68,サラさん、奴隷商人をはじめるpart1
──神王歴 1200年 12月3日。
サラにも言い分はある。
ある一時期、なぜに奴隷商人めいたことをはじめたのか。
なぜ人の道を踏み外したのか。
つまるところ、はじまりはあるお昼どき。
繁華街をのんびり歩いていたサラは、お財布を落とす。
これが事件のはじまり。歴史の教科書なら、ここから一行目。
この財布を拾ったのが、数人のJCたち。
JCとは、13~15歳の少女のことを示す王都用語。もとはこの年代の子女が通う市民向け王都中学院〈 jacket cacophonous 〉の頭文字をとったものだった。
とにかく、歴史の教科書ならば、ここが二行目。
サラは財布を落としたことに気付き、引き返すと、ちょうどJCたちが財布を拾っているのを目撃。
「わぁ金貨がたっぷりじゃん」
「やったねー、これで新しいコスメ買お~」
「πpopのグッズもね」
なんだかんだで人のいいサラは、朗らかに声をかけた。
「その財布はわたしのなんだ。ありがとう、拾ってくれて」
が、JCたちは、煙たそうにサラを見やる。
「はぁ? なにほざいてんの、おばさん」
「お、おば、おば、おおおおおお、おば、おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………………」
サラが絶句したのも無理はない。まだ今年で19歳。20歳でもないが、JCからすると、立派なおばさんらしい。
しかしここは19歳。〈名前はまだない〉ギルドのギルドマスターであり、広場には彫像もある身(にしても、この頭の足らないJCどもは、〈名前はまだない〉という市民の味方を知らないのか。知らないらしい。嘆かわしい、とサラはつくづく思ったりもした)。
大人として、大人として、ここは冷静に対応しよう。
「わたしは、まだ19歳。いや、それはいいんだよ。そのことは、いいんだよ。ただね君たち、その財布は、君たちのものじゃないよね? わたしのものと証明できず疑う気持ちはわかるけど、それなら落とし物として、届けないと。君たちのぽっぽに入れていいものじゃないよ」
『ぽっぽに入れる』という表現を使う19歳は、珍しいのかもしれなかった。
それはさておき、JCたちは小ばかにしたように言う。
「はぁー、おばさん、なに訳わかんないこと言ってんの? この財布は、こっちのリジーちゃんのものだから。ね?」
「そうそう、パパに買ってもらった、えー、どこのブランドでもないゴミ財部。中身だけとったら、これはゴミ箱いきだね」
財布の中身だけ取ると、そのJCはあろうことか、サラの財布を投げ捨てた。1万歩譲っても、せめてちゃんとゴミ箱に捨てたらどうだろう、とサラは思う。
なにはともあれ、これはあまりの仕打ち。
よくよく振り返ると、悪魔ベリアルでさえも、もっとサラにマナーを払ったものだ。人間の魂が餌である五大悪のほうが、まだ感じがいいとはどういうことだろうか。
愕然としていると、JCたちは、
「なに、あのバカづら~」
「おばさんだから脳が半ぼけなんだよー」
「もういこ、いこー」
と笑いながら立ち去った。
「……いや…だからね…わたしは……まだ19歳。…………………………ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
かくして、ブチ切れたサラは思った。
(あの生意気な、苦労しらずの小娘たちに、この世の苦労というものを味わわせてやろう! 奴隷にして、売っちゃうぞ!!!)
ちなみにこのときアーク(ミィ)は自宅の窓辺の居眠りをこいていた。




