()
《化装特性》 雷
《化装術》 雷の牙・雷陣空激・迅雷転化・千落の銀雷
《称号》 雷の友・奪われた者・マイエンジェル・キューティフラワー・我慢の子・一途な子・世話焼き・やり繰り上手・秘める女の子・幼女・変わりゆく少女・ビリビリロリータ・野生の剣・モンスター殺し・ユニーク殺し・地獄に耐えた者
思った以上に成長した彼らに驚いていた。
この半年で彼らがどれだけ頑張ったのか分かった。
以前はアノールドが40台でミュアが30台だったはずだ。
自分と比べるとアレだが、普通に考えて半年でここまで伸びたのは凄いと思った。日色の場合は《文字魔法》があるので、どんな強者が相手でも勝てる可能性が高い。
何せ『眠』や『縛』などの文字が当たれば、相手を無防備に攻撃できるのだ。だからSSランクのモンスターが相手でも文字さえ当たればそこで勝敗は決するのだ。
しかしアノールドたちは、そんな便利な魔法など持ってはいないので、地道にレベル上げをしたのだろう。
それに動きを見て、多くの戦闘経験をしてきたことがよく分かる。特にミュアの動きは、半年前とは比べるべくもないほど良くなっていた。
(まだまだ、戦いはこれからだってことだな)
今ミュアは旗色が悪いが、まだ彼女も本気を出していない。きっとこれから本領を発揮していくと思われた。
(それに、相手も強いとは言っても、レベル的にはそう変わらんしな)
そう思いながら彼らの対戦相手も確認していた。
ハーブリード・ユリウス
Lv 88
HP 2380/2630
MP 2890/3110
EXP 709657
NEXT 10076
ATK 600()
DEF 500(555)
AGI 666(686)
HIT 560()
INT 412()
《魔法属性》 闇
《魔法》 シャドウブレイド(闇)
シャドウスピア(闇)
シャドウボウ(闇)
シャドウアックス(闇)
シャドウランス(闇)
シャドウハンマー(闇)
シャドウダガー(闇)
シャドウウィップ(闇)
アラム・シュトラム(闇・攻撃)
《称号》 魔剣士・秀才・苦労人・上級魔人族・モンスター殺し・人斬り・獣人殺し・達人・物腰柔らか・お人好し・武器士・魔軍隊長・仲間思い
イオニス・キットファル
Lv 84
HP 2160/2190
MP 2880/2880
EXP 650101
NEXT 3786
ATK 550(675)
DEF 437(500)
AGI 770(800)
HIT 440(480)
INT 330(350)
《魔法属性》 無
《魔法》 磁気魔法(第一磁場解放・磁転解放・第二磁場解放)
《称号》 天才・磁石少女・アイマスクガール・上級魔人族・モンスター殺し・達人・マイペース・人斬り・獣人殺し・磁力姫・魔軍隊長・隠れたアイドル・傷を負った者・無口・チビッ子・魔軍ロリ・ペッタンは最強・電光石火
イオニスという少女の《ステータス》を見て感嘆した。
まさか彼女までもがユニーク魔法使いだとは正直に驚いた。
しかしどうして彼女がアイマスクをしているのかは分からなかった。『調査』の文字を使えばもっと詳しく調べることができるが、それほど彼女に興味は無かったので止めておいた。
今は敵でも無いし、不必要な情報は別にいらない。それよりも雷少女であるミュアと、磁石少女であるイオニスとの戦いは、相性的にはどうなのだろうか。
彼女の持つ《磁転解放》というものが気になり調べてみたが、どうやら彼女が触れて磁気を流したものに触れると、その磁気が移るというものらしい。しかし無生物のみとのことだ。
つまりイオニスが装備しているあのヨーヨーに磁気を流して、ミュアに攻撃してもミュア自身には磁気を帯びさせることはできないが、ミュアの着ている服などは別だ。
(つまり一度攻撃を受けてしまったチビには、もしかしたらもう奴の磁気を帯びてしまってる可能性が高いな)
そうなっていれば、これからの戦いが不利になる。簡単に言ってみれば、自由に引力と斥力が自分に襲い掛かってくるようなものだ。
(……早めにそのことに気づけるかが勝負の分かれ目だぞチビ)
分析しながらミュアに視線を送った。
※
「はあはあはあ……」
ミュアは先程から対戦相手であるイオニスのヨーヨー攻撃から必死に避けている。こちらばかりが激しく動かされて体力を消耗させられている。
(だけどあの武器のせいで全然近寄れない……)
両手に装備されているヨーヨーの変則的な動きで、避けるのに精一杯で近づくことまで考えられていないのだ。
「そろそろ終わりにするの。心配は無いって信じてるけど、二対一の方がシュブラーズ様も楽なの」
どうやらミュアをさっさと片付けて、シュブラーズの加勢に向かうつもりみたいだ。彼女はまたも両手を動かしてヨーヨーを飛ばしてくる。
「わたしだって、負けられないもんっ!」
カチャっと後ろ腰に下げていた大きなホルダーに手を入れて何かを取り出す。そしてイオニスと同じように両手を振りかぶって投げつけるような仕草をする。
――キィンッ!
ヨーヨーと、ミュアが投げつけた何かがぶつかって金属音が響く。そして互いに投げたものが、自分の元へと戻って来る。
「……それがあなたの武器なの?」
イオニスはミュアに顔を向けながら喋る。
ミュアの両手に掴まれているそれは真ん中に穴の開いた金属製の外側に刃が備えられてある武器であるチャクラムだった。
持ち手も作られているが、高速回転で飛んでくるチャクラムの動きを見極めて持ち手の部分を掴むのは相当の訓練がいる。しかし何事も無く扱っていることから、ミュアが必死で練習した成果だと理解できるだろう。
「《紅円》と言います! 行きます!」
フッと息を止めて再び二つの《紅円》を投げつける。
刃の腹には紅い装飾がされているので、回転していると紅い円そのものであり、その名に極めて相応しい。
不規則な動きで《紅円》はイオニスに向けて放たれる。だがイオニスはヨーヨーを地面に向けて下ろしながら、
「無理なの」
突然《紅円》は、上空から地面へと落ちる。
そしてイオニス自身に向かわず、ヨーヨーに衝突した。
「えっ!?」
しかも弾かれるならまだしも、まるで鳥モチにでも当たったかのようにヨーヨーにくっついて離れずにいた。
「ど、どうして……?」
何故そんな現象が起きるのか理解できず混乱してしまう。
「この武器、《紅円》って言うの。良い名前なの」
「……」
「けど、イオの《回迅》もスゴイの」
自慢するようにえっへんと胸を張る。どうやらヨーヨーの名前は《回迅》というらしいが、ミュアはそれどころではなく、何が起きたか必死に考察している最中だった。
(あの武器の特性? ううん、何かそんな感じじゃなかった……何かこう魔法の力のような……)
考えてはみるものの、まだ情報が足りない。だからまずは彼女が何をしたのか判断するために、ミュアは腰に下げていた小さなナイフを取り出し投擲した。
しかしイオニスはサッとあっさり避けてしまった。
「…………」
「何をしても無理なの」
するとブンブンと《回迅》を投げ縄を放つような仕草で回し始めた。
「自分の武器でやられるの!」
回してもずっと《回迅》にくっついていた《紅円》が、突然パッと離れてミュアに襲い掛かってきた。
「それは悪手だよ!」
ミュアは頬を軽く緩ませて目を細めて身構える。
そしてガシガシッと二つの《紅円》を上手いこと受け止めた。武器は返して貰ったと思った瞬間、イオニスがもう次の行動をしていたことに驚いてしまった。
目の前に迫ってくる《回迅》。恐らく《紅円》を投げてから時間差で攻撃してきたのだ。
「くっ!?」
当たるわけにはいかず、咄嗟に横に跳ぶ。
しかし――ドゴッ!
「ぐぅっ、きゃあっ!」
不思議なことに突然《回迅》が直角に曲がって向かって来た。何とか《紅円》で防御するが、態勢も不安定だったため吹き飛ばされてしまう。
だがミュアはそこで見た。《回迅》がいまだに《紅円》と触れたままだったのだ。普通ならもう離れていれもおかしくはないのに、こうしてまるでさっきの鳥モチでくっついたかのように離れていない。
(……そ、そうだったんだ……だからさっきのナイフは……)
何かを思いついたのか、ようやく《回迅》が離れて行きイオニスの元へ戻って行く。少しふらつきながらも確信を得たような表情で立ち上がるミュア。
「ふぅ~…………分かったよ」
「ん?」
「あ、あなたの魔法……一度触れたものに磁気を帯びさせるものなんじゃないですか?」
イオニスは分かり易くビクッとして、
「ナ、ナンノコトナノカ、イオニハワカラナイノ」
明らかに動揺が見て取れた。ミュアもあまりにも分かり易い彼女の変化に、若干呆気にとられてはいたが、
「ジキッテナンノコトカワカラナイノ。イオハゼッタイニ《磁気魔法》ノツカイテジャナイノ」
額から汗を流して、もう語るに落ちているという感じだ。
「それだけ慌ててたら丸分りなんですけど……」
「う……うぅ……」
恥ずかしそうに口を尖らせながら唸って、
「……どうして分かったの?」
「ナイフです」
「ナイフ?」
「はい。わたしが投げた《紅円》は、避けもせずその武器に引き寄せられたのに、次に投げたナイフは避けました」
「……あ」
イオニスもしまったという感じで口を開けた。
「それに、今さっきの攻撃で、いつまで経ってもわたしの《紅円》とその武器が離れなかったので、変に思いました。それにその前に、避けたはずの武器が、不自然に曲がって追っかけてきたのにも引っ掛かりました。まるでこの《紅円》に引き寄せられているかのようで……磁石のように」
「……それだけで?」
「実は、過去にそういう魔法の使い手がいたとお師匠さまに教えられました。ですから案外早く答えに辿り着けました」
ミュアは知識も立派な強さになると日色に言われてから、この半年でたくさんの書物を読むことにした。
そして分からないことや疑問に思ったことを積極的に師匠であるララシークに尋ねていたのだ。
「……すごいの。感心したの」
イオニスは純粋にもパチパチと両手を叩き始めた。
「まさか見破られるとは思わなかったの」
「ですから《紅円》は残念ながら使わない方が良さそうです」
そう言いながら地面に静かに置く。持っていると的にされるからだ。
「これだったら、最初に攻撃を当てた時点で磁気を流しておけば良かったの」
「あ、やっぱりあの時はまだわたしに磁気を流していなかったんですね。もしあの時流していたのだとしたら、今まであなたの攻撃を避け続けることはできなかったですし」
「うん、正直簡単に倒せると思ってたから」
「そ、そうですか……」
どうやら完全に甘く見られていたことにショックを受ける。
「でも失敗失敗なの」
「え?」
「……名前聞いていいの?」
「あ、はい。ミュアです。ミュア・カストレイア」
「ミュア……うん、覚えたの。イオはイオニスって言うの。イオって呼べばいいと思うの」
「え、あ……はい。イオ……さん」
「イオでいい。それに敬語もいい。イオもミュアって呼ぶの」
「……わかりまし……ううん、分かったよイオちゃん」
「…………イオちゃん……初めて呼ばれたの」
何故か顔を真っ赤にするイオニス。それを見てミュアは慌てる。
「あ、わわわわ、ごめんなさい! 馴れ馴れしかった……かな?」
「ううん! それでいいの。ただちょっとビックリしただけなの」
「はうわぁぁ……よ、良かったぁ……」
ミュアは胸に手をやり大きく息を吐く。
「でもミュア、今からは手加減しないの。イオは認めた相手には全力でやるの」
「……うん、こっちも全力で行くよイオちゃん!」
二人は互いに向き合う。
「――《雷の牙》っ!」
ミュアから柱状の雷が放たれる。
「当たらないの!」
軽やかに避けて《回迅》を飛ばしてくる。
「こっからが本番だよ!」
すると今度はミュアの両手からシャボン玉のようなものが複数現れる。
《回迅》がそれに触れた瞬間、突如シャボン玉は大きくなって《回迅》を包み込み、
――バリバリバリバリィッ!
シャボン玉の中に凄まじい放電現象が起きて、《回迅》の動きを止める。
「《雷陣空激》だよっ!」
そのままシャボン玉はイオニスのところにも向かって行く。
「やるの!」
イオニスはミュアの攻撃に感心を抱きながらもこれまた華麗に避けていく。
「す、すごい……」
微塵も掠りもしない彼女の回避力に思わず溜め息が漏れる。
「今度は直接触れて磁気を流すの!」
イオニスはそのままミュアに向かって来た。あっさり《回迅》を手放したところを見ると、別段彼女は武器に依存しているわけでもなさそうだ。
武器が奪われても冷静に事を続けられるとは、さすがは一軍を任される隊長だった。
イオニスのスピードは速く、このままでは最初の時のように、あっさりと蹴りを受けてしまう。
そして身体に磁気を流されると、今度は自分の身体の動きを完全に奪われるのでそれだけは避けなければならなかった。
だがこちらも武器はもう無い。必死に動いて避けてはいるが、避け続けることなど厳しい。そしてとうとうイオニスの拳がミュアの左肩を捉えようとする。
イオニスもこれで勝負は有利に運べると思っただろうその瞬間――バチッ!
ミュアの身体に触れた瞬間、静電気のような痛みが彼女を襲い、そして――バチバチバチバチィィィィィィッ!
突然ミュアを中心にして激しい放電が起きる。
「ぐぅっ!」
すぐさま後ろへ跳んで距離を取るイオニス。そして若干体に痺れを感じたまま、目の前のミュアを見て驚愕する。
何故ならミュアの頭の上に生えていた獣耳が、何故か翼に変化していたのだから。またミュアの身体からは、今も大量の雷が放出されている。




