41,お風呂に入ろうpart1。
ある日。
「さーて、ミィくん。一緒に、お風呂に入ろう」
と、サラは時に気がむくと、そんな提案をしてくる。
そもそも猫に風呂など、必要ない。猫は汗をかかない(ただし肉球はかくらしいことを、アークは発見した)。ならば毛づくろいだけで充分であり、アークも猫の身として、毛づくろいは頻繁かつ丁寧に行っている。己の清潔さに、揺らぎはない。
何より、サラの場合、アークを風呂に入れてやろう、ではなく、自分と一緒に入って湯舟で戯れよう、なのがいろいろと困る。
そこでアークは、とうとうと語ったわけだ。
「にゃいのにゃぁ(何度もいうが、おれの前世は立派な成人男性であって。よって年頃のお前と風呂に入るのは、道義に反する不純な行為だ。ゆえに、おれは一人で入らせてもらう)」
しかし残念ながら、サラにはまったく通じない。
「ふむふむ。わたしとお風呂に入るのが楽しみすぎて尻尾が千切れる、と? ミィくん。尻尾は大事にしなきゃダメだよ。じゃ、入ろう」
「にゃあ(断る)」
「逃がしてなるものか!」
飼い主と猫の互いに譲れぬ闘い。とはいえ相手がサラなので当然ながら、アークはスキル魔術は使えない。となると猫の身では勝てぬ闘いでもあった。
「はい、もう観念してミィくん。今日は全身マッサージ付きで洗ってあげよう。毛一本一本まで」
素早く衣服を脱ぎ、生まれたままの姿となって、あらためてミィを捕獲するサラ。
さすがのこの状態で抱き上げられると、サラの押し付けてくる双丘なども気になるわけだ。これはまだ修行の身が足りないのだろうか。
「ふがっー(話を聞け)」
しかし浴室のお湯が出ない。
「あれー。王都ご自慢の上水道が、これはどういうことでしょう──」
サラは一糸纏わぬまま、熟考。
「にゃあ(とりあえず、何か着たらどうなんだお前は)」
「しまったミィくん。この区画は今朝から断水しているんだった」
「にゃぁ(なら風呂はなしだな)」
気まぐれな性格のサラなので、今日をしのげば当分は一緒に風呂に入ろう、などとは言ってこないはず。
ところが、ちょっとのことでは諦めないのもサラの性格だった。
「よーし、ミィくん。王都ご自慢の大浴場に行くとしよう。それも貴族区画にある、あの豪勢なところに」
王都内に大浴場は複数あるが、貴族区画内にあるものは当然、貴族専用。ただしサラは、〈名前はまだない〉として何度か貴族を助けていることから、例外として貴族用大浴場への入場が許可されていた。とはいえ、今のいままで、そんなところに興味はなかったはずだが。
「にゃぁ(行くなら一人で行ってこい)」
「もちろんミィくんをおいていくなんて、そんなことはできないよ! はい、いこうー」
サラに抱き上げられて(さすがにサラ衣服は着た着てなかったらただの露出魔)、貴族区画へ向かうハメになる。しかしアークはまだ諦めてはいなかった。脱出する余地はあるはずだ──どこかに。
外観がコロッセオに似た貴族大浴場が見えてきたころ、同じように浴場に向かう流れの中に、アークは反応した。
「にゃぁ(おい。さっき見かけた男、確か反政府組織〈シグマ〉の拠点にもいなかったか?)」
貴族区画内の大浴場。サラのような例外を抜かせば貴族専用といってよい大浴場に、なぜ〈シグマ〉の者が紛れているのか。これは、大いに引っかかる問題のはず。
しかしサラは、まったく別の問題にぶちあたっていた。
「さて。動物厳禁の大浴場内に、どうやってミィくんを隠して入り込むか。これは頭を捻るところだ」




